「ずっとフォローしてきたのに」酒井法子の復帰報道 サンミュージックは寝耳に水だった……

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本人はしれっとした顔をしてますが……。
芸能取材歴30年以上、タブー知らずのベテランジャーナリストが、縦横無尽に話題の芸能トピックの「裏側」を語り尽くす!  9月21日付のスポーツニッポンが1面で報じた「酒井法子、12月舞台復帰」の報。しかし、復帰をサポートしているはずの前所属事務所「サンミュージック」は寝耳に水だったという。こんな状況で、本当にこの復帰劇は報道通りに進むのだろうか?  この記事を担当した記者は、芸能界の実力者といわれている大手プロオーナーの子飼いとウワサされる人物。また、ほかの新聞社には、昨年、酒井が中国の麻薬撲滅キャンペーン“禁毒大使”を任命された時に、日本側の代理人を務めた芸能プロ経営者・K氏サイドから、スポニチと同じような復帰情報が寄せられたという。ゆえに、この復帰報道には、実力者とK氏が糸を引いているという情報もまことしやかに流れているのだ。  これが事実だとすれば、酒井を3年間も陰ながら支えてきたサンミュージックを蚊帳の外に置いたまま、復帰の話が進められていたことになる。しかも、酒井からはサンミュージックに、この件に関しての連絡がないというのだから、酒井の人間性を疑いたくなる。  2009年8月に酒井は覚せい剤取締法違反で逮捕。サンミュージックは断腸の思いで酒井を解雇した。サンミュージックに代わって、酒井の後見人としてマスコミの窓口になったのが、継母と古くから親しい関係にあった建設会社の故・富永保雄会長だった。そこで、サンミュージックは執行猶予が明ける12年11月を目処に、富永会長と一緒に酒井の復帰をサポートすると公言した。  その間、酒井を更生させるために、介護を学ぶ大学探しなどに奔走したのは酒井の“芸能界の育ての親”といわれるサンミュージック・相沢正久社長だった。  その後、復帰を焦るあまりに富永会長が独断で物事を進めようとする勇み足もあったが、サンミュージック側は、復帰をサポートするという気持ちに変わらなかった。昨年には、酒井のデビュー当時のサンミュージックのスタッフで、同プロ退社後、海外で働いていたH氏が帰国。サンミュージックの意向もあって、H氏は酒井の個人事務所で働きだしたという。  ところが、今年5月に富永会長が急死。酒井サイドからは、訃報の知らせがあったきり、サンミュージックには連絡がないという。  執行猶予明けも近いのに一切連絡がないということで、サンミュージック関係者が心配している最中、突然、スポニチが「12月舞台復帰」を報じたのだ。報道によれば、H氏が立ち上げた事務所に所属して復帰するという。それならなおさら、サンミュージックに事前に話を通すべきではないのか?  何か通せない理由があるからだと勘ぐりたくなる。前述した復帰の背後で実力者とK氏が糸を引いているという情報が信憑性を帯びてくるではないか。“復帰利権”を手にしたい彼らにとって、サンミュージックが間に入ると面倒が増えるわけだ。  酒井は、あれだけの迷惑を被りながら、復帰に向け陰ながら支えてきた前事務所を無視し、復帰利権に目が眩んだ輩にそそのかされて、復帰を強行しようというのか。そうだとすると、酒井の復帰は多くの業界関係者には歓迎されないものになるだろう。 (文=本多圭)

電撃再々婚から3カ月も──松田聖子と個人マネジャーK氏の“ただならぬ関係”は続いている!?

