人気カクテル・ガール撲殺される――嫉妬が交錯するラスベガス殺人事件

――犯罪大国アメリカにおいて、罪の内実を詳らかにする「トゥルー・クライム(実録犯罪物)」は人気コンテンツのひとつ。犯罪者の顔も声もばんばんメディアに登場し、裁判の一部始終すら報道され、人々はそれらをどう思ったか、井戸端会議で口端に上らせる。いったい何がそこまで関心を集めているのか? アメリカ在住のTVディレクターが、凄惨すぎる事件からおマヌケ事件まで、アメリカの茶の間を賑わせたトゥルー・クライムの中身から、彼の国のもうひとつの顔を案内する。
american_12_1.jpg
右端の女性がシャウナ。カクテル・ガールとして人気を得たであろう華やかな容貌が目を引く。
 ギャンブルとエンターテインメントの街、ラスベガス。煌びやかな世界に吸い寄せられるようにして訪れる観光客の数は年間4000万人を超える。シャウナ・ティアフェイ(当時46歳)は、ド派手なネオンで輝く繁華街を覆うようにして広がる住宅地に暮らし、高級ホテルで働いていた。  完璧なスタイルと美貌を持つ彼女にとって、ギャンブルに勤しむ観光客を相手に酒を運ぶカクテル・ガールの仕事は天職だった。金髪をなびかせてフロアを歩けば、目線を独り占めできた。  シャウナは隣州であるユタ州の保守的な街で育った。その彼女から見れば、砂漠の中に築き上げられたラスベガスは檜舞台だ。28歳の時に移り住み、この仕事を見つけた彼女は、まるでハリウッドスターのようにゴージャスに振る舞い、バーカウンターとフロアの間を往復し続けることで、遅咲きながら自分の価値を知った。飲食店のウェイターのほとんどが客からのチップを重要な収入源としているアメリカで、どうせなら美人にと、気の緩んだ観光客から多額のチップを受け取る彼女の年収は10万ドルを越えた。  2002年にシャウナが働くホテルを訪れたジョージも、彼女の虜になった一人だった。高校時代はアメフトで活躍し、学生の人気投票で選ばれるホームカミング・キングに輝くなど、スクール・カーストの最上層に位置する典型的なジョックだ。卒業後は陸軍士官学校に入学、軍隊経験を経て消防士として働いていた彼は、人望も厚く、精悍な顔立ちで、笑うと白い歯が印象的な男性。消防署が発行するカレンダーには7月の顔として彼の顔が印刷された。  出会うべくして出会った2人はすぐに恋に落ちた。そして恋に仕事に精を出す傍ら、ジョージはボランティアに尽くし、感謝祭を迎えるたび、ホームレスに暖かいスープを配った。シャウナも、大好きなピンク色のカップケーキを同僚の誕生日にプレゼントし続けるなど、気遣いを忘れないそのキャラクターもあって、周囲からも評判のカップルとなっていった。交際から1年後には娘が誕生。それをきっかけに、2年後にハワイで豪華な挙式を上げた。若い美男美女の2人は無敵だった。  しかし、結婚から数年経つと、シャウナはジョージに少しずつ疑問を抱くようになる。彼はその面倒見の良さから、親しくなったホームレスの男性に自宅の雑用仕事を任せていたのだが、シャウナは彼が雇った男性に馴染めずにいた。 「気味が悪いわ。家の周りにホームレスの男がうろついているのよ」  周囲に愚痴をこぼし始めたシャウナであったが、ジョージは男性を雇い続けた。そしてハワイでの挙式から2年後、2人の関係を揺るがす出来事が起きる。08年の住宅バブルの崩壊を機に、ジョージは大金を失ってしまったのだ。  この頃から彼は、華やかな世界に身を置くシャウナに嫉妬心を持ち始める。彼女の仕事に批判的になっていったジョージは商売に必要な衣装を蔑み、彼女を娼婦扱いし出した。自分の価値を教えてくれたカクテル・ガールを侮辱されることは、シャウナにとっては許しがたかった。やがてジョージは、ついに彼女に手を上げるようになる。2012年4月、関係の悪化を食い止められない現実を知った彼女は、娘への悪影響を考えて家を出て行くことを決意したのだった。

殺害は別居からわずか5カ月後のことだった

american_12_2.jpg
ハワイでの挙式時の一家。
 とはいえ、シャウナはジョージと離婚したいわけではなかった。結婚から8年という時間が生み出した溝から距離を置きたかっただけだ。2人はカウンセリングを受けて解決の糸口を探していたし、娘の親権を共有し、お互いの家を行き来することを決めていた。そうした前向きな計画をもとに始まった新生活だったが、間もなくしてシャウナの身辺に異変が生じ始める。  12年9月4日、彼女が1人暮らしをするアパートメントに泥棒が入る。盗まれたのは結婚指輪やビキニパンツ。そして部屋には、なぜか男物の下着が残されていた。煌びやかな世界で働く者にとって、ストーカーによる犯行の可能性もある奇妙な窃盗事件は、彼女をひどく動揺させた。そしてこの出来事は、直後に彼女を待っていた悲劇の始まりにすぎなかった。  9月29日午前3時01分。いつも通り勤務を終えたシャウナは、ホテルを後にして家路へと着いた。別居から5カ月目、夫も娘もいない部屋のドアを開け、誰もいないはずのベッドルームへと向かうと突然、シャウナは頭にとてつもない衝撃を受ける。彼女は寝室で待ち伏せしていた人物に、ハンマーで頭をめった打ちにされ殺害された。  同日午前9時頃、24時間勤務を終えたジョージは、娘をシャウナの元へ届けるために彼女のアパートメントを訪れる。そこで彼が目の当たりにしたのは、血の海と化したベッドルームで変わり果てたシャウナの姿だった。彼はパニックになりながら警察へと通報した。 「妻が…… 床に……血だらけで動かないんです……」

“グレイハウンド”の異名を持つ殺し屋

 悲劇の夫として通報をしたジョージだが、警察は彼への疑いを強めていた。しかし、殺害当時は24時間勤務に就いており、犯行は不可能。警察は直前に窃盗事件があったことから、ストーカーによる殺害の可能性も含めて捜査を開始する。この事件を耳にしたラスベガスのカクテル・ガール達は、我が身にも降り注ぎかねない惨劇に恐怖に陥った。  ところが事件の翌日、1本の通報から捜査は早くも進展を迎える。地元でメンテナンス業をする男性が、知人からシャウナ殺害を告白されたというのだ。殺害を仄めかしていたのは、ノエル・スティーブンスというホームレス。猟犬“グレイハウンド”の異名を持つ危険な男だった。警察は、ノエルが頻繁に訪れるというデリで彼を発見。ドラッグディーラーの顔をも持つ彼は、違法ドラッグを所持していたため、身柄の拘束に成功する。そしてダウンタウンから車で30分ほどの場所に位置する砂漠地帯に張られた彼のテントから、シャウナの部屋から盗まれたビキニパンツを発見した。さらにテントの近くには、シャウナの血が付着したノエルのジーンズが捨てられていた。だが、彼とシャウナの関係は一体どこにあったのか? そしてなぜ、ノエルは彼女を殺害したのか?――その最大の疑問への答えは、男の携帯電話にあった。  ノエルが所持していた携帯電話の通話履歴を調べると、ジョージの名が現れた。シャウナ殺害までの1カ月間、2人は87回にも及ぶやり取りを重ねていた。さらにラスベガスのホームセンターの防犯カメラには、殺害時に使用されたハンマーを購入する2人の姿が捉えられていた。  決定的な証拠を突きつけられたノエルは、彼女の殺害を自供。ジョージから5000ドルの報酬で殺害を請け負ったこと。前金として600ドルをすでに受け取ったこと。そして、殺害をジョージに報告した時、彼が満足げにほほ笑んだことを語った。  ノエル逮捕により、捜査の手が自身にも迫っていることに気付いたジョージは、全てを終わらせようとしていた。高速道路を時速144kmで走行し、フェンスに衝突し自殺を図る。しかし、装着していたシートベルトによって自殺は失敗に終わった。駆けつけた警察官にシャウナ殺害の容疑を突き付けられた彼は、落ち着いた様子で「分かった」と口にした。  13年1月、実行犯のノエルは死刑を回避するための司法取引に応じて終身刑となった。逮捕後のジョージは無罪を主張し、裁判で争う姿勢を見せたが、ノエルによる証言をもとに15年9月、陪審員は有罪を下した。彼に課された量刑は終身刑だった。  当局は、ジョージによるシャウナ殺害計画の動機として、関係の悪化から離婚を突き付けられ、財産をシャウナに持っていかれることを恐れていたため、と発表している。  ラスベガスを愛し、カクテル・ガールとして成功を遂げたシャウナ。彼女の墓には、大好きだったピンク色の花が供えられ続けている。 井川智太(いかわ・ともた) 1980年、東京生まれ。印刷会社勤務を経て、テレビ制作会社に転職。2011年よりニューヨークに移住し日系テレビ局でディレクターとして勤務。その傍らライターとしてアメリカの犯罪やインディペンデント・カルチャーを中心に多数執筆中。

