不安、怒り、悲しみ……福島の子どもたちが描く"あのとき、きょう、みらい"

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『ふくしまの子どもたちが描く
あのとき、きょう、みらい。』
(徳間書店)
 赤や青、黄色に緑と、色とりどりの原色の絵の具を使用して描かれた子どもたちの絵。人々や動物たちが笑顔で描かれるこれらの絵を眺めていると、思わず顔がほころんできてしまう。だが、これらの絵が、被災地の子どもたちが描いたものであると知れば、そのほころびも薄れてしまうだろう。福島県相馬市に暮らす小学生たちの絵を集めた『ふくしまの子どもたちが描く あのとき、きょう、みらい。』(徳間書店)が刊行された。  編者である蟹江杏氏は、版画家として絵本の挿画や子どものお絵かきワークショップなどを行う人物。彼女は震災の翌日から、「被災地の子どもたちに絵本と画材を!」プロジェクトを開始した。かねてからの知り合いである、相馬市の教育委員会に勤務する佐藤史生氏を通じて、子どもたちに画材や絵本などを贈るこのプロジェクトでは、結果的に相馬市に7,500冊あまりの絵本と多くの画材を送ることに成功した。  また、4月初旬には実際の子どもたちの顔を見るため、蟹江氏は相馬に足を運ぶ。そこで、お絵かきワークショップを行った際、ある女の子は「私の描いたものを、みんなに見てもらいたい」と語ったそうだ。その真っ直ぐな言葉は蟹江氏を動かし、総合学習の授業として「ふくしまそうまの子どものえがくたいせつな絵展」を企画、各地で好評を集めたその展示は本書へと結実する。  そんな経緯とともに、本書に掲載される小学生たちの作品はおよそ120点。9.3メートルの大津波によって、相馬市では死者456人、行方不明者3人の被害を記録した(10月3日現在)。その中には、下校途中に津波に巻き込まれた小学生もおり、近親者が津波に流されて命を落とした生徒も少なくない。大人ですら乗り越えることの難しいこの事態に直面し、子どもたちは何を感じたのだろうか?  はじめ、子どもたちに出されたお絵かきのテーマは「新しい町」だった。色とりどりの絵の具を用いて、自分の理想とする「新しい町」を描く子どもたち。これからの時代を作る彼らが描く相馬の町は希望に満ち溢れた姿をしている。しかし、その後、より自由に描かせるためテーマを設定せずに画用紙を渡したところ、「放射能で外に出られないから、川で遊びたい」という願望を描いた子どもや、かつてあった平和な海を描く子ども、そして大津波で街や家が飲み込まれる様子を描いた子どもも多かった。ある少年は「津波の絵を描いてスキッとした」と担任の先生に話したという。彼は津波で自宅が流され、祖母を亡くした。  子どもたちは「素直で純粋」なだけではない。希望と共に、不安や恐怖といったネガティブな感情が、癒やされることのないままに同居している。だから、「津波の被害を乗り越える」「未来への希望に溢れている」といった先入観を捨て、じっくりと子どもたちの描いた絵に目を向けてほしい。そこには希望や無邪気さだけではなく、不安、怒り、悲しみ、さまざまな感情も未整理のままに描き出されていることに気づくだろう。絵画は、作者だけでなくそれを鑑賞する人を照らし出すものだ。子どもたちの絵から、あなたは一体どんなメッセージを読み取れるだろうか?  津波によって、すべてが洗い流された町は、視点を変えればあたかも真っ白な画用紙のようなもの。そこにどのような「新しい町」を描いていくのかは、子どもたちだけでなく、大人も一緒に考えていかなければならないことだ。 (文=萩原雄太[かもめマシーン]) ●かにえ・あんず 東京生まれ。版画家。自由の森学園卒業後、ロンドンで版画を学ぶ。帰国後、国内外で作品を発表する一方、絵本、ポスター、舞台美術なども手がける。ライフワークとして子どものためのライブペインティングや、ワークショップも行っている。著書に『夜ごと消えるお姫さま』『あんずリズム』(アスラン書房)など。
ふくしまの子どもたちが描く あのとき、きょう、みらい。 無邪気さの裏に。 amazon_associate_logo.jpg
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<東北>ってなんだ!? 異色の日本近代史『こども東北学』

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『こども東北学』(イーストプレス)
 "だれも教えてくれない、この世を生き抜くために大切なこと"が詰まった教養書シリーズ『よりみちパン!セ』。これまで、みうらじゅん氏の『正しい保健体育』や、西原理恵子氏の『この世でいちばん大事な「カネ」の話』、以前このレビュー内でも紹介した平沼正弘氏の『世界のシェー』(※記事参照)など、書き手の独特の視点と、ちょっと尖った内容で中学生から大人まで幅広い世代から支持され、のべ55冊以上、累計180万冊の大ヒットを記録してきた。  だが、昨年10月、版元だった理論社が民事再生法適用を申請。その後の動向が注目されていたが、今年8月、全シリーズがイースト・プレスに引き継がれることとなった。   そして、その第1弾となる新刊『こども東北学』が刊行された。  タイトルから察して、震災以降、常に注目され続けている東北地方をテーマに、「歴史や地理について、子ども向けに分かりやすく書かれている本」かと思いきや、ぜんぜん違うのだ。  そもそも、"東北学"とはどういうものなのか。   「まん中じゃないところにも目を向けてみよう」 「ほんとうに、まん中なんてあるのかな」  と、何やら大きな話から始まる本書。「んっ、どういうこと?」と、初めはちょっと戸惑うのだが、読み進めていくと、「東北学」とは、東北地方を知るという側面だけではないことに気付かされる。"まん中"、例えば、東京のような大都会や、どこかしら発展している場所で暮らす人々の考え方を基準として物事を考えるのではなく、北海道や沖縄、もっといえば、差別・貧困・お年寄りなど、ありとあらゆる"まん中"からはみ出てしまった場所や物事のことを、<東北>と捉え、中心にして考えてみよう、という学問なのだ。  おじいちゃんやおばあちゃんの昔話であったり、宮城県の三陸沿岸部、50戸ほどから成る小さな村の出身である著者の山内明美氏が、村で過ごしてきた記憶をもとに、東北の"ふつう"が伝わる内容になっていて、どんどん惹き込まれていく。  小学生のころ、将来、都会に出て困らないようにと、毎週水曜日にみんなで標準語の発音練習をしていたこと。何か始末に負えない出来事が起きると、お茶飲みをしているおばあちゃんたちが「狐に化かされたなぁ」と真面目な顔で話し合いをしていたこと。中学校に入るか入らないかのころ、父親に「自分で食うコメは自分で作れ」と言われ、小さな田んぼをもらい、約150キロのお米を収穫したこと。  