ディカプリオ、悲願のアカデミー主演男優賞を手にした理由 “逆境”と“家族愛”で新境地へ

【リアルサウンドより】  かつて「アカデミー賞が欲しくない俳優なんかいない」と豪語したレオナルド・ディカプリオが、自身5度目のノミネートにして遂に『レヴェナント:蘇りし者』でアカデミー賞主演男優賞に輝いた。  本年のアカデミー賞主演部門にノミネートされた俳優陣が、それぞれ演じた役柄の多くに共通している点に、“逆境”そして“家族愛”という事が挙げられる。  昨年の覇者で、本年も『リリーのすべて』で女装姿(保守的と言われるアカデミー会員たちだが、なぜか女装や男装の俳優を選出することには抵抗が無い)を披露し、世間の逆境に耐えた役柄を演じたエディ・レッドメインや、一人ぼっちで火星に取り残されたパイロットという逆境に耐えた『オデッセイ』のマット・デイモン。ハリウッドのレッド・パージによって、脚本家生命を断たれた名脚本家ダルトン・トランボを演じたブライアン・クランストンもその逆境に苦悩する姿を『Trumbo/トランボ』で披露した。アップルの創設者スティーブ・ジョブズを熱演した『スティーブ・ジョブズ』のマイケル・ファスベンダーも、周りのスタッフとの軋轢に耐え、成功していく中で、実の娘との確執に悩む姿を好演した。どの男優が選出されてもおかしくない状況で、見事に勝ち残ったのがディカプリオだったのである。  主演女優賞では女性同士の同性愛を描いた『キャロル』のケイト・ブランシェットが有力とされていたが、やはり保守的なアカデミー会員は『ルーム』のブリー・ラーソンを選んだ。7年間にわたり監禁されていた母子の数奇な人生を描いた同作で、ラーソンが演じた母親が逆境に耐える姿を体当たりで演技した事が、正当に評価された結果となった。  また助演女優賞には、世界で初めて女性に性別移行した男性を描く『リリーのすべて』で、夫を献身的に支える妻を演じたアリシア・ヴィカンダーを選出。助演男優賞は『クリード チャンプを継ぐ男』のシルベスター・スタローンを落とし、下馬評通り他の映画賞を席巻していた『ブリッジ・オブ・スパイ』のマーク・ライランスが獲得という結果に終わった。ボイコット運動を呼んだ人種差別問題や、LGBTを描いた作品を冷遇してきたことから、非難を浴びていたアカデミー会員が、サプライズや一つの作品に独占させず、全体的にバランスの良い順当で無難な結果を選んだのかもしれない。  そんな今年のアカデミー賞で、ディカプリオに初のオスカーをもたらした『レヴェナント:蘇りし者』は、野生の熊に襲われ重傷を負ったまま、仲間に見捨てられ、極寒の荒野を彷徨った実在の男の復讐劇であり、アメリカ建国の歴史の中でも重要な実話として広く知られている。そして同じ題材がリチャード・C・サラフィアン監督によって『荒野に生きる』として過去に一度映画化もされていた。  今回の映画化に際しては、愛する息子を無下に殺された父という設定を新たに加え、愛するものを奪われた父親の復讐という、実話以上に過酷な設定を加えているのが特徴で、単なるリメイク作品とは一線を画している。  冒頭から、ネイティヴ・アメリカンとの凄まじい戦闘シーンをほぼワンカットでまとめ上げるという驚異の映像を作り上げたアレハンドロ・G・イニャリトゥ監督の確かな演出と、自然光だけで全編を撮影し撮影賞に輝いたエマニュエル・ルベツキの見事な映像美。そこから生まれた、アカデミー賞に相応しい壮大なスケールで描かれたシンプルなストーリーは、主人公の置かれた逆境を更に際立たせた。  凶暴な熊の襲撃により喉を切り裂かれ、言葉もまともに発せず、文字通りボロ雑巾のようになりながらも、裏切り者の仲間を追い詰めていくディカプリオの鬼気迫る姿。加えて、ネイティブ・アメリカンの妻を亡くし、愛する息子を仲間に惨殺され、守るべき家族を守り切れなかった哀しみを帯びた感情の爆発が、いつもはアカデミー賞を意識するあまり過剰になりがちな演技と見事に合致し、初のアカデミー主演男優賞受賞に繋がったのだ。  若干19歳で初めてオスカーにノミネートされ、それをきっかけに破竹の勢いでハリウッドスターへの階段を上っていったディカプリオが、これまでアカデミー賞から冷遇されてきた理由、それはやはり賞を意識しすぎた点にあると思う。
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(c)2016 Twentieth Century Fox

 狂気じみた迫力の演技で圧倒させた『アビエイター』、言葉巧みに投資家をだまし、巨万の富を得た若き株式仲介人を軽妙に演じた『ウルフ・オブ・ウォール・ストリート』には共通している点がある。それは(アカデミー賞ノミネートに至らなかった出演作品にも共通することだが)ディカプリオの演技に力が入りすぎているという事だ。心の病を抱えた主人公を、眉間に皺を寄せながら演じた前者はともかく、後者に於いてはコメディ色の強いストーリーにも関わらず、演技に力が入りすぎている。上映時間の長さも観客の体力を消耗させたが、ディカプリオの演技の力み具合が、実話ベースのコメディとしての軽さを消し去ってしまった。  『レヴェナント:蘇えりし者』で“愛する息子を失った父親”という役柄を演じ、見事に俳優としての幅を広げる事に成功したディカプリオ。アカデミー賞を受賞したことが単純に俳優としての成功に繋がらないハリウッドで、今後どういう立ち振る舞いをみせていくのかが、彼に残された次の課題だ。 ■鶴巻忠弘 映画ライター 1969年生まれ。ノストラダムスの大予言を信じて1999年からフリーのライターとして活動開始。予言が外れた今も活動中。『2001年宇宙の旅』をテアトル東京のシネラマで観た事と、『ワイルドバンチ』70mm版をLAのシネラマドームで観た事を心の糧にしている残念な中年(苦笑)。 ■公開情報 『レヴェナント:蘇えりし者』 4月22日(金)TOHOシネマズ 日劇ほか 全国ロードショー 配給:20世紀フォックス映画 (c)2016 Twentieth Century Fox (c)Getty Images

