清武英利元巨人軍球団代表が『巨魁』に込めた本当の思いとは? 出版差し止め請求とナベツネが書いた大きな嘘

【プレミアサイゾーより】  2011年に起きた「清武の乱」にはじまる一連の騒動について綴られた『巨魁』が、今年3月に発売された。同書の著者であり、本騒動の中心人物である清武英利氏は、今なお、もうひとりの主人公、ナベツネの標的にされ続けている。『巨魁』に込められた思いと、4月に読売が起こした同氏の復刻本差し止め訴訟について、清武氏があらためて口を開いた──。
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(写真/奥山智明)
──清武さんが書かれた『巨魁』は、今まで噂されながらもあまり表に出てこなかった、渡邉恒雄氏の読売巨人軍内における横暴が描かれていました。2004年に清武さんが球団代表・編成本部長に就任して以降、問題と感じたのはどういったところですか? 清武英利(以下、清武) 渡邉さんが、ルールやコーチ、選手、ファンを無視して読売巨人軍を絶対支配しようとしていたところです。読売巨人軍は読売新聞の子会社のひとつですが、超優良企業だし、取締役会もある。なのに、重要事項や1億円以上の決裁となると、本社代表取締役の事前承認を受けないといけないという異例の定款があるんです。僕が告発しようとした時に「破滅だぞ」と言ってきたのは、子会社としての独立性を認めていないからでしょう。  それと、僕もそうでしたが、巨人の上層部は本社から来た役員ばかりだった。子会社に来たら子会社のことをまず考えないといけない。でもそんな状態だから、役員も親会社のほうばかりを見るようになってしまう。ほとんどの社員は生え抜きなのに、そんな上層部を見ていたら、やりがいなんて生まれませんよね。 ──長く現場から離れていた江川卓さんを突然ヘッドコーチにするというのは、とても無茶な話に感じたんですが、渡邉さんはどの程度野球を理解していたんでしょうか? 清武 桃井氏(恒和・現球団社長)に聞いたんですが、「今さら聞けないんだが、セカンドとショートはどっちがファーストに近いんだ?」と言っていたことがあるらしいんですよ(笑)。それくらい、野球についてはほとんど知らないと思いますよ。僕が知っていることとして言えるのは、あれだけ口を出していても、巨人の会議には一度も出たことはないんです。二軍のグラウンドに来たこともないし、キャンプにも来なかった。試合も、高い位置の席からしか見ていない。つまり、野球が身近な存在の人ではなかったんです。だってお客さんはヘッドコーチを見に球場に来ると思います? それでも、「江川を連れてくるんだ」って言われたら、なかなか逆らえないんです。 ──『巨魁』は、清武さんが行った巨人改革の本でもあります。清武さんが球団代表に就任されたのは、04年に起きた一場靖弘選手をめぐる裏金事件を受けて、渡邊さんをはじめ、上層部が解任されたことがきっかけですが、なぜこのような問題が起きたのでしょうか? 清武 渡邉さんがオーナーの時代というのが長く続いて、大金をかけて四番バッターばかりを集めた大艦巨砲主義になっていました。金にモノを言わせるという、そのやり方のつけが、一場事件に表れたんだと思いますよ。そもそも大金を使っているのに、渡邉オーナー時代はあまり優勝していないんですね。負けているのに、責任を取って辞めなかった。上が責任を取らないような組織じゃ、強くなれません。 ──まさにその時期、たとえば、97年には高橋由伸選手に6億5000万円、98年には上原浩治選手、二岡智宏選手にそれぞれ5億円、00年には阿部慎之助選手に10億円……と、球界で申し合わせた最高標準額を超える新人契約金を巨人が払っていたことを、今年3月に朝日新聞が報道じましたよね。 清武 上限がなかったからと言っているけど、それは嘘ですよね。申し合わせでもルールはルール。野球だってルールがあるから成り立つのに、ルールを台無しにしてなんぼでも払ってしまうようなトップがいるから問題なんです。1億円以上の決裁が行われているんだから、当然渡邉さんが事前承認していたはずなのに、問題をすり替えて責任を取らないんです。 ──もっと問題にするべきことなのに、その後の報道があまりされていないのはなぜでしょうか? 清武 報道がない理由は、僕にはわかりません。ただ、スポーツマスコミというのはひとつの村なんです。スポーツ村というのはすごく閉鎖的で、異分子を追い出そうとする傾向がある。彼らにとって巨人というのは大きなネタだから、取材できなくなると困ってしまう。だから、弱きをくじき強きに巻かれるようなことをしてしまう。スポーツ記者の一部は、平気で事実をねじ曲げて書いたりもするんです。そういう雰囲気は、スポーツの世界にはあっちゃダメ。なんのために記者をやっているのか。ジャーナリズムの世界に戻った人間として、嘆かわしいと思いますよ。 ■「携帯電話の履歴を開示しろ!」 嘘の陳述書も書かせる読売の手口 ──マスコミの報道では、「ナベツネ同様の権力志向」「現場がわかっていない」など、清武さんに対して否定的な意見も見かけますね。 清武 マスコミといっても、どこのマスコミかによりますよ。スポーツ関連の媒体を持っていないところで行ったあるアンケートでは、僕への支持率が圧倒的というのもありましたし。でも先ほど言ったように、スポーツマスコミは村社会だから、巨人の意向に反したことはなかなか書けない。それとテレビのコメンテーターなんかは日テレにも出る可能性があるから、渡邉さんのことを悪く言えない。彼らは印象で語っているとしか思えないけどね。 ──仮に渡邉さんに反論があったとしても、読売が清武さんにスラップ【編註:SLAPP・大きな企業や団体が、個人や比較的弱い団体に対して恫喝的訴訟を行うこと】を繰り返しているところをみると、まるで説得力がありませんよね。 清武 僕個人に対して3つ(1つは取り下げ)、僕らの本を出した七つ森書館に対して3つ訴訟を起こされました。特に僕個人に対しては「契約金の問題が報道されたのは、意図的に僕が秘密書類を暴露したのだから、僕の私物の携帯電話の履歴を開示しろ」とまで訴えたわけです。取材源の秘匿が生命線である新聞社が、そんなことをやるなんておかしいですよね。  しかしそのおかげで、同様に反感を持っていた読売の中の人たちが、自分にもやられるんじゃないかってビビってしまった。それだけじゃなく、僕の友人や関係者がみんな恐怖心を抱く。裁判を起こせば僕らは疲弊するし、向こうは漏洩防止と批判の封じ込めになるわけです。 ──七つ森書館に対しての3つの訴訟は、清武さんたちが社会部時代の00年に新潮社から出した『会長はなぜ自殺したか』の復刻を差し止めようと、「契約の無効」「著作権」「名誉権」を持ちだして、今年4月に行われました。同書は総会屋への不正融資をめぐる第一勧銀・宮崎邦次元会長の自殺の真相と当時の金融腐敗を追った内容であり、今回の一連の騒動とはなんの関係もありません。読売側は何を根拠にしているんですか? 清武 契約の無効については、復刻本の窓口になっていた当時の社会部筆頭次長が、復刊に関して会社の許可を得ていなかった、ということを根拠にしています。著作権についても、すでに締結していたものでしたが、これも締結はしていなかった、と。彼は、「上司に相談せずやってしまった」という陳述書を書かされたようですが、そんなことあるわけがないでしょう。でも彼以外にも、清武班と呼ばれた僕の元部下たちが、新聞記者としての矜持を捨て去って読売の意図に沿った陳述書を書いているんです。私の告発前に、すべて許可は取れていた話なのに。七つ森書館は5人くらいの小さな出版社で、訴訟費用を考えると本当に気の毒だと思いますよ。  それから、すでに七つ森書館が勝訴した名誉権については、昔の事件なのに実名が出てくることが問題だと言い出したんです。15年前の事件なのに、実名を出すことはプライバシーの侵害に当たると。そんなことを言っていたら、田中角栄だって実名で書けなくなりますよ(笑)。