そして話は、都会で使う電気を作るための原発が、なぜ東北にやって来たのか、と続いていく。  今でこそ、米どころとして有名な東北。けれど、もともと東北は寒冷地であり、実はコメを作るということは大変難しく、自然災害も多い。ひとたび飢饉(ききん)が起きれば、村は全滅。7、80年前までは、若い女性には「娘売り」なんてこともあった。それゆえ、日本の近代化への歩みの中で、出稼ぎを生み、ついには原発誘致という結論を導き出してしまったのか......。  山内氏もまた、今回の大震災の被災者。 「村は、まるで爆弾を落とされた跡のような戦場となり、何も残っていなかった」「甚大な地震と大津波、そして原発事故を前にして、一歩も進めそうにない自分がここにいる」としながらも、100年後の東北で暮らすひとびとを想像し、<東北>の未来を描こうと、執筆している。  "まん中"になり得なかった東北の人々が、どうやって生きてきたのか。何度も読み返すことで、じわじわと「東北学」の奥深さが伝わってくる1冊だ。 (文=上浦未来) ●やまうち・あけみ 1976年宮城県生まれ。慶応義塾大学環境情報学部卒業。現在、一橋大学大学院言語社会研究科博士課程在学中。専攻は、歴史社会学、日本思想史。20代前半より民俗学者の赤坂憲雄氏に私淑、大学時代は社会学者の小熊英二氏に学ぶ。論文に、「自己なるコメと他者なるコメ――近代日本の<稲作ナショナリズム試論>」「近代日本の<稲作ナショナリズム>」など。著書に『「東北」再生』(共書、イースト・プレス)などがある。
こども東北学 生きる術。 amazon_associate_logo.jpg
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グッドデザイン賞受賞! マンガに書き込む新感覚の日記帳『マンガ手帳2012』

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 2011年を象徴する漢字は何になるだろう。大震災の年として記憶されるであろう2011年も、もうすぐ年の瀬。忘れがたい出来事だが、気持ちも新たに新しい年を迎えたいものだ。2012年はうるう年で、ロンドン五輪も開催される。明るい年となることだろう。 そんな新しい年にオススメしたいのが、『マンガ手帳2012 いがらしゆみこ編』『マンガ手帳2012 タツノコプロ編』(ともに東京書籍)の2冊。マンガの吹き出しの空欄に、その日の予定や出来事を書き込むという新しいスタイルの日記手帳。マンガはなんと『キャンディ・キャンディ』でおなじみの巨匠・いがらしゆみこと、『ヤッターマン』『科学忍者隊ガッチャマン』などタツノコプロの2バージョンがあり、男女ともに楽しめる内容となっている。2011年度グッドデザイン賞を受賞した、非常に凝った作りの本だ。
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各コマに日付、曜日がふられている。
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「スイヨォ~」という仔ヤギの鳴き声がかわいい。
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雨×ネコ×不良。少女マンガの王道的展開。
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若い子が分かるのか、ジェネレーションギャップが気になるところ。
(c)タツノコプロ
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いろいろと期待してしまう日の1コマ。
(c)タツノコプロ
 コマとその日にあった出来事がピタリと合えばうれしいし、逆にギャップがあっても面白い。学齢期のお子さんも、絵柄が懐かしいミドルエイジも『マンガ手帳2012』、ぜひお試しあれ。何事もない日々も、この手帳に綴っていけば楽しい365日となることうけ合いだ。 (文=平野遼) ●いがらしゆみこ 漫画家。1950年8月26日生まれ。北海道旭川市出身。北海道札幌市在住。68年、集英社「りぼん」に掲載の『白い鮫のいる島』でデビュー。代表作に『キャンディ・キャンディ』(原作 水木杏子)、『ジョージイ!』(原作 井沢満)、『メイミーエンジェル』など。77年、『キャンディ・キャンディ』で第1回講談社漫画賞受賞。『キャンディ・キャンディ』、『ジョージイ!』、『ムカムカパラダイス』がテレビアニメ化。 ●タツノコプロ アニメーションの企画・制作会社。1962年10月19日、漫画家の吉田竜夫が弟の吉田健二、久里一平らとともに設立。漫画のプロダクションとしてスタート。1965年の「宇宙エース」、67年の「マッハGoGoGo」からアニメ制作を本格化。以後、「世界のファミリーに夢を」をモットーに、「科学忍者隊ガッチャマン」「タイムボカンシリーズ」など、多数のヒット作品を世に送りだしている。 ●MORNING GARDEN INC.(もーにんぐ・がーでん・いんく) グラフィックデザインを核に、数々の広告および書籍の企画、製作を行う。2010年より『マンガ手帳』(東京書籍)の編集を始める。
マンガ手帳2012 いがらしゆみこ編 普通の手帳に飽きた人に。パート1。 amazon_associate_logo.jpg
マンガ手帳2012 タツノコプロ編 パート2。 amazon_associate_logo.jpg
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効率至上主義の真逆を突き進んだ男、伝説のシネアスト(映画人)相米慎二

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『シネアスト 相米慎二』
(キネマ旬報社)
