「日本競馬はイージー」!? “ハンデ”あっても強すぎ「外人騎手」2人に、日本人騎手は……

demuro.jpg
現在99勝のM.デムーロ騎手(JRA公式サイト)
 これでは、日本人ジョッキーの立場などまるでないではないか。  今年の中央競馬も残り2ヶ月となり、すでに菊花賞、天皇賞・秋などビッグレースが開催された。今後はジャパンカップ、有馬記念など、国内最高レベルのレースとともに2015年の日本競馬はクライマックスを迎えるわけだが、気になるのは「リーディングジョッキー」争いだ。  現在、リーディング1位は121勝の福永祐一(落馬負傷で年内絶望)、2位には地方・大井競馬から移籍して3年目の戸崎圭太が103勝となっており、乗鞍にも恵まれて、危なげないレース運びのできる2人がトップを走っているのだが、問題は現在3位の騎手だ。  イタリアのトップジョッキーで、今年から史上初の「JRA所属の外国人騎手」として活躍するミルコ・デムーロが、99勝で現在リーディング3位。同じくフランスで活躍するクリストフ・ルメールも、今年からJRA騎手としてのキャリアをスタートさせており、現在88勝、リーディング8位と十分な成績を残している。  もともと日本には短期免許でよく訪れていた2人。デムーロは2003年、ネオユニヴァースで皐月賞・日本ダービーの「2冠」や、2012年、天皇賞・秋をエイシンフラッシュで勝利した際の天皇・皇后両陛下への「最敬礼」などで広く知られる人気者。ルメールは海外での実績でいえばデムーロよりもはるかに上。2005年の有馬記念でハーツクライにまたがり、あのディープインパクトに初めて土をつける好騎乗を見せつけたことが有名だ。  2人とも親日家で、日本でのレースに対する気合いのノリ具合は半端ではない。デムーロにいたっては「ずっと日本で乗りたい」とも語っているほどである。これまでの活躍や実力を考えればこの成績にも特に驚きはないのだが、このままでは「やはり外国人騎手のほうが上」と、誰もが認めざるを得ない“現状”がある。 「デムーロがJRA騎手として騎乗を開始したのは、今年の3月。つまりリーディング争いで『2ヵ月』のハンディがあるんです。ルメールは2月に『調整ルームTwitter使用』事件でデビューが4月に遅れましたから、そのハンディは『3カ月』にもなる。にもかかわらず、デムーロはもう100勝に手が届く寸前で、トップの福永祐一が負傷で離脱したために、初年度からリーディングジョッキーの称号を得る可能性すら出てきました。ルメールも問題なく100勝を超えるでしょう。いい馬を多くあてがわれているのは間違いありませんが、それは上位騎手ならみな同じ。あっという間に抜き去られた日本人騎手は少し情けなく映りますね」(競馬記者)  9月に引退を発表した藤田伸二騎手が、自身の著書『騎手の一分』(講談社現代新書)で「外国人騎手の全てがうまいわけではない」という考えを示しているが、この2人は例外なのだろうか。いくつもレースを見ていると、2人と日本人騎手の差も少しずつ見えてくると記者は語る。 「ルメールは中団のポジションを確保して、日本人がなかなかやらないインコースから鋭く抜け出すレースが多い。JRA移籍後も、何度も人気薄の馬をこの“イン突き”で馬券圏内に持ってきています。レースの流れを読む力、進路どりの上手さは別格です。デムーロは、今年ドゥラメンテで2度目のクラシック2冠を達成したように大舞台での強さが印象的ですが、馬の力を最大限に引き出す『仕掛けのタイミング』が抜群にいい。後方から一気に抜き去るレースが多いのも、彼の仕掛けの上手さがあってこそだと思います。本場の欧州はポジションの取り合いが非常に激しいですから、“安全第一”で各馬が間隔を空ける日本競馬は、やりやすいでしょうね(笑)」  以前、ルメールは取材で、日本競馬に関し「(海外と比べると)イージー」という言葉も残している。この2人は今年の日本競馬界を席巻しているが、彼らですら現在の欧州競馬では思うような活躍ができないというのだから、やはり「騎手レベルが違う」と結論づけるしかないのだろうか。

