なぜレイプ被害者が何もかもを失ってまで犯人を追い詰めなくてはならないのか。『涙のあとは乾く』

キャサリン・ジェーン・フィッシャー氏をご存知の方もいるかもしれません。彼女は2002年に、神奈川県横須賀米国海軍基地近くで米軍兵士にレイプされ、さらに日本の警察や官僚機構によるセカンド・レイプを受け、そこから12年間、正義を求めて日本やアメリカなどと戦い続けた、日本在住のオーストラリア人女性です。彼女は今年、この12年間の戦いを記録した『涙のあとは乾く』(講談社)という手記を出版しました。

彼女の本を読んだ後、ぜひこの人と対談したいと出版社を通じて申し込んだのですが、彼女から返ってきた答えは「ノー」でした。

諦めきれず粘った結果、一度お会いする機会を設けていただくことができました。そして今週の火曜日に、キャサリン・ジェーン・フィッシャー氏とお話をしてきました。

彼女は申し訳なさそうに、しかしはっきりと「このインタビューをお受けすることはできません」と私と、私の編集担当に言いました。メッシーの「ポルノのような広告バナーの横に、私の対談が載ることは、私の仕事、この本のイメージや品位を貶める」と言われてしまったのです。

メッシーは「女性が縛り付けられている様々な規範にノーをつきつける」という使命を掲げている媒体です。しかし、同時に「セックスのことばかりの媒体」という誤解も受けやすく、私自身も知人から「せっかく良いこと書いてあっても、この広告バナーだから、オフィスや電車で開けない」と言われることがあります。

フィッシャー氏には「メッシーという、誤解されやすい媒体に載ることで、私の仕事や本が誤解される可能性、セックスとレイプは同じなんじゃないかと誤解する人が出る可能性が1%でもあるならば、それは私が引き受けるべき仕事ではない」と言われました。

私も、そして担当編集もその一言で、これ以上の交渉を諦めました。残念ながら、メッシーでの対談は実現できませんでしたが、読者の皆さんにはぜひ彼女の著書を手にとってもらいたいと思い、今回は彼女の著書のレビューを書きたいと思います。

◎性暴力被害者を保護しないことこそが、セカンド・レイプではないか

この本は、レイプという性的、物理的、精神的暴力のみならず、フィッシャー氏という一人の人間・女性に対して、アメリカと日本という二つの国家権力が行った人権侵害との戦いの記録でもあります。

2002年4月、フィッシャー氏はボーイフレンドをバーで待っている間に、飲み物に薬物を盛られ、車に連れ込まれて見も知らぬ米兵にレイプされました。レイプ犯の名はブローク・ディーンズ。フィッシャー氏は事件そのもののショックやトラウマのみならず、セカンド・レイプとしか言いようのない日本の警察による事情聴取にも深く傷つけられました。

セカンド・レイプというのは心理的なレイプとも言えるものです。性暴力被害者に対する事情聴取や診察において、医師や警察官が「なんで一人で夜道を歩いていたんですか」など、被害者に責任があるかのような発言をすること、好奇の目で被害者を見ることなどで被害者を二重に傷つけることをセカンド・レイプと言います。また、犯人を批判することを目的とした報道や裁判でも、その事件が話題にされること、被告人のために行う弁護のための主張や尋問が被害者を傷つけることもあります。

レイプされた直後、日本の警察がフィッシャー氏に対して行ったことは、ボロボロになった彼女を保護したり、病院に連れて行ったりすることではありませんでした。警察は、レイプ犯によって下着も脱がされ、あざだらけになっていた彼女を、レイプされた車まで連れていき、その中でどのようにレイプされたか再現させたり、執拗に尋問を繰り返し、挙げ句の果てには「信ぴょう性にかける」などと言い放ったのです。 警察官たちは温かい慰めの言葉ひとつかけるでもなく、「病院に行きたい」という彼女の訴えを無視して、何時間も「事情聴取」という名のセカンド・レイプを行いました。

数時間後にやっと連れて行ってもらえた病院では簡易な診察しか行われませんでした。驚くことに「レイプキット」、つまり被害者の膣内からレイプ犯の体液を採取し、法医学的証拠を採取するためのキットすらなかったのです。

フィッシャー氏は、日本におけるレイプなど性的暴行、性的犯罪への警察・行政・病院などの対応が彼女の出身国であるオーストラリアと比べていかに遅れているか、いかに被害者をないがしろにするものであるかをこのとき知ります。

レイプ被害者はその直後はもちろん数年以上経っても、トラウマやPTSDなどにより、心に問題を抱えることも多く、自殺の危険性も高いため、24時間体制で被害者を支援する制度が必要です。

しかし、日本にはこうした24時間体制の性犯罪被害者保護センターがありません。フィッシャー氏はこの点について非常に大きな問題意識を持っており、自ら24時間体制の保護センターを設立するための活動をしています。彼女の保護センターは来年初頭に設立予定で、フィッシャー氏は今まさに、そのための準備をしています。

◎何もかもを失った彼女が手に入れた、1ドルという勝利

日本の性犯罪被害者に対するサポート体制の手薄さや、警察・行政・病院でのセカンド・レイプが彼女を、そして日本でレイプにあう人びとを余計に苦しめ続けています。

フィッシャー氏にとって正義を求めるための一番苦しい戦いは、その後でした。

フィッシャー氏はレイプ犯、ブローク・ディーンズを相手取って裁判を起こし、東京地裁は被告を有罪とする判決を下します。命じられた賠償金はたったの三百万円。

しかし、この公判の最中に、被告はアメリカに送還され、そこで名誉除隊となります。アメリカ軍は、この卑劣なレイプ犯に対して、日本で公平な裁きが下されることを妨害したのです。そして、日米地位協定があることから、日本政府もまた彼女の闘いを無視し続け、妨害し続けました。

しかし、彼女は諦めませんでした。アメリカで再び裁判を起こすため、家も財産も失いながら、アメリカに送還されてから行方がわからなくなっていた犯人の居場所を突き止めたのです。その追跡の過程で、ブローク・ディーンズからレイプされた被害者が複数人いること、アメリカ国内においてこのレイプ犯が育児放棄の罪で刑務所に入れられていることが明らかになりました。

彼女はアメリカに渡り、レイプ犯ブローク・ディーンズを相手取って裁判を起こすところまで追い詰めます。

国外で判決が出た事件をアメリカの裁判所が扱うことはこれまで前例がありませんでした。しかし、彼女と彼女の弁護団の粘り強い訴えにより、アメリカの裁判所で審理が行われ勝利をもぎ取ります。フィッシャー氏は、外国で判決が下されたレイプ事件を、アメリカの裁判で闘い、勝訴するという画期的な前例を作り出したのです。

東京地裁の判決がアメリカで執行されることを認める代わりに提示された条件は、賠償金の支払い義務の免除。彼女が受け取った賠償金はたったの1ドルでした。しかし、この1ドルの賠償金こそ、何もかも失い、人としての尊厳さえ踏みにじられたフィッシャー氏がようやく勝ち取った、かけがえのない勝利なのです。

◎レイプ被害の痛みと、執念の闘いを知って欲しい

アメリカ軍はレイプに対して非寛容の姿勢を唱えています。しかし、彼らが世界中で実際に行っていることは、アメリカ軍によるレイプが起こったらとにかく隠蔽しよう、うやむやにしようとしているとしか思えません。

そして、改定されたとはいえ、日米地位協定は相変わらず日米間の不平等条約であり、被害者の救済を第一に考えてはいません。

彼女は、声をあげること、正義を求め続けることを自ら体現し、勝利しましたが、同時にたくさんのものを失い、傷つきました。フィッシャー氏のように闘い、勝利を勝ちとれる人ばかりではありません。日本のレイプ被害者の多くは泣き寝入りをしています。レイプ被害者も、そうではない人も、米軍基地問題に関心がある人も、そうではない人も、すべての人に『涙のあとは乾く』を実際に手にとってもらうことで、レイプ被害者の痛みや、彼女の闘いの何がすごいのか、それを感じ取ってもらいたいと思います。

「すべての女よ、悪女であれ!」――女性誌による悪女像の系譜

◎うちなる「悪女」への憧れを解放せよ!

「悪女」はもともとネガティブなイメージで語られがちだったが、「美人は得」の価値観が社会に蔓延した結果、目指すべき女性像として一部から羨望を集める存在となった、というのが前回までのお話。くどくどと語ってしまったが、「わたし、悪女だから」と言われた場面を想像してみてほしい。「さぞや、おモテになるんでしょうね」と思うはずだ。つまり、「悪女」という言葉は、美人やモテの象徴として現在では流通している。

では、「悪女」は女性ファッション誌や週刊誌などで、どのように語られてきたのだろうか。ちょっと調べてみるとわかるのだが、「悪女」を特集する雑誌記事は、意外なほどに多い。

ひとつのジャンルとして確立されているのが、前回も紹介した「悪女占い」なるものだ。

『女性セブン』(小学館)2001年2月22日号には、古代ユダヤに伝わるという“カバラ数秘術”によって、自分の悪女タイプを判定できる占いが掲載されている。「悪女」のタイプには、楊貴妃、西太后、クレオパトラ、阿部定などそうそうたる悪女オールスターズが並ぶ。ちなみに著者(男)は、マリー・アントワネットタイプの「悪女」で、「男は超イケメンかお金持ちじゃないと許せず、利用価値がないとわかったとたんポイ捨て」なんだそうだ。

“カバラ数秘術”がなんなのかは寡聞にして存じないが、「あなたに隠されたホントの魅力」という見出しからわかるのは、「女ならば、誰もが悪女の要素を持っている」との考え方が前提にあることである。同ページに美容整形の広告が載っているのが、なんとも趣深い。

『JJ』(光文社)2002年10月号の「悪女占い」は、質問に答える形で悪女タイプを芸能人の性格別に判定できる。叶恭子、神田うのといった誰もが納得できるタイプがいる一方、松嶋菜々子、深田恭子といった一般的には「悪女」のイメージが薄い芸能人も槍玉に挙げられている。美人という理由だけで「悪女」扱いされるのも、ひとつの勲章なのだろうか。

『JJ』の見出しには、「実は密かに憧れちゃう?」という煽りが使われている。「密かに」は、『女性セブン』の「隠された」と同じニュアンスの言葉だ。女性誌でこうしたエクスキューズが用いられるところを見ると、「悪女」という言葉の持つ複雑さを認めざるを得ない。

つまり「悪女」のネガティブな印象に後ろめたさを感じるものの、実は密かに憧れている。しかし、女ならば誰もが「悪女」の要素を持っており、うちなる欲望を解き放つべきだ、ということだろう。「悪女占い」は、そうした潜在意識に気付かせるカジュアルな方法であり、普段は表立って語ることができない「悪女」への羨望をくすぐるコンテンツなのである。

