
『夜叉』(東宝ビデオ)
芸能取材歴30年以上、タブー知らずのベテランジャーナリストが、縦横無尽に話題の芸能トピックの「裏側」を語り尽くす!
日本映画界の大スター・高倉健が、降旗康男監督の作品で復帰することが決定したという情報を入手した。
健さんは2005年の日中合作映画『単騎、千里を走る。』以降、スクリーンから遠ざかり、06年11月に天皇・皇后両陛下が主催した文化勲章受賞者と文化功労者を招いたお茶会に出席して以来、マスコミの前からも姿を消してしまった。
筆者が、健さんの側近から聞いた話によると、健さんは恩人とも言える某建設会社のS会長が4年前に他界して以来、3年間は喪に服することで、同会長の冥福を祈っていたという。ちなみに、筆者もS会長の存命中には、行きつけのレストランで何度かお目にかかったことがあるが、まさに粋を絵に描いたような人で、男・高倉健が惚れる男というのも納得だった。
そんな健さんも、気がつけば、今年2月16日で80歳を迎えていた。S会長の喪が明けたことで、「今年は活動を再開する」と言っていたが、その矢先の5月に、健さんを『網走番外地』シリーズで売り出した東映映画名誉会長の岡田茂さんが肺炎のために死去。健さんは落ち込んで、一時引きこもり状態になっていたと聞き、筆者は復帰が遠のくと危惧した。ところが、降旗監督の作品で復帰することが決まったというから朗報だ。
降旗監督は『新網走番外地』シリーズから『夜叉』『鉄道員』まで、数々の高倉健映画を生んで、『単騎、千里を走る。』では日本編の監督を務めるなど、健さんからは絶対的な信頼がある監督だ。しかも、キャスティングは健さんほか、『夜叉』に出演した役者が中心という。ということは、ビートたけしも含まれる。実際にたけしの元には出演オファーがあり、彼も協力するつもりらしい。
『単騎、千里を走る。』が公開された直後に、健さんはたけしに「一緒に映画を撮ろう」と伝えたそうだ。この話をたけし本人から聞いた時には、筆者は北野武監督で、健さん主演による"最後のヤクザ映画"ができると大いに期待した。キャストは、健さんを筆頭に菅原文太、松方弘樹らの東映ヤクザ映画出身のオールスターにしてもらいたいと、個人的な想いをリクエストしていた。だが、この話もS会長が亡くなり、健さんが喪に服したことで暗礁に乗り上げていた。
今回の降旗作品はヤクザ映画ではないらしい。しかし、健さんがたけしに持ちかけた「一緒に映画を撮ろう」という話は、たけしが健さんの復帰作に出演することで一歩近づいたと言えるだろう。筆者としては、やはり、北野監督による、健さんのヤクザ映画を見たいのだ。
(文=本多圭)
「1142」タグアーカイブ
ベテラン芸能記者・本多圭が見た高岡・ふかわの「フジテレビ」問題
芸能取材歴30年以上、タブー知らずのベテランジャーナリストが、縦横無尽に話題の芸能トピックの「裏側」を語り尽くす! 高岡がツイッターで「8は今マジで見ない。韓国のTV局と思うこともしばしば」と呟いたことで、所属していたスターダストプロモーションを解雇された。その直後に、ふかわが自身がパーソナリティを務めるラジオ番組で「本当はわからないけど」と前置きして、「例えば、あるテレビ局が韓国政府からK-POPを流すようにお金をもらい、その歌手が売れれば、K-POPの権利を持っているテレビ局にお金が入る仕組みがあったとして、だから、バンバン流すことはダメなことか」と問題提起しながら「法律はないけど、公共の電波で私腹を肥やすやり方を推進するのは違反だと思う」と語っている。 筆者はこの2人の発言を聞いて、「今さら何を言っているんだ」と思う。テレビ局は昔から系列会社に音楽出版社を持って、ドラマの主題歌や挿入歌にしたり、バラエティ番組のオープニングやエンディングのテーマに使い、時には番組最中でも流して、出版印税を得るというビジネスを展開している。