ゲスを極めし川谷絵音! 活動自粛&発売中止はベッキー復活の狼煙か?

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ゲスの極み乙女。オフィシャルHPより
 10月3日、川谷絵音がボーカルを務めるゲスの極み乙女。(以下、ゲス極)とindigo la Endの活動自粛が発表された。それに伴い、所属レコード会社のワーナーミュージック・ジャパンは12月7日に発売予定であったゲス極の3rdアルバム『達磨林檎』【1】の発売一旦中止をアナウンス。自粛の理由は、川谷が未成年者と飲酒をしたことが明るみに出たためだ。この未成年者とは、川谷の新恋人であるタレントの〈ほのかりん〉。彼女は今回の一件でレギュラー番組や出演予定だった舞台を降板するハメになり、成人になるまでの、たった数カ月を待てなかったばかりに、彼らは窮地に立たされることとなった(ちなみに彼女は川谷が活動自粛を発表した翌日4日に20歳の誕生日を迎えた)。芸能事務所幹部が明かす。 「『週刊女性』(主婦と生活社)9月13日号に掲載された、川谷の三軒茶屋のバーで“20代前半の美女”のお持ち帰りスクープですが、この相手がほのかりんでした。同誌の突撃取材に対し川谷は『僕は正直に話していますよ。(相手は20代前半の一般人なので)写真は撮らないでいただきたいです』と答えましたが、これが実は正直な対応ではなかった。事務所側は19歳との“恋愛”だけなら問題はないと本人の意思を尊重していたようですが、ほのかりんは未成年のため飲酒は違法行為。さすがに今回ばかりは所属レーベルであるワーナーとマネジメントのスペースシャワーミュージックも激怒し、厳重な処分を下したのでは」  川谷といえば、今年1月にベッキーとの不倫が発覚し、生々しいLINEのやりとりが流出。当時、妻帯者であった川谷は集中砲火を浴びたが、それでもライブや新作の発表を行い、活動を自粛することはなかった。 「不倫報道が出た際、川谷には『人として道徳に反している』という意見が飛び交いましたが、活動自粛や商品の出荷停止などの措置は取られませんでした。ワーナーとスペースシャワー、そして本人で話し合いの場を設け、さらに関係各所の意見を元に『生まれる音楽に罪はない』という判断からだったと聞いています。これは川谷の不貞行為に限らず音楽業界ではよくあることで、刑事罰と見なされる事件を起こした場合のみ、発売中止や回収などが行われます」(レコード会社関係者A氏)  一方、川谷の音楽の舞台とは違い、芸能界が主戦場のベッキー。世間からの鳴りやまぬバッシングによってレギュラー番組はすべて降板、CMの打ち切りと、芸能活動を休業したことは周知の通りだ。約3カ月後の5月に『金スマ』(TBS)で復帰を果たしたが、他局にとっては寝耳に水の背徳行為。それもそのはず、芸能界で幅を利かせていたベッキーだけに、謝罪会見の不誠実さや、その背徳行為によってサンミュージックは傲慢さを露呈してしまう形となってしまったからだ。結果、同社には多くの苦情が寄せられ、以降、マスコミとの円滑な関係を取り戻すために、サンミュージックは広報の体制を強化したという。 「ベッキーの休業中、これまで彼女が稼いでいた収入の補填と違約金をまかなうため、サンミュージックはほかの所属タレントたちを積極的に売り出しましたが、ブレイクしたのはメイプル超合金のみ。到底埋め合わせはできません。復帰後、以前までは決してオファーを受けることがなかった地方局のテレビ番組にまでベッキーを売り込んでいます。結果、JFN系列FMラジオの新番組のパーソナリティが決定。しかし、東京で聴くことができない番組への出演は完全な“都落ち”。ただ、ラジオ収録前には事務所の広報担当が懇意のマスコミ各社を呼んでベッキーを取材させるなど、その腰の低さには変化が見られた。今後、キー局のスポンサー各社がOKを出せば、立て続けに復帰が決まっていくかもしれません」(芸能プロ関係者)  去る9月29日には宝島社の新聞広告で、トレードマークであったロングヘアをバッサリ切り落とし、“裸一貫”からやり直す決意表明か、一糸まとわぬ背中のヌードを披露したベッキー。 「ベッキーが起用された宝島社の企業広告『30段広告』【2】は、彼女の復活のイメージが宝島社の企業イメージに合致するとのことで、同社からオファーしたそうです。宝島社内でも幹部クラスしか知り得なかった案件で、一般社員は驚いたそうです。背中だけといえどもヌードとなると、以前ならサンミュージックの上層部が決してOKを出さなかった仕事ですから、一種の“賭け”でしょうね」(広告代理店社員)  いまだ世間の厳しい声も散見されるが、復活への狼煙を上げるベッキーと、不倫騒動に懲りることなく、またしても問題を起こして自滅寸前の川谷。これまではベッキーに比べ、川谷はさほどダメージを負っていないようにも見えたが、形勢は逆転しつつある。なぜ、このような逆転劇が起きてしまったのか。大手レコード会社に勤務するB氏の話。 「不倫報道後、川谷はえらく反省していました。しかし、ネットに散らばる誹謗中傷にいら立ちを隠せず、停止していたブログやツイッターで『誰に謝ればいいの?』といった軽口を叩いて、すべてを台なしにしてしまった。そこで今回の騒動。さすがにこれでレーベルもマネジメントも『そもそも反省していなかったんじゃないか』という疑念を抱いたようで、その結果が活動自粛、発売中止と聞いています」  活動自粛に際し、ツイッターで「必ず戻ってくるので、待っていてください」とファンに復帰を約束した川谷。しかし、今回ばかりは関係者らも激怒しているといい、その道のりは険しくなりそうだ。 「活動の自粛、リリース予定だったアルバムの発売を一旦中止という措置は、それだけワーナーが今回の件を重く受け止めている証拠です。同社のスタッフは『健全な状態でリリースしたい』と話していましたが、活動を休止すればファンは離れていくわけで、仮に自粛を経てリリースできるタイミングが来たとしても、必ずネットで叩かれるのは目に見えています。また、すでに決まっていた商品のリリースを中止にするということは、レコード会社にとって大きな痛手。地方でのリリース・プロモーションは白紙、プロモーションのために制作したグッズは不要となり、もっとも痛手となるのはレコーディングに伴う制作費用。不倫騒動でベッキー側が受けた損害額は約5億円といわれており、それと比較すればまだダメージは軽いかもしれませんが、見込めた売り上げなども考えれば、ワーナーも数億円の損害を被ったといっても過言ではありません」(前出・芸能事務所幹部)  不倫騒動後、開き直りともいえる言動が目立ち業界内でも問題児扱いされてきた川谷。しかし、その一方で音楽性はいまだに高く評価されているのも事実。発売予定だった新作には、川谷渾身の一曲が収録されているともいわれているが、今回の騒動の動きによっては一旦中止ではなく、未来永劫リリースされない可能性もある。アーティスト名のごとく、今年1年で見事なまでにゲスを極めてしまった川谷には、誠実さの極みが求められている。 (編集部) 【1】ゲス極の3rdアルバム『達磨林檎』 本来であれば、11月にデジタルで先行配信し、12月にCDで発売予定であった新作。オフィシャルサイトではリード曲である「シアワセ林檎」の無料ダウンロードを実施し、YouTubeで公開されたミュージックビデオは、公開から1カ月も満たぬうちに100万回再生を記録している。これだけ世間を騒がせておきながら、低評価より高評価の数のほうが多いのは、彼らの音楽性が支持されていることの証左であり、所属レーベルのワーナーも50万枚クラスのヒットを期待していたが、夢に散ってしまった。 【2】宝島社の企業広告「30段広告」 広告・出版業界では有名な全国紙の見開き広告で、話題作りには最適といわれている。宝島社は今年1月に発表した樹木希林起用の「死ぬときぐらい 好きにさせてよ」30段広告において、読売広告大賞グランプリ、朝日広告賞グランプリ、日本新聞協会新聞広告賞など多くの賞を獲得。ベッキーも後を追えるか。

稀代の女エロ芸人【大久保佳代子】、ロマンポルノで真のエロに開眼す!

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(写真/黒瀬康之)
日活ロマンポルノが誕生して満45周年となる今年は、禁断の封印作解禁、ブルーレイ解禁、そして劇場新作の公開など、アニバーサリー企画が盛りだくさん。1971年、『団地妻 昼下りの情事』と『色暦大奥秘話』が製作・公開されて以降、わずか17年の間に約1100本が公開されるなど、世の男性たちを熱狂させ続けてきた同シリーズ。と同時に、「エロさえあればあとはなんでもOK」という自由度の高さから芸術性の高い作品も生まれ、相米慎二、金子修介などの映画監督を輩出したこともよく知られた事実だ。  そんな日活ロマンポルノを、歯に衣着せぬエロトークでお馴染みのオアシズ・大久保佳代子さんはどう見るのか? 直撃した。 「実は大学生のとき一度だけ観に行ったことがあって……確か大学で映画の授業を取っていたんですよね。それほど映画に興味があったわけじゃないんですけど、『そういうのカッコよさそう』とか思って。その授業で神代辰巳監督を取り上げた回があったんです。それで、浅草の劇場に3本立てのロマンポルノをひとりで観に行って。『これは授業の一環だから』って、自分に言い聞かせて(笑)。そしたら薄暗い中に、おじさんが点々と座っていて……休憩のときトイレに立ったら、おじさんが缶コーヒーをくれたことを覚えています」  そんな場でまでおじさまと交流を図るとは、大久保さん、さすがです。しかし、残念ながらその詳しい内容はあまり覚えておらず、以降現在に至るまで、ロマンポルノとは縁遠い生活を送ってきたとか。そんな大久保さんに今回観ていただいたのは、『ザッツ・ロマンポルノ 女神たちの微笑み』『団鬼六・監修 SM大全集』の2本。で、どうでしたか? 「まあ日頃からエロサイトとかエロ動画を観るのは好きなので、『なるほど、昔のポルノ映画ね』ぐらいの軽い気持ちで観始めたんですけど、正直ちょっと驚きました。古いから薄暗くて湿気の多い感じだろうって勝手に思い込んでたら、意外にもバラエティに富んでいて、真面目な作品もあるけど、ちょっとコントっぽい作品もあったり。エロをポップな笑いにしているものもあって、こんなに振り幅のあるものなのか、と」  団地妻シリーズや時代物など、いくつかのジャンルはあるものの、3本立て上映が基本であったことも関係して、当時の流行や風俗を取り入れたものなど、ロマンポルノには多種多様な作品が存在する。さらに大久保さんがもっとも驚いたのは、いずれの作品にも共通する、作り込みの細かさと出演者の芝居のうまさだったという。 「私が普段観ている女性向けのアダルトビデオとは、明らかにクオリティが違うんですよね。よくよく見るとストーリーにヒネリがあったり撮り方が凝っていたり……何よりも役者さんの芝居がちゃんとしているので、思わず見入ってしまうんです。アダルトビデオのストーリー部分は、結構飛ばしちゃうんですけど。あと、時代性もあるのかもしれないけど、登場人物に野性味あふれる男の人が多いような気がして。いわゆるハンサムではないけど、どこか目つきがヤバかったり、ちょっと気になる男性が多くて。どちらかというと私、汚い男の人にグチャグチャにされるとか、そういう願望がなきにしもあらずなので、そういう意味で、ちょっと発情するところがありましたね(笑)」  では、ロマンポルノでも屈指の人気シリーズである、団鬼六・監修のSMものはいかがだったでしょうか? 「あれはもう、完全な非日常ですよね。さすがに自分であれをやりたいとは思わないというか、私がまったく知らない世界があるのかもって思わせる何かがあって……でもああいうものって、ファンタジーじゃないけど、それぐらいの距離感で観るものなのかもしれないですよね。自分の日常とは明らかに違うけど、もし自分がその世界に入ってしまったら、どうなってしまうんだろうってワクワクしながら楽しむものというか」  想像力によって無限に広がるエロの世界。大久保さんは最後、内省モードでこんなことを語ってくれました。 「エロに対してこぢんまりとまとまってきてしまっている最近の自分を反省しましたね。いつの間にか、ちょっと諦めてしまっているというか、『まあ、この程度かな』みたいに思ってしまっているところがあったけど、AVではないこういう映画作品を観ると、私も昔はエロに対していろいろ冒険的だったというか、想像力を持ってもっといろいろなことに挑戦しなくちゃダメだなって思いました(笑)」  エロトークで大活躍する当代随一の女芸人をしてここまで言わしめる、日活ロマンポルノ。まだ未経験の方は、45周年記念で発売される作品群などを一気に視聴してみるのもよいかも!? (文/麦倉正樹) (ヘア&メイク/春山輝江) (スタイリスト/野田奈菜子・アップワード) おおくぼ・かよこ 1971年5月12日、愛知県生まれ。千葉大学文学部文学科卒業。92年、小中高の同級生である光浦靖子とお笑いコンビ「オアシズ」を結成、同年デビュー。芸能活動の傍ら、長らくOLとして一般企業に勤務していた。近年はコンビでの活動のほか、バラエティー番組を中心にピンでの活躍も目覚ましい。 45周年で再評価の機運高まる「日活ロマンポルノ」 初公開から45周年、ロマンポルノがついに、Blu-ray & DVDで解禁される。新しくも懐かしい、あの名作ロマンポルノ全80作品が順次リリース!
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『ザッツ・ロマンポルノ 女神たちの微笑み』HDリマスター版ブルーレイ  「ロマンポルノ」全作品から女優を中心に選別された「官能アンソロジー」! 出演:白川和子、小川節子、田中真理 構成・監督:児玉高志 

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『団鬼六・監修 SM大全集』HDリマスター版ブルーレイ  団鬼六が「SM映画のマリリン・モンロー」と賞賛した「SMの女王」こと谷ナオミをはじめとして、東てる美、麻吹淳子、志麻いづみなどロマンポルノに咲いた妖花たちの名シーンが満載。 出演:谷ナオミ、東てる美、志麻いづみ 監修:団鬼六 構成:加藤文彦

■さらにオススメの2作品!
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『色情めす市場』HDリマスター版ブルーレイ 監督:田中登 出演:芹明香 『悶絶!!どんでん返し』DVD  監督:神代辰巳 出演:谷ナオミ

上記作品はすべて、発売元:日活株式会社 販売元:株式会社ハピネット (c)日活株式会社 価格:ブルーレイ4200円、DVD2000円(共に税抜)で好評発売中。ブルーレイ版では、バリアフリー字幕や「EIGA NO TOMO」からの貴重な関連紙面も復刻収録。さらに主演女優によるコメンタリーを収録したものも。ほかにCSやネット配信等でも常時600作品以上が楽しめるので、詳細は以下まで。 日活DVDサポートセンター:03-5227-1755 公式HP:http://www.nikkatsu-romanporno.com/

稀代の女エロ芸人【大久保佳代子】、ロマンポルノで真のエロに開眼す!