人気カクテル・ガール撲殺される――嫉妬が交錯するラスベガス殺人事件

――犯罪大国アメリカにおいて、罪の内実を詳らかにする「トゥルー・クライム(実録犯罪物)」は人気コンテンツのひとつ。犯罪者の顔も声もばんばんメディアに登場し、裁判の一部始終すら報道され、人々はそれらをどう思ったか、井戸端会議で口端に上らせる。いったい何がそこまで関心を集めているのか? アメリカ在住のTVディレクターが、凄惨すぎる事件からおマヌケ事件まで、アメリカの茶の間を賑わせたトゥルー・クライムの中身から、彼の国のもうひとつの顔を案内する。
american_12_1.jpg
右端の女性がシャウナ。カクテル・ガールとして人気を得たであろう華やかな容貌が目を引く。
 ギャンブルとエンターテインメントの街、ラスベガス。煌びやかな世界に吸い寄せられるようにして訪れる観光客の数は年間4000万人を超える。シャウナ・ティアフェイ(当時46歳)は、ド派手なネオンで輝く繁華街を覆うようにして広がる住宅地に暮らし、高級ホテルで働いていた。  完璧なスタイルと美貌を持つ彼女にとって、ギャンブルに勤しむ観光客を相手に酒を運ぶカクテル・ガールの仕事は天職だった。金髪をなびかせてフロアを歩けば、目線を独り占めできた。  シャウナは隣州であるユタ州の保守的な街で育った。その彼女から見れば、砂漠の中に築き上げられたラスベガスは檜舞台だ。28歳の時に移り住み、この仕事を見つけた彼女は、まるでハリウッドスターのようにゴージャスに振る舞い、バーカウンターとフロアの間を往復し続けることで、遅咲きながら自分の価値を知った。飲食店のウェイターのほとんどが客からのチップを重要な収入源としているアメリカで、どうせなら美人にと、気の緩んだ観光客から多額のチップを受け取る彼女の年収は10万ドルを越えた。  2002年にシャウナが働くホテルを訪れたジョージも、彼女の虜になった一人だった。高校時代はアメフトで活躍し、学生の人気投票で選ばれるホームカミング・キングに輝くなど、スクール・カーストの最上層に位置する典型的なジョックだ。卒業後は陸軍士官学校に入学、軍隊経験を経て消防士として働いていた彼は、人望も厚く、精悍な顔立ちで、笑うと白い歯が印象的な男性。消防署が発行するカレンダーには7月の顔として彼の顔が印刷された。  出会うべくして出会った2人はすぐに恋に落ちた。そして恋に仕事に精を出す傍ら、ジョージはボランティアに尽くし、感謝祭を迎えるたび、ホームレスに暖かいスープを配った。シャウナも、大好きなピンク色のカップケーキを同僚の誕生日にプレゼントし続けるなど、気遣いを忘れないそのキャラクターもあって、周囲からも評判のカップルとなっていった。交際から1年後には娘が誕生。それをきっかけに、2年後にハワイで豪華な挙式を上げた。若い美男美女の2人は無敵だった。  しかし、結婚から数年経つと、シャウナはジョージに少しずつ疑問を抱くようになる。彼はその面倒見の良さから、親しくなったホームレスの男性に自宅の雑用仕事を任せていたのだが、シャウナは彼が雇った男性に馴染めずにいた。 「気味が悪いわ。家の周りにホームレスの男がうろついているのよ」  周囲に愚痴をこぼし始めたシャウナであったが、ジョージは男性を雇い続けた。そしてハワイでの挙式から2年後、2人の関係を揺るがす出来事が起きる。08年の住宅バブルの崩壊を機に、ジョージは大金を失ってしまったのだ。  この頃から彼は、華やかな世界に身を置くシャウナに嫉妬心を持ち始める。彼女の仕事に批判的になっていったジョージは商売に必要な衣装を蔑み、彼女を娼婦扱いし出した。自分の価値を教えてくれたカクテル・ガールを侮辱されることは、シャウナにとっては許しがたかった。やがてジョージは、ついに彼女に手を上げるようになる。2012年4月、関係の悪化を食い止められない現実を知った彼女は、娘への悪影響を考えて家を出て行くことを決意したのだった。

殺害は別居からわずか5カ月後のことだった

american_12_2.jpg
ハワイでの挙式時の一家。
 とはいえ、シャウナはジョージと離婚したいわけではなかった。結婚から8年という時間が生み出した溝から距離を置きたかっただけだ。2人はカウンセリングを受けて解決の糸口を探していたし、娘の親権を共有し、お互いの家を行き来することを決めていた。そうした前向きな計画をもとに始まった新生活だったが、間もなくしてシャウナの身辺に異変が生じ始める。  12年9月4日、彼女が1人暮らしをするアパートメントに泥棒が入る。盗まれたのは結婚指輪やビキニパンツ。そして部屋には、なぜか男物の下着が残されていた。煌びやかな世界で働く者にとって、ストーカーによる犯行の可能性もある奇妙な窃盗事件は、彼女をひどく動揺させた。そしてこの出来事は、直後に彼女を待っていた悲劇の始まりにすぎなかった。  9月29日午前3時01分。いつも通り勤務を終えたシャウナは、ホテルを後にして家路へと着いた。別居から5カ月目、夫も娘もいない部屋のドアを開け、誰もいないはずのベッドルームへと向かうと突然、シャウナは頭にとてつもない衝撃を受ける。彼女は寝室で待ち伏せしていた人物に、ハンマーで頭をめった打ちにされ殺害された。  同日午前9時頃、24時間勤務を終えたジョージは、娘をシャウナの元へ届けるために彼女のアパートメントを訪れる。そこで彼が目の当たりにしたのは、血の海と化したベッドルームで変わり果てたシャウナの姿だった。彼はパニックになりながら警察へと通報した。 「妻が…… 床に……血だらけで動かないんです……」

