自分の価値観無しに恋愛しても幸せになんてなれない。自分はどうありたいか、他者とどう関わるかを説く新しい恋愛・生き方指南

◎そこに“自分”はあるの?

「実は私、離婚したんだよね」久しぶりに会った友人からの突然の報告。

 30にもなると、周りで離婚するカップルがちらほら出てくる。私は離婚自体にネガティブなイメージはあまりない。もちろん、おめでたいことではないけれど、上手くいかなかった関係を清算して次の道へ進もうという積極的な行為であって、そこに踏み切った彼・彼女らを応援したいと思う。なんなら自分だっていつ同じことになるか分からない。

 とはいえ、離婚は結婚の倍の労力が必要だと聞く。そんな大変な思いをした後だ、「あの人と結婚したのが間違いだったのかなぁ」と愚痴を言いたくなるのも当然の心理なんだろう。でもたまに「えっ」と思うケースに遭遇する。結婚生活が上手くいかなかった理由を周りのせいにするのだ。「親がすすめたから」「紹介してくれた人が『いい人だよ』っていったから」「結婚をせっつかれて焦っていた時にちょうど付き合ってたのが彼だったから『まいっか』と思って」……まるで「親が悪い」「焦らせた周りが悪い」とでも言いたげな口ぶりだった。

 いやいや、今は2016年だよ。戦前じゃあるまいし、別れることになったとはいえ、よっぽどの事情がない限り、一度は「この人を伴侶に」と最終的に決めたのは自分だ。そこに自分の価値判断は存在しないのか?

 結婚に限らず、何かを選択・判断するには基準が必要だ。もちろんそれは理路整然とプレゼンテーションできるようなロジカルなものから、「肌に合う」「しっくりくる」といった直感的なものまで様々だろう。ただ、「幸せだ」と思える決断を下すためには、“自分で”その基準を持っておくことが重要だ。そうすれば、良い方向に物事が進めば自信を深められ、たとえ結果として良くない方向に進んでしまっても、それを自分事として受け止めて、決断の際の基準を省みることが出来る。次の判断は、より「幸せ」へとつながりやすいはずだ。

 じゃあ、この判断の基準をどう定めていけばいいんだろう。基準は自分の価値観から派生する。

◎『仕事ができて、小金もある。でも、恋愛だけは土俵にすら上がれてないんだ、私は。』(ワニブックス)

 自分の価値観をどう醸成させていくかについて恋愛を通じて指南しているのが、2月26日に発売された『仕事ができて、小金もある。でも、恋愛だけは土俵にすら上がれてないんだ、私は。』(ワニブックス)だ。著者の桐谷ヨウさんは、恋愛に悩む人へのブログが大ヒットし、コラムニストとして多くの恋愛系Webメディアで連載を持たれている。そんな恋愛指南のプロ桐谷氏のデビュー作は当然、恋愛エッセイだ。ちなみに表紙に書かれている肩書は『天才恋愛コラムニスト』……自分の肩書に「天才」とつけるケースを、私は『スラムダンク』(ジャンプ・コミックス)の桜木花道以外、知らない。

 内容の話に戻ろう。恋愛エッセイである以上、もちろん恋愛の話が大半を占める。男性目線で男の本音を語り、恋愛のイロハを入門編から分かりやすく解説し、応用編へと展開する。結婚を含む長期のパートナーシップについても丁寧に言及している。著者が長年書いてきたノウハウが詰まっていて、恋愛に悩む女性にとっては学ぶところの沢山ある、うってつけの一冊といえるだろう。

 しかし、この本の真髄はそこではない。

◎自己の価値観の確立と、恋愛における女性像の転換

 この本は、恋愛指南本であり、自己啓発本だ。あくまでも恋愛を切り口にしながらも、表面的なモテやくだらないテクニック論には価値を置かず、“自分の価値観をいかにしっかりと見定め、それにあったパートナーとの関係を築くか”に主眼を置いている。そしてかなりのページ数をさいて、その自分の価値観をどう見定めていくかについて指南する。自分と対峙するための様々なアプローチが紹介されているので、一気にではなくても一つずつ実践していければ、今までボンヤリしていた自分の内面をより正確に認識できるかもしれない。

 この発見が活きるのは、恋愛シーンのみに限られないだろう。家族、友人や同僚との人間関係はもちろんのこと、どこに住みたいか、どんな仕事がしたいか、とどのつまり「どう生きたいか」をクリアにすることにつながる。この軸が(変化することはあれど)見つかれば、そこから派生する一つ一つの判断が、より自分の“幸せ”や“心地よさ”に直結しやすくなるんじゃないだろうか。

 先ほど述べた“自分の価値観をいかにしっかりと見定め、それにあったパートナーとの関係を築くか”という命題は、自分との対峙以外にも大きな意味を持つと私は感じる。これまで巷に溢れていた恋愛本は、“どうやっていい男に選ばれる女になるか”に主眼が置かれたものが多かった。しかし、上記の命題は、従来の“選ばれる女”から、“自分の価値観をもとに主体的に相手を選び、パートナーシップを築く女”への転換をはかっている。もちろん相手にも選ばれなければ双方向の人間関係は成立しないけれど、「選ばれる女になるために合わせよ、演じよ」という受動的側面よりも「どう選ぶか」の主体的・能動的側面に力点を置いている点で、これまでの恋愛本とは一線を画する印象だ。

 繰り返しになるが今は2016年だ。着飾って待っていれば王子様が白馬に乗ってやってきて幸せにしてくれるなんてことは99.999%ない。女性も意志と価値観を持って、自分の手と足で幸せを築いていく時代だ。

 いま、ちょうど大学生の就職活動の時期である。もし自己分析も企業研究もせず、肩書やイメージや周りのすすめでなんとなくエントリーシートを出し、面接はマニュアル本完全コピーで乗り切って、内定が出たからそこに就職する――そんなスタンスの就活をしたら、実りある社会人生活を送れる可能性は低い。よっぽど運よく相性の良い企業に入るか、「ここで頑張る」と覚悟を決めていない限り、「転職したい……」となるだろう。恋愛だって同じこと。「なんか違う」と思う恋愛を繰り返しているのなら、果たして自分は能動的・主体的に相手を選んできたか、それは自分と相手をよく知ったうえでの選択だったかを振り返ってみるべきだ。

◎他者と関わる大前提とは?

 さて、ここまでは自分の価値観を見定めること、そして主体的に相手を選ぶ重要性について述べてきた。さきほどちらっと触れたとおり、恋愛は双方向の感情があってこそ成り立つ行為。相手と向き合うこと抜きには語れない。ここで、「どう他者と関わっていくか」が問題になる。この点に関して本書のスタンスは終始一貫している。恋愛関係に限らず、すべての人間関係において、『しょせんは他人だから分かりっこない』(p26)と認め、ただしそれを前提に『”それでも分かりあおうとする努力”をお互い続けること』(p26-27)が幸せな人間関係を達成する鍵である、と。

 実際、自分の思うように相手を変えようとするのは勝手なわがままであり、甘えだ。最近の社会のキーワードであるダイバーシティ(多様性)も、まずは、自分は自分、他人は他人としっかり認識して、たとえ他人について理解や共感ができなくても尊重することが第一歩だ。

 本書では“自分を知る”段階と同様、他者と関わることについても様々な視点からヒントを提示している。読んで得た発見を、ぜひそれぞれのやり方で取り入れてみてほしい。

◎さまざまなスタンスの女性が、“自分”“他者との関わり”を考えるきっかけに

 恋愛指南書としても自己啓発本としても示唆にとんだ本書。自分自身との対峙や他者との関わりについて興味・関心の強い人は、自分の考えと照らし合わせながら存分に楽しめるだろう。逆に、これまであまりそういうことについて考えてこなかった、考えているのにうまくいかなかったという人にとっては、もしかすると書いてあることがピンと来ないかもしれない。だからこそこの本はチャンスだ。ピンとこない内容もあるかもしれないけれど、ピンとこないのは、裏を返せば吸収するものが沢山あるということ。もし今以上に、他者との心地よい関係や、自分の価値観に合う恋愛を望むなら、出来ることから一つずつチャレンジしてみるのはどうだろう。

 また、読者によっては賛同できない箇所も出てくると思う。私も、「うーん、ここはどうだろう」と首をかしげたところがあった。人の考え方なんてバラバラなので、それは当然のこと。でもその違和感も、自分の考えの輪郭をクリアにする一助になる。本書に限らず何か違和感を覚えることに遭遇したとき、「私はなぜこれに賛同できないんだろう」と自問自答することは有益な作業だ。

 私は、恋愛至上主義者ではない。結婚もそう。どちらも「したい人が、したいときに、したい相手とすればいい」と思っている。そんな調子なので、恋愛や結婚への強迫観念や焦燥感をあおるような本は好きじゃない。でもこの本は興味深く読めた。「恋愛本」の枠にはおさまらない新しいジャンルの自己啓発本として、未婚・既婚を問わず女性が長く愛読できる1冊だと思う。

 最後に。余談だが、この本の各章の終りには、偉人たちの名言が引用されている。初めて読んだとき私は『恋のから騒ぎ』(日本テレビ系)を思い出した。かつて明石家さんまさんが司会をされた人気番組だ。後日聞いた話によると、桐谷さんご自身も『恋から』を意識されたらしい。やはり。いつか、『桐谷ヨウの恋のから騒ぎ』を観てみたい。弁舌さわやかな桐谷さんのことだ、きっと個性の強い女性たちのトークに、ビシビシ愛あふれるツッコミをいれてくれるだろう(もう10歳若かったら出たかったなぁ)。
(吉原由梨)

情緒のやばい男も強靭メンタル男も入り乱れ! 出会いの宝庫・銀座コリドー街周辺のナンパ事情

みなさんこんにちは、みほたんです。前回、銀座のナンパスポットに繰り出しましたが、人が多すぎて好みの人とも話せず疲弊しきって逃げ出しました。今回はその後のお話です。

銀座には300BARのようなナンパに強いお店も多いですが、女の子2人だと道をただ歩いているだけでも声をかけられやすいです。有名なのは“コリドー街”ですよね。Mちゃんも「今日はまだ付き合いますよ」と言ってくれていることですし、せっかくなので行ってきました!

