福山雅治、「俺はもう恋愛はいいかな」に「結婚したからな!」とファン恨み節? 「オーラがなくなった」「老けた」の声も

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『ラヴソング』(フジテレビ系)公式サイトより。
 11日放送開始の月9ドラマ『ラヴソング』(フジテレビ系)の予告編が、先月21日から放送されているのだが、主演を務める福山雅治の「俺はもう恋愛はいいかな」というセリフに対して、「もう結婚したからな!」「恋愛したら不倫になるもんな!」など、かつての福山ファンの恨み節が炸裂しているようだ。 「“可愛さ余って憎さ100倍”なんて言葉がありますが、歌手デビューから20年あまり、常にトップクラスの活躍を続け、息の長いファンを多く抱える福山なだけに、昨年、吹石一恵との電撃婚が伝えられた際には、ショックのあまり茫然自失となるファンが続出。ショックから立ち直ると今度は、『結局、若い子がいいんだ』『長年続けてたラジオを突然辞めたのも、結婚への布石だったんだね』など、愛情が憎しみへと変化してしまったファンも少なくないようで、『ラヴソング』の予告編での、ちょっと気怠い感じでの『俺はもう恋愛はいいかな』という福山のセリフには、『自分に酔ってんじゃねーよ』というツッコミが。さらに、ヒロイン役が福山よりも27歳年下の、現在20歳の藤原さくらということに関しては、ネット上でも『これで恋愛関係になったら、さすがにキモいな』『藤原が童顔なだけに、福山が犯罪者に見えてしまう』など、キャスティングに首を傾げる人が続出しているようです」(芸能関係者)  親子ほど年齢の離れた福山と藤原だが、結婚発表以降、「老けた?」という指摘がある福山なだけに、余計に“親子感”が際立ってしまっているようだ。 「結婚発表後、初仕事となったバラエティ番組『ウタフクヤマ』(フジテレビ系)に出演した際には、今年10月に公開予定の主演映画『SCOOP!』の役作りで口髭を生やしていたため、『髭のせいで老けた?』『髭、似合わないな〜』と批判されていましたが、髭を剃った後も『目尻に皺が…』『老けて見えたのは、髭のせいだけではなかった』と、老いを指摘されるように。『ラヴソング』のポスタービジュアルでは、福山が藤原を背負っている姿が写っているのですが、『完全に親子』『かつてのオーラはどこへ?』と嘆いているファンは少なくないようです。また、月9ドラマといえば、前クールに放送された『いつかこの恋を思い出してきっと泣いてしまう』(フジテレビ系)が、全話平均視聴率9,7%と、月9ドラマ史上ワースト記録を更新してしまっただけに、業界内では『記録更新もあるかもしれない』『かつての福山ならまだしも、今の福山に期待はもてない』などといった悲観論が飛び交っています」(同) ちなみに、映画『SCOOP!』でヒロインを務めるのは、21歳の二階堂ふみということだが、劇中で福山と恋愛関係になるのかは定かではないものの、ネット上ではすでに『ロリコンおじさん』と称され始めてしまっているようだ。