「秋元康、和田アキ子は負け組」!? 北島三郎G1制覇に見る、“芸能人馬主”の現実が悲しすぎる……

kitasan.jpg
馬主はつらいよ
 演歌の大御所・北島三郎の愛馬、キタサンブラックが25日、第76回菊花賞(G1)を優勝。馬主歴47年(初出走時)のベテランがついにG1オーナーの座についた。賞金はなんと1億1200万円である。  北島氏は京都競馬場での優勝馬主インタビューで、公言していた「まつり」の菊花賞優勝バージョンを熱唱し、その模様は各局のスポーツニュースやスポーツ紙に掲載された。  北島氏は、これまで170頭以上の競走馬を所有。その総費用は8億円とも10億円ともいわれているが、やはり歌謡界の“ドン”はスケールが違う。  実際に芸能人やスポーツ選手など、多くの著名人がJRA(日本中央競馬会)の馬主となっているが、年間7000頭近いサラブレッドが生産され、2000名ほどの馬主がいる中で、年間24しかないG1レースを勝つことは並大抵のことではない。北島氏ですら、47年目にしてやっとG1を勝ったのだから、その大変さがわかるというものだ。  しかし、北島氏のように馬主になってある程度成功することは極めてまれであり、多くの著名人は馬主として結果を残せず、撤退しているのが現状だ。  例えば、芸能界の大物・和田アキ子は、本名の飯塚現子名義で馬主登録。これまで30頭以上の競走馬を所有してきた。馬名はソウルマン、ソウルマックス、スターオブブルースなど歌手にちなんだものが多い。これまでかかった費用は馬代金・預託料合わせて5億円以上と思われるが、賞金による回収はその半額以下。重賞を勝って注目されるような活躍馬は、全く現れなかった。  AKB48などのプロデューサーでお馴染みの秋元康氏も、これまで6頭を所有したが、ゴールドディスクという3勝馬以外の5頭は、すべて未勝利。さっさと見限って撤退した模様である。  中には、元メジャーリーガーの佐々木主浩氏のように、馬主歴6年で重賞勝利、7年目にヴィルシーナでG1レースヴィクトリアマイル優勝。演歌歌手の前川清所有のコイウタも同G1レースで勝利といった、強運を持ち合わせた著名人もいるが、これはまれな例。実際に浅田次郎、大橋巨泉、志村けん、陣内孝則、鳥羽一郎、萩本欽一、やしきたかじんなど多くの著名人が、馬主として挫折を味わっている。  北島氏が馬主になってG1レースを勝つのに費やした47年は、馬主としての成功が容易ではないことを表している。  ただ、芸能人ではないが、株式会社図研の社長である金子真人氏(金子真人ホールディングス含)のように、ディープインパクト(G1・7勝)、キングカメハメハ(G1・2勝)、クロフネ(G1・2勝)、カネヒキリ(G1・7勝/地方含)、アパパネ(G1・5勝)など、名だたるG1ホースを多数所有してきた人もいる。なにかコツでもあるのか、ぜひ聞いてみたいものだ。

