20日、タレントの橋本マナミが自身のインスタグラムに「3年前のアタシ」と、3年前、素肌の上からジャケットを着て、男性向けファッション雑誌「GQ JAPAN」(コンデナスト・ジャパン)のグラビア撮影をした際の画像をアップ。「離れ乳がたまらなくエロい!」「3年経った今はさらに熟しているのでは?」などとファンを大興奮させた。 3年前といえば、「愛人にしたい女No.1」というキャッチフレーズで、橋本の名がジワリジワリと世間に浸透し始めた頃だが、推定Gカップの巨乳がジャケットからこぼれ落ちんばかりのセクシーショットに、ファンからは「他にも画像ないの?」というおねだりが殺到。また、32歳となった今でも現役でグラビア活動をしている橋本なだけに、「同じ衣装着た姿を見せて欲しい」という声も少なくなかった。 「バラエティ番組や女優業で大忙しの橋本ですが、今でもコンスタントにグラビア活動を続け、その豊満なボディは衰えるどころか、円熟味を増し、ますますファンを魅了。来月13日に発売予定の、お笑いタレント・今田耕司がカメラマンを務めた写真集『今田耕司が撮った13人のオンナ』(光文社)では、広瀬すずや中条あやみ、平佑奈など、今田セレクトの厳選美女13人の中で最年長モデルとして抜擢されているのですが、すでに公開されている先行カットでは、ほとんどただの布切れといっても過言ではない露出過多な紫色のドレスを身に纏った姿を披露し、『1人だけ群を抜いてドスケベ』『ヌードよりエロい』などと、発売前からすでに話題を集めています」(芸能関係者) 年齢を重ねるごとに「愛人にしたい女No.1」「国民の愛人」などといったキャッチフレーズが似合う色気の漂う美女へと進化している橋本だが、先月27日に放送された『ダウンタウンDX』(日本テレビ系)では、過去に本当に愛人だったことがあることを告白し、ネット上を騒然とさせた。 「橋本は、過去に男性から『離婚した』といわれて交際していたものの、その男性が実は離婚していなかったことを、『最近になって分かった』と告白。ネット上では『本当に愛人だったんじゃん!』と衝撃を受ける声が飛び交う一方で、橋本といえば、中学1年生の時に芸能界入りしたものの、鳴かず飛ばずの日々が長く続いていただけに、『本当は離婚してないの知ってたのでは?』『お金持ちのパパがいたのでは?』などといった疑惑の声が広まる事態となってしまったようです」(同) 橋本は、来年1月に公開予定の映画『破門 ふたりのヤクビョーガミ』で初の愛人役を演じるとあって、「愛人経験豊富かどうかを見極めてやる」「あまりにも様になってたら、クロだな」などといった声がささやかれているが……。橋本マナミ公式インスタグラムより
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どうあがいても絶望しか感じない暗黒のラスト……オタクの青春の終焉を描く『げんしけん』最終巻
ついに『げんしけん』(作:木尾士目)最終巻が発売されてしまった。2002年の連載開始から、中断を挟みつつ14年あまり。気がつけば、けっこうな長期連載になっていた。個人的な体験だが最初に、この作品を知ったのは新宿署の待合室。 某政治運動で逮捕された仲間に面会するため、山口貴士弁護士を呼び出して待っていたら、早稲田大学の活動家だったYクンが「この新連載が、面白いんですよ~」とおもむろに「アフタヌーン」(講談社)を取り出したのである。「これは、すげえマンガだ!」と、みんなで回し読みをしながら盛り上がっていたら、警察官が「弁護士は、まだこないんですか!」と。 きっと多くの読者も同じだと思うが、二代目となり、途中「さっさと結論をつけろよ」とイライラしながらも読み続けた理由、ただ斑目ハーレムの決着を見たかったからである。 もう、メインヒロインの座が波戸クンにあると思っていた。この2人の関係は事情を知らない人からみたら「もう、ヤッてるんだろうな」としか思えない濃密なものであった。いかに経験のない斑目であろうとも、幾たびもあった「ヤレる流れ」に乗らなかった姿に、コイツはインポなんじゃあないかと思うこともたびたびである。もはや、現実世界でもジェンダーが越境している昨今。波戸クンの性別など、何も障害にはなっていなかったのだから。むしろ、女装男子であるところの波戸クンは『To Heart』におけるマルチ的な魅力に満ちあふれていたのである。 しかし、マルチ的要素を持ちながらも、波戸クンは、あまりにもメインヒロイン然としすぎていた。『ときめきメモリアル』における藤崎詩織、『同級生2』における鳴沢唯のごとき献身は「ヤレる流れ」を押しとどめる障害になってしまったのであろう。 何しろ、斑目ハーレムの外縁部にはメインヒロインの攻略を後回しにしようと考えてしまうだけの魅力を持つヒロインがいた。それが、春日部咲である。この攻略不可のヒロインをなんとかしようという無謀な挑戦と挫折が、斑目ハーレムの決着がつかない要因であったことは、最終巻になって、ようやく明らかにされた。 この真のメインヒロインともいえる咲。彼女は、いわば『バーチャコール3』におけるウィンディである。『げんしけん』の展開に一喜一憂している世代であれば、思い出すだろう「まさか、このヒロインが攻略不可のはずがない!」と幾度もチャート図を精査し、攻略できないことがわかっても、それでも諦めきれずに、どうしようもない気持ちを抱えた時のことを……。 そして、このデウス・エクス・マキナによって斑目ハーレムの混乱は収束を迎える。咲の託宣は「明確な断る理由を持っていないから」という一点でスーを選べというものであった。 読者は「それでいいのか?」と思ったであろう。でも、登場人物たちは止めない。なぜから、いい加減に誰かと付き合ってもらう以外に混乱を収束させる落としどころはなかったからだ。もしも、このまま誰とも付き合わずに斑目ハーレムが解散したとして、どうなるか。フラれた女子の側も斑目も10年、20年の単位で、怨み言を述べることになっただろう。人生に黒歴史を抱えたくないという一点で、衆目は一致していた。 当の斑目は、どうであったのか。この男は、ハーレムの最中も、そして、最終局面まで攻略不可のヒロインと、どうにかなるのではないかという希望を捨てなかった。ファンディスクだとかコンシューマー化の際の追加シナリオがあるのではないかと、わずかな希望を抱き続けていた。その無謀な一点突破でのヒロイン攻略を諦めていなかったことが明らかになるのは、咲が斑目に決着をつけさせるために「妊娠した」と嘘をついた瞬間だ。 この時、斑目は人目も憚らずに「誰でもいいから、やっときゃよかった」と叫ぶ。