「どうやってセックスすればいいの?」当事者たちの生の声が満載『身体障害者の性活動』

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NPO法人・ノアール理事長・熊篠慶彦さん。
 時折取り上げられるテーマでありながら、実態が知られることは少ない「障害者の性。ある意味、キワモノ的に取り上げられてばかりの社会問題といえる。  そうした中、今年7月に出版された『身体障害者の性活動』(三輪書店)は、「障害者の性」を個別具体的に取り上げる前例のない書籍だ。発行元は、医学書・医学関連書籍を専門に扱う三輪書店。いったい、どんなに堅いことが書いてあるのかと思ったら、表紙のイラストはリリー・フランキー氏。帯は宮台真司氏といった具合。専門書なのか、一般書なのか、判然としないままページをめくってみて驚いた。そこには、障害者のセックスが具体的にどのような形でサポート可能なのか。さらに、脳性麻痺や頸椎損傷など、障害別に当事者たちがどのようにしてセックスを行っているのかが具体的に記されている。図版や写真を用いることで、当事者だけでなく支援に当たる人々がどう接すればいいのか知ることができるのだ。  具体例の多くは当事者が執筆しているため、文体は少々硬めになっているものの、生々しさが伝わってくる。さらに、「障害者専門デリヘル」の元デリヘル嬢が執筆している項目もあり、一冊で「障害者の性」の全体像を知ることができる構成になっている。 「企画が立ち上がってから、書籍化までの道のりは楽ではありませんでした」  と、編著者の一人で、当事者でもある熊篠慶彦さんは語る。熊篠さんは自ら望んでAVに出演したり、「障害者の性」の問題を扱うNPO法人・ノアール理事長を務めたりと、非常にアクティブな人物だ。日常の移動には電動車椅子を用いているにもかかわらず、ハンディキャップをあまり感じさせることはない。継続的に開催しているイベントでは、ノアールを支援しているTENGAが、名物商品「TENGA EGG」を配布しているし、熊篠さん自身もかなり女性に目がない――。と記すと、面白おかしい人物かと思われそうだが、本書に記されたような問題を語る時、彼の態度は非常に真摯である。 「出版のきっかけは、2010年に共編著の玉垣努さん(神奈川県立保健福祉大学教授)と開催したイベントです。その時、私自身がセックスしている動画を使って、障害者の性の問題について語り合いました。その時、来場していた三輪書店の方が『これを書籍化しましょう』と提案してくれたんです」  しかし、そこからの道のりは厳しかった。本のテーマは、障害者の性の実態をありのままに描くことだ。だが、それほど困難な問題はない。 「そもそも、まず障害者に“性の問題”があることに気づいている人は、まだまだ少ないんです。障害者が、そうした問題を相談して解決することができるのは、家族でも友人でもなく、専門職のセラピストのはずです。ところが、セクシュアリティの専門教育を受けたセラピストなんていないんです」  つまり、ありのままの現状を記した時にまずあるのは、「セックスしたい」「マスターベーションしたい」と思っているにもかかわらず、できないし相談相手もいない障害者がいるということだ。 「障害者が一人で日常生活を送れるよう、リハビリではお尻を拭くといった訓練は行われます。ところが、どうやってマスターベーションをするかは訓練の範疇にないんです。私も手に障害がありますが、マスターベーションのやり方を教えてもらったことはありません」  ゆえに、書籍化する時にまず必要だったのが障害者のニーズ、どのようなことに困っているかをリサーチすることだった。 「当初、“障害者の方にも実名で執筆してもらいたい”というアイデアもありましたが、それは無理でした。なぜなら、本名で性の問題を語ることができるほどの土壌が日本にはないからです。そこで、ペンネームでもよいので執筆してもらうことになったんですが、それでも問題は残りました。というのも、症例の少ない障害だと、誰が執筆したか匿名にしてもわかってしまうからなんです。本人が執筆したがっていても、家族に反対されて断念した例もありましたね」  2年余りの時間をかけて、断られたら次の依頼へと順繰りに繰り返し……結局、執筆に応じてもらえたのはコンタクトをしたうちの半分くらいだったという。こうして出来上がった本書の価値を、熊篠さんは語る。 「現状、“障害者の性”は極めてプライベートなものとして扱われていて、セラピストですら介入したがらないんです。つまり、タブーにすらなっていないといえます。それを、ちょっとでも変えることのできる契機になればよいのかと思います。私の使っているような車椅子は、遊びの道具じゃないという先入観があると思いますが、考えようによってはアトラクションじゃないですか? 車椅子の上でのセックスなんて、お金を払ってもなかなかできないでしょう。ディズニーランドよりも希少価値はありますよ」  それにしても、本書は健常者として日常生活を送っていれば気づかないことに気づく点ばかりの内容だ。たとえば、障害の種類によっては握力がなかったり、腕の上下運動が困難でマスターベーションができないこともあるなんて、そうそう知らない。いまや世界的定番になっているTENGAのようなオナカップが、障害者にとっては健常者以上に画期的なものだったなんて、初めて知ることができた。   この問題を語るために、自らも身体を張る熊篠さん(https://www.youtube.com/watch?v=Wc3Hi5nTguE)。本書の持つ意義は、書かれている内容以上に濃厚だ。 (取材・文=昼間 たかし) ●くましの・よしひこ 1969年、神奈川県生まれ。出生時より脳性麻痺による四肢の痙性麻痺がある。特定非営利活動法人・ノアール理事長。医療、介護、風俗産業など、さまざまな現場で障害者の性的幸福追求権が無視されている現状に突き当たり、ノアールの活動を通して身体障害者のセクシュアリティに関する支援、啓発、情報発信、イベント・勉強会などを行っている。