あ然!『バイキング』で坂上忍、土田晃之、東国原英夫が「体罰は必要」と堂々主張! 体罰の美化は第二の暴力だ

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フジテレビ『バイキング』オフィシャルサイト出演者ページより
 4月より放送時間が延長されたフジテレビの『バイキング』。だが、先週金曜日、同番組で信じがたいトークが繰り広げられた。  それは、大阪市東住吉区の小学校で発覚した、30代教諭による小学5年生男児への暴力と「これでクビになったら許さへんからな」と恫喝発言を行っていた事件を取り上げた際に起こった。このニュースをピックアップしたのは芸人の土田晃之だったが、土田は「ビックリしましたね」と言ったあと、こうコメントした。 「僕ら悪いことしなかったら(教師は)ゲンコツなんてくれないんで、やった俺らが悪いからゲンコツくれてるんだってわかってた」 「まったく体罰とかない、体罰って言い方もよくないのかな、怒るときに手を出さない先生もいたんですよ。口だけで叱ってくれる先生。でも、そういうときってね、意外にね、学級崩壊近くなってたんですよね」  土田はこの教師の恫喝はよくないと述べたが、そもそもの暴力自体は“愛のムチ”と捉え、手を出す教師を肯定。そして、土田と同様に「体罰って言葉自体が好きじゃない」と言い出したのは、司会の坂上忍だ。 「普通に先生にひっぱたかれてた世代としてはね、今回の問題は別にしてね、先生も両手両足を縛られているようななかで頑張ってらっしゃると思うのよ」  さらに、自身の中学時代を「やっぱ金八先生ど真ん中で、まあすごい荒れてたのよ」と振り返り、このようにつづけた。 「この年になって思ったら、俺がいま先生になって、あのときの俺みたいな生徒がいたら、そりゃ蹴っ飛ばすよね。そういう気になっちゃうもん。だって蹴っ飛ばさないとわかんない奴っているから」  また、東国原英夫も、「体罰、暴力っていうのは、教育的指導と恣意的な暴力っていうのと二つに大きく分かれる」「この問題は、恣意的な問題」とし、こう話した。 「教育の問題だと、土田くんが言ったように先生と生徒の信頼関係の問題。先生を信頼して、この先生がゲンコツ、あるいはビンタをしたのは、この先生は僕のことを、私のことを思ってしてくれたんだっていう信頼関係が成立していた時代があった。いつからか、この信頼関係が壊された。信頼できないですよ」 「言葉で言って聞かない場合に、痛みをもって知らせるっていうのは、僕は肯定派じゃないんだけど、これは仕方がない。愛のムチなんじゃないかなって思える部分もあるんだよね」 「蹴らないとわからない奴がいる」と言う坂上に、「ビンタされてもそこに愛があるなら、それは教育的指導」と言う東国原……。このほか、雨上がり決死隊の宮迫博之も「話だけ聞くと先生のほうがすごい悪いように聞こえますけど、本当はどうなのかなっていうのが実際わからないので。どこまでその生徒の子は言うことを聞かなかったのか」と述べるなど、スタジオの流れは完全に“体罰容認”となっていったのだ。  はっきり言って、圧倒的に力が強い者が暴力によって言うことを聞かせるという行為に、良し悪しなどあるはずがない。だいたい、この事件で児童が死亡、あるいは教師からの恫喝によって自殺をはかっていたら、それでも彼らはこんな話をしただろうか。  このように、体罰を原因にした死亡事件や生徒の自殺問題がどんなに起こっても、一向になくならない「体罰は必要」論。そればかりか、「ゲンコツをくれた先生はじつは人気者だった」(土田)、「軍人上がりみたいな怖い先生がいちばん好きだった」(坂上)など、美化さえしていた。  だが、体罰に対するこうした“語り”があるからこそ、体罰はなくならないのだ。体罰問題を長く取材してきたノンフィクション作家・藤井誠二は、著書『体罰はなぜなくならないのか』(幻冬舎新書)で、こう綴っている。 〈授業中や運動部の活動の中で体罰を受けて育った大人たちは、時間が経つにつれてその経験を楽しかった思い出として美化し、それが世論を形成する。そのとき、今この瞬間に体罰を受けている子どもたちの苦しみは置き去りにされている〉 〈体罰を容認・肯定する語りには、常に殴る側の視線しかなく、殴られる側のそれがない。同じ程度の体罰を受けても何も感じない子どももいれば、深く心に傷を負う子どももいる、感受性は人によって異なるという自明の理も排除されている〉 「殴られたけれどいい先生だった」という“体験談”は、すべての人に当てはまらないし、それを子どもに押し付けるのは、第二の暴力と言ってもいい。しかし、なぜ暴力の記憶が「美化」されてしまうのか。この点も藤井氏は言及している。 〈体罰を受けた子どもたちが、それでも体罰をふるう教師を「いい先生」だと言う。それは、殴られるときは辛く、嫌だったし、また殴られることに恐怖を感じているのだが、それをクリアした、耐え抜いたという経験を経ることでとらえ方が逆転するからだ。理不尽な体罰や暴言に耐え抜いてきた自分をほめ、耐えたことは間違いではなかったと考える。と同時に、自分のためを思ってやってくれる「愛の鞭」だったんだと、心身が拒否していた「体罰」がとたんに美化される〉  ここに、成績が伸びたりスポーツ競技で勝利するなどの“成功体験”が加わると、さらに「美化」は進む。だが、その“成功”とは、暴力や恫喝という恐怖によって支配した結果、必ず生まれるものではない。そればかりか、その暴力は再生産されつづけていく。現に、女子柔道や相撲部屋で横行してきた暴力事件などにも顕著なように、指導という名の暴力を受けてきた者はさらに下の人間にそれを繰り返し、隠蔽され、相撲部屋では暴行死という最悪のケースにいたっている。  自分は乗り越えたから、あるいは自分の青春の思い出を否定されたくないから。そんな理由で体罰を認めることは、藤井氏の指摘にもあるように、“いま、体罰を受けている子どもたちの苦しみを置き去りにしている”ということだ。そのことの意味を、土田や坂上、東国原、宮迫らには考えてもらいたいが、もうひとつ、同書から指摘しておきたいのは、〈そもそも、学校における体罰が是か非かなどと議論をしているのは日本ぐらいである〉という点だ。 〈海外では、学校内における体罰は子どもへの虐待と見なされる。そして世界では、今や体罰禁止の焦点は「家庭」に当てられている。保護者でさえ子どもに対する体罰が禁止される方向にあるのだ〉  学校内の体罰は虐待。この認識は、一体いつになったらこの国に根付くのだろうか。 (田岡 尼)

