「人生を甘く考えている部分がある」佑ちゃんに抱かれた年上女性が苦言

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「女性セブン」5月12・19日号より
第1位 「告白『私を抱いた佑ちゃんへ』」(「女性セブン」5月12・19日号) 第2位 「田中好子さんも勘づいていた!夫の『裏切りハワイ旅行』」(「週刊女性」5月10・17日号) 第3位 「50キロ自己規制 自分の身だけを守る卑怯な記者たち」(「週刊文春」5月5・12日号)  オバマ米大統領は5月1日夜(日本時間2日)、ホワイトハウスで、2001年9月11日の米同時多発テロを首謀した、国際テロ組織アルカイダの指導者オサマ・ビンラディン容疑者が死亡したと発表した。  アメリカの一部ではお祭り騒ぎのようだが、これで反米テロが収束するわけではない。ビンラディンは"殉教者"になり、勢いづく反米グループのアメリカ本土を狙ったテロが再び起こるのではないか。  オバマは「正義はなされた」と言った。だが、正義や大義はどちら側にもあり、ビンラディン殺害が、反米側の正義に大義を与える可能性は十分にある。  さて、今週気を吐いたのは女性週刊誌である。その前に、1ページの短い記事だが、大手メディアのだらしなさを批判している、上杉隆氏の記事を取り上げる。  政府は、福島第一原発から20キロ圏内を「危険区域」に設定して、20キロから30キロ圏内は避難指示を出さなかったため、大手メディアも「30キロ圏外は安全です」と繰り返し報じてきた。  しかし、もともと大手メディアの記者たちの多くは、社内規定で50キロ圏内に入っていけないと決まっているので、30キロ圏内はおろか20キロ圏内などに入ったことはないというのだ。  そうした大手メディアの身勝手さを上杉氏が取材してみると、その後変更された可能性はあるが、やはり「NHKが四十キロ、朝日新聞が五十キロ、時事通信が六十キロ、民放各局が五十キロ圏外に社員は退避、と定めていたのだ」。  自分たちははるか遠くの安全圏にいて、放射能汚染の不安に直面している被災地の安全をうんぬんしているのは欺瞞だと、氏は憤る。しかも、身代わりに、フリーの記者や制作会社のスタッフを行かせて、省みることがない。  こうした問題は、「週刊女性」でも扱っていて、こう書いている。 「4月14日、取材陣と警察が一緒に原発から10キロ圏内に入りました。同行したテレビ局は、NHK、TBS、フジテレビです。新聞は産経と毎日だけでした。読売や朝日、共同など、そのほかの新聞社や通信社は社の安全基準が厳しくて、取材に同行できませんでした」(全国紙社会部記者)  赴任地で戦争などが起きれば、真っ先に引き上げるのは日本の大手メディアである。そこに働く多くは、ジャーナリストとしての覚悟などなく、安定しているという理由でメディアに入ってきた連中ばかりである。  そんな人間に、今起きている大災害の真実を伝えることなど期待できないこと、言うまでもない。  第2位は、乳がんで55歳の若さで亡くなった元キャンディーズ・田中好子の夫のスキャンダルである。  こんな時期にこんな記事をやってという批判はあるだろう。だが、悲劇の裏にある人間ドラマを掘り起こすのも週刊誌の役割である。そうした編集部側の"覚悟"を含めて、第2位に取り上げた。  あれだけAKB48のスキャンダルを追いかけていた「文春」が、この合併号のグラビアで「原色美女図鑑スペシャル どこよりも早いAKB48総選挙予測」を恥ずかしげもなくやることに比べれば、なんぼかいい。  田中が結婚していたのは、夏目雅子(急性骨髄性白血病で27歳で亡くなった)の兄の小達一雄氏(56歳)。  「週刊女性」によれば、小達氏には10年ぐらい前から愛人がいて、現在40歳前後だそうだ。しかも、その愛人との間に「小学校高学年」くらいの女の子がいるのだが、そうしたことに「田中好子さんも勘づいていた」というのである。  目撃したのは昨年の7月14日。成田空港のハワイ・ホノルル行きのゲート前で、「パパ」と駆け寄る女の子に、「どれがいい」と、小達氏は優しく声を掛けていたそうだ。  二人のことをよく知る関係者は、こう言っている。「田中さん、探偵をつけたり、自ら張り込んだりもしたそうです」。また、小達氏は、母親に「オレの子供に会いたくないか、孫を抱いてみないか」とも言っていたのだそうだ。  合併号中ということもあって、後追い記事はまだ出てこないが、他誌がどうこれを扱うのか、注目したい。  今週の大賞に輝いたのは、元ハンカチ王子こと日ハムの斎藤佑樹投手(22歳)のスキャンダル。  何といってもタイトル横の斎藤の写真がいい。キャプションに「ラブホテルでくつろぐ斎藤」とあるが、心を許した女性の横で、セックスの後で疲れたのか、まどろんでいる斎藤の何とも言えないかわいい寝顔は、男でもほおを寄せたくなる。  年上の女性に導かれて童貞を失うということは、男にはよくあるパターンである。だが、斎藤にはずいぶん浮いたウワサがあったから、そうではあるまい。しかも彼女は斎藤より一回り近く年上だという。  彼と彼女が出会って親密な関係になったのは、斎藤が大学1年の6月から翌年の4月ごろまで。きっかけは、彼女が送ったファンレターだった。1カ月ほどして、斎藤からメールが来る。最初はメールや電話のやりとりだったというが、こんなことを斎藤が言っていたそうだ。 「"投げる前は何考えているの?"と聞くと、"ヒーローインタビューで何を話そうかって考えてる"」  二人が初めて会ったのは07年6月28日。日米大学野球選手権大会の日本代表に選ばれた斎藤が、アメリカへ出発する前日、「時差ボケしないために朝まで一緒にいてほしい」と言ってきたのだそうだ。なかなか手なれた口説き文句だ。  その後は、高田馬場や練習場と寮のある東伏見のラブホで逢瀬を重ねた。写真のほかに「斎藤が自己紹介」した動画もあるそうだから、こっそり隠し撮りしたのではないようである。  彼女があれと思ったのは、ホテル代は彼女持ちだし、大変な「パパ好き」なことだった。 「毎回父親の話をするし、"お父さんのことが好き"だって言っていました。正直、20歳の男性なのに大丈夫かなって思いましたね」  彼女が今回、斎藤の話をしたのは、どうやら複雑な彼女側の事情があるようなのだが、それは省く。彼女が斎藤に言っておきたい言葉が、現在の斎藤にピタリと当てはまるのがおかしい。 「彼は、ちょっと人生を甘く考えている部分がある。これまで、たくさんのことを彼に話してきました。最後にあなたに教えるけど、"これが勉強だよ"っていうことを言っておきたいんです」  現時点で、2勝無敗。打たれながらも打線の援護を得て、勝ち星は挙げている。だが、テレビでも見た元投手の解説者が、斎藤のピッチングを30過ぎのピッチャーのようだと評していた表現が、的を射ている。  元巨人の桑田真澄氏(43歳)は、背は斎藤ほどもないだろうが、しなやかなフォームから投げ込むストレートは威力があった。だから変化球が生きた。  ストレートの速くない変化球だけの投手では、早晩つぶれること間違いない。女も人生もプロ野球も甘く見ているとしたら、今回のように手痛いしっぺ返しを食う。今は目の前の1勝よりも、体を鍛え、投げ込み、もう少し速いストレートを投げられるようにすることだ。今回のスキャンダルを機に、甘かった自分を反省して、もっと高みを目指してほしいものである。 (文=元木昌彦)
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撮影/佃太平
●元木昌彦(もとき・まさひこ)
1945年11月生まれ。早稲田大学商学部卒業後、講談社入社。90年より「FRIDAY」編集長、92年から97年まで「週刊現代」編集長。99年インターネット・マガジン「Web現代」創刊編集長を経て、06年講談社退社。07年2月から08年6月まで市民参加型メディア「オーマイニュース日本版」(2006年8月28日創刊)で、編集長、代表取締役社長を務める。現「元木オフィス」を主宰して「編集者の学校」を各地で開催、編集プロデュースの他に、上智大学、法政大学、大正大学、明治学院大学などで教鞭を執る。 【著書】 編著「編集者の学校」(編著/講談社/01年)、「日本のルールはすべて編集の現場に詰まっていた」(夏目書房/03年)、「週刊誌編集長」(展望社/06年)、「孤独死ゼロの町づくり」(ダイヤモンド社/08年)、「裁判傍聴マガジン」(イーストプレス/08年)、「競馬必勝放浪記」(祥伝社/09年)、「新版・編集者の学校」(講談社/09年)「週刊誌は死なず」(朝日新聞社/09年)ほか
ハンカチ王子・斎藤佑樹投手になりきりマスク 怖ろしく似ていない。 amazon_associate_logo.jpg
"原発特攻隊"に誰がなる? 問われる日本の「正義」 「頑張って」はもういらない! 被災者支援、急ぐべきはカネと家と安心 福島第一原発事故 アメリカ大使館の動向が東京脱出のバロメーター?