ノンフィクションだけじゃなく、すべての出版物が当てはまってしまうし、新聞の縮刷版だって全部黒塗りにしなきゃいけなくなる。大新聞社がそんな馬鹿馬鹿しいことを言っちゃダメでしょう。 ──ちなみに、今号はタブー破りの本特集なんですが、今回の件を踏まえ、巨人や読売、渡邉さんのタブーについて迫った本は何かありますか? 清武 読んでもらいたいのは、前澤猛さんの『表現の自由が呼吸していた時代ー1970年代読売新聞の論説』(コスモヒルズ)。前澤さんは読売新聞の論説委員だったんですが、渡邉さんと論説委員会で戦って飛ばされた人なんです。渡邉さんは「俺は裁判で負けたことがない」って豪語しているけど、前澤さんとの裁判は実質負けている。とても根性がある方だと思いますし、非常に冷静に書かれている本です。  それと魚住昭さんの『渡邉恒雄 メディアと権力』(講談社文庫)も立派な本ですね。僕は、魚住さんとは対談もしていて、単行本にまとまる予定です。 ──渡邉さんの『わが人生記~青春・政治・野球・大病』(中公新書ラクレ)には、渡邉さんのプロ野球改革論が掲載されています。「プロ野球は文化的公共財だ」とも書かれていましたが、この論文をどのように感じられましたか? 清武 その続きを書いてもらいたいものですね。物事は、言い続けたり書き続けたりしないと意味がない。でも本人はすぐ忘れちゃうんです。ある時は文化的公共財だというけど、ある時はまったく逆のようなことをいう。『君命も受けざる所あり~私の履歴書』(渡邉恒雄・日本経済新聞出版社)には「私の後継者の本命が内山(斉・元読売新聞社長)君」と書いてあります。でも去年辞めさせられてしまいました。本当にプロ野球を改革しないといけないと思うなら、改革し続けないといけないんです。僕が渡邉さんを告発して9カ月です。僕がやり始めたことが広がって、おかしくなっている読売の実態をわかってもらえた部分もあると思います。でもまだまだ8カ月では短い。2年かかっても3年かかっても、最後まで続けていこうと思っています。 (文/大熊 信)
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清武英利(きよたけ・ひでとし) 1950年、宮崎県生まれ。立命館大学卒業後、読売新聞社に入社。社会部記者として、警視庁、国税庁などを担当。04年に読売巨人軍球団代表兼編成本部長に就任し、11年からは、専務取締役球団代表兼GM・編成本部長・オーナー代行を務めた。著書に、『会長はなぜ自殺したか』(共著/七つ森書館)、『「巨人軍改革」戦記』(新潮社)など。 『巨魁』 清武英利/ワック出版(12年)/1600円 11年11月11日、当時読売巨人軍球団代表であった清武氏は、巨人のコーチ人事をめぐり、ナベツネこと渡邉恒雄球団会長が不当介入したことを告発した。本書では、同氏が自身の球団代表就任からナベツネに対する内部告発に至った経緯と、巨人軍、そして野球への思いを綴っている。 【「サイゾーpremium」では他にも巨人関連の記事が満載!】巨人軍契約金問題を新聞業界再々編につなげる朝日の深慮遠謀ついに赤西軍団入り情報も? 原辰徳を悩ませる不肖の息子と六本木の武勇伝"入団したくない球団"ナンバーワンは千葉ロッテ!? 12球団ドラフトの傾向と実力
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高い放射線量を計測したロックインジャパンと激安会場費の関係

【プレミアサイゾーより】
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(写真/有高唯之)
 8月3日~5日、音楽出版社のロッキング・オンが企画制作する「ROCK IN JAPAN FES.2012」が茨城県の国営ひたち海浜公園で行われた。  このフェスに関しては、福島第一原発の事故が起こった2011年に「原発近くでフェスをする必要があるのか?」と一部ファンから反発が起こり、この動きと呼応して「東海村JCO事故後の地元のイメージアップのために誘致され、会場費もタダ同然」という噂が流れている。  本誌では、この件について、国営常陸海浜公園事務所そして関東地方整備局などに問い合わせたが、現在明確な回答を得られていない。  一方、今年のフェスに際しても会場の一部で国の基準値を超える放射線量を計測し、公園側は除染を敢行。 「7月20日に表土剥ぎが完了した西口エリア⑤の放射線量を測定しました。測定の結果0・166μSv/hとなり0・23μSv/hを下回りました」(公園HP)としている。  しかし、実際に公園をガイガーカウンターを携えて計測すると、園内通路などでは確かに0・15μSv/hと、都内とさほど変わらない。  だが、メインステージ「GRASS STAGE」正面の林では、0・5μSv/h超を計測。最高で0・9μSv/hに到達するところもあった。園内各所で、国の定める基準値を超える放射線量を計測したのだ。  この結果を見て、事故後の福島原発周辺を取材するライターは「例えば都内市街地の数値よりは高いですが、ナーバスになるほどではない。相馬市あたりと同じくらいの値で、市民は普通に生活をしてるわけですから、問題ないはずです」と話す。  だが、開催2日前でも国の定める基準値を超えた数値が、園内各所で出ているという事実は、フェスの対応が不十分であることを示している。反原発フェス「NO NUKES」の制作にも携わる割には、少し認識が甘くはないだろうか。 (編集部) 『ロックインジャパンフェスティバル』 2000年から始まる夏フェス。企画制作するロッキング・オンの影響で、出演はすべて邦楽アーティストとなっている。主催はニッポン放送。 ■ロッキンオンとフェス事業 不況の出版業界の中でも、音楽系雑誌の凋落は著しく発行部数も、広告収入も落ち込み続ける一方だ。老舗音楽誌「ロッキング・オン・ジャパン」も例外ではないが、近年はフェス制作事業に力を入れており、ごく一部で成果を上げている。音楽フェスだけでなく、11年から「食」がテーマの「まんパク」を開催。こちらも開催は、国営公園だった。 【「サイゾーpremium」では他にも話題のニュース記事が満載!】TSUTAYAのCCCとのキケンな提携で爆速ヤフーがついに衰退する!?あの恐喝・レイプ報道は"芸能界のドン"から息子への愛のムチなのか沢尻エリカ"大麻疑惑"の追求なし 平穏無事だったエイベックスの株主総会
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 8月3日~5日、音楽出版社のロッキング・オンが企画制作する「ROCK IN JAPAN FES.2012」が茨城県の国営ひたち海浜公園で行われた。  このフェスに関しては、福島第一原発の事故が起こった2011年に「原発近くでフェスをする必要があるのか?」と一部ファンから反発が起こり、この動きと呼応して「東海村JCO事故後の地元のイメージアップのために誘致され、会場費もタダ同然」という噂が流れている。  本誌では、この件について、国営常陸海浜公園事務所そして関東地方整備局などに問い合わせたが、現在明確な回答を得られていない。  一方、今年のフェスに際しても会場の一部で国の基準値を超える放射線量を計測し、公園側は除染を敢行。 「7月20日に表土剥ぎが完了した西口エリア⑤の放射線量を測定しました。測定の結果0・166μSv/hとなり0・23μSv/hを下回りました」(公園HP)としている。  しかし、実際に公園をガイガーカウンターを携えて計測すると、園内通路などでは確かに0・15μSv/hと、都内とさほど変わらない。  だが、メインステージ「GRASS STAGE」正面の林では、0・5μSv/h超を計測。最高で0・9μSv/hに到達するところもあった。園内各所で、国の定める基準値を超える放射線量を計測したのだ。  