命と引き換えに産んだ「最後の仔」  競馬の常識を覆し、“血”を伝える『女帝』エアグルーヴ

airg.jpg
JRA-VAN公式サイト
 11月1日、東京競馬場で天皇賞・秋(G1)が開催される。天皇賞・秋といえば、この馬を思い出す人も多いのではないか。  競馬は“ブラッドスポーツ”と呼ばれ、古くから脈々と受け継いできた血統同士の、生き残りをかけた闘いともいえる。その闘いに勝ち続けた血統こそが、競馬の歴史の中心に座るわけだが……。日本には1頭、競馬における常識を幾度も覆しながら血を伝え、今もなお日本競馬の頂点に鎮座する“母馬”がいる。 1997年、強豪の“男”馬15頭を真っ向勝負でねじ伏せ、17年ぶりに牝馬で天皇賞・秋を制した「女帝」エアグルーヴである。当時、牝馬が牡馬にG1で勝利することは極めて難しいとされていた中での快挙だった。  同馬を管理した伊藤雄二調教師(当時)は、まだ赤子のエアグルーヴを初めて見た瞬間の衝撃を「この出会いだけは生涯忘れることはできないだろう。(略)調教師としての感性が、とてつもないエネルギーで突き上げられた瞬間と言っていいだろう」と、『戴冠 エアグルーヴ写真集』(イースト・プレス)にて語っている。比類なきオーラをまとったエアグルーヴは、その期待通りに優駿牝馬(オークス)、そして天皇賞を制した。2000年代後半以降に現れるウオッカ、ダイワスカーレット、ブエナビスタなど、混合G1でも主役を張るような名牝の道筋を示した“パイオニア”といえるだろう。  抜群のレースセンスで競馬界の主役を張ったエアグルーヴは、実働3年半で引退。その後は繁殖牝馬としての道を歩むわけだが、生み出した子どもたちもまた、「女帝」の血を色濃く受け継いでいた。初子のアドマイヤグルーヴは母の勝てなかったエリザベス女王杯(G1)を連覇。その後も産駒のほとんどが重賞に顔を出した。2009年にデビューしたルーラーシップは、香港のクイーンエリザベス2世カップを勝利して海外G1制覇も達成。エアグルーヴは、子だしのよさと突出した安定性で歴代繁殖牝馬の中でも突出した成績を残した。  しかし13年、20歳になったエアグルーヴの馬生は、唐突に終わりを迎える。人気種牡馬キングカメハメハとの間にできた仔馬を出産後、内出血を起こし、そのまま息を引き取ったのだ。繋養先のノーザンファーム代表・吉田勝己氏は、「現役時の活躍をはじめ繁殖牝馬として、まさに当牧場で一番の実績をあげた名馬で、まさにノーザンファームの歴史の中心にいた馬」と称え、競馬サークルと多くのファンがその死をなげいた。 90年代の「競馬黄金期」に確かな足跡を残したエアグルーヴ。凄まじい強さと血を伝えた伝説も、これで終わった。そう多くの人が思ったかもしれない。  だが、この「死」が、エアグルーヴ物語の“最終章”ではなかった。15年、自身の孫にあたるアドマイヤグルーヴの子・ドゥラメンテが、皐月賞、日本ダービーの「クラシック2冠」を達成。自身の血を受け継いだ馬が今、競馬ファンの視線を最も集める存在となっている。 「ドゥラメンテはもちろん、同じく孫であるポルトドートウィユもダービーに出走しました。直仔だけでなく、孫世代にも強い影響を及ぼすエアグルーヴはやはり偉大な存在です。競走馬としても繁殖馬としてもトップを走れる馬など、片手で数えられる程度。ルーラーシップも種馬になり、骨折したドゥラメンテも来年復帰します。今後10年は、エアグルーヴの血は“安泰”といえるかもしれないですね」(競馬記者)  現役、繁殖、そして死してなお競馬界を引っ張るエアグルーヴ。年末か年明けには、自らの命と引き換えに産み落とした最後の産駒がデビューする予定だ。その日を待ち焦がれているファンは、多いに違いない。

「AKB48、トヨタ並みのタブー」武豊の不倫スキャンダルを新聞・テレビが完全スルーするワケ

takeyutaka1s026.jpg
「Number888号 日本競馬 最強への軌跡」(文藝春秋)
 “競馬界のレジェンド”こと武豊に、不倫スキャンダルが発覚した。22日発売の「女性セブン」(小学館)で、フリーアナウンサー・美馬怜子との“手つなぎデート現場”が報じられたのだ。  同誌によると、G1レースのスプリンターズステークスが行われた先月下旬、2人は東京・六本木で美馬と合流。堂々と手をつなぎ、そのまま夜の街に消えて行ったという。  武といえば、10日放送の『豊さんと憲武ちゃん!旅する相棒~1泊2日京都編~』で、芸能界引退した元タレントの妻・佐野量子とツーショット出演したばかり。その矢先の不倫疑惑は、バツが悪いとしか言いようがない。 「女性セブン側も意地が悪くて、本来“撮って出し”するところを、番組での夫婦共演が話題になるのを見越して、ネタを寝かせた。発売中の雑誌『Number』(文藝春秋)も武さんが表紙ですし、本人は赤っ恥をかいたでしょう」とは競馬関係者。  一方で、新聞やテレビは完全スルーを決め込んでいる。  その理由についてスポーツ紙デスクは「ジョッキーのスキャンダルはタブー中のタブー。JRAは最も大事なクライアントで、毎年莫大な広告費を落としてくれる。何気なく見ている出走馬の載った馬柱も、実は広告料が発生している。新聞、テレビはおろか、男性誌やゴシップ誌もJRAの広告なくしては成り立たない。スキャンダルをやれるとしたら、競馬と無縁の女性誌しかありません」と話す。  しかも今回は、日本競馬界の象徴・武豊。完全スルーは当然の流れだが、こうした状況がジョッキーを増長させているという声もある。 「騎手連中も『どうせ俺らの悪い話は外には出ない』とわかっている。金もあるし、女にもモテるから、勘違いする若手ジョッキーは多い。ひと回り以上年齢の違うベテラン記者に、平気でタメ口をきいたりね。武さんのスキャンダルなんて、氷山の一角。表に出ていないだけで、女性絡みのトラブルは山ほどある」(元競馬記者)  AKB48やトヨタ、電通並みに“守られている”ジョッキー。その頂点である武豊が今回エジキになったことで、“競馬村”に衝撃が走っていることは間違いない。

