埋もれた作品よ、再び──野坂昭如の単行本未収録作を集めた『20世紀断層IV』

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『20世紀断層―野坂昭如単行本未収録
小説集成IV』(幻戯書房)
 近年、野坂昭如の評価がとみに高まっている。最近こそメディアへの露出は少ないが、直木賞作家にして歌手、作詞家、政治家で、70~80年代、大変な人気があった作家だ。アニメ『火垂るの墓』の原作者として広く知られているが、『朝まで生テレビ』や『TVタックル』(ともにテレビ朝日)に酔っ払いながら出演したり、とんねるずの石橋貴明や大島渚を公衆の面前でぶん殴ったりなど、珍奇なエピソードは枚挙にいとまがない。  野坂氏が流行作家として活躍した60年代~90年代、単行本に収録されなかった作品も数多くあった。その埋もれた作品群をまとめたのが『20世紀断層 野坂昭如単行本未収録小説集成IV』(幻戯書房)。補巻を合わせた全6巻の4巻目で、昭和50年~59年に発表された中・短編52作品が収録されている。豪華な装丁と787ページに及ぶ厚さの愛蔵版だ。町田康や川上未映子に影響を与えたといわれる関西弁×擬古文調の文体が心地よい。  おすすめの一編は『素晴らしき日本文壇』。時は近未来、現役を退いた元編集者が、職を求めてハローワークに訪れる。出版社の入社試験を受けることになったが、昨今の流行作家は知らず、コンピューターは扱えず、昔ならした"飲みュニケーション"は必要とされない。文壇は"BENクラブ"なる組織に支配され、あらゆる出版物は"BENクラブ"の審査を受けなければ出版できない、といった状況。老編集者は、古きよき日の文壇を懐かしんで、とつとつと一人語りを始める......。この作品が書かれたのは昭和51年だが、メールで文書をやりとりする現代社会を予見した氏の慧眼に恐れ入る。  加えて、巻頭・巻末資料の充実っぷりがすごい。一編一編に註釈、仔細な年譜、著者コメントやエッセイが多数引用されていて、小説、歌手業、政治活動と、縦横に活躍した様子がよく分かる。当時の野坂氏の写真や選挙ポスター、雑誌の表紙なども掲載されていて、楽しく、かつ資料的価値が高い一冊となっている。  文壇が最も熱かった時代、流行作家として駆け抜けた野坂氏の、残滓とも言える作品群がこの『20世紀断層』である。韜晦趣味の内に秘された誠実さと戦争の残り香が、渾然と入り混じった野坂文学に、21世紀の読者もきっと心動かされることだろう。旧世紀の断層から掘り起こされた化石は、いまだ色あせない輝きを放っている。 (文=平野遼) ・野坂昭如(のさか・あきゆき) 1930年、神奈川県鎌倉市生まれ。45年、空襲で養父を失い上京。少年院にいるところを実父に引き取られる。旧制新潟高校を経て早大文学部仏文科に入学。7年間在籍し、この間、さまざまな職業を遍歴、CMソング、コント、テレビ台本などを書く。63年『おもちゃのチャチャチャ』でレコード大賞作詞賞受賞。67年『火垂るの墓』『アメリカひじき』で直木賞受賞。83年参議院比例代表制選挙に当選。主な著書に『エロ事師たち』『アメリカひじき・火垂るの墓』『骨餓身峠死人葛』『同心円』『文壇』など。03年、脳梗塞で倒れ入院。現在リハビリ中。
20世紀断層―野坂昭如単行本未収録小説集成〈4〉 愛蔵版。 amazon_associate_logo.jpg
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笑瓶流コミュニケーション術。ジェネレーションギャップを埋める『雑談力』

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『雑談力』(KKベストセラーズ)
