こんな悲劇があっていいのだろうか? ニュースを見ていると、しばしば目にする「介護殺人」の文字。介護への疲れから逃れるために、殺人へと発展してしまう、痛ましいこの種の事件。超高齢化社会を迎えた日本において、1年間に発生する介護殺人の件数は数十件に上るとみられており、もはやありきたりな事件のひとつとなってしまった。だが、毎日新聞大阪社会部取材班による書籍『介護殺人』(新潮社)を読めば、そんなニュースに立ち止まらざるを得なくなってしまうだろう。介護殺人事件の「加害者」たちを追った本書に描かれているのは、愛するがゆえに殺人にまで追い込まれてしまった、介護者/殺人者たちの苦悩である。 木村茂(仮名/75)は2011年から、連れ添って45年あまりになる認知症の妻・幸子(71)の介護をしていた。物忘れや徘徊だけでなく、まるで人格が変わってしまったように怒りっぽくなり「ご飯の準備せえ!」と茂を怒鳴りつける幸子。それにもかかわらず、入浴、着替え、トイレまでも、茂がひとりで懸命に介護し続けた。「お前は誰や!!」と言われ、汚い言葉を投げかけられようとも、うんうんとうなずきながら、茂は幸子の背中をさすり続けていた。 12年夏になると、幸子はあまり眠らなくなった。夜中に目を覚まし、大声で茂をなじる声に、近所からも苦情が届くようになる。さらに、幸子は、毎晩のように「どこかへ出かけたい」と駄々をこね、茂はそのたびに彼女をドライブへ連れ出した。昼は家事、夜はドライブという毎日に追われ、茂の精神は疲弊していく。施設に頼ろうとも考えたが、介護保険施設にはまったく空きがなく、民間の高級老人ホームの入居費用は年金暮らしの夫婦に払える金額ではない。茂は「幸子を介護できるのは自分しかいない」と言い聞かせた。 けれども、もう限界だった。 その夏のある夜、幸子から激しくなじられ続けた茂は、幸子の首をタオルで絞めて殺害。自身も死のうと思って睡眠薬を飲んだが、死にきれなかった……。 介護殺人の加害者たちは、被害者を献身的に介護をしてきた人々だ。茂のケースはおよそ1年半だが、数年間、あるいは数十年間にわたって、自らの日常生活を捨てて介護にいそしんできた人々も数多い。施設にも頼らず、自分の手で家族の介護を続けた彼らは、ある日、その責任感に押しつぶされ、殺人に手を染めてしまう。その判決では情状酌量が認められ、執行猶予の判決が下されることがほとんどだが、誰よりも自らの犯した罪を許せないのは、被害者を介護してきた彼ら自身だろう。茂は、拘置所で、こんな言葉をノートに書きつけている。 「あなたを殺したくて殺したわけではないの。あなたを愛して愛していたのに、あの日はなぜかマイナス思考になっていた。あなたを介護したい自分がおること。自分がしたいが思うようにできない事などがあって、殺して自分も死のうと思って。自分だけが生き残ってごめん」 15年の国勢調査によれば、65歳以上の人口は3,342万人。国では、800万人の団塊の世代が75歳となる25年をにらみ、社会保障費圧縮のために、施設ではなく在宅での介護を推進している。もちろん、在宅介護は、介護者となる家族の生き方をも大きく変える。しかし、在宅介護者への現金支給や休暇取得制度などを導入し、介護者が休息する権利までをも掲げている英国をはじめとする諸外国とは異なり、日本では、介護者をどのように支援していくかという視点を持っていない。その結果、介護に追い詰められた介護者が、愛する家族を殺してしまうという悲劇まで起こってしまうのだ……。 誰もが、ある日突然、介護という現実を突きつけられる。もはや、介護は誰にとっても他人事ではない。一刻も早く、この悲しい殺人事件が、日本からなくなることを願ってやまない。 (取材・文=萩原雄太[かもめマシーン])『介護殺人』(新潮社)
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「あなたを殺したくて殺したわけではない……」増え続ける『介護殺人』の悲しい現実
こんな悲劇があっていいのだろうか? ニュースを見ていると、しばしば目にする「介護殺人」の文字。介護への疲れから逃れるために、殺人へと発展してしまう、痛ましいこの種の事件。超高齢化社会を迎えた日本において、1年間に発生する介護殺人の件数は数十件に上るとみられており、もはやありきたりな事件のひとつとなってしまった。だが、毎日新聞大阪社会部取材班による書籍『介護殺人』(新潮社)を読めば、そんなニュースに立ち止まらざるを得なくなってしまうだろう。介護殺人事件の「加害者」たちを追った本書に描かれているのは、愛するがゆえに殺人にまで追い込まれてしまった、介護者/殺人者たちの苦悩である。 木村茂(仮名/75)は2011年から、連れ添って45年あまりになる認知症の妻・幸子(71)の介護をしていた。物忘れや徘徊だけでなく、まるで人格が変わってしまったように怒りっぽくなり「ご飯の準備せえ!」と茂を怒鳴りつける幸子。それにもかかわらず、入浴、着替え、トイレまでも、茂がひとりで懸命に介護し続けた。