とはいえ、私は普段キラキラ女子の友達に連れられて歩いているので、人を案内しながら闊歩できるほどコリドー慣れしておりません。

「本当に歩いているだけで声をかけられるのか?」
「よく考えたらけっこう今日ダサい格好してるし……」
「コリドー街ってどこまで? てか端まで行って何もなかったらUターンしてくるの恥ずかしくね?」

と内心のそわそわを隠しきれず、がっつりキョロキョロしながら歩き出しました。歩き進めるにつれて「これは取れ高ゼロの可能性あり!」と本格的に心配になり、ますます目がギンギンに。前から男性2人組が歩いてくるたびにヤバいオーラを出していたと思います。はい。案の定心配は的中。何事もなくスムーズに駅の近くに着いてしまい、メンタル弱めの私たちは早々に目標をチェンジ。

「よし、相席屋行こうぜ」

ちょうど相席屋のコリドー店が2月にオープンしたと知り、ダッシュで向かいました。が!満席! 女性15組待ち! 今日の良縁探し活動も終わりか……と、とぼとぼ来た道を帰っている時に前方から来た男性2人組に「相席屋入れなかったの?」と声をかけられました。

【今日の取れ高】

1組目
彼らも相席屋へ行こうとしていたらしく、「入れないなら別の店で一緒に飲もうよ!」ということに。でも、かなり酔っ払っているように見えたので悩んでいると、「じゃあジャンケンで俺が勝ったら行こう!」と言われ、一応勝負してみると後出しジャンケン……。もちろん負けて居酒屋へ行くことが決定。かなり強引でしたが「何事も経験だ……このまま帰っては原稿にならないぞ!」と自分を奮い立たせて気持ちを切り替えました。

九州出身の同級生だという2人は、そのはしゃぎっぷりも見た目も大学生かと思いましたが社会人とのこと(疑)。かなりノリの良い男の子たちだったので会話も弾んでいたのですが、だんだん私の隣に座っていた男の子の様子がおかしくなっていき……。私の椅子をガンガンに蹴り始めて「おい! なんで付いてきたんだよ!」と突然のドSっぷりを発揮。情緒がやべぇ。

会話にならなくなってきたし、またブチ切れられたら恐ろしいので、退散することにしました。最後に連絡先を聞かれたので改めて名前を聞いてみると「坂本龍馬」と名乗られ、そこでもまた一苦労。煩わしさもやべぇ。「とりあえずもう出ますね! ごちそうさまです!」と逃げ出しました。椅子を蹴られても一緒にいたいと思えるほどMじゃありません。

2組目
「今日はろくな目に合わなさそうだし退散しよう」と駅に向かっている時に後ろから声をかけられました。飲みに行こうと声をかけられたものの、もう終電まで1時間を切っていたのでお断りしました。「そうなんだ、ごめんね〜」と言われ、しばらく歩きながらお話することに。結構イケメンだったし、断った上での丁寧な対応……あ〜もう最初からお兄さんたちに出会いたかったです! これはもう引きというか運というか見極めというか。来るもの拒まず何でもホイホイ付いていくから、罵声を浴びせられながら椅子を蹴られることになるんだ。

3組目
コリドー街を離れて駅に向かうまでの間に道案内をしてくれた2人。「いくつ?」「どこに住んでるの?」「休みの日とかは何してるの〜?」と適当な会話をして10分ほど歩きました。終電間際だったからか、案内してくれた地下鉄の入口がことごとく閉まっていて結構歩きましたが、無事送り届けてくれたので感謝です。ちゃっかり連絡先を交換し、その日からものすごいこまめにLINEを送ってくれますが、顔が思い出せません。

エクストラステージ
Mちゃんと別れ、完全にナンパ待ちスイッチを切ったところでエクストラステージ発生。ピン男性に声をかけられました。しかし、私はもう気力も体力もゼロ。終電までの時間は10分。

男「もう一軒行こうよ」
私「行きません」
男「奢るから」
私「もう終電なんで」
男「うち来たらいいよ。もしくは一緒に帰ろ」
私「無理です」

と、かなり冷たい対応をしているのに駅のホームまで付いてくる男性。逆に興味が湧いてきて、仕事や趣味など終電が来るまでの数分でわーっと質問をして、最終的には連絡先を交換。とりあえず今度ご飯行くかも……という運びになりました。別にタイプだったとか、面白かったとかではなく、無茶苦茶トゲトゲしい態度を取り続ける私に対して、ちゃんと会話をしようとしてくれた姿勢に尊敬というか、「この人のエネルギーは何なんだ?」と興味が湧いたんですよね。

◎銀座ナンパまとめ

出会った方々はこんな感じだったのですが、コリドーナンパで勉強になったテクニックを何点か。

・深追いしない

多分彼らの目的は“とりあえず連絡先をゲットすること”。その場でしつこく迫るのではなく、次に繋げるんですよ。当日の印象は悪くならないので、その後のLINEのやりとりとかで加点をゲットしていくんだろうな。

・自分が「どこで会った誰か」わかるようにする

これは最後に会った人がやっていて思わずうなりました。LINEを交換した時に、「どこどこで会ったこんな奴です」って目の前でLINEを送るんですよ。これ、送った側もトーク履歴を見たらどこで出会った子かわかるし、めっちゃ効率的!

・連絡先交換後もマメに連絡

まず解散後、そして次の日、さらに一週間後とリマインドにつぐリマインド。返信していなくてもメルマガのように連絡が来ます。

・紳士的かつ情熱的に

まったく誘いに乗らなくても「気をつけて帰ってね」「喋ってくれてありがとう」などの言葉をかけられます。みんなすごいメンタルが強い! 声をかけて、無視されても御礼して、また声かけて……このルーティーンを一晩に何回も繰り返すなんて本当にすごい。そしてやたらと褒めまくってくれる。「はいはい、ナンパテクニックね」とはわかっていながらも、悪い気はしませんよね。

私たちの反省点は、はなから終電で帰ると決めていたことです。おかげでチャンスを潰しまくりました。そりゃ「タクシー代出すから!」みたいなスマートハイスペ男性に出会えたら話は別ですが、「絶対帰る!」という気持ちで行っては出会える人とも出会えません!

ちなみに、帰りの電車の中で「坂本龍馬」から「九段下きて、飲もう!」という連絡が来ました。しかも「タクシー代出すから!」と。いや、さっき突然ブチ切れた人が何スマートになってんの!? 今更だわ! ナンパにとって“タイミング”って本当に大事だなと痛感しました。そもそもベロベロに酔っ払ってる時点で論外ということで、「坂本龍馬」さんの誘いは丁重にお断りしました。

一晩で多くの良い例と悪い例を見た銀座の夜。この出会いの行末はまだわかりませんが、何か動きがあったらお知らせしますね!

■みほたん/自分の恋にはとびっきり不器用な自称恋愛マスター。 これまで恋愛についてあれこれネット上に書き散らかし気付けばアラサーになっていた。趣味はネットサーフィン、特技はネットストーキング。 メンバーそれぞれが難点を持つアイドルOTAFUKUガールズの貧乏担当としても活動中なので、そろそろ玉の輿永久就職をきめるべく日々出会いを探している。

「女性の活躍」に必要なのは、男女不平等の是正よりも新陳代謝と世代交代

前回までで、女性の昇進、昇給差別、「女性の仕事」と括られている職種の扱いなど、幅広い問題に疑問を投げかけながら、ざっくりと私の考える女性の労働問題について触れてきました。

今回は、ちょっと男性を擁護してみたいと思います。

これから女性管理職の数は少しずつでも増えていくかもしれませんが、「上げ底」などという批判をされないように頑張ろうというプレッシャーや気負いなど、男性管理職であれば感じずに済む問題も出てくるのではないかと思います。

こうした状況は、どんなに男性上司が「これからは女性も活躍するべきだ」とサポートしようとしていても、そして女性がどんなに頑張っても、個々の努力や思いだけではなかなか変えることができません。

◎管理職・役員職に女性がいない

役員や管理職に女性がいないのは、そもそも年功序列の風土が残る日本企業で、勤続年数が役員レベルまで到達する女性の数が圧倒的に少ないことが最大の原因です。

1972年に公布・施行された勤労婦人福祉法を改正し、1986年に施行された「男女雇用機会均等法」は、今年で30年を迎えます。1975年の国際婦人年、1976年の国連女子差別撤廃条約の裁決など、1970年代は世界的に男女の不平等を改正しようとする動きが生まれた時期でもあり、1980年代に入ると、様々な分野に女性も進出していくようになります。

日本でも、均等法施行により企業は幹部候補である総合職にも女性を受け入れるようになりました。この時期に総合職に就いた、いわゆる第一期総合職女性がその企業に残っていれば、現在五十代前半。ちょうど役員に任命され始める年齢です。しかし、共同通信が大手28社に対して行った調査によれば、昨年10月時点で女性総合職第1期の80%が退社しています。つまり、ほとんどの第一期女性総合職が役員になっていない。年功序列の日本企業で、管理職・役員職の年齢層に達する社員の中に、女性の絶対数が少なすぎることがわかります。

◎絶対数が少ないゆえ、女性の働きやすさを考える理由がなかった

そもそも、女性には総合職になれる人材が少なかったのでしょうか?

大卒が総合職入職条件だと考えて、まずは女子卒業者数の推移を調べようと思ったのですが、卒業者の男女比率はウェブ上で詳細な数値が公開されていませんでした。そこで今回は代わりに、大学在籍者数を見てみたいと思います。

【グラフはmessyで!】

戦後、順調に差が縮まってきたとはいえ、均等法が施行された1986年はまだまだ男女で大きな差が開いています。この当時総合職として就職した大卒女性たちは、まさにエリート中のエリートだったはずです。そんな選ばれし女性たちの8割がこの30年の間に離職してしまったのはなぜでしょうか。

均等法が施行された当時、男女が同じように高い教育を受ける」「男女が同じように働く」ということを想定している人は少なく、「男性と同じように働く」ことに門戸が開かれても、そこに入っていく女性はまだまだマイノリティでした。また、総合職として入職しても、受け入れる側の男性が女性総合職と補助的な仕事をする女性の差を意識していたでしょうか? 何よりも、数が少ないマイノリティの都合(セクハラ、産休、育休など)を考える理由など、マジョリティ側にはありません。男性が中心の企業側には彼女たちを受け入れる体制がなかったのです。

しかし初回で書いたように、現在では女性の勤続年数は長期化しており、雇用者のうち女性の平均年齢40.0歳/平均勤続年数8.9年、男性の平均年齢42.5歳/平均勤続年数13.2年と、今や男女の会社在籍年数に大きな差はありません。雇用の流動化により、男性も一社で長期勤続する時代ではなくなっています。リクルートが実施するワーキングパーソン調査によれば、20代、30代に至っては過半数が転職経験者、しかもいずれの世代でも男性の方が転職経験率は高いのです。「女性は結婚・出産でやめる」というより「男女とも20,30代で過半数がやめる」のです。

◎課題は女性登用よりも、若年者登用

一方、正規雇用者数の数には未だに男女で大きな開きがあります。

【グラフはmessyで!】

JILPTのレポートによれば、1980年代と比較して、平均勤続年数と所定内給与の男女差はいずれも10%程度縮まりましたが、男性を100%としたときにはいずれも60%強の水準にとどまり、いまだに大きな差が開いています。

