「元素オタク」の本気を見た!『世界で一番美しい元素図鑑』

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『世界で一番美しい元素図鑑』
(著:セオドア・グレイ/創元社)
 すいへーりーべぼくのふね......高校の化学の授業で誰もが呪文のように唱えたフレーズ。これは周期表(元素を原子番号順に配列した表)を暗記するための語呂合わせだが、ド文系の僕にとっては、HとかHeとかLiとかBeとか、元素なんてものは退屈なアルファベットでしかなかった。  本書『世界で一番美しい元素図鑑』(原題『The Elements』)は、そんな元素を世界一美しく見せてやると豪語する本だ。ちなみに、本書の日本語版は紙の書籍に先んじてiPad用アプリとして流通しており、そちらは周期表からワンタッチでお目当ての元素に飛べたり、画像を指でぐりぐり回転させられたりと電子書籍ならではの機能で評判になった。  一方、紙の本は図鑑らしく見開き2ページでひとつの元素を紹介し、左ページいっぱいに純粋状態の元素を、右ページに解説および特徴的な化合物・応用製品を配置している。さすがに独創性では電書版に劣るものの、でかでかと印刷された元素写真もなかなかの迫力。で、掲載された数百点もの品々はすべて著者のセオドア・グレイ氏が「物理学の法則と人間の法律が所持を許す範囲」で収集したものだ。
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(C) 2010 Sogensha inc.All rights reserved.
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 純元素のほうは、−183℃で薄青色の液体になった酸素、高圧放電によって紫色に光るキセノン、ジャズピアニスト・佐藤允彦のアルバムタイトルで一部の和ジャズ好きに名前だけは知られるパラジウム、冷やすと自然に"角張ったじょうご"型の結晶を作るビスマスなど、どれも看板に偽りなしの美しさ。  化合物関係も、リチウム電池、フッ素入り歯磨き、スカンジウム・アルミニウム合金製の自転車フレーム、チタン製のボディピアスや人工関節、先端部にオスミウムを使ったレコード針、劣化ウラン弾など、まさに「元素コレクター」の面目躍如。  そして各解説文は科学書らしからぬ軽妙さで、たとえば塩素の項では、
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〈塩素は、第一次世界大戦中に凄惨な塹壕戦で毒ガスとして使われました。(中略)私は純粋な塩素をほんの少量吸い込んだことがあります。病院送りにはなりませんでしたが、瀬戸際までいきました。筆舌につくしがたい苦痛で、吸った瞬間、鼻にバーナーの炎を突っ込まれた感じがしました〉  などと物騒なことをさらっと書いている。かと思えば、 〈アンチモンの塊は、鋳造後に冷めていく際、小さな音でメロディーを聞かせてくれるのです。温度が下がる過程で内部の結晶が壊れたり横滑りしたりして、内側から塊をはじき、チベットの鉦のような響きを生み出しているのに違いありません〉  なんて妙にロマンチックになったりもする。
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 ところで、現在までに発見されている118の元素のなかには「キュリウム」や「アインスタイニウム」など人名にちなんだ元素名もある。が、当人が見つけたものではないらしい。理由は、業界内に「公的な場で目立ったり名誉欲を出したりしてはいけない」的な不文律があるうえに、新しい元素は大所帯の研究チームによって発見されているから。ゆえに、キュリー夫妻やアインシュタインのように、すでに鬼籍に入っていて、かつその名が元素に冠されても文句が出ない「無難な人物」が選ばれるのだとか。さらに、 〈名前を付ける作業には発見よりずっと長い時間がかかります。発見の関係者それぞれが発見の先取権を主張し、命名委員会で議論がつくされるまで誰も納得しようとしないのですから〉  と、なんだかノーベル賞受賞の順番待ち説にも似た、シラケた空気を残して本書は幕を下ろす。でも、実はこのへんの煩わしいエピソードが個人的には非常に面白かったりする。本書は「元素オタク」が自身のコレクションをぎゅうぎゅうに詰め込んだビジュアルブックであり、ポップでシニカルな科学エッセイでもある。 (文=須藤輝) ●セオドア・グレイ(Theodore Gray) 元素コレクター。