公共の電波を使って、私腹を肥やしまくっているのは常識だ。プロダクトプレイスメントと呼ばれる、情報番組やドラマで、自然な形でスポンサー企業の商品を紹介するようなことも日常茶飯事。今回の件も、仮に韓国からお金をもらっていたとしても、お客さんが国内の企業からそちらに代わっただけの話。イマドキのテレビに、本気で公正中立さなどを求めているのだろうか。 そもそも、この2人の"出自"が、イマドキのテレビというものを象徴している。高岡が所属していたスターダストや、ふかわの所属のワタナベエンターテインメントをはじめとした大手プロは、テレビ局の有力プロデューサーと癒着。プロデューサーたちは裏金をもらったり、銀座や六本木などの高級クラブに接待されたりしてきた。さらに、歌手を抱えている事務所は売りたい歌手の出版印税の一部をプロデューサーに渡すことで、番組に出演させたり、番組内で宣伝してきた。見返りは、そうした芸能プロに対するキャスティングや主題歌といった面での便宜だ。 高岡が、今回の騒動でここまで騒がれるほど知名度を得たのも、宮崎あおいとの結婚に加え、そうした芸能プロとテレビ局との癒着構造とは無縁ではない。テレビ局に食い込んでいるスターダストの力なくして、俳優として高岡が脚光を浴びることはなかっただろう。 ふかわについても、しかり。今回、俎上に載せられたフジテレビとの関係が最も深いといっていい芸能プロが、ワタナベエンターテインメントではないか。批判するなら、まずは事務所をやめて、自らの立場を省みてからにしてほしい。 2人が言っていることは天に唾しているとしか思えない。高岡は自身のブログで自殺未遂を図ったとか、宮崎あおいとの"格差婚"に悩んだことを綴っているが、筆者からすれば、ずるい人間の愚痴にしか聞こえない。 高岡は一人の将来あるグラビアタレントのタレント生命を奪ったことを筆者は忘れていない。09年2月に高岡と19歳のグラビアアイドルの金原あすかとの"深夜の密会"が女性誌に報じられた。高岡は自身の誕生日会終了後、酔った勢いで金原を強引にタクシーに乗せて彼女の自宅まで送り、そのまま自宅に上がりこんだと報道された。金原の事務所は「玄関先で水を一杯あげただけ」と不倫を否定したが、このスキャンダルのダメージは大きく、金原は事務所をやめざるをえなくなり、芸能界から消えた。高岡が金原の人生を潰したのだ。しかし、彼からは、責任ある言葉は聞かれなかった。それどころか、自分が芸能プロをクビになると、ブログで愚痴まくり。宮崎あおいが愛想を尽かして、離婚を決意するのも時間の問題かもしれない。 自分の信念にそって発言する姿勢は評価する。しかし、自身を育ててくれた周囲との関係も考えず、独りよがりの暴走発言はいかがなものか。ふかわが「テレビは終わったな」とも言ったらしいが、終わろうとしているのは自分たちであるということ自覚すべきだ。 (文=本多圭)「Ollie」2011年 02月号
「人間的にも最高の男」肺がんで闘病中のジョー山中が歩んできたイバラの道

『究極のベスト! ジョー山中』
(ワーナーミュージック・ジャパン)
芸能取材歴30年以上、タブー知らずのベテランジャーナリストが、縦横無尽に話題の芸能トピックの「裏側」を語り尽くす!
肺がんで闘病中のロック歌手・ジョー山中が、一時心肺停止で容態が危ぶまれている。
2001年にジョーが徳間書店から出版した自伝『証 永遠のシャウト』は筆者がプロデュースした作品だ。キッカケは音楽プロデューサーの山田廣作氏(筆者は、山田会長と呼ばせてもらっている)だった。山田会長はゴダイゴを世に送り出し、島倉千代子に「人生いろいろ」、天童よしみに「珍島物語」を歌わせ、見事2人を再生させた辣腕の音楽プロデューサー。音楽業界での山田会長の業績は語りきれないほどある。また、業界では「長いものに巻かれろ」「強いものに従え」という風潮があるが、山田会長は正しいことは正しいと主張できる、稀有な業界人だ。
