看護師に嫌われても【石原さとみ】のことは嫌いにならないでください!

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 最初からカワイイな、素敵だなとは思っていた。でも、ただそれだけ。ちょっと気になるクラスメイト、そんな感じ。でも、いつの頃からだろう、彼女の存在は、僕の心の大半を占めるようになっていた……。  なんだか売れないケータイ小説のような出だしになってしまったが、しかも勢いで一人称を普段使っている「私」から「僕」にしてしまったが、ともあれ、今回は石原さとみの話である。  ただ前述の通り、私が石原さとみを好きになったのはここ2~3年の話だ。  自慢じゃないが私には先見の明がない。よって、売れる前の原石に目をつけるということができないのだ。もともと知っていてもブレイクポイントあたりで急に好きになるという、押しも押されもせぬ一般人。ちなみにシャ乱Qは「シングルベッド」、THE虎舞竜は「ロード」をリリースしたあたりで「こいつら売れる」とうそぶいていたクチである。  そんな私の言うことだから、あてにならないかもしれないが、石原さとみの人気が今のような爆発的なものとなるきっかけは、2012年のドラマ『リッチマン、プアウーマン』あたりからではないだろうか? そして15年のドラマ『5→9~私に恋したお坊さん~』(共にフジテレビ系)でピークに。  ただ、『5→9~』以降あたりから、急にアンチの声も目立つようになってきた。  彼女が、トーク番組『しゃべくり007』(日テレ系)に出演した際、「30代にやりたいことは?」という質問に「看護師になりたい。もし(芸能界を)干されたらわからないから……」と答えたことで、現役の看護師や看護学生と思われる人たちが「看護師なめんな!」とネット上で大激怒。  まあ、そんな憤っている人たちの中にも、看護師を目指すきっかけになったのが『N'sあおい』(フジテレビ系)だったという人も少なからずいると思うのだが、どうだろう。それに、「なりたい」と言っている人に対して、そんな現実的な視点で目くじら立てなくてもいいじゃないかとも思うのだ。  そして、現在放送中の石原さとみ主演ドラマ『地味にスゴイ! 校閲ガール・河野悦子』(日テレビ系)においても事件は起きた。現役校閲者たちから「設定が現実と乖離している。校閲なめんな!」と批判の声が上がったそうだ。  これに至っては、石原さとみのせいではないのだが、じゃあ現実に即しているという点において『あぶない刑事』(日テレビ系)はOKだったのか? という話である。  リアルか、リアルじゃないか。  そんなことを言いだすのは、真木蔵人かハードコア系のラッパーくらいかと思っていたが、最近は一般の人も気にするようである。  映画『シン・ゴジラ』においても日系アメリカ人役を演じた石原さとみの「英語がひどい」という批判が挙がっている。面白いのは、『5→9~』で英会話教室の講師役をやっていたときには、こんな批判は上がらなかった。そう考えると、にわかに起こった一連のアンチは、名実ともにトップになったがゆえの代償なのかもしれない。  ただ、いくら擁護派とはいえ、石原さとみの英語は本当にひどいのか、実際に確認する必要はある。  あるのだが、残念ながら私は、怪獣映画を観ることができないのだ。怖いから。  40歳の中年男が何を言っているのかとお思いになるだろう。私とて、本当にゴジラがいるとは思っていない。ただ、作品の中でリアルに存在するものとして描かれているゴジラが、丁寧に描かれれば描かれるほど、大画面に映し出された瞬間「本当に存在するもの」と錯覚してしまい、逃げ出したくなるのだ。これはガメラでも同じである。怖いの、ねえ怖いの!(『101回目のプロポーズ』の浅野温子のテンションで)  このように、受け手がリアルを求め、作り手がそれにこたえていくことによって作品の質は上がっていくが、一方で観られなくなる人も出てくるということを忘れないでほしい。  もちろんこれは、演者の方にも影響する。昨今のリアル至上主義を意識してのことだろうか、石原さとみ自身、『5→9~』で相手役として共演した山下智久との交際が10月20日発売の「女性セブン」にて報道された。  演技を超えて本当の恋愛に。ファンが求めたリアルの顛末がこれである。チキショー! 西国分寺哀(にしこくぶんじ・あい) 石原さとみが、NHK朝ドラのヒロインをやっていたことを最近知った40歳会社員。たとえDVD化ではなく、レーザーディスク化されていたとしても購入する所存。

【映画監督・堤幸彦インタビュー】「共犯意識を持ちたい」“多作の人”の自己分析

――堤幸彦といえば、押しも押されもせぬ日本の超有名映画監督・演出家だ。『ケイゾク』『TRICK』『SPEC』『20世紀少年』『BECK』……手がけた作品を挙げればきりがない。その堤幸彦が今年の7月クールドラマ『神の舌を持つ男』で、まれに見る低視聴率を記録し、話題になった。堤幸彦は一体どうしてしまったのか?同作の劇場版公開を控えた監督本人に、じっくり尋ねてみた。
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(写真/河西遼)
――12月3日に新作映画『RANMARU 神の舌を持つ男』が公開を控えています。前提としてこの作品は、今年7月クールにドラマ版が放映されていましたよね。失礼ながら、視聴率が低い(平均視聴率5・6%)と放送中から話題になりました。これをご自身ではどう振り返りますか? 堤幸彦(以下、) まさに不徳の致すところですね。今年はオリンピックもあって、視聴率はかなり厳しいだろうと想像していたんですが、どこかで自分の作り方が数字的にまだいけると思っていた。 ――視聴率は気にされますか?  気にしますね。それはプロですから、当然。“ヒットメーカー”なんて言われますけど、私はこれまでそんなに連戦連勝ではなく、むしろ数字は低かったことのほうが多い。実験的なことをしてうまくいかなかった作品も多々あります。ただ今回の『神の舌を持つ男』がその流れかというと、ちょっとそうではない気がします。 ――堤監督作品には、難解だけどコアな一部のファンに支持されるタイプの作品と、わかりにくいのにヒットするタイプの作品があるように思います。今回は数字を取りに行こうと思ったのか、コアなファンに受ける方向を狙ったのか、どちらなんでしょう?  それはまず前提が間違っていますね。数字を取りに行かないことはないです。難解さを自覚している作品であっても、数字は0・1%でも多く欲しい。正直、これだけ本数を重ねていても、数字の取り方はいまだにわからない。今回は、自分たちが面白いと思っているものに、ある種の確信を持っていたので、アゲインストな空気感の中でもいけるかと思った結果の敗北でした。ただ、それで作品の価値が減ずるものではないとも思います。 ――「数字は必ず取りに行っている」というお話ですが、一方でテレビドラマを視聴率で語ることへの批判も世の中ではなされていて、数字が悪くても話題になったり、DVDが売れる作品、映画化につながる作品もありますよね。そういう意味で、数字には表れない評判の部分も同様に重要だと思いますが、その面での反応は『神の舌を持つ男』では監督のところに届いていますか?  僕ができる作り方の手段をほとんどすべてぶっこんだという実感があって、これまでの自分の作品と比べてパワーが落ちている感じは全然ないですし、周りの評判やツイッターなどネットの反応を見ていてもそれは伝わっていると思います。ただ数字で厳然と見せられると、どうなんだろうな? と不安にはなるものです。数字を切り開く力があればもっと伸びていたという反省はしています。 ――今回の『神の舌を持つ男』は、当初から劇場版ありきのドラマの企画だったんですか?  いや、映画ありきではないです。「映画になったらいいですね」って話をずっとしていて、かなり早い段階で松竹さんからゴーサインが出たので、ドラマを撮影しながら映画の構想を練り、ドラマ終了後にそのまま映画の撮影をしました。 ――堤監督ほどドラマシリーズから映画化という流れを経験している映像作家はいないと思いますが、その最初の作品である『金田一少年の事件簿』(97年)当時は、一般的にドラマ作品の映画化はそれほど多くなかったですよね。  そうですね。まず当時は、ドラマはビデオで撮影し、映画はフィルムで撮影していたので、収録するメディアが違っていたんですね。それが90年頃に、撮ったビデオ映像を容易に映画に転用できる初めてのハイビジョンカメラが開発された。その実験的な作品として、オノ・ヨーコさん主演の短編映画『HOMELESS』(91年)を撮りました。この経験を踏まえて、『金田一少年の事件簿』は半分ビデオ、半分フィルムで撮った。今見ると中途半端な折衷作品ですが、そういうふうにビデオで撮ったドラマを映画にできるという技術的な壁を乗り越えてきました。その後、ドラマの映画化というアプローチは一般的になって、『ケイゾク』の時には映画とドラマを撮影するカメラがほぼ一緒という時代になった。 ――『ケイゾク』(99~00年)も、ドラマ版は決して高視聴率ではなかったにもかかわらず、映画になってヒットしたというように記憶しています。 『金田一』の視聴率は29・9%だけど、『ケイゾク』はずっと14%くらいでした。最初の『TRICK』に至っては平均7%ですからね。『TRICK』は2クールやっても視聴率はほとんど変わらなかったんだけど、やたらDVDが動いているということで映画化してみたら大ヒットした。その勢いでドラマの放送時間帯を11時台から9時台に移したら、ものすごい視聴率になったんです。

コント1000本ノックで得た笑いの質が反映されたスタイル

――『TRICK』がまさにそうでしたが、『金田一』からずっと、堤監督のヒット作には特殊能力を持ったキャラクターが出てくる一話完結のバディ・ミステリーものが多いです。これがご自身のスタイルだという意識はありますか?  そうでもあり、そうでもないですね。そのスタイルは、日本のエンターテインメント系作品の作り方としてある種の王道です。僕はもともと音楽の映像の監督をやっていて、「ビデオクリップなどの表現手法をドラマに転用できないか」というオーダーで『金田一』を始めた結果、このスタイルが非常に作りやすいと自覚したわけです。でもこれまでに多くの作品を撮ってきて、例えば『ぼくらの勇気~未満都市~』(97年)のように近未来的な大きな仕掛けのものもあるし、『I.W.G.P』(00年)だって全然違う。映画においては、自ら言うのも格好悪いけど『天空の蜂』(15年)のようなシリアスで社会派なものもある。いろんなタイプの作品に、毎回方法を変えて演出家・監督としてどう真摯に向き合うか、考えています。 ――『ケイゾク』や『SPEC』など、堤作品ではキャラクター自身がメタ的なノリツッコミをして、キャラが立ってくることも多いです。堤監督が作ったとまでは言いませんが、キャラクターでドラマを見せるという手法も特徴的ですよね。 『踊る大捜査線』や『相棒』など、キャラクターを重視したドラマは同時期にもいっぱいあった。自分がそういう手法の先駆者という自覚はまったくないです。それも日本のエンタメの定石であって、そこから激しく逸脱して堤的な個性をキャラクターに付与したつもりもまったくなく、やっていくうちに自然にそうなっちゃった。  僕はバブル以前、リミッターのない鷹揚な笑いを許してくれる体制がテレビ局側にもあった時代に、テレビディレクターとして初めて責任を持たされてとんねるずのコントを作っていた(『コラーッ!とんねるず』85~89年)。1000本近いコントをノックを打つように作り続けて、その頃に得た笑いの質みたいなものが一生の宝物になっている。それをドラマの中で形にできないか? というのがずっと基本にあって、そこがキャラクターメイキングに反映されています。  あの頃のはっちゃけた感じというのは、私を含めた同時代のクリエイターには脈々と流れていて、一緒に作っていた仲間でもある秋元康さんの作詞の中にもある。彼らの仕事の中に、その感覚が今でも生きている片鱗を見ると、「よし、まだ死ねないぞ」と思いますね。 ――一方で、堤監督の映画作品でもっともヒットしたのは『20世紀少年』(08~09年)ですよね。あれは人気マンガが原作で、有名な役者がたくさん出るオールキャストの大作であって、いわゆる堤監督本来のスタイルやテイストが好きなファンとは違う層に届いたと思います。『20世紀少年』前後で、自身の作品の客層が変わった感じはありますか?  そのあたりは特に変わらないですね。でも、どこに球を投げるかというのは常に意識しています。例えば、『20世紀少年』は明らかに原作ファンに球を投げるしかなかった。特に第1部では「原作と同じ構図を探してみてください」というくらい、原作マンガに沿った作り方をしていた。あるいは、『BECK』(10年)という作品も同じように撮った。ただ、最近はネットを武器にした好事家の声が大きいのもあって、この2つの作品では賛成票も多ければ反対票も多いというのを経験しましたね。特に『BECK』は、ラストに向けた過激な表現が原作ファンから全面否定されたりもした。ファンの愛し方にもいろいろあるわけで、その声は意識もするし「次に作る時はこうしよう」という意欲にもなる。賛否両論の否の声には相当耳を傾けるべきで、それはエンターテインメントのプロとして当然だと思っています。 ――「好事家」ということでいうと、堤監督はそれこそ好事家の多いジャニーズ主演の作品もかなり撮られています。ジャニーズファンからの評価も高いですが、相性がいいんでしょうか?  ジャニーズ作品は毎回タイプが違って、「あのアイドルがこんなことしちゃった」だけではダメだし、ベタベタなアイドルらしさだけでもダメで、正直なところ、作り方は意外と難しい。もちろんジャニーズ作品にも一般性の高いものはいっぱいありますが、基本はお客さんに喜んでいただかないと仕方ないんじゃないか、と僕は思っています。それはある種、いわゆる映画的/演劇的な批評性とは相容れないものもある。『ピカ☆ンチ』という作品では、公開形式が非常にクローズドなこともあり、主演の嵐と、嵐を愛する人が腹の底から笑って楽しめればいいと思って球を投げました。マニアックなコントを撮っていた時代を彷彿とさせて、私の本音に近い、面白い作り方でしたね。 ――堤監督の作品は、一貫して作家性をはぐらかしながら撮っているところがあるように思っていたんですが、実は『ピカ☆ンチ』が一番作家性を感じました。 『ピカ☆ンチ』の1作目はお台場の屋形船を沈めるというめちゃくちゃな話でしたけど、やっぱりお台場の海辺に立って屋形船を見ると、「なんで天ぷら食って踊っているんだよ」って頭にくるんですよね(笑)。そういった僕の思いを、嵐の皆さんにそのままやっていただいたところに絶妙な面白さがあるなって。それを受容してくださったジャニーズ事務所の方々は、本当に心が広いな、と。