“グレイハウンド”の異名を持つ殺し屋

 悲劇の夫として通報をしたジョージだが、警察は彼への疑いを強めていた。しかし、殺害当時は24時間勤務に就いており、犯行は不可能。警察は直前に窃盗事件があったことから、ストーカーによる殺害の可能性も含めて捜査を開始する。この事件を耳にしたラスベガスのカクテル・ガール達は、我が身にも降り注ぎかねない惨劇に恐怖に陥った。  ところが事件の翌日、1本の通報から捜査は早くも進展を迎える。地元でメンテナンス業をする男性が、知人からシャウナ殺害を告白されたというのだ。殺害を仄めかしていたのは、ノエル・スティーブンスというホームレス。猟犬“グレイハウンド”の異名を持つ危険な男だった。警察は、ノエルが頻繁に訪れるというデリで彼を発見。ドラッグディーラーの顔をも持つ彼は、違法ドラッグを所持していたため、身柄の拘束に成功する。そしてダウンタウンから車で30分ほどの場所に位置する砂漠地帯に張られた彼のテントから、シャウナの部屋から盗まれたビキニパンツを発見した。さらにテントの近くには、シャウナの血が付着したノエルのジーンズが捨てられていた。だが、彼とシャウナの関係は一体どこにあったのか? そしてなぜ、ノエルは彼女を殺害したのか?――その最大の疑問への答えは、男の携帯電話にあった。  ノエルが所持していた携帯電話の通話履歴を調べると、ジョージの名が現れた。シャウナ殺害までの1カ月間、2人は87回にも及ぶやり取りを重ねていた。さらにラスベガスのホームセンターの防犯カメラには、殺害時に使用されたハンマーを購入する2人の姿が捉えられていた。  決定的な証拠を突きつけられたノエルは、彼女の殺害を自供。ジョージから5000ドルの報酬で殺害を請け負ったこと。前金として600ドルをすでに受け取ったこと。そして、殺害をジョージに報告した時、彼が満足げにほほ笑んだことを語った。  ノエル逮捕により、捜査の手が自身にも迫っていることに気付いたジョージは、全てを終わらせようとしていた。高速道路を時速144kmで走行し、フェンスに衝突し自殺を図る。しかし、装着していたシートベルトによって自殺は失敗に終わった。駆けつけた警察官にシャウナ殺害の容疑を突き付けられた彼は、落ち着いた様子で「分かった」と口にした。  13年1月、実行犯のノエルは死刑を回避するための司法取引に応じて終身刑となった。逮捕後のジョージは無罪を主張し、裁判で争う姿勢を見せたが、ノエルによる証言をもとに15年9月、陪審員は有罪を下した。彼に課された量刑は終身刑だった。  当局は、ジョージによるシャウナ殺害計画の動機として、関係の悪化から離婚を突き付けられ、財産をシャウナに持っていかれることを恐れていたため、と発表している。  ラスベガスを愛し、カクテル・ガールとして成功を遂げたシャウナ。彼女の墓には、大好きだったピンク色の花が供えられ続けている。 井川智太(いかわ・ともた) 1980年、東京生まれ。印刷会社勤務を経て、テレビ制作会社に転職。2011年よりニューヨークに移住し日系テレビ局でディレクターとして勤務。その傍らライターとしてアメリカの犯罪やインディペンデント・カルチャーを中心に多数執筆中。

三代目JSBが女優・黒川芽以をビッチ呼ばわり! 元旦早々炎上するEXILE一族のSNS事情

1701_exile.jpg
『Born in the EXILE』
 正月早々EXILE一族がSNSで炎上騒動を起こしている。1月1日元旦の早朝、三代目J Soul Brothers(以下、三代目JSB)のメンバーであるELLYが動画ストリーミングアプリ「Periscope」にあげた動画が火種だ。 「31日の『CDTVスペシャル!年越しプレミアライブ』(TBS)出演を終えたLDHのタレントたちが忘年会を行い、その帰りの車内でELLYがファンに向けて生配信を行ったようですが、どうも酔っ払っていたようで酷い暴言を吐いており、さすがのファンたちも呆れ顔だった」(芸能記者)  その動画の内容は、「俺らは真面目に頑張っている」「バカみたいなネットニュースとか、バカみたいな週刊誌はほっといていい」「俺らはダンスと歌とエンターテインメントを頑張っているだけ」といった、週刊誌やウェブニュースへの苦言が主だった。 「バカみたいな週刊誌というのは『週刊文春』のことですかね。昨年は『三代目JSB 1億円でレコード大賞買収の「決定的証拠」』という記事をすっぱ抜かれ、LDH社内も相当慌てふためいたそうです。売れっ子タレントも増え、今後さらにスキャンダル対応が大変になっていくことを見越してなのか、社内には週刊誌対策室が設けられたという噂も聞きます。ことレコード大賞に関しては、受賞時に喜んで涙を流していた三代目のメンバーもいましたから、タレント本人からしてみれば忸怩たる思いがあるでしょう。酔った勢いにまかせて、それが噴出したんですかね(苦笑)」(芸能事務所スタッフ)  しかし、この動画の問題は別のところにあった。車内での女性の声とLDHの若手タレントによる以下のようなやりとりが、動画のはじめに流されたのである。 女性の声「これ、黒川や。黒川芽以。これ見て」 ELLY「黒川…ビッチ」 LDHタレントの声「めっちゃ綺麗じゃん」 女性の声「芽以がな、メンディーさん」(以下聞こえづらい) LDHタレントの声「マジで?ほんとに」(以下聞こえづらい) メンディーと思しき声「いただきます」  ここでいわれる「黒川芽以」は、NHK朝の連続テレビ小説『風のハルカ』や『ケータイ刑事 銭形泪』などで知られる、女優の黒川芽以のことではないかと思われる。黒川とEXILE・関口メンディーがどのような関係かは、この動画からはわからないが、問題はそんな黒川を"ビッチ"呼ばわりするシーンが収録されていることだろう。  言わずもがな「ビッチ」は女性に対する罵倒語であり、日本語で使われる場合は「複数の男性と肉体関係を持っている女性、またはそのような雰囲気の女性」を指して罵る言葉である。 「HIPHOPカルチャーの中では女性ラッパーが自らをビッチと呼ぶ例や、“イケてる女”などほかの意味で使われるケースがあり、そういったカルチャーに慣れ親しんでいるELLYは何の気なしに口にしたんだと思うのですが、この発言ばかりは軽率だったと思います。黒川側も良い気はしないでしょうし……。この失言に気づいたファンたちは、『早く動画を消した方がいい』とELLY本人にリプライを送っていましたが、結局2~3時間放置されたままでした。削除したあとも、弁明や黒川に対する謝罪などはありません」(前出・芸能記者)  昨年のレコ大一億円報道やEXILEの活動一時休止などでヤキモキしているファンも多いと思われるが、今回の件もファンたちの心配をさらに煽る結果となってしまったようだ。

三代目JSBが女優・黒川芽以をビッチ呼ばわり! 元旦早々炎上するEXILE一族のSNS事情

1701_exile.jpg
『Born in the EXILE』
 正月早々EXILE一族がSNSで炎上騒動を起こしている。1月1日元旦の早朝、三代目J Soul Brothers(以下、三代目JSB)のメンバーであるELLYが動画ストリーミングアプリ「Periscope」にあげた動画が火種だ。 「31日の『CDTVスペシャル!年越しプレミアライブ』(TBS)出演を終えたLDHのタレントたちが忘年会を行い、その帰りの車内でELLYがファンに向けて生配信を行ったようですが、どうも酔っ払っていたようで酷い暴言を吐いており、さすがのファンたちも呆れ顔だった」(芸能記者)  その動画の内容は、「俺らは真面目に頑張っている」「バカみたいなネットニュースとか、バカみたいな週刊誌はほっといていい」「俺らはダンスと歌とエンターテインメントを頑張っているだけ」といった、週刊誌やウェブニュースへの苦言が主だった。 「バカみたいな週刊誌というのは『週刊文春』のことですかね。昨年は『三代目JSB 1億円でレコード大賞買収の「決定的証拠」』という記事をすっぱ抜かれ、LDH社内も相当慌てふためいたそうです。売れっ子タレントも増え、今後さらにスキャンダル対応が大変になっていくことを見越してなのか、社内には週刊誌対策室が設けられたという噂も聞きます。ことレコード大賞に関しては、受賞時に喜んで涙を流していた三代目のメンバーもいましたから、タレント本人からしてみれば忸怩たる思いがあるでしょう。酔った勢いにまかせて、それが噴出したんですかね(苦笑)」(芸能事務所スタッフ)  しかし、この動画の問題は別のところにあった。車内での女性の声とLDHの若手タレントによる以下のようなやりとりが、動画のはじめに流されたのである。 女性の声「これ、黒川や。黒川芽以。これ見て」 ELLY「黒川…ビッチ」 LDHタレントの声「めっちゃ綺麗じゃん」 女性の声「芽以がな、メンディーさん」(以下聞こえづらい) LDHタレントの声「マジで?ほんとに」(以下聞こえづらい) メンディーと思しき声「いただきます」  ここでいわれる「黒川芽以」は、NHK朝の連続テレビ小説『風のハルカ』や『ケータイ刑事 銭形泪』などで知られる、女優の黒川芽以のことではないかと思われる。黒川とEXILE・関口メンディーがどのような関係かは、この動画からはわからないが、問題はそんな黒川を"ビッチ"呼ばわりするシーンが収録されていることだろう。  言わずもがな「ビッチ」は女性に対する罵倒語であり、日本語で使われる場合は「複数の男性と肉体関係を持っている女性、またはそのような雰囲気の女性」を指して罵る言葉である。 「HIPHOPカルチャーの中では女性ラッパーが自らをビッチと呼ぶ例や、“イケてる女”などほかの意味で使われるケースがあり、そういったカルチャーに慣れ親しんでいるELLYは何の気なしに口にしたんだと思うのですが、この発言ばかりは軽率だったと思います。黒川側も良い気はしないでしょうし……。この失言に気づいたファンたちは、『早く動画を消した方がいい』とELLY本人にリプライを送っていましたが、結局2~3時間放置されたままでした。削除したあとも、弁明や黒川に対する謝罪などはありません」(前出・芸能記者)  昨年のレコ大一億円報道やEXILEの活動一時休止などでヤキモキしているファンも多いと思われるが、今回の件もファンたちの心配をさらに煽る結果となってしまったようだ。

2017年はアンジャッシュ児嶋が大ブレイクする? そのワケとは!?

