幸福の科学に出家した女優の清水富美加(法名:千眼美子)が、2018年初夏公開予定の教団製作映画『さらば青春、されど青春。』でヒロインを務めることがわかった。 同映画は、大川隆法総裁製作総指揮による第12作目。内容は「誰も描けなかった青春と恋の物語」だといい、主演は大川総裁の長男で俳優・歌手の大川宏洋が務めるという。 また、清水は歌手として、同映画の主題歌「眠れぬ夜を超えて」も担当。8月2日に東京ドームで開かれる大川隆法総裁の講演会『大川隆法 IN 東京ドーム』のステージで歌声を披露するという。 清水は、12日のブログで「ちゃんとした歌の挑戦は初です」「いきなり東京ドームかよ!!」「総裁先生の大講演会のオープニングアクトってそれプレッシャーどころの騒ぎじゃないだろ!!」と心境を吐露している。 「出家騒動時から、宏洋の相手役として清水を欲しがっているのではないかと言われてきた教団ですが、案の定という印象。大川総裁は、嵐・松本潤と上野樹里が主演した恋愛映画『陽だまりの彼女』(2013)のファンで、これを目標に映画を作ってきたと発言していますから、『さらば青春、されど青春。』はこれに近いテイストになるのでは? それより、清水の歌手デビューが不安ですね。清水は以前、音楽番組の企画で、サイトウ“JxJx”ジュンや、ガリガリガリクソンらと『スペシャエリアバンド』を結成。ボーカルを務めましたが、終始、音程が定まらず、見る者を不安にさせる歌声でした」(芸能記者) 清水といえば、5月にレプロエンタテインメントとの契約が終了し、大川総裁が会長を務めるARIプロダクションに所属。これまでのTwitterとインスタグラムに加え、先月15日にはLINE BLOG内にオフィシャルブログを開設。日常の報告に加え、幸福の科学出版の雑誌「The Liberty」「ARE YOU HAPPY?」や、『大川隆法in東京ドーム』のPRも行っている。 「レプロと冷戦中ののんも利用しているLINE BLOGですが、LINEはレプロとの繋がりが薄いため、何かと都合がいいのでしょう。今後、教団の映画を中心に活動していくものと見られる清水ですが、清水が出ているだけでカルト臭が多少軽減されそう。それだけで、教団の戦略は成功といえます」(同) 教団の広告塔としてついに動き出した清水。その歌唱力にも注目したい。「Are You Happy? (アーユーハッピー) 2017年 8月号」(幸福の科学出版)
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大川隆法総裁の長男を「嵐・松本潤」に!? 幸福の科学・清水富美加が青春恋愛映画に出演
幸福の科学に出家した女優の清水富美加(法名:千眼美子)が、2018年初夏公開予定の教団製作映画『さらば青春、されど青春。』でヒロインを務めることがわかった。 同映画は、大川隆法総裁製作総指揮による第12作目。内容は「誰も描けなかった青春と恋の物語」だといい、主演は大川総裁の長男で俳優・歌手の大川宏洋が務めるという。 また、清水は歌手として、同映画の主題歌「眠れぬ夜を超えて」も担当。8月2日に東京ドームで開かれる大川隆法総裁の講演会『大川隆法 IN 東京ドーム』のステージで歌声を披露するという。 清水は、12日のブログで「ちゃんとした歌の挑戦は初です」「いきなり東京ドームかよ!!」「総裁先生の大講演会のオープニングアクトってそれプレッシャーどころの騒ぎじゃないだろ!!」と心境を吐露している。 「出家騒動時から、宏洋の相手役として清水を欲しがっているのではないかと言われてきた教団ですが、案の定という印象。大川総裁は、嵐・松本潤と上野樹里が主演した恋愛映画『陽だまりの彼女』(2013)のファンで、これを目標に映画を作ってきたと発言していますから、『さらば青春、されど青春。』はこれに近いテイストになるのでは? それより、清水の歌手デビューが不安ですね。清水は以前、音楽番組の企画で、サイトウ“JxJx”ジュンや、ガリガリガリクソンらと『スペシャエリアバンド』を結成。ボーカルを務めましたが、終始、音程が定まらず、見る者を不安にさせる歌声でした」(芸能記者) 清水といえば、5月にレプロエンタテインメントとの契約が終了し、大川総裁が会長を務めるARIプロダクションに所属。これまでのTwitterとインスタグラムに加え、先月15日にはLINE BLOG内にオフィシャルブログを開設。日常の報告に加え、幸福の科学出版の雑誌「The Liberty」「ARE YOU HAPPY?」や、『大川隆法in東京ドーム』のPRも行っている。 「レプロと冷戦中ののんも利用しているLINE BLOGですが、LINEはレプロとの繋がりが薄いため、何かと都合がいいのでしょう。今後、教団の映画を中心に活動していくものと見られる清水ですが、清水が出ているだけでカルト臭が多少軽減されそう。それだけで、教団の戦略は成功といえます」(同) 教団の広告塔としてついに動き出した清水。その歌唱力にも注目したい。「Are You Happy? (アーユーハッピー) 2017年 8月号」(幸福の科学出版)
嵐・二宮和也&相葉雅紀だけじゃない! ジャニーズタレントと総武線の浅からぬ縁
都心から千葉までを走り抜ける「総武線」。国土交通省のデータによれば、錦糸町駅から両国駅まで、朝7時半ごろから1時間の混雑率は199%と全国1位。そんな「ワースト」な沿線から、多くのジャニーズタレントが生まれていることは有名な話だ。 ■総武線が誇るスターコンビ“にのあい” 総武線といえば、嵐の二宮和也と相葉雅紀を外してはなるまい。2人はJr.時代、レッスン終えると総武線を利用して一緒に帰っていたという。 ただ、二宮の最寄り駅までは快速に乗ればダイレクトに帰れるものの、相葉の最寄り駅は各駅しか止まらない。そこで二宮は、相葉のために毎回、鈍行で帰っていたという。まさに総武線がつないだ絆。 そんな“にのあい”の仲の良さがたびたび垣間見られるのが、『VS嵐』(フジテレビ系)。2012年5月10日の放送回では。上から転がってくるボールを落とさないようにゴールへ運ぶ「コロコロバイキング」で、ゾーンの左右に1人ずついればいところ、二宮と相葉は、右のゾーンを2人一緒に担当することに。 それを見た櫻井翔に「この2人は、もう10年以上前から“Mr.