「確信を持って作った 面白いものは伝わると信じる」

――今年の映画業界は、テレビドラマの映画化が減って東宝の一人勝ちという状況ですが、テレビと映画の関係も変わってきていると思われますか?  変化というよりも、映画という表現だけでなくいろんなジャンルのものが自由に選択できる時代になって、何かひとつの要素にヒットの可能性があるとは相対的に言えなくなっている気がするんです。その中で、クリエイターとしては自分たちが確信を持って作った面白いものは絶対に伝わると信じて疑わない。結果として、『神の舌を持つ男』も視聴率的にはちょっと寂しいかもしれないけれど、映画の数字はまた違うものだと思っています。 ――では、映画『RANMARU 神の舌を持つ男』について、失礼な言い方ですけど、テレビシリーズを観てこなかった人にはどのようにアピールすればいいと思いますか?  何も考えずに観て面白いので、お気楽に観てください、と。冒頭から、本当に大笑いできるギャグをちりばめてあるし、ドラマからずっと練り込んできたキャラクターが大爆発している。それだけではなくて、今の日本や世界が持っているある種の問題もうっすらと底に流れていて、自分で言うのも気持ち悪いんですけど、見ごたえのある上質のミステリーになっているエンターテインメント作品なので、老若男女関係なく観てくださいと訴えたいです。 ――先ほどおっしゃった通り、ヒットする前提で作っている?  もちろんそうです。『RANMARU』については、皆さんと共犯意識を持ちたいな、というのがありますね。「ほかの人にはわからないんじゃないかな?」っていう、そのお客さんと堤の共犯意識を楽しんでもらえる仕掛けがそこかしこにあるので、それは楽しいんじゃないかな。それこそ80年代のとんねるずのコントにあった共犯意識のような。 ――非常に多作な堤監督ですが、今後撮りたい作品はありますか?  やりたい企画はすごくあります。特に自分の賞味期限はあと10年あるかどうかなので、この10年でやらねばと思っている企画は10個以上ありますね。 ――それは映画や舞台、テレビドラマにかかわらず?  テレビドラマはスピードが要求されるので、さすがに還暦を過ぎると肉体的にかなりキツイんですね。頑張ってはいるけれど、率先してテレビドラマの演出家と言い切るのは、なかなか無理がある。だったら、主に映画作品でひとつのテーマをきっちり決めて、自分なりの投げたい球を研究して投げたものを、この10年で作りたいと思います。 (インタビュー/速水健朗) (構成/須賀原みち)
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堤幸彦(つつみ・ゆきひこ) 1955年、愛知県生まれ。演出家、映画監督。オフィスクレッシェンド取締役。法政大学中退後、東放学園専門学校に入学。放送業界に入る。ADを経てテレビディレクターとなり、『コラーッ!とんねるず』(日本テレビ)などを手がけたのち、秋元康と「SOLD OUT」を立ち上げ。プロモーションビデオやCM、ミュージッククリップなどを数多く手がける。オムニバス作品『バカヤロー! 私、怒ってます』内「英語がなんだ」で劇場映画デビュー。ドラマ『金田一少年の事件簿』(日本テレビ系/95年)で一躍有名になり、以降の活躍は知られている通り。

【映画監督・堤幸彦インタビュー】「共犯意識を持ちたい」“多作の人”の自己分析

――堤幸彦といえば、押しも押されもせぬ日本の超有名映画監督・演出家だ。『ケイゾク』『TRICK』『SPEC』『20世紀少年』『BECK』……手がけた作品を挙げればきりがない。その堤幸彦が今年の7月クールドラマ『神の舌を持つ男』で、まれに見る低視聴率を記録し、話題になった。堤幸彦は一体どうしてしまったのか?同作の劇場版公開を控えた監督本人に、じっくり尋ねてみた。
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(写真/河西遼)
――12月3日に新作映画『RANMARU 神の舌を持つ男』が公開を控えています。前提としてこの作品は、今年7月クールにドラマ版が放映されていましたよね。失礼ながら、視聴率が低い(平均視聴率5・6%)と放送中から話題になりました。これをご自身ではどう振り返りますか? 堤幸彦(以下、) まさに不徳の致すところですね。今年はオリンピックもあって、視聴率はかなり厳しいだろうと想像していたんですが、どこかで自分の作り方が数字的にまだいけると思っていた。 ――視聴率は気にされますか?  気にしますね。それはプロですから、当然。“ヒットメーカー”なんて言われますけど、私はこれまでそんなに連戦連勝ではなく、むしろ数字は低かったことのほうが多い。実験的なことをしてうまくいかなかった作品も多々あります。ただ今回の『神の舌を持つ男』がその流れかというと、ちょっとそうではない気がします。 ――堤監督作品には、難解だけどコアな一部のファンに支持されるタイプの作品と、わかりにくいのにヒットするタイプの作品があるように思います。今回は数字を取りに行こうと思ったのか、コアなファンに受ける方向を狙ったのか、どちらなんでしょう?  それはまず前提が間違っていますね。数字を取りに行かないことはないです。難解さを自覚している作品であっても、数字は0・1%でも多く欲しい。正直、これだけ本数を重ねていても、数字の取り方はいまだにわからない。今回は、自分たちが面白いと思っているものに、ある種の確信を持っていたので、アゲインストな空気感の中でもいけるかと思った結果の敗北でした。ただ、それで作品の価値が減ずるものではないとも思います。 ――「数字は必ず取りに行っている」というお話ですが、一方でテレビドラマを視聴率で語ることへの批判も世の中ではなされていて、数字が悪くても話題になったり、DVDが売れる作品、映画化につながる作品もありますよね。そういう意味で、数字には表れない評判の部分も同様に重要だと思いますが、その面での反応は『神の舌を持つ男』では監督のところに届いていますか?  僕ができる作り方の手段をほとんどすべてぶっこんだという実感があって、これまでの自分の作品と比べてパワーが落ちている感じは全然ないですし、周りの評判やツイッターなどネットの反応を見ていてもそれは伝わっていると思います。ただ数字で厳然と見せられると、どうなんだろうな? と不安にはなるものです。数字を切り開く力があればもっと伸びていたという反省はしています。 ――今回の『神の舌を持つ男』は、当初から劇場版ありきのドラマの企画だったんですか?  いや、映画ありきではないです。「映画になったらいいですね」って話をずっとしていて、かなり早い段階で松竹さんからゴーサインが出たので、ドラマを撮影しながら映画の構想を練り、ドラマ終了後にそのまま映画の撮影をしました。 ――堤監督ほどドラマシリーズから映画化という流れを経験している映像作家はいないと思いますが、その最初の作品である『金田一少年の事件簿』(97年)当時は、一般的にドラマ作品の映画化はそれほど多くなかったですよね。  そうですね。まず当時は、ドラマはビデオで撮影し、映画はフィルムで撮影していたので、収録するメディアが違っていたんですね。それが90年頃に、撮ったビデオ映像を容易に映画に転用できる初めてのハイビジョンカメラが開発された。その実験的な作品として、オノ・ヨーコさん主演の短編映画『HOMELESS』(91年)を撮りました。この経験を踏まえて、『金田一少年の事件簿』は半分ビデオ、半分フィルムで撮った。今見ると中途半端な折衷作品ですが、そういうふうにビデオで撮ったドラマを映画にできるという技術的な壁を乗り越えてきました。その後、ドラマの映画化というアプローチは一般的になって、『ケイゾク』の時には映画とドラマを撮影するカメラがほぼ一緒という時代になった。 ――『ケイゾク』(99~00年)も、ドラマ版は決して高視聴率ではなかったにもかかわらず、映画になってヒットしたというように記憶しています。 『金田一』の視聴率は29・9%だけど、『ケイゾク』はずっと14%くらいでした。最初の『TRICK』に至っては平均7%ですからね。『TRICK』は2クールやっても視聴率はほとんど変わらなかったんだけど、やたらDVDが動いているということで映画化してみたら大ヒットした。その勢いでドラマの放送時間帯を11時台から9時台に移したら、ものすごい視聴率になったんです。

コント1000本ノックで得た笑いの質が反映されたスタイル

――『TRICK』がまさにそうでしたが、『金田一』からずっと、堤監督のヒット作には特殊能力を持ったキャラクターが出てくる一話完結のバディ・ミステリーものが多いです。これがご自身のスタイルだという意識はありますか?  そうでもあり、そうでもないですね。そのスタイルは、日本のエンターテインメント系作品の作り方としてある種の王道です。僕はもともと音楽の映像の監督をやっていて、「ビデオクリップなどの表現手法をドラマに転用できないか」というオーダーで『金田一』を始めた結果、このスタイルが非常に作りやすいと自覚したわけです。でもこれまでに多くの作品を撮ってきて、例えば『ぼくらの勇気~未満都市~』(97年)のように近未来的な大きな仕掛けのものもあるし、『I.W.G.P』(00年)だって全然違う。映画においては、自ら言うのも格好悪いけど『天空の蜂』(15年)のようなシリアスで社会派なものもある。いろんなタイプの作品に、毎回方法を変えて演出家・監督としてどう真摯に向き合うか、考えています。 ――『ケイゾク』や『SPEC』など、堤作品ではキャラクター自身がメタ的なノリツッコミをして、キャラが立ってくることも多いです。堤監督が作ったとまでは言いませんが、キャラクターでドラマを見せるという手法も特徴的ですよね。 『踊る大捜査線』や『相棒』など、キャラクターを重視したドラマは同時期にもいっぱいあった。自分がそういう手法の先駆者という自覚はまったくないです。それも日本のエンタメの定石であって、そこから激しく逸脱して堤的な個性をキャラクターに付与したつもりもまったくなく、やっていくうちに自然にそうなっちゃった。  僕はバブル以前、リミッターのない鷹揚な笑いを許してくれる体制がテレビ局側にもあった時代に、テレビディレクターとして初めて責任を持たされてとんねるずのコントを作っていた(『コラーッ!とんねるず』85~89年)。1000本近いコントをノックを打つように作り続けて、その頃に得た笑いの質みたいなものが一生の宝物になっている。それをドラマの中で形にできないか? というのがずっと基本にあって、そこがキャラクターメイキングに反映されています。  あの頃のはっちゃけた感じというのは、私を含めた同時代のクリエイターには脈々と流れていて、一緒に作っていた仲間でもある秋元康さんの作詞の中にもある。彼らの仕事の中に、その感覚が今でも生きている片鱗を見ると、「よし、まだ死ねないぞ」と思いますね。 ――一方で、堤監督の映画作品でもっともヒットしたのは『20世紀少年』(08~09年)ですよね。あれは人気マンガが原作で、有名な役者がたくさん出るオールキャストの大作であって、いわゆる堤監督本来のスタイルやテイストが好きなファンとは違う層に届いたと思います。『20世紀少年』前後で、自身の作品の客層が変わった感じはありますか?  そのあたりは特に変わらないですね。でも、どこに球を投げるかというのは常に意識しています。例えば、『20世紀少年』は明らかに原作ファンに球を投げるしかなかった。特に第1部では「原作と同じ構図を探してみてください」というくらい、原作マンガに沿った作り方をしていた。あるいは、『BECK』(10年)という作品も同じように撮った。ただ、最近はネットを武器にした好事家の声が大きいのもあって、この2つの作品では賛成票も多ければ反対票も多いというのを経験しましたね。特に『BECK』は、ラストに向けた過激な表現が原作ファンから全面否定されたりもした。ファンの愛し方にもいろいろあるわけで、その声は意識もするし「次に作る時はこうしよう」という意欲にもなる。賛否両論の否の声には相当耳を傾けるべきで、それはエンターテインメントのプロとして当然だと思っています。 ――「好事家」ということでいうと、堤監督はそれこそ好事家の多いジャニーズ主演の作品もかなり撮られています。ジャニーズファンからの評価も高いですが、相性がいいんでしょうか?  ジャニーズ作品は毎回タイプが違って、「あのアイドルがこんなことしちゃった」だけではダメだし、ベタベタなアイドルらしさだけでもダメで、正直なところ、作り方は意外と難しい。もちろんジャニーズ作品にも一般性の高いものはいっぱいありますが、基本はお客さんに喜んでいただかないと仕方ないんじゃないか、と僕は思っています。それはある種、いわゆる映画的/演劇的な批評性とは相容れないものもある。『ピカ☆ンチ』という作品では、公開形式が非常にクローズドなこともあり、主演の嵐と、嵐を愛する人が腹の底から笑って楽しめればいいと思って球を投げました。マニアックなコントを撮っていた時代を彷彿とさせて、私の本音に近い、面白い作り方でしたね。 ――堤監督の作品は、一貫して作家性をはぐらかしながら撮っているところがあるように思っていたんですが、実は『ピカ☆ンチ』が一番作家性を感じました。 『ピカ☆ンチ』の1作目はお台場の屋形船を沈めるというめちゃくちゃな話でしたけど、やっぱりお台場の海辺に立って屋形船を見ると、「なんで天ぷら食って踊っているんだよ」って頭にくるんですよね(笑)。そういった僕の思いを、嵐の皆さんにそのままやっていただいたところに絶妙な面白さがあるなって。それを受容してくださったジャニーズ事務所の方々は、本当に心が広いな、と。