この結果を見て、事故後の福島原発周辺を取材するライターは「例えば都内市街地の数値よりは高いですが、ナーバスになるほどではない。相馬市あたりと同じくらいの値で、市民は普通に生活をしてるわけですから、問題ないはずです」と話す。  だが、開催2日前でも国の定める基準値を超えた数値が、園内各所で出ているという事実は、フェスの対応が不十分であることを示している。反原発フェス「NO NUKES」の制作にも携わる割には、少し認識が甘くはないだろうか。 (編集部) 『ロックインジャパンフェスティバル』 2000年から始まる夏フェス。企画制作するロッキング・オンの影響で、出演はすべて邦楽アーティストとなっている。主催はニッポン放送。 ■ロッキンオンとフェス事業 不況の出版業界の中でも、音楽系雑誌の凋落は著しく発行部数も、広告収入も落ち込み続ける一方だ。老舗音楽誌「ロッキング・オン・ジャパン」も例外ではないが、近年はフェス制作事業に力を入れており、ごく一部で成果を上げている。音楽フェスだけでなく、11年から「食」がテーマの「まんパク」を開催。こちらも開催は、国営公園だった。 【「サイゾーpremium」では他にも話題のニュース記事が満載!】TSUTAYAのCCCとのキケンな提携で爆速ヤフーがついに衰退する!?あの恐喝・レイプ報道は"芸能界のドン"から息子への愛のムチなのか沢尻エリカ"大麻疑惑"の追求なし 平穏無事だったエイベックスの株主総会
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マラソン界はジレンマだらけ……企業に依存して勝てない! 駅伝に殺されたマラソン界

【プレミアサイゾーより】
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『猫まっしぐラン!!』(エフエム東京)
──ロンドン五輪の選考会で話題となった”ニートランナー”藤原新。彼の出現により露呈した実業団選手たちの低迷は、現在の日本のスポーツ全体におけるスポンサー依存の副産物だった──!?実業団チームの選手たちの声に耳を傾けつつ、その問題点に迫っていきたい。  ロンドン五輪において、久しぶりに男子マラソンに注目が集まっている。かつて、日本では五輪の花形競技だった男子マラソンも、ここ数年はアフリカ勢に大きく水をあけられ、今やメダルを期待する声も聞かなくなった。今回騒がれているのも、残念なことにメダルへの期待からではなく、代表に選出された藤原新が所属チームのない”ニートランナー”だったからだ。その藤原と最後まで代表を争った川内優輝もまた、”公務員ランナー”。実業団に所属して競技に挑むことが一般的とされた日本において、”非実業団”選手の活躍はそれだけ意外なものであったのだろう。では、そんな環境下において、実業団の選手たちはなぜ勝てなくなってしまったのだろうか。ここではマラソンの例をもとに見ていきたい。  日本でマラソン人気に火がついたのは1980年代。86年の北京国際では、旭化成の児玉泰介が以降12年間破られなかった日本記録を打ち出している。その児玉に続くように、同じ旭化成の宗茂・猛兄弟、エスビー食品の瀬古利彦、カネボウの伊藤国光、ダイエーの中山竹通らが次々と登場し、日本のマラソンは実業団の選手たちによって、80年代に黄金期を迎えた。しかし、92年のバルセロナ五輪で旭化成の森下広一が銀メダルを獲得して以降、男子マラソンの日本人メダリストは20年間不在のままなのだ。元マラソン日本記録保持者であり、ソウルとバルセロナで2度の入賞経験を持つ中山竹通氏は、その理由をこう指摘する。 「今の実業団の練習は、まず駅伝ありき。それがマラソンの練習とまったくかみ合わず、記録が出せなくなっているんです。マラソンの練習は1~2カ月ではできません。しかし、間に駅伝の試合を入れられてしまい、マラソン用の練習が長期スパンで組めなくなる。そんな練習法では、2時間10分を切ることはできませんよ」  駅伝といえば、正月に行われる箱根駅伝やニューイヤー駅伝など、お茶の間の人気種目。企業からすれば、ユニフォームに名前を載せて”広告”として走ってもらうことに、チームを抱える意義がある。安定した人気を持ち、短期間で調整も可能な駅伝に比重が置かれてしまうのは、当然のことだろう。 「陸上の場合、駅伝があるから実業団チームを維持しているという企業は多い。そのおかげでお金を出してもらえるからこそ、選手は競技に取り組むことができるんです。駅伝を”悪”としてしまうと、陸上競技全体の裾野を狭めることになりかねません」(元実業団陸上チームコーチ)  バブル崩壊後、実業団に対する企業内での風当たりは強く、90年代以降にはスポーツ全体で300以上のチームが廃部に追い込まれている。これはちょうど、日本の男子マラソンでメダルが獲れなくなった時期と同じ。陸上においても、NEC、ダイエー、沖電気宮崎など、名門と呼ばれたチームが次々と廃部し、マラソンの強化より、チームの維持に比重が置かれるようになったことがうかがえる。 ■スポンサーに多様化を! 希望は個人援助サービス  そんな中、今後必要になってくるのが、選手活動の多様化だ。企業スポーツへの支援を行う大崎企業スポーツ事業研究助成財団の事務局長、籏野俊彦氏はこう話す。 「実業団チームに代わって増えてきているのが、クラブチーム型と社団法人型。企業がチームを保持するのではなく、共にスポンサーの協賛によって運営されており、まだまだ可能性を秘めている」  このクラブチーム型とは、個人会費や後援会組織、支援企業などからの広告収入、地元自治体からの支援などにより運営すること。社団法人型は、チームそのものを法人化してしまうというものだ。陸上では、日本実業団陸上競技連合がクラブチームにニューイヤー駅伝本戦への出場を許可しないなど、まだまだ保守的な状況だが、海外においては五輪メダリストを輩出する陸上のクラブチームも多数存在している。今後、スポンサーとの関係に選択肢を増やしていける可能性は、十分にある。  その意味で、代表入りを果たした藤原は、新しい選手のあり方を力ずくで認めさせたといってもいいだろう。そもそも彼は、JR東日本の実業団選手だったが、10年、マラソンに専念するために退部。その後、健康器具販売会社レモシステムとスポンサー契約を結んだものの、同社の経営悪化により給与の未払いが起こり、契約を解除されている。しかし、それからも、定収入はないながら無所属で競技を続け、今年の東京マラソンで準優勝を果たし、見事、ロンドン五輪代表の切符を手に入れたのだ。  さらに、その東京マラソン後、藤原は動画配信サイト・ニコニコ動画と組んで個人スポンサーを募集。あっという間に定員の2万人を達成し、およそ1000万円の活動資金を得ることができた。個人がインターネットを通じて自分の活動に対する援助を受けるこうした仕組みは「クラウドファンディング」(以下CF)と呼ばれ、アメリカなどでは盛んに行われている。スポーツ選手の支援については、過去海外にも例がなかったが、実業団だけに頼らない今後のマラソンを考える上で、有効な方法になるのではないか。国内でスポーツ選手向けのCF「Cofter」の準備をしているDolphinon&companyの代表、丹野裕介氏は言う。 「トライアスロンやフェンシングのように、日本でマイナーなスポーツだとお金がなくて海外の遠征に行けなかったり、明日の試合にも出られないような世界ランカーが、実はたくさんいます。アルペンスキーの皆川賢太郎さんでさえ、10年の五輪出場直前に、スポンサーに困っていた事もあります。五輪選手ですら、企業から100万円スポンサードしてもらうのはとても大変なことなんです。しかし、それが1000人から1000円ずつだったら可能かもしれない。そういう思いから、このサービスの本格稼働を目指しています」  これらのサービスが今後どのように支援金を集めていくか、まだ先は見えない。しかし、これが機能すれば、新しいプロアスリートの形が生まれる可能性もある。さらに、「実業団がマラソン選手を社員として抱えるのではなく、いちスポンサーとして多少のお金や練習場、培ったノウハウを提供し、その上で選手がCFを活用できるようになるといいと思う。そうしたら、お互いにメリットが出てくる」(元実業団選手)かもしれない。  とはいえ、企業に支援されて当たり前という環境でやってきた日本のアマチュアスポーツ界は、果たして変われるのか。当特集【2】から現場の生の声を聞きつつ、その問題の核心に迫っていきたい。 (文/大熊 信) 【「サイゾーpremium」では他にもオリンピック関連記事が満載!】藤原新に女医のスポンサードあり 実業団陸上選手たちの不満が爆発! 実業団選手の"本音"座談会天才ランナーの中山竹通が辛辣な苦言を呈す「実業団依存のマラソン界は、もう勝てるわけがない!」猫ひろし騒動で露呈した国籍変更問題 五輪出場で国籍を変える選手たちの悲哀