"原発特攻隊"に誰がなる? 問われる日本の「正義」

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「週刊文春」4月28日号 中吊り広告より
第1位 「玄葉国家戦略担当相 復興を裏切る大スキャンダル」(「週刊文春」4月28日号) 第2位 「菅官邸が隠した『被曝データ6500枚』」(「週刊ポスト」5月6・13日合併号) 第3位 「新連載 辛坊治郎の甘辛ジャーナル」(「週刊朝日」5月6・13日合併号)  4月25日、3月に亡くなった日本テレビ元会長・氏家齊一郎氏の「お別れ会」へ行ってきた。遺影の写真は最近のものなのだろう。やや頬が膨らんではいるが、メガネからこちらを見つめる眼光は、カミソリのように鋭い。だが読売新聞主筆・渡邉恒雄氏が「お別れの会」のパンフで書いているように「心こまやかな配慮をする男」であった。  日テレの社長の時、私にこう言ったことがある。「おまえさんをテレビに出そうと思うんだが、しゃべり方がこもるからな」。要は滑舌が悪いというのだが、顔がテレビ向きじゃないと言わないところが、氏家さんの優しさだった。  帰りに東西線大手町駅のキオスクをのぞくと、「現代」が売れているようだった。キオスクのおばさんが、「原発の記事が多いからね」と言いながら、奥から10冊ばかり引っ張り出して平台に並べていた。  原発の危機を声高に叫び続ける「現代」のやり方は、週刊誌を売るための常道だから、それ自体批判されることではない。だが、気をつけなくてはいけないのは、恐怖感も時間がたつとだんだん麻痺してくることだ。  原発危機をクローズアップすることで、地震と津波の被災者たちへの支援が、ほとんどと言っていいほど進んでいないことへの憤りを薄れさせてはいないか。  非日常が長くなると、それさえも日常化していく。「朝日」の「東電が公表しない衝撃の『放射線量詳細データ』」では、福島第一原発敷地内に書き込まれた放射線量地図に4月21日、原発3号機の近くで「毎時900ミリシーベルトのガラ(水素爆発で出たガレキのこと=筆者注)あり」とあったという。  確かにゾッとする数字だが、以前より驚かなくなっている自分がいることに気付く。そのことが怖い。広瀬隆氏の言うように「マグニチュード8クラスの東海地震がごく近い将来起こることは、百パーセント間違いない事実」だとすれば、全国にある原発を早急に総点検するか停止しなくてはいけないはずなのに、そうした声は大きくならない。  これだけの大事故を起こした原発を、現状のままでいいと肯定する人たちが半分以上いることの不思議。世界から見てもそうだろうが、同じ日本人としても理解し難いものである。  今週の第3位は、ジャーナリスト辛坊氏の連載コラム。彼は原発事故以来考えていることがあるという。チェルノブイリ原発事故では約30人の消防士の命が失われた。彼らが命を投げ出して核燃料の制圧に当たったためである。  では、福島原発で、震災のためにすべての冷却システムが停止して燃料棒が溶融を始め、格納容器の弁を開けることで惨事が食い止められる(実際には爆発してしまったのだが)としたとき、誰がそれを行うのが適当と考えるかと、辛坊氏は読者に問う。  何やらサンデル氏の「正義とは何か」のようだが、消防士や自衛隊にそれを命じることができるか? 原発を安全だと言い続けてきた学者や政治家、役人から選抜する? または組織のトップである東電社長・原子力委員長・保安院長・経産大臣・総理大臣はどうか? 死刑囚のなかで、最後に人類の役に立ちたいと志願してきた人物に弁を開かせるのは正義だろうか? 考えてほしいと読者に投げ掛け、最後に「しかしその一方で、何が不正義かははっきりしている。それは、国の原子力政策に一切の発言権を持たず、長年東京電力の正社員よりも低賃金で働いてきた地元の下請け企業の作業員に、その命懸けの仕事を押し付けること」だが、今の福島原発では、その不正義が罷り通っているのではないかと問い掛ける。  辛坊さん、来週号で自分の考えを書いてくれるんでしょうね。  「現代」でも同様の企画をやっている。「平成の特攻隊『フクシマ50』に突入命令を出せますか」がそれだ。誰かがやらなければならないのなら、まだ進んでいるわけではないがと言いながら、政府関係者が、「最後には特攻隊を政治の責任で結成するという案が出ています。メンバーの対象は65歳以上で、1日の報酬は10万円、一回の作業は30分程度。これを月に2~3回やってもらうというものです」。  上等じゃねーか。福島原発をジジ捨て山にしようとするならば、まずは65歳以上の政治家(菅首相は64歳だが当然行ってもらう)、元官僚、東電のたんまり退職金をもらった旧役員たちに行ってもらおう。その次なら、笑って行ってやってもいい。  「ポスト」は、先週はSEX特集、今週は、国友やすゆきの濡れ場ばっかりマンガ「時男」を始めた。そんなに焦らなくてもいいのに。  第2位はその「ポスト」の記事。前段は、先週号で電力供給量は足りているとスクープしたために、慌てて東電が供給量の水増しを発表したと自画自賛。  それに続けて、原発事故発生直後に「緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム(通称SPEEDI)」が稼働し、「試算図」6,500枚が原子力安全委員会などに送られているのに、一度も「放射能情報」が発せられることはなく、公表されたのはそのうちの2枚だけなのはなぜかと菅政府を追及している。  「ポスト」は、3月23日に公表された試算図を見ると、放射性物質が30キロ圏の外側にもせり出していて、圏外でも拡散していたことが分かるのに、1カ月もたってから「計画的避難地域」などという訳の分からない名をつけて、その地域の住民に「避難して」と方向転換したのは「政治犯罪」だと非難する。  その上、その試算図を送られた周辺市町村には、「原子力安全委が公表するので、県が勝手に公表してはならないと釘を刺されました」(福島県災害対策本部原子力班)というのだ。これではチェルノブイリ事故を隠して大量の被曝者を出した旧ソビエト政府とまったく同じ歴史的大罪であると断じる。  そのほかにも、菅首相が設立した「東日本大震災復興構想会議」が、復興よりも増税ありきで、それに大新聞が無批判に乗っかっているのは、会議のメンバーに朝日と読売が取り込まれているからだとする。 「この利権にまみれた『政・官・報トライアングル』の利害が、国民の利害と決定的に相反することである」  被災地の復興支援が遅々として進まないのに、増税の話が独り歩きしているおかしさに、田原総一朗氏も愛想を尽かしたようで、「朝日」のコラム「そこが聞きたい! ギロン堂」で「この国を救うため、菅首相抜きの連立政権を作るべきである」とおっしゃっておる。  震災報道の中で気を吐いているのは「文春」だと思うが、今週も第1位は「文春」の巻頭スクープ。  現在、菅政権の中枢で国家戦略担当大臣をしている玄葉光一郎氏が、我利我欲のために、地位を"悪用"して選挙区に大量のガソリンを送ったというのだ。  それが起きたのは地震からまだ5日後の3月16日。原発から30キロ圏内の福島県田村市に、緊急支援という名目で大量のガソリンが運ばれてきたのだ。  その当時、福島県民の多くが、避難したくても、病院に行きたくても、ガソリンがないために車を動かせず困っていた。  このとき配布されたガソリン・スタンドは、田村市11店、いわき市7店、南相馬市2店だった。  いわき市の人口は田村市の8倍もあるのに、4店も少ない。その上30キロ圏内に含まれるのは、飯舘村、浪江町、双葉町などほかにも多くある。なぜ田村市へ大量のガソリンが運ばれたのか。  玄葉大臣の地元選挙区だからだ。  当然のことながら玄葉氏は、「文春」の取材に答えて、資源エネルギー庁に選定を任せたので、田村市を優先してくれと指示したことはないと弁明する。  しかし、資源エネルギー庁の資源・燃料部政策課はこう言っている。 「緊急供給する前日の15日の夜、玄葉先生がわが庁の上の方に電話を入れ、『田村市、いわき市、南相馬市にガソリンを配給してくれ』と要請なさいました」  車が動かせないために病院へ行けず、死亡した人もいると聞く。政治家失格はもちろん、これはタチが悪い。「今回の疑惑は、政治家としてのみならず、人間の根幹に関わる重要問題」(文春)。菅内閣の命運が尽きようとしているのは間違いないようだ。 (文=元木昌彦)
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撮影/佃太平
●元木昌彦(もとき・まさひこ)
1945年11月生まれ。早稲田大学商学部卒業後、講談社入社。90年より「FRIDAY」編集長、92年から97年まで「週刊現代」編集長。99年インターネット・マガジン「Web現代」創刊編集長を経て、06年講談社退社。07年2月から08年6月まで市民参加型メディア「オーマイニュース日本版」(2006年8月28日創刊)で、編集長、代表取締役社長を務める。現「元木オフィス」を主宰して「編集者の学校」を各地で開催、編集プロデュースの他に、上智大学、法政大学、大正大学、明治学院大学などで教鞭を執る。 【著書】 編著「編集者の学校」(編著/講談社/01年)、「日本のルールはすべて編集の現場に詰まっていた」(夏目書房/03年)、「週刊誌編集長」(展望社/06年)、「孤独死ゼロの町づくり」(ダイヤモンド社/08年)、「裁判傍聴マガジン」(イーストプレス/08年)、「競馬必勝放浪記」(祥伝社/09年)、「新版・編集者の学校」(講談社/09年)「週刊誌は死なず」(朝日新聞社/09年)ほか
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「頑張って」はもういらない! 被災者支援、急ぐべきはカネと家と安心 福島第一原発事故 アメリカ大使館の動向が東京脱出のバロメーター? 「日本人よ、声をあげろ!」直言居士・嵐山光三郎が吠える

