“ダーティ芸人”中田カウスの上方漫才協会会長就任に、若手芸人から「ぶん殴ってやろうか」の声!

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『襲撃 中田カウスの1000日戦争』(朝日新聞出版)
芸能取材歴30年以上、タブー知らずのベテランジャーナリストが、縦横無尽に話題の芸能トピックの「裏側」を語り尽くす!  10月末、中田カウスを中心に「上方漫才協会」が発足するというニュースを聞いて、意外な話だと思った。東京には、以前から「漫才協会」が存在していたので、関西にもあると思い込んでいたからだ。調べると、その昔、吉本興業に所属していた夢路いとし・喜味こいしの兄弟漫才コンビが「東京に協会があって、関西にないのはおかしい」と提案。結果、所属事務所の枠を超えて大阪の毎日放送と一緒に立ち上げたのが、毎年春と秋に放送されていた『上方漫才まつり』という番組だったが、協会という形にはなっていなかったようだ。  今回、吉本興業が大阪・難波にある若手芸人用の劇場「5upよしもと」を閉館し、「よしもと漫才劇場」として、12月1日にグランドオープンすることを発表。それに伴って、「上方漫才協会」も設立するという。しかし、初代会長は中田カウス。悪い冗談としか思えない。  カウスについては、昔から日本最大の暴力団「山口組」の幹部との黒い交際がウワサされて、現に幹部だった故・Fをスポンサーに付けていたかと思えば、その後、元武闘派ヤクザで現実業家のMに乗り換えて、深い付き合いをしていた。しかも、カウスは林裕章・元吉本興業会長(故人)に取り入って、山口組5代目の名前を利用し、林元会長のスキャンダルを処理。その功績が認められて、吉本の特別顧問に就任した。しかし、07年に吉本経営陣と創業家のお家騒動が勃発。創業家についた実業家Mとは袂を分かち、カウスが経営陣に付いたことから、林マサ未亡人(故人)に、前述のような山口組との関係を暴露されて、“吉本の怪芸人”と呼ばれるようになった。  暴力団との黒い交際が明らかになったことで、吉本はカウスの特別顧問職を解くが、カウスを優遇する姿勢は変わらなかった。吉本の大イベントがあると、必ずといっていいほど、中田カウス・ボタンがトリを務める。その後、島田紳助が暴力団との関係を認めて“電撃引退”するが、自分のことを棚に上げて、吉本の上層部に「紳助を辞めさせたほうがいい」と具申したのはカウスだった。  カウスは、紳助が、その後山口組6代目若頭補佐となる「極心連合会」の橋本弘文会長に接近すると、その影響力が増すのを恐れたのか“紳助潰し”を画策。04年、紳助が女性マネジャー暴行事件を起こした時は絶好のチャンスだったが、吉本も芸能界も紳助を見捨てなかった。そうこうしているうちに、5代目が引退。バックボーンを失ったカウスは態度を急変させて、“紳助の後見人”を自称することに。しかしその裏では、虎視眈々と紳助潰しを狙っていた。さらにカウスは、親しかったビートたけしのあらぬウワサや情報を親しいマスコミ関係者に流すという姑息な手段で、たけし潰しまで画策したが、結局失敗に終わっている。  このように卑劣な方法ではい上がってきたダーティな男が上方漫才協会の初代会長とは、悪い冗談以外の何物でもない。実力と人望ではるかにカウスを上回る、オール阪神・巨人が、カウスの会長就任に対して、直接吉本の上層部にクレームをつけたという情報もあるが、会長就任に際してカウスは300人の若手芸人を前に挨拶したというから、さらに厄介だ。  若手の中には、実力や人気以上の扱いを受け、調子づくカウスに対して、「ぶん殴ってやろうか」と憤った者が何人もいたという。無理もない。師匠を持たない若手漫才師に対して、尊敬できないどころか、ダーティぶりが周知であるカウスを、師匠として吉本から押し付けられたようなものなのだから、この先が思いやられる。それに、カウスが会長では、吉本以外の漫才師から、協会が白い目で見られる。他事務所の漫才師が、どれほど参加するのだろうか。いっそのこと、「吉本漫才協会」と改名したほうが、すっきりするかもしれない。 (文=本多圭)

