妄想炸裂! “来なかった21世紀”を描いた『昭和ちびっこ未来画報』

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『昭和ちびっこ未来画報 
ぼくらの21世紀』(青幻舎)
 空飛ぶ自動車やお手伝いロボット、宇宙旅行に海底散策など、子どものころ、やがてやって来る21世紀という“素晴らしい未来”に心踊らせた経験は誰にでもあるだろう。そんな、昭和の子どもたちの最大の関心事であった「21世紀の未来予想図」をまとめた本が、『昭和ちびっこ未来画報 ぼくらの21世紀』(青幻舎)だ。  1950~70年代、「未来予想図」は子ども向けメディアの定番コンテンツだった。戦後、焼け野原になった日本は復興まで50年かかるといわれる中、わずか10年という驚異的なスピードで経済的な復興を成し遂げた。未来への希望が抱けるようになったころ、学習雑誌などにこぞって掲載されるようになったのが未来予想図だ。子どもたちだけでなく、大人にとってもまさに希望の象徴だった。そして迎えた高度経済成長。高速道路や新幹線が登場し、東京オリンピックが開催されるなど、まるで未来予想図がどんどんと現実化されていくような光景に、誰もが夢中になった。  未来予想図にはいくつかの定番がある。過去から未来へと急速に進む経済成長の象徴として好まれたのが、乗り物だ。自動車や鉄道、飛行機、船など、とにかく“スピード感”を強調した絵が数多く描かれた。    また、ロボットやコンピューター、宇宙といったテーマも定番中の定番。万能お手伝いロボットや機動隊ロボット、惑星探検やニコニコと街を歩く宇宙人など、まるでSFの世界。その一方で、コンピューターの誤算によって戦争が誘発されたり、人間の脳が支配されてしまったりするなど、不思議とリアリティがあってドキッとさせられるものも描かれている。   テレビの薄型化や3D化、通信衛星を活用した国際電話の登場など、もちろん当時の予想が的中したものもあるが、宇宙への移住や空飛ぶ自動車など子どもが心底ワクワクしたものほど現実化されていない。けれど、“自由奔放に未来を空想する”ということは、当時の子どもたちにとって一番身近で、最高の遊び道具だった。「ありえない」と思いながらも、やっぱり少し信じてしまうような、そんな不思議な魅力がつまっている。  未来予想図は60年代を全盛期に、徐々に失速していく。「今」を楽しむ80年代のバブル期で完全に力を失い、「世界の終わり」のような阪神大震災と一連のオウム事件が起こった90年代には完全に姿を消してしまった。  あのころ期待した“未来”は世界貿易センタービル崩壊の映像で幕を開け、アフガン戦争やイラン戦争といった20世紀の惨事が繰り返され、われわれは原発事故という未曾有の大事件に直面している。そして、いまや誰も未来について語らなくなってしまった。 「僕らは70年代の『終末』イメージに必ず登場した二つのもの、つまり『大震災』と『放射能汚染』が現実となった世界に生きている。今の僕らが楽しみたいものは、『世界の終わり』の次に描かれる『未来予想図』だ」(本文より)    確かに、いま私たちが生きている世界は明るくない。けれど、最悪のいまから抜け出す唯一の方法は、明日への好奇心なのではないだろうか。かつて私たちが目指した未来は“物質的な豊かさ”だったが、これから目指すべき未来の姿はそれとは違う。もう誰もがそのことに気付き始めているはずだ。 ●初見健一(はつみ・けんいち) 1967年、東京都渋谷区生まれ。日本大学英文学科卒業。出版社勤務を経てフリーライターに。主に60~70年代のキッズカルチャーについての話題など、レトロな戯れ言をネタに活動中。
昭和ちびっこ未来画報 妄想するのは自由です。 amazon_associate_logo.jpg
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妄想炸裂! “来なかった21世紀”を描いた『昭和ちびっこ未来画報』

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『昭和ちびっこ未来画報 
ぼくらの21世紀』(青幻舎)
 空飛ぶ自動車やお手伝いロボット、宇宙旅行に海底散策など、子どものころ、やがてやって来る21世紀という“素晴らしい未来”に心踊らせた経験は誰にでもあるだろう。そんな、昭和の子どもたちの最大の関心事であった「21世紀の未来予想図」をまとめた本が、『昭和ちびっこ未来画報 ぼくらの21世紀』(青幻舎)だ。  1950~70年代、「未来予想図」は子ども向けメディアの定番コンテンツだった。戦後、焼け野原になった日本は復興まで50年かかるといわれる中、わずか10年という驚異的なスピードで経済的な復興を成し遂げた。未来への希望が抱けるようになったころ、学習雑誌などにこぞって掲載されるようになったのが未来予想図だ。子どもたちだけでなく、大人にとってもまさに希望の象徴だった。そして迎えた高度経済成長。高速道路や新幹線が登場し、東京オリンピックが開催されるなど、まるで未来予想図がどんどんと現実化されていくような光景に、誰もが夢中になった。  未来予想図にはいくつかの定番がある。過去から未来へと急速に進む経済成長の象徴として好まれたのが、乗り物だ。自動車や鉄道、飛行機、船など、とにかく“スピード感”を強調した絵が数多く描かれた。    また、ロボットやコンピューター、宇宙といったテーマも定番中の定番。万能お手伝いロボットや機動隊ロボット、惑星探検やニコニコと街を歩く宇宙人など、まるでSFの世界。その一方で、コンピューターの誤算によって戦争が誘発されたり、人間の脳が支配されてしまったりするなど、不思議とリアリティがあってドキッとさせられるものも描かれている。   テレビの薄型化や3D化、通信衛星を活用した国際電話の登場など、もちろん当時の予想が的中したものもあるが、宇宙への移住や空飛ぶ自動車など子どもが心底ワクワクしたものほど現実化されていない。けれど、“自由奔放に未来を空想する”ということは、当時の子どもたちにとって一番身近で、最高の遊び道具だった。「ありえない」と思いながらも、やっぱり少し信じてしまうような、そんな不思議な魅力がつまっている。  