咲の視点からすれば、そこまで想われれば半ばは迷惑だけれども、半ばはまんざらでもないというところだろう。だからこそ、決着をつけるために手を差し伸べるのだ。 とはいえ、ハーレムのヒロインたちにしてみれば、完全に十把一絡げの扱いをされながら、ここまで引っ張られていたことが、わかってしまう瞬間だ。 斑目は、誰とも付き合わないと告げた時、各々のヒロインに丁寧に理由を述べるが、それも、その場をやり過ごすために、言葉を弄んだだけだったのである。 前述したように、斑目にスーを選択した理由を、咲も明確に持っているわけではない。ただ、読者には見えるだろう。暗黒の未来が。 このジョックスの餌食として生きてきたとしか思えない、金髪娘。ナードの側でも扱いに困るシロモノだ。既刊も含めて読み返してはみたのだが、げんしけんのメンバーですら、まともにコミュニケーションが取れているかといえば疑問である。それでも、げんしけんのメンバーは、まだコミュニケーションが可能だ。それは、マンガやアニメを媒介として共通言語を持つことができるからだ。 だが、それは大学というモラトリアムの空間の中でのこと。この先、とことんコミュニケーションが不要な仕事を選択しなければ、生きづらさを抱え込む人生が待っている。日本で暮らしていれば、コミュ障の部分も「外人さんだから、仕方ないな……」と言語や習慣の違いと勘違いしてくれるだろうけど、それでも限界がある。 何より、これからの斑目との恋愛は、どう構築されていくのか。身体の関係が出来るのは早いだろう。単行本の、おまけマンガでは、まだキスまで至っていないことを記しているが、ここから肉体関係の発生まで、あと2週間程度と推測できる。なぜなら、この2人は、お互いの気持ちが一致して関係を結ぶのではなく「そういうものらしいから、やらなければならない」という一種の強迫観念の中で挿入に至るに違いない。 結果、実はマスターベーションのほうが気持ちいいと心の中でボヤきながら、どちらかの家で漫然と行為だけは繰り返されていく。お互いに遠慮しながら、習慣的にやらなければならないという思いだけを抱えて。身体を重ねても通じ合えない行為の繰り返すが別れはこない。互いに、自己評価の低い人生ゆえに次はないと思っているから、結婚には至るだろう。ただ、コミュニケーションに難ありな夫婦間に、子どもでもできたら、どんな結果が待っているのか……。 やっぱり、波戸クン。時点で、笹原妹と付き合っておけばよかったのに……。すべての元凶となった咲は、責任は感じても責任は取らない。 人生において一瞬の快楽や喜びの後には、それを無にする崖を転げ落ちるような絶望が待っていることを、改めて感じた。ここまで、足かけ14年。誰も何も成長なんて、なかったんだよ……。 (文=昼間たかし)『げんしけん 二代目の十二(21)<完> 』(講談社)
どうあがいても絶望しか感じない暗黒のラスト……オタクの青春の終焉を描く『げんしけん』最終巻
ついに『げんしけん』(作:木尾士目)最終巻が発売されてしまった。2002年の連載開始から、中断を挟みつつ14年あまり。気がつけば、けっこうな長期連載になっていた。個人的な体験だが最初に、この作品を知ったのは新宿署の待合室。 某政治運動で逮捕された仲間に面会するため、山口貴士弁護士を呼び出して待っていたら、早稲田大学の活動家だったYクンが「この新連載が、面白いんですよ~」とおもむろに「アフタヌーン」(講談社)を取り出したのである。「これは、すげえマンガだ!」と、みんなで回し読みをしながら盛り上がっていたら、警察官が「弁護士は、まだこないんですか!」と。 きっと多くの読者も同じだと思うが、二代目となり、途中「さっさと結論をつけろよ」とイライラしながらも読み続けた理由、ただ斑目ハーレムの決着を見たかったからである。 もう、メインヒロインの座が波戸クンにあると思っていた。この2人の関係は事情を知らない人からみたら「もう、ヤッてるんだろうな」としか思えない濃密なものであった。いかに経験のない斑目であろうとも、幾たびもあった「ヤレる流れ」に乗らなかった姿に、コイツはインポなんじゃあないかと思うこともたびたびである。もはや、現実世界でもジェンダーが越境している昨今。波戸クンの性別など、何も障害にはなっていなかったのだから。むしろ、女装男子であるところの波戸クンは『To Heart』におけるマルチ的な魅力に満ちあふれていたのである。 しかし、マルチ的要素を持ちながらも、波戸クンは、あまりにもメインヒロイン然としすぎていた。『ときめきメモリアル』における藤崎詩織、『同級生2』における鳴沢唯のごとき献身は「ヤレる流れ」を押しとどめる障害になってしまったのであろう。 何しろ、斑目ハーレムの外縁部にはメインヒロインの攻略を後回しにしようと考えてしまうだけの魅力を持つヒロインがいた。それが、春日部咲である。この攻略不可のヒロインをなんとかしようという無謀な挑戦と挫折が、斑目ハーレムの決着がつかない要因であったことは、最終巻になって、ようやく明らかにされた。 この真のメインヒロインともいえる咲。彼女は、いわば『バーチャコール3』におけるウィンディである。『げんしけん』の展開に一喜一憂している世代であれば、思い出すだろう「まさか、このヒロインが攻略不可のはずがない!」と幾度もチャート図を精査し、攻略できないことがわかっても、それでも諦めきれずに、どうしようもない気持ちを抱えた時のことを……。 そして、このデウス・エクス・マキナによって斑目ハーレムの混乱は収束を迎える。咲の託宣は「明確な断る理由を持っていないから」という一点でスーを選べというものであった。 読者は「それでいいのか?」と思ったであろう。でも、登場人物たちは止めない。なぜから、いい加減に誰かと付き合ってもらう以外に混乱を収束させる落としどころはなかったからだ。もしも、このまま誰とも付き合わずに斑目ハーレムが解散したとして、どうなるか。フラれた女子の側も斑目も10年、20年の単位で、怨み言を述べることになっただろう。人生に黒歴史を抱えたくないという一点で、衆目は一致していた。 当の斑目は、どうであったのか。この男は、ハーレムの最中も、そして、最終局面まで攻略不可のヒロインと、どうにかなるのではないかという希望を捨てなかった。ファンディスクだとかコンシューマー化の際の追加シナリオがあるのではないかと、わずかな希望を抱き続けていた。その無謀な一点突破でのヒロイン攻略を諦めていなかったことが明らかになるのは、咲が斑目に決着をつけさせるために「妊娠した」と嘘をついた瞬間だ。 この時、斑目は人目も憚らずに「誰でもいいから、やっときゃよかった」と叫ぶ。