『紅白』とも『レコ大』とも無縁でも……北の大地“塀の中”で歌い続ける演歌歌手・二美仁とは

 NHK『紅白歌合戦』や日本レコード大賞をめぐる歌手たちの動向が錯綜する季節だが、そんな世界とは無縁でも、光り輝き続ける歌手がいる。いつもの当コラムとは趣向が異なるが、今回はそんな男を紹介させていただきたい。  札幌在住の演歌歌手で、30年にわたって刑務所の篤志面接委員を務める二美仁(ふたみ・じん)は「人間は常に塀の上を歩いているんです。僕もそうです。塀の外に落ちるか、塀の中に落ちるかの違いでしかないのです。一日も早い社会復帰を望みます」と、刑務所のカラオケ教室の生徒である受刑者たちに今日も更生を呼びかけている。篤志面接委員とは、受刑者の更生と社会復帰をバックアップする、特定の分野に長けたボランティアだ。  そんな二美と筆者が出会ったのは、今から約30年前。「津軽じょんがら流れ唄」という曲がきっかけだった。  この曲はその昔、村木賢吉の「おやじの海」の大ヒットで一躍有名になった、佐義達雄が作曲。東京・赤坂でスナックを経営していた北海道釧路出身の歌手・五郎正宗がレコーディングして、全国発売された。  筆者は、この曲をプロモートした親しいプロダクション社長から「いい曲だから、必ずヒットする。協力してくれないか」と頼まれて、当時飲み仲間だった著名なイラストレーターや広告代理店関係者に頼み、レコードジャケット作成にまで携わったが、歌い手である五郎のわがままな人間性と折り合わず、手を引いた。  その後「『津軽じょんがら流れ唄』を自主制作して、2カ月余りで約2万枚売り上げた歌手がいるから会ってみてほしい」と、音楽関係者から誘いがあった。行きがかり上、引くに引けない筆者が札幌で会ったのが二美だった。  二美は北海道出身かとばかり思っていたら、南国・宮崎県出身で、歌手を目指して上京。1967年に日本コロムビアから念願デビューを果たした。といっても、コロムビアから自社名を使って活動することを許可されるというだけの、自主制作していくしかない“P盤歌手”と呼ばれる歌手だった。当時はP盤歌手がゴロゴロいて、一旗揚げたいという歌手たちの想いにつけ込んだ芸能ブローカーが「俺が売り出してやる」と言っては、詐欺まがいのマネジメント料を取るという被害が後を絶たなかった。  有名な被害者は、“芸能界のロッキード事件”といわれた騒動に巻き込まれた大原みどり。大原のマネジャーが、父親から売り出し費用として2億円以上を詐取し、それらが芸能界に裏金としてばらまかれたというものだ。  二美も似たような事件の被害者だった。ブローカーにだまされて、父親の全財産をなくした二美は、薄汚い業界人がばっこする東京に絶望。その時に出会ったのが、札幌・ススキノのクラブでナンバーワンホステスだった、現在の妻、美喜子さんだった。美喜子さんは二美と結婚後、ススキノにサパークラブをオープンして、決してお金はなりにくい二美の歌手活動を支えた。  一方で1984年に、苦労と優しさを知る人柄と歌唱力を見込まれ、二美は法務省より北海道樺戸郡月形町にある月形刑務所の篤志面接委員に任命されて以降、刑務所の中で受刑者を対象にしたカラオケ教室を月1回開き、今日までの30年間、雨の日も豪雪の日もそれを楽しみにする受刑者の喜ぶ顔見たさに通い続けている。さらに、現在は月形だけではなく、札幌刑務所と女子札幌刑務支所の3カ所の篤志面接委員を務めている。  そうした功績が認められて、2009年に法務大臣から表彰を受け、昨年4月29日には天皇陛下より藍綬褒章を受章した。二美のファンは受刑者だけでなく、北海道を中心に沖縄までと幅広い。彼は「僕には歌しかない。これからも女房に支えられながら歌い続けます」と言う。  華やかな舞台をめぐって、歌手や音楽関係者の周辺にはブローカー的なヤカラやカネが行き交うこともある。そうした世界の底辺には、二美のような歌手がいることを知っていてほしい。 (文=本多圭)

