チャーリー・シーンの元婚約者、接近禁止令を獲得

チャーリー・シーンの元婚約者がチャーリーに対する一時的な接近禁止令を獲得した。ブレット・ロッシは先日、チャーリーが自身に対して暴行を加えるのに2万ドル(約220万円)を払っても惜しくないと口にしていたことが公になったことで、緊急の接近禁止令を申請していた。ある関係者はニューヨーク・デイリー・ニュース紙に「正直言って、ブレットは恐怖に震えていますよ。チャーリーは2万ドル払って彼女を殺させようとしていると言っていたわけですからね。多くの人が『いつものチャーリーのことだ』って言うかもしれませんが、 冗談とは思えません」と語っている。 一方でチャーリーの弁護を務めるマーティー・シンガー氏は「この一時的接近禁止令はチャーリー・シーンおよびその弁護人に連絡なく発令されました。タブロイド誌の情報に基づいて裁判所からの命令が発行されたのは今回が初めてなのではないかと思われます」と話している。 昨年にHIVに感染していることを公表したチャーリーは、ブレットから暴行およびHIV感染の危険にさらされたとして訴えられた後に、ブレットに暴行を加えることを意図する発言を録音されたテープが先日公表されていた。ナショナル・エンクワイアラー誌が入手した35分間に渡るそのテープの中では、チャーリーと思われる人物がブレットではない別の元恋人の女性に自分のプランを話している声が録音されている。そこでは「あいつは闇に葬られるべきだ。クソ野郎め。俺は金をゆすられるなんてごめんさ。これは反逆だよ。反逆の意味、分かるか?これは死をもって罰せられるべきだな。俺はあいつを殺害するために2万ドル支払うのも惜しくないね」と言っているのが聞き取れる。 ブレットはチャーリーと避妊せずに5回セックスを行い、HIV治療薬を見つけるまで、チャーリーからHIV感染者である事実を伝えられていなかったとして昨年、500万ドル(約5億6000万円)を求める訴訟を起こしていた。

板野友美主演『のぞきめ』の“恐怖システム”はどう機能する? Jホラーの系譜から考察

【リアルサウンドより】  昨年の『劇場霊』から、今年の1月に公開された『残穢 住んではいけない部屋』と、このところJホラーが息を吹き返してきているのが何とも喜ばしい。少々ヨーロッパ風ホラーの印象を受けた『劇場霊』の素晴らしさはさておき、『残穢 住んではいけない部屋』といい、今回の『のぞきめ』といい、日本古来の怪談話をベースにした、そこはかとない不気味さを映画に還元できるのは、Jホラー映画にのみ許された特権である。  この『のぞきめ』は、「何だかわからないが妙に視線を感じる」という、不条理な恐怖を前面に打ち出していた宣伝から打って変わって、いざ蓋を開けてみると、定番の怪談話である「六部殺し」を主軸にしているというのが興味深い。「六部殺し」という怪談話は夏目漱石の『夢十夜』の中でも描かれるほどにポピュラーなもので、霊場を巡る旅人が、訪れた村の百姓の家に一晩泊まらせてもらうのだが、金品を奪うなどの目論見を持った百姓に殺されてしまう。その金品で繁栄を遂げた百姓の子孫に、殺された旅人の魂が生まれ変わって、百姓の罪を暴き出すというもの。  その六部殺しで繁栄した村に、殺された六部の少女の霊が眠っていて、それを鎮めるための生贄となる少女を村のお堂の地下に閉じ込めていたのだが、外界からやってきた男によってその調和が乱される。その顛末として、村自体がダムの底に沈む廃村になってしまい、六部の少女の霊は浮遊し、外界とその村を繋いでいた峠に訪れた者に取り憑くようになるのである。ともなれば、その生贄という存在がまったく映画に機能していないようにも思えるのだが、そこに目を瞑ることも苦ではないほど、「六部殺し」と「ダムの底に沈んだ村」というプロットが魅力的に描かれるのである。  「ダムの底に沈んだ村」というと、白石晃士の『ノロイ』が真っ先に思い浮かぶ。他にも、“のぞきめ”の呪いによって死を迎えた者たちの死体が捻れているというのを聞くと、Higuchinskyの『うずまき』を思い出してしまうし、終盤で母親を求める少女の霊の悲痛な叫びには、中田秀夫の『仄暗い水の底から』を連想させる。それだけでなく、これまでのJホラー映画を追いかけてきた観客にとっては、妙に記憶中枢を刺激される数多くのオマージュを感じることができるだろう。  とくに、その最たるものは『呪怨』であろう。思い起こしてみると、劇場版1作目の『呪怨』の中に、友人たちと呪いの家に肝試しにいく女子高生たちを描くシークエンスがあった。一人だけが助かり、残りの三人は行方不明となるのだが、助かった一人は、その三人の霊が窓の外から覗くことに怯え、部屋の窓ガラスを新聞紙とガムテープで塞いでいるのである。つまり、本作と同じ「覗かれる恐怖」に対する典型的な対処法がすでに描かれているのだ。  それを踏まえると、『のぞきめ』はJホラーの系譜の中でも『呪怨』に近しいテイストであると思える。村人が誰も近付かない峠に行った者だけが〝のぞきめ〟と遭遇し、その恐怖に襲われるという本作の恐怖システムは、呪いの家に足を踏み込んだ人間とその関係者だけが、恐怖を体験するという『呪怨』のシステムと同じである。『リング』や『劇場霊』のように恐怖の原因が移動可能な状態になく、はたまた『富江』のような一人の人間の周りでもなければ、『弟切草』のように限定された空間というわけでもない。あくまでも原因自体は不動産であり、そこに自ら踏み込んだ者が死に至るまでひたすら恐怖のスパイラルに巻き込まれ続けるという、自己責任色が強い点で共通しているのだ。  強いて言うならば、その呪いの連鎖が、誰かれ構わずパンデミックしないあたりは少々こじんまりとした印象を受ける。劇中で、最初に描かれるカップルと、その解明のために峠に向かう主人公カップルの4人以外が、この“のぞきめ”の恐怖を体験する姿が描かれていないのである。これが『呪怨』や『リング』のような強力な感染力を持っていれば、事件を取材したテレビ局の関係者まで広まっていきそうなものであるが、もう一人、過去に“のぞきめ”と遭遇したという吉田鋼太郎演じる男が語るように、あくまでもこの「見られてる」という感覚は錯覚であると言い切ってしまうのである。主人公が、被害者の恋人と会うシーンを見ると、完全に潜在意識に刷り込まれたような、極めて個人的な錯覚としての恐怖が描かれているのがわかる。  そんなホラーの要である心霊体験という現象に対する妙に消極的なスタンスは、本作があの『トリハダ』シリーズを手掛けた三木康一郎が監督しているということを知ると、納得ができるだろう。恐怖を体験している者にフォーカスを当てるのでなく、その原因となる事象に関するミステリーに重きを置いているあたりは、ホラー映画に必要不可欠なロジカルさへの追求を感じることができる。あくまでも死者が一方的に悪いのではなく、調和を踏みにじった生者に全ての原因があるというわけだ。それでも、『トリハダ』から一転して、幽霊の存在を可視化させたり、クライマックスで主人公がダムの底に沈んでいるはずの村を訪れるというファンタジックなシーンを織り交ぜるという方法論は、純粋にホラー映画として期待する観客を楽しませるということを忘れていないのだろう。 ■久保田和馬 映画ライター。1989年生まれ。現在、監督業準備中。好きな映画監督は、アラン・レネ、アンドレ・カイヤット、ジャン=ガブリエル・アルビコッコ、ルイス・ブニュエル、ロベール・ブレッソンなど。Twitter

