
『原色日本島図鑑 日本の島433』
(新星出版社)
日本列島には、無人島を含め大小6, 852もの島が存在している。島とはオーストラリア大陸より面積の小さい、四方を水域に囲まれた陸地のことで、本州は世界第7位の大きさを誇る島である。領海と排他的経済水域の面積は世界第6位で、日本は世界でも有数の海洋国家であるのだ。
『原色日本島図鑑 日本の島433』(新星出版社)は、"島のスペシャリスト"として知られる写真家・加藤庸二氏が、日本にある島の中から433の島を厳選し、紹介した本だ。北は礼文島から南は沖縄・南西諸島まで、日本の有人島を網羅している。人口・面積・地理・歴史など島々の仔細なデータのほか、特産品や観光名所、その島の見どころなども掲載されており、「るるぶ」(JTBパブリッシング)のようなガイドブック的側面も備えた楽しい図鑑だ。380ページ超の大ボリュームで、『釣りバカ日誌』の作者・北見けんいち氏も絶賛する出来栄えとなっている。
この本の優れた点は、プロの写真家が手掛けた美しい写真とその点数の多さにある。臭い泥を塗りたくる宮古島の奇祭パーントゥや、仮面神ボゼが舞う悪石島のボゼ祭りなど、土地に伝わる風俗も丹念に取材されていて見る者を飽きさせない。軍艦島の愛称でおなじみの長崎県・端島や、三島由紀夫『潮騒』の舞台となった三重県・神島なども見逃せないスポットだ。北海道南西沖地震(1993年)の爪あとを残す奥尻島、2000年の噴火で発生した火山ガスがいまだ漂う三宅島など、ページをめくれば災害の記憶もよみがえる。
沖縄では「島ちゃび」という言葉がある。離島苦という意味で、物資の不足、運送・交通の不便、医療の不在、教育・福祉の格差など、島の生活にはさまざまな不便が生じる。電気が通り、飛行機が飛んでも、島の風景も生活も大きく変わることはない。この『原色 日本島図鑑 日本の島433』は、原色のままの島の風景とその暮らしをわれわれに伝えてくれる本だ。旅行計画に役立ち、写真を眺めて楽しめる。家庭に一冊、置いておきたい本である。
(文=平野遼)
●かとう・ようじ
写真家。東京都出身。島のスペシャリストとして知られる。旅・暮らし・文化・食・伝統・自然・辺境地・人物などを取材し、雑誌・新聞・ウェブなどで発表するフォトエッセイストでもある。1980年に創刊したダイビング・グラフィック雑誌「ダイバー」の初代編集長を務め、国内外で潜った島は150カ所を優に超える。最近では国土交通省の「島の宝100景」の選考委員を務めたほか、日本旅客船協会、国土交通省のフォトコンテストの選考委員長などを務める。(株)ワイドビジョン代表、(社)日本写真家協会会員。
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調査して分かった「英語を話したがる女性」と、日本的男女差別の実態

『英語は女を救うのか』(筑摩書房)
大多数の日本人にとって、英語は近いようで遠い存在である。中高6年間、英語を勉強したのにまったく話せない。そうした危機感を煽るように、電車に乗れば英会話スクールの広告を目にするし、書店に行けば英語の教材であふれている。
さらに、英語を話せるようになれば給料も上がるし、カッコイイし、異性にモテるのではないか。男性である筆者は、そうした幻想を少なからず抱くが、英語習得への欲求が男性に負けず劣らず強いとされる女性の場合はどうなのか? 英語を身に付けた女性たちの心理とは?
そんな疑問に応えてくれるのが、英語にかかわっている36人の女性にインタビューをし、社会学的に考察した『英語は女を救うのか』(筑摩書房)である。著者は、明治学院大学で英語の専任講師を務め、社会学者でもある北村文氏だ。今回、北村氏に"英語と日本女性の関係"をテーマに話を聞いた。
――北村さんはハワイに留学の経験もあり、現在は明治学院大学(以下、明学)で英語の講師として教鞭を執っていますが、この本を書くキッカケはそんな経験からですか?
北村文氏(以下、北村) 私が英語を大学で教え始めたのが2007年で、そのころから英語と女性の関係について考察しようというアイデアはありました。普段、大学で私は学生にすごく厳しいんです。そんな中でも、明学は女子が多いというのもあるんですが、私になついてくれる学生は女子ばかり。その子たちは「先生みたく英語を話せるようになりたい」と言ってくれる。そう言われてものすごくうれしいのですが、その反面、自分がこういう影響を及ぼす立場になったことを実感しました。世の中には、「女性は英語をできるようになりたがっている」という言説があふれていて、学生の中にもTOEICやTOEFLの学校に行って、大金を使ってしまった子もいる。私一人が英語の教員として「英語ができるようになるためには、大金を使ったりする必要はないよ」などと言っても、なかなか世間に浸透しないと思い、この状況を社会学的に見ていこうと執筆しました。
――私自身の経験や周りを見回しても、女性で英語が得意な人は多いですし、ワーキングホリデーや語学留学に行くのも女性が多いという印象があります。そこには何か要因があるのでしょうか?