震災が浮かび上がらせた「本」の意味、「書店」の役割とは?『復興の書店』

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『復興の書店』(小学館)
 東日本大震災後、岩手、宮城、福島から本が消えた。  本だけではない。書店も消えた。2011年4月の時点で、東北全体の9割の書店が震災によって被害を受け、岩手、宮城、福島の3県では70以上の書店が全半壊。さらに、廃業を余儀なくされる店も、その後の数カ月で20軒近くに増えていった。  流通網は途切れ、本が思うように流通できない時期が1カ月近く続いた。とくに、情報を最も切実に欲していた福島県沿岸の書店には、原発事故の影響でより一層、到着が遅れた。  そんな混乱の中にあって、震災による被害を受けてなお「本」を届けようとする人たちの姿は、同じ紙の本にかかわる仕事をしている自分たちが記録し、伝えるべきことの一つではないか? 「週刊ポスト」(小学館)編集者のそんな提案で、ノンフィクション作家の稲泉連氏が現地へ飛んだ。断続的に続けてきた連載に大幅加筆して出来上がった本が『復興の書店』(同)だ。  岩手県内に3店舗を展開するブックポートネギシの本店・地ノ森店は、津波によって跡形もなく流された。書店員だった高橋葉子さんは、店が津波にのみ込まれていく一部始終を目の当たりにした。 「見たというよりも、見てしまったっていう感じで……。お店が完全に浸水してしまったときはつらくて、もうそれ以上見ていたくないと思いました」(本文より一部抜粋)  だが猪川店は、ほとんどの商品が床に落ち、店内はめちゃくちゃになっていたものの、建物自体は難を逃れた。町で残った唯一の書店ということもあり、客が殺到した。  3月15日、三陸沿岸でもいち早くお店を再開させると、「アサヒグラフ」(朝日新聞出版)や「フライデー」(講談社)、「フォーカス」(新潮社)といった緊急発売された写真週刊誌、震災を特集した各週刊誌をはじめ、『心に響く「弔辞」―葬儀のあいさつ実例集』(新星出版社)や『1000万円台で建てた家』(ニューハウス出版)といった書籍、中古車情報誌「Goo」などの雑誌も瞬く間に売れていった。その様子には、書店には似つかわしくない、どこか切迫した雰囲気があったという。   また、福島第一原発から約40キロの場所にある相馬市で、11代続く老舗「丁子屋書店」を営む佐藤さん夫婦は、避難ではなく、この地にとどまり、店を再開することを決めた。 「店を開いたのは、本が売れた、何が売れた、っていうことじゃなかったんです。ああ、お店が開いている、という声。最初はただそれだけで嬉しくてやっていたようなものです」(佐藤さん)  本書では、公園に設置された大型テント内で仮営業を続けてきた「大手書店」、計画的避難区域内で営業する日本で唯一の村営書店「本の森いいたて」、スタッフ全員が書店員として働いた経験がない新規参入の「一頁堂書店」など、12店舗の書店を中心に話が展開される。  町を歩けば、風景の一部として、当たり前のようにある書店。けれど、もしその書店がなくなったら――――。  インターネットが普及し、情報が「無料」になった現代。そんな中、やはり書店が必要だと意気込み、奮闘する被災地の書店に、これからの「本」、そして、「書店」のあり方を考えさせられる。 (文=上浦未来) ●いないずみ・れん ノンフィクション作家。1979年、東京都生まれ。早稲田大学第二文学部卒。05年『ぼくもいくさに征くのだけれど―竹内浩三の詩と死』(中央公輪新社)で大宅賞を受賞。他の著書に、『僕らが働く理由、働かない理由、働けない理由』(文藝春秋)、『仕事漂流 就職氷河期世代の「働き方」』(プレジデント社)、『命をつないだ道 東北・国道45号線をゆく』(新潮社)などがある。

これは小説なのか!? 気鋭の芥川賞候補作家が放つ、斬新な言語世界『緑のさる』

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『緑のさる』(平凡社)
 小説を読むと、ときに重箱の隅をつつくように作品のアラを探し、つじつま合わせに終始してしまうことがありはしないだろうか。また逆に、つじつまが合っていることが小説の“おもしろさ”なのだろうか。  緻密な構成、流れるような筋書き、論理的な仕掛け、そのような整然とした小説の醍醐味といわれているものに、真っ向から疑問をぶつけたのが山下澄人『緑のさる』(平凡社)だ。山下氏は2005年、「演劇界の芥川賞」と呼ばれる岸田國士戯曲賞候補となり、このたび第147回(2012年上半期)芥川賞候補にもなった気鋭の作家だ。  『緑のさる』は全8編のごく短い章で構成された連作短編。とある劇団に所属し、葬儀屋のアルバイトで生計を立てている“わたし”は、ある日突然、劇団のリーダーであるサカタから劇団の解散を告げられる。“わたし”の元恋人で劇団員のノジマヨウコとサカタが付き合い始めたことが解散の理由だ。しかしこの導入は、その後さしたる発展も見せず、病室や浜辺へ、次々と場面が転換される。それぞれの物語がつながっているのか、繰り返される記号に何か意味があるのか。ひとつの眠りの中で、複数の物語が同時進行していく夢のような小説だ。  中でも7章「ぎそくのゆめ」が出色だ。浜辺で会った男・キンバラが、見た夢の内容を語り出す。キンバラはサチコという少女になり、交通事故で片足を失ったこと、スナックで働いていたこと、トウドウという男と恋をし、結婚したこと、DVを受けたことなど、少女の生涯を断片的に経験する。初めて義足をつけたときの痛みなどが瑞々しく描かれており、不思議で、心温まるエピソードだ。  脈絡も結末もなく、「だからどうした」と言われればそれまでなのだが、そもそも作者は整然とした筋を描こうとしておらず、意味づけを拒否しているようにも思える。ラストでかごの中から「マンキー、ニィー」と笑う緑色のさるは、まっとうな世界(常識的な物語)をせせら笑っているのではないだろうか。  小説らしい小説にヘキエキしている方は、この『緑のさる』を一度手に取ってみるといい。幼いころのように、素直に物語を読む楽しさを思い出させてくれるはずだ。 (文=平野遼)