ボート界のNo.1アイドル“デキ婚”にファンが妙な興奮!? 「腰痛欠場」の真実と惜しむ声が錯綜……

 競艇界の「アイドルレーサー」が結婚した。女子ボートレーサー・鎌倉涼が1日に結婚を発表。お相手は同じ競艇選手の深谷知博とのこと。  デビュー当初からそのルックスで競艇ファンの心をわしづかみにしてきた鎌倉。実力のほうも申し分なく、通算優勝は12回、生涯獲得賞金は2億に迫っている「女子若手トップ選手」である。  そんな鎌倉が結婚……ファンは悲嘆に暮れているに違いないが、夫である深谷知博も若手トップクラスの実力を持ち、その上かなりの「イケメン」ということもあってか、祝福ムードなのがうかがえる。  むしろファンやネットユーザーが騒いでいるのが、鎌倉がすでに「妊娠」しているということだ。美男美女のボートレーサーの“デキ婚”ということで、妙に興奮しているファンも多いようで……。 「実は鎌倉選手、『腰痛の悪化』を理由に今年に入って相次いでレースを欠場していたんです。ファンの間では心配されていたのですが、フタを開ければ『デキ婚』ということで、安心したような寂しいような……。腰痛が本当だったのかは謎なところですが、一部のファンの中には『なんだ、腰の振り過ぎか』『夜も昼も乗っていたらそりゃ痛めますね』と下品な勘ぐりをする声もあります。まあ、それだけ鎌倉選手に対する注目度の高さの表れでしょう」(記者)  鎌倉は競艇界の上位20%しか入れない最上位ランク「A1」の選手だが、妊娠に伴う休養によってレースに出場できないため、A1からは落ちてしまう見込み。しかし、夫である深谷もA1選手として相当稼いでいるため、特に心配はいらないようだ。  ただ、競艇界のスターダムにのし上がった彼女が、このタイミングで妊娠したことを残念がる関係者も多いようだ。 「A1という最高グレードで活躍していた鎌倉選手は26歳。ボートレーサーとして華開き、今後さらに成長が見込める中での妊娠に『もったいない』という声も多い。ファンの間では『妊娠したから仕方なく結婚という感じがしないでもない』『これからって時だから、もっと慎重にすればよかったのに』という声もありました。こういった声からも、彼女への期待や贔屓筋の多さを感じさせます。出産後に復帰する時、実力が鈍っていないかが焦点ですね」(同)  結婚から妊娠という順序を考えると豪快な“まくり”を決めてしまった鎌倉選手。残念がる声が多いのもスターの証だ。無事出産し、再び競艇の“ママドル”として活躍してほしい。

梅宮アンナ&益若つばさに「偉そうに!」とAKB48ファンが激怒? 弘中綾香アナには「天使!」「AKBに入ったらセンター間違いなし」の声

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「テレビ朝日」公式サイトより。
 先月23日に放送された『ロンドンハーツ』(テレビ朝日系)内の企画『私服センスなしオンナ ナンバー1決定トーナメント』で、AKB48の総監督・横山由依が女王の座に輝いたのだが、横山ファンからは、審査員を務めた梅宮アンナと益若つばさに対して、「偉そうに!」「自分たちもセンスないじゃないか!」といった声が上がっているようだ。 「ネット上では、『キャラ立ちしない横山がヤラセで女王を獲得したのでは?』と疑いの声も上がっていますが、横山がSNSで披露する私服姿が『ダサい』ということは、以前からメンバーやファンの間では有名。横山自身もネタにしているところがあるのですが、番組内で、上から目線でズケズケと批評する梅宮と益若には、横山ファンも我慢がならなかったようです。また、もう1人、女性審査員として参加していたモデルの大石参月に関しては、梅宮と益若に気を遣って、2人に追従したようなコメントをするばかりで、『必要なかった』『ただの空気』との声も。番組には、“私服センスなし”女性として、安藤美姫もエントリーしていたのですが、梅宮が番組放送翌日のブログに『安藤美姫さんとのツーショット! アスリートって、やっぱり格好いいですね』と、安藤とのツーショット画像を投稿したことでも分かるように、番組内でもやたらと安藤を持ち上げるようなコメントが目立ったことから、ネット上では『女が女を審査すると、公平さに欠く』『厳しい意見も言うけど、ちゃんとフォローもする栗原類が1番優秀な審査員だった』などといった声も上がっていたようです」(芸能関係者)  そんな中、トーナメント初戦で、安藤と対決した弘中綾香アナウンサーには、審査員を務めた、おぎやはぎの小木博明や栗原だけでなく、世の男性からも「可愛すぎる!」と絶賛の声が上がった。 「『男にモテたい春ファッション』というテーマで、弘中が私服姿を披露した際、辛口で知られる小木が顔をニヤつかせ、『すごくイイ』『可愛い』と連呼。栗原からも称賛の声が上がり、ネット上でも『マジ天使!』『AKBに入ったら、即日センター間違いなし!』などといった声が上がっていたようです。弘中は、テレビ朝日に入社した13年にアナウンサー・デビューをし、同年10月には『ミュージックステーション』の9代目サブ司会に抜擢されるなど、社からの期待も高く、『将来的に、日本テレビの水卜麻美やフジテレビの加藤綾子と肩を並べる存在になるのでは?』との声も上がっているようです」(同)  ももいろクローバーZのファンであることを公言し、推しメンには玉井詩織の名前を挙げている弘中だが、ももクロファンからは「いっそのこと、ももクロに入っちゃえば?」「早見あかりのブルーを引き継ぐ?」などといった好意の声が寄せられているようだ。