本業は、数式処理システム「Mathematica®」や質問応答システム「Wolfram Alpha™」の開発で世界的に知られるコンピュータ・ソフトウェア会社ウルフラム・リサーチの共同創立者で、現在は同社ユーザーインターフェース技術部門責任者。サイエンスライターとしても活躍し、「ポピュラー・サイエンス」誌にコラムを長期連載している。周期表をテーマとしたウェブサイトperiodictable.comの主宰者として、大学、学校、博物館向けの写真入り周期表の制作などの普及活動を行っている。周期表(英語でperiodic table)をかたどって中にそれぞれの元素を収めた木製の机「周期表テーブル(Periodic Table Table)」(本書235ページ)を制作したことに対して、2002年、ユーモアにあふれる科学研究に与えられる「イグノーベル賞(化学部門)」を贈られている。 公式サイト<http://www.sogensha.co.jp/special/TheElements/index.html>
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蛇口12個にR-18指定!? 都内オシャレトイレ巡り『TOKYO TOILET MAP』

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『TOKYO TOILET MAP』
(ブルース・インターアクションズ)
 トイレ。それは私たちの生活には、無くてはならない憩いのスポット。朝から晩までいつだって、誰にだって必要で、急な腹痛の時には天国のように輝いて見え、時にひとりになり、閉じこもって人知れず涙を流す......、なんてことも。  そんな癒しのトイレ空間を東京で調査し、まとめたのが『TOKYO TOILET MAP』。原宿、渋谷、恵比寿、代官山、新宿、六本木など、都内にあるカフェのとっておきの上質トイレ空間を20カ所紹介している。    例えば、青山にある「青山ゑびす堂」。トイレのインテリアは、優雅な花柄が描かれた西洋のアンティーク調の照明や鏡などが使われ、なんとも乙女心をくすぐる。洗面台には歯ブラシや洗口液など、女子にうれしいアイテムが並び、その横になにげなく置かれたチェストの扉を開くと、ストッキングやらの小物が次々に登場。しかも、もともと古民家を改装したお店ということで、なんとシャワー付き。壁にはバスローブまで用意され、うっかりいい女ぶって羽織ってみたくなるかもしれないが、ここはあくまでインテリアのひとつとして、我慢しよう。   ほかにも、ロックスター気分が味わえるスポットライトバシバシのトイレ、水道の蛇口が12個もある謎のトイレ、ピンク一色で統一された「R-18指定」トイレなどなど、どれも個性派ばかりで、あちこちのトイレを探訪したくなる。  また、カフェのトイレ紹介以外にも、「トイレ風水」「トイレのルーツ」、「トイレマークのふ・し・ぎ」、「Toilet×Music」など、トイレを愛する者たちの思いが詰まったコラムもあり、読むごとにトイレの深みにはまっていくはず。個人的には、腹弱男女に贈る、山手線の駅のかけこみトイレ紹介コラムがお気に入り。だって、誰だって困るときって、あるよねん。  都内のおススメトイレマップ付きなので、自分でお気に入りのトイレをマップに加えたり、自由に活用したい。トイレってスバラシイ、と実感できるはず。 (文=上浦未来)
TOKYO TOILET MAP ずいぶんとオサレになったもんです。 amazon_associate_logo.jpg
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永久に不滅? プロ野球選手400名の引退名言集『プロ野球最期の言葉』

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『プロ野球最期の言葉』(イースト・プレス)
