売名行為に自覚なし!?加藤紗里が好きなのは狩野英孝の「有名なところだけ」

【アガるニュースをお届け!デイリーニュースオンラインより】
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 ベッキーの不倫騒動にSMAPの解散危機騒動。重いニュースが続いた中で、芸能リポーターが「箸休めになる話題」として、世間に苦笑いを振りまいているのがお笑い芸人狩野英孝(33)の尻軽ぶりだ。だがそれ以上に世間を賑わせているのが、狩野の“彼女”こと加藤紗里(25)。  騒動以前はほぼ無名だったが、狩野との交際をインスタグラムで宣言してからメディアへの露出が急増。「情報ライブ ミヤネ屋」(日本テレビ系)や「白熱ライブ ビビット」(TBS系)など立て続けに番組に出演し、狩野との関係を赤裸々に告白し始めた。
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渡辺謙、胃がんの治療中であることを告白

渡辺謙(56)が胃がんの治療中であることを明らかにした。『ラスト・サムライ』でアカデミー賞助演男優賞へのノミネート経験もある渡辺は、米国のブロードウェイで予定されている『王様と私』の公演開始をがんの治療のために遅らせなければならなくなったことを発表した。 渡辺はすでに手術を受け、現在は完治に向けて治療を行っているところだと言い、声明文の中で「関係各位の皆様、諸々スケジュールの変更などご迷惑をおかけ致しました。NY公演のスタートが少々延びますことご理解いただけたら幸いです」と綴っている。 クリストファー・ノーラン監督作『バットマン ビギンズ』『インセプション』などのハリウッド映画界でも活躍する渡辺は、昨年にもブロードウェイで行われていた『王様と私』に出演しており、今年3月1日から4月17日に再びステージへ立つ予定となっていた。 渡辺は1989年に急性骨髄性白血病と診断され、治療を行うも1994年に再発するという災難に見舞われていたが、その2年後に完治している。

渡辺謙、胃がんの治療中であることを告白

渡辺謙(56)が胃がんの治療中であることを明らかにした。『ラスト・サムライ』でアカデミー賞助演男優賞へのノミネート経験もある渡辺は、米国のブロードウェイで予定されている『王様と私』の公演開始をがんの治療のために遅らせなければならなくなったことを発表した。 渡辺はすでに手術を受け、現在は完治に向けて治療を行っているところだと言い、声明文の中で「関係各位の皆様、諸々スケジュールの変更などご迷惑をおかけ致しました。NY公演のスタートが少々延びますことご理解いただけたら幸いです」と綴っている。 クリストファー・ノーラン監督作『バットマン ビギンズ』『インセプション』などのハリウッド映画界でも活躍する渡辺は、昨年にもブロードウェイで行われていた『王様と私』に出演しており、今年3月1日から4月17日に再びステージへ立つ予定となっていた。 渡辺は1989年に急性骨髄性白血病と診断され、治療を行うも1994年に再発するという災難に見舞われていたが、その2年後に完治している。

『ライチ☆光クラブ』が描く中二病的ロマン 野村周平ら演じる少年たちは“美少女とロボット”に何を夢見る? 

【リアルサウンドより】  演出家の飴屋法水や個性派俳優として知られる嶋田久作らによる劇団「東京グランギニョル」が1985年に上演した伝説の舞台『ライチ☆光クラブ』。これに衝撃を受けた漫画家・古屋兎丸が、20年の時を経て発表した同名コミックは人気作となった。そしてこの度、『先生を流産させる会』(2012)の新鋭・内藤瑛亮監督によって、耽美で退廃的なダーク・ファンタジー映画として生まれ変わり、2月13日より公開される。陽の差し込まない閉塞した廃工場の秘密基地で大人のいない世界を作ろうとする少年たちの愛憎と、彼らが作り上げたロボット“ライチ”と美少女の純愛が、過激で残酷に、そして美しく描かれる。「光クラブ」の創設者タミヤを野村周平、独裁的に君臨する帝王ゼラを古川雄輝、謎めいた美少年ジャイボを間宮祥太朗、囚われのヒロイン・カノンを中条あやみが演じる。  実写化不可能とも言われてきた本作だが、内藤監督は次世代を担うイケメン俳優たちに妖艶な演技を求め、臆することなく残虐な暴力を表現することで、原作ファンも満足させる作品に仕上げると同時に、思春期の暗い衝動と鬱屈に迫ってみせた。本稿では、なぜそのような演出が採用されているのか、またいかにしてフィクション性の高い独創的な世界観を構築しているのか、その理由を探っていきたい。
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(c)2016『ライチ☆光クラブ』製作委員会

