
『伊藤英明HIDEAKIZM』(学研)
芸能取材歴30年以上、タブー知らずのベテランジャーナリストが、縦横無尽に話題の芸能トピックの「裏側」を語り尽くす!
5月17日の夜、銀座7丁目のクラブビルから、人気俳優の伊藤英明がスポンサーらしき人物らと出てきたところを目撃した。
その3日後に、元暴走族グループ「関東連合」の元リーダーで、六本木・西麻布界隈で伊藤と"黒い交際"がウワサされている石元太一容疑者が、新宿・歌舞伎町で知人男性に暴行を働いたとして、傷害容疑で逮捕された。
昨年11月、歌舞伎俳優の市川海老蔵が伊藤リオン受刑者に重傷を負わされるという事件があったが、その場にいて、海老蔵に殴られたという"元暴走族リーダー"というのが石元容疑者だった。海老蔵は記者会見で、リオン受刑者・石元容疑者に対して、「知らない顔だった」と語ったが、リオンと石元の二人は海老蔵の親友である伊藤英明と親しい関係にあった。3年前に六本木の高級キャバクラで、リオンと石元が一緒に飲んでいるときに、近くにいた客がガンを飛ばしたと因縁をつけ、トイレに連れ込んで重傷を負わせた事件があったが、石元らと一緒に飲んでいたのは伊藤英明だった。伊藤は石元容疑者とは親しい関係にあったのだ。
そのため、海老蔵の「知らない顔だった」発言の信ぴょう性は怪しい。少なくとも、友人である伊藤と親しかったことは知っていたはずで、そのことすら説明しなかったのだから、もっと大きなことを隠しているのだろう。
公判では、リオン受刑者が「先に手を出したのは海老蔵だ」と証言。事件後、石元容疑者は診断書を用意していた。筆者と親しい捜査関係者は、石元容疑者が被害届を出せば、それを口実に「関東連合」を含めたグループの実態解明と、芸能人との"黒い交際"を明らかにすることができると期待したが、海老蔵と石元容疑者との間に示談が成立したことで被害届は出なかった。
しかし、警視庁はメンツに懸けても、関東連合を含めた暴走族グループを撲滅する動きに出た。
2月に、西麻布の住宅街にある、伊藤英明が出入りしていたキャバクラが無許可営業で摘発されたが、これも暴走族グループ撲滅の一環だと捜査関係者から聞かされた。石元容疑者が知人男性に暴行を働いたのは、4月8日。そして約1カ月半後に逮捕。警視庁の意図を感じさせる。
くしくも、自殺した貧乏アイドルの上原美優さんの元カレが石元容疑者だったことが明らかになったが、彼らと伊藤英明を含めた芸能人との黒い交際も、捜査の段階で明らかにしてほしい。それにしても、伊藤英明はスポンサー付きで銀座のクラブで豪遊。石元容疑者は新宿署で厳しい取り調べ。あまりにも対照的だ。
(文=本多圭)
「1142」タグアーカイブ
『深イイ話』の「焼肉酒家えびす」タイアップに"絶対権力者"島田紳助はどう関与したか

紳助、いよいよピンチか。
芸能取材歴30年以上、タブー知らずのベテランジャーナリストが、縦横無尽に話題の芸能トピックの「裏側」を語り尽くす!
