きっかけは競馬CM? キムタクと交流・武豊も衝撃の、SMAP分裂の“火種”とは

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競馬にも影響を
 日本中を騒がせるSMAPの解散騒動。18日の『SMAP×SMAP』(フジテレビ系)での緊急生放送後は、Twitterや2chがダウンするトラブルも発生するなど大きな話題となり、翌日のスポーツ紙もSMAP一色。話題を独占した。  老若男女すべての世代に愛されるSMAPはまさに国民的アイドル。ゆえに、多くの企業がCMキャラクターに起用するなどその影響力は大きい。  1990年代後半、人気絶頂期のSMAPをイメージキャラクターとして起用しようとしたのが、JRA(日本中央競馬会)および広告代理店の電通だ。  当時のJRAは、年間馬券売上4兆円を達成するなど絶頂期(2015年は2兆5000億円強)。そのJRAが豊富な資金力を利用してSMAP全員の起用を狙ったが、ジャニーズ側のNGで木村拓哉単体起用になった。そして、そのキムタクがJRAイメージキャラクターとして起用されたのが98年からの2年間である。  この時期は、実はSMAP最初の解散報道が出た時期でもある。このときは現在と逆の形、つまり木村拓哉がジャニーズ事務所から独立して個人事務所を設立するとの報道が相次ぎ、98年9月の東京ドーム公演初日に5人揃って会見、解散説を否定した。  それまで、JRAのイメージキャラクターは2~3人で務めるのが定番。94年は高倉健と裕木奈江、95~96年は中井貴一、時任三郎、真田広之が務めた。それだけにSMAP全員ではなくキムタク単体での起用は様々な噂を呼び、キムタクの独立報道に拍車をかけたのだった。  これには、当時ジャニーズ側に提示した5,000万円といわれるイメージキャラクターの契約料が少なかったため、キムタクのみの起用となったという話もある。いずれにせよ異例の起用ではあった。  しかし、残念ながら木村拓哉が出演した98年以降、JRAの売上は下降していく。一説には競馬とかけ離れたCM戦略が、競馬ファンの反感を買ったといわれるが…  それでも、木村拓哉の起用をきっかけにSMAPがJRAに起用されるようになり、2001年には草なぎ剛と香取慎吾が馬キャラクターの声優として、05~6年には中居正広が木村拓哉に続き単体起用された。その後、ジャニーズ事務所からは14年のCMソングにTOKIOが採用されたが、こちらは5人揃って各種キャンペーンに登場している。  木村拓哉はJRAのイメージキャラクターをきっかけに競馬を見るようになり、当時トップジョッキーで年齢も近かった武豊騎手とも交友するようになった。  というのも、武豊夫人の佐野量子と木村拓哉夫人の工藤静香はともに85年芸能界デビューという同期。お互い姉さん女房であるなど境遇が似ている。  そして、武豊が悲願の東京優駿(日本ダービー)初優勝を果たしたのが98年と木村拓哉がCMに起用された年であり、また木村拓哉が引き続きイメージキャラクターを務めた翌年も制し2年連続でダービージョッキーとなった。  武豊はSMAPのコンサートに顔を出して木村拓哉に会いに行ったり、GIレースを勝つと木村拓哉から武豊へお祝いの連絡が届くなど、その後も交友は続いているという。今回のSMAP解散騒動は、武豊にとっても気になるニュースだったはずだ。