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同語反復に過ぎないポストモダン議論などしょうもない! 国家に基づいたお金が流通する本当の理由

【プレミアサイゾーより】 ──国家とは、権力とは、そして暴力とはなんなのか......気鋭の哲学者・萱野稔人が、知的実践の手法を用いて、世の中の出来事を解説する──。 第24回テーマ「ポストモダンが見誤る市場経済」
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[今月の副読本] 『資本論 (一)』 カール・マルクス/岩波文庫(69年)/882円 言わずと知れた、マルクス経済学の根底をなす不朽の古典。初版は1867年に刊行。資本主義における市場経済や経済法則を分析し、その矛盾を顕にしながら社会主義の到来と必然を問う、当時としては画期的な論考だった。

 個人的な話からで恐縮ですが、私が大学に進学したのは1989年のことです。そのころの人文思想界ではポストモダンが全盛期で、少しでも哲学や思想に興味がある学生はほとんどと言っていいほどポストモダン思想(として紹介されていたもの)に感化されていました。愛知県の某地方都市でさして文化度の高くない高校生活を送っていた私は、ポストモダンなどというものが思想界を席巻していることを大学に入るまでまったく知らず、したがって当時スターとしてあがめられていたデリダやドゥルーズといった哲学者たちの名前も知らなかったので、大学で先輩や同級生がポストモダンの用語や思想家の名前を使っていろいろと議論しているのを見て驚いたものです。  ただ、その当時日本でなされていたポストモダン論議の大部分は、いまから振り返るとひじょうにしょうもないもので、当時よく話題にのぼっていた本や論文をいま読むと、あまりの無内容さと独りよがりな物言いに「よくこんなものにみんな熱中していたな」と恥ずかしくなってしまいます(もちろんだからといってドゥルーズやフーコーの議論が無内容だということではありません、あくまでも日本の思想界での話です)。あの時代、輝いてみえたポストモダン思想も、実際のところは、大学の研究者も含め、多くの人が「外部」だとか「力」とかいったポストモダン用語に振り回されて、本当は自分たちでもよくわかっていないことを印象論のレベルで論じていただけでした。ですので、当時のポストモダンの議論が現代の思想論壇やアカデミズムに有意味な影響をほとんど与えていないのも当然のことでしょう。とはいえ、それでもなお当時のポストモダン議論に影響を受けつづけ、当時のままの語彙や物言いで思想を論じている人間がまだまだいるのも事実で、そういった人間をみると、バカにつける薬はないというか、端的にうんざりします。  そうした当時のポストモダン議論の一つに貨幣をめぐる議論があります。たしかに貨幣は謎に満ちています。一万円札という紙幣は、いうなれば「壱万円」と印刷された紙切れにすぎないのに、なぜそれだけの価値があるものとして人びとのあいだで流通するのでしょうか。これは真に考えるに値する問題です。ポストモダン思想でもしばしば取り上げられました。ただし、そこでの「解決」はほとんど解決といえるようなものではありませんでした。  ポストモダン的な貨幣論では、往々にしてマルクスの『資本論』における価値形態論が引き合いにだされ、それが記号論的に読み替えられることで、「貨幣が貨幣としての価値をもつのは、みんながそれを貨幣として使っているからである(みんながそれを受け取ってくれるから、私たちは紙幣を価値あるものとして受け取るのである)」というような結論が導きだされます。岩井克人さんの『貨幣論』などがそうした議論の典型例ですが、しかし、これではそもそも問題に対する理論とはいえませんよね。なぜなら、本来考えるべきなのは「なぜみんながそれを価値ある貨幣として受け取ってくれるのか」という問題であり、貨幣が価値をもつ根拠を「みんなが使っているから」という点に求めるのは単なるトートロジー(同語反復)にしかならないからです。こんなことはちょっと冷静になって考えてみればわかることなのですが、当時は多くの人がこうした理論ならざる理論に惹き込まれていたのです。それが「ポストモダン」時代の知的状況でした(ちなみに、マルクスの価値形態論を記号論的に読み替えるという手法は当時のポストモダン議論のなかではよく使われたのですが、これも「貨幣と言語は構造的に類似している(たとえば貨幣と商品の関係は言語と事物の関係に等しい)」というような、まったくでたらめな断定にもとづくものです)。  では、なぜ紙幣は価値をもつものとして人びとのあいだで流通することができるのでしょうか。岩井さんは『貨幣論』の結論部分でそれを「無が有になる神秘」だと述べていますが、実際にはそれは「神秘」でもなんでもなく、そこにはちゃんとした根拠があります。その根拠を、中央銀行が設立されてきた過程をつうじて考察したのが前回の連載でした。  おさらいを兼ねて簡単に確認しましょう。もともと現在のような貨幣(紙幣)が生まれたのは、中央銀行のもととなったイングランド銀行が、それまで通貨として使用されていた金や銀を人びとから預かって、その代わりに利子のつく預かり証(捺印手形)を発行したことによってでした。その捺印手形が紙幣の原型となったのです。かつて紙幣は「兌換紙幣」として中央銀行が保有する金と交換可能だったのはそのためです。他方でイングランド銀行は、人びとから預かった金や銀をイングランド政府に貸し付けて、そのイングランド政府が税収からおこなう利払い分を、捺印手形の利払いに充てました。つまり、イングランド銀行の捺印手形を人びとが受けとってくれ、それを決済手段としてもちいる(すなわち紙幣が流通する)ことを支えたのは、イングランド政府の徴税力だったのです。徴税力とは単に政府の権力の大きさや国民からの支持だけを意味するのではありません。税を支払う人びと(国民)の経済力も、その政府がどれぐらいの税額を徴収できるかを決定します。要するに、徴税力とはその国の「国力」全体をあらわすものなんですね。これこそが貨幣の価値の裏づけとなる。だからこそ、政府の統治が機能していなかったり、財政政策がうまくいっていなかったり、経済力がない国の貨幣は、その価値が低下してしまうのです。  結局、貨幣が価値をもつのは、人びとがそれをさしたる根拠もなく貨幣として使っているからではなく、政府による徴税をつうじて国力とむすびついているからなんですね。「貨幣に価値があるのはみんながそれを貨幣として使っているからにすぎない」と述べることは、「当たり前だと思われているものでも実は確たる根拠などない」というポストモダン思想によくあるロジックであり、そんなことをいわれると聞いたほうはドキッとして「たしかにそうかもしれない」と思わず信じてしまうのかもしれません。しかし、それは単に理論の弱さからくるレトリックにすぎないのです。  問題は、こうしたポストモダン的な貨幣論が、貨幣の存立における国家の役割を見逃してしまい、貨幣が市場のメカニズムだけでなりたつと思い込んでしまっていることです。