ユッケによる集団食中毒事件で4人の死亡者を出した「焼肉酒家えびす」。同店の認知度・信頼度アップに、日本テレビ系の『人生が変わる1分間の深イイ話』が関与していたというのはすでに報じられている通りだ(記事参照)。さらに、この"宣伝"が、同番組司会の島田紳助主導で行われたという疑惑がわいている。
今ではさほど珍しくない激安外食チェーンを『深イイ話』で特集すること自体違和感のある話なのだが、加えて、同店の"ヨイショ話"を島田紳助はじめ、出演者全員が絶賛、"深イイ話"として認定したのだ。これを受け、テレビ関係者から「視聴者の投稿という体をとっていたが、実際には大手広告代理店とえびすを運営する『フーズ・フォーラス』の宣伝のタイアップ」との情報が流れた。
名前が挙がったのは、電通系のタイアップ専門の関連会社。ところが、同社関係者は「ウチは全く関係ない」と否定。紳助の番組はタイアップを持ち込んでも、紳助が絶対的な権力を持っているために、彼が「うん」と言わないと実現しない。実際にタイアップが実現した試しはほとんどないため、今は案件があっても話を持っていかないという。
同じく紳助が司会をする『紳助社長のプロデュース大作戦!』(TBS系)や『行列のできる法律相談所』(日本テレビ系)で紹介されるグルメやお店も、紳助自身の持ち込みや、実際に紳助が気に入ったものが大半だと言われている。金にセコイと言われる紳助のこと、番組で取り上げることで、バックマージンを発生させているのではないかと疑いたくなる。紳助をよく知る制作会社プロデューサーは、紳助のグルメやお店の情報集めの方法について、語ってくれた。
「紳助は、週末に大阪の北新地にある高級クラブ『W』に行くんです。この店の幹部がグルメやお店の情報に詳しくて、紳助に教えているんです。食中毒事件を起こした『焼肉酒家えびす』も幹部の情報ですよ」
この制作会社プロデューサーは、「タイアップ案件に限らず、番組プロデューサーや制作会社スタッフがいいと思う企画を持ち込んでも、紳助の了承が得られないとなかなか実現しない」という。その背景には、番組の利権を私物化しようという紳助の魂胆を垣間見ることができる。『深イイ話』の「焼肉酒家えびす」の企画は、「W」の幹部を通じて紳助自身が持ち込んだという疑惑は膨らむばかりだ。だからこそ、出演者全員が絶賛した、いや絶賛させられたのだろう。
事件直後、日テレの番組公式サイト上からは4月18日に放送された「焼肉酒家えびす」の記述が削除された。どういう経緯で同企画が放送されたのかを追及されれば、紳助の責任の有無も明らかになるだろうが、日テレはうやむやにするつもりのようだ。食中毒の被害者の中には、『深イイ話』を見て、「焼肉酒家えびす」に食事にいった人たちもいるとの報道があったのに、だ。
前述の疑惑が「事実無根」と言うのなら、番組製作に深く関与していた紳助自身が自らの口で、真実を明らかにすべきだろう。そして、被害者や視聴者への謝罪と番組打ち切りを自らの権限で行うことが、"絶対権力者"島田紳助がつける落とし前としては、せめてもの"潔イ話"になるのではないだろうか。
(文=本多圭)
内野聖陽の離婚騒動で思い出す、あの有名人カップルの離婚の裏側

『臨場 続章 BOX』(TOEI COMPANY,LTD)
芸能取材歴30年以上、タブー知らずのベテランジャーナリストが、縦横無尽に話題の芸能トピックの「裏側」を語り尽くす!
いまだに"飲酒運転疑惑"が尾を引いている俳優の内野聖陽と女優の一路真輝が離婚の話し合いに入ったと、先日一部のスポーツ紙で報じられた。その後、一路の事務所が報道を否定したが、いかにメディアに騒がれることなく別れるか、というのは有名人カップルにとっては重要な課題だ。
離婚騒動といって、筆者の記憶に残っているのはシンガーソングライターの中西圭三と女優の高樹沙耶(現・益戸育江)だ。筆者は共通の友人を通じて圭三とは親しくなっていたのだが、2000年のある日、突然、圭三から離婚の相談を受けた。特に、マスコミ対策についてだ。取材する立場の人間が、取材される側の相談に乗るというのは複雑な心境だった。当時、圭三も沙耶も大手芸能プロ「ケイダッシュ」に所属しており、マスコミにもそれなりの影響力があったが、圭三は事務所ではなく、筆者に相談を持ってきた。
圭三は、世話になったということで口には出さなかったが、事務所に不信感を持っていたようだ。その直前にこんなことがあったからだろう。
圭三の音楽プロデュース力を高く評価した旧「ライジングプロダクション」(現・ヴィジョンファクトリー)の社長だった平哲夫氏が、ある女性アーティストのプロデュースをケイダッシュ経由で圭三に依頼したことがあった。ところが、圭三が作る曲に、ことごとくNGを出してきた。ライジング側との窓口になっていたケイダッシュのマネジャーからは、難癖のような不採用理由が戻ってきて、結果、圭三は自信喪失状態に陥っていた。と同時に、事務所とも距離を置きだしているようだった。そんな中での、筆者への相談だったのだ。
具体的な内容は割愛するが、二人の離婚はワイドショーが喜びそうなスキャンダラスな要因を抱えていた。マスコミに追っ掛けられては面倒なことになる。そこで「離婚届はマスコミが動かなくなるゴールデンウィーク中に出してしまい、落ち着いたころに円満離婚であったことを報告すればいい」とアドバイスした。そんな作戦が功を奏して、離婚はスンナリと進んだ。