大学卒業者の男女差は縮まっているのに、「働く」ことについては差が縮まらないのはなぜなのでしょうか。

均等法施行当時、企業は学歴を使って一般職のみの採用を行うなど事実上の女性差別をしていました。また、総合職として採用された女性にとっても、セクハラ、昇進や賃金の差別、長時間労働文化、家事育児を分担できない夫、保育園不足など、家でも会社でも様々な足かせにより、長く働き続けられる状況ではなかったはずです。

第一期総合職女性が80%も退社しているのはそうした状況から導かれたものと推測されますが、人々の意識は変わりつつあります。イクメン、バリキャリという言葉が普及する程度には「男女が同じ条件で同じように働き、生活する」ことも珍しい光景ではなくなってきています。

一方、現実として管理職・役員の年齢層の女性が非常に少ないので、これから数年で女性管理職の数を劇的に増やそうと思ったら、若い人を登用するしかありません。こう考えていくと、女性登用が可能かどうかよりも、年功序列の日本企業で若い人の登用が可能なのかどうかという方が、課題設定としては適切でしょう。

◎社会的正義よりも、社会全体の新陳代謝を

当然のことですが、企業はボランティアや社会正義のためではなく、利益を上げるために動きます。顧客企業にしてみれば当然のことながら実績のある人と仕事をしたい。そして、仕事を引き受けている側は、顧客満足度を上げるためにも、確実に成果を出すためにも、やはり実績のある人をアサインしたいでしょう。

男性上司が「女性にも活躍してほしい」と思っていても、経験のある人に任せることで確実に案件を成功させたいと思えば、結果的に層の厚い年次が上の男性をアサインすることになります。つまり、年功序列だけではなく実力主義だとしても、「実績や経験のある人」を中心に仕事を回そうとすると、層の厚い年次が上の男性に仕事が偏っていきます。40代以上の総合職女性の絶対数が少なく、該当する女性が圧倒的に足りないからです。

つまり、この「経験値の問題」は女性だけの話ではなく、若い男性にも言えることなのです。

高度成長期は労働人口に占める若者の数が多く、会社の中でも未経験の若者の占める数が多かったため、誰にも経験を積む機会が与えられていました。ところが、労働者の平均年齢は年々上がり続け、今はわざわざ若い人にチャレンジさせるようなリスクを犯さずとも、ある程度経験のある中高年男性だけで仕事を回せてしまいます。

すでに経験のある人にさらに仕事や成長機会が集まる環境では、若い人の成長機会が限られます。年功序列システムの下では、今の30代が50代になったとき、今の50代よりも仕事の経験値が少ない可能性があります。

今、政府が推進している「女性活躍推進」は、女性を活躍させる点に注目が集まりますが、男女不平等の是正という社会正義的な観点よりも、「日本企業に人材登用におけるリスクテイクを促し、経営の活性化を促す」こと、そのことにより社会全体の新陳代謝が促されるかもしれない可能性にもっと注目が集まるべきです。

今、日本企業の女性役員比率は1.2%で、先進国の中ではダントツの低さですが、内閣府は2020年までにこれを30%にすることを目標にしています。この数値の実現可能性はさておき、女性管理職・経営者を増やそうと考えるのなら、短期的には若い女性を中心に採用数を増やし、彼女たちに積極的にチャンスを与えていくこと、長期的には役員・管理職に入っていく年齢を下げ、実力よりもポテンシャルを重視する登用が必要です。

女性管理職・役員比率をあげるという施策は、人材の若返りを通じて、日本企業の競争力や永続性を高める試みと言えるでしょう。女性管理職・役員の数を増やす試みは、高齢化が進み、社員の平均年齢も上がっている中で、経験値の少ない層の挑戦環境を整え、人材の新陳代謝と世代交代を促すことになるのではないかと、私は少なからぬ期待を持っています。

(参考)
内閣府男女共同参画局 「2020年30%」の目標の実現に向けて
日本労働組合総連合会 労働力構成(元データは賃金構造基本統計調査)
共同通信『2016/1/23 女性総合職1期の80%退社 雇用均等法30年、定着遠く』
浅尾 裕、2009、『男女間賃金格差問題読本―「説明されるべきもの」から「女性従業員の活躍度を示す指標」へ』独立行政法人労働政策研究・研修機構
リクルート『ワーキングパーソン調査2014』

世界から男性が消滅する? 生物学からみた「男らしさ」「女らしさ」/『男の弱まり』黒岩麻里氏インタビュー

生物学的に男性を男性たらしめている「Y染色体」。実は、そんな男性のY染色体が、現在も退化し続けている――黒岩麻里先生の『男の弱まり』(ポプラ新書)は、そんな事実を研究者の視点から科学的に教えてくれる一冊です。

Y染色体はどのように働いているのか? 草食男子や塩顔ブームはY染色体の弱まりに何か関係があるのか? 性差に関するさまざまな言説の真偽とは? 著者の黒岩先生にメールインタビューを行いました。

―― まず初めに、基本的なことからお伺いしていきます。『男の弱まり』では、Y染色体の「退化」という現象について詳しく書かれていますが、X染色体・Y染色体はどのような働きを持っているのでしょうか。

黒岩 X染色体は、本数は違えど男女共通で持っている染色体です。なので、性を決める役割はありません。X染色体には1000個以上の遺伝子が存在し、これらは私たちが生命活動を維持する上で働いていると考えられています。一方、Y染色体には男性を決定する遺伝子が存在しています。つまり、Y染色体がなければ男性にはなれないわけです。また、性決定遺伝子以外にも、精子をつくるために遺伝子が存在しているため、Y染色体は男性のために働いています。

―― いわば「男性を作っている」Y染色体。それが弱まっていると、どういった問題が起きるのでしょうか?

黒岩 よく知られているのは、精子形成がうまく進まず、無精子症あるいは乏精子症を引き起こすことによる、男性不妊ですね。男性不妊患者の7%前後がY染色体の構造異常が見られるという調査が出ています。また、こうしてY染色体が弱まり続けていくと、いつかはY染色体が消滅し、男性が生まれなくなるのではという仮説を唱える研究者もいます。

―― つまり、男性が消滅する……SFの世界のようですね、

黒岩 もちろんそれは今すぐではなく、人類が急いで対策を講じなければいけないものではありません。500万年~600万年後のことだというシミュレーションの報告が出ています。

―― 本書では、Y染色体がなくなった動物でもY染色体の代わりになる性染色体を手に入れ、オスが生まれている例があるとも紹介されています。ヒトもそのようになる可能性はあるでしょうか?

黒岩 Y染色体を失ったトゲネズミという動物についての例ですね。トゲネズミとヒトは違う種なので、ヒトにも同じ現象がおこるとは限りません。ですが、可能性としてはゼロではないと思います。Y染色体を失う過程は、おそらく限られたものなので、もしヒトのY染色体がとうとう消滅してしまう時は、トゲネズミと同じ現象が起きるのではないかな、と個人的には思っています。

―― ちなみに、本書を読んでいるタイミングで「オスのY染色体は生殖に必要ではない」という記事が話題になり、とても面白かったです。こちらについて少し詳しく教えていただけるでしょうか。

黒岩 この記事に紹介されている研究はよく知っています。実はこの論文中に、私たちの研究が引用されています。遺伝子導入という実験操作、また生殖補助技術を利用すれば、Y染色体がなくてもオスが産まれ子孫を残せるということを示したものです。これは自然な状態ではなく、あくまでも最新の技術を駆使すれば可能、ということで、人間にそのまま利用できるかはわからないという点に注意しなければなりません。ですが、Y染色体がなくても他の遺伝子の働きでオスが産まれるという可能性を示した点は、とても画期的な研究だと思います。

◎草食男子も塩顔男子も、Y染色体は関係ない

―― Y染色体が弱まる、「男が弱まる」と言うと、近年の「草食男子」を連想する人も多いと思います。ですが本書では、それは誤解だと書いてありますね。

黒岩 そうですね。科学的には、「草食男子」と「男性ホルモンの低下」ははっきり結びついていませんし、「男性の軟弱化」と「Y染色体の退化」は関係ないと断言できます。そもそも、Y染色体の退化は何百万年、何千万年もの時間スケールで起きていることなので、ここ数年~数十年という短い期間で、日本人男性だけに見られるというのは無理があるんです。

――渡哲也のような「男らしい顔」よりも、綾野剛のような「塩顔」の男性の方が増えてきているように見えたり、好まれてきているように見えるのは、何か関係があるのでしょうか?

黒岩 塩顔……私の時代は「しょうゆ顔」でしたが、いろいろあるものですね(笑)。生物学的に「塩顔」は「男らしい顔」にはなりません。生物学的な顔立ちの男らしさは、男性ホルモンにより作られますが、ステレオタイプな男らしさを指します。眉毛が太く、ヒゲが濃い、ホリが深い、などです。また顔立ちではないですが、低くて太い、男性らしい声も男性ホルモンにより作られます。また、男らしさからは離れますが、胎児期の男性ホルモンは、顔の対象性を良くすることが報告されています。通常、人の顔は左右でバランスが若干異なるのですが、胎児期に男性ホルモンを多く浴びた男性は、顔の左右対称性が良い(整っている)そうです。対象性=イケメン、とは限らないのかもしれませんが。

塩顔男子ブームは生物学的には説明はできません。私は専門外なのでわかりませんが、草食男子ブームのように、社会的には説明できるものかもしれませんね。

―― 一見それらしいつながりがあるようではあるけれど、実際はそうではないと。そういった誤解が世の中には多いように思います。

黒岩 「痛み」に対する性差も誤解されていますね。女性は出産するから「痛み」に強い、だとか、逆に男なんだから痛みに耐えて当たりまえ、と言われることがありますが……。

―― 「女性が感じている痛みを男性が体験したら気絶する」みたいな言葉も聞いたことがあります。

黒岩 ある程度の傾向があるという調査報告はあります。例えば、術後24時間経った患者さんに、手術後の痛みの感じ方を調査した研究があります(豪州グラーツ医科大学の研究グループ)。すると男性は、大きな手術を受けた後の痛みを訴える割合が高いのに対し、女性は検査や診断のためなどの小規模な手術で生じる小さな傷の痛みを訴える割合が高い、という結果がでています。つまり、男性はより強い痛みに苦痛を感じる傾向があり、一方女性は弱い痛みに敏感な傾向があるということです。また、女性は慢性的な痛みに強く、男性は痛みに対する恐怖心が大きい、といった傾向も知られています。

ですが、ひとくちに痛みと言っても様々な種類があり、その種類によって感受性やストレスの感じ方に男女差があります。単純に女性or男性だから強いor弱い、とは決められないのです。