きっかけは競馬CM? キムタクと交流・武豊も衝撃の、SMAP分裂の“火種”とは

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競馬にも影響を
 日本中を騒がせるSMAPの解散騒動。18日の『SMAP×SMAP』(フジテレビ系)での緊急生放送後は、Twitterや2chがダウンするトラブルも発生するなど大きな話題となり、翌日のスポーツ紙もSMAP一色。話題を独占した。  老若男女すべての世代に愛されるSMAPはまさに国民的アイドル。ゆえに、多くの企業がCMキャラクターに起用するなどその影響力は大きい。  1990年代後半、人気絶頂期のSMAPをイメージキャラクターとして起用しようとしたのが、JRA(日本中央競馬会)および広告代理店の電通だ。  当時のJRAは、年間馬券売上4兆円を達成するなど絶頂期(2015年は2兆5000億円強)。そのJRAが豊富な資金力を利用してSMAP全員の起用を狙ったが、ジャニーズ側のNGで木村拓哉単体起用になった。そして、そのキムタクがJRAイメージキャラクターとして起用されたのが98年からの2年間である。  この時期は、実はSMAP最初の解散報道が出た時期でもある。このときは現在と逆の形、つまり木村拓哉がジャニーズ事務所から独立して個人事務所を設立するとの報道が相次ぎ、98年9月の東京ドーム公演初日に5人揃って会見、解散説を否定した。  それまで、JRAのイメージキャラクターは2~3人で務めるのが定番。94年は高倉健と裕木奈江、95~96年は中井貴一、時任三郎、真田広之が務めた。それだけにSMAP全員ではなくキムタク単体での起用は様々な噂を呼び、キムタクの独立報道に拍車をかけたのだった。  これには、当時ジャニーズ側に提示した5,000万円といわれるイメージキャラクターの契約料が少なかったため、キムタクのみの起用となったという話もある。いずれにせよ異例の起用ではあった。  しかし、残念ながら木村拓哉が出演した98年以降、JRAの売上は下降していく。一説には競馬とかけ離れたCM戦略が、競馬ファンの反感を買ったといわれるが…  それでも、木村拓哉の起用をきっかけにSMAPがJRAに起用されるようになり、2001年には草なぎ剛と香取慎吾が馬キャラクターの声優として、05~6年には中居正広が木村拓哉に続き単体起用された。その後、ジャニーズ事務所からは14年のCMソングにTOKIOが採用されたが、こちらは5人揃って各種キャンペーンに登場している。  木村拓哉はJRAのイメージキャラクターをきっかけに競馬を見るようになり、当時トップジョッキーで年齢も近かった武豊騎手とも交友するようになった。  というのも、武豊夫人の佐野量子と木村拓哉夫人の工藤静香はともに85年芸能界デビューという同期。お互い姉さん女房であるなど境遇が似ている。  そして、武豊が悲願の東京優駿(日本ダービー)初優勝を果たしたのが98年と木村拓哉がCMに起用された年であり、また木村拓哉が引き続きイメージキャラクターを務めた翌年も制し2年連続でダービージョッキーとなった。  武豊はSMAPのコンサートに顔を出して木村拓哉に会いに行ったり、GIレースを勝つと木村拓哉から武豊へお祝いの連絡が届くなど、その後も交友は続いているという。今回のSMAP解散騒動は、武豊にとっても気になるニュースだったはずだ。

その“爆裂”ぶりに武豊も熱視線? 鷲見玲奈アナに代表される、競馬番組「巨乳美女」伝説

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鷲見玲奈公式ブログ(テレビ東京)
 以前からそういう傾向にあったが、競馬番組に出演する女性司会者や女性アナウンサーには巨乳が多い。  現在放送中『ウイニング競馬』(テレビ東京)に出演している鷲見玲奈アナウンサーは、推定Fカップといわれる爆乳の持ち主。以前と比較してもさらに巨大化している印象もあり、巨乳好きと言われる武豊も注目するであろう競馬界期待のアナウンサーだ。  そのインパクトはテレビを見れば一目瞭然。他の出演者がむさくるしい男ばかりで余計にその美貌と胸元に目が向いてしまう。視聴者にとっては、まさに目の保養といったところだろう。  しかし鷲見アナウンサーに限らず、過去の競馬番組に出演したアナウンサーを見ても巨乳の多さに驚く。  ベテラン競馬ファンにとってはなつかしい、フジテレビの『スーパー競馬』に出演していた斎藤陽子はG1級のB90を持ち、競馬巨乳タレントのディープインパクトといった存在。  さらに、『みんなのケイバ』(フジテレビ系)に出演していたB88のほしのあき(現三浦皇成騎手の夫人)もそのインパクトは絶大で、若手人気騎手である三浦皇成をゲットする上で大きな武器になったのは間違いないだろう。  昨年、武豊騎手と密会不倫報道で話題となった美馬怜子も、多くの競馬番組に出演しているが、B86のEカップと巨乳軍団に堂々とランクイン。  さらに、テレビ東京放送の競馬番組に出演する女性アナウンサー達も、はちきれんばかりの胸元でお茶の間の競馬ファンを魅了してきた。  出産前はEカップの爆裂乳ともいわれた元アナウンサーの亀井京子(現フリー・DeNAベイスターズ林昌範夫人)も『ウイニング競馬』の司会として活躍。競馬知識にうとく評判は今ひとつだったようだが、その胸元は多くの競馬ファンの心を掴んだ。  さらに、現メジャーリーガー青木宣親選手の夫人である青木佐知(旧姓:大竹佐知)も『ウイニング競馬』の司会として活躍し、隠れ巨乳の持ち主として話題になった。  事務所のごり押しでパッとしないタレントが司会をするよりは、競馬ファンにとってはいい話だろう。今後もそのインパクトで競馬番組を盛り上げていただきたい。