さらに離婚後、筆者は圭三と平氏を直接会わせて、プロデュースの件を解決しようと思ったところ、実は楽曲にNGを出していたのはライジング側ではなく、窓口になっていたケイダッシュのマネジャーが自分の判断で行っていたことが判明。マネジャーの人間性が、そもそもの問題だったのだ。圭三は離婚もプロデュース問題も片付き、すっきりしているようだった。
さて、内野の離婚だが、06年に元宝塚のトップ女優だった一路と"できちゃった婚"したが、昨年2月から内野の不倫が原因で別居。9月に人妻と"車中濃厚キスシーン"をフライデーされ、"飲酒運転疑惑"が報じられた。内野が飲酒運転を否定したことで「フライデー」(講談社)は意地になって証拠写真を掲載、いまだに疑惑は尾を引いている。その結果、内野主演の人気ドラマ『臨場』(テレビ朝日系)シリーズは、スポンサーが大手自動車メーカーだっためにお蔵入り。レギュラーの役者たちの生活権までも奪ってしまった。
一路の事務所は離婚報道に「聞いていない」と否定しているが、ドラマ関係者に聞くと、内野の女癖の悪さは今に始まったことではないという。ましてや、仕事の邪魔になるという理由で、妻とかわいい子どもを自宅から追い出したこともあったという。こんな身勝手な男とは、一路もさっさと離婚した方がいい。
ゴールデンウィークは終わってしまったが、今離婚届を出しても、マスコミにたたかれるのは内野の方だろう。そんなものは、自業自得というものだ。
(文=本多圭)
TBS安住紳一郎アナ、独立後はやはり「バーニング&宮根」の手に落ちるか

『局アナ 安住紳一郎』(小学館)
芸能取材歴30年以上、タブー知らずのベテランジャーナリストが、縦横無尽に話題の芸能トピックの「裏側」を語り尽くす!
今年3月に日本テレビを退社した羽鳥慎一アナが、宮根誠司の事務所「Take OFF」に所属。その宮根は、"芸能界のドン"と呼ばれるバーニングプロダクションの周防社長の威光を背景に東京進出し、テレビジャックの野望を持っていると言われているが、彼の次なるターゲットとウワサされているのが"最後の大物局アナ"ことTBSの安住紳一郎だ。
すでに水面下ではいくつかの芸能プロによる安住争奪戦が行われているが、周防社長の力もあって、「宮根有利」という情報が流れている。しかし、筆者は安住と親しい関係者から、「安住はTBS編成制作本部のA部長に絶大な信頼を寄せている。A部長は権力になびくような男ではないですからね。宮根が周防社長に頼んでも、大勢に影響を及ぼすことはないですよ」という情報を入手した。
A部長は、かつての同局の人気番組、ビートたけし司会の『ここがヘンだよ日本人』のプロデューサー。同番組を製作していたのが、TBSエンタテインメントの社長だったY氏だ。
40年以上前、TBSの契約記者だった筆者が同局の臨時労働者闘争を続けていた時に、Y氏がTBS労働組合書記長だったことがキッカケで、面倒を見てもらうようになった。共産党系執行部から「(本多は)過激すぎて、闘争団の面倒は見切れない」とTBSを追い出されてからも、酒の付き合いは続いていた。そのY氏が「『ここヘン』は、差別を含めたナーバスなテーマを扱うために、視聴者からのクレームが殺到。Aは逃げることなく、クレームに対応している。TBSには珍しい優秀な男だよ」と評価していたことを思い出す。
その後、A氏はTBSの人気番組のプロデュースを次々に手掛け、編成局担当部長に昇格。たけしを口説いて『情報7days ニュースキャスター』を立ち上げた。A部長は安住を入社当時から、積極的に起用。『ニュースキャスター』のメイン司会に大抜擢した。しかし、安住だけをひいきにしているわけではないという。何人もの部下を誘っては飲みに連れていくという豪放磊落な面も持ち合わせていることから、局内の評価も高い。いずれにせよ、安住にとっては、A部長は"テレビ界の育ての親"であることは確かだ。それだけに、安住独立問題のカギを握る人物だと言われている。
筆者の本音を言えば、もし、独立するにしても、宮根の事務所だけは避けてほしい。なぜなら、宮根は朝日放送を退社した後に、芸能事務所「フロム・ファースト」の大阪支社に所属したが、社長の小口健二さんが他界後、事務所のスタッフと独立。恩をあだで返すような行為をしたからだ。
さらに、宮根は日本テレビ系の『情報ライブ ミヤネ屋』やフジテレビ系の『Mr.サンデー』の司会を務めているが、それらのスクープネタは、芸能界の実力者経由で入手していると言われている。権力と癒着し、情報の垂れ流ししかできないキャスターは、キャスターとは認められない。権力志向の強い宮根が、テレビ界で勢力を拡大することは極めて危険だ。それだけに、安住には宮根の軍門に下ってほしくない。そんな中、安住の独立のカギを握っている人物が権力になびくことがないA部長だと聞いて安心した。A部長なら、宮根のところに行かせるような助言はしないだろう。筆者はそう信じている。
(文=本多圭)
「負債は約10億円?」客足遠のく京都の「美空ひばり座」が消滅危機

『川の流れのように/愛燦燦』
(コロムビアミュージックエンタテインメント)
芸能取材歴30年以上、タブー知らずのベテランジャーナリストが、縦横無尽に話題の芸能トピックの「裏側」を語り尽くす!