北村 一般的には、日本社会は女性が能力を生かせる場所が少ないから、英語という下駄を履くと良い、ということが言われています。社会学者の仕事としては、そうした背景にある社会的要因を、いろいろな変数を使って統計的に考察すべきなのかもしれません。でも、私はそういうやり方が苦手で、個々の持っているライフストーリーの中に何かがあるんじゃないか、そう思って今回も多くの女性にインタビューをしたのですが、してみたら、女性たちは必ずしも一般的に言われているように、英語という下駄を履くことで仕事や人生の幅を広げているだけではないということが分かりました。
――確かに、日本の社会はいまだに女性に対して差別的だと思います。その中で、女性が仕事でやりがいを感じたり、出世をしたり、名誉を得たいと思ったりする時、英語はひとつのツールとなるのでしょうか?
北村 今回インタビューした女性の中には、フリーランスで翻訳の仕事をしている人が多かったのですが、そのうちの一人が言うには、「翻訳の仕事は末端の仕事」でしかなく、「重要なビジネス上の決定や交渉は男性がしている」と。彼女たちは、その周りの仕事を与えられているだけで、それが充実感や名誉につながるかといえば全然そうではなく、完全に黒子なわけです。その意味では、身に付けるのに時間やコストを要する割には、英語は使い勝手の悪いツールにとどまっているのではないでしょうか。ただ、コピー取りとデータ入力だけよりはましかもしれない。日本の中で英語を使って仕事をしていると言えば、「カッコイイね」とも言われますしね。
――また、本書の中で「英語にはジェンダー化されたイメージがある」と言っています。もう少し具体的に説明していただけますか?
北村 本書の中で、シェーン英会話の広告を取り上げていますが、その広告にはビジネスマン風の男性と主婦/OLといった感じの女性の写真があり、男性は「TOEICのスコアアップ」が打ち出され、女性は「わたしもはじめた!英会話」となっています。これがジェンダー化された英語のイメージを如実に表していると思います。男性にとっては、たくさんあるビジネスツールのうちのひとつでしかなく、それがなくても他のステップアップのツールや手段がある。でも、女性にとっては、それにすがるか、夢を見させるようなうっとりさせるようなイメージが常にあり、メディアがそれを増幅させていると思います。男性誌で英語の特集はあまり見ないですし、あったとしてもビジネスで使えるフレーズ集だったりしますよね。
――最近のビジネス誌だと、中国語が多いですね。
北村 なるほど、まさにそうだと思います。しかし、女性誌では「an・an」(マガジンハウス)が年に1回英語の特集を組んでいるほどです。私がバックナンバーを取り寄せようとしたら、売り切れていました。役に立つから売れるわけではなく、見ていて気持ちが良かったり、夢を抱かせてくれるから売れるのだと思います。
――夢を抱かせるような、ロマンチックな英語のイメージは、具体的に女性にどういう影響を与えていますか?
北村 メディアが夢を抱かせるようなイメージを発しているからといって、女性たちがすぐに英語に飛び付くかというのは別の次元の話です。やはり、送り手と受け手の思いが一致しないことが多いのではないでしょうか。私はメディアが勝手に煽っているだけで、女性たちはもっと冷ややかに見ていると思うんです。例えば、美容室などで雑誌を渡されて、つかの間を楽しんで閉じたらもう終わりで、自分の生活に戻っていく。その意味で消費者としての女性は、そんなに馬鹿ではないと思っています。
■ビジネスの現場でもめちゃくちゃの英語が氾濫中 !?
――世間では楽天やユニクロが社内で英語を公用語とするというニュースが注目を集めたり、会社によっては昇進の際にTOEICのスコアが求められたりする時代です。これらの企業に学生を送り出す側、大学の先生としてこのような傾向はどう思われますか?
北村 企業がグローバル化したら、日本語だけでやっていくのは難しいのはしょうがないというのはあります。ただ、英語を公用語として使う会社と昇進の条件として使う会社では状況が違うと私は思っています。昇進の条件として使う会社の中には、実際に海外出張がないのにTOEICのスコアを求めるところがあります。そういう会社は、「この人は本当に会社が求めるものにしっかり合わせて努力をするのかどうか」を見ていると思います。
――それはTOEICでなくても、例えば簿記の試験でもいいわけですよね?
北村 ただ、簿記のように等級ごとより、TOEICの方が点数にグラデーションが出るので分かりやすいという側面があるのではないですかね。
――企業がグローバルに展開すると、もちろん英語がネイティブでない人と話す機会が多くなりますね。例えば、インドや中国の人とでも英語で話すわけですが。
北村 おそらくそこで使われる英語はアメリカ英語でもイギリス英語でもなく、Pidgin(ピジン)英語になると思います。Pidginというのは、アメリカなどで移民の人たちが移民コミュニティーで使っている、すごくブロークンな簡単な英語です。実際にインタビューした中で、外資系の企業に勤めている方もいたのですが、一人の女性が言うには、めちゃくちゃな英語で社内で会話していますと。とにかく単語を並べて会話をしている人が、大きなビジネスをやっていたりするという話も聞きました。実際に世界中でそういうことが起きていて、英語という言語が、これは私が好んで使う表現ですが「撹乱」されてきているように思えます。英語が偉くて他の言語はダメ、という言語間の序列を、これからはたくさんのPidginがかき乱していくかもしれません。
――本書が出版されて1カ月(インタビュー時)がたちますが、出版後の反響はどうですか?
