“不倫ブーム”なのに……テレビ各局が荻上チキ氏を完全スルー! その意外な理由とは?

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荻上チキ氏
 ラジオパーソナリティーの荻上チキ氏に不倫が報じられたが、これが伝わった7月6日のテレビの情報番組は、ほとんどがこれを取り扱っていなかった。その理由を聞くや、意外なことが判明した。 「ほとんどのスタッフが、荻上氏のことを知らなかったんです」  これは、ある人気情報番組のディレクターの回答。荻上氏の不倫報道について、その中身よりも人物に「誰?」となっていたというのである。 「ネットの速報では“評論家”という肩書きで伝えられていましたが、何の評論家か分からず、改めてプロフィールを調べたほどでした。情報番組の芸能ニュースは基本、知名度で取り扱いを決めるのですが、スタッフ間でまったく知られていなかったので、ボツになったんです」とディレクター。  荻上氏はTBSラジオ『荻上チキ・Session-22』のパーソナリティ。『ウェブ炎上』(筑摩書房)、『セックスメディア30年史』(同)、『ネットいじめ』(PHP研究所)など多数の著書があり、今年は放送文化への貢献を表彰するギャラクシー賞でDJパーソナリティ賞を受賞している。一定の知名度がある人物のようには思える。  ただ、ベッキーとゲスの極み乙女。川谷絵音を筆頭に、桂文枝、宮崎謙介元議員、石井竜也、乙武洋匡、とにかく明るい安村、ファンキー加藤、三遊亭円楽など、延々と続く著名人の不倫がこぞって情報番組の芸能ニュース枠で取り上げられてきた中で、荻上氏は“選外”となったようだ。別の情報番組でも「大変失礼な話ですが、荻上(おぎうえ)さんを最初、萩上(はぎうえ)さんと呼んでしまったほど、知らなかった」と話していたディレクターがいた。  ただ「週刊文春」(文藝春秋)は、大々的にこのネタを扱っている。記事によると、荻上氏は二児を持つ既婚者でありながら、20代の出版社勤務の女性と不倫関係になり、妻に離婚を迫って別居。女性と同棲生活を始めたのだという。記事では荻上氏が事実を認めつつ、「子どもと離れることが難しいと考えたため、現在は関係の修復を目指しています」と話したことなどが掲載されている。  これを受け、荻上氏は自身の番組で不倫の経緯を説明し、「悩みに悩んだ結果、女性との関係は解消しました」と、妻と今後について協議中であると打ち明けてもいる。  荻上氏を知る放送作家によると「彼は過去、不倫について批判的なコメントはなく、番組では『浮気・不倫をしているのは4人に1人』と話していました。数年前にはスマホの普及で浮気がバレやすくなったという解説もしていて、不倫しやすい社会の風潮を容認するところがあったようにも見えた」という。  また、テレビマンの間での知名度が低かった理由については「テレビ向けに派手なキャラ作りをするようなタイプではないから」だとした。 「それより問題は、荻上さんがこれまで散々、子育て論を主張していた人だということ。実際には好きな人ができて家庭を放り投げ、子育てを放棄していたというのは言動の不一致という厳しい見方がされてしまうのでは。『言うことだけは立派だったのに』とファンを失望させた点では、乙武さん、宮崎さんと一緒という印象になりそう」  速報がテレビで大きく取り扱われなかったのは幸か不幸か、いずれにせよ優秀な論客のイメージが不倫ゴシップで崩れたのだとしたら、非常に残念な話ではある。 (文=片岡亮/NEWSIDER Tokyo)

“不倫ブーム”なのに……テレビ各局が荻上チキ氏を完全スルー! その意外な理由とは?

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荻上チキ氏
 ラジオパーソナリティーの荻上チキ氏に不倫が報じられたが、これが伝わった7月6日のテレビの情報番組は、ほとんどがこれを取り扱っていなかった。その理由を聞くや、意外なことが判明した。 「ほとんどのスタッフが、荻上氏のことを知らなかったんです」  これは、ある人気情報番組のディレクターの回答。荻上氏の不倫報道について、その中身よりも人物に「誰?」となっていたというのである。 「ネットの速報では“評論家”という肩書きで伝えられていましたが、何の評論家か分からず、改めてプロフィールを調べたほどでした。情報番組の芸能ニュースは基本、知名度で取り扱いを決めるのですが、スタッフ間でまったく知られていなかったので、ボツになったんです」とディレクター。  荻上氏はTBSラジオ『荻上チキ・Session-22』のパーソナリティ。『ウェブ炎上』(筑摩書房)、『セックスメディア30年史』(同)、『ネットいじめ』(PHP研究所)など多数の著書があり、今年は放送文化への貢献を表彰するギャラクシー賞でDJパーソナリティ賞を受賞している。一定の知名度がある人物のようには思える。  ただ、ベッキーとゲスの極み乙女。川谷絵音を筆頭に、桂文枝、宮崎謙介元議員、石井竜也、乙武洋匡、とにかく明るい安村、ファンキー加藤、三遊亭円楽など、延々と続く著名人の不倫がこぞって情報番組の芸能ニュース枠で取り上げられてきた中で、荻上氏は“選外”となったようだ。別の情報番組でも「大変失礼な話ですが、荻上(おぎうえ)さんを最初、萩上(はぎうえ)さんと呼んでしまったほど、知らなかった」と話していたディレクターがいた。  ただ「週刊文春」(文藝春秋)は、大々的にこのネタを扱っている。記事によると、荻上氏は二児を持つ既婚者でありながら、20代の出版社勤務の女性と不倫関係になり、妻に離婚を迫って別居。女性と同棲生活を始めたのだという。記事では荻上氏が事実を認めつつ、「子どもと離れることが難しいと考えたため、現在は関係の修復を目指しています」と話したことなどが掲載されている。  これを受け、荻上氏は自身の番組で不倫の経緯を説明し、「悩みに悩んだ結果、女性との関係は解消しました」と、妻と今後について協議中であると打ち明けてもいる。  荻上氏を知る放送作家によると「彼は過去、不倫について批判的なコメントはなく、番組では『浮気・不倫をしているのは4人に1人』と話していました。数年前にはスマホの普及で浮気がバレやすくなったという解説もしていて、不倫しやすい社会の風潮を容認するところがあったようにも見えた」という。  また、テレビマンの間での知名度が低かった理由については「テレビ向けに派手なキャラ作りをするようなタイプではないから」だとした。 「それより問題は、荻上さんがこれまで散々、子育て論を主張していた人だということ。実際には好きな人ができて家庭を放り投げ、子育てを放棄していたというのは言動の不一致という厳しい見方がされてしまうのでは。『言うことだけは立派だったのに』とファンを失望させた点では、乙武さん、宮崎さんと一緒という印象になりそう」  速報がテレビで大きく取り扱われなかったのは幸か不幸か、いずれにせよ優秀な論客のイメージが不倫ゴシップで崩れたのだとしたら、非常に残念な話ではある。 (文=片岡亮/NEWSIDER Tokyo)