 男は竹刀を手にしていた。男の足元は下駄履きかサンダルが多かった。ヒゲ面の男の職業は映画監督だった。男はキャストを名前で呼ばず、「ゴミ」「タコ」「ガキンチョ」「敵」と呼んだ。撮影現場では朝9時からテストが始まったが、カメラが回り出すのは夜になってからだった。カメラが回ればいいほうで、一度もカメラが回らないまま1日が終わることも珍しくなかった。主演俳優が「どこがダメなのか?」と尋ねても、「ダメだ」「もう一回」としか答えなかった。スタッフも慣れたもので、誰も文句を言わずに夕方から機材の準備に取り掛かかり始めた。あるスタッフが1シーンのテストを何度繰り返すか数えてみたら、100回同じことをキャストは繰り返させられていた。さんざん苦労して撮ったシーンを、編集段階でばっさりカットしてしまうことも少なくなかった。男は撮影現場でさまざまな伝説を残した。  男は岩手県盛岡市で生まれ、小中高校を北海道で育った。男が8歳のときに父親は亡くなり、残された家族は北海道を転々とした。やがて男は映画館で過ごすようになっていた。当時はまだ映画が娯楽の王様であり、北海道の小さな町にも映画館があり、いろんな世代、さまざまな職業の人たちで賑わっていた。男が少年期を過ごした時代は溝口健二監督が存命で、『新・平家物語』(55)などが公開されていた。高校を卒業した男は上京して、中央大学に入学する。といっても学生紛争華やかな時代で、男はろくに大学に通わないままドロップアウトしてしまう。後年、何度かインタビュアーが大学時代について質問するが、男はあまり話そうとはしなかった。  大学を中退した男は食べていくために、日活で契約助監督として働き始める。曽根中生監督のロマンポルノ作品に就くことが多かった。しばらくすると、年齢の近い助監督仲間の長谷川和彦から声を掛けられた。男は日活を離れ、長谷川和彦の監督デビュー作『青春の殺人者』(76)、そして『太陽を盗んだ男』(79)のチーフ助監督を務めることになった。『太陽を盗んだ男』は話題を呼んだものの、興行的にさっぱりだった。勝負作がコケ、長谷川監督は映画を撮れなくなってしまった。一方、30歳を過ぎた男に監督デビューの機会が舞い込んだ。柳沢きみおの人気漫画を原作にしたアイドル映画『翔んだカップル』(80)の企画だった。男はデビューして間もない薬師丸ひろ子と出会った。  薬師丸ひろ子は顔よりも"アンヨ"をドンと突っ張って芝居をするときの姿がいいと男は感じた。そのため、カメラはアップよりも引いた構図が多くなった。また、カットを割ってしまうと彼女の芝居の良さが目減りしていく。その結果、1シーン1カットの長回しが多用された。『太陽を盗んだ男』の不入りをカバーするための低予算映画だったが、薬師丸ひろ子の人気とアイドル映画らしからぬ内容で、大ヒットではないものの興行的には成功を収めた。すぐさま、薬師丸ひろ子を全面に押し出した『セーラー服と機関銃』(81)が作られた。主演女優ありきの映画だったが、相変わらず男は厳しかった。この作品で共演した寺田農は、薬師丸ひろ子が男の名前を呼び捨てにして「死ね~!」と叫び泣くのを見ている。『セーラー服と機関銃』は登場人物がどんどん死んでいく、お正月映画とは思えぬ異様な作品だった。ラストシーンも薬師丸ひろ子がセーラー服姿で赤いハイヒールを履き、『七年目の浮気』(55)のマリリン・モンローの真似をするという不可解なものだった。ひとりの少女が大人の女になる瞬間を目撃してしまったようなヤバい気持ちに、観客はなった。デートには不向きな映画だった。それでも『セーラー服と機関銃』は41億円を越える大ヒット作となった。  映画業界が冷え込んでいく中、男は1シーン1カットの長回しで知られる作家性の強い映画監督として名を上げ、『ションベン・ライダー』『魚影の群れ』(83)と精力的に作品を撮り上げていく。古巣である日活で『ラブホテル』(85)も手掛けた。このときのカメラマンは、のちに『世界の中心で、愛をさけぶ』(04)を撮ることになる篠田昇だ。また、男は薬師丸ひろ子を育て上げた実績を買われ、男の作品には新人アイドルたちが預けられた。第1回東京国際映画祭ヤングシネマ大賞を受賞した『台風クラブ』(85)では売り出し中だった工藤夕貴、大西結花たちが素っ裸になって走り出した。今でいうなら、AKB48のメンバーが撮影現場の熱気に感極まって脱いじゃったようなものだろう。斉藤由貴主演の『雪の断章‐情熱‐』(85)の長回しでは、時間・空間でさえねじ曲げて1カットの中に押し込んでみせた。男の撮る映画は、今ではリメイクが不可能な作品ばかりだ。『台風クラブ』で得た助成金を元手にした『光る女』(87)はプロレスラーの武藤敬司を主演に起用した意欲作だったが、撮影スケジュールが延びに延び、大赤字を招いてしまった。82年に長谷川和彦たちと立ち上げた製作会社「ディレクターズ・カンパニー」の台所事情はかなり厳しくなっていた。井筒和幸ら無頼派の監督たちが集った"男たちの理想郷"は崩壊の危機に瀕していた。男は自分の製作スタイルを見直さざるを得なかった。  明るいミュージカルタッチで作られたファンタジー『東京上空いらっしゃいませ』(90)を製作した後、「ディレクターズ・カンパニー」は結局潰れてしまった。男は以前ほど長回しには固執せず、『お引越し』(93)、『夏の庭 The Friends』(94)、『あ、春』(98)を撮り上げる。それでも、キャストのアップが極端に少ない、充分に作家性の強い作品だった。評論家をはじめとする人々は"成熟"という言葉で、彼の作品を褒め讃えた。中でも、死んだと思っていた放蕩癖のある父親とサラリーマンの息子が再会するホームドラマ『あ、春』は、男にとっての新たなる代表作と評された。男は自分が育った北海道を舞台にしたロードムービー『風花』(01)を撮り終え、次の企画の準備に向かうが、男の体は今までにない疲れを感じるようになっていた。  男はスタッフとの野球大会には欠かさず参加した。相変わらず、男は下駄履きだった。50歳を過ぎても、ずっと独身を通していた。仲のよい美術スタッフが「なんで結婚しないの?」と尋ねると、「結婚すると生活の方に気が向いてしまって映画が作れなくなってしまう。映画監督という職業を選んだので、結婚はできない」と男は答えた。また、脚本家との打ち合わせを会議室で行なうこともなかった。新宿、赤坂、渋谷、荻窪の飲み屋で、脚本家との打ち合わせを続けた。打ち合わせる内容は、1回につき1つだけだった。脚本家が西荻にある男のアパートを訪ねると、そこは西向きの六畳ひと間で、本とベッド以外には何もなかった。中央線の線路が軋む音がひっきりなしに聞こえた。  男は入院先の病院で息を引き取った。肺がんだった。53年間の生涯で13本の映画を残した。どの作品にも"死の影"が漂っていたが、同時に主人公が新しい家族や仲間と打ち解けていく"生の瞬間"が肯定的に描かれていた。男は病室に資料を持ち込んで、新しい企画に想いを馳せていた。次回作には浅田次郎原作の『壬生義士伝』が予定されていた。男にとって初めての時代劇であり、自分の生まれ故郷である盛岡出身の浪人の生涯を描いた波瀾万丈のドラマになるはずだった。男は寂しい病院の個室を早く出て、スタッフやキャストの待つ現場に帰りたいと願っていた。  男が亡くなってから10年が経った2011年、一冊の本が出版された。本の表紙には『シネアスト 相米慎二』と印刷されている。その本の中で、薬師丸ひろ子は、ふと気がついた時に相米さんの影を心のどこかで探し続けていると語っている。多分、彼女はいまだにカメラが回り続けているような、そんな気がしているのだろう。 (文=長野辰次)
シネアスト 相米慎二 映画に愛され、人に愛された映画監督。 amazon_associate_logo.jpg
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世の母ちゃんたちの創作意欲がドカーンと爆発!!『おかんアート』