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老けたな~。
芸能取材歴30年以上、タブー知らずのベテランジャーナリストが、縦横無尽に話題の芸能トピックの「裏側」を語り尽くす!  松田聖子と、その愛人といわれていたマネジャーK氏とのプライベートな関係がいまだに続いているという情報が、聖子周辺の複数の関係者から寄せられた。  聖子は6月13日に慶応義塾大学の准教授で口腔外科の河奈裕正氏と“電撃再々婚”を発表。同時に世田谷成城にある聖子の豪邸で新婚生活をスタートさせた。しかし聖子の自宅には、入籍直前までK氏が同居していたことは以前、当コラムで報じた。  聖子とK氏の出会いについてあらためて説明すると、聖子は約8年前に知人に紹介された整体治療院で、整体師として勤めていたK氏と知り合い、深い関係になったのちに、個人事務所のマネジャーとして迎え入れた。  しばらくたってから、K氏は聖子の母親と長女の神田沙也加が住む聖子の自宅に同居するようになった。K氏を嫌った沙也加はいち早く家を飛び出し、母親もK氏と折り合いが悪く、近くのマンションで一人住まいを始めた。2007年に聖子が成城の豪邸を新築。沙也加も母親もそこに戻ると思われたが戻らず、豪邸では聖子とK氏の二人暮らしが始まった。彼は聖子が“再々婚”するまで住み続けていたが、新しい伴侶ができたことで家を出た。その段階で、聖子はK氏とは公私にわたる“パートナー”関係を解消するものだとばかり思われていた。ところが、K氏はいまだにマネジャーとして個人事務所に残っている。  しかも、今でも仕事の現場では、周囲からは「誰が見ても男女の関係」と疑いの目を向けられている。それだけではない。聖子の自宅近くのコンビニでツーショットが目撃されているという。一方、夫の河奈氏の姿は、最近になって目撃されていないという。一体、どうなっているのか?  そういえば、3年ほど前にK氏と同居している時に、聖子は前夫で歯科医のH氏と沖縄旅行。名護に近いゴルフ場でプレーをしていたという情報をつかんだのは筆者だった。  前夫との沖縄旅行発覚で、K氏とは破局を迎えると思われたが、関係はそのまま続いていた。今回も河奈氏と再々婚しながら、K氏と関係を断ち切っていない。果たして“超スピード離婚”の危機なのか? いずれにしても、聖子の男性関係は我々凡人には到底、理解不能なものなのかもしれない。 (文=本多圭)

六本木集団撲殺事件 主犯格はすでに海外逃亡? そして石元太一逮捕との関連は……

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芸能取材歴30年以上、タブー知らずのベテランジャーナリストが、縦横無尽に話題の芸能トピックの「裏側」を語り尽くす!  9月2日未明に、六本木のクラブ「フラワー」で起こった、飲食店経営・藤本亮介さん(31)の集団撲殺事件。本件について筆者は、当局筋の情報として“人違い殺人”と報じたが、さらに当局は、主犯格の人間は海外逃亡したと見ているようだ。  警視庁の捜査関係者によると、主犯格の男は関東連合のOBで、現在は住吉会系組織の組員K。今回の襲撃事件は、関東連合が、以前から軋轢のあった山口組系極心連合会の元組員を狙ったというのが当局の見立てだ。実行犯たちの画像は警視庁が公開したが、その中に主犯格の男はいないという。実行犯は、主犯格の男からの情報を受けてKを襲撃したつもりだったが、実際は人違いだった。主犯格の男は、その日の便で成田空港からフィリピンへ逃亡したと見られている。  「事件は、昨年の暮れに起こった“六本木襲撃事件”の延長では?」と語るのは捜査関係者だ。  昨年の12月14日未明に、六本木のキャバクラで極心連合会の元組員ら4人が、関東連合メンバーや中国人で構成される怒羅権メンバーとおぼしき男ら約20人に襲撃されて、瀕死の重傷を負う事件があった。犯人グループの中には、今回と同じ住吉会系組織の組員がいたことが発覚。あわや、山口組と住吉会の抗争に発展するのではと危惧されたが、トップ同士の手打ちで収まった。  しかし今年に入って、山口組系暴力団が、関東連合の関係者に報復する事件が東京の繁華街で多発していた。襲われた中には、海老蔵事件にもかかわった関東連合の元リーダー・石元太一もいた。彼は1月に六本木で、数人の男に鉄パイプで殴られて怪我を負っている。当時、マル暴捜査関係者は「山口組の報復だろう。石元は見せしめでやられたんだよ。でも、なんでマスコミが報道しないのか不思議だよ」と話していた。筆者もなぜ、この事件をマスコミが取り上げなかったのか、疑問に思っていた。親しい編集者に聞いたところ「石元は俳優としてデビューする予定なので、スキャンダルはマイナスになる」とのことだった。この説明だけでは腑に落ちないが、どうも石元には大手芸能プロのバックアップがあったらしい。関東連合の関係者には、芸能界と接点を持つ者も少なくない。そうした状況を考慮して、マスコミはだんまりを決め込み、石元襲撃事件が騒がれることはなかったのかもしれない。  それどころか、石元は8月に自叙伝を出版、俳優としてのデビューを大々的に宣伝した。石元も報じる側の論理も「今はもうカタギなんだ」ということだろうが、暴力団排除条例施行以降、芸能界と裏社会との接点に目を光らせてきた警察としては面白くなかったのだろう。石元は今月7日、自身が入居するのに、他人が住むように装い、不動産業者との間で入居契約したという詐欺の疑いで逮捕された。微罪で逮捕した当局の判断には、意図的なものを感じざるを得ない。石元にはもっと大きな詐欺事件の嫌疑がかけられているという一部報道があったが、そのほか、石元が報復されるきっかけとなった12月の六本木襲撃事件についても事情聴取が予想される。今回の襲撃事件は、主犯格の男が海外逃亡したことで真相究明に時間がかかりそうだが、この2件の襲撃事件が類似していることから、当局は石元から出てくる情報に期待を寄せているのだろう。 (文=本多圭)