山Pがジャニーズ内で躍進?ドン底から一転して人気復活したワケ

【アガるニュースをお届け!デイリーニュースオンラインより】
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 ジャニーズのソロ歌手・山下智久(30)が、脱毛サロンの新CMキャラクターに起用された。山下智久はSMAP独立騒動の仕掛け人とされた元チーフマネジャー・飯島三智氏がマネジメントを手がけていたことで今後の活動が不安視されていた一人。だが、ファンの心配はどうやら徒労に終わったようだ。
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Babymetal、英寿司店と提携したアルバムイベントをロンドンで開催

Babymetalが今月1日、英寿司チェーン店YO! Sushiでニューアルバム『メタル・レジスタンス』の発売記念イベントを行った。スーメタル、ユミメタル、モアメタルから構成される同グループは、同寿司レストランのサウスバンク店で特別イベントを開催し、刺身などの新メニューが振る舞われる中、混雑した店内でBabymetalの曲が演奏されたそうだ。 YO! Sushiは食べ物だけでなく日本の文化も知ってもらおうと、日本のミュージシャンとのコラボイベントの数々を今後も予定しているようだ。

朝ドラの新ヒロインに抜擢 芳根京子はなぜ大役を射止め続けるのか?

【リアルサウンドより】  つい2週間ほど前に月9ドラマ『いつかこの恋を思い出してきっと泣いてしまう』の終盤に登場した芳根京子に関する記事(関連記事:参考:「芳根京子、『いつ恋』最後のキーパーソンに選ばれた理由 二面性を持つキャラと演技力に迫る」)を書いていたときには、まさかこんなにも早く次の記事を書くことになるなんて考えもしなかった。しかもそれが、秋から放送されるNHK朝の連続テレビ小説『べっぴんさん』のヒロインに選ばれたという、彼女の大出世を象徴するニュースなのだから、ここ数ヶ月に渡り女優・芳根京子をウォッチしてきた甲斐があったと、喜びもひとしおである。  今回彼女がヒロインに抜擢された『べっぴんさん』は、子供服ブランド・ファミリアを創業した坂野惇子をモデルにし、昭和初期から戦後にかけての激動の時代を生きた女性を描く。同作の脚本はフリーアナウンサー羽鳥慎一の妻で、昨年公開された映画『レインツリーの国』や夏に公開される映画『植物図鑑 運命の恋、ひろいました』で知られている渡辺千穂が務める。先日第一子を出産したばかりの渡辺にとって、産後最初の大仕事となる本作で、自身の生活に身近な子供服ブランドの創業者について描くというのは非常に興味深い。NHKのホームページに掲載されている「脚本家のことば」(引用:平成28年度後期 連続テレビ小説「べっぴんさん」制作のお知らせ)で渡辺は、「運命のように感じています」と述べており、本作が脚本家・渡辺千穂のキャリアに大きな1ページとして記されることは間違いないだろう。  本作のモデルとなる坂野惇子については、ファミリア創業秘話と共に同社のホームページに詳細に記されている。1918年に貴族院議員でレナウンの創業者であった佐々木八十八の三女として生まれた彼女は、神戸大空襲で自宅を失い、終戦後は幼い子供を抱えながら疎開先で夫の消息を待つ。それまでの裕福な暮らしから一転した生活の中で、自立することを決心した彼女は女学生時代の友人らと4人で、ベビー服を売る店を開くのである。