未来予想図は60年代を全盛期に、徐々に失速していく。「今」を楽しむ80年代のバブル期で完全に力を失い、「世界の終わり」のような阪神大震災と一連のオウム事件が起こった90年代には完全に姿を消してしまった。  あのころ期待した“未来”は世界貿易センタービル崩壊の映像で幕を開け、アフガン戦争やイラン戦争といった20世紀の惨事が繰り返され、われわれは原発事故という未曾有の大事件に直面している。そして、いまや誰も未来について語らなくなってしまった。 「僕らは70年代の『終末』イメージに必ず登場した二つのもの、つまり『大震災』と『放射能汚染』が現実となった世界に生きている。今の僕らが楽しみたいものは、『世界の終わり』の次に描かれる『未来予想図』だ」(本文より)    確かに、いま私たちが生きている世界は明るくない。けれど、最悪のいまから抜け出す唯一の方法は、明日への好奇心なのではないだろうか。かつて私たちが目指した未来は“物質的な豊かさ”だったが、これから目指すべき未来の姿はそれとは違う。もう誰もがそのことに気付き始めているはずだ。 ●初見健一(はつみ・けんいち) 1967年、東京都渋谷区生まれ。日本大学英文学科卒業。出版社勤務を経てフリーライターに。主に60~70年代のキッズカルチャーについての話題など、レトロな戯れ言をネタに活動中。
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NHK『ネットワークでつくる放射能汚染地図』いま明かされる舞台裏

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 震災から2カ月を経た昨年5月15日、Twitterを中心に、NHKで放送されたある番組が話題となった。ETV特集『ネットワークでつくる放射能汚染地図~福島原発事故から2 か月~』。元理化学研究所の岡野眞治博士や元独立行政法人労働安全衛生総合研究所の研究官・木村真三博士らの全面的な協力の下、福島県内の2,000キロに及ぶ道路を測定したこの番組。専門家と共に調査された詳細なデータから、福島で進行する放射能汚染の現状を紹介した。この番組によって、ホットスポットとして知られる浪江町赤宇木地区の現状が映し出され、政府の指定した緊急時避難準備区域である30キロ圏の外側も、必ずしも安全ではないという事実を教えた。  文化庁芸術祭賞、早稲田ジャーナリズム大賞、日本ジャーナリスト会議大賞など、数々の賞を贈られたこの番組はシリーズ化され、現在までに『海のホットスポットを追う』『子どもたちを被ばくから守るために』などを放映。震災から1年となる2012年3月11日にはシリーズ5作目として『埋もれた初期被ばくを追え』と題した弘前大学による事故初期の甲状腺調査や、気象シミュレーションによる各地のヨウ素131の濃度が紹介される。  そして、この番組の制作者たちの手記が集められた『ホットスポット ネットワークでつくる放射能汚染地図』(NHK ETV特集取材班・講談社刊)が刊行された。これは、原発事故の真実を追いかけたドキュメンタリーの裏側を明かす1冊である。  番組制作の中心を担ったのはディレクターの七沢潔氏。『チェルノブイリ・隠された事故報告』『放射能 食糧汚染~チェルノブイリ事故・2年目の秋~』『原発立地はこうして進む 奥能登・土地攻防戦』など、原子力に関連した良質なテレビドキュメンタリーをつくってきた人物として知られている。しかし、東海村JOC臨海事故を取材した『東海村 臨界事故への道』を制作直後、放送文化研究所に異動。その後は番組制作の現場から遠ざかってしまった。国内の原子力問題を追求したことが仇となり、閑職へ追いやられてしまったのだ。  だが、福島第一原発事故は七沢を必要とした。原発を特集したドキュメンタリーを企画した大森淳郎チーフディレクターは、七沢の携帯電話を鳴らす。「やっぱりあんたに来てもらいたい」。  この番組でスタッフと共に、各地の詳細な放射線量を計測した木村博士もまたリスクを背負って参加をした人物だ。厚生労働省が所轄する労働安全衛生総合研究所研究員だった当時、「パニックを防ぐ」という名目で、同所には厳しい研究規制が敷かれていた。「行動は本省並びに研究所の指示に従うこと。勝手な行動は慎んでください」そのメールを受け取り、彼は辞表を書いた。翌日、番組の打ち合わせに出席し、彼は七沢らと共に福島へ向かう車に乗り込んだ。  今年86歳を迎える岡野博士にとって、長距離の移動だけでも体力的には無理がある。さらに、低血糖症であるため、1時間に1度ブドウ糖を補給しなければ身体がまったく動かなくなってしまうという症状を抱えていた。しかし、岡野博士もまた、妻の郁子さんと共に現地取材班に合流し、福島で彼オリジナルの測定器を操った。  ほかのスタッフたちにもさまざまな物語がある。放射線を浴びるかもしれないという危険だけでなく、それぞれがリスクを抱えていたのだ。  なぜ、彼らはそのようなリスクを背負ってまで福島に向かったのか。七沢は、それまでの原発取材の経験からこのように記している。「原発と、それを押し進める巨大な体制に根こそぎにされ、人生を奪われた人々を取材するにつけ、その行き場のない怒りと悲しみを知り、解決できない現実から逃れることができなくなった」  放送後、苦労の甲斐あって番組は高く評価された。しかし制作当時、この番組はNHK局内から冷ややかな視線が送られていたという。局内のルールとして30キロ圏内での取材が規制されていたにもかかわらず、彼らはその規則を破った。番組内容を聞きつけた上層部は「偏向しているのではないか」と危惧し、当初4月3日の放送を予定していた番組は5月に延期された。チーフプロデューサーの増田秀樹は「放送ができなかったら切腹では済まされない」と思いつめた。この番組の評価を考えれば、今では考えられないことばかりだ。  しかし、彼らは番組を制作し、社会に対して大きなインパクトを与えた。放送終了後、電話やメールなどで1,000件以上の再放送希望が寄せられ、NHKオンデマンドでは大河ドラマを凌ぐリクエストが集中した。  増田は、本書にこう寄せる。 