咲の視点からすれば、そこまで想われれば半ばは迷惑だけれども、半ばはまんざらでもないというところだろう。だからこそ、決着をつけるために手を差し伸べるのだ。 とはいえ、ハーレムのヒロインたちにしてみれば、完全に十把一絡げの扱いをされながら、ここまで引っ張られていたことが、わかってしまう瞬間だ。 斑目は、誰とも付き合わないと告げた時、各々のヒロインに丁寧に理由を述べるが、それも、その場をやり過ごすために、言葉を弄んだだけだったのである。 前述したように、斑目にスーを選択した理由を、咲も明確に持っているわけではない。ただ、読者には見えるだろう。暗黒の未来が。 このジョックスの餌食として生きてきたとしか思えない、金髪娘。ナードの側でも扱いに困るシロモノだ。既刊も含めて読み返してはみたのだが、げんしけんのメンバーですら、まともにコミュニケーションが取れているかといえば疑問である。それでも、げんしけんのメンバーは、まだコミュニケーションが可能だ。それは、マンガやアニメを媒介として共通言語を持つことができるからだ。 だが、それは大学というモラトリアムの空間の中でのこと。この先、とことんコミュニケーションが不要な仕事を選択しなければ、生きづらさを抱え込む人生が待っている。日本で暮らしていれば、コミュ障の部分も「外人さんだから、仕方ないな……」と言語や習慣の違いと勘違いしてくれるだろうけど、それでも限界がある。 何より、これからの斑目との恋愛は、どう構築されていくのか。身体の関係が出来るのは早いだろう。単行本の、おまけマンガでは、まだキスまで至っていないことを記しているが、ここから肉体関係の発生まで、あと2週間程度と推測できる。なぜなら、この2人は、お互いの気持ちが一致して関係を結ぶのではなく「そういうものらしいから、やらなければならない」という一種の強迫観念の中で挿入に至るに違いない。 結果、実はマスターベーションのほうが気持ちいいと心の中でボヤきながら、どちらかの家で漫然と行為だけは繰り返されていく。お互いに遠慮しながら、習慣的にやらなければならないという思いだけを抱えて。身体を重ねても通じ合えない行為の繰り返すが別れはこない。互いに、自己評価の低い人生ゆえに次はないと思っているから、結婚には至るだろう。ただ、コミュニケーションに難ありな夫婦間に、子どもでもできたら、どんな結果が待っているのか……。 やっぱり、波戸クン。時点で、笹原妹と付き合っておけばよかったのに……。すべての元凶となった咲は、責任は感じても責任は取らない。 人生において一瞬の快楽や喜びの後には、それを無にする崖を転げ落ちるような絶望が待っていることを、改めて感じた。ここまで、足かけ14年。誰も何も成長なんて、なかったんだよ……。 (文=昼間たかし)『げんしけん 二代目の十二(21)<完> 』(講談社)
【実写映画レビュー】シリーズ最高の美しいラストは「正しい政治的選択」の末に――『ファンタスティック・ビーストと魔法使いの旅』
満を持して公開された『ファンタスティック・ビーストと魔法使いの旅』。2001年から通算8本が製作された「ハリー・ポッター」シリーズ5年ぶりの最新作……というより、ハリポタ本編に登場する架空の書物『幻の動物(ファンタスティック・ビースト)とその生息地』の著者を主人公としたスピンオフである。原作者のJ.K.ローリング自身が映画のために脚本を書き起こした、5部作の第一弾だ。 舞台は第一次世界大戦後、1926年のニューヨーク。世界中を巡って魔法動物を捕獲・記録している魔法動物学者ニュート・スキャマンダーが、トランクから逃げてしまった魔法生物たちを回収する物語だ。彼と行動を共にするのは3人。ニュートとそっくりのトランクを持っていたため騒動に巻き込まれた中年男性・コワルスキー、アメリカ合衆国魔法議会で働く女性魔法使いのティナ、ティナと同じ職場で働くセクシーな妹のクイニー。子供たちの冒険と成長を描いたハリポタ本編とは異なる「大人4人」というわけだ。 本作は、過去のハリポタシリーズに精通していなくとも、独立作品として十分に楽しめる。CGで描画された愛らしい魔法動物たちは、CGとわかっていてもキュン死するほどキュートだし、ジャズとアールデコと自動車文化に彩られた20年代ニューヨークの街並みは、文豪フィッツジェラルドの世界を忠実に映像化したかのごとく、クールで洒脱。これが英国産のハリポタテイストと奇妙になじむのは、伝統社会から大衆消費社会への過渡期にあったこの時代のアメリカが、伝統的魔法社会と現代人間社会との共存を描いていたハリポタ本編と、似通った空気をまとっているからかもしれない。 「街で大暴れする魔法動物の描写と、その捕獲アクション」は本作の大きな見どころだが、それは物語の縦糸にすぎない。では横糸は何かといえば、異なる種族である「魔法使い」と「人間」との“民族共存”についての、悪役側からの問題提起だ。ハリポタファンなら聞き覚えがあるだろう。これはハリポタ本編のラスボス、ヴォルデモート卿の目的だった「魔法使いの純血種だけによる世界の構築=人間の殲滅」の草稿のようなものだ。 本作で魔法使いの能力を持つ者は、その能力を人間社会に知られないように生きている。大騒動になるからだ。よって魔法界の法体系においては、人間の前で魔法を使ったらその人間の記憶を消去する魔法「オブリビエイト」を唱えることが義務化されており、怠れば罪に問われる。 しかしよくよく考えてみれば、これはおかしい。人を傷つけたならまだしも、単に魔法を人間に見せただけで、つまり「本来持っている能力を人前で発揮する」だけで罪になるとはこれいかに。彼らは魔法使いに生まれたというだけで言動が制限される。これはほとんど、肌の色や出身地で居住地や職業が制限される現実の社会そのままだ。被差別というやつである。 だから本作の終盤で明かされる“黒幕”の魔法使いは、魔法使いが魔法使いであることを隠して人間社会で生きなければならないことに我慢できない。自分たちのアイデンティティが尊重されないことに激しく憤っている。そこで彼が目をつけたのが、「オブスキュラ」という生命体だ。これは、魔法使いが魔法を使うのを抑圧された時に生まれる怨念が実体化した寄生生物のようなもの。かつて魔法使いが人間に迫害されていたころに生まれたというが、概念的には『スター・ウォーズ』におけるフォースの暗黒面、『もののけ姫』におけるタタリ神が近い。黒幕はオブスキュラの圧倒的な破壊力を使って人間社会を打ち負かし、魔法使いにとって住みよい世界を作ろうとする。 本作でこの黒幕はもちろん悪人として描かれているが、ひとつの疑問が湧きあがる。