10年ちょっと前、筆者が鹿砦社から出版した『ジャニーズ帝国の崩壊』で書いた内容についてバーニングプロダクションの周防郁雄社長から、名誉毀損の民事提訴されたことがあったが、その時に「本多さんが書いたことは、間違っていない」と、裁判の証言台に立ってくれた勇気ある男だ。山田会長には昭和の音楽史を勉強させてもらい、プライベートでもお世話になった。山田会長については語り尽くせないほど話があるだけに、改めて紹介することにする。
そんな、お世話になった山田会長から「本多さん、ジョー山中はミュージシャンとしても超一流だけど、人間的にも最高の男なんだ。アフガニスタンを中心に難民キャンプを回ってボランティア活動を続けているんだ。彼の自伝をプロデュースしたら、面白いと思うよ」と持ち掛けられた。ジョーについては「お母さん、ボクの麦わら帽子はどこに行ったんですか?」というフレーズで知られる映画『人間の証明』(77年)の主題歌「人間の証明のテーマ」を聞いたときに、あまりにソウルフルな声に震えを覚えたことを今でも忘れない。その後、大麻取締法違反で逮捕。一度はつまずいたが、難民キャンプのボランティア活動をやっていると聞いて、徳間書店の書籍担当を「印税はすべてボランティア活動に充てる」という条件で説得、出版にこぎつけた。
当時、ジョーは鎌倉に住んでいた。筆者は鎌倉の家に出向いたり、出身地の横須賀にも足を運んだ。ジョーの子どもたちや、ジョーのお兄さんにも会った。ジョーは、混血児として生まれた。今でこそ、ハーフはもてはやされているが、当時は"あいの子"と差別された。
ジョーより前に、米黒人兵と日本人女性との間に生まれた青山ミチというハーフの歌手が60年代前半にデビューしていた。デビュー2年目に出した曲「ミッチー音頭」は抜群の歌唱力で世間をアッと言わせたが、筆者はミチの「叱らないで」という曲が大好きだった。
しかし、混血児ということで差別されていたという現実から逃げるために、クスリに手を出したり、万引きを繰り返して挫折。芸能界から追放された。
90年代半ば、そのミチが愛知県岡崎市でスナックをやっていると聞いて、取材に行った。しばらく経ってから、ミチから「東京に来ている」と電話があった。会ってみると、「神奈川県に残した子どもと一緒に暮らしたい。マジメにやり直したい。そのためにアパート借りるお金が必要」と言うので、筆者は、昨年他界した芸能リポーターの梨元勝さんに相談。2人で25万円ずつ出し合って、ミチに渡した。それだけでは生活費が困窮すると思い、マスコミ関係者を集めて、1万円の会費でミチの再起を祝うパーティーを開いた。集まった30万円をミチに生活費として渡したが、その日にミチはその金でテレビゲームに興じた。そしてその後、クスリにまた手を出し、筆者の前から消えたのだった。
その点、ジョーは違っていた。差別の中から這い上がってきた。『証』では、ジョーのかつての悪友・館ひろしにもノーギャラで対談に協力していただいた。残念ながら、本の売れ行きはサッパリだったが、素晴らしい本ができたと自負している。本を出版して分かったことだが、ジョーの信奉者は日本だけでなく、アフガンを中心にした難民キャンプの子どもたちを含めて数知れない。ファンのためにも、ジョーが一日も早い復活を遂げることを切望する。
(文=本多圭)
「やっぱりしたたかな女」小倉優子移籍騒動の影で加護亜依の恋人も暗躍!?

「りんごももか姫」時代が懐かしいです。
芸能取材歴30年以上、タブー知らずのベテランジャーナリストが、縦横無尽に話題の芸能トピックの「裏側」を語り尽くす!