1612_anja.jpg
『アンジャッシュ ベストネタライブ「キンネンベスト」』
 16年はピコ太郎が最後においしいところを全部持っていった感があるが、今年のお笑い界はあの男が大ブレイクすると言われている。あの男とは一体だれか? 「ズバリ、アンジャッシュの児嶋一哉ですよ」  と断言するのは某民放テレビ局プロデューサーだ。さらにこう続ける。 「といっても、芸人ではなく俳優としてです。バラエティでは、『お前誰だよ?』『児嶋だよ!』というテッパンのやり取りが定着し、いじられキャラが定位置となっていますが、ドラマや映画界では今や完全に『児嶋さん』。価値が全然違うんですよ」  児嶋が芝居の仕事をするきっかけとなったのは08年、黒澤清監督の映画『トウキョウソナタ』だった。本人はそれほど俳優業に興味はなかったと言うが、そのときの演技がキャスティング関係者の目に止まり、木村拓哉主演の映画『HERO』で、松たか子演じる雨宮舞子検事のお見合い相手の弁護士役を演じたほか、『ルーズヴェルト・ゲーム』(TBS系)、『花咲舞が黙ってない』(日本テレビ系)など数々の話題作に出演している。 「ギャラが1話20万円程度と安いのも起用される理由ですが、演技が下手だったらいくら安くても声がかかるわけがない。16年もさまざまなドラマ、映画で重宝されていましたが、高評価を加速させたのはNHK大河ドラマ『真田丸』に出演したこと。脚本家の三谷幸喜に大絶賛されたという噂が広がり、ワンランク上のポジションでのオファーが殺到しているようです。当然、稼ぎも変わってきますし、お笑いをしている場合じゃないでしょう。とりわけNHKは、18年の大河ドラマ『西郷どん』でかなり重要な役を任せようとしているほど評価しているといいます」(前出・民放プロデューサー)  相方の渡部建は「褒めキャラ」や「グルメ」で仕事の幅を広げ、佐々木希との熱愛報道でも注目を浴びた。「じゃないほう」芸人と呼ばれ続けた児嶋だが、ついに立ち位置が逆転するかもしれない。

「紅白」を外され落胆の有働由美子アナを“あの男”が狙い撃ち!?

1612_asaichi.jpg
NHK「あさイチBLOG」より
 NHKの有働由美子アナ獲得に“あの男”が動き出す? 「あさイチ」のMCを務める有働アナには毎年のようにフリー転身話が持ち上がってきたが、いよいよ現実味を帯びてきたようだ。芸能関係者が明かす。 「高視聴率を記録した大河ドラマ『真田丸』のナレーションを務めていたこともあり、有働アナは早い時期から周囲に『紅白の司会は私しかいない』と宣言するなど、やる気マンマンでした。ところが、先月24日に武田真一アナが総合司会を務めることが発表され、彼女はこれにショックを受けたようです」 『紅白』の矢島プロデューサーは、有働アナが外れた理由を2020年の東京五輪までの4カ年計画のスタートの年のため、2012年から出演し続けている有働アナから切り替えたかったと説明している。 「ところが、有働アナ本人は47歳という年齢を理由に外されたと受け取っているようです。あらためて『女子アナ』にはアナウンス技術や話術だけでは超えられない“年齢の壁”があることを実感し、フリーになるには『あさイチ』で知名度が上がっている今しかないとの思いを強めたといいます」(前出・芸能関係者)  そんな有働アナの心の変化を察知し、スカウトに動いているのが宮根誠司だという。 「宮根は所属事務所の役員を務めていることから、局アナのスカウトには熱心。事務所が潤えば、タレント業以外に役員報酬が得られますからね。羽鳥慎一や田中みな実を獲得したのもそういう理由です。現在は『好きなアナウンサーランキング』で5連覇を達成した日本テレビの桝太一アナウンサーに目をつけていたようですが、ここにきて有働アナもリスト入りしたそうです」(前出・芸能関係者)  寵愛を受けていた籾井勝人会長も来年1月に退任の見通しとなったこともあり、年明け早々にも有働アナが決断する可能性もありそうだ。