この点でいうと、ポストモダン貨幣論は、国家は市場からでていくべきだと主張する市場原理主義や、中央銀行が貨幣供給量を増やせば経済は活性化すると考える金融緩和論とひじょうに近い発想に立っています。どちらも市場経済は国家から自立的になりたつと考えるわけですから。しかし、市場経済は税という非市場的なお金の流れによって支えられなくてはけっしてなりたちません。2008年の金融危機の際、あれほど「政府は市場に口出しするな」と叫んでいた投資銀行に、税による莫大な公的資金が注入されました。税による支援がなければ市場経済そのものが機能不全に陥りかねなかったからです。たしかに、現在では紙幣と金との兌換は廃止されており、紙幣は何の実体的な価値ともむすびついていないヴァーチャルなものになっているように見えるかもしれません。しかし、だからこそよけいに貨幣の価値は政府の財政力とダイレクトにむすびついていることが理解されるべきなのです。国家は単に犯罪を取り締まり、市場での交換のもととなる所有権を保護することによって、外在的に市場とかかわっているのではありません。徴税をつうじて内在的に市場を構成しているのです。 かやの・としひと 1970年、愛知県生まれ。03年、パリ第十大学大学院哲学科博士課程修了。哲学博士。津田塾大学准教授。主な著書に『国家とはなにか』(以文社)、『カネと暴力の系譜学』(河出書房新社)、『権力の読みかた』(青土社)など。近著に『最新日本言論知図』(東京書籍)、『新・現代思想講義 ナショナリズムは悪なのか』(NHK出版新書)など。
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月額525円読み放題! (バックナンバー含む) 【「サイゾーpremium」では他にも話題の識者による連載が満載!】【マル激 TALK ON DEMAND】国策として邁進されてきた原発の非代替性【宇野常寛の批評のブルーオーシャン】第4回AKB48選抜総選挙を考える【佐々木俊尚の「ITインサイド・レポート」】自力で手法を編み出してこなかった ネット広告業界がスマホで不振にあえぐ

財界と社内のマネジメントから見る楽天・三木谷浩史の真価

──2011年6月、楽天が経団連を脱退することを、同社代表の三木谷浩史氏がツイッター上で発表した。それから1年、同氏はこの6月に、ウェブ事業者を中心にした「新経済連盟」を始動。97年の創業以来、順調に事業・組織を拡大してきた楽天を率いる三木谷氏とは何者か、我々は本当には知らないのかもしれない。彼は日本の経済界を変える救世主なのか? 財界の大御所を手玉にとる「ジジ転がし」なのか、あるいは、配下の人間に過酷な労働を強いるただの独裁者か。その”マネジメント能力”の真価を計る。
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三木谷浩史氏の著書『成功のコンセ
プト』
 2011年、楽天の中核をなす「楽天市場」の取扱高が1兆円を突破した。いまや国内企業が経営する最大のインターネットモールであることは、誰の目にも明らかである。三木谷浩史氏は今年最初の社員集会で「20年までに流通総額を10兆円に伸ばす」と高らかに宣言。その勢いはまだ衰えていない。一代で富を築いた彼だが、その歴史をさかのぼると、重大なターニングポイントでは常に経済界の重鎮たちによるバックアップを受けてきたことが浮き彫りになる。  生まれは1965年。父は高名な経済学者で神戸大学教授(現名誉教授)、母も同大卒のキャリアウーマンという、見事なエリート一家である。父がイェール大学の客員研究員として赴任した際には家族で渡米し、6歳からの3年間をボストンで過ごした。中学からテニスを始め、一橋大学時代にはテニス部部長として100名近くの部員を率いている。  大学を卒業した三木谷氏が就職先に選んだのが、日本興業銀行(現みずほコーポレート銀行)。3年後の91年、社内制度を利用してハーバード大学に留学し、MBAを取得。帰国後は大型M&Aを手がけ、期待の若手に育っていく。しかし95年の阪神大震災で叔父叔母を亡くしたことが、人生の転機となった。「人生は儚い。やりたいことをやらないと悔いが残る」と痛感し、同年末に興銀を退社。コンサルティング会社設立を経て、97年2月には楽天の前身となる会社を作り、同年5月に「楽天市場」を開設した。  まだネット黎明期、ECサイトの成功例もなければノウハウもない時代だった。開設当時の社員は妻を含めて6人、出店店舗はわずか13。彼はこの逆境を、猛烈な営業努力によって乗り切っていく。この頃発揮された「体育会系のアツさ」は、現在に至るまで楽天の社風としても根付いている。その働きの甲斐あって、99年にはテナント2000店舗、年間流通総額1億円超を誇り、あっという間に日本最大のインターネットショッピングサイトとなった。 ■人の話を聞くためのガラス張りの社長室  急成長の裏には、目標達成のための厳格なルール作りがある。「常に改善、常に前進」「スピード!! スピード!! スピード!!」などの「5つの社訓」は社内各所に掲示され、楽天成功の象徴として知られている。これは社員証にも印刷されており、社員は暗唱必須。ノルマも熾烈を極め、成績により細かい職級で格付けがされる。火曜朝8時から行われる定例会議では、遅刻すると入室を認めない徹底ぶり。だが、03年頃に在社した元社員は、当時の社内をこう振り返る。 「幹部クラスのほうが平社員よりも出社が早いから、文句は言えなかったですね。『豪腕』『独裁』とよく言われますが、毎月社員の合同誕生日会を開くなど、社員とも積極的にコミュニケーションを取っていくタイプ。社長室がガラス張りになっていることと、三木谷社長がよく飼い犬のチワワと出社してくることが印象的でした(笑)」  楽天を世間に最も印象づけたのは、04年のプロ野球界再編騒動だろう。先に参入に名乗りを上げていたのはライブドア社長(当時)・堀江貴文氏だったが、Tシャツ姿の彼とは真反対に、三木谷氏はスーツでメディアに登場。堅実さを印象づけた。そしてここで、彼の「ジジ転がし」の力が発揮される。加盟申請書に書かれた諮問委員には、トヨタ自動車会長・奥田碩氏、みずほコーポレート銀行頭取・齋藤宏氏ら、財界のそうそうたる顔ぶれが名を連ねていた。これでは球界の重鎮たちも首を縦に振らないわけにはいかない。結果、渡邉恒雄・読売巨人軍オーナーからのお墨付きも得て、50年ぶりの新規参入企業として選出された。『”教祖”降臨―楽天・三木谷浩史の真実』(05年/日経BP社)の著者で、当時を知るジャーナリスト・児玉博氏はこう語る。 「三木谷氏は興銀時代に孫正義氏や増田宗昭氏を顧客に抱え、ここから財界への足がかりをスタートした。03年には三井住友銀行頭取だった西川善文氏を社外取締役に迎えて地盤を固め、年配経営者たちとのパイプを強めるきっかけになる。奥田氏とはおそらく、当時頻繁に開催されていた政府関連の委員会などで知己を得たのでは。三木谷氏は起業からかなり早い段階で、いわゆる『ITベンチャー』というイメージとは決別したいと考えていました。そのためには先輩社長たちから学び、取り入ることが得策だと考えたのでしょう」  しかし興銀時代から続く人間関係があったとしても、百戦錬磨の財界人たちの懐に入るのは簡単なことではない。なぜ三木谷氏だけが彼らに可愛がられたのだろうか。 「三木谷氏は子どもの頃から、父の元を訪れる経済関係者たちの振る舞いを間近で見て育った。そこで、どんな人物ならお歴々に気に入ってもらえるか、自然と学んでいたのでしょう。テニスで鍛えたスポーツマンシップや体育会系のノリも、財界の大御所たちを惹き付ける魅力になった。トレードマークだったヒゲを剃ったことも、年配者への配慮のひとつで、クレバーな思考の象徴。そもそも球界参入のきっかけは、同じ神戸出身であり経済同友会の先輩でもあるオリックス会長・宮内義彦氏が近鉄買収を打診したことから。