安倍政権の震災対応のヒドさに“応援団”の「週刊新潮」までが告発記事掲載! 安倍首相と閣僚の失態が次々と…

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左・安倍晋三公式サイトより/右・「週刊新潮」(新潮社)5月5・12日号
【本と雑誌のニュースサイトリテラより】  熊本大地震発生から3週間。今も震度4クラスの余震が頻発しているが、安倍首相といえばゴールデンウイークに被災者そっちのけで欧州を歴訪、相変わらず震災に対する冷淡な姿勢を見せつけている。  本サイトでは震災発生以降、安倍政権のあまりにお粗末な対応を一貫して指摘、批判してきた。だが、安倍政権の圧力と懐柔に飼いならされた大新聞・テレビはこの事実をほとんど追及していない。  たとえば、現地対策本部長を務めていた松本文明副大臣が自分への差し入れを要求し更迭された問題についても、新聞が報じたのは第一報だけ。更迭は松本副大臣が被災地でしでかしたさまざまな横暴が原因であったにもかかわらず、「体力的な問題による交代」という政府発表をそのまま垂れ流して、官邸と総理の任命責任を不問にしてしまった。  救援物資輸送の遅れ、震災最中の国会TPP審議強行、安倍首相の現地視察と激甚災害指定を選挙利用のために遅らせた問題なども同様だ。マスコミはこうした政府の対応を直接的に批判することはせず、せいぜい国会での民主党の質問を取り上げる程度、テレビにいたっては、報道することさえほとんどなかった。  そして、ネットでは政権の対応を批判する意見に対して、「災害に乗じて流言蜚語を流してる」「安倍さんのあら探しをしているだけ」「激甚災害指定の意味がわかっていない」などといった攻撃が浴びせられる状況になっている。  ところが、そんな中、意外なメディアが安倍官邸の震災対応を告発した。それは、このゴールデンウイーク合併号(5月5・12日号)に「『安倍内閣』熊本支援の失態失策大失敗」なる記事を掲載した「週刊新潮」(新潮社)だ。 「週刊新潮」といえば、安倍政権発足以来、頻繁に官邸のリークに乗っかって、野党や政権批判の動きをけん制する報道を繰り返している典型的な“安倍応援団”メディア。ところが、この記事には、タイトル通り安倍政権の失策がこれでもかとばかりに書かれている。  たとえば、松本文明内閣副大臣については、報じられた発言だけでなく、更迭された際のぶらさがり会見でこんな呆れた弁明をしていたことを暴露している。 「現地での食事はみなコンビニで弁当を買っているというので、自分の分を1万円渡したが、本震で1軒も開かなくなった。だからテレビ会議で大臣にコンビニを開けてくださいと頼んだ」 「私の部下がカップラーメンを持ってきたが、お湯が出ないので食べられないとも(大臣には)言った」  また、対策本部に自衛隊が到着した際、松本副大臣が作業中の自治体職員に作業を中断させて拍手を強いたという疑惑を指摘。「現地本部長にしたのは人選ミス」「安倍総理が過大評価した面は否めません」と安倍首相の任命責任にも言及している。  さらに、「新潮」は、支援物資がなかなか被災者に届かなかった問題についても、「政府の不作為」が原因であるとはっきり書いている。福岡、大分、宮崎、鹿児島の隣県に拠点を作り、仕分けボランティアや医療機関への被災者受け入れ態勢をつくっていれば、もっとスムーズに救援、支援ができたという分析したうえ、専門家に以下のような批判をさせるのだ。 「現状では物資が役所に届くだけで、そこから各避難所への配達態勢が整っていません。阪神淡路大震災の時、長田区にある真野地区では、(中略)適切な優先順位のもとで物資が行き渡った。そういう大切な教訓が、今回は生かされていません」(防災科学技術研究所・佐藤隆夫氏) 「政府は『プッシュ型支援』と銘打ってトップダウンで被災地に物資を届けていますが、一方的に送りつけているだけで、先立つべき仕組み作りができていません」(危機管理コンサルタント・田中辰巳氏) 「政府はこれまでその仕組み作りを怠ってきました。