北村 インタビューした方々からポツポツと感想を寄せていただいているのですが、「自分の経験や自分の中でモヤモヤしていたものに言葉を与えくれたことで、こういうことだったのかと理解できた」という感想が一番うれしいですね。
――それはモヤモヤしていたものが、整理されたということですか?
北村 そうですね。社会学というのは、そのためにあると私は思っています。日常の混沌としたわけの分からない現実に語彙を与えて、それがなにか分かってくるというような。本書は一般書として書いたので、本当は「オリエンタリズム」や「言語帝国主義」などといった言葉を使うかどうか迷ったのですが、私は使わなければ意味がないと思い、使いました。もちろん、ちゃんと説明して分かるように使っているつもりです。やはりそういう概念やパースペクティブを与えられて、こういうことだったのかと世界の見方を与えられるのが社会学の醍醐味だと思うので、それができていればいいなと思います。
――ズバリ本書のタイトル通り"英語は女性を救いますか?"
北村 それは救う時もあるし、救わない時もある。それ以上のことは言えないでしょうね。救うとも思わないし、救わないとも思わない。「英語は女を救うのか」という問いは擬似問題でしかない、それが本書で私が伝えたかったことです。
(取材・文=本多カツヒロ)
●きたむら・あや
1976年滋賀県生まれ。東京外国語大学外国語学部卒業後、東京大学大学院人文社会系研究科、ハワイ大学大学院アジア研究科を経て現在、明治学院大学教養教育センター専任講師。専門は社会学(相互行為論、アイデンティティ論)、ジェンダー研究、日本研究。著書に『日本女性はどこにいるのか』(勁草書房)、『合コンの社会学』(光文社新書/共著)がある。
松本人志も食い付いた!? 壮絶カオス美少女萌え4コマ『あいまいみー』とは?

『あいまいみー1 』(竹書房)
かのブルース・リーは、映画『燃えよドラゴン』で少年に「Don't Think. Feel!」と言ったが、おそらくちょぼらうにょぽみ先生も我々に同じ言葉を投げ掛けているのだろう。
一部で熱狂的な支持を集める漫画家・ちょぼらうにょぽみ先生が、「まんがライフWIN」(竹書房)で連載中の萌え4コマ『あいまいみー』をご存じだろうか。作品自ら"常識にとらわれない4コマ"とうたっている通り、常識と無縁の個性的なキャラたちが、これまた浮世離れしたギャグを連発。独創的過ぎるその世界観に今、中毒者が続出しているのだ。
主な登場人物は、唯一のツッコミ役"愛"、無邪気過ぎる暴走少女"麻衣"、漫画を描くと触手が飛び出す"ミイ"、謎の壷を持ち歩くちょっぴりミステリアスな"ぽのか先輩"の4人。高校の漫研に所属する彼女たちの日常は、イキっぱなしで180ページの超大作エロ漫画を描いたり、撲殺されても壷に入ったら生き返ったり、頭がパカッと開いてちくわが出てきたり......と、愉快の域をはるかに超えた壮絶カオス空間が広がり、読んでいると次第にお手上げ状態へ。しかし心配は要らない。この漫画はそれでいい、それでいいのだ。
コミック1巻の発売から半年以上たった今、この作品が再び注目を集めるきっかけとなったのが、4月に放送されたテレビ番組『人志松本の○○な話』(フジテレビ系)。毎月7,000本以上の4コマ漫画を読んでいるという芸人の天津・向清太朗が、この時代には早すぎる漫画という意味を込め、「未来4コマ」として紹介。松本人志の口から「ちょぼらうにょぽみ先生」(実際は「にょぽらいちょぽみ先生」と言っていたが)と発せられたことで、漫画ファンが一斉にテレビを二度見し、ネットなどで再燃に至ったのだ。
『あいまいみー』のファンは口をそろえて言う、「とにかく読め」と。一見、突き放したような言いぐさだが、それはしょうがないことだ。なぜなら『あいまいみー』に関しては、「Don't Think. Feel!」以外の言葉が見当たらないのだから。
(文=林タモツ)
「なんでもない日が素晴らしい」都会の日常に溶け込む『東京空気公園』

『東京空気公園』(主婦の友社)
家や職場の近くに公園がまったくない、という人はたぶん少ないだろう。広くて有名なところでなくても猫の額ほどの大きさで、ベンチや遊具がちょっとあるだけの、名前も付いていないような公園なら、一つくらい思い当たると思う。都会の日常生活に溶け込んでいるそんなスペースを「空気公園」と名付けて紹介したガイドブックが『東京空気公園』(主婦の友社)だ。
著者・tsukaoは、ありふれた風景をはっとするほど魅力的に切り取った作風を生かし、郵便局の年賀状サイトや雑誌・音楽・広告などさまざまなジャンルで活躍する写真家。また、写真とマンガを融合させた作品づくりにも取り組んでいる。『東京空気公園』は、「空気公園」の風景写真と紹介コメントに、その公園からインスパイアされたショートコミックが加えられた構成で、著者の手腕がいかんなく発揮されている。
ショートストーリーには、公園ごとにさまざまな人・時間・シチュエーションが描かれている。それを読むと分かるのは、公園がどんなシーンにも対応している、とてつもなくフリーな場所であるということだ。
誰と行く?(ひとりで/友だち・恋人・家族と)、いつ行く?(朝/昼/夕方/夜、平日/休日)、何をする?(散歩/スポーツ/読書/食事/お酒を飲む/おしゃべり/ただ通り抜ける/何もしない)
