『スター・ウォーズ/フォースの覚醒』、本年度のエンパイア賞で最多受賞!

『スター・ウォーズ/フォースの覚醒』が、20日(日)に行われた英映画雑誌エンパイア主催の2016年度ジェムソン・エンパイア賞で5つの賞を獲得し、最多受賞作品となった。 人気シリーズ第7弾となる同作品は最優秀SF/ファンタジー賞、視覚効果賞、ジョン・ボイエガとデイジー・リドリーが新人賞、J・J・エイブラムスが監督賞を勝ち取った。 同作品の中でフィン役を熱演し、新人男優賞を受賞したジョンは「J・J、7か月間に渡るあなたのサポートに感謝します。でも今、僕は自分自身が何者なのかを証明しましたから、また7か月間に渡ってあんな工程を踏ませないでくださいね!」とスピーチの中で冗談を飛ばしていた。 さらにジョンは同式典に出席することができなかったエイブラムス監督の代役として監督賞のトロフィーを受け取るべく再び壇上に上がり、監督から渡されていたというスピーチを読み上げたのだが、その中には「ジョン・ボイエガにオスカーを与えなかったなんてアカデミー賞はどうかしてますよね?」という一文も含まれていたようだ。 そして新人女優賞を獲得したデイジーも「映画業界で女性として働くことができるなんて素晴らしいわ」とコメントしていた。 授賞式前、レッドカーペットに登場したデイジーはBANGショービズのインタビューに対し「私たちの誰もが、『うわ、私達がすべての賞を受賞するわよ』なんて思って、映画に参加していないわ。でも、そうなったら素晴らしいし、もうラッキーって感じよ」と話しており、自身が賞を受賞するとは予想していなかったようだ。 最多ノミネート作品であった『マッド・マックス 怒りのデス・ロード』はサウンドトラック賞、衣装デザイン賞、プロダクションデザイン賞と3部門の受賞にとどまり、『007 スペクター』がスリラー賞と英国映画賞を獲得した。 『レヴェナント 蘇えりし者』が最優秀作品賞を獲得し、出演者のウィル・ポールターがビデオ・リンクを通じて同賞を受け取っていた。 そのほかマット・デイモンが男優賞、アリシア・ヴィキャンデルが女優賞を獲得、今年1月にがんでこの世を去ったアラン・リックマンが故人となった俳優で初めてのエンパイア・レジェンド賞受賞者となった。

タイが生んだカンヌ常連、アピチャッポン・ウィーラセタクン監督が語る『光りの墓』の映像美学

【リアルサウンドより】  2010年に発表された『ブンミおじさんの森』が、第63カンヌ国際映画祭パルムドールに輝いた、タイ出身のアピチャッポン・ウィーラセタクン監督の最新作『光りの墓』が3月26日より公開される。2000年に発表された初長編作『真昼の不思議な物体』以降、長編作をはじめ、中編・短編などのアートプログラムを精力的に発表し続け、美術作家としても個展を開催するなど、世界的に活躍し大きな評価を得ているウィーラセタクン監督。今年1月から2月にかけては、日本では長らく劇場未公開だった『世紀の光』を始めとする、すべての劇場長編作とアート傑作選の特集上映「アピチャッポン・イン・ザ・ウッズ 2016」が、シアター・イメージフォーラムにて開催され、連日満員の大盛況を博した。最新作『光りの墓』は、かつて学校だった病院を舞台に、病院を訪れた女性ジェンが、“眠り病”にかかった兵士イットの世話を見始めたことから、その土地の記憶が“眠り病”に関係していることに気づいていく模様を描いている。リアルサウンド映画部では、ウィーラセタクン監督にSkypeインタビュー。本作の製作背景や、タイの故郷コーンケンに対する思い、そして映画製作における自身の考えを語ってもらった。 ーーこの作品を手掛けることになった経緯を教えていただけますか。 アピチャッポン・ウィーラセタクン監督(以下、ウィーラセタクン):いくつもの要素があって、そのコンビネーションによって生まれた映画なんです。私は普段、ノートにいろいろなことを書き留めているんですが、そういうメモのようなものが集積してできた映画と言えるかもしれません。例えば、私は主人公のジェンを演じてもらったジェンジラー(・ポンパット・ワイドナー)の人生にすごく関心があって、彼女と近況を知らせ合ったりしています。最近彼女は結婚したんですが、結婚後どういう生活をしているかということにも興味がありました。また、タイの政治状況に対する関心も含まれています。そして、この作品のテーマのひとつである“睡眠”も、私が長年考えてきたことで、睡眠を通して現実から逃避する、夢に逃げ込むということと、映画にはどういう関係があるのかということを考え続けてきました。暗闇の中で物語を見るという必然性を、私たち人間は身体的に持っているのではないかということです。『ブンミおじさんの森』のあとに書いたいくつかの脚本をプロデューサーに見せ、最も現実的で映画化しやすいということでできあがったこの作品が、その集合体と言えますね。ただその脚本も、ロケハンをして現場で撮影をする初日まで、いろいろと変化を遂げ、最終的に今の形になりました。 ーー脚本は現場に入るまで変わっていくんですね。 ウィーラセタクン:脚本は常に変わりますし、撮影後、編集に至るまで変化していきますね。ただ、コンセプトは最初から変わらずに一貫していました。この映画の場合は、“夢”というテーマ、現実とファンタジーの組み合わせ、そして“病”という存在ですね。 ーー夢と睡眠の描き方が印象的でした。監督自身、夢はよく見るんですか? ウィーラセタクン:私自身、夢を集めるような傾向があるんです。というのは、夢を見ることは映画を観に行く経験にとても似ていると思うんです。人生の生きている時間の半分は、自分が見た夢の中にあると考えることもできるわけです。見たあとに忘れがちになってしまいますが、夢は自分の頭の中で作った映画のようなものです。なので、自分の中で記録しておきたいというこだわりはありますね。
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ーーこの作品のアイデアは新聞で読まれた記事がきっかけらしいですね。 ウィーラセタクン:そうですね、それがインスピレーションのひとつです。その記事では、タイ北部の小さな町の軍の病院で、ある病気にかかった人たちを隔離していたと書いてあったんです。小さなコラム記事だったので、理由や詳細は書かれていませんでしたが、その情報だけで自分のイマジネーションが掻き立てられたんです。タイにはいろいろな陰謀説があるんですが、そこにはきっと陰謀があるには違いないと思わせられました。 ーー実際に陰謀があったんですか? ウィーラセタクン:何かその後のストーリーが確かにあったと思うんですが、結果には興味がなかったので、あまり深追いはしませんでした。映画の撮影中も、病の正体は何だったのかとスタッフから聞かれることが多かったのですが、実際はわかりません。わからないことが面白いと思うので、理由は追求しませんでした。 ーー今回の作品のタイ語題の意味は「コーンケンへの愛」だそうですが、このタイトルにはどのような意味が込められているでしょうか? ウィーラセタクン:実は全編コーンケンで撮影したのは今回が初めてなんです。コーンケンは自分が育った故郷でもあるのですが、最近は急成長を遂げていて、他の町と同じような、特徴のない町になってしまいました。ただ、やはり自分の故郷ということで思い入れも強いので、撮影するにあたって、自分の記憶を手繰り寄せるような体験がしたいと思っていました。例えば、湖や市場、映画館など、自分自身の思い出がある場所を訪ねました。そして、退屈になってしまった町を舞台に、面白い映画が作れるかどうかという、自分への挑戦という意味もありました。
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ーーどのような場所で撮影をするか、リサーチにも時間をかけるのでしょうか? ウィーラセタクン:そうですね。ロケハンには時間をかけて、かなり周到にやります。でも今回は、町を知り尽くしているということもあり、これまでの作品に比べて最も容易なロケハンだったと思います。ただ、自分が気に入った場所をいくつかに絞り込むという作業がありました。結果、コーンケンの代表的な場所ではなく、自分の記憶の象徴のような場所を選ぶことになりました。現在のコーンケンにはセブンイレブンや大きなマンションもありますが、この映画にはそういった場所はあまり出てきません。まるでフィクションのような、タイムマシーンに乗って過去に戻り、昔のコーンケンを映し出したような映画になっているんじゃないかと思います。 ーー映画館での印象的なシーンがありますが、あの映画館は監督が実際に通っていた映画館なんですか? ウィーラセタクン:いえ。私が昔よく通っていた映画館は、もう既になくなってしまっているんです。昔は大きな映画館がたくさんありましたが、日本や世界と同じように、シネコンやショッピングモールの中にあるような映画館が増えています。映画の中で登場する映画館は比較的新しい映画館で、今も営業しています。内装にとても魅力を感じたんです。 ーーあのシーンで上映されているのは昔のタイ映画ですか? ウィーラセタクン:あれは『The Iron Coffin Killer』というタイの新作映画なんですが、古いタイ映画のような雰囲気がありますよね。今はもう作られていないような、自分が子供の頃によく観ていて大好きだった映画のような雰囲気がある作品だったので、許可をもらって映画の中で使わせてもらいました。ある意味、古いタイ映画へのオマージュ的な役割を果たしています。

