
『悪の境界線 犯罪ボーダレス社会
の歩き方』(イースト・プレス)
昨夏、暴力団との交際により、島田紳助が芸能界を電撃引退した事件は記憶に新しい。「この程度で......」と会見で述べた紳助だが、昨今は「この程度」の交際も大きな罪となる。2011年10月、東京都と沖縄県で暴力団排除条例が施行され、すべての都道府県にこの条例が行き渡るようになった。暴力団との交際を禁じ、暴力団を厳しく締め付けるこの条例だが、かえって暴力団構成員が地下に潜り、"マフィア化"する恐れがあるという。
これまで、裏とカタギの世界ははっきりと区分されていたが、現在はその境目が以前より一層見えにくくなっている。『悪の境界線 犯罪ボーダレス社会の歩き方』(イースト・プレス)は、裏社会を渡り歩くフリージャーナリスト・丸山佑介氏が、裏社会と一般社会の間に存在する"グレーゾーン"に焦点を当てて取材した1冊だ。最新の合法ドラッグ、闇金、拳銃の売買、指名手配犯の逃亡生活、闇タバコ、書類偽造、死体処理、自殺志願サイトの実情など、全3章34項目に渡って現代の裏社会事情を解説している。筆者の一人称視点がハードボイルドな風合いを出し、自分がその現場に居合わせているような気分に誘われる。
例えば復興支援ビジネス。支援を装い、被災地から甘い汁を吸おうとする悪逆無道の輩も少なくない。火事場泥棒に被災者を狙った闇金、それよりもっと大きな金額が動く復興建設の利権を狙い、裏稼業の連中が暗躍している。岩手や宮城など、首が回らなくなっている地元の中小建築業者に資金援助を持ち掛け、本来食い込むことのできなかった利権にむらがっている。しかし、ヤクザといえば義理任情の世界。ヤクザとしても被災地の役に立ちたいと、組織末端構成員一人あたり5万円を徴収し、匿名で義援金を送ったりしているというから、なんだかよく分からない世界だ。
ほかにも、ゴミ屋敷に持ち込まれたゴミをリサイクルショップで売る「ゴミ屋敷ビジネス」や、韓国や中国からの「密入国斡旋業者」、海老蔵、朝青龍事件で一躍脚光を浴びた「関東連合」など、興味深いネタは尽きない。
丸山氏は裏社会の入口について「気がつくか、気がつかないか、ただそれだけの差しかない」と表現する。一般社会に属する我々も、当人の知らぬ間に踏み込んで、法を犯している危険がある。「この程度......」と境界線を踏み越えないよう、お気をつけて。
(文=平野遼)
●まるやま・ゆうすけ
1977年生まれ。フリージャーナリスト。大学院までは考古学を専攻するが、まともに食っていけない世界ではないと、研究者コースから離脱。日雇い派遣や測量会社、出版社勤務を経て現在に至る。取材・執筆分野は裏社会、猟奇殺人、都市伝説、古代遺跡の盗掘や遺物の贋作、グルメガイドなど多岐にわたる。趣味はトレジャーハンティングと総合格闘技。著書に『裏社会の歩き方』『判決から見る猟奇殺人ファイル』(彩図社)、『男呑み 東京男同士で呑める店―○○軒』(東京書籍)など。別のペンネームで旅行記がある。
「05本」タグアーカイブ
ミスチル桜井、西原理恵子、乙武洋匤の"最期の夜"とは?『世界が今夜終わるなら』

『世界が今夜終わるなら』(A-Works)
もし今夜、世界が終わるとしたら、あなたは何をして過ごすだろうか。
日本中が深い悲しみや憤りに包まれた2011年。あっという間のようで、とても長くてずっしりと重い、そんな1年だったが、震災後、多くの人が"人生の終わり"というものを、多かれ少なかれ意識したのではないだろうか。いつか必ず誰のもとにもやってくる"死"。頭では分かっていても、慌ただしい毎日を送るうちにそんな意識は薄れ、あたりまえの日常がずっと続くと思い込んでしまう。けれど、人生の残り時間は意外と短い。"そのとき"をなんとなく予感できたらラッキーだけれど、なんの前触れもなく突然やってくる場合がほとんどなのだろう。
『世界が今夜終わるなら』(A-Works)は、ラッパーのGAKU-MCが著名人27人に「最後の夜の過ごし方」をインタビューした本だ。Mr.Childrenの桜井和寿や乙武洋匤、漫画家・西原理恵子、そしてサッカー女子日本代表・澤穂希など、バラエティーに富んだメンツが名を連ねている。
普段と同じように過ごすという者、家族や仲間たちと過ごすという者、飲んで食べて騒いで楽しむという者など人それぞれだが、なんとなく、"その人らしさ"というものがうかがい知れる。
先日、FIFA女子世界最優秀選手に選ばれた澤穂希は「大好きなサッカーをして、仲間と友達と家族と一緒にご飯を食べたい」、乙武洋匤は「愛情を注いでくれた父の墓参り」と語る。
そんな中、とくに印象深かったのは、西原理恵子の言葉だ。
