読書会に理屈っぽい男は邪魔? 女性の連帯を強める読書会の歴史を探る

 今回のテーマは読書会です。皆さんは読書会に参加されたことはおありですか? 私は研究者なので本を読む会合にはよく行きますが、全く出たことがないという方もいらっしゃると思います。3月にmessyに掲載された福島淳による記事「エマ・ワトソンのフェミニスト・ブッククラブへようこそ! 広がりを見せるフェミニズムを語る熱い波」では、スターのエマ・ワトソンが読書サイト「Goodreads」でフェミニズム関係の本を推薦し、皆で意見交換するオンラインブッククラブが紹介されていました。今、英語圏ではこのように女性が女性向けに本をすすめたり、特定の本を皆で読んで議論したりする読書会が人気です。読書会と女性について、アメリカを中心に少し歴史を絡めながら紹介をしていきたいと思います。

◎女だけのクラブ

「男性は読書会なんてしないわ」

 上の文句はカレン・ジョイ・ファウラー『ジェイン・オースティンの読書会』で、登場人物のひとりバーナデットが言う台詞です(p. 10)。この小説は19世紀初めの英国の小説家、ジェイン・オースティンの全作品6編を読破する読書会の様子に、参加者の人生模様を絡めた物語です。2007年には映画化もされています。小説では、最初に読書会メンバーを女性だけにするかどうかでモメるところがあります。バーナデットの上の発言はずいぶん大げさで、読書会をやっている男性も実はたくさんいるのですが、北米では伝統的に読書会は女性が盛んにやるものという認識があるようです。

 バーナデットは読書会に男性を入れたくないと主張しており、以下のようにずいぶん手厳しい発言もします。

「男性が入ると、力関係がくずれてしまうわ。男性って、みんなで楽しく議論しないうえ、偉そうに一方的にしゃべるんですもの。自分の持ち時間なんか無視して、平気でいつまでもしゃべってるわ」(p. 10)

 この小説ではバーナデットの反対にもかかわらず、読書会には男性であるグリッグが参加することになり、メンバーであるジョスリンとの恋が始まるという展開になります。

 バーナデット同様、読書会その他のクラブ活動で、男性が決まった持ち時間を守らなかったり、偉そうな態度をとったりすることに不満を持っている女性は多いようです。アメリカ文学研究者の尾崎俊介はアメリカ人とペーパーバックを扱った著書『ホールデンの肖像』で、人気テレビタレントで長きにわたりお昼の女性向けトーク番組『オプラ・ウィンフリー・ショー』のホストをつとめていたオプラ・ウィンフリーが自分のお気に入りの本を紹介するコーナー「オプラズ・ブッククラブ」を詳しく解説しています。尾崎はここで「こけおどしの教養をちらつかせ、小うるさい理屈をこねるような男性知識人がほとんど登場しないので(中略)心置きなく女性的な目線で自由に本のことを語り合える」(p. 237)ことがこのコーナーの人気の原因のひとつだと分析しています。もちろん理屈っぽい批評をする人は女性にもいますし(私ですね)、また理屈っぽい批評が嫌いな男性読者も山ほどいるはずです。しかしながら女性の前でやたら威張りたがる男性に対して経験から警戒心を持っている女性は多いので、女性だけで本を読みたいという人もいるのでしょう。

◎キャラクターと自分語り

 このようなくつろいだ環境で行われる議論は、文体分析などよりも、むしろある本が読者の人生とどう結びつくかについてのものになりやすいようです。尾崎は家庭内で抑圧されている女性たちが「本をダシにして自らを語る」(p. 246)ことが読書会の重要な要素だと述べていますし、社会学者エリザベス・ロングも女性読書会でキャラクター中心の読解が好まれることを指摘しています(p. 230)。いくつも例をあげることができますが、たとえばカナダで女性読書会と刑務所読書会を組織している女性たちを中心にブッククラブの様子を描いたノンフィクション『プリズン・ブック・クラブ』では、リーダーのキャロルが「主人公の立場に自分を置くことが出来、登場人物の行ないについて考えられる本」(p. 38)を選書しようとしています。『ジェイン・オースティンの読書会』でも、どの登場人物が自分に似ているかとか、どの登場人物同士に結婚してほしいかとか、小説に描かれた恋愛から得られる人生訓は何かとか、こういった議論で読書会が盛り上がります。

 実際にやってみましょう。私は『高慢と偏見』に出てくるミスター・ダーシーがどうも好みではないのですが、たぶん自分の性格が少しミスター・ダーシーに似ていて人前で愛想良くするのが嫌いなので同類嫌悪なのかもしれないと思います……というようなことを話すわけです。こうした自分の人生や性格に結びつけた意見交換を行うことで女性たちの間に連帯感が生まれ、悩みのシェアや助け合いにつながることもあります。母と娘で親子のイベントとして議論に参加したり、友人同士で絆を深めたりする機能もあるのです。

 面白いのは、英文学の読解ではこうしたキャラクター中心の批評(「性格批評」などと呼ばれます)は伝統的に女性が活躍していた分野で、一方で古くさい手法として軽視されていたフシがあったことです。これは既に私が去年、『ユリイカ』に書いた「みんなのシェイクスピア、シェイクスピアのみんな-キャラクターとファンダムの歴史」でも説明しているので興味がある方はこちらも読んで頂きたいのですが、とくにシェイクスピアなどの分析においては19世紀のメアリ・カウデン・クラークやアンナ・ジェイムソンなどの女性批評家が性格批評で大きな業績を残してきました。自分を優柔不断でロマンティックなハムレットにたとえた(!)ロマン派詩人サミュエル・テイラー・コールリッジのように、この分野で面白い評論を残した男性批評家もいるのですが、いくぶん「女性的」な分野と考えられがちなところがあったのです。20世紀以降、先端的な批評理論を用いた分析が重視されるようになり、性格批評は時代遅れと見なされ、女性によって担われてきたことも含めてお遊びのように扱われることもありました。

 性格批評は最近、上演研究やフェミニスト批評、大衆文化研究などの影響もあり、人気を取り戻しています。これを考えると、登場人物について語り合う女性たちの読書会は、19世紀以来の性格批評の伝統を思いの外よく保存しているように見えます。コールリッジは「私自身にも少々ハムレットのようなところがある」(v.1, p. 69、拙訳)と言いましたが、読書会を開く女性たちには少々ロマン主義の批評家のようなところがあると言っていいのかもしれません。

◎読書の伝統と市民の育成

 19世紀風の性格批評がアメリカの女性読書会でしぶとく生き残ってきたことは、こうした読書会の起源が19世紀にあることに関係しているのかもしれません。シェイクスピア研究者キャサリン・ウェスト・シェイルによると、19世紀末から20世紀はじめくらいにかけて、シェイクスピアを中心に読むクラブだけで500以上もの会がアメリカ全土で結成され、その多くで女性が主導的役割を果たしたとのことです(Scheil, p. 1)。学術研究に女性が触れられる機会は今よりずっと少なかったため、読書会は女性にとって貴重な教育機会でした。クラブによっては本を読むだけではなく、女性参政権とか結婚などについて政治的議論をするところもあったそうです(Scheil, p. 39)。

 19世紀末にはアフリカ系アメリカ人女性の読書会も活発に活動しており、本を読むだけではなく人種差別の中で教育を向上させたり、社会問題に取り組んだりしていました(Scheil, p. 116)。読書をして知識や分析能力を得ることは、市民として社会に向き合うことと結びついていたようです。そう考えると、エマ・ワトソンのフェミニスト・ブッククラブはインターネットの時代の産物とはいえ、楽しみながら社会を考えるという19世紀的な読書会の後継者であると言えるでしょう。

 皆さんも読書会を組織してみてはいかがでしょうか? インターネットが発達した今では、実際に一箇所に集まらなくても、同じ本さえ読んでいればオンラインで意見交換をすることもできます(私もやったことがあります)。オースティンの小説やシェイクスピアの戯曲に出てくるお気に入りの人物について話すのもいいですし、こうした作品の政治性や歴史的背景について調べてみるのも楽しいですよ。

◎参考資料リスト

アン・ウォームズリー『プリズン・ブック・クラブ-コリンズ・ベイ刑務所読書会の一年』向井和美訳、紀伊國屋書店、2016。
尾崎俊介『ホールデンの肖像-ペーパーバックからみるアメリカの読書文化』新宿書房、2014。
北村紗衣「みんなのシェイクスピア、シェイクスピアのみんな-キャラクターとファンダムの歴史」、『ユリイカ』2015年4月臨時創刊号:pp. 175-182。
カレン・ジョイ・ファウラー『ジェイン・オースティンの読書会』中野康司訳、ちくま文庫、2013。
エリザベス・ロング『ブッククラブ-アメリカ女性と読書』田口瑛子訳、日本図書館協会、2006。
Samuel Taylor Coleridge, Specimens of the Table Talk of the Late Samuel Taylor Coleridge, 2 vols, London, 1835.
Katherine West Scheil, She Hath Been Reading: Women and Shakespeare Clubs in America, Cornell University Press, 2012.