「映画製作におけるすべてのプロセスを楽しめるようになってきた」

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ーーこれまで一緒に組んでいたカメラマンではなく、今回初めてメキシコ人カメラマンのディエゴ・ガルシアと組まれていますね。 ウィーラセタクン:技術力はもちろん、心穏やかで本当に素晴らしい人です。学生の頃に私の作品を観てくれていたということを彼から聞いて、なんだか年寄りになった気分になりましたが(笑)。ただ、そのおかげで、私が持っているリズムや照明の感覚みたいなものに、すぐに呼応してくれたと思います。実はこの映画は、私にとって、初めてプロのデジタルカメラで撮った長編作品なんです。まったく新しい体験でもあったので、私や他のタイ人スタッフには当然のようなことも、外国人の視点で意識的に見てくれたような気がしますね。 ーー色や照明の美しさが印象的でした。 ウィーラセタクン:色や光へのこだわりは強く、それをどう実現するかにも苦労しました。というのは、自然光を利用したいと思っていたからです。病院の中の照明もエフェクトで出したのではなく、コンピュータープログラムを使ってLEDライトに発色させるというような形でした。OKカットが撮れても「カット」と言いたくなくなるほど、自分自身もその世界に魅了されてしまうほど美しい光でしたね。
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ーー病院もそうですが、町の色が次第に変化していく様子も美しかったです。 ウィーラセタクン:色の変化には、観客を夢の世界に誘う役割があると思うんです。登場人物たちもまさにそうで、新しい現実に導かれていく転換点になると思います。この経験によって観客は、この映画が作りごとなんだ、イリュージョンなんだということに気が付くはずです。例えば、もっと暖色寄りにするだとか、もっと寒色寄りにするだとか、色補正をして画面を変える作業が映画作りの中ではあります。この町の色の変化は、そのプロセスに気付いてもらう効果を上げようとして取り込んだのですが、と同時に、病院内の照明の色の変化に呼応しています。病を持った兵士たちが光を受けているように見えるのと同じように、私たちも光を受けているんだということを観客に感じ取ってもらうようにしたかったんです。 ーージェンジラーさんをはじめ出演者の皆さんはとても自然体な演技をされていますが、演出はどの程度されるのでしょうか? ウィーラセタクン:演出はキャスティング段階から始まっているとも言えますが、いろいろな要素があると思います。私は脚本を書くときに当て書きをすることが多いんです。ジェンジラーもそうで、彼女の性格を取り込んだ役を書いたりします。また、キャスティング段階で私自身が好きな特徴を持っている人を選びがちなんですが、その特徴を活かすような脚本にまた自分で書き直していくという作業があります。人に応じて脚本を書いていると言えますね。だからこそ、役者の方々には、カメラの前では自分らしくいてほしいと指示をしています。でもそれは結構難しいようで、みなさん演技をしたがりますね。
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ーーロケーション選びから、脚本執筆、撮影、演出などの話をうかがってきましたが、監督にとって、映画作りにおいて最も重要な作業をひとつ選ぶとしたらどの過程ですか? ウィーラセタクン:そうですね……たったひとつだけを選ぶのは不可能ですね(笑)。もともと若い頃は脚本を執筆する作業や、企画を考える作業がすごく好きだったんです。私の作品の多くは低予算なので、撮影時にはいろいろな問題が起こり、なかなか思うようにいかずストレスがかかることも多く、撮影が嫌いだったんです。でも今は、トラブルを予測しながら撮影を行うこともできるようになってきたので、撮影も脚本も含め、すべてのプロセスを楽しめるようになってきました。それはひょっとしたら、自分が年齢を重ねてきた経験値によるものかもしれません。あるいは、こういうふうになるだろうという期待値がもう少し現実的になってきたのかもしれませんし、何か問題が起こってもその問題を楽しむことができるようになった能力のせいかもしれません。なので、今の自分にとっては、企画、脚本、キャスティング、撮影、編集……すべてのプロセスが大事だと言えますね。 (取材・文=宮川翔) ■公開情報 『光りの墓』 3月26日(土)シアター・イメージフォーラムほか全国順次ロードショー 製作・脚本・監督:アピチャッポン・ウィーラセタクン 出演:ジェンジラー・ポンパット・ワイドナー、バンロップ・ロームノーイ、ジャリンパッタラー・ルアンラム 英語題:CEMETERY OF SPLENDOUR 配給・宣伝:ムヴィオラ 宣伝協力:boid 2015年/タイ、イギリス、フランス、ドイツ、マレーシア/122分/5.1surround/DCP (c)Kick The Machine Films / Illuminations Films (Past Lives) / Anna Sanders Films / Geißendörfer Film-und Fernsehproduktion /Match Factory Productions / Astro Shaw (2015) 公式サイト:www.moviola.jp/api2016/haka