「確信を持って作った 面白いものは伝わると信じる」

――今年の映画業界は、テレビドラマの映画化が減って東宝の一人勝ちという状況ですが、テレビと映画の関係も変わってきていると思われますか?  変化というよりも、映画という表現だけでなくいろんなジャンルのものが自由に選択できる時代になって、何かひとつの要素にヒットの可能性があるとは相対的に言えなくなっている気がするんです。その中で、クリエイターとしては自分たちが確信を持って作った面白いものは絶対に伝わると信じて疑わない。結果として、『神の舌を持つ男』も視聴率的にはちょっと寂しいかもしれないけれど、映画の数字はまた違うものだと思っています。 ――では、映画『RANMARU 神の舌を持つ男』について、失礼な言い方ですけど、テレビシリーズを観てこなかった人にはどのようにアピールすればいいと思いますか?  何も考えずに観て面白いので、お気楽に観てください、と。冒頭から、本当に大笑いできるギャグをちりばめてあるし、ドラマからずっと練り込んできたキャラクターが大爆発している。それだけではなくて、今の日本や世界が持っているある種の問題もうっすらと底に流れていて、自分で言うのも気持ち悪いんですけど、見ごたえのある上質のミステリーになっているエンターテインメント作品なので、老若男女関係なく観てくださいと訴えたいです。 ――先ほどおっしゃった通り、ヒットする前提で作っている?  もちろんそうです。『RANMARU』については、皆さんと共犯意識を持ちたいな、というのがありますね。「ほかの人にはわからないんじゃないかな?」っていう、そのお客さんと堤の共犯意識を楽しんでもらえる仕掛けがそこかしこにあるので、それは楽しいんじゃないかな。それこそ80年代のとんねるずのコントにあった共犯意識のような。 ――非常に多作な堤監督ですが、今後撮りたい作品はありますか?  やりたい企画はすごくあります。特に自分の賞味期限はあと10年あるかどうかなので、この10年でやらねばと思っている企画は10個以上ありますね。 ――それは映画や舞台、テレビドラマにかかわらず?  テレビドラマはスピードが要求されるので、さすがに還暦を過ぎると肉体的にかなりキツイんですね。頑張ってはいるけれど、率先してテレビドラマの演出家と言い切るのは、なかなか無理がある。だったら、主に映画作品でひとつのテーマをきっちり決めて、自分なりの投げたい球を研究して投げたものを、この10年で作りたいと思います。 (インタビュー/速水健朗) (構成/須賀原みち)
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堤幸彦(つつみ・ゆきひこ) 1955年、愛知県生まれ。演出家、映画監督。オフィスクレッシェンド取締役。法政大学中退後、東放学園専門学校に入学。放送業界に入る。ADを経てテレビディレクターとなり、『コラーッ!とんねるず』(日本テレビ)などを手がけたのち、秋元康と「SOLD OUT」を立ち上げ。プロモーションビデオやCM、ミュージッククリップなどを数多く手がける。オムニバス作品『バカヤロー! 私、怒ってます』内「英語がなんだ」で劇場映画デビュー。ドラマ『金田一少年の事件簿』(日本テレビ系/95年)で一躍有名になり、以降の活躍は知られている通り。

カトパンの同僚女子アナがLDHメンバーと熱愛疑惑で注目度急上昇中!

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フジテレビアナマガHPより。
 フジテレビ『みんなのニュース』でキャスターを担当している椿原慶子アナの株が急上昇している。これまで同期のカトパンの陰に隠れ、地味な存在だったが、ここにきて公私ともに俄然注目を集めている。 「入社以来、報道ひと筋で、APECをはじめ、海外取材の経験も豊富。アナウンス能力も高く、スタッフからの信頼されています。番組上は先輩の生野陽子を立てることもありますが、実質的なエースは椿原というのが実情。『ミスターサンデー』で共演する宮根誠司の評価も高く、椿原を手放したくないようです」(フジテレビ局員)  そんな椿原だが、人気ダンスグループのメンバーと熱愛が囁かれており、各誌が取材に動いているという。 「三代目J Soul Brothersのメンバーと交際しているという噂がありますが、どうやらNAOTOが有力のようです。週刊ポストが同僚アナとの飲み会の様子を報じましたが、肝心の相手は現れなかった。他誌も取材にに動いていますが、いまだ男性の影すら掴めず、交際の事実そのものを否定する声もあります」(スポーツ紙記者)  今後の取材の動向を見守りたいところだが、当の椿原アナ本人は、特に気にしている様子もないという。 「熱愛騒動について、同僚局員に突っ込まれてもあっけらかんとしたもので気にする素振りすらありません。もともと芦屋のお嬢様で、入社当時から浮世離れした大物感がありました。芸能人が数多く住む広尾の超高級マンションに住んでいますが、これも実家の持ち物で女子アナが住む物件じゃない。実は局内でもアンタッチャブルな女子アナなんです」(前出・フジテレビ局員)  しばらくは椿原アナから目が離せなくなりそうだ。

カトパンの同僚女子アナがLDHメンバーと熱愛疑惑で注目度急上昇中!

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フジテレビアナマガHPより。
 フジテレビ『みんなのニュース』でキャスターを担当している椿原慶子アナの株が急上昇している。これまで同期のカトパンの陰に隠れ、地味な存在だったが、ここにきて公私ともに俄然注目を集めている。 「入社以来、報道ひと筋で、APECをはじめ、海外取材の経験も豊富。アナウンス能力も高く、スタッフからの信頼されています。番組上は先輩の生野陽子を立てることもありますが、実質的なエースは椿原というのが実情。『ミスターサンデー』で共演する宮根誠司の評価も高く、椿原を手放したくないようです」(フジテレビ局員)  そんな椿原だが、人気ダンスグループのメンバーと熱愛が囁かれており、各誌が取材に動いているという。 「三代目J Soul Brothersのメンバーと交際しているという噂がありますが、どうやらNAOTOが有力のようです。週刊ポストが同僚アナとの飲み会の様子を報じましたが、肝心の相手は現れなかった。他誌も取材にに動いていますが、いまだ男性の影すら掴めず、交際の事実そのものを否定する声もあります」(スポーツ紙記者)  今後の取材の動向を見守りたいところだが、当の椿原アナ本人は、特に気にしている様子もないという。 「熱愛騒動について、同僚局員に突っ込まれてもあっけらかんとしたもので気にする素振りすらありません。もともと芦屋のお嬢様で、入社当時から浮世離れした大物感がありました。芸能人が数多く住む広尾の超高級マンションに住んでいますが、これも実家の持ち物で女子アナが住む物件じゃない。実は局内でもアンタッチャブルな女子アナなんです」(前出・フジテレビ局員)  しばらくは椿原アナから目が離せなくなりそうだ。

地の果て・アラスカ州から殺人旅行を繰り返したシリアル・キラー

――犯罪大国アメリカにおいて、罪の内実を詳らかにする「トゥルー・クライム(実録犯罪物)」は人気コンテンツのひとつ。犯罪者の顔も声もばんばんメディアに登場し、裁判の一部始終すら報道され、人々はそれらをどう思ったか、井戸端会議で口端に上らせる。いったい何がそこまで関心を集めているのか? アメリカ在住のTVディレクターが、凄惨すぎる事件からおマヌケ事件まで、アメリカの茶の間を賑わせたトゥルー・クライムの中身から、彼の国のもうひとつの顔を案内する。
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アラスカのシリアル・キラー、イスラエル・キース。
 2012年2月1日午後8時頃、アラスカ州アンカレッジにある小さなコーヒー店でアルバイトをしていたサマンサ・コーニック(当時18歳)は、店を閉める準備をしていた。すでに店の周囲は暗闇に包まれていたが、彼女のもとに最後の客が訪れた。顔を覆うスキーマスクを被った男は、コーヒーを注文。極寒のアラスカ州では、そうしたマスクを被る姿は見慣れた光景だった。彼女は男のために、この日最後のコーヒーを淹れ、カウンターへ運ぶ。  そこで彼女を待っていたのは、銃口を向ける男の姿だった。男はサマンサの手首を結束バンドで縛ると、深々と降り積もる雪の中、誘拐したのだ。  翌日、犯罪とは縁遠かった町で、市民と警察による大規模な捜索が開始される。3週間後、サマンサのボーイフレンドに、彼女の携帯電話からメッセージが送られてきた。 「コナー公園にあるアルバートの写真の下。彼女可愛いな」  謎めいたメッセージをもとに警察がコナー公園に向かうと、掲示板に貼られたアルバートという犬探しのポスターの下に、サマンサの写真が入ったジップロックを発見。怯えた様子で目を見開いたサマンサと、数日前に撮影したことを示すためか、日付入りの地元新聞が写されていた。そこには、彼女の銀行口座に30000ドルを振り込むよう身代金を要求する紙も同封されていた。サマンサの両親は市民からの寄付金を集めると、すぐに現金を振り込んだ。娘が生きて帰ってくることを信じて。  それから数日後、事件は急展開をみせる。アラスカ州から遠く離れたアリゾナ州で、サマンサの口座の現金が引き出された。防犯カメラにはサングラスで変装をした男の姿が捉えられていた。その後、男はニューメキシコ州、テキサス州と移動し、ATMから現金を引き出し続ける。警察は防犯カメラの映像をもとに捜査を進め、滞在先のホテルから車を走らせようとしていた男にたどり着いた。停車させた車の中で、サマンサの携帯電話とデビットカード、そして大量の現金を発見。男が提示した免許書には、イスラエル・キーズと記されていた。  ここでついに、サマンサ誘拐の容疑者は逮捕された。だがこの時、イスラエルがシリアル・キラーであることは、まだ誰も知る由もなかった。