星野源は「子犬の目をした脅迫者」? 『逃げ恥』が描いた、普通の人々の「普通じゃない」美しさ

――女性向けメディアを中心に活躍するエッセイスト・高山真が、世にあふれる"アイドル"を考察する。超刺激的カルチャー論。
1612_nigehaji.jpg
TBS系ドラマ『逃げるは恥だが役に立つ』HPより。
「親子や兄弟姉妹ですら合わない部分があるのが当然なのだから、違う家庭で育ってきた者同士が合わない部分があるのは当たり前。そんな『当然』や『当たり前』を、『困る』とか『つらい』に変換するクセがついてしまうと、ふたりの間にあるパワーを奪ってしまう。そんなもったいないことって、ない」 「それを踏まえたうえで、ふたりで、たくさん話し合いましょう『どちらかが折れることを前提とした話し合い』ではなく、『どちらの望みもある程度取り入れるための話し合い』をね」 「知りたい。知ってもらいたい。その努力を惜しんだら、おしまい」 「面倒くさいといえばそのとおりかもしれないけれど、それは新しい人間関係を構築する際、避けては通れない面倒くささだと思います」 ・・・・・・・・・・・・  上の文章は、今年発売した私の本『恋愛がらみ。 ~不器用スパイラルからの脱出法、教えちゃうわ』(小学館)からの、ほぼ原文の写しです。手前味噌の極みと思われても仕方ないオープニングで恐縮です。私の本は、『Oggi』というファッション誌で10年ほど連載していたエッセイから「恋愛がらみ」に特化したものをまとめたものでして、写した文章は、だいたい3~8年前くらいに『Oggi』にて最初に発表したものではなかったか、と記憶しています。  本当に僭越極まりないのですが、ドラマ『逃げるは恥だが役に立つ』(TBS系)の最終回を見ながら、「ああ、こういうこと書いてたわ」と思い返していました。  それにしても本当に面白いドラマでした。ラブコメドラマ(要するに「ハッピーエンドで終わらせることが至上命題」のドラマ)の最終回で、これほどまでに「めんどくさい」「面倒」という単語が出てきたドラマは、いままでになかったと思います。  最終回の1つ前の回で、平匡は「脱・童貞」を果たし、何やらおかしな方向に進んでいきました。「かわいい嫉妬」の体をとってはいましたが、みくりの仕事先のひとつをぶった切る。「異性が働いている場所でバイトなんかすんな」とか言って、恋人の経済のヒモを切っていくような精神的童貞や処女はけっこういます。しかし、それを35歳の平匡がやるようになるとは。平匡本人がどんなに多忙であっても、「家事のプロ」としてみくりが作ったおかずが大失敗に終わっても、料理にはきちんとポジティブな感想を出していたのに、「美味しい」とも言わなくなる。そして、「みくりが『対価の発生する、仕事』だからこそ完璧にこなしていた」家事全般を、「無償のもの」として計算し、ライフプランを立てて、ドヤ顔のプロポーズをカマす…。そんなとんちんかんなドヤ感たっぷりの提案にみくりが異議を申し立てれば、自分が悪手ばかりを打っていることに気づかないまま、「みくりさんは、僕のことが好きではないということですか?」(訳/僕のことが好きなら●●してくれるものじゃないの?)と、子犬の目で恫喝にかかる…。ええ、あれは「子犬の目をした脅迫者」としか言えない表情でした(星野源、まったくうなってしまうほどの名演です)。そのシーンの20~30分ほど前、「平匡さんは、可愛すぎる」「可愛いは最強です。可愛いには絶対服従です!」と言っていたみくりが、決然と「それは、好きの搾取です!」と言い返したシーンでは、「よくぞ言った!」と画面に声をかけてしまったほどです。このシーン、ブラック企業による「やりがいの搾取」を痛烈に批評した、みくりのセリフと対になっているあたり、この作品自体の構成のうまさにも感じ入りました。  で、最終回。実を言うとこの最終回のいちばんの“ドリーム”は、「平匡が、『嫌な意味でも男になってしまった』自分自身を、序盤ですぐに反省する」という点ですが、これはこれで仕方がない。というのも、「避けては通れない面倒くささをきっちり描くためには、かなりの尺が必要である…。そんな判断を制作側がした」ということが、すぐにわかる作りになっていたからです。  CMとオープニング&エンディングを除けば正味60分を切るだろう時間の中で、制作側は、「みくりと平匡の話し合い」というか「すり合わせ会議」を、ドラマ前半の中になんと3回も入れています。そのうち1回は、家に仕事を持ち帰ったみくりがしっちゃかめっちゃかになっている状態のとき。そんなときであっても、「話し合い」「すり合わせ」は必要である、という根幹から、このドラマは逃げていなかった。  他人と関係を結んでいくのは、それが「結婚」という形をとっていようといまいと、本当にめんどくさい。当たり前のことだから、つらかったり困ったりということではないけれど、ものすごくめんどくさい。そんな厳然たる事実を、パロディを使ってポップに演出してはいましたが、正面切って描いていた。それだけでも称賛に価するドラマだったと私は思います。  当然、どちらか一方がしっちゃかめっちゃかなときは、ただでさえめんどくさい「話し合い」なんて、うまくいくはずがありません。みくりは、平匡に投げやりな態度で「(この関係を)やめるなら、いまです」みたいな捨て台詞を吐き、家での仕事場所(浴室)にこもって扉を閉めてしまいます。  それに対し、平匡は、「いままで自分は、周囲に壁を作っていたけど、いまはみくりさんが、それをしている」「自分の壁をノックしてくれたみくりさんに、いま自分ができることは…」と心の中で回想し、みくりがこもる浴室のドアをノックし、扉を開けないまま、話し出すのです。 「生きていくのって、めんどくさいんです。それはひとりでもふたりでも同じで、それぞれ別のめんどくささがあって。どっちにしてもめんどくさいんだったら、一緒にいるのも手じゃないでしょうか」 「みくりさんは自分のことを普通じゃないと言ったけど、僕からしたら、いまさらです。(中略)世間の常識からすれば、僕たちは最初から普通じゃなかった。いまさらですよ」  そう言いながら、浴室の扉にかけた平匡の手は、その扉を開けることなく、平匡は静かにその場を離れます。  平匡のモノローグは「みくりさんは僕が作った壁をノックしてくれた」的なものだったのですが、実のところ、みくりのノックとは、初期~中期の平匡にとってはむしろ「壁を蹴破る」くらいの勢いのものでした。 「結婚してよ!」 「私の恋人になってもらえませんか?」 「スキンシップはどうでしょう?」 「バカ!」 「いいですよ、そういうことしても(←平匡にとって人生初のセックスのお誘い)」  どれもこれも、「童貞の壁」(しかも35歳)を粉々にする破壊力だったことでしょう。対して、平匡のノックは、文字通りの「ノック」であり、それも「扉を開けない」「壁は破らない」繊細さを持ったものでした。「女子の心の壁を破壊して、その心に入りこんで来るパワーを持つ男子」と、「心の壁を破られ、交際を始めて、つきあいが深まるにつれ徐々に男子のパワーの中に繊細さを加味していく女子」の組み合わせがそのほとんどを占める日本のラブコメ作品において、それは明らかに「普通じゃなかった」のです。「普通じゃなかった」のは、単に「ふたりは契約結婚からのスタート」ということだけではなかったわけです。  冒頭に続き私個人の話をして恐縮ですが、私は初恋のときから、自分が「普通じゃない」ことを自覚していました。ドがつく田舎に生まれたゲイで、初恋は35年以上前のことでしたから。そこからは「普通でない自分」をいかに受け入れ、その次は、そんな自分を受け入れてくれる他者(性愛の相手であれ、友情の相手であれ)をいかに探すか、という道を歩いてきたのです。そして、私はこのドラマで、「ノンケの男女の相当数もまったく同じことをしている」ということを、あらためて確認した思いです。  みくりは、「こざかしくて、めんどくさい女」という自己イメージ(明らかに「私フツーに女らしくないでしょ」という自己認識です)ゆえに、自分自身にどうしても低い点数をつけてしまう人間だった。平匡は、「ゲイはイケメンとみたら誰彼かまわず襲いかかる」「ゲイは男性の目線と女性の目線をあわせもつ」みたいな偏見丸出しの分析をしながらも、自分の分析をされるとムッとし、そしてムッとする自分自身の器の小ささ(明らかに平匡が「男らしさ」と形容しているだろう性格の対極にあるものです)に悩む日々が続く。ま、救いなのは、そんな自分の偏見や器の小ささを反省し、即座に成長の跡を見せることですが。ちなみに、「男目線」とか「女目線」とか、そんなものはありません。そんなザックリしたものは存在しないし、ヘテロであろうとゲイであろうと、個人個人が持っているのは「私の目線」「僕の目線」だけです。そういうことを、このドラマで風見(人間関係の機微をきちんとわかっているが、ややいたずらが過ぎるイケメン)がきちんと言及していたのには目を見張りました。  また、石田ゆり子演じる、みくりの伯母・百合(ゆりちゃん)は、若さを武器に自分に牙をむく20代中盤の女子に、「多くの女性にとって、『加齢は不幸でしかない』という『普通』が、女性たちの呪いになっている」という現実を指摘しながら、「あなたがいま『価値がない』と切り捨てたものが、あなたの未来になるなんて、そんな恐ろしい呪い(要するに、普通)からは、さっさと逃げてしまいなさい」と優しく諭す。しかし、そう言いながらも百合は、自分のほうが17歳年上である風見との恋愛に、「普通の価値観」にとらわれてギリギリまで踏み出せなかったりする(最後に踏み出せて、ゆりちゃん自身も呪縛から解き放たれて、本当によかった)。  ゆりちゃんの部下である若い女性・堀内は、アメリカからの帰国子女であるがゆえに、「普通の日本人」「普通のアメリカ人」からはみ出してしまう自分自身を自覚しつつ、自分自身をはみ出させようとする「普通の日本人像」と戦っている。同じくゆりちゃんの部下である若い男性・梅原は、ゲイであるがゆえに「普通のノンケの男女」からはみ出している自分を自覚している。そして「ノンケの普通」が回している「この世界の日常生活」では会えないからこそ、ゲイの出会い系アプリを使う。「普通のノンケの男女」に対する嫉妬も認めている。会社の人間関係でカミングアウトをするのは、心から信頼した堀内だけ。その堀内にも、「ナイショな」と、アウティング(自分の望まない人間関係にまで秘密をバラされてしまうこと)に対する牽制を忘れない。「普通じゃない」ゆえに、そこまで周到なことをしなくてはいけないことを、骨身に染みてわかっている。まだ見ぬ意中の人・沼田と出会った瞬間、その場に居合わせた、信頼する上司のゆりちゃんにもカミングアウトしたのも同然なのですが、ここにゆりちゃん以外の会社の人間がいたら、梅原は、沼田の前でまったく素知らぬ顔をしただろうと断言できます。  男だろうと女だろうと、ノンケだろうとゲイだろうと、何歳であろうと、どんな人生を送っていようと、誰もがそれぞれに「普通じゃない」部分を抱えている。平匡が最終回で「僕たちは最初から普通じゃなかった」と気づき、風見は第4話だったかな「普通って誰が決めるんだろう。くだらない」と口にしていたように。  それぞれの「普通じゃない」部分は、当然、それぞれに違っています。そして、「それぞれに違っている部分」それが、個性になる。「それぞれに違っている部分」こそが、多数決でなんとなく決められてしまっている「●●らしさ」(●●には、男とか女とかオジサンとかオバサンとかノンケとかLGBTとか日本人とか、とにかく好きな単語を入れてOK)ではなく、「自分らしさ」になる……。そのことをこれだけはっきり言い切った日本のドラマを、私はほかに知りません。  お互いの「普通じゃない」を認め合うこと。認め合ったうえで、めんどくさいことから逃げずに、ノックし合うこと。そして、変わりゆく関係性に対して敏感であろうと努めること。コミュニケーションの本質は、まさにそこにあると私は思っています。ええ、ドラマが言う通り、それは本当にめんどくさい。でも、そこから逃げなかったふたりだからこそ、逃げなかった平匡だからこそ、みくりは、最終回のいちばんの盛り上がりどころで、ようやく平匡に「大好き」と言えたのです。「大好き」と伝えたあとも、「(ふたりの関係性の)模索は続きます」と言い切る平匡だからこそ、みくりは、さまざまな未来の可能性を(妄想の中ではありますが)楽しみにできるのです。  すべてにおいて「普通」な人が誰ひとりとして存在していないこの社会。すべての「普通じゃない」人にとって、本当に優しい、素敵なドラマでした。2016年も終わりますが、この時代にこういうドラマが出てきたことを、私は素直に喜びたいと思っています。 高山真(たかやままこと) 男女に対する鋭い観察眼と考察を、愛情あふれる筆致で表現するエッセイスト。女性ファッション誌『Oggi』(小学館)で10年以上にわたって読者からのお悩みに答える長寿連載が、『恋愛がらみ。 ~不器用スパイラルからの脱出法、教えちゃうわ』(小学館)という題名で書籍化。人気コラムニスト、ジェーン・スー氏の「知的ゲイは悩める女の共有財産」との絶賛どおり、恋や人生に悩む多くの女性から熱烈な支持を集める。月刊文芸誌『小説すばる』(集英社)でも連載中。