「今まで目の前で沢山死んだ人を見てきたけれどみんな立派でした。非常に穏やかに笑って逝きましたんで、私も何かあるんだったら穏やかに笑って逝こうかと」
西原は、重度のアルコール依存症だった元夫をガンで失くしている。長きにわたる依存症を克服し、やっと家族がまた一緒に暮らせると思った矢先の出来事だった。そんな元夫は「子供を傷つけずにすんだ、人として死ねるのが嬉しい」という言葉を残して死んでいったという。
ある日突然、大切な人を失うことはとてもつらく悲しいことだし、できればそんな日が来るなんて考えたくはない。自分の人生だって、たとえいくつになってもまだまだやり残したことがたくさん出てくるだろう。けれど、人生の残り時間を意識することではじめて、"生きる"ということに真摯に向き合えるのではないだろうか。
最近では、万が一の時に備えて、自分の思いや希望を家族などに伝えるためのノート「エンディングノート」がちょっとしたブームになっているが、最期を考えることは必ずしもネガティブなことではない。むしろ、「最高の人生を送るためには必要なこと」だと、GAKU-MCは言う。
誰と出会い、どこへ向かい、何をするのか。あらためて自分の未来予想図を描いてみたくなるそんな1冊だ。
草食系社会でも「女性は性を捧げ、男性は生活を保証する」が変わらない理由

『〈脱・恋愛〉論 「純愛」「モテ」
を超えて』(平凡社新書)
昨今、「震災婚」「年の差婚」など結婚に関する言葉をよく見かける。自身の恋愛観や結婚観を見つめ直している人も少なくないようだが、そのような人にも参考になるであろう本が、「どのようにして私たちは他者と出会い、関係をつくり、育て、維持・発展させていくのか」ということをテーマに、社会学者のジンメルやデュルケムなどの言葉を引用しながら考察した『〈脱・恋愛〉論 「純愛」「モテ」を超えて』(平凡社新書)だ。同書の著者で、早稲田大学で教鞭をとる著者の草柳千早教授に、条件で結婚相手を決めることや本書に登場する社会運動家・松本正枝さんについて話を聞いた。
――先生は現在、どんなテーマを研究されているんですか?
草柳千早教授(以下、草柳) 私は社会学の社会問題を研究しています。というと、具体的に「どんな社会問題なのか?」と聞かれることが多いのですが、具体的な社会問題を追いかけているのではなく、一人ひとりが持っている生きづらさや違和感が、どのようにして社会性を獲得し、社会問題としてみんなの問題として認知されていくのか、そのプロセスに関心があります。そして、声を上げ、社会問題として世間に認識された問題よりも、「それは個人のわがままではないか」というような、人の生きづらさが否定され、かき消され、社会問題としては挫折させられていくようなプロセスや、そこにどんな力が働いているのかということに関心があります。
――その関心の延長線上で、今回、本書を執筆されたということでしょうか?
草柳 私がそういったテーマに一番最初に関心を持ったのは、自分自身が結婚や離婚をしたという経験からです。そのときに、既存の結婚制度や結婚に関する法律、また、世間の「妻とはどうあるべきか」「結婚とは幸せなものだ」という考えに違和感を持ちました。そういう経緯から本としてまとめました。
――最近発表された国立社会保障・人口問題研究所の「出生動向基本調査」によると18歳から34歳の未婚男性で交際相手がいない男性は6割を占めています。こうした社会的状況はどう分析されていますか?
草柳 まず、この調査では異性の交際相手しか聞いていません。中には異性の交際相手はいらないけど、同性の交際相手がいるからいいと思っている人が入っているかもしれない。この調査は、結婚という国の関心に基づいた調査なので、交際の実態はよく分からないですね。
――たとえば、異性の交際相手が欲しいけれどもいないという人についていえば、特に男性では経済的な理由が大きいのでしょうか?
草柳 恋愛に幻想を持っていると、交際相手がなかなかできないように思います。つまり、こういう人と付き合いたいといった、先にイメージがありきで、それに合うような人を探している。でも、自分の周りにはいろんな人がいて、そのいろんな人との中での楽しさや、ちょっといいなという気持ちがあれば、そこから何かが発展するかもしれない。お金の問題に関していえば、お金が理由で結婚や恋愛ができないのではなく、お金がある恋愛や結婚をしたいと思い込んでいるから、お金がないとダメという発想になっていると思います。
■条件以外のどこを見て、相手を選ぶのか?
――本書に出てくる松本正枝さんという社会運動家の女性も、約80年前に「女性は男性に性を捧げ、男性は生活を保障する」といった、条件で相手を選ぶことに疑問を呈しています。松本さんとはどんな方だったのでしょうか?