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「週刊ポスト」4月29日号
第1位 「『がんばって』と言うな!」(「週刊ポスト」4月29日号) 第2位 「東京電力レベル7『福島第一原発』の反乱」(「週刊文春」4月21日号) 第3位 「福島第二原発『封印された倒壊現場』」(「フライデー」4月29日号)  3位は「フライデー」。最初、福島第一原発の写真だと思っていた。施設は倒壊し、津波に押し流された車が折り重なり、トレーラーが横転している。2号機と3号機の建屋のクレーンの折れたアームがぶら下がったままである。  ひでーな。そう思ってタイトルを見ると、これは福島第二原発の写真なのだ。第二原発から10キロメートル圏内の住民には、今も避難指示が出されている。  これで第二原発は大丈夫なのだろうか? こちらの情報は何も出ていない。  別ページだが、第一原発から20キロ圏内に放置されている馬や牛、犬などの死骸写真が哀れである。  私も4月13日と14日にかけて福島へ赴き、第一原発の正門まで車で行ってきた。その場所では、ガイガーカウンターで測った「車内」の放射線量が100マイクロシーベルトを超えた。とても外に出る気にはならない。  20キロ圏外でも、場所によって土の上では600マイクロシーベルトを超えるところがある。途中、放たれた牛たちが群れを成し、野犬がエサを探してうろついているのに何度も出会った。  蛇足だが、「小泉孝太郎『超高級会員制クラブホステスと蜜愛』」もいいよ。  第2位は「文春」の一連の東電関連の記事。今や反東電の旗頭になった「文春」、今号の「大放言30分! 藤本副社長を直撃」も面白いが、「もうやってられねえッ!」といって東電本社幹部を怒鳴りつけた、福島第一原発吉田昌郎所長の話が興味深い。  彼は「免震棟」と呼ばれる、復旧に全力を傾けている男たちが居る棟の責任者である。  4月8日から、水素の濃度が高まった原子炉内で爆発が起こるのを防ぐため格納容器に窒素を注入する作業が始まったが、これに至るまでに吉田所長と東電幹部との間で激しいやりとりがあったというのだ。  アメリカの進言によって、1号機への窒素注入を指示した東電幹部に対して、予想もつかないことをやるのは大きなリスクとなるから、今はやるべきではないと、吉田所長は強く反対した。  技術者としてのプライド、アメリカ側からの突然の横やりに対して反乱を起こし、ついにこう言ったというのだ。 「それでも窒素注入をやれと言うのなら、オレたちはこの免震棟から一歩も出ない! ここで見ている!」  この反乱の裏には、積もり積もった幹部たちへの憤まんがあった。 「本社はいつも、頑張れ、頑張れ、と言うだけだ!」  そう吐き捨てて、「もう、やってられねえッ!」と言い放ったのだ。  東電本社は何とか吉田所長を説得し、渋々ながら吉田所長も窒素封入を決断したのだが、以来、両者の間では微妙なコミュニケーション不足が続いているという。  この反乱の原因がアメリカからの"進言"に端を発したことに注目し、本来は菅直人総理が決断すべき国家の意思決定プロセスに、アメリカを介入させていいのかと、「文春」は疑問を呈する。  国家の危急存亡の時、当事者の東電内が一枚岩ではなく、リーダーシップのない政治家たちは国民に「頑張って」としか言えない国とは、いったい何なのだろうか。  さて、「原発危機をあおりすぎる」という「ポスト」の「現代」批判は、「新潮」にも取り上げられたが、確かに「現代」の表紙を見ていると、これでもかというほどの「危機」のオンパレードである。  「原発列島ニッポンの恐怖」「レベル7 現実は想像を超える」「静岡浜岡原発 まるでフクシマ」などなど。  「ポスト」の、もう少し冷静にという編集姿勢は買える。だが、売れるのは「現代」の方である。そこで苦肉の策だろう、「ポスト」は早々とSEX特集を復活させた。  「大研究 夜這いとSEX」がそれだが、まだ時期尚早だと思うがね。  今号の巻頭「極秘資料入手!『原発完全停止』でも『停電』なし」は、「揚水発電」という夜間の余剰電力を利用して下貯水池から上貯水池にポンプで水をくみ上げ、日中の電力消費の多い時間帯に水力発電をする仕組みだが、これを使えば1,050万キロワット増える。その上、もともと東電には7,800万キロワットの供給能力があるのに、それを隠ぺいして、計画停電に踏み切るのは「偽装」ではないかと追及している。  この背景には、原発を推進したいアメリカや原発大国フランスの思惑があり、菅総理は操られているのではないかとも批判する。  確かに計画停電の「脅し」は、これだけ原発の危機が目の前にあるにもかかわらず、原発やめろという国を挙げての大合唱にならないことからも、功を奏しているのは間違いない。  原発の生みの親である正力松太郎を元社主に持つ読売新聞が、「原発支持が56%」という世論調査を掲載したのは驚かないが、朝日新聞の世論調査(4月18日)でも、原子力発電の利用には「賛成」が50%というのを見ると、呆然とするしかない。  この国の人間は、どこまでいけば懲りるのだろうか。  他誌とはひと味違う誌面作りをしている「ポスト」で、私が注目したのは「『がんばって』と言うな!」という特集である。短いのが不満だが、多くの人がおかしいと思っているところを突いている。  大震災が起きた当初、ACジャパンのCMばかりが流れて批判が出た。このCMでは、大震災で被災した人たちを励ます「頑張って」「一人じゃない」という善意と応援のメッセージがあふれているが、この言葉を被災した人たちがどんな気持ちで聞いているのかに、思いをはせるべきだという記事である。 「長引く避難所生活の中で、"頑張って"と言われても、どう頑張ればいいのか。他人事だからそんな風に言えるんだって、正直、ムカついてくる」(30代男性) 「期待を持たせるような言葉はもう要りません。"一人じゃない"なんて甘いことより、むしろもう"ダメならダメ"と、はっきり言ってほしい」(福島浪江町の50代女性)  テレビCMの「あいさつの魔法」が流れると「すぐに消す。あのCMを見ると、俺の目の前で津波に巻き込まれて行った家族の姿が甦るんだ」(40代男性)  気仙沼の50代男性は、2週間ぶりに遺体が発見された父親の通夜の席で、「遺体が見つかって良かったですね」と参列者に言われ、「死んだのに"良かったね"なんて、人に言われたくないんです。逆の立場だったらどんな気持ちがするか考えてみてほしい」と話す。 「一片の悪意がなくとも、畢竟"上から目線"を帯びてしまう。私たちはそれを複雑な思いで受け止める被災者がいることに、鈍感であってはならない。一人一人に深い想像力が問われている」と結んでいるが、その通りである。  私も、南相馬市の津波被害の現場を見た時、言葉を失った。絶望の底にいる、被災し、身近な人を失った人たちに、頑張ってなどという軽い言葉など掛けることはできない。  有名人を登場させ、君たちと一緒に日本を信じてやっていこうという非被災者のむなしい言葉を、被災者はどう聞いているのかに、彼や彼女たちは気付いていないのだろう。  だいぶ前に「同情するよりカネをくれ」というフレーズが流行ったことがあったが、心底、被災者が欲しいのは「カネと家と安心」であろう。それをこそ急がなくてはならないはずだ。 (文=元木昌彦)
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撮影/佃太平
●元木昌彦(もとき・まさひこ)
1945年11月生まれ。早稲田大学商学部卒業後、講談社入社。90年より「FRIDAY」編集長、92年から97年まで「週刊現代」編集長。99年インターネット・マガジン「Web現代」創刊編集長を経て、06年講談社退社。07年2月から08年6月まで市民参加型メディア「オーマイニュース日本版」(2006年8月28日創刊)で、編集長、代表取締役社長を務める。現「元木オフィス」を主宰して「編集者の学校」を各地で開催、編集プロデュースの他に、上智大学、法政大学、大正大学、明治学院大学などで教鞭を執る。 【著書】 編著「編集者の学校」(編著/講談社/01年)、「日本のルールはすべて編集の現場に詰まっていた」(夏目書房/03年)、「週刊誌編集長」(展望社/06年)、「孤独死ゼロの町づくり」(ダイヤモンド社/08年)、「裁判傍聴マガジン」(イーストプレス/08年)、「競馬必勝放浪記」(祥伝社/09年)、「新版・編集者の学校」(講談社/09年)「週刊誌は死なず」(朝日新聞社/09年)ほか
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福島第一原発事故 アメリカ大使館の動向が東京脱出のバロメーター? 「日本人よ、声をあげろ!」直言居士・嵐山光三郎が吠える 新聞・テレビが伝えない 週刊誌"震災特集"の底力

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「ニューズウィーク日本版」4月13日号
第1位 「『フクシマ』差別が始まった」(「ニューズウィーク日本版」4月13日号) 第2位 「内田樹 街場の原発論」(「サンデー毎日」4月24日号) 第3位 「いま話題の告発レポート『原子力発電所で私が見たこと』」(「週刊現代」4月23日号)  この国は完全に統治能力を失ってしまった。避難地域、屋内退避を原発から20~30キロ地域にしたときも、何ら明確な根拠を示さなかった。また今度も、住民に何ら説明もなく、福島第一原発から半径30キロ圏外にある福島県飯舘村などを計画的避難区域としたのだ。  また12日朝には、「経済産業省原子力安全・保安院と原子力安全委員会は、これまでに放出された放射性物質が大量かつ広範にわたるとして、国際的な事故評価尺度(INES)で『深刻な事故』とされるレベル7に引き上げた。原子力史上最悪の1986年の旧ソ連チェルノブイリ原発事故に匹敵する」(asahi.comより)  スリーマイル島原発事故でさえレベル5だったのに、国民にどれほど深刻なのかも知らせず、いきなり最悪のレベルに引き上げ、それでも国民はパニックを起こしてはいけないというつもりなのか。ふざけるなである。  11日夕方、「ニューヨーク・タイムズ」のM・ファクラー東京支局長と対談した。「NYT」は被災地の現地ルポをはじめ、原発に関するスクープを数々ものにしている。  私は彼に聞いた。アメリカ政府は当初、80キロ圏内の日本にいるアメリカ人に対して、そこから離れるよう指示を出した。また外国メディアやドイツなど多くの大使館員が関西へ移転しているが、「NYT」はなぜそうしないのかと。  彼はにこやかに、いま福島第一原発事故の正確な情報を持っているのはワシントンだ。日本の主権に留意して全部明らかにはしていないが、アメリカ大使館が東京を離れていないことでワシントンがどう考えているのかが分かると話してくれた。  そうか。日本政府はもとより、東電や保安院の言っていることなど信用できないが、アメリカ大使館の動きを注視していれば危機が迫っているかどうか分かるのだ。だが、レベル7に引き上げたことで、アメリカ大使館に動きが出るのではないか、心配である。あとで大使館に電話してみよう。  さて、原発の危機をあおりにあおる「現代」が売れ行き好調である。今週も全部読むと日本からすぐに逃げだしたくなる記事が満載だが、それに待ったをかけているのがライバル誌「ポスト」である。  今号で「ポスト」は、「現代」の書き方に冒頭からクレームをつけている。4月16日号で「現代」が書いた「福島第一は2週間を超えた。しかも、チェルノブイリ以上に巨大な炉が4つ同時に放射能漏れを起こしている」について、「チェルノブイリは炉心ごと爆発したので、問題となったのは放射線ではなく、『放射性物質』の漏出だった。福島第一についても、やはり問題は『放射性物質』が漏れていることだ」と、放射能、放射線、放射性物質の違いぐらい理解して記事を書けと言っている。  「ポスト」の言うように、いたずらに危機をあおることはやるべきではないという意見も、いまだからこそ必要だとは思うが、「現代」や「朝日」の記事を読むと、やはり不安の方が大きくなるのである。  私は寡聞にして知らなかったが、「現代」によればネット上で話題になっているレポートがあるそうだ。  その筆者は平井憲夫氏で、福島原発や浜岡原発などの建設や定期検査における配管工事の監督をやってきた人である。だが彼は1997年に亡くなっているから、この文章は20年以上前に書かれたものだ。しかし彼は当時から、大地震が原発事故を引き起こしかねないことを危惧していたのである。  平井氏は、原発の設計ほど優秀なものはないとするが、これは設計までで、施工・造る段階でおかしくなってしまうのだという。なぜなら、現場には職人が居なくなり、作業者から検査官まで、みんな素人たちによって造られるようになってしまったからなのだ。  中でも、原発には網の目のように何十万本もの配管が走っているが、その一本でも破断したら大事故に結びつく。だが、70年代から80年代前半に建設された26の原発は、配管を支えるサポート取り付け金具が、コンクリート壁に打ち込んであるだけなので、大地震が直撃したときには配管を支えきれずに壊れてしまうと言っている。  また原発の耐震設計もひどくいいかげんだった。その上、素人ばかりの作業員。原発現場の過酷な実情。そして彼は「内部被曝を私は百回以上もして、癌になってしまいました」。そこで、「原発のことで、私が知っていることをすべて明るみに出そう、それで、私の責任で被曝させてしまった人が一人でも助かればいい、そう思ったのです」と、告発した動機を書いている。  平井氏は58歳で亡くなっているが、彼が命を賭して日本人にのこした遺言である。東電や原発にかかわる人間が、彼の言葉に耳を傾けていたら。そう思わざるを得ない。  2位は、いまや日本に何か起きたとき、意見を聞いてみたい人ナンバーワンになった内田樹氏への原発についてのインタビューである。  彼は、原発事故で日本は変わるという。なぜなら、原発事故は人災だから。「ここから何を学ぶかは日本の未来にとって死活的に重要なことだと僕は思います」。東電という営利企業にリスクと安全を判断する仕事を任せてはいけなかった。電力会社といかなる利害関係も持たない専門家が、原発の安全な管理運営のルールを制定すべきだったが、日本には「原発がなくなると失業する」学者ばかりで、そうした人間たちに原発の安全性について議論させること自体が間違っている。  では、誰の言うことを信じていいのか分からないという情報環境に投じられてしまった日本人はどうしたらいいのか。 「どうしていいか分からないときは、直感的に自分で判断して行動するしかない。ことリスクに関しては、リスクを過大評価して失うものと、過小評価して失うものでは、失うものの桁が違います。『想定外のこと』が起きるかもしれないと思っている人間の方が、『想定外のこと』は起こらないと思っている人よりは生き延びる確率は高い。単純な話です」  その上で、原発問題は長期戦になるから、自助能力の低い幼児や妊婦、老人と病人だけでも、とりあえず交通インフラが整っているうちに、安全な地域に「疎開」させたほうがいいと説く。  東京一極集中は日本の社会システムを危険にさらすことに、いいかげん気付くべきだとして、こう結ぶ。 「首都機能を地方に分散するというにとどまらず、東北の被災地へ優先的に資源を集中して、そこを日本再生の拠点にするというくらいの発想の転換が今こそ必要だと思います」  いいこと言うじゃん、このおっちゃん。  「ニューズウィーク」は時々いいルポをやるが、今回の「フクシマ差別」もそうである。  記者がルポしたのは、福島第一原発から30キロほど北に位置する福島県南相馬市。今も市内に残る住民は約9,800人。その多くが、被曝線量を検査するために列を作る。そこで、人体に特段の影響はないという「証明書」欲しさに。  この証明書がないと、事故のあった原発周辺の住民に対する「差別」が始まっているため、県外のホテルや旅館で宿泊拒否に遭ったり、東京などで福島ナンバーのクルマがガソリンスタンドで追い返されたり、区域外の診療所で証明書がなければ診察してくれなかったりすることもあるのだ。 「避難指示区域内にある工場の経営者が、記者に明かした。福島県内から東京などに避難した子どもたち、特に原発周辺地域の子どもたちが、避難先の子どもたちから仲間外れにされるなど、いじめに遭っているという」  私の友人の弁護士が、福島でボランティア活動をしている。懇意にしている原発近くの住民が、原発から離れた県内のある町に避難しているのだが、そこでも同県人から、放射能を浴びた人間とは付き合わないとか、自分の子どもは一緒に遊ばせないという差別が起きていると聞いた。  地震と津波で被災し、地元を離れて避難しなくてはならなくなった人たちに、差別という困難が襲っている。こうした現実をこの国の為政者は何も知らないか、知っていてもなすすべもない。未曾有の大震災や原発の深刻な事故は、人の心まで傷めてしまうのだ。 (文=元木昌彦)
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撮影/佃太平
●元木昌彦(もとき・まさひこ)
1945年11月生まれ。早稲田大学商学部卒業後、講談社入社。90年より「FRIDAY」編集長、92年から97年まで「週刊現代」編集長。99年インターネット・マガジン「Web現代」創刊編集長を経て、06年講談社退社。07年2月から08年6月まで市民参加型メディア「オーマイニュース日本版」(2006年8月28日創刊)で、編集長、代表取締役社長を務める。現「元木オフィス」を主宰して「編集者の学校」を各地で開催、編集プロデュースの他に、上智大学、法政大学、大正大学、明治学院大学などで教鞭を執る。 【著書】 編著「編集者の学校」(編著/講談社/01年)、「日本のルールはすべて編集の現場に詰まっていた」(夏目書房/03年)、「週刊誌編集長」(展望社/06年)、「孤独死ゼロの町づくり」(ダイヤモンド社/08年)、「裁判傍聴マガジン」(イーストプレス/08年)、「競馬必勝放浪記」(祥伝社/09年)、「新版・編集者の学校」(講談社/09年)「週刊誌は死なず」(朝日新聞社/09年)ほか
Newsweek (ニューズウィーク日本版) 2011年 4/13号 そして今日も揺れている。 amazon_associate_logo.jpg
「日本人よ、声をあげろ!」直言居士・嵐山光三郎が吠える 新聞・テレビが伝えない 週刊誌"震災特集"の底力 元「FRIDAY」「週刊現代」編集長が提言「いま週刊誌がやるべきこと」とは

