後藤浩輝騎手の自殺で“大スランプ”名手・岩田康誠騎手の復活にトップエージェントの目論見あり

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『岩田康誠 | 競馬騎手の公式サイト』より
 春のG1シリーズ真っ只中。特に5月は、競馬関係者の誰もが目標にしている日本ダービーが開催された。スターホースや人気ジョッキーの手綱さばきに注目が集まるが、やはり目を引いたのは2着に入ったサトノラーゼンであり、鞍上の岩田康誠騎手だった。  園田競馬時代から小牧太騎手と常にナンバーワン争いを演じてきた岩田騎手だが、中央入り後の活躍では小牧騎手に完全に差をつけたと言わざるを得ないだろう。それほど岩田騎手の勝負勘や追い出しのタイミング、コース取りなどは天才的だ。今年の桜花賞も、レッツゴードンキで絶妙なペース配分で逃げ切ってしまったことは記憶に新しい。  そんな岩田騎手だが、2度も落馬させてしまい、最後は自らの命を絶った後藤浩輝騎手への思いは人一倍強い。 「一部では不仲説もささやかれていた2人ですが、実は意外にソリが合ったみたいなんですよ。積極的に仕掛ける乗り方と個性的な感性が似ていた部分もあったようです。だから後藤騎手の訃報を耳にしたとき、岩田騎手はすごく落ち込んでいたみたいです」(競馬サークル関係者)  2012年の「NHKマイルカップ」で後藤騎手の騎乗馬と接触し、落馬させてしまったときは、岩田騎手の強引な乗り方に各方面から批判が集まった。復帰後も昨年4月27日の東京競馬第10レースで、やはり似たようなシチュエーションで後藤騎手は落馬。しかも頸椎という人間の体幹に大きな影響を及ぼす重要な箇所をまたもや傷めてしまった。何度も頸椎を骨折や損傷したためか、この時ばかりは復帰すら危ぶまれた後藤騎手。当時の状況をよく知る関係者はこう明かす。 「これ以降、岩田騎手は馬群を突き抜けたり、お得意のインコースを突いたりすることができなくなったんです。だから昨年の夏は、岩田騎手は大スランプに陥りました。でも、そんな岩田にも勝負どころがきました。それが昨年秋、京都競馬場で行われたマイルチャンピオンシップだったんです」  勝ったダノンシャークはG1ではいつもチョイ足りずのレースが多く、前走の富士ステークスでは騎乗した福永祐一騎手の早仕掛けのせいもあり、ゴール前で完全にタレてしまった。これにオーナーのダノックスサイドは激怒し、福永騎手降ろしに動き始める。  一方、あまりにも危険な騎乗が目立つ岩田騎手に対して社台グループは「NO」を突きつけていたこともあり、有力馬の1頭であったフィエロに岩田騎手を乗せるという選択肢はなく、福永騎手に白羽の矢を立てていた。  岩田騎手、福永騎手、四位騎手の馬を集めるのは、トップエージェントでもある元「競馬ブック」の小原靖博氏だ。通称「小原軍団」と言われるだけに「彼が3人の騎手をうまく手配してレースに挑ませる。このときはダノックスと社台の思惑が一致したため、すんなりとダノンに岩田、フィエロに福永で決まったが、より勝負気配だったのは前者であることは明白だった」(前出の競馬サークル関係者)  岩田騎手もここで福永フィエロ&社台グループに一矢報いれば自分の価値を高めることにもなり、なおかつダノックスグループの信頼も勝ち得ることにつながり、今後ダノンの馬集めに有利に働く。  結果は言わずもがな。お得意のイン突きが見事にハマり、馬場のド真ん中をなんの不利もなく完璧に乗った福永を競り落とした。このレースで岩田騎手は本来の騎乗を取り戻し、今春の桜花賞制覇へとつながっていくのだ。  G1レースでの岩田騎手の手綱さばきは要注目だ。

