まだまだグローバル化は遠い!? 日本企業のアウトソースへの障害

──激変するITビジネス&カルチャーの深層を抉る!  もはや当たり前のように使われる言葉となった「アウトソーシング」。だが日本企業においては、いまだに進んでいないところが大半だ。海外市場で勝つために欠くことができない手法を、なぜ積極的に取り入れないのか? 背景には企業のIT化のいびつさがあった──。
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どこが最初に崩壊するかのチキンレース!?  グ
ローバル化の波はもう足元まで。
 BPO(ビジネス・プロセス・アウトソーシング)というビジネス手法がある。簡単にいえば、それまで会社の中で行っていた業務をどんどん外部に出してしまうこと。アメリカの産業界ではこのBPOがものすごい勢いで進んでいて、これが結果として中国やインドなどの新興IT国の大きな収入源のひとつとなっている。  どういうことだろうか。わかりやすい例でいえば、パソコンメーカーは従来はサポートセンターを自社で持っていた。この社内サポートセンターを廃止し、外部に出してしまう。同じ国内だと人件費がかかるから、インドやフィリピンなど英語が使えて、しかも人件費が安価な国の企業に外注に出してしまうわけだ。  このBPOで外部化された業務を請け負う「アウトソーシングサービス」と呼ばれる業態はビッグビジネスになっていて、国外アウトソーシングに限っても市場規模はすでに数十兆円ぐらいに達している。その牽引役はアメリカと、請負側としてのインド・中国だ。  BPOのカバーする範囲はサポートセンターや工場だけではない。今では経理や人事、福利厚生、総務関連など管理部門の大半が含まれてきている。さらには営業や技術も外部化することは可能で、極端なことをいえば「経営判断だけの部分を会社に残し、残りはすべてアウトソース!」などということだってあり得る。社員はゼロで、役員しかいない会社になることも考えられるということなのだ。  日本ではどうか。実は日本ではBPOは遅々として進んでいない。少し古くなるが、2008年に経済産業省のBPO研究会が報告書をまとめていて、こんなふうに書いてある。「国内において、BPOを利用して競争力向上をはかろうとする動きは未だ乏しい。また、BPOベンダー企業に着目すると、外国企業がグローバルプレイヤーの大半を占めており、日本企業が高い国際競争力を持ち得ていない状況が推察される」  つまり日本は、企業の側が自社の業務をアウトソース化する熱意に乏しいし、逆にユーザー企業のBPOビジネスを請け負う側にも回れていないということだ。  特にこの前者の「自社の業務をアウトソース化したがらない」という部分が非常に問題だ。報告書では、その理由を次のように並べている。原文はお役所文章なので、かなりわかりやすく超訳して紹介してみよう(原文に当たって正確な言葉を知りたい人は、http://www.meti.go.jp/report/data/g80627aj.htmlへ)。
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映画『ソーシャル・ネットワーク』に見るソーシャルメディアの本質