「日本人よ、声をあげろ!」直言居士・嵐山光三郎が吠える

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「週刊朝日」4月15日増大号
第1位 「コンセント抜いたか 嵐山光三郎」(「週刊朝日」4月15日号) 第2位 「スクープ 4号機内で社員2人の遺体を発見」(同上) 第3位 「東日本大震災ノンフィクション 遺されて 石井光太」(「週刊ポスト」4月15日号) 次点 「日本ユニセフ協会『被災者に渡らない募金』が暴かれた」(同上)   今週、一番笑ったのは「現代」のタイトル「『使用済み菅燃料』と官邸で嘲笑される総理大臣の不甲斐なさ」である。短い記事だが、使用済み菅燃料とはうまい!  自粛、自粛の大合唱だ。花見まで自粛せよと、私の住んでいる街の駅前商店街も花祭りの看板とちょうちんを取り外してしまった。おかげで酔客の胴間声を聞かないで花見がユックリできそうだからいいが、花見ぐらい少し騒いでもいいではないか。  「文春」の立花隆氏との対談で堺屋太一氏が、「私が危惧するのは、大震災と原発事故に過剰反応して『自粛不況』が起きることです。世の中が暗くなると、復興はさらに遅れる」と言っているが、その通りである。  最近よく、「日本人は敗戦後、焦土の中から立ち上がり、見事に復興してきたのだから今度も大丈夫だ」と"無責任"に語る人がいることも気になる。  これほど見当違いな考えはない。戦争が終わり、みな貧しくとも光が見えた時代と今では、心の底から湧きたってくる何かが決定的に違うのだ。  本田靖春氏は『「戦後」――美空ひばりとその時代』(旬報社)で、その時代の雰囲気をこう書いている。 「人々は飢えていた。私の場合は住む家がなく、納屋の暮らしから戦後の生活が始まった。着る物がなく、履く靴がなく、鞄がなく、教科書がなく、エンピツがなく、ノートもなかった。しかし、人々は桎梏から解放されて自由であった。新しい社会を建設する希望に満ちていた」  「小沢一郎よ、平成の後藤新平になれ」という"小沢待望論"もやかましい。だが、震災から2週間以上も地元岩手に行かなかった小沢氏が、被災者に希望を与えられるわけがないではないか。  さて、今週は力作ぞろいであったが、まずは「ポスト」の日本ユニセフ(以下、日ユニ)の記事から取り上げよう。  発端は、日ユニが震災3日後に「東日本大震災緊急募金」を告知したが、ただし書きに、必要な資金を上回る金が集まったら、他国・他の地域への復興支援に活用させてもらうと書いたことだった。  これでは「ユ偽フではないか」と募金者から批判が殺到し、慌てて集まった金は全額被災者に渡すことを表明したのだが、後の祭り。  そもそも、日ユニは国連ユニセフの日本支部ではない。その活動を支援する財団法人なのだが、寄付しているボランティア団体でさえ、誤解しているところが多い。  また、日ユニは職員36名で、集めた募金の最大25%が運営経費と認められ、2009年度の事業活動収入は約190億円で、そのうちの27億円を自由に使え、法人税はなし。  01年に東京・高輪に5階建てのユニセフハウスを建設し、大新聞にたびたび広告を掲載して、評議員には朝日や毎日の社長らが名前を連ね、政治界とも密だという。  芸能人の抱き込みにも力を入れ、中でも「日本ユニセフ協会大使」として有名なのがアグネス・チャンである。  震災以降、募金をかたる詐欺行為が続発している。日ユニがそうだとは言わないが、「ポスト」が言うように「もう少し疑惑をもたれないための改革が必要なのではないか」。  被災地ルポは数多くあり、有名人を起用したものも多い。「AERA」の写真家・藤原新也氏もそうであるが、私は、「ポスト」の石井光太氏のルポを写真(一部共同通信)共々、興味深く読んだ。中にこういうくだりがある。  宮城県奥松島の海辺で出会った初老の夫婦。40歳になる娘と孫の遺体を探しているという。  夫は、「せめて、遺体がひどく傷まないうちに見つけ出してあげたいのですが、うまくいきません」と言うが、妻は、「そんなに簡単にあきらめないでください。(中略)まだ、どこかで生きていたらどうするんですか。私、そう思うとあの子たちに申し訳なくて......」と小声で言う。  彼女が、生まれたばかりの孫が生きていると信じる理由は、娘の優しさだった。娘はきっと、自分を犠牲にしても孫を助けたはずだ。きっと避難所か病院で行方不明になっているから早く見つけ出したいのに、夫は娘ばかりでなく孫まで死んでいると耳を傾けてくれないと嘆く。  そして「せめてあなただけは孫が生きていることを信じてください」と、行きずりの石井氏に懇願するのだ。  今度の大震災で、こうした悲劇は数多くあったに違いない。その中の一組の夫婦の物語だが、読み終わった後、いつまでも波の音が心に聞こえていた。やや感傷に流されすぎたきらいはあるが、こういうルポが私は好きだ。  2位は、スクープとはあるが、遺体発見の情報はごくわずかである。だが、ここにあるように、地震発生以来行方が分からなくなっていた東電の社員2人が、3月30日午後3時頃、懸命の復旧作業が続く福島第一原発で見つかったが、「東電は2人が見つかった事実を、発見から3日が過ぎた2日夜の時点でも明らかにしていない」のだ。  ようやく3日になって、「東京電力は3日、福島第一原発で行方不明になっていた社員2人が4号機タービン建屋の地下で遺体で見つかった、と発表した」(asahi.comより)。  2人は当日、勤務中に地震と津波に襲われ、3週間近くも高い放射線量が懸念される「爆心地」に閉じこめられていたのだ。  「朝日」が書いているように、「2人はどのような状態で見つかったのか。放射線量はどのぐらいだったのか。また遺体はどのようにして安置されたのかといった情報はなんの手がかりも得られず、祈る思いで近親者を捜す周辺住民にとっても貴重な情報だ」。事実を速やかに公開しない東電の姿勢には、「朝日」ならずとも疑問が残る。  こうした不透明な東電や政府の在り方に不満を持っている日本人は多いと思う。それなのに、Twitterや掲示板に誹謗中傷して、腹膨るる思いを吐き出して事足れりとする人間のいかに多いことか。  今怒らずして、いつ怒るのか。そんな思いを軽妙な筆遣いながら、痛烈に批判してくれたのが、今週の第1位、嵐山光三郎さんの連載コラムである。  嵐山さんは、彼が敬愛する作家・山口瞳さんがそうだったように、言うときははっきり言う直言居士である。山口さんの、他国に征服されてもいいから武力は持たないと言い切った『卑怯者の弁』や『私の根本思想』(ともに新潮社)が好きな人である。  嵐山流は、「どこかで春が」という童謡を口ずさむところから始まる。まずは、テレビでやたら流れているACのCM批判。「『電気を節約しよう』といっているから、あのCMが出るたびにテレビの電源を切った。ACのCMにいら立つのはやたらと親切だとか思いやりとかの道徳をふりかざすからだ。公共広告機構というのは、道徳おしつけ協会で、この非常時に及んで大きなお世話である」とバッサリ。  さらに、「東日本大震災は『千年に一度』の大震災だというから千年前にはなにがあったかと調べると『源氏物語』が書かれた時代だった。ははあ、源氏は原子のことで、『原子物語』ってわけか。光るウランが数多の女たちを被曝させていった。桐壺が一号炉で、帚木が二号炉、空蝉が三号炉、夕顔が四号炉、以下五十四帖あるから、いまある原子炉と奇しくも同じである。紫式部が千年後の日本を予知して原子を源氏とおきかえて書いたとすれば、超能力のなせる技だ」と展開していく。匠の筆である。  身の安全を脅かされているのに日本人はパニックを起こさないし、略奪行為も起こさないことが美談として外国メディアに報じられているが、「ようするにバカにされているわけです。悲惨な状況に必死で耐えることを賞賛されるのは、声をあげて叫ばない民族だと見なされている次第で、危険事態を外国メディアが代弁すると『風評被害』として片づける。(中略)政府の対応の遅さが原発被害の拡大を招いているのに、日本人は『仕方がない』とあきらめている」のはおかしい! そしてこう結ぶ。  「強者に対して弱すぎる。原爆を落とされて、『ああ許すまじ原爆を』と謳っても、平和利用という名目を与えられると『ああ許すまじ原発を』とは謳わない。原爆の恐ろしさを知ったから、平和利用ということで、逆に『原発』を信仰してしまった。(中略)値の安い原発のおかげで電気をジャブジャブと水道水のように使って安逸な生活をしてきた。そのしっぺ返しがきた」のだから、ネオンを消し、通販やACのCMは中止し、居酒屋はランプで営業しようと説く。まったくその通りである。 (文=元木昌彦)
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撮影/佃太平
●元木昌彦(もとき・まさひこ)
1945年11月生まれ。早稲田大学商学部卒業後、講談社入社。90年より「FRIDAY」編集長、92年から97年まで「週刊現代」編集長。99年インターネット・マガジン「Web現代」創刊編集長を経て、06年講談社退社。07年2月から08年6月まで市民参加型メディア「オーマイニュース日本版」(2006年8月28日創刊)で、編集長、代表取締役社長を務める。現「元木オフィス」を主宰して「編集者の学校」を各地で開催、編集プロデュースの他に、上智大学、法政大学、大正大学、明治学院大学などで教鞭を執る。 【著書】 編著「編集者の学校」(編著/講談社/01年)、「日本のルールはすべて編集の現場に詰まっていた」(夏目書房/03年)、「週刊誌編集長」(展望社/06年)、「孤独死ゼロの町づくり」(ダイヤモンド社/08年)、「裁判傍聴マガジン」(イーストプレス/08年)、「競馬必勝放浪記」(祥伝社/09年)、「新版・編集者の学校」(講談社/09年)「週刊誌は死なず」(朝日新聞社/09年)ほか
卑怯者の弁 誰が卑怯者なのか。 amazon_associate_logo.jpg
新聞・テレビが伝えない 週刊誌"震災特集"の底力 「正しいパニックを起こそう」 未曾有の原発危機に広瀬隆氏が提言 元「FRIDAY」「週刊現代」編集長が提言「いま週刊誌がやるべきこと」とは