映画『のぞきめ』予告編

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『のぞきめ』ポスタービジュアル (c)2016「のぞきめ」製作委員会

■公開情報 『のぞきめ』 4月2日(土)全国ロードショー 出演:板野友美、白石隼也、入来茉里、東ちづる、玉城裕規、小澤亮太、石井心愛、池田鉄洋、つぶやきシロー、石井正則、吉田鋼太郎 監督:三木康一郎 原作:三津田信三「のぞきめ」(角川ホラー文庫) 脚本:鈴木謙一 音楽:小山絵里奈 主題歌:板野友美「HIDE & SEEK」(キングレコード) 製作:映画「のぞきめ」製作委員会 制作プロダクション:ホリプロ 配給:KADOKAWA、プレシディオ (c)2016「のぞきめ」製作委員会 公式サイト:www.nosokime.jp

はいだしょうこ、“顔色わる子”姿披露で「奇跡のアラフォー!」と称賛の声 「薬まみれ」発言で、うたのおねえさん志願者激減?

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はいだしょうこオフィシャルブログ「しょうこのメーメーblog」より。
 先月30日、タレントのはいだしょうこが自身のブログで、「ボサ子 顔色わる子の登場です」と、寝癖がついた、ほぼすっぴんでメガネをかけた姿を披露。これによってファンは「素肌、美しすぎる!」「奇跡のアラフォー!」など、はいだの美貌を再認識したようだ。 「ロケ先への移動のため、早朝4時に起きての慌ただしいスケジュールの合間に撮られた写真のようですが、現在37歳とは思えない素肌の美しさに、ファンは興奮。さらに同日のブログには、元AKB48・板野友美の実の妹であり、現在20歳の女優・板野成美とのツーショット写真もアップされていたのですが、ネット上では『17歳差とは思えない』『はいだ一択!』などと驚嘆する人が続出。はいだといえば、02年に宝塚歌劇団を退団した後、03年から5年間、NHKの未就園児向け番組『おかあさんといっしょ』の第19代目うたのおねえさんとして活躍。その後は、特徴的な声と天然ボケを武器にバラエティ番組でも活躍。その一方で、06年に『おかあさんといっしょ』の番組内で、当時番組のマスコットキャラクターだった『スプー』の絵を描いたところ、あまりに衝撃的な絵にスタジオ内やお茶の間がざわつく事態になったのですが、“スプーの絵描き歌騒動”と呼ばれるこの事件をきっかけに、画伯としても注目されるようになり、昨年12月にはLINEスタンプを発売。ネット上では『田辺誠一を脅かす存在』として注目を集めているようです」(芸能関係者)  抜群の歌唱力と明るいキャラクターで子供たちや、その母親たちから人気を集め、歴代4位となる5年間もの長きにわたってうたのおねえさんを務めたはいだだが、その裏には想像を絶する努力があったようだ。 「倍率600倍という狭き門をくぐり抜け、うたのおねえさんに抜擢されたはいだですが、13年に放送されたバラエティ番組『ジョブチューン~アノ職業のヒミツぶっちゃけます!』(TBS系)に出演した際には、最初の3カ月で1000曲もの歌を覚えることになり『1日10曲から12曲レッスンがあって』と、休みがないほどにハードなスケジュールであったことを告白。これに対してMCを務めたネプチューンの名倉潤が『休みなしでそんなに働いて、身体壊したらどうするんですか?』と質問すると、『だからもう、薬まみれでした』と告白し、名倉が『風邪薬とかシップとかね』と、慌ててフォロー。スタジオ内は笑いに包まれていましたが、はいだが『吐いて死にそうな時にも「あ、こんにちわ」ってやらないといけない』と、うたのおねえさんの明るいイメージを保つために苦労していたことを明かすと、ネット上では『うたのおねえさんの志願者減るのでは?』『これから、うたのおねえさんを見るたびに同情してしまう』などとささやかれてしまう事態に。さらに、同番組では、“恋愛はバレたら駄目”“昔は海外旅行は禁止だった”“(ダンスに邪魔なので)巨乳はNG”などといった、うたのおねえさんのNG事項も紹介されたのですが、『こんなに束縛されて、よく笑顔で歌ってられるな』『巨乳NGは差別だ!』など、厳しいルールに首を傾げる視聴者も少なくなかったようです」(同)  14年に放送された『ナイトシャッフル』(FBS福岡放送)に出演した際、はいだは、『おかあさんといっしょ』放送中に「ずっと私の胸を揉んでいる子供がいたんです」と告白。さらに、撮り直しせず、そのままオンエアされたということで、ネット上では「どの回? 誰かアップして!」「子供が羨ましい」など、騒然となった。