『震災以降も「原子力ムラ」は何も変わっていない』 原発と共に生きる人たちの現実【前編】

──若手専門家による、半熟社会をアップデートする戦略提言 ■今月の提言 「脱原発議論が捕促しない地元のリアリティを見よ」
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ゲスト/開沼博[社会学者]  原発事故から半年がたった。「脱原発」をぶち上げた菅首相は退陣、新首相が誕生したが、反原発・嫌原発の空気は続いている。放射能汚染についても日々情報が錯綜している状況だ。日本のエネルギー対策は、そして「原子力ムラ」はどうなっていくのか? 本誌8月号にも登場した開沼博氏に、『「フクシマ」論』のその後を聞く。 荻上 東京電力福島第一原子力発電所の事故発生以降、原発についての国民的・世界的関心は一気に高まりました。しかしながら、事故後半年にならんとする現在でも、収束に向けた見通しは不透明で、正確な情報が十分に共有されているとは言い難い。その情報の需給ギャップが、さまざまな憶測や流言が発生する余地を生む状態も、依然続いています。  例えば、「予防原則」という言葉が、実にご都合的に「確かめなくても拡散しときゃいい」「オレがデマ流しても叩かず、『安全でよかった』と笑っておけ」というイイワケとして振りかざされているのは、頭が痛い光景。間違ったことを言ったから叩かれた者が、そこをスルーして「実は自分は正しかったのに、ヒステリックに叩かれた」なんて自己肯定してる姿は、生涯その人のイメージとして脳裏から離れなさそうです。  それにしても、かくも私たちが混乱してきたのは、放射性物質や原発に対する「確かな情報」が社会的にシェアされていなかったからですが、そうした中で論点の需給ギャップを埋め合わせる数少ない試みのひとつが、開沼さんの『「フクシマ」論 原子力ムラはなぜ生まれたのか』(青土社)でした。事故以前から調査されていた原発地域の生活文化の実態や、福島に原発ができた歴史的経緯等を緻密に押さえながら、政策的な議論の前提を提供する役割を好タイミングで果たされていたと思います。 『「フクシマ」論』については方々で話されてきたでしょうし、僕も開沼さんとはこれが実は3度目の対話。そこで今回は、著書を出されて以降、アフターの話をしたいと思います。まずは震災後も取材を続ける中で、2つの「原子力ムラ」、すなわち「原子力ギョーカイ」と「原子力地域キョードータイ」の「その後」の動きに、気になる変化はありましたか? 開沼 研究会や講演でも言い続けていることですが、状況については何も変わっていないと思います。これは、「いや、これだけ変わったじゃないか」という議論を喚起したい部分と、本心からそう思う部分の、両方の意味で言っています。  前者については、例えば環境省の中に原子力安全庁を作る動きなどが挙げられるでしょう。推進側と安全監視側の所管を分けるべきという政策趣旨自体は、確かに必要な方向性。しかし、これまで「CO2削減に役立ち、経済効率もいいエネルギー」といった名目で原発が推進されてきたことひとつ取っても、単なるガス抜き措置に終わるかもしれないという疑義は拭えません。私が本の中で書いた、中央政府内の「原子力ムラ」がオートマチックに動いていく構図は、例えば吉岡斉さんや武田徹さんが10年以上前に分析された状況から大して変わっておらず、それに対する社会の側の問題意識のレベルが今のままでは到底今後も変わり得ない。  そして、地元の側の原子力ムラの状況も、本質的には何も変わっていません。今週も福島に行きましたが、現地の方々の中には東電や政府に怒るより「原発を動かしてもらわないと困る」という声は少なからずある。直接原発で働く労働者はもちろん、彼らが利用する宿、飲み屋、あるいは交通機関の人々と、かつて福島第一原発だけで1万人規模の雇用があったわけですから、その数は無視できるものではありません。むしろ、収束のための作業の発生で、ある面では原発バブル的なものが起きている部分もある。「原発から近い所の人は、即刻原発停止を望んでいるに違いない」という予想を裏切る、非常に根深い問題がそこにはあります。  で、こうした事実を報告すると、「現状維持に加担するのか」と脊椎反射的な反発を受けることがままありますが、もちろんそうではありません。良いか悪いか価値判断をする以前に、現状を認識しないと何も始まらないという当たり前のことを申し上げているのだと、あらためて強調しておきたいと思います。 ■メディアが伝えない「信心」の皮肉な拡大 荻上 震災後の現地の状況について、もう少し詳しく伺わせてください。特に気になるのは、事故収束に当たる原発労働者の実情や、放射性物質の拡散で強制的に「利害関係者」が増えたことの影響です。開沼さんが『「フクシマ」論』のベースとなった修士論文を書かれた時は「皆が忘れ去っている問題」だったのが、今や大きく変わってしまいましたから。 開沼 まず、復旧労働者の間では、圧倒的な日常が流れています。ここには、原発事故を非日常として扱いたがるメディアとの大きなギャップがある。例えば、原発から二十数キロの地点にある原発労働者向けの民宿は3月末には営業を再開していて、行ってみると皆マスクもせずにステテコ一丁で、外で酒を飲んだりしています。その人たちがいわゆる多重下請け構造の犠牲者で、無理やりそこに泊まらされて働いているのかというと、そうではない。いわき市内のホテルは、避難区域指定の影響で、原発直近の4町の労働人口が集中したために、全部埋まっています。そこに泊まれず郡山や茨城のほうから通うとなると、通勤にプラス1時間半くらいかかる。だから、「近くから通えて楽だ」と、進んでそうした宿を利用する状況があるわけです。  また、労働者に「危ないと思わないんですか」と聞くと、「前よりは確かに喰って(浴びて)いい線量の限界値は少し高くなったけど、放射線の勉強をした人に大丈夫だと言われてるから」と、ほぼ気に留めてません。常に線量計をつけて被ばく量を測り、限度が来たら作業をやめる仕組み自体は、以前と変わらない。彼らにとって大事なのは、これまで通りの働き口があって家族を養っていけることで、安全性やリスクに関する「科学的に正確な知識」など、知ってどうなる、という話なんです。  そうした原発近辺や労働者のリアリティまみれの「日常」を見聞きして東京に戻ると、「このままでは全てが破滅だ」「脱原発の流れは揺るがない」といったハイテンションかつイマジナルな「非日常」言説で溢れている。そんな「非日常」に持続性はありません。再度皆が忘れ去っていく「忘却」の問題は、すでに始まっていると言っていいでしょう。 荻上 事故後に放送されたマイケル・サンデルのロールプレイングでも【4月16日NHK総合『マイケル・サンデル 究極の選択』】、労働者にツケを背負わせることの是非、というのがありましたね。実際、「多重下請けの労働者が搾取されていてけしからん」といった議論が、同情論としての反原発のフックになっている面がある。それが「中抜きして賃金を上げろ」というロジックと、「高賃金をエサに危険な労働を押しつけるな」というロジックが同居していたりして、「じゃあ、どんな条件なら働いていいんだよ!?」と思いもするんだけれど、"なんとなく反資本主義"な嫌儲気分が「いや、労働者には労働者の満足や日常があった」という観察を遠ざけてしまっている面はありそうです。それは結局、一部の「切り取り」であり、地方や労働者を政治主体として認めないことにもなりかねない。当事者が増えたこともまた、その争点の整理を再度、難しくしている点もあるでしょうね。
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死の匂いをメディアが排除する! ジャーナリストが見た軍事的リアリズム【前編】