「お前は誰や!!」と言われ、汚い言葉を投げかけられようとも、うんうんとうなずきながら、茂は幸子の背中をさすり続けていた。 12年夏になると、幸子はあまり眠らなくなった。夜中に目を覚まし、大声で茂をなじる声に、近所からも苦情が届くようになる。さらに、幸子は、毎晩のように「どこかへ出かけたい」と駄々をこね、茂はそのたびに彼女をドライブへ連れ出した。昼は家事、夜はドライブという毎日に追われ、茂の精神は疲弊していく。施設に頼ろうとも考えたが、介護保険施設にはまったく空きがなく、民間の高級老人ホームの入居費用は年金暮らしの夫婦に払える金額ではない。茂は「幸子を介護できるのは自分しかいない」と言い聞かせた。 けれども、もう限界だった。 その夏のある夜、幸子から激しくなじられ続けた茂は、幸子の首をタオルで絞めて殺害。自身も死のうと思って睡眠薬を飲んだが、死にきれなかった……。 介護殺人の加害者たちは、被害者を献身的に介護をしてきた人々だ。茂のケースはおよそ1年半だが、数年間、あるいは数十年間にわたって、自らの日常生活を捨てて介護にいそしんできた人々も数多い。施設にも頼らず、自分の手で家族の介護を続けた彼らは、ある日、その責任感に押しつぶされ、殺人に手を染めてしまう。その判決では情状酌量が認められ、執行猶予の判決が下されることがほとんどだが、誰よりも自らの犯した罪を許せないのは、被害者を介護してきた彼ら自身だろう。茂は、拘置所で、こんな言葉をノートに書きつけている。 「あなたを殺したくて殺したわけではないの。あなたを愛して愛していたのに、あの日はなぜかマイナス思考になっていた。あなたを介護したい自分がおること。自分がしたいが思うようにできない事などがあって、殺して自分も死のうと思って。自分だけが生き残ってごめん」 15年の国勢調査によれば、65歳以上の人口は3,342万人。国では、800万人の団塊の世代が75歳となる25年をにらみ、社会保障費圧縮のために、施設ではなく在宅での介護を推進している。もちろん、在宅介護は、介護者となる家族の生き方をも大きく変える。しかし、在宅介護者への現金支給や休暇取得制度などを導入し、介護者が休息する権利までをも掲げている英国をはじめとする諸外国とは異なり、日本では、介護者をどのように支援していくかという視点を持っていない。その結果、介護に追い詰められた介護者が、愛する家族を殺してしまうという悲劇まで起こってしまうのだ……。 誰もが、ある日突然、介護という現実を突きつけられる。もはや、介護は誰にとっても他人事ではない。一刻も早く、この悲しい殺人事件が、日本からなくなることを願ってやまない。 (取材・文=萩原雄太[かもめマシーン])『介護殺人』(新潮社)
滑稽すぎる! 戦争が生み出した本気の“おバカ珍兵器”『マンガ 本当にあった! 世界の珍兵器コレクション』
「人生は近くで見ると悲劇だが、 遠くから見れば喜劇である」これは喜劇王チャールズ・チャップリンの言葉である。人間は必死に生きる。その“必死さ”は関係のない他人からすれば、滑稽に見えるのである。戦争という人類が起こせる最大の災厄の中においても、その“必死さ”が生んだ兵器群には、滑稽なものが多々ある。 宝島社から発売中の『マンガ 本当にあった! 世界の珍兵器コレクション』では、実在した滑稽な兵器を網羅。 表紙に登場するのは、ソ連の“時代遅れの長すぎた砲身”「オカ自走迫撃」。日本の“風任せ爆弾”こと風船爆弾「ふ号」、イギリスの“制御不能の自走式大車輪”「パンジャンドラム」の3つだ。ここだけを読んでも、これらの兵器がいかにバカげているかは理解できるはずだ。 しかし、戦争をしている当人たちは必死だ。兵器開発者たちも紆余曲折の苦悩の末、これらのバカげた珍兵器を世に生み出したのだ。本書では、珍兵器と共に、開発者の苦悩、葛藤、暴走を面白おかしくマンガで紹介されている点も魅力だ。 全部で8章に構成された本書は、バカげた珍兵器開発をめぐるエピソードが1つずつ語られる。1、2章ではトンデモ兵器を大量生産したナチスドイツ。3、4章ではイギリス。5章は、独裁国家ソビエト連邦。6章は、超大国アメリカ。7章は、兵器もガラパゴス化した我らが日本。そして、8章では、現代の世界中のトンデモ兵器が登場する。 ここでいくつか例を挙げよう。ナチスドイツの左右非対称航空機「BV 141」。ドイツ航空省は「単発エンジン、3人乗り、視界が360°確保できること」という条件の偵察機の開発を要求した。ブローム・ウント・フォス社の設計技師リヒャルト・フォークト博士が条件を満たす設計図を書き上げる。生まれたのは、世にも珍しい左右非対称の航空機だった。これほどまでに大胆な左右非対称というのは、歴史上、他に類を見ない。この「BV 141」は、実際に予算が計上され、製造された点はなんともナチスドイツらしい。 次に紹介するのは、イギリスの「パンジャドラム」。第二次世界大戦中、ヒトラーは占領したフランス北部沿岸の主要港湾部にコンクリートの防御壁、通称“大西洋の壁”の建造を命じる。