好きなこと、没頭できることは、人それぞれ。その対象は、食べ物かもしれないし、はたまたアニメやアイドルかもしれない。その“好き”な気持ちが募りに募って、“ひょっとして、こんなに好きなのは自分だけかも?”と思った瞬間、人は勢いあまって協会を作りたくなるらしい……? 『変な協会~協会力が世界を救う!?~』(メタモル出版)は、タイトル通り、マジメな協会を紹介する本ではもちろんない。著者の「日本キョーカイ協会」が、バカバカしさを身にまといながらも、その影響力に驚きと感動がある協会を厳選し、紹介している。 その中でも特に突出しているのが、日本合コン協会、日本ロマンチスト協会、日本鳩レース協会、日本おはじきサッカー協会、日本キャンディーズ協会、日本ふんどし協会、日本モダンガール協会、日本雨女雨男協会、日本唐揚協会の9協会。協会名を見るだけでも、なにやら圧倒されるものがあるが、各会長の口から飛び出す、驚きの活動内容やひと言の破壊力が、どれもすさまじい。 トップを切るのは、日本合コン協会会長、元タレントでグラビアタレントの絵音さん。最も活躍していた時期には、3年間で1000試合をこなしていたという合コンのプロ。時には1日3試合、1試合目は19時から銀行員、2試合目は22時からテレビ局の人、3試合目は深夜2時から芸人と、ストイックに合コンをこなした。その結果、 「本当に東京はもうどこに行っても絶対知っている人がいるので、住みづらくなってますね。だから、最近地方とかに活動の拠点を本当に移そうかと(笑)」 だそう。絵音さんが協会を設立した目的は、なんと世界進出。夢は「合コンワールドツアー」というから、話はデカい。実際に、台湾市内で街コンを開催し、100人以上もの参加者を集める大成功を収め、着々とその野望を果たしているというからすごいではないか。 また、「日本ふんどし協会」の中川ケイジ会長は、ふんどしオンリーで生活している。かつて、日々の激務で体調を崩した時に、ある人からふんどしを強く勧められ、騙されたと思って試しに履いてみたところ「これだ!」とピンと来たという。ものすごく気に入り、“ふんどし商売”を考えるうちに、病は気からで、なんと回復することができたという……。現在、「1億2000万人 総ふんどし化計画」を打ち上げ、ふんどしの普及に努める。その活動の一環として、「ベストフンドシスト」なる賞まで制定し、2013年には、壇蜜が仲間入りしていることも、お伝えしておかなければならない。 このように変な協会は、知らず知らずのうちに、日本、いや、世界を元気にしているのだ。すごいぞ、変な協会力! 本書ではこの9つの協会以外にも、多数の変な協会を紹介し、その名(迷!?)言をまとめ、変な協会カタログまで作成しているので、これを読めば、変な協会のすべてが分かる。ぶっ飛んでるけど、知る価値アリ。変な協会、バンザイ! (文=上浦未来) ●日本キョーカイ協会 日本に増殖中の“協会”に着目し、そのマニアックな世界を探索&応援&世に知らしめるべく設立。会長・杉山ジョージ、GM・オカヒデキはWebラジオ局で放送中の番組『キョーカイ協会』の構成&MCを務める。 『変な協会~協会力が世界を救う!?~』(メタモル出版)は、タイトル通り、マジメな協会を紹介する本ではもちろんない。著者の「日本キョーカイ協会」が、バカバカしさを身にまといながらも、その影響力に驚きと感動がある協会だけ厳選し、紹介している。『変な協会~協会力が世界を救う!?~』(メタモル出版)
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教室にはびこる見えない制度 教師も“活用”するスクールカーストがもたらす閉塞感
昨年公開され、大ヒットした映画『桐島、部活やめるってよ』は、高校2年生たちの放課後を追った群像劇である。イケメンの帰宅部、部活に熱心に取り組むバレー部やバドミントン部、ほとんど見向きもされないサエない映画部員や吹奏楽部員、など、クラスの中にある微妙な地位の格差が絶妙に折り込まれた良作だ。 『教室内カースト』(光文社新書)は、『桐島~』に描かれているような微妙な教室内での格差・スクールカーストに対して、東京大学大学院在学中の社会学者・鈴木翔が詳細な分析を加えた一冊だ。 どの“カースト”で毎日を送っていたかは別として、教室内に歴然と存在する「格差」を知らなかった者はいないだろう。イケてるカーストにいるか、サエないカーストに所属しているかで、学校生活は大きく変わる。『桐島~』に描かれていたように、上位にいれば放課後に教室にたむろして大声でしゃべっていることができるが、下位にいれば映画部員のようにぶつかられても一顧だにされない。すべては所属するカーストが決定付けるといっても過言ではない。 本書に収録されている大学生たちのインタビューは、スクールカーストの現実を知る上で、とても興味深い。 