ジム・キャリー主演のコメディ映画『トゥルーマン・ショー』(98)を覚えているだろうか。気のいい保険のセールスマン・トゥルーマンの暮らしている自宅や街は、実はすべてドラマセットであって、彼の日常生活は密かにテレビ中継されているというもの。この『トゥルーマン・ショー』にそっくりなドキュメンタリー映画が、『太陽の下で 真実の北朝鮮』(チェコ=ロシア=ドイツ=ラトビア=北朝鮮合作)。ロシアの著名なドキュメンタリー監督ヴィタリー・マンスキーは北朝鮮を訪ね、平壌でごく普通に暮らす家族の日常生活を1年間にわたって密着取材しようとしたのだが、北朝鮮側があらかじめ撮影ポイントを決め、カメラに映る人々が口にする会話もすべて脚本として用意された上で、“最高の国・北朝鮮のごく普通の家族”を撮るはめになってしまった。だが、マンスキー監督はただでは転ばない。北朝鮮側の監督がちょくちょくカメラフレームに入ってきて「そこはもっと笑って」「明るく元気に」と演出し、リテイクを繰り返している様子を盗み撮りすることに成功。ごく普通の家族の日常を撮るために、様々な演出が施されている様子が映り込んだ、おかしなドキュメンタリー映画『太陽の下で』はこうして誕生した。来日したマンスキー監督に撮影現場の状況について聞いた。 本作の主人公となるのは、8歳になるジンミちゃん。丸顔でツインテールの三つ編みがかわいらしい女の子だ。冒頭、真新しいジャケットを着込んだジンミちゃんはバスに乗って、学校に向かう。クラスにいる同級生の女の子たちもかわいいい子ばかりで、鼻水を垂らしているような貧乏くさい子はおらず、みんな行儀よく授業に耳を傾けている。先生も若い女性で、なかなかの美人さんだが、この先生の歴史の授業が強烈だ。「金日成大元帥さまは子どもの頃から、日本人と地主を憎んでおられました」「遊び浮かれている日本人に万景峰から大きな石を投げつけ、追い返しました」と抗日運動と神話化された建国の歴史をごっちゃにして、イノセントな少女たちに叩き込む。女の子たちが元気よく暗誦できるようになるまで、何度も何度も繰り返す。幼い頃から反日思想を徹底的に教え込む、北朝鮮の学校教育の恐ろしさを序盤からまざまざと見せつけられる。 マンスキー監督「ひとりの純真な女の子が、社会主義国家で生まれ育ち、どのようにして社会の一員になっていくかを追ったドキュメンタリーを撮りたいと考えていたんです。つまり、北朝鮮で有名なマスゲームのひとコマになっていく過程を追うことで、社会主義とは何かを考えさせる作品にしたかったのです。北朝鮮側に企画書を送り、2年ごしで撮影許可をもらい、平壌で撮影を始めたのですが、映画スタッフという名目で監視役が私にずっと張り付いた形で、自由に撮ることはいっさいできませんでした。誰を主人公にするかだけは私に委ねられていたので、ジンミという少女は父親がジャーナリストだというので、彼女の一家を取材することにしたのです。ジャーナリストなら、いろんな場所を見ることができるに違いないと。ところが撮影が始まると、ジンミの父親はジャーナリストではなく、縫製工場のエンジニアに変わっていました。母親はレストラン勤務だったのですが、やはり豆乳工場勤務に変わっていました。撮影初日から自分が撮りたいものを撮ることは無理だと分かり、4~5日目から今回のようなスタイルの作品にすることを決心したんです」北朝鮮ではエリートコースである北朝鮮少年団への入団が決まったジンミちゃん。撮影期間中、明るく利発な少女を演じ続けた。
両親の職業が北朝鮮当局の都合で変えられてしまうわけだから、まともなドキュメンタリーになるはずもなかった。ジンミちゃんのお父さんは自分の勤務先となった工場に赴き、そこで働いている女性労働者に何を作っている工場なのかを尋ねている様子もカメラは収めている。ジンミちゃん一家は広々としたこぎれいなマンションで暮らしているが、これも撮影用に用意されたものだった。 マンスキー監督「家族がこのマンションで暮らしていないことは明白でした。戸棚をこっそり開けてみると、食器がひとつも置いてありません。バスルームを覗くと、歯ブラシが1本もない状態でした。生活感がまるでないマンションで、撮影用のものだなと、すぐに気づきました。ジンミとあの父親、母親は確かに遺伝子的には家族なのかもしれません。でも、本当の家族と言えるのか、私は疑問に感じます。撮影期間中、ジンミ以外の家族に出会ったのは1日だけでした。金日成の誕生日を祝う祝日で、その日だけは家族が集まって、金日成・金正日親子の記念碑の前で家族写真を撮っていたんです。写真を撮っているときの家族たちがどんな表情をしているかを、じっくりご覧になってください。