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『おかんアート/兵庫・長田おかん
アート案内』(下町レトロに首っ丈の会)
 世の母ちゃんたちは何故に"余計なモノ"を生み出し続けるのか!?  一般的には"母ちゃん(主婦)"ってクリエイティブな職業という認識はされていないだろうと思われるけど、実は超クリエイターなのだ。みなさんの実家にも母ちゃんがクリエイトした作品がひとつやふたつはあるんじゃないかな?  フェルトや軍手で作ったせいで手作り感があふれまくり、ゆるいにもほどがある完成度となってしまったぬいぐるみ、新聞広告や包装紙やらを使ったキレイなのか汚いのか判断しがたい紙細工、ちょっと高級なウイスキーなどの空き瓶を組み合わせて作ったオブジェ、余った端布を縫い合わせたパッチワーク的なサムシング......。  おそらく誰からも頼まれていない、もちろん報酬もない、なにより誰も喜んでいないのにも関わらず、母ちゃんが飽きるまでこれらの創作物は増殖し続け、居間のテレビの上、ビデオデッキの下、タンスの上、食器棚の空きスペースなどなど、家中の隙間という隙間にみっちりと詰め込まれていくのだ。  一応、インテリアの一種として捉えられないこともないけれど、そこは一介の主婦なのでデザインセンス等は皆無。母ちゃん作品を飾れば飾るほど部屋の雰囲気はもったりと、昭和のニオイが漂ってきてしまう。
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『おかんアート』より
 かくいうウチの母ちゃんも、ある時期いきなり創作活動に目覚め、空き瓶の周りに紙粘土を盛ったビミョーな人形を作って家中に飾ってみたり、当時まだ一般家庭にはあまり普及しておらず、ハイテク&未来の象徴であった憧れのパソコン(PC-9801)に「機械はホコリに弱いから」ということで、イーグルサム柄のだっさい布で作った野暮ったいカバーをかけて未来感を台無しにしたりと、過剰&ガッカリなクリエイティビティを発揮しまくって、家族たちをアンニュイな気持ちに陥らせていたものだ。  そんな、迷惑だけどちょっぴり愛おしい母ちゃんたちの創作物。全国の各ご家庭でガンガン生み出されているので、数的にはすさまじい量が存在しているのだろうが、基本的に家庭内で完結している創作活動なので、これまで一般のメディアで取り上げられるということはまずなかった。しかし何を思ったか、そこにスポットライトを当ててしまった本がある。それが『おかんアート/兵庫・長田おかんアート案内』だ。  阪神・淡路大震災で大きな被害を受け、それまで昭和の雰囲気を色濃く残していた下町も壊滅状態となってしまった神戸市の兵庫区・長田区。そんな中、わずかに残った下町風情を持つ地域で静かに盛り上がりを見せているのがこの「おかんアート」だという。
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 本書では、兵庫区・長田区で生み出されている「おかんアート」を下町の様子と共に紹介しているのだが、各ページにみっちりとひしめく「おかんアート」の数々にも圧倒されたものの、それ以上に度肝を抜かれたのが、神戸では「おかんアート」がいろんなところで販売されているっていうこと。  こう言っちゃあアレだけど「おかんアート」なんて、家庭内に置いてあってもビンボーくささを増幅するのみでメリットなんて皆無。ヘタしたら、一人暮らしを始めてせっかくオシャレな部屋を構築しようと思っている子どものところに送りつけて心底イヤーな気分にさせ、それでもさすがに母親手作りの品なので捨てるに捨てられずに不良債権と化すような代物ですよ。まさかそれが売り物として成立しているとは......。  ま、なんにせよ「おかんアート」をこれだけ体系的にまとめて研究した本というのは世界初のものだろう。  興味深いのは「おかんアート」って各家庭の母ちゃんが各々の創作意欲を爆発させて好き勝手に作っているハズなのに、そうはいっても大した工作スキルやデザイン能力があるわけじゃないので、軍手人形はこう、空き瓶のオブジェはこう、牛乳パック工作はこう......などと、意外とよくあるフォーマットそのまんま作っている作品が多いということ。アートとはいいつつも、自己表現の手段というよりは母ちゃんたちの金のかからないヒマつぶしといった側面も強いということなのかな。
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 もちろんその中で、すさまじくハイクオリティな「おかんアート」もあれば、フォーマット通りに作ったつもりなのに完全にそこから逸脱して、完成形がエライことになっちゃってるアヴァンギャルド作品もあったりして、そこがまた鑑賞する楽しみのひとつでもあるのだが。  しっかし、実家に住んでいるころは思春期まっただ中の青少年をいらだたせるためのアイテムでしかなかった「おかんアート」だが、こうやって書籍としてまとまった形で多くの作品を見ていると、軍手製のキティちゃんらしき珍妙な人形をはじめ、ものすごいフリーキーな形状となってしまったフェルト製のドラえもん、カラー軍手で作った鉄人28号(しかしなんで今、鉄人28号なんだ......孫に作ってあげたとしても喜ばないだろうなぁ)などの、悪い意味での手作り感全開のどーかと思う作品たちも、ちょっと懐かしくて愛おしいものに見えてくるから不思議だ。  アーティスト気取りの芸大生あたりが大上段に振りかぶって作ったアート作品よりも、母ちゃんたちがフリーダムな感覚で作った「おかんアート」の方がずっと愛せるよ!  ......ま、この原稿を読んだウチの母ちゃんが「あら、そうなの!?」とかなんとかいって、わけの分からない「おかんアート」を送りつけてきたら、即日ゴミ箱にダンクしちゃうと思うけど。 (文=北村ヂン)
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『おかんアート』入手先
【店舗販売】
海文堂書店
〒650-0022 兵庫県神戸市中央区元町通3丁目5番10号 電話:078-331-6501/FAX:078-331-1664
<http://www.kaibundo.co.jp/index.html>
【通信販売】(メールかお電話でお申し込みください) 下町レトロに首っ丈の会 citamatiretro@yahoo.co.jp <http://citamatiretro.com> 電話&FAX:078-671-1939 【関連記事】 知る人ぞ知る、国民的人気漫画!? 藤子不二雄の下世話パロディー『ブッチュくん全百科』 「受刑者人気ナンバー1は田代まさし!?」これが本当の"刑務所の中"『囚人バカノート』 「ランドセルを背負ったリアル"のび太"」金子良a.k.a.のびアニキって一体どんなアーティスト!?