「私たちは報道機関の端くれとして『事実を取材して伝える』という当たり前の仕事を、当たり前にやっただけで何も特別なことはしていない。山奥に置き忘れられていた非常用電源のようなもので、たまたま水没を免れ稼働を続けたに過ぎなかった」  この“非常用電源”が機能していなかったならば、福島第一原発と同様、メディアもまた暴走を続けてしまっていたかもしれない。『ネットワークでつくる放射能汚染地図』という番組は、日本にもまだ信頼できるメディアが存在しており、正しい情報を与えてくれるということを人々に確認させてくれた。  七沢はあとがきに記す。  「この本では通常の番組本では書かれない機微な舞台裏も描かれている。それはNHKという組織内の状況も含め、番組が制作され、放送にまで至ったプロセスを描かなければ、原発事故直後、日本中が『金縛り』にあったかのような精神状況、メディア状況下で作られた番組のメイキングドキュメントにはならない。(中略)有事になると、組織に生きる人々が思考停止となり間違いを犯すことも含めて描かなければ、後世に残す3.11の記録とはならないと考えたのである」 (文=萩原雄太[かもめマシーン]) ●ETV特集『ネットワークでつくる放射能汚染地図5 埋もれた初期被ばくを追え』 3月11日(日)夜10時~ <http://www.nhk.or.jp/etv21c/file/2012/0311.html
ホットスポット ネットワークでつくる放射能汚染地図 NHKの底力。 amazon_associate_logo.jpg
【関連記事】 ・「シャブ中の作業員も......」福島第一原発潜入ジャーナリスト・鈴木智彦の見た景色(前編)【シリーズ・震災遺体(上)】釜石市、市長たちが語る遺体安置所の光景地元紙は"アルジャジーラ"になれるのか?『河北新報のいちばん長い日』

NHK『ネットワークでつくる放射能汚染地図』いま明かされる舞台裏

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 震災から2カ月を経た昨年5月15日、Twitterを中心に、NHKで放送されたある番組が話題となった。ETV特集『ネットワークでつくる放射能汚染地図~福島原発事故から2 か月~』。元理化学研究所の岡野眞治博士や元独立行政法人労働安全衛生総合研究所の研究官・木村真三博士らの全面的な協力の下、福島県内の2,000キロに及ぶ道路を測定したこの番組。専門家と共に調査された詳細なデータから、福島で進行する放射能汚染の現状を紹介した。この番組によって、ホットスポットとして知られる浪江町赤宇木地区の現状が映し出され、政府の指定した緊急時避難準備区域である30キロ圏の外側も、必ずしも安全ではないという事実を教えた。  文化庁芸術祭賞、早稲田ジャーナリズム大賞、日本ジャーナリスト会議大賞など、数々の賞を贈られたこの番組はシリーズ化され、現在までに『海のホットスポットを追う』『子どもたちを被ばくから守るために』などを放映。震災から1年となる2012年3月11日にはシリーズ5作目として『埋もれた初期被ばくを追え』と題した弘前大学による事故初期の甲状腺調査や、気象シミュレーションによる各地のヨウ素131の濃度が紹介される。  そして、この番組の制作者たちの手記が集められた『ホットスポット ネットワークでつくる放射能汚染地図』(NHK ETV特集取材班・講談社刊)が刊行された。これは、原発事故の真実を追いかけたドキュメンタリーの裏側を明かす1冊である。  番組制作の中心を担ったのはディレクターの七沢潔氏。『チェルノブイリ・隠された事故報告』『放射能 食糧汚染~チェルノブイリ事故・2年目の秋~』『原発立地はこうして進む 奥能登・土地攻防戦』など、原子力に関連した良質なテレビドキュメンタリーをつくってきた人物として知られている。しかし、東海村JOC臨海事故を取材した『東海村 臨界事故への道』を制作直後、放送文化研究所に異動。その後は番組制作の現場から遠ざかってしまった。国内の原子力問題を追求したことが仇となり、閑職へ追いやられてしまったのだ。  だが、福島第一原発事故は七沢を必要とした。原発を特集したドキュメンタリーを企画した大森淳郎チーフディレクターは、七沢の携帯電話を鳴らす。「やっぱりあんたに来てもらいたい」。  この番組でスタッフと共に、各地の詳細な放射線量を計測した木村博士もまたリスクを背負って参加をした人物だ。厚生労働省が所轄する労働安全衛生総合研究所研究員だった当時、「パニックを防ぐ」という名目で、同所には厳しい研究規制が敷かれていた。「行動は本省並びに研究所の指示に従うこと。勝手な行動は慎んでください」そのメールを受け取り、彼は辞表を書いた。翌日、番組の打ち合わせに出席し、彼は七沢らと共に福島へ向かう車に乗り込んだ。  今年86歳を迎える岡野博士にとって、長距離の移動だけでも体力的には無理がある。さらに、低血糖症であるため、1時間に1度ブドウ糖を補給しなければ身体がまったく動かなくなってしまうという症状を抱えていた。しかし、岡野博士もまた、妻の郁子さんと共に現地取材班に合流し、福島で彼オリジナルの測定器を操った。  ほかのスタッフたちにもさまざまな物語がある。放射線を浴びるかもしれないという危険だけでなく、それぞれがリスクを抱えていたのだ。  なぜ、彼らはそのようなリスクを背負ってまで福島に向かったのか。七沢は、それまでの原発取材の経験からこのように記している。「原発と、それを押し進める巨大な体制に根こそぎにされ、人生を奪われた人々を取材するにつけ、その行き場のない怒りと悲しみを知り、解決できない現実から逃れることができなくなった」  放送後、苦労の甲斐あって番組は高く評価された。しかし制作当時、この番組はNHK局内から冷ややかな視線が送られていたという。局内のルールとして30キロ圏内での取材が規制されていたにもかかわらず、彼らはその規則を破った。番組内容を聞きつけた上層部は「偏向しているのではないか」と危惧し、当初4月3日の放送を予定していた番組は5月に延期された。チーフプロデューサーの増田秀樹は「放送ができなかったら切腹では済まされない」と思いつめた。この番組の評価を考えれば、今では考えられないことばかりだ。  