厳格な両親のもとで暮らした少年時代

 1978年1月7日、イスラエル・キーズは、ユタ州リッチモンドで9人兄妹の長男としてこの世に生を受けた。厳しいキリスト教原理主義者の両親は、子供たちの名前を聖書から引用し、彼にはイスラエルと名付けた。  彼が生まれて間もなく、一家はワシントン州スティーブンス郡に移り住む。経済的に恵まれない環境だった一家は、林に囲まれた通り沿いに立つ小さな小屋で生活を開始。厳しい冬を迎えると、電気も通っていない小屋で薪を燃やして暖をとる生活を送った。イスラエルは学校には通わず、ホームスクールで教育を受け、神への冒涜と両親が判断すれば、映画や音楽などのポップカルチャーに触れることも許されなかった。そして週末になれば、両親と共に白人至上主義の色濃い教会に通い続ける日々を送った。孤立した環境で育ったイスラエルにとっては、それが普通だった。しかし、彼が初めて自分の“異変”に気がついたのは、彼が14歳の頃だった。  友人と行動をするようになった彼は、空き家に侵入するという遊びを繰り返していた。ある日、忍び込んだ家の中で猫を発見すると、イスラエルは躊躇なく射殺した。気味悪がった友人は、彼を避けるようになっていったという。また、妹が飼っていた猫がゴミを漁ると問題になった時も、彼は猫を林に連れて行き、腹部に向かって発砲。死にゆく猫を見ながら笑った。  常軌を逸した行動で、さらに孤立を深めていった彼であったが、後に彼が営む建設業の才能を見つけるのも、ちょうどこの頃だった。イスラエルが初めてキャビンを建てたのは、まだ16歳の頃だった。  1990年代後半、一家は再び住まいを変える。母親は、キリスト教原理主義者からモルモン教徒へと変わる。だがその信仰は定まらず、今度はメーン州スミュルナに移り住み、アーミッシュ・コミュニティでの生活を開始。近代的な生活様式を営まず、昔ながらの農耕や牧畜によって自給自足をするこの集落で過ごす中、母親は環境になじめず、再び信仰を変えていく。2度3度と信仰を変える母親は、それゆえに周囲からは気味の悪い女性として変わり者扱いされ、カルト扱いされていたという。  そうしたこともあって、イスラエルは17歳の頃、とうとう両親の信仰に嫌気が差し始めた。一家の絶対的な存在であった神の存在に苦しみ、無神論者となることを決意。彼の不信心を知った両親は、イスラエルを勘当する。彼は家族を捨てて旅に出た。  1998年、イスラエルは自ら軍に入隊する。3年間の軍隊生活の末に除隊した後は、9歳年上のガールフレンドと再びワシントン州へと移り住み、幼少時代から培った才能を活かして、建設業を営み始めた。仕事は順調だった。結婚こそしなかったが、2人の間には娘が生まれた。  2007年3月、2人は知人の勧めもあって、娘を連れてアラスカ州へと移住を決意。新天地でも建設業を営み、 寡黙だが確かな腕を持ち、指定した時間の5分前には準備を整えている彼の姿は、すぐに評判の職人として、地元住民に知られていった。彼を雇った住民は、一様に真面目で娘思いの男と太鼓判を押していた。サマンサ誘拐事件が起きるまでは……。

“殺人中毒”を自称する男が語りだした複数の犯行

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イスラエルが用いた殺人キット。
 2012年3月13日、誘拐容疑でイスラエルは逮捕されたが、依然としてサマンサの捜索は続いていた。連日続いた取り調べに対して、彼は沈黙を守り続けたからだ。しかし逮捕から18日後、FBIの捜査によって追い詰められたイスラエルは、その重い口を開き始めた。 「彼女はもう、死んでるよ」  そして彼は、おぞましいサマンサ殺害の全容を、淡々と語り始めたのだ。  イスラエルは彼女を誘拐後、ガールフレンドと娘が眠る自宅のガレージで強姦し、窒息死させた。身代金要求の為の写真を撮影した時には、すでに死んでいたことを告白。さらに、写真に写る彼女の見開いた目は、糸で縫いつけて強引に開けさせていたこと。死体をバラバラにし、ビニール袋に入れてマタヌスカ湖へと運び、厚く張った氷をチェーンソーで切り抜いて死体を捨てたこと。その場で釣りを楽しんだこと。そして、その帰りに娘の小学校へ向かい保護者面談に出席し、その夜、釣った魚を鍋料理にして娘に食べさせたことを滔々と語った。 「あなたが知りたいことを全て話しますよ。もっと話さなきゃきけないストーリーもあるんです」  イスラエルは、捜査官にそう告げると、過去の犯行を語り始めたのだ。  殺人が趣味と豪語する彼は、建設業で金を稼いでは全米を飛び回り殺人を繰り返していたというのだ。バーモンド州では、中高年の夫婦宅を襲った。寝ていた2人を起こして手首を縛って誘拐し、近くの廃墟にある地下室で夫を椅子に縛り、上の階で妻を強姦。2人を殺害し、地下室に遺棄した。さらに、複数の州に、銃や、ロープ、ゴミ袋、排水管洗浄剤などを入れた“殺人キット”を、あらかじめ用意しておき、手ぶらで訪れると殺人を繰り返していたのだ。自らを“殺人中毒”と表現するイスラエルは、そうした行為を働く為に、2007年から2012までの間に20回も飛行機でアラスカを出ており 、資金調達のために銀行強盗まで働いたというのだ。  イスラエルは、14年間に渡って家庭的な父親と、冷酷な連続殺人鬼の二重生活を送っていたのだ。

崇められたいわけではないーー身勝手すぎる結末

「今、直面している問題は、誰かが私の事をバカバカしいテレビのトゥルー・クライム・ショーにしようとすることだ」  イスラエルは取調室で、コーヒーカップを握りながらそう呟いた。  過去に存在したシリアル・キラーの中には、自分の犯した罪によって浴びるスポットライトに快感を覚える者も少なくない。しかし、彼は自分の名が新聞や、インターネットに載ることに抵抗を示し、特にテレビ番組のネタに扱われることに嫌悪を示した。10歳になる娘が将来、自分のことをインターネットで調べるのを恐れていたのだ。  また、彼はそうしたショーに、人々が夢中になることも知っていた。アメリカにはこうした実録犯罪物のテレビ番組が多くあり、人気を博している。一線を越えて、殺人鬼を英雄視する者も一定数存在する。手紙の交換をしたり、面会と称して直接会いに行く者もいる。有名な殺人鬼ともなれば、ファンクラブもあるほどだ。彼らを祭り上げるのは男だけではない。殺人鬼に恋心を持つ女性のことを「プリズン・グルーピー」と呼ぶが、ロックスターの追っかけのように、殺人鬼に夢中になり、中には獄中結婚をする者もいるのだ。  しかし、イスラエルは、自分を崇める者達に興味を持つようなタイプのシリアル・キラーではなかった。彼は、一刻も早く、この世から去りたいと考え始めていた。 「俺はもう全てを終わりにしたいんだ。俺は刑務所から一生出れないことを知っている。俺にとって、それは死刑と同じなんだよ」  そして2012年1月21日、裁判開始の3カ月前、イスラエルはカミソリの刃で手首を切り自殺をした。警察は少なくとも11件の殺人に関与していると見て捜査を進めていたが、イスラエル亡き今、その数は把握しきれていない。  14年間に渡って殺人旅行を行ったイスラエルの被害者は、今も全米中に眠っているかもしれない。 井川智太(いかわ・ともた) 1980年、東京生まれ。印刷会社勤務を経て、テレビ制作会社に転職。2011年よりニューヨークに移住し日系テレビ局でディレクターとして勤務。その傍らライターとしてアメリカの犯罪やインディペンデント・カルチャーを中心に多数執筆中。

【磯部涼/川崎】在日コリアンラッパーが夢見る川崎の未来

日本有数の工業都市・川崎はさまざまな顔を持っている。ギラつく繁華街、多文化コミュニティ、ラップ・シーン――。俊鋭の音楽ライター・磯部涼が、その地の知られざる風景をレポートし、ひいては現代ニッポンのダークサイドとその中の光を描出するルポルタージュ。
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川崎区で生まれ育ったラッパーで実業家のFUNI。
「日本人/韓国人/フィリピン人/さまざまなルーツが/流れる/この街でオレらは/楽しく/生きてる」。21時、街灯も疎らな住宅街にある公園に足を踏み入れると、暗闇の中にぼうっと浮かぶ白い光が目に留まった。それは、東屋のテーブルに置かれたiPhoneの画面で、周りを少年たちが囲み、YouTubeから流れるビートに合わせてフリースタイル・ラップをしているのだった。すると、ひとりの男がサイファー(フリースタイルの円陣)に歩み寄り、言葉をつないだ。「フィリピン/コリアン/チャイニーズ/南米もいいぜ/ごちゃまぜ/人種ジャンクション……」。BPM90のビートに倍の速さでアプローチしていた少年たちの勢いに比べ、彼のラップはレイドバックしていたが、その言葉には説得力がある。「……集まる/この場所/長崎/じゃなくて川崎/ボム落とす/まるで原子爆弾/拡張してく頭/の中はサイコ/パス・ワードは0022/FUNI(フニ)/で踏み/区切り/誰だ、次」。促された少年のラップは、感化されたのだろう、先ほどよりも熱い。「言ってたな原子爆弾/ならオレらがここで元気出すか!」。ほかの少年たちが歓声を上げる。彼らは暗闇の中で、溜め込んだ気持ちを吐き出していた。

ヤクザに殴られる外国人を眺めて教会の屋上でサイファーをした

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川崎区の多文化地域・桜本にある在日大韓基督教会・川崎教会は、1947年に建てられて以降、
地元の在日コリアンの拠り所となってきた。
「この場所は、オレにとってシェルターだったんです。家にも学校にも居場所がないからここに来て、同じような子どもたちと遊びながら、良いことも、悪いことも覚えました。あと、ラップも」。郭正勲(カク・ジョンフン)――通称“FUNI(フニ)”は、灰色の空を見上げながら言う。視線をゆっくり下ろしていくと、煙を吐き出す工場群が、続いてのっぺりとした街並みが、そして、巨大な十字架の裏側が見えた。雨に濡れた梯子をおそるおそる登ってたどり着いたこの場所は、川崎区の多文化地域・桜本にある〈在日大韓基督教会・川崎教会〉の屋根の上だ。「家は厳しかったけど、『教会に行く』って言うと遊びに行けたんですよ。で、みんなでこっそりここでタバコを吸って。中2のときラップにハマってからは、サイファーもやってました。バビロンを眺めながら。すぐそこに不法滞在の外国人が隠れてるアパートがあって、ヤクザにボコられてる姿が見えたり」  FUNIは、83年、桜本に生まれた。4人兄妹の次男。祖父は日本統治時代の朝鮮からやって来たいわゆるオールドカマーで、父は日本生まれの2世。一方、母は結婚のために韓国から嫁いだニューカマーであるため、彼は自身を“2・5世”と称している。やがて、6歳になると1キロほど離れた南大師へと移住。家族はそこで鉄加工工場の経営を始めたが、生活は苦しかったという。「今年、自衛隊の船の部品をつくる仕事が入ってきて、ギリギリ、潰れるのを免れた。つい、『戦争があってよかった』ってホッとしちゃいましたよ。『戦争反対』とか言いたくても言えない。原発立地帯と同じ。子どもの頃から工場で働かされてましたけど、『絶対に継ぎたくない、もっとデカいディールがやりたい、この街を抜け出してやる』と思ってましたね」
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左:FUNIの父親が描いた絵。なぜ、工場を題材にするのかと訊くと、「この街で一番美しいから」という答えが。
右:休日の工場に佇む、FUNIの伯父と猫。
 しかし、地元は彼の人格形成に多大な影響を与えたようだ。「南大師に引っ越したら、桜本とそんなに離れていないのに、ガクンとプールが深くなるみたいに疎外感が強くなったんです。小学校で在日はオレひとりでしたし。で、週末になったら桜本の教会で在日の友達と会う。そのボーダーを行ったり来たりする感覚が自分にとって大きかったですね。当たり前だと思ってたことも、決して当たり前じゃないんだとわかった」。やがて、FUNIは川崎北部の高等学校に進学し、地元の特殊性をさらに思い知る。「この街って欲望がむき出しにされてるんで、子どもも大人になるのが早いんですよ。だから、北部に行って、『なんでみんなこんなに子どもなの?』ってビックリしましたね。勉強や部活のことばっかり考えてるのがカルチャーショックだった」  あるいは、FUNIが川崎の不良のしがらみに足を取られることがなかったのは、うんざりしていた地元の、大人たちのおかげでもあったのかもしれない。「川崎の大人って『ああはなりたくない』ってヤツらばっかりで。でも、みんな、結局、そういう大人になってしまう。そんな中でオレは侮れない大人と出会えたんですよね。両親の民族教育の厳しさは常軌を逸してたけど、今は感謝してるし、あと、教会で牧師先生に、キング牧師やマルコム・Xのような先達の存在を教えてもらったことも大きかった」。また、前述した通り、彼はその屋根の上でラップを知ったのだ。「川崎って罪深い街なんで、聖書がよく合うんですけど、それ以上にラップが合う。ナズや2パックの訳詞を読んだときに、国も世代も違うのに置かれてる状況とか考えてることが同じで、しかも、表現がカッコいいことに感動した。で、オレもリリックを書き始めたんです」