“規制国家ニッポン”の根っこを見据える『踊ってはいけない国、日本』

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『踊ってはいけない国、日本
風営法問題と過剰規制される社会』
(河出書房新社)
 世界中のどこにでもあるような、とある国の物語。ある日、その国で「茶色以外のペットは飼わないことを奨励する」という奇妙な法律が制定される。茶色の犬や猫のほうがより健康で都市生活にもなじむ、というのがその理由だ。毛の色が茶色じゃない犬と猫を飼っていた主人公とその友人は、違和感を覚えたり、自分のペットを安楽死させなきゃいけないことに胸を痛めたりしながらも、「まあ、しょうがないか」と、そのことを受け入れる。  それからも、いろんな言葉に「茶色の」という形容詞が自主的につけられるようになったり、新聞が発行停止になったり、少しずつ日常は変わり続けていく。「なんだか嫌だな」とか「心配しすぎかな」とか「でもそれで守られた安心も悪くないかな」とか、いろんなことを思いながらも、主人公とその友人は変わらない平穏な毎日を過ごし続ける。しかし、ある日突然、主人公は「過去に茶色以外のペットを飼ったことのある人」も自警団による取り締まりの対象になったことを知らされる。そして次の日の朝、彼は自宅のドアを強くノックする音で目が覚める――。  これは、心理学者フランク・パブロフの著による『茶色の朝』のあらすじ。ファシズムや全体主義を批判する寓話として1998年にフランスで刊行されたこの本は、排外主義を唱える極右政党が大きく躍進した2002年のヨーロッパの社会状況を背景に、03年、フランスでベストセラーを記録した。この『茶色の朝』と、ここで取り上げる『踊ってはいけない国、日本 風営法問題と過剰規制される社会』(河出書房新社)の内容とは、直接的な関連はまったくない。けれど、この一冊に寄せられたさまざまな論考を読んでいると、まるでデジャヴュのように『茶色の朝』の風景が頭をよぎる。「何かおかしなことが起こっている」ということには、実は多くの人が最初から気付いている。そういう人は、違和感や嫌悪感もちゃんと持っている。でも、日々の仕事もあるし、自分が直接的に関係することでもないし、決まったことを覆すのは覚悟がいるし、何よりきちんと問題にコミットするには労力がかかるし。そういうわけで、ほとんどの人が「まあ、しょうがないか」とそれを放っておく。そうしているうちに、「何かおかしなこと」=社会から異質なものを排除しようとする動きは徐々に拡大していく。それが、10年前のヨーロッパで、そして今の日本で起こっていることだ。 『踊ってはいけない国』は、その名の通り、昨年の大阪・アメリカ村のクラブ一斉摘発を発端とした「風営法によるクラブシーンの取り締まり激化」を中核のテーマに緊急出版された一冊だ。音楽ライターの磯部涼氏が編著を務め、m-floの☆Taku、津田大介、坂口恭平、開沼博、松沢呉一、宮台真司×モーリー・ロバートソン(対談)など、幅広いフィールドの論者が寄稿し、登場している。なので、実際のところ、クラブシーンと風営法の問題だけを取り扱った一冊というよりも、それが象徴する「規制が過剰に拡大する社会で、今、何が起こっているのか」ということを俯瞰するような本になっている。  そのキーワードとなるのが「グレーゾーン」。実は、現在営業しているほとんどのクラブは、いわば脱法行為によって成立している。85年に改正された風営法は「深夜1時以降にダンスフロアで客を踊らせること」を規制している。だから、ほとんどの店は「踊らせる」のではなく「音楽を聴かせる」という体裁で営業許可を取っていて、警察も半ばそれを黙認してきたというのが実情だ。しかし、今になって「無許可で客を踊らせている」と、そのことを理由に大々的に摘発されるようになった。つまり、かつてはグレーゾーンの中で許されてきたものが、もはや許されなくなってきているというのが、ことの本質なのである。  そして、そういう「グレーゾーンの消滅」はクラブシーンや音楽だけの問題ではない。繁華街の浄化作戦、違法ダウンロード刑罰化、脱法レバ刺しまで、さまざまな場面で立ち現れている。それが本書の主張の骨子だ。  本書に登場する論者たちによって繰り返し指摘されているのは、そういった規制は決して「上から押し付けられる」ものではない、ということ。規制への欲望は、むしろ宮台真司が「新市民」と呼ぶような、一人一人の市民が持っている。彼らの持つ「何か起きたら怖いから行政が責任とってくれよ」というクレーマー的な不安や依存の集積が、その欲望を駆動している。だから、取り締まりに遭ったクラブの客がただ「警察の横暴だ!」と叫んでみたところで、問題は何ら解決しない。  では、どうしたらいいのか? 本書に挙げられている対処策は、実のところは、てんでバラバラだ。業界団体を作ってロビーイングをし、風営法の改正を求めて政治家に訴えるべきだと、編著者の磯部涼氏は主張する。実際、「Let's Dance」と銘打った法改正のための署名運動もスタートしている。クラブシーンを観光地化してマネタイズできる場所にするべきだという☆Taku氏の提言もある。リアリストの戦略も、ビジネスの提案もある。そして、そもそも風営法自体が憲法違反であるとする佐々木中氏や、「金本位制ホームパーティー」を夢想する坂口恭平氏のような、ラディカルな主張もある。  はっきり言って、一冊読んでも「こうすればいい」というクリアな回答はまったく浮かび上がってこない。それぞれの論者が示す指針のベクトルは、それぞれまったく別の方向を向いている。けれど実は、そういう雑多な多様性こそが、「規制でがんじがらめになっていく社会」への対処策を示唆しているともいえる。つまり、江戸アケミの言を借りるなら、「自分の踊り方で踊ればいいんだよ」ということだ。 「いや……そう言われても、別にクラブとか行かないし。クラブなんてなくなっても、踊れなくても、別に何も困らないです」  それでも、クラブカルチャーに興味がない人の中には、そんなふうに思う人も多いだろう。逆に、生計がかかっているクラブ関係者の中には「何も言わずにやり過ごしたほうが賢明だ」と声を上げず黙っている人も多いと、本書にはある。しかし、本書を読む限り、どうやら黙っていることが正解でもなさそうだ。  前述した通り、クラブだけではなく、社会のさまざまな場所で「排除の論理」は立ち現れている。ルールを増やし厳格化することで「何が起こるかわからない」という不安を打ち消そうとする動きが、あちらこちらで現前化している。それはどういうことか? いろいろな意味で、生活から「遊び」が奪われていく、ということである。そして、もしそれがつまらないと思うなら、「遊び」を取り戻すためには、既存のルールを読み替え、書き換えるたくさんのアイディアが必要だ。本書には、その種になる多くの考え方が示されている。 「一人一人が考えることが必要です」という結論は、紋切り型の思考停止の文句のようであまり好きじゃないけれど、クラブシーンの規制が象徴する「健全で清潔な社会」への志向がどういうものか、多くの人に考えてほしいと思う。少なくとも「なんだか嫌だな」「でも俺には関係ないな」「まあ、しょうがないな」と思って何もしないでいたら、ある日突然「茶色の朝」を迎えることになるかもしれないわけだから。 (文=柴那典)