新聞・テレビが伝えない 週刊誌"震災特集"の底力

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「週刊文春」3月31日号
スクープ大賞 「大震災関連特集」(「週刊文春」3月31日号)  日本テレビ会長の氏家齊一郎さんが3月28日、多臓器不全のため亡くなった。享年84歳。  氏家さんとはずいぶん長くお付き合いさせてもらった。読売新聞の経済部長、広告局長などを歴任し、「カミソリ氏家」とうたわれるほどの切れ者で、務臺光雄会長(当時)の後継者だと言われていた。  しかし、自分の座を脅かす存在になってきた氏家さんに、務臺会長はおびえ、日本テレビの副社長に降格させ、さらに、そこからも追い出してしまう。  務臺氏が亡くなり、1992年に日本テレビの社長に返り咲くまで、氏家さんは長い浪人生活が続いた。そのころに取材で知り合い、私のことを気に入ったのか、「おい、モッちゃん、呑まないか」とよく声が掛かり、一緒に呑んだものだった。  不遇の時に知り合ったためか、社長になってからも数カ月に一度は杯を交わし、「ナベツネ(渡邉恒雄・読売新聞主筆)は表の顔、政界の裏工作は俺がやってるんだ」と、政界の裏話を聞かせてくれた。  フジテレビを抜いて視聴率三冠王を奪い取った時、好調の秘訣はと聞くと、「オレは何も分かんねぇから、口を出さないことだ」と言ってニヤッと笑った。  だいぶ前に、氏家さんから「政界秘話」を本にする了解をもらっていたのに、約束を果たすことができなかったのが心残りである。いくつになっても背筋のピンとした格好いい人だった。  さて、福島原発の危機が日を追うごとに深刻になっている。いくら枝野官房長官が「ただちに健康への重大な影響はない」とバカのひとつ覚えのように繰り返しても、国民の大多数は、聞けば聞くほど、不信感と不安感が深まるばかりである。このままでは、日本人総うつ状態になってしまう。  先週号「ポスト」の「日本を信じよう」というコピーは共感を呼んだが、原発危機については何を信じればいいのだろうか。  「朝日」で始まった広瀬隆氏の緊急連載「原発破局を阻止せよ!」を読むと、「体内被曝」の恐ろしさに震え、すぐにでも海外逃亡したくなる。  そうした危機をあおる記事の多い中で、「ポスト」は「新聞・テレビも間違いだらけ『放射能と人体』本当の話」で、「甲状腺がんを誘発するというヨウ素131は、40歳以上は心配しなくていい」「セシウム137は数カ月もすれば体外に排出される」「チェルノブイリ原発事故では、放射性物質や核燃料で死亡した住民はいなかった。汚染された食料を子どもたちが食べてしまったために、甲状腺がんの発生率が激増したが、この病気は治癒できるため2006年時点で死亡したのは15人だった」「被曝者から生まれた子どもの死亡率、染色体異常の発生率、身長・体重などの異常は『全く認められない』という結論が出ている」「今回の事故処理に従事した東電社員より宇宙飛行士のほうが多く被曝している」などと書いている。  確かに生半可な知識で恐怖心をあおるべきではないが、これでは、放射能なんて心配することはないといわんばかりで、政府と東電の記事広告かと見紛うばかりである。「ポスト」さんどうしたの?  「ポスト」の記事はまれで、政府と東電と原子力安全・保安院の大本営発表と、テレビに出ている御用学者の真実から目をそらすコメントがけしからんという週刊誌が圧倒的である。  ならば、御用学者たち(NHKの山崎淑行科学文化部記者か水野倫之解説委員でもいい)と、それを痛烈に批判している広瀬氏やフォトジャーナリスト・広河隆一氏、元原子炉設計者で科学ライター・田中三彦氏らとの「激論対談」を誌上でやってほしいね。  福島原発の現状はどこまで深刻で、これからどう推移するのか。本当に5年後10年後に、健康被害は心配ないのか。原発がなければ日本の電力は賄えないのか否かを、雑誌の全ページ使ってやれば、みんな競って買うと思う。  「現代」の「外国人記者が見た『この国のメンタリティ』『優しすぎる日本人へ』」は好企画である。被災地を取材した外国メディアの記者たちは、多くの日本人があきらめではない、ピンチの時こそ一つになろうという意味で「仕方ない」という言葉を使って、必死で耐えていることに感銘を受けたとある。  そう、この世は仕方ないことばかりなのだ。現状を受け入れる潔さ、諦観こそ日本人の美徳ではある。  だが、その内向的な性向は、原発問題について、「日本政府の対応には問題があるし、日本政府の情報は信用できない。それなのに、日本人は政府を非難しようともしない」し、無責任な対応をする東電に対しても、「不思議と日本のメディアや国民の多くは、東電の責任追及を行う気がないようにも見えます」(「ニューヨーク・タイムズ」東京支局長マーティン・ファクラー氏)。こうした国難の時、優しすぎるのは美徳ではない。  今週のスクープ大賞は、「文春」の大震災関連特集にあげたい。質量ともに他誌を圧している。  巻頭の「御用メディアが絶対に報じない 東京電力の『大罪』」には、「自殺説も流れた清水東電社長」「『津波で原発の8割がダメになる』放置された致命的な欠陥」「佐藤栄佐久・前福島県知事決定的証言『東電が副知事を脅迫した!』」「首相を無視して直接米軍に支援を要請」「内部告発もモミ消す経産省、原子力保安院との黒い癒着」や青沼陽一郎氏のルポ「原発20キロ圏『見捨てられた町』を行く」もいい。  石原慎太郎氏の直言「菅総理はさかんに現地視察に行きたがっているが、市民運動家というのは、やはり御用聞きなんですな。『何かお困りのことはありませんか』と町内を回るだけで、大所高所からのリーダーシップや構想力を持ち合わせていない」は、言い得て妙である。  また一本一本が短いのが残念だが、「震災で消えた『16の事件簿』」もいい。「みずほ銀行ATM停止」「大相撲夏場所」「7月地デジ」「NZ地震」「千葉・鳥インフルエンザ」など、忘れてはいけないことがある。  こういう新聞、テレビがものを言えないときこそ、週刊誌の出番である。有事に強い週刊誌の底力を発揮して、国民の疑問に答えてくれ。 (文=元木昌彦) 
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撮影/佃太平
●元木昌彦(もとき・まさひこ)
1945年11月生まれ。早稲田大学商学部卒業後、講談社入社。90年より「FRIDAY」編集長、92年から97年まで「週刊現代」編集長。99年インターネット・マガジン「Web現代」創刊編集長を経て、06年講談社退社。07年2月から08年6月まで市民参加型メディア「オーマイニュース日本版」(2006年8月28日創刊)で、編集長、代表取締役社長を務める。現「元木オフィス」を主宰して「編集者の学校」を各地で開催、編集プロデュースの他に、上智大学、法政大学、大正大学、明治学院大学などで教鞭を執る。 【著書】 編著「編集者の学校」(編著/講談社/01年)、「日本のルールはすべて編集の現場に詰まっていた」(夏目書房/03年)、「週刊誌編集長」(展望社/06年)、「孤独死ゼロの町づくり」(ダイヤモンド社/08年)、「裁判傍聴マガジン」(イーストプレス/08年)、「競馬必勝放浪記」(祥伝社/09年)、「新版・編集者の学校」(講談社/09年)「週刊誌は死なず」(朝日新聞社/09年)ほか
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「正しいパニックを起こそう」 未曾有の原発危機に広瀬隆氏が提言 元「FRIDAY」「週刊現代」編集長が提言「いま週刊誌がやるべきこと」とは カッコ良すぎ!! "セレブ外交官"ジョージ・クルーニーの生き様