しかし、彼らは番組を制作し、社会に対して大きなインパクトを与えた。放送終了後、電話やメールなどで1,000件以上の再放送希望が寄せられ、NHKオンデマンドでは大河ドラマを凌ぐリクエストが集中した。  増田は、本書にこう寄せる。 「私たちは報道機関の端くれとして『事実を取材して伝える』という当たり前の仕事を、当たり前にやっただけで何も特別なことはしていない。山奥に置き忘れられていた非常用電源のようなもので、たまたま水没を免れ稼働を続けたに過ぎなかった」  この“非常用電源”が機能していなかったならば、福島第一原発と同様、メディアもまた暴走を続けてしまっていたかもしれない。『ネットワークでつくる放射能汚染地図』という番組は、日本にもまだ信頼できるメディアが存在しており、正しい情報を与えてくれるということを人々に確認させてくれた。  七沢はあとがきに記す。  「この本では通常の番組本では書かれない機微な舞台裏も描かれている。それはNHKという組織内の状況も含め、番組が制作され、放送にまで至ったプロセスを描かなければ、原発事故直後、日本中が『金縛り』にあったかのような精神状況、メディア状況下で作られた番組のメイキングドキュメントにはならない。(中略)有事になると、組織に生きる人々が思考停止となり間違いを犯すことも含めて描かなければ、後世に残す3.11の記録とはならないと考えたのである」 (文=萩原雄太[かもめマシーン]) ●ETV特集『ネットワークでつくる放射能汚染地図5 埋もれた初期被ばくを追え』 3月11日(日)夜10時~ <http://www.nhk.or.jp/etv21c/file/2012/0311.html
ホットスポット ネットワークでつくる放射能汚染地図 NHKの底力。 amazon_associate_logo.jpg
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"納豆は混ぜれば混ぜるほど栄養価が上がる"はウソ!? 『おかめちゃんの納豆レシピ』

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『おかめちゃんの栄養たっぷり
納豆レシピ』(ワニブックス)
 カルピスが監修する『カルピス社員のとっておきレシピ』(池田書店)、キッコーマン監修の『ヘルシー! 豆乳レシピ』(ワニブックス)といった類の、メーカーお墨付きレシピ本が増えている。そんな中、おかめ納豆で有名なタカノフーズが渾身の1冊『おかめちゃんの栄養たっぷり納豆レシピ』(ワニブックス)を発売。社員だけが知っている75レシピが紹介されているという。  あのクセの強い納豆のこと。75もレシピがあれば、絶対にツッコミどころ満載な珍メニューの宝庫に違いない。そんな期待を込めてページをめくっていったのだが、「とろろなめたけ納豆ごはん」「ほうれんそうの納豆ナムル」「納豆ポテトもち」、と案外おいしそうなものばかり。  レシピの合間に挿入されている納豆コラムも、丸大豆納豆とひきわり納豆の栄養価の違いについて解説していたり、西日本で納豆を食べる人が少ない理由に言及したりと、"そういえばそれ気になってた!"という絶妙なポイントを突いた豆知識が多い。中でも"納豆Q&A"コーナーでの「納豆を混ぜる回数でおいしさや栄養は変わるの?」に対する回答には、ショックを隠し切れなかった。本書によると、混ぜることで舌触りが変わるだけで、栄養価に影響はないとのこと。昔、『発掘!ある●る大事典』か何かで、「納豆は混ぜれば混ぜるほど栄養価が上がる」とやっていたのを信じて、今の今まで混ぜまくっていたあの時間は無駄だったのか......!  このまま真面目な本のままで終わるのかと、残念なようなホッとしたような気持ちで読み進めていたら、本の後半から徐々に様子がおかしくなってきた。ネタ切れなのか、作り手がテンション上がって楽しくなってきちゃったのか、妙なレシピがところどころ登場。なぜかお米ではなく食パンで作る「納豆食パンのり巻き」。果たして納豆をトーストの具にしてもいいのかという疑問が先行する「納豆のりマヨトースト」。いずれも、「納豆お好み焼き」や「おろしねぎ納豆もち」のような比較的違和感のない納豆料理のページの間にさりげなく挟み込まれているから油断ならない。  せっかくなので、「納豆食パンのり巻き」「納豆のりマヨトースト」を作ってみることにした(作り方の詳細は本書を参照のこと)。
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手前がトースト、奥がのり巻き。食パンにのりをキレイに巻くのが難しいので注意。
 結果は、思った以上に悪くなく、特にトーストは甘じょっぱさがクセになる味。しかも、いずれもせいぜい5分程度で完成する。珍メニューかと思われたレシピすらもおいしくできあがるとは、タカノフーズめ、やりおる......。  レシピよし、豆知識よし、さらには納豆のネバネバが苦手な人向けに調理時のポイント解説まで掲載する抜かりない本書。また、ただのレシピや豆知識のほかにも、「バニラ納豆」「納豆ヨーグルトパンケーキ」のような納豆おやつの作り方や、大豆と納豆菌で手作り納豆を仕込む方法も載っているため、レシピすべてを制覇するには並々ならぬ納豆愛が必要である。 そして、ページのラストは、『おかめ納豆』をこよなく愛する社員の言葉を掲載し、納豆愛をたっぷり振りまいてシメ。それも、「納豆のおかげで毎日元気です。私の人生に欠かせないサポーターです☆(M.I 女性/九州工場)」「大学まで納豆嫌いだったわたしは『おかめ納豆 旨味』に出会ってから納豆が好きになりました。(Y.Y 男性/八王子営業所)」と"●●のおかげで身長が5cm伸びました"の定型句を彷彿とさせるものから、「納豆は人類を救う!(M.S 男性/八王子営業所)」とよく分からないものまで、皆、思い思いに納豆愛を表現している。彼らは皆、「納豆ヨーグルトパンケーキ」にも常日頃から慣れ親しんでいるのだろうか。気になるところである。 (文=朝井麻由美)
おかめちゃんの栄養たっぷり納豆レシピ おかめが一番だよ。 amazon_associate_logo.jpg
