
『東京スカイツリー論』(光文社新書)
5月22日、ついに開業した東京スカイツリー。開業から1カ月で、周辺施設を含めた来場者数は550万人を超え、震災と不況に沈む日本に久々に聞こえてきた明るいニュースとなった。しかし、自立式電波塔としては世界一の高さを誇るスカイツリーだが、そもそもの目的だったはずのテレビ地上波デジタル放送は1年早く開始され、これがなくても地デジの視聴にはなんら問題がないことがわかった。ではこの正体不明の馬鹿でかいシロモノはなんなのか。そんな問に対して、さまざまな角度から答えてくれるのが『東京スカイツリー論』(光文社新書)だ。
本書によると、すべての発端は2001年。国会決議により電波法が改正され、11年7月までにテレビ放送を地上アナログからデジタル完全に切り替えることが決められた。テレビ放送のデータの容量をデジタル化により圧縮することで、空いた部分を携帯電話キャリアの通信事業者などに開放することができる。しかし、デジタルの電磁波は高層ビルなどの背後に回りにくい性質があるため、600メートル級の新タワーが必要になった。つまりスカイツリーは、家のテレビと携帯電話で見るテレビのために建てられることが決まったわけだ。だが前者については、スカイツリー建設前の03年、東京タワーからの地デジ放送が開始されたものの、大きな問題は起きなかった。後者についても、08年のiPhone日本発売以降、ワンセグ機能を搭載したいわゆる「ガラケー」はどんどん淘汰されている。さらに、本書執筆時点では開業前だったドコモ肝いりのスマホ向け有料放送『NOTTV』に対し、著者はニコニコ動画などの双方向性サービスを引き合いに出して、一方通行なこのサービスに懐疑的な目を向けている。実際、始まったサービスの評判の悪さは著者の予言通りだ。こういった問題の原因に対し、著者は日本の産業構造の問題点を指摘する。
「東京スカイツリーが、少なくともその出発点においては、こうした不合理かつ不名誉な日本の社会システムやテクノロジーの在り方の結晶体として登場してしまったという現実は、シビアに直視しなければならないだろう」(本書より)
しかし、本書がスカイツリー批判本かというと、それはまったく違う。
世界のタワー史をなぞる2章に書かれた、“先輩塔”東京タワーの変遷が興味深い。70年代後半頃から古くさい観光スポットに成り下がった東京タワーが、89年に始まった夜間ライトアップを皮切りに、05年のリリー・フランキーの小説『東京タワー 〜オカンとボクと、時々、オトン〜』(扶桑社)など、電波塔としてだけではない新しい意味を持つようになったからだ。
「昭和期には明るい未来に向かう<昼>の『進歩』一辺倒だった東京タワー」が「平成に入って人間の普遍的な性や死に寄り添う<夜>の面を獲得」できたように、スカイツリーが抱えた「不合理かつ不名誉な日本の社会システムやテクノロジーの在り方の結晶体として」の<昼>の機能ではなく、“<夜>のスカイツリー”への模索こそが本書の本質だ。そしてその多くのヒントが、スカイツリー計画発表から完成までの周囲の人々の姿を追った4章に詰まっている。
著者が最初に新タワー建設計画を知ったのは、地元墨田区が建設候補地に選ばれた05年。急速に進む新タワー計画に不安を感じ、SNSを通じて集まった有志で「すみだタワー(仮)構想を考えてゆく住民の会」を結成。事業者である東武鉄道に、新タワー試案の提案や電磁波の出力・周波数開示を要求するなど、自らタワー建設に関わってきた人物なのだ。また、建設予定地でサーチライトを使って夜空に光のタワーを描く「光タワープロジェクト」や、建設地を訪れる観光客の憩いの場としてオープンした「枕橋茶や」、スカイツリー完成までを定点観測で写真に収めるグループ「スカテン」、スカイツリー建設観測記録の同人誌『スカイツリー Report』など、事業者の意図とは関係のない形でスカイツリーをめぐって活動していく人々の姿が描かれる。
「かつての東京タワーが高度成長する日本の『大きな物語』への自己同一化として人々に目指されていった事態を逆に捉え返して、物語のない状態から、あくまでも個々のまなざしがとらえた『小さな物語』を集積していくことによって、スカイツリーの物語性をボトムアップ式に構築していくムーブメントとして自分たちの活動を位置づける意志性が、ここには垣間見えよう」(本書より)
つまり、こうした活動の中に、夜のスカイツリーはすでに芽吹き始めていたのだ。
スカイツリーは日本古来の五重塔を参考にしたとされる。中心に建てられた心柱と、それを囲むような籠編み状の塔体。タワー自体は心柱のみで支えられており、ほとんどの部分で心柱と塔体は固定されていない。鉄骨がむき出しの東京タワーとは違い、スカイツリー自体を支えるものは隠れており、タワーの外見を作っているのは塔体だ。その構造は、4章にも書かれたスカイツリーを中心とする周囲の人々のコミュニケーションこそが、スカイツリーの物語を形成していったことに似ている。つまり、意味としてのスカイツリーの形は、我々次第でこれから好きなように作ることができるのだ。これから昇る人も昇る気がない人も、本書を読んでスカイツリーについて一度考えてみてはどうだろうか。間違いなくあの馬鹿でかいシロモノの見え方を変えてくれる一冊だ。
(文=大熊信)
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支援から始縁へ──書簡に綴られた被災者と支援者の交流の記録『忘れない』