これらをどう組み合わせもいい場所なんて、ほかにはなかなかない。しかも、お金もほとんど掛からない。
さらに、ちょっと極端に言えば、自分次第でどこだって公園にできてしまうのだ。例えばこの本では、原宿のファッション流行発信地・キャットストリートも「空気公園」として紹介されている。スタイリッシュなショップが立ち並ぶ中、植え込みやベンチが置いてあるスペースもあるが、そこを「公園」だと思っている人はあまりいないだろう。それでも、この本のショートストーリーに出てくるカップルのように、ちょっと座って休憩がてら、道行く人を見ておしゃべりすれば、そこはもう公園と言ってもおかしくない。
「日常の風景」とは単調なもので、カメラマンが撮った写真のようにキラキラして見えることなんて、ほとんどない。それでも、この本を見ていると「なんでもない日バンザイ! なんでもない場所バンザイ!」という気持ちがわき上がってきてしまう。
手元にあるだけで、空気をたくさん吸い込んで深呼吸した時のように気持ちがふっと明るく軽くなる一冊、うつ気味になりがちな時や、退屈を持て余した時、ぜひ手に取ってもらいたい。
(文=萌えしゃン)
●ツカオ
1977年5月生まれ、神戸出身。神戸大学卒業。写真家・菅原一剛氏に師事し、2006年に独立。雑誌・音楽・広告などさまざまなジャンルで活躍するかたわら、写真からインスピレーションを得てつづるマンガのショートストーリーを作成。誰の頭の中にもある、温かい記憶が蘇る作品づくりを心掛けている。
<http://tsukao.net/>
ビン・ラディンとSEX!? 珍公約を集めた『世界のとんでもマニフェスト』

『世界のとんでもマニフェスト』
(コスミック出版)
ドクター・中松、マック赤坂ほか、なかなかパンチのある候補者が出そろった先の東京都知事選。結果は石原慎太郎の圧勝に終わったが、外見・言動ともに奇天烈なホウマツ候補を見るのは、ある種、選挙の醍醐味と言えるのではないだろうか。
ホウマツ候補たちは大抵、突拍子もないことを言い出し、公約に掲げる。『世界のとんでもマニフェスト』(コスミック出版)は、当サイトで「へんな社会学」を連載中の夫婦ライター、のり・たまみ氏が、世界の珍妙な公約・政策・法律をまとめた本だ。エッチ系・自己中系・支離滅裂系・とんでも系など全8章にわたり、137の公約が紹介されている。自身の欲望であったり、ただの自己主張であったり、ホウマツ候補者たちは公の場でなかなか無茶なことを言ってのける。中には実際に施行されてしまった公約もあるから、市民にとっては迷惑極まりない話だ。とんでも公約を冷静に分析し、ツッコミを入れるのり・たまみ氏の解説がおかしい。
世界のとんでも公約を、本文から少しだけご紹介する。
■自己中系
日本のすべての財産は私「斉藤ハル義」のものです。人権も私しか持っていません。
(1993年衆院選 斉藤ハル義)
人権がなかったら、そもそも投票できないという矛盾。
■戦闘系
アルマゲドン世界最終戦争を起こします。あなたが誰とSEXしようと構いません。
(03年カリフォルニア州知事選 トレック・サンダー・ケリー)
前半から後半への飛躍がすごい。
■エッチ系
世界平和のために「ウサマ・ビン・ラディン」とSEXします。
(イタリア 愛の党)
ポルノ女優議員・チッチョリーナさんの設立した愛の党の政策。もはや実現不可能に。
■支離滅裂系
私は呼吸します。
(2003年カリフォルニア州知事選 ケビン・リッチャー)
選挙公報に載ったのがこの一言だけ。「存分にしてください」という感じです。
このほかにも「ところかまわずウンコすることを禁ずる(台湾)」「獣姦はなるべくしないでください(オランダ)」など、笑えるとんでもマニフェストがたくさんある。『世界のとんでもマニフェスト』は、腹がよじれるほど笑え、合コン・キャバクラで話題を作るのに役立ち、かつ世界の国情を知ることのできる良書だ。ただし、公共の場であんまり一人笑いをしていると不審者に思われかねないので、読む際はご注意を。
(文=平野遼)
・のり・たまみ
世の中の「とんでも」をこよなく愛し、日々「へんなこと」に目を光らせている人間世界ウッチャー。のり(夫)とたまみ(妻)の合同ユニット。主な著書に、『へんなほうりつ』『フ・アー・ユー?《世界の政治家お笑い発言集》』(ともに扶桑社)、『世界一へんな地図帳』(白夜書房)、『へんな国会』(ポプラ社)、『へんな婚活』『佐藤・鈴木・高橋讃歌』(北辰堂出版)など多数。
親に捨てられ聴覚を失い、12歳で来日した韓国人女性が"リア充"人生を謳歌してるワケ

金修琳氏。
世の中は不公平。そんなことはハナから分かっていても、「ゴールドマン・サックスを経て今はクレディ・スイスに勤務。花形職業に就く夫と可愛い盛りの娘あり。4カ国語を話せるアラフォーです」なんていうプロフィールを見ると、ため息のひとつも出てくるというもの。そんな女性が書いた半生記なんて、普通なら見向きもしないかもしれない。
だが、『耳の聞こえない私が4カ国語しゃべれる理由』(ポプラ社)の著者である金修琳(キム・スーリン)さんの場合、そのプロフィールの前半には「両親の離婚で捨て子同然の目に遭い、親戚や他人の家など次々とたらい回しにされ、さらには聴覚を失い......」という、あぜんとするほどの不幸が列記されているのだ。
現在のリア充っぷりとはあまりにギャップがある子ども時代。この金修琳という女性、いったい、どんな人生を送ってきたのだろうか?
