高収入でリスクも少ないって…!? 『ネット風俗嬢』に見る明と暗

 米国ドラマ『デスパレードな妻たち』に、郊外の住宅地に暮らす奥さまが家計のために、ライブチャットサイトでセクシー配信する、というエピソードがありました。絵本作家で顔が広く、友人とも家族ぐるみでつき合うなど郊外ならではの濃い人間関係に身をおく彼女が、誰が観ているかわからないライブチャットで自分自身も自宅内部も晒してエロを提供するというのは、私の目には、いわゆる〈風俗〉よりよほどリスキーなものに見えました。

 でも、彼女にとってはきっと「こっちのほうが安全」なのですね。米国での性風俗といえばコールガールでしょうが、こちらは見知らぬ男性と部屋にふたりきりになり、じかに性的接触をします。その過程で起きうるトラブルは、いくつも想定できます。。暴行に性感染症……身体に深刻なダメージを受けることもありえます。アメリカと日本では性風俗にまつわる法律も違えば、それぞれのサービスにおけるシステムも違います。私はそこについての知識を持ちあわせていないのでこれ以上は掘り下げられません。が、ドラマを見たときの私は、性風俗において〈リアルな男性と会う〉と〈ネットで世界中に自分の姿をさらす〉と、どっちがより危険なのだろうと首をひねったのです。

 ということを思い出しながら、『ネット風俗嬢』(中山美里著、リンダパブリッシャーズ)を読みました。ライブチャットサイトを利用した性風俗の全体像に迫るルポルタージュで、1980年代の創始期にまでさかのぼってその変遷をひも解き、どんな女性が働いているか、稼げている女性はどんなタイプか、利用者はどんな男性か、女性たちに何を求めているか、どんな人たちが運営しているのか……などなど、取材に基づき業界全体を網羅した1冊です。

 オビには〈処女でも年収1000万円!〉とあります。なかなかに刺激的な惹句です。処女、ないし男性経験が少ない女性でも、というのはリアルな接触がない〈ネット風俗〉の特異性ゆえですが、そのぶんほかの性風俗よりサービス内容はライト。なのに1000万円稼げるといわれると、下世話な好奇心が刺激されます。「ネット風俗ってそんなに儲かるの? だったら私も……」と考えて手に取る女性も少なからずいるでしょう。

◎驚くほどの収入! だけど…

 代理店(=女性が通勤し、そこから配信するチャットルーム)を経営する男性の証言によると、「そこらへんの風俗より稼げる」「月100万円は難しくない」「普通にちゃんとやっていれば40~50万円は稼げる」というから、スゴイ世界です。ラクで、場合によっては自宅でもできちゃって、それでもって高収入なんて、夢のような話。でもそれだけに、かえってウマすぎる話のような気がしてきます。

 と思って読み進めると、やはり現実に稼げている女性はごく一部。自己プロデュース力がきわめて高いとか、チャットルームの管理人に素養を見抜かれるとか、何らかのアドバンテージがないと、そこまでの売れっ子にはなれないようです。後者の場合、お店が持っているノウハウをその女性につぎ込み、稼げる素材として育てあげてくれるのです。

 容姿よりも、コミュ力や頭の回転の早さ、場を読む力、自己プロデュース力が求められ、それが天性のものか教えこまれたものなのかはともかく、すべていかんなく発揮されれば売れっ子になり、そのぶん稼げる……というのは、このジャンルに限らずどの性風俗も同じでしょう。ただ、ネット風俗では顔出しをしない女性が多いことや、直接の性的刺激がないぶん、こうした無形の要素が人気をダイレクトに左右するようです。

 私が目を見張ったのは、チャットルームによる教育のきめ細やかさでした。女性の個性を見極め、その魅力を最大限引き出す見せ方を提案し(コスプレさせたり)、どのタイミングで何を言い何をすべきかを演出し、ことば遣いが汚い女性にはそれを正してあげ、日報を書かせてその女性の弱点を洗い出し、一緒に克服法を考えてあげる……。なんて、いたれりつくせり! 自分たちにお金を落としてくれる存在なのだから、管理側もそりゃ手をかけるよ、といってしまえばそれまでですが、この男性管理人の発言には端々から女性への思いやりが感じられます。

 実際、彼の話ではこうした指導を受けた女性たちはネット風俗嬢を辞めた後、「銀行や大手不動産会社など結構良いところに就職」していくそうです。それができない女性のためにも、エステサロンやスクールを運営していて、そこで手に職つけて卒業……という道まで用意しています。そして、彼女たちがネット風俗嬢として活動していくうえで抱えるリスクにも、この男性は細心の注意を払っています。

 性風俗にはリスクがつきもの、というのは私のような門外漢にもわかります。そしてネット風俗に特有のリスクが多いのも、想像がつきます。基本は顔出ししなくても、相手男性と1対1の2ショットとなったとき限定で見せる人もいるそうです。そうでなくても、何かの拍子に顔が写る可能性は低いとはいえありますし、そうなると個人が特定できてしまう場合だって当然ありますよね(身体の一部からの特定もできそう)。そうした配信動画を録画できるソフトなどもあるといいますから、つまりは流出の恐れもある……。

 大小さまざまのリスクは、上げればきりないでしょう。しかし、それらはすべて管理人男性の取材によって「それについてはこう対策しています」「予防しています」とフォローされていくのです。そこで紹介されるリスクが、安全性を強調するための材料となっているようで、やや怖い印象を受けました。

◎優良店以外は推して知るべし

 当然、それは〈取材に答えているこの管理人の運営するチャットルーム〉でのお話。このお店は大いに成功しているようですし、ここまで女性のことを考えてくれているのですから、そうとうな優良店なのは間違いないのでしょう。ネット風俗という風俗界の新たな潮流を紹介するにあたって、盛り上がっているお店の裏側を取材するのは当然のことです。本書では女性がほとんど稼げない、お店からのバックアップもないというケースも紹介されています。そうしたお店のリスク管理についての詳細はありませんが、おざなりにされていることは想像にかたくありません。

 「だったら私も」とちらっとでも思った女性の印象に残るのが、優良店のすてきな事例ではなくシビアな現実であってほしい、というのが、私が読後まず思ったことです。安全に働けるお店もあるけれど、そうでないところが非常に多いというのが、やはり現実でしょう。そして、優良店でもリスクを軽減はできてもゼロにはできません。

 これは日ごろ、AVについて話題になるときも思うことですが、何かAV業界のブラックな面が指摘されたとき、「いまどきAVメーカーもプロダクションもちゃんとした企業なんだから」「世間が思っているよりクリーン」という声がネット界隈でよくあがります。実際クリーンなところが大多数なのでしょうが、そうでないところも確実にあるはずです。クリーンさを強調されるほどに見えなくなるものがあるのではないか……という気がしてならないのです。

 もちろんそれは、読む側、受け取る側の判断に任せられたものです。とはいえ、ネット風俗嬢への垣根はほかの性風俗よりずっと低そうです。加えて本書でも、学費を自分で稼がなければならない学生や、生活のために少しでもお金がほしいシングルマザーの受け皿となっているという記述もありました。切羽詰まると人は判断能力を奪われますが、そんなときほどマイナス面の情報をスルーせずにちゃんと受け取ってほしい。性風俗とは遠いところにいる者の杞憂かもしれませんが、そう願ってしまうのです。

■桃子/オトナのオモチャ約200種を所有し、それらを試しては、使用感をブログにつづるとともに、グッズを使ったラブコミュニケーションの楽しさを発信中。著書『今夜、コレを試します(OL桃子のオモチャ日記)』ブックマン社。

「蓮舫はいい女や~」女=セクハラ対象な日本中の政治家たちにゲッソリ

 「週刊ポスト」(小学館)9月25日・10月2日号に、こんな記事が掲載されていました。

「鴻池祥肇氏 懇談会で「蓮舫はいい女、福島瑞穂は気がある」(NEWS ポストセブン)

 自民党・鴻池祥肇参院議員が、記者クラブの記者を集めたオフレコ懇談会において、「蓮舫(民主党)あれはいい女や~」と連呼。記者から「蓮舫さんが強行採決の際に委員長席に詰め寄ってきたらどうしますか」と聞かれると、腰を浮かせて体を前に乗り出し、口を突き出して両腕で抱きしめるようなポーズをしながら「抱きしめちゃう」とはしゃいでいたというものです。