「女性の一代記」を描く作品が中心の朝の連続テレビ小説とはいえ、ここのところ『あさが来た』、『とと姉ちゃん』と『べっぴんさん』と、自らひとつの時代を作り上げた女性が描かれる作品が続いているのは、本来であれば至極当然のことである「女性の社会進出」を課題にしている現代社会の流れを汲んでいるのだろうか。  ところで、今回の『べっぴんさん』のヒロインオーディションには2261人の応募があったようだ。その中で芳根京子が選ばれた決め手となったのは「愛らしさと芯の強さ、真っすぐさを持っている」ということだ。先月『いつ恋』に抜擢された決め手が「“強さとかれんさ”、“明るさとけなげさ”」だったのだから、まさに彼女の持ち味が多く知れ渡ってきていると同時に、彼女自身もそれを表現する術がうまくなってきているのであろう。『まれ』から4作続けて受けてきたヒロインオーディションで、ついにその一人に選ばれたのは、イメージに合うという理由だけでなく、女優に必要なアピール力が備わってきたからでもあるだろう。  6日に行われた会見で彼女は、中学2年時にギラン・バレー症候群を発症したことを明かした。ウイルスや細菌などの感染をきっかけに自己免疫機能が神経細胞の軸索などに障害を引き起こし、筋力の低下などの運動障害を発症する、国の特定疾患に認定された指定難病である。重症に至らなければ一年程度で完治する病とされ、例えば現在サンフレッチェ広島で活躍する佐藤寿人選手も過去にこの病を発症した経験があると知られている。この病を経験したことで、「自分をしっかり持とうと思ったからだと思います」と、自ら女優・芳根京子の「芯の強さ」の起源について語り、いつもと変わらない笑顔を見せたのが印象的であった。  2年前の『花子とアン』で、仲間由紀恵演じる宮本蓮子の娘・富士子役として朝ドラデビューを飾ってから2年。芸能界デビューを果たしてから3年半でのヒロイン昇格は、最近では『どんど晴れ』の比嘉愛未や『ウェルかめ』の倉科カナと同じぐらいのスピード出世である。まだ19歳の彼女が、本作で初めて挑戦する役どころはたくさんある。既婚者の役も、母親の役も、何より実年齢より上の年齢を演じるということも初めてである。これまで演じてきた他のどんなキャラクターよりも難しいとは思うが、彼女ならば、こちらの期待を余裕で超えてくるだろう。  来月からクランクインするとのことで、来年3月までは他の作品で見ることがほとんどなくなってしまうのは寂しいけれど、毎朝彼女の芝居が見られると思えば、こんなにも有意義な半年間があるだろうか。それに、『あまちゃん』以降好調が続いていることも考えると、放送終了後の来年春以降、彼女へのオファーが殺到することも想像に易い。くれぐれも無理をせずに、順調に大女優へのステップを上がっていってもらいたい。 ■久保田和馬 映画ライター。1989年生まれ。現在、監督業準備中。好きな映画監督は、アラン・レネ、アンドレ・カイヤット、ジャン=ガブリエル・アルビコッコ、ルイス・ブニュエル、ロベール・ブレッソンなど。Twitter ■番組情報 連続テレビ小説 『べっぴんさん』 2016年10月3日(月)~2017年4月1日(土) 《全151回》 主演:芳根京子 脚本:渡辺千穂 演出:梛川善郎、安達もじり プロデューサー:堀之内礼二郎 公式サイト:http://www6.nhk.or.jp/drama/