六本木集団撲殺事件 主犯格はすでに海外逃亡? そして石元太一逮捕との関連は……

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芸能取材歴30年以上、タブー知らずのベテランジャーナリストが、縦横無尽に話題の芸能トピックの「裏側」を語り尽くす!  9月2日未明に、六本木のクラブ「フラワー」で起こった、飲食店経営・藤本亮介さん(31)の集団撲殺事件。本件について筆者は、当局筋の情報として“人違い殺人”と報じたが、さらに当局は、主犯格の人間は海外逃亡したと見ているようだ。  警視庁の捜査関係者によると、主犯格の男は関東連合のOBで、現在は住吉会系組織の組員K。今回の襲撃事件は、関東連合が、以前から軋轢のあった山口組系極心連合会の元組員を狙ったというのが当局の見立てだ。実行犯たちの画像は警視庁が公開したが、その中に主犯格の男はいないという。実行犯は、主犯格の男からの情報を受けてKを襲撃したつもりだったが、実際は人違いだった。主犯格の男は、その日の便で成田空港からフィリピンへ逃亡したと見られている。  「事件は、昨年の暮れに起こった“六本木襲撃事件”の延長では?」と語るのは捜査関係者だ。  昨年の12月14日未明に、六本木のキャバクラで極心連合会の元組員ら4人が、関東連合メンバーや中国人で構成される怒羅権メンバーとおぼしき男ら約20人に襲撃されて、瀕死の重傷を負う事件があった。犯人グループの中には、今回と同じ住吉会系組織の組員がいたことが発覚。あわや、山口組と住吉会の抗争に発展するのではと危惧されたが、トップ同士の手打ちで収まった。  しかし今年に入って、山口組系暴力団が、関東連合の関係者に報復する事件が東京の繁華街で多発していた。襲われた中には、海老蔵事件にもかかわった関東連合の元リーダー・石元太一もいた。彼は1月に六本木で、数人の男に鉄パイプで殴られて怪我を負っている。当時、マル暴捜査関係者は「山口組の報復だろう。石元は見せしめでやられたんだよ。でも、なんでマスコミが報道しないのか不思議だよ」と話していた。筆者もなぜ、この事件をマスコミが取り上げなかったのか、疑問に思っていた。親しい編集者に聞いたところ「石元は俳優としてデビューする予定なので、スキャンダルはマイナスになる」とのことだった。この説明だけでは腑に落ちないが、どうも石元には大手芸能プロのバックアップがあったらしい。関東連合の関係者には、芸能界と接点を持つ者も少なくない。そうした状況を考慮して、マスコミはだんまりを決め込み、石元襲撃事件が騒がれることはなかったのかもしれない。  それどころか、石元は8月に自叙伝を出版、俳優としてのデビューを大々的に宣伝した。石元も報じる側の論理も「今はもうカタギなんだ」ということだろうが、暴力団排除条例施行以降、芸能界と裏社会との接点に目を光らせてきた警察としては面白くなかったのだろう。石元は今月7日、自身が入居するのに、他人が住むように装い、不動産業者との間で入居契約したという詐欺の疑いで逮捕された。微罪で逮捕した当局の判断には、意図的なものを感じざるを得ない。石元にはもっと大きな詐欺事件の嫌疑がかけられているという一部報道があったが、そのほか、石元が報復されるきっかけとなった12月の六本木襲撃事件についても事情聴取が予想される。今回の襲撃事件は、主犯格の男が海外逃亡したことで真相究明に時間がかかりそうだが、この2件の襲撃事件が類似していることから、当局は石元から出てくる情報に期待を寄せているのだろう。 (文=本多圭)

「紳助の後を継ぐのは自分」オスカー移籍の島田洋七が若手芸人たちに宣戦布告!