どこまでも他人でしかない存在と、他愛のないものを共有する幸せ。最果タヒ『きみの言い訳は最高の芸術』

詩人・小説家の最果タヒさんが、初のエッセイ集を刊行されました。『きみの言い訳は最高の芸術』(河出書房新社)。「最果タヒ.blog」に連載されていたブログが書籍化されたものです。

宇多田ヒカルのこと、悪口のこと、ロックのこと、震災のこと、冬のアイスクリームのこと、クリスマスのこと、お化粧のこと、学校のこと、インターネットのこと、言葉のこと、そして友達のこと。

誰もが知っていて、同じ時代に生きている誰とでも、当たり前に共有できること。当たり前すぎて、友達と会ったときなんかには意外と話題にのぼらないかもしれない、でもちょっと話してみたいよなと思ってはブログやツイッターや掲示板なんかに書き込んでしまう、そしてついつい読んでしまうこと。この本に書かれているのは、そういう他愛もない事柄です。

尊重するべき、って散々言われるんだけど、でも、私はやっぱり他人のことを自分と同等の存在としてみることはできない。だって、自分と違って内面も聞こえないし、感情すら表情で読み取らなきゃいけないし。疲れるよ。なんだあの生き物、っていつも思う。人間は、人間ですらちょっと消耗品として触れている所があると思うよ。だから、遠くなっていくことも、近くなっていくことも、好きな分量で決めてしまっていい。私は今はそう決めている。(中略)そういう関係は薄っぺらいっていう人もいるけれど、薄っぺらいのがちょうどいい人もいて、それがたぶん私。みっちり、ずっと一緒に居なきゃいけないなんてただの地獄じゃないですか。(「友達はいらない」)

ブログに書かれていた文章ということもあって、このエッセイはあまり「生きている人間の生々しい声」という感じがしません。いや、もちろん人間が書いているのだけども、それは顔が見える特定の誰かではない。こういうのをネット的と言うのかな、とも思いますが、ある種の匿名性があるというか、画面越しでしか知らない誰か、という感じがする。たとえば2ちゃんねるでもなんでも、同じインターネットの掲示板にいて(ツイッターでもいいです)、同じ文脈を共有していて、個人はほとんど特定できないから、取り立てて情が湧くということもないのだけれど、「なんとなく言っていることはわかるな」と思う。どこの誰かも知らないし、赤の他人だけど、たしかに画面の向こうには人がいて、その人たちと自分は何かを共有しているのだという、そういうぼんやりとした心地よさが漂っているのです。

おそらくこのエッセイの中に、「最果タヒ」という書き手というものはいないんじゃないかと思います。よくある筆者の強烈な個性が輝いているようなタイプのエッセイではない。ここに書かれているのは「最果タヒ」という人間独自の感性とか経験とか、そういうものが強く押し出されている文章ではなくて、だから読んでいる私たちも、強く胸を打たれるほど共感したり、「まるで自分のことのようだ!」とか思ったりはしない。ただ、そこにある言葉に対して「そうだな」と呟いてしまう。ちょっと他人ごとのように。

◎浅い関係でいてくださいと願うこと

他人と一緒にいることも、他人に共感することも、けっこうしんどい。何よりそれを強いられることが。自分と相手はまったく違う存在だし、認知の仕方も考え方も違うわけだし、しかも相手のことは本当のところ何ひとつ分からないのだとしたら、そもそも「共感」などというものはできるはずもないのです。できるとしたら、そこにあるものを「共有」することくらい。だけど他の人間がたくさんいる社会で生きていると、他人を大事に、他人を思いやれ、他人と深く繋がれ、というようなことばかり言われます。他人を他人としてみとめていると、冷たい、薄情だ、とすら思われる。それはなかなかに、息の詰まることです。

浅い関係でいてくださいと、願うようなこともある。共有するのは感情だとか苦労だとか不幸だとかよりも、お天気や食べたケーキがおいしいことだったり、そういう他愛もないものであってほしいと思っている。人間が複数いる限り、私たちは「私たち」にはなれなくて、たぶん永遠に個人がよりそっているだけなのだと思う。ただの群れだ。それを孤独だと思うことはなく、ただどこまでも他人でしかない存在とともにいて、他愛もないものを共有して、そのことを幸せだと信じて生きていく、そんな自分のひからびた感性をちゃんと、愛していこうと決めている。(「さみしくなりたい」)

とんでもなく憂鬱で、もうだめ、つらい、死ぬ、という気分の夜に、気心の知れた友達と飲みに行ったり、電話で悩みを打ち明けたりということよりも、2ちゃんねるの「眠れない人集まれ」みたいなスレッドを覗いてみたりすることのほうが、救いになる人もいる。あるいは、ツイッターのタイムラインで、同じように夜更かししている人の投稿にいいねをつけてみたりといったことが。

それはもしかしたら浅くて、冷たくて、さみしいことなのかもしれません。でも、ほの白く光る画面越しの、どこまでも他人でしかない存在に、救われる人もいるのです。

同時代を生きる人間の群れの中で、すれちがう誰かと、ぼんやりと光る信号を送りあうこと。「最果タヒ.jp」は、『きみの言い訳は最高の芸術』は、そういう幸福をくれるコンテンツなのです。
(餅井アンナ)

出会った頃の情熱が復活! 彼の本能を呼び覚ますマンネリ解消テクニック

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 「釣った魚にエサはやらない」男性っていますよね。

 古来よりハンターである男性は、狙った獲物を追いかけるように、付き合うまでは情熱的にアプローチ。小まめにLINEしてきたり、オシャレなレストランで食事をセッティングしてくれたり、何かとお姫様扱いしてくれます。

 しかし、付き合ってしまうと手のひらを返したかのように淡泊になり、デートも毎回彼の部屋。彼の身の回りを世話すると、まるで「お母さん」か「妹」のように扱い、セックスどころかキスさえしない状態に……。なぜか毎回そんな恋愛パターンに陥ってしまう女性は、意外と少なくないようです。

■「出会った頃の情熱」を復活させるには

 中堅企業に勤める30歳のチエミさん(仮名)は、IT系企業に勤務する32歳の彼と付き合って3年。つい3カ月前までマンネリセックスが悩みだったと言います。

「付き合って半年経った頃から、セックスをしても毎回同じ流れ。出会った頃は週末を抱き合ったまま過ごしたこともあったのに、1年経つ頃にはどんどん淡白になって、最短15分で終わったこともありました。しかも、仕事が忙しい時期は疲れていると断られて1カ月以上しなかったことも……」

 チエミさんは、彼が浮気しているんじゃないか、とあらぬ妄想に取り憑かれ、仕事帰りの彼を尾行してみたこともあったそうです。

 チエミさんのように、付き合い立ての頃は何もかもが新鮮で楽しかったのに、だんだんと愛撫もワンパターンになり、最後には彼の方から求めて来なくなる……「もう私のこと好きじゃないのかな?」「もしかして、浮気してる?!」そんな不安に襲われてしまうことも。

 そして、そんな関係を修復しようと思って、女性からセックスに誘うのも正直気が引けます。「セックスを断られたら立ち直れない」「淫乱だと思われてしまうかも」なども気になりますし、逆に自分の気持ちばかり伝えても男性はどんどん離れてしまうかもしれません。

 できれば、セックスは彼の方から誘ってきてほしい! もう一度出会った頃のような、彼の情熱を再燃させるにはどうしたら良いのでしょうか。

■「香り」が脳に直撃し「本能」を呼び覚ます!

 実は、男性から誘わせるのは単純。ちょっとしたテクニックで、彼の心を再びあなたに向かわせることができるのです。

 そのカギとなるのが、ズバリ「香り」。

 実は、五感の中で「嗅覚」だけは、唯一本能的な部分と直結しており、脳にその情報が伝わる速さは0.2秒以下。つまり、「嗅覚」は直接脳の本能的な感情部分に伝達されるので、何かあれこれと「考える」前に、本能で「感じて」しまうようです。

 それを裏付けているのが、LCラブコスメが男性に行った調査。「香りを嗅いだだけで、エッチな気持ちになったことはありますか? 」という質問に、9割以上の男性が「ある」と回答。

 さらに89%の男性が、「ただの友達なのに、良い香りをかいで女性として意識してしまったことがある」と答えています。つまり、男性は良い香りを嗅いだだけで、相手を「女」として急に意識してしまうようです。

 彼が淡泊になって誘わなくなったのは、追いかけなくてももう手に入っている、という狩猟本能を低下させる安心感からきています。そんなときに、明らかに今までと違う香りをつけてみるだけで、あれ……? と考える前に一瞬で「女」を意識させることができるはず!

 淡白になってしまった彼のハンターとしての本能を呼び覚ますには、そんな特別な香りをまとって、「思わずエッチな気持ちになってしまう女性」に変身することが重要なのです。

■男性の本能を研究し尽くした「特別な香り」とは?

 しかし、香りなら何でも良いというわけではありません。男性が好む「特別な香り」をまとう必要があります。

 前述の彼とのマンネリに悩むチエミさん。

「合コンも楽しかったのですが、彼以上の人が見つからなくて。できることなら、彼と体も満たされる関係に戻りたいと、いろいろ調べてみたんです」

 そんな彼女が見つけたのがLCラブコスメの「ベッド専用香水 リビドーロゼ」。男性の好きなお風呂上がりの香りをベースに、官能的な気分を高めて男性の本能を揺さぶるイランイラン、キイチゴ果汁(ラズベリー)、クランベリー果汁、ブドウ葉エキスなど合計約80種類もの特別な香りの成分を組み合わせた、官能的でありながら透明感を感じさせる深い香りの香水です。

 さらに、女性のフェロモンを意識した成分「オスモフェリン」を配合。ウィーン大学の実験では、このオスモフェリンをつけた女性に、つけていない女性よりも男性が多く近づいていくという結果まで出ています。

 LCラブコスメに寄せられた男性の声では、「いい香りなので、近づいていたいなって感じます。ちょっと照れくさいですね(笑)」「『守ってあげたい』と感じさせる香りだと思います。女性のかわいらしさや、はかなさ、か弱さが引き立つ香りだなって……。これって「したい」っていう気持ちとイコールなのかもしれませんね」と、大好評。「リビドーロゼ」は、「もう一度、情熱的に愛し合いたい」そんな切実な悩みを解消し、多くの女性から支持され、公式通販サイトのみの販売だけでシリーズ累計30万個以上も売れている、信頼できるアイテムです。