草柳 私も本で知るまではまったく知らない人でした。松本さんに関する資料はとても少なく、昭和6年頃に「婦人戦線」という雑誌で、「結婚の経済学」「恋愛の経済学」「セックスの経済学」「貞操の経済学」などを連載していたようです。
――松本さんが指摘する「女性が男性に性を捧げ、男性は生活を保証する」というような状況は現在でもさほど変わっていないように思うのですが。
草柳 かなり状況はよくなっているとは思います。ただ、女性が1人で食べていくのは現在でも大変ですし、女性のほうが圧倒的に非正規雇用の割合も多いですね。そうすると、結婚に関して、どうしても経済的に頼れる人が欲しいということになる。それは、本人の打算や計算というより、社会の構造の問題だと思います。そして、それは男性側にとっても、松本さんも指摘しているように、そうやって女性に生活を保障できない男性が、恋愛や結婚、性から疎外されている状況は今もあるといえます。
――草柳さんや松本さんが指摘されているように、結婚相手を選ぶときに学歴や稼ぎといった条件ではなく、自分の身体感覚でいいなと思える相手と付き合えるほうが素敵な気がします。
草柳 学歴や稼ぎといったものはあくまで条件で、その人にとって本質的な問題ではないと思います。というのも、生まれた時代や、運がいいとか悪いとかといった、その人がどういう人かとはあまり関係のない理由で、職が決まったり、決まらなかったり、お金が転がり込んできたり、そういうことで成立している。たとえば、私の年代だと、有名な金融企業の人と結婚したから安泰だと思われていましたが、その後、会社が倒産し、安泰ではなくなった人もいます。また、ロストジェネレーションと呼ばれる世代も、たまたま景気が悪い時に学校を卒業したから、就職が難しい。今の社会は何が起こるか分からないから、条件や年収のようなその人そのものではないもので選ぶと、その条件は今後いくらでも変わる可能性がある。そんなことで選んでいいのかと私は思います。
――条件以外で選ぶとなると、人間性を見るということでしょうか?
草柳 たとえば、どんな逆境でも明るい、打たれ強い、一緒にいると楽しい、朗らかだからなんとなく楽しい気分になるといったような、その人自身を見たほうが確かじゃないかと思います。条件はその時にたまたまそうなっているだけですから。
――草柳さんは離婚を経験されていますが、そのような自分の身体感覚的なもので相手を選ばれましたか?
草柳 一緒にいたら、楽しかったからですね。ところが、結婚という制度、型、結婚したなら女はこうすべきだという、そういった世の中の通念のようなものに負けてしまいました。
――本書をどんな人に読んでもらいたいですか?
草柳 恋愛や結婚に価値があると思われている風潮に対して違和感があるような人に読んでほしいです。「恋愛や結婚はいいものだ」という価値付けは今の社会の中にあると思う。そういう価値付けに対して、少しでも疑いを持ったことがある人に読んでほしいです。
(構成=本多カツヒロ)
●くさやなぎ・ちはや
1959年愛知県生まれ。慶應義塾大学文学部卒業。慶應義塾大学大学院社会学研究科修士課程修了。株式会社生活科学研究所、大妻女子大学等を経て、現在早稲田大学教授。文学博士。著書に『「曖昧な生きづらさ」と社会ークレイム申し立ての社会学』(世界思想社)がある。
「デモ」に関する誤解を払拭! ド素人でも分かる手引書『デモいこ!』

『デモいこ! 声をあげれば世界が
変わる街を歩けば社会が見える』
(河出書房新社)
昨年3月の東日本大震災と、それに伴う東京電力福島第一原発事故によって、さまざまな社会的な現象が引き起こされている。そのひとつが、いわゆる「デモ」の増加だ。震災以降、原発の安全性を疑い、原発依存からの脱却や原発停止を訴えるデモが、従来の活動家だけでなく一般市民の間からも起こり、10カ月近く経った現在でもその動きは続いている。
しかしその一方で、「デモ」というものに対して多くの人々が根本的な誤解をしている場合が少なくない。たとえば、デモという行為を「違法なもので、参加しただけで逮捕されることがある」とか「労働組合や左翼の活動家がやる政治的な運動」などと思い込んでいるケースだ。さらには、ジャーナリストなどと自ら名乗りながら、「火炎瓶が飛び交って権力サイドの建物が炎に包まれないとサマにならない」とか「本気さがないガス抜きのお祭りパレード」などと、まったくトンチンカンなことを言い出す者まで出てくる始末だ。
だが、デモは違法なものではまったくない。社会的に認められた正当な行為であり、デモを主催したり参加しただけで警察に拘束されたり、逮捕されたりすることなどない。また、労組や活動家の政治的な道具でもない。いわば、手紙を書いたり音楽を演奏したりすることと同じ、表現活動のひとつなのである。