今回、タレントの小倉優子の独立騒動を取材して、筆者は、小倉はそのトボけたイメージとは裏腹に"したたかな女"だということを痛感した。なぜなら、小倉は、元「モーニング娘。」の加護亜依の引き抜き騒動の仕掛人である飲食店プロデューサーのAにも、移籍先の事務所探しを依頼していたことが、Aを知るマスコミ関係者の取材で明らかになったからだ。
Aは歌手休業中の華原朋美と1年前まで約5年間同棲していて、彼女にDVを働いていた"DV男"だったことが写真週刊誌の報道で明らかになっているが、その一方で"アイドルオタク"だと、筆者と親しいマスコミ関係者は言う。
現在は元"モー娘"の加護の恋人だが、加護以外にもモー娘のメンバーだったKとも知人の紹介で知り合って、関係を持ったと豪語している。華原と同棲中には小倉に目を付けて、小倉所属の「アヴィラ」の女性タレントのSに「小倉を紹介しろ」としつこく迫って、対面を実現させたという。
Aに会った小倉は、「移籍する事務所を紹介して」と事務所探しを依頼。関係を持ったかは定かではないが、Aはすっかりその気になって、華原、加護の時と同様、悪友である芸能界の実力者の息子に相談。息子の関連する事務所に移籍させることで話がまとまったという。そのことを後で知ったアヴィラのオーナー、牧野昌哉氏はAとSに激怒したという。ところが、小倉はその話を反故にして、現在、移籍先としてウワサされている芸能プロ「P」に移籍する気持ちを固めたというからしたたかだ。その一方で、恋人のヘアメイクアーティストの菊地勲さんがSMAPのメンバーのヘアメイクを担当していることが縁で、SMAP・チーフマネジャーの飯島三智女史に接近。彼女に取り入って、アヴィラ側の圧力からの風よけに利用した節がある。
小倉は、7月上旬にアヴィラに対する契約解除の申立ての仮処分が東京地裁で認められ、晴れて、Pへの移籍を待つばかりだが、牧野氏は「本訴まで争う」と徹底抗戦の構えを見せている。
一方、小倉にハシゴを外されてしまったAと実力者の息子の怒りも収まらず「Pへの移籍は認めない」と実力者の名前をチラつかせて、Pにプレッシャーをかけているという。小倉は、晴れてどころか、四面楚歌状態だ。したたかな小倉が、今後どうやって、このピンチから脱出するか楽しみだ。
それにしても、Aには、自らプロデュースする飲食店への投資話を、華原や加護の他、投資家にも持ち掛けるも、投資金の一部を着服したとの疑惑もある。投資家が返済を要求すると、暴力団の影をチラつかせるというのだからタチが悪い。こうした行為に対して、被害届が出ているとも。こんな男が堂々と跳梁跋扈できる芸能界は異常だと言わざるを得ない。
(文=本多圭)
大河ドラマ『八重の桜』綾瀬はるかキャスティングに見るNHK上層部の癒着体質

「綾瀬はるか 2011年 カレンダー」
(ハゴロモ)
芸能取材歴30年以上、タブー知らずのベテランジャーナリストが、縦横無尽に話題の芸能トピックの「裏側」を語り尽くす!
2013年のNHK大河ドラマ『八重の桜』の主役に綾瀬はるかが決定したことで、女優を抱える芸能プロのオーナーたちから「NHK上層部のCM絡みの癒着ではないか」という疑惑の声が上がっている。
指摘された疑惑について、過去の大河ドラマの出演者を調べてみると、筆者も、この癒着疑惑を抱かざるを得なかった。
09年の『天地人』の主役は、綾瀬と同じホリプロ所属の妻夫木聡。10年の『龍馬伝』はアミューズ所属の福山雅治。現在、放送されている『江~姫たちの戦国~』も福山と同じ事務所の上野樹里。来年の大河『平清盛』はホリプロの松山ケンイチだ。
5年間で、大河の主役のキャスティングが、大手プロのホリプロとアミューズに占められている。今年1月までNHKの会長を務めていた福地茂雄氏はアサヒビールの元会長。ご存じの通り、福地会長在職当時から、福山と上野はアサヒビールのCMに出演している。NHKに出入りしているドラマ関係者は「朝の連続ドラマ『ゲゲゲの女房』に主役に抜てきされた松下奈緒は、アサヒビールのCMに出ていたことがキッカケで、番組プロデューサーが福地会長に気を使って決めたという話もあるんです」と情報を提供してくれた。
さらに、再来年の、同志社大学を創設した新島襄の妻・新島八重の物語『八重の桜』の綾瀬は、TBS系のドラマ『JIN-仁-』で高視聴率を稼いだが、キャスティングの決定権を持つNHKの専務理事で放送総局長でもある金田新氏は、トヨタ自動車出身。綾瀬は『ラクティス』のCMに出演していた。こうなると、上層部の出身母体のメリットになるようなキャスティングがされているのではないか、というにおいがプンプンするのだ。
ドラマだけではない。昨年、NHKはK-POPをさまざまな番組で積極的に取り上げた。ところが、NHKにも影響力を持つ芸能界の実力者が、K-POP利権の恩恵に預かれなかったことで、『紅白歌合戦』では土壇場になって、K-POP外しを水面下で指示した。NHKの紅白スタッフは「力量不足」と説明したが、こんな説明に納得した人間はいないだろう。日ごろから紅白のスタッフは、この実力者から接待漬けにあっているという情報を大手プロの幹部から入手している。要するに上も下も、NHKは癒着疑惑が絶えないのだ。
音楽番組はジャニーズ事務所との癒着もウワサされている。紅白を含めた音楽番組のスタッフと、前出の実力者やジャニーズの癒着の実態については別の機会で明らかにしていくが、せめて大河ドラマの主演だけは、癒着疑惑がささやかれないように公開オーディションで決定すべきだ。癒着体質が罷り通るNHKに受信料は払いたくない。
(文=本多圭)
「客が1人という日も」吉本興業の中規模2劇場が閉館 お笑いブームは終わったのか

京橋花月公式サイトより
芸能取材歴30年以上、タブー知らずのベテランジャーナリストが、縦横無尽に話題の芸能トピックの「裏側」を語り尽くす!