■彼の本能スイッチをオン!「彼は獣のように豹変しました(笑)」

 では、実際に「リビドーロゼ」を使って、情熱的に愛し合った女性たちの体験談をご紹介します。

「なんとなくマンネリかな…と感じていた時にたまたまサイトを見つけました。買ってから2週間後くらいにやっと彼に会えることに! 髪と太ももの内側と胸元に少しだけかけてドキドキしながら会い、食事をしてホテルへ……。ドアを入り靴を脱ぐと後ろから抱きしめられ『香水変えた? いい匂い』といいながら全身を嗅がれ、信じられないくらいに興奮した彼が『この匂いやばい。興奮する』と何度も何度も求めてくれて、幸せな日になりました」(さーやんさん/26歳/保育士)

「最近彼と仲良しができていなくて、自分自身が寂しくなり、なんとかしなくては!…と思ったらここのサイトに到着しました。実際使ってみるといい香り! 最初は半信半疑だったのですが…会ってそのまま彼の部屋に入った瞬間、彼は獣のように豹変しました(笑)。耳を舐められたり。唇もむさぼるようにしゃぶられ……。もうされるがままで気持ちよくて、結局手でいかされました(笑)。いつもよりかなり濃厚な時間を過ごせて大変満たされました」
(ひなさん/26歳/接客業)

 そしてチエミさんも「3カ月前、リビドーロゼをワンプッシュして彼の部屋に。いつも通りに部屋の片付けを始めたら、彼が近づいてきて『たまには外に行こっか』と腕を掴まれて。近所のラブホテルに直行したんです。しかも“休憩”じゃなくて“宿泊”(笑)。久しぶりに朝まで燃えました」

 さらに、一度この香りで彼の本能スイッチを押して、激しく愛し合えば、その幸せは何度でも繰り返すことができます。その理由は、男性は香りの記憶と感情とが結びついてセットになっているから。

 そのため、「リビドーロゼ」をつければ情熱的な記憶が自然と蘇り、何度も彼は激しく求めてくるようになります。チエミさんは今、満たされたセックスライフを送っているそうです。

■香りだけで、彼が思わずエッチな気持ちになってしまう女性に!

 『LCジャムウ・ハーバルソープ』を開発したLCラブコスメは、女性が運営しているセクシャルヘルスケアの専門ブランド。ベッド専用香水以外にも、キスだけでは止まらなくなる『キス専用美容液』や、思わずあなたの髪をなでたくなるヘアパフュームなど、恋する女性のお悩みを解決してくれるアイテムが揃っています。「ラブコスメ」で検索すれば、これまで誰にも相談できずにいたお悩みにもピッタリのアイテムが見つかるはず。

 「釣った魚にエサはやらない」……そう男性のことを思っているのなら、もしかしたら自分自身にも問題があるのかもしれません。付き合ってから、いつまでも彼に情熱的に誘われている女性はたくさんいます。そんな女性は、何かしらの工夫をしてるはず!

 もし、香りで彼の本能スイッチを上手く押すことができれば、セックスの回数も増えて、いつまでもマンネリ知らずなカップルに。「リビドーロゼ」の特別な香りをまとって、あなたも出会った頃のように、彼から情熱的にいつでも求められてみませんか?

LCラブコスメ「ベッド専用香水 リビドーロゼ」

自立を謳いながら「女の幸せ=結婚」に縛られつづける子宮系女子の不自由

子宮の声〉は魂の欲求であり、そこに本当に幸せになれるヒントが隠されていると主張する子宮系女子たち。膣にパワーストーンを挿入する〈ジェムリンガ〉から始まり、〈お金大好き教〉に転じ、高額な〈セッション〉や〈資格商法〉で信者からのお布施を回収するシステムづくりはひと通り設置し終わったのでしょうか。

 お次の展開は、続々と出版物が世に出回りはじめました。彼女たちが個人で講演会的な集いを開いたり、サロンや協会を作ったりするのはさておき、〈自分自身にYES!を出そう〉というキラキラワードで女性を応援する体裁で、その実は、女性のココロとカラダに全く優しくないものを、出版物として版元ってどうなのよ~的な疑問が湧きあがってきます(お約束の「ゴシップサイトのお前が言うな」ですけど)。

 しかし出版物という形にしたことで、編集者が整理したりライターがリライトしているなど多少なりともプロの手が入っていると思われますので、子宮系女子たちが直接発信するブログなどよりは、はるかに読みやすくなっているのは確かです。それと同時に毒気が薄まり子宮系女子たち特有のアブナイ万能感が伝わりにくく、面白みに欠けるとも言えますが。でも、広く浅く教えを広めるにはもってこいの方法でしょう。

 まずは、「一般社団法人 日本性愛セラピスト協会」なるものを立ち上げた子宮系女子・田中みっち氏が、10月頭に出版した新刊から見ていきましょう。

◎もしかして、自費出版?

 田中みっち氏が世に送り出したのは、親の呪縛から解き放たれて自立し、パートナーと幸せになるためには〈性愛のパワー〉が必須であると説く『姫婚ノススメ~ママより幸せな結婚をする方法~』(ポエムピース)です。

 Amazonの内容には〈今、全国で大人気の性愛セラピスト田中みっち待望の初書籍〉とありますが、この版元をネットで検索すると自費出版の原稿を募っているので、身銭を切って出版された可能性もありそうです。話題にはなっているものの、大手が企画に乗るほど子宮系女子の需要は高まっていなかったか~と少しホッとさせられます(真偽はどうかわからないけど)。

 同書は〈親から精神的に自立をしないと、幸せな結婚につながる真のパートナーシップは得られない〉という主張が核になっています。精神的に成熟して自分軸で生きるためにはタブーを捨て(子宮教の常套句)、親の観念や社会の常識から抜け出すこと。そのためにセックスのパワーを使いこなしましょうとのことです。

 ところで、〈自由で幸せな結婚をするには、親からの精神的自立が必須。それに必要な性を謳歌するには、タブー感を超えるべし〉というアドバイスが出てくるのですが、自由自由と謳いながら〈結婚〉にこだわるのはなぜでしょう。パートナーシップを手に入れて幸せに生きるには、結婚以外の形があってもよさそうなものですが、〈結婚したくないと思うのも、母親から受けた影響〉なんだとか。

 これこそが〈女の幸せは愛し愛される結婚にある〉という、みっち氏のクラシカルな価値観だよな~。同書のプロローグは小説のような文体で、さまざまな女性のエピソードが紹介されていきますが、これが80年代トレンディドラマを思わせるテイストで、思わず「なんとなく懐かしい!?」と笑ってしまいました。ひと昔前の感覚が、しみついているのが、そんなところにも表れていると思います。

 自分軸で生きるのが幸せであるという点や、性欲は生きる力であるという主張は特に目新しいものでもありませんが、「女は損!」という思い込みを〈下女マインド〉と命名し、夢も希望もない結婚(これを下女婚というそうです)をしていると起こるとされる現象が意味不明。子宮が見せた妄想なのか? という謎理論です。下女マインドを抱えたまま結婚生活をしていると、パートナーに父親役を求めたり女を捨てたおっさん化したり、さらには下女マインド女性が男児を育てると、大きくなってから現実の女性が怖いと引きこもったり、アニメなどの二次元が恋愛対象になるんだというのですから。

 確かに子どもが受ける母親の影響は小さいものではないだろうけど、こじつけ感たっぷり~。キャッチーなネタを引き合いに出して読者をひきつけたかっただけかもしれませんが、子どもの問題で悩んでいる世の母親たちへ「あなたが幸せな結婚をする努力をしなかったから、子どもがおかしくなるんですよ」と追い詰めるような物言いはどうなんでしょう。しかも〈性愛セラピスト〉なら、もっと性の多様性を認めてくださいよ。二次元に欲情したっていいじゃない。それとも二次元には子宮がないから、性のパワーが享受できないのかな!

 みっち氏の言うところの〈精神的自立〉に役立つのは、セックスです。大好きな相手とできればもちろんいいけど、〈経験〉としてその他の人とヤっても、自分軸を作る材料となるのでありなんだとか。もちろん病気や妊娠のリスクもあるけど、だからこそ相手とのコミュニケーションや精神的な成熟が必須になってくる、と力説されています。病気や妊娠のリスク回避のために成熟するのって、なんだか悲しいんですけど。

◎人生好転のためにオナニー

 要は精神的にまだ成熟していない女性たちに、自立のため、ひいては幸せのために、好きな相手じゃなくてもバンバンセックスしましょうという主張です。

 基本的にはどんな相手とセックスするかは自由ですけど、〈姫婚〉で幸せになるプロセスとしてせっせとセックスに励みその結果成熟した女性って〈すれた雰囲気のプロ臭(いわゆるプロ彼女とは別モノ)漂う特殊仕様〉になりそうな気がするのは私だけですか? しかも余計なトラブルが発生しまくりそう。

 私は新興宗教方面に明るくないのですが、火だねを投下して信者の社会生活を危うくさせ、親身になってよりそうことで、その教義に依存(そしてお布施回収)させるというありがちな手口を想像してしまいます。同書の帯には「下女からプリンセスになれる魔法をかけます」とありますが、子宮系プリンセス=世間様から見たら単なる〈お近づきになりたくないヤバいやつ〉になりそうです。

 セックス以外では、〈子宮を神聖なものとしてお祈りをすると人生が好転〉というものもありました。「性交を否定することは、自分の命を否定すること」と壮大に語りながら、「ワーク」と称して行うことは「@@ちゃん可愛いね」と自分に語りかけながら、膣に指を入れる。性器を鏡に映して観察する。そけい部をしめつけないふんどしパンツや股を冷やさない布ナプキン推奨。平凡っす。

 ちなみにみっち氏が理事を務める協会では、「女性だけが試みることを許された禁断の全脳活性法と人生開発の秘儀的レッスン」という〈アマナレッスン〉なるプログラムがあります。HPの説明によると〈女性器に対する知識や官能体質になるためのマインドセット、実践技術によってオーガズムによる自己調整や自己開発の手段を得て、女性が自分自身とつながり、自己肯定感を上げていくレッスンプログラムです〉とありますが、簡単に言うとマスターベーションの技術を磨き感じやすい体になりましょうということでしょう。

◎性愛ビジネスはおいしい?