「週刊文春」スクープラッシュの意外な理由! 編集長が「春画」で謹慎処分になり反発した腹心スタッフが…

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「週刊文春」(文藝春秋)2016年1月28日号
【本と雑誌のニュースサイトリテラより】 「週刊文春」(文藝春秋、以下「文春」)のスクープラッシュが止まらない。新年早々1月14日号に掲載されたベッキー&ゲスの極み乙女。川谷絵音の不倫スキャンダルにはじまり、続けざまに現役閣僚だった甘利明TPP担当相の収賄スキャンダルで大臣の座から引きずり下ろした。さらに2月18日号では“イクメン議員”として名を馳せた宮崎謙介・衆院議員の不倫をスッパ抜き、宮崎氏は議員辞職へ。そして同月25日号では神戸児童連続殺傷事件の少年Aを直撃──。まさにスクープのデパート、ひとり勝ちといった様相で、甘利問題第一弾とベッキーの「センテンス スプリング!」なるLINE流出を報じた1月28日号は2年4カ月ぶりに完売した。  ここ10年来、「文春」は一般週刊誌の中で部数トップを維持し、数々のスクープを飛ばしてきた。とはいえ、このスクープラッシュは異例の展開。それゆえ、業界内のみならず一般読者のあいだからも「なぜ『文春』だけこれだけスクープを連発できるの?」という疑問の声があがっている。  だが、この「文春」スクープ連発には、“意外な理由”が隠されていた。それは、いまから4カ月前に起きた例の「春画」問題だ。  昨年10月8日、「文春」の新谷学編集長は3カ月間の“強制休養”が命じられた。この決定は文藝春秋・松井清人社長自らが下したものだが、原因は同誌に掲載された「春画」グラビアだった。これが「品位と伝統を穢す」として松井社長が激怒、現役編集長への異例の強制休養を発令したのだ。 「この異例の休養命令は編集部で大きな波紋を呼びました。突然、編集のトップがいなくなり、それまで進めてきた記事の扱いなど混乱が生じたのです。それだけでなく『経営側が編集に介入することこそ文春の伝統を穢す』と反発する声も上がりましたし、社長や経営幹部に対する反発の声もあった。新谷編集長はワンマンで決して人望が厚いタイプではないですが、そのイケイケ路線を支持し慕う新谷派の編集者や記者も多かったんです」(文藝春秋関係者)  しかも、松井社長はこの強制休養を、あくまで“休養”であって“処分”ではないとし、新編集長を置くわけでもなく、かつて同誌の編集長を務めた役員の木俣正剛氏を“代行”に立てた。これにより、「文春」編集部ではさらに反発と混乱が広がったようだ。新谷編集長の休養後、マスコミ業界雑誌「創」(創出版)15年12月号には、編集部で新谷編集長休養を伝える松井社長の説教の一部始終が掲載されたが、これも新谷派のスタッフが隠し取りしたものだと言われているほどだ。  当然、松井社長への反発だけではなく、編集部の士気も一気に下がった。実際、新谷編集長が休養中のあいだの「文春」の誌面は、「あなたの年金があぶない!」「『血圧は120以下に』は本当か?」「東京がテロの標的となる日」など、スクープ記事とはほど遠い企画で埋め尽くされている。  しかし、こうした誌面は、編集部の士気の低下だけが理由ではなかったようだ。じつは、「文春」編集部スタッフは、“スクープの出し惜しみ”をしていたのである。  たとえば、スタッフがネタを出しても、デスクが「これは今やるネタじゃない」「タイミングが悪い」と言って企画が通らなかったり、水面下で進めていた記事もなかなか掲載されないといったことが続発していたという。 「編集部では、上層部に反発した一部による『新谷さんが戻って来るまでスクープネタは掲載しない。ただし水面下では取材を進め、新谷さんが復帰した後にそれを一気に放出しよう』という空気が流れていました。新谷編集長を休養させた上層部への精一杯の抗議であり、嫌がらせ、意趣返しですね」(同前)  たしかに、新谷編集長が復帰した今年に入ってからのスクープを見ると、タイミング的に不自然なものが多い。甘利前大臣の収賄報道にしても、1月28日号に掲載されたグラビアでは、昨年10月19日には甘利前大臣の公設第一秘書と告発者の間で現金授受の現場を写真に記録していたことがわかる。また、少年Aの記事にしても、昨年9月の段階で少年Aの住居と姿を確認しており、以降、頻繁に転居を繰り返した少年Aをずっと追い続けているのだ。記事にも明記してあるが、所在を把握して以降120日も取材に費やしている。いくら慎重さが求められる少年犯罪の記事だとしても、週刊誌が120日間もひとつのネタを温存し続けるのは異常だ。  しかも、こうしてネタを出し惜しみした結果、大スクープを逃してしまうという痛恨の事態も起こっている。それがSMAPの分裂・独立問題だった。 「じつは、SMAP独立騒動に関しては、『文春』が昨年から先行して取材をしていたといわれています。昨年末には取材もほぼ終了し、ウラ取りも完璧だった。しかし“新谷待ち”で記事を出さなかったため、タイミングを逸して結局『週刊新潮』に抜かれてしまったようです」(週刊誌記者)  事実、「週刊新潮」がSMAPの分裂・独立問題をスクープした翌週の「文春」のグラビアを見ると、昨年12月4日にはSMAPの育ての親で騒動のきっかけとなった飯島三智マネージャーの仕事帰りの姿や、1月3日には飯島マネージャーと香取慎吾が車中で密談している様子、そして1月8日には中居正広の姿をキャッチしている。 「さすがにこれは編集部員も相当悔しい思いをしたようです」(同前)  ともあれ、「文春」のスクープラッシュの真相は、社長に対する“内乱”が理由であり、社会を揺るがしたSMAPのスクープをみすみす取り逃していた。──これには、週刊誌業界からは「雑誌は読者に向けてのものなのにプロ意識がない」「縄張り根性が酷すぎる」などと批判する声も一部にはあるらしいが、このスクープラッシュが意外な副産物を生んだようだ。  結果的に溜め込んでいたスクープを一気に放出したことで、「文春」は世間から一気に注目を集めたが、これにより、いま、編集部にはタレコミが大量に押し寄せているというのだ。 「告発する側もどうせなら話題になってほしいから、勢いのあるところにタレコミは集中するんです。いま、『文春』には、政治や芸能、企業ものまで、スクープラッシュならぬ“告発ラッシュ”で、スタッフは対応に大わらわらしいですよ」(同前)  この調子だと今後もしばらく「文春無双」はつづきそうだ。 (時田章広)

嵐との交流も?ジャニーズの内幕を暴露した守屋亮佑という人物

【アガるニュースをお届け!デイリーニュースオンラインより】
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「Jr.の給料は、よくて半年で軽自動車1台分、三ケタいかないくらい」「ファンレターは一通一通ちゃんと手書きで返してねと事務所から推奨」「意外と体育会系で、楽屋の上座と下座はしっかりしている」「握手はOKだが、ファンと写真を撮るのは絶対にダメ。やったらとんでもないことになる」これはジャニーズJr.の知られざる内幕だ。
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第88回アカデミー賞、『マッドマックス 怒りのデス・ロード』が最多6冠!

28日(日)に開催された第88回アカデミー賞でアクション映画『マッドマックス 怒りのデス・ロード』が最多6部門受賞を果たした。トム・ハーディとシャーリーズ・セロンが主演を務めた本作が編集賞、メイクアップ・スタイリング賞、衣装デザイン賞を含む賞を獲得した。 編集賞の受賞スピーチでは、監督のジョージ・ミラーの妻マーガレット・シクセルが「アカデミー賞、本当にありがとうございます。『マッドマックス』は2015年の最も評価をいただいた作品でした。観客も気に入ってくれて、今夜このように評価いただいたことは、願ってもいなかったことです」「この映画を作るにあたって、創造的な面に対するチャレンジする勇気とガッツが必要でした。ただただジョージ・ミラー、ダグ・ミッチェル、そして6か月間ナミビアの砂漠で最も素晴らしい映像を作り出すために関わったすべてのスタッフの皆様に感謝を述べたいと思います」とコメントした。  さらに、『マッドマックス』の後を追うのは3冠となった『スポットライト 世紀のスクープ』で、栄誉ある作品賞、脚本賞を手にした。 今年初のオスカー受賞を手にするかどうかと注目の集まっていた『レヴェナント:蘇えりし者』のレオナルド・ディカプリオは、ついに主演男優賞に輝き悲願を達成した。 そのほか、主演女優賞には『ルーム』のブリー・ラーソン、助演女優賞は『リリーのすべて』のアリシア・ヴィキャンデルが受賞した。 長編ドキュメンタリー賞では故エイミー・ワインハウスを題材とした『AMY エイミー』、歌曲賞には『007 スペクター』の『ライティングス・オン・ザ・ウォール』が選出されサム・スミスとジミー・ネピアが賞を受け取った。 そんな中司会のクリス・ロックは、今年のアカデミー賞が映画業界での多様性の欠如において物議を醸している問題について、オープニングから堂々と話題に持ち出し、ハリウッドは差別的な部分もあるが、「白人優越主義」でもないと発言した。「ハリウッドが差別的だって?差別的なこともあるけど、白人優越主義じゃないよ...ちょっと違う類の差別だよ...みんなチャンスがほしいものさ。白人俳優たちと同じように黒人俳優にもチャンスを与えようってことなんだ。それだけだよ。ディカプリオが最高の役を毎年演じているけど、ジェイミー・フォックスの場合はどうだい?」 第88回アカデミー賞 受賞リスト 作品賞:『スポットライト 世紀のスクープ』 主演男優賞:レオナルド・ディカプリオ『レヴェナント:蘇えりし者』 主演女優賞:ブリー・ラーソン『ルーム』 監督賞: アレハンドロ・G・イニャリトゥ『レヴェナント:蘇えりし者』 助演男優賞:マーク・ライアンス『ブリッジ・オブ・スパイ』 助演女優賞:アリシア・ヴィキャンデル『リリーのすべて』 作曲賞:エンニオ・モリコーネ『ヘイトフル・エイト』 歌曲賞:『ライティングス・オン・ザ・ウォール』サム・スミス、ジミー・ネピア 外国語映画賞:『サウルの息子』(ハンガリー) 短編実写映画賞:『スタッタラー』 長編ドキュメンタリー賞:『AMY エイミー』 短編ドキュメンタリー賞:『ア・ガール・イン・ザ・リヴァー:ザ・プリンス・オブ・フォーギブネス』 長編アニメ映画賞:『インサイド・ヘッド』 短編アニメ映画賞:『ベアー・ストーリー』 視覚効果賞:『エクス・マキナ』 録音賞:『マッドマックス 怒りのデス・ロード』 音響編集賞:『マッドマックス 怒りのデス・ロード』 編集賞:マーガレット・シクセル『マッドマックス 怒りのデス・ロード』 撮影賞:エマニュエル・ルベツキ『レヴェナント:蘇えりし者』 メイクアップ・ヘアスタイリング賞:『マッドマックス 怒りのデス・ロード』 美術賞:コリン・ギブソン、リサ・トンプソン『マッドマックス 怒りのデス・ロード』 衣装デザイン賞:'『マッドマックス 怒りのデス・ロード』 脚色賞:チャールズ・ランドルフ、アダム・マッケイ『マネー・ショート 華麗なる大逆転』 脚本賞:ジョシュ・シンガー、トム・マッカーシー『スポットライト 世紀のスクープ』 ジーン・ハーショルト友愛賞:デビー・レイノルズ オーナリー・オスカー:スパイク・リー、ジーナ・ローランズ