◎つまようじでキスマークを消す70年代の悪女

『女性セブン』2013年3月7日号では、「悪女シリーズ」などの作品で知られる作家の越智月子がインタビューに応えている。いわく、「女性は誰しも心のどこかで悪女に憧れている」「女同士って、パッと一目会った時から、“この人にはかなわないな”とか“この人より勝っている”みたいなものが直感でわかる」のだとか。女同士の間でパッと一目会った瞬間に、格上か格下かの判断が下され、「悪女」は戦闘力が高い格上の女として扱われる。

ならば、女性誌が提唱する格上の「悪女的な生き方」とはどのようなものなのだろうか。「性と愛のあらゆる場面で、すぐに役立つ ちょっぴり悪女の悪知恵21章」と題された『女性自身』(光文社)1974年5月25日号の記事は、時代が古いだけにかなり笑える内容だ。

まず、当時は保守的な家庭が多かったせいか、「悪女」のための親対策が紹介されている。外泊を承知させる方法のほか、「鍼の代わりに、つまようじで周囲をチクリチクリ。1日2回ずつ」などといった、本当に効果があるかどうかわからない謎の「キスマークの取り方」が指南される。加えて、乱れたあとの化粧法として、「黒砂糖入りパック」なる怪しいものの作り方まで掲載。砂糖は喫茶店のシュガーパックでもいいというから安上がりだ。そもそも、実家に住み、親の目を気にしている時点で、ずいぶん行儀のいい「悪女」である。

さらに、男への対策として「処女のふりをする方法」という悪女ハック(?)が紹介される。親と男の前では清楚で通すことが、当時の美徳とされていたのだろうか。ここでの「悪女」はあくまで内面的なものであり、おおっぴらに解放させるものではないことがわかる。

一方、時代が進んで『週刊女性』(主婦と生活社)1988年4月26日号では、もう少しオープンな悪女像が提示される。浮名を流した当時の人気女優たちを紹介し、「色白で肌をぜったいに焼かない」、「ストレートか大きなウエーブのロングヘア」、「ダイヤのピアスをさりげなく」、「シャネルのバッグ」「1足3000円のストッキング」といった悪女像をイラストで紹介している。「美人でなけりゃダメ。ブスだったら、ただの性悪女!!」と手厳しい。

「HOW TO 悪女」というコーナーでは、恋愛と結婚は別であり、「恋の相手はハンサムで遊び上手なカルイ男、結婚するのは金持ちで尽くしてくれる男」。さらには、「男の数だけ資産を増やす」「目的別に男を作る」「男のライバル意識を利用する」といった言葉が並ぶ。

同じく『週刊女性』による2015年2月24日号の特集「男を惑わす悪女のテクニック」は、かなりあけすけだ。「男を本気にさせ、意のままに操り、金を貢がせる」方法を、歴史上の悪女から学ぶ内容となっている。「男を惑わす女=悪女」が特集の定義になっているようだ。

美しさ、性的魅力、自己演出力、社交スキルといった「エロティック・キャピタル」をフル活用し、男をゲットして利益を得る。女に生まれたからは、うちなる悪女性に目を向け、それを上手に利用しない手はない。それこそが悪女的な生き方だ、ということだろうか。

◎『an・an』が提唱する強い悪女像

これらの悪女像に共通点して見られるのは、男性中心社会を前提としていることだ。社会が男を中心に回っているなら、その前提を逆手にとって世の中を上手に渡っていけばいい。悪女にしてみれば、男なんてチョロいもんである。だから、過剰な「逸脱」はしない。既存の社会から逸脱してしまったり、壊したりしてしまっては「ハック」にならないからだ。

「男から利益を得る」という発想は、「男が利益を独占している」ということの裏返しにほかならない。それに対するレジスタンスとして、悪女的な生き方が提示される。「利益をこっちにもよこせよ、おら!」というわけだ。つまり、「男が利益を独占している社会構造」の転覆を狙うのではなく、あくまで既存ルールの隙をついた、ゲリラ的な局地戦を仕掛けている。男からの眼差しを内面化し、それに過剰な抵抗をしない作法だと言えそうである。

もちろん、こうした悪女像に対して反感を持つ者もいるだろう。「悪女」なら男からの眼差しを気にせずに、もっと強く生きるべきだ。男に媚びる必要なんてない、と。そのような強い悪女像を打ち出してきた雑誌の一つに、ご存知、『an・an』(マガジンハウス)がある。

1986年4月18日号では、「少し 悪女の 感覚。」という特集で、当時の現代的な「悪女」のライフスタイルを、外国人モデルを起用したフォトグラビアとともに紹介されている。

「仕事を早めに終えて、化粧室で素早く変身。6時きっかりに、いい顔でオフィスを出たいから」

「上司にチクリと言われても平気。その分、昼間はテキパキ、無駄口なんかしないで、人一倍働いているって自信を持って言えるから」

「男に独占されたくないし、ちやほやされるのもまっぴら。好きな男がこっち向くと、急にプイッと無視したくなることもよくある」

「男のために料理をしない、そんな女になる」

「ブーブー、とクラクションの音。2回だけしか鳴らさないでね、と私の言いつけを守る彼を罰として15分待たせる」

「5つ星のホテルのダブルとシングルの2つの部屋。シングルは私の名前で予約する。(中略)その気にならなければ、彼を置いて帰る、そんなこともできるように私だけの部屋をいつもリザーブしておく」

「男と一緒に朝を迎えない」

なんとも、ずいぶんな「悪女」である。クラクションのくだりに至っては、なぜ言いつけを守ったのに、罰として15分も待たされてしまうのか、わけがわからない。しかし、おそらく伝えたいメッセージとしては、「男の眼差しに絡め取られるな」ということだろう。

また、同号では、「私なら、こんな悪女になりたい。」というコーナーもあり、女優や作家が自身の悪女像を披露している。女優の秋吉久美子は、男の前で、そそるようなポーズを取るような「悪女」を「いわば日帰りコースの悪女」と批判し、「本当の悪女ならば、男の眼を意識なんてせずに、自分の世界で生きているはず」としている。さらに、1998年8月7日号では、作詞家・プロデューサーの秋元康が「普通の女の子って、これはいけない、あれもルール違反だとかいって、気持ちや願望を押さえ込んでしまう。(中略)魔性の女はそれと正反対のことをしているから目立つ、だからモテるんですよ」と自説を述べている。

男に媚びるのは、「日帰りコース」の甘ちゃん「悪女」であって、本格派は違う。男の眼を意識せずに、我が道をいくのが本当の「悪女」なのだ。しかし、なぜ「自分の世界で生きる」ことが悪なのだろうか。やはり、ここにもなにか抑圧的なものを感じざるを得ない。

つまり、これも男性中心社会の転覆を狙ったものではない。構造を無視する。無化する。男性中心の構造をないものとして扱って、自由に生きる。しかし、根本的な問題とは対決せず、構造そのものは別の場所で温存されたままなのである。「悪女」に、男性中心社会の転覆を狙う「革命型」、男の眼差しを内面化する「順応型」、男の眼差しを無視する「逃避型」の3タイプがあるとするならば、後の2タイプが女性誌の推す悪女的な生き方なのだ。

悪女性の解放は、ほどよくが一番。これが女性誌のたどり着いた、現代的な悪女像である。

女性の受動的なセックスの背景には「家族の期待に応えたい私」がある『さびしすぎてレズ風俗に行きましたレポ』

こんにちは、さにはにです。今月も漫画を通じてこれからの女性の生き方のヒントを考えていきたいと思います。よろしくお願いします。

 今回ご紹介するのは、 永田カビ先生の『さびしすぎてレズ風俗に行きましたレポ』(イースト・プレス)です。Pixivに投稿されたエッセイ漫画の閲覧数が480万回を超えたことで話題となり、出版される運びになったそうです。実は私も話題を聞きつけて、出版前にPixivにて作品を拝読したひとりなのですが、ライブ感があるPixiv版に比べて、書籍版は描写や情報が整理されより読み応えのある作品として仕上がっている印象を持ちました。作品の一部は現在でもPixivにて閲覧可能とのことですが、ここはぜひ、全面改稿された書籍を手に取ることをおすすめしたいです。

 性に関する多くの物語と同様、本作は承認(=居場所)を得るべく困難を乗り越える格闘の過程として読むことができるでしょう。そのステップを実直に記述しているからこそ多くの人が共感し、本作を読むことによって救われたのではないかと思います。肉感的な要素を持ちつつも整理された絵柄やイラスト的なコマ運びによって婉曲されてはいますが、本作で作者が提示する格闘の過程はかなり重く、グロテスクなものです。

 高校卒業以降社会になじめず、過食や拒食、リストカットなどを繰り返し、日常生活もままならないほど追い込まれた作者が自問自答の末にまずたどり着いたのは「私、自分から全然大事にされていない」との気づきでした(文字にしてみると些細な気づきにも感じられるかもしれませんが、この発見の重要さと作者に与えたインパクトはぜひ本作で確認していただきたいところです)。これを端として、親の愛情を得るために「大人になってはいけない」との思い込みを持っていたこと、性的関心を封印していたこと、これらの問題を乗り越えるべく「レズ風俗」へ赴く過程が詳細に記述されていきます。

 「レズビアン」であるかどうかにかかわらず、現代社会において女性が性的関心を自覚することはある種の難しさを伴っています。また、それは親との関係や自己肯定感と切っても切れない関係にある事実は、社会学に限らず多くの研究が示している所です。

 たとえば、女性高校生を対象に「自分の家庭に対して楽しいイメージ」が「ある」とした人「ない」とした人を比べてみた場合、自分自身への満足度や学校生活への評価に差があるだけでなく性的経験の有無にも3倍ほど差があることがわかっています。性的関心の有無は「自然」に生まれるものではなく、性に対する印象やその後の性体験とも関わりがあります。このあたりの関連についてデータで確認しながら整理してみましょう。

◎主体的な性的関心は、性をポジティブに捉えやすい

 今回使用する「青少年の性行動全国調査」は1974年に開始され、ほぼ6年間隔で今日まで続けられている継続調査です。調査にもいろいろな種類がありますが、継続調査の大きな特徴として「基本的には同じ質問を使い続ける」という点があります。それによって日本の青少年における「変化をとらえる」ことができるという前提で設計がなされています。また、若者を対象に性に関する調査をしていると「真面目に答えていないのでは」「実態を反映していないのでは」といった質問がよくあるのですが、何十年もの期間を使って積み重ねた数万ものデータアーカイブがあるためにこのような「誤差」を見つけやすいというのも大きな強みだといわれています。