【関連記事】 ・安くてウマイ!! 駄菓子界の異端児の人気の秘密に迫る『謎のブラックサンダー』各界のうまい棒好き巨人が大結集! エロと電波でロフトプラスワンは阿鼻叫喚の坩堝に主役はアニキか納豆か? 水木一郎が納豆づくしになっちゃうDVD『頑張れ!!  納父さん』
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"納豆は混ぜれば混ぜるほど栄養価が上がる"はウソ!? 『おかめちゃんの納豆レシピ』


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『おかめちゃんの栄養たっぷり
納豆レシピ』(ワニブックス)
 カルピスが監修する『カルピス社員のとっておきレシピ』(池田書店)、キッコーマン監修の『ヘルシー! 豆乳レシピ』(ワニブックス)といった類の、メーカーお墨付きレシピ本が増えている。そんな中、おかめ納豆で有名なタカノフーズが渾身の1冊『おかめちゃんの栄養たっぷり納豆レシピ』(ワニブックス)を発売。社員だけが知っている75レシピが紹介されているという。  あのクセの強い納豆のこと。75もレシピがあれば、絶対にツッコミどころ満載な珍メニューの宝庫に違いない。そんな期待を込めてページをめくっていったのだが、「とろろなめたけ納豆ごはん」「ほうれんそうの納豆ナムル」「納豆ポテトもち」、と案外おいしそうなものばかり。  レシピの合間に挿入されている納豆コラムも、丸大豆納豆とひきわり納豆の栄養価の違いについて解説していたり、西日本で納豆を食べる人が少ない理由に言及したりと、"そういえばそれ気になってた!"という絶妙なポイントを突いた豆知識が多い。中でも"納豆Q&A"コーナーでの「納豆を混ぜる回数でおいしさや栄養は変わるの?」に対する回答には、ショックを隠し切れなかった。本書によると、混ぜることで舌触りが変わるだけで、栄養価に影響はないとのこと。昔、『発掘!ある●る大事典』か何かで、「納豆は混ぜれば混ぜるほど栄養価が上がる」とやっていたのを信じて、今の今まで混ぜまくっていたあの時間は無駄だったのか......!  このまま真面目な本のままで終わるのかと、残念なようなホッとしたような気持ちで読み進めていたら、本の後半から徐々に様子がおかしくなってきた。ネタ切れなのか、作り手がテンション上がって楽しくなってきちゃったのか、妙なレシピがところどころ登場。なぜかお米ではなく食パンで作る「納豆食パンのり巻き」。果たして納豆をトーストの具にしてもいいのかという疑問が先行する「納豆のりマヨトースト」。いずれも、「納豆お好み焼き」や「おろしねぎ納豆もち」のような比較的違和感のない納豆料理のページの間にさりげなく挟み込まれているから油断ならない。  せっかくなので、「納豆食パンのり巻き」「納豆のりマヨトースト」を作ってみることにした(作り方の詳細は本書を参照のこと)。
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手前がトースト、奥がのり巻き。食パンにのりをキレイに巻くのが難しいので注意。
 結果は、思った以上に悪くなく、特にトーストは甘じょっぱさがクセになる味。しかも、いずれもせいぜい5分程度で完成する。珍メニューかと思われたレシピすらもおいしくできあがるとは、タカノフーズめ、やりおる......。  レシピよし、豆知識よし、さらには納豆のネバネバが苦手な人向けに調理時のポイント解説まで掲載する抜かりない本書。また、ただのレシピや豆知識のほかにも、「バニラ納豆」「納豆ヨーグルトパンケーキ」のような納豆おやつの作り方や、大豆と納豆菌で手作り納豆を仕込む方法も載っているため、レシピすべてを制覇するには並々ならぬ納豆愛が必要である。 そして、ページのラストは、『おかめ納豆』をこよなく愛する社員の言葉を掲載し、納豆愛をたっぷり振りまいてシメ。それも、「納豆のおかげで毎日元気です。私の人生に欠かせないサポーターです☆(M.I 女性/九州工場)」「大学まで納豆嫌いだったわたしは『おかめ納豆 旨味』に出会ってから納豆が好きになりました。(Y.Y 男性/八王子営業所)」と"●●のおかげで身長が5cm伸びました"の定型句を彷彿とさせるものから、「納豆は人類を救う!(M.S 男性/八王子営業所)」とよく分からないものまで、皆、思い思いに納豆愛を表現している。彼らは皆、「納豆ヨーグルトパンケーキ」にも常日頃から慣れ親しんでいるのだろうか。気になるところである。 (文=朝井麻由美)
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"噂の眞相"元・副編集長が徹底追及 この国に蔓延する『タブーの正体!』

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『タブーの正体!』(筑摩書房)
 あの日から1年が経とうとしている。政府は福島第一原発事故の"収束"宣言を出したが、原発にかかわるあまたの問題はいまだ収束する気配はない。東京電力は政府からも大手メディアからも追及を受けず、会社の経営方針も変わっていない。これは東電が以前より各メディアに多額の広告を出稿し、記者・学者・ジャーナリストらを接待漬けに......、などして巨大な癒着構造"原子力ムラ"を作り上げていたためだ。このように権力・経済によって縛られ、原発および東電に対する報道がタブーとなったことは周知の事実であろう。  むろん、我が国には原発以外のタブーも数多く存在する。『タブーの正体!』(筑摩書房)は、「噂の眞相」元・副編集長で、現在はフリージャーナリスト兼編集者の川端幹人氏が、この国に存在する様々な"タブー"について言及した新書だ。ご存じ「噂の眞相」は1980~ゼロ年代、"タブーなき反権力ジャーナリズム"をうたい文句に、"ジャニーズ""皇室""検察"などのスキャンダルをスッパ抜いた伝説の総合月刊誌。その副編集長を務めていた川端氏が、自身の取材や体験を元に、タブーを生むメカニズムと、現代日本に存在するタブーについてひとつひとつ仔細に解説している。特に、右翼団体による「噂の眞相編集部襲撃事件」の顛末は生々しい迫力に満ちている。  現代社会において、タブーは「暴力・権力・経済」の3つの恐怖によって作られる。