セックス教団の合宿に潜入!?『「カルト宗教」取材したらこうだった』

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『「カルト宗教」取材したらこうだった』
(宝島社新書)
 1995年3月20日、地下鉄内でサリンが撒かれ、13人が死亡、6, 000人以上が負傷した、オウム真理教による地下鉄サリン事件。その莫大な被害者の数に加え、首都中心部での犯行だったため、地下鉄の利用者はもちろん、日本中の人々を大混乱に陥らせた。  あれから17年。昨年末には、特別手配中だった逃亡犯の平田信容疑者が自ら警視庁に出頭、今年6月には相次いで、同じく特別手配中だった菊地直子容疑者、高橋克也容疑者も逮捕された。これにより、地下鉄サリン事件はようやく一段落、あるいは、この事件が「ナゼ」起こったのか、を解明する兆しが見えてきた。  この事件が起こった当時、私はまだ小学生だった。テレビでは事件の報道が繰り返し、繰り返し流れ、死亡した遺族や後遺症が残る被害者らが、怒り、涙し、吼えていた。とんでもない事件が起こった。その事実を受け止めるのに、精一杯だった。  だが、そんな事件の残虐さとは別に、小学生たちの心を釘付けにしたのが、オウム真理教の信者たちの行動だった。ボクシングのヘッドギアのようなものを頭に装着し、修行する信者。「しょーこー、しょーこー、しょこしょこしょーこー、あーさーはーらー、しょーこー♪」と、無我夢中で歌う信者。  これらの映像に、子どもたちは一瞬で食いついた。「うわー、なにあれ」「大の大人がヤバイっしょー」とバカにしつつも、なんだか面白い。そんな理由から、深い考えもなく無邪気にアノ歌を歌い、中にはヘッドギア代わりに包帯を頭にかぶり、信者の真似をして一心不乱に歌い出す子もいて、みんなで爆笑していた記憶がある。  今回、紹介する『「カルト宗教」取材したらこうだった』(宝島社新書)は、カルト宗教が起こす事件の残虐性ではなく、どちらかというと、カルト宗教が、時として起こす「とんでもない行動」ぶりに注目。  著者は、ニュースサイト「やや日刊カルト新聞」の運営者で、カルト宗教を専門とするライターの藤倉善郎氏。本書では、14年以上にわたる体当たり取材に挑み続ける中での、カルト集団との交流、そして、闘いの結果がまとめられている。  中でも気合が入っているのが、週刊誌等でセックス教団と名づけられた「ラエリアン・ムーブメント」への潜入取材。5泊6日の合宿に参加している。  この宗教は、フランス人教祖ラエル氏が宇宙人と遭い、UFOに乗せてもらったと主張している団体で、宇宙人となんの関係があるのかはナゾだが、フリーセックスを提唱。そんなナゾの宗教の合宿では、教祖ラエル氏による“愛”のレクチャーが、日に何度も行われていた。 「もし今から10秒後に、10トンの隕石がここに落ちてくるとしたらどうしますか? 私だったら、ソフィー(妻の名前)とセックスをします。落ちていく飛行機の中で、いままでにないくらいのオーガズムを感じ、墜落の瞬間クライマックスに達する。しかし、隕石が落ちてくるここでは、セックスしている暇はない。6、5、4……。いい知らせです。安心してください。隕石はやってきません。人生について考えてもらうための想像です」 「愛とは感情ではありません。“Make Love”とは、“愛を作る”ことではありません。セックスすることです。“愛のあるセックスと愛のないセックス”という言い方があるが、両者を分ける必要などない。どちらもすばらしいのです」(本文より) などなど、内容はセックスに尽きる。  合宿では、初日にホテルで色つきの輪ゴムを渡され、黒「私は未成年者なので性行為はしない」、白「私は新たなセックス・パートナーを望まない」、ピンク「私は異性のセックス・パートナーを求めている」などの中から、希望のものをつける仕組みになっていた。  藤倉氏は、もちろん「私は異性のセックス・パートナーを求めている」を選択。その結果、彼の身に何が起きたか。それは、ぜひ自由に妄想していただきたい。  本書では、このセックス教団以外にも、“治療中”と称し、遺体をミイラ化させた「ライフスペース」、“スカラー波”なるものを恐れ、白装束であちこち動き回る「パナウェーブ研究所」など、かつて世間を騒がせたカルト宗教のその後を追っている。  また、“カルト宗教の面白さは危険の裏返し”と、カルト宗教に対する注意も促している。一般人からすると突飛な行動や言動を、彼らは正しいことだと信じているわけで、批判されれば攻撃もする。  世の中には一体どういう宗教があり、内部ではどんなことが行われているのか。それを知る、ひとつのきっかけになるかもしれない。 (文=上浦未来) ●ふじくら・よしろう 1974年、東京生まれ。北海道大学文学部中退。在学中から「北海道大学新聞会」で自己啓発セミナーを取材し、中退後、東京でフリーライターとしてカルト問題のほか、チベット問題やチェルノブイリ・福島第一両原発事故の現場を取材。ライター活動と並行して2009年からニュースサイト「やや日刊カルト新聞」(記者9名)を開設し、主筆として活動。特に幸福の科学をめぐるトラブルや、大学生を勧誘する各カルト集団に注目して記事を執筆している。 やや日刊カルト新聞 <http://dailycult.blogspot.jp/>