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(写真/黒瀬康之)
日活ロマンポルノが誕生して満45周年となる今年は、禁断の封印作解禁、ブルーレイ解禁、そして劇場新作の公開など、アニバーサリー企画が盛りだくさん。1971年、『団地妻 昼下りの情事』と『色暦大奥秘話』が製作・公開されて以降、わずか17年の間に約1100本が公開されるなど、世の男性たちを熱狂させ続けてきた同シリーズ。と同時に、「エロさえあればあとはなんでもOK」という自由度の高さから芸術性の高い作品も生まれ、相米慎二、金子修介などの映画監督を輩出したこともよく知られた事実だ。  そんな日活ロマンポルノを、歯に衣着せぬエロトークでお馴染みのオアシズ・大久保佳代子さんはどう見るのか? 直撃した。 「実は大学生のとき一度だけ観に行ったことがあって……確か大学で映画の授業を取っていたんですよね。それほど映画に興味があったわけじゃないんですけど、『そういうのカッコよさそう』とか思って。その授業で神代辰巳監督を取り上げた回があったんです。それで、浅草の劇場に3本立てのロマンポルノをひとりで観に行って。『これは授業の一環だから』って、自分に言い聞かせて(笑)。そしたら薄暗い中に、おじさんが点々と座っていて……休憩のときトイレに立ったら、おじさんが缶コーヒーをくれたことを覚えています」  そんな場でまでおじさまと交流を図るとは、大久保さん、さすがです。しかし、残念ながらその詳しい内容はあまり覚えておらず、以降現在に至るまで、ロマンポルノとは縁遠い生活を送ってきたとか。そんな大久保さんに今回観ていただいたのは、『ザッツ・ロマンポルノ 女神たちの微笑み』『団鬼六・監修 SM大全集』の2本。で、どうでしたか? 「まあ日頃からエロサイトとかエロ動画を観るのは好きなので、『なるほど、昔のポルノ映画ね』ぐらいの軽い気持ちで観始めたんですけど、正直ちょっと驚きました。古いから薄暗くて湿気の多い感じだろうって勝手に思い込んでたら、意外にもバラエティに富んでいて、真面目な作品もあるけど、ちょっとコントっぽい作品もあったり。エロをポップな笑いにしているものもあって、こんなに振り幅のあるものなのか、と」  団地妻シリーズや時代物など、いくつかのジャンルはあるものの、3本立て上映が基本であったことも関係して、当時の流行や風俗を取り入れたものなど、ロマンポルノには多種多様な作品が存在する。さらに大久保さんがもっとも驚いたのは、いずれの作品にも共通する、作り込みの細かさと出演者の芝居のうまさだったという。 「私が普段観ている女性向けのアダルトビデオとは、明らかにクオリティが違うんですよね。よくよく見るとストーリーにヒネリがあったり撮り方が凝っていたり……何よりも役者さんの芝居がちゃんとしているので、思わず見入ってしまうんです。アダルトビデオのストーリー部分は、結構飛ばしちゃうんですけど。あと、時代性もあるのかもしれないけど、登場人物に野性味あふれる男の人が多いような気がして。いわゆるハンサムではないけど、どこか目つきがヤバかったり、ちょっと気になる男性が多くて。どちらかというと私、汚い男の人にグチャグチャにされるとか、そういう願望がなきにしもあらずなので、そういう意味で、ちょっと発情するところがありましたね(笑)」  では、ロマンポルノでも屈指の人気シリーズである、団鬼六・監修のSMものはいかがだったでしょうか? 「あれはもう、完全な非日常ですよね。さすがに自分であれをやりたいとは思わないというか、私がまったく知らない世界があるのかもって思わせる何かがあって……でもああいうものって、ファンタジーじゃないけど、それぐらいの距離感で観るものなのかもしれないですよね。自分の日常とは明らかに違うけど、もし自分がその世界に入ってしまったら、どうなってしまうんだろうってワクワクしながら楽しむものというか」  想像力によって無限に広がるエロの世界。大久保さんは最後、内省モードでこんなことを語ってくれました。 「エロに対してこぢんまりとまとまってきてしまっている最近の自分を反省しましたね。いつの間にか、ちょっと諦めてしまっているというか、『まあ、この程度かな』みたいに思ってしまっているところがあったけど、AVではないこういう映画作品を観ると、私も昔はエロに対していろいろ冒険的だったというか、想像力を持ってもっといろいろなことに挑戦しなくちゃダメだなって思いました(笑)」  エロトークで大活躍する当代随一の女芸人をしてここまで言わしめる、日活ロマンポルノ。まだ未経験の方は、45周年記念で発売される作品群などを一気に視聴してみるのもよいかも!? (文/麦倉正樹) (ヘア&メイク/春山輝江) (スタイリスト/野田奈菜子・アップワード) おおくぼ・かよこ 1971年5月12日、愛知県生まれ。千葉大学文学部文学科卒業。92年、小中高の同級生である光浦靖子とお笑いコンビ「オアシズ」を結成、同年デビュー。芸能活動の傍ら、長らくOLとして一般企業に勤務していた。近年はコンビでの活動のほか、バラエティー番組を中心にピンでの活躍も目覚ましい。 45周年で再評価の機運高まる「日活ロマンポルノ」 初公開から45周年、ロマンポルノがついに、Blu-ray & DVDで解禁される。新しくも懐かしい、あの名作ロマンポルノ全80作品が順次リリース!
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『ザッツ・ロマンポルノ 女神たちの微笑み』HDリマスター版ブルーレイ  「ロマンポルノ」全作品から女優を中心に選別された「官能アンソロジー」! 出演:白川和子、小川節子、田中真理 構成・監督:児玉高志 

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『団鬼六・監修 SM大全集』HDリマスター版ブルーレイ  団鬼六が「SM映画のマリリン・モンロー」と賞賛した「SMの女王」こと谷ナオミをはじめとして、東てる美、麻吹淳子、志麻いづみなどロマンポルノに咲いた妖花たちの名シーンが満載。 出演:谷ナオミ、東てる美、志麻いづみ 監修:団鬼六 構成:加藤文彦

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『色情めす市場』HDリマスター版ブルーレイ 監督:田中登 出演:芹明香 『悶絶!!どんでん返し』DVD  監督:神代辰巳 出演:谷ナオミ

上記作品はすべて、発売元:日活株式会社 販売元:株式会社ハピネット (c)日活株式会社 価格:ブルーレイ4200円、DVD2000円(共に税抜)で好評発売中。ブルーレイ版では、バリアフリー字幕や「EIGA NO TOMO」からの貴重な関連紙面も復刻収録。さらに主演女優によるコメンタリーを収録したものも。ほかにCSやネット配信等でも常時600作品以上が楽しめるので、詳細は以下まで。 日活DVDサポートセンター:03-5227-1755 公式HP:http://www.nikkatsu-romanporno.com/

宗教者の最大の特徴は衣服なのか? 袈裟は先鋭的な“衣装”だった――仏教の宗教ファッション考現学

――日本人であれば、一度は葬儀などで、豪華絢爛の袈裟を身に着けたお坊さんの姿を見たことがあるだろう。その立場を誇示するようなこれらの袈裟には、ファッション的な視点でひもとくと、どのような意味合いがあるのだろうか?
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『美坊主図鑑~お寺に行こう、お坊さんを愛でよう』(廣済堂出版)
 宗教者は、いかなる要素をもって宗教者であると他人から認識されるのだろうか? もちろん、宗教者とは、寺院や教会で宗教者となる修行をし、聖典を読み込み、自らの中に宗教者たるアイデンティティを形成させてゆく。だが、ほかの人々がその人を宗教者として認識するに至らしめる最初にして最大の要素として、その衣服を抜きにして考えることはできないだろう。  仏教の僧侶やキリスト教の神父、神道の神主など、宗教者はそれぞれにその宗派が定める衣服を身にまとっている。そして、それらの衣服を身に着けているからこそ、我々は一目でその宗教者が所属する宗教を特定することができる。それが衣服が宗教者のアイデンティティに深く関わっているゆえんである。  後述の袈裟の一種「糞掃衣」を研究する国際日本文化研究センタープロジェクト研究員の松村薫子氏は、その著書『糞掃衣の研究』(法蔵館、2006)の中でこのように述べている。 「宗教に携わる立場の者を宗教者として見る共通認識が存在する社会において、宗教服を着ると、その人は、一般の人と区別され、〈宗教者〉として認識されるようになる。(中略)宗教服は、他者に対して、その衣服を着ている人が宗教に携わる宗教者であるということを示し、何の宗教者なのか、宗派は何か、ということを示す。また、それぞれの宗教の理念によって衣服についての規定があることから、その宗教の特色を表すものでもある。宗教服を身に纏うと、纏ったその人は、宗教的世界とつながりを持つ人として一般の人と区別される。つまり宗教服を着ることにより、聖なる人あるいは聖性を帯びた人として他者に認識されるのである。このように一般の人と区別し、聖なる人に変身させる機能を持った服が、宗教服であるといえる」  宗教における宗教服の役割は、極めて大きいものであることが理解できるだろう。本稿では、宗教服のなかでも特に仏教の袈裟に焦点を絞り、宗教における衣服の役割を考察する一助としたい。  宗教服は服装史全体から見ても、もっとも古代の衣服が保存されている分野であり、それらが安置された神社や寺は、染織史のアーカイブともなっている。そう解説するのは、宗教染織史が専門の、京都国立博物館学芸部教育室長・山川曉氏だ。 「東大寺の正倉院や法隆寺に代表されるように、日本では社寺に、世界的に見ても珍しいほどに古い時代の衣服が多く保存されています。通常、衣服というのは汚れたら着用できなくなったり、使い古したら布を再利用したりしてなくなってしまうのですが、これらの社寺では誰が着用していたのかという目録とともに、当時のままの姿で保存されている。外国の研究者と話しても、これだけ古い時代の衣服が多く残っている国は日本以外にないようです」  日本において社寺などの宗教的な場所は、最古のファッションが保存されているタイムカプセルでもあった。その中でも特に重要な位置を占めるのが仏教の袈裟だという。 「キリスト教では聖遺物といって聖人の遺体や身に着けていたものを信仰の対象とする伝統があったり、神道では古神宝といって神様のために奉納された装束が古い神社に保存されていたりもしますが、美術史を学ぶ人間にとって、一番研究の基準になるのは仏教の袈裟ですね。どのような社寺でも大抵ひとつか2つは保存されているし、誰が誰にあげたものなのかといったことが記録されているケースが多い。これ以上ない貴重な研究資料の宝庫となっています」  仏教諸宗派の中でも、袈裟を尊び、大切に保存している傾向が強いのは、山川氏によると禅宗だという。そこには、禅宗に伝わってきたある教理的伝統が関係している。 「なぜかというと、禅宗ではほかの宗派と比べても特に師匠と弟子の人間的な出会いによる相伝を大事にしているからなんです。禅宗では不立文字と言うように、教えの真髄は文字では伝えられないという考えがあり、本当に大切なことは師匠が認めた弟子との関係によってのみ伝えられる。そして印可といって、師が弟子に教えを授けたことの証しとして、師が身に着けていた袈裟を弟子に譲り渡すのです。弟子にとってはこれが教えを受け継いだ証明になりますから、いつ誰から授かったかという記録とともに、お寺に大切に保存されているのです」  かつて日本から中国に渡った僧が師から授かって日本に持ち帰った袈裟は各地の寺に存在していると、山川氏は説明する。そこでは、まさに袈裟が単なる衣装ではなく、法脈の基盤として機能し続けているのである。 『岩波仏教辞典』で袈裟の項を引いてみると、以下のような記述を目にすることができる。 「比丘(僧侶)の衣は塵埃の集積所または墓地などに捨てられていた布の断片を縫い合わせて作った糞掃衣が原則であったから、衣服についての欲望を制するために、一般の在家者がかえりみない布の小片を綴り合わせて染色したものが用いられたのである。  仏教の伝播と共に、気候風土や衣服の慣習の相違から種々の変形を生じた。中国・日本では日常の衣服としての用法を離れ、僧侶の装束として法衣の上に着用し、特に儀式用の袈裟は金襴の紋様、縫い取りが施されて華美で装飾的なものとなった」  現在僧侶の袈裟というと、葬式で目にする金襴で華麗な縫い取りの、高そうな服を思い浮かべるのが一般的だろう。ところが、もともとの仏教の教えによると、僧侶は一般の人が顧みない捨てられたボロ布を継ぎ合わせた袈裟を身に着けるのが正しい教えなのだという。その継ぎはぎの袈裟こそが「糞掃衣」である。そして、この糞掃衣にまつわる伝統は、今も一部の寺と、そこに集う人々によって受け継がれている。それを研究したのが、前出の松村薫子氏の著書『糞掃衣の研究』である。松村氏が言う。 「私は愛知県一宮市の曹洞宗常宿寺で行われている一宮福田会の糞掃衣作りを調査し、研究対象としました」 『糞掃衣の研究』によれば、一宮福田会では、曹洞宗の僧侶と尼僧、寺院の妻や活動に共鳴した一般の主婦ら15~20名が集まり、春秋それぞれ5日間の日程で袈裟を縫う。そのスケジュールは、泊まり込みで、朝4時45分に起床し21時に就寝。座禅や朝のお勤め、お寺の掃除なども行いながら、袈裟を縫う時間を持つという本格的なものだ。袈裟の中でも特別な袈裟とされる糞掃衣は、家庭で不要になった古い着物や帯などの裂を集め、はぎ合わせることによって、一枚の糞掃衣として縫い上げてゆく。松村氏が言う。 「現代の糞掃衣は、特定の僧侶に感謝の意を示すために、有志の人々が集まって縫われています。糞掃衣は集まって縫うだけではなく、裂を各家庭に持ち帰って家でも縫うのですが、一着縫うのにおよそ1年はかかります。その手間がわかるからこそ、糞掃衣を頂いた僧侶は、皆様の気持ちが込められた特別な袈裟であると考えるのです」  松村氏が調査した福田会はそのようにして袈裟を作っている集まりだが、そこまでして作るのも、糞掃衣などの袈裟こそが仏典に書かれた正しい袈裟だという信念があるからだ。袈裟に関する仏教の教義での決まりについて、松村氏が解説する。 「袈裟は世間の執着を離れた衣を着けるのが基本だと仏典に書かれていて、壊色といわれるわざとくすんだ色を使ったり、点浄といって、袈裟の一部に汚れをつけたりします。裂自体も、もともと大きいほど価値が高いとされる染織品を、切って継ぎ合わせ、価値をなくして使います。世俗的な執着心を起こさない衣を身に着けなさいということなのです」  そのような決めごとがある袈裟だが、実際の現在の仏教儀礼を見ると、僧侶は法衣店で50~100万円といった値段をつけられている、金襴きらびやかな袈裟を檀家から布施されて、身に着けていることが多い。葬儀などでも、そうした袈裟を身に着けている僧侶のほうが一般的だろう。だが、そうした金襴の袈裟は、本来の仏教の教えでは、欲心を起こす、着けるべきではない衣服とされているという。 「僧侶の方々は、金襴の袈裟が仏教の教えから外れていることはわかっています。しかし、檀家の方から金襴の袈裟を布施して頂いたら、その気持ちを大事に考えるので、着ないというわけにはいきませんし、葬儀でも『なぜうちには豪華な衣を着てくれないのか』と言われる場合もあります。仏教の教えと異なっていることは理解しているが、致し方ないという実情があるようです」(松村氏)  結果、実態としては仏典に説かれる通りの袈裟よりも、本来は禁じられている金襴豪華な袈裟のほうが一般的になっている。さらには、仏典に説かれる通りの色・形・衣材・製法でつくられた如法衣といわれる袈裟(一般に如法衣といわれる袈裟とは異なる)が質素でありながら、むしろ希少価値を生み、ある逆転現象が起こっているという。 「仏典通りの染め方・縫い方の如法衣を法衣店に特別注文した場合、50~60万円はかかるそうです。そのような如法衣は老師が着ける格式のものなので、若い僧侶は身に着けにくいといいます。金襴のほうが華やかですが、正式な如法衣のほうが格が上というような感覚があるようです」  まことに摩訶不思議な袈裟の世界だが、そのような奇妙な現象が起こるのも、袈裟に単なる衣服を超えた深い意味が託されているからだろう。松村氏が言う。 「古くから袈裟には功徳という不思議な力があると考えられてきました。袈裟を身に着けるだけで解脱が得られるとか、袈裟をまとうことで仏身と仏心が得られるなどといわれてきたのです。もともと衣服というものにはさまざまな象徴的な意味が込められていて、色で心理状態を表したり、社会的な意味づけがなされたりしているものですが、宗教服、なかでも袈裟は思想が衣服に込められているもっとも顕著な例と言えるでしょう。僧侶にとっての袈裟には、単なる衣服を超えた仏教の思想が織り込まれているのです」  ファッションとは、本来的にその人がこうありたいと願うイメージや特性を顕現させる機能を持っている。そのことを考えれば、宗教者を宗教者たらしめている宗教服と、その典型的な例である袈裟こそは、ある意味で、もっとも先鋭的なファッションであり続けていると言えるだろう。 (取材・文/里中高志)