イギリスは、上陸作戦と同時に壁の対策も講じる必要に迫られた。味方との距離が近く、誤爆の可能性が高いため、空爆での壁撃破は不可能である。そんな中、イギリス海軍中尉のネヴィル・シュートは対抗策として、ロケットの推進で回転する自走機雷「パンジャンドラム」を開発する。 壁に直接爆薬を当てて、撃破するという戦法だ。想像してほしい。爆弾を積んだ巨大な車輪が誰も操縦することなく突き進んでいく。もし、段差があれば跳ねてしまうし、登り坂があれば、止まってしまう。運が悪ければ、機雷同士が接触する。味方陣営の方に向かっていかないとも限らない。 そんなことは、誰にでも容易に想像できるだろう。こういったナンセンスともいえる話がいくつも紹介されている。珍兵器の発想から、ドイツやイギリス、アメリカ、ソ連、日本それぞれの国の傾向、置かれている現状を考えるのも面白い。 兵器を開発している人々は必死だ。しかし、現代を生きる我々からは過去の愚行を喜劇として見ることができる。いつかそう遠くない将来、現代の兵器が喜劇となる日がくるのだろうか。 (文=二木知宏[スクラップロゴス])『マンガ 本当にあった! 世界の珍兵器コレクション』(宝島社)
マザーテレサもスティーブ・ジョブズもサイコパス!? 隣の“名もなき殺人者”『サイコパス』
凶悪な殺人事件の犯人を指す言葉として“サイコパス”がよく聞かれるようになった。サイコパスの頭の中は、いったいどんなことになっているのだろう? そんな半分怖いもの見たさの好奇心を満たしてくれる一冊が『サイコパス』(文春新書)だ。本書では、脳科学者の中野信子が、サイコパスの頭の中を詳しく解説している。 さて、サイコパスという言葉にはどんなイメージを持つだろうか? 猟奇殺人、異常性癖、尋常ならざる執着……。どれも想像するだけでゾッと鳥肌が立つが、本書によれば、歴史に名を残した多くの偉人がサイコパスであったというのだ。 ノーベル平和賞を受賞し、聖人となったマザーテレサ。多くの貧しい人々を救ったというイメージが濃いが、実際には援助した子どもや側近に対しては、とても冷淡だったそうだ。“奇跡”と呼ばれたその治療法も、キリストに祈りを捧げ、痛みに耐えるように繰り返し唱えるだけで医療的な行為は何一つ施さなかったことが、近年わかってきたという。誰でも受け入れるその一方で、誰にも愛着を持てないというのは、まさにサイコパスの特徴のひとつだそうだ。 サイコパスに共通しているのは「共感性が低いこと」と「恐怖を感じにくい」ということ。「共感性が低い」というのは、相手の顔を見て気持ちを察する部分が恐ろしく低いということだという。 動物を繰り返し罠に仕掛けると、罠を学習して反射的に慎重になる「恐怖条件付け」というものが備わるが、サイコパスは、恐怖を学習しないので、逮捕されるような大胆な殺人を犯し、しかも再犯率が高い。これが「恐怖を感じにくい」という特徴を顕著に表す事例だ。 この2点を含め、最新の研究で、サイコパスの脳内では一般人とは違う動きがあると判明している。サイコパスは、そもそも我々とは違う生き物だとはいえないだろうか? 実は、サイコパスは文明が進む中で登場した存在ではないという。アラスカ北西部の少数民族ユピックには「kunlangeta」という言葉が伝わっていて、意味は「くりかえしウソをついたり、騙したり、盗んだりする男」で、サイコパスのことを指している。同じ意味の言葉は世界各地に確認されており、アフリカの先住民族ヨルバ人の間には「arankan」というものがあり、こちらもサイコパスを意味しているという。 彼らは、どこからやってきたのか? 諸説ある起源の中で、特に目を引くのが「性急な生活史戦略仮説」。生物が進化する過程で、さまざまな危険と遭遇し、それを“恐怖”として学習し子孫に引き継いていった個体と、恐怖を学習しない個体がいたと仮定し、その恐怖を学習しない個体が密かに繁栄したのが、サイコパスの起源だというのだ。 驚くべき学説はほかにもある。サイコパスが、人類を進化させたというのだ。アフリカに起源を持ち、地球上を覆い尽くした人類。海を越え、山に入っていく中でその先頭を切ったのはサイコパスだったのではないかという説だ。なぜなら、彼らは恐怖を持たないので、危険が潜む場所にも物怖じせず分け入ることができたはずだからだ。 2000年代で一番有名なサイコパスとして取り上げられるのが、スティーブ・ジョブズである。斬新な製品を次々と発表したジョブズだが、コンピュータの知識があるわけでもなかった。しかし、天才的だったといわれるプレゼン能力と交渉能力で億万長者になった。一方で、Apple社内のスタッフや妻に対しては容赦のない追い詰め方をしたという。魅力的な言葉で他社を駒のように操る姿は、サイコパスと重なる。 ほか、多くの学説をそれぞれ照らし合わせながら、サイコパスを脳科学の観点から考察。多くのサイコパスは大衆に紛れているという。きっと、あなたのすぐ隣にも……。『サイコパス』(文春新書)
東北ソウルフードを喰らえ! 土山しげるのグルメ漫画『流浪のグルメ・東北めし』に腹が鳴る!