■4カ国語を覚える方法
――修琳さんが話せるのは、韓国語・日本語・英語・スペイン語とのことですが、耳が聴こえないにもかかわらず、4つもの言語を習得するに至ったのはどういう理由があったのでしょうか?
「私は韓国のソウルで生まれた韓国人ですので、韓国語は母国語として覚えました」
――生まれつき聴こえなかった、というわけではないんですね?
「はい。6歳までは聴こえていたようです」
――著書を読むと、修琳さんは幼いころからかなりご苦労されているようですが......。
「そうですね。つらいこともありましたね(笑)」
そうカラッと笑う修琳さんだが、実際には「つらい」という言葉が軽く聞こえるほどの目に遭っている。生まれて間もなく両親が離婚、4歳になって捨て子同然で預けられた父方の親戚の家でネグレクトを受け、母によってようやく救出されたかと思いきや、今度は母が日本へ出稼ぎに出たためまた離れ離れに。修琳さんの養育費として用意されていた金を、祖母が勝手に我が息子への投資と教会への布施に横流ししたせいで貧乏のどん底に。そんな生活の中、失われていった聴覚。そして、突然日本に連れて来られ、右も左も分からない異国の赤の他人の家で暮らすことになる......。
これが小学6年生になるまでに起こったことというのだから、韓流ドラマも顔負けだ。
「日本語は生きていくために覚えました。座学で覚えたのではなく、生活の中でマスターしていったんです。当時、私は12歳。子どもって、環境に慣れることも言葉を覚えることも大人の何倍も早い。きっと、大人より生き抜く力が強いんでしょう。日本人のファミリーと生活を共にし、日本の普通学校に通いましたので、当然同年代の子どもとの交流が盛んになる。そうすると、日本語を覚えないとケンカもできないんですよね(笑)」
――ああ、なるほど。「ケンカ上等!」のために覚えた言葉だった、と(笑)。しかし、それだけで本当に覚えられるものなんですか?
「預けられた日本人ファミリーの家で覚えたというのもありますが、一番大きかったのは、タナカさんという同級生の存在でした。彼女が、毎日毎日根気よく私が発音練習する相手をしてくれたんです。彼女が教えてくれる口の動きをそのままマネして、家に帰ると家族を相手にアウトプットする生活を送っていたら、非常に早く覚えられました。彼女とは、成長するにつれ、いろいろな事情が重なって疎遠になっていったのですが、今でも心から感謝しているし、もし会えるのなら会いたいと思っています」
読者の中には、「では、このインタビューはどうやって行われているのか?」と気になる方もいるかもしれない。たとえ聴こえないながらも修琳さんが「話す」ことはできるとして、では「聴く」方もできない限り、「会話」は成立しないのではないか、と。答えは、「読唇術」。修琳さんは、こちらがちょっとだけ大きめに口を開けてはっきりと話しさえすれば、唇の動きだけで十分相手の話していることを理解することができるのだ。
修琳さんは、こちらの話に自然に相づちを打ち、時にはケラケラと笑う。こちらとしては、彼女が聴覚を失った人間だとはとても思えない。しかし、それが可能となるためには、並々ならぬ努力があったわけである。
――では、英語は? 高校を卒業してからイギリスに留学して勉強されたとのことですが。
「英語の習得は本当に大変でした。英語力がほとんどゼロの状態でイギリスに渡航したものですから。小学6年生から高校まで日本で学校に通っていたものの、耳が聴こえないせいで国語と英語はとても成績が悪かったんです」
――日本語習得のようにはいかなかったわけですね。
「ええ。そもそも 『I』という字をなんと発音すればよいのか分からない。テキストを数行読むだけでも、何日もかかるような状態でした。大げさに言うとヘレン・ケラーみたい。のどや口、舌に触ってどういう動きをしているのか確かめながら、発音を覚えたんです。ただ、発音の仕方を覚えても、それを声にできるまでにまた時間がかかる。それに、覚えた音が合っているのかどうかは自分で確認できない。だから、知っている人全員に聞いてもらって、相手が理解できるか確認するというのを学校でもホームステイ先でもやっていました。渡英前は自分を言語の天才のように思っていたんですけど、とんでもなかった(笑)。偉そうになっちゃいますけど、聞こえない状態で新しい発音を覚えるのは、並大抵の努力ではできません」
――それが、今では仕事で使うことができるレベルになっている、と。
「もちろん私は自分の声だって聴こえないわけですから、いまだに自分が正しく言えているのかどうか、本当のところは分からないままではあるんですけどね。でも、通じているからとりあえずは大丈夫なんじゃないですか」
――そして、最後にスペイン語。また同じ努力を繰り返すのかと思うと嫌にならなかったんでしょうか?