新宿のタワーマンションを離れ川崎に舞い戻ってきた理由

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川崎教会の屋上から眺める川崎区の風景。遠くに臨海部に建つ工場の煙が見える。
 02年、FUNIはラップ・デュオ“KP”を結成する。相方で、世田谷区成城に住んでいた李育鉄(リー・ユンチョル)ことリユンとは川崎教会が縁で出会ったばかりだったが、03年、ラップ・ブームと韓流の勢いに押されるように、KPはいきなりメジャー・デビューを果たす。「ただ、“コリアンラッパー・デビュー”って触れ込みには、そりゃないだろって感じでしたね。『せめて、在日コリアンラッパーだろ、オレらアンニョンハセヨって言われたらブチギレちゃうよ』って」。周囲の無理解に憤った彼らは、若い在日コリアンのリアリティを積極的に打ち出していくが、それによって、依頼される仕事には、NHK『ハングル講座』のレギュラーや、舞台『GO』の主演など、常にエスニシティが付きまとうことになってしまった。「メディアにラッパーではなく、在日の代表として登場させられるんですよね。いつも、『もっとラップを聴いてくれ』と思ってました」  一方、00年代初頭のラップ・ブームは早々と終わってしまったが、若いラッパーたちは才能を発揮する場所を自分たちでつくり、むしろ、そこからこそ、多くの名曲が生まれていった。「その盛り上がりはうらやましかったですよ。自分たちは下地をつくらずに世の中に出たんで、ヒップホップのうわべをなぞることになってしまった。だから、『シーンで名前を売るならやっぱりMCバトルだろう』ってことで大会に出て、それなりに成果を上げた。そのおかげで、『あ、KPのヤツってラップうまいんだ』って認知してもらえたと思う」。また、当時、川崎区からはA-THUG率いるSCARSが登場したほか、〈川崎教会〉にて牧師を務め、桜本のコミュニティ・センター〈ふれあい館〉も創設した李仁夏(イ・インハ)の孫息子のラッパー、INHAが評価を高めていた。FUNIは彼とプロデューサーのOCTOPODの3人でラップ・ユニット、MEWTANT HOMOSAPIENCEを結成、アルバムの制作を始めるが、そんな折、INHAはドロップアウトしてしまう。「オレとしてはそのアルバムが出れば、KPのセルアウト(売れ線)なイメージを脱却して、表現者としての地位を確立できると思ってたんですが……ヒップホップ・シーンとは、入口を間違えた分、何か常にうまくいかないなって感じがありましたね」  そして、彼が成功を果たしたのは、ラッパーとしてではなくビジネスマンとしてだった。14年、FUNIはタワーマンションの自宅から新宿の喧噪を見下ろしていた。4年前、KPの活動を休止すると同時に、友人2人と始めたIT関連企業は、社員80人を抱えるまでに成長。仕事は多忙を極めたが、それも、愛するフィアンセのためだからこそできることだった。「川崎で、日系ブラジル人の女の子と出会ったんです。『同じ移民の子だね』ってお互い惹かれ合って、『民族にこだわるなんて古い、在日コリアンと日系ブラジル人で子どもをつくって、新しい世代を切り開いていこう』と約束した。『金が必要だ。じゃあオレ、ビジネスやるよ』って。でも、がむしゃらにやってるうちに、いつの間にかいかにも日本人的な働き蟻になってたんです。で、14年の大みそか、『あんた、ラップやってたときのほうが輝いてた』ってフラれてしまう」。次の日、彼は会社を譲り渡すことを決める。「どこかで『人生こんなもんか、いちあがりだな』って高をくくってたんですよね。それが真っ白に。でも、彼女には感謝してます。あのままだったら、つまらない人生になってたと思う」。やがて、川崎どころか日本に嫌気が差したFUNIは、放浪の旅へと出発した。
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川崎教会の倉庫に置かれていたドラム・セット。
 しかし、現在、FUNIは川崎で、相変わらず忙しい日々を送っている。例えば、南大師の実家に拠点を置きながら行っている業務のひとつに、〈ノーベル・ライフ〉や〈電話居酒屋〉といった、悩みや愚痴を聞く電話サービスの運営がある。「アメリカで依然として人種差別が横行している一方、ブラック・ライヴス・マター(警官によるアフリカ系アメリカ人男性殺害事件に端を発する反差別運動)が盛り上がってるのを目の当たりにして。でも、日本は変わらないんだろうなと思ってたら、川崎でヘイト・スピーチに対してカウンターが起こったと知り、『川崎、すげぇじゃん!』と見直して、帰ってきたようなところがある。それで、オレが桜本の教会に救われたように、どこかで苦しんでる人のためのヴァーチャルなコミュニティがつくれないかと思ったんです」。FUNIは子どもの頃のように地元を外から見ることによって、改めてその可能性に気づいたのだ。  また、FUNIはラップも再開、川崎の子どもたちのために、同文化を使ったワークショップの準備を進めている。桜本・桜川公園のサイファーに顔を出した日は、その前に市立川崎高校で講演を行い、そこでも生徒を次々とステージに上げて、フリースタイルを交わした。あるいはFUNIは、子どもたちに、かつての自分の姿や、生まれてくるかもしれなかった自分の子どもの姿を重ね合わせているのではないか。「最近、INHAと連絡がついて、頓挫したアルバムを完成させたんです。MEWTANT HOMOSAPIENCEっていうのは、ミュータント・タートルズみたいに川崎の光化学スモッグを吸いすぎて進化しちゃった人間、って意味なんですね。川崎は日本の未来の姿だと思うんですよ。それは、東京が2020年に向けて目標として掲げるダイバーシティの課題でもある。だからこそ、オレも侮れない大人になって、キング牧師やマルコム・Xのように、未来を生きる子どもたちにオープンソースとして使ってもらえたらと」。10月20日より配信されるMEWTANT HOMOSAPIENCEのアルバムのタイトル、『KAWASAKI』の下敷きとなったのは、映画『未来世紀ブラジル(原題:BRAZIL)』だという。きっと、未来世紀カワサキでも子どもたちはサイファーを組んでいるのだろう。(つづく) (写真/細倉真弓) 【第一回】 【第二回】 【第三回】 【第四回】 【第五回】 【第六回】 【番外編】 【第七回】 【第八回】 【第九回】 磯部涼(いそべ・りょう) 1978年生まれ。音楽ライター。主にマイナー音楽や、それらと社会とのかかわりについて執筆。著書に『音楽が終わって、人生が始まる』(アスペクト)、 編著に『踊ってはいけない国、日本』(河出書房新社)、『新しい音楽とことば』(スペースシャワーネットワーク)などがある。

フィギュアスケートシーズン開幕に思う、羽生結弦と宇野昌磨のチャレンジ精神

――女性向けメディアを中心に活躍するエッセイスト・高山真が、世にあふれる"アイドル"を考察する。超刺激的カルチャー論。
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「フィギュアスケートLife vol.7」(扶桑社ムック)
 フィギュアスケートの本格的なシーズンが始まりました。10月21日からのスケートアメリカ、その翌週のスケートカナダ、このふたつの大会を、私はラッキーにも自宅で見ることができました。癌の治療中でもありますので、「病室で見ることになるかも」と覚悟はしていたのですが、やはり病室の小さなテレビで見るのは味気ないもの。このところ体調も悪くなく、非常に楽しいテレビタイムになりました。  どちらの大会もそれぞれ、手に汗握ったり、さまざまなことに思いをめぐらせたり、思わずテレビに向かって拍手したり…。とはいえ、見た選手全員のことを語ろうと思ったら分量的にとんでもないことになりそうですので、今回は、スケートアメリカの宇野昌磨、スケートカナダの羽生結弦のことを中心に書きたいと思います。ほかの選手のことは来年3月の世界選手権までに書くチャンスは何度も訪れるはずですので、もしこの連載を期待して読んでくださっている方がいらっしゃるなら、なにとぞご容赦を…。 ●宇野昌磨  以前、今年の3月の世界選手権を取り上げたとき、私は「宇野昌磨のミュージカリティの高さに感じ入った」と書きました。盛り上がりどころがつかみづらい曲を使っても、観客をきっちり引きずり込む力。今回のフリーでも、その能力を再確認しました。というか、さらにレベルアップした感じです。  使用したのはピアソラのタンゴ。「ブエノスアイレス午前零時」と、ミルバのボーカルによる「ロコへのバラード」をつなげたもの。ピアソラとフィギュアスケートといえば、「リベルタンゴ」を使った1997年のグリシュク&プラトフのオリジナルダンス(ヨーロッパ選手権での演技が至高!)、「アディオス・ノニーノ」を使った1998年長野の陳露のショートプログラム、2008年世界選手権のジェフリー・バトルのショートプログラムが、私の中ではベスト・オブ・ベストという感じ。そうそう、ピアソラのナンバーをつなげた、1990年世界選手権のウソワ&ズーリンのフリーダンスも忘れるわけにはいきません。 「ブエノスアイレス午前零時」や「ロコへのバラード」は、「リベルタンゴ」や「アディオス・ノニーノ」以上に「踊り」に主眼を置いていない曲です。語弊を恐れずに言えば、ホールやジャズクラブなどで聴くためのタンゴであって、踊るためのタンゴではない。その曲をバックに、10代の選手が、あれだけの世界観を身体で表現していくのですから驚くばかり。曲のいちばんの「踊りどころ」でステップシークエンスに入るのですが、上体の動きの精緻さと、音符ひとつひとつにエッジワークをからめていく見事さには、思わずため息がもれてしまいました。  ジャンプは、4回転のフリップがクローズアップされるのは当然ではありますが、私は、2回入れた4回転のトゥループを、それぞれステップから直ちに跳んでいたことに、より大きな拍手を送りたい。特に2つめのジャンプは、一度グッとバックアウトのエッジに乗って(ルッツジャンプのエントランスかと思ったほどです)、そこから滑らかなターンを入れ、跳んでいました。素晴らしい!  トリプルアクセルからトリプルフリップまでをつなげるシークエンスが決まっていたら、200点は軽々超えていたでしょう。「完成形」を見るのが本当に楽しみです。  あと…、これは私の勝手な推測ですが、宇野昌磨は、「平昌オリンピックに4回転ループを入れたプログラムをもってくる」のを目標にしているのかもしれないなあ、と。ほとんど「ステップの延長」くらいの軽さで跳んだトリプルループが、明らかに回りすぎていましたから。「練習ではもう、確認のために跳ぶトリプルループより、トライのために跳ぶクアドルプルループの数のほうが多いのでは」と思ってしまったんですよね。なんにせよ、ケガだけには気をつけてほしいと切に願っています。 ●羽生結弦  いやー、プリンスの「Let’s Go Crazy」を競技会で滑る選手が出てくるなんて。ボーカル入りの曲の使用がアイスダンス以外でも認められるようになったおかげですが、80年代の洋楽を今でもけっこう聴いている私にとっては、燃えますわね。この曲が収録されているアルバム『Purple Rain』では、「I Would Die 4 U」がいちばん好きなのですが、誰かエキシビションで滑ってくれないかしら。 ショートプログラムは、ジャンプがハマったら冒頭から最後までガッツリと観客を引き込むプログラムになっているのは確認できましたので、宇野昌磨に対する感想と同じく、「完成型」を見るのが本当に楽しみです。  フリーは、なんと言いますか、「特にジャンプに関して、新しいチャレンジを詰め込んでいるなあ」という驚きがありました。箇条書きで挙げてみたいと思います。 ◆今年3月の世界選手権が最初のチャレンジでしたが、4回転サルコウを2回に増やし、そのうちのひとつはトリプルトゥループとのコンビネーションで入れることに、本格的に取り組んでいる。 ◆本来、4回転ジャンプの中では羽生結弦がいちばん確実に跳べるはずのトゥループを1回にしている(昨年のフリーは2回実施)。 ◆トリプルアクセル~ダブルトゥのコンビネーションで、ダブルトゥのアームポジションを着氷後もキープしている。 ◆「コネクティングステップから」というよりは、ほとんど「ステップシークエンスの終了と同時に」くらいの密度の中で、トリプルフリップを跳んでいる。 ◆レイバックイナバウアーからの流れで、トリプルルッツを跳んでいる。  これも私の勝手な推測ですが、体が万全の状態に戻ったら(平昌オリンピックには当然そのつもりで照準を合わせてくるでしょう)、フリーでは4回転を5回入れるつもりではないのかな、と。ループ1回、サルコウとトゥループを2回ずつ。「今シーズンは、その目標のために、4回転のサルコウのコンビネーションを体に覚えさせる時期でもあるのかしら」と。  もちろん、本人のチョイスがどういったものであろうと、そこに異を唱えるつもりはありません。平昌オリンピックのフリーで、「4回転が4つ」だったとしても、不満を持つなんてことはありえない。現時点でも、とんでもない難易度に挑戦しているわけですから。ただ、これも以前書いたことではありますが、宇野昌磨にしろ羽生結弦にしろ、「自分を追い込む・追い詰める」傾向が非常に強い選手であると思います。「その傾向がいい方向に転がってほしい」と、一観客としてただただ願うばかりです。  ジャンプ以外にも、羽生の「チャレンジ」はそこかしこに見て取れる。エッジワークの一歩一歩がさらに距離が出ているし、ショートプログラムでのトリプルアクセルのエントランスのステップは、昨年とはまったく違うものになっているし(昨年はイナバウアーからでしたが、今年はステップを踏んでいる距離も時間もさらに長くなっている)、フリーのハイドロブレーディングも、今シーズンはターンからの流れで入れている。そういったブラッシュアップを見ることができたのは、今大会の大きな喜びでした。  フィギュアスケートの選手に限らず、すべてのアスリートに言えることですが、難しい技にはどうしてもケガがついて回ってしまいます。来年の世界選手権も、再来年の平昌オリンピックも、すべてのスケーターが万全の体調で迎えられますように。 高山真(たかやままこと) 男女に対する鋭い観察眼と考察を、愛情あふれる筆致で表現するエッセイスト。女性ファッション誌『Oggi』(小学館)で10年以上にわたって読者からのお悩みに答える長寿連載が、『恋愛がらみ。 ~不器用スパイラルからの脱出法、教えちゃうわ』(小学館)という題名で書籍化。人気コラムニスト、ジェーン・スー氏の「知的ゲイは悩める女の共有財産」との絶賛どおり、恋や人生に悩む多くの女性から熱烈な支持を集める。月刊文芸誌『小説すばる』(集英社)でも連載中。