 「これだから"ゆとり"は......」という言葉をよく目にする。これは相手を揶揄すると同時に、自分はもう若くない、オヤジである、という敗北宣言でもあるのではないだろうか。「これだから今の若いモンは......」という文句は、法隆寺、古代エジプト、アッシリアの遺跡にも落書きが残っているほど。どうもジェネレーションギャップは数千年前から存在していたようだ。  いつの世も、オヤジにとって若いモンは量りがたいもの。『雑談力』は、笑福亭笑瓶師匠が、若者とのコミュニケーションに悩むオヤジたちのために書いた新書だ。バラエティー番組などで長く活躍してきた笑瓶師匠が、若者と接するときの心構え、会話術、口説き方などを、全6章にわたり、分かりやすく伝授してくれる。関西弁の語りもそのままに、楽しく、気楽に読める内容となっている。  若者と接するときに何が重要か? 師匠が繰りかえし説くのは「等身大の自分でいる」こと。老眼も白髪も価値観も、オヤジらしくありのままさらけ出せばいい。話についていくために若者言葉を使ったり、カラオケで若者の歌を歌ったりしなくてもいい。「オヤジの歌、歌っていい?」「愚痴、言っていい?」と、そのつど前置いて言っておくだけで、相手の印象も全然違ってくるという。  面白いのが「駅前のマック」の話。初対面の女の子に「出身どこ?」という話を振って、全然知らない駅名が返ってきても「ああ、あそこ、駅前にマックあるよね?」と答えれば、大体どこの街でもマックはあるから「はい、ありますあります!」と、グッと距離が縮まった感じになる。他愛もないことでも、言い方次第でコミュニケーションとして成立する。  しかし、オヤジであるということは、上司として、先輩として振る舞わなければならないということでもある。コミュニケーションを取りたがらない若者に対しても、部下として入ってきたからには、「コイツはダメだ」と切り捨てず、何とかコミュニケーションを取らなければならない。上司のほうが経験値も豊富なのだから、若者との付き合い方も結局は上司の裁量にかかっていると言える。 オヤジにとってはもちろん、上司との付き合い方に困っている若者も、"オヤジ"が何を考えているのかがよく分かるコミュニケ-ション作法の良書だ。笑瓶師匠の話術に、ただただ頭が下がるばかりである。 (文=平野遼) ・笑福亭笑瓶(しょうふくてい・しょうへい) 1956年、大阪生まれ。大阪芸大芸術学部文芸学科卒業後、笑福亭鶴瓶に師事。修行中に、『突然ガバチョ』『ヤングタウン土曜日』(ともに毎日放送)でレギュラーを得て、関西での人気を揺るぎないものにする。87年、東京に拠点を移し、『鶴ちゃんのぷっつん5』(日本テレビ)のウィッキーさん役、『ものまね王座決定戦』(フジテレビ)のサリーちゃんのよしこちゃんのものまねで絶大な人気を得る。現在『噂の!東京マガジン』(TBS)、『大阪ほんわかテレビ』(よみうりテレビ)、『気ままにクラシック』(NHK-FM)、『大竹まことゴールデンラジオ!』(文化放送)、新番組『すっぽんの女たち』(テレビ朝日)にレギュラー出演するなど、幅広く活躍中。
雑談力 笑瓶、さすがだね。 amazon_associate_logo.jpg
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Cocco初の長編小説『ポロメリア』で感じるウチなる沖縄

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『ポロメリア』(幻冬舎)
 亜熱帯化してきたニッポンの夏。寝苦しい夜に、沖縄を満喫する読書はいかがでしょう。Cocco初の長編小説『ポロメリア』は"ウチナーンチュ"(沖縄出身者)であるCoccoの自伝的エピソードをたっぷり交えた、生きた沖縄文化を感じる一冊。手当たり次第伸びまくった植物に囲まれたジャングルのような墓地に親族一堂が御馳走を持って集まる先祖供養のお祭り"シーミー"や、琉球劇団のスターだった祖父の女性関係、祖母の働く飲み屋街に残る戦時中の防空壕"ガマ"の跡地のことなどが、中学一年生の主人公の目で瑞々しく書かれている。  6月に発売されたシングル「ミライカナイ」や8月11日に発売されたアルバム『エメラルド』でも音階、歌詞、PVでの衣装、踊りなど琉球色満載なCocco。ここまで郷土愛を全身全霊で表現しつつ全国的に知名度のある芸能人も珍しい。メジャー化していく途中でなんとなく洋風化するより、むしろ潔くてかっこいいかも。活動停止宣言したり、拒食症になったり、リストカットしたりと不安定なイメージのあったCoccoだけど、ギリギリのところで"生"へと向かっていくパワーの源は、やっぱり青い海と島の強い太陽、そして家族の愛に囲まれて育った記憶なんだろうな。  筆者は画家なのですが、同じ表現者として、自己のコアな部分を見つめることから、故郷・沖縄へと向かうCoccoの嘘のない姿勢に共感します。本来は表現者の仕事って、自分の足場から言葉を繋ぎ、その土地に脈々と伝わる文化の地下水脈を掘り当てて、次世代に繋げていくことだと思うのです。