 蓮舫議員だけでなく、福島瑞穂議員(社民党)についても「『総理に質問しているのに、委員長の俺の目を見ている。俺のことが好きなのか?』といい放っていたというから、ストライクゾーンは広いらしい」ともこの記事にはあります。懇談会は終止、鴻池議員の放言連発で笑いに包まれていたが、女性記者の表情だけは曇り気味だったそうです。当たり前ですよね。

 鴻池議員の発言はもちろんですが、「蓮舫さんが強行採決の際に委員長席に詰め寄ってきたらどうしますか」と質問した記者もヒドい。オフレコ懇談会ですから記事にするためではなく、ただセクハラを笑いにするために、鴻池議員への「振り」をしている。

 さらに「週刊ポスト」の記事も、鴻池議員が、蓮舫議員だけでなく福島議員にもセクハラ発言をしている点について、「ストライクゾーンは広いらしい」と、一連の発言をゴシップ的に扱おうとしていることが見て取れます。ここで問題なのは、セクハラ発言であって、「(容姿であろうと年齢であろうと思想であろうと、なんらかの)ストライクゾーンの広さ」ではありません。しかも記事は「かつて女性スキャンダルが原因で官房副長官の職を追われた過去をものともしない鴻池氏。ここまで来れば、もはや一つの芸風かもしれない」と、セクハラ体質を「芸風」で片付けてしまっている。問題は鴻池議員の発言だけではありません。

 ちなみに記事にある「かつて女性スキャンダルが原因で~」というのは、2009年1月に「週刊新潮」(新潮社)によって報じられた、鴻池議員が原則、家族以外は入れてはいけないとされている議員宿舎に女性を泊めた件や、同年5月の同じく「週刊新潮」の、国会議員に与えられるJR無料パス(もちろん公費)を利用して、女性と熱海温泉へ旅行したという記事のことです。その後、鴻池議員は当時就いていた内閣官房副長官を更迭され、さらに自民党兵庫県連からは除籍という重い処分を下されています。当時の首相・麻生太郎氏は、更迭の理由を、あくまで健康問題であるとしていましたが、一連の不祥事の責任を取らせたと考えるのが自然でしょう。

◎「早く結婚しろ」「産む機械」発言を振り返る

 定期的に、というより頻繁に出てくる、議員のセクハラ発言。記憶に新しいのは2014年6月に、東京都議会議員の塩村文夏氏が晩婚化対策に関する支援について質問している最中に、「早く結婚したらいいじゃないか」「産めないのか」という野次が飛んだ問題でしょう。これは日本だけでなく世界中で批判的に報道され、大きな問題となりました。

 その後、当初は「私ではない」と関与を否定していた自民会派の鈴木章浩議員が、「結婚したらいいじゃないか」と野次を飛ばしたことを認め、自民会派を離脱しています(鈴木議員は、今年7月30日に同会派に復帰)。

 また未だに忘れられないのは、元自民党の議員・柳澤伯夫氏(なんと現在は城西国際大学の学長に就任!)による、2007年に島根県で開かれた自民党県議集会での「産む機械」発言。改めて紹介するまでもありませんが、簡単に要約すると「人口統計学では、15~50歳が出産する年齢。2030年に20歳になる人はもう生まれていて、(2007年当時)7、8歳になっている。産む機械といったらなんだが、装置の数が決まっている」というものでした。当人は「人口統計学の話をわかりやすくするために使った」「発言は直後に取り消した」と述べています。

 野党は厚生労働大臣の辞任を要求しましたが、柳澤議員はその後、2007年に内閣が改造されるまで厚生労働大臣を務めています。

 柳澤議員については、記者会見において「若い人たちというのは、結婚をしたい。それから子どもも二人以上持ちたいと、極めて健全な状況にいるわけです」と発言したことも問題視されるなど(第66回国会 質問主意書 柳澤厚生労働大臣の「子どもは二人以上持つのが健全」との発言に関する質問主意書)、鴻池議員同様に、セクハラなど理解し得ない価値観のまま生きていることが見て取れます。

◎日本中の議会で行われる性的嫌がらせ

 議会での女性蔑視について有名な事例をふたつ紹介しましたが、こうした言動は毎月といっていいほど、全国の議会で飛び交っています。

 今年8月には、女性議員がつくる「全国フェミニスト議員連盟」が、女性地方議員の半数あまりが議員活動中に性的嫌がらせを受けていたことを報告。これは現職・元職員と、女性都議・都内の女性市議・区議などを対象に行ったアンケートをもとにしたもので、およそ半数の52%が「性的嫌がらせや深いな言動を受けたことがある」と回答しています。さらにそうした言動を「1~5回」と受けたという回答が最も多く、「数え切れない」とする回答も13名いたそうです。(毎日新聞:女性地方議員:性的嫌がらせ被害 半数「ある」)

 少なくない数の議員が女性蔑視を隠そうともしない現状が日本にある。このような現状で、「女性活用」をすることが、女性にとって幸せな結果になると考えるのは難しい。その前提には「女性蔑視」があるのであれば、提出される法案の中に女性蔑視が内包されている可能性も高いでしょう。安保法制の裏で、女性活躍推進法など、女性にとって重要な法案が少しずつ国会で可決されつつあります。よりいっそう厳しい目で議会の動きをチェックする必要があるようです。
(水谷ヨウ)

「女性はだめ、アマチュアはだめ、オレたちがやる」と勇み立つ政治家たちの危うさ

 本サイトを読まれる方が日頃手にすることがないであろうオヤジ雑誌群が、いかに「男のプライド」を増長し続けているかを、その時々の記事から引っ張り出して定点観測していく本連載。今回はオヤジ雑誌群からのチョイスは少ないが、趣向は変わらない。

 この連載がアップされるのは15日、執筆しているのは11日だが、現段階での報道では、政府は安全保障関連法案を16日の参議院特別委員会で採決し、翌17日の参議院本会議での法案成立を目指しているという。いずれにせよ19日から始まるシルバーウィーク前に成立させて、すっかり忘れてもらおうという算段だ。前々から練られていたスケジューリングだろうが、国民の頭はそんなにシルバーではない。

 自民党総裁選挙は、野田聖子議員が推薦人20人を集めることができずに、無投票で安倍首相が再選した。安保法制に対する不満が渦巻く中で党内意見が割れることを嫌がり、とにかく無投票にこだわった。野田は朝日新聞のインタビュー(9月10日)で、党内に残る男尊女卑的な空気についてハッキリと言及している。

「今回も、女性はちょっとだめよ的な批判はありました。どうしても男性に、女の後ろにつきたくないメンタリティーはある。それがやっぱり最大の壁かな」

 彼女は100人もの自民党議員に電話をかけたが、その多くが電話に出てくれさえしなかったという。各派閥が安倍支持で一本化する中で、党内の多様性を国民に知らせようとした「無派閥の一匹おばさん」(本人談)。しかしながら、こんなデリケートな時期に女が出てきて場を荒らすんじゃないよ、と議論する機会すら設けさせてくれなかった。野田にしても「どうしても男性に、女の後ろにつきたくないメンタリティーはある」と結論付けているのはちっとも賛同できないが、どうしたって納得するしかない風土にあるのが自民党なのだろう。総裁選告示に先立つ出陣式で拳を上げた安倍首相の隣には、高市早苗と片山さつきがかしずいていたが、やはりこれが、自民党の女として正しい態度なのだ。

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「彼女が彼女らしく生きることを社会保障制度の欠陥によって諦めねばならないのなら、それは命を差し出していることとなにも変わらない。彼女が産みたかった子どもは、もう死んだ。」

大澤茉実(SEALDs KANSAI)/『現代思想 総特集:安保法案を問う』青土社

 SEALDs(自由と民主主義のための学生行動)は、安保法制反対運動の大きなうねりを作り出している。その広がりを煙たがる人たちは、彼らにはどういった団体がバックについているだの、国会前でただただ稚拙な言葉を放っているに過ぎないなど、必死に潰す方法を模索している。しかし、どこかの不自由な党と違って、女は男の前には立てないなどという力学では動いていない。彼らはそれぞれがそれぞれの憤りを抱え、それを直接的に言葉にする力を持っている。