故・美空ひばりさんを記念して作られた、京都にある「京都嵐山美空ひばり座」。生前のひばりさんの秘蔵映像や遺品などのコレクションが収蔵されているテーマパークだ。そんな同館が経営危機に陥り、ひばりさんの息子で「ひばりプロダクション」社長の加藤和也氏が、大手パチンコ機器メーカー・京楽を通じて、吉本興業との合弁会社「KYORAKU吉本ホールディングス」に業務提携を持ち掛けていたことが、筆者の取材で明らかになった。
ひばりさんは1989年6月24日に、52歳の若さで亡くなった。その直後、筆者はひばりさんの遺児で未成年だった加藤氏に、女性誌での手記執筆を依頼するために接触したことがキッカケで、食事をするなどして交流を深めた時期があった。そのころから"ひばり記念館"の構想は持ち上がっていた。建設候補地は、ひばりさんの出身地の横浜。それに、ひばりさんの"第二の故郷"と言われていた京都の2案があった。
ところが、ひばりさんの"命の恩人"と言われて、加藤氏の後見人になった九州在住の実業家のU氏が、ひばりさんの大半の遺品を持ち出して、94年に京都の嵐山に「美空ひばり記念館」をいち早くオープン。仕方なく、加藤氏は美空ひばり記念館に業務提携という形で参加した。
「美空ひばり記念館」は、オープンした年には入場者数100万人を突破。4年目には300万人を超え、嵐山の新名所になった。ところが、ファンの高齢化も進んで、年々客足が鈍り、2006年に閉館を余儀なくされた。加藤氏は忸怩たる思いがあったのだろう。多少の無理もあっただろうが、閉館後の施設を18億円で買い取って、08年に「京都嵐山美空ひばり座」としてリニューアルオープンした。しかし、大勢は変わることなく、現在、一説には約10億円の負債を抱えていると言われている。
加藤氏は打開策として、09年にパチンコ台「ぱちんこ 爽快 <美空ひばり不死鳥伝説>」を発売したのがキッカケで親しくなった京楽のトップに業務提携を持ち掛けたようだ。京楽側は、KYORAKU吉本・ホールディングスのパートナーで、劇場や小規模テーマパーク経営の実績がある吉本の幹部に相談。両者は現地を視察したが、商売にはならないと判断したようだ。
しかも、吉本は5月に悲願だった「京都花月」を復活させる。今はとても、ひばり座にまで手が回らない状況だ。今年6月24日に、ひばりさんの23回忌法要を迎えるというのに寂しい話だが、これも時代の流れかもしれない。
(文=本多圭)
酒井法子 中国"禁毒大使"抜てきに「サザンを休止に追い込んだ」闇人物の影

のりピーが再犯で捕まったら
日中問題にも発展か!?
芸能取材歴30年以上、タブー知らずのベテランジャーナリストが、縦横無尽に話題の芸能トピックの「裏側」を語り尽くす!
