NYパンクの女王パティ・スミスの巫女さん度!?『無垢の予兆 パティ・スミス詩集』

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2013年1月21日の開かれた来日記者会見でのパティ・スミス
 現在、日本をツアー中のパティ・スミス。かつてはニューヨーク・パンクの女王とも呼ばれ、その中性的な風貌やアクの強い歌声で一世を風靡した人だが、元々はそのアーティストとしての人生を詩人としてスタートさせた人だった。ミュージシャンになろうなんて思ってもいなかったし、歌手になるつもりも毛頭なかった。そんな彼女が、いまやロックの殿堂に名を連ねるほどの高名なミュージシャンになってしまい、世界各地をツアーして回っているのは天命としか言いようがなく、本人も意図しないところで働いた力に逆らわずに従った結果としか思えない。  先頃邦訳が発売された自伝、『ジャスト・キッズ』(http://www.uplink.co.jp/pattismith/)を読めばわかることだけれど、パティは初期の反逆的なパブリック・イメージとは違って、意外なほどオカルティスト、今風に言えばスピリチュアルな人だ。二十歳で野心を抱いてニューヨークに出てきた日は自分の生まれた日と同じ月曜日。縁起をかついで運を呼び込もうとし、仲間が根拠のない不安におののいていると、タロット占いで落ち着かせてやろうとする。自分の直観を信じ、自分に与えられた定めを受け入れることでその道を突き進んできた。  そんな彼女の神秘的な生き方が文芸作品として結実したものが、同時刊行された詩集『無垢の予兆』だろう。  実はこれを拙いながらも訳したのは私であり、訳させてもらった本人が言うのもなんだけれど、はっきり言って彼女の詩はわかりにくい。それほど難解なことを言っていなくても、湧いてきたイマジネーションのままに文字を綴るので、書いた本人でもなければ、どこからどういう連想でそうなったのかということがまったくわからない。そのことを自分でもよく知っている彼女は、今回は不明な点は聞いてほしい、と自ら申し出てくれたので(前回、それまでの歌詞を総まとめした『パティ・スミス完全版』を訳した際には、こちらからの希望で質問に答えてもらった)、調子に乗ってずい分と細かいところまで尋ねたものだけど、それでも疑問が残ったぐらいだった。  では、どうしてそのような詩作法を彼女が取っているのかというと、それはひとえに自分の霊感を信じているからだろう。信じてはいるけれど、霊感ゆえに、そこに含まれている意味は降りてきた彼女にすらはっきりとはわからないものもある。そのため浮かんできた言葉、イメージ、思いつきのままに書き綴るので、勢い他人にはわかりづらいものとなってしまうのだった。
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『無垢の予兆 パティ・スミス詩集』
(アップリンク/河出書房新社)
 たとえば『砂漠のコーラス』というリビア空爆を題材にした詩では、最後にカダフィの娘のハナとジャン・ジュネとがいっしょに天に昇っていくさまが描かれている。なんでこの二人が結びつくのかというと、それは双方ともが同じ空爆のあった1986年の4月15日に亡くなったからだ。そのことが、理由はわからなくても、パティの目には一見無関係に見えるこの二人を、魂のレベルで結びつけるものとなったのだろう。  また『イラクの鳥』という、アメリカのイラク空爆への批判をこめた詩では、空爆のあった朝に偏頭痛の発作を起こしたパティ自身と、母親と、ヴァージニア・ウルフとが、同じ頭痛持ちということで時空を超えてつながっていく。空爆が始まったのは3月20日で、その前日はたまたまパティの母親の誕生日。3月はウルフが自殺を遂げた月でもあり、春の目覚めの時であると同時に混乱の季節だ。  彼女はそのような偶然の日付の一致や出来事の一致――いわゆるシンクロニシティ――に意味を見いだすところがある。そんな関連づけは彼女の頭の中だけの物語であり、偶然の一致にはなんの意味もない、と思う人もいるだろう。だが、物事とはほんとうにそういうものだろうか。  私自身がそういった発想になじんでいるせいもあるだろうけれど、この詩集を訳していくうちに、私もこのシンクロに巻き込まれてしまった。  翻訳はひととおり訳した後の推敲が肝心なのだが、端から順番に推敲していったら、偶然、ハロウィンの日を描いた『すべての聖者の夜』という詩を、そのハロウィンの当日に推敲することになった。これはパティから「私が書いた詩のうちで最も悲痛なもの」という回答をもらっていて、夫、フレデリックが突然の病に倒れた日とその後のことをもの悲しいトーンでうたった作品だ。私はそのことを知ったばかりで、涙なくしては読み直しもままならない状態だったのだけど、さらにそのハロウィンの朝、駅までの道で、その詩の中で死を象徴するものとして扱われている黄色いマリゴールドの花が一輪、首から上だけぽつんと落ちているのを目にすることになった。はっとしたけれど、道の両脇のどこかのプランターからこぼれ落ちたのかと思っても、どこにもマリゴールドが植わっているようなプランターは見当たらなかった。  そのことをそれほど重要視していたわけではないけれど、今度は推敲が終わって後書きを書き上げたら、その日が偶然フレデリックの命日とぴたりと重なってしまった。そこまで来るとつくづくふしぎな気がしたものだけど、そもそもその11月4日はフレデリックの命日であると同時に、パティが心から愛した若き日の恋人であり、生涯の親友でもあったアーティスト、ロバート・メイプルソープの誕生日でもあるのだ。
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2013年1月23日のSHIBUYA-AXでのライブ ©Yoshie Tominaga
 どうしてこの二人の命日と誕生日とがいっしょになってしまったのか。パティがそのことについてなにも感じていないはずはないのに、それについて言及している文にはまだ出合ったことがなく、私にもその意味するところはわからないのだけれど、それこそがこの二人とも、彼女の人生にとって最重要な人物であったことの証なのだろうか。  こんな話も、物質主義な人たちにはきっと、「ただの偶然」でしかないだろう。しかし、スピリチュアルな考えをする者にただの偶然はない。偶然は予兆となり、その予兆を活かして、自らの運命の荒波を乗り切っていく。ミュージシャンになる予定ではなかったパティは、ドアーズをニューヨークで初めて見た時、どういうわけだかジム・モリソンと同じように自分がステージに立てるのではないかと感じた。そして、後に住むことになったチェルシーホテルで、グレイス・スリックや、ジミ・ヘンドリックスといった大物ミュージシャンの面々に出会った時も、彼らにいわれのない親近感を覚えた。  すべては彼女がミュージシャンとなることの予感であり、その予感に導かれて、彼女は人生を歩んできたのだ。しかし、詩人としてアーティストの最初の一歩を踏み出した彼女の中には、文学者としての芯があった。それが今の彼女を、音楽活動と併行して書くことに駆り立てているのではないだろうか。  シンクロのふしぎはこれだけでは終わらなかった。日本で詩集と自伝が刊行されると、その奥付にある発行日が、偶然パティ本人の誕生日である12月30日と合致したのだ。  著作の発行日が自分の誕生日と同じになったからと言って、そのことでなにがもたらされるだろう。しかし、来日してそれを版元から聞かされたパティは、なにやら感慨深げであったという。私は彼女の折々の言動から、パティはいく分日本びいきではないかと感じているのだけど、日本との縁の深さを内心で感じたのかも知れない。そして、私にはやはり、そのようなことを知らずして引き起こしてしまうパティの巫女さん的な力は並たいていなものではないと感じられる。ステージに立っている彼女を支えているものは天からの力だろう。そしてそれは、愛する者を次々に失うという苦難を引き受けながらも、人生を謳歌する彼女の姿勢、それを作品に変えていく彼女の力、あふれ出る生命力につながっているのではないか。  詩集『無垢の予兆』は人生への理不尽さをまじえながらも、その根底に流れているものは生きることへの讃歌だ。若い頃の過激な作風を一見裏切るように見えながらも、根本はタフな精神力と霊感に貫かれている。その詩の中には、きっとパティ自身にも、訳者の私にも読み解けていない神秘がまだいっぱい隠されている。そんな気がする。 (文=東玲子) ●パティ・スミス 1946年シカゴ生まれ。1967年ニューヨークで写真家ロバート・メイプルソープと運命的な出会いを果たし、以後深い協力関係を築く。1971年、詩人としてデビュー。1975年、「パティ・スミス・グループ」を結成し、アルバム『ホーセズ』をリリース。現在に至るまでニューヨーク・パンクの先駆者として、幾多のミュージシャンから尊敬される。2005年フランス文化省から芸術文化勲章受賞、2007年ロックの殿堂に選出される。本書『ジャスト・キッズ』で2010年度全米図書賞ノンフィクション部門受賞。2011年ポーラー音楽賞受賞。 ●東玲子(あずま・れいこ) 文筆家・パフォーマー。ステージ名はReiko.A。1989年から99年まで、日本のノイズプロジェクトMERZBOWにエレクトロニクスとヴォイスで参加。現在もワールドワイドに主にアングラシーンで活動。訳書として、アメリカのレズビアンSMアクティヴィスト(当時)、パット・カリフィアの『パブリック・セックス』(青土社)、『パティ・スミス完全版』(アップリンク/河出書房新社)、『無垢の予兆 パティ・スミス詩集』(アップリンク/河出書房新社)、など。http://www.webdice.jp/user/124/ ●パティ・スミス追加サイン会決定! 2013年1月29日(火)18:00~ 会場:タワーレコード梅田NU茶屋町店 ≫詳細 http://tower.jp/store/event/2013/01/096009 ●Patti Smith and her band JAPAN TOUR 2013(残り3公演) 2013年1月28日(月)OPEN 18:30 / START 19:30 会場:大阪府 なんばHatch 料金:7,000円(ドリンク別) お問い合わせ:SMASH WEST 06-6535-5569 2013年1月30日(水)OPEN 18:30 / START 19:30 会場:広島県 広島CLUB QUATTRO 料金:7,000円(ドリンク別) お問い合わせ:夢番地 082-249-3571 2013年1月31日(木)OPEN 18:30 / START 19:30 会場:福岡県 福岡 DRUM LOGOS 料金:7,000円(ドリンク別) お問い合わせ:TSUKUSU 092-771-9009