菊地成孔の『知らない、ふたり』評:自他ともに認め「ない」が正解であろう、「日本のホン・サンス」の奇妙な意欲作

【リアルサウンドより】

あなたが褒めているつもりでも虐待に成り得る

 「集団的な期待」や「ラベリング」は、程度にもよりますが端的に虐待です。この虐待で、完全に破壊されてしまったのが、「映画監督としての松本人志」であることは言うまでもないでしょう。詳しくは拙著「ユングのサウンドトラック」をご参照くださると幸いです。  「ラベリング」は、よしんばそれが(1)客観的に正しく、(2)善意的な物であろうと、これも程度によりますが、虐待に成り得ります。最新作『グランドフィナーレ』が待機中のパオロ・ソレンティーノは世界中で「現代のフェリーニ」と称されまくっていますが、少なくとも『グランドフィナーレ』を『8 1/2』と比して観ようとする限り、46歳という「若造」の才能へは虐待が行われている。という事になります(恐ろしいのは、ソレンティーノ自身にも、「そっちにリーディングしたい色気」が若干認められ、これはつまり「虐待を欲しがる」という、凄まじい現代製だとも言えますが、別の機会に)。  ワタシは自分がアーティストでもあるのでよく解る、、、と書こうとしたのですが、ナンセンスでしたね。よしんばアーティストでなくとも、今や誰もがSNSで自分を発信し、批評され、批評し、というダンゴ状態の時代なので、集団的な虐待の話はどなたでも多少なりともご理解頂けると思います。  毎度毎度不勉強ながら(というか、それがこの連載のフォームなのですが)、ワタシはこの、若き日本人監督の事を存じあげませんでしたし、作品を拝見したのはこれが最初ですが、今泉監督の事を「日本のホン・サンス」と、たったの一度でも書いたり口にしたりした人々は、土下座して悔い改め、データが残っていたら即刻削除せよ、とまでは言わないものの、自分の迂闊さ、もしくは物を見る目が無いのに軽はずみに発言する習慣によって、若き(若くなくても)才能を虐待によって潰してしまう可能性がある事、そして、そのツケは自分にも回って来るのだという事をよく自覚して頂きたい。しつこいようですが、「貶してないんだからいいじゃん」「表現は自由だろ」は保育園児の倫理上限です。保育士は永遠にTL上に現れません。  「自他ともに認める」という日本語は非常に良く出来ていて、フロイドで言うならば「抵抗」という概念がある。正鵠を射抜く、正しい指摘こそ、人間をして必死の否定を導きますので、もし、今泉監督が実際にホン・サンスを敬愛していて、そう目されるべく日々努力しているとしても、あるいは全く逆に、「ホンサンス呼ばわりマジ勘弁して欲しいよな~」と、苦汁を飲む日々だとしても、「あなたは日本のホン・サンスだね」の答えはどちらも「ノー」になります。  問題は、ではフロイド的な抵抗と別に、実際問題、意識的にも無意識的にも今泉監督はホン・サンスなのか?という客観的事実ですが、ワタシの私見では、少なくとも本作『知らない、ふたり』を観る限りにおいては、今泉監督とホン・サンスは似ても似つかない、全く別の作風です(優劣ではなく)。  面識が無いのは言うまでもなく、インタビューした事も、インタビュー記事も読んだ事が無いまま(例によって、そんなもん検索すれば一発なのでしょうが、ワタシはワタシの流儀によって、それはしません)推測を書きますが、おそらく今泉監督は苦しんでいる筈です。

とはいえ、安易なラベリングをしないと落ち着かない、即ち愚者は、ちょっとのフックに引っかかるし、どんなもんでも餌にするので(あるいは自爆)

 でも、仕方が無い側面もあります。「<上手く行かない恋愛群像>を、淡々と撮る、人間の生態を昆虫のそれのように観察する系(エリック・ロメール直系)」と、紋切り型に切って落としてしまえば、「日本のホン・サンス」は簡単に誕生します。  しかも本作は、ホン・サンス2014年の作品『自由が丘で』と、鏡面構造を持っています(後述の通り、やや歪んだ鏡面ですが)。これが、「ラベリングに苦しみ抜いた果てに、突破的なヤケクソで、むしろラベリングへのミスリードを積極的にしてしまう」という、正にフロイド的な自爆でないことを祈ります。  『自由が丘で』は、ホン・サンスの熱烈なファンである日本人俳優、加瀬亮氏が主演し、氏が別れた恋人をさがしに韓国に渡る話で、設定上加瀬氏は韓国語を話しませんが、作品の中では、韓国語、日本語、英語が飛び交います(「ソウルに居着いたアメリカ人ヒッピーが英語で話していると、いきなり流暢な韓国語になる」という実に現代的なショックも入っています)。  一方『知らない、ふたり』では、3人の韓国人が東京で働いています。そして、作品中、やはり日本語と韓国語が飛び交います。テーマはどちらも恋愛で、どちらも日韓人の政治的、文化的な緊張のようなものは、まるでこの世に存在しないぐらいに描かれません。  とはいえ、しつこいようですが、ワタシには、ワタシの祈り虚しく、本作はホン・サンス扱いに嫌気がさした今泉監督が、苦しみ果て、自爆的にミスリードした、あるいは、「敢えて似た題材を扱う事で、むしろバイブスもロジックも全く違うのだということを際立たせようとした」のかも知れません。

