







先月26日に放送されたドラマ『スミカスミレ 45歳若返った女』(テレビ朝日系)に、女優の小西真奈美が化け猫役で登場。放送直前には、自身のインスタグラムに、白い着物を着た姿を投稿したのだが、ファンからは「こんな美女だったら化けて出て欲しい!」「着物姿がそそる」など、歓喜の声が上がった。 「小西といえば、女優界のみならず、芸能界全般を見渡しても、屈指の小顔の持ち主として有名で、06年にオリコンが実施した『小顔だと思う女性芸能人』のインターネット調査で、初代クイーンの座に輝き、その後は安室奈美恵に1位の座を譲ってしまったものの、第6回まで行われた調査で連続2位に。北区つかこうへい劇団所属時代には『小西の前に立つな』というお達しが出たほど、小顔とスタイルの良さには定評があり、現在37歳にも関わらず童顔をキープ。そして、何といってもまだ独身ですから、男性ファンは昔から変わらず今でもついてきてくれているようです」(芸能関係者) しかし、小西は以前、福山雅治との結婚秒読み報道で、ファンを驚愕させたことがある。 「10年に発売された『女性セブン』(小学館)で、福山と年内にも結婚するのではないかと大々的に報道されたことがきっかけとなり、双方のファンや世間を巻き込んで騒動に。記事によると、小西と福山は04年頃から交際を始めていたようですが、結局、双方の事務所が交際を完全否定。結婚することなく翌年を迎えたことで、いつしか騒動は沈静化していきましたが、ネット上では、『結婚を急いだ小西側が情報をリークしたのでは?』『それを知った秘密主義の福山が激怒したのでは?』とのウワサが広まり、その後、小西が何度も事務所を移籍し、メディアへの露出も激減したことで、『福山圧力で干された?』との疑惑の声も広がっていました。福山が吹石一恵との結婚を発表した去年、小西の仕事量が近年にないぐらい増えたことから、『福山呪縛が解けた?』という声も上がっています。その一方で、現在5社目に当たる事務所移籍に関して、『トラブルが多いのでは?』『面倒くさい女なのかも?』といった声も少なからず上がっているようです」(同) 福山の呪縛から解かれたためかは定かではないが、小西は、今月25日から公演開始される、ヒップホップミュージシャン・KREVA の音楽劇『最高はひとつじゃない2016 SAKURA』で約4年ぶりに舞台への復帰も果たす。自身初となるラップを披露することになっているのだが、先月26日に行われた制作発表会見では、KREVAから「ふわっとした声の良さがリズムをカバーしていて、独特な表現がある。小西さんの美声は聞く価値あり」と太鼓判を押されているだけに、ファンの期待は高まっているようだ。小西真奈美インスタグラム(@manami.official)より。
【本と雑誌のニュースサイトリテラより】 逮捕から1カ月以上の時が過ぎ、初公判が5月17日に決まった清原和博容疑者。3月中旬には保釈されるのではないかと噂されているが、今、話題になっているのがいったい誰が身元引受人なるか、という問題だ。 一時は清原が現役時代に修行に訪れたという最福寺(鹿児島県)池口恵観法主の名があがるも本人が否定。また時を同じくして、数年前に野球部へゼネラルマネジャーとして招へいしようと話し合いの場を持ったことがあるという、日本航空学園理事長の梅沢重雄氏も身元引受人に手を上げているが今後どうなっていくかはいまだ分からない状況だ。 そんななか「週刊現代」(講談社)2016年3月19日号が、今後、身元引受人になる可能性のある人物を片っ端から直撃取材している。 身元引受人として一番適するのはなんといっても家族だが、つい先日、離婚後も使っていた「清原亜希」のモデル名を「亜希」に改名すると発表した元妻はもちろん、両親や弟も、その意思はなさそうだという。 そこで「週刊現代」が直撃したのが、因縁の元同級生・桑田真澄だった。