「おしっこ高価買い取り中」のチラシを配って逮捕!?『可笑しなヘンタイ図鑑』

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『可笑しなヘンタイ図鑑』(宝島社)
 先日、友人宅に侵入した下着ドロボーが逮捕された。犯人宅からは、彼女のものを含め、合計500枚の下着が発見。警察から「下着、お返ししますか?」と尋ねられたものの、「気持ち悪いからいらない!」と即拒否したという。それを聞いて、500枚という途方もない数と、盗まれた下着が戻ってくるという事実に思わず笑ってしまった。  だが、今回紹介する『可笑しなヘンタイ図鑑』(宝島社)に登場するのは、この下着ドロボーのような、いわゆる“正統派”のヘンタイではない。「えっ、なんでこんなものを盗んだの?」「んんっ、どうしてこんな行動を?」と、大量のハテナが頭に浮かばざるを得ない、究極のヘンタイさんばかり80人が大集合。  例えば、自作チラシを配り卑猥な勧誘を行う「放尿キャッチ」、女子生徒の水着を着用して脱糞した男「ダップンダー」、電車内に幼虫200匹をばらまいた「ミールワームの使い手」など、ありとあらゆるいろ~んな変わり者たちが登場する。人の性的嗜好はそれぞれではあるが、これほど果てしなく深く、ピンポイントにマニアックな嗜好には衝撃を受ける。  そして、この本はただヘンタイを紹介しているだけでなく、ちょっと変わった趣味趣向を持つ男性と日常的に接してきた元SM女王ライター・マイ女王様が登場。彼らの滑稽にすら思える可笑しな行動に、斬るところはバッサリ斬り、ところどころ同情しそうになりながら、実に的確なコメントをしている。  また彼女に加え、現役の女王様が集まり、彼女たちだけが語ることのできる“ヘンタイ談義”も行われ、人々のとどまることのないフェチぶりについても議論が交わされている。本書に登場するヘンタイさんについても「うち(SMクラブ)に来れば、なんとかなったのに~」と、犯罪に走ってしまったことを残念がったりしている。   読み物としても十分すぎるほど面白いが、この本の良さは、なんといってもイラスト。『バカドリル』(扶桑社)でおなじみの漫画家のタナカカツキ氏が、登場するヘンタイさんたちの特徴を絶妙にとらえ、行き過ぎた行動の滑稽ぶりを見事なまでに表現している。   日常生活にマンネリ化を覚えるアナタ。これを読めば、一瞬にして、今まで知らなかった世界に一気にワープできるはず。ヘンタイの奥深さを知る世界へようこそ。 (文=上浦未来)    ●たなか・かつき マンガ家。1966年大阪生まれ。1985年マンガ家デビュー。著書には『オッス! トン子ちゃん』『サ道』天久聖一との共著『バカドリル』などがある。 ●はやかわ・まい 元女王様ライター。得意分野はSM、フェティッシュ、サブカル界隈。北尾トロ編集『季刊レポ』にルポタージュ「そのとき歴史が鞭打たれた」を連載(完結)。電子書籍『女王様はオタクだった 腐った遺伝子』が、honto等のネットストアにて発売中。