G1フェブラリーステークスに「談合」で勝った!? 名ジョッキー・武豊にささやかれる“好展開レース”の不可解

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武豊
 JRA通算勝利数3,722勝(※5月28日時点)、国内&海外のG1勝利数は優に100勝を超え、競馬に興味のない人でも“ジョッキー武豊”の名前を知らない者はいないだろう。そんな競馬界のスーパースターも、近年は乗鞍数が激減し、かつて不動のリーディングジョッキーだった頃の輝きは消えつつある。 「いまや“メイショウ”の冠で知られる松本好雄オーナーからの騎乗依頼くらいしか、有力馬に乗る機会はなくなりましたからね。そういう意味では、フェブラリーSでのコパノリッキーは是が非でも勝たなければならなかったというのが、豊の本音でしょう」(栗東関係者)  コパノリッキーは2月22日に東京競馬場で行われたダートのG1レース「フェブラリーS」を勝利。スタートがあまりよくなかったコパノだったが、武騎手は手綱を押して先行争いに加わっていき、大外からハナにいったアドマイヤロイヤルの姿を見るや、2番手に控え、かぶされないように外目から徐々に上がっていき、直線を向くと抜群の手応えで抜け出し、見事に栄冠をつかんだ。  玄人筋をうならせた豊の完璧騎乗だったが、実はこのレースにはとんでもない裏があったという。事情通X氏はこう語る。 「レース前に、これまで豊にお世話になっていた関西を中心とした某ジョッキーたちから『今日は豊さんがG1を勝つチャンスなんだから、無理に先行して競りに行くなよ』といった、信じられない“お達し”が出たんですよ。だから、本来なら前に行く馬が行かずに、先行有利の展開になったでしょう。そんなお達しに耳を傾けなかったとみられるのは、アドマイヤで逃げた横山典弘騎手や、追い込み馬なのに先行してゴール前詰め寄ったインカンテーションの内田博幸騎手くらいですかね」  確かに同レースをよくよく見てみると、本来は逃げるはずだったコーリンベリーの松山弘平騎手は、1枠に入ったにもかかわらず3コーナでは10番手追走、前走逃げた北村宏司騎手のグレープブランデーも4コーナでも5番手追走、これまた先行馬の三浦皇成騎手サトノタイガーに至っては、3コーナで14番手という絶望的な位置取りに終始した。  こういった展開に激怒したのが、勝浦正樹騎手だったという。  別の競馬関係者によれば、レース前に“武豊騎手に絡むな”という通達を出した関西有力騎手をはじめとしたその仲間たちに「冗談だろう! そんなんじゃ、レースにならないよ! おかしいって絶対に!!」と興奮気味に声を荒らげていたとか。  実際に勝浦騎手が乗ったレッドアルヴィスは、前走も前々走も2番手につけてレースを進めていたが、今回は上記のような“武豊G1奪取応援隊”の包囲網に遭い、思うようなレースをさせてもらえなかったように見える。  もっとも「そんなことはレース前からわかりきっていたんだから、思い切って横山騎手みたいに逃げるとか、策はあったでしょう」と勝浦騎手に苦言を呈する声もある。  もちろんすべてのジョッキーが手を抜いたわけでもなければ、直線で追わなかったわけでもないから、“八百長”とは言い難いだろう。しかし、明らかに武豊騎手のコパノリッキーにとっては有利な展開になったことは否定できない。それだけに勝浦騎手の不満も理解はできるが、そういった不利な状況を打破してこそ一流ジョッキーということなのだろうか?