インポテンツも体位も“文化”として考察――性器や性的不能と社会を繋ぐ「異端と逸脱の文化史」の系譜

――『江戸の糞尿学』『“特殊性欲”大百科』『ヴァギナの文化史』『お尻とその穴の文化史』……。タイトルは強烈だが、装丁はエレガントな人文書。中身は知的好奇心をくすぐり、社会や人間の本質を浮き彫りにしていく内容……。そんな「異端と逸脱の文化史」シリーズの刊行を続ける作品社の編集者にインタビューを行った。
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「異端と逸脱の文化史」シリーズの編集者・内田眞人氏。
 書店で人文書のコーナーを覗く人なら、『○○の文化史』というタイトルの分厚い書籍を見かけたことがあるだろう。中でもひときわ目を引くのが、『性的不能の文化史』『ヴァギナの文化史』『体位の文化史』『お尻とその穴の文化史』といった、人間の下半身をテーマにした書籍群だ。実はその大半が、作品社という出版社の「異端と逸脱の文化史」シリーズの書籍であり、そのすべてをひとりの編集者が手がけている……ということは、そう多くの人は知らないはずだ。  本稿では、その「異端と逸脱の文化史」シリーズの編集者である作品社・内田眞人氏にインタビューを敢行。同シリーズの狙いや、そこで扱うテーマと現代社会との関係を解き明かしながら、書籍の内容を紹介していこう。  これまで内田氏が手がけてきた「異端と逸脱の文化史」シリーズは計23冊。シリーズの最初の作品となる『悪食大全』は1995年の発売だ。なお内田氏は作品社に84年に入社している。 「私が入社した当初も現在も、作品社は哲学思想や政治、経済、文学などの書籍を手がけるカタい出版社です。ですから、『異端と逸脱の文化史』のような性に関する書籍をつくろうとは、当初はまったく考えてはいませんでした」  シリーズが始まるきっかけは、『悪食大全』の訳者でもある高遠弘美氏(現・明治大学教授)から、同書の翻訳出版をもちかけられたことだった。 「『こんなおもしろい本があるんだよ』と原著者であるロミの本を紹介していただいて、『ぜひ出しましょう』という話になったんです。それが出版後、朝日新聞などの書評にも取り上げられて、売り上げも評判もとても良かった。それでロミのほかの書籍も出していくことにしたんです」  ロミ(1905~95年)はフランスの著述家。作品社からは『悪食大全』のほか『おなら大全』、『でぶ大全』も高遠氏の翻訳で出版されている。そのほか『娼館の黄金時代』(吉田春美訳、河出書房新社)、『乳房の神話学』(高遠弘美訳、角川ソフィア文庫)などの著作があり、通常は歴史学の対象とはなりにくいテーマの史書を多数著したことで有名だ。  なおロミは骨董屋、ジャーナリスト、編集者など多数の職業を持つ一方で、風俗ポスターを2万5000枚も集める稀代のコレクターでもあったという。そのため著作のスタイルも「逸話収集」「図版資料重視」が基本。「異端と逸脱の文化史」シリーズも、図版1200点収録の『フェティシズム全書』など、図版が豊富なのが特徴で、その点はロミの著作群と共通しているといえるだろう。 「『異端と逸脱の文化史』シリーズは、“知的なおもしろさがあること”を大切にしています。だから下半身がテーマの本でも、性的に露骨な図版が入っていればいいというわけでない。あくまで下半身は入口で、そこから社会や歴史、人間の深淵さなどが見えてくるような、射程の長さを持った作品にしようと意識しています」  なお『悪食大全』に続く『おなら大全』も売り上げや評判は上々。「女性からの反応が多かったのも驚きで、荻野アンナさん(現・慶應義塾大学文学部教授)にもおもしろがって読んでいただいた」とのこと。新聞の書評に取り上げられ、研究者からの評判もいいこのシリーズ。一般の読者もインテリ層が中心だという。 「このシリーズは下ネタをテーマにしていますが、あくまで人文書の枠に入る作品としてつくっています。価格は2000円、3000円を超えますし、図版は多くてもやはり活字が中心。このようなハードカバーの本を積極的に買う方は、やはり知識欲が旺盛で、活字の本を読むことが生活の楽しみになっている方なんです。地方からの注文では、教員や公務員の方が多い印象で、『郵便局留めで』という依頼もときどきあります。さすがにこの書名で家や職場に届いたら困るのかもしれません(笑)」  確かに『ヴァギナの文化史』『うんち大全』などのタイトルだと、書店でレジに持っていくのも多少気が引ける。 「だからこそ、装丁は人文書らしく、知的でエレガントな雰囲気を意識しているんです。このようなテーマで価格もそれなりにするのに、安っぽいつくりにしてしまったら中身も安っぽいと思われてしまいますからね。タイトルも『ヴァギナの文化史』だと知的な雰囲気がありますが、『アソコの謎』にしちゃうとダメなんです(笑)」

妄想に意味を重ね文化に昇華させる

 その後もシリーズは続いていくが、もっとも売れているのは05年発売の『ヴァギナの文化史』だという。 「著者はオランダの性科学者(セクソロジスト)で、女性に向けて書かれた作品ですね。この『異端と逸脱の文化史』シリーズでおもしろいテーマの本をつくることができているのは、やはりフェミニズムやジェンダーの研究が世界的に進展したことが大きいと思います。また近年は研究者にも女性が増加し、男性研究者では気づかなかった視点から問題を取り上げる書籍も増えている印象ですね」  例えば『ヴァギナの文化史』では、ヴァイブレーターの歴史が取り上げられており、それが女性のヒステリー治療の医療器具として誕生したことが明かされている。女性への性的な抑圧が強かった時代、欲求不満からヒステリーを起こす女性が多かったため、医師がイカせてあげることが治療だったのだ。この事実は、2013年に日本でも公開された映画『ヒステリア』の主題にもなっているので、ご存知の読者もいるだろう。 「ただ、ヴァイブレーターで“治療”をしてくれたのは内科医の場合のみ。女性が外科医に行ってしまうと、逆に性的欲望をなくさせるためにクリトリスをメスで切除するという野蛮な治療も行われていたんです。どちらにいくかで天国と地獄。信じられない話ですが、18~19世紀の欧米での本当の話です」  現在の精神医学ではヒステリー=女性特有のものという考えもなくなり、「ヒステリー」という用語自体が使用されなくなった。「その当時は女性のヒステリーや性的欲望というものが、男性社会において対処しきれないものとして存在していたのでしょうね」と内田氏は語る。 「なおヴァイブレーターについては『ヴァイブレーターの文化史―セクシュアリティ・西洋医学・理学療法』という有名な本があります。著者の女性は、19世紀の通信販売のカタログを見ていて、ヴァイブレーターの広告が特にいやらしい雰囲気もなく多数掲載されているのに気づき、『どういう使われ方をしていたんだろう?』と疑問に思った。そこからヴァイブレーターの歴史が解き明かされていったんです」  そのほか「異端と逸脱の文化史」シリーズで話題を呼んだ作品としては『体位の文化史』がある。この本はそのまま『タモリ倶楽部』(テレ朝)の番組になり、訳者の山本規雄氏もゲスト出演した。内田氏は「ワンワンスタイル以外の体位でセックスを行なうのは人類だけですし、体位というのは人間の文化そのものなんですよ」と語る。 「フランスでは四十手、日本では四十八手で、インドだと六十四手の体位があるといわれていますが、現実にはまずできない体位が多く、ほとんどが妄想じゃないですか(笑)。妄想というのは観念そのもので、文化そのものなんですよね。性行為を単なる行為としてではなく、文化としても楽しむ……という考え方の象徴が、体位なんだと思います」  そうやって説明されると、体位の話も“文化”として考えられるようになるから不思議だ。 「この『異端と逸脱の文化史』シリーズのポイントは、そこにあるんです。性の世界というのは“空虚なる中心”ですよね。核心にある性器や性行為じたいなんて、大して面白いもんじゃない。それを妄想で何重にも覆って、意味があるものがごとくとして扱ってきたのが文化であり、『その妄想部分を楽しもうよ。そこから人間の滑稽さや深淵を見よう』というのがこのシリーズの面白さなんですよね」