──若手専門家による、半熟社会をアップデートする戦略提言
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■今月の提言 「政治も今後の安保論議も 自衛隊が持つ現実性に学べ!」 ゲスト/田上順唯[フリージャーナリスト]  1954年の創設以来、数々の議論を呼んできた自衛隊。東日本大震災では、救援活動や原発事故への対応などをめぐり、活躍がクローズアップされた。これを機に、彼らを取り巻く状況や議論の争点も変わってゆくだろう。自衛隊への密着取材を続けてきたジャーナリスト・田上順唯氏と、そうした動きの内実と今後の展開を考える。 荻上 本連載ではここ2回、東日本大震災に関連するテーマとして、被災地での復興支援や医療に関する問題を取り上げました。それらの課題に加えて、被災地での救助活動などを通じてあらためてクローズアップされているのが、なんといっても自衛隊という存在です。  言うまでもなくこの国は、憲法9条との矛盾をはらんだ自衛隊という機関をめぐり、肯定的な立場と否定的な立場とに別れ、それぞれのイデオロギーに基づく綱引きや論争を伝統芸のように続けてきました。それは、原発問題のスイシン派とハンタイ派以上に強力で、固着的なものでもあった。ただ、今回の震災での災害救助活動ひとつとっても、そうした価値論争とは別のレベルで、現地のニーズへの対応や組織の在り方などが適切だったかどうか、現実に即した議論も必要になります。それはもちろん、「対災害」を含めた、日本の安全保障の問題をこれから長期的にどう議論していくべきなのかという大きな論点のもと、丁寧に行われなくてはなりません。    そこで今回は、主に安全保障の問題に取り組まれ、自衛隊の取材も続けておられるフリージャーナリストの田上順唯さんをお招きしました。まず、田上さんが実際に被災地で取材された中で見聞きした、隊員の災害派遣に対する意識がどうだったのかをお聞かせいただけますか。 田上 宮城の被災地に行ったのは4月11日でした。現地も混乱しているので、事前に情報を集め、現地の自衛隊部隊にお邪魔しましたが、彼らの口からよく出てきたのは「これは有事だ」ということ。日本では「有事」という言葉は、国と国との武力衝突に限った狭い意味でしかイメージされず、特に左翼の人々は強いアレルギーを持っていますが、現場の隊員にとっては、自然災害であっても敵からの攻撃であっても、国民の生命財産に対する破壊という意味では同じです。実際、災害派遣でやっていることは、まず偵察隊が情報を収集し、本隊を呼んで補給線を確立して......といった作戦行動であり、外国から攻められた場合とでは、弾を撃つか撃たないかの違いしかない。  なので、お会いした自衛隊の方たちは、「我々はライフルをスコップに持ち替えて戦っている」という認識を皆お持ちで、さらには「自分たちが国の最後の砦。ここでどうにかせねば、復興のフの字も始まらない」という、背水の陣で臨む高いモチベーションを感じました。 ■冷戦構造崩壊を経て変化したドクトリン 荻上 戦後の長い間、「有事」という概念は日本人にとって非常に日常から遠いものでした。しかし3・11以後は、被災地との距離感にもよりますが、少なくとも日本国内に「有事こそが日常」になった人たちも相当な割合でいて、節電などの形で国民全体が共有する感覚が生まれたと思います。「社会」や「国家」を強く意識せざるをえない環境の中で、逆に3・11以前から潜んでいた、「平時」にも抱えていた諸問題が露骨に顕在化するケースが見受けられたのですが、今回の自衛隊の災害派遣についてはいかがでしょうか。 田上 自衛隊に割かれた防衛予算が諸外国に比べて高いとずっと言われていますが、その大部分が人件費と糧食費なんですよね。それを除いた正面装備に回されるお金が、総額として多いのか少ないのかはわかりませんが、現場レベルで適切な配分がされていないのは確かだと思います。  自衛隊の装備品は部隊単位ごとに編成表で定められていて、例えば普通科(歩兵)中隊なら小銃何丁、機関銃何丁、対戦車ロケット何門というように、書類上では配備されていることになっています。しかし、実際には予算がつかなくて配備されていない、あるいはゲリラなどに対処する一線部隊に貸し出されていたりして本当は「アレもないコレもない」というケースが非常に多いんです。  今回の災害派遣に即して言えば、いかなる地形地物も克服する上で機械化が不可欠でしたが、ジープやヘリの数が足りずに運用に支障が出たり、施設科(工兵)部隊のショベルカーなどの重機が足りず、結果的にスピードが要求される発災直後の救助活動で人力に頼らざるを得ず、人員に過度の負担が集中しました。そういう部隊レベルの具体的な問題は山ほど明らかになったでしょう。 荻上 では、ここ数年は国際情勢や国家財政の悪化を理由に、「軍縮」の動きが取り沙汰されていましたが、そうした議論への見直しなどが起こるのでしょうか。
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「出会い系からオナカップまで」合理化が加速する"セックスメディア"は今後どうなる!?