「我々は薄汚い大人たちを否定する。永遠の美を手に入れ、この町に君臨するのだ」──秘密結社「光クラブ」とは、大人を「疲弊しきった醜い」ものと見なし、その存在自体を罪だと否定した美しき少年たち9人が集まって廃墟に創り出した、若さとイノセンスのユートピアである。ここではものの善悪よりも美醜が問われ、美こそがすべてなのだ。『ライチ☆光クラブ』では、支配者ゼラを中心としたホモソーシャルな空間で多感な中学生男子たちが性に関心を覚え、嫉妬に燃える愛憎のドラマが展開される。天才的にチェスを得意とするゼラは、ほかメンバー8人──タミヤ、ジャイボ、カネダ(藤原季節)、ダフ(柾木玲弥)、ニコ(池田純矢)、雷蔵(松田凌)、デンタク(戸塚純貴)、ヤコブ(岡山天音)──を駒に見立てて掌握し、大人を排除した世界を夢見て巨大ロボット作りに励んでいたが、拉致してきた美少女カノンの存在によってクラブに亀裂が走っていく様が描かれる。  舞台となる蛍光町はいつもどんよりとした灰色の空に覆われている。町全体に工場からの黒い排気ガスが溢れ、秘密基地のある廃工場内部は薄暗く色味に欠いている。このような『ライチ☆光クラブ』の景色は、見事に原作漫画の世界観を再現しているとともに、大人世界を嫌悪し屈折した思春期を送る少年たちの心象風景を創り出してもいるだろう。それぞれドイツ語の称号を与えられたメンバーたちが、ドイツ語で指令を飛ばし合い、厳格な敬礼でゼラに忠誠を尽くしていることからは、ゼラがナチスへの憧れを抱いていることが見て取れる。秘密基地(秘密結社)、仲間内だけでのあだ名や合言葉、ナチスへの傾倒、肥大した自己愛と全能感、大人を全否定する誇大妄想に破壊願望、そして歪んだ美少女(処女)への崇拝と軽蔑……そう、14歳を目前に控えたゼラは、いわゆる中二病を煮詰めたような人物なのである。そう考えれば『ライチ☆光クラブ』は、ピュアだからこそ危険な思想に傾いてしまう子どもたちの寓話だと捉えることもできるのではないだろうか。
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(c)2016『ライチ☆光クラブ』製作委員会

 内藤監督は、デス・ゲーム小説を大胆にアレンジした傑作『パズル』(2014)にて、犯人グループのリーダーでニキビを神経質に気にする湯浅(野村周平)に自身の思春期を投影させていたが、本作でもゼラを決して理解のできない存在としてではなく、共感をも込めて描いているように見える。原作漫画以上に、ゼラがカノンに拒絶されることを極度に恐れ、彼の脆さや幼稚性が強調されているのはそのためだろう。考えてみれば、『ライチ☆光クラブ』は内藤瑛亮が監督する以外には考えられなかった。短編処女作『牛乳王子』(2008)では中学生男子が教室で自慰行為に及んでいるところを同級生の好きな女の子に目撃され笑い者にされてしまい、長編デビュー作『先生を流産させる会』では女子中学生が女教師が妊娠していること自体を「気持ち悪い」ものと嫌悪する──このような少年の女の子への憧れと恐れ、あるいは思春期の大人への屈折した感情や感覚は、最新作『ライチ☆光クラブ』でも色濃く引き継がれている。みんな死ねばいいのに──くすぶっていて暗く鬱屈した学校生活を送る繊細な少年少女の他者/世界への悪意こそ、内藤監督が関心を寄せ続けているものなのだ。  「ひかりクラブ」は、タミヤが幼なじみのカネダとダフとともに小学生の頃に作った秘密基地であったが、ある日、転校生の常川=ゼラが現れたことで、いつしか「崇高な目的」を持った秘密結社「光クラブ」へと変貌した集団である。ホモソーシャルなユートピアは、外部からの異物であるゼラによって再構築されたが、それは再び外部からの異物であるカノンによって破壊される。悪意に満ちた世界の中で、その概念すら知らないロボットのライチと純真な少女カノン──中条あやみの透き通るような白い肌が退廃的な世界の中で一層映え、彼女にある高貴さがカノンにフェミニンさと生命力を加えている──という無垢な者同士のロマンスがまるで異世界のものとして立ち上がってくる。カノンが「讃美歌」をオルガンで弾き語り、彼とともに手を取って踊るとき薄暗い世界がセピア色に輝き出し、また、ライチの瞳に残った記憶の中では彼女は淡い色彩で蘇るのだ。ロボットと美少女の純愛だなんて、中二病的なロマンが詰まっている(本作はセカイ系とも言えるかもしれない)。
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(c)2016『ライチ☆光クラブ』製作委員会