沖縄戦の記憶や、在日米軍についてもきちんと語るけれど、組織的運動に利用されすぎない、絶妙なバランス感覚も貴重。芸能界のパワーゲームに取り込まれすぎず、できたら長く、流行に振り回されない活動を続けてほしいと願っています。  この作品のもう一つの見所は繊細さや痛みを含んだ、独自の文章表現です。万引きしたり、好きな男の子に背の高さを指摘されて、成長を止めたくてタバコを吸ったり、学校の屋上から飛び降りたり、主人公が抱える思春期の鋭敏な想いが綴られる。独り語りなので取っ付きにくいと思いながら読み始めたはずが、不覚にも感情移入してしまいました。「でも知りたいのは今なのに、理解するのはいつも、途方の無い『いつか』なんだろ」(『ポロメリア』より)。単純なのに、哲学的な言葉はどことなく中原中也を思わせる、といったら褒めすぎか。ちなみに小説タイトル『ポロメリア』は、ハワイや沖縄に咲く白と黄色の花のこと。Cocco6枚目のシングルと同タイトルなので、音楽と一緒に楽しむのも一興です。 (文=増山麗奈) ●増山麗奈(ますやま・れな) 1976年、千葉県生まれ。東京芸術大学出身。画家、平和活動家。 2003年よりカワイイ系反戦アート集団「桃色ゲリラ」を結成、各地でパフォーマンスを展開。2004年、戦火の残るイラク・バグダッドへ飛びアーティストと交流。代表的な展覧会に「ART LAN@ASIA」(2007)の総合キュレーションや、「ネオ春画」(銀座芸術研究所/2007/08)などがある。<http://www.renaart.com/profile/>
ポロメリア マツコと対談したり、なんだか最近積極的。 amazon_associate_logo.jpg
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食材・量・奔放な人々すべてが旅人の度肝を抜く『沖縄ディープインパクト食堂』

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『沖縄ディープインパクト食堂』
(著:カベルナリア吉田/ブックマン社)
 琉球王国として、古くから独自の文化が栄えてきた沖縄。  ラフテー、ミミガー、スーチカー、ドゥルワカシー......など料理名からも分かるように、その食文化は本土とはまったく違う。とりわけ、昔ながらの地元の人向けの食堂には、ヤギの刺身、豚の顔のスモーク、ウミヘビの汁などが、看板メニューというわけでもなく、平然と登場し、どひゃーん、と旅人の度肝を抜いてくれる。  そして、そういったお店の大きな特徴として、初めて訪れてもお店の人がものすごくフレンドリー。沖縄には「イチョリバチョーデー」=「会えば兄弟」という言葉があるぐらいで、人と人の距離が近い。  『沖縄ディープインパクト食堂』は、そんな沖縄の食堂32軒を紹介したガイドブック。名護十字路のど真ん中の居酒屋では、店に入った途端、アニキと呼びたくなるギョロリとした目つきのマスターに「おう! どこから来たんだよ!」と声をかけられ、幼児から大人までが集まる沖縄特有のパーラーでは、カエルのから揚げを注文すると、美人おかみが「はい、わかガエル、生きカエル、よみガエル!」のかけ声とともに、飛ぶ寸前ような姿のガニ股カエルの脚を運んできてくれる。  都会から沖縄に訪れると、最初はその近さに戸惑うかもしれないが、慣れてしまえば、それが楽しさに変わる。    著者は旅行作家のカベルナリア吉田氏で、沖縄を初めて訪れて早17年のベテラン。現地のコーヒーショップでコーヒー片手に11時間を過ごしてしまうほど、「イチョリバチョーデー」を満喫し、取材をしている。   紹介されているお店は、吉田氏が自分の足でコツコツと歩き周り、探し当てたお店のみ。掲載をお願いしたとき、ほとんどのお店の人から「え、ウチなんかでいいの?」と聞かれたというほど、当本人たちは何の特徴もない普通のお店だと思っている。    けれど、どう考えても"普通"の枠を飛び出してしまった、草原に忽然と現れるシンデレラ城のような喫茶店や、床も天井も突き破る巨木が生えるジャングルうなぎ屋料理店など、明らかに見た目のインパクトがすさまじい店もあり、沖縄の人々の普通は、何かが違う。  何かが違うと言えば、料理の量の多さと安さも半端ではない。