"お笑い帝国"吉本興業が経営する大阪の演芸場「京橋花月」と東京・品川の「よしもとプリンスシアター」が閉館の危機に追い込まれているという。ビートたけしは「第2次お笑いブームは終わった」と、昨年末から筆者に語っていたが、両館の閉館危機は、単なるお笑いブームの陰りの表れということとは、少々事情が異なるようだ。
京橋花月は、2008年に閉館した「うめだ花月」の事業を継承する形で大阪市の京橋駅前に同年11月20日にオープンした。客席数は500。吉本の演芸場としては「なんばグランド花月」に次ぐ、2番目の中規模演芸場だ。年間の目標来場客数は30万人だったが、初年度の来場者は23万人。なかなかの健闘を見せていたが、翌年から客足が激減した。
吉本関係者によると「土日は満席になるが、平日はガラガラ。お客が1人という日もあった」という。こうなると、気の毒なのは芸人だ。
梅田や難波と違って、京橋花月のある京橋には他に遊ぶ場所がない。わざわざ、お笑いを見るために足を運ぶ人が多くないのだろう。こういうのを"地乗りが悪い"という。
一方、「よしもとプリンスシアター」は、東京の品川プリンスホテルアネックスの3階に09年4月にオープンした。出演者の一覧を見ると、笑福亭仁鶴や桂三枝という吉本の重鎮をはじめ、人気若手芸人が多数出演しているが、オープン当初から客足はよくなかった。ホテルに宿泊する客はターゲットになりにくい。ここも、地乗りが悪いのだ。しかも、両館とも、そうした条件に対して、演芸場としては広すぎた。
両館の閉館の危機の一方で、期待されているのが、今年4月に復活、7月15日にグランドオープンした「祇園花月」だ。吉本は来年創立100周年を迎えて、24年ぶりに京都花月を復活させようと、以前の場所とは違ったところに祇園花月としてオープンさせた。
新宿にある「ルミネ the よしもと」は団体客を取り込んで、連日、満員御礼の大盛況を続けている。京都は修学旅行のメッカ。吉本は修学旅行生をターゲットに絞りこんだようだから、「ルミネ the よしもと」同様、成功は固いと言われている。ただし懸念するのは、吉本の芸人がテレビに露出しすぎで飽きられてしまわないかという点だ。たけしは、「第3次お笑いブームが来るまで、あと10年はかかる」と言っているが、その起爆剤にするためにも、今から各劇場で、新しいお笑い芸人の発掘に努めてほしい。
(文=本多圭)
「新人時代からトラブルも」羽賀研二 転落人生の影にあった闇人物との"黒い交際"

ドロドロ裁判はまだまだ続く?
芸能取材歴30年以上、タブー知らずのベテランジャーナリストが、縦横無尽に話題の芸能トピックの「裏側」を語り尽くす!
