
『「あの日」からぼくが考えている
「正しさ」について』(河出書房新社)
昨年、僕たちを突如として襲った未曾有の大災害は、深い悲しみやがれきの山とともに、日本中にたくさんの“ことば”を生み出した。テレビや新聞、インターネット、カフェや場末の居酒屋に至るまで、さまざまな場所で「この震災はなんだったのか」という議論が何度も交わされたことだろう。
そんな中、とりわけ多くの人々から支持を集めた人物の一人が、作家・高橋源一郎だ。雑誌やTwitterなどで発表される彼のことばによって冷静さを取り戻し、勇気づけられた人々は少なくないだろう。2011年3月から12月までに高橋がTwitterやエッセーなどを通じて発表したことばをまとめた『「あの日」からぼくが考えている「正しさ」について』(河出書房新社)が刊行された。
2011年、高橋も僕たちと同様、地震に怯え、原発事故に戸惑いながら生活を送っていた。教鞭をとる明治学院大学の“非公認”卒業式(震災の影響で正式な卒業式は中止となった)に祝辞を送り、資源エネルギー庁が子どもたちに押し付ける“節電パンフレット”に怒った。それと同時に、小学生になったばかりのれんちゃんと、保育園に通うしんちゃんという2人の子どもに惜しみない愛を注いでいた。高橋の(親バカと形容されそうな)子どもへの眼差しは、「震災の悲劇」とはあまりにもかけ離れている。しかし、その両方が合わさってはじめて、作家・高橋源一郎の2011年が見えてくるのだ。
そもそも、高橋ほど「異端」な作家もいない。
学生運動に参加し、凶器準備集合罪によって逮捕・拘留された高橋。肉体労働に従事しながら小説を書きため、デビュー作『さようなら、ギャングたち』(講談社)は鮮烈な印象を持って迎えられた。以降、『Dr.スランプ』などの漫画・アニメの世界観をモチーフにした『ペンギン村に陽は落ちて』(集英社)や、AVの世界を描く『あ・だ・る・と』(主婦と生活社)など、誰にも真似することのできない小説を発表し続ける。文学界の登竜門である芥川賞を受賞することもなく、独特のスタンスで作家生活を営んできた(余談ながら、私が初めて彼の存在を知ったのは『スポーツうるぐす』(NTV系)の競馬解説者としてだった)。高橋は小説を信じ、その可能性に賭けてきた。
本書に掲載された中から、印象的なことばを紹介しよう。
「ことばを書く、ことばを他人に向けて使う、どちらもほんとうに、恐ろしいことだ、と思うことがあります。ふだんは忘れているけれど、時々、しみじみとそう感じる。いま、たぶん、そうなんだと思います。それでも、使うしかないんだけど」(12月1日のツイート)
「そもそも『すぐにことばが出る』というのは、異常な状態なのではないか。
ぼくたちは頭の中ですでに考えていたことを、まるで、さもいま思いついたかのようにしゃべる。
その時(うまくしゃべれている時)、頭の中はどうなっているのだろう」(「ぼくらの文章教室」特別編・第6回)
先に触れた逮捕・拘留中、高橋は失語症に陥った経験がある。ことばを生み出せない場所から出発した高橋が書くそれは、時にまったくのデタラメでありながら、同時にこれ以上ない美しさを感じさせる。本書を読んでいると、Twitterとは高橋のために開発されたツールなのではないかと錯覚してしまうほど、その言葉は140文字という制約を感じさせない広がりを持つ。
昨年執筆した『恋する原発』(講談社)では、「震災のチャリティAVをつくる」という突飛な設定にあらん限りのギャグを散りばめ、(高橋の本意ではないかもしれないが……)「ブンガク」の高みまで昇華させてしまった。当サイトの取材に対し、「3.11以降、読める小説と読めない小説が出てきた。『僕たちが住んでいる世界は、やっぱりおかしくないか?』という認識が根底にある小説は、3.11以降に読んでもやっぱり面白い」と語っていたが、高橋の作品の強度もまた、決して震災によって損なわれるものではないように感じる。
高橋の仕事は3月11日以前も以降も変わらずにデタラメだし、面白い。それはきっと、高橋が小説を、ことばを最も愛し、最も畏れているからではないだろうか。
(文=萩原雄太[かもめマシーン])
●たかはし・げんいちろう
1951年広島生まれ。81年、『さようなら、ギャングたち』で「群像」(講談社)新人長編小説賞優秀賞受賞。88年、『優雅で感傷的な日本野球』で第1回三島由紀夫賞受賞。著書に『虹の彼方に』『ジョン・レノン対火星人』『ペンギン村に陽は落ちて』、『日本文学盛衰史』など。05年より明治学院大学国際学部教授を務めている。
「05本」タグアーカイブ
“金づる視聴者”卒業!『おもしろいアニメとつまらないアニメの見分け方』

『「おもしろい」アニメと「つまらない」
アニメの見分け方』
(キネマ旬報社)
「全米ナンバーワンヒット」というキャッチコピーに何度だまされたことだろうか。小説は出だしの3行を読めばわかる、なんてよく言われるけれども、映画だとそうはいかない。1,800円を払い、2時間、暗い場内で苦痛の時間を過ごすことになる。テレビアニメの場合だと、ヤメ時がわからず、「これから急展開が待っているのかも」と、つまらないアニメを1クール延々と見続ける……なんてことも、ままある。