そうした誤解だらけの状況の中、デモについての手引書が話題を呼んでいる。昨年末に河出書房新社から刊行されたばかりの『デモいこ! 声をあげれば世界が変わる 街を歩けば社会が見える』がそれである。著者のTwitNoNukes (ツイットノーニュークス)は、震災後にTwitterを介して組織された脱原発デモを実行する有志。ほとんどのメンバーが、震災以前はデモなどまったく縁がなかった「ド素人」だった。
同書は「デモとは何か」を簡潔かつ分かりやすく解説、実際にデモを実行する際の手順がていねいに説明されている。また、デモの歴史的概要や、実際のデモ参加者の感想やデモ主催者へのインタビューなども合わせて収録されている。コンパクトな冊子だが、充実した内容となっている。
同書の執筆者の一人である松沢呉一氏は、「デモのことを知らない人があまりに多いことに大きなショックを感じた」という。
「デモに対して『無許可であんなことをしていいのか』と言う人がたくさんいることに驚いた。我々の世代なら、デモの際には警察に届け出るというのは当たり前のこと。それが、いつの間にか誤解だらけになってしまった」(松沢氏)
同書の内容は、ごく当たり前のことばかりだが、だからこそ重要な情報を提供してくれる。実際、インターネットの普及によって昔に比べて情報収集手段が格段に飛躍した現在でも、デモを主催実行する際の手順をまとめたものはどこにもなかったわけである。
「デモをしよう」という呼びかけは、いわば「詩や俳句を書こう」とか、「みんなでラジオドラマや自主映画を作ろう」と同じ表現活動であるということを教えてくれる1冊だ。
(文=橋本玉泉)
閉塞感漂う仮設住宅に革新! "これから"を見据えた『木造仮設住宅群』

『木造仮設住宅群 3.11から
はじまったある建築の記録』
(ポット出版)
雪が降りつもる東北地方のプレハブ住宅で新しい年を迎える被災者の様子が、年末年始にかけてテレビ各局で放送されていた。震災から10カ月、いまだ復興の足取りは鈍く、沿岸地域に明かりの灯る家は少ない。東日本大震災で建設された仮設住宅はおよそ7万戸。被災地が広範におよんだこと、津波によって流された家が多かったことなどから、その建設数も前代未聞の数字となった。そんな仮設住宅に対して、今回の震災では新たな試みがなされている。『木造仮設住宅群 3.11からはじまったある建築の記録』(ポット出版)は、前例のない木造による仮設住宅の建設に挑んだ記録である。
木造仮設住宅の建設に取り組み、この本を上梓したのは福島県会津地方に本社を置く建築事務所「はりゅうウッドスタジオ」。本書には、福島県に建設された史上初の木造ログハウスによる仮設建設の様子や、その具体的な工法とともに、そこに住む人々の写真が多数収められている。
震災直後から仮設住宅建設は急ピッチ進められたものの、前例のない需要量はプレハブ住宅の供給量をはるかにオーバーしていた。そこで注目されたのが、木造による仮設住宅。建築費用はおよそ400万円と、プレハブ仮設住宅の300万円に対して割高であるように見えるが、プレハブ仮設がリースであるのに対して、木造仮設は買い取りとなる。つまり、被災者が仮設から別の場所に移ったら、コテージや簡易宿泊所として転用したり、解体して「復興住宅」のための建材としてリサイクルをすることもできるのだ。さらに、使用した木材は福島県産のスギ材が使用されており、震災によって危機的な痛手を負った地場産業の活性化という意味でも効果を発揮する。
仮設住宅は一時避難場所としての住居であり、原則として使用期間は2年間と定められている。だが、入居者の状況によって期間は延長され、1995年に発生した阪神大震災の際は、最長で5年もの間を仮設住宅で過ごした被災者もいた。今回の震災で、福島県はいつ収束するともしれない原子力災害に見舞われており、被災者が仮設住宅を出られるめども立っていない。
プレハブ住宅は遮音性が低く、外や近隣住民の物音が筒抜けとなってしまうことが以前から問題視されていた。また、夏は暑く冬は寒いという居住性は、一般の住宅に比べて快適とはいえない。そんな問題点を抱えた仮設住宅で長期間避難生活をすることは、被災者にとって少なからぬストレスとなるだろう。プレハブに比べ、居住性の面で圧倒的に優れた木造仮設住宅は、先の見えない日々を送る被災者たちに安心感を与えてくれる。木材の温もりが伝わってくるような杉板張りの内装や、そこに生活する人々の明るい表情、本書に掲載された仮設住宅の写真を見ていると、思わずここに住んでみたいという気持ちにすらなってしまう。
■畑がある仮設住宅
仮設住宅をつくることは、新しい街をつくることでもある。本書には、その町づくりに対する工夫も記されている。
東日本大震災における仮設住宅の建設の際に重要視されたのがコミュニティー機能だった。阪神大震災発生時は、「地域コミュニティー」という感覚が乏しく、仮設住宅で新たな人間関係をつくりなおさなければならない被災者が続出。そのため、新たなコミュニティーからこぼれ落ちた老人たちの孤独死が発生し、社会問題にまで発展した。震災前と同じコミュニティーを維持しての避難生活や、そこでの人間関係の育成も仮設住宅に課せられた任務となった。