「正しいパニックを起こそう」 未曾有の原発危機に広瀬隆氏が提言

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「週刊朝日」3月25日号
第1位 「福島原発で本当に起きていること 広瀬隆」(「週刊朝日」3月25日号) 佳作 「伊集院静『被災地・宮城から見たこの国』」(「週刊現代」4月2日号)  先週末から関西へ疎開して、今朝(3月22日)東京に帰ってきた。疎開というのは嘘だが、よんどころない仕事があって京都へ行くことになり、それならばと、土曜日に東京を離れることにした。三連休に原発問題があるので、東海道新幹線のキップがとれるか心配したが、11時東京発の新幹線のぞみは空席が目立っていた。  疎開気分を味わおうとしたわけではないのだが、用事で外出した以外は部屋に閉じこもり、原稿を書いて、メシは旅館のすぐ近くの居酒屋とうどん屋で済ませた。  雨が降っていて、ホテルのすぐ裏が墓地ということもあるのだろう。三条京阪駅や先斗町も近いのだが、京都も町全体がどんよりして、活気や華やかさが感じられないような気がしたが、これはこちらの心象風景の投影だろうか。  その間に、新聞2紙と週刊誌2誌から電話があり、「日刊サイゾーを読んだが、地震が起きた日は中国・北京にいて、東京電力のえらいさんと一緒だったというのは本当なのか」と聞かれた。  こちらもメディアの端っこにいる人間だから、事実関係については話をした。この旅行は以前から決まっていた日中友好旅行で、われわれは上海、南京、北京と回ってきたのだが、彼らは北京で合流した。  地震が起こった3月11日、彼らも至急帰国しようとしたのだろうが、成田空港が封鎖され、関空に行っても新幹線は運休だから東京へ帰る術がなかった。そのため、翌日早朝の飛行機で帰ってきたようだ。  だが、「文春」によれば、東京電力・清水正孝社長も所用で名古屋にいて、ヘリで至急帰ろうとしたのだが、空港で止められ、仕方なく防衛省に頼み込んで、夜中に東京へ戻ったとある。  素人判断だが、原発事故で大事なのは、地震や津波による破損や障害の程度を把握して、即刻どうするかを決断する「初動」の速さであろう。  日本でもそうだったように、北京でも夜中まで携帯電話は繋がらなかった。瞬時に判断を下さなければいけないトップの人たちが東京にいなかったことは彼らにとっても不運だが、日本人にとっても不幸だったということにならなければいいのだが。  各誌総力戦で被災地を取材し多くの写真を掲載している。どれを見ても胸が張り裂けそうなものばかりだが、「現代」のカラーグラビアに目が止まった。「宮城県仙台市」とある。津波が引いたあと自宅の階段で発見された犠牲者の写真。逃れようとして階段を上がろうとしたところを津波にのみ込まれた老女だろうか。  今回の死者は2万人を超えるという報道もあるが、その犠牲者の多くが、津波によるものであろう。東海大地震が予想されているようだが、国が早急に進めなくてはいけないのは津波対策である。10メートル以上の津波に備える防波堤をつくることはできるのか。できないとすれば、海から何キロ以内には住んではいけないとする法律を作るのか。そんなことが可能なのか。島国日本の最重要課題である。  さて、被災地ルポも各誌力を入れているが、これはテレビには敵わない。週刊誌に望むのは、なぜ被災地に食料などが届かないのか、菅直人をはじめ枝野や仙谷は、なぜ十全な手を打たないのか、打てないのか、なぜ東京電力は原発の被害状況を正確に発表しないのかなど、国民の疑問を徹底取材し、読者に知らせることである。  有名人たちの手記がいくつか載っているが、中では、仙台在住で地震を体験した伊集院静氏のものが一番読み応えがあった。  地震の描写はさすが手馴れたものだが、それよりも興味深いのは、現地に住んでいる人ならではの怒りや悲しみが、よく伝わってくることだ。  たとえば、地震発生から4日目、ようやく電気が通じ、テレビを点けたときのことである。 「東日本の、被災した人々が共通して思ったこと。それは『この人たちは私たちを見捨てているのか』という驚きと失望ではなかったのか。テレビのキャスターの一人が、『あの波が押し寄せる光景はまるで映画を見ているようです』と口にした。(中略)君にとってこの惨事は劇場の椅子にふんぞり返って眺めるものなのか。言葉の間違いというより、人としての倫理観の欠落、無人格以外の何物でもなかろう。日本人はここまで落ち果てたか」 「唯一の被爆体験を持つ国の一企業が、その怠慢で事故の報告を曖昧にし、原発のことを何一つ勉強していない政治家が右往左往している現状。『計画停電』報道のこの無神経さは何だ? 被災地には夜に光さえない。少しは我慢できないのか。株を投げ売りし、コンビニに買い出しに殺到し、ガソリンも入れるだけ入れておこうとする日本人、いったいいつからこんな国民になりさがったのだ」  地震が起きた夜、彼が空を見上げると「驚くほど星があざやか」だったそうだ。  さて、福島原発の危機はいまだに去ったわけではない。東電の職員をはじめ、自衛隊員などが命がけで作業しているが、安心していい段階まで行くには、まだ時間がかかるはずだ。  関東でも野菜や牛乳に放射能が検知され、相当な放射線物質が空中に飛散していることは間違いない。  広瀬隆氏は、1970年代からずっと原発の危険を訴えてきた人である。私は、広瀬氏が原発の危機を強調したいがために、やや牽強付会なところも目立ったため、このところ、この人の本を読まなくなったのだが、今回のような未曾有の原発危機には、この人の言葉に耳を傾けないわけにはいかない。 ニュース専門チャンネル 「朝日ニュースター」でも広瀬氏がインタビューされているが、「正しいパニックを起こそう」という言葉が腹にしみ込んだ。政府や東電は本当のデータを公表したらパニックが起こることを心配している、という報道があるが、これは間違いだとして、いまは全部公開して、正しいパニックを起こすことが必要なところまできていると言い切る。  「朝日」でも、今回の事故は、炉心溶解が進行し、最後に燃料棒全部が溶け落ち、鋼鉄製の原子炉の容器を溶かしてしまう、いわゆる「チャイナ・シンドローム」が起きるのではないかと、悲観的にならざるを得ないと話している。  この談話は、IAEA(国際原子力機関)が、今回の事故をスリーマイル島の原発事故と同じレベル5に引き上げる前である。  彼は、このような大津波は予想していなかったという東電に、ほんの100年ほど前に明治三陸地震が起きていて、このとき岩手県沿岸の津波が38メートルを記録したとあるではないかと、批判する。  また、13日に、福島原発の周辺で1時間あたり1557.5マイクロシーベルトを記録したのに、枝野官房長官や専門家が、微量だから健康に影響はないといっているのは大嘘だと怒る。 「これに24時間と365日を掛けて年換算すると、通常の年間被爆量の1万3千倍を超えます。それで平気なのでしょうか。レントゲンや航空機に乗ったときの被爆と比較するのは犯罪です」  当然だが、彼も「何とかこの危機を回避してほしい」と願っている。全国にある54基の原発をやめても、電力量には支障ないという。「日本中にある工場の自家発電を全部動かせば、原発分の電気をまかなえるのです」と言い、テレビでも、いまの水力と火力で十分だと言っていた。  こうした彼の言い分も、今後、東電側にすべてデータを公表させた上で、国民が判断すべきことだろう。のど元過ぎれば熱さを忘れるのは、日本人の一番悪いところである。  原発はCO2を出さないから、世界に日本の原発を売り込みたいといった、鳩山由紀夫というアホな首相がいたことも決して忘れてはいけない。 (文=元木昌彦)
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撮影/佃太平
●元木昌彦(もとき・まさひこ)
1945年11月生まれ。早稲田大学商学部卒業後、講談社入社。90年より「FRIDAY」編集長、92年から97年まで「週刊現代」編集長。99年インターネット・マガジン「Web現代」創刊編集長を経て、06年講談社退社。07年2月から08年6月まで市民参加型メディア「オーマイニュース日本版」(2006年8月28日創刊)で、編集長、代表取締役社長を務める。現「元木オフィス」を主宰して「編集者の学校」を各地で開催、編集プロデュースの他に、上智大学、法政大学、大正大学、明治学院大学などで教鞭を執る。 【著書】 編著「編集者の学校」(編著/講談社/01年)、「日本のルールはすべて編集の現場に詰まっていた」(夏目書房/03年)、「週刊誌編集長」(展望社/06年)、「孤独死ゼロの町づくり」(ダイヤモンド社/08年)、「裁判傍聴マガジン」(イーストプレス/08年)、「競馬必勝放浪記」(祥伝社/09年)、「新版・編集者の学校」(講談社/09年)「週刊誌は死なず」(朝日新聞社/09年)ほか
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元「FRIDAY」「週刊現代」編集長が提言「いま週刊誌がやるべきこと」とは カッコ良すぎ!! "セレブ外交官"ジョージ・クルーニーの生き様 還暦まであと5年 桑田佳祐の音楽はどこへ向かう?