バイキングなのに500円、富士山のようにうず高く盛りつけられたオムライスが小鉢付きで500円、沖縄ではちょっとお高めの食堂では、カボチャと玉ねぎでマリネした魚の南蛮漬け、海ぶどうとマガキ貝白身魚のお造り、ニンジンシリシリーとハンダマ、カボチャのそぼろがけ、これが前菜で、オジサン(魚の名前)のマース煮、青パパイヤのグラタン、大根とコンニャクの田楽、味噌汁、金時豆入りご飯、デザートの羊羹、アロエベラのワラビ餅風、コーヒー付きで1000円。前菜だけで腹がパンパンになりそうなフルコースが味わえたりする。  さらに、読んでいて個人的に気になったのは、誌面に中でさりげなく主張する、沖縄の看板や張り紙写真たち。とくに目が離せなくなったのが、食事だけでも利用できる民宿のトイレに張られていたという謎の「トイレ法」。 「昨日いただいたご馳走は昨夜私があれほどぐっすり眠っていた間にも一刻も休まず消化され今血となり肉となり骨となり栄養となり今日1日どれだけ働いても全然疲れを知らないエネルギーとなった そして常に完全な健康体として今その不審物だけをスムーズに排泄させていただいたのである......(まだまだ続く)」(トイレ法より)  この謎のトイレ法自体はともかく、メインの話以外にも、ひそかに笑え箇所が散りばめられているので、それを探しながら読み込むのも良いかも。  本書では、楽しいエピソードを伝えるだけでなく、沖縄のステーキ事情ではアメリカとの歴史的背景を考えたり、ヤギを食べるのは人がたくさん集まる席が多いなど、沖縄の食文化についてもしっかり書かれているので、沖縄という県をいろんな角度から知ることができるはず。あ~、沖縄に行きたい!! (文=上浦未来) ●カベルナリア吉田(かべるなりあ・よしだ) 1965年北海道生まれ。早稲田大学卒業後、読売新聞社、情報雑誌『オズマガジン』増刊編集長などを経て、2002年よりフリー。沖縄と島めぐりを中心に、全国を徒歩、自転車、ローカル線、船など「急がない手段」で歩き、雑誌や単行本に紀行文を発表している。近著は『沖縄の島へ全部行ってみたサー』(朝日文庫)、『ひたすら歩いた沖縄みちばた紀行』(彩流社)、『1泊2日の小島旅』(阪急コミュニケーションズ)ほか多数。島旅雑誌『島へ。』でエッセイ連載中。趣味はバイオリン、レスリングなど。
沖縄ディープインパクト食堂 ディープ! amazon_associate_logo.jpg
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デザイナー・梅原真が手掛ける、アンチ「スローライフ」な田舎デザイン

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『ニッポンの風景をつくりなおせ
一次産業×デザイン=風景』
(羽鳥書店)
 「デザイン」が似合う街と言えば青山、表参道、六本木......etc.と華やかな都会の街。しかし、東京から遥か600km、高知県は四万十川の川辺でデザインを考える男がいる。男の名は梅原真。彼の活動をまとめた一冊『ニッポンの風景をつくりなおせ―― 一次産業×デザイン=風景』がいま話題を呼んでいる。 ■デザインの力で年商20億!  梅原真は地元高知を中心に、一次産業が生み出した商品ばかりを手掛けるデザイナーだ。「四万十緑茶」「鰹のたたき」「馬路村ポン酢しょうゆ」といった農産物や雑誌、そして、県外では秋田の秘湯や島根・隠岐のサザエカレー、そして沖縄の離島の観光ポスターなど、いずれも「デザイナー」という職業からはほど遠いと思われるような「田舎」の商品ばかりがならび、宝石、時計、ブランドバッグ......etc.といった「デザイン」とは180度異なっている。それもそのはず、梅原真は、大企業からの依頼は断り続け、いつも一次産業と関連のある仕事しか受け付けないのだ。  そもそも、この梅原の一次産業へのこだわりは、1987年に遡るという。全国的にも有名な土佐のカツオ一本釣り、その漁師が「船が潰れてしまう」と、梅原に相談にやってきた。そこで、梅原はカツオの商品パッケージをデザインすることによって、一気に年商20億円の産業をつくり出してしまったのだ。そして「すべての基本は一次産業だ」という結論に到達する。その後も高知の砂浜にTシャツを掲げた「砂浜美術館」や、高知県の地域マガジン「とさのかぜ」など、その活動は幅広いものとなっていく。 ■梅原真が提唱する「新しい価値」とは?