総武線”といわれ……」と紹介され、これに対して二宮は臆面もなく、「そうですね。総武線の駅を、しらみつぶしにしてきた2人ですから」と答えていた。 2016年4月7日の放送回では、「クリフクライム」に“にのあい”で挑戦。この競技は、制限時間120秒以内に幅5メートル、高さ6メートルの壁をリレー形式で登り、頂上や壁に設置してある18個のボタンを押してポイント稼ぐ。1stクライマーは、2ndクライマーの登る時間も残しておかなければならない。そこで最初にチャレンジする二宮は「何秒欲しい?」と相葉に問いかけた。すると相葉は「60秒は欲しいよ。頼むよ。総武快速でお願いします」。それに対して二宮は「OK、OK、青色だ」と、快速の色について言及。ふだんから総武線を知り尽くしているからこその会話であろう。 ■総武線から生まれた黄金世代 そんな総武線のスターコンビ以外にも、総武線沿線のジャニーズタレントはたくさんいる。“にのあい”とJr.時代一緒に帰ったという風間俊介、山下智久、そして亀梨和也。「チーム総武線」といわれるメンバーだ。 風間は今年2月11日の『出没!アド街ック天国』(テレビ東京系)に出演した際、特集された江戸川区・平井について「地元も地元! ど地元ですね」「仕事行くときは、平井に自転車止めて、電車乗って行ってました」と明かしている。 また亀梨も、今年4月17日の『月曜から夜ふかし』(日本テレビ系)にゲスト出演した際、「僕、めっちゃ総武線です。新小岩です」と語っている。 後輩にも総武線ジャニーズはいる。例えばA.B.C-Zの橋本良亮や、Hey!Say!JUMPの有岡大貴だ。有岡は14年9月8日の『人生が変わる1分間の深イイ話×しゃべくり007 合体SP』(同)で「嫌いな女性のタイプ」として、「やる意味ないじゃん」を「やる意味」、「コレは行くしかない」を「行くしか」といったように途中で言葉を切る女性と言っていたが、こうした「区切り」言葉を「総武線でよく聞きます」と語っていた。 ■あの先輩ジャニーズも総武線沿い 歴史をさかのぼれば、総武線ジャニーズはたくさんいる。少年隊の錦織一清は風間と同じ平井駅だし、植草克秀は千葉駅、V6の坂本昌行は亀戸駅。そして元SMAPの木村拓哉は新検見川駅だ。 新小岩駅で電車が止まっていないことに安堵し、秋葉原駅での終電の乗り換えに急ぎ、水道橋駅から乗り込む野球ファンやライブ客の熱気に押され、御茶ノ水駅のホームのやたら低いアーチ型の柱に苦慮し、市ケ谷駅から見える釣り堀で昼間から釣りに興じる人々をうらやましそうに眺めるなど、総武線あるあるは尽きないが、今のJr.の中にも、そんな風景を見ながらレッスン場に通っている者もいるはず。その中からいつか、新たなスターが生まれるのかもしれない。 (文=都築雄一郎)
「切り替え早すぎ……」集まった報道陣を驚愕させた嵐・櫻井翔の“高すぎるプロ意識”
22日夜、歌舞伎俳優の市川海老蔵の妻でフリーアナウンサーの小林麻央さんが亡くなったことを受け、翌23日、芸能界から続々と追悼のコメントが寄せられた。 そんな中、ニュース番組『NEWS ZERO』(日本テレビ系)で共演していた嵐の櫻井翔が都内で会見。スーツ姿の櫻井は、集まった報道陣の前で涙を流しながら「心より、お悔やみ申し上げます。ただただ、ただただ、残念だ、というのに尽きます」と悼んだ。 櫻井と真央さんは、2006年10月の番組放送開始から10年3月末まで、3年半共演。「『NEWS ZERO』という番組は、本当に温かい番組ですので、出演者、スタッフ、みんなを『ZEROファミリー』と呼んでいます」と話すと沈黙。「まさにその、ファミリー……。家族を失ったような気持ちでいっぱいです」と声を震わせた。 「同日、海老蔵が午後2時半から会見することになっていたが、スケジュールの都合で海老蔵に先立つ形で会見しなければいけなくなった。とはいうものの、麻央さんによほど思い入れがあったのか、櫻井は人目もはばからず涙を浮かべ、声を振り絞るような形で会見した」(取材した記者) その後、ほとんど時間を置かず、櫻井はパーソナリティーを務める同局のチャリティー番組『24時間テレビ40 愛は地球を救う』の制作発表会見に臨んだ。 会見で櫻井は、今回の同番組のテーマ「告白」にちなみ、ともにパーソナリティーを務めるNEWS・小山慶一郎との、互いの秘密の関係性を告白。 小山も同局のニュース番組でキャスターを務めているとあって、お互い誕生日プレゼントを同局の楽屋に置いていくことを明かした。 「会見には、スーツ姿から一転、黄色い番組のオフィシャルTシャツ姿で登場。さっき号泣した人とはまるで別人のような明るい笑顔で、軽妙にトークしていた。櫻井はプロ意識が高いので、うまくモードを切り替えたが、報道陣からは『切り替え早すぎ……』と驚愕の声が上った」(同) こうした櫻井の気丈な姿もまた、麻央さんへの哀悼の気持ちからだったのかもしれない。
「切り替え早すぎ……」集まった報道陣を驚愕させた嵐・櫻井翔の“高すぎるプロ意識”
22日夜、歌舞伎俳優の市川海老蔵の妻でフリーアナウンサーの小林麻央さんが亡くなったことを受け、翌23日、芸能界から続々と追悼のコメントが寄せられた。 そんな中、ニュース番組『NEWS ZERO』(日本テレビ系)で共演していた嵐の櫻井翔が都内で会見。スーツ姿の櫻井は、集まった報道陣の前で涙を流しながら「心より、お悔やみ申し上げます。ただただ、ただただ、残念だ、というのに尽きます」と悼んだ。 櫻井と真央さんは、2006年10月の番組放送開始から10年3月末まで、3年半共演。「『NEWS ZERO』という番組は、本当に温かい番組ですので、出演者、スタッフ、みんなを『ZEROファミリー』と呼んでいます」と話すと沈黙。「まさにその、ファミリー……。家族を失ったような気持ちでいっぱいです」と声を震わせた。 「同日、海老蔵が午後2時半から会見することになっていたが、スケジュールの都合で海老蔵に先立つ形で会見しなければいけなくなった。とはいうものの、麻央さんによほど思い入れがあったのか、櫻井は人目もはばからず涙を浮かべ、声を振り絞るような形で会見した」(取材した記者) その後、ほとんど時間を置かず、櫻井はパーソナリティーを務める同局のチャリティー番組『24時間テレビ40 愛は地球を救う』の制作発表会見に臨んだ。 会見で櫻井は、今回の同番組のテーマ「告白」にちなみ、ともにパーソナリティーを務めるNEWS・小山慶一郎との、互いの秘密の関係性を告白。 小山も同局のニュース番組でキャスターを務めているとあって、お互い誕生日プレゼントを同局の楽屋に置いていくことを明かした。 「会見には、スーツ姿から一転、黄色い番組のオフィシャルTシャツ姿で登場。さっき号泣した人とはまるで別人のような明るい笑顔で、軽妙にトークしていた。櫻井はプロ意識が高いので、うまくモードを切り替えたが、報道陣からは『切り替え早すぎ……』と驚愕の声が上った」(同) こうした櫻井の気丈な姿もまた、麻央さんへの哀悼の気持ちからだったのかもしれない。