元「FRIDAY」「週刊現代」編集長が提言「いま週刊誌がやるべきこと」とは

IMG_2399.jpg ※日刊サイゾーは省エネ運転中です。 ●第82回(特別版)  地震の報は旅行中の中国・北京で聞いた。外交部の副司長と面会に行くバスの中でiPadを開いた瞬間、東北地方でマグニチュード7.7の大地震が発生というニュースが目に飛び込んできた。  私は、すぐ後ろにいる二人に、そのニュースを見せた。その二人は、東京電力のトップである。  我々は一行は約20人、民間の日中友好団体で、上海、南京と周り、前日に北京へ来たのだ。  東電の二人は青ざめたが、停電の報がないのでやや安堵したようだ。しかし私は、ニュースの中に「九段会館の天井が崩れ負傷者が出ている」というニュースを見つけ、東北地方だけではない広範囲にわたる地震ではないかという予感がした。  日本語が堪能な副司長との面談も気がそぞろで、終わるや否や、全員が携帯でニュースを食い入るように見る。マグニチュードも8.8に引き上げられ、10メートルの大津波が沿岸を襲っているというニュースに、悲鳴のような声が上がった。  「福島原発はどうなるのか」という声も聞こえる。  各自、携帯で日本へ連絡するがまったく繋がらない。東電の二人は、日本へ戻る飛行機がないか秘書に探させているが、成田空港はすでに閉鎖されていて、関西空港へ出るしかない。だが、旅客機はもちろんのこと新幹線が動いていないから、東北へ行く交通手段はない。日本の事情を聞くためだろう、北京の東電支社へ行ために、あわただしくバスから降りていった。  訪中はだいぶ前から決まっていたことだが、彼らは、こんなとき日本に居られないことに、居ても立ってもいられなかったことだろう。  訪中団をガイドしている中国の人間から、北京空港などに連絡を取ったが、日本行きは全便ストップしていると伝えられる。明日は、成田空港が再開されれば帰国できるとは思うが、何時になるか分からない。そのため、できる限り早く北京空港へ行って待機してもらうと付け加えた。  その夜会った中国人の一人から、北京でも、その時間に揺れを感じたと聞かされた。どれほどの規模なのか? 想像もつかない巨大地震であることが、ネットを通じた日本の報道で次々に分かってくる。  体験してはいないが、揺れた瞬間の恐怖が、体の奥底からこみ上げてくるようだ。  団の中には、仙台に居を構えている者もいるが、いまだに携帯はつながらない。夜のスケジュールを終えると、全員一目散にホテルへ戻る。  ホテルでは、日本の放送を見ることができるからだ。テレビをつけるとNHKのBSだろう、地震の惨状をライブ中継している。映像は、想像を超えるすさまじさである。  食い入るように見つめながら、都内の家人にメールを打つ。すぐに返事があり、家ではなく駅近くのビルにいたが、揺れが激しく長かった。築40年になる家が潰れているのではないかと心配して戻ったが、本やCD、ファイルが崩れ落ちたぐらいで、大きな損傷はないことを伝えてきた。  次の朝、6時半に北京空港へ向かう。朝が早いことと、この時期、日本人の旅行客が少ないこともあるのだろう、空港内は予想外に閑散としていた。  予定通り、9時過ぎに飛行機は飛び立ち、1時半ごろ成田空港へ着陸。しかし、それからが大変だった。  電車のキップを買うために並んでいると、後ろの母娘が、「あと少しでオランダに行けたのにね」と話しているのが耳に入った。どうしたのかと聞いてみると、彼女たちは11日、午後2時45分の飛行機でオランダ旅行に出かける予定だった。やや出発が遅れたため地震が発生、飛行機は飛ばず、帰ることもできないため、空港近くのホテルに一泊したのだそうだ。  明るい二人は、「あと5分、地震が遅れてくれれば行けたのに」とは言いつつ、さばさばした表情で話してくれた。  JR成田エキスプレスはいつ動くか分からないし、高速道路は閉鎖。結局、京成の各駅停車で八千代台まで行き、上野行きに乗り換え、日暮里で山手線に乗り換えて帰ることになったが、乗客のほとんどが大きなバックを運んでいるため、社内は終戦直後の満員電車もかくやという大混雑。  駅で「文春」(文藝春秋)と「新潮」(新潮社)を買うが、もちろん地震情報はない。月曜日発売の「現代」(講談社)「ポスト」(小学館)も木曜日校了のため、菅直人総理批判や八百長の記事はあるが、地震情報はもちろんのこと、私が以前からい言っていたように、石原慎太郎氏の都知事選出馬表明も入っていない。  新聞社系の「朝日」(朝日新聞出版)と「毎日」(毎日新聞社)は普段ならギリギリ間に合ったはずだが、今号は恒例の「大学合格者高校ランキング」速報のため、先週土曜日発売だったからこれもダメ。かろうじて「AERA」(朝日新聞社)が「太平洋沖地震『想定外超巨大型』次は内陸が震源?」「ツイッターとコンビニだけが頼りになった」「東京23区『倒壊危険度』マップ」を掲載している。  中国旅行中、こんなこともあった。某月刊誌編集長と一緒だったのだが、7日(月曜日)だったと思うが、彼の携帯が何度か鳴った。  相手は、田母神俊雄元空幕長(62)か、その関係者のようだった。「新潮」にスキャンダルを書かれるがどうしようかというものだった。  彼によれば、田母神氏には若い彼女がおり、妻と離婚して、結婚したいそうだ。いい歳をしてとは言うまい。だが、彼女を講演先に同行し、妻だと紹介しているというのだから、バレるのは時間の問題だった。  たいした長い記事ではないが、「新潮」が「離婚前でもフィアンセを見つけた『田母神元空幕長』火宅的有事」で、その顛末が書いてあるが、田母神氏の細君は離婚を否定している。講演料50万円もふんだくる保守派論客の有事はまだまだ続きそうだが、ま、どうでもいい話しだ。  この原稿を、テレビの地震情報を流しながら書いているが、昨夜会った毎日新聞の朝比奈豊社長が言っていたように、死者が1万人以上になることは間違いないようだ。  さらに恐いのは、福島の原発が危険水域を越えそうなことである。枝野幸男官房長官が「格納容器の健全性は維持されている」といっても、国民を安心させるのは難しい。  14日の福島第一原発3号機の爆発で、専門家はこう言っている。 「技術評論家の桜井淳さんは『状況は非常によくない。これ以上怖いのは、3号機に冷却水を注入できなくなり、被覆管がボロボロになって圧力容器の底に落ちると、圧力容器が割れるかもしれない。格納容器まで破裂するかもしれない。そうすると、大量の放射能が環境中に放出される。スリーマイルよりひどい事態になるのでは』と推測する」(asahi.com3月14日より)  原発関係者が、これほどの大地震を想定していなかったなどと寝言をいっていたが、今後、徹底的に追及しなければいけない。原発の是非も、改めて国民的な議論をするべきである。原発の「安全神話」は完全に崩れたのだから。  戦後初めて直面する最大の国難をどう乗り切るのか。こうした未曾有の非常時に「空き菅」総理が居残っていたことは、この国の最大の不運だが、今さら嘆いてばかりいても仕方あるまい。国民一人ひとりが我がこととして、何をなすべきかを考えなくてはいけない。  原発情報の完全な透明性の確保。被災者への迅速で手厚い手当をして、二次災害を防ぐ。何よりもお粗末な、NTTを始めとする通信会社のインフラを早急に増強させ、速やかに携帯で安否確認ができるようにすること。  これから週刊誌がやらなければいけないことは、国や東電を始めとする電力会社が、重大な情報を隠していないか、復興のための膨大な費用をどのように捻出するのかを監視し、逐一伝えていくことだ。  新聞、テレビは、有事の際は国家の公報機関となってしまうこと、歴史が証明している。これからが週刊誌の力を示す正念場である。  今週は、当然ながらスクープ賞に値する記事はなかったため、私の中国旅行中の話を中心にまとめさせてもらった。 (文=元木昌彦)
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撮影/佃太平
●元木昌彦(もとき・まさひこ)
1945年11月生まれ。早稲田大学商学部卒業後、講談社入社。90年より「FRIDAY」編集長、92年から97年まで「週刊現代」編集長。99年インターネット・マガジン「Web現代」創刊編集長を経て、06年講談社退社。07年2月から08年6月まで市民参加型メディア「オーマイニュース日本版」(2006年8月28日創刊)で、編集長、代表取締役社長を務める。現「元木オフィス」を主宰して「編集者の学校」を各地で開催、編集プロデュースの他に、上智大学、法政大学、大正大学、明治学院大学などで教鞭を執る。 【著書】 編著「編集者の学校」(編著/講談社/01年)、「日本のルールはすべて編集の現場に詰まっていた」(夏目書房/03年)、「週刊誌編集長」(展望社/06年)、「孤独死ゼロの町づくり」(ダイヤモンド社/08年)、「裁判傍聴マガジン」(イーストプレス/08年)、「競馬必勝放浪記」(祥伝社/09年)、「新版・編集者の学校」(講談社/09年)「週刊誌は死なず」(朝日新聞社/09年)ほか
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カッコ良すぎ!! "セレブ外交官"ジョージ・クルーニーの生き様 還暦まであと5年 桑田佳祐の音楽はどこへ向かう? 大相撲の「八百長」をのさばらせてきた大マスコミ・司法の責を問う