ビジュアルはカッコイイけど、ストーリーはつまらない。一見判断しがたいアニメの“おもしろさ”だが、名作には共通した普遍的法則が存在している。『「おもしろい」アニメと「つまらない」アニメの見分け方』(キネマ旬報社)は、脚本家の沼田やすひろ氏が、おもしろいアニメの法則とその構造について言及した本だ。『天空の城ラピュタ』や『トイ・ストーリー』『輪るピングドラム』などのおもしろさを論理的に解説している。その一方、『フラクタル』などにはかなり辛口な評価をしており、同作を監督したヤマカンこと山本寛氏が自身のTwitterで怒りをあらわにしたという、業界で話題沸騰中の本だ。
では、沼田氏の考える“おもしろさ”とは一体何なのか? アニメの第一印象は「キービジュアル」「画創り」「ミスペンス」「論理骨折がないこと」の4点がポイントになるという。「キービジュアル」「画創り」は魅力的な絵柄や構図、「ミスペンス」はミステリーとサスペンスを合わせた造語で、ストーリーに“危機のある謎”があるか、「論理骨折」はストーリーや世界観に矛盾点があり、論理的に破たんしていることを指す。例えば『フラクタル』でいうと、主人公の父親は“交易の仕事をしている”のに、この世界は“仕事をしなくてもいい”と説明される。解決されない矛盾=論理骨折があり、素直に物語を楽しめなくなってしまうのだ。
上記4点に加えて、“安心から恐怖へ”“拒絶から受容へ”という感情のゆさぶりを画創りで表現する「リマインダー」の要素や、“対立→葛藤→変化”といったキャラクターの変化を13段階の流れで示す「13フェイズ構造」も、おもしろさを判別する大きな指標となる。この構造に適っていない作品、――例えば『ゲド戦記』のような、理由のない唐突な変化や成長は、視聴者に強い違和感を与え、途端“つまらない”作品となってしまうのだという。なお、同作については、約20ページにわたり“つまらなさ”の構造が語られており、駄作に金銭と時間を浪費した著者の怨念さえ感じられる。
「――アニメの創り方を知らない後進が、『売れるはず』という思い込みのレッテルだけでプロデューサーに創作の機会を与えられ、結果『つまらない』、商業作品でない実験作が、商品として平然と世に出てしまっているのです。正直、そんな作品を観るのはお金と時間のムダです。『おもしろさ』の本質をとらえることのできない商業リマインダー主義のアニメ制作システムに、踊らされているだけです。もう、彼らの『金づる視聴者』でいることをやめませんか」(本文より)
現在のアニメ・テレビ業界のヒサンな状況をつくっているのは、われわれ視聴者自身であるのかもしれない。
(文=平野遼)
知る人ぞ知る8bitアーティスト・サカモト教授が丸裸に!?『サカモト教授完全攻略本』

『サカモト教授 完全攻略本』
近頃、ゴールデン番組などで、頭にファミコンを載せてマントを身に纏った人物を見たことがないだろうか。“サカモト教授”と呼ばれる彼は、2007年頃からニコニコ動画などでファミコン音楽を演奏する姿を発信、その後、ニコニコ生放送や全国各地でのライブを通して徐々にファンを増やしていった。もちろん、本家・坂本龍一氏とは無関係で、名字が坂本だったところからサカモト教授を自称するようになったといわれている。昨年、オリジナルアルバム『SKMT』(LASTRUM)をリリースしてメジャーデビューを果たして以降は、『コネクト』(NHK総合)や、『クイズプレゼンバラエティー Qさま!!』(テレビ朝日系)など多数のメディアに出演して広く認知されつつある。
サカモト教授の人気の秘密は、大きく分けて3つ。全ファミコン世代の心の琴線に触れるピコピコ音楽の演奏、そのおかしな風貌、そして最大の特徴ともいえる、ファンとの距離の近い交流だ。ライブやニコ生で感動的な演奏を披露しておきながら、Twitter等で「ウ●コ」「おっぱ●」などの言葉を悪びれなく発言してファンと絡む親しみやすいキャラクターが、カルト的な人気を誇っている。そんなファンたちの後押しもあり、『サカモト教授完全攻略本』(徳間書店)が発売されるに至った。

ライブでは、頭にファミコンを載せて
ゲーム音楽を演奏するサカモト教授。
本書の目玉は、ファイナルファンタジーシリーズの作曲者・植松伸夫氏とサカモト教授との対談と、サカモト教授ロングインタビューの2つ。植松氏との対談では、2人の原点となる音楽についてや、FFとドラクエ音楽の違い、音楽の制作環境に、2人の考える自己プロデューステクニックなどが語られている。
この調子で、てっきり真面目路線で作られた本なのかと思いながら、対談の次の章「サカモト教授ロングインタビュー」を読み進めると、徐々に様子がおかしくなってきた。「人生で初めてつけられたニックネームは“ウンコ食い”」「自分、小学生の頃、めちゃめちゃウンコが好きだったんです」、小学生のときに描いていた漫画は『“ウンコ軍とバキューム軍”の戦い』と、まあ“ウンコ”という単語の出てくる回数の多いこと! サカモト少年はウンコ好きだったため、漫画『“ウンコ軍とバキューム軍”の戦い』の設定ではウンコ軍が正義の味方だったという。

幼きサカモト教授作『“ウンコ軍とバキューム
軍”の戦い』。世界がウンコまみれになる漫画
だったのだろうか……?