──激変するITビジネス&カルチャーの深層を抉る! ──世界最大のSNSフェイスブック。創始者であるマーク・ザッカーバーグを中心に、その創業にまつわるエピソードを映画化した『ソーシャルネットワーク』が公開中だ。ナードでギークな26歳の億万長者が生まれたのは、彼が非コミュだったからだった!?
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リアルとバーチャルが互いを補完し合うとき、
ザッカーバーグは完全体となった......!?
 本誌が発売される頃には、アメリカ映画『ソーシャル・ネットワーク』が公開されているはずだ。世界最大のSNSであるフェイスブックの黎明期を題材にしたデヴィッド・フィンチャー監督の作品である。『セブン』や『ファイト クラブ』『ゲーム』など、奇妙奇天烈な後味を残す映画ばかりを撮っている監督だ。この『ソーシャル・ネットワーク』も一筋縄ではいかない内容になっている。これはフェイスブックの創業者であるマーク・ザッカーバーグをはじめ、ナップスターの創業者ショーン・パーカーなど全員が実名で出てきて、しかも彼らがみんな「人でなし」として描かれるという、恐ろしい暴露映画なのである。  フェイスブックは世界最大のSNSとして知られていて、ユーザー数は5億人を超えている。国家の人口と比較すると、中国、インドに次いで大きい。創業者でCEOのザッカーバーグはまだ26歳。今や世界最年少のビリオネアとして知られていて、最近も69億ドル(約5800億円)にも上る資産の半分を、ビル・ゲイツらがやっている慈善団体「ギビング・プレッジ」に寄付することを表明したばかり。    彼はユダヤ系アメリカ人で、ニューヨーク郊外の高級住宅地として知られるホワイトプレインズで生まれ、超難関進学校として知られるフィリップス・エクセター・アカデミーを経て、ハーバード大学に進学したという超エリートだ。しかし映画にも描かれているように「超」のつくナード(オタク)で、大学で女性には全然モテなかった。友人も少ない。    そこでザッカーバーグは、コンピュータの才能を存分に発揮し、同じ授業を履修しているほかの学生を見つけられる「コースマッチ」や、女子学生を顔写真で評価する「フェイスマッシュ」などのネットのサービスを作って学内で話題になった。そして19歳でフェイスブックを立ち上げることになる。    当初彼は、キャメロン&タイラー・ウィンクルボス兄弟というボート部のマッチョな学生(のちに北京五輪に出場して6位入賞している)から「ハーバードコネクション」という新しいSNSの計画を打ち明けられ、「プログラミングを手伝ってくれないか」と誘われる。ザッカーバーグはこれを承諾しながら、催促のメールが来ると「まだ忙しくて」「今やってる」と引き延ばし、実はその裏側でこのプランを盗んで別のSNSを立ち上げるべく、プログラミングに精を出していた──。ザッカーバーグがこのようにして次々と周囲の人たちを裏切っていくというのが、この映画の中心コンセプトになっている。    裏切りについてこの映画で描かれる最大のお話は、共同創設者のエドゥアルド・サベリンをめぐるものだ。サベリンは1982年生まれと、ザッカーバーグの2歳年上のブラジル系アメリカ人で、ハーバード大学でザッカーバーグと出会って親友になる。共にフェイスブックを立ち上げてサベリン本人はCFOに就任するが、途中でフェイスブックから追い出され、本来は60%以上あった会社の持ち株比率も勝手に希薄化されて、0.03%に引き下げられてしまうのだ。  その後、彼は裁判所に訴え出て和解に持ち込み、「フェイスブック共同創業者」の肩書の復権と、持ち株比率の大幅な引き上げを認められた。  現在は5%程度のフェイスブック株を所有しているとされ、それだけでもものすごい金持ちだ。ちなみにこの人はいつもどこで何をしているのかさっぱりわからず、と思ったら突然いろんな場所に出没して人を驚かせたりしていて、「サベリンは今どこにいるのか?」というのが話題になったりするほどだ。現在はシンガポールに在住しているという。 ■ユーザー数増加の発端はアイビーリーグへの憧れ!?  話を戻そう。映画では、ウィンクルボス兄弟が「彼女を作るにはSNSだぜ」みたいな発言をして、ザッカーバーグが実際にフェイスブックを立ち上げた時も、「プロフィールに『独身』『交際中』『既婚』って表示できるんだ。だから女の子に近づく時もすぐに相手の状態がわかる」というようなことを友人に説明するシーンが出てくる。    実際のフェイスブックでもこういう出会い系の目的が当初はクローズアップされたのかもしれないが、しかしフェイスブックにはもっと大きなビジネス的な実利もあった。