 急遽編まれたであろう『現代思想 総特集:安保法案を問う』に寄稿やインタビューで登場しているSEALDsの学生たちの言葉は、驚くほど血が通っている。上記の女性は、アルバイトで知り合った女性が奨学金の返済に追われ、おなかの子どもを中絶することとなった経験を前に、私たちは命を差し出すような環境を生きさせられているのだ、と訴える。上記に引用したテキストはこのように続く。「たった1人の子を産み育てることを許さなかった政治が、いま安全保障関連法案を成立させようとしている。(中略)法案に無邪気に賛成できるほど、私をとりまく世界はすでに安全ではない」。

 そう、この法案に賛成している人達はどこか無邪気である。自衛隊の活動範囲が広がろうとも危険度が高まることはないと言い張り、周辺諸国について、もはや話し合いの余地などないと突っぱねることに快感を覚えている。ひとりひとりの声の集積がうねりを作り出しているというのに、たとえば相変わらずの居丈高を保つために自民党との結託を狙う橋下徹などは、デモを見て「こんな人数のデモで国家の意思が決定されるなら、サザンのコンサートで意思決定する方がよほど民主主義だ」と茶化す。産経新聞は、国会前デモの航空写真から人数を算出し、主催者発表と違ってそんなに人が集まっていないと訴えた。デモではその都度やってきた人が流動しているし、空撮では写らないところにも沢山に人がいただろうに、その瞬間に写った人数をカウントして「たいしたことじゃない」で済ませようとする。無邪気な人達である。

 SEALDsメンバーのスピーチやインタビューや論考を読むと、彼らは常に個人的なエピソードを盛り込み、そこで感じてきた違和感や怒りが今の活動に繋がっていることを明らかにする。橋下に代表されるように、それらをアマチュアだ、と指摘するドヤ顔も多い。そのドヤ顔は、アマチュアが声を発すること、意見を持つことが、民主主義の根幹であることを失念している。そういう体たらくに向けて懸命に言葉を投げ続けるのは徒労感もあろうが、「どうにかなってしまう」という切迫感が強いのだろう。小さい声を排する快感こそ政治家の醍醐味と思っている面々が平和を連呼しているのだから、こんなにも分かりやすく危ういことはない。

「内閣総理大臣 安倍晋三様 『まち・ひと・しごと創生総合戦略』を読んでも、具体的にどう動いていくのかが全く見えません」

働く女性からの要望書/『プレジデント ウーマン』2015年10月号・プレジデント社

 内閣支持率が下降しているが、「地方創生」は支持率を保つ上で大切な「アベノミクス」が連呼してきたキーワードである。その連呼からどういった具体策が出てくるのかと待ち構えていたら、「プラチナタウン構想」なる施策が提唱された。これは、東京などの都市部に住んでいる高齢者に地方へ移住してもらう計画だ。介護が必要になる前に地方へ出向いてもらい、新たな土地で、新たな仕事や地域活動に従事してもらうのだという。「プラチナタウン」、つまり、街に輝きを取り戻してもらうために移り住んでもらえませんか、というわけ。女性といい、高齢者といい、政府は、誰かを輝かせたくって仕方がないらしい。とりわけ特別養護老人ホームなど長蛇の列ができてしまっている都心部の現状を打開するためにも、元気な老人を地方へ向かわせ、やがて身動きがとりにくくなる時、その土地で生まれる需要に期待を寄せている。

 『プレジデント ウーマン』の連載「拝啓 安倍総理大臣」は、働く女性が安倍首相に要望書を提出するスタイルの連載だが、この号では『「地方創生」に関する要望書』を作成する座談会を行っている。彼女たちの「地方創生」への評価はとことん低い。国が作った『まち・ひと・しごと創生総合戦略』について「カッコいい横文字ばかりが羅列していますが具体的な行動が見えてきません」とバッサリ。「プラチナタウン構想」に釘を刺すかのように、広島県で老人ホームを経営する女性が「介護施設は畑違いの人が、補助金目的で始めることが多い」「質の悪いサービスしか提供できず、利用者が不利益を被るケースがある」と指摘し、宇都宮の中小企業診断士の女性は「地方には、補助金をいかにして受けるかを指導する補助金コンサルもいます。ああいう人は、補正予算がかかるたびに、潤う」と警戒する。

 つまり、地方創生のスローガンが、ちっとも地方活性化に繋がりそうもないことを見抜いている。8人による座談会の結論は、「この分野に、『ビジネスがわかる人』の登用をお願いします」である。口先だけでビジネスのわからない男たちだと断罪されているのだ。このまま高齢者移住と補助金分配を地方活性化のカンフル剤として投じ続けていくのだろうか。「ビジネスがわかる人」を使わなければ、相変わらず利権の分配が行なわれるだけになるが、それはそれでも構わない、くらいのことを政府は思っているのかもしれない。

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 物申す個人も物申せない個人もひっくるめて、煩わしく感じた個人は総じて潰してしまえという働きかけが強まっている。宰相が「テロに屈しない」のワンフレーズを連呼して、日本人の人質が殺められてしまった「イスラム国」についてなど、まったく情けないことに、世間の記憶から薄れ始めている。窮地に立たれた人、窮地に立たされていると感じている人に、何だかとっても冷たい国になってしまった。安保法制をめぐる議論は、そんな風土を強化していこうぜと勇み立つ男たちの意気込みが表出している。

 自民党の高村副総裁は、9月6日に行なわれた青森市での講演で、安全保障関連法案について、「(国民の理解が)十分得られてなくても、やらなければいけないときがある」と述べている。キミたちがああだこうだ喚こうが、オレたちの判断次第だから、と明言しているわけである。前出のSEALDs大澤茉実は「一緒に生きていきたい人たちがいる。取り戻したい私自身の人生がある」と書く。大きな働きかけを除けるのは、こうした小さな思いの集積に違いない。「やらなければいけないときがある」だなんて、議員たちは頭ん中に中島みゆきのテーマ曲を流して『プロジェクトX』的な心境でいるのだろう。いい迷惑である。「取り戻したい私自身の人生がある」、今、強引な動きを見せる政治に向けて放ちたい、これ以上ないメッセージである。

■武田砂鉄/1982年生まれ。ライター、編集。2014年秋、出版社勤務を経てフリーへ。「CINRA.NET」「cakes」「マイナビ」「Yahoo!ニュース個人」「SPA!」「beatleg」「TRASH-UP!!」で連載を持ち、「週刊金曜日」「AERA」「STRANGE DAYS」などの雑誌でも執筆中。近著に『紋切型社会 言葉で固まる現代を解きほぐす』(朝日出版社)がある。

児童扶養手当→恋愛禁止!? 彼氏の「お試し期間」を下さい!

 「地黒ってマジで損だよなー」「可愛い服似合わねーな」「恋愛ってめんどくせーな」が積み重なり、ここ最近は破れたTシャツを着て平和な大学生の夏休みをおくっています。女子をこじらせたのか、もはや何がなんだか判断しかねる領域に達した、シングルマザー女子大生の上原由佳子です♡

 昨年の夏にしばらく東京に滞在していたとき、無邪気さも失いかけ、身の周りにシングルマザーがぽつぽつ現れるくらい歳を取った1988年生まれの上原と友人のエリカは、恵比寿のオシャレなカフェで、恋バナに花を咲かせていました。

 エリカから、彼氏持ちのシングルマザーが金銭的な問題で同棲をためらっているという話を聞きながら、「上原はヒロト君(元カレ)と同棲したかったな……」と考えていました。するとエリカが「由佳子はさ、元カレと一緒に住もうとか思わなかったの?」と、心が痛む質問を投げつけてきました。そりゃあ一緒に住みたかったさー! でも、シングルマザーにとって彼氏と同棲するのは、めちゃくちゃハードルが高いんです(涙)。

 「一緒に住みたかったよ。でもさ、一緒に住むと児童扶養手当受給できなくなっちゃうしさ。全部、彼氏に頼るのもオカシイじゃん」ふてぶてしく話す上原に対して、エリカは「ええ!! 一緒に住む=生計が同じ前提の制度って古臭くない!? 共働きが当たり前の社会なのに、いきなり相手の負担増やすとかできないっしょ!!」と、驚いていました。

 さて、今回はエリカをびっくりさせた「児童扶養手当と恋愛」について書いてみたいと思います。

◎彼氏とのお試し期間が許されない

 以前、先が見えない男性とは付き合いたくないとか、恋愛する時間がないとか書きましたが、シングルマザーの恋愛には、児童扶養手当を受給できなくなるというリスクもあります。