『忘れない。』(大和書房)
2011年3月11日から1年と3カ月、最近では震災関連の報道はめっきり少なくなってしまったが、果たしてそんな中で十分に被災地の人々の声は伝えられているといえるだろうか。また、被災地を思う――支援している人々の声は、どのようなものであろうか。
『忘れない。』(大和書房)は、大学院講師で、「ふんばろう東日本支援プロジェクト」代表の西條剛央氏が預かった被災地からの手紙、被災地への手紙の一部をまとめ、掲載した本だ。同プロジェクトは、各地から被災地への物資支援を募り、現地へ届けるボランティア団体。当初は物資支援だけの目的であったが、礼状などのやりとりをするうちに、手紙を届ける事務局のような存在になっていった。本書は、それら書簡の一部・全39通を掲載している。便箋に書かれた70歳男性の達筆、「まいにち(自転車)のってるよ」と幼児の描いたイラスト入りはがきなど、直筆の手紙には、書いた人の人柄もにじみ出て、その人個人が在ることを確かに示してくれる。
無論、いい話ばかりではない。津波で亡くなった家族のこと、町の景色が変わってしまったこと、高い放射線量により長年住んだ家に住めなくなってしまったことなど、苦境にある被災者を思うと、思わず胸が痛くなる。
仮設住宅に入居している人とそうでない人に対する待遇の違いを訴える人も少なくない。同じ地域に住んでいても、物資、金銭など、あらゆる面で支援格差が生じている。一部の行政では「公平主義」に固執して、人数分ないからといって野菜を配らずにすべて腐らせるというような問題も起きている。
そのような中、気仙沼市に住むKさんの手紙がひときわ胸に沁みる。
「――震災で多くの物を失いましたが、震災がなければ気づかなかったこと、見えなかったことがたくさんあります。皆様方の温かいお気持ちだけで十分暖かい冬が過ごせそうです。本当に困っている人にお届けください」(本文より)
Kさんが苦境にあることは想像に難くないが、「本当に困っている人に……」と他人を気遣う気持ちは、高潔で、深く心を打たれる。
震災後、多くの人が「私たちに何ができるだろうか」と考えたのではないだろうか。現地に行く時間がない、体力がない、経済力がない――そんな人でも「気持ちを届ける」ことはできる。この本に掲載された手紙の書き手たちのように、支援のひとつとして、被災地への手紙をしたためてみてはいかがだろうか。日本中の人が被災地を“忘れていない”という気持ちが伝われば、被災者の方もきっと勇気付けられることだろう。
(文=平野遼)
●さいじょう・たけお
早稲田大学大学院(MBA)専任講師(専門は心理学と哲学)。「ふんばろう東日本支援プロジェクト」代表。1974年宮城県仙台市生まれ。早稲田大学大学院で博士号(人間科学)取得。「構造構成主義」という独自のメタ理論を創唱。この理論を用い、「ふんばろう東日本支援プロジェクト」を立ち上げ、ボランティア未経験ながら日本最大級のボランティア・プロジェクトへと成長させる。
《おたよりプロジェクト》では全国から届いた520通の手紙を被災地の一人ひとりに直接届けている。また、「被災地は郵便局もなく、ハガキや切手を手に入れにくい」という声に応え、全国の支援者から集まった切手約1万9500枚、ハガキ約9700枚、レターセット約7300セットを送り、支援から“始縁”につながる活動を行っている。
《物資支援プロジェクト》では2012年1月時点で3000カ所以上の避難・仮設住宅などに、15万5000品目に及ぶ物資を支援。《家電プロジェクト》では行政や赤十字の支援が受けられない個人避難宅をはじめ、2万5000世帯以上に家電製品を送った。その他、自立支援を目的とした《重機免許取得プロジェクト》《ミシンでお仕事プロジェクト》などを行っている。
本書は、印税金額と大和書房の売り上げの一部を、「ふんばろう東日本支援プロジェクト」を中心とする東日本大震災の復興支援活動に寄付させていただきます。
寄付の使途についての詳細は、「ふんばろう東日本支援プロジェクト」のホームページをご覧ください。
<http://fumbaro.org/>
「ワイルドだろ~?」キャラ弁の真逆をゆく『ザ・昭和弁当』

『ザ・昭和弁当』(主婦の友社)
キャラ弁が流行り出して以来、お弁当の敷居が高くなったように思う。異様に凝った、リラックマやアンパンマンをこしらえる手先の器用なママたちが脚光を浴び、なんの工夫もないお弁当を子どもに持たせた日には、学校で肩身の狭い思いをさせてしまうこと必至。だが、弁当界には、そんなキャラ弁の真逆をゆく「昭和弁当」というジャンルも存在することをご存じだろうか。
ブロガー・ドカ弁うめさんが作り続けてきた昭和弁当を、レシピ本としてまとめたのがこの『ザ・昭和弁当』(主婦の友社)だ。ドカ弁うめさんが母親の命日に、「母の作ってくれた思い出の味を自分でも作ってみよう」と始めた昭和弁当。そうそう、“昭和”の名の付くものには、こういうちょっとイイ話が不可欠。この、ちょっとイイ話と、“昭和”の威力は絶大で、えらくおおざっぱな盛りつけでも、どう見ても栄養価の低そうなお弁当でも許されてしまう。なぜなら、昭和の母の味だから!

ごま塩むすび弁当

いもたこなんきん弁当
例えば、「ハムエッグ花弁当」はご飯にけずり節、いり卵、ハムの順にのせただけ。「ハムタク弁当」はご飯に焼きのり、ハムカツとたくあんをドカ盛り。「さんまの塩焼き弁当」や「煮魚弁当」はご飯の上に魚を一匹丸ごとのせるもんだから、魚がお弁当箱からはみ出している。とにかく昭和弁当とは、ご飯におかずをのせただけのガチンコ勝負。細かく区画分けされた平成のお弁当とは大違いだ。

ハムエッグ花弁当
そして、それぞれのお弁当のネーミングセンスも捨て置けない。「なんちゃってうなぎの蒲焼き弁当」に、「びっくりえびフライ弁当」「あたりめぇーだのサラッダー弁当」と、微妙なネーミングも、“昭和”の名のもとに許される。「あたりめぇーだのサラッダー弁当」の中身は、適量のあたりめ(さきいかでも可)と、好みの野菜を混ぜたイカ入りサラダ。つけ合わせはやっぱり「前田のクラッカー」だそうだ。