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 荻上チキ氏と言えば『ウェブ炎上』(ちくま新書)、『社会的な身体』(講談社現代新書)などでネット・カルチャーを主なフィールドとする気鋭の批評家だ。そんな彼が新たに目を向けたのが出会い系サイトなどアダルト産業。一見、これまでの仕事とはかけ離れた分野なようだが、これまで一貫して「メディア」に関心を寄せ続けてきた荻上氏だけに、新著『セックスメディア30年史』(ちくま新書)では、出会い系サイトからオナカップ・ラブドールといったものを遡上に乗せ、第一人者のインタビューを織り交ぜて、その興隆の秘密を解き明かしている。  同書では、第3章を『何がエロ本を「殺した」か?』というタイトルにしているが、ここで思い出されるのが、2006年に刊行された、安田理央氏・雨宮まみ氏による共著『エロの敵』(翔泳社)である。安田氏は、この本のあとがきで、「エロの最大の敵は、エロが『価値を失ってしまうことだ』」と綴っていた。  あれから5年を経て、エロの世界はどう変わったのか。そして、荻上氏の「セックスメディア」と安田氏の「エロ」の意味の違いは何か。荻上氏と安田氏に、じっくり膝を突き詰めて語って頂いた。 ――そもそも荻上さんがアダルト産業にご興味を持たれた理由は何でしょう? 荻上 「だって男の子だもん」というのが第一の理由ですが(笑)、メディアそのものの栄枯盛衰がクリアに見えるのが何より面白いですね。安田さんの本からもすごく勉強させて頂きました。この30年、安田さんが書かれたように、雑誌のようにエロが衰退していく面もあれば、動画サイトのように、注目を集めてより発展していく部分もあった。僕自身、高校生まではエロ本を見てましたが、インターネットをはじめるとエロ本はほとんど読まなくなりました。そうした自分が見てきた風景、アダルト産業の移り変わりを、まずは当事者に聞きつつ、その背景にある産業構造を解き明かしたいという動機で『セックスメディア30年史』を書きました。 ――安田さんは、荻上さんの本をお読みになられてどういう感想を持たれましたか? 安田 僕が不思議だったのは、何で雑誌を取り上げたのか、ということですね。他のものは発展途上なのに、雑誌だけ「終わった」話なので......。他の章は面白く読めたのですが、そこだけ悲しいんですよね。 荻上 確かに。ただ、「何が、何に変わったのか」という、機能の移り変わりを見るためには雑誌は欠かせなかったんです。今回の本では、意識的にコンテンツの話はせず、メディアやプラットフォームの話に特化しています。この本の構成は、第1章のテレクラと第2章の出会い系サイトが対応していて、第3章のエロ雑誌と第4章のアダルトサイトを対応させていて、プラットフォームとしてのエロ本だけに特化させていました。 安田 テレクラは出会い系サイトに発展しているからね。
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荻上チキ氏。
荻上 そうですね。しかも、同じ業者が業種替えしたケースが多い。一方で、雑誌はサイトを作らないじゃないですか。サイト経由でも売れないという話ですし、版元のサイトにも宣伝ページすらないものさえ多い。だから、ビフォアーとアフターでうまくジャンプできたケースと、そうでないケースとして、悲しいけれど歴史として雑誌のことを取り上げる必要がありました。ただ、元気のないものの代表として出したのではなく、雑誌が今後を模索することに対する希望が、個人的に込められていたりするんです。 安田 実は『エロの敵』を書いていた時に、エロ本のところを書いていたら、全然明るい話がなかったんですよ。本当に辛かったね。どう考えても光明が見えないんだよ。 荻上 それでは、エロで文章を書く、という仕事もかなり影響があったのではないでしょうか? 安田 僕も風俗ライターは5年くらい前に廃業しているんですね。風営法の改正で風俗がデリヘルばかりになって、お店のシステムもほぼ一緒だし、書くことがなくなっちゃったんです。女の子のことだけになるとカタログ記事だけでいいし。 荻上 松沢呉一さんも、随分まえに「廃業」を宣言しましたね。エロサイトのレビューでも、これまでのライターとは違う文脈の人が書いていますし、CGMで情報が共有されるようになっていますからね。 安田 DMMアダルトのレビューでも同じだよね。一つの動画にたくさんレビューが掲載されているから、自分に合った情報を見つければいいだけで。 荻上 DMMアダルトには映画と同じく、「ネタバレ注意」というのがあって、動画のどこで何をしてるのか全部フローが書いてあるものもありますね。風俗店やAVメーカーのサイトも、女の子にブログ書かせたり動画を載せたり、メルマガで情報発信するようになっている。自前でなんでも用意できちゃうんですよね。 安田 ライターの居場所がなくなっちゃったんだよね。 ――パソコン通信のころからネットの世界を知っていらっしゃって、ブログも人気の安田さんから見て、出会い系サイトやアダルトサイトはどう映っていらっしゃるのでしょう? 安田 さっき荻上さんがおっしゃっていたけれど、雑誌以外のところにはコンテンツがないんだよね。例えば「動画ファイルナビゲーター」の話も、メーカーが作ったものをもらってくるわけで。僕はエロコンテンツに興味があるんだよね。だから、出会い系も、どんなことがあったかという話が好きであって、データだけが欲しいわけじゃないんです。昔、松沢呉一さんと話していて、「風俗の仕事をやらなくなったら行かなくなるだろうな」と言われて「ええっ」と思ったけれど、実際に自分も仕事をやめたら行かなくなったんだよね。 荻上 なるほど。つまり、「抜き」より「語り」の方がウエイトが高かったんですね。 安田 そうなんだよね。結局、自腹で遊びに行ってもネタとして書きたいというのがあったので、ユーザーとはちょっと違ったんだな、と。僕の中でセックスメディアとして出会い系は入ってこないですね。セックスメディアとエロメディアでは全然違うじゃない? 荻上 実のところタイトルはずっと「アダルトメディア」と書いていたんですけれど、編集に「セックスと入れると売れますよ、と言われて変えたんですが(笑)。 安田 でも「セックスメディア」が正しいよね。 荻上 僕の本は、アダルトな隠微さを求めているひとの話ではたぶんないんですよね。快楽もさわやかな快楽で、TENGAも情報の透明化をしようという話がベースだったので、物語としても猥雑さをむしろ取っていく話でもありますね。 安田 言ってみれば、『エロの敵』は物語が死んでいく話で、荻上さんの本はエロから物語を切り離して軽やかになっていく話なんじゃないかな。荻上さんの本を読んで思ったんだけど、みんな「損したくない」というのがユーザーにありますよね。僕は古い世代の一番最後に属する人間だと思うんだけど、エロっていかがわしくて損をするのも含めてという意識がありますね。 荻上 例えば今では、「漫画実話ナックルズ」(ミリオン出版)などでは、こんな風俗嬢が出てきてがっかり、みたいな話がまだありますが、そういうのは少なくなりましたね。
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安田理央氏。
安田 女の子の話はそんなに面白くない。ひっかかる男の話の方が好きなんだよね(笑)。それで、僕が風俗ライターやめようかな、と思ったのは、編集者に「もっと読者に得になることを書いて下さい」って言われたんですよ。僕らとしてはひどい目にあった方が面白いじゃん、と思っていたんだけれど、編集者や読者ニーズは変わっていて、06年や雑誌も得するとか損しないとかいうことばかりになっていた。 荻上 サイトでも雑誌でも、クーポンとかQRコードと連動とかが当たり前になっていますね。情報の透明化と、媒体のカタログ化が進んできた。 安田 どんどん合理化しているけれど、書く側からは面白くない。今、エロならエロのコアの部分だけでいい、と。これは、アダルト産業すべてに起こっていることで、そうするとライターはいらなくなる。まぁ、ライターだけで食べていくということは他の分野でも難しいことですけれどね。 荻上 しかしそれは、多くのユーザーにとってはいいことだった。自分にとってベストマッチされるニーズになっていったんだから、市場が求めていることですよね。これは悲しむこともできるし、肯定することもできる。年長のライターの方々はコンテンツに思い入れがあるけれど、僕はメディアそのものの便利さなどにも愛着があるため、本には、その両方の思いを乗せてみたかったんですよね。 ――市場のニーズが変わってメディアが追従していくのか、それともメディアの変化で市場が変化したのか、どちらなんでしょう? 安田 いいプラットフォームが出来るかという話だよね。受け入れられないとニーズがないということだから。それで消えていたプラットフォームがたくさんあるわけで......。 荻上 ニーズを上手く汲み取ったプラットフォームがさらに市場を拡大していく、という循環運動だけがあるんじゃないでしょうか。99年にできた「動ナビ」はサンプルサイトを紹介することが重大だった。そうした動ナビに多くの人が集まり、サンプル文化がますます成長していった。といっても、動ナビには実は雑誌文化的なところも内在されていて、雑多なニュースコーナーも人気でしたよね。情報が拾われることで数十万人に広がることがあった。 安田 自分のブログも取り上げられたことあるけれど、あそこで紹介されるとえらいことになるんだよね(笑)。 荻上 化け物サイトでしたからね(笑)。本の中で繰り返し書いたのは、一つの理由で産業が変わるということはないのだけど、必ず複数の理由でビジネスを継続していこうとする、ということですね。 安田 あと、エロは状況やメディアの形によって内容がすごく変わるんですよね。例えば、エロ本でもシール留めが義務付けられると表紙に本の内容を全部書いちゃうとか。あまり抵抗しないで、適応していこうというのがエロの業界の基本です。 荻上 まさに適応の好例と悪例の歴史ですよね。ここ20年は不況が続いていて、金がなくても出来るエロというものに最適化した産業がたまたまいくつかあった。廉価なオナカップだったり、無料サイトだったり、上手くいけばタダでできる出会い系サイトだったり。ユーザーマインドと市場の形が循環的にシフトしたんですよね。 ――それでは、最後にお二人の今後のセックスメディアに対する向き合い方をお聞かせ頂ければと思います。 荻上 今回は「利用する男側の歴史」、しかも主にマスターベーションに重きを置いたものでしたが、次は出会い系サイトなどでの売春婦調査を元に、性を売る女性の話を書くつもりです。いろいろな書き手の方がこの分野から撤退した今だから、「アフター」の話を書きつらねていきたい。 安田 僕はエロ本には最後までつきあって、死を看取ることになるのだと思いますけれど、そうじゃない方法を模索はしたいんですよね。本当はエロのフィールドから出たくないんだけども(笑)。でも、従来のエロライターみたいなことをやりたければ趣味でやるしかないとは思っています。 (構成=ふじい・りょう) ●おぎうえ・ちき 1981年生まれ。メディアから社会問題まで幅広く調査・分析する批評家。思想系メールマガジン「αシノドス」編集長。著書に『ウェブ炎上』(ちくま新書)、『いじめの直し方』(共著/朝日新聞出版)、『ダメ情報の見分け方』(共著/NHK出版)など。 ●やすだ・りお 1967年、埼玉県生まれ。雑誌編集プロダクション勤務、コピーライター業を経て、94年よりエロ系フリーライターとして独立。風俗、AVなどのアダルト系記事を中心に、一般週刊誌からマニア誌まで、幅広く執筆。その一方で、AV監督やハメ撮りカメラマンとしても活動する。主な著作に「デジハメ娘。」(マドンナ社、03年)、『日本縦断フーゾクの旅』(二見書房、04年)、『エロの敵~今、アダルトメディアに起こりつつあること~』(翔泳社、06年)など。
セックスメディア30年史 人類の歴史。 amazon_associate_logo.jpg
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内定取り消しにブラック企業……若年雇用問題の解決に必要な"公共"の精神とは!?【前編】