「とりあえず住む」という機能面ばかりが重視されてきたこれまでの仮設住宅は、まるで高度経済成長期の公団住宅のように、画一的で表情がなく、閉塞感を感じさせるような住宅だった。今回、はりゅうウッドスタジオでは、木造仮設住宅を建設するにあたり、家の配置を意図的にずらすことによって、画一性をできるだけ回避した。また、菜園スペースや談話室などを設けることによって、住民たちの会話が生まれるような仕組みもつくられている。
「仮設住宅に住む人々が建物をどう受け止めていくとしても、避難したすべての人々の生活が前向きなものでなくてはならず、避難している今現在の生活を容認することから、新しく復興が始まると思う」
本書のあとがきで、木造仮設住宅を設計したはりゅうウッドスタジオの芳賀沼整氏はこう語る。数年、あるいは数十年の単位によって行われる復興計画。一時的な避難場所としてではなく、「これから」に向けた第一歩として木造仮設住宅を建設することは、震災後の社会をつくる第一歩にもつながることだろう。
(文=萩原雄太[かもめマシーン])
セックスはテクニックよりも信頼感 彼女にも読ませたい『HOW TO オーガズム』
日本人のセックス回数が、世界最低レベルなのは今や常識だ。外国人が驚く、レベルの高いアダルトビデオやコミック等々、セックスメディアが溢れ返る日本では、もう誰もセックスに興味がないのか? と思いきや、意外なことにセックスをテーマにした「実用書」が出版ブームなっていた。
これまでも幾度かセックス本ブームはあったが、昨今、出版されているものの特徴は、医師が監修し、医学的な根拠に基づいて本当にセックスを楽しむためのキモになる部分にテーマを絞っていることだ。最近注目されている中の1冊『もちろん女医が教える 彼女にも読ませたいHOW TOオーガズム』(文苑堂)は産婦人科医の池下育子氏の監修によるもの。本書で驚いたのは、冒頭で「本書は女性を喜ばせるセックスのテクニックだけを一方的に指南するハウツーセックス本ではありません」と言い切っていることだ。
これまでのセックス本ブームでは「より気持ちよくなる方法」に主眼が置かれていたのだが、昨今のブームはそれとは違い「セックスで気持ち良くなるとは、こういうことです」と、諭すように教えることに主眼が置かれている。
なるほど、男であれ女であれセックスの後で「ホントに気持ちよかったのかな」と不安を抱いたことは必ずあるはず。あるいは、常日頃からパートナーに「愛撫の時間が短い」とか「ピストンが早すぎる」とか、不満な部分があるのに口に出せない人もいるだろう。
本書では、まず男女の性器のメカニズムを解説し「女性にとっては上手いか下手よりも、好きか嫌いかのほうがはるかに重要」「どんな男性もイチコロのものすごい女性器は迷信」であるとして、気持ちのいいセックスが二人の協力によって得られるものであることを示していく。前戯とインサートについて、解説した章では「愛撫やタッチは(これまでの)十分の一にする」といった具体的なレクチャーから「女性の乳房は、男性のペニスと同じくらい大切な場所」という精神的な側面まで、きちんと解説してくれる。
また、ベッドに入る前の男性視点では気づきにくい事柄への解説も充実している。女性が生理だった時の上手な対処法も「これは!」という気づきが多いが、さらに驚いたのは女性にとっての下着の価値にもページを割いていること。「ブラジャーのカップの部分を少しだけずらして乳首を露わにすると、ワイヤーが曲がってしまうことがある」「下着の上から女性器を愛撫するのは、有効なテクニックだが下着が汚れるのを嫌がる女性はけっこういる」等々、男性には気づかないことばかり。ここで書かれていることを実践するだけで、パートナーが信頼して身体を預けてくれるのではないかと思う。
少し前には、草食系男子や肉食系女子という言葉が流行し、結果としてセックスに対するネガティブなイメージが蔓延してしまっているのではないかと思う。とはいうものの、「セックスなんてしたくない」と、本気で思っている人なんているとは思えない。相手のあることだから「失敗したら、どうしよう」という恐れが先に立ってしまっているというのが、本音であろう。だからこそ、本書のような科学的に知っていて当たり前なことを解説する中で、知らなかった部分に気づいていくスタイルのセックス本は価値がある。
SNSなどさまざまなコミュニケーションツールの発達によって、むしろセックスする機会に出会いやすい環境は整っているハズだ。男性も女性も、こうした書籍で知識を再確認して、本当に気持ちいいセックスにチャレンジして欲しい。あ、本書でも触れているが避妊と性病の知識も忘れずに。
(文=昼間たかし)

【関連記事】
・「出会い系からオナカップまで」合理化が加速する"セックスメディア"は今後どうなる!?