びっくり天丼弁当
ちなみに、本書に掲載されているお弁当レシピは108。こういったレシピ本は、後半へいくにつれて、ネタ切れなのか少々おかしなレシピが登場することが多いのだが、やはりこの本もそうだった。112ページから始まる、パン系のお弁当のレシピがどうもおかしい。日の丸弁当のお米の部分をなぜか白い蒸しパンで作った「日の丸蒸しパン弁当」。甘いドーナツに、なぜかミートボールや魚肉ソーセージ、たこさんウインナーが入っている「ドーナツ弁当」。これって本当に昭和……?
でも、これでいいのだ。著者のドカ弁うめさんも、作るのが面倒くさいレシピがあれば、「お惣菜を使ったって全然OK。そういうところを無理しないのも、昭和人の懐の深さでやんす」と本の中で語っている。昭和は心が広いのだ。ちょっとばかり盛りつけがワイルドでも、いささかエキセントリックなレシピでも、昭和と言っておけば許される。今後は私も、大雑把なお弁当を作ったときは、「これ、レトロなお弁当だから」と昭和ぶろうっと!
(文=朝井麻由美)
「ワイルドだろ~?」キャラ弁の真逆をゆく『ザ・昭和弁当』

『ザ・昭和弁当』(主婦の友社)
キャラ弁が流行り出して以来、お弁当の敷居が高くなったように思う。異様に凝った、リラックマやアンパンマンをこしらえる手先の器用なママたちが脚光を浴び、なんの工夫もないお弁当を子どもに持たせた日には、学校で肩身の狭い思いをさせてしまうこと必至。だが、弁当界には、そんなキャラ弁の真逆をゆく「昭和弁当」というジャンルも存在することをご存じだろうか。
ブロガー・ドカ弁うめさんが作り続けてきた昭和弁当を、レシピ本としてまとめたのがこの『ザ・昭和弁当』(主婦の友社)だ。ドカ弁うめさんが母親の命日に、「母の作ってくれた思い出の味を自分でも作ってみよう」と始めた昭和弁当。そうそう、“昭和”の名の付くものには、こういうちょっとイイ話が不可欠。この、ちょっとイイ話と、“昭和”の威力は絶大で、えらくおおざっぱな盛りつけでも、どう見ても栄養価の低そうなお弁当でも許されてしまう。なぜなら、昭和の母の味だから!

ごま塩むすび弁当

いもたこなんきん弁当
例えば、「ハムエッグ花弁当」はご飯にけずり節、いり卵、ハムの順にのせただけ。「ハムタク弁当」はご飯に焼きのり、ハムカツとたくあんをドカ盛り。「さんまの塩焼き弁当」や「煮魚弁当」はご飯の上に魚を一匹丸ごとのせるもんだから、魚がお弁当箱からはみ出している。とにかく昭和弁当とは、ご飯におかずをのせただけのガチンコ勝負。細かく区画分けされた平成のお弁当とは大違いだ。

ハムエッグ花弁当
そして、それぞれのお弁当のネーミングセンスも捨て置けない。「なんちゃってうなぎの蒲焼き弁当」に、「びっくりえびフライ弁当」「あたりめぇーだのサラッダー弁当」と、微妙なネーミングも、“昭和”の名のもとに許される。「あたりめぇーだのサラッダー弁当」の中身は、適量のあたりめ(さきいかでも可)と、好みの野菜を混ぜたイカ入りサラダ。つけ合わせはやっぱり「前田のクラッカー」だそうだ。

びっくり天丼弁当
ちなみに、本書に掲載されているお弁当レシピは108。こういったレシピ本は、後半へいくにつれて、ネタ切れなのか少々おかしなレシピが登場することが多いのだが、やはりこの本もそうだった。112ページから始まる、パン系のお弁当のレシピがどうもおかしい。日の丸弁当のお米の部分をなぜか白い蒸しパンで作った「日の丸蒸しパン弁当」。甘いドーナツに、なぜかミートボールや魚肉ソーセージ、たこさんウインナーが入っている「ドーナツ弁当」。これって本当に昭和……?
でも、これでいいのだ。著者のドカ弁うめさんも、作るのが面倒くさいレシピがあれば、「お惣菜を使ったって全然OK。そういうところを無理しないのも、昭和人の懐の深さでやんす」と本の中で語っている。昭和は心が広いのだ。ちょっとばかり盛りつけがワイルドでも、いささかエキセントリックなレシピでも、昭和と言っておけば許される。今後は私も、大雑把なお弁当を作ったときは、「これ、レトロなお弁当だから」と昭和ぶろうっと!
(文=朝井麻由美)
トークイベントで見た空前の女子率! ついに「軍歌ブーム」がやってきた?