尖閣ビデオとウィキリークスが突きつけた メディアの真価への問い

──「sengoku38」を名乗る人物によってユーチューブに動画がアップされ、一夜にして日本中が大騒ぎになった「尖閣ビデオ」問題。結局、漏洩を行った海上保安官は逮捕見送りとなったが、この事件が最も深い爪痕を残したのは、ジャーナリズムの領域だった!?
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各国政府で、ウィキリークスへの敵視が始
まっている。だが一度動き出した潮流は止
められない。人の口に戸は立てられず、と
はこのことか?
「尖閣ビデオ」の漏洩問題はメディアとネットの関係を考える上で、さまざまな問題を提起している。ネットの論壇では「そもそもあのビデオを国家機密とするのには問題があったのではないか」「最初から公開しなかった政府が悪い」「国民の知る権利に沿っていえば、海保職員を責めるべきではない」といった意見が多い。しかしマスメディアのとらえ方はどちらかというと、ビデオを漏洩させた海上保安官に批判的で、例えば毎日新聞は社説で「統治能力の欠如を憂う」「責任の所在を明らかにしなければならない」とぶち上げている。また朝日新聞も「これまでの捜査で驚かされたのは海上保安庁の情報管理のお粗末さだ」「データを扱う体制と意識の見直しはもちろん、管理業務にかかわる者の責任も厳しく問われよう」と非難している。  このような「統治能力欠如論」は、佐藤優氏が講談社のウェブサイト「現代ビジネス」に寄稿した「尖閣ビデオ問題『力の省庁』職員による『世直しゲーム』を英雄視する危険」という記事にも共通している。佐藤氏は「武器をもつ『力の省庁』の職員には、特に強い秩序意識が求められる」「保安官の行為は、官僚の服務規律の基本中の基本に反しており、厳しく弾呵されるべきだ」と、保安官への同情は危険であると指摘した。戦前の五・一五事件で犯人の青年将校たちへの同情論がわき上がり、この結果、「クーデターを起こしても世論に支持されればたいしたことにはならない」という考えが生まれて二・二六事件へとつながったという歴史の教訓を持ち出している。    この佐藤氏の指摘はとても説得力がある──ただし、その立ち位置が「統治する側」であるという担保付きで。彼がこのような論考を展開するのは、外務省の主任分析官という徹底的な政府のインサイダーだったからにほかならない。統治する側から見れば、このようなガバナンスの崩壊を見過ごしていればいずれは官僚組織そのものを変質させ、官僚たちの暴走を招きかねないというのは、もっともな意見である。    だがメディアは、統治側のインサイダーではない。基本的な立ち位置は、アウトサイダーである。いや、もう少し正確に言うならば、理想論で語ればこういうことだ。 ──権力は内部に情報を持っていて、その情報を公開するかどうかを内部の論理で判断している。しかしその判断の論拠は内部の論理であって、必ずしも正当性を持つとは限らない。であるとすれば、その情報を外部に引き出し、国民の前に提示することによって、情報の非公開が本当に正しかったかどうかという判断の是非を国民に問う。  だから常にメディアは権力内部の情報を暴露する方向へと向かうし、そういう情報暴露がメディアのDNAにもなっている。  もちろん、すべての情報を公開する引力を持っているわけではない。クリティカルな個人情報や名誉毀損に当たるような誹謗中傷情報についてはメディアであっても「非公開」の判断をするのは当然だろう。  だとすれば、今回の尖閣の件はどうだろう。これは個人情報でなければ、個人の名誉毀損に当たるような情報でもない。もしこのビデオをまっとうなメディアが手に入れれば、公開する方向に行くのは当然の話である。実際、ユーチューブでビデオが流れてからは、テレビも新聞もビデオの中身を映像や写真でごく普通に紹介している。  それなら、なぜ今回の事件で毎日や朝日は、統治側に立つかのように「責任の所在を明らかにしなければならない」「情報管理がお粗末だ」と非難したのだろうか。自分たちが日ごろ行っている取材活動の中で、守秘義務を持つ政府当局者から手に入れた情報についても「管理がお粗末だ」と非難の刃を向けるのだろうか? あるいはマスメディアを経由した情報は「国民の知る権利」だが、マスメディア経由でない内部告発情報は「統治能力の欠如」なのだろうか?    もしそう考えているとすれば、ネットの登場により変動しつつある情報流通について、あまりにもお粗末な認識しか持っていないと言わざるを得ない。