天皇賞の“神騎乗”は偶然の産物!? 宝塚記念3連覇のかかるゴールドシップに不安の声

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JRAホームページより
 5月3日に行われたG1の天皇賞・春を制したゴールドシップ(牡6)。後方待機から2周目の向正面でスパートをかけるという“超ロングスパート”で、先に抜け出したカレンミロティックをゴール前で差し切った。  一昨年は1番人気で5着、昨年は2番人気で7着と人気を裏切ってきた同レースでリベンジを果たし、“鬼門”とされた京都も攻略し、これでG1は6勝目。3連覇を狙う宝塚記念が行われるのは7戦6勝(2着1回)と大得意の阪神競馬場だけに、不動の主役を務めるのは間違いない。  それにしても、ゴールドシップは天皇賞・春で考えられないほど長い脚を使った。 「残り1,200メートルからマクり始める、通常ならありえないロングスパート。しかも、全頭をマクり切るのではなく3番手あたりまで位置取りを上げてから、再び直線で加速し伸び切れる無尽蔵のスタミナを持つのがゴールドシップの強さ。実際、マクってきた時に一緒に動きを見せたキズナ(7着)、サウンズオブアース(9着)ら有力馬は直線でスタミナ切れを起こして見事に惨敗した」(夕刊紙の栗東トラックマン)  鞍上の横山典弘騎手は当初、脚を残さないように逃げの手でスタミナ勝負に持ち込む作戦を描いていた。ところが、発走調教再審査を課せられたほど、ゲート入りをごねたゴールドシップ。その影響か、スタート直後は最後方。これまで以上に行きっぷりも悪かったが、逆にこれが横山の“通常運転”を覆すキッカケになったのだから競馬はわからない。 「馬の行く気を最大限に尊重する騎乗をするノリ(横山)ですが、レース後には、『スタート直後から手応えが悪すぎて、1回も手応えを感じることがなかった』や『惨敗することも覚悟した』と漏らしていたほど。通常ならマクる場合でもノリは馬を押していく程度ですが、そんな檄ではまったく反応しない。諦めたノリは何度もムチを使って強引にマクっていった。一番走る気を見せなかったゴールドシップがノリの通常騎乗を覆し、結果的に真のスタミナを問うレースに持ち込めた」(同)  47歳の大ベテランが、ゴール直前まで本気で追いまくった姿に感動を覚えたファンもいたに違いない。道中のラップに緩みをつくらず、切れないがバテない特徴を生かし切った“神騎乗”。そんな周囲の絶賛する声に「たまたま」と答えた横山騎手。今回に限って言えば、ゴールドシップの想像以上の行きっぷりの悪さが生んだ偶然の産物とも言えたのだ。 「勝った後、ノリは自身の騎乗に納得しておらず、無理をすれば故障のリスクも高まるので、同じような乗り方はしないはず。ゴールドシップについて『これからたまに力を出してくれればいい』と達観しているように、トレセン内では3連覇のかかる宝塚記念もあっさり負けるシーンもあると心配する声もある。それだけ天皇賞・春のゴールドシップはゲートも含めて走ることに飽き始めていた」(同)  その宝塚記念では初の3連覇を狙うことになるが、不安点はやはりゲートだ。 「先月29日に栗東で発走調教再審査に合格したものの、本番でもすんなり入ってくれるかどうか。阪神競馬場ではいいイメージしかなく、手応えが多少悪くても宝塚記念では“大丈夫”とムチを使ってでもマクるような競馬は絶対にしない。まともに走れば、負けようがないが、取りこぼすリスクは意外に多いはず」(前同)  “鬼門”の京都をクリアしたことで圧倒的な人気を背負うことは確実だが、意外な落とし穴が待っているかもしれない。

業界震撼の暴露本『騎手の一分』で“競馬界の裏番長”藤田伸二騎手が低迷中!?

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『騎手の一分――競馬界の真実』講談社
 かつてはフサイチコンコルドで日本ダービーを制し、シルクジャスティスやローレルゲレイロ、トランセンドなどの名馬の主戦を務め、数々のG1レースで勝利に導いてきた藤田伸二騎手の低迷が著しい。今年に入ってからの勝利数はわずか8勝。勝率、連対率とも0.067で全国リーディング43位(3月29日時点)と思わしくない。  藤田騎手といえば、数多くのG1を手中に収めるとともに馬を真っ直ぐキレイに走らせる技術にも長けて、歴代最多のフェアプレー賞を獲得し、2004年と10年には特別模範騎手賞も受賞している。その一方で、周囲に迷惑をかける危ない騎乗をする後輩騎手を厳しく“指導”したり、一部信頼をおいている記者以外の多くのマスコミ関係者に対して、レース前やレース後のコメントを拒否したりするなどコワモテの一面も。 「男気あふれる一本気な性格を高く評価する関係者も一部にはいますが、ここだけの話、みんなから怖がられています。藤田さんを若手時代から知っているベテラン騎手や調教師、かわいがられているわずかな後輩騎手を除いて、年下の騎手や調教助手などスタッフは腫れものに触る感じで、滅多に自分から声をかけたりはしません」(某トラックマン)  さらにはこんな話も。 「キレると後輩はもちろん、先輩にさえも容赦ない。以前には関東所属のベテラン先輩ジョッキーの髪をつかんで引きずり回したこともありました。その時は相手にも非があり、大事にはなりませんでしたけど……」(同)  それでも、これまでは数々の勝ち星を挙げて実力で周囲の雑音をシャットアウトし、我が道をいっていた藤田騎手だが、最近は成績も低迷し、G1などの大レースが開催される日には裏開催のローカル競馬場に参戦するケースも目立つ。その背景にはある1冊の本が関係しているという。 「藤田さんは一昨年に著書『騎手の一分』(講談社)という本を上梓しましたが、書中ではJRAや騎手のエージェント制度、一部人気騎手の騎乗方法などを批判し、大きな話題を呼びました。以前から歯に衣着せぬ言動が目立つタイプではあり、的を射ている部分もありますが、さすがに過激すぎる内容に競馬サークル内では以前にも増して距離をとる動きもあります。有力馬への騎乗機会が減っている背景には、こうした影響もあるでしょう」(同)  それと重なって騎手たちの世代交代も逆風となっているという。 「現在、リーディング争いをしている福永さんや岩田さんは、いわゆる藤田さんの“次世代”で“ポスト武豊”を目指している。彼らにしてみれば、藤田さんも超えなくてはいけない“古い世代”の人間のひとりで、正直折り合いはよろしくない。さらに下の世代は現役バリバリの頃の藤田さんを知らず、ただの厄介な先輩という認識しかない。以前の藤田さんなら単騎逃げができた場面でも、最近はせりかけられることも多く、かつての“神通力”が通用しなくなっています」(同)  こうした中、一部では引退説もささやかれ始めている藤田騎手だが、「なんと言っても注目は夏の北海道シリーズでしょうね。藤田さんといえば、例年地元の北海道では抜群の成績を残し、“北の帝王”の名をほしいままにしてきましたから。万が一、今年の函館、札幌開催でも結果を残せないようなことがあれば……」(同)。  “競馬界の番長”の夏に要注目だ。