著者・辻田真佐憲氏
世の中には、こんなに軍歌を愛する人々が多かったのか! 昨年12月8日、真珠湾攻撃70周年の記念すべき日に社会評論社から発売された異色の書籍『世界軍歌全集』。発売から早半年を過ぎようとしているのに、その売れ行きは止まらない。むしろ、どんどんと新たな読者を獲得している恐るべき一冊だ。
6月8日、紀伊國屋書店新宿南店3階のイベントスペース「ふらっとすぽっと」にて、本書の著者・辻田真佐憲氏と、「珍書プロデューサーまたはサバカルチャー編集者で知られる社会評論社のハマザキカク」こと編集者の濱崎誉史朗氏によるトークライブが開催された。
著書である辻田氏のマニアックさは発売直後に本サイトでも報じたが(※記事参照)、この日のイベントで共に登壇した濱崎氏は、『超高層ビビル』『世界飛び地大全』『ニセドイツ1・2』『ゴム銃大図鑑』『世界の首都移転』と、誰得(失礼!)な奇書を次々と世に送り出してきた希代の傑物として評価が高い編集者だ。これはとんでもないトークが展開されるに違いないと期待しつつ、開始10分前に到着した筆者は驚いた。すでにほとんどの席が埋まっているのだ。その時点で人数は30人あまり。その後さらに参加者は増えて、50人を超える大盛況となった。今回のトークテーマは「軍歌」だが、軍歌の愛好者は常にマイノリティだ。何を隠そう筆者もその一人なのだが、中学や高校の遠足のバスの中、大学の新歓コンパの二次会のカラオケでなりふり構わず軍歌を歌って、学校生活をぼっちで過ごした人は少なくないはず。ところが、この日の観客はまったくそうではない。終始、和気あいあいである。
それに加えて驚くのが、若い女性の観客が山のようにいること。しかも、都会的なタイプから黒髪ストレート、アボガドをビニール袋入れて持参する女子まで、何かの仕込みかと思うほどかわいいコばっかり(注:真実です)。
どうも、筆者の知らないうちに軍歌はオシャレなものになっていたらしい。いや、軍歌を愛聴してきてよかった……。もはや気分は涙、莞爾と部隊長。いざ来いニミッツ、マッカーサーといった具合である。
さて、トークは編集者の濱崎氏が著者の辻田氏に質問する形式で進行したのだが、ほとんど辻田氏の独壇場であった。イベントは19時開始だというのに、辻田氏は仕事を休み、朝からTwitterでこのイベントにかける意気込みを繰り返しツイート。『叩き潰せ米英』、『進め一億火の玉だ』などを聞いて気分を高揚させていたというのだから、当然である。
辻田氏は、本書の意義を次のように熱く語る。
「軍歌は政治的な語り口だけでは説明できない。ところが、これまでの日本の軍歌を扱う書籍は、鎮魂とか文化的側面ばかりを重視してきました。戦車を好きな人が軍国主義者だとは限りません。そういうことを語る人とは別に、単純にオタクとして聞いたほうがよい。それを実践したのが、自分の本なんです」
つまり「政治とか関係ナシにもっと軍歌を聴いて楽しもうぜ!」というのが、本書を通じて辻田氏が訴えたかったことなのだ。そして、最新の軍歌ともいえる北朝鮮の金正恩第一書記を讃える『パルコルム』について熱く語り、敵対しているはずのアメリカの企業が運営するYouTubeに最新の軍歌をアップロードしている北朝鮮当局を絶賛する。
途中、濱崎氏に「軍歌は新譜を得るのが難しいのでは?」に問われると、「だからこそ、北朝鮮は有り難い」と強調。生きた軍歌を生み出し続けている、という一点だけでこんなに称賛されるなんて、北朝鮮が知ったら驚くだろう。ちなみに、言葉がわからないゆえに、まだ調べ尽くせていない軍歌があることには、悔しさも滲ませていた。
とにかく、軍歌一筋の人生をおくってきた辻田氏。濱崎氏に「ポップスとか聞かないの?」と聞かれるとこう答えた。
「ポップスってなんですか? 十数年間毎日、軍歌しか聴いてませんよ。家にいるときは声に出して歌っているし、仕事をしている時は脳内で歌っています!」
そう語る姿は、まさに覚悟を決めた「漢」であった。観客の女子率の高さも納得である。
まさに空前の軍歌ブームの到来を予感させるトークイベント。配布された辻田氏自作の資料では、紀元前24世紀のエジプト古王国の時代にファラオの宰相・ウニが世界最古の軍歌をつくった記録があるといったトリビアも記されるなど、熱気に溢れるイベントであった。
上坂すみれ同志のように、声優なのにソ連に対する愛を隠さないような女子まで登場したし、本年の下半期のトレンドは間違いなく軍歌である(なお、辻田氏も機会があれば対談したい、と上坂同志に対する同志愛を語っていた)。
イベント終了後の懇親会では、軍歌のみならず「左翼系男子ボーイズラブ」同人誌が回覧されるなど、更なる濃いマニアトークが続いた。
(取材・文=昼間たかし)
トークイベントで見た空前の女子率! ついに「軍歌ブーム」がやってきた?