ソーシャルメディアがお膳立てしたフラッシュマーケティングの隆盛

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「いいね!」でつなごう、共同購入の輪っ!
......は、これ以上日本でも拡大するか?
「グルーポン」に代表されるようなウェブ上の共同購入サービス、"フラッシュマーケティング"が日本でも加速中だ。実は90年代から存在していたこれらに今火がついたのには、ツイッターやフェースブックなどソーシャルメディアの普及があってこそのものだという。  ここ最近、「フラッシュマーケティング」と呼ばれるウェブのサービスがものすごい勢いで盛り上がっている。これはグループバイイング(共同購入)とかソーシャルコマースとも呼ばれていて、アメリカのグルーポン(Groupon)が代表的だ。人数が集まれば安価に商品を購入でき、その人数をネット上で集めてみんなで盛り上がろうというものである。  かなり興味深い新しいサービスなのだが、誰にでもまねしやすいシンプルな構造なので、類似のサービスを立ち上げる企業がそれこそ雨後のタケノコのように現れてきている。なんと毎日新聞でさえも「毎ポン」という名称で参入しているほどだから、市場が成熟する以前にあっという間にレッドオーシャン(市場が過当競争になって血で血を洗う安値競争に陥ること)になっていることがうかがえる。  とはいえ、このフラッシュマーケは非常に興味深いのも事実。まずフラッシュマーケの仕組みを説明しておこう。日本のベンチャーが立ち上げた「ピク(Piku)」というサービスを例にしてみたい。  使い方は簡単で、ピクでメールアドレスとパスワード、それに自分の住んでいる場所を登録してアカウントを取得する。すると地元の割引クーポンがたくさん表示される。 「和食○○の、人気和食コース9000円が、3000円で!」 「あの人気公演のチケット8000円が、5500円」 「セルライトと皮下脂肪をもみほぐして除去! 通常60分9800円が4500円で」  これらのクーポンは日替わりでどんどん掲載されていく。利用したい人は「購入」というボタンをクリックし、クレジットカードで決済する。  とはいえ、これらの割引クーポンは無条件で手に入れられるわけではなく、必要最低申込数が店によって設定されている。たとえば9000円の和食コースが3000円になるクーポンが「100人以上」と設定されていたとすると、100人以上がこのクーポンに申し込まなければ契約は成立せず、3000円のクーポンはゲットできない。しかもクーポンには購入期限もある。  そこで時間内に最低申込数に達するためには、ユーザー同士の協力が必要となってくる。ピクのクーポンの画面には「ミクシィチェック」や「ツイートする」、フェースブックの「いいね!」ボタンが設置されていて、これらのボタンをクリックすると、自分のコメントと一緒にクーポンの情報をミクシィやツイッター、フェースブックなどのソーシャルメディアに流すことができるようになっているのだ。  つまりピクのクーポン情報は、ツイッターやフェースブック、ミクシィのような大きなソーシャルグラフを持つ巨大プラットフォーム上で交換されそこで「今このクーポンが安いみたいだよ」「これいいんじゃない?」といったユーザー同士のさまざまなやりとりが行われるようになる。ピクのウェブサイトでは自前のソーシャルグラフは一切用意していないし、そういう仕組みさえ持っていない。完全にほかのソーシャルグラフに依拠したサービスなのだ。    ピクのサイトではクーポンの情報と、「残り時間あと○時間△分×秒」という刻々変わっていくストップウォッチ、そして必要最低申込数達成まであと何人必要なのかという数字がリアルタイムに表示されて、焦燥感をあおる仕掛けになっている。  ここではだから、「情報を提供する場」と「その情報について人々がやりとりする場」が完全に分離されているということなのだ。そして後者については自前で用意せず、巨大プラットフォームにおんぶにだっこで依存する仕組みになっているのである。

ビル・ゲイツも予見する、オープンエデュケーション化が今アツい!