 ダークで退廃的な空気感の中で、個性の強いキャラクターたちを野村周平や古川雄輝、間宮祥太郎ら最旬の俳優たちが、“リアル風”な芝居でアプローチするのではなく、漫画や舞台上から飛び出してきたかのような明快な口調や立ち居振る舞いで優雅に表現してみせているからこそ、彼らの鬱屈が生々し過ぎず、私たち観客に独自の耽美な世界を堪能させてくれる。『ライチ☆光クラブ』においては、グロテスクで残酷な表現もすべては少年たちの耽美を引き立てるためにあるのだ。愛と憎しみとが交わり、廃墟が赤く染まるグラン・ギニョールは、なんと美しいのだろう。 (文=常川拓也) ■公開情報 『ライチ☆光クラブ』 2016年2月13日(土)新宿バルト9ほか全国ロードショー 出演:野村周平、古川雄輝、中条あやみ、間宮祥太朗、池田純矢、松田凌、戸塚純貴、柾木玲弥、藤原季節、岡山天音、杉田智和 原作:古屋兎丸「ライチ☆光クラブ」(太田出版) 監督:内藤瑛亮 脚本:冨永圭祐、内藤瑛亮 配給・宣伝:日活 制作:マーブルフィルム (c)2016『ライチ☆光クラブ』製作委員会 公式サイト:www. litchi-movie.com

小池里奈の過激合法ロリ写真集に「待ちきれない!」 北川景子&美少女戦士との不仲説の真相は?

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小池里奈Twitter(@KoikeRina0903)より。
 14日に写真集『Departure』(ワニブックス)を発売予定の小池里奈だが、先月26日に発売された週刊誌「FLASH」(光文社)で、これまで以上にムチムチとしたエロボディを見せつけたことから、「もう待ちきれないんですけど!」「どこかでフライングゲットできない?」など、ファンからは興奮の声が上がっている。 「小池は2004年に放送されたドラマ『美少女戦士セーラームーン』(TBS系)で子役としてデビュー。その後も女優として着実にキャリアを積む一方で、ロリ系アイドルとして04年にイメージDVD『おにいちゃんといっしょ』(日本メディアサプライ)を発売。それ以降、毎年コンスタントに写真集やDVDを発売してきたのですが、10代の後半になる頃には、『子役時代から成長が止まっている』とも称される童顔と、それとはアンバランスに成長した豊満な体を武器に、“尻ドル”として注目を集めるように。14年に発売した写真集『RINA REAL』(ワニブックス)では、まさかの生尻ヌードや過激ショット連発でファンに衝撃を与えた小池ですが、今回の写真集に関しては『前回以上の衝撃を!』と期待する声が高まっているようです」(芸能関係者)  “尻ドル”としてネット上を賑わす小池だが、北川景子との不仲疑惑でもネット上を賑わせているようだ。 「小池と北川の接点は、ドラマ『美少女戦士セーラームーン』での共演ですが、北川はドラマ終了後も、“戦士会”と称して、主人公・セーラームーン(月野うさぎ)を演じた沢井優、セーラーマーキュリー(水野亜美)を演じた泉里香、セーラージュピター(木野まこと)を演じた安座間美優、セーラーヴィーナス(愛野美奈子)を演じた小松彩夏らと頻繁に誕生日会などを催し、その様子をSNSにアップしているのですが、毎回その場に小池の姿がないことから『小池はハブ?』『北川とソリが合わない?』など、小池と北川の不仲疑惑が浮上してしまっているようです。ただ、前述した通り、ドラマ放送時、小池はまだ11歳の子役で、高校生だった北川らとは年齢に開きがあることから、『仲が良い方が不自然だろう』と指摘する声も上がっています。また、戦士会に関しても『他の4人が北川に気を遣ってそう』と、本当に仲が良いのか疑う声も上がっているようです」(同)  セーラー戦士の中では突出して勝ち組状態の北川だが、顔が売れるようになったのは、07年当時、事務所の先輩であった沢尻エリカが主演映画『クローズド・ノート』の舞台挨拶で不機嫌そうな振舞いを行い、世間から大バッシングを受けたことで、その代わりとして事務所が猛プッシュを開始したからだともいわれている。08年、映画『ハンサム★スーツ』でヒロイン役を演じ、注目を浴びたのは北川が22歳の時。現在22歳の小池にも、北川のように売れっ子女優になるチャンスはまだまだ残されているのだろう。