カッコ良すぎ!! "セレブ外交官"ジョージ・クルーニーの生き様

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「ニューズウィーク日本版」3月2日号
●第81回(2月22日~2月28日発売号より) 第1位 「セレブ外交官、ジョージ・クルーニー」(「ニューズウィーク日本版」3月2日号) 第2位 「独占公開 佐藤寛子 封印されたヘアヌード」(「週刊現代」3月12日号) 第3位 「独占公開 小向美奈子 in MANILA」(「週刊ポスト」3月11日号)  朝、駅で、「現代」「ポスト」「朝日」「AERA」を買って、早稲田のオフィスへ行く。優れもののタイガー電気ケトルでお湯を沸かし、最近気に入っている伊藤園の「抹茶入り緑茶・プレミアムティーバッグ」で濃いめのお茶を飲み、日本橋錦豊琳の「ねぎみそかりんとう」をボリボリ食べながら、週刊誌を読む。  昔は、甘い物など口にしなかったが、年を取るにしたがって好きになった。ときどき、午後3時頃近くの喫茶店に入り、コーヒー・ケーキセットを食べながら、ぼんやり、早稲田大学の正門通りを闊歩していく大学生を見ている。これって呆けてきたということかな。  今週選んだ二つは、ともにグラビアである。要は、大相撲の八百長記事や菅直人首相への罵詈雑言も聞き飽きたし、他に見るべき記事がなかったためだが、この二本は必見である。  一本目は、フィリピンから帰国し、覚せい剤取締法違反容疑で逮捕された小向美奈子のマニラで撮られたカラー写真。  先週号で「ポスト」が「独占インタビュー」に成功したが、その際撮影したものである。最初に出てくる「ヤシの木の下に佇む」姿は、ポスト記者が「かつての姿とは別人といっても過言ではない」と"断言"するほど変わり果てた(失礼!)小向が写っている。  先週号のモノクログラビアで小向を見たとき、思わず「女相撲」と叫んでしまったが、カラーで見るとさらに迫力を増す。ポールダンスとかいうのだそうだが、天井から伸びたポールにしがみついている小向は、どう見てもダンスというより、ゴリラが木にぶら下がっている図である。  記者が今の心境について聞くと、「自分に一番腹が立つ」と小向は答えているが、己の姿に腹が立っていることだけは間違いなさそうである。これだけ豊満な彼女を見ていると、覚せい剤をやっていたなんて信じられないがね。  お次は現代の人気グラビアアイドル・佐藤寛子のヘアヌードである。もったいぶって袋とじにしてあるが、だいたい、たいした写真でないときに袋とじにしたがるもんだと、ブツブツいいながらハサミで切り、開いた。おやーッ、これはなかなかの迫力である。  映画『ヌードの夜/愛は惜しみなく奪う』(石井隆監督)の中からのショットだが、26歳になる佐藤の迫力ある肢体とヘアがバッチリ写っている。  こういう写真を評する言葉を持ち合わせないが、久しぶりにそそられる淫猥な雰囲気の漂う写真である。  思わず、DVDを買ってみようかなと思わせるが、佐藤の絡みの相手が竹中直人では、やっぱりやめとこうか。  このところ、ヘアヌードとは名ばかりのグラビアが多くて欲求不満気味だったが、これは汚名返上。こうした、きれいで迫力のあるヘアヌードなら、まだまだ売り物になるはずだ。そう思わせてくれた「現代」に、応援のエールを送る意味で今週の準優勝。  今週のグランプリは久々に「ニューズウイーク」の記事。これはいい。表紙に「セレブは世界を救えるか」とある。俳優のジョージ・クルーニーがさまざまな支援活動をしているのは知っていたが、これほど熱心でスケールの大きなものだとは思わなかった。  ボノ、ショーン・ペン、ディカプリオ、アンジェリーナ・ジョリーをはじめ、多くのスターたちが紛争地や被災した現場に出向き、政治を動かし、社会貢献をしている。  クルーニーもそのひとりである。だが、父親が報道番組のアンカーマンをやっていたこともあるのだろう、彼と北アフリカ・スーダンとの関わり方は、並みの外交官など真似のできない誠意と情熱がある。  アフリカ最大の国スーダンは長い内戦状態を脱し、南部スーダンは住民投票でようやく独立を勝ち取ったが、1983年以来の内戦で200万人以上の命が失われたと言われる。  今でも南北境界線は緊迫し、中央政府は5万5,000人の兵士を派遣している。そこでクルーニーは、「自分で資金を出して監視用の人工衛星を手に入れ、誰でもアクセスできるように公開(http://www.satsentinel.org)した。この衛星は今、緊迫する南北境界線付近の軍隊の動きを上空から監視している。(中略)『俺は国連ともアメリカ政府とも関係なく活動している。そして俺は480マイル上空に監視カメラを据えた』とクルーニーは言う。『いわば反ジェノサイドのパパラッチだ』」  父親と初めてスーダンを訪れたとき、滞在した難民村に、井戸や住居、地域センターを造る資金を寄付したが、その1年後、水や住居を狙う近隣住民に襲われて、何人もが殺されてしまったという体験から、いくらカネをばらまいても問題の解決にはならないことを知ったという。  彼は、貧困にあえぐアフリカ諸国を救済するために、債務の免除を各国に訴え、ブッシュ政権にエイズ治療薬への資金援助を増やすよう働きかけ、成功した。 「商品を売り込む以外にも、セレブの使い道はあるんだ」(クルーニー)  彼は現地を訪れ、緊張が高まる近隣地域の首長と話し、紛争を食い止めようと努力したり、北部から帰還してきたキャンプ地に行き、救援ワーカーたちと一緒に簡易ベッドで寝る。  独立を決める住民投票はほぼ絶望的だと、南部スーダンの人々も思っていた。だが、あと100日まで迫った時点で、クルーニーがメディアを通じて強力なキャンペーンを開始すると、関心は一気に高まり、形勢は大逆転したのである。 「『ここに暮らし、妻子が虐殺されることを恐れている男の訴えを世界に届けることが俺の仕事だ』と、クルーニーはセレブの役割について熱く語る。『彼は山の上で叫びたいだろうが、彼には大きなメガホンもなく、高い山もない。俺にはメガホンもあれば、山もある。彼に自分の代わりに叫んでくれないかと頼まれたら、一も二もなく答えるさ。いいとも、俺が代わりに叫ぶよ、と』」  彼は政治家になる気はないそうだ。「女遊びもドラッグも、散々やってきた」から、何度か誘いはあったが断ってきた。  だが、もし候補者になったらこう言うそうだ。 「クスリをはじめ、悪いことは全部やってきた。隠すつもりはない。さあ、こんな話題はもう終わりだ。この国の問題について話そう」  本当の格好いい男とは彼のようなことをいうのだ。見せかけだけで中身のない、日本の"芸ノー人"たちとは決定的に違う。ますますクルーニーが好きになってきた。 (文=元木昌彦)
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撮影/佃太平
●元木昌彦(もとき・まさひこ)
1945年11月生まれ。早稲田大学商学部卒業後、講談社入社。90年より「FRIDAY」編集長、92年から97年まで「週刊現代」編集長。99年インターネット・マガジン「Web現代」創刊編集長を経て、06年講談社退社。07年2月から08年6月まで市民参加型メディア「オーマイニュース日本版」(2006年8月28日創刊)で、編集長、代表取締役社長を務める。現「元木オフィス」を主宰して「編集者の学校」を各地で開催、編集プロデュースの他に、上智大学、法政大学、大正大学、明治学院大学などで教鞭を執る。 【著書】 編著「編集者の学校」(編著/講談社/01年)、「日本のルールはすべて編集の現場に詰まっていた」(夏目書房/03年)、「週刊誌編集長」(展望社/06年)、「孤独死ゼロの町づくり」(ダイヤモンド社/08年)、「裁判傍聴マガジン」(イーストプレス/08年)、「競馬必勝放浪記」(祥伝社/09年)、「新版・編集者の学校」(講談社/09年)「週刊誌は死なず」(朝日新聞社/09年)ほか 〈お知らせ〉ノンフィクション・ライター朝倉喬司さんを偲ぶ会を3月13日(日曜日)、午後5時から一ツ橋の「如水会館」で行います。問い合わせは、03-3261-0781『現代書館』村井まで。 
ニューズウィーク日本版2011年 3/2号 参りました。 amazon_associate_logo.jpg
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「週刊ポスト」3月4日号
●第80回(2月15日~2月21日発売号より) 第1位 「完全独占告白 小向美奈子『覚醒剤と妊娠とイラン人』」(「週刊ポスト」3月4日号) 第2位 「今こそ世に問う元大鳴戸親方『怪死』マル秘メモ」(「週刊ポスト」3月4日号) 第3位 「大復帰インタビュー『桑田佳祐』と生きる」(「AERA」2月28日号)  講談社の社長交代が決まった。夫に早世され、主婦から社長に就任し20余年務めてきた野間佐和子氏が、息子の野間省伸副社長にその座を譲ることになった。  それに伴って、かなりの役員人事も行われるそうだ。1990年代の半ばに約2,000億円あった売上げが毎年のように減り続け、09年度は1300億円程度まで落ち込んだ。これを銀行員出身の彼が立て直せるのか、OBの一人として、大きな期待と少しの不安が入り交じる。  社長交代は2月の株主総会ではなく、4月になるそうだ。その理由は、占いか何かでその日がいいと(現社長の意向だと思われるが)決めたと聞いた。会社再建が神頼みだけにならないよう祈りたい。  さて、昨年7月に食道がんが見つかったが、幸い軽かったため、年末のNHK『紅白歌合戦』で元気な姿を見せた桑田佳祐(55)が、アルバムを発表したこともあるのだろう、引っ張りだこである。  「BRUTUS」3月1日号は「桑田佳祐」緊急特集を組み、「AERA」も巻頭インタビューしている。  それによれば、父も姉もがんで亡くしているがん家系で、「自分も可能性がなくはないな」と思っていたそうだ。がんだと知らされたとき、「呪いはしなかったけど、人生って不条理なもんだなあとは思いましたけどね」と、語っている。  入院中に聞いていたの「ボブ・ディランのテーマ・タイム・ラジオ・アワー」と小唄とジャズだったというのが面白い。  立川談志師匠も食道がんだったが、最悪の場合、声を失ったり声帯が傷つくことがある。もしそうなれば声を使う人間には致命的だが、幸い無事に手術を終えた。  術後、完成したアルバム『MUSICMAN』(ビクターエンタテイメント)にこんな歌詞がある。 「暗闇が目の前に迫り来る 生きるは寂しさを知るためか 涙こらえて口笛吹けば 星が瞬く空の下」(「グッバイ・ワルツ」より)  08年にサザンオールスターズの無期限活動中止を発表した心境をこう述べている。 「だんだん自分も年老いていくわけだし、いま主流の音楽と折り合いをつけるのはちょっと難しいなと思っていたんですね。(中略)周りを意識するほど、、時代とどうしてもすり合わせていこうとする。それで後悔していることもあるんですね。だからもう、年相応じゃないけど、楽になっちゃおうと思った」  桑田サザンと言えば砂浜と恋とサーフィン。だが、50代半ばになった桑田が紡ぎ出す音楽は、これからどこへ向かうのか。  湘南の海の男の象徴だった石原裕次郎は、そのイメージを残したまま52歳で亡くなった。同じイメージを持った加山雄三は70歳を過ぎても海の男を歌い続けている。5年後、60を過ぎた桑田は、どんな歌を歌うのだろうか。  今週の第2位は、数多ある大相撲八百長関連の中で、八百長追及の元祖・「ポスト」の記事にした。記事自体は今から15年ほど前に「ポスト」が書き立て、一部で騒ぎになったが、いまだに不可解な謎の多い「事件」として、私の記憶にも残っている。  当該の記事は96年2月にスタートした「元大鳴戸親方(元関脇・高鉄山)の告発手記」である。友人である橋本成一郎氏と二人で、詳細な八百長についての証言と、角界の薬物汚染や暴力団との交際など、タブーを洗いざらい暴露したのである。  今考えれば大変な重大証言だったが、いつも通り相撲協会も記者クラブも無視した。だが、日本外国特派員協会で講演することが決まり、二人は、これで角界浄化ができると喜んでいた矢先、突然二人とも亡くなってしまうのだ。それも同じ病院で、死因も同じ「重症肺炎」だった。  無念の2人が遺したメモが残っていて、そこにはこう書かれている。 「財団法人を隠れミノにしての脱税、ファンを裏切る八百長、暴力団との交際......。やっていることはデタラメばかり。これで人を殺せばオウム真理教と同じである。(中略)相撲を日本の文化とか国技というのはもってのほか。この世界は騙し合いと私利私欲の世界なのである」  「文春」がスクープした小向美奈子(25)の覚醒剤疑惑だが、今週は「ポスト」が、マニラで小向のインタビューに成功した。この記事が今週のグランプリ。  記事とは別にモノクログラビアで、2月10日に小向の友人が撮影した彼女の写真が載っているが、女相撲かと思うほどの膨れ方である。だが、インタビュー記事の彼女は、さほど太っていないように見えるから、ポールダンスとキャベツだけのダイエットが奏功したのだろうか。  ポスト誌記者は、今年1月4日に小向から電話をもらって、マニラへ行って英語とダンスの勉強をすると聞いていたから、逃亡ありきのフィリピン滞在ではないのではないかと、各メディアの報道に疑義を呈している。  それはともかく、逮捕された覚醒剤密売グループのイラン人が「小向に複数回、覚醒剤を販売していた」と供述したと伝えられていることに、大筋このように話している。  イラン人とは、彼女が付き合っていたシャブ中の彼氏からいわれて、その男のところへ覚醒剤を買いにいったことから始まった。  優しい男で、敬虔なイスラム教徒だから、親しいが小向と男女関係はないし、覚醒剤を買ったこともない。昨年夏前に、そのイラン人から「売人をやめたい」という相談があった。悩んでいる男を見ていて、そばにいずにはいられなかった。だが、親しかったイラン人が、彼女に覚醒剤を販売していたと話しているとすればショックだ。  そして、このことを「日本に戻ってきちんとありのままをお話しします。出頭します。逃げてるつもりなんてそもそもなかった。私はそもそも逃亡犯なんかじゃない」と、断言している。  しかし、グラビアを見る限り、太り方が尋常ではない。クスリを抜くためのマニラ行きだったのではないかという疑念は、インタビューを読んでも消えない。  小向は、10代半ばでグラビア・アイドルとして芸能界に入り、売春まがいの行為まで強要され、精神的に傷つき、シャブ中の男に溺れ、覚醒剤所持で逮捕される。絵に描いたような芸能界転落物語である。  もちろん本人の精神的な弱さが一番問題だが、彼女のような悲劇は枚挙に暇がない。芸能界という「魔界」に身を沈め、傷つき、どれだけ多くのタレントが消えていったことだろう。 「小向美奈子はバカな女だ」で済ましてはいけない。ジャリタレを食い物にしている悪徳プロダクション、暴力団が背後で操るクスリの密売組織などを徹底的に排除しなければ、小向のような悲劇はなくなりはしない。角界とほぼ同じ構造がここにもあるのだから。 (文=元木昌彦)
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撮影/佃太平
●元木昌彦(もとき・まさひこ)
1945年11月生まれ。早稲田大学商学部卒業後、講談社入社。90年より「FRIDAY」編集長、92年から97年まで「週刊現代」編集長。99年インターネット・マガジン「Web現代」創刊編集長を経て、06年講談社退社。07年2月から08年6月まで市民参加型メディア「オーマイニュース日本版」(2006年8月28日創刊)で、編集長、代表取締役社長を務める。現「元木オフィス」を主宰して「編集者の学校」を各地で開催、編集プロデュースの他に、上智大学、法政大学、大正大学、明治学院大学などで教鞭を執る。 【著書】 編著「編集者の学校」(編著/講談社/01年)、「日本のルールはすべて編集の現場に詰まっていた」(夏目書房/03年)、「週刊誌編集長」(展望社/06年)、「孤独死ゼロの町づくり」(ダイヤモンド社/08年)、「裁判傍聴マガジン」(イーストプレス/08年)、「競馬必勝放浪記」(祥伝社/09年)、「新版・編集者の学校」(講談社/09年)「週刊誌は死なず」(朝日新聞社/09年)ほか 〈お知らせ〉ノンフィクション・ライター朝倉喬司さんを偲ぶ会を3月13日(日曜日)、午後5時から一ツ橋の「如水会館」で行います。問い合わせは、03-3261-0781『現代書館』村井まで。 
BRUTUS (ブルータス) 2011年 3/1号 国民みんながファンなわけではない。 amazon_associate_logo.jpg
大相撲の「八百長」をのさばらせてきた大マスコミ・司法の責を問う 「評価されすぎ!?」副知事辞任で見えた河村名古屋市長の実像と虚像 ターゲットは高齢者と富裕層 相続税増税で税率80%もあり得る!?