MUTEKIデビューの坂口杏里とバイきんぐ小峠の「復縁」をあの男が猛プッシュしていた!?

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ANRI公式Twitterより
 お笑いコンビ「バイきんぐ」の小峠英二が10月5日に放送された「リンカーン芸人大運動会2016」(TBS系)に出演。昨年6月まで交際していたタレントの坂口杏里が1日にAVデビューしたことを受け、「デビューしたからにはトップを取っていただきたい!」「一度愛した女として全力で応援しますよ。頑張ってください」とエールを送った。 「これには視聴者からも『男気がある』『一度愛した女と言い切ったところが好感が持てる』『顔はともかく心はカッコいい』と賞賛の声が飛び交いました。小峠はデビューDVDの中身もしっかり確認。元カノが自分以外の男と絡んでいる姿など普通は見たくないものですが、彼女の全てを受け止めようという強い意志を感じます」(週刊誌記者)  坂口は新たな芸名「ANRI」名義でツイッターを開設。6日には、小峠のコメントを受け、「ビジネス交際とかマスコミ関係が騒いでたけどANRIちゃんとことぅーげさんの関係はビジネスじゃなくて真実の愛だったんだよ!って超大声で言いたい!!」と投稿。「大好きだったょ ビジネスじゃない」と、小峠とは真剣交際であったと語った。  そんな2人の復縁を猛プッシュしている人物がいるという。テレビ関係者が明かす。 「坂上忍ですよ。彼は杏里の母で13年に亡くなった女優の坂口良子さんと生前にドラマなどで多数共演。杏里がデビューするときには良子さんから『共演したらよろしくね。ご飯とか連れて行ってダメなところがあったら言ってほしい』と後見人を頼まれていました。それもあって、杏里のAV転身についても『なんでそっちのほうに行くのかな』と複雑な思いでいた。坂上はかなり責任を感じていて、小峠に『お前がちゃんと支えてなかったからいけないんだ』と当たり、『もう1回復縁することができないのか』と説得を試みていたといいます。小峠はイエスともノーとも言わずに固まったままだったとか」  坂口はAVへ転身するにあたって「親友、幼馴染以外全員切りました」と、過去を清算して臨んだことを明かしているが、内心は不安でいっぱいのはず。今こそ小峠の支えが必要だと思うが・・・・。

【特別対談】イスラーム法学者・中田考/哲学者、作家・東浩紀――民主主義はこれからどうなるのか?【前編】

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    (写真/有元伸也)
    ――参院選、東京都知事選が終わり、大した波乱もなく下馬評通りの結果となった。だが、ここに来て、国民国家や民主主義への批判が一層大きくなっているのも事実だ。イスラーム研究家である中田考氏は、そもそも人やモノの移動を禁じ、国民とそれ以外を区別する国民国家には根本的な問題を抱えていると考え、カリフ制こそが国境の存在しない理想の世界だと言う。情報技術を駆使し民主主義のバージョンアップを提起した批評家・東浩紀氏は、動物的な生を保障するグローバルなプラットフォームの上に、小さな最小国民国家が立ち並ぶことこそが、新たな民主主義であるべきだというが、これはどこか中田氏の思想と呼応しないだろうか?まったく異なるアプローチから民主主義の未来を考える、特別対談をここにお届けしたい。(※本対談は、7月28日にゲンロンカフェで行われたものを加筆、再構成したものです)

    トルコ人の4割がイスラーム国を支持!?

     中田さんの著作『カリフ制再興』(書肆心水)や『イスラーム法とは何か?』(作品社)などを読んで、ぜひ議論したいと思っていました。特に中田さんが長年主張し続けている「カリフ制」という思想は、僕が書いた『一般意志2・0』(講談社)とどこか共振するところを感じています。そのあたりも、今日はじっくり議論させてください。  まず、時事的な話題からお聞きしますが、7月にトルコの軍部がクーデターを起こして、失敗しました。中田さんはこの事件をどのようにご覧になっていますか? 中田 トルコの現状を伝える、興味深いアンケート調査を報じた記事がありました。現代トルコに詳しい内藤正典先生(同志社大学教授)のツイートで知ったのですが、トルコのあるシンクタンクの調査によれば、トルコ人のうち20%弱はイスラーム国の支援者であり、共感を抱いている人も20%強いる。つまり、合わせて約40%が、程度の差こそあれイスラーム国を支持しているという結果です。しかもこの数字は、1年間で倍増しているそうです。  半分に近いトルコ人がイスラーム国支持というのは、かなり衝撃的な数字です。ただ、その場合の「支持」とは何を支持しているのかが気になります。イスラーム国の思想に共感しているのか、それともさまざまな戦闘行為や破壊行為も含めて支持しているのか、どちらなんでしょうか? 中田 お答えする前に、この数字は少し誇張があるように感じることは言っておきます。おそらく半分ぐらいで見ておくのが妥当じゃないでしょうか。トルコという国は、いまエルドアン政権の支持者、すなわちトルコのイスラーム化を支持する人々と、イスラーム化を歓迎しない世俗主義者とで二分されているんです。もし先ほどの40%という数字が本当だとすると50%のうちの40%ですから、エルドアン政権支持者の8割がイスラーム国を支持していることになりますが、それはあり得ません。  中田さんの感覚だと、トルコ人のおよそ20%がなんらかの形でイスラーム国を支持しているということですね。それでも、驚くべき数字です。エルドアン自身はどういうスタンスなんですか? 中田 エルドアンは当然、イスラーム国に反対しています。でもそれは、ISが首を切ったり、遺跡を破壊したりしているからではなく、彼自身がカリフになりたがっており、ありていにいえば、エルドアンや彼の熱狂的支持者は、かつてのオスマン・トルコ帝国復活を願っているわけです。  じゃあ、カリフ制を標榜するイスラーム国はライバルになるということですね。 中田 その通りです。ISがカリフにいただくバグダーディーは、自分がカリフになるための目の上のたんこぶだからです。ただ、エルドアン支持者はイスラーム主義者なので、その点ではISに多少の共感が持てる。むしろ彼らにとっては、今回クーデターを起こしたような世俗主義者やイスラーム主義者のリベラル派のほうがよっぽど脅威であり、憎むべき敵になっている。だから、クーデター後には大変な粛清も行われたんです。  なるほど。イスラーム国のやっていることに積極的に賛同しているわけじゃなくて、イスラーム主義という点で薄く共感しているということですね。

    一般意志とカリフ制の共通点

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    一般意志の仕組み
    「カリフ制」という言葉も出たので、そろそろその話に入っていきましょう。簡単に言葉の説明だけしておくと、カリフとは「後継者」の意味で、スンナ派の政治的な指導者を指す言葉ですね。  こう言ってしまうと、カリフがたいへんな権力者や独裁者のように聞こえるけれど、中田さんの説明によればそうではない。カリフはあくまで神の秩序の代理人でしかなくて、法は神の側にある。だから、カリフは大した権力を持っていないんですね。そこに僕は興味を持ちました。カリフ制は「人の支配」ではなく、徹底した「法の支配」であるということです。  ただ、イスラームの「法の支配」は、西洋的な考え方とはずいぶん違うので、その点をまず説明願えますか? 中田 西洋の政治学の基本的な枠組みは、何人の人間が支配しているかで政体を分類しますよね。ひとりであれば独裁制、数人なら寡頭制、全員なら民主制というふうに。  イスラームは、そこから違うんです。支配するのは神だけであり、おっしゃるように神の法に従うことがイスラームの基本です。しかし、法から自動的に政治的決定は出てきません。例えば、いつジハードをすればいいかという政治的決定は、法とは別次元の話です。  そうすると、法の支配の範囲で、イスラーム共同体が集団として何かを決めなければいけないことがある。その最終的な決定をするのがカリフだということです。ですから、法と政治は明確に峻別されているんですね。  いま中田さんがおっしゃったイスラーム的な「法の支配」は、ルソーの「一般意志」と通じるところがあります。一般意志はルソーの造語で、教科書的には、社会契約をした人民の総意というふうに説明されます。でも、ルソーの一般意志は、本当は人間が話し合って作るものではありません。  例えば、ルソーの教育論『エミール』の中には、一般意志を「モノ」になぞらえているくだりがあります。ルソーの教育論のエッセンスは、子どもに命令したって言うことは聞かないということです。そうではなく、自然から体験的に学ばなければいけない。走ったら何かにつまずいて転び、転んだら痛いから、自然に走らないことを学ぶ。そうやって、子どもは「モノ」から学ぶというのが、ルソーの教育論の基本的なスタンスです。  そして実は、一般意志も、その延長上で語られています。つまり、子どもが走ったら転ぶのと同じように、一般意志を無視して政治をするとうまくいかないんだという話になる。一般意志というのは、石ころのように自然に存在するモノに近いというのです。  だから、ルソーのいう一般意志は、モノとして人間の外側にあります。そしてイスラームの法も、当然人間の外にある。ここがまず、イスラーム的な法の支配とよく似ている点です。 中田 ルソーは、一般意志は常に正しいとも言ってますね。私的な利益を求める個別意志や、個別意志の総和である全体意志は誤るけれど、一般意志は誤ちを犯さないと。  一般意志を政府の意志として捉えると、その主張はとんでもないものに見えます。けれども違うんですね。ルソーでは、まず人々が社会契約をして共同体が作られ、その結果として自動的に一般意志が生まれるという順番になっています。ここで重要なのは、社会契約は政府と人民の間の契約ではないということです。統治機構の設立以前に、人々を結合させるのがルソーの社会契約です。  だから順序としては、社会契約をして一般意志が生まれた後に、政府のような統治機構が作られることになります。ルソーにとって、この順番や区別はきわめて重要で、政府は一般意志の代行機関にすぎないと言っている。だから、一般意志は誤らないかもしれないけど、政府は誤り得ます。  要するに、政府は一般意志の手足にすぎないので、一般意志を実現できるなら、君主制でも、貴族制でも、民主制でもいいんです。 中田 ルソーは、選挙のように代表者を選ぶ間接民主主義には大反対ですよね。  それどころか、政党や結社も作るべきではないと言ってます。これもイスラームの思想と重なるんです。中田さんは、著書の中で「イスラームに組織はない」と書かれてますね。 中田 そこが、なかなか理解されない点なんですね。イスラームでは、神と個人は直接結びつくので、教会のような中間組織はありません。イスラーム国でも、司令官と呼ばれる人はいるけれど、階級はないから、指揮系統もあまりはっきりしない。  そうやって見ていくと、ルソーの一般意志というのは、カリフ制と極めて近いように見えてきます。神や一般意志は人間の外側にあるのに対して、カリフや政府は人間の領域にあるという点が似ています。中間組織が不要とされる点も共通です。ここには歴史のアイロニーを感じます。西洋が生み出した近代民主制の起源にあるルソーを読み込んでいくと、イスラームのカリフ制に近づいていく。 中田 ルソーもカリフ制を知っていたら、もっと話が早かったかもしれませんね。

    人間が外部を作れるか?