『花のズボラ飯』(秋田書店)、『ダンジョン飯』(KADOKAWA エンターブレインBC)、『食戟のソーマ』(集英社)、『孤独のグルメ』(扶桑社)などなど、食べ物を描いた「グルメ漫画」は空前のブームとなっており、漫画界においてもひとつのジャンルとして確立されている。漫画家たちが描く美味しそうな料理の数々に食欲を刺激され、思わずヨダレを飲み込まずにはいられないこれらの漫画。しかし、そんなブームが訪れるはるか以前から、グルメ漫画ばかりを描き続けてきた漫画家がいる……。 哀川翔主演で映画化もされた『借王』(リイド社)で知られる漫画家の土山しげるは、『喧嘩ラーメン』『食キング』(以上、日本文芸社)、『極道めし』(双葉社)などなど、グルメ漫画のパイオニアとして数々の作品を発表してきた。現在も、定年を迎えた男によるひとり飯の美学を描く『野武士のグルメ』(幻冬舎)、平凡な中年サラリーマンが「オアシス」と呼ぶ小料理屋で晩酌を楽しむ『荒野のグルメ』(日本文芸社)を連載し、読者の食欲を刺激し続けている。そして、そんな彼の最新刊となるのが、『流浪のグルメ・東北めし』(双葉社)。週刊大衆で連載を続けるこの漫画には、知られざる東北グルメの数々が描かれている! トラック・ドライバーであり「食先案内人」の異名を持つ錠二を主人公にしたこの漫画で、土山が描くのはありきたりの名物料理ではない。仙台・石巻・塩竈などの各地で、土山は、地元の人間しか知らないソウルフードを伝えていくのだ。 杜の都仙台にやってきた観光客を相手に、錠二が紹介するのは定番の牛タンではない。彼が案内するのは、中華料理店の上海ラーメン、朝市のコロッケ、喫茶店のバタートースト、味噌とんかつ……といった、仙台でなくても味わえる料理ばかり。しかし、そのすべては地元の人々の熱い支持を集めている「本物」の料理なのだ! また、石巻編では自家製ラー油が食欲を刺激する中華料理屋の味噌タンメン、開店と同時に売り切れる揚げパン、地元民に愛される寿司などを紹介し、その絶品な味わいに登場人物たちの舌は鷲掴みにされてしまう。もちろん、食漫画に対して誰よりも強いこだわりを持つ土山が描くソウルフードの数々や、それに喰らいつく登場人物たちの描写は、読者にその美味さを十二分に伝え、読んでいるだけで口の中にヨダレが溢れてくるはずだ。 作品中に登場する絶品の水煮肉片を出す中華料理店「昇竜萬寿山」は「成龍萬寿山」、味噌とんかつの「叶屋」は「とんかつ叶」など、すべての店には実在するモデルがあり、居ても立ってもいられない読者は、実際に食べに行くことも可能となっている。土山は、まるで旅行雑誌のごとく、知られざる東北グルメを高い筆圧で描き出しているのだ! 『流浪のグルメ・東北めし』が描くのは、どこでも食べられる普通の料理ばかり。しかし、どこにでもある料理だからこそ、その味は、東北に赴かなければ絶対に味わうことはできない。ぜひ、土山の描く東北ソウルフードに生唾を飲み込み、東北グルメ旅の計画を立ててほしい。 (文=萩原雄太[かもめマシーン])『流浪のグルメ・東北めし』(双葉社)
ISに囚われたベルギー人写真家が見た“地獄”―― 『ISの人質 13カ月の拘束、そして生還』
『ISの人質』(光文社新書)は、2013年5月からシリアで13カ月にわたって拘束された後、奇跡的に生還した、24歳のデンマーク人の写真家ダニエル・リュー氏の体験を元にした、ノンフィクションだ。 「ジェームズのばか野郎! 寂しいじゃないか! どうしてあんたが死ななきゃならないんだ?」 物語は、14年8月にISのイギリス人戦闘員ジハーディ・ジョンによって、のどをかき切られ、殺害されたアメリカ人ジャーナリスト、ジェームズ・フォーリー氏の葬式へ向かう場面から始まる。ジハーディ・ジョンといえば、日本では、後藤健二さんを処刑した実行犯としても知られている人物だ。 12年11月から行方不明になっていたジェームズ氏は、アレッポの中心部から北東へ数キロ離れた、ISの支配下にあるシーク・ナジャールの収容所にいた。ダニエル氏は、別の収容所で過酷な拷問の末、13年10月に、その場へ連れて行かれた。ほどなくして、ジェームズ氏を含む、欧米人約10名が同じ部屋に収監され、およそ8カ月を共に過ごすことになった。 ダニエル氏は、ジェームズ氏に出会ってすぐに尊敬の念を抱いた。拘束されてから間もなく1年近くたち、これまでに地獄のような拷問も体験しているはず。にもかかわらず、冷静で落ち着いて、明るさを失っていなかった。正義感が強く、人質の間でケンカのもととなる、決して十分とはいえない食事を均等に分けてくれる。