◎生物学的な性、つくられた性

―― 「痛み」についてもそうですが、私たちは「男と女は生物学的に全く違う」ということを言われると、無批判に信じてしまいがちです。ですが本書は、生物学的に正しいとされていることと、生物学的には関係がない社会の中でつくられた性差を切り分けてくれています。

黒岩 前者を「生物学的な性」、後者を「つくられた性(社会的な性)」と本書では書いていますね。「生物学的な性」として、性差が現れやすい認知テストなどが知られています。例えば、男性に良い成績がでる認知テストには「空間回転テスト」(立体ブロックを回転させて同じ形のものを探す)、折り紙パンチテスト(紙を折り、パンチで穴をあけ、紙を開くと穴の位置はどうなるかを当てる)などです。これらの結果から、男性は女性よりも空間認知に優れている傾向があると言われています。

一方で女性が得意とされる認知テストには「知覚速度テスト」(いくつかの絵を見比べてそっくりなものを瞬時に見極める)、「観念化テスト」(ものの形にとらわれずに同じ色のものを列挙する)などがあります。このことから、女性は男性よりも知覚速度に優れ、多様なデザイン(文字、数字、絵など)を素早く比較する能力に優れている傾向があると考えられています。

――「つくられた性」や俗説であるのにもかかわらず、あたかも「生物学的な性」とする言説もまことしやかに広がっています。一番大きく長年取り上げられてきたものは「男性脳と女性脳」でしょうか。「実際は男女の脳に違いはない」という研究もあります。一般に「定説」と思われていたものが、ひっくり返されたように思えました。他にもそうした「覆された」例などはあるのでしょうか。

黒岩 社会行動学の分野にはなりますが、従来、男性ホルモンは暴力性を高める、といった通説がありました。殺人や性犯罪を犯した囚人の男性ホルモン値が一般男性よりも高い、衝動性や攻撃性が高まった時、男性ホルモン値が高くなる、といった報告が相次いだからです。しかし、最近の研究から、男性ホルモンは暴力性を高めるのではないことがわかってきています。

―― そうなんですか? たまに「男性はホルモンの影響で攻撃的になる」ということを言ったり、「暴力衝動を出すホルモンを抑えて生きているんだ」と語ったりする人を見ますが。

黒岩 多くの動物では、男性ホルモンが「攻撃性」を高めることが知られています。マウスは攻撃性が高い動物として知られていますが、成長し男性ホルモン分泌の上昇と共に攻撃性が増していきます。また、去勢すると攻撃性が途端に減り、さらに男性ホルモンを投与してやるとまた攻撃的になったりと、男性ホルモンの効果が顕著です。

ヒトにおいても、従来、「男性ホルモン」=「攻撃性」という図式が定着しており、定説となっていた時期もありました。男性ホルモンが興奮を高め、反社会的、利己的、また暴力的な行動を引き起こす働きをもつと考えられるようになっていたんです。実際に、スポーツ選手や、女性でも男性社会で活躍しているキャリアウーマンなどは、男性ホルモンの分泌量が高いとも言われていました。また、1995年、米国ジョージア州立大学のグループは、レイプや殺人、強盗などの罪をおかした692人の男性犯罪者について男性ホルモン量を測定したところ、大変高い値を示したと報告しています。同様に、87人の女性受刑者に対しても、男性ホルモン量が高かったという報告があります。

―― そういった報告を聞くと、ヒトについても男性ホルモンと攻撃性に相関性があるように見えます。

黒岩 しかしこれらの報告は、実は男性ホルモンが直接の原因となって罪を犯したというにはあまりにも根拠が薄いもので、異論も唱えられました。そして、2010年にドイツのチューリッヒ大学とイギリスのロンドン大学の研究グループは、男性ホルモンは「攻撃性」を誘発するのではなく、ヒトが社会的交流を築く上で、社会的な地位を求めるように働くのだと発表しました。アメリカではステロイドホルモン剤の服用により引き起こされた暴力が、法廷で正当防衛と認められたケースさえあります。誤った「定説」が、一部の行為を正当化してしまったこの例は、私たちが研究成果に対して慎重に評価をくださなければならないという教訓を与えてくれるものです。

◎なんでも鵜呑みにせず、「疑問を抱き知識を持つ」のが大事

―― 「生物学的な性」と「つくられた性」の言説が一緒くたにされ、広がってしまうことの問題点はなんでしょうか。

黒岩 広がってしまうのには、社会的また文化的な背景があると思います。男性的、女性的なイメージというものが社会でつくられてしまっており、科学的な根拠もないのにその型にはめて考えてしまうのが問題なのではないか と。

―― 根拠を確かめもせずに信じ込んでしまうことは、男女問わずあります。さまざまな「性」に関する言説を見たときに、「生物学的な性」と「つくられた性(社会的な性)」を見分けるポイントがありましたら教えていただけるでしょうか。

黒岩  ひとつに、なんでも鵜呑みにせず「本当にそうなのかな?」と疑問をもってもらうことです。また、生物学的な知識を持ってもらえれば、その判断もより柔軟になります。私の著書ももちろんオススメですが、生物学的な性に関する著書は多く出版されています。あまり身構えずに楽しみながら、こういった著書を利用して知識を身につけてもらえたらと思います。

―― なるほど。その知識を生かして、自分の性や相手の性と、よりうまく付き合っていきたいです。最後になりますが、黒岩先生は息子さんが二人いらっしゃいます。子育てをしているとき、生物学的な知識が育児の悩みを解決するのに役立ったことなどはあるでしょうか。

黒岩 行動学の分野では、女児よりも男児の方が活発で行動性が高い、と言われています。もちろん個性も大きいですが、男児により活発な傾向がみられています。私は二人の息子を育てていますが、彼らが幼かった時、とにかく活発でほとほと手を焼きました。最初は躾の問題も考えました。私の育て方が悪いのかと自分を責めることもあったのです。自分自身は二人姉妹で育っているので、活発がゆえに親に叱られるような経験がなかったからです。ですが、これはもって生まれた性差なのかな、と考えると気が楽になりました。もちろん、場面に応じて子どもをおとなしくさせることは重要な躾ですし、過度な活発性はその子がなんらかの障害をもっている可能性もありますので、見過ごすことはできませんけれども。

* * *

子育てのみならず、夫との関係性も、生物学的な知識にずいぶん助けられています。著書に書いたように、そもそも「男女は理解しあえない」ものなので(笑)、なぜ相手を理解できないのかを考える、すなわち夫の気持ちをできるだけ考える努力は怠らないようにしています。果たして理解できたかは別にして。
(聞き手・構成/青柳美帆子)

ピアスを開けてキラキラに♡女性器ピアスカタログ

人類が女性器に加えてきた、美白・脱毛・装飾などなどの“女性器カスタマイズ”の歴史をふりかえる連載「女性器カスタマイズAtoZ」。今回は、「女性器へのピアス」のお話です。(連載・全10回予定)

男性器へのピアスには、1000年以上の歴史があります。ですが女性器へのピアスには、ほとんど100年にも満たない歴史しかないんです(※1)。それどころか、現代でも、世界には女性器へのピアスだけ法律で禁じている地域まであります。

人間が性器にピアスをする理由はさまざまです。単純に「飾りたい」という理由から、「性的な快感を増幅したい」「(SM的な意味で)性的パートナーからの所有の印をつけたい」というものまで。今回はそんな女性器へのピアスについて、スタイルカタログからそれぞれの事情までを一挙に大特集します!

★女性器へのピアスいろいろ

「どんなピアスがあるのかなぁ?」

まるでアクセサリーショップを覗くときみたいにわくわくして、私は検索キーワードを打ち込みました。「女性器 ピアス」と。

ところが、出ない。エグめのエロ画像しか出ないんです。当方、女性器どころか耳たぶにすらも恐くて穴を開けられないピアス素人ですが、可愛いアクセサリーは好きです。ですから、個人的にまんピアスをつける予定はないにしても、ピアスを選ぶ乙女の気持ちはわかるつもりです。

そこでいろいろと調べた結果、こんなことがわかりました。

「なんか、別に“女性器用ピアス”が売っている訳じゃなくて、いわゆるボディピアスを女性器につけてるっていうことみたい」

 ボディピアスならば、デザインはさまざまです。カラフルなラインストーンやハートをあしらったキュート系から、ドクロやサイコロや龍をかたどったハード系まで。中には女性器専用として売られているものもあるようですが、基本的には、穴の開け方や口径に合わせてピアスを選ぶっていうことになっているみたいです。

 ということで、女性器へのピアスの開け方について、ほのぼのしたイラストとともにご紹介いたしましょう!

★ピアスの開け方カタログ

ピンク色で描かれているのがピアス、かわいいお顔のついている部分がクリトリスだと思ってください。

▼クリトリス系

(1)クリスティナ・ピアッシング
恥丘に開けるもの。いわゆる割れ目のすぐ上から。名前は、はじめてこのピアスを入れたとされる女性の名前がクリスティナだったことに由来する。

(2)バーティカル・クリトリスフード・ピアッシング
クリトリスの包皮を縦に貫通させるもの。略してVCHとも。バーベル型のピアスを入れ、包皮の内側で直接クリトリスに触れさせるようにすることが多い。

(3)ホリゾンタル・クリトリスフード・ピアッシング
クリトリスの包皮を横に貫通させるもの。略してHCHとも。リング型のピアスを入れることが多い。

▼ラビア系

(4)インナー・ラビア・ピアッシング
小陰唇に開けるもの。左右対称にひとつずつ開ける人が多い。歌手のジャネット・ジャクソンは2007年のインタビューで「私を南に下りたところ」にピアスを開けたと語っており、おそらくこのタイプのピアスであると思われる(出典:brown sista, TOI)。

(5)アウター・ラビア・ピアッシング
大陰唇に開けるもの。フランスのドゥマゴ賞受賞官能小説「O嬢の物語」は、このピアスに鎖を繋がれたいわゆるM女が主人公である。

 その他にも、クリトリスの裏側を通る「イザベラ・ピアッシング」や、尿道から膣口へと抜ける「プリンセス・アルバティナ・ピアッシング」など、全体的に名前が強そうなことが特徴です。

 これらのピアスを開けたい場合は、ピアスを開けてくれる医療機関に依頼することが基本でしょう。また、きちんとした機関に依頼するにしても、リスクがあることには留意すべきです。

★健康上の問題はないの?
 英語圏の健康情報サイト「webMD」によれば、女性器へのピアスが以下のようなトラブルを招く危険性もあります。

・(適切な衛生管理が行われなかった場合)HIV、B型肝炎などの感染症
・出血
・アレルギー反応
・裂傷やそれに伴う傷跡
・血行阻害

 このような危険性もあってのことか、イギリスやアメリカの一部の州では、女性器へのピアスが法律で禁じられています。特に2015年のイギリスでは、これに関してひと騒動あったんですよ。

★「女性器にピアスをした女は通報しろ」!?