それにしても、小学生という生き物はたいていがウンコ好きと相場が決まっているが、これほどまでに数多くのウンコエピソードを語られると、サカモト教授のウンコ好きは、生半可な気持ちだったわけではないのだとよく分かる。そんな愛に溢れたウンコエピソードの中で、筆者が最も感動を覚えたのは、小学3年生のときに彼が書いた作文である(以下、p38より原文ママ掲載)。
<きのう、あさ、学校に行くとき、うんこが三つならんで、とうせんぼを、していた。でも、しらんぷりして、とおった。ぼくは、学校で、
「帰りもあるかなあ。」
と、思った。ぼくは、しんぱいだった。でも、帰り、ちゃんと、ありました。つぎの日、あさ見に行ったら、うんこがきえていた。ぼくは、
「ほそみちが、さみしくなったな。」>
この作文は、担任の先生に「すごい感性だ!」と言わしめたほどの名作。ある日の登校中、ホヤホヤのウンコが雨に打たれるのを見たサカモト少年。その日の作文の授業で、朝見かけたウンコを心配する気持ちをしたためたのだそうな。ウンコ話ひとつで担任を感激させるとは、おそろしい小学生である。
そして、本の後半は、今までにサカモト教授が出したアルバム3枚のライナーノーツのほか、「サカモト教授のいきつけ 新宿ランチマップ」や、「サカモト教授の処女小説『コタツクロニクル』」(筆名:坂本概阿)、「サカモト教授のコスプレギャラリー」など、サカモト教授ファンに向けた小ネタページがたっぷり。また、ファンからの投稿ページでは、「ちょっとエッチが過ぎる。うらやまけしからん」(ryzさん)、「エロモト教授」(東京都・てんちょさん)、などのイジられ方をしているメッセージが目立っていた。
結局、全体を通して最も印象に残ったのは、ウンコ好きな一面と、エロモト教授な一面。ところが、最後のページについているサカモト教授作曲の未発表音源CD「prof.skmtレアドロップス」を聞くと、今までのウンコやエロモトがすべて帳消しになるくらいのカッコよさに打ち震えたのだった。こんな曲作っちゃうなんて……今まで散々ウンコウンコ言ってたくせに、ズルイ! この、カッコよさとカッコ悪さの絶妙なバランスが、熱狂的なファンの心を掴んで離さないのだろう。ぜひともいつか、これらの曲を使って、『“ウンコ軍とバキューム軍”の戦い』のRPGを作ってほしい。
(文=朝井麻由美)
■サカモト教授公式サイト
<http://p.sk-mt.com/>
知る人ぞ知る8bitアーティスト・サカモト教授が丸裸に!?『サカモト教授完全攻略本』

『サカモト教授 完全攻略本』
近頃、ゴールデン番組などで、頭にファミコンを載せてマントを身に纏った人物を見たことがないだろうか。“サカモト教授”と呼ばれる彼は、2007年頃からニコニコ動画などでファミコン音楽を演奏する姿を発信、その後、ニコニコ生放送や全国各地でのライブを通して徐々にファンを増やしていった。もちろん、本家・坂本龍一氏とは無関係で、名字が坂本だったところからサカモト教授を自称するようになったといわれている。昨年、オリジナルアルバム『SKMT』(LASTRUM)をリリースしてメジャーデビューを果たして以降は、『コネクト』(NHK総合)や、『クイズプレゼンバラエティー Qさま!!』(テレビ朝日系)など多数のメディアに出演して広く認知されつつある。
サカモト教授の人気の秘密は、大きく分けて3つ。全ファミコン世代の心の琴線に触れるピコピコ音楽の演奏、そのおかしな風貌、そして最大の特徴ともいえる、ファンとの距離の近い交流だ。ライブやニコ生で感動的な演奏を披露しておきながら、Twitter等で「ウ●コ」「おっぱ●」などの言葉を悪びれなく発言してファンと絡む親しみやすいキャラクターが、カルト的な人気を誇っている。そんなファンたちの後押しもあり、『サカモト教授完全攻略本』(徳間書店)が発売されるに至った。

ライブでは、頭にファミコンを載せて
ゲーム音楽を演奏するサカモト教授。
本書の目玉は、ファイナルファンタジーシリーズの作曲者・植松伸夫氏とサカモト教授との対談と、サカモト教授ロングインタビューの2つ。植松氏との対談では、2人の原点となる音楽についてや、FFとドラクエ音楽の違い、音楽の制作環境に、2人の考える自己プロデューステクニックなどが語られている。
この調子で、てっきり真面目路線で作られた本なのかと思いながら、対談の次の章「サカモト教授ロングインタビュー」を読み進めると、徐々に様子がおかしくなってきた。「人生で初めてつけられたニックネームは“ウンコ食い”」「自分、小学生の頃、めちゃめちゃウンコが好きだったんです」、小学生のときに描いていた漫画は『“ウンコ軍とバキューム軍”の戦い』と、まあ“ウンコ”という単語の出てくる回数の多いこと! サカモト少年はウンコ好きだったため、漫画『“ウンコ軍とバキューム軍”の戦い』の設定ではウンコ軍が正義の味方だったという。

幼きサカモト教授作『“ウンコ軍とバキューム
軍”の戦い』。世界がウンコまみれになる漫画
だったのだろうか……?