武豊も福永祐一も“既定路線”だった? 実力だけで成功できない騎手の世界は「芸能界」そのもの

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Sports Graphic Number 888(文藝春秋)
「目標にしていたタイトルが獲れてうれしいです。(現役騎手の)父と兄からは『おめでとう』と声を掛けてもらいました。今年は、昨年より多くの勝ち星を挙げて期待に応えたいです」  年明け早々、さわやかな笑顔で飛躍を誓ったのは、若干19歳の鮫島克駿 (かつや)騎手。デビューとなった昨年、年間39勝を挙げてJRAの『最多勝利新人騎手賞』、いわば“新人王”を獲得した競馬界のホープだ。  実は『最多勝利新人騎手賞』には、年間30勝以上などの厳しい規定がある。日本の先輩ジョッキーもさることながら、近年は世界各国からトップレベルの騎手が次々と参戦しているだけに、新人騎手が1年で30勝するのは並大抵のことではない。過去5年でも、たった2人しか成し遂げていない快挙だ。  ただそれが、あらかじめ用意されていた“既定路線”とさえささやかれている事実をご存知だろうか。  今や競馬界の“顔役”となっている武豊騎手、その弟となる武幸四郎騎手の父は、卓越した騎乗技術から「魔術師」と称された武邦彦氏。福永祐一騎手の父親は、かつて「天才」といわれた福永洋一氏。つまり、「ブラッドスポーツ」といわれる競馬において、いわゆる“良血”が活躍するのは、何も馬だけの話ではないということだ。  鮫島克駿騎手の兄・良太もJRAで活躍する騎手。さらに父・鮫島克也は、地方競馬を代表する騎手で、全国の地方競馬に所属する騎手の年間最大のタイトルNRA(地方競馬全国協会)グランプリ優秀騎手賞を11回も受賞。地方通算4,000勝を超える大物は“キングシャーク”の愛称で慕われている。 「武豊、幸四郎、それに福永騎手も、過去にJRAの『最多勝利新人騎手賞』を受賞者に名を連ねています。しかし騎手というのは多少上手いだけでは、なかなか勝てません。当人の能力もさることながら、有力な馬を回してくれる厩舎、馬主の“援護”を受けられるかが重要なんです」(競馬記者) 「環境が変われば人も変わる」というが、「馬7、騎手3」といわれる競馬の場合は、特に顕著に表れるという。言い方を変えれば、経験のない騎手でも周りの協力で多くのいい馬に乗れば当然勝てるし、場数を踏んでいくうちに、いつの間にか上手くなるということのようだ。 「父が地方競馬を代表する騎手である鮫島克駿騎手は、それだけでも話題性がありますし、他の新人騎手とはバックボーンが違います。デビューイヤーとなった昨年、新人王争いをしていた同期の1人は年間93回しか乗れなかった一方で、鮫島騎手は521回。騎手としてスタートラインに立った時から、すでに大きな差があったということです」(同)  日曜の競馬が終わるごとに電話でアドバイスを送っている父・鮫島克也騎手の“親バカ”ぶりは、まだ微笑ましい。ただ、赤の他人である“親子鷹”の大先輩・福永騎手からも、デビュー直後から熱心なアドバイスを受けているのは、さすがに恵まれすぎか。前出の競馬記者は語る。 「普通の新人騎手は、新入社員と同じで、そう簡単に先輩からアドバイスなどもらえません。ましてや福永騎手は、日本でもトップ中のトップ。また、鮫島克駿騎手が所属しているリーディング争い常連厩舎の“相当なプッシュ”もあったようですし、はっきりいってしまえば、鮫島騎手の新人王はある程度“既定路線”といえなくもないんです」(同)  華やかな表舞台とは裏腹に、複雑に絡み合う人間模様で無数の“裏ネタ”が提供される点は、芸能界も騎手も同じのようだ。