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    カリフ制の仕組み
    中田 ルソーの社会契約論の中で、特異な存在とされているのが「立法者」です。 『社会契約論』には、ユダヤの法やイスラームの法を激賞しているくだりがありますが、法は、もともと神の名によって作る。ところが、神の名によって法を語っても、大抵の場合はインチキやニセモノであって、そういうものはすぐに滅びてしまう。  だから、神の言葉として法を語り、それを人々に信じさせることは奇跡であって、そういう奇跡を起こせる天才が立法者だとルソーは言います。  ふつうの人間には、法は作れないですから。 中田 そうすると、社会契約自体を作る法は、やはり神の法として語られることになりませんか? 一般意志はたしかに、人間の外部でモノのように存在して、規範の源になる。でも、そもそも、社会契約自体が法として記述されるのですから、一般意志をつくるレベルの法があることになります。  だから、ルソーの『社会契約論』では、立法者という言葉を、2つの意味で使っているように読めるんです。ひとつは、いま言ったように、社会契約以前の神の法を語る立法者。もうひとつが、社会契約をして一般意志が生まれた後に、一般意志を法律として具体化する立法者です。  おそらくモノとして一般意志が働くのは後者のほうであり、憲法を制定して国を作るような法は、神から与えられるしかないというのが私の理解なんですが。  おもしろい論点だと思います。たしかにルソーは、一般意志をつかんで、それを現実の政策や制度として具体化するためには超人間的な人間が必要とされるという意味で、立法者という言葉を使っています。  そこがカリフ制との違いになるのではないでしょうか? カリフ制では、神の与える秩序がそのまま法として語られます。一方、ルソーの場合、人々が社会契約を行うことで、自己生成的に一般意志が生まれ、それが天才的な立法者によって法として具体化されていくという論の運びになっている。だから、カリフ制のもとでは、人間の外側で神の法そのものが働いているのに対して、ルソーの一般意志は、人間自身が人間の外部を作るという話になっている。  そこからルソーの哲学の二面性が出てきます。人間が自分たちで社会契約をして一般意志を生み出すという合意形成の物語として見れば、一般意志は民主主義の起源のように見ることができる。しかし一方で、一般意志に人間は逆らうことができない。一般意志が死を命じるときは、市民は無条件に従わなければならないとまで断言する。こちら側に焦点を当てれば、全体主義の起源になるわけです。

    ロマン主義者ルソーと政治思想家ルソー

    中田 ルソーにあっても、『社会契約論』を素直に読む限り、正しい法は神からの啓示によって与えられるのであり、それを無謬の一般意志と呼んでいるように見えます。一般意志の不思議なところは、とても普遍的なように聞こえるけれど、実は人類普遍のものではないんですよね。ルソー自身が、すべての国民はそれぞれにふさわしい政体を持っていると言っています。ならば、一般意志も共同体ごとに違うことになります。  だから当然、ある共同体の社会契約に同意したくない人間も出てきます。ところが社会契約というものは、全員一致でなければならないし、全員一致だからこそ一般意志が生まれるわけですね。  そして、ひとたび社会契約を結べば、市民は可決された法律にはすべて従わなければならないことになります。法律は一般意志が具体化されたものだから、結局、一般意志が死を命じたら、市民は逆らえないのですね。  でも、ルソーは社会契約に反対する人間がいることを想定しているんです。そういう人間を「異邦人」と呼び、異邦人は社会契約には含まれないと言っている。社会契約には入らないけれど、国家が設立されてそこに住む以上、国家つまり一般意志の決定には従わなければならない。そういう言い方をルソーはしています。ルソーは、異邦人については議論を深めていないので、彼自身が何を考えていたか、確定的なことは言えませんが、私は、この部分がカリフ制につながっていく議論だと思っているんです。  どういうふうにつながるんですか? 中田 例えば、イスラーム法には「ジズヤ」という異教徒に課される人頭税があります。カリフ制のもとで、異教徒も人頭税さえ払えばイスラーム共同体の中に住むことできるわけですね。そしてジズヤは異教徒だけに課されますが、ムスリムにはそれとは別のザカー(浄財)を支払う義務があります。だから、イスラーム法のもとではムスリムも異教徒も一定の財を払わねばならないのは同じです。  でも、ジハードに参加する義務があるのはムスリムだけなのです。カリフから招集を受けたムスリムは、カリフ制の中で生きている人間を防衛する義務が生じますが、人頭税を払っている異教徒に、その義務はありません。これはルソーのいう異邦人のようなものです。  異教徒ですから、当然イスラームを信じてはいない。信じていないけれども、外面的に法には従い、法を守ることによって、生命と財産と名誉は守られます。しかし、ジハードのような行為にコミットする必要はまったくないのですね。  その意味で、イスラームは全体主義ではありません。イスラームを本当に信じているムスリムだけが国家の運営の責任を担い、そうじゃない人間はただ表面的にイスラーム法に従っていればいい。ルソー自身は、異邦人について多くを語っていませんが、私なりに解釈すると、カリフ制の異教徒の扱いと似てくるように思います。  それは、ルソーという人間の本質に関わってくることだと思います。というのも、ルソーには、実は政治思想家と小説家という2つの顔があるんですね。文学史的に見れば、ルソーは近代ロマン主義の祖です。近代ロマン主義とは、要するに個人主義であって、国家や社会なんてクソ食らえというタイプの思想です。その意味では、ルソーは徹底した個人主義者でもあるわけです。  そんなルソーが、一方では政治思想家として社会契約を論じ、個人は一般意志に絶対に服従しなければならないと言っている。  この2つの顔は明らかに矛盾していますが、この矛盾はまた近代の矛盾でもある。近代は、一方で個人主義を称揚しながら、他方で国家や社会に対するコミットメントを要求する。この2つのイメージは、論者によって都合よく使い分けられます。例えば、あるタイプの論者にとって、近代とはナショナリズムのことです。個人個人が社会や国家に対して責任を持ってコミットする。そういう時代を近代だと思っている。一方、別のタイプの論者からすると、近代は個人が自由になれる時代です。彼らにとっては、社会や共同体の桎梏から逃れることができる社会が近代なんですよね。 中田 東さんから見ると、ルソーのその矛盾は、どのように調停されているのですか?  それがまさに、一般意志をモノの秩序として捉えることにつながっています。先ほど言ったように、ルソーの一般意志は、市民があれこれ討議して生まれるものではない。社会契約をした途端に、いわば第二の自然として、透明な形で生まれるものです。  だとすると、近代ロマン主義も一般意志も、人間の秩序から自由になる点では共通しています。ルソーの持つ2つの顔は、どちらもモノの秩序にもとづき、自然に生きるというルソーの理想から導かれたものなんです。

    領民国民国家という欺瞞

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    イスラーム教徒の地域勢力図
     でも、中田さんのおっしゃる異邦人の話も興味深い。その国にコミットする人間とコミットしない人間がどう共存できるのかという問題は、僕自身もずっと考えてきたことです。例えば日本の国内なら、日本社会にコミットしている人と、コミットしていないんだけどたまたま日本国内にいる人たちを、制度的に分けて共存させるような仕組みですね。  もちろんこれは日本に限った話ではなく、現代社会全体の問題です。現代では、グローバリゼーションによって、どの国も、その国に政治的にコミットするわけではないんだけど、商業活動はそこでしているという人々を大量に抱えています。そういう状況を前提として、メンバーシップをどう分けるかという問題が当然出てきます。  そういう意味で、カリフ制というのは単にイスラーム社会の特殊な制度ではなく、現代社会が抱え込んでいる問題と切り結んでくるわけです。 中田 日本は、そういう問題を直視してこなかったのではないでしょうか? 例えば日本のムスリム人口比は、他国と比べると極端に低い。移民や難民も、ほとんど受け入れません。ヨーロッパでは十万人単位でシリア難民を受け入れているのに対して、日本で昨年認められたシリア難民はわずか3人です。  あまりに異常ですよね。ヨーロッパの例を出して、移民や難民の受け入れに反対している人たちがいるけれど、そもそも桁が違う。ヨーロッパは十万人単位で議論しているのに、日本は3人です。まったく前提が違います。 中田 わずかにいる移民に対しても、日本は人権後進国です。ヨーロッパだと、労働者を受け入れるときには、家族を呼び寄せるのが義務なのですね。ところが日本は、労働者は違法滞在しても受け入れるのに、家族は絶対に受け入れません。その結果、日本のムスリムというのは、圧倒的に男性が多いわけです。  ヨーロッパはどうなんですか? 中田 ヨーロッパのムスリムは、ほとんど同国人と結婚しています。それに対して、日本の場合、ムスリム男性は日本人女性と結婚することが多いのです。だから日本人のムスリムは1万人ぐらいだと推定されていますけど、そのうちの9割は、そうやってムスリム男性と結婚した女性なのです。  いずれにしても、日本は移民・難民は圧倒的に少ない国です。だから東さんが先ほどおっしゃった制度を分ける議論も、あまりピンとこない人が多いのではないでしょうか。  その通りですね。 中田 でも世界を見渡せば、その国に忠誠心を特に持っていなくても、動き回っている人たちはたくさんいます。でも、自由に動き回れるかといったら、そんなことはありません。現在の領域国民国家は、国境によって人間の自由な移動を制限することで成り立っています。  中田さんがカリフ制再興を唱える大きな理由のひとつは、そこですね。移動の自由というのは、人間の自然の権利なのに、領域国民国家ではそれが許されない。 中田 おっしゃる通りです。私は、カリフがひとりであることに、大した重要性は認めていません。本当に大事なことは、法と共同体の一体性を確保することです。  現在、インドネシア、マレーシアからモロッコまで、少なくとも14億人ぐらいのムスリムがいます。このムスリムが多数住んでいる地域で国境をなくし、人間と金と物と情報が自由に行き来できる世界を作る。これが私のいうカリフ制の最も重要な点です。  現在のグローバリゼーションといわれるものは、金と物と情報の国境はほとんどなくなっている。でも、人間は簡単に動けないわけです。そこがカリフ制と大きく違うところです。  イスラームが多数住んでいる地域に関しては、完全な移動の自由を保障するわけですね。 中田 その意味で、ヨーロッパはいま、自分たちが提唱した人権を、自ら踏みにじりつつあります。シリアの人口の半分ぐらいが殺されかけて、着の身着のままで逃げている。しかしヨーロッパは、そういった国境を越えて行こうとしている人間を無理やりに止めようとしています。国境を越えないと死んでしまう。そういう人間を平気で見殺しにするようなことを、今のヨーロッパはやっているわけです。  これは明らかに、人間の平等や人権に反しています。この事実を直視して、理想を守る方向に動くのか、それとも現実的に無理だからといって看板を下ろすのか。その選択をいま、迫られているし、しばらくしたら、どちらを選択したのかは顕在化するでしょう。  結局、領域国民国家を維持する限り、平等や人権はまがいものにしかなりません。その欺瞞を明らかにして、理想を実現するための制度を考えると、カリフ制しかありません。  まさに「カリフ制だけが解答」だと。 中田 ええ。領域国民国家の欺瞞がある限り、私はカリフ制を言い続けなければいけないと思っています。              (次回、後編に続く) (構成/斎藤哲也)
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    東浩紀 1971年生まれ。東京都出身。哲学者・作家。株式会社ゲンロン代表、同社で批評誌『ゲンロン』を刊行。『存在論的、郵便的』で第21回サントリー学芸賞、『クォンタム・ファミリーズ』(いずれも新潮社)で、第23回三島由紀夫賞。近著に『弱いつながり』(幻冬舎)ほか。

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    中田考 1960年岡山県生まれ。東京大学文学部(学士)、同大学院人文科学研究科(修士)、カイロ大学文学部大学院哲学科(Ph.D)。イスラーム政治哲学専攻。同志社大学神学部教授などを経て現在、同志社大学客員教授。近著『イスラーム―生と死と聖戦』(集英社新書)ほか。