「彼女が一番」武豊に長年の思い人!? 思い出と感動の桜花賞秘話

「それは皆さんのご想像にお任せしましょう」 1989年、栗東のトレセンで取材陣に囲まれた若干20歳の若者は、そう言って不敵に微笑んでいたという。当時、改修以前の旧阪神コースにおいて「大外枠は絶対的に不利」と言われていた桜花賞(G1)のセオリーを覆し、2勝目のG1勝利を飾ったばかりの武豊だった。 牝馬クラシック第一弾・桜花賞の数日前。前走で牡馬を蹴散らして、重賞初制覇を飾ったシャダイカグラと武豊のコンビは最有力とみられていた。しかし、発走枠順抽選会でシャダイカグラ陣営は“鬼門”の大外枠を引いてしまう。 当時の桜花賞が施行される阪神競馬場の芝1600mのコースは、スタートして間もなく急カーブが控えていた。つまり、スタートが外枠であればあるほど必然的に大回りを強いられるコース形態。それはコンマ1秒を争う競馬では「致命的な不利」と言われていたのだ。 シャダイカグラの一強ムードだった桜花賞は、一転して混戦といわれるようになった。ただ、それでも当日の1番人気はシャダイカグラと武豊。「例え大外を回っても、シャダイカグラが勝つ」それがファンの出した結論だった。 しかし、桜花賞がG1になってからこれまで大外枠から勝利した馬は一頭もいなかった。物理的に考えれば、その不利はあまりにも圧倒的。「いくらシャダイカグラでも厳しい」という見方も多々あった。 ただ、それはシャダイカグラと武豊が“まともな競馬”をした場合の話である。 桜花賞のスタートが切られた瞬間、阪神競馬場全体がどよめきに揺れた。シャダイカグラが大きく出遅れたのだ。「致命的な大外枠の上に、出遅れ……完全に終わった」多くの武豊ファンが頭を抱え、そう思ったかもしれない。 だが、再びシャダイカグラに目を向けると、信じられないようなことが起こっていた。 なんと出遅れたはずのシャダイカグラが、あっという間に中団までポジションを上げている。1頭だけ出遅れたことで内側にいた他馬に置いていかれ、結果的にインコースがぽっかり空いたのだ。 そこに潜り込んだシャダイカグラはコーナーリングの不利を受けることなく、あれよあれよとポジションを上げていく。最後の直線を迎えるころには、先頭を完全に射程圏に収めていた。 阪神競馬場に詰めかけた多くの競馬ファンがまだ我が目を疑っている間、最後まで粘っていたホクトビーナスをシャダイカグラが測ったように捉えたところがゴール。「外枠不利」という桜花賞のセオリーを根底から覆した武豊は、あっさりと2勝目のG1を手にした。 そうなるとマスコミを始め、競馬ファンの間で若き天才・武豊が「大外の不利を帳消しにするため、わざと出遅れたのではないか」という憶測が広まるのは当然だ。当の本人も冒頭にあったように、リップサービスではぐらかして“真相”は闇の中……。 「ユタカマジック」と銘打たれた“伝説”が一人歩きを始めた瞬間だった。 だが、桜花賞を制し「ユタカの恋人」と呼ばれていたシャダイカグラと武豊の物語は、衝撃的なクライマックスを迎えることとなった。 桜花賞馬として、牝馬クラシック第2弾のオークス(G1)を迎えたシャダイカグラ。レースは1番人気に推されたものの、ライトカラーにクビ差及ばずの2着だった。その後、夏場を休養にあて、秋初戦のローズS(G2)を快勝。当時、牝馬クラシックの最終戦だったエリザベス女王杯(G1)に向け、順調な滑り出しのように見えた。 しかし、この頃からシャダイカグラに脚部不安が見られるようになる。 陣営は、エリザベス女王杯後のシャダイカグラの引退を決断。文字通りの最終決戦に向け、脚に“爆弾”を抱えたシャダイカグラには慎重に慎重を重ねた調整が施された。 迎えたエリザベス女王杯。実力も然ることながら、その雄姿も見納めになるということでシャダイカグラは圧倒的な1番人気となった。ライバルとなるはずだったオークス馬・ライトカラーは秋から精彩を欠き、シャダイカグラの2冠達成は容易とさえ見られていた。 しかし、レース中にシャダイカグラが抱えていた脚の“爆弾”が爆発してしまう。 シャダイカグラは第3コーナーで大きくバランスを崩し、最後は脚を引きずるように大差の最下位でゴール。右足の靱帯断裂だった。予後不良による安楽死は辛うじて免れたが、競走馬を続けることは到底不可能なほどの重傷を負い、ターフを去ることとなった。 それから数十年後、武豊本人がある番組でシャダイカグラの桜花賞の“真相”を語った。 『シャダイカグラが出遅れたのは意図的ではなく、結果的に出遅れてしまった。しかし、予めシャダイカグラが出遅れることを予期していたことで、そうなっても冷静に状況を生かす競馬ができた』 発言を要約するとこのようになるが、その後に武豊は「もし普通にスタートしていたら、もっと楽に勝てたと思います」とコメントしていた。言い換えれば、武豊はシャダイカグラが出遅れることを覚悟していたため、出遅れても備えができていたということだ。 つまり当時の「ユタカマジック」は、マスコミや競馬ファンが生んだ“幻想”だったということである。 その後も武豊は、シャダイカグラという牝馬に対して「(たくさんの馬に乗ったが)彼女が一番の美女です」。さらには最も印象に残っている馬は何ですかという問いに「牡馬ではディープインパクト。牝馬ではシャダイカグラ」と、あの近代競馬を代表する歴史的名馬と並べるほどの溺愛ぶり。 何故、G1を100勝以上している武豊が、そのうちの1勝しか挙げていないシャダイカグラに未だ“ぞっこん”なのか……。 それは、シャダイカグラの最後のレースとなったエリザベス女王杯。道中で靭帯が断裂する致命的な事故に遭いながらも、自分の背に乗っている“最愛の男”の身の安全を思い、転倒することなくゴールまで走り抜いた彼女の心意気に、武豊が心底惚れているからではないだろうか。 軽々と上がり33秒台を叩き出し、最後方から全馬を抜き去るディープインパクトとの上がり3ハロンは、武豊にとって至福の記憶だろう。 しかし、シャダイカグラと共に最後に“歩んだ”エリザベス女王杯の上がり3ハロン「57.5秒」は、未だ武豊に忘れられない切なさを残しているのかもしれない。