重信房子・獄中からの新著『革命の季節 パレスチナの戦場から』で明かす、若き日の珍道中

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『革命の季節 パレスチナの戦場から』
(幻冬舎)
 いわずと知れた元・日本赤軍の指導者・重信房子の新著『革命の季節 パレスチナの戦場から』(幻冬舎)が発売された。  本書は、各誌に掲載された文章を中心に加筆・再構成した回想録。そこで描かれるのは冒険小説さながらの事件と、驚くべきエエカゲンさだ。  物語は、学生運動から共産主義者同盟赤軍派に参加し国際部へと進んだ重信が、パレスチナの解放勢力による医師・看護師・技術者などのボランティアの募集を知り、国際根拠地を求めて旅立つところから始まる。  重信が日本を脱出したのは1971年。まだ海外旅行は夢のような存在だった頃のこと。ネットで格安海外航空券を入手できる現代とは違い、海外旅行=日本交通公社(現・JTB)が、ほぼ独占している事業だった。  公安警察にバレることなく秘密裏に出国しようにも、正規の手段しかない。意を決した重信が訪れたのは、新宿の日本交通公社の窓口! 世間的には「テロリスト」のレッテルを貼られることの多い彼女が、窓口で航空券を買っていたとは、けっこうシュールな光景だ。  この窓口でのやりとりも感動的だ。天が味方したのか、窓口の担当者が大学の後輩だったのだ。その協力によって、重信は羽田空港からパレスチナへと旅立っていった。旅立つ当日、羽田空港ビルの向かいにあった東急ホテルでコーヒーを飲みながら、遠山美枝子に「ふう、あなたが先に死ぬんだね……」と、別れの言葉を告げられたと、重信は回想する。  その後の連合赤軍事件のいきさつを知っていれば、このシーンは重い。  さて、国境を突破して飛翔した重信だが、その任務や心意気とは裏腹に、やっぱり情熱ばかりが先立ったゆえのテキトーさが満ちあふれている。公安警察の目をくらませるための奥平剛士との偽装結婚も、渡航前に早くもバレバレ。ベイルートでは時事通信社の特派員から「いやー、新聞にあなたたちのことが出ているんです」と取材を申し込まれる。肝心のPFLP(パレスチナ解放人民戦線)とのコンタクトも、ベイルートでPLO(パレスチナ解放機構)の事務所に行って「どこですか?」と尋ねるというありさま。まさに、珍道中である。  重信とは以前、東京拘置所で対面したことがある。その時の短い会話で「あの頃は若かったから」という言葉が耳に残った。本書でも同様のことが記されている。だが、その思想を支持するにせよ、しないにせよ、多くの人が重信にシンパシーを感じているのは、若い情熱だけで走り切ったゆえである。本書の冒頭には、幻冬舎社長の見城徹が文章を寄せているが、同年代の彼は「彼らに対する僕の後ろめたさはこの世界の中で自分が世俗的にのし上がるパラドックスの強烈なモチベーションとなった」と記している。  狭い島国の枠組みをヒョイと乗り越えて、世界を股にかけて戦い抜いた重信や日本赤軍のメンバーの壮大さを真似するのは難しい。だからこそ、彼らに憧れた者は、自分の根拠地を築き「革命」することを志す。その面で、彼らの活動は社会を確実に変えてきたといえる。  重信も登場する映画『赤軍‐PFLP 世界戦争宣言』の中に「武装闘争はスタンバイすることである」の一文が登場する。武装闘争だけではない。自分の目指すべき「革命」に、メシを食べているときにも、寝ている時にも、常にスタンバイしていることこそが、重要なのだ。そして、重信たちがスタンバイし続けることができたのは、本書の行間からも伝わってくる情熱ゆえである。  「社会を変える」のは、一時の高揚感や解放感に酔うことではなく、何かを掴もうとする情熱であることを本書は教えてくれる。選挙やデモで世の中が変わるという流行のスタイルに疑問を持っている人にとっては、座右の書になることを確約できる名著である。本書は、人生をいかに生きるか、重信を通して自身と対話するための本である。 (文=昼間たかし)