・「綾瀬はるかの顔の横にペニスがズラリ!?」ポスト渾身のセックス特集
・四面楚歌で壊滅寸前!? エロ本生き残りの条件
もちろん女医が教える 彼女にも読ませたい HOW TO オーガズム とりあえず読んでおけばいいと思うよ。
気鋭の旅行記作家がバカバカしい例え話で科学の本質を語る『感じる科学』
素粒子って、朝○新聞夕刊のつまんないコラムのこと? しばしば目にはするけど、どういう意味かはよくわからない物理科学の世界。学会の先端では是非を巡って様々な議論がなされているが、実際のところ、研究者にもよくわかっていないのだという。
それならド文系の私にわかるわけないじゃないか、と理科学アレルギーの貴兄にこの一冊。『感じる科学』(サンクチュアリ出版)は、旅行記作家で、「相対性理論を世界一面白く解説する男」を自称するさくら剛氏が、難解な科学理論をわかりやすく、かつバカバカしく解説した本だ。業界有数の物理マニアであるさくら氏が、相対性理論から万有引力、量子論、進化論、ダークマターにビッグバンといった宇宙論まで、聞いたことはあるけどイマイチわからなかった不思議な科学の概要を、「プルルンと潤う上戸彩ちゃんのアヒル口から跳ね返った光子が私たちの目に入り......」といったような身近な例え話で面白おかしく説明してくれる。科学自体の面白さもさることながら、著者の軽妙な語り口が楽しい本だ。
例えば、「光は常に他のものより秒速30万キロメートル速く動いている。にもかかわらず光自体のスピードは常に変わらず秒速30万キロメートルのまま。宇宙では光速度を変えないように時間と空間が変形している」相対性理論の光速度不変の原則や、「物質を構成する最小の単位の粒である素粒子は、観測者が見ようとすると動きを止めてひと固まりの粒になってしまい、決して見ることが出来ない」「素粒子は何度も繰り返し観測を行うとまれに壁を越えた隣の部屋で見つかることもある」量子テレポーテーションのように、もう全然意味不明の、まさしく「なんだそりゃ~!」な世界。物理の授業がつまらなかったのは物理の教科書がつまらなかっただけで、「真面目さ」「難しさ」が物理を学ぶ妨げになっていたのではないか、とさくら氏は語っている。
この他にも「1500万円で死体を冷凍保存してくれるアメリカの財団」の話や、「タイムマシンや物質転移装置の開発は理論上可能。って全然理論上可能になってない」話など、興味深い話は尽きない。この『感じる科学』は、知的好奇心と笑いの欲求を同時に満たしてくれる良書だ。女子高生やアイドル、キャバクラなどのバカバカしい例え話に吹き出しながら科学を勉強しよう。
(文=平野遼)
●さくら・つよし
1976年静岡県生まれの作家。"相対性理論"を 世界一面白く解説する男を自称している。処女作の『インドなんか二度と行くかボケ!! ...でもまた行きたいかも』(アルファポリス)がベストセラーに。以降、『三国志男』(サンクチュアリ出版)『南米でオーパーツ探してる場合かよ!!』(メディアファクトリー)など多数の著作がある。
インターネットラジオ【さくら通信】http://sakuratsushin.com/

【関連記事】
・地元紙は"アルジャジーラ"になれるのか?『河北新報のいちばん長い日』
・闘志と犠牲精神を養い、今日から役立つ不抜の実用書『世界軍歌全集』
・それは虚礼か絆か? 年賀状の変遷から見る戦後の風景『年賀状の戦後史』
感じる科学 感じたい。
地元紙は"アルジャジーラ"になれるのか?『河北新報のいちばん長い日』

『河北新報のいちばん長い日 震災下
の地元紙』
(文藝春秋刊)
仙台市を拠点にニュースを発信し、宮城県内で48万部の発行部数を誇る地方新聞・河北新報。宮城県の世帯数が91万世帯というから、単純に計算すれば県民の半数以上が閲読している計算になる。そんな河北新報社から、震災後の同社の動きを記録したルポルタージュ『河北新報のいちばん長い日 震災下の地元紙』(文藝春秋刊)が発売された。
前例のない震災を経験して戸惑う現場。ガソリンが尽きそうになる中、続けられる取材活動。がれきの中の配達。新聞制作現場からのルポは、あらためて震災の大きさ、恐ろしさを浮かび上がらせる。また、記者として前線に出ることのできない辛さや、前線にあっても被災者を助けられず取材をすることしかできない苦しみ、避難したものの、報道人としてそれが適切であったのかについて悩まされる描写に現れる葛藤は、一介の地方新聞社という枠を越え読者の心を打つ。
震災が起こった当初、「われわれはみな被災者だ」と河北新報報道部次長の鹿又氏は言った。
河北新報では、津波によって支局が流され、販売拠点も多く失った。販売員やその家族たちも犠牲になった。しかし、河北新報が「被災者」と考えるのは、それ以上に「地元」が傷つけられたという悲しみによるものだ。
首都圏に軸を置く全国紙とは、「地元」へのこだわりが決定的に異なる。例えば、震災直後の死者数を伝える見出し。「死者1万人」なのか、「犠牲1万人」なのか、伝える事実は同じであるものの、その言葉が与える印象は大きく異なる。他紙がよりインパクトのある「死者」という言葉を選ぶ中、河北新報は「犠牲」という言葉を選んだ。被災者は「死者」という言葉を受け取ることができないのではないか、という判断だった。
新しいメディアに対して、新聞は「遅れた」メディアであるとされることが多い。ネット上で即時に伝えられる情報とは違い、新聞は毎朝・夕の2回しか発行されず、アーカイブもしにくい。しかし、今回の震災では、その「遅れている」ことが功を奏した。
停電によりテレビもつけられない。携帯電話も不通。急いで避難してきたからラジオを持っている人もごく一部。そのような状況となったときに、新聞の力は発揮された。これまで培ってきた強力な販売網によって避難所に運ばれた新聞の山はあっという間になくなってしまった。人々はそれを手にすると、むさぼるように読んでいた。外がどのような状況になっているのかも分からない。どれくらいの津波が襲ったのかも定かではない。生活インフラの復旧はいつになるのか。いつもは空気のような存在だった新聞のもたらす情報は、被災者にとっては単なる知識以上に死活問題だったのだ。
この20年間にさまざまなメディアが出現したことによって、新聞、特に地方紙の役割もだんだんと変わりつつある。20年前であれば河北新報は宮城県民や一部東北の住民だけを念頭に紙面を制作していればよかった。しかし、インターネットによって配信される記事は、県境を越え、世界中からのアクセスを可能にする。地元の声をそのまま日本中に広めることも可能になった。
ジャーナリストの津田大介氏は自身のメールマガジンで「地方新聞をはじめとするローカルメディアに求められているのは、『どうやって日本のアルジャジーラになるか』という視点ではないか」と語る。震災から月日が経てば、大手メディアはほかのニュースを追い求めて規模を縮小したり、引き上げてしまうことも多い。しかし、仙台に本社を置く河北新報には当然引き上げる場所はない。「あそこ」で起こった震災ではなく、「ここ」で起こった震災として、今でも被災者に寄り添った報道を続けている。それは、全国をカバーする大手メディアにも、組織を持たない個人が発信するTwitterやブログにも真似できない「報道」のあり方なのではないか。
本当に、新聞は「遅れた」メディアなのだろうか?