未公開株売買をめぐる3億7,000万円の詐欺と恐喝未遂罪に問われている羽賀研二が、大阪高裁で「卑劣で破廉恥」「反省の態度が見られない」と懲役6年の逆転有罪判決を受けたのはご存じの通りだ。羽賀は判決を不服として、最高裁に上告した。
筆者はかつて、ある芸能関係者を通じて、羽賀のあまりに多い女性問題について本人とやりとりをしたことがあった。ところが、直接弁明に来た際に次々とつくウソにあきれて、「お前の言葉は信じない」と絶縁したことがある。それだけに、羽賀については言いたいことは山ほどあるが、彼の名誉のためにも、彼の人生を狂わせた人脈だけは明らかにしておきたい。
羽賀は1980年代前半、『笑っていいとも!』(フジテレビ系)の"いいとも青年隊"に起用されて脚光を浴びたが、そのころから、ファンの女性からラジカセを借りて返さないといった、なんとも情けない苦情が絶えなかった。その後も、女性とのトラブルの情報が筆者のもとには入ってきたが、いいとも青年隊を卒業した羽賀の名前を具体的に耳にしたのは、大田区に住む未亡人に沖縄開発リゾートの話を持ち掛けた金銭トラブルだった。
この騒動を、休刊になった隔女性週刊誌「微笑」(祥伝社)の記者が取材。記事掲載寸前に、「微笑」の委託ライターも務めていた筆者の元に親しいプロダクション関係者から「何とか記事を止めてくれないか」という依頼があった。最終的には記事は掲載されたのだが、後になって分かったことは、プロダクション関係者に依頼してきたのは元総会屋で、その後、2005年にエイベックスに利益供与を強要した件で逮捕されたYだった。さらに、そのYに記事潰しを依頼したのは、住専騒動で逮捕された"浪速の借金王"と言われた「末野興産」の末野謙一だったのだ。
末野は、羽賀と一緒に恐喝未遂で逮捕されたボクシングの元世界チャンプの渡辺二郎と共に羽賀のタニマチだった。末野を通じて、暴力団関係者との"黒い交際"も始まっていた。その後、羽賀は梅宮アンナと熱愛が発覚するが、実は、末野主催のハワイのゴルフコンペに父親の梅宮辰夫が参加した時に、梅宮に同行したアンナを羽賀が口説いたというのが真相だ。末野と梅宮は兄弟分と言われるほど親しい関係だったのだ。梅宮は、アンナと羽賀との交際に反対しながらも煮えきれず、渋々認めたのは末野が羽賀のタニマチだったからだ。しかし、梅宮もしたたかだ。当時は「辰ちゃん漬け」をはじめ、サイドビジネスが軌道に乗り始めたころ。バカ娘の熱愛騒動に苦悩する父親・梅宮の姿はワイドショーの格好の話題になって、サイドビジネスの宣伝につながり大儲けした。
その後、莫大な借金を抱えてアンナと破局した羽賀は、以前からナンパスポットとして出入りしていたアパレルメーカー「バルビゾン」のオーナーである伊藤良三が経営する「ブルーポイント」で、伊藤から大手消費者金融の未亡人を紹介された。羽賀はここでも金銭トラブルを抱えたが、伊藤は、末野興産が所有していた白金をはじめとした物件を買い漁り、不動産業で大成した。昨年、市川海老蔵殴打事件の現場になった西麻布のビルも伊藤所有のビルだ。
末野と伊藤の接点は、羽賀だとしか思えない。
その羽賀は、伊藤に勧められた医療コンサルタント会社「ウエルネス社」の未公開株をめぐって逮捕された。羽賀は末野、梅宮、伊藤の3人の間をしたたかに渡って生きてきたつもりだったのかもしれないが、結果的にはこの3人に翻弄された人生を送ってきた。
悲しすぎるほど、寂しい男だ。
(文=本多圭)
「今度は大丈夫?」松田聖子、懲りずに4度目の全米進出へ

日本で売れてたっけ?
芸能取材歴30年以上、タブー知らずのベテランジャーナリストが、縦横無尽に話題の芸能トピックの「裏側」を語り尽くす!
恒例になった松田聖子の全国ツアーが6月12日からスタートしたが、聖子を知る音楽関係者から「聖子はツアーが終わり次第、4度目の全米進出を理由にロスへ行くつもりみたい。どうも、向こうに好きな外国人がいるようですね」という情報を提供された。
これまで、聖子はサンミュージック時代に、長女の沙也加を出産後、元夫の神田正輝と沙也加を日本に置いて、全米進出にチャレンジするべく準備を開始。ところが現地ニューヨークでは、ホテルで近藤真彦と密会している現場をフライデーされた。この時はサンミュージックの幹部が現地に飛んで、「フライデー」(講談社)の編集者と折衝。大きなスキャンダルに発展しないよう、必死に食い止めたのを記憶している。
しかし、懲りない聖子は1989年にサンミュージックから"身勝手独立"。その後、ジェフ・ニコルス君と深い関係に陥った。遊び気分の全米進出は、当然ながら失敗に終わった。96年には、デビューから所属していたソニー・ミュージックからユニバーサルミュージック(当時は、マーキュリー・ミュージック)に移籍。2度目の全米進出に挑戦した。