サイゾーなのに……! 嵐・相葉雅紀主演の月9『貴族探偵』を初回から絶賛し続けた「たったひとつの理由」
なんだか大仰な見出しをつけてしまいましたが、面白かったから面白かったと書いていただけなんです。この3カ月、読者のみなさんの「サイゾーなのに……!」という反応が楽しかったので、つい、すみません。 (過去のレビューはこちらから) さて、『貴族探偵』(フジテレビ系)の最終回ですが、まあ正直、震えたし、痺れました。テレビを見ていて「画面に飲まれる」という感覚を、久しぶりに味わったような気がします。見終わった瞬間は、原稿やべえな、どうしようかなと、ちょっとこれは言葉にならんぞという気分で。原作者の麻耶雄嵩さん風にいえば「ハレルヤ!」の一言です。はい。 それにしても、この足腰の強靭さというか、ブレなさはなんなのでしょう。最後の最後まで、きっちり本格ミステリーでありながら、とびきり楽しいエンタメ作品でした。おまけに、鮮やかな月9でもあった。もうね、ヒーローですよ。このドラマを作った人たちは、完全無欠の比類なきヒーローです。どうしよう、ホントに書くことないくらい総決算で、いいところが全部出た最終回でした。 もう、せっかく「初回から絶賛し続けた」と見出しを立てたことですし、第1話から自分が書いたレビューの一部を抜粋して、終わってみてどうだったかを考えてみることにします。手抜きじゃないよ。 【第1話】麻耶さんによる事件設計なので、どれだけ演出面で弾けても根幹がブレないのです。原作の段階で、「謎を作る」「謎を解く」という作業そのものに、作家の魂が込められているからです。(記事参照) やっぱりまず、このドラマを底支えしたのは「謎の設計」そのものの強さ・安定性だったと思います。でも、回を追うごとに感じたのは、このドラマの作り手の方々が、ただ原作をなぞればいいとは、全然思ってないなということで。麻耶さんの作る事件って、飛距離が長くて破壊力がある反面、余白もけっこう存在していたんだと思うんです。そういう余白を「映像ならでは」「連ドラならでは」で埋めていく、ある意味で原作の事件推理に対する批評的な創作が行われているな、と感じていました。なかなか、相当な自信と決意がないとできることじゃないと思います。 【第2話】もともと当代きっての推理作家が脳汁を噴出させながら組み上げた精緻な事件設計を一度解体し、その本質を変容させないまま再構築するという作業にフジテレビが挑み、成功させているのです。(記事参照) 第2話の段階で、すでに「これは大変なことをやってるぞ」という感触だった『貴族探偵』でしたが、全話終わった今考えると、これを単話でやりつつ、全11話を通じてもやってた、多重のレイヤーでやってたわけですから、とんでもないと思います。同じ第2話のレビューでは「最後までうまくいったら偉業だと思う」とも書いてましたが、ハイハイ、軽々と偉業達成です。おめでとうございます。偉そうに言ってすみません。 【第3話】私が原作を読んで「足りない」と感じていたものが、ドラマではありありと画面に現れているからです。精巧な骨格標本が、血肉をまとってイキイキと疾走し始めた。その興奮にヤラれてしまっているんです。(記事参照) こういう疾走感というか、人物の血肉感を大きく引っ張っていたのが、今考えれば鼻さん(生瀬勝久)なんですよね。このころはまだ貴族も使用人ズもぶっきらぼうだし、愛香(武井咲)は無能で頼りないし、ほかの人はだいたい死ぬか殺してるかだし、いわゆる視聴者から見て「乗れる」キャラクターとして、鼻さんが躍動していたからこそ、推理が始まるまでの捜査パートを、動的なものとして楽しむことができたのだと思います。何しろ、鼻さんが出てる間は相葉ちゃんが出ないわけですので、課せられたハードルは高かったはずです。 【第4話】松重豊を風呂に入れたり座敷わらしを映り込ませて話題作りも怠らない。そういうわけで、今回の『貴族探偵』って、かなり全方位的に全力で頑張ってると思うんですけど(記事参照) 松重豊を裸にするとか、幽霊映り込み騒ぎを誘発するとか、本来ならあんまり歓迎したくない無駄な演出である反面、最近の連ドラではむしろこうした話題作りの挿入こそがセオリーになりつつあるような気がしてるんです。見慣れた話題作り、よくある奇をてらった演出……普段なら「そんなことやってるからフジはダメなんだよ」とか書き殴るところですが、ここまで見てきて全然ダメじゃないから仕方がないよね。好意的に受け取っちゃうよね。という話。 【第5話】別に原作通り作ったって面白いだろうに、こうした複雑なシナリオの改編・拡張を、オリジナルで構築することを、フジテレビの現場の人たちは選んだんです。実に誇り高き創作行為だと思いますよ。(記事参照) 【第6話】それはフジテレビが、この『貴族探偵』を単に原作モノの翻訳ドラマとして作るのではなく、あくまで「1クールの連続ドラマ」として成立させようとした結果なのだと思います。(記事参照) この第5~6話から、『貴族探偵』は原作を離れて、本格的なチャレンジを始めることになりました。愛香の師匠である喜多見切子(井川遥)が「死んでいる」と明示されることで、貴族探偵に対する愛香の心情に明確な変更が与えられることになります。 あ、今気付いたんですが、このレビューで武井咲のお芝居について一度も触れてませんでした。最終回まで見た今も、特に何も語るべき印象がないんです。基本的にこの作品の語り手は愛香なので、視聴者の目線は愛香を通すことになる。そこに違和感があっては、視聴者の没入を妨げることになります。 武井咲には、まるで妨げられた感じがしない。 