黒幕の思想は本当に“悪”なのだろうか? かつて人種丸ごと迫害された歴史を持ち、現在も肩身狭く息を潜めて暮らさなければならない者が、革命の狼煙をあげることが、そんなに糾弾されることなのか? 本作の舞台がハリポタ本編の舞台であるイギリスではなく、移民も含めた人種のるつぼであるアメリカであるという点は、とても示唆的だ。物語冒頭、パン屋を開業したいと銀行に金策に行くも断られてしまうコワルスキーは、名前からしてポーランド系移民。現在は缶詰工場で貧しく働いているという設定だ。この時代、アメリカは経済発展の真っただ中だったが、非北欧系の移民流入は1924年移民法(ジョンソン=リード法)によって厳しく制限されていた。平たく言えば、移民は社会の邪魔者扱いだったのだ。特定国籍・特定人種の肩身が狭くなるのは、いつの時代、どんな場所でも起こりうる。 当然ながら、人間との衝突を避けて平穏な社会を維持しようとする合衆国魔法議会は、魔法使い(という人種)だけの幸せを願う黒幕と真っ向から対立することになる。その構図は、90年後に同じ国で行われた大統領選を想起させはしないだろうか。世界全体の融和を掲げるグローバリズムと、自国第一を掲げる保護主義が真っ向から対立した、あれだ。それを踏まえると、劇中で黒幕が魔法議会の議長(黒人の女性だ)に向けて叫ぶ「誰を守るための法だ!」は、ひたすら重い。 その対決は、口に砂を含んだような苦味をわずかに残して、雌雄が決される。どちらかの主張が通ればどちらかが退けられるのは、まさしく選挙と同じ。双方の政治的主張だけに耳を傾けるなら、一見してどちらが正しいとも言い難い。 しかし物語が選択した結論は、おそらく選ばなかった結論よりも、きっと素晴らしいものだった。その証拠に、魔法使いのクイニーと人間であるコワルスキーの恋の行方を描いた終盤のくだりと最終カットは、今までのどのハリポタシリーズよりも美しく、切なく、希望に満ちている。ハリポタを卒業した大人こそ見届けるべき、最高のラストシーンではなかろうか。 (文・稲田豊史) (C)2016 Warner Bros. Ent. All Rights Reserved. J.K. Rowling’s Wizarding World TM J.K. Rowling and Warner Bros. Entertainment Inc.『ファンタスティック・ビーストと魔法使いの旅』。
【実写映画レビュー】シリーズ最高の美しいラストは「正しい政治的選択」の末に――『ファンタスティック・ビーストと魔法使いの旅』
満を持して公開された『ファンタスティック・ビーストと魔法使いの旅』。2001年から通算8本が製作された「ハリー・ポッター」シリーズ5年ぶりの最新作……というより、ハリポタ本編に登場する架空の書物『幻の動物(ファンタスティック・ビースト)とその生息地』の著者を主人公としたスピンオフである。原作者のJ.K.ローリング自身が映画のために脚本を書き起こした、5部作の第一弾だ。 舞台は第一次世界大戦後、1926年のニューヨーク。世界中を巡って魔法動物を捕獲・記録している魔法動物学者ニュート・スキャマンダーが、トランクから逃げてしまった魔法生物たちを回収する物語だ。彼と行動を共にするのは3人。ニュートとそっくりのトランクを持っていたため騒動に巻き込まれた中年男性・コワルスキー、アメリカ合衆国魔法議会で働く女性魔法使いのティナ、ティナと同じ職場で働くセクシーな妹のクイニー。子供たちの冒険と成長を描いたハリポタ本編とは異なる「大人4人」というわけだ。 本作は、過去のハリポタシリーズに精通していなくとも、独立作品として十分に楽しめる。CGで描画された愛らしい魔法動物たちは、CGとわかっていてもキュン死するほどキュートだし、ジャズとアールデコと自動車文化に彩られた20年代ニューヨークの街並みは、文豪フィッツジェラルドの世界を忠実に映像化したかのごとく、クールで洒脱。これが英国産のハリポタテイストと奇妙になじむのは、伝統社会から大衆消費社会への過渡期にあったこの時代のアメリカが、伝統的魔法社会と現代人間社会との共存を描いていたハリポタ本編と、似通った空気をまとっているからかもしれない。 「街で大暴れする魔法動物の描写と、その捕獲アクション」は本作の大きな見どころだが、それは物語の縦糸にすぎない。では横糸は何かといえば、異なる種族である「魔法使い」と「人間」との“民族共存”についての、悪役側からの問題提起だ。ハリポタファンなら聞き覚えがあるだろう。これはハリポタ本編のラスボス、ヴォルデモート卿の目的だった「魔法使いの純血種だけによる世界の構築=人間の殲滅」の草稿のようなものだ。 本作で魔法使いの能力を持つ者は、その能力を人間社会に知られないように生きている。大騒動になるからだ。よって魔法界の法体系においては、人間の前で魔法を使ったらその人間の記憶を消去する魔法「オブリビエイト」を唱えることが義務化されており、怠れば罪に問われる。 しかしよくよく考えてみれば、これはおかしい。人を傷つけたならまだしも、単に魔法を人間に見せただけで、つまり「本来持っている能力を人前で発揮する」だけで罪になるとはこれいかに。彼らは魔法使いに生まれたというだけで言動が制限される。これはほとんど、肌の色や出身地で居住地や職業が制限される現実の社会そのままだ。被差別というやつである。 だから本作の終盤で明かされる“黒幕”の魔法使いは、魔法使いが魔法使いであることを隠して人間社会で生きなければならないことに我慢できない。自分たちのアイデンティティが尊重されないことに激しく憤っている。そこで彼が目をつけたのが、「オブスキュラ」という生命体だ。これは、魔法使いが魔法を使うのを抑圧された時に生まれる怨念が実体化した寄生生物のようなもの。かつて魔法使いが人間に迫害されていたころに生まれたというが、概念的には『スター・ウォーズ』におけるフォースの暗黒面、『もののけ姫』におけるタタリ神が近い。黒幕はオブスキュラの圧倒的な破壊力を使って人間社会を打ち負かし、魔法使いにとって住みよい世界を作ろうとする。 本作でこの黒幕はもちろん悪人として描かれているが、ひとつの疑問が湧きあがる。黒幕の思想は本当に“悪”なのだろうか? かつて人種丸ごと迫害された歴史を持ち、現在も肩身狭く息を潜めて暮らさなければならない者が、革命の狼煙をあげることが、そんなに糾弾されることなのか? 本作の舞台がハリポタ本編の舞台であるイギリスではなく、移民も含めた人種のるつぼであるアメリカであるという点は、とても示唆的だ。物語冒頭、パン屋を開業したいと銀行に金策に行くも断られてしまうコワルスキーは、名前からしてポーランド系移民。