巨大な“ケガレ”の一塊から被災者個々の声を浮き彫りにする、インタビュー集『ガレキ』

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宮城県女川町の現在の様子(2012年9月撮影)。
 大飯原発再稼働への是非が問われた2012年の夏。最も厳しい需給が見込まれた関西でも計画停電は回避されたが、再稼働が妥当であったか否かについての検討はまだ入り口の段階だ。  今年の春以降、その大飯原発再稼働に関わる議論が紛糾する中で、後景に押しやられてしまったトピックがある。それが、丸山佑介著『ガレキ』(ワニブックス)が再提起する、震災がれき広域処理の問題である。  2011年11月に東京都の石原慎太郎都知事が震災がれきの広域処理に反対する声に対して、「(放射線量などを)測ってなんでもないものを持ってくるんだから『黙れ』と言えばいい」と発言して賛否の声が巻き起こってから、今年5月に北九州市で起きた受け入れ反対の抗議騒動までの約200日間を本書は「ガレキ問題」と捉え、何ひとつ過去の問題になどなっていない震災がれきについて、再度目を向けることを促す。  『ガレキ』は東北各地の首長や元原発作業員、福島県で震災を経験した広域処理反対派市民など、被災地に暮らす人々を含めた多くのインタビューおよびルポルタージュで構成されている。原発再稼働問題の陰で、検証や議論が尽くされないままに世間的なトピックとしては収束してしまったように見える、がれき広域処理の問題を考え直すための記録となっている。  がれき広域処理問題が、受け入れ賛成か反対かという単純な二択に収斂してゆく中で忘れ去られがちになっているもので、著者が忘れるべきでないと強調したのは、膨大な量のがれきがただの廃棄物ではなく、人々の財産であったもの、日常に在ったことを思い起こさせる具体的な品々であるということだ。遠目には廃材と映るものが、近づいてみれば子どものおもちゃであり、洋服であり、家具や本のかけらである。  また、それは平穏な日常の記憶であると同時に、悲惨な大災害の爪痕でもある。岩手県陸前高田市の戸羽太市長は、目の前に取り残されているがれきはもともと市民の財産であると同時に、「自分の子どもを轢き殺した車が家の玄関に置いてあるようなもの」でもあると語る。かけがえのない日々の面影と、2011年3月11日の痛ましい記憶とが表裏一体になっている。震災がれきは、そんな複雑さをはらむものである。  本書の編集時点で、陸前高田市内の死者は1,555人、行方不明者232人。その中には、戸羽市長の愛妻も含まれている。家族を失い、町の舵取りに追われる中で我が子たちへのケアを満足にできない不甲斐なさを滲ませる戸羽市長の言葉は、いまだ何も決着していない被災地の日々を、読む者に強く認識させる。共感する、などと軽々に口にできるものではない。けれども、これらインタビューでそれぞれの立場から語られる言葉には、せめて敏感でありたい。  しかし、これが震災がれき問題として括られてしまうとき、被災地の息遣いへの配慮は失われ、忌避すべき巨大な一塊として扱われる。がれき受け入れの是非を問うことであったはずの論点が見失われ、判断基準が不明瞭なまま拒絶の意識ばかりが際立ち、ついにはその地で生活する人々をも否定してしまうような言葉が拡大してゆく。  言葉を発する側に被災地の人々そのものに向けているつもりなどなくとも、被災地に暮らす人々にとっては自身を否定する声として突き刺さってくるのだ。  本書に収められたインタビューで繰り返し映し出されるのは、そうした否定の声に傷つく人々の姿である。  拒絶され無配慮な言葉を投げられる震災がれきは、被災地の日々の暮らしのすぐ横に存在する。何よりがれきは彼らにとって、自分たちの暮らしの礎となる我が家だったものなのだ。「それ(がれき)を放射能で汚れたとか言われると、私たちが汚れているみたいな感じがする」という人々の声に、受け手はどれほどの想像力を働かせられるだろうか。  時に脊髄反射的ともいえる震災がれきへの拒否反応の根底に、著者は「ケガレ」の意識を読み取る。個人に明確な判断基準があるわけではなく、抽象的な感覚による不浄の意識が、科学的な根拠よりも先行して震災がれきへのイメージを生み出してしまう。間接的で確度の定かでない大量の情報のみによって作られていったケガレのイメージはそのまま肥大し、議論の入り込む余地が限りなく乏しい禁忌の意識を強固にしてゆく。この意識に多くの人たちが縛られていることにすら気がついていない。  著者が本書で震災がれきを「ガレキ」とカタカナ表記しているのは、がれき広域処理問題が本質からはぐれてゆく中で、そのようなケガレのニュアンスが、がれきという言葉に含まれるようになっていったという問題意識に基づいている。ケガレの意識に基づいた過剰な禁忌への疑念、そして再考を促すのが本書『ガレキ』である。  もっとも、著者はこの本を通じて、がれき広域処理の受け入れ賛成あるいは反対いずれかを促そうとしているわけではない。むしろ、単純化された回答を即座に出すような振る舞いから離れ、丁寧な議論をおこすための材料となる「当事者の記録」として扱われることこそが、この本の意図するところだろう。  そして何よりも、本書を通じ、過去の話題になってしまったかのような震災がれき広域処理について、まだ先に進むには多大な課題が残されている現在形の問題としてあらためて考えるためのきっかけとしたい。 (香月孝史/http://katzki.blog65.fc2.com/