 大道典嘉(巨人)、村松有人(ソフトバンク)、矢野耀大(阪神)といった選手たちが引退を表明した2010年オフ。また、小瀬(オリックス)のように若く、将来を嘱望されながら、自殺ともいわれる謎の転落死を遂げた選手もいた。プロ選手の生活は、いつ、どんな形で終わるかわからない。栄枯盛衰、盛者必衰がプロ野球界の常だ。  そんなプロ野球選手の散り際の言葉を集めたのが『プロ野球最期の言葉』(イースト・プレス)。「Number」(文藝春秋)などに寄稿するスポーツジャーナリストの村瀬秀信氏が、1943~2010シーズンに引退したプロ野球選手の引退時の言葉を紹介した本だ。「巨人軍は永久に不滅です」の長嶋茂雄、「王貞治のバッティングができなくなった」王貞治などスーパースターの言葉から、無名の選手の一言まで、総勢400名の"遺言"を一挙掲載している。巻末には江川卓の引退会見全文も収録されていて、肩の痛みと数奇な野球人生の苦悩がつづられている。  充実、後悔、寂寥、完全燃焼。引退時の思いは人によりさまざまである。中でも印象に残ったのが、2000年に横浜に入団し、4年で戦力外通告された中野渡進の言葉だ。 「嫌いなコーチに『家で火がついたら僕のせいですから現行犯で捕まえてください』と伝えました」  入団2年目に63試合に登板し、中継ぎの柱として活躍したが、酷使がたたって肘を故障。歯に衣着せぬ物言いも災いして二軍で干され、契約更改で球団幹部に食ってかかって問題児とされる。2003年オフ、球団内の派閥争いに巻き込まれる形で戦力外通告された。なんともやり切れぬ選手生活だ。上記の言葉にもそんな思いがまざまざと表れていて興味深い。現在は、国分寺「もつ鍋わたり」のオーナーとなり、地元の名店として人気を博している。  ファンに愛された長嶋茂雄、求道者・王貞治、また不運の中野渡など、引退時のその一言に、その人の野球人生のすべてが詰まっていると言っても過言ではない。皆、必ずしも華やかな幕引きではないが、カーテンコールの瞬間には心揺さぶられるのである。 (文=平野遼) ・村瀬秀信(むらせ・ひでのぶ) 1975年、神奈川茅ヶ崎市出身。02年よりフリーライターとして活動。本書が処女作となる。
プロ野球最期の言葉 ヒーローたちの夢のあとさき。 amazon_associate_logo.jpg
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別冊サイゾーvol.1 タブー破りの本300冊 好評発売中!

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 月刊サイゾーの人気特集「タブー破りの本」シリーズが、新企画を盛り込みながら、一冊の本になりました! ・大宅賞作家の上原善広 ・カンヌ映画祭グランプリ監督の河瀬直美 ・神聖かまってちゃん・みさこ ・批評家の佐々木敦 ・話題のストリッパーの小向美奈子 ・フリーキャスターの小島慶子 ・『もしドラ』の岩崎夏美  など、2010年を代表する彼ら厳選した「ヤバすぎる本」のほか、 ・日本の裏面史〈山口組〉〈ドラッグ〉〈在日〉が分かる本 ・〈ジャニーズ嵐〉裏公式ガイドブック ・美少女、スキャンダル、スクープを扱った〈写真集〉の真価 ・愉快で危ない〈創価学会〉暴露本 ・〈電通〉〈トヨタ〉〈日経新聞〉ほか、巨大企業の裏側を暴いた経済  といった、過激なラインナップとなっています。ほかでは味わえない"さまざまな意味"で刺激的なブックガイドをぜひご堪能してください。
タブー破りの本300冊 やばいよやばいよ~。 発売/発行:株式会社サイゾー 税込価格:980円 amazon_associate_logo.jpg
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部落出身作家の受賞後第一作 日本のマイノリティを描いた『異形の日本人』

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『異形の日本人』(新潮社)
 昔、京都旅行をしていて、何の気なしに"その"地域に足を踏み入れたとき、異様な感覚に襲われた。造りは普通の団地であるが、薄暗く、壁面は古びて茶々けていて、物静かである。なにか異世界にでも入り込んだかのような、不思議な空間だった。その地域が同和地区だと知ったのは、ずっと後年のことである。同和地区とは被差別部落のこと。成立は定かではないが、その出身というだけで言われなき差別を受けてきた。現在では差別意識も徐々に薄れてきたが、差別が絶たれたとは言い難い。  上原善広氏は被差別部落出身をカミングアウトし、部落問題を中心に文筆活動を行っているジャーナリストだ。主に「噂の眞相」(噂の真相)「実話ナックルズ」(ミリオン出版)などで活動してきたが、2005年『被差別の食卓』(新潮社)を刊行。10年『日本の路地を旅する』(文藝春秋)で第41回大宅壮一ノンフィクション賞を受賞。上原氏の言う"路地"とは被差別部落のこと。"路地"出身として、いまもっとも注目を集めているノンフィクション作家の一人と言える。  その上原氏が受賞後第一作として上梓した新書が『異形の日本人』(新潮社)。各分野のマイノリティ、異端とされる人々を取材したノンフィクションだ。