 どういうことか。例えば上原が娘ちゃんと2人暮らしをしていたとしましょう。その後、上原に彼氏ができ、その彼氏が週に3回家に来て、晩ご飯を一緒に食べたり、週末は泊まって行ったり、ごくごく一般的なお付き合いをするようになったとします。すると上原は児童扶養手当の受給対象から外されてしまうかもしれないのです。というか、役所にバレると100パーセント打ち切りでしょうね(苦笑)。

 ようするに、母子家庭に男の出入りがあると、行政から「事実婚だ(=母子家庭ではない)」とか「彼氏からの援助がある(=十分な収入がある)」と判断されるんです。これが付き合っていない男友達でも同じくらいのリスクがあるので、迂闊に男友達を家にあげることもできません。また制度上、「(彼氏との結婚するかを判断する)ちょっとしたお試し期間」みたいなものは許されないわけです。それに、

 もちろん上原もシングルマザーがホイホイとお付き合いをすることを手放しで賞賛しているわけじゃありません。再婚した人が子どもに手を出す、あるいは手を上げるような人だったら? 再婚した途端に高圧的な態度をとるようになったら? 考えるとキリがないくらいたくさんの不安があります。子どもがいるからどうしても慎重になるし、そもそも「失敗したい」と思って結婚する女性なんて少ないはずです。失敗しないためにも、児童扶養手当を打ち切られない状態での「(彼氏との)ちょっとしたお試し期間」みたいなものが必要だと考えています。だって、再婚してから「この人とはダメだ」とわかってしまったら。離婚するときに法的手続きやら何やらで時間がかかるし、子どもの精神的ダメージも大きいんですもの。

◎“オンナ”であることを意識させられる

 そういえば、児童扶養手当の申請で役所に行くと「妊娠のご予定は?」「妊娠の可能性は?」との質問を受けるのですが、全国のシングルマザー/ファザーも同じ質問をされているのでしょうか? 沖縄だけ?

 ひとり親が“弱者”だから妊娠の可能性まで管理されているのでしょうか? もっと突っ込んだ言い方をするなら、女性だから、子どもを身籠る性だから、妊娠の可能性の有無を聞かれるのでしょうか?

 日頃どんなに女子力の欠片もないような服装や言動を繰り返していても、申請の日は“弱者”と“オンナ”にならなくちゃいけない。ここ2年は「妊娠の可能性も予定もなければ、そもそも彼氏がいません!!」と言っているので、その度に無性に切なくなるし、寂しくなるし、自分が“オンナ”であることを意識させられます。そして気落ちしてしまいます(笑)。

◎次に進むための制度を使わせて

 恋愛に不自由さを感じるのは制度の面、行政の監視下に置かれているからだけではありません。やっぱり、社会からの厳しい眼差しもあります。

 誰かとお付き合いをすると、「シングルマザーなのに~」とか言われてしまったり、「経済力のある男性とお付き合いしたほうがいい」みたいな話が出てくる。もちろん生きていくために、どんな人とお付き合いするかはきちんと考えなくてはいけないことですが、「シングルマザー」だからといって、個人的な恋愛に対して、他人から厳しい目を向けられたくない。

 また「児童扶養手当を貰っているなら、養ってくれる交際相手を見つけたら、申請をやめろ!」という声も聞こえてきます。社会的な立場が弱くなった方を「私たちの税金で養ってる!!」と、叩きたくなる気持ちも、抑圧したくなる気持ちも理解はできます。でも、そういった否定や批判ばかりだと社会的弱者が次に進む機会が無くなってしまう。制度によって助けられているからこそ、働くことが出来たり、子供を育てることができる。でも制度がなくなってしまったら、どちらかが、あるいはどちらもをするほどの余裕がなくなってしまって、未来が見えなくなってしまう。

 次に進めないと当事者も苦しいし、当事者に対して厳しい言葉をかける人たちも楽になることはないはずです。だからこそ、ただ罵倒するだけでなくお互いに歩み寄ってみる、それから何か良い方向に進めるように考えることが大切なのでは? と、上原は思っています。それは上原がシングルマザーだからというわけではありません。児童扶養手当だけでなく、様々な制度について、利用者をバッシングする風潮を見ていて感じることです。

◎20年後の上原は……

 たまに20年後のことを想像することがあります。娘ちゃんが自立して、沖縄から出て行ってしまう。上原は再婚していないし、彼氏もいない。「娘ちゃん、かぁか寂しいから帰ってきて」とか言ってしまうのかもしれません。娘ちゃんは、寂しがる上原を見て何を思うのでしょうか。上原の中に娘ちゃんを自分のところに縛りつけておきたいという願いが、無意識のうちに生まれてしまい、娘ちゃんの人生を邪魔するかもしれません。

 いつ彼氏ができるのかも分からないし、どんな未来になるのかも分からないけど、もうちょっと社会と制度が寛容になってくれたら「将来は孤独死しちゃうかも!!」漠然とした不安が、少しだけ和らぐ気がしています。パートナーを探しやすくなりますからね☆

 まあ……破けたTシャツを着て、スッピンサンダルメガネで歩いている上原は、しばらく彼氏ができないでしょうし、恋愛への興味が失せかけているのですが、「(彼氏との)ちょっとしたお試し期間」みたいなものが許される日が来ることを願っています♪

彼氏持ちのゲイ男性が、人前でビッチキャラを演じざるを得ない理由

 2013年11月から「Lollipop-Rumikoのビッチなう。」という連載をさせていただいている私。ありがたいことにもうすぐ丸2年です。連載タイトルに使っている“ビッチ”は、“性に自由な女性”というニュアンスで使っていますが、罵倒表現として使われるケースもあります。さらに、自称/他称によって大きく意味が変わってくるのではないでしょうか。

 今回、お話を聞かせてくれたのは、そんな他人からのビッチ扱いに違和感を覚えている男性です。アメリカでは男性にも使われるビッチという言葉ですが、日本では圧倒的に女性を指す表現として用いられることが多いはずです。一体なぜ……。

「それは僕がゲイだからだと思います」と話すサラリーマン・Aさん(29)は、仕事先や家族を含めた周囲の人々にゲイであることをカミングアウトしています。そのことを「思ったよりも受け入れてくれた人が多かった」としつつも、ビッチ扱いには違和感を覚えているようで……。

――ビッチ扱いとは、具体的にどういったことなんでしょうか?

A「例えば飲み会の時とか、いわゆるイケメン男性の隣に座らされて『よかったじゃん!』って言われたり。みんな、僕がゲイだからイケメン男性の隣に座れて嬉しいに違いないって思ってるみたいで。事故的に男性の体に触れちゃった時も、『積極的じゃん』『ホントビッチだなー(笑)』『お持ち帰り狙い?』とか、はやしたてられるんですよ。僕は彼氏がいることもみんなに話してるんですけど、それでもビッチ扱いされてて」

――そういう時、Aさんはどんな反応をするんでしょうか?

A「最初は、周りがはやしたててくる相手の男性について『僕の好みじゃないよ』とかはっきり言ってたんですけど、そうするとなんだか空気が悪くなって。そういうのがめんどくさいんで、最近はビッチを演じてます。男性の肩に寄りかかってみたり。それで場は盛り上がるんですけど、もう疲れました……。タイプでもない人を好きなフリしても楽しいワケないし、相手の男性は笑ってる人が多いけど本当は心底嫌がってるかもって心配になるので、あとから『ごめん』って謝ったりしてます」

――そうですよね。もしAさんが女性だったらセクハラ・パワハラ事案になっていてもおかしくないのに、ゲイ男性にならそういういじりをしてもいい、むしろ喜んでるに違いないっていう共通認識があるとしたらおかしいですよね。

A「多分、みんなが持ってるゲイのイメージって、『男好きで男の体をベタベタ触る』っていうものだと思うんですよ。テレビとかでオネエタレントが『や~ん、イケメ~ン!』と若手俳優に喜ぶみたいな。もちろん、ゲイの中にはとにかく男好き、男に触りたいっていう人もいるけど、僕はそういうタイプじゃなくて。それに僕は男の姿で男を愛するゲイで、別に女になりたいワケでもなく、オネエとも違うのに、その辺をごっちゃにしてる人も多い。だから、恋愛対象が男性なだけで中身はただの男なのに、ヤリチンとは言われずにビッチって言われるんだと思います。そもそもビッチな行動もしてないんですけどね」