武豊も福永祐一も“既定路線”だった? 実力だけで成功できない騎手の世界は「芸能界」そのもの

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Sports Graphic Number 888(文藝春秋)
「目標にしていたタイトルが獲れてうれしいです。(現役騎手の)父と兄からは『おめでとう』と声を掛けてもらいました。今年は、昨年より多くの勝ち星を挙げて期待に応えたいです」  年明け早々、さわやかな笑顔で飛躍を誓ったのは、若干19歳の鮫島克駿 (かつや)騎手。デビューとなった昨年、年間39勝を挙げてJRAの『最多勝利新人騎手賞』、いわば“新人王”を獲得した競馬界のホープだ。  実は『最多勝利新人騎手賞』には、年間30勝以上などの厳しい規定がある。日本の先輩ジョッキーもさることながら、近年は世界各国からトップレベルの騎手が次々と参戦しているだけに、新人騎手が1年で30勝するのは並大抵のことではない。過去5年でも、たった2人しか成し遂げていない快挙だ。  ただそれが、あらかじめ用意されていた“既定路線”とさえささやかれている事実をご存知だろうか。  今や競馬界の“顔役”となっている武豊騎手、その弟となる武幸四郎騎手の父は、卓越した騎乗技術から「魔術師」と称された武邦彦氏。福永祐一騎手の父親は、かつて「天才」といわれた福永洋一氏。つまり、「ブラッドスポーツ」といわれる競馬において、いわゆる“良血”が活躍するのは、何も馬だけの話ではないということだ。  鮫島克駿騎手の兄・良太もJRAで活躍する騎手。さらに父・鮫島克也は、地方競馬を代表する騎手で、全国の地方競馬に所属する騎手の年間最大のタイトルNRA(地方競馬全国協会)グランプリ優秀騎手賞を11回も受賞。地方通算4,000勝を超える大物は“キングシャーク”の愛称で慕われている。 「武豊、幸四郎、それに福永騎手も、過去にJRAの『最多勝利新人騎手賞』を受賞者に名を連ねています。しかし騎手というのは多少上手いだけでは、なかなか勝てません。当人の能力もさることながら、有力な馬を回してくれる厩舎、馬主の“援護”を受けられるかが重要なんです」(競馬記者) 「環境が変われば人も変わる」というが、「馬7、騎手3」といわれる競馬の場合は、特に顕著に表れるという。言い方を変えれば、経験のない騎手でも周りの協力で多くのいい馬に乗れば当然勝てるし、場数を踏んでいくうちに、いつの間にか上手くなるということのようだ。 「父が地方競馬を代表する騎手である鮫島克駿騎手は、それだけでも話題性がありますし、他の新人騎手とはバックボーンが違います。デビューイヤーとなった昨年、新人王争いをしていた同期の1人は年間93回しか乗れなかった一方で、鮫島騎手は521回。騎手としてスタートラインに立った時から、すでに大きな差があったということです」(同)  日曜の競馬が終わるごとに電話でアドバイスを送っている父・鮫島克也騎手の“親バカ”ぶりは、まだ微笑ましい。ただ、赤の他人である“親子鷹”の大先輩・福永騎手からも、デビュー直後から熱心なアドバイスを受けているのは、さすがに恵まれすぎか。前出の競馬記者は語る。 「普通の新人騎手は、新入社員と同じで、そう簡単に先輩からアドバイスなどもらえません。ましてや福永騎手は、日本でもトップ中のトップ。また、鮫島克駿騎手が所属しているリーディング争い常連厩舎の“相当なプッシュ”もあったようですし、はっきりいってしまえば、鮫島騎手の新人王はある程度“既定路線”といえなくもないんです」(同)  華やかな表舞台とは裏腹に、複雑に絡み合う人間模様で無数の“裏ネタ”が提供される点は、芸能界も騎手も同じのようだ。