橋本マナミ、伊東美咲以来の“フライデー撮り直し”疑惑浮上! ゲス川谷への不倫批判には「愛人キャラで売ってるくせに?」と批判の声

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橋本マナミ インスタグラム(@manami84808)より。
 11日、モデルの橋本マナミが自身のインスタグラムに、「あらっ!」と驚いたコメントと共に、同日発売された週刊誌『FRIDAY』(講談社)の『目撃! ハリコミ24』に掲載された隠し撮り写真を投稿したのだが、ネット上では「これ、本当に隠し撮り?」「店の看板のライトがいい感じに当たって見えるのは気のせい?」などといった疑惑の声が上がっている。 「『FRIDAY』の隠し撮り写真といえば、『伊東美咲の買い物姿、なんでそんなに美しい!』というタイトルで、14年1月31日に発売された号に掲載された、伊東美咲の写真が、買い物姿とは思えない程にメイクがばっちりであったこと、さらに正面から顔のアップばかりが撮られていたことで、『撮り直したのでは?』という疑惑が浮上していましたが、今回の橋本の隠し撮り写真に関しても、橋本が髪を掻き上げている姿が『ファッション雑誌とかでよく見かけるショット』と指摘する声や、『取材帰りとはいえ、メイク決まりすぎじゃないか?』と指摘する声が上がっているようです。同じく『目撃! ハリコミ24』に隠し撮り写真を掲載された井上真央が、ニット&マスクでばっちりと変装した姿だっただけに、余計、橋本への疑惑が強まってしまったようです」(芸能関係者)  隠し撮り写真に“国民的愛人の夜”という文字が添えられていたように、愛人キャラを売りにしている橋本だけに、ベッキーとロックバンド・ゲスの極み乙女。の川谷絵音の不倫騒動へ怒りを露わにした際には、逆に批判を浴びる結果となってしまったようだ。 「橋本は、先月14日に放送された『サンデー・ジャポン』(TBS系)に生出演した際、『私は川谷さんが許せないです』と、川谷に対する怒りを露わにし、『奥さんからしたらたまったものじゃない』と言い放ったのですが、橋本といえば14年に行われた写真集『あいのしずく』(ワニブックス)の記念イベントに出席した際、『人の男性を取るのはいけないと思うけど、気づいたら愛人だったことはある』と、知らずとはいえ過去に不倫をしたことがあることを明かしていただけに、ネット上では『批判する資格はないよね』『愛人キャラで売ってる奴の言うセリフではない』など、逆に批判を浴びてしまったようです。さらに、ベッキーについて『ものすごくいい方。そんな方を中途半端な気持ちで巻き込むのは許せない』と、擁護したことに関しても、ネット上では『ベッキーが復帰した時のことを計算に入れての発言?』『今のうちに恩を売っておこうとした?』などと批判の声が上がっていたようです」(同)  先月25日に行われた『Vアップシェイパー』製品PRイベントに出席した際、橋本は、ダイエットに成功したヒロミに、ご褒美として頬にキス。軽めのキスと思いきや、数秒間にわたる長めのキスで、報道陣からは驚きの声が上がり、キスを受けたヒロミも、「これで揉めることはないです。大丈夫です」と、不倫スキャンダルになることを否定して笑いをとってはいたものの、少し動揺した様子を見せていました。これに対してネット上では「あんなことされたら、勘違いしちゃうよな」「仕事とはいえ、一応、これも不倫」などと指摘する声が上がっていたようだ。

野球賭博問題で蛭子さんが「みんなが楽しくやってるならいいじゃないか」発言! そのディープな賭博歴は?