大手出版社も参入 高騰する同種の契約金

 このシリーズには『ホモセクシャルの世界史』、『男色の日本史』といったホモセクシャルをテーマにした作品もあり、共に評判は良かったそうだ。 「『男色の日本史』については、これまで日本のホモセクシャルを通史としてまとめたものがなく、古代ギリシャなどと国際比較で分析するという点も新しさがありました。また、研究者の間では常識のことでしょうが、『江戸の男たちのほぼ全員がホモセクシャル、またはバイセクシャルだった』という事実を、あからさまに書いてしまったことも大きかったでしょうね」  また、このような作品に興味を持つ人が増えた背景には、ゲイの文化や歴史に関する研究が世界的に進行していることがあるという。 「『異性愛が普通というのは歴史的には全然ウソで、人間はみんな実はバイセクシャルなんだ』『むしろ文化的に異性愛を強制されているんだ』という考え方が、近年の専門研究の世界では主流になってきています。では、なぜ異性愛が強制されてきたのか……という研究は、今も盛んに議論されていますね」  一方で、シリーズ最新刊の『性的不能の文化史』は男性のインポテンツを扱ったものだ。 「検証対象となるのは男性ですが、この作品もそのセクシャリティやジェンダーの研究が発展したからこそ生まれたものといえます。フェミニズムの研究では『女らしさ』という固定概念が女性差別の根拠になってきたこと、その『女らしさ』も時代によって異なっていたことを解き明かしてきました。近年はそれをひっくり返して、『じゃあ“男らしさ”って何なの?』という研究が盛んになってきたんです」 「男性学」という学問を耳にする機会が近年増えてきたことには、そのような背景があるわけだ。ここ数年は、長引く不況や女性の社会進出などの影響も相まって、男性の生きづらさをテーマにした本や雑誌の特集がブームとなっている。その中でも、『性的不能の文化史』が扱っているインポテンツというのは切実な問題だ。 「この作品が扱っているのは『男らしさ』の問題です。性的不能といっても、単に勃つか勃たないかの話ではなく、時代によってそのとらえ方は異なっている。女性を妊娠させられないことが性的不能とされた時代もあれば、女性を性的に満足させられないこと=性的不能とされる時代もあるんです」  特に性的不能に対して特異な考え方が持たれていたのが中世ヨーロッパ。『性的不能の文化史』には、夫のインポテンツを理由に、教会で離婚を求める裁判が行われ、そこで男性の勃起能力が試される場面が描かれている。なお裁判では、勃起を促すために善女(オネスト・ウーマン)と呼ばれる女性が登場し、胸をさらけだしたり、男性の陰茎をなでたりするのだが……。 「善女は教会側が選んだ女性ですからね。頼まれてもやりたくないといったオバさんでしょうし(笑)。そのうえ『勃たなかったら離婚だ』というすごいプレッシャーがかかる。そんな状態じゃ、なかなか勃ちませんよね(笑)。離婚が認められないカトリックの世界で、許される唯一の理由は『男が不能であること』でした。旧約聖書の『産めよ、増やせよ、地に満ちよ』という文言がその根拠となっており、それを実行できない男は、男としての役割を果たしていない……とされたわけです。なおこうした裁判については、『性的不能者裁判―男の性の知られざる歴史ドラマ』という本もあります」  そして性的不能で離婚が認められてしまうということは、男性が家父長としての地位を失うということでもある。 「自分が一家の最大権力者であり、妻をもらって、子どもを産ませて、その財産を引き継がせる。それは家父長制の社会で男性が持つ権力ですが、性的不能の人はその権力を失ってしまう。勃たないということは、男性にとってそれだけ重大な問題だったわけです」  このように、インポテンツという現象ひとつをとっても、それを文化的、歴史的な視点から掘り下げていくと、隠された社会の仕組みが見えてくる……というのは実に興味深い。 「裏側から見たほうが真実が見える、ということでしょうね。男性中心社会は、“男らしさ”に価値が置かれてきた社会なわけですが、そこで敗れ去った男たちを見ていくと、人間や社会の真実が見えてくるんです」  なお『性的不能の文化史』の最後を飾る10章は「バイアグラと“男らしさ”の現在──幸福な解決策か、新たな不幸の誕生か」というタイトルだ。 「最近の週刊誌は、読者の年齢層が高くなってきたため、『55歳を超えても現役』とか、シニアセックスの特集が多いですよね。それは、バイアグラなどの薬の登場によって、これまでセックスをリタイアしていた年齢の人も『薬で元気になれる』という考えが広まったことも大きいと思います。男は『まだできるんじゃないか、できなきゃいけないんじゃないか』と考えるようになったし、それを求める女性も出てきた。そういう意味では、バイアグラが“男らしさ”や“男のあり方”を変えてしまったとも言えるわけです」  このように、現代社会を生きる人にダイレクトに響くテーマも扱う「異端と逸脱の文化史」シリーズ。今後はどのような作品をつくっていく予定なのだろうか。 「『ヴァギナの文化史』『ペニスの文化史』のような直球勝負のテーマはほとんど扱ってしまいました。また、この分野でもおもしろいテーマの原書は、大手出版社も積極的に扱うようになり、契約金の高騰で手を出せないものも増えています。我々のような小さな出版社は、ほかが出していないテーマを探し、内容と本造りで勝負するしかありません。『江戸モノの本はたくさんあるけど、スカトロジーでまとまった本はないよな』という発想からつくった『江戸の糞尿学』などもその一例です」  なお本シリーズには、ここまで言及したもの以外にも、『ビデの文化史』『オルガスムの歴史』『“特殊性欲”大百科』などなど、強烈な切り口の作品が多数。今後も驚きのテーマで、読者の知的好奇心をくすぐる作品が出てくることを期待したい。 (文/古澤誠一郎) 内田眞人(うちだ・まさと) 1960年、東京都生まれ。1984年作品社入社。「異端と逸脱の文化史」シリーズのほか、政治経済・思想哲学からビジネスまでさまざまなジャンルの書籍を手がける。翻訳書ではジャック・アタリ、デヴィッド・ハーヴェイ、アントニオ・ネグリなども担当している。
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【1】『おなら大全』 ロミ&ジャン・フェクサス著、高遠弘美訳/97年/3600円/作品社 シリーズ初の書籍。古今東西・老若男女が放つ屁を、驚愕の文献と図像で集成した「おなら百科全書」。

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【2】『フェティシズム全書』 ジャン・ストレフ著、加藤雅郁・橋本克己訳/16年/4800円/作品社 制服、体液、死体など、あらゆるフェティシズムを網羅。奇怪さ、滑稽さ、深淵に迫る。図版1200点を収録。

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【3】『ヴァギナの文化史』 イェルト・ドレント著、塩崎香織訳/05年/2400円/作品社 女性の神秘のベールを剥ぐ禁断の文化史。快楽やオルガスムの神秘から、世界の不可思議な風習、芸術的解剖図、ヴァイブレーターの歴史、最先端医学まで研究・考察している。

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【4】『ヴァイブレーターの文化史―セクシュアリティ・西洋医学・理学療法』 レイチェル・P. メインズ著、佐藤雅彦訳/10年/3200円/論創社 ギリシア・ローマ時代からの性の文化的変遷をたどり、治療器具として技術革新されてきたヴァイブレーターの軌跡を克明に追う。

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【5】『体位の文化史』 A.アルテール、P.シェルシェーヴ著、藤田真利子、山本規雄訳/06年/2800円/作品社 秘蔵の図版を300点掲載。古今東西の性典・資料をもとに、クロマニョン人からパリジャンまで、人類が編み出してきた、体位と性技のすべてをたどる。

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【6】『【図説】ホモセクシャルの世界史』 松原國師著/15年/3800円/作品社 文明の曙であるメソポタミアから5000年の歳月をたどり、男たちが交わしてきた愛の姿を追う、史上初のホモセクシャルの世界史。驚愕のエピソードと、禁断の図版500点収載。

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【7】『男色の日本史』 ゲイリー・P・リュープ著、藤田真利子訳/14年/3200円/作品社 かつて日本の男性のほとんどが、同性との性的快楽を当然のごとく欲していた――。稚児、若衆、女形、陰間たちが繰り広げた華麗なる日本同性愛文化を、世界に知らしめた研究書。

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【8】『性的不能の文化史』 アンガス・マクラレン著、山本規雄訳/16年/3700円/作品社 男性の価値を否定する恐怖の言葉=性的不能。中世には不能者が裁判にかけられ、19世紀の偉人は新婚初夜を恐れた。男らしくあることを追い求めた男性の、受難と苦闘の歴史書。

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【9】『性的不能者裁判―男の性の知られざる歴史ドラマ』 P.ダルモン著、辻由美訳/90年/3000円/新評論 17~18世紀のフランスでは、性的能力がないとみなされた男性は法廷に立たされ、迫害された。時代の不幸な犠牲者たちを描き出す歴史ドラマ。

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【10】『ペニスの文化史』 マルク・ボナール&ミッシェル・シューマン著、藤田真利子訳/01年/2800円/作品社 その働きや大きさで男らしさを象徴し、男性としてのアイデンティティも作り上げるペニス。その存在に民族学・歴史学・神話学・医学・心理学など多彩な側面から迫る文化史。

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【11】『江戸の糞尿学』 永井義男著/16年/2400円/作品社 江戸では糞尿の利用が“循環システム”として完成しており、それは産業であり文化だった。吉原、大奥のトイレ事情から、愛欲の場所としての便所、糞尿趣味まで言及する、江戸の糞尿大全。

インポテンツも体位も“文化”として考察――性器や性的不能と社会を繋ぐ「異端と逸脱の文化史」の系譜

――『江戸の糞尿学』『“特殊性欲”大百科』『ヴァギナの文化史』『お尻とその穴の文化史』……。タイトルは強烈だが、装丁はエレガントな人文書。中身は知的好奇心をくすぐり、社会や人間の本質を浮き彫りにしていく内容……。そんな「異端と逸脱の文化史」シリーズの刊行を続ける作品社の編集者にインタビューを行った。
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「異端と逸脱の文化史」シリーズの編集者・内田眞人氏。
 書店で人文書のコーナーを覗く人なら、『○○の文化史』というタイトルの分厚い書籍を見かけたことがあるだろう。中でもひときわ目を引くのが、『性的不能の文化史』『ヴァギナの文化史』『体位の文化史』『お尻とその穴の文化史』といった、人間の下半身をテーマにした書籍群だ。実はその大半が、作品社という出版社の「異端と逸脱の文化史」シリーズの書籍であり、そのすべてをひとりの編集者が手がけている……ということは、そう多くの人は知らないはずだ。  本稿では、その「異端と逸脱の文化史」シリーズの編集者である作品社・内田眞人氏にインタビューを敢行。同シリーズの狙いや、そこで扱うテーマと現代社会との関係を解き明かしながら、書籍の内容を紹介していこう。  これまで内田氏が手がけてきた「異端と逸脱の文化史」シリーズは計23冊。シリーズの最初の作品となる『悪食大全』は1995年の発売だ。なお内田氏は作品社に84年に入社している。 「私が入社した当初も現在も、作品社は哲学思想や政治、経済、文学などの書籍を手がけるカタい出版社です。ですから、『異端と逸脱の文化史』のような性に関する書籍をつくろうとは、当初はまったく考えてはいませんでした」  シリーズが始まるきっかけは、『悪食大全』の訳者でもある高遠弘美氏(現・明治大学教授)から、同書の翻訳出版をもちかけられたことだった。 「『こんなおもしろい本があるんだよ』と原著者であるロミの本を紹介していただいて、『ぜひ出しましょう』という話になったんです。それが出版後、朝日新聞などの書評にも取り上げられて、売り上げも評判もとても良かった。それでロミのほかの書籍も出していくことにしたんです」  ロミ(1905~95年)はフランスの著述家。作品社からは『悪食大全』のほか『おなら大全』、『でぶ大全』も高遠氏の翻訳で出版されている。そのほか『娼館の黄金時代』(吉田春美訳、河出書房新社)、『乳房の神話学』(高遠弘美訳、角川ソフィア文庫)などの著作があり、通常は歴史学の対象とはなりにくいテーマの史書を多数著したことで有名だ。  なおロミは骨董屋、ジャーナリスト、編集者など多数の職業を持つ一方で、風俗ポスターを2万5000枚も集める稀代のコレクターでもあったという。そのため著作のスタイルも「逸話収集」「図版資料重視」が基本。「異端と逸脱の文化史」シリーズも、図版1200点収録の『フェティシズム全書』など、図版が豊富なのが特徴で、その点はロミの著作群と共通しているといえるだろう。 「『異端と逸脱の文化史』シリーズは、“知的なおもしろさがあること”を大切にしています。だから下半身がテーマの本でも、性的に露骨な図版が入っていればいいというわけでない。あくまで下半身は入口で、そこから社会や歴史、人間の深淵さなどが見えてくるような、射程の長さを持った作品にしようと意識しています」  なお『悪食大全』に続く『おなら大全』も売り上げや評判は上々。「女性からの反応が多かったのも驚きで、荻野アンナさん(現・慶應義塾大学文学部教授)にもおもしろがって読んでいただいた」とのこと。新聞の書評に取り上げられ、研究者からの評判もいいこのシリーズ。一般の読者もインテリ層が中心だという。 「このシリーズは下ネタをテーマにしていますが、あくまで人文書の枠に入る作品としてつくっています。価格は2000円、3000円を超えますし、図版は多くてもやはり活字が中心。このようなハードカバーの本を積極的に買う方は、やはり知識欲が旺盛で、活字の本を読むことが生活の楽しみになっている方なんです。地方からの注文では、教員や公務員の方が多い印象で、『郵便局留めで』という依頼もときどきあります。さすがにこの書名で家や職場に届いたら困るのかもしれません(笑)」  確かに『ヴァギナの文化史』『うんち大全』などのタイトルだと、書店でレジに持っていくのも多少気が引ける。 「だからこそ、装丁は人文書らしく、知的でエレガントな雰囲気を意識しているんです。このようなテーマで価格もそれなりにするのに、安っぽいつくりにしてしまったら中身も安っぽいと思われてしまいますからね。タイトルも『ヴァギナの文化史』だと知的な雰囲気がありますが、『アソコの謎』にしちゃうとダメなんです(笑)」

