【リアルサウンドより】
漫画家/タレント・蛭子能収が人気だ。テレビのバラエティ番組で見ない日はないと言っていいくらい人気だ。というか昨今、その著作物も、静かなブームとなっているという。一昨年の夏に出版した自身初の新書『ひとりぼっちを笑うな』(角川新書)がジワリジワリと増刷を繰り返し、現在16刷9万7000部。間もなく10万部を超えようとしているのだとか。さらに、昨年11月には、蛭子が孔子の『論語』を解説する謎の新書『蛭子の論語』(角川新書)も上梓。こちらも好評なのだとか。それにしても、いつの間に彼は、そんなに人気者になったのか。そのきっかけとなったのは、2007年から1年に2回から3回のペースで放送されている旅バラエティ番組『ローカル路線バス乗り継ぎの旅』(テレビ東京)であるというのが、もっぱらの定説だ。

(C)2015「ローカル路線バス乗り継ぎの旅 THE MOVIE」製作委員会
今年の1月2日、その第22弾(!)となる「水戸・偕楽園~長野・善光寺」編(マドンナ:南明奈)がオンエアされた『ローカル路線バス乗り継ぎの旅』。その番組内容は至ってシンプルだ。太川陽介と蛭子能収に「マドンナ」と呼ばれる女性ゲスト1名を加えた3人が、路線バスを乗り継いで、指定された目的地を目指す。3泊4日という規定の日程内にゴールできれば成功、できなければ失敗だ。この番組の何が異色かというと、期間内にゴールにたどり着くことが第一目的であるため、道中の観光スポットなどはほぼ立ち寄らず、出演者たちが時間に追われながらひたすら旅を進める点である。いわゆる「旅番組」であるにもかかわらず。しかも、毎回紅一点「マドンナ」が参加するとはいえ、基本的には50代の太川と60代の蛭子がメインという、他局ならあり得ない異色のキャスティング。しかし、これがウケた。シリーズ平均視聴率は10%を越え、最高時には、テレ東としては快挙とも言える15.3%を記録したというのだ。

(C)2015「ローカル路線バス乗り継ぎの旅 THE MOVIE」製作委員会
それにしても、この番組の一体何が受けたのか。それは、常にリーダーシップを発揮しようとするポジティヴな太川と、隙あらば不平や文句を言いまくるネガティヴな蛭子という、対照的なコンビの掛け合いによるところが大きいだろう。地図を広げながらその都度ルートを確認し、なるべくその土地土地の名所や食べ物を堪能しようとする太川。そして、基本的には太川に従うものの、空気を読まない発言を繰り返し、現地の名産に興味を示すことなくカレーやかつ丼を食し、ホテルを好み民宿に泊まることを拒む蛭子。そのコントラストが、番組の見どころであり、笑いどころとなったのだ。番組当初は、「困ったおじさん」もしくは「協調性のない人間」と見られていた蛭子だが、その常軌を逸した「あり得ない」立ち居振る舞いはやがて番組名物となり、伊集院光をはじめ、番組のファンを公言する人々が続出。今や、テレビ東京の看板番組のひとつである。
その後、そんな「あり得ない」立ち居振る舞いの数々が注目を浴び、他局のバラエティ番組にも続々出演するようになった蛭子能収。無論、タレントとしての蛭子は、すでに30年以上のキャリアを誇るベテランであるけれど、今回のブレイクは過去最大の露出を言えるだろう。そこで、ひとつ気づいたことがある。近年、視聴者が彼に向けるまなざしは、かつてのような嘲笑ではなく、どこか優しいものとなっているのだ。要は、かつてほど「当たり」がきつくなくなったように思うのだ。そして、自著『ひとりぼっちを笑うな』の出版である。インパクトのあるタイトルはもとより、そこで饒舌に語られる蛭子の「哲学」とも言うべき行動原理に、多くの人は驚いた。というか、うっかり「共感」してしまったのだ。「震災直後に叫ばれた“絆”という言葉に対する違和感」に始まり、「昨今の友だち偏重傾向への違和感」を訴え、「友だちはいらない」と言いながら「群れることを嫌い、ひとりでいることを好み」、さらには「自由であるためには、他人の自由も尊重せねばならない」、「戦争ほど個人の自由を奪うものはない」と主張し、「この世に生まれていちばんの喜びは、自分の考えていることを実現すること」であると看破する蛭子。それは思いのほかまっとうというか、多くの人が心の奥底で思っていることを言い当てられたような、不思議にスッキリする読後感があったのだ。極端な話、アドラー心理学をわかりやすく解説し、その前年に大ベストセラーとなった『嫌われる勇気』(ダイヤモンド社)にも通じる「気づき」の数々が、この本にはあったのだ。
そして、『ローカル路線バス乗り継ぎの旅』は、結果的に、そんな蛭子の行動原理に、ある種の説得力を持たせる場所として、あるいはそれを実践する場所として、新たな意味を獲得していったのだった。とはいえ、それが映画化されると知ったときには、さすがに筆者も我が目を疑った。2月13日より、新宿ピカデリー他で全国公開される『ローカル路線バス乗り継ぎの旅 THE MOVIE』である。基本的なルールや構成は通常の番組と同じであるものの、番組史上初の海外ロケ(台湾)であること、フルハイビジョンの4倍の画素数を持つ4Kカメラで全編撮影されていることなどを謳った今回の映画版。リアルサウンド映画部としては、やはりこれを観逃してはならないだろうと、ひと足先に観覧させてもらったのだが……スクリーンに登場した太川がタイトルコールの後、のっけから「映画になっちゃったよ(笑)」と語りかけ、それに蛭子が「すごいねえ……お客さん、1800円払って来るかねえ?」と答える超展開に、思わずのけぞった。その後、今回の「マドンナ」である三船美佳を呼びこみつつ、聞きなれたキートン山田のナレーションとテロップによって、テレビ番組のようにサクサクと進行してゆく本作。いまだかつて、こんな映画が存在しただろうか? 番組の規定通り、ローカル路線バスを乗り継ぎながら、「3泊4日」で、“台北”から台湾最南端の“ガランピ灯台”を目指す3人の珍道中。確かに「ロードムービー」と言えなくはないけれど……そのとき、はたと気づいたのだ。重要なのは、この「ブレの無さ」なのである。