「小6のときレイプされて。そのとき車のなかでそのおっさんが……って歌っていた」大森靖子が激白した衝撃の半生

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『かけがえのないマグマ〜大森靖子激白』(毎日新聞出版)
【本と雑誌のニュースサイトリテラより】  昨年10月に第一子を出産したばかりのシンガーソングライター大森靖子。2月18日には赤坂BLITZでワンマンライブを行い、さらに3月23日には新しいアルバム『TOKYO BLACK HOLE』をリリースするなど、出産直後から精力的な活動が注目を集めるが、そんな彼女の壮絶な半生を詩人・作家の最果タヒが本人から聞き取り、文章化した本『かけがえのないマグマ〜大森靖子激白』(毎日新聞出版)が話題だ。  吉田豪氏は「週刊新潮」(新潮社)2016年3月3日号に掲載されたこの本の書評で〈これは現代の少女版『成りあがり』と言っていい本なんだと思う。矢沢永吉に憧れて人生が変わった男が続出したように、これを読んで人生が変わる女の子が増えていくのが楽しみであり、ちょっぴり怖い〉と綴っているが、まさしく、愛媛から上京しミュージシャンとして巣立っていくまでのライフストーリーを描くスタイルは『成りあがり』を彷彿とさせる。  しかし、『かけがえのないマグマ〜大森靖子激白』には、『成りあがり』以上に衝撃的な「激白」も記されている。たとえば、こんなエピソードだ。 〈あ、そういえば私、小6のときレイプされて。私のお父さんは税務署に勤めている公務員で、しかも小学生の時がちょうど中間管理職のキツい時期だったみたい。ストレスのせいか、家でずっと暴れていて、「出ていけ」ってめちゃくちゃ言われるから、はい、出ていきますって小6にもなるとよく家出をした。電車にも一人で乗れるし、夜だってそんなに怖くないとか思っちゃって。それで深夜に一人で歩いていたら車の中に連れ込まれてやられちゃった。男二人。深夜3時。最初、自動販売機見てて、「そういうのが好きなの?」って聞かれて、そこに占いみたいなのが書かれてたから、「好き」って答えたらそれがコンドームの自動販売機だった。ほとんどなにも覚えていない。そのとき車の中でかかっていたのがモーニング娘。の「サマーナイトタウン」で、歌詞の「大キライ 大キライ 大キライ 大スキ」のところを、そのおっさんが全部、「大キライ」って歌っていた〉  大森靖子は、モーニング娘。道重さゆみの大ファンであることを公言し、「ミッドナイト清純異性交友」という道重さゆみに捧げた楽曲までつくっているほどだが、そんな彼女とモーニング娘。との間にはこんな記憶があったとは衝撃だ。その体験について、大森靖子はこのようにも綴っている。 〈ショックだったとか、トラウマになったとか、そういう感じではなくて、だってなにされたかよくわかんなかったし、わかってなかったからそういうことされたわけだし、ジュースおごってくれたしラッキーぐらいに思っていた。でも中学生になったらやっぱりみんな彼氏とかできたり憧れたりするから、セックスの話とかするんだよね。  1年1組、教室、2時間目のあとの休み時間。友達の会話。そこで「うわー、もうやってるやつじゃん、それ」って気づいた私。大好きな人と、手つないだり、キスしたりしたあとに、やることなんだって知った。まだ「恋愛」に憧れるような女の子、セックスとか恥ずかしくて口にもできない女の子、少女漫画とかの知識しかない女の子。そんな女の子じゃないんだなって、私は違うんだなってわかったんだ。あ、もうダメだ、人生終わった、私はこの子たちとはまったく違う生き物なんだ〉 「私はこの子たちとはまったく違う生き物なんだ」という思いは、彼女をエキセントリックな行動に駆り立て、どんどんまわりから孤立させていく。  彼女の入学した私立中学は、学校指定のカバンが生徒たちから評判が悪く、他の子はオシャレな学校指定バッグの代名詞ともいえる法政二高のバックをネットで買うなどして使っていたが、大森靖子がとった行動はそれらとはまったく違うものだった。 〈私は100均で首輪みたいな鎖買ってきて、マニキュア使って「死」とか書いていたのに、先生は学校の名前に傷がつくからって持ってくるなって言った。持ち歩くことすら、許されなかった。  一人だけ指定カバンを持っていかなくてよくなっちゃったし、頭もすでに金髪で、先生はなにも言わないけど、そのぶん先輩だけには嫌われて、生意気って何度も自転車のタイヤをパンクさせられた〉  この後、彼女は学校の購買部の職員とできていると噂されたり、シンナーをやっているとデマを流されたりして、保健室登校を余儀なくされる。愛媛の狭い街のなかで周囲から疎まれ友だちはいない。そんな彼女の支えになったのは、銀杏BOYZの音楽であった。  高校卒業後は窮屈な田舎を抜け出すべく上京。武蔵野美術大学に進学を果たす。でも、東京に来てもその孤立は変わらなかった。 〈やることもなくて、暇そのものすらやりつくして、しかたがないから1ヶ月寝ないとか、そういうことを実験してみて。人間は1ヶ月寝なくてもやってはいけるとかどうでもいいことを知る。途中から幻想とか見るけどやってはいける。でもコンビニに入ったら急に戦国時代の幻覚が見えて、それで実験はやめてしまった〉  しかし、その孤立は、高円寺のカルトなライブハウス「無力無善寺」にレギュラー出演するようになってから変わっていく。加地等や豊田道倫といったミュージシャンの先輩に生き方を学び、そして、初めて周囲に自分を理解してくれる仲間を見つかった。  その後、本格的にミュージシャンとしての道を歩み始めた彼女は、オファーを受けたイベントは断らず、どんな場所でも歌いに行く生活に突入。ある程度売れると普通はライブの数を絞るものだが、彼女が選んだ道は仕事を選ばず、毎日のようにどこかのステージに上がり続けることだった。  しかし、その過程で今度はSNSを介した顔の見えない人々の悪口が彼女を追いつめる。「ブス」「メンヘラ」、そういった言葉が次々と書き込まれ、〈有名になることは、ただただ自傷行為でしかないんだろうか〉とすら思いいたるようになってしまう。  表現する者が抱える普遍的な悩みだが、SNSが普及した2010年代以降はことさらにそれが顕著だ。ただ、彼女はそれに押しつぶされることはなかった。〈ネットでは、自分のことをなんて言われているか気になってエゴサーチばかりして、悪口は見つけて読んでおきたかった〉とすら語る大森靖子は、むしろ、それら悪口を活動の糧にしていく。そのとき力になったのは、「私はこの子たちとはまったく違う生き物なんだ」と感じたあの日から耐え続けた孤独の日々だった。 〈人がみんな、他人の評価なんかに怯えずに、ただ感情をスピーディーに、かつ美しく表現して、それを享受した喜びでまた新しい価値観や世界がうまれていく、そんな社会に少しでも近づけばと思っている。そのためにも私は今のままで、決して空気や他人の悪意に押しつぶされず、しっかり生きて、しっかり歌って、しっかり魅せていかなくちゃいけない。それが、私のここから数年の仕事なんだろう。叩かれても疎まれても捨てなかった自由と孤独を武器に、才能が死なない世の中にする努力をしたい〉  SNSや世間の空気によって潰れていく才能がある一方、そんな状況を打破しようと宣言する大森。他人の評価に怯えず、空気に押しつぶされず、叩かれても疎まれても自由と孤独を武器に。彼女はこれからどんな作品を生み出すのか。そのエキセントリックなたたずまいから、メンヘラと称されることもある大森だが、実は孤独を怖れないそのタフな活動に注目したい。 (新田 樹)

