
映像化は困難とされた貫井徳郎作品の初映画化『愚行録』。週刊誌記者の田中(妻夫木聡)はエリート一家惨殺事件の真相を探る。
慶應大学には付属校から上がった内部生と大学から入った外部生との間に見えない溝が存在し、早稲田大学では一流企業に就職するための猛烈なコネづくりが行なわれている──。有名大学のえげつない内情を克明に描いた貫井徳郎のミステリー小説『愚行録』(東京創元社)が、妻夫木聡&満島ひかり主演作として映画化された。本作で長編デビューを果たしたのは、ポーランド国立映画大学で演出を学んだ新鋭・石川慶監督。にこやかな表情を浮かべながらも、いっさい本音を吐くことのないエリート階級の人々の腹黒い内面を、乾いた映像で切り取ってみせ、魅力的なドス黒系エンターテイメントに仕立てている。
誰からも愛された美男美女のエリート夫婦とその娘が新築されたばかり自宅で刺殺されるという陰惨な事件が起き、犯行から1年が経っても犯人の手掛かりはつかめない。週刊誌記者の田中(妻夫木聡)はエリート夫婦の過去を知る関係者たちへの取材を始める。被害者夫婦の友人たちは「あんないい人がなぜ?」と首を傾げるが、その言葉の裏側から被害者夫婦の意外な素顔が浮かび上がってくる。さらに田中が取材を進めていくと、今の日本は格差社会どころか、歴然とした階級社会であることを思い知らされる。実の妹・光子(満島ひかり)が我が子をネグレクトしていた疑いで拘置所送りとなっている田中にとって、エリート階級とその階級に憧れる人々たちの言動はあまりにも虚しく感じられた。
直木賞候補にもなった原作小説を1時間57分に収めるために、映画ではぎゅっと絞った形となっているが、登場キャラクターたちの腹黒さや浅はかさが次々とスクリーンに映し出されていく。本人たちはそのことに気づいていない分、取材記者・田中の目を通して見る我々には、よりイタくてキモいキャラクターに映る。中でも極めつけなのが、殺されることになる夏原友季恵(松本若菜)だ。美人でファッションセンスに優れている友季恵は、学生の頃から人気者だった。大学から入った外部生ながら、華やかさと育ちの良さから内部生とのランチに呼ばれ、あっさりと学内カーストを駆け上がっていく。クラスメイトの誰とも明るく接するが、ダサくて取り柄もない外部生を内部生に紹介することは決してしない。友季恵をライバル視する同級生の淳子(臼田あさ美)は目障りなので、淳子の彼氏・尾形(中村倫也)を思わせぶりな態度で奪い取ってしまう。尾形が淳子から自分に乗り換える様子を見て、友季恵はにっこりと微笑む。

外部生ながら、真っ先に内部生グループに昇格した夏原友季恵(松本若菜)。誰とでも気さくに接し、育ちの良さを感じさせる人気者だった。
友季恵には自分がえげつないことをしているという自覚はまるでなく、自分が欲しいものは素直に手に入れ、逆らう者は容赦なく叩き潰すという行為が無意識レベルでできてしまう。多分、友季恵は自分がなぜ殺されたのか、その理由を知らないまま死んでいったはずだ。殺人鬼から愛する我が子を最期まで庇おうとした悲劇のヒロインとして、同窓生たちの記憶に残ることになる。生まれつきの悪女である友季恵役にオーディションで選ばれたのは松本若菜。成海璃子主演の官能作『無伴奏』(16)では池松壮亮の美しい姉を演じており、二面性のある美女役でこれから活躍の場を増やしてきそうだ。
週刊誌記者として事件の真相を追っていく主人公役の妻夫木聡とその妹役の満島ひかりは演技力に定評があるが、友季恵と一緒に殺されることになる大手不動産会社勤務の夫・田向役の小出恵介、田向にとって“都合のいい女”である恵美役の市川由衣ら助演陣も、実に素晴しく腹黒い人間像をはつらつと演じてみせる。彼らの生き生きとした悪人顔を見ていると、俳優として裏表のあるキャラクターのほうが薄っぺらい善人役よりも演じがいがあることが、とてもよく分かる。

事件を追う田中にとって、気がかりな存在である妹の光子(満島ひかり)。兄妹とも、家族に関しては苦い思い出しかなかった。
人間のドロドロした嫌な部分を描きながらも、本作を魅力的なエンターテイメント作品に押し上げている要因に、端正なカメラワークと湿度の低い映像も挙げられる。石川監督がポーランド国立映画大学に留学した際、撮影科にいた同期生のポーランド人ピオトル・ニエミイスキを日本に招き、撮影監督を任せている。石川監督によると、日本とポーランドは1本あたりの映画製作の予算規模が似ており、ピオトルの異文化に対するオープンな性格もあって、限られたスケジュールの中でもスムーズに撮影が進んだとのこと。日本の知られざるヒエラルヒー社会を、異邦人の乾いた目線で見つめるような冷ややかな味わいが本作にはある。
原作では慶應大学となっていた大学名は、映画では文應大学となっているが、多分どのキャンパスにも夏原友季恵によく似た女性がいたはずだ。とても美しい上に頭もキレ、彼女が現われただけでパッと場が明るくなる。多くの人の目には社交的な性格に映るが、でもごく自然に自分の周囲にいる人間をコマのように扱うことに優れている無慈悲な女王さま。それが夏原友季恵という女だ。愚かなことに、男たちはそんな女王さまに尽くすことに喜びを感じてしまう。人間はどうしようもなく愚かな生き物であることを、『愚行録』は思い出させてくれる。
(文=長野辰次)

『愚行録』
原作/貫井徳郎 脚本/向井康介 監督・編集/石川慶
出演/妻夫木聡、満島ひかり、小出恵介、臼田あさ美、市川由衣、松本若菜、中村倫也、眞島秀和、濱田マリ、平田満
配給/ワーナー・ブラザーズ映画、オフィス北野
2月18日(土)より全国ロードショー
(c)2017「愚行録」製作委員会
http://gukoroku.jp

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