それにしても、小学生という生き物はたいていがウンコ好きと相場が決まっているが、これほどまでに数多くのウンコエピソードを語られると、サカモト教授のウンコ好きは、生半可な気持ちだったわけではないのだとよく分かる。そんな愛に溢れたウンコエピソードの中で、筆者が最も感動を覚えたのは、小学3年生のときに彼が書いた作文である(以下、p38より原文ママ掲載)。
<きのう、あさ、学校に行くとき、うんこが三つならんで、とうせんぼを、していた。でも、しらんぷりして、とおった。ぼくは、学校で、
「帰りもあるかなあ。」
と、思った。ぼくは、しんぱいだった。でも、帰り、ちゃんと、ありました。つぎの日、あさ見に行ったら、うんこがきえていた。ぼくは、
「ほそみちが、さみしくなったな。」>
この作文は、担任の先生に「すごい感性だ!」と言わしめたほどの名作。ある日の登校中、ホヤホヤのウンコが雨に打たれるのを見たサカモト少年。その日の作文の授業で、朝見かけたウンコを心配する気持ちをしたためたのだそうな。ウンコ話ひとつで担任を感激させるとは、おそろしい小学生である。
そして、本の後半は、今までにサカモト教授が出したアルバム3枚のライナーノーツのほか、「サカモト教授のいきつけ 新宿ランチマップ」や、「サカモト教授の処女小説『コタツクロニクル』」(筆名:坂本概阿)、「サカモト教授のコスプレギャラリー」など、サカモト教授ファンに向けた小ネタページがたっぷり。また、ファンからの投稿ページでは、「ちょっとエッチが過ぎる。うらやまけしからん」(ryzさん)、「エロモト教授」(東京都・てんちょさん)、などのイジられ方をしているメッセージが目立っていた。
結局、全体を通して最も印象に残ったのは、ウンコ好きな一面と、エロモト教授な一面。ところが、最後のページについているサカモト教授作曲の未発表音源CD「prof.skmtレアドロップス」を聞くと、今までのウンコやエロモトがすべて帳消しになるくらいのカッコよさに打ち震えたのだった。こんな曲作っちゃうなんて……今まで散々ウンコウンコ言ってたくせに、ズルイ! この、カッコよさとカッコ悪さの絶妙なバランスが、熱狂的なファンの心を掴んで離さないのだろう。ぜひともいつか、これらの曲を使って、『“ウンコ軍とバキューム軍”の戦い』のRPGを作ってほしい。
(文=朝井麻由美)
■サカモト教授公式サイト
<http://p.sk-mt.com/>
“ふるさとをあきらめない”詩人が耳を傾ける、25人の福島の現実

『ふるさとをあきらめない—
フクシマ、25人の証言—』(新潮社)
2011年10月17日、作家・高橋源一郎はTwitter上で展開する「午前0時の小説ラジオ」で、このようにツイートした。
「その分断線は誰が引いたのか。ぼくたちが自分の手で引いたのだ。その、いったん引かれた分断線は、二度と消えることがないのだろうか。分断線を越えること、分断線を消すことは不可能なのだろうか。自分が引いた分断線から、ぼくたちは出ることができないのだろうか」
東日本大震災は、日本中のほとんどすべての人々に深い断絶をもたらした。東日本/西日本、東北/首都圏、原発推進/脱原発、そして、被災者か否か。詩人・和合良一の新刊『ふるさとをあきらめない—フクシマ、25人の証言—』(新潮社)は、福島の「被災者」たちへのインタビューで構成されている。酪農家、アナウンサー、カフェ経営者、主婦、パチンコ店、それぞれ立場の違う25人が、和合に自身の震災の経験を語る。
現在では3万人あまりが県外に流出してしまったものの、震災直前に「福島県民」と呼ばれる人々は200万人を数えた。そのほとんど全員が、あの日を境に「被災者」と呼ばれるようになった。しかし、広大な面積を持つ福島県には、一言では言い表すことができないほど多様な被災者たちが存在する。津波で家を流された者、原発事故により避難生活を強いられている者、風評被害に苦しめられている農家、さまざまなレイヤーによって「福島の被災者」という総体は織りなされているのだ。和合は、そんな違いを持った彼らの声に丹念に耳を傾ける。「3月11日午後2時46分を、どのように受け止めたのか」「どんな生き方をしていきたいのか」という2つの大きな質問を軸に、対話は進んでいく。
福島が直面する「原発事故」に対しても、そのスタンスはさまざまだ。「子どもを守るために」と避難をした者もいる。あるいは「新しい環境は子どものストレスになるから」と福島にとどまった者もいる。「原発は即時撤廃させなければならない」と息巻く被災者も、「仕方がないのではないか」とあきらめ顔の被災者もいる。
松田文は37歳、いわき在住の介護士であり、仕事中に震災に直面した。毎時23マイクロシーベルトの放射線量を恐れ、彼女の勤める作業所は一時東京に避難した。しかし、東京で避難生活を送っていた彼女の気持ちは休まらなかった。
「受ける側というか、被災者の『被』っていう立場でただ何もせずにいる状況はどうなのかな、と。なんかこう、自分の中で擦り切れてくる部分があって。人として失っていく何かが、尊厳っていうか、なんて表現すればいいんだろう」(本文より)
そして、原発事故をきっかけに国やメディアに対しての信頼を失った彼女は、自分が子どもを授かることも「やっぱり厳しいかな」と思っているという。
「遺伝子に傷がつくんじゃないかとか。生んだ子どもが健康だとしても、次の世代、その次の世代を考えた場合、やっぱり何か影響が出てくるんじゃないかとか」(本文より)
そして、「個人的には私は福島、郡山はもう人が住むべきではないと思っている」という率直な気持ちを明かす。活字なので、その語り口はわからないものの、おそらくそこにはさまざまな感情が渦巻いているはずだ。