浜崎あゆみや川栄李奈も被害者?avexの宣伝手法に悪評噴出のワケ

【アガるニュースをお届け!デイリーニュースオンラインより】
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 昨年にAKB48を卒業し、現在は女優として活動中の川栄李奈(21)。4月14日に放送開始するドラマ『早子先生、結婚するって本当ですか?』(フジテレビ系)では主演・松下奈緒(31)の妹役を務める川栄李奈だが、スポーツ紙のインタビューでは熱愛を報じられた俳優・浅香航大(23)の名前が飛び出す“暴挙”に出ている。ファン不在とも見られかねない事態はなぜ、起こっているのか。
続きは【デイリーニュースオンライン】で読む
      
   
					

チャーリー・シーン、元婚約者を殺害すると発言?

チャーリー・シーンが元婚約者を殺害するために2万ドル(約224万)支払っても惜しくないと発言していたようだ。昨年HIV感染者であることを公にしたチャーリーに対し、2014年に破局した元恋人ブレット・ロッシが暴行、HIV感染の危険にさらされたとして裁判を起こした後、チャーリーはブレットに暴行を加えようとしていたようだ。 ナショナル・エンクワイアラー誌が入手し、レーダーオンラインに渡された35分間の録音テープには、チャーリーと思われる人物がブレットではない別の元恋人の女性に自分のプランを語っている声が録音されている。そこでは「あいつは闇に葬られるべきだ。クソ野郎め。俺は金をゆすられるなんてごめんさ。これは反逆だよ。反逆の意味、分かるか?これは死をもって罰せられるべきだな。俺はあいつを殺害するために2万ドル支払うのも惜しくないね。そうすればみんな気がつくはずさ」と話しているのだ。 ブレットはチャーリーと避妊せずに5回セックスを行い、HIV治療薬を見つけるまで、チャーリーからHIV感染者である事実を伝えられていなかったとして昨年、500万ドル(約5億6000万円)を求める訴訟を起こしていた。 2人は2013年から2014年の間交際し、一時的に婚約もしていたのだが、ブレットはチャーリーから妊娠中絶を強いられたり、身体的な暴行も受けていたとも話している。 チャーリーはこのブレッドの主張をすべて否定しており、100万ドル(約1億1200万円)での示談も断ったと言われている。 昨年11月、米TV番組『トゥデイ』の生放送でチャーリーは自身がHIV感染者であることを告白していた。

チャーリー・シーン、元婚約者を殺害すると発言?

チャーリー・シーンが元婚約者を殺害するために2万ドル(約224万)支払っても惜しくないと発言していたようだ。昨年HIV感染者であることを公にしたチャーリーに対し、2014年に破局した元恋人ブレット・ロッシが暴行、HIV感染の危険にさらされたとして裁判を起こした後、チャーリーはブレットに暴行を加えようとしていたようだ。 ナショナル・エンクワイアラー誌が入手し、レーダーオンラインに渡された35分間の録音テープには、チャーリーと思われる人物がブレットではない別の元恋人の女性に自分のプランを語っている声が録音されている。そこでは「あいつは闇に葬られるべきだ。クソ野郎め。俺は金をゆすられるなんてごめんさ。これは反逆だよ。反逆の意味、分かるか?これは死をもって罰せられるべきだな。俺はあいつを殺害するために2万ドル支払うのも惜しくないね。そうすればみんな気がつくはずさ」と話しているのだ。 ブレットはチャーリーと避妊せずに5回セックスを行い、HIV治療薬を見つけるまで、チャーリーからHIV感染者である事実を伝えられていなかったとして昨年、500万ドル(約5億6000万円)を求める訴訟を起こしていた。 2人は2013年から2014年の間交際し、一時的に婚約もしていたのだが、ブレットはチャーリーから妊娠中絶を強いられたり、身体的な暴行も受けていたとも話している。 チャーリーはこのブレッドの主張をすべて否定しており、100万ドル(約1億1200万円)での示談も断ったと言われている。 昨年11月、米TV番組『トゥデイ』の生放送でチャーリーは自身がHIV感染者であることを告白していた。

『ドロメ』内藤監督が語る、Jホラーとアメリカンホラーの融合「主人公の成長物語でもある」

【リアルサウンドより】  森川葵と小関裕太がW主演を務め、内藤瑛亮監督がメガホンを取ったダブルアングルホラー映画『ドロメ』が現在公開中だ。本作は、とある高校の演劇部部員たちが、部活の合宿中、謎のモンスター“ドロメ”に襲われていく姿を描いた青春ホラーで、同じ時間軸で進行する男子と女子の物語を、2つの視点、2本の作品として制作された“シンクロ・ムービー”。『先生を流産させる会』『ライチ光クラブ』など、これまで少年少女の内面にスポットを当てた作品を数多く手掛けてきた内藤瑛亮監督に、『ドロメ』の斬新な手法や作風がどのように生み出されたのか、話を聞いた。