 こちらは協会への加盟金に25万円、講師になるための研修費に 75万円。〈性愛エネルギーをあますことなく享受するには、まずは自分を知ること〉というのはいいとして、100万円のお布施で、適当なウンチクとマスターベーションの方法を教えていただくって凄い発想。同書で性のパワーで幸せをつかみたい!と感銘を受け、この講座に転ぶ人っているんでしょうか。

 性にアイデンティティを求めることはアリでしょうけど、個人個人の性も人生も千差万別ですから、性を開発すれば幸せになる! という単純なものでもないでしょう。それを自己啓発商売に仕立てるのはどうやっても無理があり、冷えさえとれば、毒素さえ排出すればあらゆる不調は解決! と謳うトンデモ健康法とやってることは変わらないような。

 さて次回は、現在第2子を妊娠中という子宮系女子のトップである子宮委員長はる氏の新刊『美人は子宮でつくられる』(大和書房)とその他の子宮物件をご紹介予定。子宮から「もう結構です」という声が聞こえてくる方もいらっしゃるかもしれませんが、それはきっと気のせいですので、お暇でしたら引き続きどうぞお付き合いくださいませ。

(謎物件ウォッチャー・山田ノジル)


配偶者控除拡大でも結局悩めるパート主婦 「103万の壁」の後ろにそびえ立つ「106万(130万)の壁」

 こんにちは。ファイナンシャルおねえさんこと、ファイナンシャルプランナーで社会保険労務士の川部紀子です。

 前回は「配偶者控除」の仕組みをゼロから解説していきました。配偶者控除は、法改正が取りざたされていたものの、議論が二転三転していました。しかし、どうやら拡大の方向で進みそうです。拡大というのは、今までの「年収103万円以下に抑えることで夫の所得税が安くなる!」という制度から、「年収基準が150万円(もしかしたら170万円になるかも?)まで働いても夫の所得税が安くなる!」という制度に変更するということです。

 この改正が決まれば、今まで年収103万円で収まるように仕事をセーブしていたパート主婦が(これを「103万円の壁」と言います)、今よりも長い時間働けるようになるような気がします。夫の税優遇を受けつつ、妻の年収がUPするわけですから、パート主婦夫婦にとってはまさに朗報です。

 でも実は、「103万円の壁」とは別に、もう1つの壁が立ちはだかっているのです……。

◎夫の「扶養の範囲」が2つある問題

 なぜ2つの壁が存在するのでしょうか。それは「扶養の範囲」が2種類あるからです。

(1)「所得税の扶養の範囲」……夫の税金が安くなる。
(2)「社会保険の扶養の範囲」……夫の関係で保険証をゼロ円で持てる&年金保険料もゼロ円になる。

 (1)「所得税の扶養の範囲」が、「配偶者控除」を受けるための条件です。これが拡大された場合、働く時間を増やして「103万円の壁」を破ろうかな、と思う方も少なくないでしょう。しかし目の前に次の壁があり(2)「社会保険の扶養の範囲」をどうするかの決断を迫られます。大手企業の場合は「106万円の壁」、そうでない場合は「年収130万円の壁」になります(注1)。

 これは、年収106万円(130万円)未満なら、夫の会社の関係で、健康保険料がゼロ円、国民年金保険料もゼロ円になるというものです。1円も払っていないのに3割負担で一般的な医療が受けられ、かつ、老後にも満額の国民年金をもらう権利が得られるわけですから、非常に魅力的! そんなものを目の前にぶら下げられたら、「106万円(130万円)の壁」を破ってまで働くことを躊躇してしまうのではないでしょうか。

(注1)……ここではざっくり「大手企業」としていますが、(2)「社会保険の扶養の範囲」については、年収106万円のグループなのか、130万円のグループなのか、いくつかルールがあります。いずれにせよ会社に確認しなくてはわからないことなので、一番の判定ポイントである年収と企業規模で解説しました。

◎健康保険料と厚生年金保険料がとにかく高い!

 年収106万円(130万円)に達してしまった場合、健康保険料と厚生年金保険料を合わせると、毎月13,000円前後(16,000円前後)差し引かれることになります。今までゼロ円で済んでいた方にとって、この壁を越えるかどうかは悩ましい問題でしょう。人によっては、働く時間を増やしたのに、手取りが下がってしまう場合もあり得るので深刻です。

 結局のところ、「配偶者控除」が拡大されて「103万円の壁」がなくなっても、「106万円(130万円)の壁」を越えてしまえば、健康保険料と厚生年金保険料を支払わなくてはなりません。それによって手取りが減るインパクトはとても大きいものです。

 「だったら年収106万円未満なり130万円未満にセーブする」という人もかなりいるようです。目先の手取りが減らないことを重視するとこの選択になるでしょう。一方、健康保険料と厚生年金保険料を払う覚悟を決めて、できるだけたくさん働くという人も増えています。年収が上がるだけでなく、健康保険料と厚生年金保険料を払うことで健康保険の内容が充実し、老後の年金も増えるというメリットもあるので、たくさん働ける状況の人にとってこの選択は賢明です。一番もったいないのは年収106万円なり130万円にギリギリ達してしまうパターンです。健康保険料と厚生年金保険料を支払うことになり結果的に手取りが減ってしまう可能性があります。今後はセーブする人とバリバリ働く人に二極化することになるでしょう。

◎主婦の働き方の損得議論はもはやNG!

 この国は、健康保険料と厚生年金保険料を必要としています。

 フルタイム共働き世帯は、夫婦の年収が低くても、子育中でも、介護中でも、基本的に2人でこれらを払っています。また、個人事業主・フリーランスなどの自営業者世帯では、一方が専業主婦(夫)やパート主婦(夫)であっても2人分払っています。独身者も払っています。

 つまり、現状では、会社員や公務員の夫(妻)がいる、専業主婦(夫)とパート主婦(夫)だけが大きな優遇を受けているわけです。夫(妻)の年収が高くても、子育て中でなくても、この優遇を受けられるわけですから、夫婦共に払っている層や独身者からは、不公平感、純粋なひがみ、やっかみなどの声も続出しています。

 時代が変わって、共働き世帯が半数を超えたご時世で、大きな声で「どちらがお得?」という議論をするのは、もはやNGなのではないかと思います。

 既得権がいきなりなくなってしまうのは酷だと思うのですが、これらの優遇が縮小され、いずれ消滅することもあり得ると思います。そうなると、夫(妻)の年収が低い場合、専業主婦(夫)を養うことは難しいでしょう。「男は外で働き、女は家を守る」という考え方を持っている場合は、そろそろ男女共に頭を柔軟にしていく必要がありそうです。

女ひとり、家を買いたいと思ったらまず何を考えるべき? 人生どうなっても損をしないための基礎知識

 今まで多くの「家を買った」女性に取材して見えてきたのは、家に関して何が最適な選択であるかは、人や状況により千差万別だということ。家をとりまく社会的状況も刻一刻と変わっています。もちろんすでに家を買った方のリアルな声は、貴重。買ってしばらく経ったからこそ、見えてくることもあるでしょう。

 一方で、「今、家を買いたい」とリアルに考えている人は、どう行動し、何を悩んでいるのでしょうか。そこで、この連載の新しい展開として、今家を買いたいと考えている方にモニターとして参加していただき、その心の動きや選択、現在の住宅購入事情をリポートします。

 その新企画では、住宅コンサルティングの老舗、株式会社さくら事務所のコンサルタントがアドバイザーに! 購入時のお金のこと、家やマンションのつくりのこと、マンションの管理のこと、資産としての活用方法まで専門家に個別アドバイスをいただきます。

 現在モニター募集中ですので、ご興味のある方は、下記説明ページよりお申し込みください。あくまで購入のためのリサーチを追う企画ですので、最終的に購入に至る必要はありません。お気軽にどうぞ!

 今回は、株式会社さくら事務所の創業者であり、現会長の長嶋修さんに、女性が家を買うとき最初に知っておいた方がいいことをうかがいました。

◎さくら事務所・長嶋修さんに聞く!

【長嶋修さんプロフィール】
不動産デベロッパーで支店長を務めた後、1999年に業界初の個人向け不動産コンサルティング会社である、「不動産の達人 株式会社さくら事務所」を設立。現会長。また、住宅の安全性を測るホームインスペクション(住宅診断)の分野では、そのパイオニアとして、「NPO法人 日本ホームインスペクターズ協会」を設立するなどして、普及・発展に務めている。『マイホームはこうして選びなさい』(ダイヤモンド社)他、著書多数。

――ずばり、女性がひとりで家を買うことについて、どう思われますか。

長嶋「損得で言いますと大きくふたつの観点があり、ひとつは家賃とローンとの比較、そしてもうひとつは住宅の資産価値とローン残高との比較です。家賃とローンを比較すれば、家賃を払うのはもったいない。住宅ローンは今、金利も低いですし、払っていけば最終的にはローンがなくなり、家賃もなくなる。ですが、価値の落ちる住宅を買うのであれば、得だとも言い切れません。たとえば3,000万円のマンションを買って、将来1,000万、あるいは500万になったら、いざ売るときに損をします」

――前者の将来的に家賃がなくなるメリットは誰もが望むところ。後者に関して言えば、資産価値を考えると、ローンの残高よりも売値が安くなれば、売るときに損をするということですね。

長嶋「そうです。シングル女性の場合は、ライフスタイルの変動が大きい。結婚や転職があったときに身軽に動けないと、困りますよね。たとえば結婚して、パートナーと住むには手狭などの理由でほかに住居を求めるのであれば、購入した物件は売却するか賃貸に出すことになりますが、そのときに価値が下がっていて売れない、貸せないでは困ります。逆にいえば、資産価値の落ちない家を買えば、ライフスタイルが変化しても売ったり貸したりすれば、損しません」

――たとえば5年後に家が同じ価格で売れば、その5年間に払うはずだった賃貸家賃分、得をすることもあります。今は稀かもしれませんが、売値が買値を上回る可能性もあるでしょう。とはいえ、価値が落ちない住宅を選ぶのも難しいもの。選び方のポイントを教えて下さい。

長嶋「それがなかなか難しい。シンガポール国立大学の研究では、日本の住宅価格が2040年には平均で45%下がるとのこと。住宅価格なので、土地と建物に限定した話ですが目安にもなります。世界の先進国は皆同じような状況で、人口が頭打ちになって少子高齢化すると、若い人たちの社会保障などの負担率が高まるので、住宅価格も下がらざるを得ないのです」

――では、基本的に住宅の価格は下がるということですか?