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撮影:河上展儀
 ところで、「デザインの力で20億」と書いた時に、何やらとてつもない胡散臭さが漂うのは、たいしたことのない商品を偽装するためにデザインが利用されるからだろう。箱を開けて中身を見た時に、まるで整形美人を目にしたかのように、どうしようもなく残念な気持ちになることは数多い。そして、人は「デザインに騙された」と言う。  梅原が提唱する「新しい価値」とは、そういった安手の包装紙のような「デザイン」とはちょっと違う。梅原がデザインをする目的は、その商品が売れることではなく、「その風景が残ること」だという。自分の好きな故郷の風景を残すために、梅原はデザインを続ける。そして、梅原の手によって潰れかかったカツオの一本釣り漁船は残り、砂浜が美術館として活用された。時はまだバブルの盛り、リゾート開発やハコモノ行政が是とされていた時代である。そして、「スローライフ」やら「田舎暮らし」やらが喧伝されるようになった2000年代に、ようやく梅原が手掛けたデザインは脚光を浴びるようになった。  しかし、「いいものを作っていれば売れるなんていう時代じゃない。いいものを作っているんなら自分で売らなければならない」と、梅原が本書で述べるように、本書はゆったり気楽に無理しない「スローライフ」とはほど遠い。「エコロジー」がもともと60年代のヒッピーから生み出されたラジカルな思想であったように、「いいもの」を売るための戦略と熱意に満ちた「梅原デザイン」はスローライフとは似て非なるものである。 (文=萩原雄太[かもめマシーン]) ●うめはら・まこと 1950年生、高知県出身のグラフィックデザイナー。大阪経済大学経済学部卒業後、土佐に戻りRCKプロダクション美術部に入社。日本テレビでの研修後、スタジオの大道具担当に。1980年梅原デザイン事務所設立。
ニッポンの風景をつくりなおせ―一次産業×デザイン=風景 レペゼン高知! amazon_associate_logo.jpg
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問題作か? 有名評論家35人による『村上春樹『1Q84』をどう読むか』

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『村上春樹『1Q84』をどう読むか』
(河出書房新社)
 2009年5月末、村上春樹『1Q84』(新潮社)が発売され、BOOK1、BOOK2合わせて200万部を超えるベストセラーとなった。出版不況もどこ吹く風といったメガヒットである。このヒットを受けて、10年4月、続編『1Q84 BOOK3』が上梓された。世界で450万部を売り上げた『ノルウェイの森』から23年。"ノーベル賞に一番近い日本人作家"村上春樹は、売り上げも、その文名も、まだまだ留まることを知らないようだ。  『1Q84』は、美しき暗殺者・青豆と小説家志望の青年・天吾のストーリーが、1章ごとに交代で展開されていく。青豆は宗教団体「さきがけ」の教祖暗殺を依頼され、天吾はふかえりという女の子の書いた「空気さなぎ」という小説のリライトを行う。ふかえりは「さきがけ」教祖の娘で、青豆と天吾の物語は急速に接近していく。  筋自体は難しい小説ではないが、多くのメタファー(暗喩)が散りばめられていて、謎があるように思わせる。『村上春樹『1Q84』をどう読むか』は、今をときめく有名評論家35人が『1Q84』の謎に挑んだ評論集だ。巻末には「『1Q84』をめぐるカルチャー・キーワード84」も付いていて、本編の読解に役立つ。  この評論家の顔ぶれがすごい。安藤礼二、石原千秋、内田樹、島田裕巳、永江朗、森達也、四方田犬彦......他、『文学賞メッタ斬り』の大森望×豊崎由美と、さながら評論家のオールスターといったところ。賞賛する者、批判する者、主張に違いあれど、少なからず『1Q84』に興味をひかれる様子。「この人はハルキが嫌いなんだな」「骨の髄までハルキファンだな」と、各評論家の好き嫌い、文学的スタンスが分かって面白い。中立を装って実は批判している、褒めているように見せて最後に辛らつな言葉を浴びせる、という評論家のテクニックが憎らしい。    ここで肯定派か否定派かというのはあまり重要ではない。この本は、ひとつの作品に対し、35人の評論家たちが自分の技を見せ合う読み比べ合戦なのだ。各論を読み比べて、個人採点すると、また違った楽しみ方が出来るのではないだろうか。きっと、自分のセンスに合う評論家が一人は見つかるはずだ。 (文=平野遼)