2015年5月、イギリス政府は医療機関に対してこんな通達をしました(※2)。

「女性器にピアスをした患者を見つけたら、FGM被害者として通報するように」

 この「FGM」とは、「Female Genital Mutilation(女性器切除)」の略。WHOの定義によればこれは、「女性器に対して医療上の理由ではない加工をくわえたり、怪我を負わせること」と説明されています。

 FGMはもともと、アフリカ大陸を中心に行われてきた行為です。女性器の一部を切り取ったり、縫い合わせたり、クリトリスをなくしてしまうことで、女性から性的な快感を奪い、結婚まで処女であることを保証する目的で行われてきました。

 FGMを受けた人は、多量の出血や感染症により、一生続く後遺症を負ったり、最悪の場合には命を落としてしまいます。それにもかかわらず、FGMの具体的な内容が本人に説明されていなかったり、もしくは「FGMを行わない女は汚い、結婚できない」と言い聞かされて断れない状況に追い込まれていたりということで、このことは国際的な人権問題として考えられるようになりました。

 そんなわけで2003年に、イギリスではFGMを禁止する法律がつくられたのです。ところがこの法律を踏まえて考えると、女性器へのピアスはまさに“医療上の理由ではない加工”なわけですから、違法行為とされてしまいます。

 つまり、女性(または女性器の持ち主)の自由と人権を守るための法律が、まさに、女性(または女性器の持ち主)が自分の女性器を好きなように飾る権利を奪ってしまった。そのような皮肉な状況が、現代社会では起こってしまっているわけです。ロンドンで15年以上も女性器にピアスを開け続けてきた専門家、リアーナ・ジョーンズさんは、このことについて現地WEBメディアにこう語っています。

「まったく、本当にバカげています。(中略)だいたいのところ、みんなはあそこを可愛く見せたいだけだし、何かキラキラしたものをつけたいだけなのに」

【参考文献】
※1……Jayme Wrightほか著「Cultural Encyclopedia of the Body」p.231-235 Victoria Pitts-Taylor社刊、2008年

※2……Isha Aran「Did Britain just ban vaginal piercings?」Fusion

子供が寝ている同室でするのはOK? 子持ち夫婦のセックス事情

 先日イギリスの子育て情報サイト「Netmums」に投稿されたある母親の質問が話題になっています。その母親は「8歳と10歳の子供を持つ友人が、子供たちと同じ寝室で夫とセックスしている」「友人は『確実に子供たちは寝ているから問題ない』と言っているし、発展途上国では一家が大部屋で一緒に寝ることは普通かもしれない……。でも、やっぱり変だと思う」と打ち明け、ユーザーに対して意見を募ったのです。すると、「児童虐待では」「愛し合っているからすることなのに、それを子供に見せることの何か問題なのか」と同サイト内で議論が展開されました。

 この件は日本のネット上でも注目を集め、「案外、子供は気づいている」「トラウマになるのでは」といった反応の他、「自分の両親は私が寝ていると思って隣でセックスしていたが、気持ち悪いと思っていた」と実体験からの意見を述べる人もいました。

 実際のところ子供がいる夫婦はどのようにセックスしているのでしょうか。夫と定期的にセックスしている子持ち女性たちの現状を聞いてみました。

■子供が起きないように注意しながら

「子供は1歳なので、『セックスしていることに気づかれるのでは』という心配はまだないと思い、子供が寝ているすぐ隣でしています。ただ、『子供が起きたらまずいから、声や音を出さないようにしなきゃ』と考えながらするので、セックスそのものにまったく集中できないし、気持ちいいと思える余裕がない。正直、私はこの状況でセックスしたいと思わないのですが、旦那がしたいようなので。いまは子供が小さいからまだいいけど、もう少し大きくなったら別の方法を考えなければいけませんね」(28歳/子供の年齢・1歳)

■別室にいる子供の様子が気になる

「子供への影響うんぬんではなく、そもそも子供のそばでセックスするのは、なんだか気持ち悪いと思ってしまいます。なので、寝室の下の階にあるリビングでセックスしていました。でも、寝室から子供の夜泣きが聞こえてきて中断したり、泣き声がしないか常に寝室のほうを気にしてましたね。それに、『夜泣きした子供が私を探しにリビングにやってくる途中に階段から落ちたらどうしよう』と不安になります。私自身、出産してから性欲がなくなり、本当はセックスしたくないのですが、旦那が『セックスしないなら離婚する』と言うので仕方なく……」(29歳/子供の年齢・2歳)

■2人きりになれる別宅がある

「旦那が飲食店を営んでいるので、自宅とは別にお店の近くにアパートを借りていて、子供が義両親や私の両親の家に遊びに行っている間にそこでします。自宅では子供たちと一緒に寝ているので、そこではしたくないですし。たとえ子供と夫婦の寝室が分かれていたとしても無理」(26歳/子供の年齢・6歳、4歳、2歳)

■子供がいない隙に素早く

「義両親と敷地内別居なので、子供たちが義両親の家に行っている時にします。ただ、子供たちは突然帰ってくるので、下半身のみ服を脱いでスピーディーに終わらせています。付き合っていた頃のように、セックス後にお互い裸でまったりするなんて当分できないんでしょうね」(30歳/子供の年齢・5歳、3歳)

 状況や理由は違えど、皆「子供の前でセックスすること」はないようです。ただ、「完全に2人きりでセックスできる環境が身近にある」のと、「同室に子供がいる・いないに関わらず、子供の様子がある程度把握できる自宅でしかセックスできない」のとでは、母親の心境は大きく違いますね。こうした部分を父親も理解し、その上で夫婦生活を考えることができたら、彼女たちの気持ちは大きく変わってくるのでしょう。

(リオネル・メシ子)

「部屋を間違える」「プレイ中に別の風俗嬢」 風俗店勤務中に遭遇したハプニング集

こんにちは。現役性感エステ嬢の朝比奈ゆきえです。

毎日「つまらないなー。早く終わらないかなー」と思いながら仕事をこなしている私ですが、時には思いもよらぬハプニングや珍事件に遭遇することもあり、今回はその中でも特に印象的だったエピソードを書いていこうと思います。

◎部屋番号を間違えて伺った先でのハプニング

私は、お客さんの宿泊しているホテルのお部屋やご自宅に伺ってサービスを提供するデリバリー型のお店で勤めているのですが、時折、部屋番号を間違えてチャイムを鳴らしてしまうことがあります。

そういうことがないように、スタッフは何度もお客さんに部屋番号を確認しますし、私自身も間違えないように気を付けてはいるのですが、それでも時々間違えてしまうことがあり……。

「こんな夜中に何なんですか?!」と怒鳴られたこともありますし、ドライバーのミスでマンション自体間違えていたこともありました。

ここまでは笑えない話ですが、一度だけ、間違えて伺ったお部屋の人も他の風俗店の女の子が来るのを待っていて、私もその人もお互いに勘違いしたまま10分くらいお部屋に滞在してしまったということがありました(笑)。

コース時間と利用料金の話になったときに初めて、お互いに話が噛み合わないことに気付き、「私、○○っていうエステのお店から派遣されてるんですが、合ってますか?」と聞いたら、「え? デリヘルのお店じゃなくて?」と言われ、「間違えました! すみません!」と慌てて退散しました(笑)。

風俗店のキャストのプロフィール写真にはモザイクが入っていることが多く、その人が呼ぼうとしていたお店の女性もモザイクが入っていたため、別人の私が来ても気づかなかったみたいです。それにしても、こんな偶然あるんだなぁと本当に驚きました(笑)。

◎プレイ時間中に他のお店の女性を呼ぼうとするお客さん

私が働いているお店は、お客さんがキャストの体に触れることやフェラなどのヘルス行為の強要を禁止しています。でも、マナーの悪いお客さんは「お金あげるから内緒で触らせてよ」とか、「他の女の子は舐めてくれたよ」などと言って過剰サービスを要求してくることが多々あります。

そんなことは日常茶飯事なのでいつも適当に受け流すのですが、数カ月前に、「今日はどうしてもフェラでイキたくなっちゃったから、今からデリヘルの女の子を呼んでもいい? 君は自分の帰る時間までゆっくりしていってくれていいから」と言われ、唖然としたことがあります(笑)。

戸惑う私を他所に、本当にデリヘル店に電話しだしたお客さん。どうしたものかと悩みましたが、そこにずっとい続けるのも嫌だったので、スタッフに電話してドライバーに早めに迎えに来てもらい、早々と逃げ帰りました。

多少ムカつきはしたものの、過剰サービスを受けられないと分かると機嫌を損ねて「もう帰って」と言う客よりはマシだと思い、自分の中で笑い話に転換しました。

◎違う風俗店の車に乗ってしまった話

お店には毎日数人のドライバーが出勤しています。ドライバーたちはお店のスタッフの指示でキャストをお客さんのところへ送り届け、次は仕事を終えたキャストを迎えに行く、ということを繰り返しながらデリバリー圏内を縦横無尽に走り回っています。

行きと帰りでドライバーが違うということはよくあり、その場合はお店側から「ドライバーは○○さんに変わりました」と連絡が入るのですが、一度、似たような車に間違えて乗ってしまい、冷や汗をかいたことがありました。

その車はお客さんのマンションの目の前に停めてあり、私がエントランスから出ると運転席から窓越しにペコリと会釈をされたのが見えたので、そのまま後部座席から車に乗り込みました。

しかし、後ろ姿に違和感を覚え、「あれ? ○○さんですか?」と聞いたところ、「え、違いますよ」と言われ、大慌てで車を降りました。すぐ元いたマンションの前に戻ると、周りをキョロキョロと見渡す女性が一人……。

おそらく私は、他の風俗店の女性を迎えに来ていた車に間違えて乗ってしまったようです。

さすがにヒヤリとしましたし、きちんと確認せずに車に乗ってしまったことを反省しましたが、またしても、こんな偶然があるんだなと驚きました。それからはプライベートでも、マンションの前に停まっている車を見ると、「風俗店のお迎えの車かな……」と思ってしまうようになりました。一種の職業病みたいなものですね(笑)。

◎迎えの車がパトカーに囲まれていた

お客さんのご自宅を出たら、担当ドライバーの車がパトカー数台に囲まれていたということもありました。

とりあえずマンションのエントランスに引き返し、お店のスタッフに電話して指示を仰いだら、「今ドライバーさんのところに行くと、朝比奈さんも色々と聞かれて面倒なことになるかもしれないので、そこで少し待っててもらえますか?」と言われました。

そして、待つこと10分……。

やっとパトカーが去っていく様子が見えたので、ドライバーと合流したところ、「お待たせしてすみません。車を停めていたら、『こんなところで何してるんだ。車の中を見せろ』と職質を受けてしまい、警察官の横柄な物言いに腹が立ったので拒否したら、一気にパトカーを何台も呼ばれてしまって……」と事情を説明されました。