佐々木希の美貌に「桜も霞む!」とファン興奮も、ピッチピチの激似美女・麻亜里に「仕事とられないか?」と戦々恐々

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大政絢インスタグラム(@aya_omasa_official)より。
 1日、女優の大政絢が自身のインスタグラムに、佐々木希と花見をした際の画像を投稿。満開の桜を前に、アップで写る佐々木と大政の美貌に、ファンは「2人の前では桜の美しさも霞んじゃうね!」「桜とともに、世界に誇れる美しさ!」など、手放しで称賛していた。 「共にファッション雑誌『non-no』(集英社)の専属モデルを務め、13年に佐々木が同誌のモデルを卒業してからも、たびたび互いのSNSに登場するなど、ファンの間で、佐々木と大政の仲の良さは有名。先月にも、2人でパンケーキ屋に訪れた際の写真を、大政がインスタグラムに投稿し、『仲良すぎて羨ましくなる』『天使2人、可愛すぎる』など、ファンは興奮。男女問わず、ファンから愛されている2人ですが、特に、女優としても活躍する佐々木の人気は高く、花見の写真では、桜の花びらにキスをしているように見えることから、ネット上では『オークションに出せば、高値間違いなしだな』『どこの桜だ?』と、よこしまな考えを抱く輩まで出現。あらぬ形で人気の高さを証明していたようです」(芸能関係者) “スーパー秋田美人”と称され、モデルデビュー直後から大ブレークを果たし、現在でも変わらぬ美貌を保っている佐々木だが、そのポジションを脅かす存在が現れ、「仕事とられないか?」とファンは戦々恐々としているようだ。 「佐々木は05年、秋田でショップ店員として働いていた時に、『週刊ヤングジャンプ』(集英社)の全国縦断素人美少女発見グラビア『ギャルコンJAPAN』のスタッフに偶然発見されたことが縁で、芸能界デビューを果たしたのですが、その『週刊ヤングジャンプ』の、先月24日に発売された号で表紙を飾った、モデルの麻亜里がネット上で『佐々木希に激似』と話題に。特に、斜に構えた顔が似ていると評判で、麻亜里が先月31日に自身のTwitter上に『資料撮りしてきたよ いつもの雰囲気とはガラッと変わってセクシー麻亜里』とアップした、黒のライダースジャケットを着た姿には『もはや、のんちゃんにしか見えない』『生き別れた妹では?』と、血縁関係を疑う佐々木ファンが続出する事態に。麻亜里は05年から07年まで、『おはスタ』(テレビ東京系)にレギュラー出演し、売れっ子女性タレントの登竜門といわれる“おはガール”として活躍。モデル・タレントして活動する傍ら、女優としても活動を続けてきているのですが、現在24歳と佐々木より4歳も若いため、『本格的に売れだしたら、ポジションを奪われかねない』と、一抹の不安を抱く佐々木ファンは少なくないようです」(同)  しかし、麻亜里は11年に『non-no』のモデルオーディションに参加した際、最終選考には残ったものの、専属モデルにはなれなかったことから、佐々木ファンは「そこがのんちゃんとの差」「専属モデルになれるかなれないかの差は大きい」と、麻亜里ファンに対して優越感を抱いているようだ。