手足が長いせいか、部屋の中でよくつまずいたり、水のボトルに手を伸ばし、決まってほかのボトルまでドミノ倒しにしてしまう、おっちょこちょいなところもある。彼がいるだけで、部屋の雰囲気は明るくなった。 けれど、拘束期間が長くなってくると、残酷にも解放される予定のグループ、そして、解放されないグループに少しずつ分けられていった。国によって、政府の方針がまったく違うのだ。フランス人たちは、母国の政府は公式には認めていないものの、ISに身代金を支払い、一気に解放にされた。イタリアやスペインからも身代金が支払われそうで、解放が近いようだった。デンマーク政府は、身代金の支払いには一切応じないので、人質がどうなるのかは家族次第だった。その中で、アメリカは政府が身代金を払わないだけでなく、法律で家族が身代金を集めることすら認めず(15年夏に法律を修正)、絶望的だった――。 それでも、ジェームズ氏は、 「風向きがよくないのはわかっている。でも最後まで希望を捨ててはいけない」 そう言って、不安のあまりおどおどする、アメリカ人の仲間たちを励ました。 また、ダニエル氏を待つ家族は、どう過ごしていたかについても、細かく描かれている。ダニエル氏は、「もしも何かあったら」という最悪の場合を想定し、出発前に人質救出を専門とするコンサルタント会社社長のアートゥア氏(仮名)に連絡を取り、家族にもそのことを伝えていた。そのため、ダニエル氏が予定の飛行機で帰国しなかった時点で、家族は真っ先にアートゥア氏に連絡し、政府を挟まず、ISとの直接交渉が動き始めた。だが、IS側から突きつけられた身代金は、200万ユーロ(約2億7,000万円)。デンマークのヘデゴーという小さな村で暮らす家族には、途方もない金額だった。それをどう手配し、家族やアートゥア氏がどうやってISとやりとりをしていたのかも、本書の重要なストーリーとなっている。 この本は、気軽に読めるような本ではない。拘束に至る過程、拷問の方法、人質たちとの共同生活の様子から、身代金交渉〜解放に至るまで――ISの人質が置かれている過酷な状況の詳細が描かれた、超重量級の一冊に仕上がっている。非常に完成度の高い本だが、ダニエル氏が本当に伝えたかったのは、自分のことではなく、「戦火の中で暮らす人々」だ。シリアがいつか平和を取り戻し、戦火の日々ではなく、平和な日常生活の戻る時が来ると信じたい。 (文=上浦未来) ●プク・ダムスゴー 1978年生まれ。アフガニスタンとパキスタンに長年住み、2011年よりDR(デンマーク放送協会)の中東特派員を務める。ジャーナリスト、ライターとして、いくつもの賞を受賞。『ISの人質 13カ月の拘束、そして生還 』(光文社新書)
ISに囚われたベルギー人写真家が見た“地獄”―― 『ISの人質 13カ月の拘束、そして生還』
『ISの人質』(光文社新書)は、2013年5月からシリアで13カ月にわたって拘束された後、奇跡的に生還した、24歳のデンマーク人の写真家ダニエル・リュー氏の体験を元にした、ノンフィクションだ。 「ジェームズのばか野郎! 寂しいじゃないか! どうしてあんたが死ななきゃならないんだ?」 物語は、14年8月にISのイギリス人戦闘員ジハーディ・ジョンによって、のどをかき切られ、殺害されたアメリカ人ジャーナリスト、ジェームズ・フォーリー氏の葬式へ向かう場面から始まる。ジハーディ・ジョンといえば、日本では、後藤健二さんを処刑した実行犯としても知られている人物だ。 12年11月から行方不明になっていたジェームズ氏は、アレッポの中心部から北東へ数キロ離れた、ISの支配下にあるシーク・ナジャールの収容所にいた。ダニエル氏は、別の収容所で過酷な拷問の末、13年10月に、その場へ連れて行かれた。ほどなくして、ジェームズ氏を含む、欧米人約10名が同じ部屋に収監され、およそ8カ月を共に過ごすことになった。 ダニエル氏は、ジェームズ氏に出会ってすぐに尊敬の念を抱いた。拘束されてから間もなく1年近くたち、これまでに地獄のような拷問も体験しているはず。にもかかわらず、冷静で落ち着いて、明るさを失っていなかった。正義感が強く、人質の間でケンカのもととなる、決して十分とはいえない食事を均等に分けてくれる。手足が長いせいか、部屋の中でよくつまずいたり、水のボトルに手を伸ばし、決まってほかのボトルまでドミノ倒しにしてしまう、おっちょこちょいなところもある。彼がいるだけで、部屋の雰囲気は明るくなった。 