(文=萩原雄太[かもめマシーン])
闘志と犠牲精神を養い、今日から役立つ不抜の実用書『世界軍歌全集』

『世界軍歌全集 歌詞で読む
ナショナリズムとイデオロギーの時代』
(社会評論社)
一日の始まりはやっぱり軍歌だよね。もちろん、夜も軍歌。仕事中だって軍歌を聴いていると、やる気が出るよね?
真珠湾攻撃70周年を迎えた12月8日に発売された『世界軍歌全集 歌詞で読むナショナリズムとイデオロギーの時代』(社会評論社)。全424ページ、文字数60万字、収録された軍歌の数は総数300曲に及ぶ大著である。
いまだに石原莞爾が『最終戦争論』で示した予言を信じて(本気です、念のため)中二病扱いされ、有名国立大学で仏文を学ぶ美人女子大生を「セリーヌっていいよね」と口説いて、虫けら共をひねりつぶすような目で見られてもくじけない筆者としても感涙の一冊だ。こんな熱い大著を仕上げた著者に、ぜひ話を聞こうと「Giovinezza, Giovinezza, Primavera di bellezza(http://www.youtube.com/watch?v=_UW_l-mSOLU&feature=related)」と歌いながら、指定された場所に向かった。
本書のもとになったのは、著者の辻田真佐憲さんが運営しているサイト「西洋軍歌蒐集館」。ドイツ、イタリア、ソ連、フィンランド、スペインなど世界各国の軍歌の歌詞を和訳し、背景を解説。可能な限り音源のリンクも紹介する熱のこもったサイトである。実は、辻田さんに出版依頼があったのは3年前。そこから既にサイトで紹介していた軍歌を見直し、さらにまだサイトで紹介していない新たな軍歌を追加して......と、完成まで3年の歳月を経たというから軍歌への熱い想いは計り知れない。
辻田さんが軍歌の魅力にハマったきっかけは、中学2年生の時に偶然見つけた軍歌CD『露営の歌』を聞いてから。
「最初は、ネットで国内外の軍歌のサイトを見て情報を集めていましたが、大学に入ってからは自分で本を見つけて輸入して、歌の背景まで調べるようになりました」
辻田さんが、十余年間に資料収集につぎ込んだ資金は100万円を超えるという。それにしても、これだけの数の軍歌を見つけ出して収集するには、とてつもない労力を要するはずだ。
「ネットで歌を見つけて歌詞を和訳して、関連するデータを調べていくわけですが、YouTubeの登場には助けられました。多くの海外軍歌がアップロードされるようになったし、一つの軍歌を聞くと関連動画で別の軍歌も見つけることができるんです。また、Googleブックスが登場してからは、オンライン上で資料を探索することができるようになりました。ネットがなかったら、本書も成立しなかったでしょう」
驚くべきは、辻田さんが世界各国の軍歌をすべて独学で翻訳しているということ。辻田さんは英独仏に加えて、ラテン語やギリシャ語も読解できるのだが、それらも、多くは軍歌研究を通して学んだのだという。
「ドイツ語の語学学校に通ったこともあるんですけど、日常会話を学ぶよりも、自分の好きな分野だけやったほうがいいだろうと軍歌ばかり訳すことにしたんです。歌詞はずっと聞いていると覚えちゃうので、それを文法書を読みながら訳していく形を繰り返しているうちに、自然と身についていきました。朝鮮語とロシア語も、そういった形で学びました」
軍歌を訳して言語を習得する。今までに考えつかなかった「新しい」言語学習の方法である。
さらに驚きなのが、この本が単なるマニアな書籍では終わっていないことだ。発売直後には、Amazonは注文殺到で在庫が瞬殺、書店でも在庫切れと一時的に入手困難になるなど驚異的な売れ行きを示しているのだ。しかも、読者層は年齢もさまざま、男性ばかりと思いきや、意外と女性も多いという。
「発売直後に、ある女性声優がラジオでこの本を紹介してくれたのにはびっくりしました」
まさに、本書によって軍歌のパラダイムが大きく転換したのは間違いない。もはや、軍歌は、ちょっと後ろめたさを持って聞くものではなくなったのだ。
本書には権利関係などで、音源は収録されていないが、辻田さんはTwitterを通じてYouTubeへのリンクを張ったり、海外軍歌CDの通販情報も出していく予定だ。党員が7人だった時代は終わった。もう、誰も軍歌がなくては暮らせなくなる日は近い!