現在は缶詰工場で貧しく働いているという設定だ。この時代、アメリカは経済発展の真っただ中だったが、非北欧系の移民流入は1924年移民法(ジョンソン=リード法)によって厳しく制限されていた。平たく言えば、移民は社会の邪魔者扱いだったのだ。特定国籍・特定人種の肩身が狭くなるのは、いつの時代、どんな場所でも起こりうる。 当然ながら、人間との衝突を避けて平穏な社会を維持しようとする合衆国魔法議会は、魔法使い(という人種)だけの幸せを願う黒幕と真っ向から対立することになる。その構図は、90年後に同じ国で行われた大統領選を想起させはしないだろうか。世界全体の融和を掲げるグローバリズムと、自国第一を掲げる保護主義が真っ向から対立した、あれだ。それを踏まえると、劇中で黒幕が魔法議会の議長(黒人の女性だ)に向けて叫ぶ「誰を守るための法だ!」は、ひたすら重い。 その対決は、口に砂を含んだような苦味をわずかに残して、雌雄が決される。どちらかの主張が通ればどちらかが退けられるのは、まさしく選挙と同じ。双方の政治的主張だけに耳を傾けるなら、一見してどちらが正しいとも言い難い。 しかし物語が選択した結論は、おそらく選ばなかった結論よりも、きっと素晴らしいものだった。その証拠に、魔法使いのクイニーと人間であるコワルスキーの恋の行方を描いた終盤のくだりと最終カットは、今までのどのハリポタシリーズよりも美しく、切なく、希望に満ちている。ハリポタを卒業した大人こそ見届けるべき、最高のラストシーンではなかろうか。 (文・稲田豊史) (C)2016 Warner Bros. Ent. All Rights Reserved. J.K. Rowling’s Wizarding World TM J.K. Rowling and Warner Bros. Entertainment Inc.『ファンタスティック・ビーストと魔法使いの旅』。
【インタビュー】「ファンの人には幸せになってもらいたい」姫乃たまが語る、ニューアルバムと将来像
姫乃たまは不思議な人だ。 多才であることは言うまでもない。地下アイドルとして多くのライブをこなし、ライターとしてもバリバリ活躍している。DJや司会、トークイベントでも独特の存在感を放つ。 そんな彼女が、自身初となる全国流通のアルバム『First Order』(MY BEST! RECORDS)をリリースする。アルバムのこと、ライブのこと、ファンへの思いや将来像まで、たっぷりとお話を伺った。 ──11月23日に初の全国流通ソロアルバム『First Order』が発売されます。この作品の製作には、どのくらいの期間かかったのでしょう? 姫乃 今回、3人の作曲家さんに作っていただいていて、藤井洋平さんと宮崎貴士さんに関しては数カ月ですね。作曲、作詞、録音までで半年もかかってないです。STXさんとは3~4年かかってるかもしれません。 ──STXさんが作られた「ねえ、王子」は、かなり前の曲ですもんね。 姫乃 そうですね。「静かに静かに」「拝啓ジョーストラマー」「くれあいの花」も、かなり前からいただいてました。「ねえ、王子」に関しては、バックトラックも3回ぐらいブラッシュアップされていて、録音も数え切れないくらいやりました。もう、継ぎ足しを重ねた「秘伝のたれ」みたいな味わいです(笑)。 ──『First Order』は、姫乃さんにとって、どのような意味合いのアルバムになっていますか? 姫乃 新しい始まりであって、区切りのような意味合いです。ずっと世に出せなかった曲もあったので、それがリリースできたというのはよかったと思います。STXさんに関しては、7年ぐらい一緒にやってもらっているのに、「僕とジョルジュ」「Friendly Spoon」「ひめとまほう」などのユニットが先に全国流通でレコードやCDを出してしまったので、非常に申し訳ない気持ちがありました。藤井さんと宮崎さんは、改名後から入って下さった方なので、新しい風が吹いてよかったと思っています。 ──どの曲を聴いても姫乃さんに合っていると思うのですが、いずれも、姫乃さんのイメージで書いてもらっているということでしょうか? 姫乃 そうですね。どれも私の曲として発注しているので、そうなります。ただ、STXさんは付き合いが長いこともあって「試しに作ってみました」という曲もあったので、最初からものすごく想定しているというわけでもないかもしれません。 ──Twitter(@Himeeeno)では、作詞に苦しんでいる様子などもつぶやかれていましたが……。 姫乃 単純に仕事が遅いだけなんですけどね(笑)。特に「マジで簡単なコネクション」は、STXさんがタイトルを決めてくれていたんですけど、歌詞はレコーディング当日にやっとできたほどです。
──詞を作るときは、テーマが浮かんで、そこから言葉を選ぶ感じですか? 姫乃 STXさんは、歌詞を書いてくることが多いので、それに合わせて書くことが多いです。私は着手するまでが遅くて、曲を聴きながら移動したりして、ふっと言葉が浮かんでくると、それに合わせて書いたりします。テーマより先に言葉が出てくることが多いです。 ──「さかあがり」とか「言いたいことがあるんだよ」など、言葉の使い方が面白いですよね。 姫乃 「言いたいことがあるんだよ」は、結構悩んでいて、最後に出てきたのがこの言葉でした。「これいいじゃん!」と思って。 ──姫乃さんが常々言っている「生きるのが苦手な人へ向けて」というのに通じる歌詞だと感じました。 姫乃 これはもともと「コミュニケーションブレイクダウン」という仮題がついていて、STXさんから「コミュニケーションをうまく取れない人の歌にしたい」って言われてました。それを聞いた時は「なんだそれ!」って思いましたけど(笑)。 ──歌詞やテーマが、昔のフォークソングに通じるところがあるように感じます。 姫乃 フォークは初めて言われました。ただ、このアルバムの資料を送って、反響が返ってくるのは40代、50代の方が多いですね。私のファン層もそのあたりが厚いですし。 ──アルバムの装丁も凝っているようで。 姫乃 もともとプラスチックで出したくないというのがあって、紙ジャケにしようと思ったんですが、これだけプラスチックが多く出てるということは、プラスチックが一番いいのではないかという話になって、「じゃあプラスチックでできる一番いい形にしよう」と思い、こういう形になりました。ぜひ盤で買って確かめてください。 ──同じ日に「僕とジョルジュ」も、アナログ7インチを発売します。 姫乃 本当は夏に出す予定だったので、だいぶ遅くなっちゃったんですよね。でも、同日に出せるのはすごくよかったと思います。 ──今は、ソロでの活動と「僕とジョルジュ」「ひめとまほう」の活動をされていますが、それぞれ意識的に違いますか? 姫乃 違いますね。「ひめとまほう」に関しては西島大介さんに一任してます。作詞作曲、どのイベントに出るかなども、すべてお任せです。「僕とジョルジュ」はコンセプチュアルにしてあって、前回は「フレンチポップ風のサウンドで恋の歌ばかりを歌う」というようにしていました。今は「僕とジョルジュ2」の製作中なんですが「人間関係」をテーマにしています。というのも『First Order』を作ったときに「人間関係」が凄い曲になったので、レーベル的にも推していきたいという話になり、その流れで僕とジョルジュもそれをテーマにしようということになりました。 ソロはアイドルプロジェクトなので、かわいい感じにしています。難しいことをしないで、ちゃんとした構成の曲が入っているということで作りました。作詞も、ファンの人が「自分に向かって歌ってくれてるんだな」と思えるようにしています。
──そして来年2月7日には、渋谷WWWでワンマンライブを開催します。どんなライブになりそうですか? 姫乃 楽曲はもちろん新譜からバンバンやるんですが、今回は会場も広いので、舞台装飾とか映像とかを凝ってみようかと思ってます。普段のライブではあまり豪華にしていないので、その罪ほろぼし的な意味を込めて。 ──ライブタイトルの「アイドルになりたい」は、深い意味があるんでしょうか? 姫乃 実はこれ、『First Order』の仮題だったんですよ。ライブのチケットを発売するので、それを付けたんですけど、印字されてみたら「クソだせぇ!」って思って(笑)。 ──曲の振り付けはついているんでしょうか? 姫乃 ついてます。ちゃんと振付師の方につけてもらってるんですよ。なるべく動かない振り付けでお願いしてます。 ──では、あの「ペンギンダンス」も振付師の方に? 姫乃 いえいえ、あれは私が考えました(笑)。ペンギンが好きなもので。体型もペンギンに似てますしね。 ──ホームページには「隙間からは一生でてきませんので、ご安心を」と書かれていますが、売れちゃったらどうしますか? 姫乃 売れないですよ。売れるという想定がまったくなされていないので。もし売れたら隠れます。売れたかったら1枚に13曲も入れないですよ。絶対10曲にする。あんまりファンのこと考えてると売れないのかも。 ──姫乃さんは、ちょっとファンのことを考えすぎかも。ファンを大事にしすぎですよ。 姫乃 うちの現場は「幸せになって欲しい」という気持ちの応酬なので。 ──もっと、我々ファンからお金を取るようなことを考えてもいいかも。 姫乃 それができたら、地下アイドルやりません。新宿でキャバクラ嬢とかやります。でも、生きづらいんで、今の仕事がちょうどいいし、ファンの人にも幸せになって欲しいですしね。 ──ファンも、そのアイドルと似たような人が集まりますよね。 姫乃 地下アイドルのライブに平気で行けるっていうのは、控えめに言ってもまあ……ちょっと変わってますよね。出演してる私がわざわざ言うことでもないですけど(笑)。そういうところに集まるわけだから似た人が多くなりますね。あとは、最近ファン同士が仲いいんですよ。定例イベント始めてからですかね。あぁ、なんかファンのこと考えてたら幸せな気持ちになってきた。みんなかわいいぞ! ──姫乃さんは、ファンの人とある程度距離をとならきゃ、という考えはないんですか? 姫乃 ありますよ。 ──あってそれですか(笑)。 姫乃 逆にファンの人が距離考えてくれてる。DMとか絶対送ってこないし、譲り合いの末イベントの時、最前列に誰もいなかったりします……! ──ガチ恋の人とかは難しいんじゃないですか? 姫乃 うちは、他でのガチ恋に破れた人とかが来ます。ガチ恋相談とかも受けますよ。そもそもバツ1の40代と、子どもが成人した50代のファンが多いんで。セカンドライフだと思われてますね、私。
──ライターのお仕事についても伺いたいんですが、姫乃さんの書かれた文章は、自分主体でありながら、どこか自分を俯瞰して見ているような視点を感じます。そのあたりは何か意識されてますか? 姫乃 あんまり自分のことに興味がないからですかね。私自身なんにもないんですよね。あとは、最近あまり怒らなくなったんですが、怒らないと、いろんなことが思い浮かばないんですよね。 ──これから地下アイドルになる人の良い手本になりたい、という意識はありますか? 姫乃 私が? それはまったく無い……というかダメでしょ、私を手本にしたら(笑)。今から入ってくる子は、地下アイドル業界の土壌ができているから、すごく羨ましいです。大体何をすれば稼げるかわかるし、カルチャー的な要素も開けてきていますし。 ──姫乃さんは、10年後って何をしてると思います? 姫乃 まぁ、インド人と結婚ですね。「旦那、今となりでカレー食ってる」とかツイートして(笑)。 ──いいですね。地下アイドルとかライターのお仕事は続けてますか? 姫乃 できるだけ長く続けたいとは思っています。結婚しても続けられますからね。出産による引退かなぁ。あるいは三十路になったところで「あれ? 私何やってるんだろう」と我に返って引退。怖い。 ──ステージではお酒をいつも飲んでますけど、なんでいつも酔っ払ってるんでしょう? 姫乃 恥ずかしいですよね、生きてるの。お酒飲まないとやってられない。人前で自分の書いた歌詞を歌うなんていうのも、素面ではちょっとつらい。 ──私たちも、いい年してアイドルのライブに行くの恥ずかしいですしね。 姫乃 お酒があると仲良くなれる気がしますし、少しでも幸せになって欲しいですね。私のファンには。はぁ(ため息)。 ──最後はため息ですか(笑)。ありがとうございました。 今まで、いちファンとして、彼女の魅力は十分知っているつもりであった。しかし、今回のインタビューを通して、私が思っていた以上にファンのことを思い、そしてファンの幸せを願っていることに感激した。 今回のアルバムが、多くの人の元に届き、ワンマンライブにもたくさんのファンが集まることを祈りたい。 (取材・文=プレヤード/写真=尾藤能暢)
●姫乃たま(ひめのたま) 下北沢生まれエロ本育ち。アイドルファンよりも生きるのが苦手な人へ向けて活動しいる地下アイドル界の隙間産業。2015年8月自身のユニット、僕とジョルュ始動、同年 9月初の単行本「潜行」を刊行、ともにロングセラーに。 ■初の全国流通ソロアルバム!『First Order』(MY BEST! RECORDS)11月23日発売 ■姫乃たま3rdワンマンライブ「アイドルになりたい」 日時:2017年2月7日(大安吉日) 会場:渋谷WWW(東京都渋谷区宇田川町13-17 ライズビル地下) OPEN/START 18:00 / 19:00 ADV./DOOR ¥2,500 / ¥3,000 ACT:姫乃たま / 僕とジョルジュ DJ 中村保夫(和ラダイスガラージ)