一家心中未遂、実母のDV疑惑、刻まれたタトゥー……自殺したトップジョッキー後藤浩輝騎手が抱えた心の闇

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後藤浩輝-facebook
 JRAのトップジョッキーの後藤浩輝(享年40)騎手の自殺の衝撃は、いまだに関係者に暗い影を落としている。  3月1日の中山競馬場の第9R「富里特別」では、後藤騎手からの乗り替わりでダイワレジェンド(牝4=国枝)に騎乗した三浦皇成騎手が勝利。ゴール入線時に、左腰に着けた喪章を握りしめる姿が注目を集めた。また、開催中の中山、阪神、小倉の各競馬場に献花台、記帳台も設置され、武豊騎手や内田博幸騎手らが哀悼の意を表した。  それにしても解せないのは突然、死を選んだ後藤騎手の心中だ。競馬サークル関係者はこう話す。 「前日に後藤騎手と話した知人も、『いつもと変わらない様子で、まさか翌日に自殺するなんて想像もできなかった。いまだに信じられない。これは何かの間違いなんじゃないかって思う』と話しているくらいですからね」  なんとも謎は深まるばかりだが、ファンの間でささやかれているのは落馬、負傷を繰り返しているうちに「死にたくなったのかもしれない」という疑念だ。確かに、後藤騎手は度重なる落馬トラブルに遭っていた。12年5月6日のNHKマイルカップで落馬し、「頸椎骨折、頭蓋骨亀裂骨折」と診断。復帰後の14年4月27日の東京競馬10R「府中市制60周年記念」でも落馬し、「第五、第六頸椎辣突起骨折」に見舞われた。  落馬事故の原因は2度とも岩田康誠騎手のラフプレーとされており、つい先日も同じエージェントから騎乗馬を提供されている北村宏司騎手との絡みで落馬負傷したばかりだった後藤騎手。 「確かに、落馬事故がまったく影響しなかったとは言い切れないでしょう。これが直接的な自殺原因ではありませんが、もともと情緒不安定気味なところがあった後藤騎手にとって、頚椎や頭ばかり痛めているうちに、なんらかの悪影響を受けてしまった可能性はゼロではない」と前出関係者は証言する。  その一方で、後藤騎手にも近しい別の競馬サークル関係者は、それは根本的な自殺原因ではないと断じる。後藤騎手は常に「騎手という職業は常に死と隣り合わせ。覚悟がないと、この仕事はできない」と知人に話していたそうで、落馬事故の相手となった岩田騎手に対しても「恨み? そんなのまったくないよ。お互いプロなんだからね」と話していたというのだ。  むしろ今回の自殺の謎を解き明かすにあたっては、後藤騎手の生い立ちや複雑な家庭環境にスポットを当てなければならないだろう。前出・競馬サークル関係者は、後藤騎手がこんなことを話していたと明かす。 「小さい頃、親父に一家心中させられそうになったんだ。母に対してのDVもひどくてね。ある時、姉貴と母は親父の元を出て行った。俺も一緒について行ったんだけど、なんか親父をひとりぼっちにさせておくのが気になってね。戻ってしばらくは父子生活が始まったんだけど、ある夜、首吊り自殺を図ろうとした親父の体が、寝ていた俺の上にいきなり落ちてきて。未遂に終わったけど、それだけにとどまらず、今度は川に投げられて、その後、親父も飛び込もうとしたりしてね。寝ている時にいきなり首を絞められたこともあったよ。それで、母のところへ逃げた。そうしたら、母は新しい男を作っていて。やっぱり親父の元へ戻ろうと引き返したんだ。でも、母は俺のことが心配だったんだろうね。姉貴と一緒に俺についてきたよ(笑)。新しい彼氏? 母に捨てられたみたい」  再び家族4人での生活が始まったが、母のおなかには新しい生命が宿っていた。それが今の弟となるわけだが、後藤騎手が20歳を過ぎた頃に、実はその子は親父の子ではなく、例の新しい彼氏との間にできた子だったことを知ったとか。だが、この頃の後藤騎手はある種、自身のそういった家庭環境を達観していたという。  周りを楽しませることが大好きだった後藤騎手はカラオケが趣味で、その日歌いたい曲名をメモに書いてズボンのポケットに忍ばせてやって来るほどの念の入れようで、酒が入るとみんなの前で突然脱ぎだし、それこそ江頭2:50ばりのパフォーマンスを見せていたそうだ。 「実は、後藤騎手の体には派手なタトゥーが入っていた。普通なら女の子は引いちゃうんでしょうが、どんなに酔っ払ってろれつが回らなくなっても、全裸でフルチンをブラブラさせても、女の子に抱きついたりセクハラしたりすることはなかった。それもあって、女の子はみんな『彼って優しい~』って、後藤騎手にメロメロになっちゃうんですよ」(前出・競馬サークル関係者)  そんな後藤騎手だが、1カ月ほど前には、他人の話もうわの空で「なんか様子が変だった」と話す知人も多い。それと同時期に後藤騎手が六本木、西麻布界隈で出席したイベントに関してこんな話も。 「いつもよりもガラの悪い連中が多くて、全裸の写真を撮られていましたよ。『まさか、ゆすられていたんじゃないか?』と心配する声も出始めています」(同)  今回の後藤騎手の自殺の闇は想像以上に深そうだが、明るいパフォーマンスで競馬界を盛り上げて、GIレースを制し、JRA歴代16位の通算1447勝を挙げた名ジョッキーには、天国で安らかに眠ってほしい――。 (文=中川克幸)