これが武井さんのキャラによるものか、演技スキルによるものかわかりませんが、そういう意味で完璧な仕事だったのだと思います。お顔もけっこう好きよ。 【第7話】ところが今回、貴族探偵の秘書・鈴木として仲間由紀恵が実際に画面に登場しました。そして、この鈴木が貴族の命令によって「Giri」のアップデートに介入し、アプリをハッキングしたことが明かされました。(記事参照) これ、ホントにびっくりしましたよね。この回のレビューにも書いていますが、「Giri」の声が仲間由紀恵なのって、いかにもフジテレビ的な賑やかしだと思ってたんです。そういう自局のパブリックイメージを逆手に取っていたこともまた批評的だなと感じた次第ですし、何しろミステリーに触れていて「騙されて痛快」という感触を得られるというのは、これは最高のギミックですからね。 【第8話】小さなパズルの精巧さにばかり気を取られていましたが、それは、全話を通じたとてつもなく巨大なクリエイティブのごく一部だったんです。(記事参照) しかも、たぶんホントに撮影しながらシナリオ作ってたわけでしょう。ちょっと想像できないんです。どこまで準備がしてあって、どこを撮影中に作ったのか、とか。 自分に刺さるか刺さらないか、好みかどうかは別として、「巨大だ」と感じる作品ってあると思うんです。映画でいえば最近のジェームズ・キャメロンだったりクリストファー・ノーランだったり。そういう大作然とした作品に感じる畏怖のようなものが芽生え始めたのが、このころでした。 でも、そういう畏怖も、最終回で「みんなスッキリ!」しちゃった。「完全なる月9」に鮮やかな着地を決めたもんで、「あ、月9だった!」と。長い旅から帰ってきたような、心地よい解放感というか、そういうやつです。 【第9話】ここのスタッフは、原作の推理劇としての強度を信じ切ることはもちろん、自分たちが勝手に構築した「『貴族探偵』は一方で楽しいバカドラマですよ」という映像作家としての主張と技量も、とことん信じ切っている。(記事参照) それもそうなんですが、バカドラマとして成立した要素として、すごく大きいのは、やっぱり「30周年の月9だった」ってことなんだと思うんです。どれだけ能力が優れていても、予算がなかったらここまでバカ騒ぎできなかったと思う。第2話の謎解きで使われた数分間のストップモーションアニメなんて、あれを作る予算だけで裏番組の『吉田類の酒場放浪記』(BS-TBS)が何本撮れるのかと。 このドラマに批判的な意見の一部として「麻耶だし、地味に深夜でやるべきだった」というのがあって、それはそれで一理あると思うんですが、やっぱりこの楽しさというのは、麻耶なのに予算を投下したフジテレビ上層部の英断(蛮勇?)によるものだったと思います。ありがとう蛮勇。 【第10話】相葉ちゃんにも新たな演技プランが与えられることになりました。少し、変えただけだと思うんです。少し変えただけなのに、格段に華やかな人物として「貴族探偵」が浮き立ってくる。(記事参照) 最終回も冴えてましたね、相葉ちゃん。言うことないっす。おつかれさまでした。ありがとう相葉ちゃん。 ■というわけで、まとめです。 視聴率はよくなかったし、記事のPVもあんまりよくなかったけど、楽しい3カ月間でした。 いろいろあるけど、テレビドラマって、やっぱり面白くあるべきだと思うんです。なぜかといえば、面白いドラマは人と人をつないで、世界を平和にするからです。私もTwitterとか見てましたけど、『貴族探偵』界隈、すごく平和だった。美しい光景だったと思う。必然的に多くの人の目に触れることになるテレビドラマを作る仕事というのは、世界を平和にする仕事なんだと、強く思いました。 そんなところでしょうか。そろそろ、編集長などという雑事に戻る時間がきたようです。ではまた夏クール、どこかのドラマで~。 (文=どらまっ子AKIちゃん)フジテレビ系『貴族探偵』番組サイトより
サイゾーなのに……! 嵐・相葉雅紀主演の月9『貴族探偵』を初回から絶賛し続けた「たったひとつの理由」
なんだか大仰な見出しをつけてしまいましたが、面白かったから面白かったと書いていただけなんです。この3カ月、読者のみなさんの「サイゾーなのに……!」という反応が楽しかったので、つい、すみません。 (過去のレビューはこちらから) さて、『貴族探偵』(フジテレビ系)の最終回ですが、まあ正直、震えたし、痺れました。テレビを見ていて「画面に飲まれる」という感覚を、久しぶりに味わったような気がします。見終わった瞬間は、原稿やべえな、どうしようかなと、ちょっとこれは言葉にならんぞという気分で。原作者の麻耶雄嵩さん風にいえば「ハレルヤ!」の一言です。はい。 それにしても、この足腰の強靭さというか、ブレなさはなんなのでしょう。最後の最後まで、きっちり本格ミステリーでありながら、とびきり楽しいエンタメ作品でした。おまけに、鮮やかな月9でもあった。もうね、ヒーローですよ。このドラマを作った人たちは、完全無欠の比類なきヒーローです。どうしよう、ホントに書くことないくらい総決算で、いいところが全部出た最終回でした。 もう、せっかく「初回から絶賛し続けた」と見出しを立てたことですし、第1話から自分が書いたレビューの一部を抜粋して、終わってみてどうだったかを考えてみることにします。手抜きじゃないよ。 【第1話】麻耶さんによる事件設計なので、どれだけ演出面で弾けても根幹がブレないのです。原作の段階で、「謎を作る」「謎を解く」という作業そのものに、作家の魂が込められているからです。(記事参照) やっぱりまず、このドラマを底支えしたのは「謎の設計」そのものの強さ・安定性だったと思います。でも、回を追うごとに感じたのは、このドラマの作り手の方々が、ただ原作をなぞればいいとは、全然思ってないなということで。麻耶さんの作る事件って、飛距離が長くて破壊力がある反面、余白もけっこう存在していたんだと思うんです。そういう余白を「映像ならでは」「連ドラならでは」で埋めていく、ある意味で原作の事件推理に対する批評的な創作が行われているな、と感じていました。なかなか、相当な自信と決意がないとできることじゃないと思います。 【第2話】もともと当代きっての推理作家が脳汁を噴出させながら組み上げた精緻な事件設計を一度解体し、その本質を変容させないまま再構築するという作業にフジテレビが挑み、成功させているのです。