『有吉反省会』で腰振りダンス、後輩叱責の直後に大チョンボ……「G1連敗記録保持者」田中勝春騎手の苦労人っぷり

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JRA公式サイト
 まさに“赤っ恥”である。  11日、中山競馬場で行われたフェアリーステークス(G3)。田中勝春騎手(45)の騎乗馬が外側に大きく斜行してしまい、あわや大惨事となるハプニングが起こった。  最後の直線、それも残り200mを切ったクライマックス。田中騎手騎乗のコパノマリーンが急に進路を外側に切り替え、外側を走っていた馬7、8頭が影響を受けて全滅。幸い落馬負傷等の事故にはつながらなかったものの、上位はすべて内側を走っていた馬が独占する“アンフェア”な結果となり、田中騎手は騎乗停止(16日間)となった。  これには、馬券を握りしめていた競馬ファンも大激怒。「バカヤロー!」「金返せ!」など、現場やネット上で批判の嵐が吹き荒れた。  若手ならまだしも、ベテランとしてはこの騎乗停止だけで十分こっ恥ずかしいことなのだが、田中騎手の“赤っ恥”はこれだけではなかった。彼にとって、このタイミングでの「違反行為」があまりにもイタい“事情”があったのだ……。  時は昨年の12月。あるレースのゴール後、田中騎手は、若手の石川裕紀人騎手を激しく叱責。内容までは明かされていないが、競馬ファンは一時騒然となったようだ。今でも大手ポータルサイトで石川騎手を検索すると「石川騎手 怒られる」というタブが表示されるほどで、ネット上でも波紋を呼んだ。  「関係者に伺ったところ、どうやらそのレースで、石川騎手が危険なコース取りをしたと田中騎手が判断したため注意していたそうです。ただ、実際にJRAからの注意等はなく『石川もなんで怒られてるのか、わからなかったんじゃないか』という声もあるほど。でも、相当怒っていたみたいですよ」(競馬記者)  そんな“疑惑の一件”からわずか1カ月、今度はその田中騎手の方が豪快に「やらかした」のだから、大先輩として若手に合わす顔もないだろう。それも、今回の被害馬の中に石川騎手が乗っている馬がいたのだから、これはもう目も当てられない……。  さらに、このレースとは関係ないが、田中騎手は9日放送の『有吉反省会』(日本テレビ系)に出演。反町隆史似であることを利用して本人に便乗したことを反省し、腰振りダンスなども披露していた。ここまでは「面白い」ですむのだが、その2日後に斜行してしまったことで「有吉と一緒に腰振ってんじゃねえよ」「もっと他に反省することがあるだろ!」と厳しいツッコミのネタとなってしまったのである。  とにもかくにも踏んだり蹴ったりの田中騎手。一体いつからこんなことに……。  田中勝春騎手といえば、若手の頃は “カッチースマイル”と称される爽やかな笑顔で人気を博していた。デビュー3年目の1992年、ヤマニンゼファーで安田記念(G1)を勝利するなど、関東期待のホープといわれていた。  ところが、その年の秋の天皇賞(G1)。田中騎手の有力なお手馬のヤマニンゼファーと、セキテイリュウオーの2頭が登録してしまう。田中騎手はどちらに乗るか迷った挙句、後者を選択した。結果、セキテイリュウオーは “ハナ差”で2着に惜敗。しかも勝ったのがヤマニンゼファーだったのだから、これには田中騎手もレース後に涙を流したという。  それから、田中騎手のJRA史上に残る“苦悩の日々”が始まる。毎年、JRAでそれなりの成績を収めながら、とにかくG1が不思議なほど勝てない。数えること足掛け15年の「139連敗」。もちろんJRAでの珍記録だ。  ただ、冷めない悪夢はなかった。田中騎手は2007年の皐月賞(G1)で、ついに連敗記録に終止符を打ったのだ。 「(G1勝利の味は)格別です。もう、勝つとか負けるとか忘れてましたよ」  勝利者インタビューでは勝った馬よりも、すっかり苦労人となった田中騎手に注がれていた大歓声。大舞台で惨敗を繰り返しながらも、どれだけ競馬ファンから愛されていたのかを表すような一幕でもあった。  競馬の酸いも甘いも噛み分けてきた苦労人だからこそ、騎乗停止の期間を糧にしてほしい。そしてバラエティ番組ではなく、今度は本業でも“カッチースマイル”を取り戻してもらいたいと願うばかりだ。