武豊の“不倫疑惑”はハニートラップ!? お相手“Eカップ美女”のしたたかな素顔

takeyutaka1022
 騎手の武豊に不倫疑惑が持ち上がったが、これは相手のフリーアナウンサーからのハニートラップだったのではないかという疑惑が浮上中だ。 「武さんはとても常識人で温厚。そもそも公の場で、手をつないでデートするなんてありえない。写真はそう見えるように撮影した卑怯なもので、ある情報筋からは、2人が一緒にいるところを、彼女が記者にリークしたという話が出ている。どっちにしても、不倫はでっち上げだ」  こう話すのは、今回の不倫報道に激怒しているテレビ関係者だ。実はこの関係者、10月10日放送の旅番組で、武と妻で元女優の佐野量子夫妻を出演させるのに尽力した人物でもある。  武は1995年に結婚、これを機に佐野は芸能界を引退し、一切表には出ていなかった。番組出演は結婚後初で20年ぶりのこと。木梨憲武と水谷豊が京都在住の武夫妻を訪問するという内容だったが、これを実現するために佐野と面識のある水谷にも協力してもらったという。  番組では佐野の衰えない美貌と、城のような豪邸が披露されたが、当然ながら夫婦仲はとても良好に見えた。それだけに関係者は、この不倫ゴシップに怒っているわけだ。  報道は10月22日発売の「女性セブン」(小学館)で報じられたもので、武との手つなぎデートをしていたとされたのは、競馬番組にも数多く出演する競馬ファンの美馬怜子。昨年3月まではTBS系の朝の情報番組『朝ズバッ!』でお天気キャスターを務めていた。推定Eカップを売りにする巨乳タレントでもあり、グラビア仕事も多数こなしてきた。  そんな彼女について、TBS関係者に聞いてみたところ「好みの男性には、かなり積極的にアプローチする超肉食系」だという。 「彼女は韓流タレントの大ファンが高じて、韓国語をペラペラになるまで習得したというんですが、局に好みの韓流タレントがいると聞きつけて、そのタレントの控え室に忍び込んだことがあったんです。しかも、連絡先を書いたメモと一緒に手作りのお菓子を渡す、用意周到な猛アタックだった」(同)  一方で美馬は、司会者のみのもんたや番組プロデューサーにもチョコレートラスクなどの手作り菓子プレゼント攻撃をして、権力者へのご機嫌取りもしっかりこなしていたというから、なかなかしたたかなタイプだ。  過去、写真集の発売イベントで理想の男性について聞かれた際は「ディープインパクトのような人。第4コーナーから思い切り差してくるような」としていたが、ルックスについては「タレ目でかわいいけど、かっこいいことをする人」と答えており、まさに武がこれに当てはまる。  武とは10月4日、武が中山競馬場での「スプリンターズステークス」に出場した日の夜、六本木の路上でデートしていたというのだが、これを“でっち上げ”だとする前出のテレビ関係者は「服装が黒縁メガネにスーツというのは武さんの仕事着であって、私服じゃない。逆に美馬は、胸元の大きく開いて深いスリットの入った黒いドレスで、いかにも“撮ってください”と言わんばかりのドレスアップ。情報通り、美馬がマスコミに撮らせたと僕は疑っている」と指摘する。  ただ、美馬がわざわざ武とのデートを偽装してスキャンダルにさせたなら、何が目的だろうか? 不倫報道であれば、自身にも悪いイメージがつくと思うのだが……。 (文=ハイセーヤスダ)