けれど、拘束期間が長くなってくると、残酷にも解放される予定のグループ、そして、解放されないグループに少しずつ分けられていった。国によって、政府の方針がまったく違うのだ。フランス人たちは、母国の政府は公式には認めていないものの、ISに身代金を支払い、一気に解放にされた。イタリアやスペインからも身代金が支払われそうで、解放が近いようだった。デンマーク政府は、身代金の支払いには一切応じないので、人質がどうなるのかは家族次第だった。その中で、アメリカは政府が身代金を払わないだけでなく、法律で家族が身代金を集めることすら認めず(15年夏に法律を修正)、絶望的だった――。 それでも、ジェームズ氏は、 「風向きがよくないのはわかっている。でも最後まで希望を捨ててはいけない」 そう言って、不安のあまりおどおどする、アメリカ人の仲間たちを励ました。 また、ダニエル氏を待つ家族は、どう過ごしていたかについても、細かく描かれている。ダニエル氏は、「もしも何かあったら」という最悪の場合を想定し、出発前に人質救出を専門とするコンサルタント会社社長のアートゥア氏(仮名)に連絡を取り、家族にもそのことを伝えていた。そのため、ダニエル氏が予定の飛行機で帰国しなかった時点で、家族は真っ先にアートゥア氏に連絡し、政府を挟まず、ISとの直接交渉が動き始めた。だが、IS側から突きつけられた身代金は、200万ユーロ(約2億7,000万円)。デンマークのヘデゴーという小さな村で暮らす家族には、途方もない金額だった。それをどう手配し、家族やアートゥア氏がどうやってISとやりとりをしていたのかも、本書の重要なストーリーとなっている。 この本は、気軽に読めるような本ではない。拘束に至る過程、拷問の方法、人質たちとの共同生活の様子から、身代金交渉〜解放に至るまで――ISの人質が置かれている過酷な状況の詳細が描かれた、超重量級の一冊に仕上がっている。非常に完成度の高い本だが、ダニエル氏が本当に伝えたかったのは、自分のことではなく、「戦火の中で暮らす人々」だ。シリアがいつか平和を取り戻し、戦火の日々ではなく、平和な日常生活の戻る時が来ると信じたい。 (文=上浦未来) ●プク・ダムスゴー 1978年生まれ。アフガニスタンとパキスタンに長年住み、2011年よりDR(デンマーク放送協会)の中東特派員を務める。ジャーナリスト、ライターとして、いくつもの賞を受賞。『ISの人質 13カ月の拘束、そして生還 』(光文社新書)
「桃太郎殺す!」鬼が仲間を集め、桃太郎退治に!? めくるめく“くだらない古書の世界”へようこそ『怪書探訪』
村田沙耶香の『コンビニ人間』(文藝春秋)が、芥川賞を受賞した今年。お笑い芸人の又吉直樹が同じく芥川賞作家になったことを契機に、作家が文化人枠としてテレビ出演するようになり、なにかと話題の絶えない文芸界。誰もが知っている名著をはじめ、今日も数々の作品が読まれているが、その一方で作家たちの偏屈な情熱と異常な探究心から生まれた、“怪書”なるものが存在する。 本書『怪書探訪』(東洋経済新報社)は、古書の魅力に取り憑かれた“愛と情熱の人”を自称する古書山たかしが、ありとあらゆる“怪書”を紹介する東洋経済オンラインでの連載コラム「稀珍快著探訪」をまとめた一冊だ。 そんな古書山が「まさに奇書中の奇書」と鼻息を荒くして語る一冊がある。昭和30年代に活躍したSF作家・栗田信の著作『醗酵人間』がそれだ。 気になる内容は、主人公の九里魔五郎という男がアルコールをひとなめすると体が何倍にも膨れ上がり、ものすごいパワーを得るという「ある秘術」を駆使して、「こけつかきつきつ」と雄叫びをあげながら、父の復讐を果たすというもの。もともと別々の雑誌に連作として掲載されていたものを、設定の整合性やつながりを無視したまま書籍化したため、説得力はどこかへと消え去り、混沌とした世界観に仕上がっている。が、それがかえって強烈なインパクトとなり、マニアの間で神格化されているというのだ。 “ゲテモノ本”という実に誇らしい異名をとる同作品は、オリジナルが出回ることは滅多になく、ネット上では40万円以上で取引されるというシロモノ。落札を逃した古書山の情熱は、依然として冷めない。それなら『俺だけ醗酵人間』を作ってしまおうということで、図書館から借りてきた同作品を、コピー専門店で1枚1枚丁寧にカラーコピー印刷。さらに、製本の方法を調べあげ3週間かけて『俺だけ醗酵人間』を完成させたと語っている。古書マニアの情熱たるや、見上げたものである。 明治時代の文豪・尾崎紅葉が発表した『鬼桃太郎』。