(記事参照) 第2話の段階で、すでに「これは大変なことをやってるぞ」という感触だった『貴族探偵』でしたが、全話終わった今考えると、これを単話でやりつつ、全11話を通じてもやってた、多重のレイヤーでやってたわけですから、とんでもないと思います。同じ第2話のレビューでは「最後までうまくいったら偉業だと思う」とも書いてましたが、ハイハイ、軽々と偉業達成です。おめでとうございます。偉そうに言ってすみません。 【第3話】私が原作を読んで「足りない」と感じていたものが、ドラマではありありと画面に現れているからです。精巧な骨格標本が、血肉をまとってイキイキと疾走し始めた。その興奮にヤラれてしまっているんです。(記事参照) こういう疾走感というか、人物の血肉感を大きく引っ張っていたのが、今考えれば鼻さん(生瀬勝久)なんですよね。このころはまだ貴族も使用人ズもぶっきらぼうだし、愛香(武井咲)は無能で頼りないし、ほかの人はだいたい死ぬか殺してるかだし、いわゆる視聴者から見て「乗れる」キャラクターとして、鼻さんが躍動していたからこそ、推理が始まるまでの捜査パートを、動的なものとして楽しむことができたのだと思います。何しろ、鼻さんが出てる間は相葉ちゃんが出ないわけですので、課せられたハードルは高かったはずです。 【第4話】松重豊を風呂に入れたり座敷わらしを映り込ませて話題作りも怠らない。そういうわけで、今回の『貴族探偵』って、かなり全方位的に全力で頑張ってると思うんですけど(記事参照) 松重豊を裸にするとか、幽霊映り込み騒ぎを誘発するとか、本来ならあんまり歓迎したくない無駄な演出である反面、最近の連ドラではむしろこうした話題作りの挿入こそがセオリーになりつつあるような気がしてるんです。見慣れた話題作り、よくある奇をてらった演出……普段なら「そんなことやってるからフジはダメなんだよ」とか書き殴るところですが、ここまで見てきて全然ダメじゃないから仕方がないよね。好意的に受け取っちゃうよね。という話。 【第5話】別に原作通り作ったって面白いだろうに、こうした複雑なシナリオの改編・拡張を、オリジナルで構築することを、フジテレビの現場の人たちは選んだんです。実に誇り高き創作行為だと思いますよ。(記事参照) 【第6話】それはフジテレビが、この『貴族探偵』を単に原作モノの翻訳ドラマとして作るのではなく、あくまで「1クールの連続ドラマ」として成立させようとした結果なのだと思います。(記事参照) この第5~6話から、『貴族探偵』は原作を離れて、本格的なチャレンジを始めることになりました。愛香の師匠である喜多見切子(井川遥)が「死んでいる」と明示されることで、貴族探偵に対する愛香の心情に明確な変更が与えられることになります。 あ、今気付いたんですが、このレビューで武井咲のお芝居について一度も触れてませんでした。最終回まで見た今も、特に何も語るべき印象がないんです。基本的にこの作品の語り手は愛香なので、視聴者の目線は愛香を通すことになる。そこに違和感があっては、視聴者の没入を妨げることになります。 武井咲には、まるで妨げられた感じがしない。 これが武井さんのキャラによるものか、演技スキルによるものかわかりませんが、そういう意味で完璧な仕事だったのだと思います。お顔もけっこう好きよ。 【第7話】ところが今回、貴族探偵の秘書・鈴木として仲間由紀恵が実際に画面に登場しました。そして、この鈴木が貴族の命令によって「Giri」のアップデートに介入し、アプリをハッキングしたことが明かされました。(記事参照) これ、ホントにびっくりしましたよね。この回のレビューにも書いていますが、「Giri」の声が仲間由紀恵なのって、いかにもフジテレビ的な賑やかしだと思ってたんです。そういう自局のパブリックイメージを逆手に取っていたこともまた批評的だなと感じた次第ですし、何しろミステリーに触れていて「騙されて痛快」という感触を得られるというのは、これは最高のギミックですからね。 【第8話】小さなパズルの精巧さにばかり気を取られていましたが、それは、全話を通じたとてつもなく巨大なクリエイティブのごく一部だったんです。(記事参照) しかも、たぶんホントに撮影しながらシナリオ作ってたわけでしょう。ちょっと想像できないんです。どこまで準備がしてあって、どこを撮影中に作ったのか、とか。 自分に刺さるか刺さらないか、好みかどうかは別として、「巨大だ」と感じる作品ってあると思うんです。映画でいえば最近のジェームズ・キャメロンだったりクリストファー・ノーランだったり。そういう大作然とした作品に感じる畏怖のようなものが芽生え始めたのが、このころでした。 でも、そういう畏怖も、最終回で「みんなスッキリ!」しちゃった。「完全なる月9」に鮮やかな着地を決めたもんで、「あ、月9だった!」と。長い旅から帰ってきたような、心地よい解放感というか、そういうやつです。 【第9話】ここのスタッフは、原作の推理劇としての強度を信じ切ることはもちろん、自分たちが勝手に構築した「『貴族探偵』は一方で楽しいバカドラマですよ」という映像作家としての主張と技量も、とことん信じ切っている。(記事参照) それもそうなんですが、バカドラマとして成立した要素として、すごく大きいのは、やっぱり「30周年の月9だった」ってことなんだと思うんです。どれだけ能力が優れていても、予算がなかったらここまでバカ騒ぎできなかったと思う。第2話の謎解きで使われた数分間のストップモーションアニメなんて、あれを作る予算だけで裏番組の『吉田類の酒場放浪記』(BS-TBS)が何本撮れるのかと。 このドラマに批判的な意見の一部として「麻耶だし、地味に深夜でやるべきだった」というのがあって、それはそれで一理あると思うんですが、やっぱりこの楽しさというのは、麻耶なのに予算を投下したフジテレビ上層部の英断(蛮勇?)によるものだったと思います。ありがとう蛮勇。 【第10話】相葉ちゃんにも新たな演技プランが与えられることになりました。少し、変えただけだと思うんです。少し変えただけなのに、格段に華やかな人物として「貴族探偵」が浮き立ってくる。(記事参照) 最終回も冴えてましたね、相葉ちゃん。言うことないっす。おつかれさまでした。ありがとう相葉ちゃん。 ■というわけで、まとめです。 視聴率はよくなかったし、記事のPVもあんまりよくなかったけど、楽しい3カ月間でした。 いろいろあるけど、テレビドラマって、やっぱり面白くあるべきだと思うんです。なぜかといえば、面白いドラマは人と人をつないで、世界を平和にするからです。私もTwitterとか見てましたけど、『貴族探偵』界隈、すごく平和だった。美しい光景だったと思う。必然的に多くの人の目に触れることになるテレビドラマを作る仕事というのは、世界を平和にする仕事なんだと、強く思いました。 そんなところでしょうか。そろそろ、編集長などという雑事に戻る時間がきたようです。ではまた夏クール、どこかのドラマで~。 (文=どらまっ子AKIちゃん)フジテレビ系『貴族探偵』番組サイトより