と、その上で、正直書くのはマジ辛いのですが

 ワタシは本作から、ほとんど感動を受けませんでした。そして、その事に関して、申し訳なさと悲しみがあります。因にワタシは、ホン・サンスの熱狂的と言って良いファンで、ほぼ全作観ており、日本では全然セールスの低い彼の作品の旗ふり業さえもやっている身ですが、「こんなもんが(俺の大好きな)ホン・サンスと一緒にされてんのかよ。ざけんじゃねーよ」という意味では全くありません。この点は注意して下さい。  「申し訳なさ」も「悲しみ」も、どちらも、53歳であるワタシが、まだ30代であり、その事が等身大で作風に反映されていると思しき今泉監督の作品の芯が食えない、芯の食い方も解らないのではないか自分は?という、ジェネレイションギャップと、後は年齢とも無関係なセンスですね。何れにせよ「ああ、自分はこの映画とすれ違っているなあ」という思い、それは、皮肉にも、本作の登場人物達の恋のすれ違いに、ほぼ等身大ではないかと思われるほどです。  しかも、そうした状態を、売文業の糧として語らなくてはならないとき、これはワタシのみならず、どなただって「いやあ申し訳ないなあ」「いやあ悲しいなあ。歳くっちゃったのかなあ俺も」という感覚をお持ちに成る筈です。

スリップ(大変失礼)

 (ややスリップしますが、『セッション』のような映画は、ワタシと「すれ違い、理解しあえない」関係ではないのです。ワタシは奴(セッション)の事が、物凄くよくわかるのです。ああいったゲスな脱法ハーブをやべえやべえ言って喜ぶ重症者が山ほどいるであろうことを。なので、安心して楽しみながらボロカスに書ける訳です。それにしても「菊地はジャズミュージシャンとして、あの作品の音楽考証にケチ付けてるだけ(一般ユーザーには関係ない)」という、町山氏の(かなり)程度の低いランディングに疑問無く乗ってしまえる人々は文盲もしくは読解力に機能不全、もしくは町山氏を神格に置いているとしか思えず、事は(複合的に)結構深刻だと思っています)

申し訳なさと悲しみの再開

 ワタシにとっての『知らない、ふたり』は、「とうとう最後まで、良さが全然解らなかった」という点での、久々の巨大物件ともいえます。本当に申し訳ない。本当に悲しい。この事を、最初に正直に申し上げてから、本作に対し、可能な限りの誠意を尽くそうと思います。

そもそも、この作品のマーケットはどこにあるのか?(トップアイドルが出ているという事実により)

 実際におカネを出しているのは、クラウドファウンドでも制作委員会でもなく、何と日活で、そういう意味では「日活カラー」というか、まあこれは情報に影響されてしまっている効果かもしれませんが、微妙な「日活映画の匂い」が感じられなくもないのですが、これはやはり、登場する3人の韓国人が皆、大変なアイドルで、おいそれとは映画に出演して貰える様な人々ではないからでしょう。  何でもタコ壷化している現在、中でも大韓民国のカルチャーというのは、愛好家専用度が他の物のアヴェレイジを遥かに超えている「巨大で堅牢な閉鎖市場」であり、「<NU’EST>のメンバーは新人とはいえ韓国の大スターで、Facebook登録者も200万人突破している。日本で公演をしたら東京ドームに出るレベルの人たちです」と書いても、韓流タコ壷の外に居る方には「ふーん」「へー」という感じでしょう。  だから、考えようによっては、本作は、めちゃくちゃアイドル映画とも言える。韓国では所謂K-POPスターが映画やテレビドラマで達者な演技を見せる事が、日本より遥かに一般的だとはいえ、やはり「キスマイ(ジャニーズの)から3人が韓国の映画に、しかも、すげえ地味な恋愛群像劇に出た」と言われたら、ザワつくのは止められないですよね。  「アイドル映画」という指摘は、拡大解釈すれば、本作のそこかしこに証拠が散逸しています。NU’ESTの主要メンバーである彼等3人は、良く勉強し、カタコトではありますが日本語を話します。しかしそれ以上に、彼等を取り巻く4人の日本人のうち、3人は劇中で(様々な設定により)韓国語をしゃべります。韓国語を喋らない日本人は1人だけですが(ネタバレしない為に詳しい説明は省くとして)、その人の奥さんは韓国語の先生だからペラペラです。  NU’ESTペン(「ファン」のこと)が、様々な方法によって、本作を観たと、その時、字幕無しでもほとんどストーリーが追えるでしょう。  そしてこれが、どうしても「(アイドルである彼等への)接待」に見えてしまう。映画という世界で「接待」されるのは、超大物かアイドルだけです。加瀬亮さんは『自由が丘で』の中で、日本語による「接待」は(いうまでもなく)全く受けません。  そして、非常に美しいルックスの彼等に対し、例えばカメラが、全く素っ気なく、「まるで誰だか解らない様に」撮っていたとしたら、これはアイドル映画ではないな、、、という気概を感じるのですが、何カットか、まるでアイドル映画のパロディの様な「ボカしのかかったキラキラ画面に大アップ」がありますし、日本の安アパートの、せまいステンレス風呂に入るシーン、つまりサービスショットもあります。色気が出ちゃってる訳よね。  日韓双方のNU’ESTペン(=ファン)だけでも大変な人数です。本作は巨大マーケットによるほぼ無条件な興収を約束されているような物なのでしょうか?それとも、木村拓哉さんが、監督に惚れ込んで自ら志願して主演した、ウォン・カーウァイの『2046』のように、「そう簡単には行かないんだよね」物件なのでしょうか?実際はどうなんでしょう?全く読めないです。  既に1月から全国で縦断ロードショーしている最中ですが、作品を2回観、こうして書いているワタシも、今泉監督の意図も、それに対する観客の反応も全く推測がつきません。一番美形である「レオン(NU’ESTでは「キュート担当」)」は、毎日、手製の塩むすびを弁当として作り、公園で食べるのですが「ひー!レン様(微妙ですが、レンが本名で、レオンが訳名)のあのおむすび!匂いだけでも嗅ぎてーー!!一粒でも喰ったらキュン死するわ危険よ!!」と失神する人が続出するのでしょうか、或はワタシの様に「革製品のリフォームを仕事にしている(つまり、ワックスや靴墨を日常的に手のひらに塗っている)人の握る塩むすび。というのは、一見、吐きそうに成るけど、何かの象徴的表現なのだろうな」と思うシネフィルさんのがちょっと多かったりするのでしょうか?