星野源は「子犬の目をした脅迫者」? 『逃げ恥』が描いた、普通の人々の「普通じゃない」美しさ

――女性向けメディアを中心に活躍するエッセイスト・高山真が、世にあふれる"アイドル"を考察する。超刺激的カルチャー論。
1612_nigehaji.jpg
TBS系ドラマ『逃げるは恥だが役に立つ』HPより。
「親子や兄弟姉妹ですら合わない部分があるのが当然なのだから、違う家庭で育ってきた者同士が合わない部分があるのは当たり前。そんな『当然』や『当たり前』を、『困る』とか『つらい』に変換するクセがついてしまうと、ふたりの間にあるパワーを奪ってしまう。そんなもったいないことって、ない」 「それを踏まえたうえで、ふたりで、たくさん話し合いましょう『どちらかが折れることを前提とした話し合い』ではなく、『どちらの望みもある程度取り入れるための話し合い』をね」 「知りたい。知ってもらいたい。その努力を惜しんだら、おしまい」 「面倒くさいといえばそのとおりかもしれないけれど、それは新しい人間関係を構築する際、避けては通れない面倒くささだと思います」 ・・・・・・・・・・・・  上の文章は、今年発売した私の本『恋愛がらみ。 ~不器用スパイラルからの脱出法、教えちゃうわ』(小学館)からの、ほぼ原文の写しです。手前味噌の極みと思われても仕方ないオープニングで恐縮です。私の本は、『Oggi』というファッション誌で10年ほど連載していたエッセイから「恋愛がらみ」に特化したものをまとめたものでして、写した文章は、だいたい3~8年前くらいに『Oggi』にて最初に発表したものではなかったか、と記憶しています。  本当に僭越極まりないのですが、ドラマ『逃げるは恥だが役に立つ』(TBS系)の最終回を見ながら、「ああ、こういうこと書いてたわ」と思い返していました。  それにしても本当に面白いドラマでした。ラブコメドラマ(要するに「ハッピーエンドで終わらせることが至上命題」のドラマ)の最終回で、これほどまでに「めんどくさい」「面倒」という単語が出てきたドラマは、いままでになかったと思います。  最終回の1つ前の回で、平匡は「脱・童貞」を果たし、何やらおかしな方向に進んでいきました。「かわいい嫉妬」の体をとってはいましたが、みくりの仕事先のひとつをぶった切る。「異性が働いている場所でバイトなんかすんな」とか言って、恋人の経済のヒモを切っていくような精神的童貞や処女はけっこういます。しかし、それを35歳の平匡がやるようになるとは。平匡本人がどんなに多忙であっても、「家事のプロ」としてみくりが作ったおかずが大失敗に終わっても、料理にはきちんとポジティブな感想を出していたのに、「美味しい」とも言わなくなる。そして、「みくりが『対価の発生する、仕事』だからこそ完璧にこなしていた」家事全般を、「無償のもの」として計算し、ライフプランを立てて、ドヤ顔のプロポーズをカマす…。そんなとんちんかんなドヤ感たっぷりの提案にみくりが異議を申し立てれば、自分が悪手ばかりを打っていることに気づかないまま、「みくりさんは、僕のことが好きではないということですか?」(訳/僕のことが好きなら●●してくれるものじゃないの?)と、子犬の目で恫喝にかかる…。ええ、あれは「子犬の目をした脅迫者」としか言えない表情でした(星野源、まったくうなってしまうほどの名演です)。そのシーンの20~30分ほど前、「平匡さんは、可愛すぎる」「可愛いは最強です。可愛いには絶対服従です!」と言っていたみくりが、決然と「それは、好きの搾取です!」と言い返したシーンでは、「よくぞ言った!」と画面に声をかけてしまったほどです。このシーン、ブラック企業による「やりがいの搾取」を痛烈に批評した、みくりのセリフと対になっているあたり、この作品自体の構成のうまさにも感じ入りました。  で、最終回。実を言うとこの最終回のいちばんの“ドリーム”は、「平匡が、『嫌な意味でも男になってしまった』自分自身を、序盤ですぐに反省する」という点ですが、これはこれで仕方がない。というのも、「避けては通れない面倒くささをきっちり描くためには、かなりの尺が必要である…。そんな判断を制作側がした」ということが、すぐにわかる作りになっていたからです。  CMとオープニング&エンディングを除けば正味60分を切るだろう時間の中で、制作側は、「みくりと平匡の話し合い」というか「すり合わせ会議」を、ドラマ前半の中になんと3回も入れています。そのうち1回は、家に仕事を持ち帰ったみくりがしっちゃかめっちゃかになっている状態のとき。そんなときであっても、「話し合い」「すり合わせ」は必要である、という根幹から、このドラマは逃げていなかった。  他人と関係を結んでいくのは、それが「結婚」という形をとっていようといまいと、本当にめんどくさい。当たり前のことだから、つらかったり困ったりということではないけれど、ものすごくめんどくさい。そんな厳然たる事実を、パロディを使ってポップに演出してはいましたが、正面切って描いていた。それだけでも称賛に価するドラマだったと私は思います。  当然、どちらか一方がしっちゃかめっちゃかなときは、ただでさえめんどくさい「話し合い」なんて、うまくいくはずがありません。みくりは、平匡に投げやりな態度で「(この関係を)やめるなら、いまです」みたいな捨て台詞を吐き、家での仕事場所(浴室)にこもって扉を閉めてしまいます。  それに対し、平匡は、「いままで自分は、周囲に壁を作っていたけど、いまはみくりさんが、それをしている」「自分の壁をノックしてくれたみくりさんに、いま自分ができることは…」と心の中で回想し、みくりがこもる浴室のドアをノックし、扉を開けないまま、話し出すのです。 「生きていくのって、めんどくさいんです。それはひとりでもふたりでも同じで、それぞれ別のめんどくささがあって。どっちにしてもめんどくさいんだったら、一緒にいるのも手じゃないでしょうか」 「みくりさんは自分のことを普通じゃないと言ったけど、僕からしたら、いまさらです。(中略)世間の常識からすれば、僕たちは最初から普通じゃなかった。いまさらですよ」  そう言いながら、浴室の扉にかけた平匡の手は、その扉を開けることなく、平匡は静かにその場を離れます。  平匡のモノローグは「みくりさんは僕が作った壁をノックしてくれた」的なものだったのですが、実のところ、みくりのノックとは、初期~中期の平匡にとってはむしろ「壁を蹴破る」くらいの勢いのものでした。 「結婚してよ!」 「私の恋人になってもらえませんか?」 「スキンシップはどうでしょう?」 「バカ!」 