「鹿児島のターザン姉妹」「部落差別として封印された漫画、血だるま剣法」「無頼派やり投げ選手、溝口和洋」「医師からわいせつ行為を受けた筋萎縮症の女性」「アソコから火を噴くストリッパー・ヨーコ」「路地出身の落語家・桂春團冶」など6人を取り上げ、紹介している。どれも壮絶な内容ながら、文章が巧みですいすいと読み進めることができ、さながら作中人物が隣にいるかのような凄みがある。  ことに路地出身者への言及は熱がこもっている。大正~昭和初期の上方落語の大スター・初代春團冶の項は圧巻で、その破天荒な生き方と「くそたれめ、馬鹿にすなッ」というハングリー精神が小気味よく、シビれるほどにかっこいい。  上原氏は言う。 「突破な者にさせるドグマのような何かが、彼らの中に確かにあった。それが「路地」そのものであったように思う。例えば、世間というものに対してある種の虚脱感を抱きながら、逆に異常なほどの執着も示している。この矛盾が、彼等の奇行と実力の原点のように思えてならない。世間に対する虚しさは、生まれゆえ悔しい思いをしてきたひねくれた気持ちであり、世間に対する執着は、出自はどうあれ社会に認められたいという怨念である」(本文より)  社会は異端・異質・異形のものをタブーとして扱い、排除してきた。そのような"忘れられた日本人"にこそ、社会の本質が隠されているのではないか。テレビなどの大手メディアでは決して報道されない彼らの本当の声が、この本には詰まっている。 (文=平野遼) ・上原善広(うえはら・よしひろ) 1973年大阪府生まれ。『日本の路地を旅する』(文藝春秋)で第41回大宅壮一ノンフィクション賞を受賞。著書に『被差別の食卓』『聖路加病院 訪問介護科』『コリアン部落』などがある。
異形の日本人 日本人の差別は陰湿です。 amazon_associate_logo.jpg
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終わることのない「お笑い戦国絵巻」~ラリー遠田著『M-1戦国史』~

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『M-1戦国史』(メディアファクトリー )
 「M-1グランプリ」は、現代のお笑い界で唯一と言っていいほどの大きな成功を収めているお笑いの大会だ。参加資格は結成10年未満の漫才師であることのみ、審査基準は「とにかく面白い漫才」。そして優勝者に与えられる賞金は1,000万円。  2001年に始まったこの大会は、中川家、アンタッチャブル、ブラックマヨネーズ、チュートリアルなどそうそうたる顔ぶれの優勝者を輩出しており、年を追うごとに大会を生放送する番組の視聴率も高くなっている。  本書はそんなM-1グランプリについて、当サイトでも連載コラムを執筆するお笑い評論家のラリー遠田氏が紹介する本だ。  まず語られるのは、M-1グランプリ誕生の経緯だ。1980年代の漫才ブームよもう一度と「漫才プロジェクト」なる企画を任された吉本興業のプロデューサー、そして漫才ブームによって世に出た大物タレント島田紳助。彼らがM-1を立ち上げたことから、幾多の芸人たちのドラマが始まるのである。  続いての章では過去9大会を振り返る。01年に麒麟が与えた衝撃、もはや伝説となった03年の笑い飯による「奈良県立民俗博物館」、05年に決勝初出場にして優勝を勝ち取ったブラックマヨネーズ、オードリー春日という異様なキャラ芸人が現れた08年...。M-1ファンならば誰の心にも残っているであろう数々の名場面が記されている。  この章の特徴は、単なる「M-1年表」の紹介にとどまらず、主な出場者の漫才の特徴が的確に紹介されていることにある。例えば笑い飯については「二人それぞれが『面白いことを言いたくてしょうがないんだ』というキャラクターになり切」ることに革新性があるとした上で、「バカバカしさこそが彼らの武器」と評している。普段漫才を見てなんとなく「面白かった」「面白くなかった」と感想を持つ程度の人も、この解説によって、それぞれの漫才をどのように楽しめばよいのかのポイントが押さえられるだろう。  さらにM-1決勝の審査員たちの紹介、ヤラセ疑惑の検証と、M-1グランプリの要素でありながら正面から取り上げられることの少なかった話題に切り込んでいく。特に決勝戦のヤラセ疑惑を一蹴する論調は明快かつ爽快だ。  本書を貫いているのは「面白いことは格好いい」という思想だ。自分たちにとって最も面白い漫才を追求して栄光を勝ち取った芸人、惜しくも好成績を残せなかった芸人、そしてこれまでの芸人人生を賭けて賞レースの審査を行う審査員。