和合は、「福島県民は福島に残らず『避難したほうがいい』」という、ある文学者の言葉を読み、苛立ったという。その言葉はあたかも、避難する者/しない者の間にきっぱりと線を引き、福島に残ることが無知であると語っているかのように感じたからだ。しかし、詩人はただ苛立っているだけではない。その苛立ちを祈りに変えて、新たな言葉を紡ぎ上げる。あとがきで、和合はこう語る。
「ここに込められているインタビューの集合体に、いつしか私の震災の日々の思考を、他者の言葉であらゆる限りに込めたいと願うようになった。自分ではなく誰かに語ってもらったものに<宿る>何かこそが真実だと確信した」
その意味で、本書のインタビューは、和合にとっての新たな「作品」である。
「被災者ではない」我々は、いとも容易く「被災者の気持ちを考えろ」というような言葉を発してしまう。しかし、それは「被災者」として分断線を引かれた人々を一様にしかとらえられていない。「被災者」などという人間は存在しない。そこには「被災した人間」が存在しているのだ。そんな分断線を乗り越えるために、本書は刊行された。分断線を乗り越えた先には、とても単純ではあるものの、時として忘れがちな「福島の人々」の姿が浮かび上がってくる。
●わごう・りょういち
1968年福島生まれ。福島市在住。詩人。高校の国語教師。『AFTER』(思潮社)で中原中也賞受賞。『地球頭脳詩篇』(思潮社)で晩翠賞受賞。2011年3月11日、伊達市にある学校で被災。避難所で数日過ごした後、自宅からTwitterで詩を発信し続け大反響を呼ぶ。近著に、『詩の礫』(徳間書店)、『詩の邂逅』(朝日新聞出版)、『詩ノ黙礼』(新潮社)など。Twitterは今も続けられている。
“ふるさとをあきらめない”詩人が耳を傾ける、25人の福島の現実

『ふるさとをあきらめない—
フクシマ、25人の証言—』(新潮社)
2011年10月17日、作家・高橋源一郎はTwitter上で展開する「午前0時の小説ラジオ」で、このようにツイートした。
「その分断線は誰が引いたのか。ぼくたちが自分の手で引いたのだ。その、いったん引かれた分断線は、二度と消えることがないのだろうか。分断線を越えること、分断線を消すことは不可能なのだろうか。自分が引いた分断線から、ぼくたちは出ることができないのだろうか」
東日本大震災は、日本中のほとんどすべての人々に深い断絶をもたらした。東日本/西日本、東北/首都圏、原発推進/脱原発、そして、被災者か否か。詩人・和合良一の新刊『ふるさとをあきらめない—フクシマ、25人の証言—』(新潮社)は、福島の「被災者」たちへのインタビューで構成されている。酪農家、アナウンサー、カフェ経営者、主婦、パチンコ店、それぞれ立場の違う25人が、和合に自身の震災の経験を語る。
現在では3万人あまりが県外に流出してしまったものの、震災直前に「福島県民」と呼ばれる人々は200万人を数えた。そのほとんど全員が、あの日を境に「被災者」と呼ばれるようになった。しかし、広大な面積を持つ福島県には、一言では言い表すことができないほど多様な被災者たちが存在する。津波で家を流された者、原発事故により避難生活を強いられている者、風評被害に苦しめられている農家、さまざまなレイヤーによって「福島の被災者」という総体は織りなされているのだ。和合は、そんな違いを持った彼らの声に丹念に耳を傾ける。「3月11日午後2時46分を、どのように受け止めたのか」「どんな生き方をしていきたいのか」という2つの大きな質問を軸に、対話は進んでいく。
福島が直面する「原発事故」に対しても、そのスタンスはさまざまだ。「子どもを守るために」と避難をした者もいる。あるいは「新しい環境は子どものストレスになるから」と福島にとどまった者もいる。「原発は即時撤廃させなければならない」と息巻く被災者も、「仕方がないのではないか」とあきらめ顔の被災者もいる。
松田文は37歳、いわき在住の介護士であり、仕事中に震災に直面した。毎時23マイクロシーベルトの放射線量を恐れ、彼女の勤める作業所は一時東京に避難した。しかし、東京で避難生活を送っていた彼女の気持ちは休まらなかった。
「受ける側というか、被災者の『被』っていう立場でただ何もせずにいる状況はどうなのかな、と。なんかこう、自分の中で擦り切れてくる部分があって。人として失っていく何かが、尊厳っていうか、なんて表現すればいいんだろう」(本文より)
そして、原発事故をきっかけに国やメディアに対しての信頼を失った彼女は、自分が子どもを授かることも「やっぱり厳しいかな」と思っているという。
「遺伝子に傷がつくんじゃないかとか。生んだ子どもが健康だとしても、次の世代、その次の世代を考えた場合、やっぱり何か影響が出てくるんじゃないかとか」(本文より)
そして、「個人的には私は福島、郡山はもう人が住むべきではないと思っている」という率直な気持ちを明かす。活字なので、その語り口はわからないものの、おそらくそこにはさまざまな感情が渦巻いているはずだ。
和合は、「福島県民は福島に残らず『避難したほうがいい』」という、ある文学者の言葉を読み、苛立ったという。その言葉はあたかも、避難する者/しない者の間にきっぱりと線を引き、福島に残ることが無知であると語っているかのように感じたからだ。しかし、詩人はただ苛立っているだけではない。その苛立ちを祈りに変えて、新たな言葉を紡ぎ上げる。あとがきで、和合はこう語る。
「ここに込められているインタビューの集合体に、いつしか私の震災の日々の思考を、他者の言葉であらゆる限りに込めたいと願うようになった。自分ではなく誰かに語ってもらったものに<宿る>何かこそが真実だと確信した」
その意味で、本書のインタビューは、和合にとっての新たな「作品」である。