●著者に聞いた、まず聞くべきオススメの軍歌
・モスクワ防衛軍の歌
<http://www.youtube.com/watch?v=myOGE9S36WM>
言わずと知れたソ連軍歌。朝、仕事に出かける時にやる気が出る。
・東へ進め!(フィンランドから黒海まで)
<http://www.youtube.com/watch?v=EJgCYAThEAg>
ドイツ軍歌。これからの季節、受験生に最適な高揚感に溢れた歌。
・進発の歌
<http://www.youtube.com/watch?v=4qXVjcbWIF8>
「ラ・マルセイエーズの弟分」として愛唱されたフランス革命期の歌。『露営の歌』に対する『続露営の歌』のようなマイナー感がよい。
・ペロニスタ行進曲
<http://www.youtube.com/watch?v=XaMN2m5x8Jc>
アルゼンチンの軍歌。エヴァ・ペロン版の歌詞が珍しくてオススメ。
・モロトフはダメだ
<http://www.youtube.com/watch?v=RjjWSNTDVWc>
フィンランド軍歌。歌詞もリズムも軽快で楽しい。
(取材・文=昼間 たかし)
●つじた・まさのり
1984年生まれ。慶應義塾大学文学部卒。中学校時代から世界各国の軍歌の類を蒐集し続けている。ヒトラー関連本を渉猟するナチスマニアでもある。近代ナショナリズムが既往の歴史や価値観を恣意的に再編していく過程に関心を持つ。ウェブサイト「西洋軍歌蒐集館(http://gunka.sakura.ne.jp/)」を運営中。
それは虚礼か絆か? 年賀状の変遷から見る戦後の風景『年賀状の戦後史』

『年賀状の戦後史』(角川書店)
収集のため、朝早くから郵便局に並んだり、友達と交換したりと、デジタル以前の年代の人にとって、切手ならびに手紙は今よりも身近な存在であっただろう。携帯電話や電子メールの普及により、はがきの発行枚数が年々減ってきている。平成23年の官製はがき発行枚数は35億6,000枚と、ピークであった平成10年の41億9,545枚から減少しての数字だが、それでも膨大な量であることには変わりない。
日本人の慣例となっている年賀状であるが、戦後、年賀状の是非をめぐり、さまざまな議論があったことはご存じだろうか。『年賀状の戦後史』(角川書店)は、郵便学者の内藤陽介氏が、GHQの占領政策からWindows95以降の現代まで、戦後、年賀状がどのように移り変わり、取り扱われてきたかを描いた新書だ。オイルショックやストライキ、消費税導入、プリントゴッコの登場など、年賀状と年賀郵便が時代状況にいかに左右されてきたかが詳しく記されており、戦後史のある一面として興味深い。
「年賀状は虚礼である」との理由で、昭和15年から廃止されていた年賀郵便は、終戦後もしばらく執り行われず、昭和23年末になってようやく再開された。戦災の中、お互いの身元確認を取る手段として、年賀状は貴重な連絡の手段であり、また傾いた国家にとって大きな財源であった。そんな中、考案されたのが「お年玉くじ付き年賀はがき」だ。昭和24年、大阪の雑貨店経営者・林正治によって発明されたくじ付きはがきは、世界初の発明で、大変画期的なアイディアであった。初めてのお年玉はがきは完売したものの、「通常のお年玉はがきより高い1円の寄付金を加算された3円で販売された」こと、「寄付金込みお年玉はがきが1億5,000万枚発行されたのに対し、寄付金なしのはがきが3,000万枚しか発行されなかった」ことによる不満が相次ぎ、あまり評判は上がらず、郵便局員が自腹を切って購入することも少なくなかった。ちなみにその年のお年玉はがきの特等はミシン。だが、6等の小型切手シートのほうが人気が高かったという。
先だっての12月12日、2011年を表す漢字は"絆"であると発表された。東日本大震災や台風被害においての支援の輪、家族の大切さ、また、女子サッカー・なでしこジャパンのチームワークが主な理由であるという。戦後、日本人は焼け跡の中、年賀状をやり取りすることで絆を確認し合った。悲しい出来事があったこの年だから、絆を再確認するために年賀状をしたためてみてはいかがだろうか。虚礼でない、心のこもった手紙は、互いの絆をより深く強固なものとしてくれるだろう。
(文=平野遼)
●ないとう・ようすけ
1967年、東京生まれ。郵便学者。東京大学文学部卒業後、切手の博物館副館長などを経て、郵便学(郵便資料を用いて、国家と社会、時代や地域のあり方を読み解く研究)分野での著作・講演活動をおこなっている。主な著書に『外国切手に描かれた日本』(光文社新書)、『切手と戦争』(新潮新書)、『事情のある国の切手ほど面白い』(メディアファクトリー新書)などがある。