著者がリアルにもくろむ「旧・大宮市の独立」『消滅した国々 第二次世界大戦以降崩壊した183カ国』

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『消滅した国々 第二次世界大戦
以降崩壊した183カ国』
(社会評論社)
 いまや、マニアック本出版社としての地位を確立しつつある社会評論社から、またまたマニア心をくすぐる本が出版され、話題となっている。それが、吉田一郎氏の著書『消滅した国々 第二次世界大戦以降崩壊した183カ国』である。  この本は、吉田氏が運営するサイト「世界飛び地領土研究会」(http://www.geocities.co.jp/SilkRoad-Lake/2917/)のコンテンツ、「消滅した国々」をもとにしたもの(サイトのメインコンテンツである「飛び地」の項目も、同社から『世界飛び地大全』として発売中だ)。  この本、まず驚くのは本の分厚さ。総ページ数700ページ超の大ボリュームなのだ。 政変で政権が交代するとか、革命が起こって権力者が追放されるって事態はよく聞くが、国が滅びるなんて東ローマ帝国の滅亡(1453年)とか世界史上の出来事かと思いきや、実は第二次世界大戦以降も、驚くほど多くの国が滅亡しているのだ。  それらの国の多くは、大国の思惑が絡んだりして興亡を繰り返した、怪しげなものばかり。南アフリカのホームランドなんて、まさにそれ。ホームランドとは、アパルトヘイトを行っていた時代の南アフリカ政府が、国際的非難をかわすために使った、いわば詭弁。不毛の地に黒人の独立国をつくらせて、南アフリカ国内の黒人はそこの住民だとでっち上げる。そうすれば、南アフリカの領土で働く場合は出稼ぎ労働者だから、南アフリカ国民ではない=権利が制限されるのも当然、というもの。  卑劣な人種差別の代名詞として知られるホームランドだが、その実態を詳しく記した書籍は、これまでほとんど存在しなかった。本書では、このインチキ国家で権力を握ろうとしたり、一儲けを企んだ群像についても詳しく解説している。この人種差別政策を逆利用して一儲けした実例として挙げられているのが、ボプタツワナ共和国。この国は、南アフリカの大都市に近接している利点を生かし、リゾート都市・サンシティを建設。南アフリカでは禁止されているカジノもあるし、同様に禁止されている黒人とのセックスも楽しめるとあって、わんさか白人たちが訪れて大いに栄えたという。アパルトヘイトのイメージを覆すような事実は、目からウロコというよりほかない。  イギリスが植民地にしていたアラビア半島の重要港・アデンの周囲にあったアデン保護領の首長国も、怪しさ満点だ。この首長国というのは、日本の戦国時代のようなもので、村を有力者が統治しているというようなスタイル。ゆえに、国を名乗ってはいるが、中には人口は百人ちょっと、というところもあったのだとか。そんな国が20世紀の後半まであったなんて、スゴイ! なお、アデン保護領はその後、アラビア半島唯一の社会主義国家・南イエメンになって独立。冷戦終結後に北イエメンと合併したはいいが、権力をめぐって南北の内戦になったり……メチャクチャな国すぎて住民にとっては迷惑なんだろうけど、なんだか興味をそそられてしまう。 ■自分だけ生き残った、ひんしゅくものの権力者たち  さて、滅亡した183カ国の中は、平和裏に滅んでいったものは少ない。そういった国の王様や大統領は、いったいどうなってしまうのか? ここも、吉田氏が消滅した国々に、興味を引かれたポイントだ。だいたいは、処刑されたり無惨な最後を遂げたかと思いきや、のうのうと生き残っている人がけっこう多いのだ。中には、国の最後と運命を共にした人もいるだろうし、権力者だけが生き残るなんて、ひんしゅくものではないか。  その最も顕著な事例が、1967年から3年あまりの間に存在したビアフラ共和国のオジュク大統領だ。ナイジェリアの東部州だったビアフラは、同国の有力な産油地帯。住民は、黒人のキリスト教徒のイボ族主体で、自分たちの土地から湧き出る石油の利益が、民族も異なり宗教もイスラム教主体の他州の人々に吸い上げられているとして、民族紛争の末に独立を目指したもの。独立をめぐるビアフラ戦争で、内陸部に押し込まれたビアフラ側は200万人あまりの餓死者を出し、一時はビアフラ=飢餓のイメージは広く浸透していた。  最終的に、首都に攻め込まれ亡命したオジュク大統領は1984年に赦されて帰国すると、一転しナイジェリアの支持者に! 2003年には大統領選にも出馬したが、得票率わずか3%で落選したのだとか。  どうも、彼の中では「今のナイジェリアは当時とは違う、いい国」とつじつまが合っているらしいが……200万人も餓死させておいて虫のいい話である。  ほかにも、王様が若いアメリカ娘を嫁にしてハァハァしていたら、国民に見限られてインドに併合されたシッキムなどが本書には登場する。権力者は、スチャラカ過ぎて興味を引かれる人ばかりである。 ■著者がもくろむ、消滅した自治体の復活  しかし、本の内容以上に興味深いのは、著者の吉田一郎氏自身。吉田氏は「大宮の自治と独立」を主張する、さいたま市議なのである。本の内容も興味深いが、この主張も興味深い。いったい、吉田氏の目指すものは、なんなのか? 「さいたま市誕生のための合併は、平成の合併による政令指定都市誕生のモデルケースとして、国主導の住民不在で行われたものです。当初は、さいたま新都心に首都機能が移転するという触れ込みだったのですが、実際にはごくわずかな機関が移転したにとどまりました」  吉田氏によれば、いまや旧大宮市の扱いは、前述のビアフラ共和国のような状態だという。 「旧大宮市、浦和市、与野市は表向き対等合併しましたが、実際には行政機能が集中している浦和市に有利となっています。大宮市の税収はおろか、図書館の本まで浦和市に奪われてしまっているのです。市議会でも市に対して合併して、どういった利点があったか質問したこともありますが、市の職員すら満足に答えることができないのが現状なんです」  いったん誕生した市から再び独立することなんて、雲をつかむような話に聞こえるが、吉田氏は本気だ。そもそも、市会議員に当選するだけの支持があるわけだから、旧大宮市民からの期待も大きい。でも実際に、いきなり分離独立することが困難なことは、吉田氏も認めるところ。まずは、財源や権限を分割する自治から、手をつけることを構想している。  消滅した自治体を復活させようと、リアルに企む吉田氏。そこからは、本書が単なる雑学本でないという意志が伝わってくる。 (取材・文=昼間たかし)