こういう場合、正直に「風俗店のドライバーです。女性が出てきたらすぐに車を動かします」と言えば、特に問題はないらしいのですが、このドライバーがそれを知らなかったために起きてしまったハプニングでした。

◎私自身も職質された話

ちなみに、私自身も勤務中に職質されたことがあります……。他のキャストのお迎えでドライバーの車に乗ってマンション前で待機していたときの話です。

警察官が寄ってきて、まずドライバーに「ここで何をしているんですか?」と質問しました。

ドライバーは正直に、「風俗店のドライバーです。女性が出てくるのを待っています」と答えたのですが、警察官はしつこく、「どこのお店ですか? 後ろに乗っている女性は誰ですか?」と聞いていました。

ドライバーは私に矢面が向かないように丁寧に対応してくれていたのですが、結局警察官は私にも「身分証を見せてください」と求めてきました。初めての出来事だったので動揺を隠せずにいたら、「この近くで引ったくり事件があったので、念のために見せてもらってるだけなので安心してください」と言われ、仕方なく身分証を提示しました。

何も悪いことをしていないのでビクビクする必要はなかったのですが、後味の悪い出来事でした。

これまで、風俗店で働くという思い切った決断以外に、ほとんど無茶をしたことがない私。

学生時代もやんちゃすることなく真面目に学校に通っていましたし、今もプライベートで仲良くしている友人たちは真面目というか本当に普通の子たちです。なので、お店を通して出会うぶっ飛んだお客さんや諸々のハプニングには毎回ドギマギさせられます。

でも、冷や汗をかいただけでは損な気がするので、自分の中で消化したあとは、お客さんとの会話を盛り上げるための笑い話にしています。警察官に職質されるのと、嫌なお客さんに遭遇するのはもう懲りごりですが、笑い話に出来る変なお客さんならいつでも大歓迎です(笑)。
(朝比奈ゆきえ)

5歳から性教育をするデンマーク。そのセックス観を象徴するラブグッズとは

 バイブレーターは、その国のセックス観を映す鏡のような存在です。新進バイブブランド「AVE」のアンバサダー、Bo Torovicさんのからデンマークの性事情をうかがうと、そう思わずにはいられません。

 1年前、「バイブコレクターが推す最新バイブは、ほかにはない変わった形状に注目~!」という記事で、同ブランドによる、雲の形をしたファンタジックなバイブレーターを紹介しましたが、今冬、その新作が日本で発売されました。「SKY ALTO-Light」です。

 前作とまったく同じじゃん……と思うことなかれ。見た目こそ前作をほぼそのまま踏襲していますが、「リフト運動」という画期的な機能が追加されました。ボディ部分が約20°の角度で上下に動くのです。

 これによって、指を挿入して膣の上壁を押すときのような刺激が味わえますが、そこに振動がプラスされます。クリバイブもあるので、内と外両方から快感が押し寄せてくるからスゴイんです。

 サイズは前作より小さめです。「前作について、特に若い女性からの『大きすぎる』という声が多かったので、今モデルは小さめにしました」と、Boさん。年配の女性は大きめを好むので、前作の評判がよかったとか。それはきっと、年とともにバイブに慣れていくって意味ですよね。デンマークでは女性がいくつになってもバイブを使っているということでもあります。ステキ。

 小さめサイズはアジア市場に向けての戦略でもあるそうです。中国、シンガポール、韓国などなど。私も欧米のバイブは全体的に「大きい」と感じます。なかには、挿入がかなりツライものも……。骨格の小さなアジア人にとってはサイズダウンは朗報です。

 ファンタジックな雲の形は、「オーガズムは7番目の天国を見せてくれる」というコンセプトを形にしたもの。男性デザイナーが幼い娘に「天国の絵を描いてみて」とお願いしたところ、こんな絵を描き上げたそうです。だからキュートなうえにあたたかみを感じるんですね。

 私は、このバイブのコントローラーをとても気に入っています。バイブの表面は完全なシームレスでどこに操作ボタンがあるのかまったくわからないほど。なのに、説明書を読まなくても自然に操作できるのです。

Boさん「雲のもこもこした形を損ないたくなかったので、ボタンは付けたくありませんでした。そこで、大きめのふくらみ=ONボタン、小さめのふくらみ=OFFボタンとしました。これによって感覚的に操作できますし、視覚障害がある方でもそれぞれのボタンの位置が簡単にわかります」

 振動パターンを替えるボタンのみ、矢印のようなマークが本体に薄くほどこされています。これがあることで、いちいちバイブ本体に目を向けることなくボタンを押せます。操作するのに気を取られ、気持ちよさが減っては元も子もないですもんね。バイブにも、こうしたユニバーサルデザインが求めらているのだと実感しました。

◎世界で最も進んだ性教育

 気持ちよさにも使いやすさにも全方位的に気配りがなされているバイブを生み出したAVEですが、意外なことにデンマーク初のラブグッズブランドだそう。起ち上げ早々、これほど自由で大胆な発想のバイブを生み出した裏には、デンマーク人の、ほかに類を見ないほどオープンなセックス観があるようです。

Boさん「デンマークでは、多くのセクソロジスト(性科学者)が活動しています。セクソロジーは大学で学ぶことができる専門的な学問で、これで学位をとることもできます。日本では性の悩みを誰にも話せずに困っている人が少なくないそうですが、デンマークではこのセクソロジストが常駐している薬局もあり、気軽に相談できるんですよ。たとえば『オーガズムが得られない』と打ち明けられれば、それを実現できるエクササイズを教えてくれます」

 それ、スゴイ! 某サイトでセックスのお悩み相談をしている私がいうのもナンですが、日本では「安心して相談できるセックスの専門家って、一体誰のこと?」と考えることがあります。産婦人科医はフィジカル面においてはスペシャリストでも、相手との関係性となるとそうでもない。セックスカウンセリングは資格が必要なく誰でも名乗ることができるから、なかにはアヤシイ人も含まれている……というのが実情でしょう。

 セックスを体系的かつ多角的に学んだ専門家が身近にいて、いつでも気軽に相談できるって日本人からすれば夢みたいな話です。デンマークのQOS(クオリティ・オブ・セックス)の高さがうかがえます。

 でも、日本では「性について相談することすら恥ずかしい」という風潮が強く、それは私たちが子ども時代から「性とは恥ずかしいもの、隠すべきもの」と教えこまれてきたことと決して無関係ではありません。

Boさん「デンマークでは学校教育のなかで性教育がしっかり行われるので、13歳になればセックスについてひと通りのことを知っています。そうでなくとも、家庭で5歳になるころから、親が本を見せながらペニスやヴァギナについて教えます」

 ご、5歳ですか!?

Boさん「ええ、ほんとうですよ(笑)。デンマークは世界一、性に対してリベラルな国ですから! 学校教育も大事ですが家庭でもセックストークをオープンにしていくことで、デンマークの子どもたちは自分の身体について、そしてセックスについてのポジティブなイメージを養います。学べば学ぶほど身体のことがよくわかるし、セックスを肯定できるし、安心して気持ちよくなれます。自分のセクシャリティについて表現するというのは、自分自身を表現すること。16歳ぐらいになると少年少女たちはセックスしはじめますが、そのころには『自分を大切にする』という当たり前のことが身についているんです」

 これは憶測ですが、性をポジティブにとらえつつ、その裏にあるリスクについての正しい知識が行き渡っている国では、望まない妊娠による中絶率や性感染症の感染率が低そう。いままた梅毒が大流行している日本ってやっぱり恥ずかしい……。性犯罪の発生率も気になるところです。

◎日本の性はファンタジーが強い

 また、性の主導権が長らく男性の手にあった国では、バイブは男性の興奮を増幅させるためのツールでした。「iroha」のような国産ブランドが登場したとはいえ、女性の心身を傷つけかねないバイブレーターはいまだ市場にあふれています。一方で、性に対してオープンでそこに男女差がほとんどなく、家庭でも学校でもセックストークができる国で生まれるバイブはこんなにもピースフルで、女性にやさしいのです。

 では、Boさんの目に映った日本のセックス観は?

Boさん「日本の性はドアの内側に隠されていて、外からは見えない。でも、中を見るとスゴイ世界が展開している! という印象があります。ゆえに、市場としては大きなポテンシャルがあると私は見ています。でも一方で、アニメをはじめとするファンタジーが強くて、リアルの世界より優勢のように見えます」

 AVやエロ系のアニメ、コミック、ゲームなどなど、リアルとかけ離れたセックスコンテンツはまさに日本の十八番です。

Boさん「それよりも、セックスを日常的なこととしてとらえてほしいですね。日曜の午後、リラックスしてコーヒーを飲むような感覚で、セックスする。ファンタジーのなかにいると、リアルなセックスはストレスになります。そんなセックスは気持ちよくないですよね。日常的で心地いいセックスにシフトするきっかけとして、AVEを提案したいです」

 日常的なセックスを大事にするという感覚は、日本ではたしかに薄いように思います。女性誌のセックス特集では「セックスってめくるめくもの!」「最高のセックスじゃなければ、セックスじゃない!」と声高にアピールされますが、これにはもうお腹いっぱい。気合入りまくりで採点基準の厳しいセックス、とても強迫観念的です。「もっとリラックスして!」とBoさんはくり返しいいました。肩の力をもっと抜けば、「オーガニズムが見せてくれる7番目の天国」を私も見ることができるのでしょうか。

■桃子/オトナのオモチャ約200種を所有し、それらを試しては、使用感をブログにつづるとともに、グッズを使ったラブコミュニケーションの楽しさを発信中。著書『今夜、コレを試します(OL桃子のオモチャ日記)』ブックマン社。

5歳から性教育をするデンマーク。そのセックス観を象徴するラブグッズとは

 バイブレーターは、その国のセックス観を映す鏡のような存在です。新進バイブブランド「AVE」のアンバサダー、Bo Torovicさんのからデンマークの性事情をうかがうと、そう思わずにはいられません。

 1年前、「バイブコレクターが推す最新バイブは、ほかにはない変わった形状に注目~!」という記事で、同ブランドによる、雲の形をしたファンタジックなバイブレーターを紹介しましたが、今冬、その新作が日本で発売されました。「SKY ALTO-Light」です。

 前作とまったく同じじゃん……と思うことなかれ。見た目こそ前作をほぼそのまま踏襲していますが、「リフト運動」という画期的な機能が追加されました。ボディ部分が約20°の角度で上下に動くのです。

 これによって、指を挿入して膣の上壁を押すときのような刺激が味わえますが、そこに振動がプラスされます。クリバイブもあるので、内と外両方から快感が押し寄せてくるからスゴイんです。