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妄想写真集の新機軸!『どう見てもオナニーです。本当にありがとうございました』

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どう見ても......。
「あれ? あの子、股間に押し付けてね?」  そんな疑惑の女子を見かけてモンモンとした経験はありませんか? 写真集『どう見てもオナニーです。本当にありがとうございました』(マイウェイ出版/11月29日発売)は、手すりにまたがる、ハードカバーの本を股間に置いて読む、ペットボトルを胸に押し付ける、カラーコーンをまたぐ......といった「あれ? もしかして気持ちよくなってね?」といった疑惑写真から、「ああ、こりゃ完璧オナニーしてるわ」という確定写真まで、女子による着衣オナニーのワンダーランド。 doumitemo02.jpg  特に疑惑写真は、顔を真っ赤にした女子の「べ、別に、たまたまだかんね!」という言い訳まで聞こえてきそうなリアル感がたまらない。ちなみにモデルは、注目の黒髪美少女・春日野結衣ちゃん。ピュアさが魅力の彼女は、制服姿やルームウェアが似合いすぎちゃって......もうっ! doumitemo03.jpg  全体的に制服姿や野外でのカットが多いためか、青い時代の放課後感が妄想力を促進させてくれる。「この子はここでうっかり気持ちよくなっちゃったから、次はこうなったんだな」と写真を渡り歩いて勝手にストーリーを組み立てるもよし、卒業アルバムと並べて「登り棒が好きだったあの子は、今何をしているのだろう......」と遠い目をしてみるもよし。すなわち楽しみ方は無限大だ! doumitemo04.jpg  「普通のエロ写真には、もう飽き飽きだ!」というエロ力に長けてしまったみなさん。また、飲み会で「ねえ、本当はオナニーしてんでしょ?」と言っては女子にイヤな顔をされているあなた。「女子だってみんなエッチなんだ!」、そんな当たり前のことを再確認させてくれるこちらの素敵な1冊を、ぜひ。せーの、「妄想は合法」! (文=林タモツ)
どう見てもオナニーです。本当にありがとうございました 本当にありがとうございました。 amazon_associate_logo.jpg
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この国を変えたいと思わせる「生きづらさ」の空虚な正体

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著者の古市憲寿氏。
 約1年前、ピースボートとそれに乗船する若者を考察した『希望難民ご一行様 ピースボートと『承認の共同体』幻想』(光文社)という本が出版され、一部で注目を集めた社会学者の古市憲寿氏。『希望難民ご一行様』については、過去のインタビュー(※記事参照)をご覧いただきたい。そんな古市氏が今年9月に上梓した『絶望の国の幸福な若者たち』(講談社)では、格差社会で不幸だと思われている現代の20代の75%が、実は現在の生活に満足しているという"リアルな若者像"を伝えている。ワールドカップで盛り上がる渋谷の若者、ネット右翼のデモに集まる若者、ボランティア活動をする若者などに直接話を聞き、過去の若者論から現代の若者の実像までを、時に独特のアイロニーをもって論じたのが、『絶望の国の幸福な若者たち』だ。今回、デモに参加する若者の心境などを中心に話を聞いた。 ――本書『絶望の国の幸福な若者たち』を出版した経緯は? 古市憲寿氏(以下、古市) 昨年、『希望難民ご一行様』というピースボートに乗る若者たちを分析した新書を出しました。これはもともと、修士論文で、コミュニティーと若者の関係を考察した本だったんですが、その後受けた取材では、「最近の若者」について聞かれることが多かったんです。「若者」全般のことなんて詳しく知らないので、うまく答えられない。そこで、正面から「若者論」と呼ばれるものを書いてみようと思ったんです。 ――取材で現代の若者について聞かれることが多かったとはいえ、「若者論」に興味を持ったのはどうしてですか? 古市 もともと、「若者論」と呼ばれるような本は結構読んでいました。それは学術的な興味というより、自分たちの世代は大人からどう見られているのかといったことに興味があったからです。別に「若者論」をずっと続けるつもりはなくて、きっと自分が若者でなくなる10年後、20年後には若者になんて興味がなくなるかもしれません。 ――古市さんのTwitterのつぶやきを見ていると、ずいぶんいろんなデモや場所に出かけているなと思っていたのですが、あれは本書のための取材だったんですか? 古市 取材というか趣味です。例えば、休みの日に友人とどこかへ行こうとなった時、遊園地ならいつでも行けるじゃないですか。だけど、この本でも書いたワールドカップで盛り上がる若者や尖閣諸島デモなんかは、その時だけのもの。さらに、年齢のことも考えています。たとえば、40歳になってもこういう場所に取材には行けますが、今回の本のように20代が20代の人に話を聞くというのとは意味合いが違う。そういう今しか見られないもの、今しかできないことを、時代の空気ごと閉じ込めながらできた本という感じですね。 ――実際に、脱原発デモや保守系団体のデモ(外国人参政権や尖閣諸島問題に関するデモなど)に足を運んで、お話を聞かれていますが、そこに参加する若者の動機はどんなものなのでしょうか? 古市 多種多様ですね。ただ、特徴的なのは、過去の60年代の学生運動のデモに比べて、だいぶ穏やかで平和的だということです。過去の学生運動には、ヘルメットをかぶって、スクラムを組んで、衝突して、警察側も催涙ガスをまいたりと、暴力と暴力のぶつかり合いが部分的にでもあった。もちろんすべてがそうではないですけど。だけど、今のデモはそんな雰囲気もなく、ベビーカーを引いたお母さんでも参加できるようなカジュアルなものが多い。動機が多様であっても、気楽な気持ちで参加できるようになったのが大きいと思います。それは右派のデモでも左派のデモでも、大きくは違わないですね。 ――ピースボートに乗船していた若者と保守系のデモに参加している若者の違いはありますか? 古市 それも特に大きな違いはないと思います。毎日の生活に閉塞感を感じていて居場所を探しているとか、今所属している場所での人間関係がうまくいっていないとか、大きくいうと小熊英二(社会学者、慶応義塾大学教授)さんの言う「現代的不幸」を抱えている人が、そのはけ口を求めて、そして社会や世界との接点を求める。