 この調査でいわれていることのひとつに、若者の性に対するイメージが変化しているという状況があります。たとえば、1988年には性に対するイメージを「楽しい」とした男性は40%、女性は13%でした。しかし2011年には男性が64%、女性で49%が性に対するイメージを「楽しい」としていて、大きな変化が見られています。しかし、これはあくまで日本全国の中高、大学生をならした結果です。なんといっても女性で5割程度の支持なのですから、「私は性に対して『楽しい』なんて思えない」「周りの友達をみてみても『楽しい』なんて言っている人はいない」という感想を持つ人も少なからずいると思います。性に対するイメージは「性に関心があるか」と大きな関わりがあることがわかっていますので、こうした印象の違いは関心の強さを反映したものとして理解することもできるかもしれません。

 図2に「楽しい」、「恥ずかしい」、「汚い」、「重い」、といったイメージに対して「はい」と回答した人の割合を、男女別、性に対する関心の有無別に示しました。

 図2から読み取れることは、イメージにおける男女の差というのはたしかにあるのですが、それよりも関心の有無による違いが目立っているという現状です。

 「楽しい」と答えた人は「性に関心がある」男性で69.1%、女性で67.8%と男性がやや多く、「性に関心がない」場合も同様に男性で29.2%、女性で27%とやなり男性がやや多くなっています。しかし「関心がある」では男女ともに7割、「関心がない」では男女とも3割であるという点に注目すれば、「楽しい」と答えるかどうかは、男女の違いよりもそもそも「性への関心の有無」による違いが大きいということが見えてきます。

 「性への関心への有無」が意味する具体的な行動としておさえておきたいのは、そもそも「関心がある」女性は男性に比べて少ないですが、性的な意味を持つ漫画や雑誌、WEBなどへのアクセスは、性への関心がある場合には男女ともに高くなり、また、自慰行為の経験率も高くなるという事実です。性に対する主体性の獲得は、性別に関係なく性に対してポジティブな側面を見出しやすいという点がポイントだといえると思います。

◎女性にとってセックスは「自ら選んだもの」ではない

 図2では性に対するイメージの持つ影響は、性別よりも性的関心の有無にあることを示しました。しかし、性に対するイメージについて考える際には、もうひとつ踏まえておきたいことがあります。それは実際のセックス経験が与える影響です。大変興味深いことにこれには男女で差があり、男性の場合、性的関心の有無による影響が性交経験を持つことによって打ち消される様子です。統計的な事情をはぶいてごく簡単にいうと、それまで性に関心があろうがなかろうが、セックスを経験すると性に対するイメージはだいたい同じになってくる(概ねポジティブになる)という状況が男性にはみられるというわけです。

 もちろん、厳密に言えばその時の相手やシチュエーションによってイメージはよくなったり悪くなったりします。しかし統計的にみてみると、男性の場合は、はじめてのセックスの相手は同い年または年下で「自分から言い出した」(「言い出さざるを得なかった」というのも含めて)というケースが多いことが事実として確認できています(関連するデータを、本連載の第一回「初体験はどちらから? 『東京タラレバ娘』からみる男女恋愛不平等論」で紹介しています)。性に対するイメージは、主体性が関わっているという見立てに即して考えれば、男性にとってはセックスそのものが主体性を発揮できる場だとする位置付けが可能といえそうです。

しかし女性の場合はそうはなりません。図3に示したように、性交経験を持つ女性同士を比べたとしても、そもそも性に対して関心があったかどうかはイメージと関連していることがわかっています。たとえば、性は「楽しい」とした女性は「関心あり」では77%ですが、「関心なし」では42.9%となっていて、35ポイントもの差があります。セックス経験の有無にかかわらず比べた状態である図2では「関心あり」67.8%「関心なし」27%でしたから、セックスの経験がある人の方が全体的にポジティブな印象を強めているという状況は、男性と同様です。しかし関心の有無による違いを打ち消すほどの力を持っているとは言えなさそうです。「恥ずかしい」「汚い」「重い」などにおいても同様で、セックスの経験がないよりはあった方がポジティブにはなり得ますが、それでも「関心の有無」による差は維持されています。

 素直に考えれば、これは先ほどの男性の状況と対になっているとみなすことができるでしょう。つまり、男性にとっては主体性を発揮する場であるセックスの経験は、(その対象であると統計的には推察される)女性にとっては受動的な場であるということです。自ら選んだものではないために主体性が発揮しにくく、イメージも変化をしにくいというわけです。

◎本作は社会のどの部分を切り取っているのか

 ここまで、性に対する関心と性へのイメージは深く関わっていること、男性にとってセックスの経験がこれらを覆すチャンスとなり得るが、女性にとってはそうとも言えないことを確認しました。また、これらの背景として、性に対して主体性を発揮するメカニズムの男女差があるといえそうです。

 それでは、女性にとって性への主体性を獲得する背景にはなにがあるのでしょうか。社会学者の石川由香里は、女子中高生と性的関心との関係について、家族仲、母親の職業、個室の有無などが影響を持っていることを指摘しています。簡単に要約すると、母親が専業主婦で家族仲が良く、個室がない場合は性に対する関心を持ちにくくなり、そうでないと持ちやすくなるというわけです。まさに、「性的関心を自覚するためには親との適切な距離感が必要だ」という永田カビ先生が本作で身を削ってあばきだしたメッセージの説得力がこのデータからも推察できるように感じられます。

 素朴に考えれば、母親が専業主婦で自室がないような生活環境は親からの「監視の目」が厳しく、そのためこっそり漫画を読むこともままならず性的関心を発揮できない状態にあるとみなすこともできるかもしれません。しかし、そこにはもう少し複雑なメカニズムがあるというのが永田カビ先生の主張です。「私、自分から全然大事にされていない」との発見にたどりつく過程において、作者は「私、親の要求に応えたいんだと思っていたけど、”親のごきげんとりたい私”の要求で動いていたんじゃ……」との気づきを得ます。永田カビ先生が鋭く指摘するメカニズム――”親のごきげんとりたい私”が”自分の本心”を無視しているという見立て――は、アメリカの社会心理学者G.H.ミードによる古典的名著『精神・自我・社会』で展開されている自我のモデルに極めて近いもののように感じられます。

 ミードの見立てによれば、自我とは社会化された自己(me)とそれによる自我の反応(I)のやり取りの過程として位置づけられます。meとは社会的な常識や枠組みに即して形成された自分自身で(その常識の源泉とはもちろん親や教師です)、Iは常識や枠組みに収まりきれない剥き身の自分自身です。

 本作の枠組みに即して考えれば、me=”親のごきげんとりたい私”、I=”自分の本心”といえるでしょう。meとIの両方が十全に表現されることが、自我にとって本質だとするミードの議論に即して考えれば、どちらかがどちらかを抑圧する状態はまさに「自分で自分を大事にできない」危機的状況と位置づけることができます。本作最後に示されている「親不孝が怖くて自分の人生が生きられるか!」との宣言はmeを黙らせてIの声を聞くことの表明であり、その過程において健全さを取り戻した作者の到達点を示す重要なセリフです。

 ダヴィンチニュースに掲載されたインタビューで、永田カビ先生は本作の発売によって親との関係が「人生最大規模といっていいほど変わった」としたうえで「他人や世間一般との比較ではなく、『自分はこれをしたら、これだけしんどい』と気づけるよう、自分で自分に耳を傾けてあげてほしい」とコメントしています。データ的に考えれば、本作と同じような苦境に立たされている「若い女性」はまだまだ多くいるように感じられます。このような閉塞状況を打破する第一歩を明確に示しているからこそ、本作は多くの読者から支持され、共感されているものと思われます。次回作もすでにスタートしているとのことです。永田カビ先生の今後の活躍を、楽しみに待ちたいと思います。

■ 永田夏来
さにはに先生。ニックネームの由来は"SUNNYFUNNY"(パラッパラッパーというゲームのキャラクター)→"さにふぁに"→"さにはに"です。1973年長崎県生まれ。2004年に早稲田大学にて博士(人間科学)を取得後、現職は兵庫教育大学大学院学校教育研究科助教。専門は家族社会学ですが、インターネットや音楽、漫画などのサブカルチャーにも関心を持っています。

【祝・芥川賞受賞】コンビニという“人工子宮”に孕まれることで、母の“子宮”から逃走する村田沙耶香『コンビニ人間』

 第155回の芥川賞に、村田沙耶香さんの『コンビニ人間』(文藝春秋)が選ばれました。近作の『殺人出産』や『消滅世界』も話題になり、受賞作『コンビニ人間』は、初候補ながら選考委員の圧倒的支持を得たといいます。

 一貫して人間のジェンダー・セクシュアリティや家族の有り様を問う作品を発表し続けている村田さんですが、今作『コンビニ人間』は、『殺人出産』や『消滅世界』の思考をさらに発展させ、より具体的に昇華したもので、鋭い観察眼をリアリティをもって描写する著者の力量を魅せつけられる傑作です。

 『コンビニ人間』は、タイトル通りコンビニが舞台であり、主人公は36歳の独身女性、コンビニでアルバイトとして働いています。大学を卒業してから18年間、同じ店舗に勤務している主人公の設定が、大学在学時から18年間コンビニでアルバイトを続けているという村田さんのプロフィールと重なるため、いわゆる私小説のような物語への作者の投影効果がありますが、これは良い意味で裏切られます。後述しますが、物語に作者という生身の、親ともいうべき存在が介入できない、私小説性を拒む構造があるのです。

 コンビニの仕事を通してのみ自身の存在意義を感じる主人公は、「結婚(恋愛)」や「就職」によって社会の一員になるという“普通”の価値観を押し付けられることに違和感を覚えています。抵抗でも迎合でもなく、ただただ主人公は“普通”の価値観がわからないのです。

◎「人と人が恋愛する欲望」

「恋愛に興味がわかない」「就職に興味が持てない」という主人公に対して、彼女を愛する家族たちは“普通”がわかるように“治って欲しい”と願います。産まれてから“普通”の状態であったためしがない人間が“普通”を理解し内面化することを“治る”と表現する彼女を愛する家族たちの行動は、「愛情」や「思いやり」に基づくものですが、同時に、一人の人間を勝手に“病気”“異常”扱いし、ありのままの彼女の思考や生き方よりも世間の“普通”の価値観を重んじることに他なりません。友人や同僚は、“普通”ではなさそうな彼女を“普通ではない”という理由で咎めたり、“普通ではない”彼女の“普通”の部分を見つけようと詮索します。

 主人公の周りの人間はとりわけ、36歳独身アルバイトである彼女に「恋愛」や「結婚」を期待し、人を愛せない深刻な病気扱いしたり、恋愛においてたどる過程を決めつけたり、とにかく勝手に妄想します。