武豊がフリーアナ・美“馬”玲子と不倫!? その誠実イメージをひっくり返す「オンナ関係」と「遊び人」ぶり

takeyutaka.jpg
JRA公式サイト
 日本中央競馬界(JRA)の騎手・武豊の“手つなぎ不倫デート”を、22日発売の「女性セブン」(小学館)が報じた。お相手は15歳年下でセントフォース所属、モデル・フリーアナウンサーの美馬玲子(りょうこ)と記事は伝えている。名前に「馬」があるのがなんとも武らしい。2人は競馬番組をきっかけに知り合ったという。  スクープされたのは4日、武が中山競馬場で開催されたスプリンターズS(G1)に騎乗した夜のこと。フランス凱旋門賞の解説など仕事をこなした後、武は美馬アナとの“危険な逢瀬”を楽しんだのだ。記事によると、下品なほど露出度の高いドレスを着た美馬アナと手をつないだ武は、時折ドレスのスリットに手を這わせて腰や尻を触っていたのだとか。  武自身は取材に対し「特別親しいわけではない」と語ったようだが、手をつないで素肌を触りまくっている時点で説得力はほぼ皆無だ。ネット上では「あなたもオトコだったのね」「がっかり」「最低」など、誠実そうな物腰と風貌の“武豊イメージ”崩壊になげくファンの声であふれ返った。が、記者の間ではさほどの驚きはないそうだ。 「『ようやく出たか』という感想ですね。美馬アナはモデル界きっての“競馬好き”で、『趣味は競馬』を公言するほどですが、武はこれまで、競馬に関わった女性タレントとの“不倫”のウワサが尽きない男でした。かつてフジテレビの競馬番組に出演していたさとう珠緒、2006年には“女性馬券師”でセクシータレントの藤川京子、競馬関連以外なら最近『資産2000億円男』との交際がスクープされた紗栄子をなぜか競馬場に招待した、京都・祇園で遊びまくっている……などなど、実は“オンナ”のネタは非常に多かった。決定的な場面を撮られたのが初めて、というだけなんですよ」(競馬記者)  以前は「赤坂の全日空ホテルに愛人2人を住まわせ続けた」という“豪傑”なウワサも流れた武豊。口が上手く、酒をいくら飲んでもほとんど酔わず、競輪やカジノも大好きという素顔はまさに“遊び人”の典型だ。今までマスコミに尻尾をつかませなかったのは、「競馬界を背負う男」としての意識の高さということか。  武の妻である元タレントの佐野量子が10日の『豊さんと憲武ちゃん!旅する相棒~1泊2日京都編~』(テレビ朝日系)で20年ぶりに揃ってテレビ出演し、その「おしどり夫婦」ぶりを見せたばかりでのこのスキャンダル。今回のスクープを機に、武はおとなしくなるのだろうか……。 「それは、ないかな(笑)。彼の存在は停滞する競馬人気の“生命線”であり、46歳にしてなお第一線で活躍している“レジェンド”です。生涯獲得賞金も700億円を超えており、本人からすれば『俺が遊んでも文句ないだろ』という気持ちではないでしょうか。最近も土曜の『ウイニング競馬』(テレビ東京系)のメインMCを務め、“爆乳”でも有名な鷲見玲奈アナに『綺麗な脚ですね』と言ったり、ゴルフの話題で盛り上がったりとだいぶお気に入りの様子ですし……。まあ、もう二度とボロを出すことはないかもしれませんが」(同)  フジテレビの高島彩アナ(当時)と、武の弟で同じく騎手の武幸四郎との交際が報じられた時期には「幸四郎はチャラい」「豊は真面目」という印象があったものだが、実際は兄のほうが一枚上手だということか。まさに“ディープインパクト”だ。