村上春樹『1Q84』をどう読むか 読まない、という選択肢も。 amazon_associate_logo.jpg
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登校拒否、リスカ…… 死にたがりやの少女の成長記『いち、にの、さん。』

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『いち、にの、さん。』(ポプラ社)
 現在、日本における年間の自殺者は3万人を超えている。1998年以降、11年連続で3万人超を記録し、08年の自殺者数は3万2,249人と報告されている。人口における自殺者の割合は世界第6位で、先進国の中では第1位である。  ここにも、死のうとしていた女の子がいた。『いち、にの、さん。』は、20歳の新進作家、実谷蒼依(みたに・あおい)氏が、自身の体験を赤裸々に綴った私小説だ。実谷氏は、小学校中学年から学校を休みがちになり、登校拒否、自傷行為を繰り返す。学校になじめず、両親とはいさかいが絶えない。学校にも家庭にも居場所を見出せない彼女は、徐々に精神の均衡を失っていき、ついには......。ローティーンの女の子の心理描写を中心に描かれ、私小説というより自叙伝、日記に近い。  「愛して」「認めて」――。"私"の言葉は未熟だが、真摯である。学校生活からドロップアウトした少女の心のひだを丁寧に綴っており、自傷の場面や入院生活、「いち、にの、さん」と空へ飛ぶ場面など、圧倒的な迫力がある。飾らない、等身大の16歳の叫びが痛ましい。だが、ただ痛ましいだけでなく、生活の息遣いや、友達との交友、立ち直っていく過程なども描かれた"死にたがりや"だった女の子の成長期となっている。  彼女は言う。 「自らの手で、命を絶たないでほしい、死んでほしくない。自殺未遂を繰りかえし行った私がいうのは矛盾に思われてしまうかもしれない。だけど、こんな失敗を犯した私だからこそ、伝えなければならない。自殺はいけないだとか、正論を述べたいんじゃなくて。ただ、悲しい気持ちのまま命を終わらせてほしくないのです」(本文より)  自殺を試みる人の気持ちは量りがたい。だが、共感ならずとも理解に近づくことはできる。自殺を考えたことがある人も、ない人にも、あらためて「生きる意味」を突きつけられる本だ。 (文=平野遼) ・実谷蒼依(みたに・あおい) 1990年5月25日生まれ。 好き/言葉・空・蒼・本 苦手/学校・シナモン 音楽/Cocco 性格/両極端 趣味/人間観察・空想 服装/主にワンピース 尊敬/夜回り先生 目標/書き続けること
いち、にの、さん。 しー、ごー、ろく。 amazon_associate_logo.jpg
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娶妻願、お礼参り…… 普通の警察官のちょっとイイ話『警察官の泣ける話』

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『警察官の泣ける話 』(芸文社)
 お巡りさんと言えば、おっかない印象が強い。パトカーが通るたび、どうにも自分が悪いことをしているようで気が引ける。それでこそ警察官の面目躍如であるのだが、誰もに好かれる職業ではなさそうだ。  しかし、鬼の目に涙がキラリと光ることもある。『警察官の泣ける話』は、元・警視庁刑事で作家の北芝健氏が、警察官の感動的なエピソードをまとめた本だ。風俗嬢と結婚したいという部下のために奔走する「娶妻願」、足を洗う左翼過激派のためにカンパしたささやかな門出祝い「のし袋」など全13篇、どれも警察官ならではのハートウォーミングな内容だ。警察の世界の事情、風習、慣例などもよく分かり、興味深い。警察業界の符丁もそのままの文章には、交番や警視庁の一室にいるような迫力がある。   警察の世界がいかに特異か。結婚相手の職業次第で結婚が許されないこともしばしばある。相手の親族に前科者がいないことはもちろん、外国人との結婚もNG、相手が片親だというのもひっかかるらしい。これを無視して結婚しようものなら、報復人事に遭い、昇進も叶わない。