追悼・高倉健さん──果たせなかった北野武監督との約束「一緒に映画を撮ろう」

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芸能取材歴30年以上、タブー知らずのベテランジャーナリストが、縦横無尽に話題の芸能トピックの「裏側」を語り尽くす!  “日本映画界の最後の大スター”高倉健さんが、悪性リンパ腫のため11月10日に他界していたことが明らかになった。享年83歳。  生前、北野武監督ことビートたけしに「一緒に映画を撮ろう」と語っていたが、実現しないまま他界。さぞ、無念だったことだろう。  たけしと健さんの出会いは、1985年に公開された映画『夜叉』での共演だった。たけしは「『夜叉』で共演することになったんで、ロケ先の福井県に向かったんだけど、健さんは雪の中で、花束を持ってオイラを福井の駅のホームで待っててくれたの。『たけしさんですか? 高倉健です。私の映画に出てくださって、ありがとうございます。よろしくお願いします』。電車から降りたらそう言われて、花もらっちゃってさ。ああ、今のは高倉健だ。どうしよう。参ったなと思った」と、筆者に出会いを語っていた。  その後、健さん行きつけの銀座のフランス料理店を筆者がたけしに紹介したところ、その店を気に入り、頻繁に通うようになった。ある日、店の責任者M氏が、健さんに「最近、たけしさんに頻繁にお店を利用していただいています」と伝えたところ、「一緒に映画を撮りたいから、連絡先を教えてください」と言われ、オフィス北野の電話番号を教えた。すると、後日、健さん自ら電話したという。 「健さんが俺の事務所に電話くれたんだ。『もしもし、高倉健です。たけしさんと連絡を取りたいんですが』と。ところが、まさか健さん本人から電話がくるとは思わないから、出たヤツが『何言ってんだ。この野郎』と、すぐに電話を切った。さらに、2度目の電話は『松村(邦洋)だろ。モノマネばっかりしやがって』と、ガチャンと電話を切っちゃったんだよ」  後日、電話をかけたのが健さん本人だということを知ったたけしは、昔、東映の大部屋役者時代、健さんの名前から一字もらって芸名にした俳優の石倉三郎をつなぎ役に立てて、健さんに謝りの電話を入れたところ、「たけしさんのところに電話すると、すぐに切られるんですよ。モノマネするなと言われるんです」と、ちゃめっ気ある対応をしてくれたという。 「怒って当たり前なのに、この気遣いに頭が下がったよ。さらに、健さんから『一緒に映画を撮ろう』と言ってもらった。うれしくなって、いろんな企画が頭に浮かんだよ。ロートルのヤクザが世直しする『ヤクザ名球会』とかね」  ところが、その後、健さんからパタッと音沙汰がなくなったという。そこで筆者が前出の店のスタッフに確認すると、健さんは恩人といわれる建設会社の会長が亡くなったために、3年間喪に服し、仕事関係の連絡を遮断していたという。その話をたけしにしたところ、「健さんみたいな粋は少なくなった。粋をテーマに本を作れないか」と打診があり、4年前に筆者がプロデュースして出版されたのが『下世話の作法』(祥伝社)だった。  喪が明けた健さんは。映画『あなたへ』(2012)で、たけしに出演をオファー。せっかくの誘いは断れないということで受諾したが、健さんと一緒に映画を撮るという話を現実化したかったたけしは、一方で“大阿闍梨”をテーマにした『阿闍梨』という企画を温めていた。  しかし、その話が実現する前に、健さんは他界してしまったのだ。健さんの側近は「健さんは糖尿病だと言ってましたが、がんについては、周囲が心配するから最後まで誰にも言いませんでした」と語る。最期まで気遣いを忘れなかった健さんに、あらためて合掌! (文=本多圭)

SMAP木村拓哉『HERO』第3弾のヒロインに吉高由里子が内定! 打倒『ドクターX』なるか!?

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芸能取材歴30年以上、タブー知らずのベテランジャーナリストが、縦横無尽に話題の芸能トピックの「裏側」を語り尽くす!  SMAP木村拓哉主演のフジテレビ人気ドラマ『HERO』第3弾のヒロインが、キムタク指名で吉高由里子に内定したという情報が流れている。  今年7月から放送された『HERO』の第2弾は、平均視聴率21.3%(ビデオリサーチ調べ、関東地区/以下同)と、夏クールのドラマ視聴率トップ。また現在までのところ、今年度のドラマ視聴率トップの座にも輝いている。これにより、キムタクが最終回後に第3弾の出演を内諾したといわれている。  昨年放送された『安堂ロイド~A.I. knows LOVE?~』(TBS系)では、平均視聴率12.8%という体たらくで、“キムタク時代の終焉”が叫ばれた。そんな中、過去の栄光にすがるように取り組んだのが今夏の『HERO』だったが、11年前の第1弾の平均視聴率34.3%という驚異的な数字に比べると、足元にも及ばない結果となった。それでも、テレビ界全体が低視聴率に苦しむ中、『HERO』で今年度ドラマナンバー1の視聴率を叩き出したというのは、キムタクにとっては、大きな勲章だ。  しかし、10月にスタートした米倉涼子主演のテレビ朝日の『ドクターX~外科医・大門未知子~』が、すでに5週連続で20%の大台を突破。このままで行くと『ドクターX』が『HERO』を抜いて、年間ドラマ視聴率トップに躍り出る可能性は高い。米倉に唯一の勲章を奪われるのは、キムタクにとっては忸怩たる思いがあるだろう。  ちなみに、キムタクといえば、ドラマの撮影現場に豪華な差し入れをすることで有名。今回の『HERO』では食べ物のみならず、差し入れを保管する専用の冷蔵庫まで自腹で用意したという逸話があるほどだ。だが、『ドクターX』の米倉は、差し入れでもキムタクに負けていない。5,000円のうな重を番組関係者約110人分差し入れ、さらに1個1万2,000円もする銀座千疋屋の高級メロンを同じ数だけ用意したという。  高級メロンといえば、ドラマの中で、米倉演じる大門未知子が難手術を終えた後に、岸部一徳演じる神原名医紹介所の所長から病院に対して「メロンです。請求書です」という、お決まりのシーンがある。そのメロンを主演女優がスタッフ全員に付け届けるというシャレが利いた差し入れに一同感激。さらに制作スタッフは、毎回、超ミニをはいている米倉のパンチラを拝めるという恩恵に浴しているだけに、現場の士気は上がる一方のようだ。  まさに、押されっぱなしのキムタク&『HERO』陣営だが、それでも苦戦続きのフジにとっては数少ない鉄板作品。『HERO』の続編については、フジの亀山千広社長が、10月31日の社長定例会見で「会社的にもあってほしい」と発言したことで、第3弾は決定したようなものといわれている。  それだけに、第2弾の北川景子に代わる、次作でのヒロインが注目されていた。というのも、第1弾でヒロインだった松たか子に比べると、北川は同性や年配ウケしにくいタイプで、視聴率獲得には貢献しなかったという印象が強いからだ。そこで第3弾のヒロインは、一時は堀北真希という情報も流れたが、貪欲に視聴率確保を目指すキムタクの指名で、吉高由里子に内定したという情報が流れている。キムタクの希望ならばと、フジも吉高陣営を口説くのに必死になるだろう。  確かに米倉の『ドクターX』に勝つには、朝ドラで国民的女優に成長し、今年のNHK紅白歌合戦の司会まで務める吉高のほうが、注目度は高く、お茶の間受けもしやすい。米倉との視聴率戦争に、キムタクと吉高コンビで勝てるか?  今のフジテレビにとっては、数少ない希望のひとつだ。 (文=本多圭)