「被災者ではない」我々は、いとも容易く「被災者の気持ちを考えろ」というような言葉を発してしまう。しかし、それは「被災者」として分断線を引かれた人々を一様にしかとらえられていない。「被災者」などという人間は存在しない。そこには「被災した人間」が存在しているのだ。そんな分断線を乗り越えるために、本書は刊行された。分断線を乗り越えた先には、とても単純ではあるものの、時として忘れがちな「福島の人々」の姿が浮かび上がってくる。
●わごう・りょういち
1968年福島生まれ。福島市在住。詩人。高校の国語教師。『AFTER』(思潮社)で中原中也賞受賞。『地球頭脳詩篇』(思潮社)で晩翠賞受賞。2011年3月11日、伊達市にある学校で被災。避難所で数日過ごした後、自宅からTwitterで詩を発信し続け大反響を呼ぶ。近著に、『詩の礫』(徳間書店)、『詩の邂逅』(朝日新聞出版)、『詩ノ黙礼』(新潮社)など。Twitterは今も続けられている。
ホリエモンも推薦! “のび太くん級ダメ人間”が記したネットビジネス成功術の本
現在100万人とも言われるウェブ上のアフィリエイトビジネスの参加者——。そんな中、“のび太くん級のだめ人間”が記した書籍『1か月で3億円稼ぐジョイント思考』(あさ出版)が密かに注目を集めているという。
著者の一人、小島幹登氏は20代で30社の転職を繰り返したというダメ人間、もう一人の佐藤文昭氏は20代前半でカフェを開店し失敗、2000万の借金を背負った過去を持つ。
表題にある通り、1か月で3億円といっても、最終的には60日間で5億円以上を売上げ、その60%以上が粗利だったというから、まさに短期間で億万長者になったと同書では記されている。その成功術は、実際に同書を読んで頂くとして、そもそもネットビジネスとはアフィリエイト、オークション、輸入転売ネットショップなど、さまざまなジャンルが入り乱れているもの。だが、ネットを通じて集客→販売するという構造は同じ。それまでネット以外で行なわれてきた商取引のほとんどがネットに移行してきていると佐藤・小島両氏は語る。
「小さな個人ビジネスでもネット集客が有利であることを知らない人が多すぎるんです。自分の商品やサービスをいきなり全国に向けて販売し大きく稼ぐことも可能ですから」(両氏)
さらに、ITのスキルや知識は必要なくとも成功できるとしているのが同書の特徴で、「今までの商売の原則と変わらないという、意外にも王道的なマインドと思考法は一般のビジネス」(同)という。
雇用や年金受給など、将来の不安要素は高まるばかりの現在、自分の身は自分で守らねばならない。空いた時間でネットビジネスへ取り組みを考えている副業希望のサラリーマンは必見かも知れない。
●小島幹登
1975年神奈川県生まれ。株式会社イーメディック他、化粧品会社、不動産投資会社などグループ企業全体で17社を経営。
●佐藤文昭
1980年函館市生まれ。起業直後、2,000万円の借金を背負ったものの、たった5年で18社のグループ企業を率いる経営者にして、小説家(『吃音センセイ』講談社刊)でもある、異色のマルチ起業家。
『1か月で3億円稼ぐジョイント思考』(あさ出版/1575円)
殺風景な仮設住宅のイメージがガラっと変わる!?『仮設のトリセツ』

『仮設のトリセツ――もし、仮設住宅で
暮らすことになったら』(主婦の友社)
「首都圏で4年以内に70%」「東海地方では30年以内に88%」など、近い将来、巨大地震の発生が予測されている地震大国ニッポン。いまや、“仮設住宅住まい”は、他人事ではないのかもしれない。
東日本大震災から早1年。今も多くの被災者が仮設住宅での生活を余儀なくされている。仮設住宅というと、避難所よりはずっといいけれど、殺風景でなんとなく生活感のない印象があるが、そんなイメージをガラっと変える1冊『仮設のトリセツ――もし、仮設住宅で暮らすことになったら』(主婦の友社)が発売された。
「仮設住宅」と「トリセツ」――。一見、違和感がある言葉の組み合わせだが、「もし、仮設住宅で暮らすことになったら……」というネガティブな問いをポジティブに変えるヒントがつまっているのだ。
仮設住宅には、意外と知られていないルールがいくつかある。入居期限は原則2年(場合によって延長できることもある)。家賃は無料だが、水道・ガス・電気は居住者負担となる。生活に必要な電化製品6点は日本赤十字社によって希望者に支給されるが、テレビは32インチの液晶、炊飯器は5.5合などサイズが決まっている。また、こまごまとした物は家族構成に合わせて支給され、「100点セット」と呼ばれることもあるが、下着は上下3セット、靴下2枚などのほか、綿棒や目ざまし時計などもある。
一言に“仮設住宅”といってもさまざまなタイプがあり、コンテナユニットによるちょっぴりおしゃれな3階建て、切妻屋根、ログハウス型、一戸建てなどなど。さらに海外では、トレーラータイプ(アメリカ)、ブルーシート(インド)、高床式(インドネシア)など、日本以上にバリエーションに富んでいる。
■仮設の達人~究極のリフォーム~
たとえ、期間限定の仮住まいとはいえ、仮設住宅は“自分の家”であることには変わりない。本書では、そんな仮設住宅の住み心地をよくするためのリフォーム術が写真やイラスト付きで多数紹介されているが、リフォームというより、カスタマイズに近いのかもしれない。軒先のひさしは当たり前。洗濯物も干せる玄関前の「風除室」や、花壇、ベンチ、キッチンカウンターなど居住者のアイデア満載だ。さらに、床下や隙間をうまく使った収納上手さんまで登場。仮設住宅には次の入居者はいないため、すぐに取り壊せるレベルのDIYが可能。よってこのようなリフォームが手軽にできるのだそうだ。