 サイズは前作より小さめです。「前作について、特に若い女性からの『大きすぎる』という声が多かったので、今モデルは小さめにしました」と、Boさん。年配の女性は大きめを好むので、前作の評判がよかったとか。それはきっと、年とともにバイブに慣れていくって意味ですよね。デンマークでは女性がいくつになってもバイブを使っているということでもあります。ステキ。

 小さめサイズはアジア市場に向けての戦略でもあるそうです。中国、シンガポール、韓国などなど。私も欧米のバイブは全体的に「大きい」と感じます。なかには、挿入がかなりツライものも……。骨格の小さなアジア人にとってはサイズダウンは朗報です。

 ファンタジックな雲の形は、「オーガズムは7番目の天国を見せてくれる」というコンセプトを形にしたもの。男性デザイナーが幼い娘に「天国の絵を描いてみて」とお願いしたところ、こんな絵を描き上げたそうです。だからキュートなうえにあたたかみを感じるんですね。

 私は、このバイブのコントローラーをとても気に入っています。バイブの表面は完全なシームレスでどこに操作ボタンがあるのかまったくわからないほど。なのに、説明書を読まなくても自然に操作できるのです。

Boさん「雲のもこもこした形を損ないたくなかったので、ボタンは付けたくありませんでした。そこで、大きめのふくらみ=ONボタン、小さめのふくらみ=OFFボタンとしました。これによって感覚的に操作できますし、視覚障害がある方でもそれぞれのボタンの位置が簡単にわかります」

 振動パターンを替えるボタンのみ、矢印のようなマークが本体に薄くほどこされています。これがあることで、いちいちバイブ本体に目を向けることなくボタンを押せます。操作するのに気を取られ、気持ちよさが減っては元も子もないですもんね。バイブにも、こうしたユニバーサルデザインが求めらているのだと実感しました。

◎世界で最も進んだ性教育

 気持ちよさにも使いやすさにも全方位的に気配りがなされているバイブを生み出したAVEですが、意外なことにデンマーク初のラブグッズブランドだそう。起ち上げ早々、これほど自由で大胆な発想のバイブを生み出した裏には、デンマーク人の、ほかに類を見ないほどオープンなセックス観があるようです。

Boさん「デンマークでは、多くのセクソロジスト(性科学者)が活動しています。セクソロジーは大学で学ぶことができる専門的な学問で、これで学位をとることもできます。日本では性の悩みを誰にも話せずに困っている人が少なくないそうですが、デンマークではこのセクソロジストが常駐している薬局もあり、気軽に相談できるんですよ。たとえば『オーガズムが得られない』と打ち明けられれば、それを実現できるエクササイズを教えてくれます」

 それ、スゴイ! 某サイトでセックスのお悩み相談をしている私がいうのもナンですが、日本では「安心して相談できるセックスの専門家って、一体誰のこと?」と考えることがあります。産婦人科医はフィジカル面においてはスペシャリストでも、相手との関係性となるとそうでもない。セックスカウンセリングは資格が必要なく誰でも名乗ることができるから、なかにはアヤシイ人も含まれている……というのが実情でしょう。

 セックスを体系的かつ多角的に学んだ専門家が身近にいて、いつでも気軽に相談できるって日本人からすれば夢みたいな話です。デンマークのQOS(クオリティ・オブ・セックス)の高さがうかがえます。

 でも、日本では「性について相談することすら恥ずかしい」という風潮が強く、それは私たちが子ども時代から「性とは恥ずかしいもの、隠すべきもの」と教えこまれてきたことと決して無関係ではありません。

Boさん「デンマークでは学校教育のなかで性教育がしっかり行われるので、13歳になればセックスについてひと通りのことを知っています。そうでなくとも、家庭で5歳になるころから、親が本を見せながらペニスやヴァギナについて教えます」

 ご、5歳ですか!?

Boさん「ええ、ほんとうですよ(笑)。デンマークは世界一、性に対してリベラルな国ですから! 学校教育も大事ですが家庭でもセックストークをオープンにしていくことで、デンマークの子どもたちは自分の身体について、そしてセックスについてのポジティブなイメージを養います。学べば学ぶほど身体のことがよくわかるし、セックスを肯定できるし、安心して気持ちよくなれます。自分のセクシャリティについて表現するというのは、自分自身を表現すること。16歳ぐらいになると少年少女たちはセックスしはじめますが、そのころには『自分を大切にする』という当たり前のことが身についているんです」

 これは憶測ですが、性をポジティブにとらえつつ、その裏にあるリスクについての正しい知識が行き渡っている国では、望まない妊娠による中絶率や性感染症の感染率が低そう。いままた梅毒が大流行している日本ってやっぱり恥ずかしい……。性犯罪の発生率も気になるところです。

◎日本の性はファンタジーが強い

 また、性の主導権が長らく男性の手にあった国では、バイブは男性の興奮を増幅させるためのツールでした。「iroha」のような国産ブランドが登場したとはいえ、女性の心身を傷つけかねないバイブレーターはいまだ市場にあふれています。一方で、性に対してオープンでそこに男女差がほとんどなく、家庭でも学校でもセックストークができる国で生まれるバイブはこんなにもピースフルで、女性にやさしいのです。

 では、Boさんの目に映った日本のセックス観は?

Boさん「日本の性はドアの内側に隠されていて、外からは見えない。でも、中を見るとスゴイ世界が展開している! という印象があります。ゆえに、市場としては大きなポテンシャルがあると私は見ています。でも一方で、アニメをはじめとするファンタジーが強くて、リアルの世界より優勢のように見えます」

 AVやエロ系のアニメ、コミック、ゲームなどなど、リアルとかけ離れたセックスコンテンツはまさに日本の十八番です。

Boさん「それよりも、セックスを日常的なこととしてとらえてほしいですね。日曜の午後、リラックスしてコーヒーを飲むような感覚で、セックスする。ファンタジーのなかにいると、リアルなセックスはストレスになります。そんなセックスは気持ちよくないですよね。日常的で心地いいセックスにシフトするきっかけとして、AVEを提案したいです」

 日常的なセックスを大事にするという感覚は、日本ではたしかに薄いように思います。女性誌のセックス特集では「セックスってめくるめくもの!」「最高のセックスじゃなければ、セックスじゃない!」と声高にアピールされますが、これにはもうお腹いっぱい。気合入りまくりで採点基準の厳しいセックス、とても強迫観念的です。「もっとリラックスして!」とBoさんはくり返しいいました。肩の力をもっと抜けば、「オーガニズムが見せてくれる7番目の天国」を私も見ることができるのでしょうか。

■桃子/オトナのオモチャ約200種を所有し、それらを試しては、使用感をブログにつづるとともに、グッズを使ったラブコミュニケーションの楽しさを発信中。著書『今夜、コレを試します(OL桃子のオモチャ日記)』ブックマン社。

ひとつ屋根の下に住む男女は「事実婚」認定される。児童扶養手当の申請で受けた理不尽

 こんにちは、ヒラマツです。前回の続編として、引っ越しをキッカケに遭遇した児童扶養手当のアレコレをここにご紹介させてください。というのも、「シングルマザーの引っ越しは大変!」って話をまとめることも、「役所にウンザリ」みたいな愚痴を書くこともできるのですが、“児童扶養手当のこと”は私はもう少し切実なものだと考えています。(普段の記事も別にふざけて書いているわけじゃないよ!)

 この話題は、丁寧に扱うことによって、現実的に似たような状況に直面する当事者の方たちにとっての、ひとつの“前例”になるという意味もありますし、やはり「国(や自治体)の言ってること、めちゃくちゃじゃない? どうなってるの?」という気持ちや危機感が非常に強くあるので、折角のこの場所(messy)を、機会を、しっかり使っていこうという思いが根底にあります。

◎私の「ひとり親」状況

 前回の記事でも書きましたが、少し前まで私は、【私+私の子供+姉+姉のパートナー男性+姉とパートナー男性との子供】という大人3:子供2の5人で賃貸の一軒家に住んでいました。私は未婚なので、うちの子供は「父または母のいずれかに養育されていない」状況であり、私はその子供を育てる「ひとり親」、そして所得は多くありません。多くの自治体がそうであるように、私の住んでいる自治体にも「所得の多くないひとり親に手当を出す」という制度があったので、使ってみようと思い、区役所へ手続きに行ったことがありました。そうすると、「同じ住所に未婚の異性が同居されているので、手当の受給資格がありません」と言われました。

 私ははじめ、何を言われているのかスンナリと理解することができませんでしたが、<未婚の異性>という語が指していたのは <姉のパートナー男性>でした。彼女たちは入籍という制度を使っていないいわゆるパートナー関係だったので、書面上、<姉のパートナー>が、私と事実上の婚姻関係であるとみなされる仕組みになっているとの説明を受けました。また、実はその時、窓口の方は「お姉さま方が籍を入れてくだされば解決するんですが……」とまで言いました。それには私も頭にきた……というか開いた口が塞がりませんでした。姉たちの人生は姉たちのものです。あなた一体何様なの? ましてや私にそれ言ってどうするの? 何になるの?? 余計なお世話にも程がある……と呆れたものです。

 さて、思い出すと今でも少し頭に血が上ってしまいそうですが、そういうことなら、ひとまず「同じ住所に未婚の異性が同居されている」状況はこの家に居る間は変わらないので、いつか家を出たり、姉たちと別々に暮らす時がきたら、また申請してみようかな。という気持ちに、この時は落ち着きました。

 そして、去年末、お金が少し溜まったこともあり、姉たちとも話し合って、私が近所のアパートを借りて、子供と二人、家を出ることにしたので、今年に入ってから児童扶養手当申請のリベンジに行きました。

◎「事実婚関係の解消」という嘘

 ここからは区政に出した意見文をまずはお読みいただければと思います。簡単な状況説明から、私が問題意識を持った場面などを綴ったものです。

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「○○区政への意見 児童扶養手当の申請手続きおよび申請書類についての意見文」2016/1/30

初めまして。昨年1月から○○区に住んでいるヒラマツマユコという者です。

先日(1月14日)、○○区役所にて、児童扶養手当の申請手続きを行おうとした際、窓口で一部書類へ事実とは異なる表現が含まれていることを指摘しましたが、申請するのであれば事実とは異なっていると思える表現でも書くよう、記述内容を誘導されました。私は法律的に間違ったことや後ろめたいようなことは何もしていないにも関わらず「手続きの都合上」という理由で、「嘘」を書かされたことに、後から気が付き、今は憤りを感じています。ただ、これは窓口の方だけの責任でもないと思っています。そもそも書類の形式に問題があった可能性や、イレギュラーな事例への対応方法など、見直していただければと思いご意見出させていただきます。