若手専門家による、半熟社会をアップデートする戦略提言 ■今回の提言 「個人化された労働者が会社と交渉できるシステムを作れ!」
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ゲスト/坂倉昇平[NPO法人POSSE理事]
     川村遼平[NPO法人POSSE事務局長] ──今回のゲストは、若年層の労働問題の解決・支援に取り組むNPO法人・POSSEの理事・坂倉昇平氏と、同事務局長の川村遼平氏。若者の労働をめぐる状況は悪化の一途をたどっているように見える。この状況を脱するために奮闘するお2人に話を聞いた。

荻上 今回は、若者の労働問題に取り組まれているNPO法人POSSEから、事務局長の川村遼平さんと、広報ミニコミ「POSSE」編集長の坂倉昇平さんをお招きしました。  大きな雇用情勢の流れを見るに、リーマンショックで底をついて以降、世界的には緩やかな回復傾向にある中で、日本は一進一退を繰り返しながらも、なかなか長期不況を脱しきれていない状況です。直近では、全世代的に多少の雇用改善が見られたものの、15~24歳の完全失業率はむしろ上昇、季節調整後の数値は11.1%にも達しています。これはかつて就職氷河期といわれた十数年前よりもさらに悪い。卒業年度の景気は生涯賃金にまで影響を与えるため、これからさらに「失われた世代」が生まれ続けてしまうということです。こうした現状がある中で、まずはPOSSEの活動を立ち上げられた経緯と、問題への取り組みのスタンスをお聞かせ願えますか? 坂倉 POSSEを立ち上げたのは、5年前の2006年です。当時はちょうど非正規雇用の問題が話題になり始めていて、それとセットで「若者がどんどん堕落しているから、非正規になっているんだ」というような自己責任論や俗流若者論が出てきた時期でした。そのため、実際にトラブルを抱える若者の労働相談事業を軸にしながら、まずはマスコミ上での粗雑な議論に対して、若年雇用の実態を正確に把握し、公表するための調査活動が、POSSEとしての最初の活動でした。  一方で、07~08年くらいになるとマスコミの自己責任論に対抗するかたちで「ロスジェネ」(かもがわ出版)などの雑誌が登場して、若者が虐げられている状況や貧困問題を告発する、いわゆるロスジェネ論壇が形成されていきました。そうした動きには社会的な啓発という意義はありましたが、その機運が若者全体に共有され得るものだったかというと、あくまで一部の文化人による表現にとどまり、当事者の間で影響を持ちにくいという印象がありました。既存の言説へのダメ出しが中心で、若者労働者の生活を改善できるような具体的な政策論が語られることはほとんどなかったと思います。    ですから、「こういう実態があって、ひどい」と憂うのではなく、現場に根付いた調査に加え、建設的な政策論を提起していくべきだと考え、情報発信のために自分たちの雑誌の刊行を始めたのです。 川村 僕は07年からPOSSEに参加していますが、現在は板倉が雑誌担当として若者雇用に関してどういう議論があるのかを整理し、僕が個別の労働相談の担当として現場の声をきちんと集め、代表の今野(晴貴)が政策分析をするという役割分担になっています。相談担当としては、月に30件ほどの事案を受け、相談者の雇用状況の改善手段を提示していく。そうして垣間見えてくる実態を、さらにはアンケートなどを通じて調査し、雑誌媒体などで発表していく。これが、僕たちの基本的な問題への取り組み方です。 ■「ブラック企業」と若年雇用の問題の実態 荻上 雑誌「POSSE」の9号では「もう、逃げだせない。ブラック企業」という特集を組まれています。「ブラック企業」というのは、00年代後半に雇用情勢の悪化によって労働環境における被雇用者の立場が弱くなっていくのに呼応するかたちで、その待遇が非人道的であったり、労働基準法に反する理不尽な要求をしてくるような会社を総称するキーワードですね。 坂倉 ブラック企業という言葉は、一般的には「労働関連法令に抵触するような働かせ方をする、特別にひどい会社」というニュアンスで使われていますが、もともと日本の労働環境においては、法令違反や非人道的な働かせ方は一般的でした。サービス残業は常態化し、長時間労働時間への規制が機能せず、過労死ラインを超えて働かせる企業に対する取り締まりすらありません。仕事内容の面でも、会社が労働者の事情を無視した配置転換などの指揮命令権を無限定に発揮することができたりと、労働者が「社畜」とまで揶揄される雇用慣行がまかり通ってきました。ただ、それでも我慢してとにかく会社にしがみついていれば、見返りに長期雇用と年功賃金で生活が守られるという「常識」が存在し、その実態はさほど問題化されなかったのです。もちろん、過労死した労働者や、中小企業の労働者、女性などはその保障の限りではなかったのですが。  しかし、労働政策学者の濱口桂一郎氏が指摘しているように、その長期雇用慣行が崩れ、最近では「試用期間切り」に象徴的ですが、がんばって働いても会社が雇用を保障しないという不安定な状況が広まったことで、これまで問題性が潜在化されていた労働環境が、あらためて「ブラック」として概念化されるようになってきたわけです。 川村 実際に街頭アンケートをしてみて問題だと感じるのが、違法状態を経験している若者は半数以上いるにもかかわらず、そのうちの8割は何もしないで泣き寝入りしてしまうという回答なんですよね。労働相談の現場でも、例えば試用期間であっても労働者をクビにするには一般正社員と同じく合理的な理由がなければならないはずなんですが、「会社と価値観が合わないから」といった非常に曖昧な理由で切られたり、頑張って正社員になって成績を上げていても急に会社とコミュニケーションが取れなくなって、それまで一度も叱責を受けたことのない人がいきなり最低限の評価を食らって辞めさせられたりするケースがよくあります。それでも多くの場合は、辞めさせられた人が「この会社、おかしいじゃないか」と声を上げることなく、しかも自己都合退職を迫られるので、失業保険を3カ月間受給できないというペナルティまで発生してしまう。相談に来る人のほとんどは自分が悪いと思わされてしまっていて、その中で「ただ、自己都合で辞めると困ってしまうから、せめて会社都合で辞めるかたちにしたい」という、本当にギリギリの状況に追い込まれてからの事案が多いんですよね。そういう人たちが異議申し立てとまではいかなくとも、とにかくSOSを発信できるようにしようというのが、僕たちの問題意識です。  ですから、若年雇用の問題が、単にマッチング機会を増大して内定率が回復すればいいんだという数字の議論に落とし込まれてしまうことに対しては非常に疑問を抱いています。
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自殺は個人の問題ではない! 社会問題解決のため、我々がなすべきこと【前編】

若手専門家による、半熟社会をアップデートする戦略提言 ■今回の提言 「社会からの『排除』解消に政権をもっと利用しよう!」
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ゲスト/清水康之[NPO法人ライフリンク代表] ──社会の現状を打破すべく、若手論客たちが自身の専門領域から日本を変える提言をぶっ放す! 今回のゲストは、NPO法人「ライフリンク」代表として自殺問題に取り組む自殺問題に取り組む清水康之氏。13年連続で自殺者が3万人を超えるこの国で、その対策が待ったなしであることは一目瞭然。今為すべきことで、できることはなんなのだろう?