そのころ、ビートたけしがハリウッド映画に出演するというので、筆者も休刊になった隔女性週刊誌「微笑」(祥伝社)の編集者と彼の取材のためにロスに数日間、滞在した。この時、歌手として全米進出するためにロスに滞在している聖子が、ロデオドライブの近くにある高級ホテルのバーで、ハリウッド映画のプロデューサーと密会している現場を目撃した。遊び気分は治っていなかったと思った。その後、ダンサーのアラン・リードとの関係が発覚。"外人狂い"というありがたくないレッテルを張られてしまった。タダでさえ容易ではない全米進出なのに、男にかまけていたのだから、失敗は当然のことだった。
その後、ソニーに出戻った聖子は3度目のチャレンジを試みるが、これも失敗。3度の失敗で全米進出はあきらめたと思われていたが、2009年6月にユニバーサルに再び移籍したころから、4度目となる全米進出の話が持ち上がっていた。
しかし、ユニバーサル移籍後の聖子の実績たるや散々たるもの。当コラムでも何度も指摘してきたが、10年5月に発売された移籍第一弾シングルは、同社が連続ドラマの主題歌などの大型タイアップ案件を取ってきても、売り上げは伸びなかった。原因は、ソニー時代からの、自身の作詞・作曲能力に対する過信からだ。これでは、4度目の全米進出挑戦どころではない。
ところが、冒頭の音楽関係者は「ロスで知り合った外国人プロデューサーがいて、その彼と頻繁に連絡を取っているみたいですよ。極秘でロスに一人で出掛けているらしいです」と言う。
聖子には元整体師でマネジャーの座に納まった愛人のK氏がいる。それなのに、ロスに行く場合は、K氏は連れていかないという。なんとも怪しげだ。もし4度目の全米進出をするなら、今度はしっかり男断ちして、チャレンジしてほしい。ツアーの最終日は、8月7日のマリンメッセ福岡。それ以降の聖子の動向に注目したい。
(文=本多圭)
"日本映画界最後の大スター"高倉健 相次ぐ知人の訃報で引きこもりに?

『決定版 高倉健』(キングレコード)
芸能取材歴30年以上、タブー知らずのベテランジャーナリストが、縦横無尽に話題の芸能トピックの「裏側」を語り尽くす!
3カ月ほど前、当コラムで書いたように(参照記事)、今年活動を再開すると言っていた高倉健さんが、"日本映画界のドン"と呼ばれた東映名誉会長の岡田茂さんの葬儀に現れなかったことが報道された。
筆者も気になって、健さんの側近とも言える友人に近況を聞いてみた。健さんは、岡田さんと、その直後の長門裕之の訃報を聞いて、ショックのあまり自宅に引きこもって、誰とも会わない状態だという。
健さんは2006年に公開された日中合作映画『単騎、千里を走る。』に主演して以来、スクリーンから姿を消した。マスコミでも、06年11月に行われた天皇、皇后両陛下主催の文化勲章受章者と文化功労者を招いたお茶会に出席して以来、目撃されていない。映画『居酒屋兆冶』で共演した女優の大原麗子さんが09年に急死した際も、葬儀には遺族に迷惑がかかると出席しなかった。その後、同年10月に健さん一人で、大原さんのお墓をお参りしていたことが、大原さんの遺族の話で明らかになった。
健さんらしいエピソードだが、岡田さんについても同じことをすると思う。5月9日に肺炎のために87歳で亡くなった岡田さんは、1960年代以降のヤクザ映画ブームの仕掛け人で、健さんを『網走番外地』シリーズで売り出した敏腕プロデューサーでもあった。それだけに、映画関係者は、健さんが岡田さんの弔問に現れるのではないかと期待したが、葬儀では、本人から届いた「大きな時代の節目を感じるお報せでした。長い間お疲れ様でした。心からご冥福をお祈りいたします。合掌」という弔辞が読み上げられたのみだった。
健さんの元気な姿が見たかったという関係者やファンも多かっただろうが、それは叶わず。しかし、健さんの性格を知る俳優や映画関係者は「大原さんの時と同様、自分に注目が浴びるのを避けたがる健さんらしい配慮。きっと、時間がたったら、一人で岡田さんの墓参りに行くよ」とフォローしていた。健さんは、離婚した江利チエミさんの命日にも、いまだに欠かさず墓参りに行く律儀な人。筆者もそう信じている。
しかし、岡田さんの死は、健さんにとって、周囲が予想した以上にショックだったらしい。側近は「岡田さんが亡くなった後に、かつて、任侠シリーズで共演した長門裕之さんも亡くなった。相次ぐ知り合いの死に、自宅に引きこもってしまって、誰とも会いたがりませんね」と言う。
岡田さんの喪に服するのは仕方がないが、またしても活動をしばらく休止なんていうことにならなければいいがと心配だ。健さんももう80歳。一般の老人なら、気力・体力が減退していき、このままふさぎ込んでしまってもおかしくはない。だが、それを超越してこその高倉健。日本映画界の最後の大スターの、早期復帰を期待したい。
(文=本多圭)
師匠の"親友"アッコがポロリ 東国原英夫が4年後の都知事選でリベンジ?