『金スマ』タイトル変更の裏でTBS制作トップが「うちは中居を守る」宣言! TBSは3年前にメリー派と対立していた

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『中居正広の金曜日のスマたちへ』番組名変更の裏にあるTBSの事情とは?
【本と雑誌のニュースサイトリテラより】 『金スマ』の突然のタイトル変更はやはり、SMAPが原因だったらしい。  今日、SMAPの中居正広がMCを務めるTBSのバラエティ『中居正広の金曜日のスマたちへ』が『中居正広の金曜日のスマイルたち』とタイトルを変更したことが正式に発表された。  この事実が発覚したのは2月8〜10日のこと。TBSの番組表やテレビガイドで『中居正広の金曜日のスマイルたち』に変更となっていることがわかり、ファンの間でちょっとした騒ぎになったのだ。  そして、理由として、2つの説がささやかれた。ひとつはもちろん、SMAP解散問題の影響。解散危機は今後も予断を許さない状況であるため、中居が独立しても番組名を変えずにすむよう、『金曜日のスマたちへ』がSMAPの「スマ」ではないことを宣言したのではないか、という見方だ。  もうひとつは、同番組に出演していたベッキーの不倫問題。『金スマ』のタイトルは、1985年に同局で放映されたドラマ「金曜日の妻たちへ」をもじっていたのだが、「金妻」は不倫ドラマだったため、シャレにならない、と判断されたというものだった。  まあ、基本的にはどっちでもいいわ、というレベルの話なのだが、TBS 関係者に取材したところ、意外な事実が判明した。 「これは、『金スマ』のプロデューサーで、うちの音楽・バラエティ制作のトップでもある阿部龍太郎制作部長のツルの一声で決まったらしいですよ。阿部さんはその際に『うちはこれから何があっても中居を切らない、守っていく』と宣言したらしいです。つまり、今回のタイトル変更は、中居がジャニーズを追われても番組をおろしたりしない、その決意の表れということらしいですね。おかげでこっちはいい迷惑です」  こう語ったのは、同局のワイドショー担当スタッフ。たしかに、阿部部長は『うたばん』をたちあげたプロデューサーで、SMAP、とくに中居正広との関係が深い。『火曜曲』『UTAGE』『Momm!』そして『金スマ』と、中居司会の番組にはほとんどかかわっているし、『吾郎の細道』『Goro's Bar』『ゴロウ・デラックス』など、SMAPの他のメンバーの番組も積極的につくってきた。  また、東日本大震災を契機に始まった大型音楽特番『音楽の日』も、阿部氏が手がけたものだが、毎年、中居が司会をつとめ、昨年もジャニーズからはSMAP、Kis-My-Ft2、Sexy Zoneと飯島派だけが出演した。  つまり、この数年、ジャニーズ事務所で起きていたメリー喜多川・藤島ジュリー景子母娘と SMAP・飯島三智マネージャー派の派閥対立の中で、阿部氏は明らかに、SMAP・飯島派についていたというわけだ。  しかし、今回、飯島派の独立が頓挫し、すべてのテレビ局がジャニーズ事務所の報復を恐れて、メリー・ジュリー派についたと言われた中で、中居派の旗幟を鮮明にするというのは、なかなかの勇気のある行動といえるだろう。 「阿部さんにその話をしたら、フジがジャニーズ派に寝返ったけど、フジのやることは全部裏目に出ているから、うちは逆張りをしようと思って、なんて軽口をいっていましたが」(音楽業界関係者)  しかし、今回の背景には、TBSの音楽・バラエティ制作部の特殊な事情があるらしい。実は、阿部氏率いるTBSの音楽・バラエティ制作部は、かなり前からメリー・ジュリー派に相手にされていないのだという。  ジャニーズ事務所内で派閥対立が表面化したのは2012 年くらいだが、その際、テレビ局で真っ先にメリー氏とジュリー氏が標的にしたのが、中居の番組を多く手がけていたTBSだった。  始まりは、2012年のクリスマスに放映された、TBS系音楽番組『火曜曲!~聖なる夜の4時間生ライブSP~』。この番組、司会は中居がつとめ、嵐がゲスト出演する予定だったのだが、メリー氏とジュリー氏の意向で、嵐がドタキャンしたのである。  さらに、2013年3月には、それまでTBSが放映していた嵐の冠番組『秘密の嵐ちゃん』が打ち切りになったが、これも、ジャニーズ側が、阿部氏のSMAP偏重に腹をたて、引き上げたのだという。 「普通なら、そこでTBS側が土下座して、ということになんでしょうが、阿部氏の手がけた中居くん司会の番組はバラエティ班の稼ぎ頭で、阿部氏の発言力もどんどん高くなっていった。それで、TBSとしては仕方なく、ワイドショーを管轄する情報制作局担当で、『櫻井有吉アブナイ夜会』をやることにして、話をおさめたんです」(前出)  ただ、これがきっかけでどんどんTBSとジャニーズ本体の関係は希薄になっていったようだ。ドラマにもジュリー派・メリー派のタレントが出ることはめっきり少なくなり、パイプをもっているのは、『櫻井有吉アブナイ夜会』を担当し、今、国分太一を『白熱ライブビビット』司会に起用した情報制作局だけだという(ただし、情報制作局はメリー・ジュリー寄りのため、TBSのワイドショーが絶対にジャニーズの批判が一切できないという構図はむしろ強化されているらしい)。  強いものに「右へならえ」する風潮の中でこういう情報を聞くと、流れに逆らって中居くんとやっていこうというTBSの音楽・バラエティ制作班を応援したくなるが、まあ、テレビ屋なんてゲンキンな生き物だからいつ手のひらを返すかはわからない。中居くんにはくれぐれも安心しないよう忠告しておきたい。 (時田章広)

清原容疑者の元同僚・野村氏、取材謝礼”1回20万円”を要求の舞台裏

【アガるニュースをお届け!デイリーニュースオンラインより】
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 元プロ野球選手・清原和博容疑者(48)が覚せい剤所持の現行犯逮捕で世間を騒然とさせる中、これに付随して注目を集めているのが、同じく元プロ野球選手の野村貴仁氏(47)の“変貌ぶり”だ。  野村氏はかつて清原容疑者と共に巨人で一緒にプレーしていたこともあるが、現役引退後の2006年に覚せい剤取締法違反(使用)の疑いで逮捕され、同罪で有罪判決を受けた過去を持つ。そんな野村氏がこの度久しぶりにテレビカメラの前に姿を見せ、現役時代に清原容疑者に覚せい剤を渡したなどと証言しているが、驚くべきはその風貌だ。  顔は伸びっぱなしの長いヒゲに覆われ、頭にかぶったヘルメットからは白髪交じりでボサボサの髪が風になびく。表情も無ければ瞳にも現役当時のような輝きは感じられず、ギョロリと大きく見開いたかと思えばうっすら半目がちになるなど、異様な雰囲気が漂っていた。
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ヒュー・ジャックマン、再び皮膚がんの治療