長嶋「激しくケースバイケースになってくるんです。住宅の価格が45%下がるというのは、日本全国の平均の話。今後は価格の格差が開くでしょう。今、300くらいの自治体でコンパクトシティ化の政策が進んでいます」

◎一にも二にも三にもロケーション

 コンパクトシティとは、生活に必要な街の機能を中心地に集め、効率的で持続可能な都市を目指した都市政策のこと。市街地の範囲を思い切り縮めてしまって、その範囲だけは自治体が人口密度を維持すると宣言をするのです。

 具体的には、人々を中心地に集めるために、中心部の狭い範囲に街の機能を集約します。そうなると、ある程度人口が密集した都市部に住まないと、各種行政サービスが受けられなくなるのです。人々が利便性を求めて狭い地域に密集すれば、結果的に限られた地域の住宅の資産価値はキープされることになります。

――価値が落ちない家を買うには、コンパクトシティの内側、人口密集地に家を買う必要があるということですね。

長嶋「不動産って、一にも二にも三にもロケーションなんです。基本は駅前か駅周辺。駅から離れていても、若年層が流入するなどの状況が作られて、人口密度が維持できるところ、というのが前提ですね。買い手が求める“駅からの距離”が最近は年々短くなっていまして、5年くらい前は徒歩10分が許容範囲だったのですが、最近は7分なんです。だからマンションデベロッパー側も、用地を仕入れる際に徒歩7分を超えるとかなり慎重になってしまいます。今は最低7分くらいがポイントでしょうか」

――それは、購入できる地域がかなり限定されますね。そういう物件は高そうですし、日本全体の地価が下がるのであれば、少々不便を押しても将来、郊外の家を買えばよいのかなとも思ってしまいます。

長嶋「住む場所を極端に限定しなければ、これから不動産価格や賃料は、全体としては下がっていく傾向にあるので、価値が落ちるのを待って郊外の物件を終(つい)の住処にするのもアリかもしれません。今は相続対策で作ったマンションが空き家だらけになってしまって、新築の賃貸住宅が全然埋まらない現象があるくらいですから、住む場所にこだわらないんだったらそういう選択肢もあるでしょう。この街に住みたいとか、どうしてもこのマンションが欲しいとか、自分が家を買うことで、生きがいや仕事のがんばりに繋がる、などといったことがあれば、思い切って購入するとよいですね。何度も言いますが、価値の落ちない家ならリスクもないのですから」

◎自分に合った選択をするには?

――でも、住みたい場所、家、きっと家を買いたいと思っている人には、イメージがあると思います。たとえばコンパクトシティ化すると、それ以外の地域は過疎になったり、行政サービスが得られなくなったりするわけですよね? もちろん過疎の地域で幸せに生きる方法もあるとは思いますが、だったらそれを真剣に探って、納得して、郊外の家を買うという考えもあると思いますし。

長嶋「家は、資産ではありますが、他の金融商品とは違って、相場感だけでは語れない部分もあります。不動産は一物一価なので、個性のある売り主と個性のある買い主が話し合って価格を決めるものです。それを平均して『今の相場です』と言っているだけで。実は3,000万で売りに出ているものを10件並べたら、売り手のAさんは一銭も引かないと思っていて、Bさんは来月になったら50万下げようと思っているかもしれません。つまりは、状況や考え方は、売り手によってバラバラなんです。それは、買う人も同じですよね。ということで、個別の買い主にあった選択をし、個別の売り主に合った交渉をすることが大切だと思います」

――なるほど、「家を買いたい」企画でモニターさんひとりひとりに合った誌上コンサルティングをする意義は大きそうですね!

 次回は引き続きさくら事務所会長の長嶋修さんに、価値ある物件の見分け方について、お話をうかがいます。

(蜂谷智子)

女ひとり、家を買いたいと思ったらまず何を考えるべき? 人生どうなっても損をしないための基礎知識

 今まで多くの「家を買った」女性に取材して見えてきたのは、家に関して何が最適な選択であるかは、人や状況により千差万別だということ。家をとりまく社会的状況も刻一刻と変わっています。もちろんすでに家を買った方のリアルな声は、貴重。買ってしばらく経ったからこそ、見えてくることもあるでしょう。

 一方で、「今、家を買いたい」とリアルに考えている人は、どう行動し、何を悩んでいるのでしょうか。そこで、この連載の新しい展開として、今家を買いたいと考えている方にモニターとして参加していただき、その心の動きや選択、現在の住宅購入事情をリポートします。

 その新企画では、住宅コンサルティングの老舗、株式会社さくら事務所のコンサルタントがアドバイザーに! 購入時のお金のこと、家やマンションのつくりのこと、マンションの管理のこと、資産としての活用方法まで専門家に個別アドバイスをいただきます。

 現在モニター募集中ですので、ご興味のある方は、下記説明ページよりお申し込みください。あくまで購入のためのリサーチを追う企画ですので、最終的に購入に至る必要はありません。お気軽にどうぞ!

 今回は、株式会社さくら事務所の創業者であり、現会長の長嶋修さんに、女性が家を買うとき最初に知っておいた方がいいことをうかがいました。

◎さくら事務所・長嶋修さんに聞く!

【長嶋修さんプロフィール】
不動産デベロッパーで支店長を務めた後、1999年に業界初の個人向け不動産コンサルティング会社である、「不動産の達人 株式会社さくら事務所」を設立。現会長。また、住宅の安全性を測るホームインスペクション(住宅診断)の分野では、そのパイオニアとして、「NPO法人 日本ホームインスペクターズ協会」を設立するなどして、普及・発展に務めている。『マイホームはこうして選びなさい』(ダイヤモンド社)他、著書多数。

――ずばり、女性がひとりで家を買うことについて、どう思われますか。

長嶋「損得で言いますと大きくふたつの観点があり、ひとつは家賃とローンとの比較、そしてもうひとつは住宅の資産価値とローン残高との比較です。家賃とローンを比較すれば、家賃を払うのはもったいない。住宅ローンは今、金利も低いですし、払っていけば最終的にはローンがなくなり、家賃もなくなる。ですが、価値の落ちる住宅を買うのであれば、得だとも言い切れません。たとえば3,000万円のマンションを買って、将来1,000万、あるいは500万になったら、いざ売るときに損をします」

――前者の将来的に家賃がなくなるメリットは誰もが望むところ。後者に関して言えば、資産価値を考えると、ローンの残高よりも売値が安くなれば、売るときに損をするということですね。

長嶋「そうです。シングル女性の場合は、ライフスタイルの変動が大きい。結婚や転職があったときに身軽に動けないと、困りますよね。たとえば結婚して、パートナーと住むには手狭などの理由でほかに住居を求めるのであれば、購入した物件は売却するか賃貸に出すことになりますが、そのときに価値が下がっていて売れない、貸せないでは困ります。逆にいえば、資産価値の落ちない家を買えば、ライフスタイルが変化しても売ったり貸したりすれば、損しません」

――たとえば5年後に家が同じ価格で売れば、その5年間に払うはずだった賃貸家賃分、得をすることもあります。今は稀かもしれませんが、売値が買値を上回る可能性もあるでしょう。とはいえ、価値が落ちない住宅を選ぶのも難しいもの。選び方のポイントを教えて下さい。

長嶋「それがなかなか難しい。シンガポール国立大学の研究では、日本の住宅価格が2040年には平均で45%下がるとのこと。住宅価格なので、土地と建物に限定した話ですが目安にもなります。世界の先進国は皆同じような状況で、人口が頭打ちになって少子高齢化すると、若い人たちの社会保障などの負担率が高まるので、住宅価格も下がらざるを得ないのです」

――では、基本的に住宅の価格は下がるということですか?