矢口真里『ミヤネ屋』復帰の裏に“肉弾接待”あった!?「バーニング周防社長の計らいで……」

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「大日本新政會」公式サイトより
芸能取材歴30年以上、タブー知らずのベテランジャーナリストが、縦横無尽に話題の芸能トピックの「裏側」を語り尽くす!  10月29日、大阪の読売テレビの玄関前に突然、数台の街宣車が出現。街宣車は、“芸能界のドン”と呼ばれる「バーニングプロダクション」周防郁雄社長と、ある女性タレントについて糾弾したが、その内容たるや衝撃的なものだった。  それは、昨年の夏に「週刊文春」(文藝春秋)が報じた“ある疑惑”に関して、さらに突っ込んだ内容だった。  文春は、昨年9月12日号で「NHKが頭を抱える『八重の桜』プロデューサー モー娘。肉弾接待騒動」と題した記事を掲載。NHKの大河ドラマ『八重の桜』のエグゼクティブプロデューサーだった内藤慎介氏が、十数年前、周防社長の計らいによって、女性タレントによる肉弾接待を受けていたという疑惑を報じたが、今回、読売テレビに向けられた街宣では、その女性のひとりというのが、当時、モー娘。メンバーだった矢口真里だと実名で糾弾したのだ(その後、大日本新政會のホームページ <http://www.dainipponshinseikai.co.jp/>でも詳細を記している)。  街宣活動を行ったのは、民族派団体「箕山塾」。10年以上にわたって周防社長の用心棒を務めた、神戸に本部を置く暴力団「2代目松浦組」組長の笠岡和雄氏が総裁を務める民族派団体「大日本新政會」の系列団体だ。  当サイトではこの件について継続的に報じてきたが、笠岡氏はかつて周防氏の用心棒を務め、さまざまな「裏仕事」をこなしてきたが、金銭トラブルが原因で両者は袂を分かち、以降新政會は、自らのホームページで周防社長と暴力団との深い関係や、周防社長に依頼された芸能スキャンダルのもみ消しの実態を次々に暴露。同時に街宣車で、バーニングやその関係会社、取引先などを糾弾する活動を続けている。  また、新政會のホームページでは、NHKの内藤プロデューサーに対する、周防社長によるモー娘。メンバーの肉弾接待斡旋を告発。文春はその記事を元に徹底取材して、信ぴょう性の高い情報として掲載した。しかし、新政會も文春も、この肉弾接待に参加したモー娘。の実名は公表しなかった。  なぜ、このタイミングで箕山塾が実名を出したかといえば、『情報ライブ ミヤネ屋』(読売テレビ)での矢口復帰の仕掛人が、周防社長だという情報が飛び交ったからだ。  矢口は、昨年5月に元モデルの梅田賢三との“間男不倫”が発覚。その後、中村昌也と離婚したものの、マスコミのバッシングの嵐に抗しきれず、芸能活動を休止。そんな矢口だが、10月23日に『ミヤネ屋』で1年5カ月ぶりに復帰した。『ミヤネ屋』への出演が決まった背景には、矢口の復帰の後押しを買って出た周防社長と、番組の司会を務める宮根誠司とのホットラインがあったからといわれている。  その日に番組は多少なりとも、視聴率が上がり、宮根の株も上がった。ところが、週が明けた29日に周防社長と宮根に悪夢が訪れた。冒頭の通り、『ミヤネ屋』放送中に、箕山塾が街宣車で読売テレビに対して糾弾活動を始めたのだ。周防も宮根も矢口を利用しつつ、救ったつもりが、復帰の場が『ミヤネ屋』だったことから、藪をつついて蛇を出してしまったようだ。  矢口は周防社長に頼まれただけかもしれないが、仮に仕事のために体を売るようなことをしていたとしたら、売春行為と非難されても仕方がない。笠岡氏によれば、矢口はこの時、周防社長から金銭を受け取っているそうだ。  箕山塾の訴え通り、矢口は肉弾接待に参加したのか? 『ミヤネ屋』では、間男不倫については多くを語らなかった矢口だが、この問題で口を開くことはあるのだろうか? (文=本多圭)