コンビニには“頼れる町のなんでも屋さん”?『コンビニと日本人 なぜこの国の「文化」となったのか』

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『コンビニと日本人 なぜこの国の
「文化」となったのか』(祥伝社)
 街のあちらこちらで見かける、コンビニ。セブン-イレブン、ファミリーマート、ローソン、ミニストップ、サークルKサンクス、デイリーヤマザキなどなど、大手チェーン店が数百メートル内に何軒もあると、「なんかコンビニ多くない!?」などと思ったりするのだが、お弁当やおやつもあるし、化粧品、携帯の充電器、本もある。“あったらいいな”がコンパクトに集まっていて、ついつい立ち寄ってしまう。しかも、ATM機能があったり、切手を買って郵便が出せたりとサービス満点で、大体の用事は済ませられる。  それにしても、一体いつからこんなに便利に? そんな疑問に答えてくれる本が、『コンビニと日本人 なぜこの国の「文化」となったのか』(祥伝社)。著者は、メーカーや小売業のマーケティング・サポートを行い、流通専門誌などに数多く執筆している加藤直美氏。これを読めば、日本のコンビニがどのように増え、サービスを広げてきたのかが実に詳しくわかる。  彼女によれば、コンビニの創業期は1970年代。80年代が普及期、そして90年代、かつてわたしが小学生だった頃が成長期だったらしく、思い返せばその頃、我がふるさとの愛知県の田舎にも、サークルKサンクスとミニストップが進出してきていたような気がする。とはいえ、地方の田舎など、「コンビニ業界成長してるな!」なんて実感するほど続々と店舗は増加せず、どこか1店舗できれば、周囲数キロには新たにできることはほとんどない。出店が激しいのはやはり東京を中心とした関東圏で、チェーン店のコンビニ約3割が集中している。  コンビニは、3万5000店を超えた2000年頃から増加率が鈍くなったものの、98年以降、年間の店舗数が前年を下回ったことは一度もない。現在、4万5000店舗に達する勢いで、残念ながら閉店してしまうことも多いが、それ以上にどんどん増え続けていて、業界が上り調子なのがわかる。  また、00年代は成熟期、そして10年代は貢献期と位置づけ、コンビニの、ただ買い物する場所としてだけでなく、地域に貢献する企業としての姿なども紹介されている。この本を読むまで知らなかったが、大手コンビニの各チェーン店の多くは、震災時の帰宅困難者には「トイレを貸す」「水道水を提供」「地図やラジオの道路情報などの提供」といった、もしもの時のために出店地域の自治体と災害時協定を結んだり、深夜に徘徊するお年寄り保護の活動など、知られざる活動も行っている。  また、意外と地域に密着した営業をしていて、例えば愛知県でおでんを買うと必ずもらえる味噌が東京ではマスタードになったりと、チェーン店であっても全国すべて同じではなく、地域の特製を考慮し、商品が販売されている。  コンビニは便利だが、なんとなく味気ない――。そんなイメージが少なからずあるが、細かい気遣いを知ると、コンビニが“頼れる町のなんでも屋さん”のように思えてくる。普段、何気なく入るコンビニも、応援してあげたくなる気持ちになる1冊だ。 (文=上浦未来) ●かとう・なおみ 愛知県生まれ。法政大学法学部卒。経営コンサルタント会社を経て、1989年に流通業界のサポート会社「トレードワーク」を設立し、メーカーや小売業のマーケティング・サポートを行う。1991年から消費生活コンサルタントとしても活躍。流通業界に精通する立場から流通専門誌などに数多く執筆し、著書に『コンビニ・ドットコム』(商業界)、『コンビニ食と脳科学』(祥伝社新書)などがある。

ap bank fesにも出演 半身不随のボーカリストが綴る夢『終わりのない歌』

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『終わりのない歌』(双葉社)
 昨年開催された「ap bank fes'12」では、80年代に活躍したバンド「ROUGE」のボーカリスト奥野敦士が“出演”。Mr.Childrenの桜井和寿率いるBank Bandとともに、「ホワット・ア・ワンダフル・ワールド」を歌い上げた。だが、奥野の姿はその会場にはない。スクリーンに映されたYouTube動画が、奥野の舞台だった。  2008年9月、屋根から転落し頚髄を損傷。それからは、障害者施設でリハビリの日々を送っている奥野。そこにいるのは、かつて日本武道館を埋め尽くしたロックバンドのフロントマンとしてのきらびやかな姿ではない。介護士に食事を食べさせてもらい、カテーテルで尿を排出する障害者としての彼の姿だ。12月に発売した著書『終わりのない歌』(双葉社)には、そんな彼が送る現在の生活が赤裸々なまでに描かれている。  1990年に絶頂期のROGUEを解散し、ソロ活動や映画音楽、俳優業などを行ってきた奥野。しかし、音楽業界の仕事に行き詰まっていた彼は、2008年に故郷である群馬に拠点を移した。心機一転、派遣会社に登録しながら、音楽をつくる喜びを味わっていた奥野。健康的な生活とともに、新たな一歩を踏み出そうとしていた矢先の事故だった。工事現場での作業中に、7メートルの高さから落下し、気づけば病院のベッドの上。胸から下が動かない体になっていた。  本書に綴られたリハビリの日々は過酷そのものだ。  食事を摂るだけでも体力を使い果たす。少しでもストレッチを欠かすと、腕すらも動かすことができなくなってしまう。胸から下が動かない生活は、健康な人間には想像すらできないほどに苦しいものだろう。しかし、まるで手紙のような文体で、読者に語りかける奥野は明るい。苦しさの中にも常に希望を持ちながら、毎日を過ごしている。  だがもちろん、彼もその現実を受け入れるまでには葛藤があった。ギターも弾けず、愛犬の散歩にもいけない。日常生活はおろか、顔もかけず、目ヤニすらも自分で取ることはできない。「死にたい」と絶望しても、死ぬためには体を動かさなければならなかった……。 「『俺、死ぬことも出来ないんだな……』 涙が次から次へと溢れて、止まらなかった。 死ねないから、ただ生きている……」  そんな彼を支えたのは、医師から言われた「リハビリを続ければ、もう一度ステージに立てるようになります」という言葉だった。半身不随になると、腹式呼吸もすることができなくなってしまう。肺活量もそれまでの1/3以下にまで減少。自分でも信じられないくらいのか細い声しか出ない。プロのボーカリストとしての声が出せない体になってしまったのだ。  だが、奥野はあきらめなかった。肺活量が少ないのだからできる限り息を無駄にしない。腹式呼吸はできないが、車椅子のシートベルトでお腹を締め付けることで、その代わりとなることを発見。事故から2年後に歌った「ホワット・ア・ワンダフル・ワールド」の動画では、全身を使って、振り絞るように歌っている彼を見ることができる。それは、どんなボーカリストにも歌うことができない声だった。この奥野の姿を見て、桜井和寿は、ap bank fesへのオファーを即決した。(http://www.youtube.com/watch?v=6jo-mJPAS3A&hl=ja&gl=JP)  本書のタイトルでもあり、ROGUEの代表曲である「終わりのない歌」は、奥野が初めてカッコつけずに現実の厳しさや、それに負けそうな自分を描いた曲だった。現在、奥野の目標はROGUEを再結成し、もう一度「終わりのない歌」を歌うこと。まだ先になるであろうその日を夢見て、カッコ悪いその姿をさらしながら、奥野はリハビリに明け暮れている。 (文=萩原雄太[かもめマシーン]) ●おくの・あつし 1963年、前橋市出身。82年、ROGUEを結成。85年、アルバム『ROGUE』でメジャーデビュー。バンド解散後はミュージシャン、俳優、映画音楽制作などに活動の場を広げている。2008年の不慮の事故により半身不随になるも、Twitterやブログなどを通じ、メッセージを発信し続けている。