「いいですよ、そういうことしても(←平匡にとって人生初のセックスのお誘い)」  どれもこれも、「童貞の壁」(しかも35歳)を粉々にする破壊力だったことでしょう。対して、平匡のノックは、文字通りの「ノック」であり、それも「扉を開けない」「壁は破らない」繊細さを持ったものでした。「女子の心の壁を破壊して、その心に入りこんで来るパワーを持つ男子」と、「心の壁を破られ、交際を始めて、つきあいが深まるにつれ徐々に男子のパワーの中に繊細さを加味していく女子」の組み合わせがそのほとんどを占める日本のラブコメ作品において、それは明らかに「普通じゃなかった」のです。「普通じゃなかった」のは、単に「ふたりは契約結婚からのスタート」ということだけではなかったわけです。  冒頭に続き私個人の話をして恐縮ですが、私は初恋のときから、自分が「普通じゃない」ことを自覚していました。ドがつく田舎に生まれたゲイで、初恋は35年以上前のことでしたから。そこからは「普通でない自分」をいかに受け入れ、その次は、そんな自分を受け入れてくれる他者(性愛の相手であれ、友情の相手であれ)をいかに探すか、という道を歩いてきたのです。そして、私はこのドラマで、「ノンケの男女の相当数もまったく同じことをしている」ということを、あらためて確認した思いです。  みくりは、「こざかしくて、めんどくさい女」という自己イメージ(明らかに「私フツーに女らしくないでしょ」という自己認識です)ゆえに、自分自身にどうしても低い点数をつけてしまう人間だった。平匡は、「ゲイはイケメンとみたら誰彼かまわず襲いかかる」「ゲイは男性の目線と女性の目線をあわせもつ」みたいな偏見丸出しの分析をしながらも、自分の分析をされるとムッとし、そしてムッとする自分自身の器の小ささ(明らかに平匡が「男らしさ」と形容しているだろう性格の対極にあるものです)に悩む日々が続く。ま、救いなのは、そんな自分の偏見や器の小ささを反省し、即座に成長の跡を見せることですが。ちなみに、「男目線」とか「女目線」とか、そんなものはありません。そんなザックリしたものは存在しないし、ヘテロであろうとゲイであろうと、個人個人が持っているのは「私の目線」「僕の目線」だけです。そういうことを、このドラマで風見(人間関係の機微をきちんとわかっているが、ややいたずらが過ぎるイケメン)がきちんと言及していたのには目を見張りました。  また、石田ゆり子演じる、みくりの伯母・百合(ゆりちゃん)は、若さを武器に自分に牙をむく20代中盤の女子に、「多くの女性にとって、『加齢は不幸でしかない』という『普通』が、女性たちの呪いになっている」という現実を指摘しながら、「あなたがいま『価値がない』と切り捨てたものが、あなたの未来になるなんて、そんな恐ろしい呪い(要するに、普通)からは、さっさと逃げてしまいなさい」と優しく諭す。しかし、そう言いながらも百合は、自分のほうが17歳年上である風見との恋愛に、「普通の価値観」にとらわれてギリギリまで踏み出せなかったりする(最後に踏み出せて、ゆりちゃん自身も呪縛から解き放たれて、本当によかった)。  ゆりちゃんの部下である若い女性・堀内は、アメリカからの帰国子女であるがゆえに、「普通の日本人」「普通のアメリカ人」からはみ出してしまう自分自身を自覚しつつ、自分自身をはみ出させようとする「普通の日本人像」と戦っている。同じくゆりちゃんの部下である若い男性・梅原は、ゲイであるがゆえに「普通のノンケの男女」からはみ出している自分を自覚している。そして「ノンケの普通」が回している「この世界の日常生活」では会えないからこそ、ゲイの出会い系アプリを使う。「普通のノンケの男女」に対する嫉妬も認めている。会社の人間関係でカミングアウトをするのは、心から信頼した堀内だけ。その堀内にも、「ナイショな」と、アウティング(自分の望まない人間関係にまで秘密をバラされてしまうこと)に対する牽制を忘れない。「普通じゃない」ゆえに、そこまで周到なことをしなくてはいけないことを、骨身に染みてわかっている。まだ見ぬ意中の人・沼田と出会った瞬間、その場に居合わせた、信頼する上司のゆりちゃんにもカミングアウトしたのも同然なのですが、ここにゆりちゃん以外の会社の人間がいたら、梅原は、沼田の前でまったく素知らぬ顔をしただろうと断言できます。  男だろうと女だろうと、ノンケだろうとゲイだろうと、何歳であろうと、どんな人生を送っていようと、誰もがそれぞれに「普通じゃない」部分を抱えている。平匡が最終回で「僕たちは最初から普通じゃなかった」と気づき、風見は第4話だったかな「普通って誰が決めるんだろう。くだらない」と口にしていたように。  それぞれの「普通じゃない」部分は、当然、それぞれに違っています。そして、「それぞれに違っている部分」それが、個性になる。「それぞれに違っている部分」こそが、多数決でなんとなく決められてしまっている「●●らしさ」(●●には、男とか女とかオジサンとかオバサンとかノンケとかLGBTとか日本人とか、とにかく好きな単語を入れてOK)ではなく、「自分らしさ」になる……。そのことをこれだけはっきり言い切った日本のドラマを、私はほかに知りません。  お互いの「普通じゃない」を認め合うこと。認め合ったうえで、めんどくさいことから逃げずに、ノックし合うこと。そして、変わりゆく関係性に対して敏感であろうと努めること。コミュニケーションの本質は、まさにそこにあると私は思っています。ええ、ドラマが言う通り、それは本当にめんどくさい。でも、そこから逃げなかったふたりだからこそ、逃げなかった平匡だからこそ、みくりは、最終回のいちばんの盛り上がりどころで、ようやく平匡に「大好き」と言えたのです。「大好き」と伝えたあとも、「(ふたりの関係性の)模索は続きます」と言い切る平匡だからこそ、みくりは、さまざまな未来の可能性を(妄想の中ではありますが)楽しみにできるのです。  すべてにおいて「普通」な人が誰ひとりとして存在していないこの社会。すべての「普通じゃない」人にとって、本当に優しい、素敵なドラマでした。2016年も終わりますが、この時代にこういうドラマが出てきたことを、私は素直に喜びたいと思っています。 高山真(たかやままこと) 男女に対する鋭い観察眼と考察を、愛情あふれる筆致で表現するエッセイスト。女性ファッション誌『Oggi』(小学館)で10年以上にわたって読者からのお悩みに答える長寿連載が、『恋愛がらみ。 ~不器用スパイラルからの脱出法、教えちゃうわ』(小学館)という題名で書籍化。人気コラムニスト、ジェーン・スー氏の「知的ゲイは悩める女の共有財産」との絶賛どおり、恋や人生に悩む多くの女性から熱烈な支持を集める。月刊文芸誌『小説すばる』(集英社)でも連載中。