逮捕直後、清原に「人生の逆転ホームランを」とエールを送った桑田だが、「身元引受人になる気はあるか」という質問にはこう答えている。 「いま、コメントすることじゃないので。現時点で僕がどうこう言えることではないでしょう。ただ、前にも言ったように、復活は心から願っていますよ」 「まずは本人が頑張らないといけないですよね。(手を差し伸べるかどうかも)本人次第ですしね。あとは経過を見ながら、としか言えません」 明確に否定はしていないものの、身元引受人になる気がないことがありありと伝わってくるセリフだ。 では、他の野球関係者はどうなのか。真っ先に思い浮かぶのは、メディアでは「弟分」と元木大介だが、彼の所属する事務所のマネージャーは、清原と元木の意外な関係性を語っている。 「確かに元木は、現役時代に清原さんにお世話になりました。しかし、プライベートでも一緒にいたかといえば、そうではありません。1対1で飲みに行ったこともありません。テレビには『良き先輩後輩』として出演していましたが、あくまでそれは番組上の話です。これまでコメントを出してこなかったのも、元木は清原さんのプライベートを知らないからです」 PL学園の先輩後輩関係にあり、親しい仲であったとされている元巨人の橋本清も同様の答えだ。 「引退してからは、プライベートのつき合いはありません。球場で挨拶する程度です。清原さんが逮捕された後、『親しかった橋本も怪しい』と言われましたが、まったくの事実無根。本当に迷惑しています」 野球関係者からは、身元引受人どころか、「名前を出されたら迷惑」という空気がひしひしと伝わってくる。西武時代にチームメイトとしてしばしば飲み歩いていた大塚光二も変わらない。 「西武時代にめちゃくちゃ仲が良かったのは事実です。ただ、引退してからは連絡も取っていません。一昨年、大魔神・佐々木(主浩)の殿堂入りパーティーで久しぶりに会いましたけど、そのときも挨拶だけでした」 突き放したのは野球関係者だけではない。清原が「兄貴」と慕ってきた長渕剛は「週刊現代」の取材を拒否し、事務所関係者は「(逮捕されて)迷惑がかかっている」と繰り返す。清原と長渕は14年に「週刊文春」(文藝春秋)で清原の覚せい剤疑惑が報道される前より絶縁状態にあったと報道されているが、実際、長渕側は今回の件で清原を助ける気はないようだ。 そういった態度は、昨年夏から清原のマネージメントを請け負い、テレビ出演をお膳立てしたケイダッシュも同じ。川村龍夫会長が身元引受人になる予定はあるかという質問に対して「そうした予定はありません」と、にべもない答えを返している。 では、タニマチとして清原を支えてきた人はどうなのか? パチンコ関連企業・フィールズ株式会社の山本英俊会長は清原の後ろ盾となり金銭面での支援もしていたとされているが、取材に対し広報担当者はこのように答えている。 「身元引受人になるか。ならないとしても、違う形で復帰に向けて手を差し伸べるか。会社としても、山本個人としても、一切ありません。過去、(フィールズが運営する)トータル・ワークアウトに通われていたり、販売機種のプロモーションに出ていただいたのは事実です。しかし今後は、そういったことも一切いたしません。 (中略)会社として今後一切関わらないという決定は、それだけ信頼を裏切る行為があったということなので、致し方ないと思っています」 元チームメイト、タニマチなどがことごとく身元引受人を拒否するこの状況に、「週刊現代」は、「友達のふりして利用していただけのやつらはみんな消えた」と批判するが、しかし、考えてみれば、よほどの信頼関係でもないかぎり、「身元引受人」に名乗りをあげるというのはハードルが高い。それを、少し親しかっただけの人間やビジネスで付き合っていただけの人間に「身元引受人になる気はないのか」と追及して、断ったら叩くというのは、ちょっと酷ではないだろうか。 むしろ、この記事で、改めて痛感させられたのが、マスコミの清原に対する“優しさ”だ。