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「蛭子能収 OFFICIAL WEB SITE」より
【本と雑誌のニュースサイトリテラより】  野球賭博に関わっていたとされる福田聡志、笠原将生、松本竜也の3選手が巨人を去ったことで一応の幕引きとしていた野球賭博問題は、今月新たに高木京介選手の賭博への関与が明るみになったことで再び炎上し始めた。  また、円陣時の「声出し」をめぐり選手間で金銭のやり取りがなされていたことも問題化。この件に関しては、巨人のみならず阪神、西武、広島、楽天、ロッテ、ソフトバンクなど他球団も日常的に行っていたことが分かり、野球賭博に関する問題は球界全体に飛び火している。  この状況に対し、自らも1998年、新宿歌舞伎町の雀荘で麻雀賭博をしていたところ現行犯逮捕された過去をもつ蛭子能収は、今月10日に出席したイベントの会見で「俺も(賭けマージャンで)捕まったことがあるので、賭博のコメントはしづらいんだけど……」と前置きしながら、こんなことを語った。 「ま、仲間内で小さくやってる分には大目に見てほしいというのが本音ですけどね」 「みんなが楽しくやっているならそろそろ(賭博を)合法にしてもいいんじゃないか。それはそれで俺はいいと思います」  野球ファンが怒り心頭のなか、自らの過去を悪びれぬさすがの蛭子節である。しかし、これはまだ序の口。最近出版された蛭子さんがギャンブルと人生を振り返る自伝『僕はこうして生きてきた NO GAMBLE, NO LIFE.』(コスモの本)では、この麻雀賭博事件について、より踏み込んだ思いを綴っている。  取り調べを終えて解放された後日、裁判所に呼び出された蛭子さんは、「そんな所に行ったらダメですよ」や「そんな麻雀したらいけませんよ」と説教を受けるのだが、なんとそこで「全国には何万という雀荘があって、そこでは90%の人が同じように賭けているんじゃないでしょうか」と反論したという。そう思ってはいても、そこはグッとこらえるのが普通の人だと思うのだが、蛭子さんはそうではない。結局、この事件は10万円の罰金刑と判決がくだるのだが、そのことに関し同書でこんな思いを綴っている。 〈僕にとってはその時の10万円は違反切符みたいなもんだったんだと思っています。  それにしてもいまだによくわからないのは、なぜあの雀荘がやられたのかということです。そんなに大きなレートではなかったし、僕は店の人から「うちは刺青やあっち方面の人はお客にいませんから」と聞いていて、実際サラリーマン風の客が多かったのでまったく安心して通っていたんです。賭博なんて意識はなかったし、小遣い銭で遊んでいるという感覚でした〉  一応、丸坊主にしてテレビ出演をしばらく自粛したうえ、この件以来、麻雀からは遠ざかっているらしいが、タレント生命が絶たれていたかもしれない過去に対して、本質的には蛭子さんは反省の色なしなのだ。  さすが、〈ギャンブルは僕の人生そのものであり、ギャンブル場は僕にとって人生の学校そのものなのです〉と宣言する蛭子さんだけはある。  ところで、そんな蛭子さんがギャンブルにのめり込み始めたのはいったいいつからなのだろうか。  それは、なんと小学生の時だったという。まさしく〈ギャンブルは僕の人生そのもの〉だったわけだ。 〈当時から勝負して勝ったら相手から取り上げる“ギャンブル”が好きで、よく近所の友だちとお菓子を賭けて、自分で考案したトランプ遊びをしていました。自分でルールを考えたわけですから、当然勝つツボも自分が一番わかっています。だから負けるはずがありません。とにかく何かを賭ける勝負事の遊びばかりして過ごしていました〉  生まれながらにして筋金入りのギャンブラーだったわけだが、そんな蛭子さんは成長するにつれ、競輪、競馬、麻雀、ルーレット、花札、パチンコなど、ありとあらゆるギャンブルにのめりこんでいく。なにせ、高校を卒業したその足で向かった先がパチンコ屋であったというほどなのだからすごい。  そして、そんな数あるギャンブルのなかでも、とりわけ蛭子さんを魅了したのが、20歳のころに出会った競艇だ。 〈近くに大村ボートレース場があったので、休日になると時々、ひとりで遊びに行きました。以来、僕の人生にとって競艇はなくてはならないものとなりました。(中略)20歳で競艇デビューしてからこれまでに1億円以上は使っていると思います〉  その競艇熱は、地元・長崎で就職した看板屋を辞め、グラフィックデザイナーを目指して職の当てもなく上京した時も変わらなかった。 〈仕事はなくても競艇には行っていました。転がり込んだ板橋の成増から電車でさほどかからないところに戸田ボート競艇場があったんです。最初はほんとにちょびちょび賭けていましたが、しまいにはなけなしの郵便貯金3万円を小出しに切り崩して、開催の日は欠かさず通うようになっていました〉  この後、無事に広告代理店への就職が決まるのだが、生活も安定して賭け事のためのお金にも事欠かなくなった蛭子さんはさらにギャンブルに邁進。なんと、後に結婚することになる彼女からデートに誘われても、ギャンブルのためにその誘いを断るほどだったという。 〈彼女から日曜日にデートに誘われても、僕にはそれよりもやりたいことがありました。せっかくの休みですから、ギャンブラーである僕としてはやはり競艇やパチンコに行きたいわけです。そういうわけで、実際に何度か断ったりもしていたんです〉  それだけのギャンブル狂いは当然、作品にも強く投影されてくる。蛭子さんが漫画家として「ガロ」(青林堂)1973年8月号でデビューした作品は『パチンコ』という17ページの読み切り作品なのだが、そのストーリーは、仕事をサボり、突然やって来た義理の姉夫婦の訪問も嘘をついて逃げ、パチンコに向かう男を描いたものだった。  少年時代から大人になるまで、まさにギャンブルとともに人生を歩んできたわけだが、そんな蛭子さんは、本のなかでこのようにギャンブルへの愛を語っている。 〈僕にとって人生で最も幸せを感じる時間は、競艇に行く前の晩、布団に入る瞬間です。明日競艇場に行ってレースを予想している自分の姿を想像するのが僕の至福の時なんです。もっとも、競艇に行くと決めたら、前日はおろか前々日から朝早く目が覚めてしまうほどです〉 〈僕は多摩川競艇や平和島競艇に行くと、自慢じゃないですが、いつものヘラヘラした顔つきなんてどこかにかき消えて、目が釣り上がっていますからね。普段テレビでは見せることのない“ギャンブラーの目”に変わり、身体からは近寄りがたい殺気めいたオーラがメラメラと燃え上がっているはずです〉  ただ、そんな蛭子さんにもひとつ守っていることがあるらしい。それは、ギャンブルのために借金はしないこと。 〈ギャンブルも借金してまでもするもんじゃありません。  これまで僕は競艇を中心としたギャンブルに1億円以上はつぎ込んできましたが、ギャンブルをやるために借金したことはありません〉 〈ギャンブルも人生もあまり欲張らないことが肝心なんですね。  ほどほどの成功が幸せにつながるものなのです〉  野球賭博に関して記者に質問され「(賭博を)合法にしてもいいんじゃないか」とまで言い放った人とは思えぬまっとうな発言だ。  賭け麻雀で捕まっても、しかもそのことに対し反省の色が見えなくても、決して業界から干されることはなく、それどころか『ローカル路線バス乗り継ぎの旅』(テレビ東京系)で再ブレイクまで成し遂げた裏には、「どんなに夢中になってもギャンブルで借金はしない」という、「ギリギリでまっとうな感覚が残っていた」ということが関係しているのかもしれない。 (新田 樹)