読み進めていくにつれ、紛れもなく格好いい芸人たちの姿に、そしてM-1の体現する「真剣勝負のスリルと漫才そのものの面白さ」に引き込まれていくことだろう。  が、M-1は格好いいだけのお祭りではない。苦労の末に優勝したところで芸人人生の安泰が約束されるわけではないし、さらにはM-1自体の存続を危ぶむ声も多い。著者は最後の章でそんな現実を直視し、しかしお笑いの可能性を語ることにより決して暗くない未来を提示して締めくくる。著者のお笑い愛を最も強く感じられる章だと言えるだろう。  普段テレビに出ているお笑い芸人たちは、単にバカ騒ぎをしているようにしか見えないかもしれない。しかしその根底にあるのは「芸を磨く」というあまりにもストイックな信念であり、その信念を賭けた終わりのない戦いを目の当たりにできる最も良質なソフトがM-1グランプリである。それゆえに、本書の丁寧な解説に沿ってそのドラマを堪能することは、さながら戦国絵巻を見るような興奮と感動を招くのだ。  読むと必ず「面白いことは格好いい」と思うはずだし、面白い漫才が見たくなるに違いない。M-1を毎年心待ちにしているお笑いファンはもちろん、M-1初心者にもおすすめの一冊だ。 (文=北川ミナミ)
M-1戦国史 初心者からマニアまで。 amazon_associate_logo.jpg
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恋愛小説ではない? 気鋭の脚本家が小説デビュー『彼女との上手な別れ方』

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『彼女との上手な別れ方』
(小学館)
 近年、若い演劇人の小説分野での活躍が目ざましい。それぞれ自分の劇団を持つ前田司郎(三島由紀夫賞、芥川賞候補)、本谷有希子(芥川賞候補)、岡田利規(大江健三郎賞)らはジャンルを横断して文名を上げ、ファンの裾野を広げている。  岡本貴也もその一人となるだろうか。1999年、劇団「タコあし電源」を旗揚げし、00年、糸井重里賞受賞作でドラマ脚本家デビュー。その後は『舞台 阪神淡路大震災』、『斜塔~シャトウ』、『DUST』、テレビドラマ『太陽の季節』(TBS系)、『あり得ない!』(毎日放送)など、数多くの脚本・演出・監督を手がけ、幅広く活動している。才気溢れる気鋭の作家として注目を集めている。  その岡本氏が挑んだ初の本格小説が、『彼女との上手な別れ方』(小学館)。  ガジロウは31歳のダフ屋。金と女のことしか頭にない自己中心的な男であるが、ある日、交通事故に遭う。本人は無傷であったが、事故を起こした車に乗っていた若いストリッパー・ユウコ、ルイ、ケイと老運転手ジョニーは死亡してしまう。突然、あの世へと旅立ってしまった四人は、現世への未練が絶ちがたいのか、幽霊となってガジロウの前に現れる。四人の幽霊はガジロウ以外の人には見えない。ガジロウは四人の遺した多額の金銭を条件に、四人の心残りを果たすことを請け負うのだが......。  物語はガジロウ、ユウコ、それぞれの視点からの一人称パートが交互に展開していく。読みやすく、スピーディーに話が二転三転する上質のエンタテインメントである。仕事へのプライド、人生の価値、精神的な恋愛、作家の死生観などが、奇想なストーリーの中にぎゅっと詰まっている。"チンピラ"ガジロウの成長していくさまが、さわやかな読後感を与えてくれる。『彼女との上手な別れ方』というタイトルから「んー、つまらない恋愛小説なんだろうなあー」と想像していたらとんでもない。いい意味でタイトルに裏切られる小説だ。 (文=平野遼) ・岡本貴也(おかもと・たかや) 1972年神戸市生まれ。早稲田大学大学院修士課程終了(理学博士)。00年、糸井重里賞受賞作でドラマ脚本化デビュー。09年『DUST』、08年『斜塔~シャトウ』、07年『スイッチを押すとき』、06年『舞台 阪神淡路大震災』など多数の舞台脚本・演出や、02年TBS東芝日曜劇場『太陽の季節』、BS-i『ケータイ刑事 銭型愛』、04年フジテレビ『世にも奇妙な物語』などドラマ脚本、劇場用映画なども多数手がけている。
彼女との上手な別れ方 ふむふむ。 amazon_associate_logo.jpg
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全国各地の気になる工事現場の裏側『モリナガ・ヨウの土木現場に行ってみた!』

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『モリナガ・ヨウの土木現場に行ってみた!』