実は逮捕直後からそうだった。犯罪を犯したわけでもないベッキーのことをあれだけ袋叩きにしていたワイドショーや週刊誌が、犯罪を犯した清原に対しては、「スター選手の孤独」とか「野球を奪われた男の悲しみ」などと、やたら同情的だったのだ。 なかには、コメントした桑田真澄に「お前がドラフトでインチキをしたせいだ」とからむコメンテーターまで出てくる始末だった。 無頼なものへの憧れなのか、日本人のヤンキー好きの表れなのか、理由ははっきりとわからないが、少なくとも、このマスコミの優しい視線を見ていると、タニマチたちが離れてしまっても、清原の復帰は意外に早く実現するかもしれない。あとは、意志の弱そうな清原が本当にクスリを断ち切れるかどうか、というところだろう。 (井川健二)「週刊現代」(講談社)2016年3月19日号
タレント・ベッキー(31)とバンド『ゲスの極み乙女。』の川谷絵音(27)との不倫問題は、ベッキーの芸能活動休止で終息したように見えた。ベッキーがメディアから消えたのに対し、ゲスの極み乙女。のライブツアーはソールドアウト続出と、川谷はベッキーとは対照的に絶好調だ。
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先月25日、女優の大路恵美が自身のブログに「本日はお母さんをやらせて頂きました」と、母親役を演じたことを報告したのだが、一緒に投稿された画像に対して、ネット上では「小梅ちゃん、劣化した?」「色気が増した」など、賛否両論の声が上がっている。 「大路といえば、ドラマ『ひとつ屋根の下』(フジテレビ系)で、福山雅治の妹・柏木小梅役を演じ、初々しいセーラー服姿を披露していましたが、現在は40歳となり、すっかり大人の女優に。小梅時代と比べてしまえば、劣化したといわざるを得ませんが、『40歳でこの美貌を保っているのは、芸能界でも多くはない』『地道に女優頑張ってることに好感がもてる。酒井法子も見習って欲しい』など、『ひとつ屋根の下』で大路の姉・小雪役を演じた酒井を引き合いに出して称賛する声も上がっているようです。また、大路といえば、『ひとつ屋根の下』でも男に襲われるなど、福山から“気の毒女優”と名付けられてしまう程に、悲惨な役回りを演じることが多いのですが、ファンにとってはそれが魅力らしく、『幸薄い感じがたまらない』『守ってあげたくなっちゃう』などといった声が上がっているようです」(芸能関係者) 不幸な役が多い大路だが、先月4日に放送されたドラマ『マネーの天使~あなたのお金、取り戻します!~』(日本テレビ系)にゲスト出演した際には、珍しく悪役を演じてファンを驚かせた。 「ドラマ内で、大路は、家政婦として高齢者宅に潜り込み、悪徳販売の手引をする役を演じたのですが、ファンからは『やっぱり、悲惨な役回りの方が似合ってる』と不評だったようです。また、このドラマにはヒロインとして片瀬那奈が出演しているのですが、『一線級で活躍している女優と並ぶと、さすがに見劣りしちゃうな』と指摘する声も上がっていたようです。ついでに言ってしまえば、このドラマ自体、『(主演の)小藪一豊が棒演技すぎる』や、『ストーリーと演出に難あり』といった批判の声が上がり、『片瀬がいるから何とか存続している』『片瀬の美脚頼み』など、片瀬人気に支えられていると指摘する声が多く上がっているようです」(同) しかし、片瀬は去年12月、年商3億円のIT社長と交際・同棲していることが報じられ、これまでにも、溝端淳平やKAT-TUN・中丸雄一などとの熱愛報道が流れたことがあることから、ファンからは「肉食っぷりには呆れる」といった声も上がっているようだ。「大路恵美オフィシャルブログ」より。