 これは、現実にもままあることです。優れた業績を残し注目される人物へのインタビューにおいて、その業績に関係ない配偶者や恋人に対するエピソードや理想を問うことはよくありますし、誰かと「恋愛やセックスにおいてどんな人がタイプか?」という話をすることを、“ガールズトークの必須要素”や“親密さを深めるとっておきの方法”と認識している人も少なくありません。

 「結婚」は、今なお世界中で信仰されている制度です。今日のように同性婚の是非が話題になること自体が、社会において「結婚」「一対一の恋愛(モノガミー)」が強固な規範としてあることの象徴ですし、ロマンティックラブイデオロギー、「恋愛」や「性欲」という感情が、どれだけコミュニケーションにおける特権として君臨してきたかということを証明するものです。

 人間は、あらゆる感情の中でも「恋愛」や「性欲」を、自身のアイデンティティとして殊更重要視するきらいがあるということは、自明すぎて、“普通”すぎて、しばしばジェンダー・セクシュアリティの領域でも忘れられます。

 「LGBT」という名称を用いて紹介されることもあるセクシュアルマイノリティの連帯や運動には、「同性愛や両性愛は治療が必要な病気ではない」という大前提がありますが、「LGBT」の頭文字には含まれない、恋愛感情がないAセクシャルや性欲がないノンセクシャルといったマイノリティの「人と恋愛する欲望や性欲がなくても異常ではない」という主張は、同様に前提化されていると言えるでしょうか? 「『誰かを愛する気持ち』は自然なことだ」と称賛される一方で、「誰も愛さなくてもおかしくない」と認める働きかけは多くありませんし、あったとしてもスルーされがちです。

 それには、セクシュアルマイノリティの連帯や運動の多くが権利獲得のためのものであることや、社会構成員の割合の問題など様々な要因が関係しますが、この社会の人間のコミュニケーションが「人と人が恋愛する欲望」を信用の担保にしていることも関係しているように思えます。

 『コンビニ人間』は、「人と人が恋愛する欲望」を信用の担保にしている社会をユーモアたっぷりに描き出します。主人公はそうした社会から迎合を迫られたり、あるいは、イデオロギーに反旗をひるがえすことによって社会を内面化することを求められますが、精細なマニュアル通りコンビニで働くことによってのみ自らを社会の一員(=部品)であると感じる主人公は、「人と人が恋愛する欲望」を内面化することができません。はじめから、社会が交渉可能な相手ではないのです。

◎子宮からの逃走

 『コンビニ人間』は、前2作の『殺人出産』『消滅世界』と合わせて、三部作なのではないかと推測します。何についての三部作かと言えば、「子宮」、もっと言えば、「逃れられない母の身体からの逃走」にまつわる三部作です。

 「10人生めば1人殺すことができる」という法律が制定され、男性も閉経した女性も、人工子宮と人工授精技術で妊娠出産できるという世界を舞台に、人を産むためではなく人を殺すための出産をする子宮が描かれた『殺人出産』。

 セックスによる妊娠がほぼなくなり、人工授精が“常識”となった世界で、例外的にセックスによって生まれた主人公が、夫婦や家族という概念を排し、葉書がきたら年齢・性別を問わず人工受精し子供を産み、産まれた子供は個人によってではなく社会によって育てるという「実験都市・楽園(エデン)」に移り住み順応する『消滅世界』。

 コンビニのアルバイトとして、マニュアル通りに労働することによってしか自身の存在意義を感じられない主人公が、「恋愛」や「就職」という社会の“普通”と対峙する『コンビニ人間』。

 「コンビニ」には、毎日どこかの工場で製造された食品が届きます。店頭ではそれら加工食品を販売するほか、フランクフルトやからあげ棒などを調理し、それらを陳列し販売します。新陳代謝のように、日々どこかで製造された食品を取り込み排出する場所であるコンビニの特徴のひとつに、「調理加工された食品を販売する場所であり、料理を提供する場所ではない」というものがあります。調理と料理の違いを簡単に説明すると、「料理には物語があるが、調理にはない」ということになります。

 調理とは、食材を加工して食べやすくする過程です。料理は、調理の意味を含みますが、献立を考えたり提供する相手のことを慮ることが加味されたものであるため、必然的に、「料理」は「家族」や「恋人」といった人間の関係性の物語を孕むのです。コンビニに届く「すでに調理加工された食品」には、その物語がありません。

 人間の関係性の物語を孕む料理ではなく、どこかの工場から届いた調理加工された食品を陳列し、フランクフルトや唐揚げ棒を調理し、それらを販売するコンビニは、物語のない食べ物によってのみ成立する場所であり、主人公がそれらの食べ物を身体に取り入れることは、「家族」や「恋人」という物語からの逃走になり得るのではないでしょうか。そうであれば、「コンビニ」とは、人間の関係性の物語を持たない人間を飼育する人工の子宮のような場所と考えられます。

 先ほど私が、『コンビニ人間』の主人公と作者の村田沙耶香さんには共通するように見える部分もあるが、『コンビニ人間』には、物語に作者という生身の、親ともいうべき存在が介入できない、私小説性を拒む構造がある。と述べたのは、物語の中でコンビニが、「関係性の物語を持たない人間を飼育する人工の子宮」という装置になり得るからです。

 『コンビニ人間』の主人公は、「コンビニ」という「関係性の物語を持たない人間を飼育する人工の子宮」に孕まれることによってのみ存在意義を感じ、コンビニという人工の子宮に孕まれることによって、家族や恋人の物語、女性性や“普通”から逃走します。

 あらためて前2作と比較してみましょう。『殺人出産』の主人公は、母から産まれた自分とは違い、センターからもらわれてきた養子であった姉の世界を肯定し、人を殺すために人を産む姉の意志を引き継ぎます。『消滅世界』の主人公は、人工受精が“常識”となった世界で、「恋愛」と「セックス」の物語を主人公に刻み込んだ母を、「恋愛」と「セックス」が忘れ去られた「実験都市・楽園(エデン)」のマンションの一室に監禁します。

 これらは一貫して、母の身体・母の子宮の拒絶であり、母の身体(子宮)の呪縛からの逃走と闘争の物語だと言えます。

 「女性性」や「母としての身体=子宮」の悲喜と対峙し、葛藤し、最終的に建設的に折り合いをつけていくのが、これまでの日本の「フェミニズム○○」の売れ筋であり、マジョリティの女性表象でした。しかし当然、世の中には様々な欲望を持った女性が存在します。

 ですから、村田沙耶香さんのような、マジョリティの女性表象自体を問うようなスタイルの作家が芥川賞を受賞することは、ジェンダー・セクシュアリティスタディ−ズの観点からも、大変喜ばしいことであると思います。

■柴田英里/現代美術作家、文筆家。彫刻史において蔑ろにされてきた装飾性と、彫刻身体の攪乱と拡張をメインテーマに活動しています。Book Newsサイトにて『ケンタッキー・フランケンシュタイン博士の戦闘美少女研究室』を不定期で連載中。好きな肉は牛と馬、好きなエナジードリンクはオロナミンCとレッドブルです。現在、様々なマイノリティーの為のアートイベント「マイノリティー・アートポリティクス・アカデミー(MAPA)」の映像・記録誌をつくるためにCAMPFIREにてクラウドファンディングを実施中。

駅弁・腰痛・インポ…チョコボール向井、AV全盛期を語る/インタビュー【1】

「本名は“向井山”でしてね。山までついたらお相撲さんみたいでしょ。だから、短くしたんです」 「小さい頃は、わりと体が弱くて、病気にかかってばかりだったから、鍛え始めて」

 がっしり色黒な見た目は昔のままに、ソフトな口調で身の上話から始めてくれたチョコボール向井さん。90年代のAV界で、「駅弁スタイル」で個性派男優として人気を博し、プロレスラーとしても活躍していた男性です。現在は、新宿2丁目でバー『チョコボールファミリー』のマスター。お店を始めて今年で10周年目、そして、ご自身は50歳を迎える節目の年に、“向井山さん”は、今“性”とどう向き合っているのか、お話を伺いました。

◎「アソコがチョコボールみたい」でトントン拍子

――最初に、チョコさんがAV男優なる前のことを教えてください。プロレスラーを目指していたんですよね?

チョコ 高校を卒業してから、新日本プロレスの入団テストを受けて、練習生として少しやって。まぁ、すぐ辞めました。人間関係もキツくて。ま、子供だったんでしょうね。すぐ逃げて。

――AVの世界に出会ったのは、プロレスを辞めた後だったんですか?

チョコ 辞めた後。すぐ逃げちゃったけど、夢は持ってたんですね。いつかまた、プロレスラーをやれる時が来るんじゃないかなと。だから、18歳から3年間ほどは身体を鍛えていましたね。やり直しのきっかけを待っていたような日々でした。

――フリーターをしながら?

チョコ そう、転々とバイト。住み込みで働いたり、日雇いのバイトばっかり。ラブホテルとか、パチンコ屋とか、ヘルスとかソープのボーイとか……風俗関係が多かったですね。20歳の頃、そろそろ身の振り方を考えなきゃと思いました。当時、体重が90kgくらいあって、体型も丸々してたんですけど、ボディビルの鍛え方に出会って、大会に出たりもしていたんですよ。今みたく設備の整った大きなジムなんてないし、パーソナルトレーナーとかもいない、町の中にポツンとある小さなジムで、トレーナーみたいなバイトをしながら自分の身体も鍛えて。ボディビルの大会に出るために肌を焼かなきゃいけなかったんで、週に2回は日焼けサロンで焼いてましたね。もともとは、どっちかというと白いほう。だから、“チョコボール”の原型を作ったのは、ボディビルの世界だったかもしれない。

――というと?

チョコ AV男優の面接を受けたときに、斉藤修さんという名監督が「キミのタマタマの色がチョコボールみたいだね」。それで芸名がチョコボール向井になった。

――そのお名前は「タマタマの色」だったんですか! それにしてもどうしてAV男優の面接を受けることに?

チョコ ジムトレーナーのバイトに落ち着いていたけど、エロイのも好きだったんでね、風俗業界のことも忘れられずに、何となく雑誌をパラパラとめくってたら『AV男優募集!クリスタル映像』って出ていたんですよね。AV男優の募集って、珍しいなと思って。あとで知ったんですけど、そういう求人広告で男優を集めることはあまりないんですよ。

――普通は、どんな流れで男優になるものなんですか?

チョコ 人のツテが一番多いです。この世界、ただのやりたがり、SEXしたい、女優さんとしたい、気持ちいいことがしたい、お金が貰いたい、そういう安易な動機で飛び込もうとする男が多いんですよ。最初の動機は、皆そうなんですけど、それを仕事として捉えるのがAV男優でして。

――大勢の人前で、演技しながらタイミング良く勃起して射精しなければならないですもんね。チョコさんは、そのクリスタル映像の男優募集に応募して、すぐに合格したんですか?