東日本大震災時に野党だった自民党は、民主党政権の対応を厳しく批判しましたが、それに学んで次に備えてこなかった」(同)  しかも、「新潮」のいう「政府の不作為」は支援の遅れだけではない。50代女性がエコノミークラス症候群によって亡くなったが、これも車中泊が多いことがわかっていながら、注意呼びかけを怠り、飲み水の供給が遅れた政府の責任であると断じている。  もちろん、震災を無視した国会TPP特別委員会の開催も厳しく批判している。  この問題を国会で追及した民進党の緒方林太郎議員を登場させ、震災発生から4日後のTPP特別委員会の開催強行について、与党側が「総理の強い意向」と説明したことを暴露。その結果、震災対応の責任者が7時間も審議で拘束され、震災対応の遅れを生んだことを指摘した。  また、安倍首相やその応援団が「予算措置なんだから急ぐ必要はない」と弁明していた「激甚災害指定」についても、阪神淡路大震災では7日後、東日本大震災では翌日に、時の政府が指摘を決めていたことを紹介し、「遅い」とばっさり。専門家のこんなコメントを掲載している。 「河野(防災担当)大臣が地方税収入との関係を説明していましたが、映像ニュースなどで被害状況はつぶさにわかっているわけで、そんなものは後講釈です。指定を早く行えば、(略)方向性を打ち出すことができ、被災者に希望を与えられる。それが安倍さんは全く出せていません。一連の震災対応からは、やはり政権の緩み、弛みがちらつくのです」(政治アナリスト・伊藤惇夫氏) 「災害時の対応はます『総論』から始めるべきです。激甚災害指定として扱うか否か、(中略)食料は何食分を何日間で配布するのか、といったことです。これがないまま、各大臣や担当者がそれぞれ『各論』を喋ってしまっているので、行き違いや国と被災者の要望にミスマッチが生じてしまうのです」(危機管理コンサルタント・田中辰巳氏)  さらに、「新潮」が問題にしたのは、閣僚たちのいい加減な情報の扱い方だ。たとえば、森山裕農水相は18日、90万食を確保できるとした上で、その後の3日間で180万食を追加すると言ったにも関わらず、これが伝達ミスであることが発覚。90万食に訂正した。また、中谷元防衛相は菅官房長官が発表すべき死亡者数を勝手に口にし、それがでたらめな数字だったため、マスコミが統合幕僚監部に確認に走り、防衛省が大混乱に陥ったという。  そして、「新潮」はこうした混乱、失態の原因は、安倍首相が震災対応よりも北海道補選を優先しようとしたことにあると断じ、こんな官邸担当記者のコメントを掲載している。 「そもそも安倍総理はこの間、ずっと補選に心を砕いており、前震が襲ってもなお、応援で北海道入りしようとしていたほど。そんな浮き足立ったムードが伝播した」  まさに本質をつく批判だが、それにしても、安倍応援団の「週刊新潮」がなぜ、ここまで厳しく安倍政権の責任を追及したのか。 「今回の地震の特集記事は政界ものをやる班とは別の、事件もの中心の班が取材に動いたようなんです。当初は、普通に、地震時の混乱ぶりを紹介しようと取材していた。そうしたら、安倍政権の失態、お粗末な対応の事実が次から次に出てきた。『新潮』は今、部数も話題性も『(週刊)文春』に大きく水をあけられ、赤字転落ぎりぎりのところにきていますから、政治的イデオロギーばかりで記事をやるわけにはいかない、という空気が強くなっている。今回も、新事実が幾つも出てきて、書くしかない、という判断になったんでしょう」(週刊誌関係者)  ようするに、応援団さえも批判せざるをえないほど、安倍政権の今回の震災対応はひどかったということだろう。  多くの被災者が今なお困難な状況にいるにもかかわらず、そのことに何の配慮もせず、自らの政治的野望のために、震災を政治利用する。この国民不在の自己中心的姿勢こそが安倍首相と今の政権の本質だということは、もはや疑いようがない。 (伊勢崎馨)