終わらないフジテレビの迷走…ショーンKの後任人事が新たな火ダネに?

【アガるニュースをお届け!デイリーニュースオンラインより】
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 週刊文春の報道により経歴詐称が判明し、すべての出演番組を降板した経営コンサルタントの「ショーンK」ことショーン・マクアードル川上氏(47)の騒動が各方面で尾を引いている。メインキャスターを担当する予定だった4月4日スタートの大型情報番組『ユアタイム~あなたの時間~』(フジテレビ系)では川上氏に代わって、ジャーナリストやDJとして活躍するモーリー・ロバートソン氏(53)が後任に抜擢された。
続きは【デイリーニュースオンライン】で読む
      
   
					

スパイス・ガールズのメラニー・ブラウン、オール・セインツのシャズネイ・ルイスと喧嘩!?

スパイス・ガールズのメラニー・ブラウン(40)が同じく英出身ガールズグループであるオール・セインツのシャズネイ・ルイスと殴り合いの喧嘩をしたことがあると明かした。現在『アメリカズ・ゴット・タレント』の審査員も務めているメラニーは、スパイス・ガールズとオール・セインツが90年代に激しく競い合っていた時代にシャズネイと喧嘩をしたことをポッドキャストの『アレッジドリー』に暴露しながら、その戦いでは自分が勝ったと主張した。「オール・セインツっていうガールズグループがあったの。黒人のシャズネイっていう子をトイレで殴り倒してやったことがあるんだけどね。向こうが私にひどい態度を取ってきたから、バスルームに行ってその態度を改めさせようとしたのよ。そうしたら向こうが私の首を絞めてきたから、喧嘩みたいになったんだけど、私が勝ったわ」 そんな過去を明かしながらも現在、オール・セインツのメンバーに対して嫌悪感はないようで、「おもしろいのは、彼女たちが先週ニューアルバムを出したんだけど、すごく良いってことなの!」と続けた。 一方でシャズネイの代理人はメラニーといざこざがあったという事実を否定しており、2人の間に「ちょっとした友人同士の会話」があったものの、なぜメラニーがそんな作り話をしているかが理解できないとしている。「シャズネイはその話が事実でないと言っています。メラニー・B はオール・セインツのコンサートに1度来たことがありますが、アフターパーティーまで招待されていたほどでした」「メラニーとシャズネイはちょっとした友人同士の会話をしましたがそれだけです。それ以外においては2人は知り合いとは言えない関係です。ですからなぜメラニーがこんな話を作りだしたのか私たちはとても困惑しています」