主演なのに嵐・相葉雅紀が全然出てこない!『貴族探偵』視聴率低下と“忖度”しないプライド
いよいよ佳境に入ってきた嵐・相葉雅紀主演の月9『貴族探偵』(フジテレビ系)も第10話。視聴率は8.0%(ビデオリサーチ調べ、関東地区)と最終回目前にして0.4%も下げました。 そりゃ下げるよ! 相葉ちゃん、最初と最後にちょろっと出ただけじゃんか! ……と言われることを、このドラマは全然恐れてない。上層部やらスポンサーやら、数字にこだわる大人たちに怒られたって、別に関係ないと思ってる。まったく“忖度”してない。なぜなら、そのほうが面白いと信じているから。そういうプライドがあるから。もう何度もこのレビューで書いていますが、実に尊い創作態度です。(過去のレビューはこちらから) それにしても、前回の第9話「こうもり」で、ひとつ山を越えた感じはありますよね。原作既読組の1人としての感想ですけど、「ああ、もうこの制作陣は信じてもいいんだ」という結論が出たような気がしていて、わりと気軽に最後となる殺人事件を迎えることができました。今回は前後編の「事件編」となりますので、シナリオや演出については特にありません。来週の最終回を待ちたいと思います。もうお祭り気分です。 とはいえ、何も書かないわけにもいかないので、今回は主演を務めている相葉ちゃんについて考えてみたいと思います。 この『貴族探偵』の第1話を見始めて、最初に「あ、映像化に成功してるな」と感じたのが、この相葉ちゃんの起用だったんです。今になって思い返せば、最初の事件が解かれる前にそう思えたことが、このドラマを楽しめた一因だったと思います。 原作を読んだ段階では、「貴族探偵」の顔立ちをまるで想像することができませんでした。「皇室御用達の常盤洋品店」が仕立てたという高価なスーツを着こなしていて、口ひげをたくわえている。それしか描写されておらず、事件現場に現れては紅茶を飲み、使用人に推理をさせ、そこらへんの女性を口説いている。完全に常軌を逸した行動を繰り返す不審人物であり、最初から「リアリティ」という言葉が通用しない役柄なんです。「貴族探偵」というキャラクターそのものが、「頭に赤い洗面器を乗せている」というのと同じくらいリアルじゃない。人格や個性を消して、正体不明なキャラクターであることが要求されていたわけです。 実際、相葉ちゃんは「常盤洋品店」どころじゃないバカみたいな衣装に身を包んで現れ、おすまししながら棒読みのセリフ回しで事件を解決していきました。ガチャついた画面と、生瀬勝久を筆頭としたガチャついた芝居がフォーマットとして選択されたこのドラマにおいて、相葉ちゃん一派だけが無表情で佇んでいる。存在感を残しながら、人格だけが消えているように見える。 これによって、原作を読んだときに感じた「一般人」と「貴族」という人物描写における2本のリアリティラインが、映像の中で消化されていると感じたんです。ネット上には「貴族らしくないからダメ」という書き込みも散見されましたが、例えば及川ミッチーとかGACKTとか、山田ルイ53世とかひぐち君では、ガチャついた画面の中にガチャ溶けしちゃうので、「貴族探偵」というキャラクターに設定された“異物感”が表現できなくなっちゃう。アクがなくてツルンとした相葉ちゃんの年齢不詳な顔面と、「貴族らしくない演技」が正解だったのだと思うんです。 単話完結で、物語の縦軸がほとんど語られなかった前半の4話まで、相葉ちゃんの演技は徹底的に抑制されていました。原作の要求通りの演技を達成していたということです。ここまでは、相葉ちゃんにとっても、そんなに難しいプランではなかったと思います。 そもそも演技力は……という話をしてしまえば、それは確かに相葉ちゃんは上手な俳優さんではないのでしょう。与えられたキャラクターの個性と人格を咀嚼して自分の中に落とし込み、身体動作、表情変化、発声行為に反映させる技量と情熱において、例えば5・6話に登場した忍成修吾には及ばない。しかし、こと今回の「貴族探偵」というキャラクターにおいては、訓練を受けた本職の俳優よりも相葉ちゃんのほうが適任だったと思うんです。忍成なんてね、その場にいる全員をしっちゃかめっちゃかの混乱に陥れた上に、うぐぐぐぐとか言いながら床にダイイングメッセージを書き殴るあたりの役柄がお似合いなんですよ(大好き!)。 相葉ちゃんが適任だったな、と思わせるのは、5話以降です。女探偵が貴族探偵の正体を暴きにいったことで、徐々に物語が原作から離れていきます。同時に、相葉ちゃんにも新たな演技プランが与えられることになりました。 少し、変えただけだと思うんです。少し変えただけなのに、格段に華やかな人物として「貴族探偵」が浮き立ってくる。「確実に殺せ」というセリフもそうだし、バックハグとか花冠とか、そういう「キメ」のシーンを確実に決めてくる。一方で、「美しすぎる死体」を見つけたときの無邪気なしゃがみ方とのギャップも、1人の人物として違和感が全然ない。 つまりは相葉ちゃんの存在の中に、そうしたギャップが、あらかじめ内包されているんです。 それはきっと、相葉ちゃんが20年近く積み重ねてきた「アイドル」という職業の賜物なんだと思います。司会もするしバラエティも出るし、ステージに立てば5万人を前にして歌うし踊る。スチール撮影の現場なんかでは、何時間だって表情を作り続けることができるのでしょう。だからお芝居の中でも、アップショットで抜かれたら顔面を美しいまま固定できるし、高岡早紀を後ろから抱きしめるときの動作の華やかさたるや、思わず息を飲んでしまう。