覚せい剤事件で執行猶予中の元女優の酒井法子が4月6日、中国政府の薬物犯罪防止PR活動の"禁毒大使"に選ばれ、北京を訪問した。これに伴い、酒井は中国で仕事復帰するという情報や、1億円のギャラが出たなどというウワサが飛び交った。
そこで筆者は、現在も酒井の活動をサポートしている前事務所「サンミュージック」の相澤正久社長に直接聞いてみた。
「今回の訪問はあくまでボランティアですから、ギャラはもらっていません。それに中国での復帰はありません。復帰に関しては、以前から言っているように、執行猶予明けです」と全面否定した。
ところが、酒井の"禁毒大使"決定のいきさつを知る芸能関係者から、日本の代理人が、昔、老舗芸能プロでマネジャーを務めていたKだと聞いて、復帰に際してトラブルが起きないかと筆者は危惧し始めた。
中国政府から、酒井を違法薬物キャンペーンのPR活動で招聘できないかと相談を受けたのは日本在住の音楽プロモーター、周帆氏だという。周帆氏は元中国高官の子弟で、「東京ガールズコレクション in 北京」を主催するアンダーゼットグループ社の代表。日本で芸能プロも経営している。
その周代表から、直接サンミュージックに依頼があったのかと思ったが、間には代理人が入ったという。その人物がK。Kは業界ではコワモテのマネジャーとして知られ、一時は演歌歌手の事務所を経営していたがうまく行かず、芸能界の実力者の運転手をしていたという情報もあった。最後にKの近況について聞いたのは2年くらい前だった。Kをよく知る外資系レコード会社幹部から聞いたのは、「サザンオールスターズが無期限活動休止を発表したのは、KがGLAYの移籍トラブルをネタにサザンを追い詰めたからですよ」というショッキングな情報だった。
2005年にGLAYは所属していた「アンリミテッド」から独立した。円満独立と思われていたが、その後、アンリミテッドが著作権問題で、GLAYを提訴したことで移籍トラブルが発覚。活動が宙に浮いたGLAYのコンサートをサポートしたのが、桑田佳祐とサザンオールスターズだった。同時にサザンが所属する大手芸能プロ「アミューズ」への移籍説が流れたことにアンリミテッドのM社長は激怒、アミューズに怒鳴り込んだというウワサもあった。前出の幹部によると、当時、M社長とじっこんだったKが、さらにアミューズの責任者を脅迫まがいに追及していたという。結果、08年にサザンを無期限活動休止を追い込んだという情報であった。関係者が口をつぐんでいるので真意のほどは定かではないが、Kが業界でダーティーな人物と言われているのは確かだ。
GLAYの前事務所のM社長は、X JAPANのマネジャーもやっていたことから、中国でのコンサートを通じて周代表とは親しいと聞いている。同時にKとも親しくなり、酒井の中国の活動における日本の代理人になったことは想像に難くない。3人の関係を知る音楽プロデューサーは「周さんとKは、M社長を介して5~6年前に親しくなったんだと思いますよ」と言う。今回、周代表から日本の代理人を依頼されたKは、まずサンミュージックに話を通した。サンミュージックは、酒井の仕事に関する決定権はないので、酒井の個人事務所に振った。酒井は「ボランティアなら」ということで、引き受けることを決断。中国を訪問して帰国した。しかし、中国のメディアで酒井のギャラは1億円と報じられた。酒井招聘の資金として、このくらいの金額が捻出されたことはあるのかもしれないが、酒井はあくまでボランティア。本当にギャラが出たとしたら、それは仲介者や代理人の報酬となっている可能性は捨て難い。
それだけに、周代表とKが、酒井の中国での復帰シナリオを作り上げていたとしても不思議ではない。前出の周代表を知る音楽プロデューサーは「周さんは、ボランティアだけのために動くような人じゃありませんよ。当然、その先にあるビジネスが絡んでます」と言う。一部マスコミでKの事務所が酒井と契約したという情報も流れているだけに、今回のボランティアは中国での芸能活動復帰への伏線の気もする。酒井は、5月に開催される「東京ガールズコレクション in 北京」のゲストとして出演、なし崩し的に復帰するという筋書きか。だがこれでは、サンミュージックの意向とは異なる。酒井の後見人である解体業のT会長の存在とは別に、復帰トラブルが起こりそうな気がしてならないのは、筆者だけではないだろう。
(文=本多圭)
ビートたけしが都知事選敗退の東国原にエール「4年頑張ってまたチャレンジを」

芸能取材歴30年以上、タブー知らずのベテランジャーナリストが、縦横無尽に話題の芸能トピックの「裏側」を語り尽くす!