とりわけ近年では、経済の恐怖が暴力や権力以上にタブーを生み出す原因となっている。多額多量の広告をメディアに出稿し、圧力をかけ、自社に不利益をもたらす記事を書けなくさせるのが主な手法であるが、同じように広告を出稿していても、袋叩きにされる企業と批判を免れる絶対的タブーの企業に分かれる。その差は「歴史」と「広報の態度」によると川端氏は考察している。二大企業タブーとして恐れられている「トヨタ」「パナソニック」の強硬姿勢はつとに有名で、奥田碩トヨタ相談役は、2008年「厚生労働行政の在り方に関する懇談会」席上において「厚労省叩きは異常。マスコミに報復してやろうか。スポンサーを降りてやろうか」と発言している。自社と関係のない政府批判まで広告引き上げで潰そうとする、その傲慢な態度にはあきれるばかりだ。  上記のほかにも、反ユダヤ記事を書くと、ユダヤ資本により広告を引き上げるよう強い圧力をかける"ユダヤタブー"や、"電通タブー""バーニングタブー"など興味深い話は尽きない。  タブーは、報道の自由や国民の知る権利を侵す重大な問題だ。たとえば現在も、政府や東電が原発関係の情報を開示しないことで、多くの人が不利益を被っている。深く根を張るタブーを打ち破ることは難しいが、まず「タブーの正体」を知り近づくこと、そこから始めるしかないのではないだろうか。 (文=平野遼) ●かわばた・みきと 1959年和歌山県生まれ。中央大学法学部卒業後、自販機本編集、映画の脚本家などを経て、伝説のスキャンダル雑誌「噂の眞相」の副編集長に。すべての編集・取材を統括すると同時に、皇室論、検察スキャンダルなどを執筆、多方面で話題となる。2001年には編集長の岡留安則氏とともに右翼団体の襲撃を受け、負傷。同誌休刊後はフリージャーナリストとして活躍。著書に『Rの総括』(共著、木馬書館)、『日本新党のウソ、平成維新のデマ』(第三書館)、『事件の真相!』(共著、ソフトバンククリエイティブ)、『中吊り倶楽部』(共著、洋泉社)などがある。
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【関連記事】 ・メディア最大のタブー「電通」は日本人を洗脳し続けた黒幕だった!?被災地の実態から山口組組長直撃取材まで ──タブーなき名作ドキュメンタリーの世界無知が生んだ日本最大のタブー! 右翼も訝しがる"報道"を忘れた皇室番組の意義を問う
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"噂の眞相"元・副編集長が徹底追及 この国に蔓延する『タブーの正体!』

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『タブーの正体!』(筑摩書房)
 あの日から1年が経とうとしている。政府は福島第一原発事故の"収束"宣言を出したが、原発にかかわるあまたの問題はいまだ収束する気配はない。東京電力は政府からも大手メディアからも追及を受けず、会社の経営方針も変わっていない。これは東電が以前より各メディアに多額の広告を出稿し、記者・学者・ジャーナリストらを接待漬けに......、などして巨大な癒着構造"原子力ムラ"を作り上げていたためだ。このように権力・経済によって縛られ、原発および東電に対する報道がタブーとなったことは周知の事実であろう。  むろん、我が国には原発以外のタブーも数多く存在する。『タブーの正体!』(筑摩書房)は、「噂の眞相」元・副編集長で、現在はフリージャーナリスト兼編集者の川端幹人氏が、この国に存在する様々な"タブー"について言及した新書だ。ご存じ「噂の眞相」は1980~ゼロ年代、"タブーなき反権力ジャーナリズム"をうたい文句に、"ジャニーズ""皇室""検察"などのスキャンダルをスッパ抜いた伝説の総合月刊誌。その副編集長を務めていた川端氏が、自身の取材や体験を元に、タブーを生むメカニズムと、現代日本に存在するタブーについてひとつひとつ仔細に解説している。特に、右翼団体による「噂の眞相編集部襲撃事件」の顛末は生々しい迫力に満ちている。  現代社会において、タブーは「暴力・権力・経済」の3つの恐怖によって作られる。とりわけ近年では、経済の恐怖が暴力や権力以上にタブーを生み出す原因となっている。多額多量の広告をメディアに出稿し、圧力をかけ、自社に不利益をもたらす記事を書けなくさせるのが主な手法であるが、同じように広告を出稿していても、袋叩きにされる企業と批判を免れる絶対的タブーの企業に分かれる。その差は「歴史」と「広報の態度」によると川端氏は考察している。二大企業タブーとして恐れられている「トヨタ」「パナソニック」の強硬姿勢はつとに有名で、奥田碩トヨタ相談役は、2008年「厚生労働行政の在り方に関する懇談会」席上において「厚労省叩きは異常。マスコミに報復してやろうか。スポンサーを降りてやろうか」と発言している。自社と関係のない政府批判まで広告引き上げで潰そうとする、その傲慢な態度にはあきれるばかりだ。  上記のほかにも、反ユダヤ記事を書くと、ユダヤ資本により広告を引き上げるよう強い圧力をかける"ユダヤタブー"や、"電通タブー""バーニングタブー"など興味深い話は尽きない。  タブーは、報道の自由や国民の知る権利を侵す重大な問題だ。たとえば現在も、政府や東電が原発関係の情報を開示しないことで、多くの人が不利益を被っている。深く根を張るタブーを打ち破ることは難しいが、まず「タブーの正体」を知り近づくこと、そこから始めるしかないのではないだろうか。 (文=平野遼) ●かわばた・みきと 1959年和歌山県生まれ。中央大学法学部卒業後、自販機本編集、映画の脚本家などを経て、伝説のスキャンダル雑誌「噂の眞相」の副編集長に。すべての編集・取材を統括すると同時に、皇室論、検察スキャンダルなどを執筆、多方面で話題となる。2001年には編集長の岡留安則氏とともに右翼団体の襲撃を受け、負傷。同誌休刊後はフリージャーナリストとして活躍。著書に『Rの総括』(共著、木馬書館)、『日本新党のウソ、平成維新のデマ』(第三書館)、『事件の真相!』(共著、ソフトバンククリエイティブ)、『中吊り倶楽部』(共著、洋泉社)などがある。