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島田洋七公式サイトより
芸能取材歴30年以上、タブー知らずのベテランジャーナリストが、縦横無尽に話題の芸能トピックの「裏側」を語り尽くす!  以前、当コラムでも紹介した通り、「オスカープロモーション」に移籍が決定した元人気漫才コンビ「B&B」の島田洋七に久しぶりに会って、話す機会があった。  洋七は07年8月に吉本興業を契約終了で退社して以降、テレビへの露出がパタッと消えた。真相は、洋七の大ベストセラーになった『佐賀のがばいばあちゃん』の印税の配分をめぐって、吉本と意見が対立。クビ同然で辞めたことで、テレビの制作側から敬遠されていたのだ。この5年間、洋七は『佐賀のがばいばあちゃん』を舞台化。地方で公演する傍ら、年200本近い講演会をこなしていたという。  洋七によれば、これまでの講演数は4,000回以上。「ダントツで日本一やと思う」と豪語する。しかし、弟弟子の島田紳助が引退した後の若手のお笑い芸人たちの芸の稚拙さを見て、もう一度お笑いをやりたいという気持ちが芽生え、既存のタレントとの軋轢が多くなるお笑いに強いプロダクションではなく、お笑い部門を強化中のオスカープロを選んだようだ。オスカー移籍について、「新しい学校に転校したみたいでドキドキしている」と言う。  洋七のお笑いの才能は、ビートたけしが認めていたほど。2人にまつわるエピソードも多い。  洋七は、“漫才ブーム”の前に故・横山やすしさんからたけしを紹介されて、彼と付き合うようになった。ブームで売れて、大金が入った洋七とたけしは、お互い2,000万円を抱えて、初めて銀座の高級クラブに遊びにいった時の豪快なエピソードを語ってくれた(これについては後日、報告する)。さらに、たけしの“フライデー事件”の裁判中に、たけしがマスコミの目を避けるために沖縄の石垣島に逃避行した際、洋七が頻繁に訪ねて、砂浜で延々と語り合い、潮が満ちて、膝が水に浸かるのに気づかないほどだったという思い出話も、今回初めて語ってくれた。芸能界において、年下の洋七がたけしを呼び捨てにするのは、こういった深い結びつきがあったからだ。また、ブームが去った直後に、保険会社から「演歌歌手はギャラが高いし、それにもう飽きた。漫才だけで1時間、ショーをできないか」と相談を受け、ダメ元でたけしに話したら「やってみっか」となって、2人で1時間の漫才の営業を3日間やったこともあったという。「1時間でっせ。一番スリルがありましたよ。今の若手のお笑いは3分。長くて5分。見習えってーの」と意気軒昂だ。  ほぼ即興で、1時間も漫才ができるお笑いは、今でもたけしと洋七しかいないかもしれない。それだけに、洋七の本格復帰で、2人の漫才が復活することを期待したい。たけしに洋七がオスカープロに移籍したことを伝えると、「洋七のしゃべりにかなうやつはいない、応援しなきゃな」と言ってくれた。  洋七は「紳助が抜けた後、紳助の後を継ぐヤツが現れん。だけど、やっと見つけた。それは私です」と自信をチラつかせた。浮き沈みの激しい芸能界で洋七は3度、上がったり、落ちたりを経験してきた。4度目のチャレンジに注目したい。 (文=本多圭)