ジャニー社長の”SMAP解散否定”でも修復不可?キムタクと中居正広の距離感

【アガるニュースをお届け!デイリーニュースオンラインより】
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 ジャニーズ事務所のジャニー喜多川社長(84)がインタビューに応じたことで、再注目されているSMAPの解散問題。今年1月に騒動となって以降、各メディアが様々な面から報道を行ってきたが、ここに来てジャニー社長が公式の場で「解散はありえない」と明言。しかし、メンバー間の溝はいまだに埋まっていないと見る向きは多い。
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アーノルド・シュワルツェネッガー、新作アクションコメディ出演決定

アーノルド・シュワルツェネッガーが新作アクションコメディ『ホワイ・ウィアー・キリング・ガンサー』へ出演するようだ。『サタデー・ナイト・ライブ』などでおなじみのタラン・キラムが自ら脚本も執筆した監督デビュー作でシュワルツェネッガーが主役のガンサー役を務める方向だという。 同作ではタランも出演を果たすほか、実生活での妻で『ママと恋に落ちるまで』でおなじみのコビー・スマルダーズをはじめ、ボビー・モイニハン、ポール・ブリテイン、クメイル・ナンジアニ、ランドール・パーク、ライアン・ガウルらコメディでおなじみの面々がキャストに名を連ねている。 シュワルツェネッガーは本作の中で、一流のベテラン殺し屋ながらもその横柄な性格に嫌気が刺した殺し屋仲間から命を狙われる役どころを演じることになるようだ。 タランはキム・リードフォード、アッシュ・サロヒア、スティーブン・スクィランテと共にプロデューサーも務める。 シュワルツェネッガーにとってこの新作は、『ゲーム・オブ・スローンズ』のエミリア・クラークと共演し、おなじみのサイボーグT-800を再演した『ターミネーター:新起動/ジェニシス』以来の出演作となる。

アーノルド・シュワルツェネッガー、新作アクションコメディ出演決定

アーノルド・シュワルツェネッガーが新作アクションコメディ『ホワイ・ウィアー・キリング・ガンサー』へ出演するようだ。『サタデー・ナイト・ライブ』などでおなじみのタラン・キラムが自ら脚本も執筆した監督デビュー作でシュワルツェネッガーが主役のガンサー役を務める方向だという。 同作ではタランも出演を果たすほか、実生活での妻で『ママと恋に落ちるまで』でおなじみのコビー・スマルダーズをはじめ、ボビー・モイニハン、ポール・ブリテイン、クメイル・ナンジアニ、ランドール・パーク、ライアン・ガウルらコメディでおなじみの面々がキャストに名を連ねている。 シュワルツェネッガーは本作の中で、一流のベテラン殺し屋ながらもその横柄な性格に嫌気が刺した殺し屋仲間から命を狙われる役どころを演じることになるようだ。 タランはキム・リードフォード、アッシュ・サロヒア、スティーブン・スクィランテと共にプロデューサーも務める。 シュワルツェネッガーにとってこの新作は、『ゲーム・オブ・スローンズ』のエミリア・クラークと共演し、おなじみのサイボーグT-800を再演した『ターミネーター:新起動/ジェニシス』以来の出演作となる。

武豊騎手「還暦まで現役」は可能か? レジェンドたちの足跡とその可能性

 1日に天皇賞・春(G1)をキタサンブラックで、5日に交流G1かしわ記念をコパノリッキーで制した武豊騎手。今週以降もラニでケンタッキーダービーに挑み、エイシンヒカリで欧州遠征、ダービーでも有力の一角エアスピネルに騎乗予定など、47歳にして競馬界のトップランナーであり続けるその姿には感服するばかりだ。  特にキタサンブラックでの勝利に関しては、絶妙なペース配分でライバルたちを置き去りにしての勝利であった。中には「今こそ全盛期」「最近また上手くなったように見える」という声すらもある。競馬界を引っ張るレジェンドの進化はどこまで続くのか。