【本と雑誌のニュースサイトリテラより】 最終話といえば、『新世紀エヴァンゲリオン』の「世界の中心でアイを叫んだけもの」が有名だが、週刊マンガ誌などで連載されていたマンガ、テレビで放送されていたアニメや特撮ドラマは、時として、読者や視聴者を置いてきぼりにして終わってしまうことがある。『人気マンガ・アニメのトラウマ最終回100』(鉄人社)によれば、このような微妙な最終回が生まれる背景には3つのパターンが存在するようだ。 ひとつ目は、大量に張った伏線を回収できなくなってしまったパターン(エヴァはこの事例に該当する)。ふたつ目は、諸般の事情で打ち切られてしまったパターン。そして、制作者のモチベーションが切れてしまうなどトラブルが起きたパターンの3つである。 『男一匹ガキ大将』『俺の空』『サラリーマン金太郎』などのヒット作で知られる本宮ひろ志も、かつて伏線回収不可能なマンガを描いたことがあった。それは、1973年から連載を開始した『大ぼら一代』(集英社)という作品。硬派な主人公・山岡太郎字が、岡山の不良たちとケンカを重ねながら成り上がっていく話だが、話が進むにつれて展開はどんどんエスカレート。終いには、ライバルである島村万次郎が軍隊を操り日本を独裁、主人公がその独裁者に立ち向かっていくという、不良マンガの枠を大きく超えた展開にまで発展する。最終回では、その独裁者が倒されて終わるのだが、話の畳み方が分からなくなったのか、敵が倒されたのちに日本全土を巨大地震が襲い、日本が崩壊したところで「完」となるトンデモ展開を迎えたのであった。 本宮といえば、ヒット作『男一匹ガキ大将』も、作者は終わらせるつもりで、一度は「完」と書かれた原稿を用意したのにも関わらず、編集者の意向で無理矢理ストーリーを引き延ばされた過去をもつ。人気がある作品は作者の意志だけでは終わらせられないパターンも多いが、往々にしてそういう時には、このような伏線回収不可能なケースが出てきやすいのだろう。 また、伏線回収不可能ではなく、「伏線を回収する気がない」というパターンの最終回も存在する。2009年にテレビ朝日系で放送されていた『仮面ライダーディケイド』だ。平成仮面ライダーシリーズ10周年を記念してつくられた本作の最終回は、これまでの平成仮面ライダーが全員登場し、彼らと主人公とのバトルシーンが描かれた。絶体絶命の状況に陥った主人公が銃撃を受けてしまうところでラストシーンとなるのだが、その時、画面にはあるテロップが大写しに映し出される。その文字は、「ライダー大戦は劇場へ」。最終回で露骨に「続きは映画館で」をやってしまったのだ。その後、あまりにもあからさまなこの宣伝手法は視聴者から多くの批判を浴び、テレビ朝日はBPOからの審査を受けることになっている。 次のパターンは、打ち切りだ。打ち切り作品というのは歴史上振り返ってみればそれこそ無数に存在する。ただ、その膨大な打ち切り作品のなかでも、作品中で自ら「打ち切り」であることを明言してしまうパンクな作品が存在する。本稿ではそちらをご紹介したい。 その作品は、辛辣なギャグやパロディを持ち味とする木多康昭が描いた『泣くようぐいす』(講談社)である。高校野球をテーマに奔放なギャグを展開していた本作。しかし、連載していた「週刊少年マガジン」編集部側から打ち切りを言い渡されると、そこから一気にシリアスな物語へ変化。新たなライバルの登場など伏線を張り巡らせた。しかし、当然その伏線など回収できるわけもない。そして最終話では、それまでの伏線がすべて夢であったことにし、「夢オチ」で物語を終了させたのだ。いきなり伏線をつくったのは、作者からの皮肉だったのである。そして物語はこんな言葉で幕をおろす。 「全部夢だったってことかよ!!」 「しょ しょうがないだろ 打ち切りなんだから」 「「打ち切り」「打ち切り」って何度も言うな!! こっちは気にしてるんだから ぶっとばすぞこのヤロー!!」 これはこれで壮大なギャグとして成立しているような気がするあっぱれなラストである。 そして最後に取り上げたいのが、作者のモチベーションが下がってしまい、投げやりなラストを迎えてしまったパターンだ。