チョコ 新宿で面接を受けて、連絡先交換して、1カ月後にスタジオに行って、AV男優の一歩を踏み出し始めました。やってみたら、すごく自分に向いてるって思って。20人くらい応募者がいて、私だけ、チョコボール向井だけがデキました。

――デキたというのは、撮影で勃起→射精をキメることが?

チョコ そうです。やっぱり普通、勃たないんですね、緊張で。いくら、綺麗な女性が相手でも、周りに人がわんさかいると、男って気が散って勃たない。でも、私だけは勃ってた。チョコだけはビンビン。そういう経歴でAV界に入ってですね、90年の1月にAVデビュー。タイトルは『男優さん、いらっしゃい』。その時の相手がまた良くて。90年代を代表するAVスターの樹まりこさん。当時の大スターと共演できた事が、私のラッキーなところでして。

――そこからはチョコさんご自身も男優スター街道に。

チョコ もともとの素質もあったんでしょうね~。あの当時は何を見ても勃ってましたから。自分では、とりわけ性欲が強いなんて思ったことは一度も無くて。でもAV界に入ってハッキリとわかったんですね。勃ちがいい。とにかく人が見てても、誰が見てても勃つ。連発で勃つ。ただ、今振り返ると、当時は雑、というか、テクニックなんて考えてなくて、バンバンやっては勃って、間を置かずにやって、だった。

――ちなみに、そのオーディションを受ける以前、衆人環境で勃起したことはあったんですか?

チョコ ないです。初めての世界。何にも意識していなかったんですね。撮影がどうとかじゃなくて、何にも考えてなかったんでしょうね。AV自体もそこまでは好きじゃないというか、樹まりこさんも、有名なのは知っていたけど、作品を見たことはなかったですね。

――よく知らなかったから、緊張せずにやれたのかもしれませんね。デビューしてからはトントン拍子だった?

チョコ トントン拍子。とにかく異常な勃ち方だったんで。当時は、モザイクが大きかったから、本番をする必要がなくて、実は男優はそんなに勃たなくてもよかったんですよ。そういう中で、最初から勃ってたんですよねぇ。そして、勃ったまま萎えない。そういうのがAV男優に向いたんでしょうね。非常に良く勃つ男優が入ったという噂がすぐ業界内に広まって、いろいろなメーカーさんから「うちの作品にも出てください」ってひっきりなしに仕事が舞い込んできましたね。当時、マッチョな男優はいなかったんです。色黒もいなかった。異質で珍しかった。

――パワフル系の男優さんがいなかった中、重宝されたんですね。

チョコ ありがたいことに。最初はボディビルトレーナーのバイトをやりつつ、男優のバイトをしようくらいの考えだったんですけど、次から次に仕事がきて、デビューした1カ月後くらいにはジムのほうの仕事を辞めざるを得なくなりました。AV一本でやっていこうって決めて。デビューの半年後には、月に大体20~25本のペースで出演するようになっていました。

――ボディビルのトレーナーよりも、AV男優の方が給料は良かったですか?

チョコ もちろんですよ。フィットネス産業が成長してない時で、ただの受付のお兄ちゃんみたいな感じのアルバイターがもらえる給料なんてたかが知れていて、一カ月毎日ずっと入ったって20万円くらいにしかならないです。これはずっと続けていたら、ダメだなと思ってました。かたや、AV男優の世界は初任給3万円。本当は1万円から始まって、中堅で3万円、トップの人でも1本出演して5万円です。

――なぜチョコさんは3万円スタートに?

チョコ 人前で本番ができた。勃った、挿れた、出した……これは自分何気なくやった動作なんですけど、普通出来ないんですよね。出来たからこそ、3万円男優からスタートできたんでしょうね。3年目の頃には、もうチョコボール向井っていうキャラクターが確立されていましたが、その当時、AV男優という存在が注目されていない中で、突出して取材されることが多かったですね。特異なキャラクターで。まぁ、運がよかったなぁと。

――そこからスタートして……

チョコ 20年やりました。90年から2010年になるまでだから。

――42歳までってことですね。飽きたりスランプに陥ったりすることなく20年過ぎましたか?

チョコ 最初の頃は面白かったですからね。毎日のように撮影があって、裸になることに抵抗がなかったんですよね、全く。脱ぐでしょ、撮影前にシャワー浴びるでしょ、監督と打ち合わせして、女優と話をして、「はい、始めましょう。よーいスタート!」とカメラ回るとですね、その瞬間、女の子「ア~ン」ってなって。いきなりフェラとかされちゃうし、こんな面白い世界ないなと思ってね。もともとそんなにAVを見るほうじゃなくて、全てが新鮮だったから出来たんでしょうね。プライベートの女性経験にしても、どちらかというと奥手な方だったかもしれないです。

◎AV男優3年目にして、インポと急性腰痛の窮地

チョコ 男優3年目の時にちょっとだけ、スランプに陥りまして。慣れすぎて、何を見ても、仕事では、勃たなくなっちゃったんですね。最初の頃は、どの撮影行っても、新鮮だったけど、月間20本撮影ペースだと、女の人の体見ても、何を見ても面白くないっていうか、何にも感じなくなっちゃう。

――今でいうバイアグラ的な医薬品は、当時なかったんですか?

チョコ 全くなかったですね。バイアグラが出てきたのは2000年くらいなんでね。だから、全然、ピクリともしなかった。これはヤバイなと思って、その悩んだ時に、AV業界の神と呼ばれる「ヨヨチュウ」(代々木忠)さんという監督に出会いました。ヨヨチュウさんは、チャネリングとか、催眠をかけながら女性が感じるとか、面白い作品を撮っていて。90年代の代表作品『淫乱パフォーマンス』なんて、本当に女優と男優が愛し合う作品なんですよね。本気を撮る人で。見せるためにパンパンってやったり、指でやったりとか、立ちバックとか、私みたいに駅弁やったりとか……派手なことをするのが男優だったけど、ヨヨチュウ監督が言うのは、「ぎっちり抱きしめ合いなさい。相手の目を見て、ちゃんとその人を愛して、瞬間でいいから、好きになりなさい」って。その監督のもとに、修行に行って。ひと皮剥けて、チョコボール向井は開眼できたっていうね。

――ヨヨチュウ監督のもとで修行して、「局部を触らなくても、射精が出来るようになった」と過去にインタビューでお話していましたよね。

チョコ 意識が変わりましたね。無になるんですよ。そこから私の幅は広がってですね。好みが全くなくなって、誰を見ても、さらに勃つようになったの。デブでもブスでもおばさんでも、何でも!そこからですよ、AV界が本当に面白くなったのは。加藤鷹さんもヨヨチュウさんを支持してましたが、みんな、男優たちは影響されたんですよね。

――そこからチョコさん全盛期に突入ですか?

チョコ 開眼して、95年くらいになると全盛期ですね。しかしその頃にですね、初めて腰を悪くして、急性腰痛で。一番最初のピンチでしたね。駅弁をちょっとやりすぎたんですね。駅弁ダッシュや駅弁うさぎ跳び、色んな駅弁のスタイルをやったことで腰を悪くしてしまいました。それからは、駅弁のフォームを変えたり、上手で持ってたのを下から持つようにして。

――腰を痛めても、やはり撮影では「駅弁」を要求され続けたんですか?

チョコ いや、もう駅弁をそれほどやらなくてもいい感じでしたけどね。90年代の終わりには、加藤鷹さんが女優さんに潮吹きをさせる「ゴールドフィンガー」をやり始めたりして、どんどんAV業界は変わっていきました。それまではAVの世界って“擬似”だったので、潮吹きなんてなかったんですよ。指入れさえNGだった。で、僕や加藤さんが出はじめて、「ゴールドフィンガー」と「駅弁スタイル」という演出のある“見せるAV”が作られて。アダルトビデオテープ、この頃が一番、「AVだな」って感じがしましたよね。ただ、98年あたりからセルビデオが出てきて、AVのバランスが崩れてきたように思います。レンタルもあり、セルもあり、VHSからディスク(DVD)になって……。

――2000年頃がVHSからDVDへの転換期だったのでしょうか。

チョコ そう、忘れもしない、プレステ2の頃ですよ。これに合わせてDVDに移行してきたんですね。プレステ2が流行ったのはAVを観るため、みたいなね。あの頃は、DVDデッキがそんなに普及してなくて。でもプレステ2買ったらDVDを見ることができるでしょ。

――なるほど……。

<続くパート2では、憧れのプロレスの世界からも誘われ、名声をほしいままにしていたチョコボール向井さんが、人生最大のピンチを迎えたことについて、お話していただきます。お楽しみに>


☆10周年イベントを11月に開催予定(加藤鷹デー予定)詳細はチョコさんのお店まで!

チョコボール向井の店『CHOCOBALL FAMILY』
東京都新宿区2-12-1 渡辺ビル2F
TEL:03-3358-5113

男女兼用!? おっぱいエロスを最大限に引き出す「乳首オナニー用ラブグッズ」

先日、巨乳になる夢を見ました。私は現在、Cカップの、まぁ大きくもなく小さすぎというバストサイズです。サイズだけでなく乳輪の色も形も何もかもがコンプレックスで、処女のときには「こんなの、好きになった男性に見せられない!」と絶望し、「なんとか胸を見せずにセックスできる方法はないのか」と真剣に考えたこともありました。その時点でちゃんと見たことのない自分の性器を晒すことについては無頓着なのに、胸を見せるのは恥ずかしいとは、いま思えばおかしな話です。

 女性のヌード画像を見てはひとり興奮していた10代の私にとって、胸は自分のと他人のとを比べられるものでした。対して、無修正の動画は観る機会がほとんどなかったので、性器について「この女優さんと比べて、私のってヘン!?」と思うこともなかったのです。コンプレックスは、他人との比較で生まれるものなのですね。

 実際にロストバージンの場では、「なんとか胸を見せずに」という自分のこだわりすら忘れてしまうほど、いろんなことがワケのわからないまま進んでいって、気づけば素っ裸。後日、「あーーー! こんな乳を晒しちゃって!!!!」とパニクったのですが、いい意味で、あとの祭りでした。その後も、なし崩し的に同じ男性に乳を晒しつづけることによって、いつしかヘンテコな自意識も薄れていき、そのうちに「まあ、これがいまの私の身体なんだし」と思えてきました。

 他人と比べてるのがナンセンスと理解できたのは、人間的成長があったから……ではなく、大人になって&個人のPCやスマホなどの便利なツールを持つようになって、それまでとは比較にならない数の裸体を見るようになったからです。「いろんなオッパイがあるんだな」と思えたのが大きいかもしれません。ジムのサウナでもつい裸体の女性を観察してしまうのですが、ほんとうにおっぱいの形は人それぞれ。

オナニーでおっぱい、触りますか?