長嶋「激しくケースバイケースになってくるんです。住宅の価格が45%下がるというのは、日本全国の平均の話。今後は価格の格差が開くでしょう。今、300くらいの自治体でコンパクトシティ化の政策が進んでいます」

◎一にも二にも三にもロケーション

 コンパクトシティとは、生活に必要な街の機能を中心地に集め、効率的で持続可能な都市を目指した都市政策のこと。市街地の範囲を思い切り縮めてしまって、その範囲だけは自治体が人口密度を維持すると宣言をするのです。

 具体的には、人々を中心地に集めるために、中心部の狭い範囲に街の機能を集約します。そうなると、ある程度人口が密集した都市部に住まないと、各種行政サービスが受けられなくなるのです。人々が利便性を求めて狭い地域に密集すれば、結果的に限られた地域の住宅の資産価値はキープされることになります。

――価値が落ちない家を買うには、コンパクトシティの内側、人口密集地に家を買う必要があるということですね。

長嶋「不動産って、一にも二にも三にもロケーションなんです。基本は駅前か駅周辺。駅から離れていても、若年層が流入するなどの状況が作られて、人口密度が維持できるところ、というのが前提ですね。買い手が求める“駅からの距離”が最近は年々短くなっていまして、5年くらい前は徒歩10分が許容範囲だったのですが、最近は7分なんです。だからマンションデベロッパー側も、用地を仕入れる際に徒歩7分を超えるとかなり慎重になってしまいます。今は最低7分くらいがポイントでしょうか」

――それは、購入できる地域がかなり限定されますね。そういう物件は高そうですし、日本全体の地価が下がるのであれば、少々不便を押しても将来、郊外の家を買えばよいのかなとも思ってしまいます。

長嶋「住む場所を極端に限定しなければ、これから不動産価格や賃料は、全体としては下がっていく傾向にあるので、価値が落ちるのを待って郊外の物件を終(つい)の住処にするのもアリかもしれません。今は相続対策で作ったマンションが空き家だらけになってしまって、新築の賃貸住宅が全然埋まらない現象があるくらいですから、住む場所にこだわらないんだったらそういう選択肢もあるでしょう。この街に住みたいとか、どうしてもこのマンションが欲しいとか、自分が家を買うことで、生きがいや仕事のがんばりに繋がる、などといったことがあれば、思い切って購入するとよいですね。何度も言いますが、価値の落ちない家ならリスクもないのですから」

◎自分に合った選択をするには?

――でも、住みたい場所、家、きっと家を買いたいと思っている人には、イメージがあると思います。たとえばコンパクトシティ化すると、それ以外の地域は過疎になったり、行政サービスが得られなくなったりするわけですよね? もちろん過疎の地域で幸せに生きる方法もあるとは思いますが、だったらそれを真剣に探って、納得して、郊外の家を買うという考えもあると思いますし。

長嶋「家は、資産ではありますが、他の金融商品とは違って、相場感だけでは語れない部分もあります。不動産は一物一価なので、個性のある売り主と個性のある買い主が話し合って価格を決めるものです。それを平均して『今の相場です』と言っているだけで。実は3,000万で売りに出ているものを10件並べたら、売り手のAさんは一銭も引かないと思っていて、Bさんは来月になったら50万下げようと思っているかもしれません。つまりは、状況や考え方は、売り手によってバラバラなんです。それは、買う人も同じですよね。ということで、個別の買い主にあった選択をし、個別の売り主に合った交渉をすることが大切だと思います」

――なるほど、「家を買いたい」企画でモニターさんひとりひとりに合った誌上コンサルティングをする意義は大きそうですね!

 次回は引き続きさくら事務所会長の長嶋修さんに、価値ある物件の見分け方について、お話をうかがいます。

(蜂谷智子)

高速ピストンは無意味! 短小ならではの角度と“トントントン”で絶頂へ

こんにちは。本格的に寒くなってきましたね。末端冷え性の大根 蘭です。

 皆さんは、気持ちいいティンコと出会っていますか? 「一緒にいても楽しいし、性格も好きなんだけど……彼のティンコが、Oh……small……」。なーんて方もいるのではないでしょうか。過去、私も短小ティンコの彼がいましたが、「あれ? 入っている?」「おや? また抜けちゃった?」という記憶。何がツラかったかって、挿入中はとにかくガンガン突かれてたということ。あの行為は、自分でも短いと認識していて「勢いで奥まで届けーいっ!」の思いからだったのでしょうか……。突かれている側からすれば、勢いで奥まで届くはずもなく、全く気持ちよくなれないのですが。

  セックスは満足できていないけど、彼の息子を否定することはしたくない。でも……やっぱり、挿入時も気持ちくよくなりたいのっ! ていうのが本音ですよね。彼のティンコが短小で悩んでいる方も、逆にデカティンコで痛みが伴い悩んでいる方もいると思いますが。ところで、ティンコのサイズって一体どれくらいが平均的なんでしょうかね……。

◎日本人男性のティンコサイズの平均は?

 日本人男性のティンコの平均サイズについて、様々な企業が発表していますが、50万人のユーザーで調査を実施したTENGAが発表した、日本人男性の“勃起時の”平均サイズは……長さ=13.56cm、亀頭の直径=3.53cm、竿の直径=3.19cmだそうです。といわれても、セックスの最中に寸法を測ったことは皆無なのでピンときません。男性にとって、デカチンは“神からのたまもの”(ダジャレじゃありません)くらいに思っているかもしれませんが、女性からすればデカきゃいいってもんでもないですよね。同サイトで紹介されていた「女性の理想のペニスサイズ」をみてみると、あれ? 16.5cm……日本人男性の平均サイズを3cm近く上回っていました。意外と欲張りガールが多いのですね(でもその“理想サイズ”に根拠はあるのか?)。

 とはいえ、サプリメントやら、ペニス増大やら、シリコンボールを入れてほしいワケではない! 結局は受け入れ側となる自分の膣の深さや広さとの相性や、サイズよりも勃起時の硬さも含め、「自分にとって気持ちいいのか」が肝心。短小でも、気持ちよくなれる方法はあるはず! ということで、短小ティンコでも満足できるセックスにすべく、体位とワンポイントを研究していきましょう。

◎ポイントは、角度と“トントントン”

◆正常位

正常位で挿入する際、女性は少し腰を持ち上げて、ティンコは若干下に向けると挿入しやすい上に、この角度は女性にとって“快感のツボ”といわれるGスポットを刺激してくれるようです。根元まで竿を沈めたら細かいピストン運動で、クリトリスも圧迫されやすいため、クリ派の方にもオススメ。短小ならではのテクかもしれません。

◆騎乗位

彼に腰をしっかりと持ってもらい、下から彼が突き上げるように動いてもらいましょう。何よりも、騎乗位は女性主導で気持ちいいポイントを探れるのがイイ! 上下に激しく動くと、すぐにティンコが抜けちゃうから気をつけてください。

◆バック

このバックこそ、短小ティンコにはもってこい! の体位だと思われます。女性は少し腰を下げることで、彼は斜め下から突き上げるイメージ。平均サイズのティンコでバックスタイルはちょっと痛みを感じてしまうという方も少なくないですが、短小ティンコの場合、バックなら奥まで突けるという利点があり、斜め下から挿入するこの角度がは、女性も快感を得やすいようです。特に下付きマンコの女性は、感じる角度を探し当てるのに適しているらしく、短小ティンコ+下付きマンコはバッチリな相性のようですよ!

 つまり、短小ティンコの方とのセックスは、挿入時の角度が最も重要だということが判明いたしました。ちなみに、短小ティンコの激しいピストンについて言及している方がいました。速度が速いだけで膣内の快感スポットには刺激がいかないといいます。「速すぎるピストンはあまり意味がなく、エネルギーの無駄遣い」。コツとしては、ガンガン突くことではなく、根元まで入れて、浅く“トントントン”と軽く突く(押す)くらいが、女性を快感へ導くのではないでしょうか。

 当時の短小ティンコ彼氏は、快感を得られず冷静な私とは裏腹、最終的に汗だっくだくのゼェゼェ息切れでした。エネルギーの無駄遣い……無念。

(大根 蘭)

婦人科診察での最大の不安、「経膣エコーが痛すぎ」問題はどうすればいい?

 診察に向けた準備を万端に整えた夢子は、婦人科の予約をいよいよ明日に控えていたわ。

 なのに夢子ったら、夜更けまでずーっとパソコンにかじりついてるの。インターネットで必死に何か検索してるみたいだったけど、その様子が怖いのよ。PCに照らされてぼうっと浮かび上がる夢子の顔は鬼気迫ってるし、薄暗い部屋はシーンとしてマウスのカチカチ……という無機質な音しかしないの。ときおり夢子がつぶやく、

「ない、ない……」

 という独り言が不気味だったわ。もう準備はいいから、明日に備えて今夜は早く寝なさ~い! と思いながらわたしも画面を覗いてみたのね。夢子が見ていたのは検索サイトだった。「婦人科」「内診」「エコー」「痛い」「どうすればいい?」などの検索ワードが打ち込まれていたわ。夢子はもう何時間も、検索で上がってきたいくつものサイトをしらみつぶしに見ていたの。

 実はね、あとで詳しく説明するけど、夢子は過去に一度だけ婦人科で内診とエコー検査を受けたことがあるのよ。たしかに夢子、あのとき飛び上がって痛がっていたのよねぇ。飛び上がるって大げさな、とは思わないでね。本当にあの子ったら痛がって、金魚すくいの金魚みたいにビチビチ飛び上がってたの、物理的に。先生が内診しようとする度に「ギャッ!」「イダイ!」「ム、ムリっす!」とかいいながら。しかもそのせいでものすごく検査に時間をとられてしまったから、先生もたまったもんじゃなかったと思うわ。

◎こんなに痛いって、私がヘンなの?