「言い訳不倫」ベッキー&川谷絵音とは“器”が違う!? 不倫疑惑・武豊の余裕コメントとは

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同じ不倫報道でも……
 タレントのベッキーと、ロックバンド・ゲスの極み乙女。の川谷絵音の「不倫密会騒動」の衝撃はいまだに冷めることなく、各マスコミが新情報を報じている。ベッキーを起用したCMの違約金が4億円だとか、一気に5キロもやせたとか、川谷が業界を追放されるかもしれないとか、第一報を報じた「週刊文春」(文藝春秋)からエグい第2弾が出るとか……。  また、ベッキーは川谷との交際中に数人で「女子会」を開いた際、友人に川谷との関係を「それは不倫だからやめたほうがいい」と止められていたのだとか。それでも突っ走ってしまったのだから、“恋は盲目”というしかないのだが、まあ許されない行為ではある。 「何より悪かったのは、不倫発覚時のベッキー、川谷両者の“対応”です。ベッキーは記者会見で同情を誘うような白いブラウスを着て、CMスポンサーの手前もあるのでしょうが『友人関係』を強調しましたが、ホテルでのツーショット写真や川谷実家訪問なども明らかになっている中で、苦しすぎる言い訳でしたね。川谷に至っては『結婚』の事実を最初は否定し、事が大きくなってから結婚を認めるというアタフタぶり。これだけで彼の“チキン”ぶりが明確になってしまいました。アタフタするくらいなら、不倫なんかするなよと……」(芸能記者)  お互い「不倫」の取材に対し、焦燥感の中であからさまな「逃げ」の一手を選んでしまったのが、バッシングを加速させた要因ということか。度胸もないのに「道ならぬ恋」に走るな、といういい例ではある。  今回の騒動で、2人の「器」のサイズがはっきりとわかってしまった感があるが、逆に、同じく「不倫」でその“器”の大きさを再確認した人物もいる。競馬の武豊騎手である。  武豊といえば、昨年10月にフリーアナウンサーの美馬怜子と六本木での「手つなぎツーショット」を報じられ、日本を代表する名騎手の“不倫騒動”として大きく騒がれた。その後「友人の一人」と関係を否定するところまでは、同じだったのだが……。 「不倫報道からさほど日もたっていない11月、『ウイニング競馬』(テレビ東京系)に騎手インタビューで出演した武さんは、レギュラーである競馬ジャーナリスト・原良馬氏(82歳)の若い頃の写真(かなりの男前)を見せられて『かっこいいですねえ』と称賛したんですが、その後『写真誌、大丈夫だったかな?』と不敵な笑みで語り、インタビュアーの芸人・キャプテン渡辺をオドオドさせました。さらに『気をつけてください、六本木は』と続けたかと思えば、『少々いいんですよ、やんちゃしても……いやだめです(笑)』と、次々にあの騒動を示唆するコメントを連発。キャプテンはもう笑うしかなくなってましたが、ファンの間でも『豊は無敵だな』『神』『スケールが大きな男』と絶賛でした。ギャグにしてしまうくらいの余裕はさすがです」(同)  不倫が正しいとは決していわないが、少なくともその後の対応やコメントで周囲の反応が大きく変わるのは間違いないらしい。川谷も、このくらいの堂々たる男っぷりを身につけてから不倫するべきだったのか……。

3冠パートナー・オルフェーヴルより暴れん坊!? 池添謙一騎手の「DV騒動」と“一撃必殺”