(著:モリナガ・ヨウ、監修:溝渕利明/
アスペクト)
 全国各地で見かける土木現場。白や黄色のヘルメットをかぶった作業員が、「ドドドド」とか、「ガガガガ」とか、なにやら激しい音を立て、忙しそうに動き回っている。わたしたちのいちばん身近なところで言えば、道路工事や鉄道工事だろうか。  けれど、よく見かけるわりには、フェンスの向こう側で彼らが何をしているのか、一般人にはよく分からない。いわゆる"立ち入り禁止スポット"に入り、素人の目線でイラストを使って土木現場を紹介しているのが、本書『モリナガ・ヨウの土木現場に行ってみた!』だ。  これは、もともと「土木学会誌」(社団法人 土木学会)という業界専門誌の中で、「土木のことを何も知らないモリナガを現場に連れて行って記事を作ろう」とのコンセプトの元、連載が始まった。ルポイラストを得意とするモリナガ氏が描く土木現場は、シンプルで分かりやすい。難しい話は特になく、訪れた現場の中で気になった部分をピックアップし、「へぇーっ」と思った部分に手書きの文字で説明が加えられている。  訪れた現場は、東京の人に身近な新宿駅南口の再開発工事や、JR中央線三鷹駅から立川駅間の地上を走る中央線を高架化する工事、兵庫県豊岡市の円山川・出石川の災害復旧、沖縄県の大保ダム、北海道の稚内市から旭川市をつなぐ幌富バイパス、島根県の島根原子力発電所など、全国各地幅広く訪れている。  中でも注目は、羽田空港の本格的国際化に向け、新たに作られた羽田空港D滑走路の工事現場。まだ埋め立てをしていた頃の様子が、紹介されている。  ところで、「埋立地」という言葉はよく耳にするが、海を一体どうやって埋め立てるんだろう、と改めてよく考えて見ると、イマイチピンとこない。  モリナガ氏も、「ドカドカ砂を海中に投げ込むアバウトな工事を想像していた」とイラストの中でコメントしている。けれど、実際はすさまじく精密なものらしく、区画を決め、GPSを使いながら、船で少しずつ少しずつ場所を移動して、マス目を埋めるように作業を進めていく。  そもそも、羽田沖は昔から「マヨネーズ層」と表現されるほど、ふにゃふにゃな軟弱地盤で、杭を打つことも大変な作業。そこで、「サンド・ドレーン」という工法を使い、砂の入った杭を海底に打ち込み、地盤の水を砂に吸わせ、水が抜けると、地盤が沈下させるのだという。言葉で説明するとちょっと分かりにくいかもしれないが、イラストを見ながらだと想像しやすい。 「土木の面白さは、子どもの頃皆さんが感じていたもの作りの面白さそのものであるとおもいます」と語るモリナガ氏は、砂場で山を作ったり、友達と手でトンネルを掘って、貫通して喜び合う、その延長ではないかと考える。  工事と聞くと、環境問題がどうの、税金の無駄がどうの、とどこか批判的なイメージが伴う。けれど本書では、そういうものは一切なく、非常に楽しげに工事現場をのぞいている様子が伝わってくる。監修者の溝渕氏との、「海洋工事の船の食事はうまい」など、工事現場の裏話や説明も興味をそそる。いつもは通り過ぎていた工事現場を、少し目線を変えて覗いてみてはどうだろうか? (文=上浦未来) ●モリナガ・ヨウ(もりなが・よう) 1966年生まれ。早稲田大学教育学部地理歴史専修、漫画研究会在籍。ルポイラストを得意とする。立体も年に数体作る。著書に『35分の1スケールの迷宮物語』『東京右往左往』『ワールドタンクミュージアム図鑑』(大日本絵画)、『図録王立科学博物館』(共著・三才ブックス)、『働く車大全集』(アスペクト)、『新幹線と車両基地』『消防車とハイパーレスキュー』(あかね書房)などがある。 ●溝渕利明(みぞぶち・としあき) 1959年生まれ。岐阜県出身。名古屋大学大学院工学研究科土木工学専攻修了、博士(工学)。大学卒業後、鹿島建設株式会社に入社、技術研究所勤務。明石海峡大橋海中基礎建設工事など数多くのプロジェクトに参加。1993年から3年間広島支店温井ダムJV工事事務所勤務。2001年に鹿島建設を退社。法政大学に転籍。2004年に教授となる。専門は、コンクリート材料、施行法、非破壊検査技術など。  
モリナガ・ヨウの土木現場に行ってみた! 文系さんにも安心です。 amazon_associate_logo.jpg
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写真家・野口克也が空の上で考えたもう一つの東京

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空から見たTOKYOはこんなにも美しかった!