 私のだって特別美しくもないけど、すごくヘンでもない。なかには乳がんの温存手術で乳房がひしゃげた方もいました。でも隠すことなく、堂々と入浴されている様を見るうちに、おっぱいは自分がいいと思えばそれでいいと思えるようになってきました。他人が、まして男性がどう思おうが関係ないのです。

 ちなみに私は女性のバストを見るのが好きです。好きだから、つい観察してしまう。性的な興奮とはまた違う気がしますし、すべてのオッパイは美しいときれいごとをいう気もないのですが、乳房においてはDD(誰でも大好き)といえそうです。

 大迫力の巨乳は“母なる大地”的な有無をいわせぬ説得力があります。以前、ピンク映画で超絶巨乳な女優さん(体重もヘビー級)がバックから突かれているとき、おっぱいがグルンッグルンッと旋回しているのを見て、なんだか原始的な力強さを感じました。その一方で、いわゆる貧乳、ぺたんこなオッパイには楚々とした愛らしさがありますし、年齢を重ねてふやふやと柔らかい乳房も趣があります。一度、ストリップ劇場の“おっぱいタッチショー”に参加したことがありますが、熟女な踊り子さんの胸に触れたとき、その柔らかさに心がやすらぎました。なので、おっぱいコンプをこじらせて、巨乳になった夢を見たわけではありません(←これをいいたかった!)

 夢のなかでの私はオナニー真っ最中で、なんと「セルフパイ舐め」をしていました。読んで字の如く、自分でバストをムギュッと持ち上げ、自分の舌でその乳首を舐めることです。なんたるAV脳! でも、すごくエロスを感じてしまいました! 実際にやっている女性がそうそういるとは思いませんが(男性から請われてのプレイ以外で)、それでも巨乳の人には、そうでない人とくらべて、“可能性”がいろいろ用意されているのだと思い知りました。

 とはいえ、私はオナニーのときに自分で自分の乳首を刺激することがあまりないのです。すぐに下半身に直行……。自分で胸を触るとこそばゆさが勝ってしまい、気が散るばかりであまり気持ちよくなれないのです。でも、そういう人って多くありません? それとも、みなさんけっこう乳首も触っているのかな?

 ちなみに、オナニーにも対応できる「乳首刺激」用ラブグッズは少なからず用意されています。私が試したことがあるなかのひとつを紹介すると、↓コレ。

直径7cmのドーム型の容器内にローターが仕込まれていて、乳首のうえからカポッと覆いかぶせます。そして、同梱されているポンプを取り付けて、ドーム内側の空気をシュコー、シュコーと抜くのです……それすごくマヌケじゃない? と最初は思っていました。空気抜きの最中はたしかにマヌケです。が、実際にやってみると、これが視覚的にとてもイヤラシイ!!

本来の乳房の形が歪められ、乳頭や乳首だけがぎゅっと吸いだされた様子には、SMチックなエロスがありました。その興奮も相まって、ローターをスイッチオンすると、こそばゆさは一切なく、脳天に駆け抜けるような快感を覚えました。

 ポンプの吸引がしっかりしているので、バストサイズがなくてもしっかり吸い出し、密着してくれます。つまりコレ、男性も使用可能ってこと。いえ、むしろ男性のほうに売れているという説も……。乳首刺激が好きな男性、オナニーときにこうしたグッズを使う男性もかなりの数いるそうです。いや、むしと女性よりも多いのかも! カップルで使うもよし、お互い別々にこっそり使うもよし。意外と汎用性が高いラブグッズなのです。

■ 桃子
オトナのオモチャ約200種を所有し、それらを試しては、使用感をブログにつづるとともに、グッズを使ったラブコミュニケーションの楽しさを発信中。著書『今夜、コレを試します(OL桃子のオモチャ日記)』ブックマン社。

男女兼用!? おっぱいエロスを最大限に引き出す「乳首オナニー用ラブグッズ」

先日、巨乳になる夢を見ました。私は現在、Cカップの、まぁ大きくもなく小さすぎというバストサイズです。サイズだけでなく乳輪の色も形も何もかもがコンプレックスで、処女のときには「こんなの、好きになった男性に見せられない!」と絶望し、「なんとか胸を見せずにセックスできる方法はないのか」と真剣に考えたこともありました。その時点でちゃんと見たことのない自分の性器を晒すことについては無頓着なのに、胸を見せるのは恥ずかしいとは、いま思えばおかしな話です。

 女性のヌード画像を見てはひとり興奮していた10代の私にとって、胸は自分のと他人のとを比べられるものでした。対して、無修正の動画は観る機会がほとんどなかったので、性器について「この女優さんと比べて、私のってヘン!?」と思うこともなかったのです。コンプレックスは、他人との比較で生まれるものなのですね。

 実際にロストバージンの場では、「なんとか胸を見せずに」という自分のこだわりすら忘れてしまうほど、いろんなことがワケのわからないまま進んでいって、気づけば素っ裸。後日、「あーーー! こんな乳を晒しちゃって!!!!」とパニクったのですが、いい意味で、あとの祭りでした。その後も、なし崩し的に同じ男性に乳を晒しつづけることによって、いつしかヘンテコな自意識も薄れていき、そのうちに「まあ、これがいまの私の身体なんだし」と思えてきました。

 他人と比べてるのがナンセンスと理解できたのは、人間的成長があったから……ではなく、大人になって&個人のPCやスマホなどの便利なツールを持つようになって、それまでとは比較にならない数の裸体を見るようになったからです。「いろんなオッパイがあるんだな」と思えたのが大きいかもしれません。ジムのサウナでもつい裸体の女性を観察してしまうのですが、ほんとうにおっぱいの形は人それぞれ。

オナニーでおっぱい、触りますか?

 私のだって特別美しくもないけど、すごくヘンでもない。なかには乳がんの温存手術で乳房がひしゃげた方もいました。でも隠すことなく、堂々と入浴されている様を見るうちに、おっぱいは自分がいいと思えばそれでいいと思えるようになってきました。他人が、まして男性がどう思おうが関係ないのです。

 ちなみに私は女性のバストを見るのが好きです。好きだから、つい観察してしまう。性的な興奮とはまた違う気がしますし、すべてのオッパイは美しいときれいごとをいう気もないのですが、乳房においてはDD(誰でも大好き)といえそうです。

 大迫力の巨乳は“母なる大地”的な有無をいわせぬ説得力があります。以前、ピンク映画で超絶巨乳な女優さん(体重もヘビー級)がバックから突かれているとき、おっぱいがグルンッグルンッと旋回しているのを見て、なんだか原始的な力強さを感じました。その一方で、いわゆる貧乳、ぺたんこなオッパイには楚々とした愛らしさがありますし、年齢を重ねてふやふやと柔らかい乳房も趣があります。一度、ストリップ劇場の“おっぱいタッチショー”に参加したことがありますが、熟女な踊り子さんの胸に触れたとき、その柔らかさに心がやすらぎました。なので、おっぱいコンプをこじらせて、巨乳になった夢を見たわけではありません(←これをいいたかった!)

 夢のなかでの私はオナニー真っ最中で、なんと「セルフパイ舐め」をしていました。読んで字の如く、自分でバストをムギュッと持ち上げ、自分の舌でその乳首を舐めることです。なんたるAV脳! でも、すごくエロスを感じてしまいました! 実際にやっている女性がそうそういるとは思いませんが(男性から請われてのプレイ以外で)、それでも巨乳の人には、そうでない人とくらべて、“可能性”がいろいろ用意されているのだと思い知りました。

 とはいえ、私はオナニーのときに自分で自分の乳首を刺激することがあまりないのです。すぐに下半身に直行……。自分で胸を触るとこそばゆさが勝ってしまい、気が散るばかりであまり気持ちよくなれないのです。でも、そういう人って多くありません? それとも、みなさんけっこう乳首も触っているのかな?

 ちなみに、オナニーにも対応できる「乳首刺激」用ラブグッズは少なからず用意されています。私が試したことがあるなかのひとつを紹介すると、↓コレ。

直径7cmのドーム型の容器内にローターが仕込まれていて、乳首のうえからカポッと覆いかぶせます。そして、同梱されているポンプを取り付けて、ドーム内側の空気をシュコー、シュコーと抜くのです……それすごくマヌケじゃない? と最初は思っていました。空気抜きの最中はたしかにマヌケです。が、実際にやってみると、これが視覚的にとてもイヤラシイ!!

本来の乳房の形が歪められ、乳頭や乳首だけがぎゅっと吸いだされた様子には、SMチックなエロスがありました。その興奮も相まって、ローターをスイッチオンすると、こそばゆさは一切なく、脳天に駆け抜けるような快感を覚えました。

 ポンプの吸引がしっかりしているので、バストサイズがなくてもしっかり吸い出し、密着してくれます。つまりコレ、男性も使用可能ってこと。いえ、むしろ男性のほうに売れているという説も……。乳首刺激が好きな男性、オナニーときにこうしたグッズを使う男性もかなりの数いるそうです。いや、むしと女性よりも多いのかも! カップルで使うもよし、お互い別々にこっそり使うもよし。意外と汎用性が高いラブグッズなのです。

■ 桃子
オトナのオモチャ約200種を所有し、それらを試しては、使用感をブログにつづるとともに、グッズを使ったラブコミュニケーションの楽しさを発信中。著書『今夜、コレを試します(OL桃子のオモチャ日記)』ブックマン社。

円形脱毛は「ほっとけば治る」? 増え続けるハゲに焦り愚かなドクターショッピング

 2自らのハゲと向き合うことを決意したやまもとありさ先生は、増毛を目指し、大豆摂取やマッサージ、炭酸などなど地道な努力を継続しつつ、女性の薄毛専用クリニックの門戸を叩きました。増毛の足がかりは得られなかったものの、「騙されやすい自分」に勝ち自信を獲得したやまもと先生。さて今回は閑話休題、「実はmessy編集・下戸山も実はかつてハゲまくったし、いまも現在進行形でハゲている」というネタになります……。

WARNING※以下、頭皮のグロイラストを含みます!!!※

~いままでのお話~

【第1話】若年・女性・薄毛…生えなくなった女性漫画家の決意
【第2話】女なのに20代でハゲ、何で!? カミソリ除毛は頭皮を弱らせるのか
【第3話】睡眠・大豆・炭酸・コラーゲン直塗り! 生やしたい人のリアルな「毛活」をレポるよ
【第4話】女性専用の薄毛クリニックに無料カウンセリングを受けたらゴリゴリ勧誘されました。