――メディア発のゲイのイメージを押し付けられていると。

A「あと、ゲイっていうとなぜかトーク力や面白さを求められて、『ゲイにまつわるおもしろエピソードないの?』と聞かれたり、『ゲイなのになんか大人しいね』って言われたこともあります。これもテレビに出ているオネエタレントや女装家さんのイメージが強いせいかもしれませんが、ゲイだって口数少ないヤツとか、何の面白みもないヤツもいます(笑)。男も女も、いろんな性格の人がいるっていうのはみんな知ってることなのに、LGBTだと途端にそこから外されちゃうんですよね」

――「ゲイならこういう性格に決まってる」という考え方は、浅はかですし不自然すぎますね。

A「カミングアウトする前は『言った途端、みんなに避けられたらどうしよう』と思っていたし、受け入れてくれたことは本当に嬉しいんですけど、『カミングアウトしてるんだからいじっても問題ない』って思ってる人が多いことは不本意です。腫れ物に触るような扱いをされるよりは、自分が演技してでもイジられてたほうが楽かなとも思っちゃいますけど、やっぱり腑に落ちない部分はありますね」

 男でも女でも、セクシャルマイノリティーでも、個々人の性格が違うのは当然です。誰しも何かに対して自らの経験だけを頼りにしたステレオタイプな見方をしてしまうことはありますし、自分の中での価値観を持つこと自体は悪くはありません。ただ、それを相手に押し付けるのはあってはならないこと。Aさんがビッチを演じることなく過ごせる日が早く訪れてほしいものです。
(Lollipop-Rumiko)

男友達はあり得ない派! 紗倉まながたじろいだ「異性友達とのセックス」

 男女の友情はあり得るのか、あり得ないのか――この議題の結論は本当に人によりけりで、永遠に討論は尽きないですよね。なぜなら、友達とはいえ異性は異性。ずっと友達だった異性とひょんなことから身体の関係を持ってしまった……という話も良く耳にします。

 セックスをしてからというもの、セフレとも友達とも言えない妙な付き合いをしているという方や、もうばっさりと縁を切って二度と連絡も取らないという潔い方、セックスを機に付き合い始める方……などなど、どんな関係になるとしても、セックスをした異性とは、今までの交友関係の深さとか、距離感とか互いの価値観が絡み合って“新たな関係”として生まれ変わるなあ、というイメージがあります。

 ちなみにとある友人は「男女の友情はあり得る」と言い切っているのですが、私自身の答えは「男女の友情はあり得ない」でして。22年間、悲しきことにずっとそう思ってきたのです……だってやっぱり、異性だもの、と。

 「それってつまらない考え方だよ」と散々罵られたり「もったいない。男友達がいないってこと?」なんて疑問を持たれたりしてきたのですが、ものすごく仲良くなった男友達もいなかったし、というか、ものすごく仲良くなればきっと付き合っていたし、異性とはそういった極端な距離感をずっと保っていたのです。

 そんなこともあって、学校を卒業してからも頻繁に会うような男友達はまったくいません。同窓会などの機会に皆でちょっと飲んではしゃぐくらいで、かといって個々に連絡を取り合うこともなし……。う~ん、やっぱり変なのかしら。防衛線を張っているとかそういうわけでもないのですが、別にいいかなぁとか、仕事のこと聞かれるのも面倒くさいし、どうせひとりのほうが気楽だからと全ての連絡を無視。「まぁいつか好きな人とかできるでしょ☆」なんて未来に期待しておきながら、自分でもよく意味が分からないまま男友達には閉鎖的になっている状態でございます……(白目)。皆様は、「男女の友情」いかがでしょうか。

◎みなさんすごいです…(白目)

 ある記事に「セフレでも恋人でもない異性とセックスをしてしまった後は友達でいられるか」というアンケート調査の結果が載っていました。この結果、かなり驚きです。なんと、男女ともに半分の人が「友達でいられる」と答えたのです……す、すっげえ。だって、セフレともまた違う、健全な友達関係ってことでしょ? と、つい円グラフを二度見。セックスする前と同様に、変わらず友達でい続けているなんて……!!

 セックスしちゃったという “トンデモ秘密”を共有することで、親密さを増すことができるのかもしれませんが、その友達と会うたびにセックスの回想に浸ってしまいそうだし、ちゃんと友達として割り切り続けることができるのかなあ……。と、経験したことのない私としては、なんともミステリアスで奥深く、普通の友達関係よりひとつグレードアップした“大人の関係”だなぁという感じがしました。ただ、会うたびに恋とは違うときめきや新鮮さを得られるのだとしたら、それはそれで楽しいのかもしれませんね。変化のない日々を充実させるために、そういった刺激もアリなのかも……。

 私の友達の中には「これからも仲良くしていきたいと心から思っている異性とは絶対にセックスしない」という子もいます。身体の関係をもつ異性と、絶対にもたない異性との境界線をはっきりさせているらしいのです。なるほど、ちゃんとしていますね……。

 「じゃあもし、身体の関係をもってもいい友達と一度セックスをしてみて微妙だったら、その後はどうするの?」と聞いてみると、微笑みながら「ZE・TSU・EN☆」と答えてくれたので、「ほほう……ZAN・NEN☆」と、たじろぐ紗倉……(そこもスパッと縁を切るのね)。さらに「身体の相性が良ければセフレになるし、もしかしたら付き合うかもしれない」とのことでした。周りにいる男性をそれぞれ役割分担して、各々の“交友関係”を楽しんでいるようです。そんな風に人を分け隔てられる器用さには拍手です……(ぱちぱち)。

◎届いてくれ、私の祈り!

 異性と本当の友達になれるのって、男友達がほとんどいない私にとってはすごく貴重なことだと思います。ちょっとした下心もなく、まっさらでヘルシーな感情で、気を置くことなく異性とつるむことができるなんて、ホント、国宝レベルで素晴らしいです。っていうか、先ほどのアンケートを見た限り、みんな性に対して型にはまることなく自由に羽ばたいているんですね。ちょっと安心する反面、ちょっとだけ恐ろしいぞよ……。

 だって、もし恋人と親しい異性の友達が、恋人と一度Hしたことがあって「別にその後付き合うとかもなく、今も普通に仲良しな友達ですよ~」みたいな状況なことを知ってしまったら……うひょ~(冷汗)。人間謎めいてるな……って改めて虚しくなりそうじゃないですか。あぁ、想像しただけでこえーよ、こえーよ。人間不信になるよ……南無。

 いかんせん、この世の中はスモールワールドですから、一度関係をもってしまったらどうか墓場までもっていってくださいませと、願うばかりですね……(白目)。

 まったく関係ない話ですけど、TENGAの着ぐるみがドン・キホーテで発売されることになったそうです! 私もカバーガール(みたいな感じ)として実際に装着して写真を撮ったのですが、いかがですか? Twitterでは「ちょっとタラコっぽい」とか「ラウワンのピンみたいだね」とかコメントいただきました……。た、たしかに。あまりにもナイスなフィット感と、“唯一無二”感がお気に入りな一品。今年のハロウィンは、みんなで「TENGA大好き乙女☆ テンガール」となって徘徊しましょう! 渋谷もTENGA一色にな~れっ☆

 それでは、あぢゅ~!

■紗倉まな/高等専門学校の土木科出身。18歳の誕生日の翌日に事務所に応募し、所属が決定。2011年にイメージビデオデビュー、翌年2月にAVデビューするや否や人気沸騰! SOD大賞2012では最優秀女優賞、優秀女優賞、最優秀セル作品賞、最優秀ノンパッケージ作品賞などなどを総なめで6冠を達成する。『ゴッドタン』キス我慢選手権でも「かわいすぎる」と話題☆

「入浴後に膣からお湯がジャバー」現象に悩む女子が多いって知ってた?