下部構造の話(映画に於ける金の流れ)

 ストーリー的にはすごくシンプルで、何人かの人間をある狭い環境の中に置いて、そこでくっついたり離れたり、誰かが誰かを好きになったりすることを描いている。7人登場しているのに、あえてタイトルを『知らない、ふたり』としているのは、恋愛でタイマンになると、あっというまに、人はお互いを「知らない人」にしてしまう。そういうことを言っているのだと思います。  AはBを好きで、BはCを好きだけど、みんな気付かずに男と女がすれ違っていく、と。そういうのは、前述の「エリック・ロメール直系」ともいえ、よくある話で別に悪くないのですが、こんなに味も素っ気もない物語になるのかと、ちょっと唖然としてしまいました。  この作品を語るうえではどうしても避けて通れないので&本稿読者のホン・サンスに対するリテラシーを推測するに、比較してしまわざるを得ないのですが、役者の起用の仕方、とギャラのありかたを見てみます。ホン・サンスの映画というのは、韓国ではものすごい有名な俳優ばっかり出てきて、それを全員一律ノーギャラで起用する事で有名です。ホン・サンスの映画に出るのだったら、その名誉だけで十分ということですね。日本人俳優としては超一流である加瀬亮さんも、恐らくノーギャラです。  まあ、こんな監督は唯一無二なので、比較してちがうちがう言うのも詮無い話しですが、たとえば、本作の主要キャストの1人である青柳文子さんという方も、不勉強ながらワタシ本作ではじめて知ったんですけれど、青文字系のモデルで、トレンディな若い人というか、女優としての可能性をすごく持っている人ですよね。それから、木南晴夏さんは、舞台女優出身の実力派らしく、もう、全くプロフィール通りだ。といったオーラと演技です。  つまりこれは「<新進の俳優を、安く使う>という意味でホン・サンスと、経済性に於いて真逆である」と言えます。経済性は下部構造ですから、それが真逆なものは、上に乗っかる物もみんな真逆に成ります。ドキュメンタリータッチのカメラワーク淡々とした展開、機械的な反復、等々、ホン・サンスの図式的なブランディングはトレースされているのですが、全く味わいが違います。

またしても「日本の空虚」に関して

 簡単に言うと、ホン・サンスは物凄くゲスくて醜いルックスの人も、女神の様に美しい人も、共に心性は薄汚く哀れながら愛すべきものがあり、登場人物の年齢幅が広く、ウディ・アレンの作品に近いです。人生に対する諦めと、何とも言えない肯定がある。  「それは、<自由が丘で>対<知らない、ふたり>の対比じゃないよ。米韓と日本の比較だ」と指摘されるかもしれず、一方でそれはその通りなのですが、問題は、紛うかたなき日本人であるワタシが、「現代の日本風」に対して、全く味気を感じなかったという事です。  やはり、ワタシは老いさばらえてしまい、二十代の感覚に、世界遺産ですらある「旨味」を感じられなくなってしまったのか?テレビドラマ『恋仲』の、日本式の空虚は、笑いながら楽しめたワタシですが、本作では「空虚 × 空虚=ダブル空虚→さすがに無理」という感じになりました。  それは、あくまでワタシにとって「空虚ではない」筈の韓国人が、日本の空虚(コンビニがそれを象徴しています。韓国ドラマに出て来るコンビニは市場の様に生命感に溢れていますが、日本のドラマに出て来るコンビニは冥界の様に死の匂いがします。NU’ESTの中では「美形で知性担当」のミンヒョンは、コンビニのバイトをしていますが、「こんな所にいたら、ミンヒョン死んでしまうわ」と、ペンではないワタシまでもハラハラしてしまいました)の中に於かれた結果、空虚に飲み込まれてしまった、その空虚の強度にヤラれてしまった。という格好でしょう。

たったひとつの字幕&どっちつかず感

 レオンは後述するトラウマを背負っているのですが、それを映画のストーリーではなく、画面に出て来る字幕で一気に説明するというのも衝撃的です。「ははあ、要所要所で字幕で説明する手法が入るのか」と思いきや、何とそこしか字幕は出てこないというはかなり新しく、今泉監督の才気を感じました。「主人公のトラウマ」なんて、映画を駆動する最大の原動力なのに、いきなり寝起きのショットの脇に字で説明が出ちゃう。実に様々な解釈が可能です。  レオンは登場人物のひとりである荒川が下半身不随になった事故の原因は自分にあると考えていて、だから相当な重荷を抱えている。荒川の奥さんは韓国人に日本語を教える講師で、、、、と、ネタバレを気にしなければいけないような映画でもないのですが、とにかく人間関係は総て繋がっています。なのにこのトラウマ自体は、恋の空騒ぎの果て、最終的に、マンションの階段の入り口かなんかで女の人に隣に座ってもらって、優しい言葉をかけてもらうというかたちで、なんて言うか済まされちゃう。これはちょっと「空虚」とは違うテイストだと思いました。  一見すると何も起こらないと言われている小津安二郎の映画ですら、実は相当に中身があるわけです。「禅の境地」とか「日本人のシャイネス」とか紋切り型に切って落とす事は杜撰という物ですが、あれは日本映画の一種の伝統で、アンチ・ドラマチックに見せかけて、実はものすごくドラマチックなのは言うまでもありません。  しかしこの映画に関してはただひたすらに空虚で、しかも前述の通り、「アイドル映画じゃないよ」というメッセージが無いので、つまり二重否定的に「アイドル映画、、、、、、かもね」という、腹の据わりが悪い状態の中で空虚が続き、そのまま終わってしまうのです。この「どっちつかず感」が、多くの人々にとって快感であった場合、ワタシは今後、今泉監督の作品の批評を、自己責任を取る形で放棄します。

「とはいえ」感ーー混乱が続く

 作品全体に、まったく野心がないわけではなくて、新しいものをやろうという気概はすごく感じます。そもそもの字幕の件、「何故か韓国のスーパーアイドルが」という基盤、等々の他にも、意欲的かな?と思える挿話、たとえば、ローソンのカゴが持てない潔癖症の中年女性が出てきます。ただ、「ああ、こういう人いるよなぁ」というリアルは感じないんですよ。この女性、このワンショットに出て来るだけなんですが。  それにそもそも、キレイな顔をした韓国人青年が片言の日本語で喋ったりすると、ピュアでかわいい人に見えますよね。要するにカタコト効果ですが、この映画ではそれを、最大限とまで言わないまでも、やっぱり使ってしまっている。そして、これってギリで人種差別的な表現だと思うんですよ。  同じ言語を喋る同じ国の人同士でも恋愛というのは難しくて、そこが切ないわけだけれど、ましてやこの映画では片言だから通じないよね、という風に映してしまっている。それは恋愛群像劇というよりも人種の問題じゃないの?とリードされてしまうのを避けられません。だって、唯一の日本人カップルの会話だけが異様にリアルなんですもの。これがもし「片言の韓国人女性3人と日本人男性3人の群像劇で、片言だから彼女たちはピュアでかわいい。カタコト効果は解っちゃいるけど」という風に映していたら、ギリでアウトですよね。でも、セーフだとしても、この文脈から言ったら、単なる程度の低い少女漫画だという事になってしまう。   「彼らは別に日本人と比べて特別ピュアなわけでもなく、普通の青年だ」と言う事は、作劇上ではきっちり描かれます。しかし、それを超えて、ある古典的な萌えが発生してしまうのを作品は止められていない。  というか、カタコト効果というのは、今では「腹ではピュアでもなんでもない普通の人間だと解ってるけど、どうしても生じてしまう感情」の事だ。という風に進化発達しているのだとしたら、これは新しい。しかし、コントロール出来ている様に見えません。とにかくどっちつかずに見えてしまう。ゲスいのか、高踏的なのか。