三木谷氏が準備を整えていたわけではなく、先輩に言われて慌てて手を挙げたのが本音。つまり子どもの頃から今まで、周りの環境に背中を押されるように育てられてきたんです」(児玉氏)  三木谷氏はこの後も「ジジ転がし」としての実力を遺憾なく発揮していく。特に財界のドン・奥田氏からは絶賛され、長年強力なバックアップを受けた。また、エイベックスの代表取締役社長・松浦勝人氏とは六本木や銀座の豪遊仲間とされるなど、コネクションは高齢実力者だけにとどまらない。さらに、政界にも人脈を持つ。興銀時代の同期には石原慎太郎都知事の三男で、前衆議院議員の石原宏高氏がいた。10年には民主党の細野豪志氏、馬淵澄夫氏など実力派中堅議員と秘密裏に会合を開き、党内の世代交代について助言したといわれている。ツイッターでも「心ある政治家はバックアップします」と宣言し、ネットを使った政治献金システム推進の旗を振る。  こうして強力な人脈を武器に財界をサバイブしてきた三木谷氏だが、やがて重鎮たちと袖を分かつ契機が訪れる。10年2月に立ち上げた「eビジネス推進連合会」。「ネット活用が進まなければ日本は開発途上国になる」と宣言し、副会長にヤフー副社長の井上雅博氏(当時)、幹事にはサイバーエージェント社長の藤田晋氏らを据えた。しかし当時三木谷氏は日本経団連の理事も務めていたため、「新団体を作るなら経団連を抜けるのが道理ではないか」と怒りを買い、11年6月、ついに脱退を決断した。 「経団連の意思決定はブラックボックスで、上層部の限られた人にしか真相がわからない。三木谷氏にとって、ジャッジの過程が見えないことはかなりストレスだったのでは。また、経団連に所属する最大のメリットは、そこで収集される国内外の情報を得られることですが、近年はその収集能力がとみに落ちている。楽天はアジアや南米に拠点を置くなど海外進出にも積極的ですが、そうなるとむしろ足を引っ張られると感じるようになったのでしょう。米倉弘昌氏が選出された会長人事でも、古い体制と求心力のなさに失望したはず」(同)  そして今年6月、「eビジネス推進連合会」は「新経済連盟」と改名し、活動を強化すると発表。「我々は未来志向だ」と力強く宣言するなど、ITこそが日本の財界を導くという信念と野望が透けて見える。冒頭に述べたように、彼の目指す先はさらなる高みであり、最終目標は「世界一のインターネット企業」だ。新局面に突入する三木谷氏は、これからどこに向かい、何を成し遂げるのだろうか?  「これまでは新興企業として尖った姿を見せて知名度を得てきたが、今はもうその必要もない。いわば『普通の大企業』になった。目立った行動は少なくなるかもしれないが、各界への影響力はさらに強まるでしょう。ひたすら分析と実行を繰り返した楽天のビジネスモデルは誰にでも真似ができるもので、彼の強みは興銀出身という背景を存分に生かしながら、その看板に驕らない冷静さと意志の強さにあります。その長所を忘れない限り、大きく凋落することはないのでは。それは反面、彼のつまらなさの象徴でもあるのですが」(同)  停滞する日本経済を救うのか、それとも単によくできたワンマン社長として終わるのか。以降では、楽天と三木谷氏を内側・外側それぞれから見てきた人々による、そのジャッジメントを見ていこう。 (取材・文/田島太陽)
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月額525円読み放題! (バックナンバー含む) 【「サイゾーpremium」では他にも楽天・三木谷関連記事が満載!】恵まれた環境と如才ない処世術でのし上がった"財界のジジ転がし"三木谷浩史が反旗を翻すまで「新経連なんて経団連の2軍に過ぎない」経団連に阻まれた三木谷の理念なき野望――評論家・佐高信"経団連"のペット三木谷が画策する維新の会とのタニマチ関係――経済ジャーナリスト・須田慎一郎

財界と社内のマネジメントから見る楽天・三木谷浩史の真価

──2011年6月、楽天が経団連を脱退することを、同社代表の三木谷浩史氏がツイッター上で発表した。それから1年、同氏はこの6月に、ウェブ事業者を中心にした「新経済連盟」を始動。97年の創業以来、順調に事業・組織を拡大してきた楽天を率いる三木谷氏とは何者か、我々は本当には知らないのかもしれない。彼は日本の経済界を変える救世主なのか? 財界の大御所を手玉にとる「ジジ転がし」なのか、あるいは、配下の人間に過酷な労働を強いるただの独裁者か。その”マネジメント能力”の真価を計る。
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プト』
 2011年、楽天の中核をなす「楽天市場」の取扱高が1兆円を突破した。いまや国内企業が経営する最大のインターネットモールであることは、誰の目にも明らかである。三木谷浩史氏は今年最初の社員集会で「20年までに流通総額を10兆円に伸ばす」と高らかに宣言。その勢いはまだ衰えていない。一代で富を築いた彼だが、その歴史をさかのぼると、重大なターニングポイントでは常に経済界の重鎮たちによるバックアップを受けてきたことが浮き彫りになる。  生まれは1965年。父は高名な経済学者で神戸大学教授(現名誉教授)、母も同大卒のキャリアウーマンという、見事なエリート一家である。父がイェール大学の客員研究員として赴任した際には家族で渡米し、6歳からの3年間をボストンで過ごした。中学からテニスを始め、一橋大学時代にはテニス部部長として100名近くの部員を率いている。  大学を卒業した三木谷氏が就職先に選んだのが、日本興業銀行(現みずほコーポレート銀行)。3年後の91年、社内制度を利用してハーバード大学に留学し、MBAを取得。帰国後は大型M&Aを手がけ、期待の若手に育っていく。しかし95年の阪神大震災で叔父叔母を亡くしたことが、人生の転機となった。「人生は儚い。やりたいことをやらないと悔いが残る」と痛感し、同年末に興銀を退社。コンサルティング会社設立を経て、97年2月には楽天の前身となる会社を作り、同年5月に「楽天市場」を開設した。  まだネット黎明期、ECサイトの成功例もなければノウハウもない時代だった。開設当時の社員は妻を含めて6人、出店店舗はわずか13。彼はこの逆境を、猛烈な営業努力によって乗り切っていく。この頃発揮された「体育会系のアツさ」は、現在に至るまで楽天の社風としても根付いている。その働きの甲斐あって、99年にはテナント2000店舗、年間流通総額1億円超を誇り、あっという間に日本最大のインターネットショッピングサイトとなった。 ■人の話を聞くためのガラス張りの社長室  急成長の裏には、目標達成のための厳格なルール作りがある。「常に改善、常に前進」「スピード!! スピード!! スピード!!」などの「5つの社訓」は社内各所に掲示され、楽天成功の象徴として知られている。これは社員証にも印刷されており、社員は暗唱必須。ノルマも熾烈を極め、成績により細かい職級で格付けがされる。火曜朝8時から行われる定例会議では、遅刻すると入室を認めない徹底ぶり。だが、03年頃に在社した元社員は、当時の社内をこう振り返る。 「幹部クラスのほうが平社員よりも出社が早いから、文句は言えなかったですね。『豪腕』『独裁』とよく言われますが、毎月社員の合同誕生日会を開くなど、社員とも積極的にコミュニケーションを取っていくタイプ。社長室がガラス張りになっていることと、三木谷社長がよく飼い犬のチワワと出社してくることが印象的でした(笑)」  楽天を世間に最も印象づけたのは、04年のプロ野球界再編騒動だろう。先に参入に名乗りを上げていたのはライブドア社長(当時)・堀江貴文氏だったが、Tシャツ姿の彼とは真反対に、三木谷氏はスーツでメディアに登場。堅実さを印象づけた。そしてここで、彼の「ジジ転がし」の力が発揮される。加盟申請書に書かれた諮問委員には、トヨタ自動車会長・奥田碩氏、みずほコーポレート銀行頭取・齋藤宏氏ら、財界のそうそうたる顔ぶれが名を連ねていた。