ヒュー・ジャックマンが再び皮膚がんの治療を行ったことを明かした。2013年に皮膚の基底細胞がんと診断されて以降、過去3回にわたって鼻の皮膚の手術を受けているヒューだが今回、再び治療を行ったことを自身のインスタグラムでファンに報告している。鼻に絆創膏をつけた自身の写真と共にヒューは「日焼け止めを塗らなかったらどうなるのかという例だよ。基底細胞。一番軽いがんではあるけどそれでもやっぱり深刻さ。みんな、日焼け止めクリームは絶対に使うようにしてね。そして定期的な検診も受けること」とコメントを添えている。 現在3か月毎に定期健診を必要とされているヒューは、鼻だけでなく肩にできたがんも以前取り除く手術を受けており、検診の重要性を常に呼びかけている。 そんなヒューは以前あるインタビューの中で「『がん』という言葉は聞くだけもショックをうけるものだよね。皮膚がんはオーストラリアで育った自分にとって珍しくないんだ。今まで日焼け止めクリームを塗るように言われた記憶もないしね」「がんについては落ち着いて対応するようにしたよ。基底細胞がんとはただ向き合わなくちゃいけないんだよ。これは悪性腫瘍だからね。どんどん症状が進行するんだ。だから僕らはただこれを取り除かなくちゃいけないんだよ」「僕は3か月ごとに検診にいっているところさ。まあ僕にとってこれは新しい習慣だけどね。医者はこれからも再発するだろうと言っているし、もし君がこの病気にかかることがないとしたらそれはラッキーだってことだよ」と語っていた。