広瀬すず、橋本環奈に大差をつけ、“1000年に1人”のキャッチフレーズを奪取? 野村周平との“距離感”にファンは激怒

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 先月29日、広瀬すず主演映画『ちはやふる-下の句-』が公開されたのだが、初日舞台挨拶では、続編の制作決定がサプライズ発表され、広瀬が感激のあまり泣き崩れる場面も。ネット上では「広瀬の時代が到来したか?」「やっぱり、広瀬が他の女優よりも頭1つ抜けてるな」などといったコメントが飛び交い、広瀬への注目度はさらに増しているようだ。 「3月に公開された映画『ちはやふる-上の句-』で、映画単独初主演を飾った広瀬ですが、当初は2部作で終わる予定だったものの、『想像以上に面白かった』『良い意味で期待を裏切られた!』などと、原作コミックファンをも唸らせ、累計興行収入も10億円に迫る勢いとなったため、続編が決定したようですね。同じく3月に公開された、広瀬と同い年の橋本環奈主演映画『セーラー服と機関銃 -卒業-』が、“角川映画40周年記念作品”と銘打ち、大々的にPRしたものの、累計興行収入1億円足らずの大爆死状態だっただけに、同世代の女優の中では広瀬が頭1つ突き抜けた感がより一層強まり、『1000年に1人の逸材は橋本ではなく、すずちゃんに決定だね』『“1000年に1人の美少女”のキャッチフレーズは頂き!』などと、広瀬ファンは大盛り上がりの様子を見せているようです」(芸能関係者)  しかし、『ちはやふる』の続編を、そのままのキャストで制作することに、広瀬ファンは不満を抱いているようだ。 「広瀬ファンが不満を抱いているのは、共演者の野村周平の存在。というのも、野村はこれまでに自身のTwitterに広瀬との仲睦まじいツーショット画像などを投稿し、広瀬ファンの反感を買っていたのですが、先月29日には広瀬だけを写して『かわいい』とツイートしたり、キャスト陣で撮った写真では、広瀬と顔をくっつけんばかりの距離で写っていたりと、やりたい放題。野村といえば、フレンドリーな性格で知られ、これまでにも有村架純や中条あやみ、松井玲奈、小雪、武井咲などといった共演女優たちとの仲睦まじいツーショット画像をTwitterに投稿して、多くの女優のファンを敵に回してきたのですが、以前ネット上に、広瀬すず似の黒髪ボブヘアーの交際相手との熱愛ツーショット画像が流出した事件があっただけに、『広瀬だけは、本気で狙ってるのでは?』と、広瀬ファンは警戒し、広瀬への馴れ馴れしい態度に激怒しているようです」(同)  野村は昨年、水原希子との熱愛報道が流れていたが、ちょうどその頃の水原も黒髪ボブヘアーだっただけに、広瀬ファンの警戒心は強まるばかりのようだ。