「人間って欲深いでしょう? せっかく3カ国語を話せるんだから、もう1カ国語やろうっていう気持ちで挑戦したのが、スペイン語だったんです。スペイン語は読み方がほとんどローマ字と同じだから、いくつか特別な発音を覚えられてしまえば、英語よりは難しくありませんでした。英語のように一つひとつ覚える必要がなかったので、会話ができるようになるのも早かった。だから、スペイン語は楽しく勉強しました」
■人生を切り開いていくために必要なものは?
本書ではもうひとつ見逃せない点がある。それは、修琳さんのサバイバル能力の高さだ。先ほど紹介したように、修琳さんは子どものころから波乱万丈の人生を送っている。大人になってからも、2度のうつ病を経験するなど、平凡な道を歩めたわけではない。しかし、何か困難にぶち当たるたび、あがき、周りを巻き込み、最終的には自分の望みをかなえてしまうのだ。
――修琳さんは何度もつらい目にも遭っていますが、そのたびに自分でなんとかしようと突っ走りますよね。どうして、そういうことができるのでしょう?
「もともと楽天的だからじゃないですか? 悩みがあっても、その場その場で解決できる方法を探してきたので、人生を通して大きな悩みがあり続けているかというと、そうでもないです。2度、うつにもなりましたから、それなりに何かあったんでしょうけど、今思えば何に悩んでいたのかが分からないんですよ」
――耳が聴こえないことで、人より苦労しているとか、損をしていると思うことはないのですか?
「ないですね。周囲には『いろいろ苦労があるでしょう?』と言われますが、自分では『別に?』って感じで。確かに、耳が聴こえないと、コミュニケーションがうまく取れずに人間関係が難しくなることがよく起こります。でも、コミュニケーションの難しさに悩むのは、聴こえる人も同じですよね。ハンディがあるから、とか、私だからという特別な悩みにはなり得ないでしょう?」
――それは確かに。でも、修琳さんのようにアクティブに動いて、それを解決に結び付けるバイタリティーがある人は少ないかもしれません。だんな様だって、出会い系サイトで見つけたんですよね? 普通は、サイトに登録するところでちゅうちょしますが。
「じっと考えていても始まらないですから。アクションを起こさないと結果は出ないし、チャレンジしてみないと悔いが残りますからね」
――今は子育てに四苦八苦しているとか。
「そうなんですよ。もう、2歳児なんて悪魔です、悪魔(笑)。でも、日に日に成長して、最近は『自分のお母さんがほかとはちょっと違う』ということが分かり始めたみたい。どうやれば私に自分の思いを伝えられるのか、彼女なりに模索しているようです。ただ、私が聴こえないせいで娘を危ない目に遭わせるんじゃないか、というのが目下の悩みかもしれません」
――でも、今はお幸せだ、と。
「幸せです。人並みに、幸せです。でも、もっと幸せになりたいです(笑)」
(取材・文=門賀美央子)
●きむ・すーりん
1972年、ソウル生まれ。聴覚障害を持ちながらも、韓国語・日本語・英語・スペイン語の4カ国語を話す。小6の時に日本へ。高校卒業後、イギリスへ留学。短大卒業後、王子製紙に就職し、4年後に退社。貯金が尽きるまで、3年間で世界30カ国を放浪する。帰国後、米金融大手ゴールドマン・サックスに入社。現在は同じく金融大手クレディ・スイスに勤めながら、2歳の愛娘の育児に奮闘中。
大のオトナのマジ工作。ゴム銃作家たちが作った名品の数々『ゴム銃大図鑑』
なぜ人はゴムを見ると飛ばしたくなるのか。それはゴムがよくしなるからだろう。最初は指で弾いているだけだったが、やがて人はそれを銃の形態にまで進化させた。それがゴム銃である。指で弾くより正確に標的をとらえ、射程もはるかに上回る。割りばしなどを用いて作ったことがある人も多いのではないだろうか。 誰でも簡単に作れるゴム銃だが、なかなか奥深い世界であるようだ。市井には多くのゴム銃愛好家がおり、日本ゴム銃射撃協会には2,348人(2011年5月現在)ものメンバーが所属している。『ゴム銃大図鑑』(社会評論社)は、日本ゴム銃射撃協会のメンバーが作った246挺の名作ゴム銃を掲載した本だ。掲載された銃はすべてオリジナル・ハンドメイドで、製作者の名前や製作年なども記載されている。日本ゴム銃射撃協会理事長の中村光児氏が監修を務める、なんともゴム銃愛にあふれた一冊だ。 ゴム銃といっても、大人が本気で作るそれはチャチなものではない。秀逸なフォルムに多彩なギミック、ユーモアたっぷりの逸品ぞろいだ。割りばしで作ったオーソドックスなもの、アルミやヒノキを使った重厚なもの、ワルサーやモーゼルなど名銃を模したものなど種類はさまざま。装弾も単発式、連発式、散弾銃に、なんと200発を連射できる機関銃まで存在する。