「限られた制約の中から生まれたアイデアでした」

ーー『ドロメ』をダブルアングルホラーで撮ろうと考えたきっかけを教えてください。 内藤瑛亮(以下、内藤):プロデューサーからの二本立てのホラーを作りたいって依頼からはじまりました。ただ、予算的には1本を撮るのも大変って感じだったので、別々の物語を撮るのは厳しくて、そこでワンシチュエーションで起こるひとつの物語を、ふたつの視点で撮るなら大丈夫だろう、と。限られた制約の中から生まれたアイデアでした。 ーー視点を分けたことで、それぞれの作品を見た時の発見が楽しめました。 内藤:一本観ただけでは解明できない謎を入れたいと考えていました。こういった企画でなければ出来ない仕掛けなので。霊現象だと思っていたものが実は人為的なものだったり、妙な行動をする背景には幽霊がいた、みたいな。視点を少し変えると物語の印象もガラッと変わりますし、幽霊描写としても新鮮なものを作れたと思います。 ーーほかに、プロデュース面での要望はありましたか? 内藤:若いキャストを使いたい、制服風の衣装で撮りたいなどのオーダーもありました。でも、学園ホラーで制服はありきたりだし、『ライチ光クラブ』も学生服だったので、そこは避けたいと思って、高校の演劇部の設定を思いつきました。個人的にジャージ姿が好きなんです。それに「制服風の衣装」というオーダーもコスプレ感というニュアンスだったので、演技部だったらメイド服やロリータファッションを着させることもできるし、それが最終局面で戦う時の戦闘服みたいにも見えるかなって(笑)。 ーー商業映画としての制約を、うまく活用している印象ですね。 内藤:僕としてはその制約との戦いが面白いというか。決まった枠があるからこそ、その中で自分なりの色やアイデアを出していく楽しさがあるし、ギリギリのラインを狙っていくことで、もともと想定していなかった面白いものが生まれてくることもあります。一方で、もっと自由に作りたいって思いもあります。濱口竜介監督の『ハッピーアワー』、橋口亮輔の『恋人たち』、小林勇貴監督の『孤高の遠吠』、塚本晋也監督の『野火』など、昨年公開された面白い日本映画の殆どが自主映画あるいはインディペンデントな体制で制作されていました。監督がどうしても語りたい話を語っている印象があって、そんな監督の覚悟や切実さが、映画の緊張感に反映されていて、凄く刺激も受けました。どの作品も劇場で観たんですけど、客席からお客さんの熱気を感じて、みんなこういう作品に飢えてるのかな、と感じました。制約の多い商業映画を観客も窮屈に感じ、監督の個人的な欲望がはっきり現れている作品が観てみたい、という気持ちが潜在的にあるのかもしれませんね。

「『ドロメ』は転換点で、新しいことに挑戦したという自負もある」

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ーー今回の『ドロメ』も、監督の色はすごく表れていたと感じました。 内藤:制約はありましたが、内容については割と自由にやらせていただきました。『先生を流産させる会』『パズル』『ライチ☆光クラブ』を観てきた人からすると、今回は「妙に明るい」と驚かれることがあります。ゆうばり国際ファンタスティック映画祭で上映した時も、田代尚也監督や鈴木太一監督から「内藤さんの映画でこんなに笑いが起こるなんて」と言われました(笑)。 ーーなぜ明るい作品を作ろうと? 内藤:十代の鬱屈した感情が過剰な暴力に結びつく物語を撮り続けてきたし、今後もやっていくテーマですが、今回に関してはいままでと違うものを撮ろうと意識的に取り組みました。同じことの繰り返しをしていては、表現として劣化していくって、自分自身への危機感も感じていました。自分の中で『ドロメ』は転換点だと思っていて、新しいことに挑戦したという自負もあります。ずっと少年少女たちの視点にこだわって撮り続けてきて、いままではそれぞれの欲望が破滅していく方向にしか描いていなかったのですが、今回初めて少年少女たちの姿を肯定的に描けたと思うので、それは嬉しいです。 ーーホラーというよりもコメディに近い印象でした。 内藤:ジャパニーズホラー(以下、Jホラー)の要素を取り入れつつ、僕が幼い頃から慣れ親しんだ80年代のアメリカンホラー的な物語を描こうと考えていたら、こうなりました。主人公から成長を奪い、幽霊を人間には絶対倒せない存在として描くことで怖さを生み出しているJホラーに対して、アメリカンホラーは主人公が成長して最後は幽霊やモンスターを倒しちゃうんですよね。『ドロメ』は入り口がJホラーなんだけど、実はアメリカンホラーで、主人公は成長し、最後は敵を倒して明るく笑い飛ばします。意図としては『ショーン・オブ・ザ・デッド』が近いかもしれません。コメディだけど根っこにあるのは悪ふざけだけではなく、オリジナルの精神も引き継ぎつつ、主人公の成長物語にもなっているみたいな。『ドロメ』も幽霊やクリーチャーの存在に怖がるのではなく、それらに怖がって盛り上がる少年少女たちのわーきゃーしている姿を観て面白がってほしい。幽霊もドロメも校舎に迷い込んできた犬と同じで、絶望的な危機ではなく楽しいトラブルで、あくまで彼らの学生生活に彩りを与えた存在でしかないんですよ。
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ーー男子女子全員でドロメをボコボコにするシーンは衝撃的で、ここには監督が描き続けてきた少年少女の狂気も感じられました。 内藤:ある意味、いままでの中で一番暴力的な描写かもしれないですね(笑)。このシーンは映画学校時代から温め続けているアイデアで、「→Pia-no-jaC←」が演奏するベートーベンの第9を聴いた時に、モンスターをフルボッコにするイメージが浮かんだのがきっかけでした。最後は学園祭のフィナーレみたいにスカッとする終わりにしようとした結果、スカッとを通り越えて可哀想な感じになってしまいました。最初の想定とは違いますが、可哀相過ぎて笑っちゃうっていう面白さがあって、これはこれでアリだな、と。 ーー今回は珍しく血の描写が一切ない、というよりも泥が血の役割を果たしてました。なぜ泥を使ったのですか? 内藤:貞子や伽椰子って役者を白塗りにすることでモンスターとして成立するので、予算規模が小さい日本映画にとって、経済効率が高いアイデアなんです。そこで、泥塗れならどうだろうと考えたんです。ゾンビ的な描写もありますが、泥を吐き出したり、飲ませたりって、フレッシュな見せ方もできる。血がダメな人でも受け入れらるし。あと、泥ってモチーフには日本らしい土着的な雰囲気が感じられるのも面白いな、と。口から吐き出す演出は『牛乳王子』でもやっていて、口から吐いたものを人にかけるとか、吐かれたもので人の顔をぐちゃぐちゃにするのは、ある意味、性癖に近いものがありますね(笑)。水っぽい泥なら、ねちょねちょぐちょぐちょしているし、吐き出す素材としては最適です。
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ーー男子編、女子編では友情の描き方やホラーの仕掛けを明確に分けていましたね。 内藤:女子編の方は精神不安定者を中心に置いた古典的なホラー形式。そこからコミカルなホラ―に転換していく。男子編はバカ騒ぎする男連中を中心に進行していきます。『21ジャンプストリート』とか、アメリカンコメディを意識しました。ちなみに、男子編の子離れできない幽霊の設定は、『悪の華』の押見修造さんからお聞きした体験談を拝借しました。劇中にフェイスブックで好きな異性のことを調べるシーンがあるんですけど、女子は恋愛話に繋がるのに、男子は犯罪を連想してしまうとか、そんな男女のリアクションの違いの面白さも盛り込んでます。脚本は僕と松久君(松久育紀)が書いているので、女子の部分は多少皮肉や妄想が入っているとは思いますが。