安倍批判で炎上したアジカン後藤が「SEALDsを見ていたら黙っていることが恥ずかしくなる」と改めて闘争宣言

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ASIAN KUNG-FU GENERATIONオフィシャルサイトより
【本と雑誌のニュースサイトリテラより】  安保法制が強行採決された昨年、これまであまり政治的な発言をすることのなかった芸能人・文化人から、同法案や安倍政権への危機感、憲法9条を守ろうという声が続出した。  中居正広(SMAP)、坂上忍、笑福亭鶴瓶、石田純一、SHELLY、大竹しのぶといった俳優やタレント、長渕剛、岸田繁(くるり)、大友良英、横山健(Hi-STANDARD)といったミュージシャン……。  人気バンド、ASIAN KUNG-FU GENERATION(以下、アジカン)の後藤正文もそのひとりだ。  後藤は「Rolling Stone日本版」(セブン&アイ出版)2015年7月号にて、人々のなかに現在の政治状況を180度変えてくれるような強いリーダーを求める心理があり、その思いが安倍晋三や橋下徹を生み出したとしたうえで、丁寧な対話や議論が軽んじられる状況が非常に危険であると警鐘を鳴らしていた。  本質をついた当然の発言だったが、こうした後藤の姿勢を当サイトが取り上げたところ、ネットで炎上し、後藤も激しい批判にさらされた。  しかし、後藤はその後もそうした空気にひるまず、一貫して政治や社会にコミットし続けてきた。  そして、最近「ぴあMUSIC COMPLEX Vol.4」(ぴあ)のインタビューで、自身の表現と「政治・社会的なメッセージ」の関係についてかなり踏み込んだ分析をしたうえ、新たな闘争宣言とも思えるようなメッセージを発している。  まず彼は、日本において音楽家や俳優など、表現活動に携わっている人たちが政治について語ることが特別視されていることに疑問を投げかける。確かに前述の通り、昨年の安保法制に関してはたくさんの芸能人が声をあげたわけだが、それがことさらに取り上げられたということは、それだけ異例の事態であったということの裏返しでもある。 「比較対象が欧米中心にはなってしまいますけど、ロックにしろヒップホップにしろ、俳優にしろ芸術家にしろ、自分の好きなアーティストは、みんな普通に社会とか政治について話すわけです。何のためらいもなくというか、ためらいがないように見えるというか」 「日本って、芸術や芸能と政治、そして普段の生活がセパレートされすぎている気がして。本来、そこには境界線がないはずなので、もうちょっとグラデーションになったほうがいいかなと思って」  そういった思いもあり、彼は作詞にあたり、意識的に社会的・政治的なトピックを落とし込むようにしていると語る。確かに、アジカンの楽曲のなかには、自分自身がロスジェネ世代であることから、社会に飛び出すタイミングで他の世代以上に厳しい荒波に耐えなくてはならなかった苦しみを歌う「さよならロストジェネレイション」という曲もある。  また、2014年に発表された「スタンダード」は、物語形式を用いながら市井の人々による市民運動が社会を変えていく様子を描き、それは後に登場するSEALDsを想起させるような歌詞であった。 「ある程度、いつも念頭においているのは、社会性みたいなものを歌詞に落とし込んでいこうということです。特にバンドでは。それは何故かと言うと、アジカンのような日本のロックバンドが、そういうことを少しでも歌詞に織り交ぜていくことに意味があるような気がしていて」  このように、ミュージシャンとしてのキャリアを通じて、社会的なテーマをいかに表現のなかに取り入れていくかを考え続けてきた後藤だが、そのようなトピックと向き合い続けてきた彼だからこそ、最近感じていることがあるという。  彼は29万人近くフォロワーのいるツイッターアカウントをもっており、そこではミュージシャンとしての活動報告のみならず、しばしば政治や社会についての意見を書き込んでいるのだが、以前であればそのようなメッセージを投稿するたび炎上していたのに、ここのところそのような傾向が見られなくなっていると言う。 