加護亜依の転落人生……夫逮捕で暴力団との密接な関係が明るみに「道義的責任は免れない」

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W時代の加護ちゃん。
芸能取材歴30年以上、タブー知らずのベテランジャーナリストが、縦横無尽に話題の芸能トピックの「裏側」を語り尽くす!  加護亜依の夫で飲食店プロデューサーの加護陽彦(旧姓・安藤)が出資法違反(高金利)容疑で逮捕された。加護と一緒に同容疑で逮捕されている指定暴力団山口組系組員の男は、安藤が3年前に逮捕された恐喝未遂事件で、被害者を脅す際に名前を使った暴力団に所属する人間だった。さらに安藤は加護と入籍後、養子になって加護姓を名乗り、フルに加護の名前を利用して、闇金にまで手を染めたといわれている。加護も、そんな夫の行状は知っていたはずなだけに、その道義的責任は免れない。  3年前、安藤は富山県で古美術商を経営するT氏から店舗開店資金の名目で2,000万円を借りたが、返済期限が過ぎても返さなかったためにT氏が催促したところ、安藤は「小松組」の名前を出して恐喝。それ以前から安藤は「小松組の組長が出所する時に、俺の車を出した」と吹聴していたこともあって、怖くなったT氏は警視庁赤坂署に被害届を出した。その後、安藤は恐喝未遂容疑で逮捕された。  それまで、安藤と一緒に加護の独立を画策していた“芸能界のドン”と呼ばれるバーニングプロダクションの周防郁雄社長の息子で、バーニングパブリッシャーズの社長を務める周防彰悟は、潮が引くように安藤の元を離れたといわれている。  当時、知り合いのマル暴刑事が「東京都暴力団排除条例が施行される直前だったので、(周防は)安藤との関係を切ったんだと思いますよ」という。このマル暴によると、安藤は小松組の組長が出所する際に車を出しただけでなく、安藤がプロデュースする麻布十番の高級カラオケで組長の出所祝いをやったことなども明らかになり、警視庁組織犯罪対策4課は、安藤を暴力団との密接交際者としてマークしていたという。  小松組とは、山口組系3次団体で、山口組の最大組織である名古屋拠点の弘道会の東京進出の先導役といわれている暴力団だ。それだけに、事件を担当した警視庁赤坂署は、安藤を立件したかったようだが、検察庁は嫌疑不十分で不起訴処分にした。安藤の逮捕で、加護自身も赤坂署に呼ばれて事情聴取。その後、加護は自殺未遂をして、入院した。安藤の保釈から約3カ月後の11年12月に、加護は安藤とできちゃった婚。同時に安藤は加護の名前を利用したほうが仕事に有利と考えたのか、または安藤の名前で仕事をするのには不都合なことが出てきたのか、加護姓を名乗り始めた。  加護姓になってからの安藤は、高級外車を乗り回すなど羽振りがよくなったという。だが今回、出資法違反容疑で、安藤が闇金にまで手を染めていたことも判明した。一方、加護は出産後、移籍トラブルが解決していない前事務所との契約が切れたことで、新事務所に所属。今年に入ってガールズユニット「Girls Beat‼」を結成し、6月に再デビューを果たした。  といっても、喫煙と男性問題で大手芸能プロ・アップフロントグループを解雇されたことで、事実上、芸能界の表舞台からは追放された状態。メジャー露出はできず、細々とライブ活動と営業を続けながら、10月にはユニットのメンバーを追加募集したばかりだった。しかし、本人も引退を口にしだしたように、夫の逮捕によって本格復帰は絶望的になった。  かつて、安藤と“同棲”して人生を狂わされた歌手の華原朋美は、安藤と手を切った後、薬物依存と闘いながら見事、再起した。芸能界でしか生きられない加護も、そろそろ目を覚まして、離婚を考えたほうがいいかもしれない。 (文=本多圭)

浅草ロック座・名物会長が退陣へ──ビートたけしと早乙女太一をめぐる大衆演芸の“光と闇”