「その人にしか語れない形で物語を撮ること、そこに監督する意味や意義がある」

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【左から】森川葵、小関裕太

ーー川那小春役の森川葵さん、星野颯汰役の小関裕太さん、それぞれキャスティングした理由を教えてください。 内藤:小春役はショートカットが似合う、すこし影のある女子をイメージしていたので、パッと思いついたのが森川さんでした。現場での彼女からは、すごく悩みながら手探りで演技をしている印象を受けましたね。舞台の練習をしている最中に小春が泣くシーンがあって、そこが本人的に上手く演じることができず、もうできないって撮影中に座り込んでしまうこともありました。引っ張り起こしてもう一回やってもらいましたが(笑)。小関くんは、女性の幽霊に取り憑かれそうな中性的な雰囲気がハマっていたと思います。撮影では、事前にきちんと作り込んできますが、その場での柔軟な対応やアイデア出しもできる方でした。 ーー今回の『ドロメ』も含め、内藤さんの作品には鑑賞者を驚かせようとする仕掛けがいつも用意されていると感じます。今後もそういった方向性で制作を続けていくのでしょうか? 内藤:おそらく他の作り手も同じだと思いますが、自分が面白いと思うものじゃないと作れないだけです。恋愛ならこういう形、ホラーならこうあるべき、といった既存のフォーマットにあてはめられた作品が一番つまらないと思っていて。抽象的な言い方ですが、そこに魂を感じないというか。自分の視点を通した映画は、描写にその人の資質が滲み出てくるだろうし、そうすると必然的に既存の形からもずれてくると思います。その人にしか語れない形で物語を撮ること、そこに監督することの意味や意義があるのかなって。僕から見た幽霊ホラーやモンスターホラーは、今回の『ドロメ』でしっかり形にできたと思います。

『ドロメ』予告映像

内藤瑛亮監督 コメント動画

(取材・文=泉夏音) ■公開情報 『ドロメ【男子篇】【女子篇】』 公開中 監督:内藤瑛亮 脚本:内藤瑛亮、松久育紀 主演:小関裕太、森川葵 出演:中山龍也、三浦透子、大和田健介、遊馬萌弥、岡山天音、比嘉梨乃、菊池明明、長宗我部陽子、木下美咲、東根作寿英ほか 製作:「ドロメ」製作委員会(日本出版販売、TCエンタテインメント、TBSサービス、是空、レスパスビジョン) 2016年/カラー/5.1ch/ビスタ/【男子篇】92分/【女子篇】98分 配給:日本出版販売 宣伝:太秦 (c)2016「ドロメ」製作委員会 公式サイト:dorome-movie.com

『ドロメ』内藤監督が語る、Jホラーとアメリカンホラーの融合「主人公の成長物語でもある」

【リアルサウンドより】  森川葵と小関裕太がW主演を務め、内藤瑛亮監督がメガホンを取ったダブルアングルホラー映画『ドロメ』が現在公開中だ。本作は、とある高校の演劇部部員たちが、部活の合宿中、謎のモンスター“ドロメ”に襲われていく姿を描いた青春ホラーで、同じ時間軸で進行する男子と女子の物語を、2つの視点、2本の作品として制作された“シンクロ・ムービー”。『先生を流産させる会』『ライチ光クラブ』など、これまで少年少女の内面にスポットを当てた作品を数多く手掛けてきた内藤瑛亮監督に、『ドロメ』の斬新な手法や作風がどのように生み出されたのか、話を聞いた。