テレ朝社長の責任問題にも発展? 波紋を広げる「古舘プロジェクト」の裏稼業

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テレビ朝日『報道ステーション』
 先週発売された「週刊新潮」(新潮社)に「『テレビ朝日』 看板番組の裏の顔 『報道ステーション』は闇金融に手を染めた」というタイトルの記事が掲載され、業界内では大きな話題になっている。  「新潮」によれば、『報ステ』のキャスターを務める古舘伊知郎が所属する「古舘プロジェクト」の佐藤孝社長が、赤坂のコリアンクラブのママたちに億単位の金を貸しては、高い利息を取っていたという。同社も佐藤社長も、貸金業者としての届け出はなく、いわゆる闇金融で、赤坂のコリアン街では佐藤社長は“闇金の帝王”と呼ばれる存在だったと、報じているのだ。  実は、筆者も親しいテレ朝の元プロデューサーから、佐藤社長が赤坂のコリアンクラブのママに1億円投資していたという情報を提供されていた。しかし、真相は投資ではなく、佐藤社長が貸し付けた金だったようだ。  “闇金”の資金源は、報ステの制作費だという疑惑も浮上している。事実だとすると、古舘プロジェクトの取締役でもある古舘のキャスタ―生命が危ぶまれる。さらに佐藤社長と蜜月関係といわれている、テレ朝の早河洋社長の責任も問われそうだ。  『報ステ』は、久米宏の『ニュースステーション』の後に、同番組の初代プロデューサーで、当時常務だった早河洋社長が、古舘を起用して立ち上げた肝いり番組。久米の時は彼が所属する「オフィス・トゥー・ワン」が制作に関わっていたが、『報ステ』になってからは、古舘プロジェクトが制作を請け負っている。古舘プロジェクトには 『報ステ』の制作費だけで、テレ朝から年間20億円支払われているという。そこからの利益で、佐藤社長は毎晩のようにコリアンクラブで飲み歩いているらしいのだ。  昔、日本テレビの『天才・たけしの元気が出るテレビ!!』を筆頭に、多くのバラエティ番組を制作していたテレビ制作会社「I」のオーナーだったSが、毎晩銀座に繰り出して、“夜の銀座の帝王”と呼ばれ浮かれていたが、Sが使った遊興費はタレントのギャラの上前をはねた金だったことで、業界内ではひんしゅくを買っていた。  佐藤社長の場合は、古舘が政治の腐敗や社会の不正義について、弱者代表になりきって、日本の不幸を一人で背負っているような表情で熱く語っている番組の制作費で豪遊し、闇金をしていたという疑惑が持ち上がっているのだから、Sのケースよりも深刻だ。さらに佐藤社長が取り立てトラブルの現場に、ヤクザの組長を同行したという情報がある。これには、暴力団排除条例を担当する警視庁組織犯罪対策第3課も興味を示して、事実関係確認に動くという見方もある。  前出の元テレ朝のプロデューサーは「早河社長も、佐藤社長と飲食を共にしたり、盆暮れの付け届けをもらったりしています。彼の責任も問われますよ」と言う。昨今は視聴率も好調で、直近の期間では開局以来初の視聴率3冠王を獲得したテレ朝。視聴者の支持を裏切らないためにも、同局は徹底的に内部調査をし、古舘は『報ステ』内で真相を明らかにすべきだろう。 (文=本多圭)