まずは、あの『ルパン三世』である。1977年、テレビアニメ放送に合わせて新たに連載が始まった『新ルパン三世』(双葉社)の最終話は、ルパンらしからぬ最後であった。 タイムマシンがあるという島へ向かったルパン一行。しかし、それは銭形警部による罠であった。島には島ごと吹き飛ばせるほどの爆薬が仕掛けられており、島に閉じ込められたルパンたちは崖っぷちに立たされる。本来であれば、天才的な機転を利かせてそのピンチを脱するのだが、ここでのルパンはなぜかあっさりと諦めてしまう。結果、島ごと爆破されてしまい、ルパン一行の死で物語は幕をおろす。 ルパンらしくない、どこか投げやりな印象すら感じるラストだが、この時期のモンキー・パンチはルパンを描き続けることに飽きていたという逸話もあり、そのあたりがこの結末につながっているのかもしれない。実際、この最終話のなかでも「タイムマシンが手に入ったら何がしたいか?」という話をするなかで、石川五ェ門は「自分の生まれる前に行って母親に会い、俺を生まないでくれと頼む」といった答えを返している。このセリフには、当時のモンキー・パンチの隠された本音が出ているようにどうしても読めてしまう。 ただ、これはあからさまに「もうこんな漫画描きたくない!」と言っているわけではない。実は、露骨に作品を描き続けることに飽きてしまったことを告白している作品も存在する。それが、1992年から「別冊少女コミック」(小学館)で9年にわたり連載されていた、新井理恵による『×—ペケ—』という4コママンガ作品だ。 少女マンガタッチの画風に、下ネタや暴力にからんだブラッグなギャグがからむ作風で人気を博し長期連載となるが、ネタ切れもあり、だんだんと作者のモチベーションが下がっていく。そして、単行本の最終巻になると、背景の描き込みは最小限、キャラ造型も適当という状況に。そして、遂には、4コママンガを描くことすら放棄し、西原理恵子タッチな画風でひたすら仕事のグチを書き連ねる謎のエッセイマンガすら登場するようになった。そこにはこんな言葉が書き連ねられている。 「ふう…「×—ペケ—」ももう連載7年以上経っちまったか…そんじゃあーこれからもノリにノって仕事を…やーめた」 「だいたいなー4コマよりもはるかにラクなストーリーモノでも7年もやりゃーネタにつまるっつーのによー」 「スキでこんな仕事やってるワケじゃねえけどよ カネいいからヤメらんねえわ」 「ネタなんざとっくの昔にねえっての ダマシダマシよくやってたよなオレさまも」 それからは、オンラインゲームに夢中になる日常を描いたエッセイマンガを描いたり、突如絵日記を載せて現役高校生と同棲している事実を告白したり、打ち切りにならないのが不思議なぐらいの状況にまで悪化。そしてついに迎えた連載終了の時には、マンガのなかでこんな言葉を綴っている。 「やっと「×—ペケ—」が最終回を迎えるよ どんなにこの日を待ち望んだコトか いや 生活かかってる面では そりゃヤバいが 最早そんなモンどうでもイイやっていうかさ とにかく こんなメデたい出来事生まれて初めてっていうか なんちゅーか 本中華なんて言ったトコロで 現代の若者には通じないって 何はともあれ めでたしめでたし」 連載が打ち切りになってしまうのも悲しいが、完全にネタ切れ状態になってしまってもなおマンガを続けなければならないというのも苦しいというのがよく分かる。 マンガもアニメも、作家や制作者の純粋な表現意図だけでコントロールできるわけではない。その間に入る出版社や制作局の都合に大きく左右される。そのなかでキレイなラストを迎えられる作品というのも、実は少ないのかもしれない。 (新田 樹)『人気マンガ・アニメのトラウマ最終回100』(鉄人社)