それがピースボートの世界一周なのか、保守系のデモなのかは偶然の確率の問題だと思います。 ――『希望難民ご一行様』では、乗船している若者を4つに分類(セカイ型、文化祭型、自分探し型、観光型)していましたが、デモに参加している若者もそのように分類できますか? 古市 ある集団に密着すれば不可能ではないと思いますが、4カ月間以上共同生活をするピースボートと違って、多くのデモや政治運動は月に1回程度集まるカジュアルなつながりです。その他はSNSで交流したり、サークル活動に近いですよね。だから「デモに参加する人」という形で類型化をしても意味がないと思います。 ――ということは、先ほどのお話にも出ましたが、彼らにとって一種の居場所であると。 古市 もちろん本気でやっている人もいます。大学を卒業して、就職せずに、そこの保守系団体で機関紙を書いて、お金を稼いでいるような人とか。でもそういうコアな人は一部ですよね。基本的にデモって、暇な人のものですから。 ――よく言われる"生きづらさ"との関係については? 古市 まあ、そもそも「生きづらい」人じゃないと社会に興味を持ちにくいですよね。友人関係も恋人関係もうまくいっているリア充だったら、別にこの社会を変える必要性なんて感じない。 ――デモに参加する人で、他にはどんな人が見られますか? 古市 今、「生きづらさ」の話をしましたが、3.11後の脱原発デモはそれとは様相が違うと思います。だって、原発による被害って、関東以北だったら誰もが当事者になり得る、というリアリティーがある。自分の体は大丈夫か、子どもは大丈夫か。これって、あまり「生きづらさ」とは関係ない話ですよね。そもそも「生きづらさ」って甘い概念だなあと思います。「生きづらさ」という言葉は、震災後の「生きているだけいいでしょ」という現実の前に、ともすれば空虚になってしまった。 ――ある種の豊かさが「生きづらさ」を成立させていたと? 古市 もちろん「生きづらさ」を経済的要素を織り込んだ概念として使う人もいましたけど、やはり「生きづらさ」という言葉って、どうしても心の問題だけに回収されてしまうような響きを持っている。結局、閉塞感や変わらない日常がつまらない程度の問題でしょ、という。 ――そうすることで自分が満たされると? 古市 若者は格差社会における弱者だと言われています。だけど、特に大学に行けるくらいの階層だと、日本はなんて豊かな国なんだろうということに「後ろめたさ」を感じている若者が一定数いる。この数年で中堅大学以上の国際貢献サークルがものすごく増えました。その「後ろめたさ」は自分たちの足元ではなくて、カンボジアなどに向かってしまうことが多い。 ――本書では保守派の人が読むとイラッとくることも書いていますが(明治時代に政府が日本と日本人を作ったという指摘や保守系の老人への揶揄など)、何か反応はありましたか? 古市 ある雑誌の編集長が怒っていたという話は聞きましたけど(笑)、直接的な反応は特にないですね。本当は、お互いにシャドーボクシングのように批判だけし合っていても仕方ないので、実際にお話をしてみたい方も多いんですけど。でも、僕の言っていることって、むしろナショナリストこそ真面目に考えなくちゃダメなことばかりですよ。日本の将来を考えるなら、少子化対策をしっかりやるべきだろとか、日本における良質な労働力を確保し続けるために若年層の雇用環境を充実させろとか。 ――本書の末尾の方では、「国家の存続よりも、国家の歴史よりも、国家の名誉よりも、大切なのは一人ひとりがいかに生きられるか」は、すごくいいことを書いてあると思いましたが。 古市 自分でもいいこと言ったと思いましたけど(笑)、まあ、極論です。戦争に巻き込まれて死ぬよりは逃げ切った方がいい。自分の会社が潰れるよりは、日本が潰れ方がいい。自分の身近な人間関係のひとつさえもうまくマネジメントできないようでは、国家の幸せはあり得ない。だけど、脚注でも少し書きましたけど、革命直後の世界や無政府状態の国家ってろくなものではない。国家ってうまくコントロールする限りにおいて、だいぶよくできた仕組みなんです。ただ、それに翻弄され続けるなら、いっそなくてもいいよという、一種の逆ギレですね。 ――本書をどんな人に読んでもらいたいですか? 古市 「若者」のことを分かりたいと思う人に読んでほしいです。特に、「近ごろの若者はけしからん」と簡単に言ってしまう人、もしくはそれに違和感を覚えている人。「若者はけしからん」なんてことは昔から言われていますし、たぶんそれはこれからも続いていくと思います。この本も、その意味で若者論を延命させるのに一役買ってしまうことになるかもしれません。でもそれでいいんだと思っています。この本がきっかけになって、何か会話が生まれればうれしいです。少なくとも「若者論」なるものを、相対化できる本だとは思っています。ところで、著者としては、実際に読んだいただいた方の批判なのか、それとも読まずにこういうインタビュー記事だけを読んで批判しているのかが一目瞭然なので、いろいろと楽しんでいます。 (構成=本多カツヒロ) ●ふるいち・のりとし 1985年東京都生まれ。東京大学大学院総合文化研究科博士課程在籍。慶應義塾大学SFC研究所訪問研究員(上席)。有限会社ゼント執行役。専攻は社会学。近刊に『上野先生、勝手に死なれちゃ困ります 僕らの介護不安に答えてください』(上野千鶴子氏との共著、光文社)など。
絶望の国の幸福な若者たち けっこう幸せです。 amazon_associate_logo.jpg
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爆弾テロ、ストライキ、炎熱地獄……『世界最悪の鉄道旅行ユーラシア2万キロ』

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『世界最悪の鉄道旅行ユーラシア2万キロ』
(新潮文庫)