『レコ大』新人賞はAKB48岩佐美咲か、13歳新人民謡歌手か……芸能界の重鎮たちが“調整”に奔走中

「無人駅」(徳間ジャパンコミュニケーションズ)
芸能取材歴30年以上、タブー知らずのベテランジャーナリストが、縦横無尽に話題の芸能トピックの「裏側」を語り尽くす!  早くも、今年の『日本レコード大賞』の新人賞レースに動きが出てきた。5月2日にハワイのゴルフ場で不慮の事故死を遂げた“演歌界のドン”こと「長良プロダクション」の故・長良じゅん会長の遺志を継いで、SプロやOプロといった芸能界の重鎮たちは、AKB48メンバーで演歌歌手の岩佐美咲を新人賞に推すことを決めた。ところが、『レコ大』に絶大な影響力を持つといわれる大手プロのオーナーは、13歳の民謡歌手の臼澤みさきをプッシュ。早くも、舞台裏での賞レースが過熱している。  岩佐は、かつては日本音楽事業者協会の理事長を務める尾木徹社長の「プロダクション尾木」に所属していたが、本人が「演歌を歌いたい」ということで、昨年4月に山川豊や氷川きよしらが所属する長良プロに移籍した。それを受けて、生前の長良会長が筆者に「秋元康に『演歌は長良会長しかいない』といって、頼まれたんだ」とうれしそうに語り、「2012年のレコ大の新人賞を必ず獲る」と自信のほどを語っていた。その岩佐は、今年2月1日に「無人駅」(徳間ジャパンコミュニケーションズ)でデビューした。  長良会長は、デビュー前から岩佐の新人賞獲りのプロモーションに動いていた。ところが、5月2日に急逝した。長良会長の死は芸能界に激震が走った。岩佐は「長良会長がいなければ、演歌歌手としてデビューすることはできませんでした。感謝してもしきれない」と、恩人の死に胸を痛めた。5月22日に行われた青山斎場での長良会長の本葬には、冷たい雨がそぼ降る中、5,000人以上の弔問客が駆けつけ、あらためて長良会長の人脈の広さを見せつけた。  一方、長良会長と親しかった芸能プロのオーナーたちは、会長が愛した六本木の行きつけのクラブを渡り歩き、会長の名前でボトルを入れては、会長と一緒に語り合うかのように飲み明かし、故人を偲んだという。この話を聞いて、筆者もうれしくなった。その過程で、オーナーたちが長良会長の遺志を継いで、岩佐を『レコ大』の新人賞に推すことを決めたようだ。今さら説明することではないが、『レコ大』は、そうした芸能プロやレコード会社での水面下での“調整”で決まっているのが実態である。  ところが、7月25日に「故郷~Blue Sky Homeland~」(テイチクエンタテインメント)でデビューした岩手県出身の13歳の民謡歌手の臼澤みさきを、『レコ大』に絶大な影響力を持つ大手プロのオーナーがプッシュしていることが明らかになって、業界から「それはないでしょ」というブーイングの声が上がっている。  新人賞は毎年3~4人が受賞し、その中から最優秀新人賞が決まるわけだが、女性演歌歌手の新人賞の席はひとつというのが定説。岩佐も臼澤も実績があるというレベルではないが、少なくとも岩佐はAKB48の活動の傍ら、演歌のイベントにも出演して、若年層への演歌の普及に一役買っている。そのことは評価に値するだろうし、さすがにデビューしたばかりの臼澤を新人賞にするのは無理がある。しかし、そのオーナーが本気になれば、無理に受賞させてしまうほどの政治力は持っているのだ。  筆者はこの話を聞いて、1992年の『レコ大』の新人賞レースを思い出さざるを得ない。この年の最優秀新人賞の本命は、長良会長の事務所に所属する田川寿美といわれていた。審査当日まで、誰もが田川と疑わなかった。もちろん、長良会長も確信していた。ところが、土壇場になって大手プロのオーナーが推す、さほど実績のない永井みゆきという歌手が賞をさらっていった。  長良会長は筆者の前で「裏切られた、悔しい」と、初めて涙を見せたのだ。長良会長と、大手プロオーナーの間でどのような“調整”が行われた挙げ句、会長が「裏切られた」という言葉を口にしたのかはわからない。  そのオーナーが、今回、臼澤を推している。どうもすでに、このオーナーが臼澤の音楽出版権を握っているため、子飼いのマスコミに協力させ、メディア露出を図り、力づくで売りだそうということらしい。しかし、現時点で臼澤に獲らせることを確定させるのは、永井の時と同様、業界的にも世間的にも無理がある。それゆえ、今回も永井の時と同じようなことが起こらないことを祈りたい。  それにしても、長良会長の遺志を継いで芸能界の重鎮たちが岩佐を担ぐとは、賞レースの行方はともかく、なんとも温かく、義理人情に長けた話だ。違和感を抱く声もあるだろうが、これが芸能界というムラのいい側面でもある。草葉の陰で、長良会長もホッと安堵の胸を撫で下ろしていることだろう。あらためて、長良会長に合掌! (文=本多圭)

「もう一度、本当のお笑いブームを」島田洋七にオスカー移籍で巡ってきた“最後のチャンス”