こうしたキメ顔や動作には、もちろんダンスの素養もあると思いますが、それ以上に「さまざまな自分を見せるプロ」としてのアイドル・相葉雅紀のキャリアが裏付けになっているはずです。相葉ちゃんがアイドルだったからこそ、『貴族探偵』は中盤を過ぎて一気に加速することができた。 いや、正直、そこまで計算されたキャスティングだとは思ってないです。さまざまなタイミングが重なった結果、偶然の産物として化学反応が起こって、原作と映像が完全にハマってしまったのだと思う。私は事前に原作を読んでしまっているので、「原作を受けて」という立場からしか話ができませんし、未読だったらどういう感想を抱いたのかも想像できません。もしかしたら、いつまでも伸びない視聴率が「世間の評判」として正しいのかもしれない。 さらに言えば、こうして相葉ちゃんに好意的な文章を書いているのだって、ドラマそのものが面白かったからであって、あくまで作品のパーツとしての評価でしかない。「これにより相葉雅紀は俳優として大きく飛躍していくであろう」とも、あんまり思ってない。 でもね、この3カ月、私が『貴族探偵』というドラマを心から楽しんできたことだけは間違いないんです。それは、相葉ちゃんが20年近くも国民的アイドルとして超一流の人気者であり続けてきたからこそ、成立した企画なんですよね。何しろ月9で、しかも30周年で、こんな企画そこらへんのタレントじゃ通るわけないんだから。 「面白いドラマができた。そこに、どうしたって相葉ちゃんは不可欠だった」 その事実こそが、相葉ちゃんの今回の最大の手柄だったと思うわけです。 あとNHKの『グッと!スポーツ』は、とてもいい番組だと思うので『貴族探偵』が終わっても頑張ってください。 そんなわけで、来週は最終回ですねえ。なんだか感傷的になってしまうね。 (文=どらまっ子AKIちゃん)フジテレビ系『貴族探偵』番組サイトより
枠移動で絶好調! 日テレ『嵐にしやがれ』視聴率2ケタ安定の背景は……
どうしてあのタレントは人気なのか? なぜ、あんなにテレビに出ているのか? その理由を、業界目線でズバッと斬る「ズバッと芸能人」。 今回は『嵐にしやがれ』(日本テレビ系)について、あらためて検証してみたい。今年4月、土曜夜10時から夜9時に引っ越して以来、毎週2ケタの好調を維持しているのだ。 移動後の初回スペシャルは14.2%(ビデオリサーチ調べ、関東/以下同)を記録。直近の6月10日(ゲスト:滝沢秀明、芦田愛菜)も12.7%、5月13日(ゲスト:岡田准一、小栗旬、渡辺直美)も同じく12.7%という好視聴率をマークした。 移動前の半年間(2016年10月1日から2017年3月18日までの23回)の平均視聴率は9.9%であるに対し、枠移動してからの平均視聴率は12.0%と、約2ポイントもアップしている。 とはいえ、引っ越し前の平均スコアも、このご時世、決して悪いわけではない。だが、当時のウィークポイントは、各回によって数字に「ムラ」があることだった。例えば10月1日に13.1%(ゲスト:石原さとみ、唐沢寿明)を獲得した翌週のオンエアでは6.8%(ゲスト:船越英一郎、バカリズム)と約6ポイントも下げている。 一体なぜ、ここまでの「乱高下」が起きたのだろうか? それはひとえにゲストのネームバリューというより、その前の夜9時から放送されていた「土曜ドラマ」によるところが大きいものと思われる。 こんなデータがある。今年2月18日、『スーパーサラリーマン左江内氏』は10.2%。そのあとの『しやがれ』は10.4%(ゲスト:片岡愛之助)。翌週25日の『左江内氏』は7.9%。そのあとの『しやがれ』は8.3%(ゲスト:松岡修造)。つまりドラマの好不調が、後ろの『しやがれ』に影響していたことがわかる。 4月以降、常に10%強はキープしている人気番組『世界一受けたい授業』の直後に『しやがれ』が移ってきたことが、2ケタキープの大きな要因になったといえよう。 だが、好調の理由はそれだけではない。移動後は、企画のマイナーチェンジも試みている。例えば、ゲストの思い出の品を見ながら人生をひもとく「しやがれ記念館」というレギュラーコーナーの新設だ。 これは、番組開始当初行われていた、年上の男性芸能人から生き方を学ぶ「嵐に直伝!アニキの三か条!」に通じる番組“お決まり”の企画を据えようという狙いがあったと考えられる。 そもそも、この番組は一度、大改革をしている。2015年4月から総合演出が現在の『世界の果てまでイッテQ!』などを手がける古立善之氏に交代し、「今まで見たことのない嵐を見せる」「世の中のどうでもいい真実を嵐が体を張って解き明かす」という新たなコンセプトでリスタートしたのだ。 その頃は、櫻井翔が誰にも気づかれず沖縄でクジラを見たり、手先が器用な大野智が爪楊枝を作ったり、松本潤がかっこよく柵を飛び越えるなど、メンバー主体の企画が放送され、そこに『イッテQ』が得意とするイジリテロップとイジリナレーションが加わり、いわば嵐版『イッテQ』が放送されていた。 だが、そんなメンバー主体の企画の放送も徐々に減り、番組開始当初のようにゲストと一緒にワチャワチャするスタイルが嵐には合っていることがあらためて認知されつつある。また、番組タイトル同様の「○○しやがれ」というフレーズを再びに耳にする機会も増えた。 つまり、10年にスタートした当初のコンセプトが一番“強い”ということが、今のところ証明されているのではないだろうか? 7年目の『しやがれ』は原点に立ち戻りつつも、プラスアルファの色も加わり、さらに盛り返していくに違いない。 (文=都築雄一郎)
8.4%に再浮上した嵐・相葉雅紀『貴族探偵』推理の「弱さ」と、バカドラマとしての「強度」