パンチラ現象を数学的に解説!?『本当は実生活で役に立つ学校の勉強』

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『本当は実生活で役に立つ学校の勉強』
(三才ブックス)
 女の子のパンツを見たいみなさまに朗報である。階段でパンチラが見える角度や位置関係を、三角関数・解析幾何学・微積で計算し、数学的に解説するという斬新な書籍『本当は実生活で役に立つ学校の勉強』(三才ブックス)が発売されたのだ。数学といえば、たかし君などがやたらとリンゴ(120円)やみかん(80円)を買ってきたり、無意味に弟と池の周りを走ったり(分速140m)するせいで、必要性がさっぱり分からない計算ばかりさせられてきた。三角関数に至っては、異国の新聞を読んでいるような気持ちでうつむいてやり過ごした記憶しかないが、テーマがパンチラならば、見ず知らずのX軸や点Pよりは親しみを持てるだろう。どれどれ――  パンチラが見える条件を導き出す方程式は、階段の角度や、階段の下にいる人の目線の高さなどから割り出すとのことなのだが……。 tan(階段の角度)=スカート丈-25/スカート半径 目線の高さ=tan(階段の角度)×X+(身長-15) …………。パンチラのくせに小癪な。本の解説では、ご丁寧にパンツやスカートの図解も込みで細かく紐解いてくれているので、数学に自信がある/数学に自信はないがパンチラを愛する気持ちには自信がある/数学にもパンチラにも自信がある、のいずれかに該当する人は、挑戦してみてほしい。  数学のほかにも主要5科目すべてが掲載されているこの本、文系部門からは、明日使えるムダ知識系が多く登場。「エロ古典の名作を愛でよう!」「誰でも書ける実践エロ小説講座」など、パンチラのような奥ゆかしさゼロのもろなエロ分野は、やはり国語が強いようだ。漢検一級の訓読みすら、本書にかかればこうなる。 凋む【読み:しぼむ】ン~周クンたらしぼんじゃってる。 擢んでる【読み:ぬきんでる】今日は手コキ曜日なのでヌキん出よう。  英語では、「あの車を追ってくれ」「(セックスが)良かったかい?」などの一度は言ってみたい夢のセリフから、「馬鹿なの? 死ぬの?」「ググれカス」といったネット用語まで、ちょっと知りたかったあの英訳を一挙公開している。たぶん、「トムはテニスをします」「これはペンです」より実用性はある、はず。  そして理科からは真打ち、パンツがあるならおっぱいも忘れちゃいけない。おっぱいの弾力や揺れを、ニュートンの運動方程式や万有引力の法則、フックの法則などで解説している「おっぱい力学」も押さえておきたいお勉強である。こんな未来でごめん、ニュートン、フック……。 (文=朝井麻由美)

スネ夫こそ、人生をうまく切り抜ける天才!?『「スネ夫」という生きかた』

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『「スネ夫」という生きかた』
 『ドラえもん』に登場する、キザでイヤミっぽく、髪がやたらとなびいている人物といえば、お金持ちでマザコンの“スネちゃま”こと、骨川スネ夫。力の強いジャイアンにはうまく取り入り、勉強もスポーツもダメなのび太には、超上から目線。近くにいたら、絶対にイラっとくるタイプだ。  けれど、視点を180度変えて見れば、実は自分の立ち位置をうまくつかみ、人間関係をより円滑にする力がある!    そう力説するのは、富山大学名誉教授の横山泰行氏。横山氏は、「ドラえもん学」の提唱者で、あの、不朽の名作『ドラえもん』を研究対象とし、全1,345話に登場するセリフをすべてエクセルに打ち込みデータ化し、学術的に分析。のび太、ジャイアン、スネ夫など、時代を超えて“こういう人いるよね”という登場人物たちの「生き方」に注目し、「『ドラえもん』の中には、生きるヒントがいっぱいある」と語っている。  その第1弾として、2004年に発売された本が、『「のび太」という生きかた』(アスコム)。のび太はドジでのろまで、勉強もスポーツもできない。けれど、困ったことがあれば、いつも誰かが助けてくれるし、最終的には学校のマドンナ・しずかちゃんと結婚。ダメ人間に見えるのに、意外とうまいこと生きている。それはなぜなのか? 日本人ならば誰もが知る『ドラえもん』を斬新な切り口でひもとき、21万部を突破した。  そして、その第2弾が、「スネ夫」を主人公にした、『「スネ夫」という生きかた』(同)。横山氏は、ズル賢いスネ夫の身のこなしこそ、有益な人生の指南書になる、と語る。  たとえば、ジャイアンが「ひさしぶりの新曲を聴きたいか」と迫った時、のび太は、「え~新曲!?」と露骨に嫌がってしまう。けれど、スネ夫は「聴きたい! 聴きたい! ひさしぶりだなあ」と、大げさな身振りで反応。ジャイアンはご満悦で、すっかりイイ気分。一方で、のび太はジャイアンに「おまえはどうなんだ」と聞かれ、「聴きたい聴きたい。どうせ聴かされるなら、いやなことは早くすませたい」と本音をもらす。当然ながら、ジャイアンは激怒。のび太をボカっと殴り、「だれが聴かせてやるか!!」と、捨て台詞を残し、広場を去っていく。結果、スネ夫はジャイアンの歌を聴かずに済み、ホッとひと安心……。  ジャイアンをうまくホメることで気に入られるスネ夫と、正直に言ってバカをみるのび太。これって、現実でもよくあることじゃないだろうか。  本書では、こんなスネ夫の計算ずくの行動のひとつひとつを、発想を変え、すべて肯定的に考える。天才的な口のうまさと要領の良さ――。これをちょっとでも盗み、人生をうまく生き抜こうではないか、と提案している。  前述したエピソードは、スネ夫の「ホメ力」が発揮された内容だが、そのほかにも、エコひいきされやすくなるわけ、罪のない上手なウソのつき方、レディーファースト力についてなどなど、スネ夫の「教え」が29の項目に分けられ、紹介されている。  正直者には、キーっと腹が立つ内容かもしれないが、これからの時代、世渡り上手になるには、「スネ夫力」は必須の能力であり、結局、得をする。これを読めば、スネ夫がなんだか「デキる男」に見えてくる……かもしれない? (文=上浦未来) ●よこやま・やすゆき 1942年岐阜県生まれ。東京教育大学体育学部卒業、東京大学大学院教育学研究科博士課程満期退学。フルブライト交換留学生。現在は富山大学人間発達科学部名誉教授で教育学者(教育学博士)。本来の専門は生涯スポーツ論だが、『ドラえもん』を研究する「ドラえもん学」の提唱者としても知られる。ドラえもんの研究とともに、高岡市立中央図書館に全国初の「ドラえもん文庫」を設立。新聞、雑誌などへの登場も多数。著書に『「のび太」という生き方』『「のび太」が教えてくれたこと』などがある。また、「ドラえもん学」をはじめとした講演を、全国で精力的に行っている。