 きっと、そのときのことを気にしてるんだわねぇ。今回も内診とエコーにものすごく時間がかかって検査してもらえずに「ヨソに行ってください」なんてお医者さんにいわれたら困るもの。永遠に病気を治療できないわ。なんとかするっと内診とエコーを済ませる方法はないものか、夢子は必死に探してたのね。

 ちなみにこれを読んでる姉妹のみなさんは心配しないでね。婦人科の検査って、普通はそんなに痛いもんじゃないから。現にネットにあがっている情報は、

「婦人科での内診やエコー検査は、違和感もあるし少し恥ずかしいかもしれないけれど、痛みはない」

 というものばかりだったの。みんな特に痛みも不具合もなくさっと検査を済ませているから、ネットにはなかなか夢子が希望する情報は載ってないのよ。それで夢子は孤独感を募らせながら、何時間も検索を続けるはめになったの。

「やっぱりあんなに痛がる私がおかしいんだ~あんなに検査で時間がかかるダメな患者はきっと世界中で私だけなのよ~婦人科での検査が痛くてこなせないだなんて恥ずかしい……」

 夢子はなんだか自分が女性としても人より劣っているような気がして、だんだん落ち込んでいったわ。

 ネットで「これだ!」という情報を見つけたのは、数時間の懸命な検索の末だったわ。それは、どうしてもエコー用の棒を膣から挿入するのが痛い場合は、肛門からエコー検査を行うことも可能、という情報だったのよ。夢子は救われた思いだったわ。

「そんな裏技があったなんて! 早く教えてくれればいいのに! もし明日エコーが上手くできなかったら、この奥の手を使おう!」

 それでようやく夢子はホッとして布団に入ったのよ。

 診察当日、問診が行われた部屋には医師の机と患者用のベッドが置かれていたわ。内科などと見た目は同じね。

 夢子は緊張しながら医師に自分の症状をまとめた用紙を渡して、間違っているかもしれないけれど、自分の症状は子宮内膜症という病気に一番似ている気がする、と告げたわ。緊張して口もうまく回らない状態だったから、症状をまとめた用紙は役にたったみたい。

 問診が行われる部屋は、パーティションで隣の診察室とは簡易的に区切られているだけで、ちょっとお隣の声なんかも嫌でも聞こえちゃうのね。看護師さんやいろんな人がばたばたと忙しそうに出たり入ったり、あわただしい雰囲気のところだな、と夢子は思ったわ。

 問診はものの数分で終わり、じゃあ診察しましょうね、と医師がいったとき、夢子はいよいよこのときが来た! と震えたわ。緊張と恐怖はMAXよ。

 患者は問診が終わると「内診台」が置かれた診察室に移動するの。そこにおかれた内診台を見たとき夢子は「げっ……」と息をのんだわ。婦人科は初めてじゃないけど、夢子に内診台での診察経験はなかったの。初めて見る内診台に夢子の緊張はMAXを通り越してバーストしちゃったの。

◎内診台で、心が削られる

 世の中にはやさし気なルックスで座り心地のよい内診台もあるのだけれど、そこにあったのは、いーわーゆーるー内診台だったわ。テレビなんかで見たことがあるような、拷問器具を連想させるような。アルファ・インにでも置いてありそうな。……わかるわよね(わからないなら、アルファ・インで検索して、一発で出てくるから!)?

 自分が行く婦人科では旧式のものではなく、恐怖感を和らげてくれるようなプロダクトデザインやエルゴノミック(人間工学)デザインに基づいた最新式内診台が使われていたらいいな、と思っていた夢子の希望ははかなくも打ち砕かれたの。地方の総合病院にそこまで期待しちゃダメよねえ。

 夢子は、こわごわそのアルファ・イン型旧式内診台の固い座席に座ったわ。患者は内診台に座るときに足をかぱっと広げた独特のポーズをとらなきゃいけないのよね。それだけでもだいぶ精神的に削られるんだけど、そのアルファ・イン型旧式内診台においては、かかとを上げて、なんだかヘンな金属のパーツにのせなきゃいけなかったの。ステンレスのようなピカピカ光った清潔感のある金属じゃなくて、鈍く光りをたたえたおどろおどろしい金属パーツよ。夢子は靴下ごしに感じる金属パーツのつめたさに首をすくめ、心の中でこう叫んだわ。

「この姿勢で股広げるなんて絶対無理無理無理無理屈辱的すぎぎゃーーーっ!」

 一応形式的にかかとを上げて座ったものの夢子は太腿をぴたっと閉じたまま体を固くしていたの。

「ハ~イもっと足広げて、お尻もっと前に突き出してくださいネェー」

 診察室には看護師の容赦ない指導が無情にもひびいたわ。

 そこに医師が登場してエコーの棒を挿入しようとしたけれど、やっぱり夢子にとっては痛すぎたの。「ぐわっ!」というレディーらしからぬ声を出して、痛みにのけぞりつつ足をぴーんと伸ばしたもんだから、その辺の機器類に当たってガシャン! と派手な音が響いたわ。まるで暴れるゴジラよ。診察室を壊すんじゃないかと、わたしはハラハラしちゃったわよ。

 ひょっとしたら今回のエコーは人並みにできるかもしれないという希望的観測を胸に挑んだのだけど、夢子は早々にギブアップして前日仕入れた知識をもとにこういったわ。

「先生、肛門から診ていただくのは可能でしょうか?」

 医師は淡々と答えてくれたわ。

「あっ、そのほうがラク? 肛門から入れるのは痛いって人も多いんだけど、個人差があるからね。あなたにとってラクなほうでやりましょうね。

 肛門からエコーの棒を入れられた夢子は、多少は痛そうに見えたけど、膣からのときほどは暴れることなかったわ。こうしてなんとか夢子はアルファ・イン型旧式内診台から解放されたの。先生にコイツは無理だと思われたのか、その日、内診はなかったわ。

 なんとか検査を終えたものの、夢子の胸には黒い不安がむくむくと湧き上がってきたわ。

「みんなが『痛くない』っていってる経膣のエコーがこんなに痛いなんて、やっぱり私はどこか悪いのかもしれない」

 夢子のその予感は的中だったの。

◎それって、ガンなの?

「うん、卵巣が腫れてますねー。たぶんチョコレート嚢胞です。」

 いったん問診が行われる部屋に戻ってから、医師は淡々とそう告げたわ。緊張と痛みと恐怖がまだ抜けずに放心状態だった夢子は、どう返事をすればいいのかよくわからずにいたわ。卵巣が腫れてる? それってどういうことなの? 頭はぼんやりするばかりで考えはまとまらなかった。

「チョコレート嚢胞ってなんですか?」
「卵巣に血が溜まってる症状です」
「……それって内膜症でしょうか?」

 かろうじて夢子が尋ねると医師はこう答えたわ。

「まだわからないから、MRIの予約を取りますね。このあと、血液検査して行ってください。今日のところは痛み止めを処方しますから、痛いときはそれを使ってください。」

「あのぅ、私、あまり痛み止めは使ったことないんですけど……」

 夢子がおずおずと切り出すと、医師はきっとした顔になってこういった。

「みんなそういうんですよ、痛み止めに頼りたくないとか。けどそれは間違いです! 痛み止めは使ってください!」

 その日は処方してもらった鎮痛剤を持って帰っただけだったのだけど、家にたどり着くころになってようやく頭が働くようになってきた夢子は、思っていたよりも事態が大きいことに恐れをなしたわ。

「卵巣が腫れてるってことはガン? いやいや、そんな簡単にガンになんかならないだろうし。けど、MRIを撮りましょうって先生がいったということは、いまはガンじゃなくても将来的にガンになるの?」

(大和彩)

ロバート秋山竜次のカキタレになりたくて追いかけた2001年の処女

女ならば、誰にだって処女時代はあります。処女時代、私がそのほとばしったエネルギーを捧げたのは、勉強でも趣味でも部活でも彼氏とのデートでもなく、おっかけでした

 中学~高校前半はヴィジュアル系に(ヴィジュアル系バンドマンのセフレになりたくて追いかけたJK時代の話)、高校後半~大学前半は二軍野球選手(二軍野球選手のカキタレを目指して奮闘した処女たちの話)に、そのすべてを捧げました。いや、すべてではありませんね。処女だけは、捧げることができませんでしたから……。

 そして大学2年の夏、私が辿り着いたついたのは“お笑い芸人”でした。がぜんハードルが下がった感! 無意識だったのでしょう、もちろん純粋なお笑い好きには間違いありませんが、いつからか純粋な憧れではなく、「簡単にヤレる有名人探し」を目的としたおっかけ活動になっていたのかもしれません。

 きっかけはお笑い芸人がたくさん出演するテレビの特番だったかと思います。フットボールアワーの漫才の面白さに開眼し、同じくCOW COWが好きだった大学友人Mを誘い、夏休みの旅行もかねて今は亡き大阪の劇場『baseよしもと』に、彼らの漫才を観に行くことに決めました。フットワークの軽さは、おっかけ体質ゆえですね。

 劇場には当時をときめく大阪芸人たちがズラリと並び、彼らの姿をこんなに間近で見られるなんて……! と感動した私たちをさらに歓喜させたのは、2001年の『ルミネtheよしもと』のオープンでした。

「テレビで大活躍中の極楽とんぼやロンドンブーツ1号2号のネタが見られるのは、ココだけ!」

を売り文句に、オープン当初から超満員の大盛況!……だったのは、ロンブーなど大物が登場する時間帯のみ。主に私たちが狙っていたのは、若手が登場する時間帯でした。チケットは取りやすく(おそらく、行って窓口で買って入って、と映画のような段取りで観られたはず)、通学途中に寄れる立地の良さもあり、通い詰めざるを得なかったのです。

 実際に観覧すると、『ルミネ』は『baseよしもと』より舞台までの距離が近く、まだまだファンも少なかった“売れっ子ではない”芸人たちのネタに、涙が出るほど笑ったものです。そこでドハマリしたのがロバートでした。一度ネタを見ただけで、当時から天才肌を発揮していた秋山竜次氏の虜に。以来、ロバートの全コントを見逃さないためにルミネに通い、他所でのライブにも通い(当時はよく、同期のインパルス、森三中とライブをしていた)、出待ちはもちろん当たり前でした。

 1999年からトリオとして今のメンバーで活動開始した彼らですが、01年後半にはもう『はねるのトびら』でブレイクしてしまうので、私がおっかけをしていた時はまさしくブレイク前夜も前夜、爆発寸前の一番おいしい時期でした。