「あ、ひょっとして」感

 と、ここまで書いて、あ、ひょっとしてコレって「韓流を愛でる感覚=クールジャパンによって世界中から<カワイイ>扱いを受けている日本人だって、昔はフィリピン人を、今は韓国人を<純朴で可愛い>と思い込みたがる」に対する、痛烈かつクールな批評なのだろうか?だったら、もっと映画に面白さ=喰える感じ、が出そうな物です。これは、やりようによっては、相当面白いテーマに成り得るので。

「んー、でもなあ」感

 音楽に関しても、やっぱり不勉強でお恥ずかしいんですが、このアルプというユニットを知らなくて、プロフィールを読んだら、威勢の良い事がガンガン書いてあって、どんだけ実験的で先鋭的な凄いサウンドが鳴るのかと楽しみにしていたんですよ。でも正直、普通でした(笑)。学生にでも誰でもパっとできそうなミニマルミュージックに、リングモジュレーターとか倍音のちょっとしたノイズが入っているだけで、びっくりするような環境音楽だとか、これが恋愛映画に使われるわけ?というような音が流れるわけではなかった。  とまれ、やっぱり変わった風合いの映画だし、過去の映画と比較しようと思っても、召喚する作品も思いつかない。だから新しい映画ではあると思うけれど、結局ワタシは、申し訳なさと悲しさが吹っ切れないまま(書けば吹っ切れる。等と言う事は無いので、予めこれは、約束された悲しさなのですが)批評を終わる事にします。  本作が、日本のSNS世代以降の、感情表出不全というか、見た目は淡々としている恋愛模様を的確に描いて、小津映画などの系譜にあるジャパンシャイネスの斬新な傑作ということになったら、わたしの感覚が古いのでしょう。というか、ワタシは単に焼肉やビフテキの食べ過ぎなのかもしれません。「肉食系には向かない、スーパー草食系」とかなんとか、低能なまとめなんか絶対しませんけどね。NU’ESTと今泉監督双方の将来に期待します。 ■映画情報 『知らない、ふたり』 監督・脚本:今泉力哉 出演:レン、青柳文子、韓英恵、ミンヒョン、JR、芹澤興人、木南晴夏 製作:日活 ソネットエンタテインメント アリオラジャバン 配給:CAMDEN 日活 宣伝:CAMDEN 公式HP:http://shiranai.jp (c)2015 NIKKATSU, So-net Entertainment, Ariola Japan ソネットエンタテインメント アリオラジャバン

競馬中継で「大号泣」した"にわか女子アナ"にファン憤慨!

 誰しも感動はするのだから一概にはいえないけど、ちょっと大げさでは......。  28日に放送された『みんなのKEIBA』(フジテレビ系)で、競馬ファン"ドン引き"の出来事が起こった。放送回のメイン競走は「中山記念(G2)」。昨年の2冠馬・ドゥラメンテが骨折から約9か月ぶりに復活し、他にも2頭のG1馬や素質馬が出走ということで、G1並みに注目されたレースではあった。  結果は、ドゥラメンテが故障明けをまったく感じさせない堂々たる走りを見せて完勝。「国内最強」を高らかに宣言し、世界制覇に向け最高のスタートを切った。多くの競馬ファンも興奮し、安堵したのことだろう。 『みんなのKEIBA』ではこのレースを放送していたわけだが、驚愕の出来事はそのレース決着直後に起きた。 『みんなのKEIBA』メインMCのフジテレビ・小澤陽子アナウンサー(24)が、ボロボロ泣いているではないか。どうやら、ドゥラメンテの力強い走りに感動して泣いてしまったらしい。なんてカワイイんでしょう......とは、残念ながらならなかった。 ネットの某掲示板では「ファンとの温度差考えろ」「引くわww」「少し空気読めよこのバカアナ」と非難の嵐。一部「まあわからんでもない」という擁護の声もあるにはあったが、ほとんどが「あざとい」「狙ってるとしか思えない」という意見ばかりだった。  競馬に感動することは決して悪いことではないし、涙を流すこと自体は別段不思議ではない。ならなぜ、小澤アナに対しこれほどの批判が注がれたのだろうか。 「小澤アナは2016年、つまり『今年1月から』同番組のMCとなりました。それまで競馬の知識はないようですから、競馬歴2カ月の完全なる"素人"です。もちろんドゥラメンテを昨年あたりから取材をしていたようなので、ある程度情が移るのは理解できますが、昨年2冠を獲得した同馬を生で観戦したわけでもないでしょうし、さらに今回は『G2』。ドゥラメンテの世界挑戦はここから始まるというのに、この段階で泣いてたら、毎回泣かなければなりませんよ。いずれにせよ、テレビと視聴者の温度にとんでもない差があったのは間違いありませんね」(記者)  小澤アナはミス慶應義塾大学というれっきとしたお嬢様。これまで競馬に興味があったとも思えず、MCを始めてまだ2カ月となれば、突然の涙にも疑問符を持たざるを得ないだろう。フジテレビはレース前、ドゥラメンテの復活劇をあおりにあおっていたが、そのあおりに乗っかるのが自局の女子アナというのが、なんともお粗末。  また、今回の"号泣事件"により、改めて「フジは競馬放送の権利を他局に売れ」という声も高まってしまう事態に。もともとミーハーな雰囲気、フジのどうでもいい演出が評判の悪かった『みんなのKEIBA』だが、この一件でますますブーイングが過熱しそうだ。小澤アナは今後泣かないほうが無難かもしれない。  こんなことなら、まだ番組を邪魔しない優木まおみの継続のほうがマシだったのでは......。

橋本環奈&広瀬すずの2強アイドル時代に突入? 『数千年・数万年に1人』の“亜流”美少女たちは注目されず

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映画『ちはやふる』公式サイトより。
 24日、来月から公開される映画『ちはやふる』の完成披露舞台挨拶が行われ、主演の広瀬すずが登壇。ファンからは「何だかオーラが増した」「主演女優の風格が漂ってる」と、その成長ぶりに驚きの声が上がった。 「数々のドラマや映画に出演し、今やその姿を見ない日はない程に売れっ子となった広瀬ですが、今回は映画初主演ということで、ファンからは『プレッシャーに押し潰されないか心配』といった声も上がっていたようです。しかし、この日の舞台挨拶で、監督の小泉徳宏が『一言で言えば“持ってる”。これがスターなんだってことを、初めて目撃しました』と発言したかと思えば、共演者の上白石萌音も『初めて会った時からキラキラオーラがあった』と絶賛。ネット上でも『確かに、これまで以上にオーラを感じる』『17歳とは思えない。同世代では頭1つ飛び抜けた存在なのでは?』と、その成長ぶりに驚きの声が上がっているようです」(芸能関係者)  しかし、広瀬と同じ17歳の橋本環奈も、23日に発売されたソロデビューシングル「セーラー服と機関銃」(YM3D)で、オリコンデイリーCDシングルランキング1位を獲得するなど、その勢いは負けてはいない。 「橋本も、広瀬と同じく初主演映画『セーラー服と機関銃 -卒業-』が来月から公開されるのですが、映画の主題歌に起用されたソロデビューシングルがオリコン1位を獲得したということで、『幸先が良い』『映画も大ヒットするのでは?』と、関係者からも期待の声が上がっているようです。製作が発表された当初は、1981年に大ヒットした薬師丸ひろ子主演映画の続編ということ、さらに角川映画40周年記念作品ということもあり、演技経験のほとんどない橋本が初主演に抜擢されたことに不安を抱く声は多かったのですが、映画のビジュアルが公開されるや、『橋本バージョンも結構いけるかも』『期待できそう』という声が上がり、『映画の成功次第では、同世代のトップに躍り出るかも』『広瀬との2強時代に突入か?』といった声も上がっているようです」(同) “1000年に1人の美少女”のキャッチフレーズで橋本がブレークして以降、滝口ひかり(2000年に1人)、NMB48の太田夢莉(1万年に1人)、AKB48の小栗有以(2万年に1人)など、亜流の美少女アイドルが乱立。しかし、いずれも橋本ほどの注目を浴びるには至らず、ネット上では「大袈裟」「真似すればいいってもんじゃない」など、否定的な意見の方が多く上がっているようだ。