【本と雑誌のニュースサイトリテラより】 最終話といえば、『新世紀エヴァンゲリオン』の「世界の中心でアイを叫んだけもの」が有名だが、週刊マンガ誌などで連載されていたマンガ、テレビで放送されていたアニメや特撮ドラマは、時として、読者や視聴者を置いてきぼりにして終わってしまうことがある。『人気マンガ・アニメのトラウマ最終回100』(鉄人社)によれば、このような微妙な最終回が生まれる背景には3つのパターンが存在するようだ。 ひとつ目は、大量に張った伏線を回収できなくなってしまったパターン(エヴァはこの事例に該当する)。ふたつ目は、諸般の事情で打ち切られてしまったパターン。そして、制作者のモチベーションが切れてしまうなどトラブルが起きたパターンの3つである。 『男一匹ガキ大将』『俺の空』『サラリーマン金太郎』などのヒット作で知られる本宮ひろ志も、かつて伏線回収不可能なマンガを描いたことがあった。それは、1973年から連載を開始した『大ぼら一代』(集英社)という作品。硬派な主人公・山岡太郎字が、岡山の不良たちとケンカを重ねながら成り上がっていく話だが、話が進むにつれて展開はどんどんエスカレート。終いには、ライバルである島村万次郎が軍隊を操り日本を独裁、主人公がその独裁者に立ち向かっていくという、不良マンガの枠を大きく超えた展開にまで発展する。最終回では、その独裁者が倒されて終わるのだが、話の畳み方が分からなくなったのか、敵が倒されたのちに日本全土を巨大地震が襲い、日本が崩壊したところで「完」となるトンデモ展開を迎えたのであった。 本宮といえば、ヒット作『男一匹ガキ大将』も、作者は終わらせるつもりで、一度は「完」と書かれた原稿を用意したのにも関わらず、編集者の意向で無理矢理ストーリーを引き延ばされた過去をもつ。人気がある作品は作者の意志だけでは終わらせられないパターンも多いが、往々にしてそういう時には、このような伏線回収不可能なケースが出てきやすいのだろう。 また、伏線回収不可能ではなく、「伏線を回収する気がない」というパターンの最終回も存在する。2009年にテレビ朝日系で放送されていた『仮面ライダーディケイド』だ。平成仮面ライダーシリーズ10周年を記念してつくられた本作の最終回は、これまでの平成仮面ライダーが全員登場し、彼らと主人公とのバトルシーンが描かれた。絶体絶命の状況に陥った主人公が銃撃を受けてしまうところでラストシーンとなるのだが、その時、画面にはあるテロップが大写しに映し出される。その文字は、「ライダー大戦は劇場へ」。最終回で露骨に「続きは映画館で」をやってしまったのだ。その後、あまりにもあからさまなこの宣伝手法は視聴者から多くの批判を浴び、テレビ朝日はBPOからの審査を受けることになっている。 次のパターンは、打ち切りだ。打ち切り作品というのは歴史上振り返ってみればそれこそ無数に存在する。ただ、その膨大な打ち切り作品のなかでも、作品中で自ら「打ち切り」であることを明言してしまうパンクな作品が存在する。本稿ではそちらをご紹介したい。 その作品は、辛辣なギャグやパロディを持ち味とする木多康昭が描いた『泣くようぐいす』(講談社)である。高校野球をテーマに奔放なギャグを展開していた本作。しかし、連載していた「週刊少年マガジン」編集部側から打ち切りを言い渡されると、そこから一気にシリアスな物語へ変化。新たなライバルの登場など伏線を張り巡らせた。しかし、当然その伏線など回収できるわけもない。そして最終話では、それまでの伏線がすべて夢であったことにし、「夢オチ」で物語を終了させたのだ。いきなり伏線をつくったのは、作者からの皮肉だったのである。そして物語はこんな言葉で幕をおろす。 「全部夢だったってことかよ!!」 「しょ しょうがないだろ 打ち切りなんだから」 「「打ち切り」「打ち切り」って何度も言うな!! こっちは気にしてるんだから ぶっとばすぞこのヤロー!!」 これはこれで壮大なギャグとして成立しているような気がするあっぱれなラストである。 