地方競馬は八百長の温床か? 「金沢競馬八百長糾弾ブログ」の真偽を関係者に直撃

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 G1レース6勝の歴史的な名牝・ジェンティルドンナが有終の美を飾り、歴代G1勝利数ランキングに肩を並べる7勝目を挙げて幕を閉じた2014年の競馬界。競馬人気の低迷が叫ばれる昨今だが、それでもジェンティルドンナが勝利した有馬記念当日には中山競馬場に11万人もの観客が集まるなど、いまだに日本の競馬は多くのファンを魅了している。 「最近は世界中からトップジョッキーが日本に乗りに来ていますが、賞金未払い問題で存続の危機にあるイタリアをはじめ、アメリカしかり、ヨーロッパしかり、世界中で日本ほど競馬が文化として国民に定着している国はありません。ファンが多いからレースの賞金も高いですしね。インターネットやスマートフォンの普及などで部数減が深刻な日本のスポーツ新聞の売り上げを、なんとか支えているのも事実上競馬ですからね」(スポーツ紙競馬担当記者)  とはいえ、日本の競馬がすべて安泰かというとそうではない。  JRAが主催する中央競馬がいまだに隆盛を極めている一方で、各地方自治体が運営している地方競馬は、数年前から存続の危機に瀕している。 「11年には熊本の荒尾競馬が廃止されましたが、それ以前にも高崎競馬や宇都宮競馬、中津競馬などが馬券の売り上げ減で廃止の憂き目に遭っています。東京の大井競馬や神奈川の川崎競馬などの南関東競馬は、都市部の競馬場という立地条件を生かし、夜に行うトゥインクルレースの開催などで仕事帰りの会社員や学生などを集客し、それなりの売り上げを成立させていますが、その他の地方競馬に関しては、経営状況はかなり厳しいのが実情です」(同)  そうした中、一昨年の秋には金沢競馬場での八百長レースが告発されて大きな話題を呼んだ。  事の発端は同年9月下旬、インターネット巨大掲示板「2ちゃんねる」の競馬板に突如、「本日金沢9Rで八百長が行われます」という見出しのスレッドが、レース発走直前に立てられたことだった。  こうした自称関係者による“予想スレッド”が立つケースは過去にもよくあったが、ほとんどはガセだった。だが、今回の結果は「1番人気4番 5番人気2番がわざと負けます」という書き込みの通り、1番人気の4番は11着、2番は7着に敗れた。  さらに、このスレッドを立てた人物が「金沢競馬八百長糾弾ブログ」を作成。「馬券の売り上げ」や「馬券ごとのオッズの比較」などから八百長が行われているというレースを徹底的に検証し、しかもこの人物が指摘したレースでの馬券の売り上げが前後のレースに比べて突出したものになったり、単勝馬券の配当が3連単馬券の配当を上回るような通常ではあり得ない現象が起きていることもあって、注目を集めた。 「単勝馬券の配当が3連単馬券の配当を上回るなんて、確率論から言ってもかなり不自然です。2種類の馬券を比べると、的中する確率が雲泥の差ですからね。意図的な大量買いがあったとしか思えません。実際、この人物が“八百長”と指摘するレースの映像を観てみると、騎手がわざとコースを大回りするような騎乗をしたり、突然落馬したりと、不自然な行動も目立つ。ハッキリ言って、八百長を疑われてもおかしくないですよね」(同)  現在も「金沢競馬八百長糾弾ブログ」は日々更新を続けており、管理者は金沢競馬に厳しい視線を向けている。  そこで、告発の真偽を追及すべく金沢競馬の関係者に独自に接触を試みたところ、絶対匿名を条件に重い口を開いた。 「金沢競馬は赤字続きで存続の危機に瀕しており、近い将来の廃止が検討されています。