(C)2015「ローカル路線バス乗り継ぎの旅 THE MOVIE」製作委員会
たとえ、映画になろうとも決して浮き足立つことなく、そのスタンスや構成をいっさい変えようとしなかったテレビ東京。それと同じく、冒頭のシーンで「(映画だから)泣きどころを作ってあげないとね。感動するシーンとか絶対必要でしょ?」と笑いながら発言しつつも、結局のところ、いつも通りゴールを目指して淡々と旅を進める蛭子もまた、まったくブレが無いのだ。そう、真の意味で驚くべきは、この「ブレの無さ」なのである。近年、バラエティに執筆に多忙を極める蛭子だが、そのマイペースな行動哲学は、何も今に始まった話ではない。思えば、テレビで初めて観た頃から、蛭子のマイペースぶりは1ミリもブレることが無かった。ある意味、生まれたときから徹頭徹尾、一貫していると言ってもいいだろう。むしろ、変わったのは世の中であり、蛭子の言動を笑いながら観ている我々のほうなのではないか? 空気を読まない人間として、失笑を買っていたのは、もはや昔のこと。今となっては、世の中の空気やSNSを含む煩雑な人間関係に流されることなく、たとえ他人にどう思われようとも、自分のやりたいように生きている蛭子に、ほのかな「共感」や「憧れ」が生まれ始めているのだ。まさか、あの蛭子さんに共感する日が来ようとは……というか、映画化されようとも、まったくブレること無く淡々と進行してゆく本作を眺めながら、「ところで、これ、テレビの特番と何が違うんだろう……」という素朴な疑問を持ちつつ、「世の中というのは、本当にわからないな」と、ひとりごちる筆者なのであった。
■麦倉正樹
ライター/インタビュアー/編集者。「CUT」、「ROCKIN’ON JAPAN」誌の編集を経てフリーランス。映画、音楽、その他諸々について、あちらこちらに書いてます。
■公開情報
『ローカル路線バス乗り継ぎの旅 THE MOVIE』
2月13日全国ロードショー
出演:蛭子能収、太川陽介、三船美佳
配給:アスミック・エース
(C)2015「ローカル路線バス乗り継ぎの旅 THE MOVIE」製作委員会
公式サイト:
http://www.rosenbus-movie.com/