ビートたけしが客員編集長を務める東京スポーツでは、毎月、時事ネタに対してたけしが毒づくインタビュー記事が恒例になっている。
最新のインタビューでたけしは、東京都知事選で敗れた東国原英夫前宮崎県知事に「都知事選に落ちたからといって、衆院選に出馬・当選しても、(数の論理が優先される)国会では飼い殺し状態になる。それだったらあと4年頑張って、もう一度都知事選にチャレンジしてほしいね」とエールを送った。
この東スポのインタビューを担当しているのは筆者であり、それ故、このコラムでもたけし関係のネタが多くなってしまうのだが、そうなったのにはちょっとしたエピソードがある。
1986年にたけしが起こした"フライデー事件"。その後の謹慎をめぐってあるトラブルが起きたことをきっかけに、彼は所属していた太田プロから独立し、オフィス北野を設立。その後、女性誌「微笑」(祥伝社)で、たけしの連載インタビューを担当したのが筆者だった。そんな中、たけしは大ファンの長嶋茂雄が「スポーツ報知」の客員になったことに触発されて、「オイラも、東スポの客員編集長になれないかな」と筆者に相談をしてきた。筆者は、フリーの立場で東スポの記者もしていたからだ。思わず筆者はたけしに「東スポ、嫌いじゃなかったですか?」と聞き返してしまった。というのも、たけしはそれまで、東スポに散々スキャンダルを書かれていた。その上、当時プロレスに興味を持っていたため、自らビッグバン・ベイダーなる巨漢レスラーを高額なギャラを払って来日させたものの、いつの間にかオイシイところを新日本プロレスに持っていかれたという経緯もあったからだ。東スポは、新日プロに近いメディアであった。
ところが、たけしは「いろいろあったけど、エロやグロ、それに芸能人のスキャンダルと、他の新聞にはないバラエティーにあふれた東スポの紙面が好きだから」と言う。だったらと、筆者が仲介して、「たけし客員編集長」が実現。以来、筆者は「微笑」とかけ持ちでインタビュアーを務め、『女は死ななきゃ治らない』(祥伝社)をはじめ、たけしの著作を10冊余りプロデュースした。その後、「微笑」が休刊になったために東スポのみの担当となると、たけしと同紙の関係はさらに強固になり、映画好きのたけし発案による「東スポ映画大賞」まで始まった。たけしは、自分の要望を聞き入れてくれた東スポの太刀川恒夫会長の太っ腹ぶりに今でも深く感謝しており、結果、22年以上、客員編集長を続けている。
この間、インタビュー連載が休止になったのは94年にバイク事故を起こした時だけだったが、今回の東日本大震災を受け、3月下旬に予定されていた連載インタビューは「今、何かを話す状況ではない」と延期。たけしにとっても、それだけの大事件だったということだ。そして4月に入って、やっとインタビューが実現した。話題は都知事選と震災、それに原発事故の放射能漏れだったが、大相撲やプロ野球問題にも触れ、たけしは「(芸人の中には)被災地に笑いを届けるなんてやつもいるけど、たわ言だと思うよ。安心して食べて寝られるようになって、人はやっと笑える。でも、大相撲やプロ野球は被災地の近くで無料で開催すれば、被災者には励みになる。やってもらいたいね」と提言した。筆者も大賛成だ。戦後、敗戦で打ちひしがれた国民が、プロレスラーの力道山の出現で勇気づけられたように、今の日本にはヒーローが必要だ。ジャイアンツや長嶋茂雄をヒーローとして育ってきたたけしは、そう言いたかったのだろう。
(文=本多圭)
10日投開票の都知事選 石原&東国原それぞれ急転直下出馬の裏事情とは?

やはり両者の一騎打ちになるのか。
芸能取材歴30年以上、タブー知らずのベテランジャーナリストが、縦横無尽に話題の芸能トピックの「裏側」を語り尽くす!
4月10日に投開票を迎える東京都知事選だが、現職の石原慎太郎都知事の対抗馬であった東国原英夫はすでに相当の危機感を持っているようだ。
彼のお笑いの師匠のビートたけしも、先日こう語っていた。
「石原都知事は"天罰発言"でバッシングを受けた。『これなら当選するかもしれない』と出馬したけど、石原都知事がレスキュー隊の前で涙を流したことで、東はかなりの危機感を持ったみたいだね」
そもそも石原都知事の4選出馬はあり得ないはずだった。急転直下、出馬に翻った背景には、自民党幹事長で党の都連会長を務める息子の石原伸晃からの猛烈な懇願があったことが、筆者の取材で分かっている。都知事選に自民党が候補者を擁立できなければ、幹事長や都連会長としてのクビが飛ぶかもしれないと、追い詰められた本人が母親で石原都知事の妻の典子さんに「親父を説得してくれ」と泣きついたというのだ。結果、石原都知事は出馬を決意、ハシゴを外された松沢成文・神奈川県知事は出馬を断念することになってしまった。だが、その裏では石原都知事は4選後、任期半ばの2年で辞任し、後継者には松沢氏を指名するなどという密約説も流れている。
一方、東国原も石原都知事の出馬表明後、自身の出馬を断念したはずだった。ところが、3月11日に東日本大震災が発生。それを受けて、石原都知事が「天罰だ」と発言した。さらに同知事は「水力、火力では限界もある。原発を欠いては日本の経済は成り立たない」と原発推進論者であることを公言するなど都民感情を刺激した。この発言に気を良くした東国原は、これなら勝算ありと踏んで出馬を決意したというのが真相だったようだ。
ところが、3月21日に石原都知事が、福島原発に乗り込み放水活動を行った東京都消防庁のハイパーレスキュー隊を前に涙の謝辞。風向きは一変し、石原都知事は株を上げてしまった。これを見てから、東国原は周囲に「負けるかもしれない」と弱音を吐いているという。
たけしは弟子の東国原を「応援しない」と言っているが、やはり、かわいい弟子には変わりがない。先日会った時には、何らかの形で東国原を応援するようなニュアンスの発言をしていた。だが、いまだその姿は見られない。被災者のことを思い、彼らを支援する一方、自身の映画の撮影を無期延期にしたことを考えれば、今、都知事候補の応援をする気にならないのだろう。
石原の涙に押された東国原だが、自転車やジョギングで"省エネ"選挙活動をするなどパフォーマンスは相変わらずうまい。そこで都民を納得させる政策を、どれだけ訴えることができたのか。2007年の宮崎県知事選でも決して下馬評は高くなかったことを考えると、今回も期待できるのではないかという声もあるが果たして......。
(文=本多圭)
自粛ムードの中、"二股疑惑"の神田正輝が長谷川理恵と堂々銀座デート

石原プロモーション公式サイトより
芸能取材歴30年以上、タブー知らずのベテランジャーナリストが、縦横無尽に話題の芸能トピックの「裏側」を語り尽くす!