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日本の小学生が、海外の質の高い教育を、日本
にいながら受けられるようになる日が来るのかも。
 アメリカで最近注目を集めているウェブサイト「カーンアカデミー」。30過ぎの元ファンドマネージャーが自分で作成した授業ビデオを無料公開するこのサイトが、世界の"教育"を変える可能性を持っているという──。 「カーンアカデミー」というウェブサイトが、今アメリカの教育界で非常に注目を集めている。

 これはサルマン・カーンというインド系アメリカ人の男性が、自分で作成した授業のビデオを無料で公開しているサイトだ。そしてこの授業内容が、ものすごい反響を呼んでいる。カーンアカデミーで過去に公開されたビデオは1600本以上もあり、1日の平均視聴回数は驚くべきことに今や7万回。これはハーバードとスタンフォードの学生を合わせた数の倍近くもある。  2006年にカーンが授業ビデオを一般公開するようになってから、これまでに世界中から1800万のページビューがある。最も多いのはアメリカ、次いでカナダ、イギリス、オーストラリア、インド。授業は英語で行われているので英語圏に集中しているのは仕方ないが、授業を見た生徒の数はすでに20万人に達しているという。    彼のビデオの特徴は、非常に「ローテク」であること。斬新な映像やコンピューターグラフィクスなどの仕掛けは一切ない。会話中心の学習ビデオで、カーンの顔さえ一度も表示されない。飾り気のない手書きの文字と図表が、順を追って電子黒板の上に表示されるだけ。あとはカーンが口頭でその内容を説明していく。しゃべる内容も実に素っ気ない。エンタテインメント性は皆無だ。でも彼は、わずか15分のビデオで奇跡のように物事の本質を切り出して見せ、わかりやすく生徒を引き込んでしまう技術に長けている。こういう人を天才というのだろう。  授業のカリキュラムは、細分化されている。例えば微分積分は191のパートに分けられ、さらに微分積分を学ぶ前の準備段階の授業も32に分けられている。この切り分け方も実に絶妙で、順を追うごとに微分積分の考え方がすっと頭に入ってくるようになる。  33歳のカーンがこんな授業をやるようになったのは、偶然の産物だった。彼はニューオーリンズで生まれ育ち、ハーバードでMBAを取得し、さらにMITで数学と電気工学、コンピューターサイエンスの3つの学位を取った秀才。大学を出た後に小さなヘッジファンドに入社し、そこでファンドマネージャーとして腕を鳴らすようになる。  ボストンでそういう生活をしていたカーンは04年の夏、故郷に住む従姉妹のナディアから「算数の授業がよくわからない」という相談を受ける。「じゃあ教えてあげるよ」ということになったが、ボストンとニューオーリンズは遠く離れているので、手取り足取り教えるわけにはいかない。そこでノートの画面を共有できるヤフーの子ども向けのアプリケーションを使い、電話で話しながら、「遠隔授業」みたいなことをやってみたのだった。  これがうまくいき、今度はナディアの兄弟のアリとアーマンにも教えることになる。教え方のうまさが親戚や知人友人にも知れ渡って、遠隔授業の「生徒」はだんだん増えていく。でもそうはいってもカーンには仕事があるし、生徒たちとのスケジュール調整は大変だ。そこで彼は授業をビデオに撮って、それをユーチューブにアップロードし、生徒たちが好きな時間に自分のペースで授業を受けられるようにした。これが人々の目に触れるようになり、人気を集め、そうして「カーンアカデミー」へと発展していったのだった。  彼はヘッジファンドを辞めた後、退職金を元手にシリコンバレーを拠点にして自分で小さなファンドを設立するが、折からのリーマンショックの影響で投資ビジネスはうまくいかなかった。そこで資金を取り崩してシリコンバレーのはずれに小さな家を購入し、スタンフォード大学で研究者をやっている妻と子どもと一緒にひっそりと暮らすようになる。  彼が授業のビデオを作成しているのは、ウォークインクローゼットを改造し、数百ドル相当のビデオ機器と本棚が所狭しと並んだスペース。彼はカーンアカデミーのサイト上で「自分には美しい妻と、楽しい息子と、2台のホンダの車がある。素敵な家も持っている。だから授業のビデオを有料にしたり、広告で儲けるつもりはないよ」と宣言している。その代わりに寄付をPay Palで募っていて、それなりの収入になっているようだ。