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池添謙一公式サイト
 競馬において、リーディングジョッキーやフェアプレー賞など、騎手にとってのまさしく「名誉」となる賞は数多くあるが、やはり「G1競走での勝利」というのは、騎手にとってこれ以上ない喜びに違いない。  さらに、そのG1の中でも最も歴史と伝統のある「皐月賞・日本ダービー・菊花賞」の「クラシック3冠」を1年の間に全て制覇する、いわゆる“3冠馬”の騎手というのはまさに“スペシャル”。この栄誉を勝ち取るには、騎乗技術はもとより、圧倒的な強さを持つ馬に騎乗するための「めぐり合わせ」や「運」も重要になってくる。  武豊&ディープインパクト、岡部幸雄&シンボリルドルフなど、これまでこの「クラシック3冠」を制した騎手は7名。その中でも最近、若くして3冠を制した騎手が、池添謙一騎手である。  “日本競馬の帝王”武豊や“レジェンド”岡部幸雄と比較すれば、一般の知名度はいわずもがな低い池添騎手。成績の面においても、武や岡部のように当たり前のごとく100勝をした経験があるわけではなく、JRAでの最高成績は2002年の79勝。他の年も40~60勝をコンスタントに積み重ねてはいるものの、リーディング上位に名を連ねたことはほぼ皆無だ。  しかしこの池添騎手、とにもかくにも「勝負強い男」で有名だ。 02年に桜花賞で13番人気のアローキャリーに騎乗し、G1初制覇を達成すると、その後もデュランダル、スイープトウショウなど、ここぞという時の“一撃必殺”でG1を制覇してきた。通算勝利数1,000勝に満たない(948勝)騎手としては、異常なほど高い数字を重賞でたたき出している。  そんな池添騎手が主戦となって11年にクラシック3冠を制した馬が、「金色の暴君」とあだ名されたオルフェーヴルだった。オルフェーヴルの兄であるドリームジャーニーで池添騎手はG1を2勝(09年宝塚記念、09年有馬記念)しており、その縁でオルフェーヴルに騎乗することになったのは有名な話。やはり「3冠」を獲得するには“縁”が大切なのだなあと、多くのファンは痛感したのではないだろうか。  まあ、こうした一撃に強い池添騎手ではあるが、競馬ファンからの太鼓判を押されるほどの人気があるかというと、そうでもない様子。若い頃はG1を制すると、とにかくオーバーリアクションでガッツポーズを連発し、とにかくよく泣いていた(オルフェーヴルの時は振り落とされるのが怖くてポーズは取れなかった)。あまりにもリアクションが大きすぎてファンが引いてしまい、ネット上で「キモ添」なんてあだ名が付けられたことも……。  その程度ならまだかわいい話なのだが、オルフェーヴルで菊花賞を制し3冠ジョッキーとなったすぐ後、写真週刊誌「フライデー」(講談社)が、彼の「ホステス愛人DVスクープ」を掲載。結婚して子どももいながら北海道でホステスに手を出したが、そのうち馬乗りになって殴ったり、腕をかんだなんて話も載っていた。強く殴って「骨が折れた!」と大騒ぎしたというのだから、かなりコワい話である。不倫だけで留めておいたら、こんな話題にはならなかったような気もする。  そんなこんなで人気としては“超一流”とはいえない池添騎手だが、現在も勝負強さは健在の様子。15年もショウナンパンドラで混戦のジャパンカップを制し、「池添は本当、勝負強いなあ」と改めて思った人も多いだろう。今後もG1の際は、彼をチェックしないわけにはいかないようだ。  ちなみに、オルフェーヴルを筆頭に、スイープトウショウなど気性に難のある「暴れ馬」に乗る機会が多い池添騎手。「類は友を呼ぶ」ではないが、とりあえず一番の暴れん坊は本人ということでいいだろう。

武豊に失言、ほしのあきと離婚秒読み? 、そして暴力団……三浦皇成騎手の「不運」と「自業自得」

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JRA公式サイト
 今週の中央競馬は月曜が祝日ということで3日連続開催。月曜の11R フェアリーS(G3)に、三浦皇成がダイワドレッサー騎乗で出走する。 「武豊2世」といわれたのも今は昔。いまだにG1勝利に手が届くこともなく、浜中俊など同年代の騎手がG1を勝つ中で、重賞勝利自体もごくたまにというのだから、デビュー時の騒がれ方を考えればさびしいと言わざるを得ない(これまでの年間勝利数もデビュー年の91勝が最高)。  もちろん、毎年60勝~70勝をコンスタントに稼いでいるのだから、中堅騎手としてなかなかの成績を残しているのだが、期待に応えられているというほどではない。なぜ、三浦騎手はなんとも地味な存在になってしまったのか。それは、もちろん運に見放された部分もあるのだろうが、「身から出た錆」が多い点も否定できない。  2008年のデビュー時、武豊が持っていた新人最多勝記録に並んだ後、記録更新まで少し足踏みしてしまった三浦騎手。その間、武豊騎手に9週連続で先着されたことに対して質問された際、彼はこう発言した。 「言い訳になっちゃいますけど明らかに武豊さんの方がいい馬に乗っていますし、正直武豊さんの馬に乗っていれば僕も9回中9回先着していた自信はあります」  普通なら「勝ち気で結構」となり、プロとして勝負師として正しい姿なのだが、競馬界の“帝王”武豊様を聞き方によっては「小馬鹿」にしたような発言に、ファンからは大ブーイングの嵐。武自身もこれまでの実績と努力でその地位をつかんだのは間違いなく、「この小童が!」と競馬界でもバッシングを食らう有様となり、後の騎乗馬に影響が出たなんて話もある。今の頭打ちの成績を見ると、「三浦こそ最初はいい馬乗っていただけじゃ……」なんてツッコミも入れられてしまうだろう。  そして、11年にほしのあきと結婚したことも、競馬界やファンから冷ややかな目で見られた。12歳年上のグラビアアイドルとの交際は、三浦の家族も、JRAも、一般人も反対していたが、聞く耳を持たずできちゃった結婚。ほしのが後にペニーオークション詐欺に関連した騒動で芸能活動をできなくなった点を見ると、周囲の不安がばっちり的中してしまったと言わざるを得ない。  さらに、三浦は結婚後も女子大生とカラオケボックスで抱き合っている写真を週刊誌に撮られるわ、合コンしまくってる情報が流れるわで完全に「遊び」に未練がある様子。これでは競馬にも集中していないように見えてしまう。  そして、彼の師匠であり、デビュー当初の彼に質のいい騎乗馬をあてがうために営業を重ねた河野通文調教師が11年、暴力団関係者との交流を理由に調教師の免許を取り消されたのも大きかった。この事件が起きたのが三浦とほしのの入籍翌日というのだから皮肉なものである。  運が味方しない部分もあるが、「武豊2世」ということで舞い上がった本人の責任も大きいということだろう。現在はどちらかというと「穴騎手」の扱いだが、再び「主役」の座につくことができるか。まずは、できる限り早くG1を勝つことが求められるところだ。