「モヤさま」を卒業するテレ東・狩野恵里アナが虎視眈々と狙う、女王・大江麻理子アナの座とは……

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テレビ東京「アナウンサーパーク」HPより
 10月16日放送分で「モヤモヤさまぁ~ず2」を卒業し、11月から夕方の新番組「ゆうがたサテライト」のキャスターに抜擢されることになったテレビ東京の狩野恵里アナ。本格的な経済ニュース番組は初めてということで、本人もやる気満々かとお思いきや、いまいち乗り気じゃないという。 「テレ東で経済番組を担当するということは出世コースに乗ったということ。『モヤモヤ~』でブレイクするまでは一介の中堅アナだったのが、今や大江麻理子アナ、大橋未歩アナの両エースに次ぎ、名実ともにナンバー3。それにも関わらず狩野は満足していないようなんです」(テレビ東京関係者)  私生活では8月にレーシングドライバーと結婚し公私ともに順風満帆。このタイミングで経済番組のキャスターを担当することは、キャリア的にもプラスになる気がするが。 「狩野の野望はもっと大きく、希望はワールドビジネスサテライト(以下WBS)のキャスター。番組のロケ中に神社を訪れると、毎回『「WBS」に出れますように』と願掛けするほどで、本人はその気になっています。『WBS』はテレ東の看板番組で、キャスターともなれば大きなステイタスになりますが、現在は大江麻理子がキャスターですが、さすがに狩野にはまだ荷が重い。しかし、虎視眈々とその座を狙っていますが、果たしてうまくいくか。まずは夕方の番組でお手並み拝見といったところでしょう」(前出)  まずは新番組での仕事ぶりに注目だ。

幼なじみ、義兄弟、闇堕ち…『HiGH&LOW』を見た腐女子が読み返すべき傑作BL40選

<『HiGH&LOW』総力特集> ■興行収入だけでは測れない!映画『HiGH&LOW』ムーブメントに迫る【映画ライター座談会/前編】『HiGH&LOW』は〈国産の海外映画〉である。【映画ライター座談会/後編】HiGH&LOW』でHIROが望むのは「親殺し」? 今後の展開を予想する!。『HiGH&LOW』は対ジャニーズ連合軍か!? イケメン文化の集大成としてのハイロー
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「HiGH & LOW~THE STORY OF S.W.O.R.D.~」(秋田書店)
――ドラマシリーズの総集編として5月に2周間限定で劇場公開された『ROAD TO HiGH&LOW』。その舞台挨拶の際、九龍グループ家村会の幹部役を演じた橘ケンチ氏(EXILE THE SECOND所属)が物語について、「ブロマンス要素もある」と口走ったことで、当時一部界隈をザワつかせたのは記憶に新しい。  橘氏が劇中で描かれる男と男の絆を「友情」という言葉で収めることできなかった心中は、既に本作をご覧になった方なら察することができるだろう。 『HiGH&LOW』は男のドラマである。幼なじみの死、闇堕ちと救済、兄を探し続ける義兄弟、ライバルとの共闘……男と男の絆や、男と男の因果がみっしりと詰まった作品であり、そこで描かれる人間関係は、「友情」という言葉で片付けてしまうには余りあるほどの熱気をはらんでいる。  では、男と男の「友情」の先には何が存在するのか。答えは簡単。腐女子である。少々強引な展開だが、こういう企画だと理解してほしい。  男の肢体が2体あらばそこに腐女子は必ず寄生する――。2体どころか、スクリーン一面の男、男、男。男(HIRO)による、男(EXILE)のための、男祭であるハイローを腐女子が素通りできるわけがない。  ここまでは「『HiGH&LOW THE MOVIE』大研究」と銘打って、映画の内容や出演者について深く考察する企画を展開してきたが、これだけでは片手落ちの感が否めない。『HiGH&LOW』フィーバーの一端を担っているであろう、ある層をどうしても無視できないのである。ある層とは、そう腐女子である。くどいようだが、こういう企画だと理解してほしい。  先に公開された記事(『『HiGH&LOW』は〈国産の海外映画〉である。』)でも、「どこかで見たような設定が多いのが今作の特徴」と指摘されていたが、実はそれは一般的な映画やマンガに限った話ではなく、商業BLのあらゆる設定やキャラクターすら彷彿とさせやがるんだ……というのが腐女子の言い分だ。  そこで、本稿では『HiGH&LOW』で描かれる男たちの因果をまとめつつ、その男たちの物語を目撃した腐女子が、「この関係って…あの商業BLにどこか似ているのでは…!」と脳裏をよぎった至極のBL作品を紹介していこう。(※「『HiGH&LOW THE MOVIE』大研究」のおまけ企画なので肩の力を抜いてご一読あれ) (文/才蔵腐女子連合会) ■全ての物語はこの3人の因果から始まった 琥珀+九十九+龍也(MUGEN) 『HiGH&LOW』の壮大なストーリーが始まるきっかけとなった3人。幼なじみの琥珀と龍也が作ったバイクチームがMUGENであり、幼少期にいじめられていたところを龍也に救ってもらったときから、琥珀にとって龍也はかけがえのない存在であった。一方、九十九は天涯孤独に過ごしていたが、あることをきっかけに琥珀に拾われる。親友の龍也を敵の策略によって失った琥珀は、我を失い暴走しはじめるが、そんな彼に最後まで寄り添い続けようとしたのは九十九だった。 タグ:幼なじみ、おっさん、死別、バッドエンド、闇堕ち、共依存、ゴリラ百合
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★腐女子eye<死別三角関係> 死んでしまった男に囚われる男と、その男に付き従う男、という「死別三角関係」といえば、よしながふみの名作「僕の見た風景」(『こどもの体温』収録)。高校の山岳部に所属していた3人組・酒井、綾小路、黒田は、大人になって久しぶりに山に出かけた帰り道、綾小路が運転する車で交通事故を起こし、酒井は死亡、黒田は半身不随になってしまう。責任を取るべく、綾小路は献身的に黒田に尽くし、自分の人生を明け渡すがごとく彼に付き従う。生き残った者同士の、痛みを伴う少しの幸福な結末が胸に刺さる。 【キーワード関連作】 吉池マスコ『藤原征爾君追悼特集に寄せて』

■優等生×ヤンキー×ヤンキーの絆 コブラ+ヤマト+ノボル(山王連合会) コブラ、ヤマト、ノボルも幼なじみだが、不良だったコブラとヤマトにとって、優等生で弁護士を目指して大学に通うノボルは希望の星だった。しかしノボルはガールフレンドをレイプされ、報復に手を染めてしまう。ノボルの帰ってくる場所を作るため、コブラとヤマトは山王連合会を結成するが、刑務所から出たノボルは九龍グループ・家村会の構成員として2人の前に現れるのだった。 タグ:幼なじみ、三角関係、ヤンキーとエリート、体格差萌え
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★腐女子eye<二等辺三角関係> 二等辺三角形のような関係性で描かれるBLといえば、「先生×生徒×生徒」の三角を描いた中村明日美子の『同級生』だ。男子高校の音楽教員である原に思いを寄せる生徒・佐条と、その健気さに惹かれてゆく同級生の草壁。やがて佐条と草壁が両思いとなるが、実は密かに原は佐条に惹かれていた……という、なんともほろ苦い展開は三角関係ならではだ。 【キーワード関連作】 恋煩シビト『溺れる』 門地かおり『恋姫』


■主人公と二番手の戦友コンビ コブラ+ヤマト(山王連合会) 家村会に利用されたノボルを救い出すときも、さらにSWORD討伐に乗り出す琥珀を止めようとするときも、いつも2人並んで戦い続けた戦友にして親友のコブラとヤマト。コブラのピンチにはヤマトが駆けつけ、ヤマトがピンチのときにはコブラが駆けつける。ケンカでボロボロになった身体を支え合うシーンもシリーズを通して散見された。小さいコブラと大きいヤマトの身長差も名コンビの雰囲気を醸している。 タグ:幼なじみ、ヤンキー、バディもの、相方、体格差萌え
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★腐女子eye<金髪のかわいいヤンキー> ガタイのいい黒髪×小柄な金髪ヤンキーというルックスから夏目イサク『デビルズハニー』を推薦。先生×生徒という王道の設定で、生徒に人気の体育教師・菅谷とヤンキー集団のリーダー格・吉野のほんわかキラキララブが描かれる。金髪ヤンキー吉野が恋愛においては健気で可愛い一方で、ケンカが強く男気あふれる性格なのがキュンとする。 【キーワード関連作】 小松『それから、君を考える』 水渡 ひとみ『恋する鷹はツメを隠す』 山本小鉄子『明日はどっちだ!』


■孤立する少年を救う正義漢 ヤマト+チハル(山王連合会) 鬼邪高校で揉め事を起こし、不良学生たちから追いかけ回されていたチハルを助けたのがヤマトだった。以来、チハルの恩人であり一番の憧れの人がヤマトとなった。チハルは髪型までヤマトのマネをしており、そのリスペクト精神は健気ですらある。チーム内でチハルに裏切りの容疑がかけられた際も、ヤマトはチハルを信じてかばった。 タグ:先輩後輩、師弟、下克上、一方通行
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★腐女子eye<師弟関係や憧れはやがて……> 強い憧れが恋に変わるという王道なストーリーながら、ボクシングというスポーツを題材により汗臭く描かれているのがウノハナの『犬と欠け月』だ。目の怪我で引退を余儀なくされトレーナーに転身した一条と、そんな彼に憧れてボクサーとなった岳の師弟関係がどう恋愛に変わっていくのか。「俺…一条さんのために絶対勝つんで」なんて健気なセリフを言う岳は、さながら忠犬ハチ公のようで放っておけない。 【キーワード関連作】 羽生山 へび子『僕の先輩』


■Instagramで育む友情 チハル+テッツ(山王連合会) ドレッドヘアが特徴的なテッツと、チームの新入りチハルは、いつの間にか親友のような仲に。他勢力とのケンカの際も共闘することが多い。公式 Instagramを持っている2人でもあり、服の貸し借りや、テッツの彼女の誕生日プレゼントを 2人で買いに行くなど、ドラマや映画では描かれない微笑ましいやりとりを垣間見ることができる。 タグ:同級生、親友、ノンケ
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★腐女子eye<親友同士だけど……> 親友同士BLの決定版といえば井戸ぎほう『B.S.S.M.』。友達同士でドラッグやって、ラリったついでにヤっちまう。まさに若気の至りでひた走るけいまとなおの関係だったが、そんなことをしているうちにソノ気になってしまうのが人の性。無邪気な親友同士のじゃれ合いが、恋人同士のそれに変わる瞬間の甘酸っぱさとこっ恥ずかしさで胸がいっぱいに。


■義兄弟という禁断の響き 雨宮雅貴+雨宮広斗(雨宮兄弟) もともとは3兄弟だが、1年前に失踪した長男を探してSWORD地区に降り立った2人。女好きで軟派かつ弟に甘い兄・雅貴と、自分勝手でクールな弟・広斗。「お兄ちゃんの言うことを聞きなさい!」とぼやきながらも、弟の身勝手な行動に振り回される兄だが、ケンカはピカイチ強い。そんな兄弟が主演を務める次回作『THE RED RAIN』では、弟・広斗が実は連れ子で、血の繋がりは無いという事実が明かされるとか。 タグ:義兄弟、近親相姦、クリスチャン、尻に敷かれ系、ツンデレ
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★腐女子eye<兄弟!近親相姦!> 兄弟・義兄弟BLは数あれど、中村明日美子の『薫りの継承』ほど濃厚な物語はなかなかない。義理の兄である忍に冷たくされるほどに欲情する竹蔵は、ついに忍に目隠しをして事に及ぶ。忍の妻を巻き込みながらも物語は進むが、最終的には義兄弟として育った2人にまつわる衝撃の事実が明らかになる。禁断の性愛ここに極まれり。 【キーワード関連作】 ためこう『泥中の蓮』 朝田 ねむい『兄の忠告』


■ヤンチャDKわちゃわちゃ萌えの極み 鬼邪高校の面々 「オヤコウコウ」というバカバカしいネーミング、さらに「全国から札付きのワルが集まっているため極道組織からのスカウトが絶えず、より良い組織からのスカウトを得るために生徒達は留年を繰り返す。5回留年すれば一流!」というトンデモ設定だが、そんなワルたちが「村山さん!村山さん!」とボスを慕う姿にほっこり。村山にくっついて歩く大男の古屋と関、この2人のコントラストも絶妙。 タグ:学ラン、DK、番長、ケンカ、舎弟、姫と家来、チーム男子
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★腐女子eye<ヤンキー高校生の日常系> 男子高校生のドタバタものなら、SHOOWA『イベリコ豚』シリーズ一択(主観)。登場人物たちはだいたい見た目がチャラかったりいかつかったりするものの、厳密にはヤンキーではなく「ゴミ拾い集団」という、ずっこけるような設定も◎。バカでアホな高校生がたくさん登場し、メインカップルの恋のみならず周囲の友人や後輩たちのくだらないやりとりがテンポよく描きこまれ、わちゃわちゃ感を醸し出す。


■バカ番長とインテリ眼鏡 村山+轟(鬼邪高校) 山王連合会・コブラとの死闘に負け、腑抜けた状態になっていた鬼邪高校の番長・村山。そんな彼の前に現れたのは、裕福がゆえに不良に恐喝されたことをきっかけに不良への憎しみを募らせ、己の拳を磨き続けた轟だった。轟との戦いによって、本当に守りたいものは何なのかということに気づく村山。その後、SWORD vs琥珀の大決戦に単身乗り込もうとした村山を追いかけてきた轟、2人の間で交わされるデコピンシーンは名場面である。 タグ:学ラン、クール眼鏡、不良×優等生、先輩後輩、夜間と全日
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★腐女子eye<クール眼鏡高校生の青さ> 学ランクール眼鏡がメインキャラといえば、黒娜さかき『青春ソバット』。BLでありながら、青年誌「IKKI」で連載していた変わり種。全4巻をたっぷり使って、思春期特有の不安定な感情や、友情と恋愛と欲情の境目が曖昧な“青春”感を描き出す。最終巻では大人になった主人公たちが描かれ、その一筋縄ではいかない結末は、10代の青い頃に出会った人間同士ならではの関係の濃密さを感じさせる。 【キーワード関連作】 たうみまゆ『傘を持て』