 新宿駅南口のほど近く、ルミネの社員通用口からライブを終えた芸人が続々と出てくる道が、おっかけ女性たちの定位置でした。お目当ての芸人が出てくるとスッとそばに寄り、話をしたりプレゼントを渡したり、ツーショット写真を撮ってもらったりします。おっかけ間の暗黙のルールとして、持ち時間は一人3分前後。後ろには、順番を待つ他のおっかけ女性たちが、一定の距離を保ちつつ付いていきます。もちろん芸人は立ち止まらずスタスタと目的地まで歩いていきますから、その様子はハーメルンの笛吹き男さながら。

 で、ここで空気の読めないおっかけがいるんですよ。持ち時間を5分もオーバーすると、どんどん後ろのおっかけたちに影響が及びますから大迷惑。私なんかは新大久保付近(新宿駅から徒歩20分)でやっと話しかけることができた日もあります。

「あ、あのう! お、おばあちゃんが入院中なんですが!(話しかける口実のための、クソつまらない嘘) 秋山さんのコントを見るときだけ笑えるんです! あのう! がんばってください! あ、し、写真! ととと撮ってください!」

 歩きながら、ハァハァと息を切らし、早口で喋りかけ秋山氏に手紙を渡し、一緒に写真を撮ってもらいました。ちなみに写真は、他のおっかけを見るとみんな芸人にカメラを渡し、自撮りツーショットを撮ってもらうという図々しいスタイルが確立されていましたから、私ももちろん秋山氏にコンパクトカメラを渡し、一緒に撮ってもらっていました。自分でシャッターを押すのではないのです、あくまで芸人に押させるあのスタイル、一体なんだったんだろう……。

 そんなある日、私たちおっかけを沸かせる企画のお知らせが、ライブ時に配られるビラに挟まれていました。

<ロバート&インパルスと行く、ドキドキ♪わくわく♪中華街バスツアー!!>

「行きますよね?」
「ですよね! 絶対行きますよね!」

 顔見知りのおっかけたちや、インパルス板倉俊之のファンだった大学友人Eと参加の意志を固めると、学生にとっては大金の参加料約2万円を、激安回転寿司屋のバイト代から捻出、すぐに申し込みました。

 まずは新宿に集合し、バスに乗車。1号車に秋山氏&板倉、2号車にそれ以外、だったかと思いますが、ファンはあらかじめ「どのメンバーと行動を共にしたいか」で、乗るバスを選ぶことができました。私はEとともに迷わず1号車へ。出発すると、自己紹介を開始。名前や誰のファンかを一人ずつ発表していくなかで、私はどうにか覚えてもらおうと必死になり、

「昨日から緊張して、子宮が痛いです!」

と、昨今の全方位配慮なご時世なら炎上必至のコメントを添えると、さすがは芸人さんですね、秋山氏は素人のどうしようもないシモ系ボケも拾ってくださいました。

 が、ここでちょっと、現実を目の当たりにして戸惑うおっかけたち。テレビやライブでは終始わーわー言うてる芸人ですが、1日中ファンに囲まれていなければならない状況で、ずっとわーわー言うてたりはしません。秋山氏も板倉さんもテンションが“普通”なんですよね。私たちの自己紹介にも、「はい、◯◯さん、よろしくね。じゃあ次のひと~~」と“普通”に言います。

 中華街に到着すると、それぞれ好きな芸人に付いて歩き回る中華街観光がスタート。ちなみに秋山グループは、中華料理屋で小籠包を食べるコースでした。店までは秋山グループ総勢20数人で大移動。入店し秋山氏が円卓に座ると、すかさず隣を陣取ったのが、ピタTに推定Fカップの巨乳が浮き出た、20代の単独参加女性。もう片側には、年季の入ったおっかけであろう、40代以上と思しきおばさん(2人組で参加)が座りました。

 出遅れた私たちは、他のテーブルで食べることを余儀なくされますが、秋山氏の注文した小籠包が来ると、みな席を立ち秋山氏のテーブルを囲みました。そして、その一挙手一投足に大注目。箸を取り、小籠包を掴み、口に運び、小籠包を噛み、飲み込む――その一連の動きを、女共が固唾を飲んで見守っています。こんなワケわからない状況で小籠包を食べる秋山氏は、生きた心地がしなかっただろうな、と今なら思えます。

 食事が終わると、待ちに待ったフリータイムです。我先にと秋山氏に群がる女たち。いつの間にか、秋山氏に似顔絵を描いてもらうという流れができあがっていました。私ももちろん書いてもらいました。描かれたのは、ニキビヅラの鼻デカ女。秋山氏の芸風を好きになったはずなのに、それならそう描くとわかるだろうに、普通にめちゃくちゃショックを受け、ずうううんと気落ち……。また例によって、「この女達の中なら結構イケる方」という肥大化した自己評価とのギャップもあり、ずううううん……。次に描いてもらっていた、ぽっちゃり気味の顔見知りおっかけ女性も、ずうううん、としていました。

 ふとピタT巨乳を見ると、似顔絵も描いてもらわず、ずっと秋山氏の隣をキープしているではありませんか。店を出て次の目的地に行く際にも、彼女は常に秋山氏の隣を歩いていました。でも、喋りかけたりはしないんですよ。ただ隣にいるだけ。参加者全員での記念写真撮影時さえ、その女は秋山氏の隣にいました。

 さて、すっかり気落ちした私はヤケクソになり、最後にほかメンバーとも触れ合える場面で、「もうこいつでいいや」と(なにが?)なり、インパルスの堤下敦に近づきました。そしてツーショットを撮ってもらい(例によってカメラを渡して)、言いました。

「さっき、友達同士でバーベキューするのが好きだって言ってましたよね」
「はいはいしますよ」
「今度ぉ、私も呼んでくださいよ~~」

 え、どの立場から言ってるの? てゆうか誰? 突然来て呼んでくださいよ~~って、え、誰? 堤下さんも内心ビックリしたんじゃないでしょうか。ヤケになった処女とはげに恐ろしきかな。だがしかし堤下さんはそういう類の猛獣に慣れているのか、

「はいはい呼びますよ」

とOK(?)との返事! 「ぜったいですよぉ~~」と言いながらその場を離れ、Eに、「堤下のバーベキューに参加できそうなんだけどwww」と報告した私ですが、連絡先も知らずに、一体どうやって参加する気だったのか教えてほしいものです。

 その中華街バスツアー以降、似顔絵ショックと秋山氏へ近づきすぎたことによるエネルギー減少が原因で、以前よりもライブに行く回数が減った私。と、同時期に、処女時代を終えたのです。

 バイト先の激安回転寿司屋の同僚である1歳年上のFラン大学生に、スタッフルームで突然膝枕されたことで恋に落ち、むりやりお台場デートを取りつけ3日後に告白。その日の夜、やたらお香が立ち込める彼の一人暮らしの部屋で貫通。そして2カ月後には「××さん(バイト同僚)が好きだから」との理由でフラれ、バイトリーダーのOさん(28歳。前歯がない。税金を滞納している。声は池谷直樹にそっくり)に、「有屋町ぃ、おまえ、お笑いばっかり行ってるから、愛想つかされたんだよー」とダメ出しされるのでした。

 さて、ヴィジュアル系、野球選手、ともに常に持っていくのはセミプロ女性。芸人は? 秋山氏はあのピタT巨乳とイタしたのだろうか? 正直わかりませんが、のちの実話誌編集者時代、私は“カキタレ”と呼ばれる女性に取材する機会に恵まれました。

 名前はRちゃん。当時弱冠20歳。彼女は歌舞伎町のキャバ嬢で、某漫才コンテスト優勝経験のある芸人のカキタレ、との触れ込みで、編集部の信頼できる先輩に紹介されました(先輩は彼女をネタ元にしていた)。

 Rちゃんの源氏名は2chの芸人スレに飛び交っており、「◯◯の子を妊娠した」とか、「俳優の▲▲にも手を出している」とか、罵詈雑言含め華麗なる遍歴で語られていました。彼女に会い話を聞くと、実際にすごいんですよ。サイゾーも真っ青のゴシップの宝庫。「G・Mは乱交パーティーをしている」とか、「Eはデブ専風俗マニアで、店には彼のサインが飾ってある」とか、「Y・Tは鬼畜セックス。女をものとしか思っていない」とか、旬な芸能人のゴシップをディティール細かく教えてくれるんです。

 そのなかで私が記事にしたいと思ったのが、「AのS・Sの、大麻吸引写真がある」でした。

「S・Sが水パイプで吸ってる場面なんですけど、私の友達がヤッたときに吸ってて、その子が撮った写真があるんです。あいつ、常習でヤバいですよ」

 あのSクンが!? と湧き立ち、編集長に報告するとGOサイン。「次に会うときにその子(S・Sとヤッたという友達:Bさん)も連れていく。写真も渡す」というので約束の日に会いました。その日はRちゃんの彼氏だという純朴そうな年下の青年も同席していました。

「もしもし? Bちゃん? あとどのくらいで来られそう?」

 目の前でそんな電話を何回かしていましたが、2時間経っても3時間経っても、肝心のBさんは来ません。埒があかないので、RちゃんからBさんと呼ばれる子の電話番号を教えてもらい、「紹介料」として謝礼を渡しお開きに。

 翌日、Bさんに電話をしました。

「は? 何の話ですか?」
「いや、だから、Rちゃんに番号を教えてもらいまして。Sクンの写真を……」
「R?」

 数秒無言になったあと、受話器からはSの「ふふっ」という笑い声が聞こえてきました。

「騙されてますよそれ(笑)」

 芸能界――それは、虚実入り交じる偶像の世界。そこに群がる者もまた、虚に魅入られてしまうのです。と、格好つけてしまいましたが、私がこの三部作で言いたかったのは、「現実の処女喪失は、とてもしょっぱい」という話でした。

 ちなみに、“有名人とヤラせろおばさん”こと有屋町はるが辿り着いた「ヤレる有名人」の結論はズバリ! サブカル文化人でございます! もはや有名人でもなんでもねえ!