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『早乙女太一 わらべうた』(角川映画)
芸能取材歴30年以上、タブー知らずのベテランジャーナリストが、縦横無尽に話題の芸能トピックの「裏側」を語り尽くす!  東京・浅草の“ストリップの殿堂”と呼ばれた老舗ストリップ劇場「浅草ロック座」を運営する斎藤観光が、東京地裁から破産決定を受けたことが明らかになった。負債総額は2億3,800万円。ロック座の運営は関係会社で続けられていくが、ロック座の名物会長であった齋藤智恵子さんが経営の一線から退くことになったのは間違いないようだ。  齋藤会長は、東八千代という芸名で36歳の時にストリッパーデビュー。踊り子の域にとどまらず、生まれ持った経営の才能を発揮し、文字通り“裸一貫”でロック座を日本一のストリップ劇場に育て上げたという話は有名だ。  その一方で、齋藤会長は若山富三郎や若山の実弟の勝新太郎のタニマチとしても知られていた。2人の死後は、ビートたけしをかわいがっていた。齋藤会長が周囲に「たけしが浅草の『フランス座』にいた頃からかわいがっていた」と語っていた話を聞いたこともあるが、それは事実とは違うようだ。  たけしの浅草時代は、フランス座とロック座はライバル。接点はなかったはずだ。齋藤会長がたけしと親しくなったのは、1997年にたけしが「浅草芸能大賞」を受賞してからだ。授賞式が終わった後、たけしは賞金を遊んで使おうと、向島の料亭「千代田」で、放送作家の高田文夫らスタッフとともに豪遊。千代田を紹介したのが筆者だったことから、途中からたけしに呼ばれた。その日は土曜日だったために、芸者の数が少なかった。筆者が到着するや、千代田の女将が「あの男が『女がいない、女が欲しい、今日は泊まっていく』と言って、うるさいのよ」と愚痴る。「女がいない」とごねていたのは、高田先生だった。他人のふんどしで遊んでいながら、情けない男だと思ったことが、いまだに記憶に残っている。  浅草芸能大賞受賞をきっかけに、たけしは軍団のメンバーを連れて、ロック座に頻繁に遊びに行くようになった。たけしは“マザコン”を自称するだけに、年配の女性を大事にする。それに応えるように、齋藤会長は倒産した「勝プロ」が手がけていた映画『座頭市』の映像化権を債権者として保有していたため、北野武監督、ビートたけし主演の『座頭市』を撮らせ、北野映画屈指のヒット作にした。また、覚せい剤取締法違反容疑で逮捕された女優の小向美奈子も、ストリッパーとして再起させた。  斎藤観光の倒産は、ロック座の客数減少で経営が悪化したことが原因だといわれているが、ストリップファン人口はそう変動するものではない。倒産の引き金は、大勝館の失敗と、秘蔵っ子だった早乙女太一の独立による経営悪化だったのではないだろうか?  大勝館とは明治時代に開業した映画館で、戦後は洋画専門映画館としてにぎわった。映画館だけではなく、ボウリング場も併設して繁盛していたが、ボウリングブームが去った81年に閉館した。その後、廃墟化していた大勝館を01年に齋藤会長が借り受けて改装。浅草大勝館として、大衆演芸の興行をスタートさせた。  この大勝館からは、たけしが『座頭市』にも起用した早乙女太一が、“大衆演劇のホープ”として誕生。劇場には、早乙女の追っかけのおばさんたちが札束を持って押し掛けた。早乙女人気を受け、齋藤会長は、大勝館は建物が古く、老巧化が激しいために、建て直すことを決意。ちょうどその頃、吉本興業が浅草の雷5656会館で「よしもと浅草花月」をスタート。将来は、吉本も浅草に常設の劇場を持ちたいという話が持ち上がったため、新しい大勝館がその候補になり、当時は吉本の特別顧問だった漫才師の中田カウスがたびたび、下見に来ていたが、家賃が高すぎて、話は立ち消えになった。齋藤会長は早乙女を看板にした大衆演劇で大勝館を盛り上げていくつもりだったから、強気でいたのだろう。「将来、この子は大衆演劇を背負って立つ大スターになる」と、早乙女に対しては大いに期待していたのだ。  ところが4年前、早乙女が「父親の劇団に移籍したい」と言いだして、勝手に独立してしまった。齋藤会長の失意はすさまじかったようだ。早乙女の移籍と同時期に、大勝館の工事もストップしている。この大勝館の建て替え失敗で、莫大な損失が生じたのは想像に難くない。それが、斎藤観光の経営にも大きく響いたのではないか。  現在、大勝館の跡地は「ドン・キホーテ」になっている。ロック座は残ることになったが、齋藤会長のダイナミックな活躍が見られなくなるのは寂しい限りだ。 (文=本多圭)