■ケンカで負けて親友に? 村山+コブラ(鬼邪高校/山王連合会) 鬼邪高校で100人からの鉄拳制裁に耐え、トップに上りつめた村山だったが、コブラとのタイマン勝負に負けてしまう。村山はコブラとのケンカが忘れられず、「俺とお前の何が違うんだ!」と苦悩しながらも、自分は一体何のために戦うのかと、己と向き合っていく。以降は、「コブラちゃんならどうする?(お悩み相談)」「コブラちゃんまた(ケンカ)やろうぜ」「コブラちゃん山王入れて」と、何かっちゃコブラちゃんコブラちゃん言うようになる村山であった。 タグ:ライバル、不良学生、片思い、一方通行
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腐女子eye<一方通行の片思い> かまってちゃんの熱烈な片思いといえばコウキ。の『喰われたがりの仔羊くん』。幼なじみの士狼を追って同じ高校に入学したものの、実らない片思いを抱え続ける羊。「一回でいいからおれのこと抱いて」と迫っても、士狼は「お前は性欲と恋愛を勘違いしてんだよ」と釣れない態度。一途すぎる羊に思わず「がんばれ!(泣)」と感情移入してしまう1作。 【キーワード関連作】 どつみつこ『Cutting Age』


■王様と冷徹な執事 ロッキー+KOO(White Rascals) 繁華街のケツ持ちであるWhite Rascalsは、頭であるロッキーの「女たちを守りたい」という信念のもと、経営しているクラブで女性たちを安全に働かせている。そんなロッキーの信念を傍らで支えるのがKOOだ。冷静で物腰の柔らかいしゃべり方とは裏腹に、敵に対しては冷酷なKOOが、なぜロッキーの側に仕えるのかは謎だが、母親と姉に自殺され天涯孤独となったロッキーの心の拠り所になっていることは想像に難くない。 タグ:執事、おっさん、絶対忠誠
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★腐女子eye<クールな執事の熱い忠誠心> 執事モノBLといえば真っ先にあがるのが、日高ショーコ『憂鬱な朝』だろう。10歳にして子爵家当主の座を継いだ久世と、その教育係を務めるスチュワードの桂木が織りなす貴族の恋物語。冷静沈着、頭もキレておまけに眉目秀麗である桂木は理想的な執事像の典型例。こんな人に四六時中世話になっていたら、そら男でも恋に落ちますわ!と思わず単行本を投げたくなること受け合い。 【キーワード関連作】 緒川千世『王子の箱庭』


■男×心は女の男 カイト+キジ―(White Rascals) 元々は黒いスカウト集団DOUBTに所属していたカイトとキジー。しかし、ロッキーと対峙した際、心が女であることを見ぬかれたキジーは、パートナーであるカイトと連れ立ってWhite Rascalsに転身しロッキーのサポート役に。長身でハンサムなカイトの周りに女子が群れようものなら、「アンタ、ブスねー!」「キジーのダーだから!」とすぐさま蹴散らすキジー。恋愛要素の少ないハイローの物語に華を添える公式のカップルである。 タグ:トランスジェンダー、両思い、オネエ言葉
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★腐女子eye<揺れ動く性を受け止める愛> 男性が女性に憧れる姿を瑞々しくも、時に残酷かつ鮮烈に描いたのが中村明日美子の『Jの総て』だ。マリリン・モンローに憧れる少年Jと、彼に出会い翻弄されながらも運命を共にしようとするポール。過去のトラウマのせいで自分の幸せに臆病になっているJの激動の半生には、はたしてどんな結末が待っているのか……。 【キーワード関連作】 永井三郎『スメルズライクグリーンスピリット』 秀良子『宇田川町で待っててよ。』


■屈強な者同士だからこそ認め合える ロッキー+ヤマト(White Rascals/山王連合会) ドラマシリーズでレッドラム(ドラッグ)をめぐる揉め事の際に衝突した2人。女にはとことん優しいが男には容赦しないロッキーによって、杖で殴られるヤマト。しかし映画では、その杖によってヤマトを助けるロッキーの姿が。ヤマト「女以外は助けないんじゃねーのかよ」ロッキー「うるせぇ、バカ(ニヤリ)」という印象的な和解シーンも。 タグ:DV、杖、8 等身、ギャング、歳の差、ライバル
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★腐女子eye<敵対からの……> 屈強な肉体美と華麗なダンス描写で人気シリーズとして今も続いている井上佐藤の『10DANCE』は、男同士のプライドや反発心を描くことで、より濃厚な愛に着地しようとしている。ソシアルダンスのラテン日本チャンピオンの鈴木信也と、スタンダード日本チャンピオンの鈴木信也。最初は憎まれ口を叩き合いバチバチの2人だが、ダンスという肉体言語を通じて絆を深めていく。 【キーワード関連作】 常倉三矢『咬みつきたい』 柊 のぞむ『どっちもどっち』


■愛の意味さえ知らない、生まれた場所も誇れない RUDE BOYS(無名街)(RUDE BOYS) 親に捨てられた者や身寄りの無い者などが集まり、身を寄せあって暮らす治外法権のスラム「無名街」。そこで守護神として君臨する集団がRUDE BOYSだ。リーダーであるスモーキーは、街の人々を「家族」と呼び、文字通り血を吐きながらも懸命に守ろうとし、ピーやタケシといった仲間たちは、吐血を繰り返すスモーキーの身を常に案じている。ドラマシリーズ最終話では、無名街の地下から鉱物が採取できることが明らかになった。 タグ:貧困、スラム、無国籍街
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★腐女子eye<荒廃した世界で傷だらけの男たち> 槇えびし『みずのいろ。』の舞台となるのが、まさに無名街的な荒廃した世界観で描かれる「天国」と呼ばれる街だ。そこで殺し屋として生きる世都と、彼がたったひとり守りたい少年・礼夏。さらに世都を拾ったロマネと、そしてもう一人の礼夏。男たちの因果を描いた一代絵巻。体中に傷があり、「赤色」が認識できないというミステリアスな世都の儚さと乱雑な街が絶妙なコントラストを描いており、BL抜きにしても美しいマンガである。


■男は誰がために罪を犯す スモーキー+シオン(RUDE BOYS) スモーキーの右腕として活躍していたシオンだが、陰で家村会の人間に協力しレッドラム製造工場を仕切っていたことが表沙汰になる。しかしそれは、胸の病気を患っているスモーキーの治療費を稼ぐために犯した罪であった。スモーキーは自分のために罪を犯したシオンに「すまなかった」と言い、「ここにいたら家村会に追われるだろうから」と街から追い出すのだった。 タグ:忠誠、片思い、貧困、ドラッグ、自己犠牲、一方通行
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★腐女子eye<自己犠牲という愛> 吉田ゆうこの『BLT』の登場人物・浩輔の自己犠牲精神は痛々しくもいじらしい。アイドルグループ「BLT」のメンバーであるみさきはまだ恋も知らない。そんなみさきやメンバーを守りたいがために、枕営業に勤しむ浩輔だったが、努力の甲斐も虚しくみさきにまで枕営業の魔の手が迫る……。チームのため、愛する人のために身体を差し出すという究極の自己犠牲BLだ。


■絶体絶命に颯爽と現れるタキシード仮面的なアレ スモーキー+雨宮広斗(RUDE BOYS/雨宮兄弟) スモーキーが敵の罠に嵌まり絶体絶命のピンチに陥っているところに颯爽と現れ、手を貸したのが雨宮広斗であった。共闘しながらも、広斗のサポートむなしく背中を切りつけられたスモーキー。瀕死のスモーキーに闇医者を手配し、(多分)保険がきかないであろう治療費まで工面してやる広斗のスパダリっぷりが冴え渡る。DOUBTにさらわれたスモーキーの妹も広斗が助けた。 タグ:アラブ系、白馬に乗った王子系、スパダリ、格差
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★腐女子eye<アラブ系BL> 恵まれない環境で育った影のある子に、“王子”が強引に手を差し伸べるのはBLのひとつの王道だが、ここではあえて複雑な世界設定の寿たらこ『SEX PISTOLS』(5巻)をチョイス。生い立ちゆえに、まっとうな恋愛とは無縁だと思い、かつては体まで売っていた少年。あるとき、異国からやってきた男と出会い、その強引なのに優しい手に惹かれてゆく。互いの身分の違いや相手を思いやる気持ちから、素直に結ばれることができないのに、そのすべてを吹き飛ばす「運命」の強さが、シークものという非現実的な設定をより輝かせる。


■「久しぶりだな」って、いつ会ってたの スモーキー+ヤマト(RUDE BOYS/山王連合会) ドラマシリーズにて、チハルを探して無名街に潜入しようとしたヤマトだが、 RUDE BOYSに見つかりスモーキーと対峙する。スモーキー「…ヤマト」ヤマト「スモーキー、久しぶりだな」と挨拶を交わした後、即殴り合いに。だが、スモーキーはヤマトに関節技を決めながら発作を起こす。目の前で血を吐くスモーキーを、ヤマトは地面に倒れたまま虚を突かれた顔で見上げるのだった。 タグ:筋肉、ミステリアス、体格差、自己犠牲と世話焼き
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★腐女子eye<ミステリアス少年と筋肉少年> 湖水きよ『カラダめあてで悪いか』は、無口でミステリアスな少年・蓮見と、彼に妙に懐かれて放っておけない、強く美しい肉体を持つ同級生・角野という真逆の2人が、徐々に互いを知ってゆく過程が美しく描かれる。「角野の体を見てみたい」という蓮見の謎の申し出から体の関係を持つようになったものの、もともとタイプが違いすぎるゆえに友人でもなかった彼らは、当然恋人と呼べるような甘い関係にすぐにはなれない。微妙に噛み合わない会話と、一見淡々として見える仲から踏み込んでいく瞬間が、色気のある絵柄で描かれる。


■狂気のボスと法被軍団 達磨一家 MUGENによって滅ぼされた九龍グループ・傘下組織「日向会」の日向四兄弟の四男である日向紀久や、MUGENに恨みをもつ饕餮兄弟など、とにかくMUGENに恨みをもつ人間で結成されたのが達磨一家だ。とはいえ、ドラマシーズン1最終話でコブラと対決した後から日向になんらかの心境の変化があった模様。ケンカのあとは奥の間に日向を寝かせ、饕餮兄弟は廊下で寝るなど、舎弟たちから日向へ向けられる温かい思いやりにグっとくる。 タグ:姫と家来、ポリアモリー
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★腐女子eye<"若"とその周辺> ナリ『ヤングコーンの王子様』は、BLにしては珍しく少年マンガ的な描かれ方のバトルシーンがあったり、がっつり血も流れるが、主人公のひとり・ヤクザの若頭を慕う組員たちがそれぞれにキャラが立っており、ギャグ担当である彼らのノリで中和されて楽しく読める。 【キーワード関連作】 流星 ハニー『五人のセフレとカグヤ王子』


■噛み付いて離れない執念 日向+コブラ(達磨一家/山王連合会) コブラが以前所属していたMUGEN時代の因縁から、山王連合会を潰そうと目論む日向。なりふり構わぬファイトスタイルでコブラの腕に思い切り噛み付いたり、とにかく執念深く攻撃を加えた。映画では、敵に攻撃されそうになった日向をコブラがかばう一幕も。日向「俺の獲物に手ぇ出すんじゃねーよ」コブラ「手こずってんじゃねーか」と憎まれ口を叩き合いながらも、共闘した。 タグ:ライバル、狂犬、和モチーフ、寺、執着、ケンカ
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★腐女子eye<ケンカップルという正義> タイトルからしていかにもなケンカップルの様相を呈している、宮本リンダの『ケンカ上等!キス上等』。期待通り、しょっぱなから殴りあって鼻血を流しているのだから、たまらない。校内のケンカ王・蜂谷は、何かと因縁をつけてはケンカをふっかけてくる凶暴な涼原に手を焼いていた。しかし、ひょんなきっかけで涼原の意外な一面を目撃してしまい、以降蜂谷は彼を殴れなくなってしまう……。 【キーワード関連作】 紫妲たかゆき『犬猿の恋仲』


■ハイロー世界の最大ヒール 九龍グループ 「九つの龍」と呼ばれる9つの組織からなる反社会的勢力。テレビシリーズと映画では、その中の一つ「家村会」がSWORDを狙って暗躍した。物腰の柔らかさがかえって怖い組長・家村龍美を筆頭に、二階堂、石井、川田、キリンジなど渋い面々が集結。石井と川田の対立や、キリンジの野心など、組内での緊張感漂うマウントの取り合いも反社会的勢力ならではか。 タグ:ヤクザ、極道、おじさん、老け専、スーツ、暴力、ヒール、悪党
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★腐女子eye<ヤクザモノBL> 後述でも紹介する『コオリオニ』と並んで、近年のヤクザBLの大傑作として名高いヨネダコウ『囀る鳥は羽ばたかない』。ドMで淫乱、倫理観のぶち壊れたヤクザの若頭・矢代と、彼の付き人を務める元警官でインポの百目鬼。彼らのスリリングな関係ももちろんのことながら、ヤクザの世界に渦巻く男同士の野望と嫉妬のねちっこさがたまらない。


■刑務所での出会いが闇へ誘う 二階堂+ノボル(家村会) 恋人をレイプした犯人への暴行で逮捕されたノボルが、刑務所で出会ったのが二階堂だった。家村会の幹部である二階堂は、 SWORDを治めたいがためにノボルに接触。将来への希望も失いコブラたちの元へも帰れなかったノボルは自暴自棄になり、二階堂の誘いにのってしまう。自分を救い上げてくれた家村会や二階堂に報いるためにも、ノボルはSWORD支配の策を講ずるが結局は上手くいかず、二階堂から散々暴行を受けた挙句に見捨てられた。 タグ:ヤンデレ、ヤクザ、スーツ、刑務所、歳の差
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★腐女子eye<人生を狂わす憎き因縁> ヤクザの息子であり長じて組長となった男に、高校時代から利用され続ける愛人兼闇医者というバッドすぎる設定の恋煩シビト『バラ色の時代』。組長の大和は組の問題を解決するために相手方のヤクザに右介を抱かせたり、自分と同じ入れ墨を背負わせたりする。利用される側の右介は「おまえがオレに近寄ってくるときは、いつもオレを利用したいときだ」「君は本当にオレが汚れていくのが楽しいみたいだ」と狂気じみた執着に振り回され続けるが、大和の真意は……。