これは私の推測ですが、多くの家族は普段はバラバラに暮らしているようでした。父親は軍隊の兵舎、母親は工場のプレハブ小屋、子どもは学校の寮で暮らしているようです。工場の生産性や勉強をはかどらせるためなのかもしれませんが、私にはなぜそこまでやるのか理解できません。休み時間、校庭で遊んでいる子どもを見ることもありませんでした。ロシアから来た監督のドキュメンタリーの撮影のため、撮影期間中だけ幸せな家族を演じさせる。これは二重の意味での国家による暴力ではないでしょうか」 “在日二世”である梁英姫(ヤン・ヨンヒ)監督のドキュメンタリー映画『ディア・ピョンヤン』(06)では家族向けのプレイベートビデオの中に、梁監督の兄たち一家が暮らす平壌のリアルな現状が映し出され、そのことから梁監督は北朝鮮へは入国禁止処分となった。マンスキー監督も盗み撮りしていることがバレたら、いちばん軽くて国外退去処分、最悪身の危険も覚悟したらしい。そんなリスクを冒して撮影した映像には北朝鮮側の監督が演出する姿が度々入り込んでいるが、ジンミちゃんが北朝鮮少年団に入団するくだりは現実のもの。少年団に入れる子どもはごく少数で、ジンミちゃんはエリートコースをこれから歩もうとしていることが分かる。入団式で赤いマフラーとバッジを渡され、うれしそうなジンミちゃん。その後、全身勲章だらけの偉い老将軍が入団のお祝いの言葉を述べるが、朝鮮戦争で米軍機を撃墜した自慢話を延々と続けるので、子どもたちは睡魔に負けないように懸命に堪えている仕草が何ともいじらしい(子どもたちにしてみれば命懸け)。また、金日成の誕生日を祝う“太陽節”で披露する踊りをジンミちゃんは学び始めるが、舞踏の先生が厳しすぎ(というか性格がすごく陰険)、ジンミちゃんは多分人生初の挫折を味わい、涙を流すシーンも撮られている。嘘だらけのドキュメンタリーの中に、いくつかの真実が浮かび上がる。ジンミちゃん一家が暮らしているマンション。窓から主体思想塔が眺められる平壌で最高級の物件だ。
マンスキー監督「撮った映像はデータ化して、すぐに安全な場所に送信しました。北朝鮮側にはNGシーンをカットした後の映像を見せるようにしていました。彼らはロシアも自由のない国で、私のこともプロパガンダ映画を撮っている自分たちと似た立場の人間なのだろうと思っていたようです。とはいえ、ホテルの部屋にはカバンやカメラを置かず、いつも持ち歩くようにしました。ちょっとでも目を離すと、中をチェックされてしまうからです。確かにロシアもソ連時代、スターリンによる独裁政権下では悲惨な状況でしたが、それでも今の北朝鮮ほどではなかったはずです。なぜなら、スターリン時代には優れた作家、音楽家たちが自由を求めた素晴しい作品を残しています。でも、今の北朝鮮にはそのような芸術家がいるように思えません。私が泊まっていたホテルの前の劇場では、抗日運動を題材にしたプロパガンダミュージカル『血の海』しか上演されていませんでした。私が当初考えていた内容とはまるで違うドキュメンタリーになりましたが、これをご覧になった方の心に何か感じるものがあれば幸いです」 純真無垢そうな瞳をキラキラさせていたジンミちゃんだが、少年団に入団を果たし、体制の一員となっていくことを予感させる形でこのドキュメンタリーは終わりを告げる。ラストカットで、ジンミちゃんがこぼす涙がひどく印象的だ。無事に入団式を終えた安堵感からなのか、それともイノセントな少女時代がすでに終わったことを本能的に察知したのか、ポロポロと大粒の涙を流す。ジンミちゃんがカメラの前で泣き出したことに慌てた北朝鮮側の監督が「楽しいことを考えてごらん」「好きな詩を言ってごらん」といってなだめる。しばらくして、ジンミちゃんは泣くのを止め、「チュチェ革命を受け継ぎ、強く生きることを少年団として固く決意します」とカメラに向かって答える。どこまでがリアル(本音)で、どこからがフェイク(演技)なのだろうか。そして、このボーダーラインが消える日は、いつか来るのだろうか。 (文=長野辰次)モスクワ・ドキュメンタリー映画祭の会長も務める著名なヴィタリー・マンスキー監督。北朝鮮からの要請で、ロシアでも本作は上映禁止に。
『太陽の下で 真実の北朝鮮』 監督・脚本/ヴィタリー・マンスキー 撮影/アレクサンドラ・イヴァノヴァ 編集/アオドレイ・ペパルヌィ 音楽/カルリス・アウザンス プロデューサー/ナタリア・マンスカヤ 出演/リ・ジンミ 配給/ハーク 1月21日(土)よりシネマート新宿ほか全国ロードショー http://taiyouno-shitade.com
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