 女同士でシモの話ってしないなぁ。最近つくづくそう思うのです。ここで毎週のようにバイブだローターだクリトリスだアンダーヘアだと話しているじゃないか、というツッコミはしばしお待ちを。狭義の意味でのシモについてはかまびすしく話している私ですが、広義でのシモというとまだまだ話していない領域も多いのです。

 たとえば、「お風呂あがりに膣から水が漏れてくる」という悩み。こういう女性が少なくないことは知っていましたが、私はここに〈経産婦の女性は〉〈一時的に〉という条件がつくと思い込んでいました。そう書いてあるものをたびたび読んできたからです。骨盤の底にはりめぐらされている骨盤底筋群が出産後は一時的にゆるむため、湯船でお湯が膣内に入るわ、尿漏れになるわ。でも、出産後しばらくすれば自然に元どおりとなる人がほとんど……という説です。もしくは、年配の女性。エイジングによって骨盤底筋が衰えると同じ悩みが生じるそうです。

 でも現実には、若い女性、出産経験のない女性にも〈風呂あがりに膣からジャバー〉現象に頭を抱える人がけっこういるということがわかりました。こう書くと、「それってつまりアソコがユルいってことだろ?」で片づけられそうですが、さにあらず。聞くかぎりでは〈ジャバー〉現象が起きる女性がセックス面でネガティブな経験をしているとは限らないようです。

 実態を知りたいと思っていたところ、都会の秘宝館こと「バイブバー・ワイルドワン」で〈女性力UP☆今話題のちつトレ講座!〉が開かれるというではありませんか。以前から耳にしていた〈ジャバー〉現象と、この講座に集まった女子から聞いた同現象をあわせて紹介します。

◎膣ジャバー派のナマの声

・お風呂で湯船に浸かると、膣内にお湯が入りまくる。そして湯上り、タオルで身体を拭いているときにジャバジャバ出てくる。ひどいときは、下着を履いてパジャマを着たあとになっても水が漏れてきて困る。尿漏れもあり(31歳/経産婦)

・産後ずっと、湯上がりにジャバー。妊娠がわかって以降セックスレスになって早2年(32歳/経産婦)

・いつからか膣にお湯が入るようになった。セックスしまくってるけど、ユルいと指摘されたことは特になし(31歳/未産婦)

・お風呂で膣にお湯が入る? いままでの人生まったく経験したことなし! ただしセックスにおいては性交痛の悩みあり(40代/未産婦)

・必ずジャバーとなるので、入浴後1、2時間はナプキンがマスト。ナプキンなしだと、下着どころかスウェットにまで染み出してしまう。最近、初めての彼氏ができて初体験したばかり。バージンのときからジャバーでした(大学生/未産婦)

・性風俗店に勤めているので、よく注入型のローションを使用するが、デリバリーの移動中に流れ出てしまう。下着も汚れるし、太ももあたりまで垂れることがあるので、お客さまにもローションを仕込んだことがバレバレ。当然、お風呂でもジャバー。ただし、仕事でもプライベートでもユルいといわれたことはない(20代/未産婦)

 と、ま~出るわ出るわ。私自身はジャバーの経験がないので、正直驚きました。冒頭でも書きましたように、このジャバー問題とか尿漏れとか、すなわち広義でのシモについて女性同士で語られることはあまりありません。話題にのぼらず情報交換もできないと、どうしても自分自身を基準にして考えがちです。そして、「自分がそうだから、みんなそう」と思い込み、「でも誰も『困る』って言ってないんだから、これは我慢すべきことなんだな」となるのです。

 ジャバー現象、たしかに病気ではないですが、QOL(クオリティ・オブ・ライフ=生活の質)は確実に下がりますよね。「悩むほどのことじゃない」と放置するのではなく、然るべきところに相談したり友人同士で情報交換したり、解消に努めるべきものです。講座で教えてもらったところによると、骨盤底筋群が弱っているのは確かなので、解消するのはズバリ〈膣トレ〉しかないとのことでした。

 膣トレについて紹介する前に、もうひとつ考えたいのが、〈ジャバーとなる人はアソコがユルいのか問題〉です。たったこれだけのケースで判断するのはよろしくないのでしょうが、私はやっぱり〈ユルい膣〉というのは男性が創りだしたものだと見ています。実際、今回のヒアリングでも「ユルいといわれたことはない」という女性が複数いますよね。結局は、己のサイズが小さいのを(小さい=悪い、ではなく!)女性の膣のせいにしている、もしくは女性をまったく感じさせていない事実を認めたくなくて「そもそもお前の膣が悪い」と責任転嫁しているってだけの話。快感によって膣内の充血と収縮が引き起こされれば、そうユルくはならないはずですから。

◎QOL向上には膣トレあるのみ!

 膣トレとは、そんな独善的な男のためではなく、自身のQOLのためにするものです。といっても、私には〈膣トレしているつもり〉だった過去があるため、骨盤底筋のトレーニングが簡単ではないことを知っています。あ、やり方は簡単なんですよ。でも、コツをつかむまでは見当違いのところを締めて膣トレした気になっているケースが多いだろうと推測できるのです。

 そんなむずかしい膣トレの相棒となるのが、「フェミメイト」。昨年の【膣圧コンテスト messy杯】で活躍したトレーニングアイテムですが、私自身これを使うなかでやっと「あ~、締めるのはココなのね! いままでは入口を締めていただけだった!!」と身体でダイレクトに理解できたのです。

 ◯秒締めて●秒ゆるめる……というふうに、効率的なトレーニングがプログラムされているし、結果が数値化されるので「骨盤底筋、鍛えられている!」という手応えがあり、継続への意欲も増します。膣トレ、続けないと意味ないですからね。ジャバー防止は一日にしてならず。

 でもそれよりも何よりも、まずは

「ジャバーとなる人ってけっこう多いらしいよ」
「恥ずかしいことでもなんでもないんだって」
「解消するなら、膣トレを続けないと」
「そのためのグッズもあるしね!」

っていう有益なシモネタを女性同士でどんどんすることから始めませんか? 自分だけでなく女性全体のQOLがきっと高まりますから。

■桃子/オトナのオモチャ約200種を所有し、それらを試しては、使用感をブログにつづるとともに、グッズを使ったラブコミュニケーションの楽しさを発信中。著書『今夜、コレを試します(OL桃子のオモチャ日記)』ブックマン社。

ゆるキャラなのに枕営業を迫られた!! サブカルはセックスに向いてない論

子宮の妖精しQちゃんが、「ライブ系アイドル」だって知ってたキュウ?
実はあたし、常にイベント出演依頼募集中なんだキュウ。
最近こんなイベント出演依頼メールが届いたキュウ。

「初めまして。ライブハウス××のブッキングスタッフ/イベンターをしておりますヨシリン(仮名)といいます。
この度しQちゃん様にイベント出演をしていただきたく思いメールを差し上げました。詳しくは打ち合わせでお話しいたしますので、お時間をいただくことは可能でしょうか?」

あやしい。出演依頼なのにギャラの説明がないってどういうことキュウ?
でも気になるキュウ~。やらない後悔よりヤる後悔。
道が二股に分岐していたら危険な道を選ぶのがあたしキュウ。
地雷の気配をビンビンに感じながらも自称イベンターのヨシリンに会ってきたキュウ。

……これが打ち合わせという名の肉体接待の入口だったとは、この時のあたしには想像できなかったキュウ。

◎打ち合わせとは名ばかりの俺物語

待ち合わせ場所に現れたヨシリンは、小林よしのりに激似で年齢不詳な男だったキュウ。小林よしのりは還暦超えてっけど、とりあえずヨシリンは50代よりは下っぽかったキュウ。

この男、打ち合わせとか言っておきながら自分の話ばっかりしやがるキュウ。

ヨシリン「とにかく面白い仲間と一緒にビッグな面白いことをやりたいです」
しQ「ハァ」
ヨシリン「人生を賭けて、この業界の流れを変えなきゃいけない」
しQ「ハァ?」

キュキュキュウ!?
こいつドトールの270円(税込)のブレンドコーヒーすすりながらビッグな夢を語り始めたキュウ。
気がつけば、俺の俺によるサブカル論を聞かされる会になっていたキュウ……はてなブログにでも書いてろよキュウ。

ヨシリン「僕のイベントを踏み台にして、しQちゃんにもっと有名になってほしい。サブカル界を盛り上げたいんです!」

余計なお世話キュウ! サブカル業界を盛り上げたいっつーか自分が盛り上がりたいだけだろ?
ヨシリンは聞いてないのに生い立ちまでペラペラ話し始めたキュウ。初対面なのに距離近すぎないかキュウ?
いわく、本業はニートで、親のすねを限界までかじりながら夢を追っているらしいキュウ。あっぱれな屑キュウ〜。
地に足ついてないヨシリンの言葉は根拠無くビッグで、どれも吉田豪のインタビューから引用したみたいなセリフだったキュウ。引用だけど気持ちはピュアなのが憎めなかったキュウ。

◎THE自己愛~自分と似たクズ男を好きになる病~

こういうヌルい生き方をしているサブカル糞野郎とはなるべく関わらないようにしているキュウ。なぜならあたしと似ているから……悲しいけれど気が合ってしまうからキュウ~~~~(><)
正直ね、あたしサブカル野郎のサブカル糞話を聞くのは嫌じゃないキュウ。
それは……
あたしこそがサブカル糞野郎だからキュウ!