ツイッターひとつ活用できないダメダメ企業続出の理由

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情報の集中豪雨を浴びたっていいことナシ! そ
れよりじっくりと話をするほうがよっぽど大事です。
 せっかく公式にツイッターアカウントを取ったものの、活用できていない企業が大量発生している。彼らがソーシャルメディアを使いこなせないのはなぜなのか? 今後企業が目指すべき広報活動のあり方とは、どんな形態なのか? 情報流通の未来を探った。  ツイッターの使い方が、まったくダメな企業が多すぎる。せっかく公式アカウントを取得してマーケティングに利用しようというのなら、どうしてもっときちんと戦術を立てられないのか。    ダメな使い方というのはどういうことかというと、たとえばこういう使い方だ。

【1】自社の情報をただひたすら垂れ流しているだけで、プレスリリースと何が違うのかよくわからない。 【2】「つぶやき」という言葉に引きずられてしまったのか、「ランチなう」「これから飲み会!」といった、情報量のないツイートばかりを垂れ流している。 【3】せっかく自社製品を使ってくれているユーザーから貴重なリプライがあったのに、そもそもリプライをこまめにチェックしていないから、無反応。 【4】自社の商品やサービスがツイッター上でどう扱われているのかをまったく気にしていないから、ツイッター上でユーザーたちが情報交換しているのも知らない。 【5】フォロワー数を増やす努力を何もしていない。まがりなりにも企業の公式アカウントなのに、フォロワー数が3桁というのは、信じられない。  このような使い方をしていれば、ツイッターを使ったマーケティングがうまくいかないのは当然だ。中には、若手社員が公式アカウントで一生懸命ツイートしていると、「なんかおまえらは暇そうでいいな」などと揶揄する高齢社員も少なくない。ソーシャルメディアが企業の情報発信や消費者との接続にどれだけ重要な意味を持っているのかを、まったく理解していない。「つぶやき」という言葉のイメージからツイッターを「暇つぶしにやるもの」と思い込んでしまっているのだ。  知人の女性編集者は、自分が作った本のプロモーションのために一生懸命「今日は社内会議でこんな提案をしました」「本の売り上げに動きがありました!」などとツイートしていたところ、上司の50代男性から「君、今日のつぶやきはちょっと書きすぎなんじゃないか」「事実だけを淡々と書けばいいんだよ。私情なんか交えなくていい」「社内の話をあまり書くな」「暇そうに見えるからツイッターはほどほどに」と毎日のように釘を刺され、げんなりしている。  実のところこうした状況は、海外でも似たようなものらしい。  PR企業のワイルドファイア社がイギリスのIT企業50社のソーシャルメディア利用を調査分析したところ、74%の企業がツイッターのアカウントを開設しているのにもかかわらず、43%の企業はほかのユーザーに一度もリプライしたことがないことがわかったそうだ。また57%の企業が、ツイッターを単なる情報発信手段として利用しているだけで、ソーシャルメディアの特性である双方向性をまったく使いこなしていなかったともいう。

一時決着のグーグルvs中国政府 長い目で見た勝者はどちらか?

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自国のルールで勝ったつもりでいられるのも、
今のうちかも。
 グーグルが検索ビジネスを中国から撤退させることを決めた。この数カ月、世界中のネットユーザーたちから注目を集め続けた中国政府との戦いに、ひとまず決着がついたわけだが、この騒動から見えてきたものは一体なんだったのだろうか?  グーグルが検索ビジネスを中国から撤退させた。  この決定に対して中国は、「いち私企業が何を偉そうに」と憤っている。「グーグルが去ろうが去るまいが、中国政府はネット規制の原則を変えるつもりはない。中国のネットのルールや法制度を私企業が変えようと考えるなどというのは、実に愚かしいことだ」と。  中国政府の公式声明は、新華社電によると次のような内容だ。 「どんな企業であっても、他国でビジネスを行う際はその国の法や規制に従うのが常識だ。だいたいインターネットの規制は他国に干渉される問題ではない。中国政府は法律に基づいてインターネットを規制し、その規制内容は必要に応じて改善されていく。これは純粋な国内問題だ」