車も通らない仮設団地の通路には子どもたちもいっぱい。元気に遊びまわり、夏にはお祭り、おえかき教室やボランティアさんとの鬼ごっこ……。家の中から子どもたちの様子が手に取るように分かることも含めて、古き良き昭和の長屋のような雰囲気だ。
「誰にでも住める」仮設住宅は、「誰にでも住みにくい」住宅でもある。そんな殺風景な仮設住宅が並ぶ仮設団地は、カスタマイズによって人の手が入ることでだんだんと街らしくなっていくのだ。
■『仮設のトリセツ』著者は大学教授
本書の著者は、新潟大学工学部建設学科准教授の岩佐明彦氏。新潟では、2004年から07年にかけて、7.13水害、中越地震、中越沖地震という3つの災害が続いた。これらの3つの災害で計5,500戸の仮設住宅が建設され、たくさんの人が一時的に不自由な生活を強いられた。新潟大学工学部の岩佐研究室では“同じ新潟に住む者として何かできないか”と、「仮設de仮設カフェ」というプロジェクトを実施。実際に被災地へ足を運び、仮設住宅に住む人々から仮設住宅の暑さをしのぐ方法や彩りを与える方法、ご近所さんと仲良くなる方法など、さまざまな「仮設の知恵」をヒアリング。居住者による環境改善策に注目しながら、仮設住宅の居住環境支援に取り組んできた。
東日本大震災ではこれまでに蓄積されたアイデアをもとに、ウェブサイト「仮設のトリセツ」(http://kasetsukaizou.jimdo.com/)を開設。被災地へ何度も足を運び、居住者に仮設住宅の改善策をレクチャーしたり、冊子を配布するなどの活動を行ったそうだ。
「つらいことばかりじゃありません。この本のアイデアで前向きに暮らしています」(福島県いわき市好間仮設住宅自治会長 藤井和彦さん)
と本書の帯には書かれているが、この本から見えてくるのは逆境にも負けない人間のたくましさや、地震や津波によって失われた町が少しずつ再興していく確実な息吹。一見、仮設住宅のマニュアル本やリフォームアイデア集のように見える本書だが、復興を支援する一つの表現なのかもしれない。
●いわさ・あきひこ
新潟大学工学部建設学科准教授・博士(工学)。1994年東京大学工学部建設学科卒業。2000年同大学院博士課程修了。同年新潟大学工学部助手。03年より現職。
●『仮設のトリセツ』
「この罪悪感がたまらん……!」“三次元百合”の世界で妄想と戯れる写真集『ゆりもえ』
女学園を舞台にしたライトノベル『マリア様がみてる』(集英社)の登場以降、男性愛好家が増えたと言われる萌えジャンル“百合(ゆり)”。男同士の愛情を描くBL(ボーイズラブ)の対極に位置付けられ、主に思春期の少女たちが友情の一歩先にある精神的つながりがもたらすものとして、女性同士で手をつないだり、キスをしたり、抱き合うシーンなどが描かれてきた。
今まで、主に二次元での趣向であった百合だが、近頃は“リアルの世界”でも百合の魅力にハマる男性が急増。その風潮の足掛かりとなっているのが、下着姿でのキスシーンが話題となったAKB48の「ヘビーローテーション」や、同性愛をテーマとしたSKE48の「片想いFinally」のミュージック・ビデオ、さらにオフショットでやたらとメンバー同士がイチャつくことでも有名なももいろクローバーZの映像など、グループアイドルによる百合行為なのだとか。
そんな三次元の百合好き男たちのニーズに、ズポッとハマる写真集『ゆりもえ~After School Girls~』(マイウェイ出版)が4月5日に発売される。登場するのは、現役女子高生アイドル・牧野留美ちゃんと、ロリフェイスにファンも多い逢坂愛ちゃん。どの写真も、せっかくのかわいい2人の表情はあえてはっきり写さず、見る者の妄想力を最大限に引き出すことに重きを置いた作りとなっている。
仲良しの2人は、屋上で手をつないだり、誰もいない教室でひざ枕したり、リップクリームをぬり合いっこしたり、体操着で跳び箱にまたがりフザケ合ったり、スクール水着で胸をツンツンしてみたりと終始、楽しそうに戯れる。今にも「アハハ、ウフフ」と笑い合う甲高い声が聞こえてきそうな、さわやかな青春の風景だ。
そんな彼女たちを眺めることで、胸に溢れる『多幸感』、無邪気過ぎるゆえの『ハラハラ感』、「見てはいけないものを見てしまった」「純粋な彼女たちに、一瞬でもエロさを感じてしまった」という『罪悪感』、この3つが次々と容赦なく押し寄せ湧き上がる何とも言えない甘酸っぱい感情。この複雑な感情こそが、男女の愛情でも、AVのレズビアンものでも決して味わうことのできない、百合の奥深い魅力ではないだろうか。
今後、さらなる広がりを見せそうな予感の三次元“百合萌え”作品。思春期の女子高生たちが織り成す男子禁制の美しき世界を、この写真集で先取りしてみてはいかがだろうか。
(文=林タモツ)

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今まで、主に二次元での趣向であった百合だが、近頃は“リアルの世界”でも百合の魅力にハマる男性が急増。その風潮の足掛かりとなっているのが、下着姿でのキスシーンが話題となったAKB48の「ヘビーローテーション」や、同性愛をテーマとしたSKE48の「片想いFinally」のミュージック・ビデオ、さらにオフショットでやたらとメンバー同士がイチャつくことでも有名なももいろクローバーZの映像など、グループアイドルによる百合行為なのだとか。
そんな三次元の百合好き男たちのニーズに、ズポッとハマる写真集『ゆりもえ~After School Girls~』(マイウェイ出版)が4月5日に発売される。登場するのは、現役女子高生アイドル・牧野留美ちゃんと、ロリフェイスにファンも多い逢坂愛ちゃん。どの写真も、せっかくのかわいい2人の表情はあえてはっきり写さず、見る者の妄想力を最大限に引き出すことに重きを置いた作りとなっている。