“絶対王者”吉田沙保里はなぜ生まれたか──日本レスリング界の強さの秘密を探る『日本レスリングの物語』

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『日本レスリングの物語』(岩波書店)
 日本中が沸いたロンドン五輪で、日本選手団は7個の金メダルと14個の銀メダル、17個の銅メダルを獲得した。体操の内村航平や卓球の石川佳純、女子サッカー代表などにメディアの注目は集まるが、日本の金メダルのうち4つは吉田沙保里、伊調馨、小原日登美、米満達弘がレスリング競技で獲得したものだった。  数にして、日本の獲得した金メダルの半数以上を占める日本レスリング界の活躍。レスリング競技における金メダルの数でも、大国ロシアと同数の世界一。日本レスリング界の強さは、世界でも群を抜いているのだ。  いったい、どうして日本はこんなにレスリングが強いのか? その秘密を解き明かすべく、日本におけるレスリングの歴史を記した一冊が、ノンフィクションライター・柳澤健氏による『日本レスリングの物語』(岩波書店)だ。    日本におけるアマチュアレスリングの歴史は、1920年代にまでさかのぼる。1921年早稲田大学柔道部の庄司彦雄とプロレスラー、アド・サンデルが靖国神社で戦った異種格闘技戦を端緒として、日本にレスリングは導入された。引き分けに終わったこの試合の後、庄司はレスリング先進国のアメリカに留学。帰国後の1931年には、早稲田大学に日本初のレスリング部を設立した。  翌年にはロサンゼルス五輪に初めて選手を送り出した日本レスリング界。しかし、その実力はまったく伴っていなかった。レスリングという新しいスポーツに流れてきた選手たちのほとんどは柔道の経験者。当時は柔道がオリンピック種目となっていなかった時代であり、選手たちはオリンピックに出場できるという理由だけで、柔道の経験を応用できるレスリングに流れたのだった。全員が柔道の高段者だったものの、もちろんレスリングと柔道は異なる競技。ロサンゼルス五輪では惨敗を喫し、続くベルリン五輪でもかろうじて入賞者は出せたもののメダルには届かなかった。  その潮目が変わるのは、戦後になるまで待たなければならない。  身長が低く、脚が短いという体型を活かし、欧米の強豪たちをタックルでねじ伏せる日本レスラーたちが活躍したのは1952年に開催されたヘルシンキ五輪。日本選手団のうち唯一となる金メダルを石井庄八が獲得し、戦後復興期の国民たちを勇気づけた。この金メダルに勢いづき、次のメルボルン五輪では、日本が生んだ世界の殿堂入りレスラー笹原正三と池田三男が金メダルを獲得し、その実力を見せつけた。  黎明期から世界レベルへの発展に至るまでに、レスリング界に尽力した人物が八田一朗だ。早稲田大学レスリング部の初代主将であり、卒業後は大日本アマチュアレスリング協会を設立。私財をなげうちながら、レスリングの強化だけに人生を費やした。その人柄もユニークそのものの八田は、「ライオンとにらめっこをさせる」「合宿中は選手の夢精や自慰まで管理する」「将棋の名人の話を聞く」とハチャメチャな練習メニューを考案し選手を鍛える。「豪放」というイメージがふさわしいその人柄で、後年は参議院議員にも立候補した八田、1983年に永眠するまで日本レスリング界を牽引していった。  一方、女子レスリングの歴史は80年代から始まる。黎明期は女子プロレスブームにあやかりながら選手を集めなければならないほど注目度は低かったが、2004年のアテネ大会よりオリンピック種目に認定されるやいなや、吉田沙保里、伊調馨の2人の金メダリストを送り出す。さらに2008年北京大会、2012年ロンドン大会でもこの2人は金を獲得し前人未到のオリンピック3連覇を達成した。この女子レスリングの歴史を支えた人物が福田富昭だ。スパルタ練習を行いながら選手を強化し、マスコミをうまくリードしながらその普及に尽力。福田もまた八田と同様に、人生のすべてを女子レスリングに投じた人物だ。  新潟県の山奥の廃校を私財を投じて購入した福田は、そこを女子レスリングの合宿所兼道場としてしまった。「まわりには誰もいないから、いくらしごいて泣き叫んでも大丈夫」と福田が意図したように、そこでの練習は苛烈を極め、女子選手に対し、バットや竹刀で殴られるのは当たり前というトレーニングを課した。  また、女子レスリングの代名詞となったアニマル浜口・浜口京子親子の知名度も、福田の功績によるところが大きい。実は、アニマル浜口はボディビル出身であり、レスリングの技術はほとんどない。そんな彼を福田は無理矢理コーチに据え、メディアの注目が集まるように仕向けた。アニマル本人もはじめは当惑していたものの、福田からの「選手全員に向かって、マスコミの前でがーがー吠えろ」という指示を忠実にこなし、いつの間にか「気合だ!」という名言まで誕生。女子レスリング界に欠かせない存在となっていったのだった。  次のリオデジャネイロ五輪でも、日本レスリング界の活躍は世界中の注目を集めるだろう。その強さの陰には、八田一朗と福田富昭という2人の男が積み上げてきた類まれなる努力があることを思い出してほしい。 (文=萩原雄太[かもめマシーン])