シネコンは映画をどうキュレーションする? 『リリーのすべて』と合わせて上映するなら……

【リアルサウンドより】  東京は立川にある独立系シネコン、【極上爆音上映】で知られる“シネマシティ”の企画担当がシネコンの仕事を紹介したり、映画館の未来を提案したりするこのコラム、第2回は「シネコンのキュレーション」について。  キュレーションという言葉は、映画業界周辺で使われることはあまりなく、主に博物館や美術館の特別展示を企画することなどを指します。単純にある作家展やどこかの所蔵品というだけでなく、モチーフでまとめたり、作家を組み合わせたりすることで作品に新たな意味や解釈や理解もたらすことが出来たなら、企画者としては最高の気分です。    シネコンの場合、意図せず偶然に“それっぽいこと”が起こることもあります。例えば少し前立川シネマシティでは『黄金のアデーレ 名画の帰還』と『ミケランジェロ・プロジェクト』を同時に上映していました。  『黄金のアデーレ』はナチスに没収された叔母をモデルにしたクリムトの絵を取り戻そうとするおばあちゃんの物語です。『ミケランジェロ・プロジェクト』はナチスがユダヤ人から没収した膨大な美術品を奪還する連合軍特殊部隊の話です。併せて観ると、特殊部隊がナチスから奪い返した絵画が政府の手には戻ったものの、すべてが個人の元にまでは返らず、今もなお戦争の傷跡は残り続けていることがわかります。  『ミケランジェロ~』は一度公開が延期になったという経緯があり、まさにこの2本が同時に上映されたのは偶然です。シネコンでは常時たいてい20本以上の映画が上映されていますから、時にこういうことが起こるのです。  僕の映画人生で強烈な思い出として残っているのは、旧恵比寿ガーデンシネマさんで偶然(?)隣の劇場同士で上映していた実写版『ハイジ』とテリー・ギリアム監督の傑作『ローズ・イン・タイドランド』の組み合わせ。これ両方とも親を失った幼い少女の、それでも強く生きる姿を描いた作品なのですが…似た題材でここまで違うものなのかと(笑)。  かたや大自然が舞台、文科省推薦的優等生少女の物語で、かたや麻薬中毒の父母がオーバードーズで死んで、首だけのバービー人形でひとり遊ぶ妄想少女の不道徳な物語。この対比の激烈さ。面白いのは、この2本を併せて観たときに浮かぶ疑問、「だが、より“子どもらしい”のはハイジかローズか?(あるいは、より幸福なのは?)」。  その答えは各自ご覧になり考えていただくとして、とにかくここで申し上げたいのは、映画に限らずですが、ただその作品だけ観るよりも、料理にあわせたワインが共に輝くように、複数観ることによって引き出される面白さというものがあるということです。  『レ・ミゼラブル』でマリウス、『博士と彼女のセオリー』でホーキング博士を演じたエディ・レッドメインが、世界で初めて男性から女性への性別適合手術を受けた実在の女性を演じる『リリーのすべて』が3月18日(金)に公開になりました。  例えば、この作品の魅力をひきだすのに、どんなキュレートがいいか。すぐに思いつくのは性別の違和を題材にした作品を集めることです。僕ならばやはり同じ英国男優キリアン・マーフィの女性姿が美しい『プルートで朝食を』、ピュアさやイノセントさがリリーと共通する、女の子になりたい少年のとまどいをファンタスティックに描いた『ぼくのバラ色の人生』を推したい。  あるいは『リリーのすべて』の最も新鮮な部分、6年間結婚生活を共に送ってきた妻が女性になっていく“夫”をかいがいしくサポートしていく、というドラマに注目してもいいでしょう。尽くして尽くすほど、愛する人が少しずつ“消えていってしまう”という矛盾。この関係性で思い当たるのはアルツハイマーになってしまった妻が、老人ホームで夫のことすらも忘れてしまい、夫は妻が別の男性と恋に落ちる姿を見守るしかないという『アウェイ・フロム・ハー 君を想う』です。このやりきれない切なさは『リリーのすべて』同様、「愛を成立させるものはなにか?」という深遠な問いを観客に投げかけてきます。「愛とは性なのか」「愛とは記憶なのか」それとも、別の何かなのか?  空想だけでなく、これまでにシネマシティで行ったキュレーションの一例を挙げましょう。  上映時期が重なっていた『オペラ座の怪人25周年記念公演inロンドン』と『Pina/ピナ・バウシュ 踊り続けるいのち』と『フラメンコ・フラメンコ』の3本を音響家による綿密な調整を行って上映した「舞台芸術映画祭」、音楽業界の頂点と底辺、『マイケル・ジャクソン THIS IS IT』の公開時に併せて上映した、マイケルとほぼ同い歳の、音楽をあきらめきれないヘヴィメタオヤジの傑作音楽ドキュメンタリー『アンヴィル!夢をあきらめきれない男たち』、最近ならアニメ『ガールズ&パンツァー』とDVD/ Blu-raydでのコラボレーションが話題になったブラッド・ピット主演の戦車映画『フューリー』を『ガールズ&パンツァー劇場版』の初日から上映し、リアル映画館でもコラボを実現しました。こういうのを企画するのは本当に楽しい。  この“シネコンのキュレーション”というテーマ、まだまだ全然書き足りないので、またいずれ別の機会に。You ain't heard nothin' yet!(お楽しみは、これからだ) (文=遠山武志) ■立川シネマシティ 映画館らしくない遊び心のある空間を目指し、最高のクリエイターが集結し完成させた映画館。音響・音質にこだわっており、「極上音響上映」「極上爆音上映」は多くの映画ファンの支持を得ている。 『シネマ・ワン』 住所:東京都立川市曙町2ー8ー5 JR立川駅より徒歩5分、多摩モノレール立川北駅より徒歩3分 『シネマ・ツー』 住所:東京都立川市曙町2ー42ー26 JR立川駅より徒歩6分、多摩モノレール立川北駅より徒歩2分 公式サイト:http://cinemacity.co.jp/ ■公開情報 『リリーのすべて』 3月18日(金)全国公開 監督:トム・フーパー 脚本:ルシンダ・コクソン 出演:エディ・レッドメイン、アリシア・ヴィキャンデル、ベン・ウィショー、アンバー・ハード、マティアス・スーナールツ 配給:東宝東和 原題:The Danish Girl /R15+ (C)2015 Universal Studios. All Rights Reserved. 公式サイト:lili-movie.jp

