
骨太な作風で知られる細野辰興監督の最新作『貌斬り KAOKIRI』。人気スターの移籍問題の度に騒がれる“芸能界の闇”が描かれる。
天才漫画家・楳図かずお先生を取材する機会があり、興味深い話を聞いた。子どもの頃に「宇宙の果てはどうなっているの?」「人間は死んだらどうなるの?」という素朴な疑問を周囲の大人に投げ掛けたものの、誰も答えてくれなかったそうだ。それならば、自分が描く漫画の世界で自分自身が科学者や神様となってその答えを導き出してやろう。そう考えた楳図少年が大人になって完成させた作品が『14歳』だった。『14歳』のラスト、楳図先生と我々読者は共に宇宙の果てに辿り着き、生命の神秘に触れることになる。想像力を駆使したフィクションの世界を通して、現実世界の謎に迫る―。『シャブ極道』(96)や『竜二Forever』(02)で知られる細野辰興監督の新作『貌斬り KAOKIRI ~戯曲「スタニスラフスキー探偵団」より~』を観ながら、あらためてフィクション世界の深遠さに気づかされた。
『シャブ極道』では役所広司がシャブ中毒のヤクザに迫真の演技でなりきり、『竜二Forever』では自分の命と引き換えに主演映画『竜二』(83)を残す俳優・金子正次の太く短い青春を高橋克典が全身全霊で演じてみせた。細野監督は骨太な題材をもとに、俳優たちのポテンシャルをぐいぐいと引き出す名演出家だ。そんな細野監督の『私の叔父さん』(12)以来4年ぶりとなる新作『貌斬り』もまた、タブー知らずの挑発的な作品となっている。日本映画全盛期に二枚目俳優として大活躍した長谷川一夫が松竹から東宝に移籍する際に暴漢に襲われ、カミソリで顔に大きな傷をつけられたスキャンダラスな事件の真相を探るものだ。芸能界の闇を感じさせるこの迷宮化した怪事件を、細野監督はフィクションの力を使って究明しようとする。
『貌斬り』の舞台となるのは、高円寺にある小さな劇場「明石スタジオ」。ここでは舞台『スタニスラフスキー探偵団』の公演が行なわれている。この公演は映画監督(草野康太)や映画プロデューサー(山田キヌヲ)たちが新作映画の脚本の打ち合わせをしている様子を描いたバックステージもの。劇中劇という形で、新しいドラマが生まれる瞬間を追っている。映画監督たちは長谷川一夫の顔斬り事件を題材にした野心作を撮ろうと考えているが、消えない傷を負ったまま芸能活動を続けた長谷川一夫は事件の真相を生涯口にすることがなく、実行犯に襲撃を命じた黒幕の正体は闇に包まれたままだった。真犯人は誰か、犯行の動機は何だったのか? その手掛かりを探すために、映画監督は助監督たちと一緒に会議室でロールプレイを始める。このロールプレイが、思いがけず人間の心の闇を引きずり出してしまう。

『渚のシンドバッド』(95)や『月光の囁き』(99)での好演が印象に残る草野康太が主演。舞台上で映画監督に扮し、ロールプレイを始める。
会議室に篭った監督たちはロールプレイと称して、顔斬り事件の被害者・実行犯・関係者をそれぞれスタッフがなりきって演じ、事件を様々な角度から再現していく。事件をリアルに再現することで、当事者たちがそのとき心に生じた感情までも甦らせようというものだ。これは演劇用語でスタニスラフスキー・システム、いわゆる“メソッド演技”と呼ばれているもので、アクターズスタジオ出身のマーロン・ブランドやジェームズ・ディーンはこのメソッド演技を取り入れ、名優としての評価を手に入れている。だが、人間の深層心理のダークサイドに触れすぎ、同じくアクターズスタジオ出身のマリリン・モンローやモンゴメリー・クリフトは情緒不安定に陥ったとも言われている。劇中の監督、プロデューサー、助監督たちも長谷川一夫移籍騒ぎをめぐる芸能界の暗部だけでなく、自分たちの心の闇にも向き合わざるをえなくなる。
メソッド演技を活用して、迷宮入りした事件の真相を探ろうというアイデアがユニークだ。この発想はどのようにして生まれたのか、細野監督に尋ねた。
細野「『シャブ極道』を撮り終えて、『売春暴力団』(97)の脚本を書いていたとき、富士の御殿場に車で行った帰りに、『黒澤明の別荘がこのあたりにあるから探してみよう』ということになったんです。しかし、別荘が見つからない。そこでスタニスラフスキー・システムで黒澤明になりきって探してみようという話になり、何と本当に見つかった(笑)。スタニスラフスキー・システムという言葉は知っている。でも、そんなこと大げさに標榜しなくても役者も演出する側も分かっているよという、おちょくり半分、真剣半分から生まれたアイデアが舞台『スタニスラフスキー探偵団』(2010年初演)だった。映画ではいろいろ考え直し、再構成しています。長谷川一夫の顔斬り事件の本質は、非近代性だと僕は思う。ヤクザと映画界ががんじがらめの核となり、芸能の民が生きていた。そういう時代だった。しかし、日本人の意識も変化し、一般人がテレビに出始め、芸能の民がいらなくなってしまった。土地を売って金を得るバブルがダメ押しした。だからこそ、流浪承知で芸能の民として生きていこうとする人たちをこの映画で描いてみたいと思ったんです」