乙武洋匡の不倫報道を障がい者はどう受け取った?…「障がい者も性欲はあるし、それをタブー視するな」

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乙武洋匡オフィシャルサイトより
【本と雑誌のニュースサイトリテラより】  世間に大きな驚きをもたらした乙武洋匡氏の不倫問題。「週刊新潮」(新潮社)のスクープ記事では、妻以外に5人の女性と肉体関係があったことまで明かされ、それまでの乙武氏のイメージとはあまりにもかけ離れたスキャンダルに、様々な意見が飛び交った。  では、乙武氏と同じく身体に障がいを抱える人たちはこの不倫報道をどう受け取ったのだろうか。「SPA!」(扶桑社)2016年4月26日号には、こんなコメントが掲載されている。 「おとちゃん(乙武氏)が何人もの女性と不倫をしていたというニュースは、身体障害者にとって大きな希望と勇気を与えるものだった。まぁ、とはいえ不倫は否定も肯定もしませんけどね(笑)」  この発言の主は、障がい者が性的に自立できる環境づくりを目指すNPO法人「ノアール」理事長で、『たった5センチのハードル 誰も語らなかった身体障害者のセックス』(ワニブックス)の著者としても知られる熊篠慶彦氏。彼もまた出生時から脳性麻痺による四股の痙性麻痺を抱え、14歳から車椅子生活を送っている障がい者である。  熊篠氏はなぜ乙武氏の不倫騒動を「大きな希望と勇気を与えるもの」と評するのか。そこには、「障がい者」と「性」をめぐる世間の偏見が大きく影響している。  障がい者は「清純」で、セックスのことなんて考えもしない......。健常者が抱く障がい者に対する偏見が彼らをどれだけ苦しめているのか。熊篠氏は「週刊宝石」(光文社・休刊)00年9月14日号のインタビューのなかで、実体験をこのように語っている。 「皆さま、健常者の方々は多大な誤解をなさっています。脳性麻痺という表現自体がバカヤローなんですが、両手両足は確かに麻痺していますが、脳全体やチンチンが麻痺しているわけではありません。  食欲があるように性欲があり、寝ることと同じように朝立ちし、射精します。 (中略)  それなのに、多くの健常者の人たちは、車椅子の障害者とは、健気にバスケットボールやマラソンに打ち込み、もしくは絵を描き、詩を書くという実に分かりやすいイメージしかありません。健常者と同じことをすると一生懸命頑張っていると言われるのに、なぜSEXしようとすると眉を顰められなければならないのでしょうか。  僕はいま、怒っています。もう、プンプンです。長い時間をかけ、自然なかたちでデートを重ねてきたつもりだった女性の肩を抱こうとしたら、彼女はこう言いました。 「熊篠さんて、そんなことする人じゃないと思っていました。驚きです」  そんなことって、どんなこと。健常者の世界では、男が女の肩を抱くといつから驚かれるようになったのですか。ボランティアの彼女は言ってくれましたね。 「だって車椅子の人は、そういうこと(性欲)がないと思ってたから」  僕はブチ切れて、本当に脳が麻痺しそうになりました」  ボランティアとして働き、障がいをもつ人の近くにいる人ですら、障がい者は性的な欲求を抱く人ではないという偏見に支配されていた。しかし、もちろん、生殖機能に障がいをもっていないのであれば、性欲は健常者と変わらない。  だが、健常者はよくよく考えれば当たり前のこの事実になかなか思い至らない。いや、思い至っていたとしても、「障がい者」と「セックス」を結びつけることは「タブー」とされてきていた。こうしたタブー視は、たんにイメージの問題でなく、障がい者の自立そのものを妨げる要因ともなる。なぜなら、障がい者が「性的」に自立することは、実生活における社会的な自立をも促進するものだからである。  熊篠氏も性的に自立したことで、社会的な自立もまた得ることができたという経験をもつひとりだ。彼は養護学校で出会った遊び人の理学療法の先生から「熊篠、女を知れば視野が広がるぞ」とそそのかされ、先生と一緒にホテルに部屋を取り、そこにホテトルを呼ぶことになるのだが、そこでの体験は熊篠氏にとって、単に「風俗嬢と性的な関係をもった」ということにとどまらず、社会的な自立の契機をも与える重要なものであった。 