シエラレオネの国境なき医師団が見た『世界で一番いのちの短い国』

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『世界で一番いのちの短い国』(小学館)
 世界で1、2を争う長寿国、日本。平均寿命およそ80歳と、驚くべき長生きぶりだ。その半面、医療費の増加が社会的な問題となっており、贅沢な悩みではあるが、手放しでは喜べない状況でもある。  では、その間逆、世界一寿命の短い国はどこか? それは、この『世界で一番いのちの短い国』(小学館)の舞台となる、シエラレオネ共和国。西アフリカにある、北海道と同じ面積ほどの小さな国で、人口は約600万人。この国の平均寿命はわずか47歳で、世界最短。乳児死亡率も世界ダントツの1位だ。そのため、国連やWHO(世界保健機関)から、常に注目されている。  なぜ、そんな事態に陥ってしまったかといえば、この国にダイヤモンド鉱山があったばかりに利権争いが起こってしまったからだ。お隣の国、リベリアの大統領が悪知恵の働く人で、まともに攻めたのでは国際社会の非難を浴びる。だから、シエラレオネ国内に内戦が起きているように見せるため、「この国は腐っている! 賄賂ばかりだ。新しい政府をつくろう!」と呼びかけ、ダイヤモンド鉱山を支配下にした。  慌てたシエラレオネの政府は、国連に援助を依頼し、現在は西側が政府軍、東側がリベリア軍の支配下で、一応、停戦状態となっている。  本書は、著者の山本敏晴氏が、そんな予断を許さない状況の国に、国境なき医師団のひとりとして飛び、半年間に渡り医師を務めた記録だ。  少し話はそれるが、そもそも国境なき医師団というと、どんなイメージがあるだろうか? わたしは、「途上国の人々のため、国際協力のため、プライベートを捨て懸命に働くとっても偉い人」というイメージが“以前は”あった。けれど昨年、イランへひとり旅に出た時に、本物の元・国境なき医師団の医師に出会って度肝を抜かれた。  出会った場所は安宿で、その人物はとにかくお金がなかった。着るものは、現地の人に“かわいそうがられて”もらったジャケットに、冬なのに東南アジアのような巻きスカート。以前、同僚とケンカして相手を殴って、何千万もの賠償金を要求されている上、無一文なのに、今度は「イラクに行きたいから、お金を貸してほしい」と、日本人旅行者に拝み倒す。人の話をまったく聞かず、誰かと話していても、平気で自分の話を続けるこの男に出会い、とんでもない人が医師をしているものだと、心底驚いた。  もっとも、そんな人でも、やはり医師としてはちゃんと働いているようで、写真を見る限り、現地の人になじみ、頑張っている様子がうかがえた。旅行者から借りたお金も、彼の「愛人」の援助で返済していたようだし。  本書でも触れられているが、ひと口に医師といっても、みんながみんな神様のような心優しさを持っているわけではなく、ただの旅行好き、もう帰る場所がないなど、さまざまな理由で働いているのだ。  ただ山本氏は、「本当に意味のある国際協力とは、どんな形なのだろうか?」と考える、超のつくマジメなお方だ。診療に際して現地の人が安心するようにと、文字が存在しない現地語のティムニ語という言葉を耳で覚えた。 「チョーピア・オワンタ?」(子どもの調子はどう?) 「ムロ・タリン・タムン?」(何歳なの?) 「ンゲ・スガワ?」(子どもの名前はなんていうの?)  カタカナにするとかわいくて面白い言葉に見えるが、実際に覚えるとなったら、文字がない=辞書がないので、もう大パニック以外の何ものでもないだろう。  また、国境なき医師団の仕事は医療行為だけではない。まったく医療が機能していない国に医療システムを確立させ、機能させるところから始まる。  たとえば、シエラレオネは13州あるから、真ん中に大きな病院をつくって、その周辺に5つの診療所をつくろう……など、建設予定地を決めるところから始まり、建設するとなれば、「病院を運営させてください」と、地域のドンにお願いに行く。地域の人たちに受け入れてもらえなければ、追い出されてしまう。  さらにシエラレオネでは、10年以上にわたる内戦で医師や看護師がみんな国外へ逃げ出してしまっていたので、現地スタッフの多くは普通の一般市民。そのため日々、基本的な教育をしていくことも必須で、看護の授業も行い、その仕事量といったら普通の医師とは比べ物にならないだろう。  本書は、リベリア軍側の残虐行為で指や四股を切断された人などの話も出てくるが、感情が落ち込むような重たい本ではない。それは、山本氏の“悲惨さを誇張して見せれば見下す人が現れてしまう”という信条にある。彼らの国にも素晴らしい歴史があり、先進国と対等の尊厳がある、と。だから、どれほど悲惨な状況でも、さらりと書かれている印象だ。また、マジメな話の間には身の回りで起こった笑い話がちりばめられているので、肩肘張らずに読むことができる。  なぜ、シエラレオネでは長生きができないのか? そして、なぜこの日本で、わたしは当たり前のように、“死なずに”今まで生きているのか。それをこの本を通して、自然と考えさせられる。 (文=上浦未来) ●やまもと・としはる 1965年宮城県仙台市生まれ。医師・医学博士・写真家・国際協力師。南アフリカにて人種差別問題に衝撃を受け、中学生の頃から数十カ国を撮影。「本当に意味のある国際協力」について考え続ける。2000年より数々の国際協力団体に所属、アフリカや中東で医療援助活動を行う。2003年より2年間、国境なき医師団・日本理事。2004年、東京都からNPO法人の認証を受け「宇宙船地球号」を創設。「持続可能な世界」の実現を目指し、世界に目を向ける人々の育成を行う。