著者・辻田真佐憲氏
世の中には、こんなに軍歌を愛する人々が多かったのか! 昨年12月8日、真珠湾攻撃70周年の記念すべき日に社会評論社から発売された異色の書籍『世界軍歌全集』。発売から早半年を過ぎようとしているのに、その売れ行きは止まらない。むしろ、どんどんと新たな読者を獲得している恐るべき一冊だ。
6月8日、紀伊國屋書店新宿南店3階のイベントスペース「ふらっとすぽっと」にて、本書の著者・辻田真佐憲氏と、「珍書プロデューサーまたはサバカルチャー編集者で知られる社会評論社のハマザキカク」こと編集者の濱崎誉史朗氏によるトークライブが開催された。
著書である辻田氏のマニアックさは発売直後に本サイトでも報じたが(※記事参照)、この日のイベントで共に登壇した濱崎氏は、『超高層ビビル』『世界飛び地大全』『ニセドイツ1・2』『ゴム銃大図鑑』『世界の首都移転』と、誰得(失礼!)な奇書を次々と世に送り出してきた希代の傑物として評価が高い編集者だ。これはとんでもないトークが展開されるに違いないと期待しつつ、開始10分前に到着した筆者は驚いた。すでにほとんどの席が埋まっているのだ。その時点で人数は30人あまり。その後さらに参加者は増えて、50人を超える大盛況となった。今回のトークテーマは「軍歌」だが、軍歌の愛好者は常にマイノリティだ。何を隠そう筆者もその一人なのだが、中学や高校の遠足のバスの中、大学の新歓コンパの二次会のカラオケでなりふり構わず軍歌を歌って、学校生活をぼっちで過ごした人は少なくないはず。ところが、この日の観客はまったくそうではない。終始、和気あいあいである。
それに加えて驚くのが、若い女性の観客が山のようにいること。しかも、都会的なタイプから黒髪ストレート、アボガドをビニール袋入れて持参する女子まで、何かの仕込みかと思うほどかわいいコばっかり(注:真実です)。
どうも、筆者の知らないうちに軍歌はオシャレなものになっていたらしい。いや、軍歌を愛聴してきてよかった……。もはや気分は涙、莞爾と部隊長。いざ来いニミッツ、マッカーサーといった具合である。
さて、トークは編集者の濱崎氏が著者の辻田氏に質問する形式で進行したのだが、ほとんど辻田氏の独壇場であった。イベントは19時開始だというのに、辻田氏は仕事を休み、朝からTwitterでこのイベントにかける意気込みを繰り返しツイート。『叩き潰せ米英』、『進め一億火の玉だ』などを聞いて気分を高揚させていたというのだから、当然である。
辻田氏は、本書の意義を次のように熱く語る。
「軍歌は政治的な語り口だけでは説明できない。ところが、これまでの日本の軍歌を扱う書籍は、鎮魂とか文化的側面ばかりを重視してきました。戦車を好きな人が軍国主義者だとは限りません。そういうことを語る人とは別に、単純にオタクとして聞いたほうがよい。それを実践したのが、自分の本なんです」
つまり「政治とか関係ナシにもっと軍歌を聴いて楽しもうぜ!」というのが、本書を通じて辻田氏が訴えたかったことなのだ。そして、最新の軍歌ともいえる北朝鮮の金正恩第一書記を讃える『パルコルム』について熱く語り、敵対しているはずのアメリカの企業が運営するYouTubeに最新の軍歌をアップロードしている北朝鮮当局を絶賛する。
途中、濱崎氏に「軍歌は新譜を得るのが難しいのでは?」に問われると、「だからこそ、北朝鮮は有り難い」と強調。生きた軍歌を生み出し続けている、という一点だけでこんなに称賛されるなんて、北朝鮮が知ったら驚くだろう。ちなみに、言葉がわからないゆえに、まだ調べ尽くせていない軍歌があることには、悔しさも滲ませていた。
とにかく、軍歌一筋の人生をおくってきた辻田氏。濱崎氏に「ポップスとか聞かないの?」と聞かれるとこう答えた。
「ポップスってなんですか? 十数年間毎日、軍歌しか聴いてませんよ。家にいるときは声に出して歌っているし、仕事をしている時は脳内で歌っています!」
そう語る姿は、まさに覚悟を決めた「漢」であった。観客の女子率の高さも納得である。
まさに空前の軍歌ブームの到来を予感させるトークイベント。配布された辻田氏自作の資料では、紀元前24世紀のエジプト古王国の時代にファラオの宰相・ウニが世界最古の軍歌をつくった記録があるといったトリビアも記されるなど、熱気に溢れるイベントであった。
上坂すみれ同志のように、声優なのにソ連に対する愛を隠さないような女子まで登場したし、本年の下半期のトレンドは間違いなく軍歌である(なお、辻田氏も機会があれば対談したい、と上坂同志に対する同志愛を語っていた)。
イベント終了後の懇親会では、軍歌のみならず「左翼系男子ボーイズラブ」同人誌が回覧されるなど、更なる濃いマニアトークが続いた。
(取材・文=昼間たかし)
日本人が「ユダヤ資本」や「フリーメイソン」が絡む“陰謀論”にハマり始めたワケ