ジブリ高畑勲監督、世界で評価される理由は? 宮崎駿監督との比較から作家性を探る

【リアルサウンドより】  「彼の通ったあとは、ぺんぺん草も生えないですからね」   当時、『おもひでぽろぽろ』のプロデューサーを務めていた宮崎駿が、苦笑いしながらそう表現したのは、同作の監督を務めた、日本アニメーション界の重鎮、高畑勲のことである。  完璧主義者で理想の高い高畑監督の異常なこだわりは、用意された時間と労働力を、限界を超えて費し、スタジオジブリをはじめとする製作環境の屋台骨を軋ませながら、今までに規格外の名作を生み出してきた。最近になって、そのジブリも、高畑・宮崎両監督が、長編作品からの引退を示唆すると、当時製作中だった『思い出のマーニー』を最後に、早々に作品の製作がストップしてしまった。それほどまでに、このスタジオは、「両監督のためのもの」であったという事実が分かる出来事だ。しかし、それも無理はないと思わせるのは、ジブリのみならず、現在の日本の若手・中堅アニメーション監督と比べても、その演出の力量に、あまりに歴然とした差があると感じさせるからだ。  『かぐや姫の物語』では、惜しくもアカデミー賞の受賞を逃した高畑勲監督だが、この度「アニメ界のアカデミー賞」とも呼ばれるアニー賞で、アニメ界の功労者に贈られる「ウィンザー・マッケイ賞」を受賞した。過去にウォルト・ディズニーやフレデリック・バック、そして川本喜八郎、手塚治虫、宮崎駿、大友克洋など日本人クリエイターにも同賞が贈られているが、高畑監督の作品が世界に与えた功績を思うと、むしろ受賞は遅すぎるといえるかもしれない。今回は、世界が評価する高畑作品のすごさはどこにあるのか、宮崎駿監督との比較も交えながら考えていきたい。  東映動画時代、監督として頭角を現し始めた高畑勲は、右腕として宮崎駿を見出し、その後数十年、お互いの作品に協力し、また競い合いながら関係を続けてきた。それまでミリタリーや、東映動画『白蛇伝』などのアニメ美少女に夢中だった宮崎が、東大仏文科出身である高畑の、インテリジェンスや思想、文化的な豊かさや高尚さに傾倒し、憧れていったのは想像に難くない。宮崎は、高畑監督のために身を粉にして作品のレイアウトなどを担当し、作品の質を大幅に向上させた。宮崎は後に、「青春を全て高畑に捧げた」と語る。  主に日本のTVアニメで使われた、数枚の動画を繰り返すことで簡略化を図る「リミテッド・アニメーション」に対抗し、本来のリッチな動きに立ち戻る「フル・アニメーション」にこだわることで、繰り返しの鑑賞にも堪える、高い質を持った作品が、高畑らを中心とした、熱意を持つ優秀なスタッフによって作られていく。だが宮崎駿は、高畑監督の静的な作風に次第に不満を感じ、冒険娯楽活劇を自分で監督することに熱意を燃やし、その後、絶大な人気を集めていく。また高畑も、「それとは違うものを作りたい、作らざるを得ない」と、さらに自分の作風を深化させ、同じスタジオの中にいながら、二人の道は分かれてゆくことになる。  自分で絵コンテを描き、自らが陣頭に立つ「闘将」である宮崎駿と比べ、高畑勲は、自分で作画をしない。彼は、「ディズニーは、すでに無声映画時代から絵を描いていません。あとの半生は、アンサンブルを作り出すことに徹していました」と言っている。ここから、「日本のディズニー」の役割を目指し、自分が日本アニメーションの道を切り拓こうという、高畑監督の強い意志を感じるのである。その達成のためには、独自のアニメ表現を模索することが何より必要だった。  そのひとつが、「日常表現」へのこだわりだ。宮崎駿が、高畑監督の最高傑作だと言う、TVアニメ「アルプスの少女ハイジ」では、地味な生活の描写を、リアリティを持って丁寧に描きあげることで、「生活を通して人間の本質や美を描き得る」ことを証明した。その後、プロデューサーとなった宮崎の資産を投じさせて撮った実写ドキュメンタリー『柳川堀割物語』は、日本に残る、古い水路や水門の仕組みや歴史、そこでの生活について執拗に追った、ただただ研究的な作品である。