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『転起力。―人間「島田洋七」から
何を学ぶのか』
(創英社/三省堂書店)
芸能取材歴30年以上、タブー知らずのベテランジャーナリストが、縦横無尽に話題の芸能トピックの「裏側」を語り尽くす!  人気お笑いコンビの元「B&B」の島田洋七が、8月1日付で“美の総合商社”として、6,000人以上のタレントやモデルを抱えるオスカープロモーションに移籍した。洋七の盟友であるビートたけしは「洋七のしゃべりはオイラより面白い」と日ごろから絶賛していただけに、洋七のオスカー移籍によるテレビ界への復帰は、閉塞感漂うお笑い界に新たな刺激を与えてくれるのではないか、と筆者は期待している。  「B&B」はデビュー当初、吉本興業所属だったが、退社して上京。日本テレビ系の『お笑いスター誕生!!』に出演し、洋七のパワーとスピード感あふれる漫才は審査員を圧倒して、初代グランドチャンピオンとなった。その後、ビートたけしの「ツービート」らと80年代に漫才ブームを興して、一世を風靡。ツービートとはライバル関係のようにも見えたが、たけしが起こした「フライデー事件」をきっかけに、2人の関係は親密になった。事件後の謹慎中、マスコミの目を逃れて沖縄の石垣島に潜伏していたたけしのもとを、洋七が頻繁に訪ねて励ましたことから、2人の関係はお互い“戦友”と呼ぶほど親密なものになったのだ。  その後、漫才ブームが去った後に、筆者はたけしと親しかったこともあり、洋七との接点も増え、個人的にも付き合うようになった。3人で銀座のクラブをハシゴして、お姉ちゃんを口説いたこともあったが、仕事が減少した洋七は試行錯誤を重ねた末に、吉本に出戻った。  その頃だったろう。筆者は以前から、洋七から自費出版していた自叙伝『佐賀のがばいばあちゃん』をどこかの出版社に売り込んでくれないかと相談されていたため、徳間書店で出せるようにプロデュースした。すると『がばいばあちゃん』はジワジワと火がつき、まさかの大ベストセラー。シリーズ累計600万部を超えて、出版不況に苦しむ徳間書店を救った。笑い話になるが、あの時は洋七を助けるつもりで見返り抜きに徳間を紹介したが、なぜちゃんと徳間とプロデュース印税契約しなかったのかと悔やまれてしょうがない(笑)。  『がばいばあちゃん』はその後、映画やドラマ、それに舞台化もされた。ところが、このヒットが吉本との関係に亀裂を生じさせた。「ほかの芸人の手前もあるから、たとえ1円でもいいから、吉本に本の印税を入れてくれないか」という吉本の要望を洋七が拒絶したことで関係が悪化し、07年8月に契約終了という形で吉本を去った。その後、洋七のもとにはテレビ制作会社から仕事のオファーが来るものの、途中で「企画内容が変わった」とキャンセルが相次ぎ、テレビの仕事がない状態が5年以上続いていた。要するに、洋七は吉本に干されていたのだ。  そんな厳しい状況が続いている時に、筆者が「オスカーに移籍したら」と勧めた。洋七は、初めは冗談だと思ったらしいが、オスカーの古賀誠一社長が快く会ってくれるということで面談、移籍が決定した。オスカーはお笑い部門を設立したものの、お世辞にも軌道に乗っているとはいえない。大ベテランの洋七を、お笑い部門の牽引役にしたかったということもあるだろう。  一方の洋七も「お笑いについては、今の若手には絶対負けないという自信を持っている」と豪語し、「本当のお笑いブームを復活させる」と意気込む。たけしが太鼓判を押すように、洋七のしゃべりにかなうお笑いタレントは、そうそう見当たらない。その洋七に最後のチャンスを与えてくれたオスカーの古賀社長の懐の深さに、改めて感謝したい。 (文=本多圭)

「もう一度、本当のお笑いブームを」島田洋七にオスカー移籍で巡ってきた“最後のチャンス”

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『転起力。―人間「島田洋七」から
何を学ぶのか』
(創英社/三省堂書店)
芸能取材歴30年以上、タブー知らずのベテランジャーナリストが、縦横無尽に話題の芸能トピックの「裏側」を語り尽くす!  人気お笑いコンビの元「B&B」の島田洋七が、8月1日付で“美の総合商社”として、6,000人以上のタレントやモデルを抱えるオスカープロモーションに移籍した。洋七の盟友であるビートたけしは「洋七のしゃべりはオイラより面白い」と日ごろから絶賛していただけに、洋七のオスカー移籍によるテレビ界への復帰は、閉塞感漂うお笑い界に新たな刺激を与えてくれるのではないか、と筆者は期待している。  「B&B」はデビュー当初、吉本興業所属だったが、退社して上京。日本テレビ系の『お笑いスター誕生!!』に出演し、洋七のパワーとスピード感あふれる漫才は審査員を圧倒して、初代グランドチャンピオンとなった。その後、ビートたけしの「ツービート」らと80年代に漫才ブームを興して、一世を風靡。ツービートとはライバル関係のようにも見えたが、たけしが起こした「フライデー事件」をきっかけに、2人の関係は親密になった。事件後の謹慎中、マスコミの目を逃れて沖縄の石垣島に潜伏していたたけしのもとを、洋七が頻繁に訪ねて励ましたことから、2人の関係はお互い“戦友”と呼ぶほど親密なものになったのだ。  その後、漫才ブームが去った後に、筆者はたけしと親しかったこともあり、洋七との接点も増え、個人的にも付き合うようになった。3人で銀座のクラブをハシゴして、お姉ちゃんを口説いたこともあったが、仕事が減少した洋七は試行錯誤を重ねた末に、吉本に出戻った。  その頃だったろう。筆者は以前から、洋七から自費出版していた自叙伝『佐賀のがばいばあちゃん』をどこかの出版社に売り込んでくれないかと相談されていたため、徳間書店で出せるようにプロデュースした。すると『がばいばあちゃん』はジワジワと火がつき、まさかの大ベストセラー。シリーズ累計600万部を超えて、出版不況に苦しむ徳間書店を救った。笑い話になるが、あの時は洋七を助けるつもりで見返り抜きに徳間を紹介したが、なぜちゃんと徳間とプロデュース印税契約しなかったのかと悔やまれてしょうがない(笑)。  『がばいばあちゃん』はその後、映画やドラマ、それに舞台化もされた。ところが、このヒットが吉本との関係に亀裂を生じさせた。「ほかの芸人の手前もあるから、たとえ1円でもいいから、吉本に本の印税を入れてくれないか」という吉本の要望を洋七が拒絶したことで関係が悪化し、07年8月に契約終了という形で吉本を去った。その後、洋七のもとにはテレビ制作会社から仕事のオファーが来るものの、途中で「企画内容が変わった」とキャンセルが相次ぎ、テレビの仕事がない状態が5年以上続いていた。要するに、洋七は吉本に干されていたのだ。  そんな厳しい状況が続いている時に、筆者が「オスカーに移籍したら」と勧めた。洋七は、初めは冗談だと思ったらしいが、オスカーの古賀誠一社長が快く会ってくれるということで面談、移籍が決定した。オスカーはお笑い部門を設立したものの、お世辞にも軌道に乗っているとはいえない。大ベテランの洋七を、お笑い部門の牽引役にしたかったということもあるだろう。  一方の洋七も「お笑いについては、今の若手には絶対負けないという自信を持っている」と豪語し、「本当のお笑いブームを復活させる」と意気込む。たけしが太鼓判を押すように、洋七のしゃべりにかなうお笑いタレントは、そうそう見当たらない。その洋七に最後のチャンスを与えてくれたオスカーの古賀社長の懐の深さに、改めて感謝したい。 (文=本多圭)