 ユーラシア大陸を列車で横断できないだろうか――。しかも、ユーラシア大陸の中央を横切って。  そんな壮大な旅を思いつき、実行したのが『世界最悪の鉄道旅行ユーラシア2万キロ』(新潮文庫)だ。著者で旅行作家の下川裕治氏は、『12万円で世界を歩く』(朝日新聞社)でデビューして以来、『アジア国境紀行』(徳間文庫)『週末アジアに行ってきます』(講談社文庫)など数え切れないほどの著書を持つ、バックパッカーの神的存在。今回の旅では、ヨーロッパ大陸最西端・ポルトガルを目指す。  ユーラシア大陸横断で、まず思い浮かぶのは、世界一長いシベリア鉄道。  この鉄道に乗れば、息を呑むほど美しいタイガの森を眺めながら、どーんとロシアを横断し、ヨーロッパ間近のモスクワまで進むことができる。けれど、アジアからヨーロッパへ、グラデーションのように目の色や食べ物が変わっていく道筋を通るべく、あえて長距離列車を何本も乗り継いで移動している。  出発は、ユーラシア大陸最東端、ロシアのソヴィエツカヤ駅。  ここから南下し、中国のハルビンから北京へと入り、一気にカザフスタン、ウズベキスタンへと進み、再びロシアに入って......、と西へ西へと向かっていく。  だが、アジアからヨーロッパへと進む鉄道は概して遅く、日本の新幹線のようにびゅんっと素早く、定刻通りには進まない。原因不明の停車は当たり前。平均時速は40キロほどだ。  その上、国や地域ごとに何かしらのトラブルが起こる。中国では、切符を購入するだけでも死に物狂い。中央アジアでは、車内の温度は40度を超える炎熱列車。"コーカサス"と呼ばれるロシアの紛争地帯では、まさかまさかの列車爆破テロ。  幸い、下川氏が乗っていた列車ではなく、1本前の列車での出来事だったので助かったが、6両が脱線し、2両が転覆という大惨事になった。日本であれば、事情聴取やら、現場検証やらで、運転再開未定となりそうなものだが、なぜか平然と列車は進み、2時間後には発車していた。不安な面持ちで乗ってみるが、翌朝、旧ソビエト連邦から独立した、アゼルバイジャンとの国境付近でナゾの出国禁止命令を受け、1晩かけてやってきた路線をUターン......と、やっぱりなかなか進まない。  政治的な背景ゆえに、無残にも列車オンリーでの最西端までの夢は散るが、アゼルバイジャン、グルジア、アルメニア、トルコ、とヨーロッパを超え、ユーラシア大陸の端っこへとたどり着く。  当初、20日ぐらいの日程で横断する予定だったが、あまりに時間がかかってしまったため、途中何度か帰国。7月に出発し、ようやくゴールを迎えたのは、10月の下旬になっていた。  本書は、列車の話というよりも、それにまつわる領土や民族問題をめぐる紛争問題や歴史的な話の分量が多く、私など、「コーカサスって、なんだ?」「アゼルバイジャン......ってどこ?」ってなレベルだったのだが、なるほど、なるほど、こういう情勢の国もあるんだなと、思いながら読み進められた。鉄道ファン、下川ファン、そして、バックパッカーにとくに好まれそうな1冊だ。 (文=上浦未来) ●しもかわ・ゆうじ 1954年長野県生まれ。旅行作家。『新・バンコク探検』(双葉文庫)『5万4千円でアジア大横断』(新潮文庫)『格安エアラインで世界一周』(新潮文庫)ほか、アジアと旅に関する著書多数。『南の島の甲子園――八重山商工の夏』(双葉文庫)でミズノスポーツライター賞最優秀賞。
世界最悪の鉄道旅行 ユーラシア横断2万キロ もっと優雅に旅したい。 amazon_associate_logo.jpg
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名プロデューサーは焼き肉奉行であれ。『アニメプロデューサーの仕事論』


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『アニメプロデューサーの仕事論』
(キネマ旬報社)
 ブラピ、ディカプリオ、トム・クルーズなど、ハリウッドの大物俳優が映画のプロデュース(製作)を手掛けるケースが増えている。「ただの客寄せパンダじゃないの?」と訝しんでしまうが、彼らはちゃんと"プロデューサー"をしているのだろうか。プロデューサーというと、セーターを肩から巻きつけ、現場でエラそうにしているというのが古典的なイメージだが、プロデューサーとは一体どのような仕事なのか。  肩書きはよく耳にするが、一般的にはあまり知られていないプロデューサーのお仕事。監督ほど名前も表に出てこず、クレジットさえされていないこともある。そんな彼らの素顔に迫ったのが『アニメプロデューサーの仕事論』(キネマ旬報社)。石川光久氏、南雅彦氏、安田猛氏、内田健二氏、大月俊倫氏の5人のアニメプロデューサーに取材した本だ。各氏はそれぞれ『攻殻機動隊』『交響詩篇エウレカセブン』『涼宮ハルヒの憂鬱』『機動戦士Zガンダム』『新世紀エヴァンゲリオン』など歴史に残る名作アニメを手がけた敏腕プロデューサー。インタビュー形式で、名作誕生の裏側や、現在のアニメ界の実情、彼らの仕事論を伺い知ることができる。  プロデューサーの主な仕事は、作品の企画を提案し、出資者から制作資金を集め、キャスティングやスタッフの手配、広告の打ち出し、メディアミックスの展開、DVDの販路の開拓など、立場や権限により内容も変わってくるが、作品に関わるすべてを統括し、管理することだ。肩書きも関わり方も異なる5人だが、考え方には一筋通った共通項がある。それは「プロデューサーは黒子である」「興行として成功させる」という強い意識だ。  特に、角川書店の安田氏の話が興味深い。安田氏は角川書店の編集者から映像事業局局長へ異動し、アニメのプロデューサーになったという変わり種。『スレイヤーズ』『涼宮ハルヒシリーズ』『時をかける少女」』など、クレジットされた作品の多さに、一時は架空の人物説まで流れたほど。ラノベやコミックス、実写とのメディアミックスを盛んに打ち出し、「グループの事業の一環」「ビジネスチャンス」としてアニメ制作をとらえる眼差しは冷徹なビジネスマンそのものだ。人や資材のコーディネイト、作家の懐柔、クリエイターのアイデアを引き出す作業など、編集者とプロデューサーの仕事は非常に似ている、と安田氏は言う。話題は、過去のOVAの話から製作委員会方式、国外展開、違法ダウンロード、巨額予算のアニメ、シネコンと劇場公開の可能性など四方八方に広がり、アニメファンならずとも一聴の価値ある内容となっている。  話を聞いていると、クリエイターとプロデューサーは車の両輪、水と魚のような、お互いなくてはならないような存在であることがよく分かる。面倒を厭わず、弱い者を思いやり、すぐ次の仕事に目を向ける――、名プロデューサーの「仕事論」は、我々の仕事の現場にも応用できる本質的なことばかりだ。彼らの仕事ぶりは、どんな職業の人にも十分な刺激を与えてくれることだろう。 (文=平野遼)
アニメプロデューサーの仕事論 なるほどなるほど。 amazon_associate_logo.jpg
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教団の金庫はブラックボックスだらけ!?「ミスター公明党」が創価学会と国税庁の暗闘を大暴露!