爆笑問題・田中と山口もえ夫妻が「安保法制」めぐり大げんか!『そこまで言って委員会』に洗脳されたもえに田中は…

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去年結婚した田中裕二と山口もえ(上・タイタンホームページより/下・山口もえ オフィシャルブログより)
【本と雑誌のニュースサイトリテラより】  昨年末から演芸番組で積極的に安保法制や安倍政権のネタを展開している爆笑問題。爆笑問題といえば、太田光による政治への提言や批判、態度などが話題になってきたが、じつは相方の田中裕二もしっかりした考えをもっているらしい。というのも、田中の妻である山口もえが、テレビ番組で「安保法案をめぐって田中と大喧嘩した」と告白したのだ。  この発言が飛び出したのは、2月27日放送(関東地区は28日)の『さんまのまんま』(関西テレビ)。ゲストとして出演した山口は、夫・田中のことを「どんどん好きになっていく」「心が二枚目なんですよ」と話すなど、終始ノロケを連発。しかし、モジモジしながら「一回だけ喧嘩したことあるの」と言い、結婚前のこんな話を披露したのだ。 山口「もう金輪際会わないかもって思うくらい喧嘩したことが一度だけあるんです」 さんま「何で喧嘩したん?」 山口「……安保法案について」  さんまも思わず「えっ?」と鳩が豆鉄砲を食ったような表情。スタジオの観覧席からは薄く笑いが漏れたが、山口はこうつづけた。 「(安保法案の)話し合いをしたら、途中から、もう何か、特攻隊の話にもなって、『お前に何がわかるんだ!』って言われて(笑)、わたし、お前って言われたことに驚いちゃって、それでもう大喧嘩だったんですよ」  このあと、とくにオチもつかないままVTRは編集で別の会話に流れてしまったが、いったいどっちがどういうことを言ったのだろう。  これは田中が安保法案に反対、山口は賛成の立場をとって喧嘩に発展したと考えて間違いないだろう。  事実、田中は昨年11月に放送された生特番『日本のダイモンダイ』(フジテレビ)でも、「安全保障関連法が成立して、まもなく2カ月/A・この国際情勢では、成立して良かった。B・廃止すべき。」という質問で、松坂桃李や指原莉乃らとともに「廃止すべき」と回答している。  一方、山口といえば、“地上波のチャンネル桜”とも呼ばれる関西のネトウヨ番組『そこまで言って委員会NP』(読売テレビ)の準レギュラー。とくに番組の重鎮だった故・三宅久之は山口が大のお気に入りで、現在もケント・ギルバートや竹田恒泰、金美齢といった極右パネリストに囲まれている。  しかも、山口はたんなる番組の癒しキャラ、マスコットではない。たとえば、昨年5月10日の放送では、「その先に徴兵制復活があるなら憲法9条の改正に賛成か反対か」というテーマで、山口は「反対」としたが、その理由は「誤解を招くことはすべきでない」。何が誤解なのか?と首をかしげてしまうが、司会の辛坊治郎が「徴兵制込みの9条改正の発議っちゅうのは、ひとつ、方法としてはおもしろいかもしれない」などととんでもないことを言い出すと、山口は「えー。でもそれしたら絶対通らないと思いますよ」と口を挟み、こう切り出したのだ。 「わたしの周りでも、そんなに政治に詳しくない人たちは、安倍さんは戦争したがってるって言うんですよ。ね? わたしはそんなこと思ってないのに、やっぱり憲法9条改正で、そこに徴兵制なんか盛り込んじゃったら、みんな誤解したままだと思うんですよね」  つまり山口は、「安倍さんは9条を変えても戦争しない」と信じているようなのだ。天然ボケならまだしも、これでは“平和ボケ”ではないか。  また、2013年10月6日放送では、共産党の小池晃議員などが日米安保や米軍基地に頼らずに外交力で平和を構築すべきと意見した際、「ほんとに皆さんがおっしゃることは理想だと思うんです。でも、現実は厳しいと思います」と批判。さらに、同年6月30日に安倍首相が同番組に出演した際には、山口は「問題いっぱいですけど、総理がんばってくださいね」とエールを送り、安倍首相も笑顔を浮かべて山口に会釈を返すという場面も。  たしかに、毎回、国防の危機を煽りに煽り、反中嫌韓発言を垂れ流すパネラーに囲まれ番組に長年出演しつづけていたら、こうした態度、考えの持ち主になってしまうのは必然なのかもしれない。いわば山口は“保守女子”として培養されてきたわけだ。  こうしたことを踏まえると、安保法案をめぐって田中が「特攻隊」の話まではじめたのも無理はない。想像するに、山口は安保法案に反対する田中の意見を「理想論だ」と言い、番組内容さながらに周辺国の脅威でも語り、かつ「安倍さんは戦争しないって言ってる」と反論したのだろう。それに対して田中は、戦争になったら引き返せないこと、国のために命を奪われた特攻隊の悲劇を繰り返してはいけないのだと諭した。けれど一方の山口は、同じく番組準レギュラーの津川雅彦よろしく「特攻隊は美しい」などと言ったのかもしれない。そして結果、田中が「お前に何がわかるんだ!」と怒鳴った……。あくまで推測だが、こうした流れならば、温厚な田中が言葉を荒げた理由もよくわかる。  それにしても意外なのは、安保法案反対にここまでこだわった田中の姿勢だ。冒頭でも触れたが、爆笑問題の政治スタンスはつねに太田が示し、中沢新一との共著『憲法九条を世界遺産に』(集英社新書)を上梓するなど、9条の重要性、護憲を訴えてきた。  だが、昨年の安保法案をめぐっては、太田は反対派デモに難癖をつけたり、反政権の立場を鮮明にするアイドル・制服向上委員会にも「あれ、やらされてるんだろうなぁ」と批判。挙げ句、法案が可決されると、「安保法案ってのが通ったことによって、僕は9条護憲派ですけど、憲法改正はうんと遠のいたと思ってるんです」などと見当違いも甚だしい私見を明かしていた。しかし、相方の田中は、そんな太田とは違い、安保法案に強く反対していた……。  そう考えると、いま、権力者を嗤い、体制を風刺してきた爆笑問題“らしさ”を保持しているのは、じつは田中のほうなのでは?という気もしてくる。山口に反論したように、ぜひテレビでもその姿勢を打ち出してほしいものだが、どうだろうか。 (水井多賀子)