「とってもラッキーだったのは、相手の女性の親戚に知的傷害者がいて、僕に対し先入観や偏見がなかったことです。優しくて、「僕も普通にSEXできるじゃん」という自信を自然に持たせてくれました。こうしたことが、僕たちにどれほど勇気と力を与えてくれるものか、健常者の方はちょっと理解できないかもしれません。  そして本当に、僕の世界と視野はパーッと広がったのです。いままで日常生活のなかで、大変だと思っていたことも、やってみたら大したことではない、と。入浴、着替え、掃除、工夫次第で簡単にできるじゃないか。それが相乗効果になり、精神的にも余裕が生まれ、自分のことは自分でするという気持ちが強くなり、一人暮らしを始めました」(前掲「週刊宝石」より) 「性」の自立が「社会的」な自立につながる。逆もまた然り。これは熊篠氏だけの特別な事例ではない。「障害者の性」問題の解決に取り組むNPO「ホワイトハンズ」では、身体障がいにより自力での射精行為が困難な男性に対して射精介助のケアサービスを提供しているのだが、同法人の代表理事である坂爪真吾氏は『セックスと障害者』(イースト・プレス)のなかでこのように綴っている。 〈射精介助のデータを分析していく中で、「射精介助の利用率は、本人の社会参加の活発さに比例する」という法則が浮かび上がってきました。性に関する介助というと、若い世代の人、性的欲求の強い人が頻繁に利用する、というイメージがありますが、現実はむしろ就労やスポーツ、学業や障がい者運動、レジャーや旅行などの社会参加を活発にしている人の方が頻繁に利用する傾向があることが分かりました。  性的にアクティヴな人は、社会的にもアクティヴです。自分の性ときちんと向き合い、自分の意思で性の健康を管理できる性的に自立した人は、他人の性も尊重できます。そのため、対人コミュニケーションもうまくいき、就労や趣味、スポーツなどのコミュニティにも参加しやすくなって、出会いの機会も増える......という好循環です〉  健常者と同じように性的な体験をすることが自信となり、また、性的に自立している人は社会的にも自立しやすい。そのような傾向があるのだが、では、なぜ性的な自立が社会的な自立につながるのか。それは「母親の壁」が関係していると坂爪氏は指摘する。  障がいをもって生まれた子どもとその母親の間には過度の母子密着が生まれやすい。トイレやお風呂、外出の世話まですべての生活を母親がサポートしているため、子どもはプライベートな時間をもつことが難しい。また、なんらかのコミュニティの集まりに参加していたとしても、そこに母親がついてくることにより、その場で恋愛関係が構築されることも難しくなってしまう。この「母親の壁」が結果的に自立を妨げることにもつながってしまうのだ。性的な自立は、この「母親の壁」からの自立ということでもある。  また、こういった状況では、母親が本人に代わって意思決定をしてしまうことが多いため、自分から情報を集めたり、何かを決めたりということが難しくなってしまう。とくに、性的な情報などについてはその傾向が強い。思春期を迎えた子どもに「性的」な芽生えがあったとしても、家族はそれを見て見ぬ振りをしてしまうからだ。  そのように、障がい者と性の問題を見て見ぬ振りしてしまうのは学校教育の現場でも同じだ。「寝た子を起こすな」の姿勢の性教育が、身体のどこに障がいがあるかは関係なく障がいをもつ人たち全員の教育に共通してあり、そうして性の問題をタブー視していることが、また新たな問題を生んでいると熊篠氏は主張している。 「異性との接し方、オナニーの方法、SEXの仕方など、障害者に対し、性に関する情報はあまりにも閉ざされていました。僕たちは性的に封印され続けてきたのです。でも、僕たちだって生身の人間なんです。性的欲求は体の奥からフツフツと沸き上がってきます。その欲求にどう対処すればいいのか、その答えが見つからずモンモンとした日々を過ごしている障害者が、僕の周りにはたくさんいます。(中略)僕たちは障害者というより、障害にがんじがらめにされた者たちなのです」(前掲「週刊宝石」) 「障がい者はセックスのことなど考えない純潔な人である」という健常者の勝手な思い込みは、彼らを苦しめ続けている。今回の乙武氏の不倫報道をきっかけに、そのような偏見が少しでも是正されればと願うばかりだ。 (田中 教)