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【関連記事】 ・メディア最大のタブー「電通」は日本人を洗脳し続けた黒幕だった!?被災地の実態から山口組組長直撃取材まで ──タブーなき名作ドキュメンタリーの世界無知が生んだ日本最大のタブー! 右翼も訝しがる"報道"を忘れた皇室番組の意義を問う

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稀代の経営者? キワモノ政治家? 元自由連合代表・徳田虎雄の半生

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『トラオ 徳田虎雄 不随の病院王』
(小学館)
 かつて、「自由連合」という政党があったことを覚えているだろうか。小政党ながら、作家の野坂昭如、落語家の月亭可朝、元タイガーマスク・佐山聡などのタレント候補や、ドクター中松、羽柴誠三秀吉などの泡沫候補を大量公認するなど、数多くの話題を振りまいてきた政党だ。その代表を務めていたのが徳田虎雄という人物。そんな彼の半生に迫ったジャーナリスト・青木理による1冊『トラオ 徳田虎雄 不随の病院王』(小学館)が刊行された。  自由連合代表としてだけでなく、日本最大の医療グループ「徳洲会」の理事長としても知られる徳田。その常識外れなエネルギーは、『週刊アサ秘ジャーナル』(TBS系)で共演した水道橋博士に「現代の英雄」と言わしめるほど。しかし、現在の彼はマスコミに登場することもなく、ひっそりとした生活を送っている。実は、全身の筋肉がだんだんと動かなくなってしまう奇病「筋萎縮性側索硬化症 (ALS)」に罹患し、動くこともできないばかりか、声も出せず、眼球の動きだけで周囲とのコミュニケーションを取っている状態だ。  本書にそって、彼の生き様を追ってみよう。  一昨年、普天間基地移設問題で突如、政治の渦に巻き込まれた奄美諸島・徳之島。人口およそ2万7,000人のこの島に、徳田は生を受けた。サトウキビと黒糖を栽培する貧しい農家から出発し、カンテラの心許ない明かりで勉強に明け暮れた少年時代。戦後間もない当時、徳之島は日本に返還されておらず、本土よりもさらに苦しい生活を強いられていた。父親は密貿易を行わざるを得なかったほど困窮していた。経済のみならず生活環境も本土とは比べ物にならないほど悪く、医療もままならない。そのような環境で、脱水症状で弟を死なせてしまった過去が、徳田を医師の夢へと向かわせた。離島医療をやらなければ意味がない――。当時誓ったその決意は固く、現在でも、徳田は離島や僻地に生きる人々に医療を提供しようとしている。  大阪大学医学部に進学した徳田は卒業後、医者としてのキャリアをスタートさせた。若干34歳で、自身の病院「徳田病院」を設置、2年後には医療法人徳洲会を設立するという異例の早さで頭角を現す。「生命だけは平等だ」「年中無休、24時間オープン」など、病院としては斬新なスローガンを武器に勢力を拡大。現在では、全国に66の病院を擁する日本最大の医療グループにまで発展するほどとなった。まわりの人間たちの徳田への忠誠心の強さが、時に「宗教のようだ」と揶揄されながらも、徳洲会は狭い医療の世界にメスを入れ続けている。  そして、過疎地や離島への医療の充実を図るためには、政治を動かさなければならないという決意から、徳田は政界への進出。1983年より衆議院選挙に出馬し、現職議員の保岡興治を相手にして、「保徳戦争」とも呼ばれた札束が飛び交う選挙戦を繰り広げる。2回の落選後、ようやく1990年に初当選。自由連合を組織し、10年にわたる在任期間に沖縄開発政務次官などの要職を歴任した。  まるで、立身出世物語の登場人物のような半生を送ってきた徳田。その結末にはALSによる全身不随というシナリオが待っていた。  現在、人工呼吸器によって、なんとか生存できている状態の徳田。しかし、そのエネルギーは衰えを見せることはない。平仮名が書かれたプラスティック板を使い、視線だけで自らの意思を伝えている。自分の身体はまったく動かすことはできないにもかかわらず、徳田は、徳洲会の経営を動かしている。すべての徳州会病院の様子をカメラでチェックするというその姿は、さながらシステムが暴走した世界を描くジョージ・オーウェルの傑作小説『1984年』をも彷彿とさせる。  石原慎太郎は、徳田の病床を訪れて涙を見せた。当時の総理大臣であった鳩山由紀夫は、普天間基地の徳之島移設案に対する根回しの協力を仰いだ。徳田の横たわる鎌倉の湘南鎌倉総合病院の特別室には、数多くの要人が訪れる。政治家としても、経営者としても、寝たきりのまま現役の活躍を続けているのだ。  一方で、徳田の半生には賛否両論が渦巻いている。徳洲会グループが新病院を設立する際には地元医師会との対立が避けられない。「正しい目的のためにはどのような手段でも正当化される」という徳田の思想は本当に正しいものなのか、疑問を持たずにはいられない。しかし、本書が明らかにする徳田の破天荒で濃厚な人間力には、ただただ感心するしかない。著者・青木に対して、プラスティック板を見つめながら、徳田はこう語る。 「これから が じんせいの しようぶ だと おもつている とじようこく には びよういん あれば たすかる ひとも たくさん いるはず せかいじゆうに かんじやの ための びよういんを つくるため あたえられた びようきと おもい かんしや している」  今日も、徳田の鋭い眼光は、プラスティック板の先に壮大な世界を夢見ていることだろう。 (文=萩原雄太[かもめマシーン]) ●あおき・おさむ 1966年生まれ、長野県出身。ジャーナリスト。慶應義塾大学卒業後、共同通信社に入社。東京社会部、ソウル特派員などを経て2006年からフリーに。公安警察の暗部を描いた『日本の公安警察』(講談社現代新書)のほか、『ルポ 拉致と人々』(岩波書店)などの著作がある。
トラオ 徳田虎雄 不随の病院王 名は体を表す。 amazon_associate_logo.jpg