東日本大震災の影響で、芸能界も自粛ムードに覆われている。銀座や六本木、それに西麻布界隈などでは、芸能人が遊んでいるという目撃情報が聞こえない。
そんな中、プライベートでビートたけしに会う機会があった。たけしは開口一番、「この非常時に、ゴルフや豪華なレストランで食事をする心境にはならないよ。見つかったら何を言われるか分からないし」とジョークを飛ばしながら、筆者に「オイラのディレクターズチェアを被災地のためのチャリティーオークションに出品したんだ」と打ち明けてくれた。
ものまねタレントのコロッケが、被災地を慰問。被災者を芸で励ましたが、たけしは震災直後、「被災地に笑いを届けたいという人たちもいるが、それは妄言だ。安心して食べて寝られるようになってから、人はやっと心から笑えるんだ」と語っていた。被災地支援に関しては、たけし流のスタンスを持っている。思い入れが大きいはずのディレクターズチェアをオークションに出すというのも、彼なりのスタンスの表れだろう。
北野武監督としての作品は、1989年の初監督を務めた『その男、凶暴につき』から、昨年6月に公開されて『座頭市』(03年)に続く興業配収を記録した『アウトレイジ』まで15作品。作品ごとにディレクターズチェアがあり、それぞれに作品名が刻まれているという。中でも、97年にベネチア国際映画祭で金獅子賞を受賞した『HANA-BI』で使用した記念すべきディレクターズチェアは、ファン垂涎の品と言えるだろう。すべてが高額な値段で落札されて、被災地の一助になることを期待したい。
そのほか、ミュージシャンや俳優、タレントのチャリティー活動も活発化している。そんな中、震災の影響でゴーストタウン化している夜の銀座で神田正輝と長谷川理恵のデートが目撃されたと聞いて、耳を疑った。2人は、昨年5月に番組共演がキッカケで交際に発展。11月には、長谷川が神田の自宅マンションに泊まったことが女性誌に報じられて熱愛が発覚した。明けて1月の石原プロモーションの新年会で舘ひろしにからかわれながらも、神田は長谷川との交際を認めた。一方、長谷川が報道陣の「プロポーズされたら?」という質問に、「すてきです」と答えたことで、結婚秒読みと言われている。
昨年12月に還暦を迎えた神田にとっては、わが世の春のような毎日で浮かれた気分なのは理解できるが、まさかこのご時世に人目につきやすい銀座で長谷川とデートとは耳を疑ってしまう。自分たちを見てくれとアピールしているようなものだ。ましてや、神田は銀座では"隠れた夜の帝王"と呼ばれている有名人。銀座の老舗クラブ「T」のJ子ママとは夫婦同然の関係だと言われ、銀座のクラブ関係者の間では「まだ、2人は切れていない」という二股疑惑もくすぶっている。
そんな神田と長谷川のデート情報は、3月24日に筆者行きつけの銀座の飲食店の従業員からもたらされた。目撃時間は朝6時ごろだという。知り合いのポーターにも確認したが「確かに24日の12時ごろに、神田は女性と歩いてましたよ。相手が長谷川理恵だということは、すぐ分かりましたよ」と言う。
もちろん、デートがいけないのではない。堂々とデートしてくれるなんて、芸能マスコミとしてはありがたいくらいだろう。だが、老婆心ながら、タレントはイメージ商売だし、社会への影響力も小さくない。他のタレントが社会の先頭に立ってチャリティー活動にいそしむ中、2人は銀座で楽しくデートなんてところを写真誌にでも報じられれば、少なからず世間の反発を買うのは必至。社会全体の行き過ぎた自粛ムードは正直いかがなものかと思うが、注目される存在だからこその"わきまえ"が、有名タレントには求めらているはずだ。
(文=本多圭)
「刑が軽すぎる」控訴審中に銀座デートの押尾学被告 遺族は民事を断念……

デート資金はいったいどこから出て
くるの?