トップジョッキーの吉原寛人騎手が11年から大井や川崎といった南関東競馬にも参戦しているのは、そういった流れが濃厚だからです。そうした中、例の騒動の前には関係者の間で怪文書が流れたこともありました。私の口からハッキリと八百長が行われているとは断言できませんが、廃止となれば調教師や騎手、調教助手といった競馬に携わる多くの関係者が失業することになります。彼らにだって生活があるわけだし、職を失う前にひと稼ぎしておこうと考えても不思議ではありませんよね」  通常、競馬において関係者が馬券を購入することはご法度されている。だが、実際には誰がいつどんな馬券を購入したのかを厳密に調べることはできない。  それこそ馬券購入希望者が信頼できる知人に頼んだり、人を介して購入すれば済むだけの話だ。つまり騎手や調教師といった関係者が組織ぐるみで本気になって八百長をやろうとすれば、試みることは可能というわけだ。 「有馬記念の11万人じゃないですけど、さすがに多くの人の注目が集まる中央競馬ではそこまで大胆な八百長はできないと思います。ただ、昔から地方競馬では怪しいレースがたくさんありましたからね。それなりの技量のあるジョッキーならば、弱い馬を勝たせることはできなくても、強い馬を負けさせることはできる。調教師が調教で手を抜くことで、馬に本調子を出させないこともできるでしょうし。そもそも、地方競馬の馬は中央競馬に比べると全体的な能力が低く、ドングリの背比べのような状況で、ジョッキーや調教師の技量が結果に大きく関わってきますからね」(前出記者)  競馬界にはびこる八百長の闇は、想像以上に深いようだ。

これもフジ低迷の表れか!? オークスの実況を担当した福原アナに「近年まれに見る糞実況!」と批判が殺到

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『みんなのKEIBA』フジテレビ
「ここまでひどい実況を聞いたのは久しぶりですよ」  そう怒りの声を上げるのは競馬歴30年の男性だ。5月25日、東京競馬場で牝馬クラシックG1「オークス」が行われた。フジテレビは午後3時から『みんなのKEIBA』を放送。同レース最大の注目は、驚異的な末脚で“怪物牝馬”の名をほしいままにするハープスター。単勝オッズは1.3倍と断然。  競馬ライターは「底知れないポテンシャルで、オークスは単なる通過点。秋にはあのディープインパクトでも勝てなかった世界最高峰レース、凱旋門賞に挑戦することが決まっている。JRAとしても昨年引退したオルフェーヴルに代わるスターホースとして、ハープスターを大プッシュしていた」と話す。  だが、何が起きるかわからないのが競馬。結果はハープスターは直線最後方から猛然と追い込むも2着で、勝ったのは2番人気のヌーヴォレコルトだった。  その瞬間、全国の競馬ファンから悲鳴が上がったことは想像に難くないが、レース実況を担当した福原アナまでもが取り乱してしまったのだから、お話にならない。  福原アナはハープスターしか眼中になく、レース中はひたすら「ハープスター!」と連呼。最後の直線でもハープの追い込みばかりを伝え、肝心の1着馬の名前を叫んだのはゴールの瞬間のみ。これには放送後、ネット上で「近年稀に見る糞実況だった」「オークスを台無しにした」「新人アナの方がよっぽどうまい」などと批判が集中。同局には抗議電話も数件入っているという。 「フジテレビのカメラワークもひどいもので、直線では3秒間くらいハープスターのアップ映像を流した。競馬中継こそ公平性が問われるもの。『どうせハープが勝つ』とタカをくくっていたフジのずさんな番組作りが露呈した」とはテレビ関係者。  “みんなのKEIBA”が“フジだけのKEIBA”になっては、元も子もない。