演出家を演じるのはアクの強い作品に欠かせない木下ほうか。舞台役者たちに「その気になったら、本当に斬りつけてしまえ」と耳打ちする。
衣装やメイクによって外見を変えるだけでなく、内面まで他人になってしまう。芸能の民=俳優という職業の特異性がクローズアップされる『貌斬り』。本作の映画監督たちはメソッド演技を用いた“安楽椅子探偵”となるわけだが、マーロン・ブランドやジェームズ・ディーンといったメソッド演技の達人は名探偵にもなりえただろうか?
細野「なるほど……。あの2人なら、なりえたかもしれません。ジェームズ・ディーンは出演作が少なく、資質でやっていたかもしれませんが、マーロン・ブランドはいろんな役をやっているから、なりきるタイプの人な気がする。ダニエル・デイ=ルイスも、なりきるタイプでしょう。役所広司さんもそう。役に入ると、『えっ、彼は役所さん?』となってしまう。予定調和の中だけで芝居をしない人です。役へののめり方が凄かったのは、『竜二Forever』の高橋克典くん。減量から始まり、『竜二』のシーンを再現し、私生活の金子正次も演じなくてはいけなかった。まったく自分と資質の異なる金子正次役に果敢に挑んでみせた。『竜二』の金子正次さんにもそれは言える。世間では金子正次=竜二と語られているけれど、『竜二Forever』の脚本を作るときに金子さんの実家を訪れ、部屋に入ると18歳の写真があり、とてもいい笑顔で写っていた。それを見たとき、金子さんは竜二じゃない、努力して竜二をつかんだなと思ったわけです。そういう点で、今回の『貌斬り』は『竜二Forever』と繋がっていると言えますね」
演技というフィクションの世界を通して、現実世界の暗部にスポットライトを当てる。そこに浮かび上がるのは、非近代的な土壌の芸能の世界からビジネスとしてすべて割り切られる現代社会へと一本の細いロープを綱渡りするひとりのスター俳優の姿だ。背景となる闇が深ければ深いほど、ロープ上のスターは輝きを増していく。非近代から現代へ、フィクションからリアルへ。『貌斬り』で斬り裂かれた顔の傷口から、意外な真実が見え隠れしている。
(文=長野辰次)

『貌斬り KAOKIRI ~戯曲「スタニスラフスキー探偵団」より~』
プロデューサー・脚本・監督/細野辰興
出演/草野康太、山田キヌヲ、和田光沙、金子鈴幸、向山智成、森谷勇太、森山千有、南久松真奈、日里麻美、嶋崎靖、佐藤みゆき、畑中葉子、木下ほうか
配給/マコトヤ 12月3日(土)より新宿K’s cinema、12月10日(土)より名古屋シネマスコーレ、17年1月14日(土)より福岡・中洲大洋劇場にて公開
(C)2015 Tatsuoki Hosono/Keiko Kusakabe/Tadahito Sugiyama/Office Keel
http://kaokiri.makotoyacoltd.jp

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