芸能取材歴30年以上、タブー知らずのベテランジャーナリストが、縦横無尽に話題の芸能トピックの「裏側」を語り尽くす!
銀座のホステス・田中香織さんに対する保護責任者遺棄罪などで、懲役2年6カ月の実刑判決を受けた元俳優の押尾学被告。その控訴審第1回公判が3月22日、東京高裁で開かれた。押尾被告本人は出廷しない中、弁護側はあらためて無罪を主張した。
控訴審前に発売された女性週刊誌によると、押尾被告は3月上旬に銀座の高級アクセサリーショップで一般女性とデートしているところが目撃されている。そんな押尾被告に代わり証人として出廷した彼の母親が、涙ながらに情状酌量を訴えたが、筆者には茶番にしか映らなかった。4月18日に判決が言い渡されるが、筆者は一審判決の破棄、地裁への差し戻しの判決を切望する。田中さんを死に追いやった押尾被告の罪として、懲役2年6カ月は軽すぎるし、いまだ事件の真相が明らかになっていないからだ。田中さんの遺族の思いも同じだろう。
田中さんの遺族は、押尾被告に損害賠償を求める民事訴訟を起こして、刑事裁判では明らかにならなかった、押尾の行動と田中さんの死の因果関係を徹底的に追及しようという意思を持っていた。にもかかわらず、控訴審前に民事訴訟を断念すると言い出したという。
遺族と今も連絡を取り合っている、田中さんが生前勤めていた銀座のクラブの関係者から「(田中さんの)お母さんは『何をやっても押尾の判決は覆らない』と周囲から言われたみたいで、『民事で訴えてみても、あの子は帰らない。もう忘れたい』と言って、民事訴訟を起こさないことを決めたようなんです」という報告があったのだ。
2009年8月2日、田中さんは押尾被告に口説かれて、合成麻薬MDMAを飲まされたことが原因で変死体で発見された。ところが、所轄の警視庁麻布署は当初「事件性がない」ということで、事件を闇に葬り去ろうとした。しかも、遺族が遺体と対面したのは、まるで犬猫でも扱うように麻布署の前の道路だった。遺族が警察に不信感を持ったのは当然だ。押尾被告が1度目に保釈されたときは、泣き寝入りするしかないと思ったという。そのときに、銀座の仲間たちが「民事で押尾を訴えよう」と遺族を励ました。しかし、捜査一課が捜査に乗り出して、押尾被告は昨年1月に田中さんに対する保護責任者遺棄致死罪で再逮捕された。捜査一課は「押尾を10年以上ぶち込む」と遺族を元気づけた。
起訴後、検察も10年以上の刑を求刑すると遺族に言ったという。ところが、求刑は6年。判決は保護責任者遺棄致死罪が認められず、2年6カ月の実刑判決だった。しかも検察は控訴を断念。押尾側が控訴したが、高裁判決では地裁への差し戻しでもない限り、一審以上に罪が重くなる可能性は低い。遺族は麻布署に次いで、検察にも裏切られたのだ。
田中さんの死と押尾の行動に、本当に因果関係はないのか? MDMAを押尾が積極的に飲ませたとしたら、彼の問われるべき罪はこの程度では済まされないのではないのか? 部屋を提供した下着通販会社「ピーチ・ジョン」の野口美佳社長にも責任はないのか? ......そういった点をさらに明らかにすべく、遺族は民事訴訟に打って出る予定だったが、この間、遺族側の顧問弁護士とのゴタゴタもあり、なかなか提訴には至らず、前述のように断念する方向だという。一方で、銀座の田中さんの仲間たちは「押尾が微罪で銀座の街を女と歩いているなんて、アゲハ(田中さんの源氏名)は浮かばれません。民事で提訴することを遺族に説得し続けますよ」と言っている。だが、遺族の意向を第三者が強制的に変えることもできない。
それだけに、可能性は低いかもしれないが、控訴審の判決が地裁への差し戻しとなり、再度審理が行われることを期待したい。
(文=本多圭)