具体的には、『事実上の婚姻関係を解消したことの申立書』という書類についてのお話です。もともと、私は去年1月に○○区に引っ越して来た際、実姉とそのパートナー(姉とは入籍していない事実上の婚約者のような関係)とその2人の子供(当時0歳児)の住む家に、私の子供(平成25年に私が未婚で産んだ娘/当時1歳児/事実上の父親にあたる男性には認知もされておらず、養育費ももらわず、面会も生後3ヶ月の頃一度しただけで、金銭的にも育児に伴う実務的にも関わりがありません)と2人で入居し、姉家族と同居という形で生活を始め(住民票もそこへ動かし)ました。

その際にも、当然姉家族とは生計は別ですし、我が子が「父に養育されていない」ことは違いなかったので、児童扶養手当の申請のために何度か区役所へ相談に行きました。すると、「未婚の異性(姉のパートナー)が同じ住所にいらっしゃるので申請をしていただけません」と言われ、腑に落ちないとは思いつつも、そういう決まりであれば、姉や姉のパートナーは何も悪くありませんから、事実を隠したり、2人に何かをして貰うのもおかしいので、申請および受給を諦めることにしました。

それから、しばらくして少しお金が貯まったこともあり、去年の12月19日に娘と2人で家を出て、近所のアパートに引っ越しました。それを機に、児童扶養手当の申請条件も満たすはず(家を探す時も、家賃は児童扶養手当が受給できることを前提に算定していました)なので、まずは引っ越す前(11月30日)に一度相談に行ったところ、必要書類などの案内をしていただきました。

そして、実際に引越しも終えて住民票も動かし、書類も揃ったので、いざ申請の手続きに行ったところ「前の家で一緒に住んでいた未婚の異性の方と同居関係が解消したことを、民生委員に家庭訪問で確認してもらい、その調査書をご持参いただかないと申請できません」と言われました。それを前回(11月30日)の相談時に伝えていただけなかったことにも疑問は感じましたが、申請できなくては私も困るので、民生委員の方への調査依頼のための手続きをしました。

その際の書類が、冒頭に申し上げた『事実上の婚姻関係を解消したことの申立書』というもので、「児童扶養手当の認定請求を行うにあたって、私が事実上の婚姻関係を解消したことについて下記のとおり申し立てます。」と始まり、<事実上の婚姻関係を解消した日>と、<事実上の夫または妻の氏名及び生年月日>と、<事実上の婚姻関係にあったときの住所>と、<事実上の婚姻関係を解消した理由>の欄が設けられており、すべての記入を促されました。その際、違和感を覚えた私は担当窓口の方に「これは、事実上もなにも、婚姻関係ではないのに、事実上の婚姻関係ということで書かなくてはいけないんですか?ここには姉のパートナーの名前を書くんですか?」と質問したところ、「はい、手続きの関係上こういった表現となっております」と言われました。そして、その場では、腑に落ちなさと悔しさから涙が頬を伝う場面もありましたが、推奨されたままに書類を書き提出しました。

しかし区役所を後にしてから、やはりどうしても、姉のパートナーと婚姻関係にあったなどという全く心当たりのない情報を公的書類に書いたことは、関係のない姉家族、特に姉のパートナー(の知らないところとはいえ、勝手に名前を書くことになるので)を巻き込むような罪悪感と、後ろめたいことをした訳でもないのに正々堂々と事実を記述させてもらえなかった圧迫感や無力感で、私に大変な精神的苦痛を与えました。

今になって、冷静にそのときの状況を考えてみると、既存のフォーマットを使わずに「前の住居で同居関係にあった姉の婚約者(未婚の異性)と同居関係を解消したことを申し立てる」というような趣旨で申立書を書くことも可能だったのではないかと思い、先日(1月26日)申請の最終手続きの際に「前回記入した申立書の内容がやはりどうしても気持ち的に引っかかるので、取り消していただくか、正確な情報に書き換えることはできませんか?」とお尋ねしたところ、「こちらのパソコンデータにもそのことは記載がされていて、それを書き換えることは難しいです。紙自体に関しては、どうしてもということであれば、手当の担当者が判断すれば廃棄することも可能かもしれません。民生委員さんの調査はどっちみち必要だったとはいえ、そもそもこういった形で申立書を書かなくても申請をしていただけた可能性はあります。」とのお話でした。もちろんこの時の担当者さんは前回の方とは違う方でした。

このことからお伝えしたかったのは、児童扶養手当の申請資格がある私が、現実には存在していなかった「事実上の婚姻関係」という関係性および言葉を使い手続きをしなくてはいけなかった現状と、窓口対応の疎らさ、それから、著しく少ない可能性ではあっても、今後も類似ケースに今回のような対応が為されるのであれば、改善をする必要が十分にあると強く思ったことの3点です。

具体的な改善方法の一例としては、既存のフォーマットを使わない「申立て」を選択肢として最初から提案することなどが考えられると思います。また、その際「既存のフォーマットである『事実上の婚姻関係を解消したことの申立書』というものを使う方が事務手続き上、よりスムーズではあります。」という話が選択肢の一つとして提案されるのであれば、問題ないように思います。あとは、叶うことならで結構ですが、行政のデータベース(というものになるのでしょうか)に入力された、私が「事実上の婚姻関係を解消した」という誤情報も、修正もしくは削除していただければ、いくらか救われる思いがいたします。

以上を持ちまして、私の意見とさせていただきます。最後までお読みくださりありがとうございました。お忙しいとは思いますが、何卒ご回答・ご改善の程よろしくお願いいたします。

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 以上が申請の際に起きた出来事です。姉にもこの旨を相談しましたが、「そんなことあるの!?」とただただ驚いている様子で、意見文を出すことに賛同してくれました。

◎児童扶養手当の審査が防ごうとしていること、それによって阻まれる正当な受給

 もちろん、児童扶養手当の厳重な条件・審査が、不正受給に対して練られた対策であることは理解できますが、だからといって受給資格がある者が“何故か”嘘をつかなくてはいけないとか、申請の過程で心的ダメージを受けなくてはいけないなんて、オカシイですよね。ましてや、私は姉や姉のパートナーとそれなりの信頼関係やコミュニケーションがある中での今回の事例ですが、例えば、同じような構成で生活を送ったことがある人が<同性の姉妹(または兄弟)のパートナーである異性>から暴力を振るわれるなどして、それから逃げるように別居した場合でも、児童扶養手当の受給を改めて申請しようと思うと、私と同じ書類を書かされるわけです。<暴力を振るってきた人間、しかも他人>と“事実上の婚姻関係にあった”と。ただ、“異性”であるというだけで。

 もうひとつおかしなところがあります。【私+私の子供+姉+姉のパートナー男性+姉とパートナー男性との子供】の5人がひとつ屋根の下に暮らしていて、姉と姉のパートナー男性は、<事実上の婚姻関係>カップルです。が、一方で、私と姉のパートナー男性もまた、婚姻関係どころか恋愛関係も一切なく金銭的な援助もないのに、<事実上の婚姻関係>カップルとしてみなされる。これでは、姉のパートナー男性が事実上<重婚>をしていたことになるんですね。これはなんというか、区政の穴というか、重婚を禁じている国の制度の矛盾ですから、私にはとても滑稽に見えます。

 こういった諸々の心的ダメージを考えると、嘘の一つもつきたくなるよ……以前の住居形態・家族構成を隠す方が楽だよ……と思いますね、そりゃぁ。こういう心理こそ、不正受給に繋がっていく可能性、大いにありますよね。そんなの、ただの悪循環じゃないですか。何を防ぐための対策なのか……なんてことを悶々と考えさせられます。

 また例え話になってしまい恐縮ですが、離婚して子供と二人暮らしをする女性(父子家庭ももちろんありますが、私の状況からも考え得るようにここでは“女性”の立場を中心に据えて考えます)に、新しい彼氏が出来たとします。女性は児童扶養手当の所得制限にかからない程度に年収が低く、子を育てるにあたって手当を受給していましたが、彼氏が週に3日ほど(や、それ以上など、頻繁に)女性の自宅を訪れ、女性と子供と過ごす時間をつくるようになったとしましょう。そうすると、今の児童扶養手当の規定では、女性は「不正受給をしている」とみなされて、児童扶養手当を打ち切られてしまう可能性があります。この男性と女性は恋人同士であって、男性が女性に生活費を渡すことなどなかったとしてもです。行政からしたら、恋人である男性が女性の家に来る=生活費を貢いでいる、ということなのでしょうか。あるいは、この男女がさっさと結婚して家計を同じくすれば良いということなのでしょうか。

 これでは、手当を受給する、所得の低いひとり親は、恋愛をするなと言われているようなものです。それどころか、異性を含むルームシェアもできない、血縁のない親類との同居もできない。ひとり親を救う手立てであるはずの「児童扶養手当」は、ひとり親を孤立させるための制度と化しています。私には、「月々4万円(満額受給の場合)欲しくば、一人ぼっちで食いしばってシンドイ子育てをしないと許さない」とでも言われているかのように思えます。

 不正受給というのは、実際には生計を同じくする男女で困窮していないのに、所得の低いほうがひとり親を装って児童扶養手当を受け取るようなことです。そういう人も世の中にはいるでしょう。不正受給者に税金が割り当てられることに、市民感情として怒りを覚える人が多いことも理解できます。しかし一律に「男女がひとつ屋根の下に住んでいるなら事実婚だ」と決めてしまうのは乱暴すぎます。

 確かに、最初からどんなケースにも対応できる完璧なルールを! というのは無理だと思います。この問題に投入できるマンパワー、というか人件費(税金)が限られていることも大きいです。それでも、随時バージョンをアップデートしていくように、柔軟な姿勢で対応していただくことは出来ないでしょうか。

◎その後の区の対応

 そして先日、区の担当者の方から返事をいただきました。が、残念なことに、到底納得のいく内容ではありませんでした。次回ご紹介いたします。

 役所にとって、【お父さん+お母さん+お子さん(+祖父母)】の家庭こそがスタンダードであるため、私は未婚のシングル子持ちということで非・スタンダードゆえ、適切な対応が用意されていないのかもしれません。ここ数年で私にとって、役所というものは、応答の節々でハラスメントに晒される嫌な場所になってしまいました。「母子手帳をもらうとき」や「出生届を出すとき」など、何をするにも、“どんな”非・スタンダードなのか、“何故” 非・スタンダードなのか、と根掘り葉掘り説明を求められるし、この国では本当に珍獣みたいな扱いを受けるんだなぁと思わざるを得ません。(珍獣て……苦笑)

 ああ、もうそんなこと(シングルであることが問題だなんて)考えなくてもいいくらい、パスしてすっ飛ばしたいですね。ではでは次回、区からのお返事にツッコミを入れる回になる予感! この状況をスンナリパスできないなら、もうネタにするなり、お金に変えるなり、するしかないと思うので、しっかりネタにしようと思います。アデュー!