この作品は、桃太郎が鬼を退治したあとの鬼ヶ島から物語が始まる。桃太郎一行によって、同族を虐殺された親分・大鬼は、復讐を果たすために志願者を募集。しかし、桃太郎の残虐さ(?)から誰も声をあげない(鬼なのに!)。そこへ、どんぶらこどんぶらこと大きな苦桃が流れてきて……というもの。 苦桃からは、桃太郎を倒すべく、鬼の苦桃太郎が誕生。桃太郎の猿、キジ、犬の従者にならい苦桃太郎には毒龍、大ヒヒ、牛サイズの狼が付き従う。桃太郎が振る舞っていたきびだんごが、こちらでは人間のしゃれこうべとなる。 はたして、苦桃太郎は桃太郎と刃を交えることもなく死んでしまう。空を飛べる毒龍にまたがり、すぐにでも対決に向かえるところだったが、この毒龍がとんでもなく頭が悪かった。日本の上空を通り過ぎるのを何度も繰り返したのち、なぜか宇宙間から全員落下して死んでしまった。まさに、鬼たちには“苦い”経験となっただろう。 冒険小説の名著『ハックルベリー・フィンの冒険』の続編についても。ハックの冒険の最後を飾るのが『細菌ハックの冒険』という作品。なんと、この作品でハックは、人からコレラ菌へと姿を変えて、細菌の世界を大冒険。同作品によれば、細菌の中にも民族が分かれ、慣習や文化の違いなどの独自の社会が形成されているとか。 ほか、普段お目にかかれない珍妙な作品を網羅。本書を片手に、めくるめく“くだらない古書の世界”を冒険してみてはいかがだろうか?『怪書探訪』(東洋経済新報社)
5円の値上げで大乱闘! “世界で一番ビートルズを憎んでいる男”と東京オリンピックと学生運動と──『60年代ポップ少年』
日本テレビの長寿番組『笑点』が今年で50周年を迎え、 桂歌丸の司会引退が話題になった2016年。番組の顔である歌丸の勇退は、一つ時代が動いた瞬間であったといっても過言ではない。その笑点の始まった50年前、1960年代とはどんな時代だったのか。 『60年代ポップ少年』(小学館)は、SF作家、キャスターなどで知られる亀和田武が自身の半生を回顧しながら、60年代の文化を独自の視点で解説する自伝的エッセイだ。 小学生のときに、ラジオから流れてきた坂本九の「悲しき六十歳」を聞いたことでポップカルチャーに目覚めた亀和田少年は、和製ポップス音楽、SF小説、ジャズ喫茶、さらには学生運動にまで熱中していく。 亀和田は、“世界で一番ビートルズを憎んでいる男“を自称する。その理由は、愛してやまない和製ポップスが、ビートルズの登場によって、一気に“懐メロ”へと追いやられてしまったからだという。自身にとっての“ビートルズショック”とは、ビートルズによって、大好きな音楽が世の中から消えてしまったことだ、と語る。 そんな作者の書籍であるからして、本書は、いわゆる世間一般の“60年代本”とは毛色が違う。 例えば、1964年開催の東京オリンピック。60年代を語る上では、欠かすことのできないアジア開催初の世界的スポーツイベントに関しても、亀和田は冷ややかな視線を向ける。 オリンピックの生中継を見るために足早に家路につく同級生を横目に、同級生で同じくひねくれ者の柏木くんと一緒に、ため息をつきながら電車へと乗る。2人は、なぜだか千鳥ヶ淵公園のボートの上で、その日を迎えた。 全世界の注目を集める記念すべき祭典の日に、暗い顔の高校生2人がボートの上。もちろん、他にボートを漕いでいる人などいない。そんな2人の頭上を小型ジェット機が数台通過し、 白煙を噴射して五輪のマークを空に描いた。 暗い表情でため息をつくボートに乗った高校生と、オリンピックに沸く世間の喧騒の対比がなんとも言えない。 当然のことながら、あの当時、国民全員がオリンピックに熱狂していたわけではない。少数派のひねくれ者たちの60年代は、私たち読者にまた違ったものを見せてくれる。 その後、浪人生となった亀和田は、例に漏れず学生運動に身を投じる。亀和田にとって、学生運動もワクワクするポップ文化のひとつだったからだ。 そんなある日、 亀和田は通っていた代々木ゼミナールの玄関横のそば屋が5円の値上がりをすることを知る。「いい根性だ」「客が減るだろう」と悪口の言い合いが次第に盛り上がり、敵対する民青(日本民主青年同盟)が値上げ反対ビラを校内で配ると知るや、状況は一変。「民青の好きにはさせておけない」と、亀和田らも値上げ反対ビラを配り始める。 かくして、代ゼミ前は一触即発の事態に。民青と亀和田らのにらみ合いが続き「暴力学生は帰れ!」「ハネ上がりのトロツキスト!」と、もはや値上げが原因とは思えない罵声が飛び交い、ついには大教室での直接対決にまで発展する。 たった5円の値上げで、この騒動である。亀和田自身も、「9割の軽薄と1割の倫理感」と語るように、何かに情熱をぶつけたいというパワーが先行したのだろう。ただ、ぶつける先が、「予備校の横のそば代の値上げ」だったというのが、なんともバカバカしく微笑ましい。 その他にも、脱走した米兵をかくまったり、郵便局を襲撃したりと、普通の人には経験できないエピソードが満載だ。東京オリンピックの喧騒のその陰で“もうひとつの60年代”がそこにはあった。 (文=是家リアル)『60年代ポップ少年』(小学館)