<下戸山後日談>
20代のハゲは今思えば恥ずかしい&情けないエピソードでしかなく、なにもかも消してしまいたい記憶となっております。ただ、頭皮に明らかなブツブツがあるにもかかわらず素直に「毛-UP(仮名)」を受け入れられるわけもなく……。結局、仕事もデキず男に振り回される愚かな自分を自覚し、すべて断ち切るつもりで居場所を変えたことでみるみる改善しました。
現在進行形の10円ハゲはといいますと、この↑あと皮膚科を受診したところ「雑菌が毛穴に入って炎症を起こしているため、その部分の毛髪が抜けている」との診断により抗菌薬(塗るタイプ)を処方されました。一週間、患部に塗布し続けましたが、どうも改善が見られず、抜け毛多めの日々が続いているため、近いうちに二度目の受診を予定しています。今度は焦ってドクターショッピングせず、同じ皮膚科に行くつもりです(反省)。ただ、頭皮全体にまんべんなくハゲ箇所が出来て絶望的だった20代と違い、今回は一点集中型といいますか、同時多発ハゲにはなっていないので、まだ気持ちにゆとりが持てる次第です。現場からは以上です。
<下戸山後日談>
20代のハゲは今思えば恥ずかしい&情けないエピソードでしかなく、なにもかも消してしまいたい記憶となっております。ただ、頭皮に明らかなブツブツがあるにもかかわらず素直に「毛-UP(仮名)」を受け入れられるわけもなく……。結局、仕事もデキず男に振り回される愚かな自分を自覚し、すべて断ち切るつもりで居場所を変えたことでみるみる改善しました。
現在進行形の10円ハゲはといいますと、この↑あと皮膚科を受診したところ「雑菌が毛穴に入って炎症を起こしているため、その部分の毛髪が抜けている」との診断により抗菌薬(塗るタイプ)を処方されました。一週間、患部に塗布し続けましたが、どうも改善が見られず、抜け毛多めの日々が続いているため、近いうちに二度目の受診を予定しています。今度は焦ってドクターショッピングせず、同じ皮膚科に行くつもりです(反省)。ただ、頭皮全体にまんべんなくハゲ箇所が出来て絶望的だった20代と違い、今回は一点集中型といいますか、同時多発ハゲにはなっていないので、まだ気持ちにゆとりが持てる次第です。現場からは以上です。
<下戸山後日談>
20代のハゲは今思えば恥ずかしい&情けないエピソードでしかなく、なにもかも消してしまいたい記憶となっております。ただ、頭皮に明らかなブツブツがあるにもかかわらず素直に「毛-UP(仮名)」を受け入れられるわけもなく……。結局、仕事もデキず男に振り回される愚かな自分を自覚し、すべて断ち切るつもりで居場所を変えたことでみるみる改善しました。
現在進行形の10円ハゲはといいますと、この↑あと皮膚科を受診したところ「雑菌が毛穴に入って炎症を起こしているため、その部分の毛髪が抜けている」との診断により抗菌薬(塗るタイプ)を処方されました。一週間、患部に塗布し続けましたが、どうも改善が見られず、抜け毛多めの日々が続いているため、近いうちに二度目の受診を予定しています。今度は焦ってドクターショッピングせず、同じ皮膚科に行くつもりです(反省)。ただ、頭皮全体にまんべんなくハゲ箇所が出来て絶望的だった20代と違い、今回は一点集中型といいますか、同時多発ハゲにはなっていないので、まだ気持ちにゆとりが持てる次第です。現場からは以上です。

エピソード大募集!!!!!

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クレジットカードに潜む天使と悪魔 キャッシュレス時代を生き延びる3つの「ダメ・ゼッタイ」

こんにちは。ファイナンシャルおねえさんこと、ファイナンシャルプランナーで社会保険労務士の川部紀子です。

お金のプロの間でも賛否両論さまざまな意見が飛び交うクレジットカード。使い過ぎを防ぐために「クレジットカードなんか持つな!」という考え方もありますが、私はクレジットカードを使うことを大いに賛成しています。私自身、コーヒー1杯にもクレジットカードを使っているほどのヘビーユーザーです。

というわけで今回は、初めてクレジットカードを持つ方のために「クレジットカードの超基本」を書いていきます。「だいたいのことは知ってるよ」というヘビーユーザーの方も、「生き延びるためのクレジットカード」ということで、クレジットカードとの上手な付き合い方を改めて考えていただければと思います。

◎本格的な「キャッシュレス時代」への準備を!

私がクレジットカードの利用を勧める理由は、いま私たちが、現金を使わない「キャッシュレス推し」にシフトする過渡期に生きているからです。

私の母親(73歳未亡人)は、日ごろから「借金が大嫌い!」「クレジットカードなんて恐ろしい!」と言っていました。そんな母は、もともと肢が不自由で歩くこと、外出することが困難でした。そのため野菜や調味料などの食料品やトイレットペーパーや洗剤といった日用品は、配達サービスを利用して購入しています。

紙のカタログから必要な商品を選んでマークシートに記入。配達に来た優しいお兄さんに渡せば、翌週にお兄さんが届けてくれる仕組みです。てっきり支払いもお兄さんに現金で手渡しするものだと私は思っていたのですが、このサービスを何年も利用している母になんとなく話を聞いてみたら、どうやら現金払いではなく口座から引き落とされているようでした。「そうだったのか~」ともう少し詳しく話を聞いてみたら、なんと母の財布からクレジットカードが出てきたではありませんか。本人が単なる会員カードだと思っていたものは、七色に輝く立派なクレジットカードだったのです。特におバカでも騙されやすいタイプでもない母ですが、いつの間にか何年間も1月分まとめてクレジットカード決済で支払いをしていたのです。

「キャッシュレス時代」とは言うものの、日本では欧米ほど日常的な買い物にクレジットカードを利用しません。私も「まだまだ現金が通用するし、クレジットカードを使おうが、現金で支払おうが個人の自由だ」と思っていました。でも、このエピソードを受けて、「どうやら日本人も今のうちにクレジットカードを受け入れて、上手に付き合っていく力を身につけないと、危険なことになるぞ……」と考え直しました。

◎そのカードの重み、わかっていますか?

今さらですが、そもそも「クレジット」とは何なのでしょうか?

Creditの直訳は、「信用、信頼」。とても重い言葉です。あなたのお財布にはこの「信用、信頼」が収められることになるわけです。いったん、この重さを受け取りましょう。またCreditという言葉には、「信用貸し」という意味合いも含まれるようです。そうです、クレジットとは立派な「借金」なんですね。このことをまず自覚しましょう。

クレジットカードの仕組みは、商品やサービスを買った代金をクレジット会社が「立て替えて」払ってくれて約束の日に預金口座から引き落とされる、というものです。

赤の他人が「あなたを信頼して立て替えておきますね」と優しく言ってくれているわけです。決して軽いものではありません。

あなたがクレジット会社からの信頼をきちんと受けとめ、約束の日までに口座に十分な額を準備し、無事に引き落とされれば、クレジット会社が金額に応じた「ポイント」をあなたにプレゼントします。このポイントは現金のような効果を持つので、現金よりもカードを使った方が魅力的という言い方もできます。頻繁に利用するお店や通販サービス、航空会社などが発行しているクレジットカードを作ってポイントを上手に使えば、現金よりお得になることは間違いありません。

◎クレジットカードの「ダメ・ゼッタイ」

クレジットカードには危険がいっぱいです。クレジットカード推しの私ですが、ここからは皆さんを激烈に脅していきます。クレジットカードと上手に付き合うためには必要な知識ですから、怖がらずに受け止めてください。

・その年会費は無駄じゃない?

まず、年会費を確認しましょう。定番の航空会社が発行しているカードには年会費がかかります。出張などで飛行機を多く利用するわけでもないのに航空会社のカードを持っていて、マイルを貯めては無駄遣いの一人旅に出かけ、後でカードの支払い地獄で苦しんでいる方はいませんか?

というわけで、最初に年会費の有無、そしてその額を確認してください。年会費無料を売りにしているカードも多くあるので利用頻度の高いお店や通販サイトで発行しているカードを検討してみてくださいね。

・分割払いとキャッシングには危険がいっぱい

3回払い以上、リボ払いは「ダメ。ゼッタイ」と本気で思っています。この払い方を利用した時点でクレジットカードのお得度はゼロ。単にお金が無いのに欲望に負けた人間の可能性が大です。

「あなたを信頼して立て替えておきますね」と優しく言ってくれていたクレジット会社はこれらの払い方をした時点で、既にあなたを疑っています。1回払いでも、立て替えてくれた日から口座引き落としの日まで最大2カ月ほども待ってくれているのに、それを3回だのなんだの言われたら、立て替えた側からしたら「冗談じゃない!」と思いませんか? ましてや、リボ払いなんて、いつまで返済を待たせるのか本人も分かっていませんよね。クレジット会社も手数料を取らないとやっていられません。

その手数料たるや、10~18%。ピンと来ない場合は消費税を浮かべましょう。消費税が8%から10%に2%上がるかどうかで日本中が大騒ぎになっていますよね。そんな中10~18%の手数料を払ってまでクレジットカードで買い物をする感覚ってどう思いますか? ……考えればもうわかりますよね。

キャッシングまで行くと、治療が必要な病気です。もしも、財政状況がギリギリの方がいたら、ここに手を出す手前で何とか死守してほしいと思います。キャッシングはあまりにも純粋な「借金」です。利用してしまった方は次なる「借金」になりがちな「カードローン」に繋がってしまう可能性が高くなります。借金返済のための借金では何の解決にもなりません。

多くは語りたくありませんが、お金が原因で命を絶つ人もいらっしゃいます。その入り口になってしまうのがキャッシングと言っても言い過ぎではないでしょう。クレジットカードのキャッシングを利用する状態というのは、ご自身はお気づきではないかもしれませんが、何かしらの特別な事情を抱えているということです。そしてそれは多くの場合、もはやカード1枚のキャッシングでは解決できない事情だと思われますので、抜本的な整理が必要です。

キャッシングやカードローンの金額が増えていくと、少しずつ心を病んでしまう方も多くいらっしゃいます。一生懸命働いてせっせと返していくのが基本ですが、家族への相談、事情によっては生活保護の検討、司法書士や弁護士への借金整理の依頼など、生きていくために早期にアクションを起こすことも大切です。

◎魅力的なクレジットカードの使い方

冒頭にも書いたように私自身はクレジットカードのヘビーユーザーです。クレジットカードの怖さも知っているので、無駄遣いのために利用することはあり得ませんが、可能なものは何でもクレジットカード払いしています。

意外だと言われる、オススメの使い方をいくつか紹介しましょう。

まず、病院やクリニック、調剤薬局です。ここで無駄遣いをすることはありませんからね。「あの薬も気になるから買っちゃおう」「あの治療も受けたい」なんてめったにありません。

次にコンビニです。コンビニで習慣的に無駄遣いすることは問題なのですが、コンビニは多くのものがスーパーやドラッグストアよりも高い定価となっています。もしコンビニで他のお店でも手に入る商品を買うのであれば、ポイントが手に入るクレジットカードを使うのはひとつの手でしょう。

そして、スーパー、ドラッグストアでの食品・日用品の購入です。現金であれ、カードであれ、必要なものを買うことが多い場所ですよね。普段から利用するお店だからこそ、ちりも積もれば山となる。気づけばポイントが溜まっていくと思います。

一方、一番危険なのは、百貨店などで服、靴、バッグ、アクセサリーをカードで買うこと。無駄遣い体質が疑われる場合は、ご注意を!