ヨシリンの自分語りは聞いていて恥ずかしいけれど、中学時代の自分に似ているキュウ。
ヨシリン……あんたは昔のあたしキュウ。俺がお前でお前が俺キュウ。
あたしは自己愛が強いから自分に似ている男って無条件で好感持てちゃうキュウ~。
脳内補正がかかってきて、だんだんヨシリンがイケメンに見えてきてしまったキュウ、ダメッ、あたし、ソイツはサブカルクソ野郎キュウ~~~~~!!!

あたしの好感を敏感に察知したのか、ヨシリンは猛烈に押してきたキュウ。

こ、告ったと見せかけて堂々とノーギャラ宣言しやがったキュウ〜!
結局、この日はノーギャラ宣言をされたうえ、なんと……
帰り際にホテルに誘われたのキュウ……

おーん!!! こんなの枕営業ですらないキュウ~!
金を生み出さない底辺サブカル業界で枕営業をしてもただのノーギャラセックスだキュウ。
主催とセックスをしてライブに呼んでもらうとか、被写体とカメラマンはデキているとか、サブカル界に蔓延する枕営業およびノーギャラセックスの噂はよく聞くけど……まさか自分がこんな性搾取にあうなんて情けないキュウ。

わかってるキュウ。こんな扱いを受けるのはあたしに才能がないからキュウ。
性搾取 相手と自分は 同レベル。またはそれ以下だキュウ。
(あと、あたしの性的魅力があふれすぎてるからキュウ~♡ あたしって罪な子宮キュウ……)

で、も。
結局その日は「あっ、あの、あたしサブカルなんで、サブカルはっセックスとかしちゃうと堕落っていうか創作意欲がダメになっちゃうと思うんでっ、今日のところはッ、これで失礼しますキュウッ」とヨシリンの誘いを振り切って電車に乗ったキュウ。
あたし、そこで一発こなしちゃうほど、緩んだ子宮じゃないキュウ……。

◎しQの主張「サブカルはセックスするべからず」

あたし知ってるキュウ。
金にだらしない人間はセックスもだらしないキュウ~。

サブカルは金にだらしない業界だから、セックスもだらしない人間が多いキュウ。
金にだらしないとはどういうことか、キュウ?
湯水のように稼いだ金を使ってしまうとか、借りた金をパチンコに注ぎ込んで破産とかそういうことを言ってるんじゃないキュウ。サブカル業界には、人に要求をしておいて「ノーギャラで」と臆面もなく言ってくる奴が多いのキュウ……。

愛情をエサにしてメンヘラ系サブカル女を釣りにくるメンヘラ系サブカル男もたくさん生息しているキュウ。こいつらは特に悪質なヤリチンだキュウ。時には恋人、家族のような愛情をチラつかせて近づいてくる。無意識にやっているのがタチが悪いキュウ。お前ら、気をつけろキュウ。

何者かになりたくて何者にもなれなかったサブカル女であるあたしたちは、愛情に飢えているキュウ。そんな女の臭いを嗅ぎ付けるハイエナのようなヤリチンの巣窟……それがサブカル界キュウ。地獄キュウ~!

ヨシリンは才能がない空っぽの男だった。
何者かになりたい男と何者なのかわからないあたしはどこか似ていて、割れ鍋に綴じ蓋でお似合いキュウ。そんな2人だからこそ、セックスには向いていないキュウ。

しQは言いたい。
「サブカルはセックスするべからず」

サブカルとは「何者かになりたい者」だとあたしは定義するキュウ。
何者かになりたいけど何者にもなれないあたしたちが、自分の虚無を埋めるためにセックスしても、慰め合うだけのオナニーにしかならないキュウ。
自意識をこじらせすぎてセックスで傷付いてきたあたし。迂闊な「愛してあげる」の誘惑に乗ってセックスをしたら、セックスに負けたことになるキュウ。自意識なんて無駄だと認めたことになるキュウ。それは自殺と同じだキュウ。まずはあたしが自分を愛せ!!!!

人間らしさを肉体ではなく、文化に求めたあたしがつかんだものがサブカルチャーだった。
学生時代を思い出してごらんなさい?
セックスが恐いからサブカルに走ったキュウ。
スポーツが苦手で特に球技が苦手だからサブカルに走ったキュウ。
セックスは野球だキュウ。もう一度言うキュウ、セックスは野球だキュウ。
セックスはバット(肉棒)とボール(金玉)ミット(まんこ)を使った野球だキュウ!!!

話が飛躍しすぎたけど、サブカルはセックスに向いていないと、しQちゃんはここではっきり宣言したいキュウ。
(あと噂が広まりやすい小さな世界だから同業者との無駄セックスはしないに限るキュウ~)

そんな主張を胸に秘めて!!!!!!

サブカルの巣窟「AOMORI ROCK FESTIVAL’15〜夏の魔物〜」に参戦決定キュウ!

2015年9月12日(土)<雨天決行>
青森県東津軽群平内町夜越山スキー場
物販ブースと肉体接待やるキュウ! 新グッズ用意して待ってるキュウ。

“セックス=人間学あるいは生物学上必要な処理”としか思わない私は変ですか?

●聖(19)

こんにちはKENJIさん、いつもコラム読ませていただいてます。

悩みというほどではないですが、KENJIさんに相談したいと思い応募しました。私は、12歳の初体験から中学卒業までずっとセックスまみれというか、性交の世界に入り浸ってました。後悔はしていません。むしろ早くから知識や経験を培えて嬉しく思ってます。

ただ、高校入学した頃から一気にセックスに興味がなくなり、今では“セックス=人間学あるいは生物学上必要な処理”と考えるようになりました。現在は大学に通いながら幼い頃からの夢に向けて学力、体力作りに没頭し、暇な時間は読書と充実した日々を過ごしています。

以前KENJIさんも書かれていたと思うのですが、自分好みの顔の男は全て観葉植物だと思っています。なので恋というものもしませんし、昔から祖父母や近親、仲の良い友達が亡くなっても、泣いたり、悲しいと思ったことはありません。薄情なんでしょうか? 稀にセックスしたくなっても、夜はなるべく勉強して早く寝たいので“一夜限りの関係”ならぬ“一昼限りの関係”もざらです。いや、ほぼそれです。

最近父の経営する会社で取引の勉強をさせてもらっているのですが、年齢を聞かれる機会が増え、自分はまだ19歳だったんだと気付きました。小学校からの友人は私を変質者扱いするのですが、最近私も同年代の人と比べたら変人なのかなと思います。KENJIさんに私はどう映っていますか? すごくサラダボウル的な内容になってしまいましたが、経験豊富なKENJIさんの意見が聞けたら嬉しいです。よろしくお願いします。

―――

聖さん
ごきげんよう。汚ブス研究家のKENJIよ。

アタシのコラムなんて読まなくていいから、読書を続けなさい!!!!
アタシにアナタがどう映っているかって?
「知らないわよ!!」

率直な印象は、ちょっぴりおませなお嬢様。
ついでに、クソ真面目なところが鼻につくってところかしら。

「サラダボール的な内容」ですって?
まだまだね。
アタシからしてみれば、ちゃんこ鍋ぐらいのボリュームがないと張合いがないわ。
そんなアナタには……

早速KENJI美ンタ!! ビターーーーーーーーーーーーーン!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
「健康的なのはいいこと! ただ、上から目線になってはダメよ!!!」

12歳から性の世界に飛び込んで、いろんな体験をしたり見てきたと思うわ。
それでいて、今ではお父様の会社で取引の勉強までさせていただいているなんて……
恵まれすぎよ!
でもね、
そんなアナタは知らず知らずに、どんどん鼻が上向きになってしまい、人を見下すようになってしまうの。
同世代の人たちにとっては接しづらいのではないかしら?