死と隣り合わせでも、いきなり年収3,000万円は当たり前! プロ野球・Jリーグも呆然「騎手の収入」

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武は3億円!?
 2015年の競馬界は、2人の外人騎手がJRA日本中央競馬会所属騎手となったことで激変。その2名、ミルコ・デムーロとクリストフ・ルメールは2人で年間230勝したわけだが、逆にいえば彼らが来なければその230勝が日本人騎手に割り振られた可能性もあるわけで、その影響は甚大といえるだろう。  14年に続いて年間リーディングを獲得した戸崎圭太騎手は130勝を記録したが、2014年は146勝だったことを考えれば10%以上も勝利が減った計算になる。  14年2位で136勝だった岩田康誠騎手は、15年101勝と35勝も減少。3位の浜中俊騎手も125勝から98勝と27勝も減らしている。さらに甚大なのが中堅騎手で、14年117勝の北村宏司騎手は15年76勝と41勝も減少、タレントほしのあきの旦那である三浦皇成騎手も73勝→64勝、和田竜二騎手も68→48勝と大幅に成績をダウンさせている。  しかし、これだけ成績が下がっても、このあたりの騎手なら収入は“ウハウハ”だ。  年間リーディングを獲得した戸崎圭太騎手はレース総賞金27億2,435万2,000円を獲得。騎手の取り分は5%なので1億3,621万7,600円が賞金からの収入になる。さらに、騎手はレースに騎乗すれば2万6,000円から最大6万3,000円(障害騎手なら最大14万4,200円)の騎乗手当があり、さらに騎乗するごとに1万5,500円の騎手奨励手当が交付される。  各種手当とレース賞金と合わせれば、報酬総額はJRAだけで1億7,898万円を超えており、地方や海外成績を加えれば約2億円、れっきとした一流スポーツ選手なのである。なお、15年の全JRA所属騎手をザッと見ると13名ほどがこの1億円プレイヤーという状況だ。  また1億円に届かなくても、15年にデビュー2年目で年間60勝、総合17位の好成績をおさめた松若風馬騎手は、まだ21歳ながら推定収入約4,000万円。しかしデビュー1年目ですら3,000万円以上の報酬を得ており、これはプロ野球選手やJリーガーも目が飛び出る金額。馬券はファンに夢を与えるが、騎手の報酬はそれ以上に魅力的といえるだろう。  しかし、競馬は完全な優勝劣敗の世界。勝ち組もいれば負け組もいるのが世の常。戸崎圭太騎手や松若風馬騎手のように成功をおさめた騎手もいれば、年間で1勝もできないような騎手も少なくない。  例を挙げれば、障害騎手としてキャリア14年の鈴木慶太騎手はこれまで14年間でわずか8勝、15年は年間10回の騎乗にとどまり、10年を最後に勝利がない。障害競走1Rあたりの騎乗手当8万4,200円+騎手奨励手当1万5500円で10回の騎乗だから合計99万7,000円の報酬となる。これに調教手当を加えても100万円ちょっとといえる金額であり、一般的なフリーターと何ら変わりない。  もちろん、こういった騎手は騎手だけの収入では食っていけないので、厩舎に所属して厩舎の仕事で給料をもらったりしているわけだが、トップクラスとはまさに雲泥の差といえるだろう。  全盛期の武豊騎手は年間3億円を超える収入があったといわれているが、人気ジョッキーともなればテレビやイベント出演、CM、グッズ販売など副収入も多彩だ。しかし苦労して騎手になりながらも表舞台で輝くことなく消えていく騎手も多いのが現実。勝負の世界は残酷なのである。