武豊騎手「過去との再会」 天皇賞に挑むエイシンヒカリと“悲劇の名馬”の数奇な運命

takeyutaka.jpg
JRA公式ホームページ
 11日、中央競馬・東京競馬場第11R「毎日王冠(G2)」で、武豊鞍上のエイシンヒカリ(牡・4歳)がスタートから一度も先頭をゆずらないまま逃げ切り勝ちを収めた。同馬は通算戦積を9戦8勝とし、11月1日に開催される「天皇賞・秋(G1)」に主役として出走を予定している。  エイシンヒカリはデビュー戦以外の全レースで「逃げ」を選択し、大きく外にヨレたり気性が荒かったりするなかで完勝を続け、豪華メンバーだった毎日王冠も圧勝するなど、話題に事欠かない。そして、そんな同馬を導くのは“競馬界の顔”武豊……。  往年の競馬ファンであれば誰もがピンとくるかもしれないが、かつて中央競馬の話題を独占した“稀代の逃げ馬”と、現在のエイシンヒカリの状況はあまりにも似通っている。  1998年、同じく11月1日に開催された天皇賞・秋に武豊騎乗で出走したのが、サイレンススズカだった。その年、サイレンススズカは夏の「宝塚記念(G1)」をふくめ重賞を6連勝中。その全てで爆発的な逃げ脚を発揮し、1頭として同馬の前を走ることはできなかった。無謀ともいえるハイペースで逃げてもスピードが落ちないその力に、武豊も心底惚れ込んでいたという。  天皇賞の前哨戦である毎日王冠(G2)でも、後に史上屈指の名馬となる後輩たちを軽くあしらう驚愕の逃げ切り。天皇賞も圧勝だ、と誰もが信じて疑わなかった。そして本番、サイレンススズカはいつもどおりの大逃げを打ち、後続との差は10馬身以上。圧倒的なスピード差に大観衆の凄まじい歓声が響いたのだが……。  サイレンススズカは最後の直線手前で突如失速。左前脚の手根骨粉砕骨折を発症し競走中止、最終的に安楽死の措置がとられた。骨折の瞬間、実況は同馬の父、サンデーサイレンスになぞらえて「沈黙の日曜日」と叫んでいる。  翌年の海外での活躍が期待され、血統的にも種牡馬として大きな成功の見込めたサイレンススズカの死に、多くのファンは言葉がなかっただろう。そして同馬を誰よりも知る武豊は、その夜生まれて初めて泥酔したという。推し量れないほどのショックを受けていたのは確かだ。  そして2015年、レーススタイル、毎日王冠の強い勝ち方、そして開催日まで同じ状況で、武豊がエイシンヒカリと天皇賞に挑む。運命的なものを感じずにはいられない。 「武騎手が強い逃げ馬に乗って『サイレンススズカの再来』と呼ばれたのは、一昨年の天皇賞に出走したトウケイヘイローなどが主ですが、ここまで似ている馬は初めてですね。スズカファンの中には『一緒にするな』という意見もあるものの、今年の天皇賞の主役になるのは間違いありません。武騎手にしても感慨深いものがあるはず。最近のインタビューでも、当時の質問を拒否する場面があったそうですし、いろいろな意味で忘れられない馬なんですね」(競馬記者)  一時調子を落としながらも、不死鳥のように復活し、勝ち鞍を重ねる名手に訪れた「過去との再会」。願わくば、勝利をつかんで悲劇との決別を果たしてほしいものだが、まずは無事にレースを終えてくれることを祈るばかりだ。

殿堂入りした“最強馬”オルフェーヴル 常に比較され続けた「英雄」とは何が違う?