孫の手を銃身に用いた「アルサー ゴトハンド」や、ヒノキをカメレオンの形状に掘り出した「カメレオニック2002」なんて珍品も。仕事から帰ってきたオトウサンが、日々熱心にゴム銃を作っている姿を想像すると、なんだかかわいらしく思える。 週に一度の休みも、ただゴロゴロ過ごしているだけじゃ味気ない。日曜日を持て余している方は、この『ゴム銃大図鑑』片手に、ゴム銃作りにチャレンジしてみてはいかがだろうか。きっと、子どものころに抱いたモノヅクリの喜びを思い出させてくれることだろう。 (文=平野遼) ・なかむら・こうじ 1959(昭和34)年、東京生まれ。東京都狛江市在住。大阪芸術大学映像計画学科卒業。会社員。2000年日本ゴム銃射撃協会設立。理事長兼東京都支部長。日本ゴム銃射撃協会公式ホームページを含むインターネットサイト、ゴム銃のページを運営。ゴム銃でテレビ・ラジオ出演、新聞・雑誌掲載多数。講演、ゴム銃製作教室、イベント参加も豊富。趣味、ゴム銃・釣り・狩猟・キャンプ。『ゴム銃大図鑑』(社会評論社)
名言ありドラマあり 職人ワザに唸る『ニッポン工場の鳥肌技術』

『ニッポン工場の鳥肌技術』
(スコラマガジン)
電車の窓から見かける灰色や錆色をした建物。一部のマニアを除けば、地味で無機質な雰囲気漂う工場の姿に気を留める人などほとんどいないだろう。
しかし一口に「工場」といっても、一歩中に足を踏み入れれば、身近なあんなものから、名前どころか存在することすら知らないディープな部品まで、取り扱われるモノはさまざま。そしてその製作過程には職人による技術が詰まった、めくるめく世界が繰り広げられている。
実際に工場の中に入ることはなかなか難しいが、それをのぞき見ることができるのが、この『ニッポン工場の鳥肌技術』(スコラマガジン)だ。
「誌上工場見学」と称された誌面をめくっていくだけでも、マンホール・かんな・ラバーマスク・へら絞り・義肢など、紹介されている製品・技術の多様さに驚きを覚える。「よく見るものだけど、こんなふうに作られているんんだ」という再発見と、「こんな技術があったんだ」という新鮮さが入り混じるラインナップである。
また、豊富なカラー写真も「これがあの製品になるの?」というアハ体験の宝庫。複雑なつくりの製造マシンや、小さな部品、鮮やかなオレンジ色に熱されて形を変える最中の鉄などを、完成品とじっくり見比べることができるのは、まさに「工場見学」の醍醐味だ。
「工場萌え」と言われるような、工場の佇まいに惹かれる人だけでなく、普段は工場に興味がない人ほど、現場のそこここに散らばるこれらの「センス・オブ・ワンダー」を強く感じるだろう。
そして、もうひとつの見どころは、本書で「鳥肌ポイント」とうたわれる職人たちの製品・技術に対するこだわりだ。
取材中にふと見つけた製造品の小さなバリ(はみ出した部分)取りに熱中し、記者をそっちのけにしてしまう技術者が紹介されているが、職人たちは皆そのように、自分の取り扱う製品・技術に対して、高い意識を持っている。その意識と熟練の手技で、日々安定したクオリティーを提供し続けている職人たちから出る言葉の説得力は、どんな偉人よりも確かなもの。
例えば、包丁をつくり続けて65年の鍛冶職人の「鉄と対話せなあかん」という言葉、爪を切った跡や細かい毛まで持ち主に合わせて再現したリアルな義肢をつくる製作所の「(使う人と)たくさんお話しして、人柄を知る」というモットー、新幹線や飛行機にも使われる「絶対に緩まないナット」を考え出した社長の「努力していない人に神さんはヒントを教えてくれませんのや」という一言など、モノに裏付けられた言葉には唸るしかない。
工場が持つ無骨な見た目とは裏腹に、写真あり、ドラマあり、名言ありの鮮やかな絵巻物のような1冊。次に工場を見かけたら、中の様子思いを馳せてしまうこと請け合いだ。
(文=萌えしゃン)
もう一人でするのは嫌だ! セックスレス夫婦の悲哀を描く『ミッドナイト』

『ミッドナイト』(リトルモア)
セックスレスの夫婦が急増している。日本家族計画協会が行った「男女の生活と意識に関する調査」によると、直近の1カ月間、性交渉をしていない有配偶者の割合は40.8%(2010年)と過去最高。10年前と比べ、10%以上増加している。また、1年間にわたり性交渉をしていない夫婦は24.9%、全体の4分の1の夫婦が深刻なセックスレスにある。独身者でも、日本人の年間性交回数は平均48回と世界最低水準だ。
夫が性欲を催さないケース、妻が拒むケースと、事情は夫婦によりさまざま。『ミッドナイト』(リトルモア)は、セックスに消極的な妻を横目にセンズリをかく男の悲哀を描いた小説だ。電子書店「パピレス」などで小説を発表している福島幸治氏の、初の単行本となる。マンガ『鈴木先生』(双葉社)の武富健治氏が描いた迫力ある装画が目を引く。