◎毒となるかサプリメントとなるかはあなた次第

今回は、クレジットカードの仕組み、魅力、怖さなどを書きました。

クレジットカードの危険性について、「そんなことわかってんだよ~!」「お前に言われる筋合いない!」と、ブチ切れ気味になった方もいるのではないかと思います。中にはクレジットカードをつい使いすぎて、月々の支払いがキツキツ……という方がいるかもしれません。ブチ切れられている間はまだいいのですが、深刻になってくると「私、マジメにヤバいかもしれない!」と急に不安になる瞬間がたびたび襲ってきます。お金のピンチへの対応は皆さんちょっと遅くなりがちで「気づいたころにはもう手遅れ」というパターンがしょっちゅうあります。未来ある読者の皆さんから笑顔が奪われていくことがないように願っています。

「社会人になったから~」とお気楽にクレジットカードを作るのではなくて、最低限のことは理解した上で、上手に活用する体質を手に入れて、すでに訪れつつあるキャッシュレス時代を生き抜いてほしいと思っています。

失敗すれば「毒」、うまく使えば「サプリメント」。それがクレジットカードです。無駄遣い体質の問題さえなければ、むしろ現金よりもどんどんクレジットカードをおすすめしたいくらい素敵なツールなのです。

■川部紀子
1973年北海道生まれ。ファイナンシャルプランナー(CFP® 1級FP技能士)・社会保険労務士。大手生命保険会社のセールスレディとして8年間勤務。その間、父ががんに罹り障害者の母を残し他界。親友3人といとこも他界。自身もがんの疑いで入院。母の介護認定を機に27歳にしてバリアフリーマンションを購入。生死とお金に翻弄される20代を過ごし、生きるためのお金と知識の必要性を痛感する。保険以外の知識も広めるべくFPとして30歳で起業。後に社労士資格も取得し、現在「FP・社労士事務所川部商店」代表。お金に関するキャリアは20年を超えた。セミナーに力を入れており講師依頼は年間約200回。受講者も3万人超。テレビ、ラジオ、新聞等メディア出演も多数。

30歳、年収300万女性が「人生トータルでの支出を減らすため」にマンションを購入した結果

お金を節約するとしたら、あなたは生活のなかの、どの要素を削りますか? 食費や服飾費や交際費など、既に減らそうと工夫してみたことがあるかもしれません。そのうえで、節約してもなかなかお金が貯まらず、しかも日々の潤いまでなくなってしまった……という残念な経験もあるのではないでしょうか。

 今回インタビューした豊田さんは、住まいを賃貸から分譲に切り替えることで、住宅費を節約しようと試みています。それも月々のローンの支払いを少なくするのではなく、「人生を通して住宅費を大きく節約する」ための物件の運用を考えているのだそう。

 豊田さんの購入時の年齢は30歳。まだまだライフプランが定まらない年齢ですが、結婚などの生活の変化も織り込み済みで購入したのだといいます。30代ならではの物件活用の展望とは、どういったものなのでしょうか。

◎金融関係事務職の豊田さん(33歳)の場合

【豊田さん&お部屋のプロフィール】
豊田さん:金融関係事務職。大阪府在住で3年前に不動産を購入。当時の年収は、約300万円。今春、物件購入時すでに交際していた男性と結婚したばかり。パートナーが豊田さん購入の物件に移り住み、新婚生活を始めている。両親は愛知県在住、姉は東京都在住。

所在地:大阪市 JR東西線御幣島駅徒歩7分
専有面積:約59㎡
築年数:購入時31年(S56建築)
間取り:1SLDK(10帖のLDK、6帖の和室、8帖の洋室(納戸)、バス、トイレ)
価格:870万円(諸費用込み)
管理費:8,600円
修繕積立:1万2460円
月々のローン返済:月々5万5,000円 10年ローン(親ローン)

ーー30歳で購入というのは、シングルで買うケースにしては比較的早い決断だと思います。

豊田「ほかの方とは少し考え方が違うかもしれないのですが、一生モノの不動産を買うという意識ではなく、賢くお金を使いたかったんです。そもそも私は年収300万程度と、そんなに収入があるわけではなく、将来の大きな昇給も見込めません。収入が変わらないなら、支出を変えるしかないだろうと……」

ーー賃貸ではなく、購入することが、賢いお金の使い方だと考えられたんですね。

豊田「一番大きかったのは、家賃の支払いをもったいなく感じたこと。以前の家賃は5万8000円。購入するまでは4、5年ほど賃貸で暮らしていましたが、結局高い賃料を払って手元に何も残らなかった。私にとって大きな支出といえば住居費と社会保障費でしたから、そのどちらかを節約すると効果が大きいと思ったんです。たとえば食費を節約するといっても、ひとり暮らしではたかが知れてます。そうなると、社会保障は削れないから住宅費を節約するしかない! というところに行き着きました」

ーー購入することで、月々のローンが低く抑えられるから、節約になるということでしょうか?

豊田「いえ、確かに普通は購入すると月々のローンの支払いが、同ランクの物件の賃料より安くなることが多いのですが、私の場合は月々の支払いは賃貸と変わらなくてよいので、早く支払い終えることを優先しました。返済期間は10年と決めて、それで返せる金額の物件に限定して買うことにしたのです。それで予算を1,000万円までに決めました。現在の月々の支払いは、管理費等を含めると約7万6,000円なので、賃貸のときと比べれば月々の支払いは増えましたが、家の広さは倍近くなって、現在の家を賃貸で借りた場合と同じくらいの支払いになっています」

◎キャリアアップが見込めないからこそ

 ローンの返済期間が長くなれば、そのぶん払う利息も多くなります。つまり、返済期間を短くすると毎月の返済額が上がりますが、長い目で見ればその方が節約になるということ。たとえば3,000万円を金利2%で借り入れした場合、返済期間が35年の場合と34年の場合とでは、支払う総額が37万円も変わるのです。

ーー目先の支払いを減らすことではなく、人生を通したトータルの支出を減らす考え方。30歳の若さでその判断ができるなんて、立派すぎます!

豊田「キャリアが頭打ちだという感覚があったので、その他の部分で頑張るしかないと思っていました。私は仕事柄、破産や倒産を扱うことも多く、このままの収入ではマズイという自覚があったんです。それで思い切った方針に打って出ようと……。恋人や家族にも、『30歳までにはデカい買い物をする!』と宣言していましたね」

ーー逆に、お仕事で破産した人を見ていて、投機的にお金を使うことに対する恐怖は湧かなかったのでしょうか。

豊田「収入の限界まで借り入れてしまうのは怖いですよね。仕事でも、相当な収入があるのに行き詰まっている方もたくさん見ています。私の場合は限界どころか、自分の支払い水準より借入金額をかなり下げるようにしないと不安でした」

――それが上限1,000万円の予算につながったということですね。予算のなかで、どのように物件を探しましたか。

豊田「将来結婚の予定もあるかもしれないので、貸したり売ったりできる物件と考えると、立地のよさは絶対条件でした。最初は大阪で人気の市営地下鉄御堂筋線沿線を狙っていたんですが、物件が予算を越えてしまって、断念。結局JR東西線の御幣島駅にしたんです。正直、考慮に入れてない路線でしたけど、御幣島駅は大阪で一番の繁華街の北新地から3駅。そこから徒歩7分で、梅田で遊んでタクシーで帰っても2,000円で着く。街としては準工業地帯ですし、それほど魅力はないんですけど、都心からのアクセスのよさが気に入りました」

 市営地下鉄御堂筋線は、新大阪駅 – 梅田駅 – 難波駅 – 天王寺駅を直線的に結ぶ大阪の主要な都市交通機関で、この沿線は全体的に地価が高めです。一方で、御幣島駅が指定されている準工業地帯というカテゴリーは、環境悪化の恐れのない工場が建てられる地域。住宅と工場が混在しているがゆえに、騒音などのトラブルが起こりがちだという一面もありますが、そのぶん地価も控えめな傾向にあります。

◎独身のままでも、結婚しても

豊田「結果的に、今のところは街の雰囲気よりも交通の利便性を重視してよかったと思っています。自分がひとりで暮らすにしてもそうですし、結婚したとしても絶対共働きだとは思っていたので、そうなると通勤時間は短ければ短いほどいいですよね。ただ、将来的に子どもができて外で遊びまわるようになると、ちょっと話はちがってくるかもしれません。私が住んでいるあたりは緑が少ないんです。子どもが育てば家も手狭になりますし、その頃には今の物件を貸すか売るかして、引っ越すつもりです」

――元々、一生住むつもりはなかったというお話でしたね。

豊田「もし結婚しなかったら、ずっと住んでもいいと思っていました。独身なら緑の多さよりも交通の便を重視するので、住居に関してはこれといった不満なく暮らせそうです。物件を売ると考えた場合も、私が買ったマンションは既に築31年なので、そう値崩れしないと思うんです。ですから結婚して家族が増えたら、売却益なり賃料なりを資金の足しにして、新しい家を買うつもりでした。子どもを育てるために理想的な家を買おうとすれば、2,000万円か3,000万円はします。急に思い立って用意できる金額じゃないですよね。その場合も資産として家があれば助けになる。今のマンションは、私が移り住んでから空き部屋が残っていたことはないので、いざというとき売れない・貸せないリスクは、少ないと踏んでいます」

 30歳になったばかりの頃は、将来設計もはっきりしていない人が多いと思います。それは豊田さんも同じ。しかし、それで購入を諦めるのではなく、未来の可能性をシミュレーションし、いくつかの物件の活用方法を想定する考え方は、とても参考になると思いました。

 後編では、ローンの詳細から、結婚したばかりのパートナーと不動産の関係。そして将来、親の老後をどうするかという問題まで、ご家族にも参加していただいて聞いていきたいと思います。

(蜂谷智子)