世間でパワハラと呼ばれる行為が平然とまかりとおる世界なのだ。  しかし、犯罪を取り締まる仕事だからこそ、現場には大きな悲喜が存在する。  おすすめの一篇は前述の「娶妻願」。田舎から上京してきたばかりの高本巡査が、上司の三浦警部補に「結婚したい人がいる」と相談をした。聞けば相手は風俗嬢だという。裏社会に属する職業ゆえ、許されるわけもない。昔、交際相手の兄が学生運動家であったことから、三浦も結婚をあきらめたことがあった。「なんとか思いを遂げさせてやりたい」三浦は高本の結婚のために奔走するのだが......。  警察官は、恨みを買ったり、言われなき誹りを受けることがしばしばある。メディアは反権力であることを正義と錯覚し、理由なき否定・批判が繰り返される。北芝氏も警察出身というだけで、大手出版社に捏造記事を四回も掲載され、社会的信用を失ったことがあるという。そうした誰もかばう者がいない警察官たちを擁護する、ということで生まれたのが本書であると、北芝氏は語っている。  警察官もごく少数のエリートをのぞけば、普通の公務員である。法の下、身体を張って市民の安全を守る。一般社会からみれば「非日常的」な世界だからこそ、そこからこぼれ出る侠気やペーソスがある。ただ情緒的な感動秘話ではない『警察官の泣ける話』、落涙必至の一冊である。 (文=平野遼) ・北芝健(きたしば・けん) 元警視庁刑事。現職時は刑事警察、公安警察に所属。多用な事件を扱う一方、漫画原作をはじめとした執筆活動を展開。退職後は犯罪学の講義や執筆、講演、コメンテーターとしてテレビ出演など、多方面で活躍。著作は『ニッポン犯罪狂時代』、『悪の経済学』など多数。漫画原作として『こちら葛飾区亀有公園前派出所』コミックス39巻相当、『俺の空 刑事編』、『まるごし刑事』シリーズなど。
警察官の泣ける話 汚職警官は一握り? amazon_associate_logo.jpg
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現場に急行せよ! 最新の警察車両を徹底網羅『警察車両パーフェクトブック』

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『最新 警察車両パーフェクトブック』(洋泉社)
 20年以上前だろうか、『ひらけ!ポンキッキ』(フジテレビ系)内で「はたらくくるま」という歌があり、毎日、楽しみにしていたものだ。テンポの良い曲調と、走る"はたらくくるま"の映像に、全国のチビッコたちは心躍されたことだろう。『ミニ四駆』『トランスフォーマー』『パトレイバー』と、振り返れば、80年代は車の時代だったように思う。  はたらくくるまと言えば、やっぱりパトカーは外せないところ。『最新 警察車両パーフェクトブック』は、白黒パトカー、覆面パトカー、その他特殊車両と、2010年最新の警察車両を網羅した通好みのムックだ。警視庁配備の白黒・覆面パトの車種はもちろん、警備犬搬送車、騒音測定用マイクを設置した騒音測定車、待機中の警察官のためのトイレカー(!?)まで、さまざまな用途の車両がある。「アリオン(トヨタ)を見たら覆面と思え」とささやかれるほど、アリオンは多く配備されているという。現場に覆面パトカーがズラーッと並んでいる写真は、普段見ることが出来ない超レアな光景。「ニューヨーク市警の警察車両」「機動車両から読み解く所属の見分け方」「SIT(特殊犯捜査係)とSAT(特殊急襲部隊)の違い」など、コラムも充実していて楽しい。  既存のパトカー本との大きな違いは、後方支援車両に多くのページを割いているという点。テロ対策のイカつい装甲車や、映画『ハート・ロッカー』を思わせる爆発物処理筒車を眺めていると、大事件の現場に居合わせたような緊張感すら走る。一方、前述のトイレカーや、現場の警察官に食料を提供するキッチンカーなどが、生活感をにおわせる。首都防衛の精鋭たる機動隊が、ジェラルミンの盾を片手にメシかっこんでいる姿を想像するとなんとなく滑稽でもある。  極めてマニアックな内容だが、初めて知ることばかりで実に発見が多い。秘された世界だからこそより好奇心を刺激されるのか、熱狂的な警察車両ファンが数多く存在するという話もうなずける。車好きの男子が少なくなったと言われる昨今だが、この本を一読すれば、眠っていたメカ好き魂を揺り起こされるに相違ないのである。 (文=平野遼) ・真田創一郎(さなだ・そういちろう) 東京生まれ。大学卒業後は、出版社・新聞社で記者クラブ所属の記者経験を経て、現在のフリーフォトジャーナリストに至る。近年は警察・消防・自衛隊と国内の有事に対処する官公庁取材を専門に行い、24時間365日昼夜を問わず取材活動を続けている。座右の銘は「一気呵成」。