現実とフィクションが入り混じる“ラジオに捧げた1年間”『明るい夜に出かけて』
素人でありながら、ネタ投稿という形で自らのセンスを発揮し、ラジオファンはもちろん芸人からも敬意をもって見られる存在、それがハガキ職人。ハガキ職人と呼ばれる人たちは、クソメン(『おぎやはぎのメガネびいき』より)と揶揄されるそのコミュ力のなさや、こじらせ方ゆえに、その卓越したセンスを日常生活で発揮できる人は稀で、そのほとんどが地味な生活を送っています。 そんなハガキ職人に対して、毎週冒険を共にしている仲間かのような感覚を与え、今なお厚い支持を得ている『アルコ&ピースのオールナイトニッポン』(アルピーANN)。放送開始の2014年4月から、番組終了の2015年3月までの間、さまざまな伝説的企画を生み出し、放送が終了した今でも、ラジオリスナーや芸人内で話題になる“伝説の番組”です。 ラジオリスナーにぜひ読んでもらいたい、佐藤多佳子さんの小説『明るい夜に出かけて』(新潮社)。本書は、『アルコ&ピースのオールナイトニッポン』の実際の放送に並行して、一人のハガキ職人の一年を描いていく物語です。 先に断っておきますが、この物語は、ラジオをテ題材にした物語にありがちな、パーソナリティがラジオを通じて主人公に応援メッセージを送ったり、人生が交わっていく、といった内容ではまったくありません。 毎週の放送だけが生き甲斐の主人公が、ラジオだけを楽しみに生きていくという内容であり、それこそほとんどのリスナーが共感できるラジオとの“リアル”な関係性なのかもしれません。 ラジオは現実、主人公はフィクション。アルピーANNのように虚構と現実が入り混じったストーリーは、ラジオを聞かない層には賛否両論あるようですが、ラジオリスナーには、登場人物の精神性もラジオとの付き合い方も強く共感できるものであるといえます。 物語の始まりは14年4月、神奈川県横浜市六浦のとあるコンビニで始まります。主人公は、このコンビニでアルバイトする「接触恐怖症」の青年。物語は終始、彼の言葉で語られるのですが、1ページ目から活字が脳内変換されて、アルピーANNの人気コーナー「家族のコーナー」のネタを読む酒井さんの声で浮かび上がってきます。 主人公、富山はハガキ職人という狭いコミュニティでなまじ有名だったがゆえに、ある事件で傷つき、一年限定という条件付きで大学を休学(脱出)して一人暮らしを送っています。 そんな彼のバイト先に、偶然現れた風変わりな女・佐古田。富山は彼女のバッグに、もらうことがアルピーリスナーには最高の栄誉とされるノベルティグッズ「カンバーバッチ」を見つけ、思わず声を上げてしまいます。 ハガキ職人あるある「街でノベルティグッズを見ると、持ち主のラジオネームが気になってしょうがない」状態です。こうして2人が出会い、物語はゆっくりと動き出していきます。 この佐古田に加え、図々しくてデリカシーのない、富山とは違うタイプのコミュ障の永川。敬遠されがちな派手なルックスでありながら、誰とでも嫌味なく仲良くできる鹿沢というバラバラの3人の友人たちとの関わりの中で、富山は少しずつ前を向き、少しずつ自分と向き合っていきます。 しかし、それと同時に彼らに寄り添ってきたアルピーANNに、番組終了の時がやってきます。この重大さは、リスナーにしかわからないかもしれませんね。僕は、放送をリアルタイムで聞いていたので、タイムスリップしたかのようにドキドキしながら一気に読んでしまいました。 これこそが、リスナーのための小説と言われている理由であり、リスナーにおすすめしたい理由なのです。 著者であり、アルピーANNのリスナーだった佐藤多佳子さんが、番組に投稿されるネタメールのように超内輪向けに書いた小説。 やっぱり、リスナーにこそ読んでほしいと思うんです。いわば、この小説はラジオという狭いコミュニティの中で生まれた“家族”の記憶なのですから。 (文=菅谷直弘[カカロニ])『明るい夜に出かけて』(新潮社)