著者の辻隆太朗氏。
書店の一角やネット上の掲示板などを覗いてみると、「東日本大震災は地震兵器による日本への攻撃だ」「世界はユダヤ資本に牛耳られている」などといった陰謀的言説が溢れている。陰謀論に興味がない人でも、ユダヤ資本やフリーメイソンによる陰謀を聞いたことがある人は多いのではないだろうか。
そんな、これまで人々が受け入れてきた陰謀論の実例を取り上げ、なぜ人々は陰謀論を求めるのかについて考察したのが『世界の陰謀論を読み解く ユダヤ・フリーメイソン・イルミナティ』(講談社)だ。
今回、本書の著者で、北海道大学大学院で宗教学を專門にしている辻隆太朗氏に、日本でも広く知られているユダヤやフリーメイソンに関する陰謀論について話を聞いた。
――辻さんは現在、大学院で宗教学を研究されています。その延長線上に陰謀論というテーマがあり、本書を書かれたのでしょうか?
辻隆太朗氏(以下、辻) 大学の学部の卒論では、オウム真理教のサリン事件について関心を持ち、大学院修士課程の修論ではオウムだけでなく、マインドコントロールやカルトの入信動向について書きました。具体的には、一般的に言われているような「マインドコントロールで洗脳され、騙されて新宗教に入信している」というのが、どこまで妥当なのかということを考察しました。要するに、社会的に異端とされていたり、社会と軋轢を生じている考え方を社会がどう扱うのかということに関心があったんです。また、なぜそうした考え方が一部の人々にとって魅力的であるのかということに関心があり、社会的に異端とされている考え方のひとつのサンプルとして、今回は陰謀論に焦点を当てました。
――一般的な日本人からすると、ユダヤ人やユダヤ資本、フリーメイソンは、現実社会では身近な存在ではありません。にもかかわらず、それらが関わる陰謀論は、日本でもよく見受けられます。そこで、とくにユダヤやフリーメイソンに関して伺いたいのですが、まず、ユダヤ資本の代表格のようによく扱われるロスチャイルド(ユダヤ系の一族であり、現在も金融業を営んでいる)やロックフェラー(アメリカの三大財閥のひとつ)は、実際にはユダヤ系なのですか?
辻 ロスチャイルドは、ユダヤ人なのでユダヤ資本と言って差し支えないと思います。しかし調べている限りでは、ロックフェラーはユダヤ系ではないです。宗教的にもユダヤ教ではないですし、過去をさかのぼっても、知られている限りではユダヤ系ではないです。ただ、ユダヤ人は歴史的にいろいろな民族と混血をしていますので、どこかでユダヤ人の血が入っている可能性もあります。しかし、それを言いだしたら誰でもユダヤ人になる可能性はありますね。
――ユダヤ資本やフリーメイソンに関する陰謀論の特色はありますか?
辻 世の中にはいろいろな陰謀論的な主張がありますが、ユダヤやフリーメイソンに関する陰謀論に関心を示す人は、「世界全体が、ユダヤやフリーメイソンに動かされている」と主張する特色があります。例えば、「アポロは本当は月へ行っていない」「エイズはアメリカがつくった殺人兵器」といった陰謀のように、ひとつの出来事に対する疑問や不信感ではなく、世界全体の動きに対して、不信感や納得できないという感覚があり、それを陰謀に結びつけて見るという特色があります。
――そうした特色が生んだものに、新世界秩序というものがあります。新世界秩序とは「あらゆる出来事・集団・領域に陰謀の存在を見いだし、それらすべてが統一世界政府の樹立といった目標のもと、統一された陰謀のネットワークを形成していると見なす」というものですが、このような陰謀論を受け入れる要因とはどんなものでしょうか?
辻 人が陰謀論を受け入れる要因は2つあると思います。ひとつは時代や地域を問わず、普遍的な人間の心理的傾向や実存的欲求、人間の本性のようなものがあります。もうひとつは、それぞれの地域や社会の時代的条件が生んだ特有なものがあるということです。ひとつ目の、普遍的な人間の心理というのは、世の中に起こる事象について、「本当の真実を知りたい」という気持ちや「自分の人生や社会、世界に対して何か意味があるはずだ、それを知りたい」というものです。「社会や世界がこうであることに意味なんてない。すべては偶然の出来事だ」と考えるよりは、社会や世界には明確な意味があり、現在の社会はこうなっていると考えるほうがわかりやすいからではないでしょうか。
――そのような特色や要因を背景として、日本でユダヤやフリーメイソンに関する陰謀論が受け入れられるのはなぜでしょうか?
辻 本書では、なぜ日本でユダヤやフリーメイソンが広まったのかということについてはあまり手をつけられませんでした。ですから、ハッキリと分析はできていません。しかし、考えられることとして、まず第一にヨーロッパで発展してきた陰謀論の基本的なフォーマットがあります。日本で、ユダヤやフリーメイソンに関する陰謀論を主張する人は、そのフォーマットに乗って主張をします。
――そのフォーマットというのは?
辻 代表的なのが『シオン賢者の議定書』という文書です。この文書は「ユダヤ地下政府の会議で語られた世界支配計画が流出したもの」とされています。詳しい内容については割愛しますが、ユダヤ人が世界を征服することや、そのために娯楽による愚民政策を行うことが記されています。この文書は、19世紀末のパリでロシアの秘密警察によって作成された偽書であることが明らかにされていますが、さまざまな陰謀論の主張に影響を与えています。例えば、中国共産党による対日謀略文書『日本解放第二期工作要網』や、ロンドンのタビィストック研究所で作成された「影の政府」による人類奴隷化の計画書『静かなる戦争のための沈黙の兵器』などです。この『シオン賢者の議定書』を元にした文書のフォーマットの中心には、ユダヤやフリーメイソンが必ずいます。しかし、日本人がユダヤやフリーメイソンを知らなかったら、誰もその主張を信じません。日本にユダヤやフリーメイソンに関するイメージがある程度流布しているからこそ、受け入れられるわけです。
――いつ頃から、日本にもユダヤやフリーメイソンのイメージが流入してきたのでしょうか?
辻 歴史的に見ると、1918年の日本軍のシベリア出兵の際に、反革命派のロシア人経由で『シオン賢者の議定書』が日本へ入ってきました。その当時の日本は全体主義の枠組みでした。西洋で陰謀論がはやったのと同じ土俵だったわけです。つまり、民主主義や自由主義に対する警戒心が強かったのです。そのような背景の中、日本の知識人にも、ある程度ユダヤやフリーメイソンという言葉が広がったと考えられます。日本の陰謀論のフォーマットも、欧米から借りてきたものです。日本の知的な枠組みは欧米依存ですし、さらに西洋に対するコンプレックスもあります。この欧米依存と西洋コンプレックスという対立があるため、日本の陰謀論は「日本対西洋」という構図になりがちです。
――ヨーロッパの陰謀論とは違うということでしょうか?
辻 ヨーロッパの陰謀論では、ヨーロッパ社会の中で、ユダヤやフリーメイソンが国の中から侵食し、自分たちを裏切り、動いているとなります。しかし、日本の陰謀論では、古き良き日本の伝統や精神主義が西洋の物質主義に侵され、日本の独立が西洋に攻撃されているとなる。そして、日本を攻撃してくる西洋の黒幕として、ユダヤやフリーメイソンが存在するという話になります。
――日本でも、ベンジャミン・フルフォードさんなどが陰謀論的な著作を書いていますが、どう読まれていますか?
辻 日本で出版されている陰謀論的な本は、資料として読んでいます。しかし、どれも内容に変わりはありません。基本的には同じフォーマットで、取り上げている陰謀の証拠も、これまでの陰謀論者が取り上げている話や証拠と同じようなものしか出てきません。根拠として参照している話も、陰謀論者の中で出回っている話の孫引きにすぎない。参照している原典にも当たっていないと思います。
――最後に、陰謀論とはなんでしょうか?
辻 陰謀論とは、複雑で曖昧な世界をすっきりわかった気になれる便利な解釈の枠組みだと思います。つまり、世界をどう考えるか、どう解釈するのかという思考の枠組みのひとつです。世界全体を解釈するための世界観という意味においては、宗教やイデオロギーに近い部分があると思う。しかし、宗教やイデオロギーとまったく一緒というわけではない。そこのグラデーションについては、現在も考えているところです。
(構成=本多カツヒロ)
●つじ・りゅうたろう
1978年生まれ。北海道大学文学部卒業。同大学大学院文学研究科博士後期課程在学中。修士(文学)。專門は宗教学。共著書に『よくわかる宗教社会学』(ミネルヴァ書房)、『面白いほどよくわかるキリスト教』(日本文芸社)、『情報時代のオウム真理教』(春秋社)がある。
直木賞候補作家の最新刊 天涯孤独の男女を描いた『起終点駅 ターミナル』