「限られた制約の中から生まれたアイデアでした」

ーー『ドロメ』をダブルアングルホラーで撮ろうと考えたきっかけを教えてください。 内藤瑛亮(以下、内藤):プロデューサーからの二本立てのホラーを作りたいって依頼からはじまりました。ただ、予算的には1本を撮るのも大変って感じだったので、別々の物語を撮るのは厳しくて、そこでワンシチュエーションで起こるひとつの物語を、ふたつの視点で撮るなら大丈夫だろう、と。限られた制約の中から生まれたアイデアでした。 ーー視点を分けたことで、それぞれの作品を見た時の発見が楽しめました。 内藤:一本観ただけでは解明できない謎を入れたいと考えていました。こういった企画でなければ出来ない仕掛けなので。霊現象だと思っていたものが実は人為的なものだったり、妙な行動をする背景には幽霊がいた、みたいな。視点を少し変えると物語の印象もガラッと変わりますし、幽霊描写としても新鮮なものを作れたと思います。 ーーほかに、プロデュース面での要望はありましたか? 内藤:若いキャストを使いたい、制服風の衣装で撮りたいなどのオーダーもありました。でも、学園ホラーで制服はありきたりだし、『ライチ光クラブ』も学生服だったので、そこは避けたいと思って、高校の演劇部の設定を思いつきました。個人的にジャージ姿が好きなんです。それに「制服風の衣装」というオーダーもコスプレ感というニュアンスだったので、演技部だったらメイド服やロリータファッションを着させることもできるし、それが最終局面で戦う時の戦闘服みたいにも見えるかなって(笑)。 ーー商業映画としての制約を、うまく活用している印象ですね。 内藤:僕としてはその制約との戦いが面白いというか。決まった枠があるからこそ、その中で自分なりの色やアイデアを出していく楽しさがあるし、ギリギリのラインを狙っていくことで、もともと想定していなかった面白いものが生まれてくることもあります。一方で、もっと自由に作りたいって思いもあります。濱口竜介監督の『ハッピーアワー』、橋口亮輔の『恋人たち』、小林勇貴監督の『孤高の遠吠』、塚本晋也監督の『野火』など、昨年公開された面白い日本映画の殆どが自主映画あるいはインディペンデントな体制で制作されていました。監督がどうしても語りたい話を語っている印象があって、そんな監督の覚悟や切実さが、映画の緊張感に反映されていて、凄く刺激も受けました。どの作品も劇場で観たんですけど、客席からお客さんの熱気を感じて、みんなこういう作品に飢えてるのかな、と感じました。制約の多い商業映画を観客も窮屈に感じ、監督の個人的な欲望がはっきり現れている作品が観てみたい、という気持ちが潜在的にあるのかもしれませんね。

「『ドロメ』は転換点で、新しいことに挑戦したという自負もある」

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ーー今回の『ドロメ』も、監督の色はすごく表れていたと感じました。 内藤:制約はありましたが、内容については割と自由にやらせていただきました。『先生を流産させる会』『パズル』『ライチ☆光クラブ』を観てきた人からすると、今回は「妙に明るい」と驚かれることがあります。ゆうばり国際ファンタスティック映画祭で上映した時も、田代尚也監督や鈴木太一監督から「内藤さんの映画でこんなに笑いが起こるなんて」と言われました(笑)。 ーーなぜ明るい作品を作ろうと? 内藤:十代の鬱屈した感情が過剰な暴力に結びつく物語を撮り続けてきたし、今後もやっていくテーマですが、今回に関してはいままでと違うものを撮ろうと意識的に取り組みました。同じことの繰り返しをしていては、表現として劣化していくって、自分自身への危機感も感じていました。自分の中で『ドロメ』は転換点だと思っていて、新しいことに挑戦したという自負もあります。ずっと少年少女たちの視点にこだわって撮り続けてきて、いままではそれぞれの欲望が破滅していく方向にしか描いていなかったのですが、今回初めて少年少女たちの姿を肯定的に描けたと思うので、それは嬉しいです。 ーーホラーというよりもコメディに近い印象でした。 内藤:ジャパニーズホラー(以下、Jホラー)の要素を取り入れつつ、僕が幼い頃から慣れ親しんだ80年代のアメリカンホラー的な物語を描こうと考えていたら、こうなりました。主人公から成長を奪い、幽霊を人間には絶対倒せない存在として描くことで怖さを生み出しているJホラーに対して、アメリカンホラーは主人公が成長して最後は幽霊やモンスターを倒しちゃうんですよね。『ドロメ』は入り口がJホラーなんだけど、実はアメリカンホラーで、主人公は成長し、最後は敵を倒して明るく笑い飛ばします。意図としては『ショーン・オブ・ザ・デッド』が近いかもしれません。コメディだけど根っこにあるのは悪ふざけだけではなく、オリジナルの精神も引き継ぎつつ、主人公の成長物語にもなっているみたいな。『ドロメ』も幽霊やクリーチャーの存在に怖がるのではなく、それらに怖がって盛り上がる少年少女たちのわーきゃーしている姿を観て面白がってほしい。幽霊もドロメも校舎に迷い込んできた犬と同じで、絶望的な危機ではなく楽しいトラブルで、あくまで彼らの学生生活に彩りを与えた存在でしかないんですよ。
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ーー男子女子全員でドロメをボコボコにするシーンは衝撃的で、ここには監督が描き続けてきた少年少女の狂気も感じられました。 内藤:ある意味、いままでの中で一番暴力的な描写かもしれないですね(笑)。このシーンは映画学校時代から温め続けているアイデアで、「→Pia-no-jaC←」が演奏するベートーベンの第9を聴いた時に、モンスターをフルボッコにするイメージが浮かんだのがきっかけでした。最後は学園祭のフィナーレみたいにスカッとする終わりにしようとした結果、スカッとを通り越えて可哀想な感じになってしまいました。最初の想定とは違いますが、可哀相過ぎて笑っちゃうっていう面白さがあって、これはこれでアリだな、と。 ーー今回は珍しく血の描写が一切ない、というよりも泥が血の役割を果たしてました。なぜ泥を使ったのですか? 内藤:貞子や伽椰子って役者を白塗りにすることでモンスターとして成立するので、予算規模が小さい日本映画にとって、経済効率が高いアイデアなんです。そこで、泥塗れならどうだろうと考えたんです。ゾンビ的な描写もありますが、泥を吐き出したり、飲ませたりって、フレッシュな見せ方もできる。血がダメな人でも受け入れらるし。あと、泥ってモチーフには日本らしい土着的な雰囲気が感じられるのも面白いな、と。口から吐き出す演出は『牛乳王子』でもやっていて、口から吐いたものを人にかけるとか、吐かれたもので人の顔をぐちゃぐちゃにするのは、ある意味、性癖に近いものがありますね(笑)。水っぽい泥なら、ねちょねちょぐちょぐちょしているし、吐き出す素材としては最適です。
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ーー男子編、女子編では友情の描き方やホラーの仕掛けを明確に分けていましたね。 内藤:女子編の方は精神不安定者を中心に置いた古典的なホラー形式。そこからコミカルなホラ―に転換していく。男子編はバカ騒ぎする男連中を中心に進行していきます。『21ジャンプストリート』とか、アメリカンコメディを意識しました。ちなみに、男子編の子離れできない幽霊の設定は、『悪の華』の押見修造さんからお聞きした体験談を拝借しました。劇中にフェイスブックで好きな異性のことを調べるシーンがあるんですけど、女子は恋愛話に繋がるのに、男子は犯罪を連想してしまうとか、そんな男女のリアクションの違いの面白さも盛り込んでます。脚本は僕と松久君(松久育紀)が書いているので、女子の部分は多少皮肉や妄想が入っているとは思いますが。