(c) Katsuya NOGUCHI
 建設中の東京スカイツリーはにょきにょきと育ち、めまぐるしく変わり続ける都市・東京。そんな東京の夜景を上空から見下ろした写真集『発光都市TOKYO』(三才ブックス)が発売され話題となっている。上空1万フィートから見下ろす東京の夜景は圧巻の一言に尽き、六本木、歌舞伎町、羽田空港に平和島など、いつもの見慣れた東京とはまた別の景色が広がっている。この写真集の著者が、空撮紀行番組『空から日本を見てみよう』(テレビ東京系)などのテレビ番組でも活躍する航空写真家・野口克也さんだ。「年間700時間は空の上にいる」という彼が眺めた東京の夜とは?  「東京の夜は格段に美しいんですよ。美しくもあり同時に迫力も感じます。この感覚はちょっと言葉にしづらいものがあります」と話す野口さんは東京生まれ。空から見る東京の街は、幼い頃から親しんだ地上からの視点とはまったく異なっているという。「当然の話ですが、明るい場所は人工の場所、暗い場所は自然の場所です。光で溢れる東京の夜景にぽっかりと空いた明治神宮や新宿御苑などの闇は、さながらブラックホールのように思えてくるんです」という比喩は航空写真家ならではだろう。
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 元々、"普通"の写真家を志し、世界各国を訪れていた野口さん。しかし、幼い頃からパイロットになるという夢を諦めきれず、日本に戻りライセンスを取得。そして、フォトグラファー兼パイロットという特殊な肩書きを武器に、空撮写真の専門家として一躍その存在を知られるようになる。普通のパイロットの2倍にもなる年間700時間以上も各地の空を飛び回り、日本を中心に都市や自然を撮影し続けているというから、その熱意には敬服するばかりだ。ところで、その裏には人知れない苦労も存在するのだろうか? 「やっぱり寒いことですね。空を飛んでいるので、地上とは比べ物にならないくらい寒いんです。また、フォトグラファーとしての苦労は、フレームを決めることでしょうか。地上での撮影と異なり作画の自由度がある種無限にあるので、うっかりするとボーっと見とれてしまって、スピードも求められているのに考え込んでしまうのです」と、その悩みも空撮ならでは。しかし、そこまでして野口さんが空の上から表現したいものとは何だろうか?
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(c) Katsuya NOGUCHI
「建物や都市なども地上にいれば、地面の上からの視点からしか見ることができません。僕は、空撮ならではの構図や、地上では絶対に見ることができない場所・カタチなどを探し続けて飛び続けています」  そんな唯一無二の表現方法を獲得した野口さんが、今後、空撮をしてみたい都市は上海とドバイだという。「上海は猥雑な中国の雰囲気を残しながらも急速にビジネス都市として発展した街なので、その両面を併せ持っているところが魅力的です。また、ドバイは高層ビルが建ち並んでいるので、空撮写真ならではの三次元的な絵作りに挑戦したくなります」というから、今後の活躍も楽しみだ。  最後に、生まれ育った東京について、野口さんはこう述べる。 「都市は生き物なんです。人という細胞の動きによって、衰退する場所もあれば栄える場所もあります。栄えた場所は三次元的にも大きくなっていくんです。それが如実に現れているのが東京だと思います」
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(c) Katsuya NOGUCHI
 地面にへばりついているだけでは何も分からない。翼の生えた写真家、野口克也の写真は、もう一つの東京を写すために、今日も空を飛ぶ。 (文=萩原雄太[かもめマシーン]) ●のぐち・かつや 1971年東京都出身。写真学校を中退し、当時民主化の波が押し寄せていた東欧諸国へ赴く。日本に帰国後、パイロットのライセンスを取得。その後、ヘリコプター航空会社のカメラマンとして航空写真、空撮映像カメラマンとして全国各地を飛びながら作品を創作する。作品集に『江ノ電ミニチュア散歩』(三才ブックス)、『空から見た"おもちゃ"の街―Tokyo Miniature Collection』(文芸社ビジュアルアート)など。 <http://ameblo.jp/aerophotographer/>