こんな作品を作ってしまう、病的なまでに他の追随を許さない「生活への探究心」が、凄まじい「静的な熱」を、以後の演出作品にも与えていく。  もうひとつは、アニメーションによる映像表現への実験的取り組みである。代表的なのは、『ホーホケキョ となりの山田くん』で試みられた、従来のペッタリした色の動画とは異なった、「紙に描いた絵が、塗った色がそのまま動き出す」ように見えるという、画期的な表現方法だ。それは監督が研究する、カナダのアニメーション作家フレデリック・バックの作品をはじめ、ロシアや中国のアニメーションの技術を発展させた、非ディズニー的な映像へのアプローチでもある。世界的にCGによる実写的な3D表現が主流になりつつあるなかで、CG技術を使い、手描きの味を活かすという独自性と意義は、日本よりも、むしろ海外で評価され、「山田くん」は、MoMA(ニューヨーク近代美術館)に永久収蔵されることにもなった。  現時点で最後の作品となる『かぐや姫の物語』は、そのふたつの方法論と美学を極限まで突き詰める、高畑勲監督の代表作といえる傑作になった。さらに、この作品は、理解しづらい「竹取物語」の内容を、仏教哲学や、社会における女性の苦難などを中心に、わずかに改変することによって、より普遍的で、現代に必要とされる作品に生まれ変らせている。原作のテーマを追求し、考え抜くことで、さらに深いところで作品の本質をとらえる。世界の名作や宮沢賢治文学、そして古典に至るまで、高畑監督がアニメ化して新たな生命を吹き込むことができるのは、他を寄せ付けない知性と教養、そして高い志あってこそである。同作の西村プロデューサーは、「高畑監督は、雑談レベルの日常会話ですら高尚すぎて、まともに付いていける人が誰もいないぐらい、ジブリの中でも特別な存在でした」と語っている。  高畑監督作の描くヒロイン達、ヒルダ、ハイジ、じゃりン子チエ、そしてかぐや姫などは、主体性を持って、自分の力で前に進んでいく強さを持っている。かぐや姫が都の屋敷を逃げ出し、山へ走り出すシーンを覚えているだろうか。「女性は男のための消費物である」という封建的で男性優位の社会のシステムに気づいたかぐや姫は、その世界から必死の逃亡をする。与えられた十二単を脱ぎ捨てながら、都の大路を、野山を一気に走り抜ける。この「逃亡」は、現在の、観客に媚びる都合のよい女性キャラの魅力を下敷きにしたアニメが蔓延する現状を見続けてきた、高畑監督の心の叫びでもあるだろう。アニメーションは観客の欲望をそのまま叶えてあげるような、ただの商品でも消費物でもない。「アニメーションとは、全ての表現に勝る芸術である」。この監督の高い志とアニメーションに人生を捧げてきた執念が、ここでの狂気を帯びた怒りの疾走表現に宿っているのである。だからこそ、この場面は本当に感動的だ。  日本にいると、ついついアニメーションというのは盤石な文化で、「日本はアニメ先進国である」と思ってしまう。だがその中で、本当に観る価値のある作品はどれだけあるだろうか。優れて芸術的な作品を生み出すには、ウォルト・ディズニーや東映動画の大川博のように、常識を逸脱したトップの狂気じみた決断があってこそだ。高畑監督や宮崎監督は、スタジオジブリで、それらと同等の狂気と芸術性を保ち、世界のトップ・クリエイターとして、その流れを絶やさなかったという意味でも、考えられている以上に重要な功績を残している。このような普遍的な作品を手がける狂気の作家たちが、いかに例外的に貴重だったかという事実は、これから年月が過ぎることで証明され、伝説的に語られていくだろう。渦中に生きていた我々は、そのことの重大さをまだ実感しきれていない。 ■小野寺系(k.onodera) 映画評論家。映画仙人を目指し、作品に合わせ様々な角度から深く映画を語る。やくざ映画上映館にひとり置き去りにされた幼少時代を持つ。Twitter映画批評サイト