そして最後に取り上げたいのが、作者のモチベーションが下がってしまい、投げやりなラストを迎えてしまったパターンだ。まずは、あの『ルパン三世』である。1977年、テレビアニメ放送に合わせて新たに連載が始まった『新ルパン三世』(双葉社)の最終話は、ルパンらしからぬ最後であった。 タイムマシンがあるという島へ向かったルパン一行。しかし、それは銭形警部による罠であった。島には島ごと吹き飛ばせるほどの爆薬が仕掛けられており、島に閉じ込められたルパンたちは崖っぷちに立たされる。本来であれば、天才的な機転を利かせてそのピンチを脱するのだが、ここでのルパンはなぜかあっさりと諦めてしまう。結果、島ごと爆破されてしまい、ルパン一行の死で物語は幕をおろす。 ルパンらしくない、どこか投げやりな印象すら感じるラストだが、この時期のモンキー・パンチはルパンを描き続けることに飽きていたという逸話もあり、そのあたりがこの結末につながっているのかもしれない。実際、この最終話のなかでも「タイムマシンが手に入ったら何がしたいか?」という話をするなかで、石川五ェ門は「自分の生まれる前に行って母親に会い、俺を生まないでくれと頼む」といった答えを返している。このセリフには、当時のモンキー・パンチの隠された本音が出ているようにどうしても読めてしまう。 ただ、これはあからさまに「もうこんな漫画描きたくない!」と言っているわけではない。実は、露骨に作品を描き続けることに飽きてしまったことを告白している作品も存在する。それが、1992年から「別冊少女コミック」(小学館)で9年にわたり連載されていた、新井理恵による『×—ペケ—』という4コママンガ作品だ。 少女マンガタッチの画風に、下ネタや暴力にからんだブラッグなギャグがからむ作風で人気を博し長期連載となるが、ネタ切れもあり、だんだんと作者のモチベーションが下がっていく。そして、単行本の最終巻になると、背景の描き込みは最小限、キャラ造型も適当という状況に。そして、遂には、4コママンガを描くことすら放棄し、西原理恵子タッチな画風でひたすら仕事のグチを書き連ねる謎のエッセイマンガすら登場するようになった。そこにはこんな言葉が書き連ねられている。 「ふう…「×—ペケ—」ももう連載7年以上経っちまったか…そんじゃあーこれからもノリにノって仕事を…やーめた」 「だいたいなー4コマよりもはるかにラクなストーリーモノでも7年もやりゃーネタにつまるっつーのによー」 「スキでこんな仕事やってるワケじゃねえけどよ カネいいからヤメらんねえわ」 「ネタなんざとっくの昔にねえっての ダマシダマシよくやってたよなオレさまも」 それからは、オンラインゲームに夢中になる日常を描いたエッセイマンガを描いたり、突如絵日記を載せて現役高校生と同棲している事実を告白したり、打ち切りにならないのが不思議なぐらいの状況にまで悪化。そしてついに迎えた連載終了の時には、マンガのなかでこんな言葉を綴っている。 「やっと「×—ペケ—」が最終回を迎えるよ どんなにこの日を待ち望んだコトか いや 生活かかってる面では そりゃヤバいが 最早そんなモンどうでもイイやっていうかさ とにかく こんなメデたい出来事生まれて初めてっていうか なんちゅーか 本中華なんて言ったトコロで 現代の若者には通じないって 何はともあれ めでたしめでたし」 連載が打ち切りになってしまうのも悲しいが、完全にネタ切れ状態になってしまってもなおマンガを続けなければならないというのも苦しいというのがよく分かる。 マンガもアニメも、作家や制作者の純粋な表現意図だけでコントロールできるわけではない。その間に入る出版社や制作局の都合に大きく左右される。そのなかでキレイなラストを迎えられる作品というのも、実は少ないのかもしれない。 (新田 樹)『人気マンガ・アニメのトラウマ最終回100』(鉄人社)
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