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写真/山本宏樹
 公明党書記長を約20年務めた元「ミスター公明党」こと矢野絢也氏が、1990年代に国税庁と創価学会(以下、学会)の間で起きた熾烈な税務調査の攻防と、その舞台裏を綴った『乱脈経理 創価学会 vs 国税庁の暗闘ドキュメント』(講談社)を上梓した。矢野氏と講談社といえば、池田大作名誉会長の実像に迫った前作『私が愛した池田大作』(同)が話題となったのが記憶に新しい。本サイトでも「池田大作ミイラ化計画もあった!? 元公明党委員長が綴る『虚飾の王』との50年」(※記事参照)と題する記事で報じたところ、大きな反響を呼んだ。  今回出版された本の内容は、学会にまつわる数あるスキャンダルの中から、「税務調査つぶし」という極めて悪質な事案に焦点を絞り、舞台裏の詳細を赤裸々に綴ったもの。ありていに言えば、党の要職にいた矢野氏本人が、政治力を駆使して国税庁へ働きかけ、学会と池田氏個人の脱税スキャンダルを握りつぶしたという話である。「犯罪的とも言える不本意な行為」と自ら断罪する一件を、今この時期に暴露した理由はなんなのか。執筆決断の理由と今の思いを本人に聞いた。(聞き手/浮島さとし) ――ご自身が「犯罪的」と言い切る事件を自ら世に出す決断をした理由は? 矢野絢也氏(以下、矢野) 縁あって党の書記長・委員長として政治と学会の中枢に関わった人生でしたが、とにかく自分が知る歴史的事実を後世に残すことで、自らの犯罪的な行為を忘れないようにとの自戒の意味もあります。同時に、当時の池田名誉会長の見苦しいまでの狼狽ぶりや、学会首脳のなりふりかまわぬ組織防衛の実態を、後世に残しておかなければとの思いもありました。学会の乱脈経理と国税調査についてここまで全容が表に出るのは初めてですが、これでも事実の一部なんですよ。ですから、今後も継続してこの件については書き続けていこうと考えています。 ――そもそも税務調査のメスが入ったきっかけは何だったのでしょうか。 矢野 直接のきっかけは1989年に起きた「捨て金庫事件」でしょうか。聖教新聞社の本社倉庫にあった古金庫がごみ処分場に誤って捨てられ、金庫の中から1億7,000万円が見つかったという事件で、学会の金満体質が注目されるきっかけとなりました。 ――その後もいわゆる「ルノワール事件」が発覚するなど、「学会と金」にまつわる事件が続きました。 矢野 当時は学会の不動産関連の多くを三菱商事のディベロッパー事業部が担当していまして、ルノワール事件はその絡みで起きたのでしょう。89年に三菱商事がルノワールの絵を36億円で購入し、それを学会系の東京富士美術館に運びこみ、翌年の秋に同美術館が三菱商事から41億円で購入した。金と絵画の不自然な流れの中で、結局3億円が消えたとされています。これを国税が調べ上げ、全国紙が報じて話題となったわけです。要するに、学会の裏金作りに三菱商事が加担したのではないかと注目された事件ですね。  * * *  こうした一連の事件を受け、国税局資料調査課が査察を開始。このときの池田名誉会長の激しい狼狽ぶりについて、矢野氏は著書に次のように記している。 「この他にも証券会社による学会への巨額の損失補填事件など、学会の金絡みのスキャンダルが同時期に相次いで発覚し、学会は世論の集中砲火を浴びて大きな打撃を受けた。(略)『私を守れ、学会を守れ!』税務調査と相次ぐスキャンダルの発覚に池田氏は激しく動転し、まるで悲鳴をあげるように学会と公明党首脳にわめき散らし、叱りつけた。池田氏がパニックになったのは他でもない、池田氏自身が国税庁のターゲットになっていたからだ。国税庁は池田氏の個人所得を洗い出し、法に基づき厳格な課税を実施する構えをみせていた」(本書まえがきより)  * * * ――厳格な調査対象のひとつに学会の墓苑事業がありました。墓石の売り上げ金は学会の会計ではどういう扱いになっていたのですか? 矢野 私も当時、学会首脳のY氏(著書では実名)にそれを尋ねたところ、「他の宗教団体では墓石の売り上げは収益事業として扱っているが、学会では(非課税の)公益会計になっている。問題になる」と非常に動揺していました。当時の学会は全国に6カ所の巨大墓苑を開発していて、墓の数は実に約24万。主な造成費用は学会員の寄付金でまかない、墓が完成すると永代使用料と墓石代などをセットで一基40万円から90万円で学会員に販売するわけです。 ――投資費用を一般会員に出させて、完成したら付加価値を付けて売り返すわけですか。学会は丸儲けですね。 矢野 金のなる木ですよ。しかも、池田名誉会長が「墓を持つほど偉い」と墓地の購入を推奨したため、いくつもの墓を購入する会員もたくさんいました。かくいう私も、いくつか墓を持っていますが(苦笑)。遠くて一度も行ったことがない墓もあります。そういう実態がありました。 ――当然ながら国税の厳しい調査が開始され、矢野さんも政治力でこれに対抗します。 矢野 当時の資料調査課長だったY氏(著書では実名)が、「竹下(登元総理)さんや小沢(一郎幹事長・当時)さんに頼んでもムリだよ」と私に言ったものです。私が竹下さんと党を越えた盟友関係にあったことを知っていたんでしょう。他の宗教団体もそれぞれパイプのある政治家を通じて国税に圧力をかけていたのかもしれません。私が与党を通じて働きかけをすることを牽制してきたわけです。  * * *  国税の「牽制」にも関わらず、矢野氏の頼みで動いた竹下元首相の政治力が、国税の動きを徐々に鈍らせていく。以下は竹下氏が、当時の国税庁長官と部長を、あだ名と呼び捨てで名指しする著書の中からのシーンである。 「私が竹下氏に(略)調査の事情を説明すると、竹下氏は既に承知していたようだった。いつもの柔らかい口調で『二七日にOとM(ともに著書では実名)が話し合い、私のところに報告にくるようにしておいたから』と、既に手を打ってあることを明かした。(略)私と竹下氏は損得勘定抜きの友人だった。このときも一切の見返りなしに動いてくれた。(第五章 「竹下登か小沢一郎か」より)  * * * ――脱税を握りつぶすための権棒術数や党内幹部の裏切りなど、かなりドロドロした暗部にまで踏み込んで書かれています。詳細は読者に読んでいただくとして、いま振り返ってあの闘いをどうご覧になりますか。 矢野 (沈黙)......。まぁ、教団の調査は難しいんですよ、非課税の壁がありますから。国税をかばうわけではありませんけどね。先ほど墓石販売についても触れましたけど、「信教の自由」と「公益会計の非課税」との関係性を、もう一度徹底的に検証すべきだと私は思いますよ。同時に、創価学会に対する大局的な検証も必要でしょう。学会の是非はともかく、その存在自体が昭和から続く大きな物語です。私の知る限り、その物語についてのまっとうな論評があまりに少ない。大手メディアも何を恐れているのか。私は怠慢だと思うんです。ですから、せめて自分の関わった事実に関しては、これからも記録として残しておきたいというのが率直な思いです。
乱脈経理 創価学会 vs 国税庁の暗闘ドキュメント 池田センセイの容体も気になります。 amazon_associate_logo.jpg
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