庵野秀明、カラー10周年に感慨、『シン・ゴジラ』『ヱヴァンゲリヲン』の製作秘話など明かす
『ヱヴァンゲリヲン』シリーズの生みの親である映像作家の庵野秀明が22日、代表を務める映像製作会社「株式会社カラー」の創立10周年を記念した「株式会社カラー10周年記念展」のプレス内覧会に出席した。 23日から30日までの8日間、ラフォーレミュージアム原宿で行われる本記念展では、初展示を含む『ヱヴァンゲリヲン新劇場版』シリーズの原画や設定資料のほか、庵野が脚本・総監督を務めた『シン・ゴジラ』の雛型(模型)3種、漫画家の安野モヨコが本展のために『監督不行届』番外編として描き下ろした「おおきなカブ(株)」のアニメーション上映など、貴重な展示物、映像など約300点を公開する。 庵野は報道陣の前に姿を現すと、「(カラーが)10年もってよかった」と笑顔を見せ、「こういうお披露目ができてありがたいです。うちの会社がやってきた10年をきゅっと詰め込んだ感じ。これを見ると、だいたい概要がわかってもらえると思います。展示を通じて、我々が作品を作るまでの過程を楽しんでもらえれば」とコメント。 報道陣の間では『シン・ゴジラ』の雛形3種が話題となったが、これが劇中のCGの元になったことを明かすと「本編はCGですが、最初に立体にしてスキャンしたものを落とし込んでいるんです。何もないところからやるより、ちゃんと雛形というのが指針としてある。実在するものがあったからこそ、ゴジラ(のCG)は大丈夫だった」としみじみ。 また、従来のゴジラとは違い、ゴジラが第3形態までの形態変化の形をとったことについては、「思いつきは、ふとしたことから。形態が変化した方がビジュアルとしても映画としても面白くなるだろうと思ったから」と述べ、「東宝さんは(これまでのゴジラのイメージがあるからと)最初は嫌がっていたんですけど、バンダイさんが(グッズが)3つ出せてうれしいって賛成してくれた」と製作の裏側も明かした。 展示の中心となる『ヱヴァンゲリヲン』については「うちの代表作。弊社の歴史を展示するとなればまず『ヱヴァンゲリヲン』がなければ」と感慨深げで、「もう20年前かな。僕自身、ロボットが出てくるアニメが得意で、自分が一番うまく作れるものを作ろうと作品にしたら、それが『ヱヴァンゲリヲン』になった」と述懐。待たれる同シリーズの新作についても「今、頑張っています」と期待を持たせたが、具体的な公開予定については「わからないです。うちだけの配給じゃないので。うちだけじゃ決められないんです」と明かさず。 また、『シン・ゴジラ』が「2016ユーキャン新語・流行語大賞」の候補に入っていることについて「大賞を穫ったら表彰式には行くんですか?」と報道陣に問われると、「表彰式には出ないです」ときっぱり。「東宝の人が行けばいい」と続けて周囲を笑わせていた。 (取材・文=名鹿祥史) ■株式会社カラー10周年記念展 http://www.khara.co.jp/khara_10th/「株式会社カラー10周年記念展」に出席した庵野秀明
「何でそんな誰も得しないこと言うんだ」炎上マンガ家となり果てた江川達也、今度は『ONE PIECE』を痛烈批判!
『東京大学物語』(小学館)や『まじかる☆タルるートくん』(集英社)といった人気マンガで、かつては一時代を築いたマンガ家・江川達也。その江川が11月19日に放送されたラジオ番組『土曜ワイドラジオTOKYO ナイツのちゃきちゃき大放送』(TBSラジオ)に出演し、『ONE PIECE』(作:尾田栄一郎/集英社)を痛烈に批判。これには「お前が言うな」「どんだけ炎上させたいんだよ」といった声が上がった。 番組ではMCを務めるお笑いコンビ・ナイツから、最近売れているマンガと言えば『ONE PIECE』があるがどう思うか、と質問され「また炎上させようとしてる!」と警戒するようなリアクションをした江川。しかし「それは江川さん次第」とナイツに言われると忌憚なく意見を言い始めた。売れるかどうかというプロの目で見たら「売れる」と思うが、個人の趣味からいけば「面白くねぇな」というのが本音だと語り、「7巻まで読んだけど、辛くて辛くて!」と声を強めた。なんでも、編集者との打ち合わせなどの舞台裏が見えてしまって楽しめないのだという。 これには「お前のマンガどれほどだよ!」「まぁ批判したいだけなんだから自分の漫画がゴミなのは関係ないか」「何でそんな誰も得しないこと言うんだ」「ワンピース嫌いだが江川みたいなダメ漫画家から批判されるとか同情するわ」「自分の漫画が売れないからこうやって注目集めてんのか?」「妬みにしか聞こえない」と厳しい声が上がった。 1988年~92年という「週刊少年ジャンプ」に勢いがあった時代に、『まじかる☆タルるートくん』を連載していた江川。ジャンプの先輩として、上から目線で批評したのだろうが、たしかに本人のマンガ業は最近パッとしない。 たとえば、無料マンガサイト「サンデーうぇぶり」において“渾身の人生最後の漫画!”という謳い文句で連載していた『忘却の果て 16歳の自分への手紙』。マンガ家を夢見る「江川青年」を主人公に、編集部に自作のマンガを持ち込んだり同級生の女の子を描いたりと奮闘する姿が描かれているのだが、11月11日に更新された第9話においてあっけなく連載終了が決定。最後のページには「作品の続きに関しては現状未定です」という文字が躍り、ストーリーも中途半端なところでブツリと途切れるというあっけない幕切れを迎えてしまっている。 一方で、人の作品に対しての批判だけは厳しい江川。最近で言えば大ヒット中の『君の名は。』について、Facebookで「キャラクターの絵が好みじゃなかったのとエロス要素がなく楽しめなかった」「作り手のメタ認知能力が低いのかなー、とも考えられる」と手厳しくコメント。バラエティ番組『バイキング』(フジテレビ系)でも「売れる要素をぶち込んだ大人のドラえもんみたいなもん」「プロから見ると全然面白くない」と酷評し、ネット上では江川への批判の声が相次いだ。 なお、江川は過去に、手塚治虫について「マンガの悪魔」と言い放ったり、手塚作品の『陽だまりの樹』(小学館)について「勉強不足」「ちょっと頭悪いなっていう感じ」と放言したことも。宮崎駿作品に対しても『ビートたけしのTVタックル』(テレビ朝日系)で、良いアニメは「エロをエロとして描いている」と語り、「良くないのは宮崎アニメ」「エロと暴力が巧妙に隠されている」とコメントを残すなどして、話題をネット上に提供している。 売れているアニメやマンガに噛みつき、世間を度々ざわつかせている江川。もはや炎上マンガ家という印象がバッチリついてしまったが、「江川の発言はたまにわかる」「でかい敵を自ら作ってる江川は逆に面白い」というファンもいる。“プロ”“人気マンガ家”としての鋭い批評であれば、辛口な意見も歓迎されるのだろう。だが、現状のままでは “元プロ”“元人気マンガ家”となってしまうので、説得力も減じてしまう。次回作は頑張って欲しいものだ。『土曜ワイドラジオTOKYO ナイツのちゃきちゃき大放送』公式サイトより。