『AKIKO WADA POWER & SOUL
和田アキ子 40周年記念コンサート
at the APPOLO THEATER』
(テイチクエンタテインメント)
芸能取材歴30年以上、タブー知らずのベテランジャーナリストが、縦横無尽に話題の芸能トピックの「裏側」を語り尽くす!
5月14日に放送されたニッポン放送の『ゴッドアフターヌーン アッコのいいかげんに1000回』で、和田アキ子がこんなことを話していた。いわく、「前宮崎県知事の東国原英夫が、『4年後の都知事選を目指して、頑張ります』と言っていた」。
アッコの口から出てきた、このエピソードを聞いて、ウオーキング中だった筆者は思わず足を止めてしまった。事実であれば、東国原はお笑いの師匠であるビートたけしの助言を受け入れたことになる。たけしは再三、東国原に対して「意地でも、次の都知事選に出るべきだ」と語っていたからだ。
当コラムでも何度か指摘したが、東国原は、石原慎太郎都知事による"天罰"発言を受けて、勝ち目があると思い、急きょ都知事選に出馬。しかし、結果は下馬評通り、石原都知事に約100万票の差を付けられて落選した。
最後まで都知事選か国政かと迷っていただけに、東国原は次は国政にチャレンジするとウワサされていた。しかし落選後、師匠のたけしは筆者に「東がこのまま国政に行ったら、それで終わり。4年間浪人をしても、都知事を目指す活動をすべき。意地でも、次の都知事選に出るべきだ」と語った。
2年前も、当時宮崎県知事だった東国原は、自民党から衆院選出馬を打診され、「総裁候補にしてくれるなら」と条件を出して、世間から大ひんしゅくを買った。この時も、相談に乗ったのはたけしだった。たけしは、「逆風で全部の毛が抜けるぞ。とっとと宮崎に帰りやがれ」と一喝。東国原もさまざまな思いがあっただろうが、結果的にはこの助言を聞き入れる形になった。今回も同様のようだが、これまでもコロコロとその政治姿勢を変えてきた東国原だけに、アッコが言っていた通りになるとは限らないだろう。
それにしても、東国原も、そんな重要な話をアッコに話すとは「空気が読めていないな」と感じた。いまや政治家ならば、そうした情報を出す場も考えるべきだろう。アッコに話しても、芸能ゴシップのごとく、ラジオのネタにされるだけだ。
アッコはたけしのことを"親友"と公言しているから、東国原も身内的な感覚があるのだろうが、筆者は二人が本当にそんな関係であるとは思えない。
以前、筆者は元B&Bの島田洋七とたけしの3人で、六本木の老舗オカマバーに飲みに行ったことがある。偶然、その場にアッコがいた。酔ったアッコは「おい、洋七」と呼びつけて、たけしが見えないところで「洋七はおもろいんやで。頭をたたくと舌をペロッと出すんや」と、洋七の頭をたたき続けた。それを目撃した筆者は、あまりの横暴を見かねて、「男の頭をたたくんじゃない」と注意。アッコは一瞬にして、黙ってしまった。
たけしの"戦友"とも言える洋七をおもちゃのように扱うアッコ。たけしと"親友関係"にあると思っているのは、アッコだけのような気がする。年上のたけしをいまだに人前で呼び捨てにするのも、筆者は解せない。呼び捨てにすることで、自らの業界での力を誇示しようという魂胆が見え見えだ。『いいかげんに1000回』でも、アッコは時々芸能界の実力者の名前を出す。これも鼻持ちならない。
まぁ、筆者の個人的な感情は置くとして、東国原がたけしの助言通りに、4年後の都知事選にチャレンジすると決意したことは悪い話ではない。二人の師弟愛の重さを感じた。東国原については金銭的な問題や女性問題についていろいろな情報が筆者にも寄せられるが、たけしの期待だけは裏切らないでほしい。
(文=本多圭)