「以前のほうがよかったのかなって気がします。いちいち食ってかかる子がいるほうが。今って、僕のそういう書き込みが嫌な人は、すっとリムーブしていなくなるだけ」 「反論することさえ、彼らにとってはイレギュラーな行為だから、「うざいな」と思ってもスッと流す。あるいは去っていく。でも、そうやっていろんなことをスルーし続けてきて、問題が折り重なったことが露呈したのが3.11なわけだから。スルーしないのって大事なことなんじゃないかな。それが最近はまた元に戻っちゃった感じがする」  異なる意見をもつ者同士が議論を戦わせるのではなく、だんだんと違う考えを「スルー」するような社会になってきているのではないかと言うのだ。  昨年の安保法制では、SEALDsをはじめとした若者たちによるデモも盛り上がりを見せ、メディアでも盛んに取り上げられたが、後藤自身、そんな彼らの活動に対し、「SEALDsとか見ていると、「おじさんたちが黙っててどうするんだ」って、ちょっと恥ずかしくなりますし」と大きな共感を寄せながらも、デモでメッセージを発信する彼らを見る通行人の目線に関して感じるところがあったと語る。  若者たちのデモ活動は、確かに市民運動として近年稀に見る注目を浴びた。しかし、一方で、政治に無関心な人々からはどこか冷めた目で見られていたという面も否定できない。 「だから、最近の空気は怖いですよ。街中で「問題があるんだ!」って訴えている人がいるのに、誰も足を止めないみたいな」 「それどころか、逆に「浮いている奴を叩こう」みたいな風潮もありますよね。ニュースとか観ていてもしんどいですもん。溜め息しか出ない」  しかし、そんな状況でも、後藤は政治的なメッセージを歌詞のなかに織り交ぜたり、社会的なトピックに関する発言をし続けていくつもりだと語る。それは、後続の若いミュージシャンのためでもある。 「ただ、それでも自分が出来ることをやるしかないので。むしろ、アジカンがどメジャーのJ-ROCKバンドだからこそ、積極的に政治的な発言をするべきなのかなって。(中略)役割としては、面倒くさいことを言う人(笑)。でも、それによって「あれくらい言ってもいいんだ?」と思ってくれる人がいたら」  日本においても、かつては政治的な歌がポップミュージックとして受け入れられていた時期はあった。1960年代から70年代始めにかけて、岡林信康「がいこつの唄」、高田渡「自衛隊に入ろう」、加川良「教訓Ⅰ」など、多くのフォークシンガーたちが反戦を歌い、それらの歌はユースカルチャーとして受容された。  後藤の活動が、今の閉鎖的な音楽界の状況に風穴を開けることを願ってやまない。 (井川健二)

嵐のチケット”転売規制”で空席危機?ジャニーズが抱えるジレンマとは

【アガるニュースをお届け!デイリーニュースオンラインより】
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 4月23日より行われる嵐の全国アリーナツアーで、入場時の「顔認証」が実施されることが大きな話題だ。悪質な高額転売を阻止するためには必要な措置という意見や、ファン同士の交換ができなくなったという悲鳴など反応は様々だが、根強い反対意見を押し切ってまで通したジャニーズ事務所の“真意”とは?
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嵐のチケット”転売規制”で空席危機?ジャニーズが抱えるジレンマとは

【アガるニュースをお届け!デイリーニュースオンラインより】
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 4月23日より行われる嵐の全国アリーナツアーで、入場時の「顔認証」が実施されることが大きな話題だ。悪質な高額転売を阻止するためには必要な措置という意見や、ファン同士の交換ができなくなったという悲鳴など反応は様々だが、根強い反対意見を押し切ってまで通したジャニーズ事務所の“真意”とは?
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