『発光都市TOKYO』 空撮カメラマン・野口克也氏が"東京の夜景"を捉えた写真集。地上の我々にとって見慣れた東京の風景も、光と闇の世界として新たな視点を見せる。発行/三才ブックス、価格/2,100円(税込) amazon_associate_logo.jpg
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アウトローが織り成すドラマ 東映仁侠映画を徹底解明『仁義なき映画列伝』

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『仁義なき映画列伝』(鹿砦社)
 1950年代は映画産業が非常に盛んであった。テレビを持っている人も少なかったし、なにより戦時中、規制された娯楽への渇望を映画に求めた。隆盛もつかの間、映画館の数(スクリーン数)は、60年の7,457スクリ-ンをピークに、減少の一途をたどる。テレビを購入する人が増えてきたためだ。70年には3,246スクリーンと、10年前の半数以下になってしまった。60年代、東宝が「ゴシラ」や黒澤映画を、松竹が松竹ヌーベルバーグなどを打ち出してきたのに対し、勧善懲悪の時代劇を中心に製作していた東映は行き詰った。そこで、時代劇に代わる新たなジャンルとして「東映仁侠映画」という路線を打ち出したのである。  『仁義なき映画列伝』(鹿砦社)は、映画ジャーナリストの大高宏雄氏が、東映の任侠・やくざ映画を網羅し、厳選した100作品を紹介した本だ。60年代前半から80年代後半の東映仁侠映画黄金期、『網走番外地』『仁義なき戦い』『極道の妻たち』と有名作品も散見されるが、その多くは今ではあまり知られていない作品だ。100作品すべてに解説と100点満点の採点付き、これがなかなかの辛口で駄作には容赦がない。巻頭には故・深作欣二監督(「仁義なき戦い」『人斬り与太』など)の亡くなる直前のロングインタビューも掲載されていて、ファンならずとも興味を惹かれる。  大高氏は東映任侠映画を『仁義なき戦い』以前・以後と分けて定義している。73年に発表されたこの作品は、それまでの時代がかったヤクザものとは打って変わって、実際に起きた現代ヤクザの抗争を描き、新風を巻き起こした。『仁義なき戦い』以降は、この"実録路線"が多数を占める。『仁義なき戦い』という作品が、義理と人情が形作る正義と悪の図式をひっくり返し、生々しい現実の世界が描かれるようになった。  大高氏は言う。 「大衆訴求力(大衆=一般の人々へ訴えかける力)。映画においてこれが特に強調されなければならないのは、映画が大衆娯楽と大きな関わりを持っているからに他ならない。(中略)東映ヤクザ映画は、その大衆訴求力を一作品一作品にではなく、路線の中に組み込むことができた。これは日本映画の戦前から続く大きな流れの中で、極めて特殊な事態であったと言わねばならない」(本文より)  すごいと思うのは、ハズレも多いであろうヤクザ映画を延々と観続けた著者の気力・胆力である。著者のヤクザ映画に対する並々ならぬ愛が感じられる一冊だ。気迫のこもった批評を読むと、普段手に取らないようなジャンルの映画も不思議と観てみたくなってくるのである。 (文=平野遼) ・大高宏雄(おおたか・ひろお) 1954年浜松市生まれ。明治大学文学部仏文科卒業後、執筆活動に入る。キネマ旬報『大高宏雄のファイト・シネクラブ』、毎日新聞『チャートの裏側』等を連載中。毎年一回、日本映画のイベント『日本映画プロフェッショナル大賞』(略称「日プロ大賞」)を主宰。今年で16回目を数えた。著書に『ミニシアター的!』『日本映画 逆転のシナリオ』(WAVE出版)等。近刊予定に『日プロ大賞16年史(仮)』(愛育社)。<http://nichi-pro.filmcity.jp/>
仁義なき映画列伝 これが日本のソウルムービーです。 amazon_associate_logo.jpg
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