盆踊りはハッテン場!? AVメーカーも驚く、古今東西の官能と享楽『乱交の文化史』

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『乱交の文化史』(作品社)
 いまや、ほとんどのAVで、3Pが当たり前になっている。  後ろから前からくんずほぐれつする女優・男優たち。しかし、周囲に話を聞けば、3P、4Pの経験がある漢はほとんどいない。一般庶民の多くが、AVの世界で起こるファンタジーとして、そのようなプレイを楽しんでいるようだ。だが、かつてはそうではなかった。イギリス人作家バーゴ・パートリッジ『乱交の文化史』(作品社)は、古今東西の文明において存在した“オージー”と呼ばれる乱交文化を豊富な図版とともに紹介している。  古代ギリシャの「アフロディテ祭」から、ローマで行われた「バッコスの祭」、ルネサンス期の仮面舞踏会、イギリスにおける秘密クラブなど、さまざまな場所で乱交は行われてきた。人々は、その欲望をむき出しにし、男でも女でも関係なく、動物のように交わった。  一例として、官能と享楽こそが人生最大の喜びと考えていたギリシャ人が楽しんでいた、9日間にわたって行われる「エレウシスの秘儀」の描写を引用しよう。 「エレウシスの秘儀の第一日目は、海に向かう行列に費やされる。海では身を清めるために体を洗う儀式があったが、これは必ずしも上品に慎み深く行われたわけではなかった。六日目に行列はアテナイを離れ、エレウシスに向かう。参加者は数千を数え、人々は頭にアフロディテの神木である天人花や、デュオニュソスの神木である常春藤の冠を戴き、火を灯した松明と麦穂をたずさえて歩く。アテナイから約20キロ離れたエレウシスに着くと、祭儀の残りの日にちは騒々しく陽気な秘儀に費やされる」  参加者数千人を数える乱交パーティー! まさにソフト・オン・デマンドも尻尾を巻くような乱れっぷりではないか。快楽のためならば、ギリシャ人たちはすべてを捧げたのだ。歴史的にこのような思考がベースにある国民ならば、近年の国家破綻もやむなしか……。  だが、ローマ時代後半に、この乱交文化にとって思いもよらぬ刺客が現れた。それが、当時勢いを増していたキリスト教会だ。彼らは家父長制的な「罪」の意識を建前に、民衆の性的なエネルギーを抑圧しようと試みる。例えば、人気マンガ『ベルセルク』(著:三浦建太郎/白泉社)でも、サバトが邪教徒の集会として禍々しく描かれているように、民衆がそれまで当たり前に行っていた乱交は「異教徒の悪しき風習」として断罪されたのだった。キリスト教的な倫理観にとって、乱交とはありえないものだった。  だが、性に対する人々の湧き上がるエネルギーを抑えることは難しい。教会からの度重なる禁止措置にもかかわらず、豊穣祭と呼ばれる乱交を含んだ各地の祭りは息絶えることがなかった。キリスト教会は、やむなく、それらの祭りをガス抜きのための安全弁として容認する形で布教を拡大していく。クリスマスやイースターですら、その起源が豊穣祭というから驚きだ。  また、抑えきれない性欲を持っていたのは民衆ばかりではない。キリスト教会の聖職者ですらも自身の性的なエネルギーを抑えられず、ハーレムをつくる者、初夜権を行使する者が後を絶たなかった。キリスト教会のトップたるローマ法王ですらも乱交に熱を上げていたというから、性的なエネルギーが持つ力を抑えつけることがいかに難しいかがわかるだろう。  ギリシャ時代から本書が書かれた20世紀まで脈々と続く乱交の文化。本書を通読すれば、西洋文化やキリスト教文化に対する視点が大きく変わる。乱交とは変態的セックスではなく、民衆の生み出した子孫繁栄と社会システム円滑化のための智慧だったのではないか、と。もちろん、それはわが日本でも例外ではない。  本書巻末には、下川耿史氏による、「日本における乱交の文化と歴史」と題された解説も掲載されている。民俗学者・柳田国男が「浅はかな歓喜」として、語らなかった乱交の文化史。しかし、「かがい」や「歌垣」など、日本には乱交が文化として根付いていた。民俗文化として、乱交は欠すことのできないものだったのである。それが取り締まられ始めたのが、明治時代以降。キリスト教文化圏のものである近代国家の概念が登場してからだ。驚くことに、全国各地で行われる盆踊りが乱交の温床であるとして、警察から厳しい取り締まりを受けていたのだ。  本書の冒頭で、乱交の意義を、筆者バーゴ・パートリッジはこう定義する。 「乱痴気騒ぎ(オージー)とは、組織的に行われるガス抜きである。自制や束縛のせいで溜りに溜まってしまったものを、一挙に解放して吐き出す行為である」  乱交は、ただの“ヌキ”ではない。それは、政治的な意味を持ち、革命にも至るほどに溢れだす民衆エネルギーの“ヌキ”なのである。 (文=萩原雄太[かもめマシーン])