吉本主催「第1回京都国際映画祭」盛り上がらず……内田裕也の登場に違和感

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芸能取材歴30年以上、タブー知らずのベテランジャーナリストが、縦横無尽に話題の芸能トピックの「裏側」を語り尽くす!  10月16日から19日の4日間にわたり、“映画もアートもその他もぜんぶ”というコンセプトで、日本映画発祥の地である京都で「第1回京都国際映画祭」が、吉本興業の祇園花月がある祇園会館をメインに、京都市内15カ所の会場で開催された。  この映画祭は、以前から京都で開催されていた「京都映画祭」を継承する形で、沖縄国際映画際での実績がある吉本興業が中心になって、今年からスタート。京都という土地柄もあってか、沖縄と違って、映画だけでなく、アート部門も開設。京都発信の国際映画人を送り出すという、人材育成拠点の場に発展させたいという意気込みで開催された。  初日のオープンセレモニーには、来年公開予定の映画『at Home』に主演する竹野内豊と松雪泰子らがレッドカーペットに登場。それなりの盛り上げは見せたようだが、よくわからないのは、ロックンローラーの内田裕也も登場したことだ。プレスを読むと「内田裕也ロックンロールムービー2DAYS」と銘打って、過去に内田が出演した映画『十階のモスキート』と『コミック雑誌なんかいらない』の2本が映画祭で上映されたという。  それにしても、なんで内田なのかと思ったら、この映画祭の総合プロデューサーはかつて、松竹映画で“奥山ジュニア”と呼ばれていた奥山和由氏。内田と仲がいい彼の好みだけで、いまや映画界とは縁遠く、イロモノ扱いされている内田が選ばれたのではないだろうか。  筆者は、3日目の18日に映画祭を取材した。しかし、いざ見てみると、正直、普通の映画祭とは異なる雰囲気だった。まず、会場が多すぎる。ほかのメディアも、どこをどう取材すればいいのか迷ったようだ。また、この映画祭では、これから世界で活躍が期待される俳優に贈られる「三船敏郎賞」を新設したというが、1回目の受賞者は役所広司。彼はすでにハリウッド映画に多数出演し、俳優として国際的な評価を受けている。それだけに、今さらという気がしたし、案の定、話題性もなく、賞としての注目度はゼロに近かった。どうせなら、手前味噌との批判覚悟で、役者としても活躍する吉本の芸人を選んだほうがよかったのではないか。  1回目ということもあって、まだ手探り状態であることは理解できるが、主催者が何をしたいのか、映画祭を通じて何を訴えたいのか、見えてこなかった。筆者は、ビートたけしが審査委員長を務める「東京スポーツ映画大賞」(通称「東スポ映画祭」)に設立当初から関与している。同映画祭は、全国の映画祭のプロデューサーのアンケートを元に、最終的にはたけしが独断と偏見で各賞を決めるということになっているが、業界内の利害関係に縛られた日本アカデミー賞よりも、映画ファンにとっては説得力がある賞だと自負している、さらに映画祭に加えて、話題賞や日本芸能賞を設けているため、授賞式は大いに盛り上がる。  京都国際映画祭も、審査委員、選考委員などにそうそうたるメンバーが名を連ねているが、彼らに加えて、いっそのこと、吉本の看板で、毀誉褒貶が激しい映画をすでに4本も監督しているダウンタウンの松本人志を審査委員長にしてレッドカーペットを歩かせたほうが、一般だけでなく、メディアの受けもよかったかもしれないと、つくづく思った。  しかし、若者たちの映画離れが加速する時代に、古い映画祭を継承して新たな映画祭を立ち上げた吉本が、日本映画発展のために尽力していることには敬意を表したい。 (文=本多圭)

近日復帰の“間男不倫”矢口真里に、不倫ドラマ『昼顔』続編の仰天オファー!?