荻上 今回お招きしたのは、自殺対策支援センター「ライフリンク」の代表である清水康之さんです。先日、菅直人首相らが「一人ひとりを包摂する社会」特命チームを作り、「一人暮らし高齢者、児童虐待、不登校、DV、離婚、貧困、非正規雇用、孤独死、自殺」といった問題やその可能性を抱えた人たちが孤立しない社会を作るために邁進するという旨を発信しました。この特命チームのメンバーに、貧困問題の湯浅誠さんと並んで抜擢されたのが、清水さんでした。  これまで、自殺の問題について国が本腰を入れて対策を考えるということはなかなか進まなかったわけですが、「無縁社会」「孤族」といったキーワードを大手メディアが積極的に報道しているように、今まで焦点が当たらなかった個人の悩みや問題行動を社会がケアすべきだという気運が高まっており、政府もようやく重い腰を上げたように映ります。排除型社会から包摂型社会へという流れは、菅直人がかねてから言っていた「最小不幸社会」という理念の延長線上にあるのでしょう。こうした動きを、清水さんはどう評価されていますか? 清水 今回の特命チームは、社会的排除に遭っている人たちへの直接的な支援をするということだけではなく、人が社会から排除されていくメカニズムをちゃんと解明して、その大元になっている問題に修正をかけていく、あるいは拡散のメカニズムを明らかにして、リスクの封じ込めを図れる社会にしていく、という問題意識で行われています。  これまでは自殺の問題にしろ貧困の問題にしろ、虐待、高校中退、あるいは孤独死、介護疲れなど、さまざまな局面で出てきている問題がバラバラにとらえられていて、それぞれで手当てをしようというものでした。あるいは、せいぜいそこから少し踏み込んだ形の対策にしかなってなかった。それらの問題が全体としてどう重なり合っているのか、どういう因果関係を成しているのか、というところまでは分析してこなかったんですね。そもそもそれ以前に、分析できるようなデータがなかった。  そこで特命チームでやりたいと思っているのは、まさにそうした社会問題の噴出の仕方を解明し、そこに踏み込むことです。これまではそうした時代的なニーズを市民の側が訴えてこなかったし、あるいはある程度やり過ごせるくらいの規模の問題だった。しかし、それが今はもうやり過ごせなくなっているし、メディアからの追い風もあるので、この際だからきっちりやろう、ここできっちりやらなければ、ということで、現場で活動してきた私や湯浅さんと官邸とが、一致結束して踏み出しました。水際の自殺対策だけではない、ある分野だけの解決策だけでもない、包括的な枠組みで進めていこうという特命チームの動きが可能になったのだと思います。

セクショナリズムを超える調査法の確立を

荻上 これまでの社会は、制度面でも関心面でも「社会問題のセクショナリズム」に陥っており、そのために効果的な施策に結びつかないという欠点がありました。自殺に限らず、無宿者、売春婦、非行少年など、社会が問題だと考える行為をする者の多くは、経済、家族、教育、病気など、複合的な要因の帰結としてあるわけですが、多くの場合はその表出面としての「社会問題行為」のみを取り締まるだけにとどまり、背景にある問題群に対する総合的なケアの議論は遅々として進まなかった。  しかし気づかされるのは、別々の「社会問題行為」であっても、背景にある要因はかなり似通っているということです。そのため、「社会問題行為」を発見するためのワンストップ窓口と、関連する複数の対策組織のネットワークを作っていく。そうして「自殺対策」に限定されない、さまざまな問題に対しても、より大きな枠組みでの対策を築き上げていく必要がある。それは当然ながら、官僚組織のタテワリを打破しなくては実現しがたいことでもあるわけですね。 清水 そうです。これは行政の枠組みの中では、ある意味パンドラの箱を開けるような行為になるので、各省庁の合意を得てから進めるというのは難しい。だから官邸主導で進めていくしかない。もちろん、そこは単純に官僚を排除するのではなく、それぞれの省庁の枠にとらわれない、本当に国益のことを考えているスーパー官僚といえるような方々に協力していただきながらですが。  我々が腹を決めているのは、「調査をやる」と決めさえすれば、おのずと調査の結果が語りだしてくれるはずだということ。今この社会で何が起きているのか、何が問題でどういう対策が必要なのかを、我々自身が訴えるんじゃなくて、徹底的に調査をして、その客観的なデータに語らせる。そうすればおのずとパンドラの箱は開いて、そこから対策は進めざるを得なくなるだろう。そういう覚悟で今やっています。 荻上 「近代看護の母」であるナイチンゲールは、統計学をふんだんに用いたことで有名です。今から約150年前、クリミア戦争の兵舎病院にて多くの死者を出す原因が、直接の傷にではなく感染症などにあることを突き止め、膨大なデータを政府に突きつけて衛生管理と予防医学の重要さを訴え、医療改革を要求しました。優れた調査は、社会問題を可視化し、早急な応答を要求する力を助けます。しかしこれまで日本では、 本当のニーズを掘り起こすための統計という力を過小評価し、必要なデータが取られずにきました。  反貧困運動のひとつの成果に、民主党政権下における貧困率調査を復活したことが挙げられます。社会の不幸の数というのは、そのまま国政の失点にカウントすべきものですから、「これだけの不幸を放置したままでいるのか」と訴えるためのデータは最大の武器になります。清水さんが携わっておられる自殺統計もその最たる例ですね。まずはデータを取りそろえて国に直談判をし、より大きなデータを取らせて対策を迫っています。今後、清水さんはどういった活動を展開していくのでしょうか?
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明日にはあなたも当事者に!? "関心鎖国"日本で始めるべき対話とは【前編】