【関連記事】 ・「シャブ中の作業員も......」福島第一原発潜入ジャーナリスト・鈴木智彦の見た景色フィリピン貧困層に助けられながら生きる"困窮邦人"『日本を捨てた男たち』バナナは人類の救世主!? そのありえないポテンシャル『バナナの世界史』
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稀代の経営者? キワモノ政治家? 元自由連合代表・徳田虎雄の半生

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『トラオ 徳田虎雄 不随の病院王』
(小学館)
 かつて、「自由連合」という政党があったことを覚えているだろうか。小政党ながら、作家の野坂昭如、落語家の月亭可朝、元タイガーマスク・佐山聡などのタレント候補や、ドクター中松、羽柴誠三秀吉などの泡沫候補を大量公認するなど、数多くの話題を振りまいてきた政党だ。その代表を務めていたのが徳田虎雄という人物。そんな彼の半生に迫ったジャーナリスト・青木理による1冊『トラオ 徳田虎雄 不随の病院王』(小学館)が刊行された。  自由連合代表としてだけでなく、日本最大の医療グループ「徳洲会」の理事長としても知られる徳田。その常識外れなエネルギーは、『週刊アサ秘ジャーナル』(TBS系)で共演した水道橋博士に「現代の英雄」と言わしめるほど。しかし、現在の彼はマスコミに登場することもなく、ひっそりとした生活を送っている。実は、全身の筋肉がだんだんと動かなくなってしまう奇病「筋萎縮性側索硬化症 (ALS)」に罹患し、動くこともできないばかりか、声も出せず、眼球の動きだけで周囲とのコミュニケーションを取っている状態だ。  本書にそって、彼の生き様を追ってみよう。  一昨年、普天間基地移設問題で突如、政治の渦に巻き込まれた奄美諸島・徳之島。人口およそ2万7,000人のこの島に、徳田は生を受けた。サトウキビと黒糖を栽培する貧しい農家から出発し、カンテラの心許ない明かりで勉強に明け暮れた少年時代。戦後間もない当時、徳之島は日本に返還されておらず、本土よりもさらに苦しい生活を強いられていた。父親は密貿易を行わざるを得なかったほど困窮していた。経済のみならず生活環境も本土とは比べ物にならないほど悪く、医療もままならない。そのような環境で、脱水症状で弟を死なせてしまった過去が、徳田を医師の夢へと向かわせた。離島医療をやらなければ意味がない――。当時誓ったその決意は固く、現在でも、徳田は離島や僻地に生きる人々に医療を提供しようとしている。  大阪大学医学部に進学した徳田は卒業後、医者としてのキャリアをスタートさせた。若干34歳で、自身の病院「徳田病院」を設置、2年後には医療法人徳洲会を設立するという異例の早さで頭角を現す。「生命だけは平等だ」「年中無休、24時間オープン」など、病院としては斬新なスローガンを武器に勢力を拡大。現在では、全国に66の病院を擁する日本最大の医療グループにまで発展するほどとなった。まわりの人間たちの徳田への忠誠心の強さが、時に「宗教のようだ」と揶揄されながらも、徳洲会は狭い医療の世界にメスを入れ続けている。  そして、過疎地や離島への医療の充実を図るためには、政治を動かさなければならないという決意から、徳田は政界への進出。1983年より衆議院選挙に出馬し、現職議員の保岡興治を相手にして、「保徳戦争」とも呼ばれた札束が飛び交う選挙戦を繰り広げる。2回の落選後、ようやく1990年に初当選。自由連合を組織し、10年にわたる在任期間に沖縄開発政務次官などの要職を歴任した。  まるで、立身出世物語の登場人物のような半生を送ってきた徳田。その結末にはALSによる全身不随というシナリオが待っていた。  現在、人工呼吸器によって、なんとか生存できている状態の徳田。しかし、そのエネルギーは衰えを見せることはない。平仮名が書かれたプラスティック板を使い、視線だけで自らの意思を伝えている。自分の身体はまったく動かすことはできないにもかかわらず、徳田は、徳洲会の経営を動かしている。すべての徳州会病院の様子をカメラでチェックするというその姿は、さながらシステムが暴走した世界を描くジョージ・オーウェルの傑作小説『1984年』をも彷彿とさせる。  石原慎太郎は、徳田の病床を訪れて涙を見せた。当時の総理大臣であった鳩山由紀夫は、普天間基地の徳之島移設案に対する根回しの協力を仰いだ。徳田の横たわる鎌倉の湘南鎌倉総合病院の特別室には、数多くの要人が訪れる。政治家としても、経営者としても、寝たきりのまま現役の活躍を続けているのだ。  一方で、徳田の半生には賛否両論が渦巻いている。徳洲会グループが新病院を設立する際には地元医師会との対立が避けられない。「正しい目的のためにはどのような手段でも正当化される」という徳田の思想は本当に正しいものなのか、疑問を持たずにはいられない。しかし、本書が明らかにする徳田の破天荒で濃厚な人間力には、ただただ感心するしかない。著者・青木に対して、プラスティック板を見つめながら、徳田はこう語る。 「これから が じんせいの しようぶ だと おもつている とじようこく には びよういん あれば たすかる ひとも たくさん いるはず せかいじゆうに かんじやの ための びよういんを つくるため あたえられた びようきと おもい かんしや している」  今日も、徳田の鋭い眼光は、プラスティック板の先に壮大な世界を夢見ていることだろう。 (文=萩原雄太[かもめマシーン]) ●あおき・おさむ 1966年生まれ、長野県出身。ジャーナリスト。慶應義塾大学卒業後、共同通信社に入社。東京社会部、ソウル特派員などを経て2006年からフリーに。公安警察の暗部を描いた『日本の公安警察』(講談社現代新書)のほか、『ルポ 拉致と人々』(岩波書店)などの著作がある。
トラオ 徳田虎雄 不随の病院王 名は体を表す。 amazon_associate_logo.jpg
【関連記事】 ・「シャブ中の作業員も......」福島第一原発潜入ジャーナリスト・鈴木智彦の見た景色フィリピン貧困層に助けられながら生きる"困窮邦人"『日本を捨てた男たち』バナナは人類の救世主!? そのありえないポテンシャル『バナナの世界史』

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