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矢口真里写真集『OFF』(ワニブックス)
芸能取材歴30年以上、タブー知らずのベテランジャーナリストが、縦横無尽に話題の芸能トピックの「裏側」を語り尽くす!  間男との不倫騒動で無期限芸能活動休止中ながら、近日中に復帰がウワサされている元・モーニング娘。の矢口真里。そんな矢口に、上戸彩主演で人気を博したドラマ『昼顔~平日午後3時の恋人たち~』(フジテレビ系)の続編出演オファーの話が持ち上がっているという情報を、親しい制作会社プロデューサーから入手した。 「矢口の場合、休業の原因が原因だけに、本格復帰にはいくつかの障害がある。特に、出演者には好感度の高さが求められる情報番組やバラエティには使いにくい。しかし、あの騒動を逆手にとって、『昼顔』の続編に女優として出演すれば、誰も文句は言えない。『実体験から得た迫真の演技』だと、むしろ話題になって、視聴率につながるかもしれない。フジとしては、矢口へのオファーを検討しているという情報がありますよ」(同)  昨年5月、夫だった中村昌也の留守中に、元モデルの梅田賢三を自宅マンションに連れ込んでいたことが発覚した。それまで、矢口はワイドショーなどで芸能人のスキャンダルについてコメントしていただけに、マスコミから猛バッシングを受けた。さらに中村とも離婚したが、止まないバッシングに仕事どころではなくなって、10月に無期限活動休止に入った。  それから1年が経過するということで、事務所サイドとの復帰の話が進められ、スポーツ紙には「10月末に復帰」という情報が掲載された。復帰の第一候補として挙がったのは、モーニング娘。誕生のきっかけとなった『ASAYAN』を放送し、いまだに関連番組が多いテレビ東京だった。  しかし、テレ東からしてみれば、モー娘。関連イベントとして、12期のメンバーのお披露目、11月26日には現リーダーの道重さゆみの卒業コンサートが控えている。テレ東は現役のモー娘。ファンを大事にしていることから、今回の騒動でさんざんモー娘。のイメージを落とした矢口に、これ以上邪魔されたくないというのが本音で、同局での復帰は暗礁に乗り上げているようだ。  そこで、降って湧いたのがフジの『昼顔』への出演話だ。フジで7月からスタートした上戸の初の不倫ドラマは、最終回視聴率16.5%(ビデオリサーチ調べ/関東地区)と、7月期のドラマでは同局のキムタク主演の『HERO』に次ぐ第2位という高視聴率をマーク。視聴率低迷にあえぎ続けるフジは、映画化と続編制作を検討している。  上戸の所属事務所関係者によれば、映画化について上戸サイドは乗り気らしいが、続編についてはドラマの内容が内容だけに、不倫妻のイメージが定着するのを恐れ、受けないと思われる。  そこで浮上したのが、矢口を主演に据えるという“ウルトラC”。不倫経験者である以上に、不倫で辛酸を舐めた矢口にはぴったりのハマり役だと思う。フジにとっても話題性には事欠かない。ワイドショーのような“お茶濁し”の番組で復帰するより、ドラマ主演での復帰がベターではないだろうか? 矢口が演じる『昼顔』妻を、ぜひ見てみたい。 (文=本多圭)

CDは1,000枚、NHKに貢献ゼロ……でも“大物”和田アキ子が『紅白』に出場し続けるワケ

akkomtv.jpg 芸能取材歴30年以上、タブー知らずのベテランジャーナリストが、縦横無尽に話題の芸能トピックの「裏側」を語り尽くす!  10年以上前からヒット曲もなく、NHKの番組に対して貢献度もないにもかかわらず、女性歌手としてNHK『紅白歌合戦』の最多出場を誇る歌手・和田アキ子。今年も『紅白』に出場するのか否か、その行方が注目されている。  和田は1970年以来、計37回の『紅白』出場の記録を持ち、いまや「紅白の顔」とまでいわれているが、以前から音楽関係者の間では和田の出場に対し、疑問の声が上がっていた。特にここ数年、和田は当落線上にあったという。  ところが、2年前は小林幸子が事務所幹部の“解任騒動”で『紅白』に影響力を持つといわれるバーニングプロダクションの周防郁雄社長を敵に回したことで落選したために、“大物枠”で滑り込んだ。去年は、ホリプロの後輩である綾瀬はるかが、NHK大河ドラマ『八重の桜』の主演を務めた上に、紅白の司会にまで選ばれたことで、彼女とのバーターで出場が決まったといわれている。ところが、今年は、和田を押し込む材料が今のところ見当たらない。それでも、和田が「紅白に出たい」と言えば、ホリプロはプッシュせざるを得ない。なぜなら、和田はホリプロの屋台骨を作った歌手で、ホリプロの株主でもあるからだ。  しかし、プッシュしたくても、リリースしたCDは1,000枚売るのがやっと。日曜日の昼に『アッコにおまかせ!』(TBS系)のレギュラー番組を持っていることから、裏番組に当たる『NHKのど自慢』にゲスト出演したことがない。NHKにレギュラーを持っているわけでもなく、同局への貢献度は、ほぼゼロ。さすがに、連続出場させるのも無理が出ている。きっと、ホリプロだけでなくNHKも、昨年の北島三郎のように“紅白卒業”を宣言して、潔く後輩に道を譲るという選択をすることを和田にも期待しているのではないか。だが、和田はもちろん、今年も出る気まんまんのようだ。  業界関係者の間では「ホリプロが頼りにならないと思ったら、和田は最後は『紅白』に影響力を持つ周防社長頼みになるでしょう」という声が上がっている。和田は以前ラジオ番組で、周防社長と昵懇の仲であることを得意げに語っていたほど。いよいよ当落線上から滑り落ちそうになったら、最終的には周防社長に泣きついて、無理やり出場記録を更新するのでは、とみられているのだ。  日頃、芸能人のスキャンダルが持ち上がると偉そうにコメントを出したり批判したりすることで“芸能界のご意見番”と呼ばれている和田だが、そのような筋の通らない方法で『紅白』に出演を続けるとしたら、まさに赤っ恥。晩節を汚さないためにも、北島のようにさっさと卒業宣言するか、誰からも文句が言われないようにヒット曲を出すしかないだろう。 (文=本多圭)