“ビリギャル”石川恋のエロボディに「偏差値高すぎ!」安倍なつみには「25歳がピークだった?」と嘆く声も

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「石川恋オフィシャルブログ」より。
 今月29日に発売予定の、石川恋1st写真集『LOVE LETTERS』(集英社)。先月25日に情報解禁&予約受け付け開始されて以来、表紙で見せる胸の谷間も露わな石川のセクシーな姿が、「エロ偏差値高すぎ!」「1カ月も待てない!」と、ファンの期待を膨らませているようだ。 「石川は13年に発売された書籍『学年ビリのギャルが1年で偏差値を40上げて慶應大学に現役合格した話』(KADOKAWA)、通称“ビリギャル”の表紙モデルを務め、金髪ミニスカート姿が話題を呼び、人気者に。その後、髪の毛を黒く染め、ビリギャルのイメージをかなぐり捨てると、『週刊プレイボーイ』(集英社)で水着姿を披露。推定Dカップの胸と美しいくびれには『エロギャル!』『ビリギャルの時とはまるで別人!』と、興奮の声が殺到していました。今回の写真集では、先月25日に発売されたダレノガレ明美の1st写真集『ENJO』(集英社)と同じ、樂満直城がカメラを担当しているだけに、『ダレノガレ並みに過激なショット連発?』と期待の声が上がっているようです」(芸能関係者)  樂満はこれまでにも数々のアイドルや女優の写真集を担当してきたが、中でも、07年に発売した安倍なつみの写真集『Cam on』(ワニブックス)に関しては、安倍ファンからも「最高傑作!」の呼び声が高い。 「『Cam on』は、オールベトナムロケを敢行した作品で、撮影当時25歳だった安倍の魅力をあますことなく収録。童顔でピュアな印象の強い安倍が水着になり、顔に似合わぬ豊かな胸を披露し、ビーチではしゃぐ姿には『顔と体のアンバランスさが絶妙!』『最高傑作!』と絶賛する声が上がっていました。安倍は去年11月、3年ぶりに写真集を発売しましたが、ネット上では『正直、キツイ』『かつての童顔はどこへ?』と、嘆く声が上がり、さらに、去年末に山崎育三郎との結婚を発表したことで、ファン離れも加速しているといわれています。ビジュアルだけでなく、性格に関しても、最近ではバラエティ番組で、モーニング娘。時代の暴露話を披露するなど、『ピュアさを完全に失った』『裏切られた気分』と、モー娘。ファンからも批判の声が上がっているようです」(同)  俗に、25歳は女性のお肌の曲がり角といわれるが、安倍に関しては、アイドルとしても25歳がちょうど曲がり角だったのかもしれない。