滝川クリステル、セクシードレス姿&“ベッド写真”公開でファン興奮! 「小澤征悦と完全破局? 復縁?」で本人怒り、ファンはヤキモキ

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「滝川クリステル オフィシャルブログ」より。
 10日、サッポロビール『ヱビスビール』の新CM発表会に、滝川クリステルとV6の井ノ原快彦が登場。胸元が露わになった白いセクシーなドレス姿の滝川に対して、ファンからは「うっすらと見える胸の谷間がエロい」「フランス人の血が入ってるだけあって、白い素肌が眩しすぎる」など興奮の声が上がった。 「この日のイベントでは、『この上ない幸せ』をテーマにした写真を披露する場面があったのですが、その際、滝川は自宅のベッドを撮った写真を公開。滝川のプライベートが垣間見える写真とあって、ファンからは『ベッドの上で、おもてなしして欲しい』『ついでにネグリジェ姿も見せて欲しかった』など、興奮の声が上がっていました。現在38歳の滝川ですが、衰え知らずの美貌に惹き付けられる男性はまだまだ多いようです。さらに、オリンピック誘致で堂々としたスピーチを披露したり、積極的に社会貢献活動に参加する滝川の姿に、憧れを抱く女性も多いようです」(芸能関係者)  滝川といえば、09年に俳優の小澤征悦との熱愛報道が流れ、ファンにショックを与えたが、昨年3月には破局が伝えられ、ファンは歓喜。しかし、その半年後には復縁報道が流れ、いまだにファンはヤキモキしているようだ。 「同棲報道も流れ、『結婚秒読み?』とまでいわれていただけに、昨年3月、2人の破局が報じられると、ファンは歓喜。しかし、それから約半年後、隠れ家バーで滝川と小澤が密会していたことを、女性週刊誌『女性セブン』(小学館)が報じると、ファンは再び失望させられてしまう事態に。その直後、『女性自身』(光文社)の直撃取材に対して、滝川は『ないですから、そんな事実は。まったくの誤認記事です。復縁なんて、ありませんよ』と怒り混じりに復縁を完全否定したのですが、『みんな仲間なので行くお店も一緒なんですから。彼とは今回も偶然、お店で一緒になったんです。仲の良い友達でいることは、自由なわけでしょ?』と、バーで会っていたことは事実であること、さらに友達としては付き合いが続いていることが発覚。ファンからは『友達として付き合ってるうちに、復縁する可能性があるってことだよね?』と不安の声が上がっているようです」(同) 『ヱビスビール』のイベントでも、記者から「今ヱビスビールを一緒に飲みたい人はいますか?」「新しい恋は生まれましたか?」など、恋愛に関する質問が飛び交ったが、滝川は笑顔でスルー。今は仕事が恋人なのだろうか、それともすでに新しい恋人がみつかったのだろか、はたまた、小澤との復縁……ファンのヤキモキはこれからも続きそうだ。

キムタクに「両親と絶縁」「実家が一家離散」の報道が! SMAPを裏切らせた妻・工藤静香がこの問題にも関係?