■音楽とファッションの力で世界を変えたいとかいうチャラさ パール+バーニー(MIGHTY WARRIORS) 湾岸地区で活動する新鋭勢力にして、映画でSWORDの面々に敵対するチームがMIGHTY WARRIORSである。音楽とファッションの力で自分たちの理想郷を作ろうとするICEに手を貸すラッパーのパールと、ハッカーのバーニーはチームのムードメーカー。レースで競い合ったり、アメリカンジョークを言い合ったり、とにかくチャラくてオシャレな名コンビ。 タグ:チャラい系、ファッション、音楽、相棒、親友
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★腐女子eye<最高の親友で……我慢できる?> チャラくてテンション高めなBLといえば、おげれつたなかの『エスケープジャーニー』。高校時代に「性欲処理」呼ばわりされて別れた元カレ太一と、大学で再会を果たした直人。最初こそ過去を引きずっていた直人だが、友達としては最高の相性だったことを思い出し、直人と友人関係に戻ろうとする。しかし、互いに恋愛の熾火も燻っており……。「友情」と「恋」の間で揺れ動く青春グラフィティ。


■いっそ潔いほどの女性蔑視にゾクゾク 高野+平井(DOUBT) 女を強引にスカウトしどこかへ売り飛ばす極悪スカウト集団・DOUBTを率いる 2人組。正体不明。主に人身売買を生業としているが、その他のあくどい仕事にも手を出しているとか。映画では「メスブタちゃんたちしっかり働けよ~」という暴言を吐きながら、さらってきた数多くの女たちをどこかへ売り飛ばそうとしていた。女性の扱いがぞんざい過ぎて、逆にそれって……? タグ:悪党、ヒール、外道、水商売、スカウト、男だけの世界
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★腐女子eye<薄暗い商売に身を投じる男たち> 男娼というのっぴきならない夜の商売を描いているのが、朝田ねむい『Loved Circus』だ。サラリーマンのケイは惚れた風俗嬢を借金から救おうと全てを投げ打って投資に挑むが、大失敗し金も女も失ってしまう。人生に絶望したケイは自殺を図るがそれにも失敗し、目を覚ますと、そこはゲイ向け風俗店「サーカス」の店内だった。わけありな男娼たちが織りなす笑えて、泣ける1作。 【キーワード関連作】 おげれつたなか『ネオンサイン・アンバー』(「ディアプラス」(新書館)で連載) ナツメカズキ『MODS』


■ヤクザとつるむ悪徳刑事 西郷 ヤクザと裏で手を組む悪徳刑事の西郷は、やたらと山王連合会を挑発する。映画では、なぜかコブラの耳たぶをペロンと触って、ニヤニヤ。今後も SWORDをかき回す予感がむんむんである。 タグ:おっさん、悪徳刑事、暴力、権力、金
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★腐女子eye<セクシー悪徳刑事> 悪徳刑事といえば、実際に起こった北海道警察の違法捜査をモデルに描かれた梶本レイカ『コオリオニ』の主人公・鬼戸を思い浮かべるだろう。ヤクザの幹部・八敷をエス(スパイ)として利用しようとする鬼戸だったが、徐々に八敷の心の闇に同調し、いつしか2人は運命を共にするようになる……。倫理観が破綻していて、とことん下衆だが、妙な色気を放つ鬼戸のアンチ・ヒーローぶりに痺れる。

【磯部涼/川崎】ヒップホップが止めた川崎南北戦争

日本有数の工業都市・川崎はさまざまな顔を持っている。ギラつく繁華街、多文化コミュニティ、ラップ・シーン――。俊鋭の音楽ライター・磯部涼が、その地の知られざる風景をレポートし、ひいては現代ニッポンのダークサイドとその中の光を描出するルポルタージュ。
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全身をタトゥーで埋め尽くしたラッパーのK-YO。
 川崎は2つの顔を持っている。そして、それらの表情は変わりつつある。シンガーソングライターの小沢健二が自身の根底となっている空虚さを“川崎ノーザン・ソウル”と呼んだ、その背景としてのニュータウンの北部。ラッパーのA-THUGが、治安が悪く、だからこそラップ・ミュージックのメッカと化した、ニューヨークのサウス・ブロンクスやシカゴのサウスサイドに重ね合わせて“サウスサイド川崎”と呼ぶ、工場地帯の南部。一方、最近では、映画『シン・ゴジラ』において、南部・武蔵小杉のタワーマンションが建ち並ぶ多摩川沿いで戦いが繰り広げられた。ゴジラがやって来るのはそれだけ注目されているということで、実際、同地は不動産情報サイト・SUUMOが認定する「住みたい街ランキング2016」関東版でも4位に入っており、その点では、今や“ニュー”タウンの座は南部が奪ったともいえる。こういった発展の仕方の違いを、川崎市民は冗談めかして川崎南北問題と呼ぶが、その対立は、かつて、不良少年の間では血なまぐさい“戦争”という形で現れたのだ。
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南武線・武蔵溝の口駅前に立つ〈FLY BOY RECORDS〉の面々。左よりDJ TY-KOH、KOWICHI、YOUNG HASTLE。
 神奈川 川崎 東京と横浜の間  挟まれてるこの街 住んでるのはオレ達  昔はバラバラだった 奴らも今じゃ仲間  まとまりねーのもスタイルかな  思ったけどひとつになった   ――KOWICHI「Rep My City」より  グローバルなモードとローカルなテーマを掛け合わせる上手さに定評のある、〈FLY BOY RECORDS〉とその仲間たちがMVに揃って登場する地元讃歌「Rep My City」は、2パック「カリフォルニア・ラヴ」のメロディを引用した耳心地の良いラップ・ミュージックだが、そこで歌われていることは、川崎の不良文化の歴史を知る者ほど身に沁みるだろう。  同地では、各区から鉄道を使って容易に東京や横浜に出られることで、市としてのアイデンティティに欠けてきた。市内を縦貫する尻手黒川道路という幹線道路は存在するものの、ただ、それが持つ越境性こそが、南北の暴走族を中心に、不良による縄張り争いを生んだ側面があるという。例えば、「Rep My City」において、北部・多摩区出身のKOWICHIから“昔なじみの仲間”と紹介される、やはり、多摩区出身で81年生まれのラッパー・K-YOも、かつてはアウトロー・バイカーだった。彼は、同い年だが南部・中原区出身の〈FLY BOY RECORDS〉主宰・DJ TY-KOHと、その中学の同級生でKOWICHIのライヴDJも務めるSPACEKIDを横目に、「昔に知り合ってたら、ぶっ飛ばしてたかもしれない」と笑う。「僕はいつも溝の口(取材場所となった北部・高津区のターミナル)の通称“モンブラン”ってゲーセンに溜まってたんですけど、ここより向こう(以南)はみんな敵でしたもん」  そして、そのように、いわゆる川崎南北戦争が悪化した要因に、1件の殺人があった。K-YOは続ける。「毎年、お盆になると北部の人間で集まって、ガス橋(多摩川の中原区上平間部分にかかる橋)に追悼に行ってました。僕が不良になった中1の頃、そこで、北部の人が南部のヤツらに殺されたんです」。また、TY-KOHもその事件について年上から聞かされたと語る。「タチバナボウル(高津区のボウリング場)でリンチされて、瀕死の状態でガス橋に連行、さらにバーナーで顔を焼いて殺され、死体が多摩川の河川敷に捨てられたとか。だから、先輩には『北部の報復には気をつけろよ』って言われてました。実際、中学の頃から渋谷には行ってたけど、溝の口には行きませんでしたね」  当時、TY-KOHとSPACEKIDが通っていた井田中学校は、中原区と高津区の区境の前者側にあったことから“南の門番”と呼ばれ、1キロほどしか離れていない後者側の東橘中学校と喧嘩を繰り返していたという。しかし、彼らはそんな日常に嫌気が差していた。「SPACEKIDはオレらの学年のリーダーだったんですけど、あるとき、東橘中のヤツらにちょっと引くぐらいボコボコにされちゃったんです」(TY)「頭を金属バットでフルスイングで殴られて。歯も折れまくって」(SK)「でも、それがきっかけで、『別に不良として成り上がりたいわけじゃないし、別の遊びをしよう』って感じになった」(TY)。そして、彼らはターンテーブルを購入し、ヒップホップDJを始める。「ヒップホップはその前から聴いてたので」(TY)「先輩たちに拉致られたときに車の中でかかってたのも、クーリオだったし(笑)。シャコタンのマークIIで、ひとりはトランクに入れられて、オレらはブラック・ライトがピカピカの後部座席で『おめーら、じっとしてろよ!』って脅されて」(SK)「で、『ギャングスタズ・パラダイス』が延々とループ(笑)。悪夢かと思ったよ。でも、不良と違って、ヒップホップに関しては地元で先輩にあたる人がいなかったんで、自由にできたんですよね」(TY)
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TY-KOHとは中学時代からの友人であるDJ SPACEKID。
 ただ、2人は次第に地元の不良の伝統も変えていく。例えば、“カンパ”と呼ばれる、南部特有のいわゆる上納金制度を廃止したとTY-KOHは言う。「オレらもカンパには苦しめられたんですけど、『この忌まわしい文化は自分らの世代でやめよう』って話し合って。『年下も一緒に、みんなでもっと楽しくやったほうがいいでしょ』って」。やがて、高校生になると、SPACEKIDはパーティを主催し始める。「パー券を売るのは川崎で、会場は六本木の〈ジオイド〉ってハコで。川崎の人ばっかり、400人ぐらい入りましたよ。パラパラとハードコア・パンクとヒップホップがごちゃ混ぜになったパーティでしたけど」。また、TY-KOHの興味は海を越え、アメリカへと向かった。「ヒップホップをちゃんと聴き出したら、やっぱり、USのものがカッコいいなって。正直、当時の日本語ラップはピンとこなかった。さらに、ニューヨークへ行っては向こうのDJのテクニックを吸収して、日本で披露して……っていうことを始めたので、ますます、USのほうしか見なくなった」。しかし、そんな彼の視線を、改めて地元・川崎へと向かわせたのが、川崎区を拠点に活動するハスリング(薬物売買)・チームからラップ・グループへと発展した、A-THUG率いるSCARSの存在だ。「ファースト(『THE ALBUM』、06年)をたまたま耳にしたときに、『日本にもこんなに面白いラップがあるんだ』って衝撃を受けて」。それにはSPACEKIDも同感する。「日本にはストリートのヤツらが感じてることを、ストレートにリリックに落とし込んで歌っているヤツがいなかったんですよね。そこにSCARSが出てきた。しかも、『川崎なんだ!』っていう」。そうやって、川崎区のライヴハウス〈セルビアンナイト〉で「K'$ Up」というパーティを開催していた彼らは、SCARSとはまた違うベクトルで、オール川崎を代表することに自覚的になっていくのだった。
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多摩区出身のK-YOは、かつてアウトローなバイカーだったという。
 一方、北部のK-YOはヒップホップに関しては少し後れを取った。彼の場合、アウトロー・ライフが長引いたのだ。「17歳のとき、地元のデニーズで幹部会をやってたら、外をよそ者の暴走族が100台ぐらい走り抜けていったんですね。僕はリーダー格でしたし、当然、追っかけたら、何台かがガソリンスタンドで給油してたんで、ボッコボコに。でも、そこにほかの族車が戻ってきて、そのときの喧嘩で地元の先輩が殺されちゃうんです。後日、僕も含めて一斉に逮捕」。そして、1年半がたって少年院を出ると、彼が生きてきた世界はすっかり様変わりしていた。「バイクに乗ってた人たちがローライダーになって、車でウェストコースト・ヒップホップを流してた。それで、僕も先輩に直訴してグループを抜け、そういうパーティで遊び始め、その流れでラップをする。ほんと、あのままいかなくてよかった。きれいごとに聞こえるかもしれないけど、音楽に救われたんです」  その後、TY-KOH、SPACEKID、K-YO、KOWICHIは行動を共にし始める。「TY-KOH君を知ったとき、クラったっすね。川崎を鬼のようにレップ(代表)してて。『いるんだ? こういう人……っていうか、オレと同じ考えのヤツ、いたー!』みたいな」(KO)。ヒップホップを通して、彼らは彼らなりに南北戦争に終止符を打ったのだ。溜まり場は中間地点の溝の口になる。「今思うと、『南部のヤツは敵だ』っていう考えは先輩から刷り込まれたものでしたからね。完全な縦割り社会に生きてたんで」(KY)「そうそう。K-YOと仲良くなり始めたとき、一緒に、南部の先輩がやってるバーに遊びに行ったんです。その人にK-YOが地元を聞かれて答えたら、『え、北部?』みたいにピリッとして。『今もその対立、あるの?』ってなったもん」(TY)「川崎が南北で分かれてた歴史は、前の世代が背負ってたものだから。カンパじゃないけどオレたちの世代で克服して、ひとつの“K-TOWN”として全国にアピールしていきたいよね」(SK)
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左:再開発で商業施設やタワーマンションが建ち並ぶようになった武蔵小杉。
右:K-YOの楽曲「ストロングゼロ」には、YOUNG HASTLEとTY-KOHも客演。
 また、調布市出身のラッパー・YOUNG HASTLEや、宇都宮市出身のプロデューサー・ZOT on the WAVEも合流、“K-TOWN”は成長していく。「昔は“川崎=ヤンキー”っていう印象で、ダサいと思ってたんですよ。でも、TY-KOHたちは超イケてたんで、仲良くなりたいなって。そこから、毎晩、みんなで溝の口でメシ食って、当時、住んでた駒沢までチャリンコで20分くらいかけて帰るっていうライフスタイルに。しまいには引っ越してきましたからね。今は川崎っていうと、ブルックリンとかニュージャージーみたいな、中心から離れてるからこそアンテナが発達してる、センスの良いサバーブの街って印象です」(YH)。〈FLY BOY RECORDS〉周辺は、精力的に、挑戦的かつ普遍的なラップ・ミュージックをリリースしている。彼らは目標を以下のように語る。「以前の川崎はほんとブロックごとにハスラーがいるような感じで。みんな、アルバイト感覚でやってた」(SK)「それをラッパーとかDJが兼業してたケースも多いし、日本ではヒップホップがいかんせん金にならないからそうなるんですよね。下手したら、ヒップホップをやるためにハスリングで経費を賄ってるレベル。だからこそ、ちゃんとヒップホップで稼げるようにしたい」(TY)。果たして、川崎はディストピアからユートピアへと生まれ変わることができるのだろうか。(つづく) (写真/細倉真弓) 【第一回】 【第二回】 【第三回】 【第四回】 【第五回】 【第六回】 【番外編】 【第七回】 【第八回】 磯部涼(いそべ・りょう) 1978年生まれ。音楽ライター。主にマイナー音楽や、それらと社会とのかかわりについて執筆。著書に『音楽が終わって、人生が始まる』(アスペクト)、 編著に『踊ってはいけない国、日本』(河出書房新社)、『新しい音楽とことば』(スペースシャワーネットワーク)などがある。