若手専門家による、半熟社会をアップデートする戦略提言
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「日本の社会運動の今後は、 スーチー氏に学ぶべし!」 ゲスト/大野更紗[作家] ──社会の現状を打破すべく、若手論客たちが自身の専門領域から、日本を変える提言をぶっ放す! という本連載、今月のゲストは、大学院生で作家の大野更紗さん。難民問題をはじめ、ビルマの民主化運動の研究と支援をしながら、自身も自己免疫疾患系の難病と闘う大野さんと、"関心鎖国"たる日本の現状となすべきことを考えます。 荻上 ここ2回の本連載では、対中韓関係で高原基彰さん、対ロシア関係で廣瀬陽子さんにご登場いただくという「外交シリーズ」で日本の内憂外患について考えてきましたが、今回はさらに一般の日本人が目を向けることの少ない「外」と「内」、2つの難題と身をもって闘われている大野更紗さんをお訪ねしています。  まず「外」の難題としては、昨年9月に日本でも第三国定住(当事国の紛争や迫害を逃れて近隣国で生活する難民を、より安全な国へ避難させて庇護する国連の難民支援制度)での受け入れが始まったビルマ難民の問題。大野さんは大学生時代から、NGOなどを通じてビルマ民主化運動の研究と支援に携わられています。  そして「内」の難題が、大野さんに2008年にふりかかった自己免疫疾患系の難病です。ある日を境に、全身の筋肉が激痛を発して思うように動かなくなり、自ら難題の当事者となっていく過程で初めて気づかれた発見や思いを、ウェブ上での連載エッセイ「困ってるひと」(ポプラ社WEBマガジン「ポプラビーチ」)にて綴られ、ツイッターなどでも大きな話題になっており、僕も大ファンです。未読の方はすぐにググるように。ガチで必読です!  多くの人にとっては「世界の外部」に位置づけられていても、当事者にとっては命がけの難題というものが、この社会にはたくさんあります。ご自身が大変エクストリームな経験をされてきた大野さんのユーモアあふれる文章は、そうした当たり前のことに気づかせてくれる。大野さんに伺いたいお話は山ほどあるのですが、まずは「外」たるビルマの問題に興味を持ちだした経緯からあらためて教えていただけますか。   大野 文化系女子憧れの若手論客のチキさんから、そんな導入をされてしまうと、すごく緊張してしまいます(笑)。わたしが個人的な体験として、最初にビルマ難民問題に出会ったのは、上智大学に入学した04年、1年生の夏でした。最初はデリダとかフランス思想に漠然と憧れがあってフランス語学科に入っていたので、アジアにはまったく興味がなかったんですけど、「アジアに関して何かテーマを選んで、フィールドワークをしなさい」という授業があったんですね。で、わたしはフランス憲法の大家である樋口陽一さんの、早稲田大学の構内に忍び込んでプチストーキングしてしまうくらいのファンだったんですが(笑)、その著書『個人と国家』(集英社新書)の中に、「アウンサンスーチーさんのことは放っておけない、ラングーンのことを忘れてはいけない」という一節があったんです。その一行をきっかけに「じゃあ、やってみよう」と思い立って。 荻上 のめり込むと一直線になってしまうタイプなんですね(笑)。 大野 そうそう(笑)。それで、たまたま上智大のある四谷に、日本のビルマ難民支援の中核を担うNGO「ビルマ市民フォーラム」の事務局があったんですね。そこへ電話して紹介してもらったビルマ難民の方にインタビューをしたのが、最初のかかわりでした。その方は、1988年の民主化運動で学生活動家としてスーチーさんの警護などを担当していて、軍事政権の手でビルマの刑務所に数年間投獄され、拷問を受けた経験もある人です。そうした生々しい話はもちろん衝撃でしたが、それ以上に心が痛んだのが、彼が置かれている生活状況でした。彼はタイを経由して日本に逃れてきたんですが、日本に滞在するために何年も国と裁判で争わなければならなかったことや、月曜から土曜まで毎日深夜に青果工場で底辺の労働者として一生懸命働きながら、そんな環境下で唯一休める日曜も、ビルマの民主化問題への支援を日本の市民に必死に訴えていること。彼のほかにも、入管に収容されて何年も苦しんだりしている人々がたくさんいて、難民の置かれているつらい立場があまりにも顧みられない日本の「難民鎖国」ぶりに、すごくショックを受けたんです。  それで、05年にスマトラ沖大地震の救援活動へ参加し、タイの被災地に行ったその足で、初めてビルマ国境上の難民キャンプに行きました。そこで難民の人たちと生活を共にしたり、一人ひとりのライフヒストリーを聞き取りしたり。一方で日本では、刑務所のような品川や牛久の入管に収容されてる難民申請者の人たちにひたすら会いに行って。ビルマ語もできないし、弁護士でも行政書士でもないし、伝言代わりくらいにしかならない。なんの助けもできないんですけど、とにかく難民が生きる現場を見聞きする活動に没頭したのが、わたしの大学生活でした。 ■「関心鎖国」からいかに 人々を解き放つか 荻上 今この国は、「難民鎖国」だけでなく、貧困やマイノリティへの差別など、自分の視界に見えない人々の問題に対する関心が全般的に低下した「関心鎖国」状態にあります。少なくとも、期待値より低いという認識といらだちがあるから、僕らは「社会問題化の作業を急げ」と叫ぶ役を担うわけです。大野さんがビルマに関心を持たれたのは偶発的ではあるけれど、思想書等に触れながら、おそらく社会参加への「スタンバイ状態」に身を置いておられたんでしょうね。しかし、いざ自分がそういう関心を持つ身になると、そうでない人々から浮いてしまう感覚、あるいは逆に、すでに市民団体などで「運動」に携わっている人々とのギャップなども感じられたのでは? 大野 はい。やっぱり学科でこんなことをやっているのはわたしだけなので、「更紗ちゃんはえらいよね」と遠巻きに見られるだけでした。難民支援のNGO関係者や弁護士やジャーナリストの方たちはほぼ父親や母親世代なので、同世代の人とほとんど関心を共有できないことは、とても孤独でしたね。大学から一歩踏み出せばそこにある現実なのに、まるで別世界としか見られなくて。  一方で、今の日本の人権系NGOや市民運動って多くがベ平連(ベトナムに平和を!市民連合)やインドシナ難民支援などの流れを汲んでいますが、例えば、主だった団体がひとつのビルにいくつもまとまって入っているような、すごく狭い世界なんですね。日本の市民運動の創成期を支えてきた団塊世代の人たちは、もう自分たちの信念や運動の方法論が良くも悪くも確立されている。その下の世代の30~40代の人たちは、運動への熱意はあっても結局食べていくことに精いっぱいで、活動は疲弊してしまって、20代以下の若い人を育てる余裕もない。そういう中で、社会運動が掲げる人権や貧困といった言葉と、「普通の人」との断絶がどんどん大きくなっていってしまっているという実感が大きかったです。  そういう、「どうやったら伝えていけるんだろう?」というフラストレーションが自分の中で最高潮に高まったのが、07年9月にビルマ全土で起きた民主化蜂起です。「今度こそ、ビルマが変わる」と血が沸いた。でも、結果は軍政の武力弾圧で何百人もの犠牲者が出て、数千人という人たちが投獄されました。寝る時間もなくPCに張り付いて情報を集めてニュースの翻訳をし続けるか、イベントの運営に奔走するか、議員会館にロビイングのお手伝いで走っていく日々の中、次第に無力感やストレスがたまっていきました。

【宇野常寛×荻上チキ】2011年、カルチャー的歩き方を考える~ガイドブック付き!~

昨年7月号よりサイゾー本誌で連載が始まった、「CYZO×PLANETS月刊カルチャー時評」。タイトルに冠された「PLANETS」とは、批評家・宇野常寛氏が手掛けるインディペンデントマガジンだ。毎号8~10Pに及ぶこの大型連載を総まとめし、さらに、橋本愛や窪田正孝といった旬な役者、渡辺あやに入江悠ら注目のクリエイターたちへのインタビューをはじめとしたオリジナルコンテンツを加えたムック『CYZO×PLANETS SPECIAL PRELUDE 2011』が昨年末発売された。この本の意図するところは何なのか? 同じく本誌連載陣である批評家・荻上チキ氏を対談相手に迎え、2010年の社会的・文化的状況の総括、そして新たに迎えたばかりの2011年の歩き方を考える――。 ●宇野常寛(うの・つねひろ)1978年生まれ。批評誌「PLANETS」の発行と、文化・社会・メディアを主軸に幅広い評論活動を展開する。著書に『ゼロ年代の想像力』(早川書房)、『批評のジェノサイズ―サブカルチャー最終審判』(共著/サイゾー刊)。 ●荻上チキ(おぎうえ・ちき)1981年生まれ。テクスト論、メディア論を中心に、評論・編集活動を行う。思想系メールマガジン「αシノドス」編集長。著書に『ウェブ炎上』(ちくま新書)、『社会的な身体』(講談社現代新書)など。 【書誌情報】「CYZO×PLANETS SPECIAL PRELUDE 2011」
2010年12月31日 発売
発行人:宇野常寛
定価1365円(本体1300円)
http://wakusei2nd.cart.fc2.com/ 2011年1月6日(木)20:00~
「サイゾー×プラネッツSP『PRELUDE 2011』発売記念 PLANETS NIGHT2011冬」
出演者/宇野常寛、中川大地ほか ¥1300(+飲食代)新宿ロフトプラスワン