広瀬すず&アリス姉妹に異変?過剰なセット売りのウラ事情

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写真は広瀬すずオフィシャルブログより
 広瀬すず(17)の主演映画『ちはやふる-下の句-』が絶好調で、すでに続編の制作も決定している。そして、この映画には広瀬すず演じる主人公の姉役として、実の姉・広瀬アリス(21)も出演。姉妹共演を果たした。SMAPの後を引き継いだユニバーサル・スタジオ・ジャパンのCMでも2人は共演しており、姉妹での露出が増えている。
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ロバート・ダウニー・Jr、自分の記事を読むことが大好き!?

ロバート・ダウニー・Jrは自身のことを書かれた記事を読むのが大好きのようだ。2008年からマーベル・コミック・シリーズでアイアンマンを演じているロバートは、自身やヒット作での好演について良い評価が書かれているのを読むのが好きであると明かした。 26日(火)にロンドンで行われた『シビル・ウォー/キャプテン・アメリカ』のヨーロッパプレミアの場でロバートは、「この作品の良い評価を読んでいたところなんだ。僕のことを高評価してくれる記事は一日中でも読んでいられるね」と語った。 そんな一方で、元妻デボラ・ファルコナーとの間に1人と現在の妻スーザンとの間に2人の子供を持つロバートは、子供たちと遊ぶのが大好きだそうで、自分も子供のように振る舞っていることがよくあるとBANGショービズに明かした。「僕は子供たちが大好きなんだ。自分が親なのに、いまだに同じ子供のように振る舞ってしまうんだ」 本作からトム・ホランド演じるスパイダーマンがマーベル映画に参加し始めたことについて、ロバートは世代を超えた観客層に愛されるだろうとしており、「この映画の良いところは、何にでもあう作品ってところなんだよね」とコメントした。

正義VS正義の戦いを描く『シビル・ウォー/キャプテン・アメリカ』正しいのはどちら?