「将棋」が今アツい? 『3月のライオン』アニメ化、ネットでの将棋人気など追い風が吹く
古代インドにルーツを持つと言われ、日本の伝統的ボードゲームとして親しまれている「将棋」。いまさら説明をするまでもない歴史と知名度を誇るゲームだが、娯楽の多様化などによって、2009年をピークにプレイ人口が半数ほどまで落ち込んだというデータ(レジャー白書)もあるが、最近は将棋の話題を耳にすることが多くなってきた。 まずは人気マンガ『3月のライオン』(作:羽海野チカ/白泉社)。シャフト制作によるTVアニメ版(NHK 総合)も期待に応える人気作となっているし、夭折の天才棋士・村山聖の生涯を描いたノンフィクション小説『聖の青春』(作:大崎善生/角川文庫、講談社文庫刊)も、松山ケンイチ主演で実写映画化。先週19日に公開、初週末(11月19~20日)の興行収入ランキングで5位に食い込むなど、将棋を題材にした有名コンテンツがあいついでテレビアニメ化、劇場映画化され、好評を博している。 また、ネットではドワンゴの川上量生会長が「ニコニコの三大コンテンツはアニメ、政治、そして将棋」と発言するほど、ニコニコ動画では地味に将棋人気が高まっている。 プロ棋士vsコンピュータ棋士の激闘がアツい「将棋電王戦」、多くのプロ棋士がエントリーする「叡王戦」がドワンゴによって主催され、もちろん対局はニコニコ生放送で配信されるほか、将棋の公式生放送チャンネルには興味深い配信コンテンツがずらりと並ぶ。また、アマチュア棋士ユーザーの間でも将棋動画の投稿がさかんで、最近は一部ネット界隈で有名な例の“淫夢語録”を多用した「将棋淫夢」カテゴリの動画がちょっとしたブームになっているほど。 現実世界に目を戻すと、つい先日「間違って将棋大会に出てしまった法政大学の囲碁部メンバーが初戦に勝利する」というマンガじみた珍事も発生。各メディアが報じ、ネットユーザーを沸かせたが、この珍事の当事者の一人、すきま桜さんはニコ動の「将棋淫夢」動画投稿者だったりもする(※興味がある人は各自調査してみよう!)。 リアルにもネットにも将棋関連の話題があふれているが、そろそろ「叡王戦」は決勝戦を迎えるシーズンでもある。将棋をテーマにしたマンガにも『月下の棋士』(能條純一)、『ハチワンダイバー』(柴田ヨクサル)、アニメ放送中の『3月のライオン』など名作・傑作が揃う。こうした追い風の存在により、将棋の復権は成るか――今後の盛り上がりをチェックしてみてはいかがだろうか。 (文/浜田六郎)「将棋電王戦」公式サイトより
ノリスケがカツオにお金(300円)を借りて大問題に? 『サザエさん』カツオへの仕打ちに同情が集まる!
11月20日に放送されたTVアニメ『サザエさん』(フジテレビ系)。今回もネットではツッコミの声が多く上がってしまっていたので、そんな声とともに内容をざっくり紹介。 反響が特に大きかったのは作品No.7537の「カツオとノリスケ」。ある日、カツオが自分の机の引き出しを整理していると、ノリスケの名刺を発見する。その裏には「借用証:300円 倍にしてお返しします」との記載が。カツオにはお金を貸した記憶も名刺をもらった記憶もないのだが、とりあえずノリスケの元を訪ねることに。 名刺を見たノリスケは、名刺に書かれた文字はたしかに自分のものだと語る。しかしやはりカツオにお金を貸してもらった記憶などないというが、「天下の波野ノリスケが300円ぐらいのことで」と気前よくカツオにお金を渡したのだった。ただし、このことが波平にバレると確実に怒られるだろうから、そこは内緒でと約束を交わす2人。 しかし家に帰ったカツオは、すぐさまお金をたくさん持っていることがバレて家族会議にかけられてしまう羽目に。なんでも600円持っているだけで「カツオがこんなにお金を持っているわけない」「何か隠しているだろ!」とのこと。実際にカツオが何かを隠していたのは事実だが、たった600円だけでサザエ、フネ、波平から厳しく追及されるカツオには「可哀想過ぎる」「グレてもおかしくないほど親から信用されてない」「やっぱりカツオは波平の盆栽を全部叩き壊していい」と同情の声が溢れた。 波平はお金の出所についてカツオを厳しく問い詰め、白状するまで夕飯抜きと告げるのだが、カツオは「男には口が裂けても言えないことがあるんだ」と健気にもノリスケとの約束を守るのだった。なお、カツオの食事は一応用意されていたのだが、タマがカツオの分のさんまを食べようとする。すると、タラオがタマを追っ払い、カツオの食事を守護。普段ネットでは嫌われ者のタラオだが「タラヲのくせにいいやつだな」「タラヲぐう聖」「タラヲのくせに偉いじゃねえか」と、この行いは珍しく褒められていた。 その後、タイコからの電話でカツオが波野家に訪れていたことが判明、ノリスケが300円のために磯野家へ呼び出されることに。頑なに口を割らないカツオに変わって、ノリスケが事のてん末を説明しすると、「いい年をして小学生に借金をするとは何事だ!」と波平に怒鳴られたのだが、後にこの騒動の真相が明らかとなった。 ある日、ベロベロに酔ったノリスケは帰り道の途中、財布を失くしたことに気づき、交番でお金を借りることに。その時に借用証を書いたのだが、お巡りさんは「あなたは信用できそうだから」と借用証を受け取らなかった。後日、ノリスケはしっかりと交番にお金を返したのだが、借用証はイクラの元に渡り、イクラが「チャーン」とタラオに渡し、タラオがカツオの机の引き出しへ勝手に借用証を入れていたのだ。 「言うの忘れてたです~」とタラオは謝るのだが、これにネット民は総ツッコミ。「タラヲの仕業だったのか!」「結局タラヲが悪だったなwww」と、ついさっき上がったタラオの好感度は瞬く間に下がっていった。今週もまた、全体的にキャラクターの好感度を下げしまう『サザエさん』なのであった。『サザエさん』公式サイトより。