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キムタク「一家離散」報道の背景とは…
【本と雑誌のニュースサイトリテラより】  SMAP独立騒動の裏切りで、いまやすっかり“ジャニーズの母”メリー喜多川副社長のお気に入りとなったキムタクだが、ここにきて、本当の両親との関係悪化がクローズアップされている。  ジャニーズタブーのない、数少ないメディアのひとつである「週刊女性」(主婦と生活社)3月29日号が、20年間暮らした木村の実家が売りに出されていることを報じた上で、木村家が事実上の離散状態にあると書きたてたのだ。 「キムタクの両親はもう長いこと別居生活を送っています。母のまさ子さんは都内マンションに居を移し、そこから食育の講演で全国各地を回るなど精力的な活動を続けています。そして父の秀夫さんも別の戸建てに移り住み、盆栽などを扱う和風カフェをオープンさせています」(「週刊女性」に掲載された写真誌カメラマンのコメント)  さらに、長男のキムタクも両親とほとんど顔をあわせることがなくなり、絶縁に近い状態だという。  たしかに、キムタクと両親の関係が悪化しているという情報は以前から流れていた。昨年5月には、キムタクの父親である秀夫さんが「フライデー」(講談社)の取材に応じ、息子をこうこき下ろして話題になった。  「彼に落ちるところまで落ちて欲しい。そしてもう一回、ドン底から這い上がってきたら本物だよ」「42歳にもなって、いつまでもキムタクのままではいられないだろうから。俺は飽きた(笑)」  こうした“一家離散”“親子絶縁”の一つの原因は、母親がスピリチュアルにハマったためという見方が根強いが、一方で見逃せないのが工藤静香の存在だ。  実際、工藤静香と結婚するまでは、キムタクは実家の両親や兄弟と非常に円満な関係を保っていた。一時は父親を社長にして独立しようとしたこともあるし、ジャニーズと交渉して父親が社長の個人事務所から写真集を出版したこともある。  また、最近、両親がキムタクの名前を出すことに、キムタクが嫌がっているという報道があったが、以前のキムタクはそういう素振りは見せなかった。  両親は当時、イタリアンレストランを経営していたが、キムタクの愛犬の名前「ボニータ」を店名にし、キムタクに関連する雑貨を堂々と売っていた。キムタク自身もしょっちゅう実家に帰っていたという。 「キムタクは静香と結婚する以前、“かおりん”という女性と付き合っていましたが、彼女もこのイタリアンレストランを手伝ったりしていて、本当に仲のいい家族という印象でした」(女性週刊誌ジャニーズ担当記者)  ところが、静香と付き合い始めて以降、この関係が一気に変わった。交際してまもなく、キムタクは静香の実家にマスオさん状態で住み始め、自分の実家にはまったく帰らなくなった。 「きっかけは母親のまさ子さんが静香との結婚を強硬に反対したからだと聞いています。まさ子さんは前の彼女のかおりんのことをすごく気に入っていて、家族同然に考えていたので、ショックだったんじゃないかと言われています。まさ子さんがスピリチュアルに走ったのも静香と結婚してからのことですから、ある意味、静香が木村家の一家離散のきっかけをつくったとも言える」(前出・女性週刊誌J担当記者)  これについては嫁姑の関係なので、どちらが良い悪いの話ではないが、少なくとも、静香がキムタクを大きく変えたというのは事実だ。  実際、静香との結婚をきっかけに変わったのは、実家との関係だけではない。昨年のSMAP騒動で、キムタクがSMAP“育ての親”飯島三智マネージャーと中居正広らメンバー4人を裏切った背景に、静香の存在があったことは、本サイトをはじめいくつかのメディアで報じられた。裏でメリー喜多川副社長と急接近していた静香が、当初、メンバーと一緒に独立することを決めていたキムタクを説得して翻意させたというものだ。  しかし、実はこのベースには、静香と飯島マネージャーとの険悪な関係があったようだ。静香は結婚前から、とにかく飯島マネージャーのことを徹底的に嫌い、避けていたという。あるジャニーズ関係者がこんな証言をする。 「当初、飯島マネージャーが結婚を反対していたというのがきっかけだったようです。その後、飯島マネージャーは折れて、メリーさんを説得するなど、むしろ結婚に協力するようになったのですが、それでも、静香は受け入れなかった。たぶん、その背景には、飯島さんとSMAPメンバーとの濃厚すぎる関係があったんじゃないでしょうか。女性同士の嫉妬の感情があったと思います」  このジャニーズ関係者は、静香がいかに飯島マネージャーを嫌っていたかを物語る、あるエピソードを教えてくれた。それは、木村と静香の第一子が生まれた時のことだ。 「飯島さんは真っ先に病院へ駆けつけたんですが、静香から会うのを拒否されたんです。飯島さんは木村さんの子どもに会うのをすごく楽しみにしていたようで、ことあるごとに『子どもに会ってみたい』と言っていた。しかし工藤はなかなか会わせようとしなかった。2年くらい経ってからかな、飯島さんが『この前やっと拓哉の子どもを抱っこさせてもらえたの、すごく可愛い子なのよ~』とうれしそうに語っているのを聞いて、飯島さんのことがちょっと気の毒になったほどです」  こうした静香の飯島敵視の姿勢が、キムタクにも影響を与えていたのは明らかだろう。  というのも、キムタクはもともとSMAPメンバーの中でももっとも飯島マネージャーと信頼関係が深かったからだ。  かつて、キムタクは飯島マネージャーのことを「ミッチー」と呼ぶほど仲がよく、飯島の手腕に絶大な信頼を寄せていた。さらに、「ひと言いえば、すぐにそれを実行してくれる。自分の考えていることを理解してくれる凄い人」とも公言し、96年、ラジオ番組で森且行のSMAP脱退時のエピソードを語ったときは、飯島氏をこう絶賛したこともある。 「この人やっぱすげぇなぁって思ったのは、森がバイクの世界に行くってなったときに良き理解者だったこと。アドバイスしてあげたりしてて、この関係性って羨ましいなって、僕から見ても思いましたね」  実際、飯島マネージャーのほうもキムタクをいちばん大事にしていた。ドラマの仕事では、ほかのメンバー以上に設定や脚本はもちろん、相手役、脇役選びにも徹底的にこだわり、主役級や一流どころを集めていた。キムタク主演のドラマでは主題歌もタイアップでSMAPの曲を使ったことは一度もなく、久保田利伸、B'z、宇多田ヒカル、山下達郎、エルビス・コステロなど、ほかのメンバーのドラマとはちがうプレミア感を出そうとした。映画主演作も、ほかのメンバーがとちがって、ウォン・カーウァイ監督の映画でデビューさせ、2作目も山田洋次と、超一流の監督と組ませた。  ところが、そんなに大事にされ、信頼関係を築いていたキムタクが静香と結婚して以降、徐々に飯島氏と距離を取り始め、飯島マネージャーが独立の動きを見せた今回、「揉めているのは、飯島さんと事務所、巻き込まないでほしい」「飯島さんだけ辞めればいい」と言い放ったのである。  実は飯島マネージャーが独立をあきらめたのは、引受先に「キムタクが来ないなら受け入れられない」と拒否されたからでなく、キムタクに裏切られて、心が折れてしまったからだという見方もある。 「キムタクがついてこなくても、稼ぎ頭は中居ですし、勝算は十分あった。それなのに、飯島さんが独立をあきらめて芸能界から身を引くと言い出したのは、やっぱり木村さんに裏切られたからなんです。飯島さんは木村さんがなんだかんだいっても一緒にきてくれると最後まで信じていた。それがああいう言い方で拒否されたことで、精神的ショックが大きく、まいってしまった」(前出・ジャニーズ関係者)  それにしても、両親、さらには、長年、尽くしてくれた最大の恩人まで裏切らせるのだから、工藤静香の影響力は恐るべしではないか。実際、ベテラン芸能記者は二人の関係性をこう解説する。 「キムタクは本当に静香の言うことはなんでも聞くようです。もともと、二人ともヤンキー体質で、出会いのサーフィンも静香が先輩だった。姉御的な関係から始まっているんです。その後も家庭や子育てをそつなくこなし、芸能界の先輩として的確なアドバイスもくれる。キムタクはそんな静香にどんどん依存していったようです。外で強気に見せている人は、そのぶん、家庭で甘えられる母親のような妻が必要というのはよく聞きますが、キムタクはその典型ということでしょう」(芸能レポーター)  しかも、静香のすごいところは、たんに個人的感情でキムタクに恩人との関係を切らせただけでなく、一方で、最大の権力者に取り入り、その受け皿をきっちり作ってみせたことだ。 「同じく結婚を反対していたメリーさんには、逆に、付け届けや食事の誘いなどのアプローチをして、取り込んでしまったわけですからね。メリーさんはキムタクに残留を決意させた工藤のことを『静香は本当にできた嫁。いい嫁をもらった木村は本当に幸せだ』と大絶賛していたと言います。そして、キムタクは、いまやジャニーズでは幹部扱いの存在になった。その人心掌握術や戦略は凄腕としかいいようがありません」(スポーツ紙記者)  このぶんだと、気がついたら工藤静香がジャニーズ事務所の取締役に入っていて、メリーさん亡き後のジャニーズを仕切っていた、なんてことも十分ありうるような気がしてくるのだが、それは考えすぎだろうか。 (時田章広)

ジャニーズもついに認めた?嵐・松本潤&井上真央の周辺に気になる動き

【アガるニュースをお届け!デイリーニュースオンラインより】
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 順調交際が伝えられて以降、何度も「結婚秒読み」と報じられている嵐・松本潤(32)と女優・井上真央(29)。今年は年明けからSMAPの解散騒動が勃発、ジャニーズ事務所は“おめでたムード”とはほど遠い状況となっていたが、そんなふたりがいよいよ「結婚に向けて本格的な調整に入った」という証言が出ている。松本潤と井上真央のふたりに何があったのかーー。
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