二大動画アプリ「AbemaTV」と「LINE LIVE」の制作舞台裏――ネット炎上芸人だけが生き残る!? 番組制作者座談会

――「AbemaTV」も「LINE LIVE」も作っているのは、実はテレビでも活躍しているスタッフたち。いまだ実情がわからない、配信型動画番組の裏側と今後の可能性について、現場の生の声を聞いた。
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渡辺直美のように、テレビでもネットでも絶大な支持を得ているタレントが、今後のキーマンになってくるかもしれない。
[座談会参加者] A…テレビ制作会社社員 B…テレビ制作会社社員 C…放送作家 A 今はやりの配信型動画番組だと、「AbemaTV」と「LINELIVE」が話題になってるけど、それがどんなものかまだまだ知らない人も多い。そこで今回、現場で働くスタッフが集まって、裏側からその可能性について見ていくわけだけど……普段テレビを制作している人たちが現場を動かしているというのも、あまり知られていないかもね。 B 動画配信サイトでも「YouTube」とか「ニコニコ動画」は素人の配信が中心だけど、それとは制作の方法が全然違うからね。LINE LIVEは8月から一般開放もして素人制作の動画がアップされ始めているので、そっちに寄っていってる部分もあるけど……。AbemaTVもLINE LIVEも基本的にはタレントを使って、作家が構成を立てて、ちゃんとテレビのような番組として成立してる。テレビ放送とネット配信の中間みたいな位置にあるって思ってもらえばいいかな。 C 特にAbemaTVはサイバーエージェントとテレビ朝日が共同出資した会社で、制作にもテレ朝から出向してきたプロのスタッフが入っていることもあって、かなりテレビに近いですよね。我々作家もプロデューサーやディレクターから、どんどん企画を求められるし、地上波と関連させた番組ができないかって話もよく出ますし。 A じゃあ中身は、テレビやほかの動画配信サイトとどう違うのかってところだけど、やっぱり一番はリアルタイムの生配信でライブ感を意識した番組を、多く放送してるってことだよね。 B 例えばLINE LIVEが、「東京ガールズコレクション」を生配信して話題になったように、イベントをまるごと放送することも多いけど、投稿された視聴者のコメントを番組内で拾ったり、実際に街に出て素人さんと交流して、何が起こるかわからないハプニング性を楽しんだり、距離感としては“見えるラジオ”って感じかな。 C ただ、逆に言えば結局テレビと見え方が変わらない番組もありますけどね。普通にスタジオでのトークや企画をやったところで、質が悪い『笑っていいとも!』みたいな……。そういう意味でもテレビとの線引きは今のところ曖昧。テレビの劣化版にならないように、ライブ感と同時に、もっとリアルタイムでのSNSとの連動や、スマホで見ることに特化したやり方を考えていかないといけないですね。 B スマホで見るのは10代から20代前半が多いから、ターゲットはやっぱり若者。結局テレビ視聴の中心層である年配世代はわかりやすい番組を求めるから、テロップも出ないような番組は見ないし、ながら見が多いから、生配信のような、展開がコロコロ変わる番組だとついていけない。 A 『24時間テレビ』だって、ワイドショーだって、テレビだと生放送を謳っているけど、ほとんどはVTR中心の番組構成だしね。でも若者は生で見てドキドキしたり、今現在起こってることでワクワクできたら、ちゃんと見てくれる。 C 例えばLINE LIVEで、リアルタイムで街中を逃げ回るキングコングの西野(亮廣)を捕まえたら賞金20万円という企画をやってましたけど、ツイッターなんかでけっこう話題になりましたよね。そういう新鮮さは作ってて楽しい部分ですよね。 B ある程度、番組のオチは制作側で用意していても、テレビほどカッチリは作っていない。視聴者だけじゃなくて、タレントも裏方もドキドキできるかがポイントかな。 A AbemaTVは、親会社・サイバーエージェントの藤田晋社長の意向が強いよね。  気に入った企画にはお金もどかんと出すし。一番負けた人がその場で髪を坊主にされてしまう「坊主麻雀」は、2回とも賞金500万円出てるからね。 C 昔はテレビでも賞金企画はたくさんありましたけど、今や100万円の賞金さえもなかなか出せないからすごいですよね~。まあ、第1回は藤田社長本人が優勝しちゃったんですけど(苦笑)。ただ、演者が賞金をもらうのは、今の時代、ネットではそんなにウケないから、どうせなら視聴者に還元したほうがいいとは思いますけどね。 B でも高額賞金はもちろんネットでニュースになったし、負けたワッキーとホリエモンが坊主になったのも話題になった。坊主って放送後も彼らがその姿で出歩くので、いい番組の宣伝になってくれるしね。ほかの番組で急に坊主になってるのを知ったら、みんな理由が気になるでしょう。 A 麻雀で負けたら坊主、勝ったら大金獲得って企画も、シンプルで見やすいしね。サイバーエージェントは、そういう話題作りがうまいよね。 B 番組の内容をニュースにするネットの媒体「Abema TIMES」も、自社で運営しているね。番組のトピックを切り出して見出しにするのが、うまい。そのやり方を見るとやっぱりネット的だよね。

ネット配信で生きる芸能人

A 出演するタレントもちょっとテレビとは違うよね。西野はネットでも固定ファンを持っているし、藤田ニコルみたいにSNSで支持されているような人はやっぱり起用されやすい。 C ネットにかぎらず生放送だと、彼らみたいに番組を仕切れる人がいないと、ダラダラな番組になっちゃいますからね。そこもテレビとネットの中間ってところで、コアにも刺さるし、ただ、あくまでも番組だからある程度多くの人にも受けないといけない。 B YouTuberは若い人からネットで人気があるけど、どれも「やってみた系」の番組ばかり。ちゃんとしたバラエティ番組となったら、まったく現場をさばけないですからね。はじめしゃちょーが生配信番組のMCをやるなんてまったく想像できない(笑)。 A 生配信番組を仕切れる人って、もしかしたらテレビよりもハードルが高いかもしれない。視聴者との距離感が近いので、それをうまくコントロールできる人じゃないと番組が成立しない。コメントやらツイッターでバンバン実況されますし、ヘタすると煽られたりディスられたりする。田村淳とか渡辺直美は、ネットでも支持されていて、ユーザーからのディスりなんかにもうまく対応できるから重宝されている印象だね。 B でもネットの生配信番組だと、放送禁止用語や解禁前情報をポロリしちゃったりといった、コンプライアンス的な面で芸能事務所も出演を渋るから、キャスティングが難しいことも多いけどね。生配信なので、発言が切り取られてネットでニュースになっちゃうこともあるだろうし。 C 確かに生配信番組が話題になるにつれて、変な視聴者も出てくるでしょうし、生配信でロケだと撮影現場に現れて絡んできたりするので、演者に課されるリスクはより高くなりますよね。 B その点、例えば田村淳は、LINE LIVEの生配信中に酔っ払いとケンカしたけど、上手にいなしてたな。スタッフもギリギリまで止めなかったし、視聴者はヒヤヒヤさせられるものを見られた。 A これまでのネット番組と違って、タレントに求められるのは、マス向けな実力と、それに加えてネットユーザーへの対応能力。そこが難しいところ。「ニコ生」ならば、マニアックな層に語りかけるようなものが多かったから、必然的に客層も決まってきていた。 B そう考えると、ラジオで番組を持っている人なんかは、生放送にも慣れてるし、トークもできるからいいんだけど。 A さだまさしなんて意外と面白いかもしれない。生のしゃべりは本当に面白いですからね。 C 逆に言えば、若手タレントにとってはチャンスになるから、ありがたい場所ではありますよ。テレビは大御所たちが引退しないので、若手の出られる番組がないからね。ここで力をつけておけば、テレビがさらに衰退して行った時にスターになってるかもしれないですし。放送作家も、若手が参加してることが多いですしね。 A 今のところ視聴者数ではテレビとは比べものにならないけど、どういう形であれ今後は間違いなくネット番組が成長していくからね。現時点でAbemaTVのアプリが700万ダウンロードだから、アプリとしても優秀な数字だよ。LINE LIVEは数字を公開してないようだけど。 B そういう意味では将来テレビ局としては、テレビ朝日だけが生き残るかもしれない。ただ、日本テレビは「Hulu」と連携して、ビジネスを模索しているし、TBSとフジテレビがLINE LIVEと手を組もうとしてるって噂も、つとに聞かれる。各局ネット配信に食い込もうと動いているよ。 C ただ、LINE LIVEは、一般開放も始めたから、そっちに特化していくようならテレビ局が組む相手としては、AbemaTVのほうが将来性はありそうですよね。 A あと実は、ライブ中継が簡単にできちゃうのも魅力だよ。Wi-Fiを使えば、スマートフォンひとつでキレイな映像を飛ばせちゃうからね。両サイトとも、複数のWi-Fiをカバンに入れて、一番通信がしやすいラインをその都度、自動的に選んで放送を飛ばしているから、配信映像が滞ることがほとんど無いらしい。あれは大人数の技術スタッフとカメラを使用しているテレビ側から見ると、すごいシステムだと思ったね。視聴者の側にもWi-Fi環境がもっと広く開放されていけば、例えば2020年の東京五輪などスポーツ中継などでも活躍しそうだ。 B オリンピックの場合は権利の問題があるけど、確かに生配信番組はスポーツやニュース番組での可能性を、秘めてるよね。五輪ならば、今回のカヌーみたいなニッチだけど、メダルを狙えるような競技なんかが狙い目だったり。ただ視聴者的には、データ通信量が大きいのが課題だよ。 C Wi-Fiを使わずに見ていたら、あっという間に通信量制限がかかっちゃいますからね。自分のルーターを使っていたら、Wi-Fiでも使用制限は出てきますし。技術的なユーザビリティも高めていってほしいですね。

無料放送では結局かせげない

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DeNAが運営する「showroom」。ライブ動画配信サービスとしてLINE LIVE、AbemaTVと同じく注目を集めたが、現在は少し遅れを取っている雰囲気。
A あとはビジネス的にどう広がっていくかだね。現状だと、制作費は1時間番組で大体70~150万円くらい。テレビとは一桁金額が違う。でもタレントのギャラはテレビと比較しても3割減くらいだね。その分、僕ら制作者の予算が削られてるけど(笑)。 C 一方で、ネット番組は企画が通りやすいからいいですけどね。テレビはチャンネルも限られてるし、マス向けに作らないといけないから、かなりハードルが高い。 B ネット配信はいくらでもチャンネルが増やせることもあって、LINEやサイバーエージェントの担当者に面白いと思ってもらえさえすれば、どんどん企画は通るね。制作費が少なくても、それこそライブ感に特化した企画は派手なセットなんていらないし。 A AbemaTVは自分たちでスタジオやカメラマンを押さえているから、技術代も節約できる。 C ただチャンネルが増えすぎると、分散されて、どの番組を見たらいいかがわからなくなるっていうのもありますよね。 B 確かに30チャンネルもあるとね~。テレビみたいなわかりやすい番組表もないからね。視聴者が番組にたどり着きやすくするというのも、今後の課題じゃないかな。 A あとは、無料放送っていうのも両サービスの特徴。「NOTTV」とか「BeeTV」(現在はdTV)は月額制だったし、今だとテレビ番組と連動した番組を配信する「Hulu」だったり、オリジナルドラマを配信する「Netflix」、「Amazonプライム」もそう。AbemaTVとLINE LIVEは無料な分、手軽に視聴できるけど、今後、儲けるにはどうするかだね。 B 結局、さほどうまくはマネタイズできていないのが現状みたい。LINE LIVEは視聴者が「ギフトアイテム」っていうのを買って、配信者を応援できるようになったけど、大規模な収益にはつながってないらしいよ。 C そもそも番組自体は無料で見られちゃうから、視聴者側にお金を払うメリットがもう少しないと難しいでしょうね。 B AbemaTVも月額960円でアーカイブ映像が見られるけど、稼ぎにはなってないからね。生配信番組は基本、ライブで見ないと価値が薄いから。どちらも結局はCMを増やしていくことになるのかな。番組視聴中に枠外にバナー広告が現れるようなものが出てくるかもね。 A 実際AbemaTVは、一社提供のスポンサー番組も出てきてるよね。ネットの場合、電通や博報堂などの広告代理店を通さないでいいっていうのは、我々の業界も徐々にわかってきてるから実入りも大きくなってくる。サイバーエージェントなんかはネット広告の営業もうまいし、企業がネット番組に流れてくる可能性もある。 C お金がうまく回るようになって、タレントも裏方も、もっとネットに対応して面白い企画が増えていけば、今後さらに広がりを見せていくでしょうね。 (取材・文/黒崎さとし)