これでは球界の重鎮たちも首を縦に振らないわけにはいかない。結果、渡邉恒雄・読売巨人軍オーナーからのお墨付きも得て、50年ぶりの新規参入企業として選出された。『”教祖”降臨―楽天・三木谷浩史の真実』(05年/日経BP社)の著者で、当時を知るジャーナリスト・児玉博氏はこう語る。 「三木谷氏は興銀時代に孫正義氏や増田宗昭氏を顧客に抱え、ここから財界への足がかりをスタートした。03年には三井住友銀行頭取だった西川善文氏を社外取締役に迎えて地盤を固め、年配経営者たちとのパイプを強めるきっかけになる。奥田氏とはおそらく、当時頻繁に開催されていた政府関連の委員会などで知己を得たのでは。三木谷氏は起業からかなり早い段階で、いわゆる『ITベンチャー』というイメージとは決別したいと考えていました。そのためには先輩社長たちから学び、取り入ることが得策だと考えたのでしょう」  しかし興銀時代から続く人間関係があったとしても、百戦錬磨の財界人たちの懐に入るのは簡単なことではない。なぜ三木谷氏だけが彼らに可愛がられたのだろうか。 「三木谷氏は子どもの頃から、父の元を訪れる経済関係者たちの振る舞いを間近で見て育った。そこで、どんな人物ならお歴々に気に入ってもらえるか、自然と学んでいたのでしょう。テニスで鍛えたスポーツマンシップや体育会系のノリも、財界の大御所たちを惹き付ける魅力になった。トレードマークだったヒゲを剃ったことも、年配者への配慮のひとつで、クレバーな思考の象徴。そもそも球界参入のきっかけは、同じ神戸出身であり経済同友会の先輩でもあるオリックス会長・宮内義彦氏が近鉄買収を打診したことから。三木谷氏が準備を整えていたわけではなく、先輩に言われて慌てて手を挙げたのが本音。つまり子どもの頃から今まで、周りの環境に背中を押されるように育てられてきたんです」(児玉氏)  三木谷氏はこの後も「ジジ転がし」としての実力を遺憾なく発揮していく。特に財界のドン・奥田氏からは絶賛され、長年強力なバックアップを受けた。また、エイベックスの代表取締役社長・松浦勝人氏とは六本木や銀座の豪遊仲間とされるなど、コネクションは高齢実力者だけにとどまらない。さらに、政界にも人脈を持つ。興銀時代の同期には石原慎太郎都知事の三男で、前衆議院議員の石原宏高氏がいた。10年には民主党の細野豪志氏、馬淵澄夫氏など実力派中堅議員と秘密裏に会合を開き、党内の世代交代について助言したといわれている。ツイッターでも「心ある政治家はバックアップします」と宣言し、ネットを使った政治献金システム推進の旗を振る。  こうして強力な人脈を武器に財界をサバイブしてきた三木谷氏だが、やがて重鎮たちと袖を分かつ契機が訪れる。10年2月に立ち上げた「eビジネス推進連合会」。「ネット活用が進まなければ日本は開発途上国になる」と宣言し、副会長にヤフー副社長の井上雅博氏(当時)、幹事にはサイバーエージェント社長の藤田晋氏らを据えた。しかし当時三木谷氏は日本経団連の理事も務めていたため、「新団体を作るなら経団連を抜けるのが道理ではないか」と怒りを買い、11年6月、ついに脱退を決断した。 「経団連の意思決定はブラックボックスで、上層部の限られた人にしか真相がわからない。三木谷氏にとって、ジャッジの過程が見えないことはかなりストレスだったのでは。また、経団連に所属する最大のメリットは、そこで収集される国内外の情報を得られることですが、近年はその収集能力がとみに落ちている。楽天はアジアや南米に拠点を置くなど海外進出にも積極的ですが、そうなるとむしろ足を引っ張られると感じるようになったのでしょう。米倉弘昌氏が選出された会長人事でも、古い体制と求心力のなさに失望したはず」(同)  そして今年6月、「eビジネス推進連合会」は「新経済連盟」と改名し、活動を強化すると発表。「我々は未来志向だ」と力強く宣言するなど、ITこそが日本の財界を導くという信念と野望が透けて見える。冒頭に述べたように、彼の目指す先はさらなる高みであり、最終目標は「世界一のインターネット企業」だ。新局面に突入する三木谷氏は、これからどこに向かい、何を成し遂げるのだろうか?  「これまでは新興企業として尖った姿を見せて知名度を得てきたが、今はもうその必要もない。いわば『普通の大企業』になった。目立った行動は少なくなるかもしれないが、各界への影響力はさらに強まるでしょう。ひたすら分析と実行を繰り返した楽天のビジネスモデルは誰にでも真似ができるもので、彼の強みは興銀出身という背景を存分に生かしながら、その看板に驕らない冷静さと意志の強さにあります。その長所を忘れない限り、大きく凋落することはないのでは。それは反面、彼のつまらなさの象徴でもあるのですが」(同)  停滞する日本経済を救うのか、それとも単によくできたワンマン社長として終わるのか。以降では、楽天と三木谷氏を内側・外側それぞれから見てきた人々による、そのジャッジメントを見ていこう。 (取材・文/田島太陽)
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誤審や買収疑惑で国中からバッシングを受けることも──協会も守ってくれない審判の弱さ

【サイゾーpremiumより】
『最強! 日本柔道』(オールイン エ
ンタテインメント)
──国の代表として、華々しく五輪の地に立つスポーツ選手の陰で、公正なジャッジを下すべくあくせくと働くのが審判たちだ。しかし、そんな”縁の下の力持ち”ともいえる審判には、五輪において誤審や買収疑惑といった騒動が度々ついて回る。なぜ審判をめぐる問題は絶えないのか? 知られざる審判制度の不備に迫った──。  近年の五輪では、国やスポンサーによる待遇の向上、科学トレーニングの発達などで、選手のレベルが上がる一方、プレーの高度化やルールの複雑化によって誤審が起こり、審判へのバッシングが起こることがままある。有名なところでは、日本中で波紋を呼んだ、2000年のシドニー五輪の柔道100キロ超級決勝の篠原信一対ダビド・ドイエ戦。内またを仕掛けてきたドイエを、篠原が返し技の”内またすかし”で背中から落とし、誰もが篠原の一本を疑わなかったが、なぜかドイエに有効のポイントが付き、篠原は金メダルを逃した。審判が篠原の高い技術を一瞬で判断できず、”世紀の大誤審”とまで言われたこの一件をはじめ、明らかな誤審は”審判買収”や”八百長”の疑惑が持たれることにもつながり、世間で批判を受けることもある。事実、左ページで紹介しているように、不可解な判定が疑問視され、審判の買収が発覚した例もあまた報告されている。機械判定技術が発達しているのにもかかわらず、世界最高峰の舞台である五輪で誤審をはじめとする審判を取り巻く問題が噴出するのはなぜか。改善される余地の見えない審判問題について、各識者たちの声から、その原因や構造的不備を探っていきたい。  そもそも五輪では、ライセンス制度が確立されているサッカーや、審判学校があり、日米でプロ制度が整備されている野球といった競技とは違い、アマチュア審判が試合を裁く場合がほとんど。審判らは各競技の協会や連盟に所属・登録してはいるが、基本的に兼業で審判をしており、フルタイムで練習できる選手に比べ、技術向上のための訓練がしづらいのが現状だ。競技成績の振るわなかった選手が審判に転向することも多く、それぞれ競技経験はあるものの、現役や世界レベルで活躍する選手に比べ、その実績は一段も二段も下がる。これまで多くの五輪中継に携わり、現在はスポーツプロデューサーとして活躍する杉山茂氏は、誤審が起こる理由をこう分析する。 「選手の技術や戦術の向上に対して、審判の技術が未発達なんです。現役選手に比べ、体力も落ちていて、高度なプレーを一瞬の判断でジャッジするのは至難の業です」  ならば、人間の目では追えないプレーは機械判定に委ねてしまえばよいのでは、という意見も聞かれるようになったが、現状はまだまだ人間による判定が主流で、機械判定の導入には慎重な競技がほとんどである。