最新 警察車両パーフェクトブック ピーポーピーポー amazon_associate_logo.jpg
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日本各地で取り残された小屋たちが語りだす『こやたちのひとりごと』

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『こやたちのひとりごと』(ビリケン出版)
 小屋。それは、小さくて簡単な造りをした建物のことを指す。  外壁は、廃材やサビだらけのトタンを使ったつぎはぎだらけ。風が吹けば、隙間風がビュービューと入り込み、建物全体がガタガタと揺れる。  その多くは、まだ日本が豊かではなかった頃に、何もない田舎で建てられたもの。年月が経つにつれ、いつしか人間に見放され、使われるわけでも壊されるわけでもなく、少しずつ少しずつ朽ちていく。けれど、小屋たちは、ただひたすらその場に存在している。耳を澄ますと、そんな小屋たちの声がほんの一言だけ聞こえてくる。そんな声を一冊の本にまとめたのが『こやたちのひとりごと』だ。  「むかしから ずぅっと ここにたっている どこかにいきたいと おもったことはない」(本文より)  丸いトンネルの向こう側に建つ、赤茶色にサビきった小屋。そこから物語は始まる。ページをめくるたびに、のどかな風景と、ボロボロだけど、どこか懐かしくて味わい深い小屋が目に飛び込む。 田園にぽつんと建つ小屋。 見晴らしの良い山の中に建つ小屋。 緑に覆いつくされてしまった小屋。 ロープや重りをいっぱいくっつけた小屋。    そのひとつひとつの小屋が、胸に秘めていたことを、ほんの一言だけささやく。  鳥の鳴き声が聞こえてきそうなほどのどかで穏やかな写真に添えられた、詩人・谷川俊太郎氏の温かみのある言葉。シンプルだけどじんわりと胸に沁み込み、何度でも読み返したくなる。  写真を担当した中里和人氏は、かつて4年間という歳月をかけて、北海道から沖縄まで日本全国を歩き、小屋を撮りためたという。  2000年に発表した写真集『小屋の肖像』(メディアファクトリー)の紹介文の中で、中里氏はこう語っている。「日本の中に残る手触り感ある景色を求めていて出会ったのが一戸の小屋だった」、と。  日本には、現代の文明から置いてきぼりにされてしまった場所が、いくつも存在する。わたしたちが、ちょっとよそ見をしているうちに、ずいぶんと増えてしまったのかもしれない。 「わたしぐらいの としになると くちはてるのも わるくないっておもう」(本文より)  目にもとまらぬ早さで変わりゆく現代。ほんの数十年前の日本では、あんまりえらくないおじちゃんたちが、「エイヤッ」とあちこちで小屋を建て、そのまわりには元気な子どもたちの声があふれていた。けれど、小屋たちはいま、ただ忘れ去られようとしている。それでも、そんなことは気にせず、ここで一生過ごすという、覚悟があるように見える。  そして、駆け足で進みすぎている日本人の帰りを、ひょっとしたら待ってくれているのかもしれない。 (文=上浦未来) ●谷川俊太郎(たにがわ・しゅんたろう) 1931年、東京生まれ。21歳のときに詩集『二十億光年の孤独』を刊行し、鮮烈なデビューを飾る。以来、詩はもとより、さまざまなジャンルにおいて活躍。絵本の分野においても、創作および翻訳者として数々の傑作を生み出している。1956年に、自作の写真と詩の『絵本』を刊行。その後71年刊の『こっぷ』を本格的な皮切りに、写真絵本の可能性を切り開いてきた。 ●中里和人(なかざと・かつひと) 1956年、三重生まれ。84年よりフリーカメラマンとして活動。おもな写真集に『小屋の肖像』、『キリコの街』、『路地』、『東京』などがある。00年に小屋の写真展「小屋」をINAXギャラリーにて開催。現在、ワークショップなどで、移動する組立式の小屋作りも展開している。
こやたちのひとりごと お疲れ気味のあなたに。 amazon_associate_logo.jpg
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