視聴率、上がりましたね。嵐・相葉雅紀主演の月9『貴族探偵』(フジテレビ系)第9話は、前回から1.4ポイント上昇して8.4%(ビデオリサーチ調べ、関東地区)でした。 今回は、麻耶雄嵩さんの原作『貴族探偵』(集英社文庫)から、傑作の呼び声高い短編「こうもり」が引用されました。ネット上でも麻耶さんファンを中心に「『こうもり』は読んだ方がいい」「次はすごいことになる」と放送前から話題になっていたので、今回の視聴率にはその影響もあったかもしれません。数字は低いより高いほうがいいことは間違いないので、とりあえずおめでとうございます。そんなわけで今回も振り返りです。長いよ。(前回までのレビューはこちらから) さて、ジャニーズドラマであり、月9であり、原作がミステリーマニア向けの本格推理小説でもある『貴族探偵』は、視聴者によってさまざまな見方があると思います。極論を言えば「相葉ちゃんが1時間、流し目してるだけでいい」という人もいるだろうし、「月9なんだから胸キュンさせなきゃ許さない」という人もいるし、「フーダニットにおけるミスディレクションは厳密なアレがアレ」みたいな人もいるでしょう。 今回の第9話は、特にそうした視聴者の属性によって評価が分かれる回だったように思います。なので、とりあえず書き手である私が、どういう立場からこの「こうもり回」を見たのかということから考えてみます。普段は単なる「どらまっ子」ですし、そんなこと考えないですけど、今回は考えさせられた回だった、ということで。 私は『貴族探偵』のドラマ化が決まってから麻耶さんの名前を知ったような半可通でして、一読した感想は以前、第3話(記事参照)でも書いた通り、「あんまり好みじゃないな」というものでした。その「好みじゃない」という印象を深く抱かせたのが、この「こうもり」という短編だったのです。 「こうもり」は、叙述トリックに特化した小説でした。どんな叙述トリックかをわかりやすく説明するには、それこそ「こうもり」本編以上の文字量が必要になりそうなので割愛しますが、とにかく頭のネジが4~5本はブッ飛んでるんじゃないかという(4本か5本かは不明)、「なんでそんなことすんの!?」と言いたくなるようなトリックが採用されています。麻耶さんが、なんでそんなことをしたかといえば、「叙述トリック」という言葉に普段から馴染んでいるマニアにだけ向けて書いた作品だからです。日常的に本格激辛ラーメンを食べている人だけに向けて、「味わったことのないスコヴィル(辛さの単位)を食らえ!」と叫びながら放ったのが、「こうもり」だったのです。 しかも麻耶さんは、このスコヴィルを際だたせるために、一見これを「凡庸なあっさりラーメン」に見えるような仕掛けを施しています。謎解きのアリバイに「犯人がそっくりさんを使った」という超ベタなトリックを用いたのです。第1話のレビュー(記事参照)で「強引な推理の踏み抜きが行われている」と書いたのは、これのことです。 これにより、一般読者は「本格っていうわりに、別に普通だな美味しいけど」といった心境で読み進め、スープを飲み干したとき(叙述トリックが明かされたとき)になって「辛すぎだわ! なんでこんなことすんだよ!」と丼を放り投げることになるわけです。そして一部マニアだけが「ススススコヴィル!(叙叙叙叙述トリック!)」と絶頂に至ることになります。私は辛いものあんまり食べられませんし、そこまでの刺激は求めてませんので、「こうもり」を「ものすごい奇作」だとは思ったけれど、「傑作」とは思わなかったんです。 ここまでが前置き。そういう立場からのお話です。 第4話の「幣もとりあへず」も、同様に叙述トリックがメーンの小説でした。麻耶さんの『貴族探偵』シリーズにおける叙述トリックは、設定を誤認させる(例えば伊坂幸太郎『アヒルと鴨のコインロッカー』における「隣の隣のブータン人は誰なのか問題」とか)のではなく、目の前にある状況を誤認させる(「正=遺体は男/誤=遺体は女」とか)タイプなので、状況をカメラで撮影する映像媒体とは特に相性の悪いものです。この回、ドラマは叙述トリックを「映像化しない」という選択をしました。そして、事件を肉付けすることで面白く仕上げていました。「男女が名前を入れ替えている」というトリックも、そこそこベタではあるのでしょうが、本当にうまくやったと思います。 第9話、「こうもり」の叙述トリックを映像化するのは、まず無理です。しかし第9話で叙述トリックを切り捨てると、「アリバイはそっくりさん」という超ベタな謎解き1本で勝負しなければなりません。凡庸なあっさりラーメンが凡庸なまま供されてしまう可能性があったわけです。 結果、個人の感想ですが、第9話は推理劇としては凡庸だったと思いました。やっぱり「アリバイはそっくりさん」というのはどうしても弱いし(嫁以外の人も別人なら気付くだろと思うし)、真犯人の“第2の殺人”も、凶器については伏線がありましたが、こちらのアリバイの抜け目は最後まで示唆されなかったので若干モヤモヤが残りました。 それでも、今回も原作にない多重推理を創作する手腕は冴え渡っています。第2話の北枕の件(記事参照)と同様に、もともとあった仕掛けに「人の心情」を乗せて人物描写に幅を持たせることにも成功していました。相葉ちゃんの芝居も、回を増すごとに怪しさを増しているように思います。その程度の成功では驚かないほどに、私は『貴族探偵』ドラマスタッフに調教されてしまったということです。 ただ、推理劇としては凡庸だった今回が、実はこれまででもっとも楽しく見ることができる回でもありました。これまでの「使用人たちが一瞬で事件の再現VTRを作ってしまう」というドラマオリジナルの設定を、「生中継もしちゃう」と進化させている。「アリバイはそっくりさん」がアリなら、これもアリだろうとばかりに「使用人のそっくりさん」も2人出しちゃう。映像ならではだし、バカバカしくて、すごく楽しい。 これまで主に、原作の改変に敬意を払いまくっていて偉いな! という話ばかりしてきたこのレビューでしたが、今回はたぶん、脚本家も「ちょっと完璧には無理だぞ」という感触があったんだと思うんです。だから、作品のもうひとつの魅力である「バカ方面」にとことん振り切って、楽しい画面を作り上げた。 偉いな! と思うんですよ。ここのスタッフは、原作の推理劇としての強度を信じ切ることはもちろん、自分たちが勝手に構築した「『貴族探偵』は一方で楽しいバカドラマですよ」という映像作家としての主張と技量も、とことん信じ切っている。だからこそ、叙述トリックを失って強度の下がった今回でも、全体としての出力は決して落とさない。先に「視聴者の属性によって評価が分かれる回だった」と書きましたが、彼らがどの属性に対しても楽しんでもらおうと全力でトライしていたことだけは間違いないと思います。 あと2回かー。なんか、終わっちゃうの寂しいですね。 (文=どらまっ子AKIちゃん)フジテレビ系『貴族探偵』番組サイトより