『起終点駅 ターミナル』(小学館)
ここ最近、孤独死および孤立死が問題となっている。2012年1月、札幌で起こった40代姉妹孤立死事件を皮切りに、立川市、さいたま市などでも孤独死・孤立死が相次ぎ、各メディアで大きく報じられた。生涯未婚率の上昇、出産率の低下、地域共同体の崩壊――無縁社会の末に待っているのは、上記のような悲しい知らせだ。
しかし、「孤独=不幸」と簡単に図式化してしまってよいものだろうか。『起終点駅 ターミナル』(小学館)は、02年にオール讀物新人賞を受賞し、11年下半期の直木賞候補となった新進気鋭の作家・桜木紫乃氏が、新たに上梓した短編集だ。妻子と別れ、30年間独り暮らしを続けている弁護士と、被告人女性の交流を描いた表題作「起終点駅 ターミナル」を含め、全6編が収録されている。6編に共通するテーマは「無縁」「孤独」と「北海道」という地域性。行くあてのない人たちの寂しさが、広く寒々とした北海道の風景とマッチして、深い感傷に誘われる。
第5話「たたかいにやぶれて咲けよ」は、第2話「海鳥の行方」の主人公で、若手新聞記者の山岸里和が、老人ホームで死去した女流歌人・中田ミツを取材し、彼女の晩年を追っていくという物語だ。タイトル「たたかいにやぶれて咲けよ」は中田ミツの詠んだ短歌の上の句で、たたかいは恋愛の意。取材の結果、中田ミツが近藤悟という小説家志望の若い男一緒に暮らし、自身の財産を相続させたという話を聞きつける。恋多き歌人として有名だった中田ミツの最後の恋なのか。近藤はミツとの生活を静かに語り出した……。
「リツさんと僕はふたりだけれどひとりだった。ひとりだけれどふたりだった」(本文より)
ジェンダーや女性の職業問題などを随所に織り込みながら、自立した女性の力強さや清々しさを感じさせる作品だ。
6編の主人公たちは皆、一人でありながら、一人の生活を肯定して生きている。『起終点駅 ターミナル』を読めばきっと、ミツや里和のように、前を向いて歩んでいく勇気をもらえることだろう。
(文=平野遼)
・さくらぎ・しの
1965年北海道釧路市生まれ。2002年「雪虫」で第82回オール讀物新人賞を受賞。07年、初の単行本『氷平線』が新聞書評等で絶賛される。12年『LOVE LESS(ラブレス)』で第146回直木賞候補。ほかの著書に『風葬』(文藝春秋)、『凍原』(小学館)、『硝子の葦』(新潮社)『恋肌』『ワン・モア』(ともに角川書店)など。
直木賞候補作家の最新刊 天涯孤独の男女を描いた『起終点駅 ターミナル』

『起終点駅 ターミナル』(小学館)
ここ最近、孤独死および孤立死が問題となっている。2012年1月、札幌で起こった40代姉妹孤立死事件を皮切りに、立川市、さいたま市などでも孤独死・孤立死が相次ぎ、各メディアで大きく報じられた。生涯未婚率の上昇、出産率の低下、地域共同体の崩壊――無縁社会の末に待っているのは、上記のような悲しい知らせだ。
しかし、「孤独=不幸」と簡単に図式化してしまってよいものだろうか。『起終点駅 ターミナル』(小学館)は、02年にオール讀物新人賞を受賞し、11年下半期の直木賞候補となった新進気鋭の作家・桜木紫乃氏が、新たに上梓した短編集だ。妻子と別れ、30年間独り暮らしを続けている弁護士と、被告人女性の交流を描いた表題作「起終点駅 ターミナル」を含め、全6編が収録されている。6編に共通するテーマは「無縁」「孤独」と「北海道」という地域性。行くあてのない人たちの寂しさが、広く寒々とした北海道の風景とマッチして、深い感傷に誘われる。
第5話「たたかいにやぶれて咲けよ」は、第2話「海鳥の行方」の主人公で、若手新聞記者の山岸里和が、老人ホームで死去した女流歌人・中田ミツを取材し、彼女の晩年を追っていくという物語だ。タイトル「たたかいにやぶれて咲けよ」は中田ミツの詠んだ短歌の上の句で、たたかいは恋愛の意。取材の結果、中田ミツが近藤悟という小説家志望の若い男一緒に暮らし、自身の財産を相続させたという話を聞きつける。恋多き歌人として有名だった中田ミツの最後の恋なのか。近藤はミツとの生活を静かに語り出した……。
「リツさんと僕はふたりだけれどひとりだった。ひとりだけれどふたりだった」(本文より)
ジェンダーや女性の職業問題などを随所に織り込みながら、自立した女性の力強さや清々しさを感じさせる作品だ。
6編の主人公たちは皆、一人でありながら、一人の生活を肯定して生きている。『起終点駅 ターミナル』を読めばきっと、ミツや里和のように、前を向いて歩んでいく勇気をもらえることだろう。
(文=平野遼)
・さくらぎ・しの
1965年北海道釧路市生まれ。2002年「雪虫」で第82回オール讀物新人賞を受賞。07年、初の単行本『氷平線』が新聞書評等で絶賛される。12年『LOVE LESS(ラブレス)』で第146回直木賞候補。ほかの著書に『風葬』(文藝春秋)、『凍原』(小学館)、『硝子の葦』(新潮社)『恋肌』『ワン・モア』(ともに角川書店)など。
「年寄りをナメるな!」老人ホームで聞こえた、人々の生活史『驚きの介護民俗学』