妄想に意味を重ね文化に昇華させる

 その後もシリーズは続いていくが、もっとも売れているのは05年発売の『ヴァギナの文化史』だという。 「著者はオランダの性科学者(セクソロジスト)で、女性に向けて書かれた作品ですね。この『異端と逸脱の文化史』シリーズでおもしろいテーマの本をつくることができているのは、やはりフェミニズムやジェンダーの研究が世界的に進展したことが大きいと思います。また近年は研究者にも女性が増加し、男性研究者では気づかなかった視点から問題を取り上げる書籍も増えている印象ですね」  例えば『ヴァギナの文化史』では、ヴァイブレーターの歴史が取り上げられており、それが女性のヒステリー治療の医療器具として誕生したことが明かされている。女性への性的な抑圧が強かった時代、欲求不満からヒステリーを起こす女性が多かったため、医師がイカせてあげることが治療だったのだ。この事実は、2013年に日本でも公開された映画『ヒステリア』の主題にもなっているので、ご存知の読者もいるだろう。 「ただ、ヴァイブレーターで“治療”をしてくれたのは内科医の場合のみ。女性が外科医に行ってしまうと、逆に性的欲望をなくさせるためにクリトリスをメスで切除するという野蛮な治療も行われていたんです。どちらにいくかで天国と地獄。信じられない話ですが、18~19世紀の欧米での本当の話です」  現在の精神医学ではヒステリー=女性特有のものという考えもなくなり、「ヒステリー」という用語自体が使用されなくなった。「その当時は女性のヒステリーや性的欲望というものが、男性社会において対処しきれないものとして存在していたのでしょうね」と内田氏は語る。 「なおヴァイブレーターについては『ヴァイブレーターの文化史―セクシュアリティ・西洋医学・理学療法』という有名な本があります。著者の女性は、19世紀の通信販売のカタログを見ていて、ヴァイブレーターの広告が特にいやらしい雰囲気もなく多数掲載されているのに気づき、『どういう使われ方をしていたんだろう?』と疑問に思った。そこからヴァイブレーターの歴史が解き明かされていったんです」  そのほか「異端と逸脱の文化史」シリーズで話題を呼んだ作品としては『体位の文化史』がある。この本はそのまま『タモリ倶楽部』(テレ朝)の番組になり、訳者の山本規雄氏もゲスト出演した。内田氏は「ワンワンスタイル以外の体位でセックスを行なうのは人類だけですし、体位というのは人間の文化そのものなんですよ」と語る。 「フランスでは四十手、日本では四十八手で、インドだと六十四手の体位があるといわれていますが、現実にはまずできない体位が多く、ほとんどが妄想じゃないですか(笑)。妄想というのは観念そのもので、文化そのものなんですよね。性行為を単なる行為としてではなく、文化としても楽しむ……という考え方の象徴が、体位なんだと思います」  そうやって説明されると、体位の話も“文化”として考えられるようになるから不思議だ。 「この『異端と逸脱の文化史』シリーズのポイントは、そこにあるんです。性の世界というのは“空虚なる中心”ですよね。核心にある性器や性行為じたいなんて、大して面白いもんじゃない。それを妄想で何重にも覆って、意味があるものがごとくとして扱ってきたのが文化であり、『その妄想部分を楽しもうよ。そこから人間の滑稽さや深淵を見よう』というのがこのシリーズの面白さなんですよね」

大手出版社も参入 高騰する同種の契約金

 このシリーズには『ホモセクシャルの世界史』、『男色の日本史』といったホモセクシャルをテーマにした作品もあり、共に評判は良かったそうだ。 「『男色の日本史』については、これまで日本のホモセクシャルを通史としてまとめたものがなく、古代ギリシャなどと国際比較で分析するという点も新しさがありました。また、研究者の間では常識のことでしょうが、『江戸の男たちのほぼ全員がホモセクシャル、またはバイセクシャルだった』という事実を、あからさまに書いてしまったことも大きかったでしょうね」  また、このような作品に興味を持つ人が増えた背景には、ゲイの文化や歴史に関する研究が世界的に進行していることがあるという。 「『異性愛が普通というのは歴史的には全然ウソで、人間はみんな実はバイセクシャルなんだ』『むしろ文化的に異性愛を強制されているんだ』という考え方が、近年の専門研究の世界では主流になってきています。では、なぜ異性愛が強制されてきたのか……という研究は、今も盛んに議論されていますね」  一方で、シリーズ最新刊の『性的不能の文化史』は男性のインポテンツを扱ったものだ。 「検証対象となるのは男性ですが、この作品もそのセクシャリティやジェンダーの研究が発展したからこそ生まれたものといえます。フェミニズムの研究では『女らしさ』という固定概念が女性差別の根拠になってきたこと、その『女らしさ』も時代によって異なっていたことを解き明かしてきました。近年はそれをひっくり返して、『じゃあ“男らしさ”って何なの?』という研究が盛んになってきたんです」 「男性学」という学問を耳にする機会が近年増えてきたことには、そのような背景があるわけだ。ここ数年は、長引く不況や女性の社会進出などの影響も相まって、男性の生きづらさをテーマにした本や雑誌の特集がブームとなっている。その中でも、『性的不能の文化史』が扱っているインポテンツというのは切実な問題だ。 「この作品が扱っているのは『男らしさ』の問題です。性的不能といっても、単に勃つか勃たないかの話ではなく、時代によってそのとらえ方は異なっている。女性を妊娠させられないことが性的不能とされた時代もあれば、女性を性的に満足させられないこと=性的不能とされる時代もあるんです」  特に性的不能に対して特異な考え方が持たれていたのが中世ヨーロッパ。『性的不能の文化史』には、夫のインポテンツを理由に、教会で離婚を求める裁判が行われ、そこで男性の勃起能力が試される場面が描かれている。なお裁判では、勃起を促すために善女(オネスト・ウーマン)と呼ばれる女性が登場し、胸をさらけだしたり、男性の陰茎をなでたりするのだが……。 「善女は教会側が選んだ女性ですからね。頼まれてもやりたくないといったオバさんでしょうし(笑)。そのうえ『勃たなかったら離婚だ』というすごいプレッシャーがかかる。そんな状態じゃ、なかなか勃ちませんよね(笑)。離婚が認められないカトリックの世界で、許される唯一の理由は『男が不能であること』でした。旧約聖書の『産めよ、増やせよ、地に満ちよ』という文言がその根拠となっており、それを実行できない男は、男としての役割を果たしていない……とされたわけです。なおこうした裁判については、『性的不能者裁判―男の性の知られざる歴史ドラマ』という本もあります」  そして性的不能で離婚が認められてしまうということは、男性が家父長としての地位を失うということでもある。 「自分が一家の最大権力者であり、妻をもらって、子どもを産ませて、その財産を引き継がせる。それは家父長制の社会で男性が持つ権力ですが、性的不能の人はその権力を失ってしまう。勃たないということは、男性にとってそれだけ重大な問題だったわけです」  このように、インポテンツという現象ひとつをとっても、それを文化的、歴史的な視点から掘り下げていくと、隠された社会の仕組みが見えてくる……というのは実に興味深い。 「裏側から見たほうが真実が見える、ということでしょうね。男性中心社会は、“男らしさ”に価値が置かれてきた社会なわけですが、そこで敗れ去った男たちを見ていくと、人間や社会の真実が見えてくるんです」  なお『性的不能の文化史』の最後を飾る10章は「バイアグラと“男らしさ”の現在──幸福な解決策か、新たな不幸の誕生か」というタイトルだ。 「最近の週刊誌は、読者の年齢層が高くなってきたため、『55歳を超えても現役』とか、シニアセックスの特集が多いですよね。それは、バイアグラなどの薬の登場によって、これまでセックスをリタイアしていた年齢の人も『薬で元気になれる』という考えが広まったことも大きいと思います。男は『まだできるんじゃないか、できなきゃいけないんじゃないか』と考えるようになったし、それを求める女性も出てきた。そういう意味では、バイアグラが“男らしさ”や“男のあり方”を変えてしまったとも言えるわけです」  このように、現代社会を生きる人にダイレクトに響くテーマも扱う「異端と逸脱の文化史」シリーズ。今後はどのような作品をつくっていく予定なのだろうか。 「『ヴァギナの文化史』『ペニスの文化史』のような直球勝負のテーマはほとんど扱ってしまいました。また、この分野でもおもしろいテーマの原書は、大手出版社も積極的に扱うようになり、契約金の高騰で手を出せないものも増えています。我々のような小さな出版社は、ほかが出していないテーマを探し、内容と本造りで勝負するしかありません。『江戸モノの本はたくさんあるけど、スカトロジーでまとまった本はないよな』という発想からつくった『江戸の糞尿学』などもその一例です」  なお本シリーズには、ここまで言及したもの以外にも、『ビデの文化史』『オルガスムの歴史』『“特殊性欲”大百科』などなど、強烈な切り口の作品が多数。今後も驚きのテーマで、読者の知的好奇心をくすぐる作品が出てくることを期待したい。 (文/古澤誠一郎) 内田眞人(うちだ・まさと) 1960年、東京都生まれ。1984年作品社入社。「異端と逸脱の文化史」シリーズのほか、政治経済・思想哲学からビジネスまでさまざまなジャンルの書籍を手がける。翻訳書ではジャック・アタリ、デヴィッド・ハーヴェイ、アントニオ・ネグリなども担当している。
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【1】『おなら大全』 ロミ&ジャン・フェクサス著、高遠弘美訳/97年/3600円/作品社 シリーズ初の書籍。古今東西・老若男女が放つ屁を、驚愕の文献と図像で集成した「おなら百科全書」。

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【2】『フェティシズム全書』 ジャン・ストレフ著、加藤雅郁・橋本克己訳/16年/4800円/作品社 制服、体液、死体など、あらゆるフェティシズムを網羅。奇怪さ、滑稽さ、深淵に迫る。図版1200点を収録。

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【3】『ヴァギナの文化史』 イェルト・ドレント著、塩崎香織訳/05年/2400円/作品社 女性の神秘のベールを剥ぐ禁断の文化史。快楽やオルガスムの神秘から、世界の不可思議な風習、芸術的解剖図、ヴァイブレーターの歴史、最先端医学まで研究・考察している。

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【4】『ヴァイブレーターの文化史―セクシュアリティ・西洋医学・理学療法』 レイチェル・P. メインズ著、佐藤雅彦訳/10年/3200円/論創社 ギリシア・ローマ時代からの性の文化的変遷をたどり、治療器具として技術革新されてきたヴァイブレーターの軌跡を克明に追う。

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【5】『体位の文化史』 A.アルテール、P.シェルシェーヴ著、藤田真利子、山本規雄訳/06年/2800円/作品社 秘蔵の図版を300点掲載。古今東西の性典・資料をもとに、クロマニョン人からパリジャンまで、人類が編み出してきた、体位と性技のすべてをたどる。

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【6】『【図説】ホモセクシャルの世界史』 松原國師著/15年/3800円/作品社 文明の曙であるメソポタミアから5000年の歳月をたどり、男たちが交わしてきた愛の姿を追う、史上初のホモセクシャルの世界史。驚愕のエピソードと、禁断の図版500点収載。

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【7】『男色の日本史』 ゲイリー・P・リュープ著、藤田真利子訳/14年/3200円/作品社 かつて日本の男性のほとんどが、同性との性的快楽を当然のごとく欲していた――。稚児、若衆、女形、陰間たちが繰り広げた華麗なる日本同性愛文化を、世界に知らしめた研究書。

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【8】『性的不能の文化史』 アンガス・マクラレン著、山本規雄訳/16年/3700円/作品社 男性の価値を否定する恐怖の言葉=性的不能。中世には不能者が裁判にかけられ、19世紀の偉人は新婚初夜を恐れた。男らしくあることを追い求めた男性の、受難と苦闘の歴史書。

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【9】『性的不能者裁判―男の性の知られざる歴史ドラマ』 P.ダルモン著、辻由美訳/90年/3000円/新評論 17~18世紀のフランスでは、性的能力がないとみなされた男性は法廷に立たされ、迫害された。時代の不幸な犠牲者たちを描き出す歴史ドラマ。

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【10】『ペニスの文化史』 マルク・ボナール&ミッシェル・シューマン著、藤田真利子訳/01年/2800円/作品社 その働きや大きさで男らしさを象徴し、男性としてのアイデンティティも作り上げるペニス。その存在に民族学・歴史学・神話学・医学・心理学など多彩な側面から迫る文化史。

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【11】『江戸の糞尿学』 永井義男著/16年/2400円/作品社 江戸では糞尿の利用が“循環システム”として完成しており、それは産業であり文化だった。吉原、大奥のトイレ事情から、愛欲の場所としての便所、糞尿趣味まで言及する、江戸の糞尿大全。