「上にいたら楽しいね(略)けっこう自分の言いたいことは通るし、やっぱりそれは楽しいよね」という「上」の風景に対し、「『下』には、騒ぐとか、楽しくする権利が与えられていないので、『下』のくせに廊下で笑ったりしてはいけないんです」と証言される「下」の生活。さらには「『上』の方に文句を言ってもいい権利が与えられていない」「『あいつ見てるだけでむかつくんだよね』とか、存在自体を否定されてしまったりも、わりによくあることなので……」と、スクールカーストはいじめにつながる要素をはらんでいる。 また、スクールカーストは生徒たちだけの問題ではないことを、本書では強調する。 『桐島~』では、授業中の様子や教師などは描かれていなかったが、本書に収録された教師たちへのインタビューからは、彼らもまたスクールカーストの存在を意識し、積極的にこの暗黙の制度を利用している実態が浮かび上がってくる。 「立場(が)強いやつ(を)使って、いい方向に持っていくようなときもある」「(生徒の)勢力関係の把握を外すと、もう学級経営(が)成り立たなくなる」と学級経営を円滑に進めるために、スクールカーストを活用しているという。生徒たちにとっては、権威の失墜した教師よりも、スクールカーストの方がはるかに影響力が大きいのだろう。さらに「いじめを助長するのではないか」という指摘があるにもかかわらず「立場の強弱っていうのをわかっていくことで、世の中にはこういう人がいるっていうのもわかっていかなきゃかなあ」と、全面的にその存在を肯定する教師も存在する。 大人になった今、あらためて思い返してみると、スクールカーストほどくだらないものはない。誰が“上”か、誰が“下”か、そんな実態のない空気の読み合いが、教室を閉塞感の漂う場所にしていたのではなかったか。だが、当事者にとっては、けっして「くだらない」と切り捨てることができるものではない。教室内においてどのように振る舞うかは、単なる比喩ではなく「死活問題」だからだ(教室に居場所がなくなり、不登校という“死”を迎えるクラスメイトは少なくない)。 スクールカーストは、映画の中に一度も姿を現すことなく映画全体に影響を及ぼしている桐島という存在に似ている。 なんの前触れもなく、ある日突然学校を欠席し続けた人気者の桐島が登校したことに沸き立つカーストの上位たち。一方、下位の映画部員たちは、桐島に見向きもせずに映画を撮り続けた。物語のクライマックスで、映画部員たちが起こした「反乱」は、典型的な「弱者が強者にたてついたストーリー」ではない。その反乱によって、カースト=桐島を無効化させ、その実態のなさを暴いたことこそが、映画をより感動的なラストに導いている。 本書のあとがきで、著者の鈴木は「もっと深く踏み込んだ検証が不可欠なことは間違いない」と書く。スクールカーストについての議論が深められれば、教室につきまとう閉塞感も解消されるかもしれない。誰もがくだらないと思いつつも、無視することができないこの仕組みが一刻も早くなくなるよう、鈴木らの研究が進むことを望んでやまない。 (文=萩原雄太[かもめマシーン])『教室内カースト』(光文社新書)
ライブドア事件から7年……時代の寵児はどこへ行く?『堀江貴文の言葉』
元ライブドア社長「ホリエモン」こと堀江貴文氏が世間を騒がせ始めたのは、00年代前半のこと。オープンしたばかりの六本木ヒルズを拠点とする「ヒルズ族」の中心人物であり、時価総額1兆円に迫る勢いのIT企業の長者として、その不遜な振る舞いや生意気な態度は世間の注目を引いた。 バラエティ番組などにも多数出演し、どこかイロモノ感の漂っていたホリエモンだったが、近鉄買収やニッポン放送買収などの騒動、2005年には総選挙への出馬を経て、その名前はニュース番組にまで上るようになる。そして06年に「ライブドア事件」で、証券取引法違反の疑いで逮捕されると、それまでの勢いは退潮に向かう。08年、東京高裁によって控訴が棄却され、11年6月から13年3月まで2年間にわたって刑務所に収監された。 日本中にこれでもかと話題を振りまいてきた堀江氏。彼の哲学が詰まったのが、宝島社より発行された『堀江貴文の言葉』だ。 これまでに刊行した書籍やメールマガジンなどから短い言葉を抜粋し、いわば「堀江語録」としてまとめた本書。「なぜ謙虚にしなくてはいけないのだろうか?」「結婚制度は時代に合わない」「自分がレベルアップしていくとき、古い仲間は切り捨てていいものだと考えている」と、ホリエイズム全開、世間の常識を揺さぶる発言を連発する。 また、刑務所収監中の言葉も興味深い。「刑務所にいるのはごく普通の人」と周囲を観察しながら2年間を過ごした堀江氏。ライブドア事件については「極論すると、すべては彼ら特捜部の人間たちの善悪基準だけで逮捕、勾留、公判が行われるのだ」と、「国策捜査」の疑いも強いこの事件に対する憤りを隠さない。 あらためて堀江氏の言葉に触れて、やはり彼の考え方にはやや疑問を感じずにはいられない。「自分がレベルアップしていくとき、古い仲間は切り捨てていいものだと考えている」「通信簿の『協調性』欄は必要ない」と、堀江氏の世界観は強固な「自分」や「自信」の存在を前提としている。