ゼロサムゲームでは勝ち目なし!? 迷走する日本外交がとるべき戦略【前編】

若手専門家による、半熟社会をアップデートする戦略提言
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■今回の提言 「日本の外交は、大国ぶらず、せこくロシアを苛立たせろ!」 ゲスト/廣瀬陽子[政治学者] ──社会の現状を打破すべく、若手論客たちが自身の専門領域から、日本を変える提言をぶっ放す! という本連載、今月のゲストは政治学者の廣瀬陽子さん。旧ソ連地域を専門にする広瀬さんに、民主党の外交能力への疑問点や、外務省が抱える組織的な問題点について、率直な意見をうかがいます。 荻上 アジア外交、対中関係をテーマにした前回に続いて、今回は旧ソ連地域をご専門にしている国際政治学者の廣瀬陽子さんに、対ロシア外交についてお話をうかがいたいと思います。去る11月1日、メドヴェージェフ大統領が日本の呼びかけを無視して、ロシアの元首としては初めて北方領土の国後島を訪問しました。対米国の普天間基地問題、対中国の尖閣諸島問題に続き、民主党政権の外交的能力のお粗末さに対する批判が高まっています。米オバマ政権も経済と外交という二重の課題に苦しんでいますが、日本の民主党も同様の苦境に立たされているわけです。  まず、今回の訪問の背景には何があったのかを、あらためて語ってみましょう。すでにこの問題については「シノドス」責任編集のオピニオンブログ「SYNODOS JOURNAL」でも廣瀬さんに分析していただいたように、ロシアの国内政治や日本側の弱み、あるいは経済的事情など、さまざまな要因が絡んでいるわけですが、中でもどの要素に注目すべきだと思われますか?   廣瀬 一番はロシア側の内政事情だと思います。メドヴェージェフとしては、2012年の大統領選挙を見越して、大統領としてのポジションを固めておきたいという思惑があります。特に強硬なイメージの強いプーチン首相と対抗するため、少なくとも見劣りのしないレベルにまでは自分のステータスを高めておきたいと。これまでは2人の役割分担の中で、首相が外に出ることが多かったんですが、理知的で安定志向のイメージが強い自分だけど外交もちゃんとできるぞ、と振る舞いたかったんですね。加えて、国内全域に目を配って国民の繁栄に尽くしているぞ、と二重のアピールができますから。 荻上 どの国も外交ステージを巧みに使って、自国民にメッセージを発するわけですからね。ロシアは「南」「西」「東」にそれぞれ大きな課題を抱えていました。しかし今では、「南」の中国とは、中ロ国境協定による領土問題の解決以降、良好な関係構築に向けて動いており、「西」にはコーカサス地域などの課題が山積みではあるものの、EU、NATOとの関係も進展している。そうしたロシア内部の事情を踏まえれば、「次は東をにらむか」という流れはとても理解しやすい。結果的には、メドヴェージェフらの「政治家としてのポイント稼ぎ」という行動原理でなされた外交戦略に、日本政府が振り回された形になるわけですね。 廣瀬 そうですね。特に中国とは04年くらいから信頼調整のスタンスに入っていて、かつアジア全体の枠組みの中では、ロシアは経済パートナーとしても日本ではなく中国を重視しようという方針を決めてしまったところがあります。そういう意味でも、日本はもう切り捨てられてしまう存在になったともいえる。欧米との関係は、08年のグルジア紛争で一時冷却化しましたが、ヨーロッパとはわりとすぐ修復しましたし、アメリカとも09年にオバマ大統領が「リセット」を宣言したことで、特に今年に入って急速に関係が改善しています。実際、11月20日のNATOリスボンサミットにもメドヴェージェフが赴いてアフガニスタン政策への協力を表明しただけでなく、共同のMD計画を構想していくというようなレベルにまで踏み込んだ話が出ましたし、周りの問題が片付いて余裕ができたから、日本に対しては強硬に出ても大丈夫だ、という判断になった可能性は高いでしょう。 ■国内の対立が台無しにした北方領土問題のゆくえ 荻上 反対に、日本はどんどん余裕を失っている。韓国、ロシア、中国と、急成長している国が隣国に三カ国もある一方、長期不況の泥沼から一向に抜け出せないでいます。インドや中東などの新興国に注目が集まる中、そのプレゼンスは下がる一方。かつての日本には、とりあえずは経済的優位があり、各国にカネを出すことが最大の外交カードになっていた。しかし、今となってはその見返りも期待できない。少なくともロシアに関しては、無駄金を使っただけで、北方領土問題の解決や緊張の緩和、あるいは各産業の市場における優位性の確保といったリターンは、ほとんど得られなかった気がします。 廣瀬 日本は希望的観測が強すぎた感がありますね。さんざん援助をしてきたわけですが、ロシアがまだ弱いうちにそれを刈り取る努力をすればよかった。多分、ソ連崩壊直後のエリツィン時代くらいが一番狙い目だったわけですが、その貴重なチャンスを逸したことが今となっては大打撃だったと思いますね。ロシアは00年代には石油・天然ガス輸出で経済大国になってしまい、外交的にも強気に出るようになってしまいましたから。日本の北方領土交渉における主張が、常に四島一括返還の一点張りで、まったく柔軟性を見せなかったことが一番の問題だと思うんです。二島返還であれば、かなりの可能性で実現していたのではないかと。 荻上 二島返還論は、ロシア側も最初から交渉のテーブルには載せていたわけですからね。ただ日本国内では反発が強い。北方領土問題については、二極の理想論同士の対立もありました。ひとつは非妥協的な四島返還論、もうひとつは四島を主権棚上げの特区にし、ビザなし交流をすることで和平の象徴にしようとする共同開発路線。ビザなし交流については、一応限定的には実現したわけですが、それ自体は明確に四島返還に向かうわけでもなければ共同開発に向かうわけでもない、すごく中途半端なステップになってしまった。どちらの理想論にせよ、本気で交渉のテーブルに出していくにはハードルの高い路線のため、「まずは」二島返還を目指すべき「だった」というのが、廣瀬さんのお立場ですね。 廣瀬 はい。「ビザなし交流になんの意味があるんだ」という意見もありますが、ビザなしでも行ける状態になっていること自体が、他のロシア領とは違う土地だとロシア自身が認めているということなので、やはり日本にとっては大事なポイントだと思うんです。それは戦後、日本の外交官がこつこつ積み上げてきた成果だったのは間違いないんですよ。でも、そのビザなし交流についても、09年頃からロシアが否定し始めるようになってきて、いよいよ日本の足がかりが失われつつあるのかもしれないという気がします。 荻上 日本はほとんど、ジャイアンにカツアゲされるのび太みたいな状態になってきている。かつてはアメリカと経済成長という名のドラえもんが後ろ盾だったけれど、最近どうもドラえもんもいないらしい、だったら歯止めなくいじめ抜いてやれと。