「ああいう馬に巡り合いたい……」名騎手が忘れられない真の名馬・シンボリルドルフ

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JRA公式サイトより
 芝2,500mのレースで争われる有馬記念ならば、タイムはおよそ2分30秒あまり。その一瞬一瞬に、冷静な判断力で馬を操るのが騎手の仕事だ。そんな厳しい競馬の世界で、岡部幸雄は1967年から2005年にかけて38年間、1万8646レースを戦い続けた。G1レースの勝利数は38勝、通算成績は2943勝。この勝利数は、武豊に次いで歴代2番目の数字となっている。岡部は日本競馬会に輝かしい実績を残した騎手だ。  71年からたびたび海外を訪れ、各地の競馬を学んだ岡部。現在でこそ、多くの騎手が海外遠征で修業を積んでいるが、当時まだそんな事例は少数派だった。騎乗実績としては、アメリカを中心に12カ国で騎乗し、98年にはタイキシャトルに騎乗して仏・ジャック・ル・マロワ賞に勝利。このほかにも、彼は乗馬フォームや調教時のジーンズの着用、エージェント制度の導入など競馬にまつわるさまざまな事柄を学び、日本に導入していった。保守的な日本競馬会において、岡部の導入する斬新なスタイルを「アメリカかぶれ」と罵る声も上がったが、現在では、その多くが日本でも定着しているのだ。当代一のスタージョッキーである武豊ですら、インタビューで「岡部さんの偉大さがつくづくわかりました。僕があの人の影響をすごく受けていた、ということにも気づいた」と、その影響を語っている。  そんな岡部にとって、忘れられない馬が「皇帝」の異名を付けられた名馬・シンボリルドルフだ。  84年の皐月賞、日本ダービー、菊花賞の3冠をはじめ、有馬記念、ジャパンカップ、天皇賞など、圧倒的な強さでG1レースを手中に収め続けたシンボリルドルフ。そのすべてのレースで、鞍の上にまたがったのが岡部だった。彼は38年間の長きに渡る騎手生活を過ごせた理由として、シンボリルドルフとの出会いを語る。 「また、ああいう馬に巡り合いたい。もう一度、ああいう馬をつくりたい――。ルドルフに出逢ってからは、そんな想いに取りつかれてしまったのである」(『勝負勘』/角川oneテーマ21)  では一体、シンボリルドルフの何が特別だったのだろうか?   例えば84年の日本ダービー。第3コーナーを回って、第4コーナーを過ぎても、シンボリルドルフの位置取りは7〜8番手。いくら岡部がムチを入れても、シンボリルドルフは本気で走ろうとはしなかった。最後の直線になり、焦る岡部は強めのムチを入れる。しかし、皇帝はまだ動こうとしない。だが、「さすがのシンボリルドルフもここまでか……」と誰もが思った残り400メートル。突如としてルドルフのエンジンに火がつくと、あっさりと先行馬を抜き去って、先頭でゴールに飛び込んでしまった。  レース後にビデオを見返した岡部は、残り400メートルの地点が「仕掛けのタイミングとしてピッタリだった」ことに驚く。騎手ではなく、馬が勝手にレース展開を読み、勝利までの最短距離を計算していたのだ。 「ルドルフは私の指示をそのまま聞くのではなく、自分でレースをつくったのである。そして私は、それによって理想の仕掛けのタイミングを学ぶことができた」(『勝負勘』)  シンボリルドルフが出走したレースは16戦。岡部の生涯戦績のわずか1000分の1にも満たないものだ。しかし、若き日の岡部にとって、ルドルフとともに戦った16戦で得た喜びや悔しさが、その後の騎手人生を送るための大きな財産となった。そして、彼は歴史に名を残すトップジョッキーに成長していく。おそらく岡部にとって、後にも先にもルドルフ以上の馬はいなかっただろう。  引退後、岡部は、北海道に暮らしていたシンボリルドルフの元を訪れている。いつも、気性が荒いシンボリルドルフは、傍に来た人間に対して悪戯をするのだが、岡部が近づいていってもおとなしく過ごしていたという。2011年、「皇帝」の異名を持つ名馬は30歳でその生涯に幕を閉じた。 (文=萩原雄太[かもめマシーン]) ●おかべ・ゆきお 1948年群馬県生まれ。84年、シンボリルドルフで無敗のクラシック3冠達成をはじめ、数々の名馬でGI制覇を成し遂げた。その見事な手腕は「名手」と称される。85年からほぼ毎年、海外のレースに参戦する国際派ジョッキーとしても活躍。競馬関係者からは畏敬の念をこめて「ジョッキー」の通り名で呼ばれる。05年3月20日、「生涯一騎手」の人生を貫き、38年間の騎手生活に終止符を打つ。