紅白落選を本気で悔しがる【和田アキ子】の健勝を祈る! 「アッコさ~ん アッコさ~ん すきすき~」

1701_nishikokubunji_200.jpg
 二十歳そこそこのAKB48の娘たちが「世代交代のため」と言ってグループを卒業する一方、『NHK紅白歌合戦』に30回、40回と、さんざん出たおしたあげく「世代交代」などと言って「紅白卒業」を宣言する演歌の大御所たち。この対比を見ていると「世代交代ってなにかね?」という気持ちになってくる。  大御所たちのいう「次世代」とは、どのへんの人たちを指すのだろうか? 今さら小金沢昇司とか言われても、我々としては困るわけである。  そもそも、紅白の出場回数に制限がないからこういうことになるのだ。かの「ベストジーニスト賞」ですら、5年連続で受賞した際には「殿堂入り」となり審査対象から外されるのである。しかも、2013年からは3年連続に規定が変更されているというではないか。なんという新陳代謝! これぞ世代交代!!  ただ、この表記も今回で最後になるだろうから敢えて使うが、SMAPの木村拓哉とか草彅剛とか、あらかたメインどころが殿堂入りしてからというもの、受賞者の選出に若干のブレが生じてきたことは否めない。「えっ、そんなにジーパンはいてたっけ?」という印象の人もさることながら、15年の協議会選出部門の藤岡弘、に至っては、ジーパンというより革パンでしょうよ! という話である。  そう考えると、やはり大御所の人たちが常にいて、きちんと“重み”を重ねていくことは大切である。まあ、そうはいっても今回の紅白は、卒業や落選やらで大御所たちは軒並み出演しないのだが。  そんななか、今回の紅白に対する和田アキ子の姿勢は、非常にカッコいいものであった。  出演者発表前の11月19日の時点では、ラジオの生放送(ニッポン放送『ゴッドアフタヌーン アッコのいいかげんに1000回』)で、「紅白出場がまだ決まってないのよ。早く決まってほしいんだけど」と出演への意欲をアピール。しかしその後、落選が決まると素直に「悔しい」とコメントし、落選の報告を受けてからは「毎日泣いていた」ことを告白。最終的には「今年の紅白は見たくない」とまで言い放ったのだ。 “紅白出場”ということにどこまでストイックなんだろうか、彼女は。これまで、受信料を払わずに紅白を見ていた自分が恥ずかしいとすら思えてくる。  もちろん、北島三郎や森進一のように「卒業」を宣言して「自ら身をひく」というのもひとつの美学である。一方で板の上に立つ人間たるもの、世間から求められなくなるまで続けるという美学も存在する。今回のアッコの場合は、紅白限定ではあるが、まさにその「求められなくなった」という事実を突きつけられたわけだ。何かとネットニュースでは叩かれがちなアッコだが、その紅白に対するストイックな姿を見て、好感を抱いた人もいるのではないだろうか。その証拠に「アッコ、紅白落選」の報は、もはや「ヒラリー落選」ぐらいの勢いでネット中に飛び交っていたのだから。  とにかく、大みそかのアッコの予定が急きょ空いたことで、この後いろいろな大人たちが急速に動き回る気配がしてならない。  例えば紅白の真裏、AbemaTVで「どしゃぶりの雨の中で」を熱唱するアッコ。  内田裕也からのオファーでニューイヤーズワールドロックフェスティバルに出演し、「ジョニー・B・グッド」を熱唱するアッコ。 『ものまね紅白歌合戦』のご本人登場に出演し、司会の「アッコさん、何やってんすか!?」の問いに「本物の紅白落とされたから、こっち出てやったよ」とおどけるアッコ。  ちょっと想像しただけで、色々なアッコの活躍が目に浮かぶ。偏見で申し訳ないが、細川たかしでは、こうはいかないだろう。  とにかく、年の瀬にこんなうだつのあがらない中年男のコラムを読んでくれている読者の方々の来年の健勝よりも、アッコが充実した大みそかを過ごし、来年の励みにしてくれることを切に願う私なのである。  ああ、でも、今年の紅白の視聴率次第では、来年はあっさり大御所たちを呼び戻し、見事40回目の紅白出場を果たしたアッコが、涙ながらに「あの鐘を鳴らすのはあなた」を熱唱したりするんだろうな。「紅白最高!」とか言いながら、親指立てるお得意のポーズで。  最後に、紅白の中盤くらいでありそうな応援コメント風に締めてみたいと思います。 「紅白落選の報に涙した、アッコの瞳は赤かった(紅勝った)」  バンザ~イ! 西国分寺哀(にしこくぶんじ・あい) 和田アキ子のモノマネをしていた吉村明宏の動向も気になる40代会社員。モノマネの際の「ハ~ヒフ~ヘホ~!」は、今やバイキンマンのものになっていることに納得がいかない。

紅白落選を本気で悔しがる【和田アキ子】の健勝を祈る! 「アッコさ~ん アッコさ~ん すきすき~」

1701_nishikokubunji_200.jpg
 二十歳そこそこのAKB48の娘たちが「世代交代のため」と言ってグループを卒業する一方、『NHK紅白歌合戦』に30回、40回と、さんざん出たおしたあげく「世代交代」などと言って「紅白卒業」を宣言する演歌の大御所たち。この対比を見ていると「世代交代ってなにかね?」という気持ちになってくる。  大御所たちのいう「次世代」とは、どのへんの人たちを指すのだろうか? 今さら小金沢昇司とか言われても、我々としては困るわけである。  そもそも、紅白の出場回数に制限がないからこういうことになるのだ。かの「ベストジーニスト賞」ですら、5年連続で受賞した際には「殿堂入り」となり審査対象から外されるのである。しかも、2013年からは3年連続に規定が変更されているというではないか。なんという新陳代謝! これぞ世代交代!!  ただ、この表記も今回で最後になるだろうから敢えて使うが、SMAPの木村拓哉とか草彅剛とか、あらかたメインどころが殿堂入りしてからというもの、受賞者の選出に若干のブレが生じてきたことは否めない。「えっ、そんなにジーパンはいてたっけ?」という印象の人もさることながら、15年の協議会選出部門の藤岡弘、に至っては、ジーパンというより革パンでしょうよ! という話である。  そう考えると、やはり大御所の人たちが常にいて、きちんと“重み”を重ねていくことは大切である。まあ、そうはいっても今回の紅白は、卒業や落選やらで大御所たちは軒並み出演しないのだが。  そんななか、今回の紅白に対する和田アキ子の姿勢は、非常にカッコいいものであった。  出演者発表前の11月19日の時点では、ラジオの生放送(ニッポン放送『ゴッドアフタヌーン アッコのいいかげんに1000回』)で、「紅白出場がまだ決まってないのよ。早く決まってほしいんだけど」と出演への意欲をアピール。しかしその後、落選が決まると素直に「悔しい」とコメントし、落選の報告を受けてからは「毎日泣いていた」ことを告白。最終的には「今年の紅白は見たくない」とまで言い放ったのだ。 “紅白出場”ということにどこまでストイックなんだろうか、彼女は。これまで、受信料を払わずに紅白を見ていた自分が恥ずかしいとすら思えてくる。  もちろん、北島三郎や森進一のように「卒業」を宣言して「自ら身をひく」というのもひとつの美学である。一方で板の上に立つ人間たるもの、世間から求められなくなるまで続けるという美学も存在する。今回のアッコの場合は、紅白限定ではあるが、まさにその「求められなくなった」という事実を突きつけられたわけだ。何かとネットニュースでは叩かれがちなアッコだが、その紅白に対するストイックな姿を見て、好感を抱いた人もいるのではないだろうか。その証拠に「アッコ、紅白落選」の報は、もはや「ヒラリー落選」ぐらいの勢いでネット中に飛び交っていたのだから。  とにかく、大みそかのアッコの予定が急きょ空いたことで、この後いろいろな大人たちが急速に動き回る気配がしてならない。  例えば紅白の真裏、AbemaTVで「どしゃぶりの雨の中で」を熱唱するアッコ。  内田裕也からのオファーでニューイヤーズワールドロックフェスティバルに出演し、「ジョニー・B・グッド」を熱唱するアッコ。 『ものまね紅白歌合戦』のご本人登場に出演し、司会の「アッコさん、何やってんすか!?」の問いに「本物の紅白落とされたから、こっち出てやったよ」とおどけるアッコ。  ちょっと想像しただけで、色々なアッコの活躍が目に浮かぶ。偏見で申し訳ないが、細川たかしでは、こうはいかないだろう。  とにかく、年の瀬にこんなうだつのあがらない中年男のコラムを読んでくれている読者の方々の来年の健勝よりも、アッコが充実した大みそかを過ごし、来年の励みにしてくれることを切に願う私なのである。  ああ、でも、今年の紅白の視聴率次第では、来年はあっさり大御所たちを呼び戻し、見事40回目の紅白出場を果たしたアッコが、涙ながらに「あの鐘を鳴らすのはあなた」を熱唱したりするんだろうな。「紅白最高!」とか言いながら、親指立てるお得意のポーズで。  最後に、紅白の中盤くらいでありそうな応援コメント風に締めてみたいと思います。 「紅白落選の報に涙した、アッコの瞳は赤かった(紅勝った)」  バンザ~イ! 西国分寺哀(にしこくぶんじ・あい) 和田アキ子のモノマネをしていた吉村明宏の動向も気になる40代会社員。モノマネの際の「ハ~ヒフ~ヘホ~!」は、今やバイキンマンのものになっていることに納得がいかない。