orfevre.jpg
『JRA公式ホームページ』
 日本中央競馬会(JRA)は14日、2011年の三冠馬で中央競馬のGⅠを6勝したオルフェーヴルが顕彰馬に選出されたと発表。記者(196名)の投票で全体の95.9%にあたる188票を獲得しての“殿堂入り”となった。ネット上はファンからの「当然だろ」「なぜ投票率100%じゃないか理解できない」という、ある意味最大級の賛辞で溢れかえった。  日本競馬の歴史を変えるような名馬が登場すると、ファンの間で必ずといっていいほど語られるのがいわゆる“史上最強馬論争”だが、今回顕彰馬に選出されたオルフェーヴルに関して、現役時代常に比較され続けたのが同じく2008年に顕彰馬に選出された“英雄”ディープインパクトだった。 「2005年に史上2頭目である無敗の三冠馬に輝いたディープインパクトは、後方から凄まじい切れ味で他馬を切り捨てる圧巻のレースぶりや、全レースで手綱を取った武豊のスター性もあいまって社会現象を巻き起こしました。あの時ほどの熱狂はオルフェーヴルにはありませんでしたね」(競馬記者)  日本競馬の顔である武豊とともに期待に応え続けたディープインパクトのほうが影響力は大きかったとのこと。しかし記者は、ディープの人気は“ライト”な部分もあったと続ける。 「ファンの中には“ディープファン”であり“競馬ファン”ではない人たちも多かったと思います。三冠を達成した2005年も馬券売上自体は前年を下回っていますしね。翌年フランスの凱旋門賞に挑戦したものの、レース後に禁止薬物が検出されて失格。当時は様々な憶測も流れ、“英雄”の名にミソがついたことは間違いありません」(同)  その一方、オルフェーヴルはディープとは完全に“真逆”の存在だったらしい。 「三冠達成や引退レースである有馬記念の、相手を完膚なきまでにねじ伏せる強さ以上に、阪神大賞典での一度走るのをやめてから再度追い込んでの2着、凱旋門賞での2度の敗戦など、負けたレースのインパクトが強いのがオルフェーヴルの特徴です。長年競馬を見てきたファンとしてもまさに“前代未聞”の競走馬であり、そのヤンチャぶり、言い方を変えれば“可愛げ”は競馬ファンの心をわしづかみにしました。ディープよりも格段にアンチが少ないのも特筆すべきところですね」(同)  競馬ファンに“深く狭く”愛されたのが、オルフェーヴルということか。では、果たしてどちらが強かったのだろうか。 「“良馬場ならディープ”“馬場が渋ればオルフェ”という説はネットを含め多くの場面で語られていますが、実際のところかなり拮抗しているのではないでしょうか。この2頭は走法もレーススタイルも全く違いますし、「安定感のディープ」と「爆発力のオルフェ」では毎回結果も違ってくるでしょう。でも、想像するのはとても面白いですよね。ネット掲示板ではよく喧嘩の火種になっていますけど(笑)」(同)  今回の顕彰馬選出を機に、オルフェーヴルとディープインパクトのレースを再度見比べてみるのも面白いかもしれない。

「なぜ今年!?」 藤田伸二騎手は競馬界の“現実”に飲み込まれた

keiba0908.jpg
競馬(中山競馬場)
 JRA(日本中央競馬会)所属、ダービージョッキーの藤田伸二騎手(栗東・フリー)が、6日の札幌競馬騎乗をもって引退することを発表した。JRA通算1918勝(うちGI17勝)を誇る名手の突然の引退に、競馬界は大きく揺れている。  以前から「エージェントでリーディング騎手が決まってしまう」現在の中央競馬に不信感を抱いていた藤田。「何が面白いのか? 2、3年前から疑問を抱くようになり、競馬に対するモチベーションが無くなっていました」と引退メッセージでも語っている通り、最後までその思いは変わらなかったということだろう。  ただ、正直に言えば「なぜ今年なのか?」という疑問を拭い去ることができない。競馬記者の間でもそれは同じのようだ。 「藤田が、特にエージェント制度や外国人騎手偏重を中心として、JRAを公然と批判した著書『騎手の一分 競馬界の真実』(講談社)を発表したのは2013年5月。その時点で競馬界への興味はほぼなくなっていると語っていました。にもかかわらず、本当の引退は約2年半後の今月。本当に競馬に興味がなくなったのであれば、とうに引退していても不思議ではないでしょう。本人にしかわからない“未練”があったのかも」(競馬記者)  11年、ヒルノダムール(当時4歳)で藤田が「どうしても勝ちたかった」天皇賞・春(GⅠ)に勝利し、「ヒルノダムールが引退したら、俺も一緒に辞める」と発言したという情報や、GⅠ競走4勝(地方交流含む)のトランセンドについても、「トランセンドが辞める時は、俺も潮時だな」などとつぶやいたという話もあったが、2頭が現役を引退しても、藤田が身を引くことはなかった。 「調教師や厩舎スタッフに『もう辞め時かも』とグチることで同情を誘い、騎乗の営業をかけているという良からぬ噂も流れていました。強気でコワモテなイメージに反して、藤田は歴代最多19回の『フェアプレー賞』を受賞するなど、騎乗はいたってクリーン。ある意味、騎手としての“誇り”を強く持っていた男と言えます。騎手への愛着を簡単に捨てきれないのも十分に理解できる」(同)  そして記者は、現在の競馬界の“現実”により、藤田は「引退せざるを得なかった」のではないかと考えている。 「『騎手の一分』を発売したことで、当然ですが藤田はJRAからは距離を置かれる形になってしまった。それでも13年には50勝とまずまずの成績をおさめていました。しかし、やはり顔の広いエージェントを抱える福永、岩田、川田、戸崎などリーディング上位騎手の勝鞍には遠く及びません。さらに、昨年まで『短期免許』で数カ月の滞在のみだったM・デムーロとC・ルメールというなじみ深い外国人騎手に、今年から『JRAの通年免許』が与えられ、当然のごとくリーディング上位に食い込んでいます。他の騎手が割を食うのは当然でしょう。藤田はその中の一人として、ついに“立つ瀬がなくなった”という可能性もあります」(同) “男・藤田”として、長きにわたり中央競馬に確かなスパイスを与えてくれた藤田伸二。結局は、彼も現在の競馬界の“現実”に屈したということなのだろうか。彼の引退が、エージェントや外国人騎手礼賛の競馬界を見直す契機になるのかは、定かではない。