もともとヤギ男だった!?  サンタクロースの実像を追いかける『12月25日の怪物』

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『12月25日の怪物』(草思社)
 今年ももうすぐクリスマスがやってくる。この時期になると、街中がイルミネーションで彩られ、どこか華やかな雰囲気に自然と心が浮足立つ。子どもの頃のクリスマスの記憶といえば、やはりサンタクロースからのプレゼント。夜、枕元に靴下を置いておくと、翌朝プレゼントがさりげなく置いてある……という家庭が多かったのではないかと思うのだが、うちの場合は庶民派で、いつも夜ごはんの時にやってきた。  中でもすごく記憶に残っているのは、ある年、ドアをトントンとノックする音が聞こえて、弟と2人で「サンタさんが来た!」と無邪気に玄関に駆け寄ると、「どたどたどたー」とサンタがマンションの階段を転げ落ちる音がし、「うわぁ、サンタさんがコケた!!」と、必死にその後を追った。  今となってはかなり人間くさいエピソードなのだが、そんなことがあっても、小学生の頃まではその存在を信じていた。だから、中学生になって真実を知った時には「いや、いや、そんなはずはない」と激しく動揺したのを覚えている。  だが、サンタクロースとは、そもそも一体何者なのか?  『12月25日の怪物』(草思社)は、そんな素朴な疑問を解決するため、世界中を旅してサンタクロースの実像を追いかける、壮大な話だ。  この旅のきっかけは、1冊の地図帳だった。その名も「ザ・サンタ・マップ」。探検家で作家の高橋大輔氏は、1853年創業のロンドンの老舗の旅の本屋「スタンフォーズ」でこの地図と出合い、そのタイトルに惹かれ、ページをめくった。すると、そこには世界地図に美しい図版がレイアウトされ、サンタクロースに関する歴史や情報が網羅されていた。  高橋氏はこれまで、「物語を旅する」というテーマで、小説や神話、伝説の背景を探し、世界各地を訪ねてきた。その中で、『ロビンソン漂流記』『浦島太郎』などに実在のモデルがいることを知り、物語と現実世界の接点を見つけ出すことで、物語の本当の意味や価値を咀嚼できることを学んでいた。  サンタクロースにも、きっとその手の話があるのではないか――。  地図をよく見ると、案の定、「サンタクロースは実在している」と書かれていた。彼は早速、サンタクロースの正体を追いかけた。そして、2006年2月から3年間にかけ、トルコを皮切りに、イタリア、オランダ、アメリカ、フィンランド、さらには、中国、日本の秋田へ向かう。  だが、その姿を探っていくと、わたしたちがイメージするサンタクロースとは似ても似つかない存在が影をちらつかせ始める。毛皮に穴を開けただけの仮面をかぶり、頭には先の尖った角が伸びていて、全身は野獣の毛で覆われている。それでいて、二本足で直立歩行。これは、一体どういうことなのか?  また高橋氏は、なぜ日本でこれほどまでにクリスマスが定着し、サンタクロースが愛されているのかという疑問についても取り組み、一見、まるで無関係に思える秋田県のある有名な行事に参加し解き明かしていく。もはや、クリスマスなしでは考えられない日本の年末だが、クリスマスが盛大に祝われていることには大きな意味があった。  間もなくクリスマスがやってくる。そして、サンタクロースがやってくる。あなたは、その正体を受け入れることができるだろうか。 (文=上浦未来)   ●たかはし・だいすけ 1966年、秋田市生まれ。探検家・作家。「物語を旅する」をテーマに、世界各地に伝わる神話や伝説の背景を探るべく、旅を重ねている。2005年、ナショナル・ジオグラフィック協会(米国)から支援を受け、実在したロビンソン・クルーソーの住居跡を発見。探検家クラブ(米国)、王立地理学協会(英国)フェロー会員。著書に、『ロビンソン・クルーソーを探して』『浦島太郎はどこへ行ったのか』(いずれも新潮社)など。

下ネタで英語がみるみる身につく?『出ない順 試験に出ない英単語』

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『出ない順 試験に出ない英単語』
(飛鳥新社)
 出ました、笑いの殿堂入り英単語帳! 『出ない順 試験に出ない英単語』(飛鳥新社)は、その名の通り、絶対にセンター試験やTOEICにはまず出ないであろう単語が、しょうもないイラスト付きの例文で150例紹介されている。主にどんな単語かというと、“Dirty talk”、つまりは下ネタ。だが、あなどることなかれ。この例文のクオリティがかなり高いのだ。 例えば、<nipple=乳首>。この例文は、 “Why do you fiddle with nipple?” “Because it's there.” となっているのだが、訳は、 「なぜ乳首をもてあそぶのですか」 「そこに乳首があるからです」  単語をいくつか替えれば、どこかで聞いたことのある名言のはずなのだが、見事なまでに、その神聖さは崩壊。ほかにも<completely naked=真っ裸>では、 “The department manager tried to tackle the Santa Claus while completely naked.” 「部長は、真っ裸でサンタクロースを追いかけていた」   など、実に豊かな発想の例文で紹介され、不思議なほど頭にすっぽりと丸ごと英文が入り混んでくる。それゆえ、この英文を丸ごと覚えておいて、この試験に出ない英単語たちをちょっとだけ替えれば、実は受験にだって使えるハズ……なのだ!   本書では、アマチュア心臓バイパス手術が趣味で、歴史に残る大惨事を笑顔で乗り切る幸運児ボブと、「ぼんやりした不安」からつい服を脱いでしまう神経質な変態ウーマンの2人を中心に、電卓で鍛えたゴッドハンドを悪用する性技に長けた会計課長、新宿駅に行こうとしてかれこれ3年ほど都内をさまよっている変態通行人Aなど、実にどうでもいいキャラクターが次々に登場し、例文を紹介していく。  内容はくだらないが、これを何度も何度も読んで頭に叩き込み、臆することなく外国人にも使っていけば、気づけば妙な外国人の友達が増えていること間違いなし。また、親切にも、絶対に出題されない英単語、高確率で出ない英単語、普通に出る単語(とても普通とは思えない)に分かれているので、この順番に従い覚えていけば、効率的に怪しい英語が身につく仕組み。  なお、この本はまさかのCD付きで、真剣に聞きすぎないよう、集中力を妨げる工夫が、あれこれされているので、どうぞ耳を澄ませて集中してお聞きください。 (文=上浦未来)