仲良しの2人は、屋上で手をつないだり、誰もいない教室でひざ枕したり、リップクリームをぬり合いっこしたり、体操着で跳び箱にまたがりフザケ合ったり、スクール水着で胸をツンツンしてみたりと終始、楽しそうに戯れる。今にも「アハハ、ウフフ」と笑い合う甲高い声が聞こえてきそうな、さわやかな青春の風景だ。
そんな彼女たちを眺めることで、胸に溢れる『多幸感』、無邪気過ぎるゆえの『ハラハラ感』、「見てはいけないものを見てしまった」「純粋な彼女たちに、一瞬でもエロさを感じてしまった」という『罪悪感』、この3つが次々と容赦なく押し寄せ湧き上がる何とも言えない甘酸っぱい感情。この複雑な感情こそが、男女の愛情でも、AVのレズビアンものでも決して味わうことのできない、百合の奥深い魅力ではないだろうか。
今後、さらなる広がりを見せそうな予感の三次元“百合萌え”作品。思春期の女子高生たちが織り成す男子禁制の美しき世界を、この写真集で先取りしてみてはいかがだろうか。
(文=林タモツ)
ゆりもえ なんか扉が開いた。
「この罪悪感がたまらん……!」“三次元百合”の世界で妄想と戯れる写真集『ゆりもえ』
女学園を舞台にしたライトノベル『マリア様がみてる』(集英社)の登場以降、男性愛好家が増えたと言われる萌えジャンル“百合(ゆり)”。男同士の愛情を描くBL(ボーイズラブ)の対極に位置付けられ、主に思春期の少女たちが友情の一歩先にある精神的つながりがもたらすものとして、女性同士で手をつないだり、キスをしたり、抱き合うシーンなどが描かれてきた。
今まで、主に二次元での趣向であった百合だが、近頃は“リアルの世界”でも百合の魅力にハマる男性が急増。その風潮の足掛かりとなっているのが、下着姿でのキスシーンが話題となったAKB48の「ヘビーローテーション」や、同性愛をテーマとしたSKE48の「片想いFinally」のミュージック・ビデオ、さらにオフショットでやたらとメンバー同士がイチャつくことでも有名なももいろクローバーZの映像など、グループアイドルによる百合行為なのだとか。
そんな三次元の百合好き男たちのニーズに、ズポッとハマる写真集『ゆりもえ~After School Girls~』(マイウェイ出版)が4月5日に発売される。登場するのは、現役女子高生アイドル・牧野留美ちゃんと、ロリフェイスにファンも多い逢坂愛ちゃん。どの写真も、せっかくのかわいい2人の表情はあえてはっきり写さず、見る者の妄想力を最大限に引き出すことに重きを置いた作りとなっている。
仲良しの2人は、屋上で手をつないだり、誰もいない教室でひざ枕したり、リップクリームをぬり合いっこしたり、体操着で跳び箱にまたがりフザケ合ったり、スクール水着で胸をツンツンしてみたりと終始、楽しそうに戯れる。今にも「アハハ、ウフフ」と笑い合う甲高い声が聞こえてきそうな、さわやかな青春の風景だ。
そんな彼女たちを眺めることで、胸に溢れる『多幸感』、無邪気過ぎるゆえの『ハラハラ感』、「見てはいけないものを見てしまった」「純粋な彼女たちに、一瞬でもエロさを感じてしまった」という『罪悪感』、この3つが次々と容赦なく押し寄せ湧き上がる何とも言えない甘酸っぱい感情。この複雑な感情こそが、男女の愛情でも、AVのレズビアンものでも決して味わうことのできない、百合の奥深い魅力ではないだろうか。
今後、さらなる広がりを見せそうな予感の三次元“百合萌え”作品。思春期の女子高生たちが織り成す男子禁制の美しき世界を、この写真集で先取りしてみてはいかがだろうか。
(文=林タモツ)

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今まで、主に二次元での趣向であった百合だが、近頃は“リアルの世界”でも百合の魅力にハマる男性が急増。その風潮の足掛かりとなっているのが、下着姿でのキスシーンが話題となったAKB48の「ヘビーローテーション」や、同性愛をテーマとしたSKE48の「片想いFinally」のミュージック・ビデオ、さらにオフショットでやたらとメンバー同士がイチャつくことでも有名なももいろクローバーZの映像など、グループアイドルによる百合行為なのだとか。
そんな三次元の百合好き男たちのニーズに、ズポッとハマる写真集『ゆりもえ~After School Girls~』(マイウェイ出版)が4月5日に発売される。登場するのは、現役女子高生アイドル・牧野留美ちゃんと、ロリフェイスにファンも多い逢坂愛ちゃん。どの写真も、せっかくのかわいい2人の表情はあえてはっきり写さず、見る者の妄想力を最大限に引き出すことに重きを置いた作りとなっている。
仲良しの2人は、屋上で手をつないだり、誰もいない教室でひざ枕したり、リップクリームをぬり合いっこしたり、体操着で跳び箱にまたがりフザケ合ったり、スクール水着で胸をツンツンしてみたりと終始、楽しそうに戯れる。今にも「アハハ、ウフフ」と笑い合う甲高い声が聞こえてきそうな、さわやかな青春の風景だ。
そんな彼女たちを眺めることで、胸に溢れる『多幸感』、無邪気過ぎるゆえの『ハラハラ感』、「見てはいけないものを見てしまった」「純粋な彼女たちに、一瞬でもエロさを感じてしまった」という『罪悪感』、この3つが次々と容赦なく押し寄せ湧き上がる何とも言えない甘酸っぱい感情。この複雑な感情こそが、男女の愛情でも、AVのレズビアンものでも決して味わうことのできない、百合の奥深い魅力ではないだろうか。
今後、さらなる広がりを見せそうな予感の三次元“百合萌え”作品。思春期の女子高生たちが織り成す男子禁制の美しき世界を、この写真集で先取りしてみてはいかがだろうか。
(文=林タモツ)
ゆりもえ なんか扉が開いた。