G1フェブラリーステークスに「談合」で勝った!? 名ジョッキー・武豊にささやかれる“好展開レース”の不可解

takeyutaka0603.jpg
武豊
 JRA通算勝利数3,722勝(※5月28日時点)、国内&海外のG1勝利数は優に100勝を超え、競馬に興味のない人でも“ジョッキー武豊”の名前を知らない者はいないだろう。そんな競馬界のスーパースターも、近年は乗鞍数が激減し、かつて不動のリーディングジョッキーだった頃の輝きは消えつつある。 「いまや“メイショウ”の冠で知られる松本好雄オーナーからの騎乗依頼くらいしか、有力馬に乗る機会はなくなりましたからね。そういう意味では、フェブラリーSでのコパノリッキーは是が非でも勝たなければならなかったというのが、豊の本音でしょう」(栗東関係者)  コパノリッキーは2月22日に東京競馬場で行われたダートのG1レース「フェブラリーS」を勝利。スタートがあまりよくなかったコパノだったが、武騎手は手綱を押して先行争いに加わっていき、大外からハナにいったアドマイヤロイヤルの姿を見るや、2番手に控え、かぶされないように外目から徐々に上がっていき、直線を向くと抜群の手応えで抜け出し、見事に栄冠をつかんだ。  玄人筋をうならせた豊の完璧騎乗だったが、実はこのレースにはとんでもない裏があったという。事情通X氏はこう語る。 「レース前に、これまで豊にお世話になっていた関西を中心とした某ジョッキーたちから『今日は豊さんがG1を勝つチャンスなんだから、無理に先行して競りに行くなよ』といった、信じられない“お達し”が出たんですよ。だから、本来なら前に行く馬が行かずに、先行有利の展開になったでしょう。そんなお達しに耳を傾けなかったとみられるのは、アドマイヤで逃げた横山典弘騎手や、追い込み馬なのに先行してゴール前詰め寄ったインカンテーションの内田博幸騎手くらいですかね」  確かに同レースをよくよく見てみると、本来は逃げるはずだったコーリンベリーの松山弘平騎手は、1枠に入ったにもかかわらず3コーナでは10番手追走、前走逃げた北村宏司騎手のグレープブランデーも4コーナでも5番手追走、これまた先行馬の三浦皇成騎手サトノタイガーに至っては、3コーナで14番手という絶望的な位置取りに終始した。  こういった展開に激怒したのが、勝浦正樹騎手だったという。  別の競馬関係者によれば、レース前に“武豊騎手に絡むな”という通達を出した関西有力騎手をはじめとしたその仲間たちに「冗談だろう! そんなんじゃ、レースにならないよ! おかしいって絶対に!!」と興奮気味に声を荒らげていたとか。  実際に勝浦騎手が乗ったレッドアルヴィスは、前走も前々走も2番手につけてレースを進めていたが、今回は上記のような“武豊G1奪取応援隊”の包囲網に遭い、思うようなレースをさせてもらえなかったように見える。  もっとも「そんなことはレース前からわかりきっていたんだから、思い切って横山騎手みたいに逃げるとか、策はあったでしょう」と勝浦騎手に苦言を呈する声もある。  もちろんすべてのジョッキーが手を抜いたわけでもなければ、直線で追わなかったわけでもないから、“八百長”とは言い難いだろう。しかし、明らかに武豊騎手のコパノリッキーにとっては有利な展開になったことは否定できない。それだけに勝浦騎手の不満も理解はできるが、そういった不利な状況を打破してこそ一流ジョッキーということなのだろうか?