"俺"33歳、"嫁"28歳。結婚して半年がたち、性交するペースは多くて月2回ほどにまで落ち込んでいた。"俺"は嫁の身体を求めるが、嫁は「疲れた」となかなか応じてくれない。揚げ句「一人でして」と言い放たれる始末で、"俺"の性欲は我慢の限界に達している。「一人でするのはもう耐えられないんだよ~!」。嫁が関西の実家に帰った夜、とうとう"俺"はデリヘル嬢を呼ぶに至る。哀しい三十代男の性の探求はどんどん深みにハマっていき......。
主人公はうだつの上がらないダメリーマンであるが、性に対しては切実である。嫁に金を払ってフェラチオを要求し、土下座して「やらせてください!」と懇願する。その真剣な姿は滑稽であり、行動すべてがことごとく空回りするさまは、妻帯者なのにどこか童貞くさい。大事なのは年齢でも、婚姻経験でもない。現代における夫婦の関係性を問い直す風俗小説であり、アラサー男が童貞膜を破り、ひとつ上の男へとステップアップするビルドゥングス・ロマン(成長物語)だと言える。この『ミッドナイト』読後は、恋人の、伴侶の寝顔も一段といとしく思えるのではないだろうか。
(文=平野遼)
・ふくしま・こうじ
1975年京都府生まれ。高校卒業後、劇団、お笑い活動を経て、上京する。アルバイトの傍ら小説を執筆。電子書店「パピレス」(http://www.papy.co.jp/)で連作短編『出会いロール』を読むことができる。本書は書き下ろしで、単行本デビュー作。
吃音に悩んだ女性教師の実話がベース 青春小説『吃音センセイ~桜舞う校庭で』

著者の佐藤文昭氏。
「......のどの奥に空気の塊がつかえたように、声が出ない。音が出ない。京子はやっとの思いで声を絞り出した。『あ、あ、あの、あの、あた、し......こ、こ、こえが......』」(本文第1章 小さな心の中でより)
大好きな母が病で死んでしまうかもしれないとのショックから、突然、吃音(きつおん)になってしまった5歳の少女・京子。伯母からは「なんの遊び?」と怪訝な顔をされ、父親からは「はっきり言わんかい!」と叱られる日々。小学校入学後も症状は治まらず、教科書を強引に最後まで読ませようとする教師と、それを嘲笑する生徒たち。周囲の無理解と心ないイジメから京子を救ってくれたのは、同級生との淡い恋と、大学で出会った恩師の大きな愛だった──。
『吃音センセイ~桜舞う校庭で』(佐藤文昭著/講談社)は、吃音というハンディを抱えながら教師になった、実在の女性をモデルに描かれた小説である。執筆したのは、函館市で経営コンサルティングなどを手掛ける佐藤文昭氏(30)。4年ほど前に佐藤さんが講師を務めた教材関連のセミナーで、モデルとなる井坂京子さん(仮名)と出会ったのがきっかけだった。
「井坂さんは以前から、ご自分が吃音を改善した方法を教材としてまとめ、同じように吃音で苦しんでいる人たちの役に立ちたいと考えていたようです。たまたまネットで私のセミナーを知り、教材作りの方法を尋ねてくださったのです」
これを受けて佐藤さんは吃音改善の教材作りを進めていくが、その過程である考えが浮かぶ。それは、井坂さんの波乱に富んだ人生を一冊の本にまとめ、多くの人に伝えたいというものだった。
「壮絶なイジメに遭いながら、子ども心に死すら考えたという彼女が、どのように悩みを克服したのか。そして、人前でしゃべらなければならない教師という職業をなぜ選んだのか。井坂さんの人生は、同様の悩みを抱えている人々に強いメッセージになると思ったんです」
佐藤さんの提案に対して、当初は「個人的な体験をさらけ出すことは......」と消極的だった井坂さんだが、「ノンフィクションではなく、あくまで架空の小説という体裁なら」と快く承諾。井坂さん以外の吃音で悩む人たちの体験談も織り交ぜながら、事実をもとにした「青春小説」に仕上げられた。
吃音とは一般に「どもる」症状のことを指すが、厚労省の調査では国内の吃音者の約8割が自然治癒しているという。また、完治しない人についても「吃音とは人生を通して上手につきあっていくという選択肢もある」(日本吃音臨床研究会HPより)とする専門家の指摘もある。多様性を認めながら支えあう共生社会の確立が、今の日本には強く求められていると言えるだろう。
著書の佐藤さんが言う。
「価値のある人生を生きなければと多くの人は悩みますが、井坂さんとお会いして、生き抜くことにこそ価値があるのだと思うようになりました。この本を通して、多くの人にそのことを伝えることができればうれしいですね」
同著は現在、ドラマ化に向けても準備が進められている。実現すれば、より多くの人に佐藤さんの思いを伝えることができるだろう。