そんなバカな……埼玉で最も有名な“山田”が単行本に!!『愛の山田うどん』

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『愛の山田うどん』(河出書房新社)
 「山田うどんの本が出た!」と聞けば、それを知る誰しもが「まさか……」と思うだろう。「たかが山田うどんじゃないか」「あの山田うどんだろ!?」それは、どこにでもありふれているチェーンのうどん店のはずだ。郊外の、交通量が多いだけで、ほとんど誰もいない風景に、山田うどんはよく似合う。煌々と照らされる黄色い看板と、赤い文字、そして、あのかかしのキャラクターがあしらわれたうどん屋だ。  『愛の山田うどん』(河出書房新社)。本書はそう名付けられた。しかもご丁寧にも、副題は「廻ってくれ、オレの頭上で!!」。執筆者は、北尾トロとえのきどいちろう。それぞれ、ライターとして、ベテランの域に達する2人。彼らは、ふと70年代後半に過ごした自分の青春時代を振り返り、「山田うどん」という存在を発見する。とびきり旨いわけではない。人生を変えるような経験をしたわけでもない。しかし、心の片隅にそっと仕舞われていたそれは、かさぶたのようになんとなく気になってしまう……。それを発見したが最後、彼らの愛はその筆から洪水のように溢れ出し、ついには1冊の本にまで結実することとなった。  しかし、繰り返すが「山田うどん」だ。僕たちは、山田うどん“に”行くのではない。山田うどん“でも”行こうか、と言う。ボリュームが多く、“カロリーのK点越え”の異名を轟かせ、なおかつ値段は最安値のたぬきうどんで240円と破格! デートに使えば100年の恋も冷める、チェーンのうどん屋だ。  凡庸の極みである山田うどんなんかに、語るべき言葉はない。しかし、もしもあなたがそう感じるなら、迷わず本書を手に取るべきだ。あなたは、すでにかかしの罠にかけられている。凡庸で、土着的で、考えることも恥ずかしい、それが山田うどんだ。関東郊外に育った者ならば、誰しもがとらわれるダサい地元感覚に、くるくると廻るかかしはピッタリと寄り添っている。そんなイメージを人々の心の中に植え付けているチェーン店が山田うどんのほかにあるだろうか?  ミニコミ誌「季刊レポ」を発行する著者の2人は、早速山田うどん特集を組み、出演するラジオでは山田うどんへの愛を語りまくる。そのラジオを聞きつけた山田うどん(正確には山田食品産業)社員から招かれ、ついに社長との面会まで実現。さらに、セントラルキッチンを見学し、2012年に鬼籍に入られた会長の葬儀にも出席する。リサーチを重ねる上で、山田うどんがデニーズよりも早くロードサイドに20世紀アメリカニズムを持ち込んだこと、キッコーマンがうどんつゆを共同開発していることなどが判明し、そのいちいちに驚く2人。さらに、チェーンすべての店内に貼られている狼の護符を求めて、御嶽山を登山し、“山田街道”と化している国道50号線を旅する。  もはやミイラ取りならぬ“かかし取り”状態で、2人はすっかり山田うどんに絡め取られることとなった。  ベテランライターにもかかわらず、もはや、御用学者ならぬ、“御用ライター”と化している2人。だが、御用学者と違うことは、金が入ってくるわけではないこと、そしてすでに山田うどんが望む以上に愛してしまっていることだ。 「この時期、北尾トロと熱心に語り合っていたのは『山田に僕らの気持ちは伝わっているのか?』であった。いやぁ、もう中学生の恋心みたいなレベルだ。(中略)もう、おいおい、これ両想いだったらどうするよ? みたいな感じでヒャーヒャー騒いでいた」(本文より)  50歳を越えた大人2人が、山田うどんにはしゃぐ風景。それは、“異常”以外の何物でもない。山田うどんへの愛が、人を狂わせたのだ。“山田狂い”となった2人の論考には歯止めが利かない。高度経済成長、モータリゼーション、郊外化、そして「埼玉性」……社会を取り巻くあらゆるキーワードは、山田うどんの歴史を語るための参照項となってしまう。  日常に、何気なく寄り添った存在に、僕たちは気づくことができない。それがなくなってはじめて、その存在の大切さに気づくことは多い。田んぼの片隅で、かかしが守ってくれていることに、僕らは気づくことができない。日本人の食卓に、うどんが欠かせないものだったことに、僕らは気づくことができない。「丸亀製麺」や「はなまるうどん」など、讃岐勢力の躍進は著しい。しかし、関東に生まれた僕らが食べてきたうどんは、あんなにシコシコとしたコシのあるものだっただろうか? 記憶の中にあるうどんの歯ごたえを思い出してほしい。それは、もしかして山田うどんの味だったんじゃないだろうか? (文=萩原雄太[かもめマシーン]) ●えのきど・いちろう 1959年生まれ。コラムニスト。中央大卒業。大学時代に創刊したミニコミ誌「中大パンチ」が話題となり、それをきっかけにフリーライターに。主な著書に『我輩はゲームである。』『F党宣言!』など。 ●きたお・とろ 1958年生まれ。ライター。「本の町」プロジェクトスタッフ。「季刊レポ」編集・発行人。主な著書に『裁判長! ここは懲役4年でどうすか』『駅長さん! これ以上先には行けないんすか』など。