『驚きの介護民俗学』(医学書院)
老人は何度も同じ話をする。例えば、うちの祖父がそうだ。
今年90歳になる祖父は、認知症こそ始まっていないものの、会うと毎回同じ話を繰り返す。例えば、戦後すぐの話。祖父は闇市で飴の販売をしたり、コメや農作物と物々交換をしてもらい生計を立てていた。
「伊東でイカを仕入れて、長野まで夜行で持って行ったんだよ。おい、どうなったと思う?」
「さあ……」
「腐っちゃってたんだよ」
祖父、爆笑。
こちらはうつむきながら調子を合わせて、とりあえず笑っているような雰囲気を作る。100回近く聞かされたこの話が面白いわけがない。だが、こちらの考えなどお構いなしに、おそらく祖父は死ぬまで僕に向かってこの話をしていることだろう……。
大学教授として学生たちに民俗学を教える立場から突然、介護の現場に飛び込んだ民俗学者・六車由実は「介護民俗学」という概念を提唱している。老人ホームで、認知症の老人たちの生活史に熱心に耳を傾けることによって生み出されたこの新しい視点。その成果が『驚きの介護民俗学』(医学書院)として一冊の本にまとめられた。
九州電力の子会社で働いていた山口昇さんは、発電所から村々を結ぶ電線を設置する仕事に従事していた。10日間村に滞在し、電線の設置が終わればまた別の村へと移動する。また、カイコの雄雌を見抜く「鑑別嬢」という仕事をしていたのは杉本タミさん。若い女性たちがグループを組み、あちこちの村に派遣され、村人と触れ合いながらカイコの鑑定を行う。現代では失われ、思い出されることもない彼らの暮らしぶり。六車は、民俗学者・宮本常一の言葉を引用しながら「忘れられた日本人」と彼らの半生を形容する。
また、高齢者のトイレ介助も老人ホームの仕事。普通なら嫌がられるだけの仕事だが、六車はそこにもまた面白さを見出してしまう。慣れない水洗トイレに拒否感を示してしまう入所者たち。「トイレに行きましょう」と声をかけてもなんの反応もしないのに、「お手洗い」「便所」「雪隠」などと言い換えればとたんに理解できる認知症の老人。畑仕事をしていた昔の記憶を思い出したのか、しばしば男性用トイレで立ちションをしてしまう女性……。
生活の歴史をつぶさに聞きだす民俗学のフィールドワーク現場として、老人ホームほど適した場所はない。だが、相手は認知症を患っている老人。認知症の診断を受けていないわが祖父の話し相手をするだけでもへとへとになってしまうのに、認知症老人相手にコミュニケーションなどとることができるのだろうか?
例えば夕方になると「帰りたい」と言い、徘徊をはじめるハルさん。「たそがれ症候群」といわれ、認知症高齢者によくある症例のひとつだ。
「私は家に帰ってご飯の支度をしなきゃいけないのよ。私が帰らなきゃ子どもたちがみんな困るじゃないの。だから私を家に帰してちょうだい」
「お母さんが病気で家に一人でいるの。だから帰らなきゃならないの」
もちろん、そんな事実はないのだから、彼女の言葉は「ボケ」の典型的な症例に過ぎない。しかし、六車はそんなハルさんの言葉から、徘徊する背景を「家族のために一生懸命働いてきたハルさんの生き方が垣間見える」と肯定する。認知症だからといって、決して老人たち本人にとっては支離滅裂な言葉をしゃべっているわけではない。記憶が混濁していても、彼らには彼らなりの必然性を持った言葉を話している。六車は、そんな老人たちの言葉に対して真摯に向き合う。
もちろん、人手不足が叫ばれ、過酷を究める介護の現場に、そんな誠意を持つ余裕はないという反論もある。六車も、仕事が変わり業務に忙殺されるようになると、とたんに彼らの話を聞く余裕を失ってしまった。だが、そんな状況でも「知りたい」という好奇心は勝手に動きまわるものだ。彼女は忙しさに流されず、そんな自分の欲求に素直になることで、「驚き」という感動を手にした。それは、思わぬ可能性も秘めていた。
「そこでは利用者は聞き手に知らない世界を教えてくれる師となる。日常的な介護の場面では常に介護される側、助けられる側、という受動的で劣位な『される側』にいる利用者が、ここでは話してあげる側、教えてあげる側という能動的で優位な『してあげる側』になる。(略)そうした介護者と被介護者との関係のダイナミズムはターミナル期を迎えた高齢者の生活をより豊かにするきっかけとなるのではないか」(本文より)
ともすると、僕らはすぐに老人を「弱者」とみなして、手厚く保護をしようとする。だが、現代っ子には窺い知れないほどに数多くの経験をしている彼らは、決してただの弱者ではないのだ。もちろん、老人たちの声に耳を澄ますことは、とても大変なことだ。だが、人間として尊敬を持ちながら真摯に彼らに接することで、介護は民俗学にとどまらない新たな発見の場にもなるだろう。
(文=萩原雄太[かもめマシーン])
●むぐるま・ゆみ
1970年生まれ。大阪大学大学院修了。文学博士。「神、人を喰う―人身御供の民俗学」で2003年サントリー学芸賞を受賞。東北芸術工科大学准教授を経て、現在郷里の静岡県で特養内ディサービスに介護職員として勤務。