【リアルサウンドより】  マーベル・ヒーロー達による正義の組織・アベンジャーズが、チーム・アイアンマン、チーム・キャプテン・アメリカの二派に分かれ大乱戦を繰り広げる映画『シビル・ウォー/キャプテン・アメリカ』。彼らはなぜ仲違いをしてしまったのか? そしてどちらのチームが正しいのか? ここでは勝敗の行方には触れず、作品の背景や内容を読み解きながら、それらの答えを考えていきたい。  本作は、マーベル・スタジオが展開する各作品のクロス・オーバー世界、MCU(マーベル・シネマティック・ユニバース)「フェイズ(シーズン)3」最初の作品にあたる。全ての作品を統括するケヴィン・ファイギ製作社長によると、各フェイズは毎回、ヒーローが集結し強大な敵を打ち破る『アベンジャーズ』シリーズによってクライマックスを迎えるという。今まで協力していたアベンジャーズのヒーロー達が分裂し敵対してしまう不穏な展開が、今フェイズの滑り出しとなる。  本作を楽しむためには、事前にキャプテン・アメリカとアイアンマン、アベンジャーズなどのシリーズを観ておきたい。余裕があれば、アントマンやハルクなど、本作の設定や物語に関わってくる今までの作品群を観ることで、より深く楽しめるはずだ。とくにアントマンのどん底人生を目にしてる観客は、本作での彼の戦いが何倍にも楽しく感じられるだろう。ただそれは、MCU作品に手を出したら最後、有機的に繋がっている様々な作品を芋づる式に追いかけてしまうことを意味する。これがアメコミ原作の方式を踏襲する、マーベル・スタジオの戦略であり、大きな商業的成功を収めている理由のひとつだろう。  自身もマーベルオタクであるファイギ製作社長が目を光らせるこの方式は、アメコミファンをもうならせる作品世界への理解を下敷きとする反面、スタジオ主導のシリーズという印象もある。だが、そのなかで作家的な個性を最も発揮したのが、本作の監督・ルッソ兄弟と脚本家チームだ。彼らによる、同名のコミックをベースにした前作『キャプテン・アメリカ/ウィンター・ソルジャー』は、ロバート・レッドフォードを出演させ、彼の代表作のひとつである『大統領の陰謀』に原作コミックの要素を重ね合わせ、正義の組織の内部にある闇にキャプテン・アメリカが立ち向かっていくという、ヒーロー映画の枠を超えた本格的なサスペンスが展開される。ファイギ製作社長も「この作品がMCUの世界を激変させた」と述べるように、それ以降のマーベル映画の方向を決定してしまうほどの力を持った意欲作である。今まで描かれてきた正義と悪の戦いが、ここで一気に立体的な複雑さを持ち、現代社会とのリンクが強まった。ルッソ兄弟は続編である本作のみならず、マーベル作品から離脱するジョス・ウェドン監督の後を引き継ぎ、アベンジャーズの次回作を手がけることが決定している。  「ウィンター・ソルジャー」に続く本作は、継続される陰謀劇の脚本のなかに、やはり同名の原作コミック「シビル・ウォー」に描かれているアベンジャーズ分裂の物語を一部改変し組み込むという、かなりアクロバティックな脚本となっている。  アベンジャーズ亀裂の発端は、フェイズ2『アベンジャーズ/エイジ・オブ・ウルトロン』での戦闘にあった。彼らの戦いによって一般市民に犠牲者が出ていたのだ。その後、任務中の不祥事が重なることで、多くの市民から、彼らの戦いは信用ならない自警活動であるという批判が巻き起こった。そこでアベンジャーズに、ある提案が持ち込まれる。国連によってヒーロー達の活動を制限し管理することに同意しろというのだ。  DCコミック原作の映画『バットマン vs スーパーマン ジャスティスの誕生』でも同様のテーマが設定されたように、ヒーローの戦闘行動における責任が描かれる背景には、実際のアメリカの軍事行動の問題がある。2001年の同時多発テロ直後アメリカ政府は、イラクがテロ組織を支援し、大量破壊兵器を持った「悪の枢軸」だとして、国際的な決議を経ないままイラクを空爆し、子供や老人を含めた一般市民の多数の命をも奪った。だが結局、テロとの関係は証明されず、大量破壊兵器があるという証拠も捏造されたものだった。このアメリカの正義の失墜は、その後アメリカンコミック・ヒーローの戦う意味に、暗い影を落とすことになった。この問題が映画にも影響を及ぼすのは必然的である。  本作では意外にも、一見傲慢に見えるアイアンマンが、提案を承諾することよって過失の責任を取ろうとする。それは彼自身も、肉親を不慮の事故によって奪われるという経験があったからだ。しかしキャプテン・アメリカはその選択に異議を唱える。キャプテン・アメリカは前作で経験したように、正義のはずの組織が道を誤ってゆく様子を目の当たりにしているのだ。もともと原作のキャプテン・アメリカは、アイアンマンより20年も早い、マーベルコミック初期からのキャラクターであり、時代の要請や、複数の原作者の信条によって、その描き方が変更されてきた。一時期は作品の中でアメリカ政府による差別的な「赤狩り」に加担した事実もある。その後、この描写にはフォローが加えられたが、このような原作での過去の過ちがあるからこそ、彼はむしろ権力を懐疑する象徴になり得る存在なのである。  アベンジャーズの中心的存在である二人は対立を深め、それぞれの考えに同調したヒーロー達は、とうとう戦うことになる。彼らが一列に並び走り出すところから始まる激突シーンは、サスペンスの緊張を忘れさせるコミック的様式美が楽しい。たっぷり尺を取った彼らの乱戦の模様とその結果は、劇場の大画面で見届けて欲しい。  さて、彼らは果たしてどちらが正しいのだろうか。アイアンマンを含む賛成派は、活動の是非を外部に決定させるという道を選んだ。正義のヒーローであろうと一般市民と同じように一定の法律に従い動くのである。自らを縛ることで人々の要望に対し奉仕する「開かれた正義」だと表現できる。対してキャプテン・アメリカ含む反対派は、あくまで独自の判断で、ときに法律を無視しようとも正義を行うという「閉じられた正義」だといえる。人によって意見は異なるだろうが、どちらの姿勢にもそれなりに感情移入できるのではないだろうか。重要なのは、どちらの派閥にしても「誤った行為をしてしまう」リスクは付きまとうということだ。ただし、反対派がしくじった場合、法に照らせばヒーロー達が犯罪者になりかねないという点は大きな違いだ。  アベンジャーズが分裂することは悲劇だが、考え方を変えれば、それはある意味で健全なことではないだろうか。正義と思っていたものが、じつは悪であったということは、現実世界では珍しいことではない。キャプテン・アメリカらの正義が暴走したら、それを止めることができるのはアイアンマン達である。アイアンマンらが間違った方向に利用されたら、それを正すことができるのはキャプテン・アメリカ達なのである。二つが対立することが、より正しい正義に向かうために必要な試練なのかもしれない。本作『シビル・ウォー/キャプテン・アメリカ』は、「正義」の概念を複雑化し、ヒーロー映画を前作よりもさらに現実の世界に近いものとした。マーベル映画は本作によって、真の意味で新しいフェイズに突入したのである。(小野寺系(k.onodera))