アナタはね、とても賢いと思うの。
ただ、その賢さで失ってしまったものがあると思うわ。
そんなアナタにはこれよ!

KENJI美タミン注入〜!
「人の気持ちを理解する余裕を持つこと」

「パンがなければ、お菓子を食べればいい」なんてマリー・アントワネットのような発言をしていないかしら?
パンを買うお金のない人は、お菓子を買うお金もないことはわかる?
つまり、裕福が故に大切なモノを見落としてしまうこともあるの。
裕福な人って涼しい顔して、反感まで買ってしまうのね。
そんなアナタに逆に質問を投げかけるわ。

「自尊心って何だと思う?」

人によってさまざまな回答が出てきそうですが、
アタシは、「相手の気持ちをわかろうとする心を持つこと」だと思います。
困っている人がいれば、なぜ困っているのか考えてから手を差し伸べる。
この心がけや考え方って、人としてすごく必要なことではないかしら。
アナタは、自分よりも知識や経験の少ない人たちのことを深く考えたことはある?
アナタは、残念ながら変質者ではなく、幼い頃からいろんな経験を積みすぎた代償として、“内面ババ子”なだけよ!
たとえアナタがいろんなことを知っていたとしても、すべてを知っているわけではないわ。
アナタよりも知らないからこそ、賢くないからこそ浮かぶ発想もあるの。

何より気になるのは「悩みというほどではないですが」という言葉。
自分に自信を持つのはいいことだけど、「なぜ私に相談したいと思ったのか」考えなさい。
アタシは、少なからず悩んでなければココに投稿なさらないと思うわ~。

KENJI拝

■KENJI/年間400回以上の女子会をプロデュースし、内面汚(お)ブスの本音を炙り出す。おネエキャラでテレビ、雑誌、イベントMCなど多数活躍!高校、大学ではマナー講師も。FBS『クロ女子白書』(深夜0:54)レギュラー出演中/著書『女子会のお作法』(産学社)

ハリボテのようなリアリティと、理解されない「わたし」 加藤ミリヤ 『生まれたままの私を』

高校1年生でデビュー以降「女子高生のカリスマ」として語られ、西野カナとともに「『会いたい』系の旗手」、「ギャル演歌の代表」として人気を博している歌手、加藤ミリヤは小説家としての顔も持つ。2011年の処女小説『生まれたままの私を』を筆頭に、翌年には2作目『UGLY(アグリー)』、2014年には短編小説集『神様』(すべて幻冬舎)とコンスタントに作品を発表しているが、前回とりあげた鳥居みゆきの作品と同様に、ほとんど注目を浴びていないというのが実情だろう。

◎想像力で描かれたハリボテのリアリティ

『生まれたままの私を』の主人公は、女性のヌードを専門に描いている22歳の女性画家、ミクだ。この作品は基本的には彼女のサクセス・ストーリーとして読むことができる。幼少期から非凡、あるいは個性的と評価されてきたミクは、ギャラリーのオーナーから提案された個展がメディアに取り上げられ、一躍注目の若手アーティストの仲間入りをする。ファッション・デザイナーの彼氏ができ、女性ファッション誌から仕事を定期的にもらうようになる。冒頭、不眠症を抱え、母親の仕送りで暮らしていることを「カッコ悪い」と思うミクの姿は、葛藤を抱えつつも順調に成功の道を歩んでいく中で、あっという間に劇中から姿を消してしまう。

とにかく驚くほどトントン拍子に話が進む。芸術家を描く小説ならば「産みの苦しみ」が主題になっても良いはずだ。しかし、そうした展開は一切ないし、そもそも画家が主人公なのに、その制作過程の現実性の乏しさが目立つ。コンクールに出品する作品でさえ、ミクは新宿駅前で家出少女に「ヌード・モデルをやってほしい」と声をかけて自宅に連れて帰り、モデルの裸を前にしてたった3時間で書き上げてしまう。しかも、その絵で入賞までしてしまう(絵の具を乾かす時間などを現実的に考えれば、3時間で絵が完成することはありない)。

アートのマーケットや制度、あるいはアーティストの生活を知らないまま、作者が想像力だけで書いているに違いない、と勘ぐってしまうが、問題はそれだけではない。ミクがどんな絵を描いているかもまったくわからないのだ。どんな色の絵なのか、どんな特徴があるのか。どんな画材を使って、何号のカンバスに書いているのかも定かではない(もしかしたら、絵葉書のような大きさの絵だったのかもしれない)。そうした情報がまるごと欠けてしまっている。

なのにミクの絵は、作中では「素晴らしい」と絶賛されるのだから、読者としてはどうしていいのかわからなくなる。正直ここまで絵や美術についての描写がないがしろにされるのであれば、主人公は、画家である必要がまったくないのではなかろうか。例えば、パティシエでも良いし、渋谷にオフィスがあるIT系の会社員でも良い。なんならマクドナルドの店員でも良いんじゃないか。主人公がどんな職業のキャラクターであっても、これぐらいのサクセス・ストーリーは作り出せるだろう。

こうした欠陥を感じさせながら、その後2冊も本が出せているのだから、固定ファンのマーケットが存在して、商売として成り立っていることがうかがえる。彼女の小説も、彼女の歌を主に聴いている、10代の若い女性に読まれているのかもしれない。それはかつて「ケータイ小説」を消費していた層と重なるセグメントだ。そうした読者は細かい設定などを気にしない、そもそも、それが現実的かどうかなんかわからないだろう(知らないから)。ミクが誘われて行った、ギョーカイ人が集うパーティーには、胡散臭い会話が繰り広げられ、騒がしい夜を過ごしている。「なんか、そういうのってドラマで観たことある。そういうのってありそう」と、読者の彼女たちにはそうして簡単にこのハリボテのようなリアリティを受け入れていってしまうのではないか。

◎ケータイ小説的で、しかしケータイ小説を超えたリアリティ

だが、評者がこの作品を完全に読み違えてしまっている可能性もある。ご都合主義的な成功物語は、メインの読者層にとってもどうでも良い話であり、主題は、ミクの感情の吐露だけにある、という別な読み方も考えられる。

ミクは子供の頃から、人と交わることが苦手で、絵を描くことだけを生きがいに生活している。単に「静かにひとりで暮らす孤独な芸術家」であれば害はない。しかし、殻の中に閉じこもった自分を「特別な存在」と思い、その特別さを理解できない他人を徹底的に見下す、というキャラクターとして造形されている。ミクは孤独が好きなわけではない。孤独に生きてきたが、本当は誰かに理解されたいという強い願望がある。

芸術家としての経済的な成功よりも彼女が求めていたのは、他人からの完全な理解、自分のすべてを受け入れてくれるような強烈な承認なのだ。その強烈さは帯に書かれている言葉からも汲み取れる。「もう、私なしで生きないで」

……とこれだけだったら、平板なキャラクターに過ぎないし、単なる「中二病的な小説」ということになってしまう。

しかし、その完全な自己承認をミクが手に入れることはない。徹底して彼女は幻滅し続けている。コンクールではたった一人の審査員の反対で一番になれず、お互いに理解者と思っていた同性愛者の少年は、ミクに話していたことがほとんど嘘だったという真実を残して(つまり彼女を裏切りながら)自殺する。

ハッピーエンドの作品ならば、最後に残った恋人がすべて受け入れてくれるだろう。しかし、ミクの恋人、レイは愛しているという言葉を頻繁に口にするものの、常に謎めいていて、一緒にいてもひとつになれない壁がある人物として描かれる。ここでもミクは完全な承認は得られない。しかし、彼女はレイを愛してしまっているから、別れることもできない。愛によってすら承認は得られず、孤独からも救われない。ミクはこの絶望に打ちひしがれながらも、諦念をもって人生を受け入れるところで物語は閉じられる。

安易なハッピーエンドを回避し、現実(ミクが求めるような自己承認による全能感などありえないことを、大人である評者は知っている)を突きつけることで加藤ミリヤはケータイ小説を超えている。もっともそれがメインの読者に理解されるのかどうかはよくわからない。すごい部分が読まれないまま、消費されているのだとしたら、面白い状況ではあるんだが。

■カエターノ・武野・コインブラ/80年代生まれ。福島県出身のライター。