「サンミュージックに連絡なし……」覚せい剤事件から復帰間近の酒井法子を取り巻く日中謎人脈

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芸能取材歴30年以上、タブー知らずのベテランジャーナリストが、縦横無尽に話題の芸能トピックの「裏側」を語り尽くす!  執行猶予明けの今年11月に芸能界復帰が予定されている、元女優の酒井法子。ところが、酒井の後見人で復帰の鍵を握っていた建設会社の富永保雄会長が5月中旬に亡くなって以降、復帰をサポートしてきた古巣のサンミュージックに酒井から連絡がないことが明らかになり、同プロとは関係がないところで復帰の準備が進められているのではないかと不安視されている。  酒井は2009年に覚せい剤取締法違反(所持・使用)で逮捕後、所属のサンミュージックを解雇された。代わってマスコミの窓口になったのが、酒井の継母と親しい関係にあって、酒井の逃亡を助けた富永会長だった。  酒井はサンミュージックを解雇されたのち、継母が代表を務める個人事務所「エヌ・コーポレーション」に所属する形を取り、富永会長とサンミュージックが共同で復帰の準備を進めているとされていた。だが、実際に復帰についてのオファーが来るのは、富永会長に対してだったという。出版社からのヘアヌード写真集や過激なSM映画『花と蛇』シリーズへの出演要請などの“エロオファー”も数多く、それらはさすがに富永会長が断っていたという。  そんな中で、行方が気になるのは、すでに当コラムで報じた(※記事参照)が、昨年4月に酒井が中国の“禁毒大使”に選ばれた時に、日本の代理人を務めた芸能プロのK氏が持ち込んだという映画の話だ。その作品とは、ジャッキー・チェンが総指揮を務めるという、チンギス・ハーンの半生を描いた日中合作映画のこと。だが、この話については、サンミュージックを通したという話は聞かないし、富永会長の元にも話は行っていなかったようだ。  一方で、酒井の代理人を務めたK氏は、親しい芸能関係者に「酒井は俺の事務所に移籍した」と吹聴していたという情報もあった。もし、内密裏に日中合作映画の話が進められて、酒井が中国で復帰するとしたら、日本のファンには歓迎されないだろう。  サンミュージックは酒井の事件で莫大な損害賠償を肩代わりしただけではなく、酒井というドル箱を失って、一時は経営が危ぶまれたが、ベッキーをはじめとした所属タレントの頑張りでしのいだ。最近では、スギちゃん人気で経営状況は回復。焦らず、酒井の復帰をじっくりとサポートできる状態にある。それだけに、酒井には復帰を焦るあまり、仁義や恩義を無視した暴走はしないでほしい。酒井の動向が気にかかる。 (文=本多圭)