「まるで競馬界の島田紳助!」JRAを"追放"された河野調教師のコワモテ素顔

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JRA公式サイトより
 タレント・ほしのあきとの結婚を発表した三浦皇成騎手の"育ての親"で知られる河野通文調教師が、先月26日付でJRA(日本中央競馬会)から調教師免許を取り消された。山口組関係者との"黒い交際"が発覚したためだ。  JRAによると、河野氏はかねてからの知り合いだったI氏について、暴力団関係者であるとの認識があったのにもかかわらず、交際を続けていたという。昨年7月30日、1,000万円の借り入れの申し込みを受けて、即日これに応じ、大阪・伊丹空港に現金1,000万円を持参し貸し与えたという事実が詐欺事件として発覚し、JRAの裁定委員会は平成23年8月12日付で調教師免許の取り消しを求める意見書をJRA理事長に提出、受理された。  河野氏は「私としては暴力団関係者とは認識していない、処分取り消しのための訴訟を起こす準備をしている」とコメント。徹底抗戦の構えを見せているが、同氏を知る関係者は「彼が暴力団関係者と交流があったことは周知の事実だった。面倒見が良く、親分肌ではあるが、常に黒いサングラスをかけているし、怒らせたら本当に怖かった」と語る。  また、元競馬ライターも河野氏の"コワモテ素顔"について、次のように証言する。 「数年前に河野氏の名前を間違えてしまったんです。すると、烈火のごとく怒り狂った河野氏は厩務員室に私を呼び出してきました。部屋に入るなり、彼は周囲に見られないようにいきなり鍵を閉め、『土下座しろ、コラ!』と恫喝。さらに鎌のような刃物を持ち出し、それを机に突き立て『おまえ、わかっとんのか!』と脅してきました。その迫力たるや、ヤクザそのものでした」  こうしたエピソードは、競馬界では枚挙にいとまがないという。身の潔白を主張する河野氏だが、立ち振る舞いはヤクザそのものだったようだ。
ほしのあき [2012年 カレンダー] カンケイないもんね~ amazon_associate_logo.jpg
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ほしのあきの結婚願望も無視!? 三浦皇成がどんどん"チャラ男"になっている

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三浦皇成オフィシャルブログ
 ほしのあきと三浦皇成の"13歳差カップル"に温度差が生まれている。34歳になったほしのは年齢的に「1秒でも早く結婚したいはず」(芸能関係者)。ところが、三浦は彼女の気持ちは分かってはいるが、もう1歩前に踏み出せないでいるという。  6月5日に東京・府中競馬場で行われたG1レース「安田記念」で三浦は"有力馬"のスマイルジャックに騎乗。初G1制覇への最大のチャンスで、三浦はほしのを特別席に招待。 「レース前から『絶対に勝てる』と豪語していて、G1制覇を達成した暁には、その場でプロポーズする予定だった」(競馬関係者)  ところが、結果は無念の3着。勝負どころでの"仕掛け"が明らかに遅く「馬の状態は良かっただけに、むしろファンからたたかれる結果になった」(同関係者)。これには、ほしのもガックシ。三浦の"結婚熱"も一気に冷めてしまったようで、その数日後に行われた有名馬主会のパーティーに出席した三浦は、アイドルのように振る舞い、出席者の一部からヒンシュクを買っていたという。  40代の男性出席者は「れっきとしたパーティーなのに、上はラフなカットソー、靴は先のとんがったブーツ。屋内なのにハットをずっとかぶっていた。"チャラ男"にしか見えませんでしたね」と語る。  会場には若い女性の姿も見られ、三浦はわざとらしくそうした女性の近くを往復していたという。 「当然、女性からは黄色い声が飛び、中には『サインください!』とお願いする子もいる。そのたびに三浦はうれしそうな表情を浮かべていました」(同出席者)  ほしののいぬ間に、女を物色しに来たのだろうか......。別の50代の男性客はこうも話す。 「壇上で"大先輩"の武豊騎手がスーツ姿でスピーチしているのに、三浦は目もくれず、女性たちの方を見ていた。競馬は紳士によるスポーツ。今のアイツはジョッキー失格ですよ」  ほしのにしてみれば、いまいましい日々が続きそうだ。
三浦皇成という名の必勝法 フィーバーも一昔前? amazon_associate_logo.jpg
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