五輪という正確な判定が求められる舞台でも、遅々として導入が進まないのはなぜか。 「それは”試合の流れ”などのように、そのプレーの一瞬だけを切り取った映像では、判断しきれない要素がスポーツには多いからです。五輪競技ではないですが、相撲の”死に体”(相手の体が土俵の外や土に付いたとしても、自身の体勢を自力で立て直せないほど崩していた場合、勝ちを認められない)などはそのよい例でしょう」(杉山氏)  杉山氏と同じ理由で、「スポーツは人間が判定することを含めて価値がある」と語るのは、中京大学スポーツ科学部教授の近藤良享氏。近藤氏は、五輪を「スポーツの祭典以前に人間の祭典」とし、審判をめぐる根本的な問題を指摘する。 「現状は、選手から審判への敬意がないんです。言葉は悪いですが、一流選手になれなかったプレーヤーが審判になっていると見下している面もあります。審判は専門性があるにもかかわらず認知度が低く、弱い立場にいるといえます」(近藤氏) ■審判への負担が増大 誤審はすべて審判のせい  また、84年のロス五輪の際に、国際オリンピック委員会(IOC)会長サマランチが、民間企業をスポンサーに迎えて一気に推し進めた五輪の商業化も、審判の立場を苦しめる一因になっていると、早稲田大学スポーツ科学学術院教授の友添秀則氏は分析する。 「アメリカの大手企業がスポンサーに付くと、テレビ放送を盛り上げるため、試合展開をよりスピーディーに、そして勝負を即座に白黒はっきりつけようとする風潮が高まりました。全世界が注目する中、正確ではあるものの時間のかかるビデオ判定はそこそこに、人的ソースによってハイレベルでスピーディーな試合をジャッジしなければならず、どうしても誤審が増えてしまいます」(友添氏)  それまで手弁当で五輪を運営していた”老舗”のIOCを放映権や企業スポンサーによって”優良企業”に成長させたサマランチだが、それにはアメリカの資本主義が寄与するところが大きいという。ただし、この悪名高き商業主義は”選手”の待遇に関し、一概に悪と言い切れないと、友添氏は言う。 「選手は、五輪でいい成績を収めると、企業がスポンサー契約を結んでくれる。引退後の保証がされていない選手からしたら、セカンドキャリアのため、スポンサーを付けたいわけです。アトランタ五輪体操女子団体で金メダルを獲得したアメリカのケリー・ストラグは一躍国民的スターとなり、大会中に推定5億円の広告契約を企業と結びました。日本選手の場合でも、テレビCM出演料が年間5000万円、大物選手だと1億円ともいわれています」(友添氏)  さらにメダリストには、各五輪委員会から報奨金が授与されるが、日本の場合は金300万円、銀200万円、銅100万円程度。それに各競技の協会から100~2000万円の報奨金が上乗せされる。一方で、たとえ五輪の場で活躍したとしても、審判にはまったくと言っていいほど報酬はなく、商業化の恩恵にあずかれていない。 「五輪に出場する審判には、交通費、滞在費にごくわずかの手当が支給される程度といわれています。IOCから各国の五輪委員会に渡される分配金も、そのほとんどが協会の運営費と選手への手当で使われるのが現状。商業化によってそれなりに利益が出ているはずですが、その内訳を公にすることはなく、不透明な部分も多い。まして審判に対しての還元はほとんどない。これでは、審判の質の向上も、なかなか望めませんよ」(同)  このように、低待遇が当たり前の審判に対し、大金と共に不正が持ちかけられた場合、彼らの心は動かないと言い切れるだろうか?  また、「もちろん誤審をした審判にも責任はありますが、彼らを派遣している各競技の協会にも責任があると思います」と、金銭面以外でも各競技の協会に対して苦言を呈するのは、北海学園大学でスポーツ哲学・倫理学の教鞭を執る川谷茂樹氏。五輪における審判は、種目別に各協会が各国から選定し試合へ派遣しているが、氏はその責任の取り方を疑問視する。 「大きな誤審があった場合、協会や統括団体はその審判を処分するだけで、自分たちの責任は問われない。本来審判の技術向上は、審判個人の努力だけに委ねられるべきではなく、統括団体が組織的継続的に取り組むべきミッションです。批判されるべきはむしろ、技術不足の審判を派遣した統括団体のほうでしょう。審判は選手や観客から憎まれたりメディアで槍玉にあげられることもありますが、その労力やリスクの見返りに得られるものが仮に”名誉”くらいしかないとすれば、そんな割の合わない仕事に優秀な人材が集まるとは考えにくいですね」(川谷氏)  各協会や連盟が五輪に審判を派遣する際、経験や実績を考慮していることは間違いないが、細かい条件を明文化していることは少なく、選定の経緯ははた目にはわからない。このことが審判買収や密約の疑惑が噴出する一因となっていることも否定できない。それに加えて誤審や買収が問題視された際には、出場停止などといった厳しい処分を審判に課すだけで一件落着とする場当たり的な対応が横行。審判の質が向上しないのには、こうした協会側の体質にも原因があるように思われる。  システムや待遇が変わらないまま、プレー技術の高度化や五輪商業化によって、多くのことを求められるようになった審判。そんな中で、一筋の光明というべきある流れが、世界的に出始めていると、前出の友添氏は言う。 「こうした現状を受け、審判の育成、技術向上に対する取り組みが本格化しようとしています。アメリカの審判学校やサッカーのライセンス制度が有名なところですが、五輪競技もどんどん”審判のプロ化”が進んでゆくのではないかと見ています。10年にはIOCが、本来、五輪が持っていた国際親善やスポーツによる人間育成という原点に立ち返ろうと、青少年たちのためのユース五輪を開催し、成功を収めました。五輪の根本を見つめなおすことにより、一層のフェアプレーが求められ、ひいては審判という存在も重要視されるようになっています。このロンドン五輪が、ひとつの転換期になるのではないでしょうか」(友添氏)  これまで、待遇の悪さを甘んじて受け入れてきた審判に対して、ようやく制度改革の波が世界中のスポーツ界に押し寄せようとしている。時代に応じた変化を続ける現代の五輪において、度々勃発する”審判”をめぐる問題は、旧態依然たる”審判”という制度と今の五輪の間にあるズレによって引き起こされたといえるかもしれない。IOCをはじめとする各団体は、”審判”について今一度考えるべき時期に差し掛かっているのではないだろうか。 (文/高橋ダイスケ)
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大橋裕之・短期集中連載!! ロンドン五輪特別企画マンガ 「オリンピック奇想譚 vol.1ハンマーズ・ハイ」

【サイゾーpremiumより】 ――哀愁と笑いが交錯したなんとも言いがたい唯一無二の世界観で読む者を脱力、そして困惑させる『シティライツ』(講談社)で、一躍マンガ界の“辺境”に躍り出た大橋裕之。「五輪にはまったく興味なかったんですが、全力で調べます!」とがぜんやる気を出した彼が描くオリンピックとは「現実」なのか? はたまた「白昼夢」なのか? スタジアムの熱狂とともに"マジックリアリズム・マンガ"がここにお目見えする! (第1話は無料ですべて読めます!)
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(作/大橋裕之)
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大橋裕之・短期集中連載!! ロンドン五輪特別企画マンガ 「オリンピック奇想譚 vol.1ハンマーズ・ハイ」

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(作/大橋裕之)
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