「その人にしか語れない形で物語を撮ること、そこに監督する意味や意義がある」

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【左から】森川葵、小関裕太

ーー川那小春役の森川葵さん、星野颯汰役の小関裕太さん、それぞれキャスティングした理由を教えてください。 内藤:小春役はショートカットが似合う、すこし影のある女子をイメージしていたので、パッと思いついたのが森川さんでした。現場での彼女からは、すごく悩みながら手探りで演技をしている印象を受けましたね。舞台の練習をしている最中に小春が泣くシーンがあって、そこが本人的に上手く演じることができず、もうできないって撮影中に座り込んでしまうこともありました。引っ張り起こしてもう一回やってもらいましたが(笑)。小関くんは、女性の幽霊に取り憑かれそうな中性的な雰囲気がハマっていたと思います。撮影では、事前にきちんと作り込んできますが、その場での柔軟な対応やアイデア出しもできる方でした。 ーー今回の『ドロメ』も含め、内藤さんの作品には鑑賞者を驚かせようとする仕掛けがいつも用意されていると感じます。今後もそういった方向性で制作を続けていくのでしょうか? 内藤:おそらく他の作り手も同じだと思いますが、自分が面白いと思うものじゃないと作れないだけです。恋愛ならこういう形、ホラーならこうあるべき、といった既存のフォーマットにあてはめられた作品が一番つまらないと思っていて。抽象的な言い方ですが、そこに魂を感じないというか。自分の視点を通した映画は、描写にその人の資質が滲み出てくるだろうし、そうすると必然的に既存の形からもずれてくると思います。その人にしか語れない形で物語を撮ること、そこに監督することの意味や意義があるのかなって。僕から見た幽霊ホラーやモンスターホラーは、今回の『ドロメ』でしっかり形にできたと思います。

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内藤瑛亮監督 コメント動画

(取材・文=泉夏音) ■公開情報 『ドロメ【男子篇】【女子篇】』 公開中 監督:内藤瑛亮 脚本:内藤瑛亮、松久育紀 主演:小関裕太、森川葵 出演:中山龍也、三浦透子、大和田健介、遊馬萌弥、岡山天音、比嘉梨乃、菊池明明、長宗我部陽子、木下美咲、東根作寿英ほか 製作:「ドロメ」製作委員会(日本出版販売、TCエンタテインメント、TBSサービス、是空、レスパスビジョン) 2016年/カラー/5.1ch/ビスタ/【男子篇】92分/【女子篇】98分 配給:日本出版販売 宣伝:太秦 (c)2016「ドロメ」製作委員会 公式サイト:dorome-movie.com

「清原級」大物スポーツ選手にも薬物疑惑でネット騒然!? 最悪のタイミングで発覚した「業界」も

 今年は年明けから衝撃的な芸能ニュースが数多く報じられているが、元プロ野球選手の清原和博の覚せい剤所持・使用の逮捕報道も大きな衝撃となった。  まあ、このような報道が出ると必ず騒がれるのが「次の大物逮捕者は誰だ!?」というもの。誰もが知る何人かの芸能人が上がり、中には公の場で完全否定する人物もいた。清原の薬物入手などに関係した人物が逮捕はされたものの、それ以外の“大物”逮捕はないまま現在に至っている。  ところが、すでにネット上で話題となっており、メディア関係者の中には「すでに警察が動き出している」と語る人もいるなど、ある「元スポーツ選手」の“薬物疑惑”が密かにささやかれている。  その人物もまた、清原と同じく90年代を中心に活躍し、一時は大ブームを巻き起こした。競技での強さもさることながら、現役時のプライベートや引退後の私生活でも世間の注目を集めてきた「メディア御用達」の人物といえるだろう。それだけに、仮に同人物が「薬物に手を染めていた」というウワサが本当なら、それこそ清原と同レベルの衝撃を世間にもたらすことは間違いないだろう。  もともと“激ヤセ”が伝えられ「別人」「病気か」などとウワサされていた同人物だが、他にも「ブログ内容が支離滅裂」「毛髪鑑定対策として、坊主頭にしたのでは」など、薬物を想起させる憶測や情報が後を絶たない。ただ、この人物は現在も表舞台で姿を現してはいるので、不確定要素も多いのは確かだ。業界もファンもそうでないことを願っているに違いない。  清原以来、プロ野球界に「薬物」イメージが染みついてしまった。野球以外のスポーツは、なんとかその“トバッチリ”を受けないようにしているはずだ。  ただ、タイミングの悪かった業界もあった。競馬界では清原逮捕の数日後、短期免許でJRA(日本中央競馬会)に来ていたカナダのルイス・コントレラス騎手がドーピングとしての禁止薬物「オキシコドン」の使用で騎乗停止となった。コントレラス騎手としては自国では普通に手に入るものとして使用できるそうだが、日本では厚生労働大臣の許可がなければ携帯輸入が不可能。同騎手は気がつかないまま持ち込んで誤飲したと語り、故意ではないと主張したが……。  世間が「薬物」に過敏に反応する只中での「禁止薬物発覚」にJRAも頭を抱えたのは想像に難くない。結局、JRAは2月11日から3月10日までの騎乗停止を決定し、同騎手には今後5年間、短期免許を与えないことも発表さるなど、世間の目も意識された重い処罰が下された。 競馬の話は外国人騎手とJRAの意志の相違という可能性もあり極端な例であるが、今後も芸能、プロスポーツ関係者からドーピングを含め薬物逮捕というニュースは時折明らかにされていくことになるだろう。できることなら、警察にはまずは防止策よりも、捕まえるだけ捕まえて膿を出し切ることに全力を注いでほしいと願う。