では、そんな反発を抱えながらも、同時に彼のことを嫌いになりきれないのはなぜなのだろうか? 『ド・ナイト』(テレビ朝日系)、『平成教育委員会』(フジテレビ系)など、数々のバラエティ番組で共演した、浅草キッド 水道橋博士は、「実は照れ屋でテレビ映えがしない」とテレビには映らない堀江氏の実像を語る。また、その経営手腕については「一連の著作を読めば、経営戦略を持ち、今回ばかりでなく、数々の窮地をくぐり抜けてきた経営再建のプロであることもわかる」と評価を送っている(『本業』ロッキング・オン)。 時代の寵児という役割を演じ、流行語大賞を獲得し、ミュージカルにまで出演しながら、一発屋に終わることなくオピニオンリーダーとして収監中も情報発信を続けた堀江氏。しかし、彼の本当の持ち味は、もしかしたら世間の持つイメージからは遠く離れた場所にあるのかもしれない。本書で彼は、ホリエモンらしくない一言を綴っている。 「もし本気で、負のループを断ち切りたいのなら、まず自分の孤独と真剣に向き合うべきだ」 出所後の現在は、長年の夢であった宇宙開発を行うベンチャー企業のオーナーを務めながら、有料動画チャンネル、テレビ出演、ブログ、Twitterでの情報発信と大忙しの様子の堀江氏。好きか嫌いかは別にして、彼のキャラクターは日本のある一時期のムードを象徴していた。刑務所に入り、孤独と向き合い続けた彼が、以前とはまた異なった形で世間を賑わせてくれることを期待した。 (文=萩原雄太[かもめマシーン])『堀江貴文の言葉』(宝島社)
超リアル! むっちむちの“大根足”で、大根が畑から逃走中!?『逃げる大根』
昨年10月末、ネットで話題になった「逃げる大根」が、なんと書籍になった! 「大根が走って逃げてるんです(爆)」 兵庫県たつの市の根菜農家の主婦・うめままが、むっちむちの“大根足”を前後に大きく広げ、両手を振って畑を軽やかに走る大根の写真をTwitterにアップすると、「すげええ!」「めっちゃリアル(笑)」とフォロワーから次々とコメントが寄せられ、瞬く間に話題に。面白がって、3日間の“逃亡ストーリー”を加えてアップすると、ごくごく普通の農家だった彼女のFacebookやTwitterに、国内外問わず、なんと累計39万以上ものアクセスが押し寄せた。 本書『逃げる大根』(三笠書房)は、ネットで公開された写真から未公開のものまで、「逃げる大根」とその仲間を追ったストーリー仕立てのフォトブック。著者が本書の終わりに、「こんな大根にはもう二度と出会えないだろうと思いきや、続々登場する仲間たち……。これはもう、畑に大根の神様が降りてきたとしか思えません」とコメントしている通り、「逃げる大根」以外にも、この年は、お仲間たちがあれこれ誕生したようで、足を広げてくつろぐリラックス大根、とぐろを巻いたヘビ大根、トラックの角に脚を組んで座る長足兄さんニンジンなど、“世にも人間らしい”野菜たちが続々登場する。 彼らが、畑から逃げようとしたり、サッカーをしたり、綱引きをしたり、ブランコに乗ったり、彼女とデートしてみたり、鍋でお風呂に浸かったり(!?)……という姿は、ほのぼのしていて、心癒やされる。 また本書には、“逃げない”大根で作るおいしいレシピも掲載。大根ステーキ、大根かきあげ、大根ぎょうざ、さらには、大根とライムのデザートなど、うめまま考案の農家ならではの珍しいレシピが16種類紹介されている。 現在もうめままはTwitterやFacebookなどで新たな仲間たちの写真を続々アップ中なので、こちらもぜひチェックしたい。それにしても、いや~平和。癒やされる~。 (文=上浦未来) ●うめままTwitter <https://twitter.com/konsai_umemama>『逃げる大根』(三笠書房)
インスタントラーメンは世界の共通文化だった!『即席麺サイクロペディア2 世界の袋麺編』
人は人生で、どのくらいインスタントラーメンを食べるのだろうか? 思えば筆者も、随分とインスタントラーメンを食べてきた。だが、「俺が食べたインスタントラーメンは、世界のインスタントラーメンの爪の先ほどの数でしかないんだ!」そう思い知らせてくれる本が登場した。その名も『即席麺サイクロペディア2 世界の袋麺編』(社会評論社)である。タイトルを見ればわかる通り、この本は第2弾! 人類は、こんなにもインスタントラーメンが好きだったのか……。 2010年に刊行された『即席麺サイクロペディア1』に続く本書。前作では、00年までに発売されたカップラーメン1,046種類が紹介されていた。そして、今回は世界の袋麺編だ。紹介されるインスタントラーメンの種類は539種類。前作より数は少ないが、紹介される国籍は31カ国にも及ぶ。さらに、すべてのインスタントラーメンは味の評価が数字で示され、単に紹介するだけではなく、実食してみるという気合の入ったフィールドワークだ。 まさにインスタントラーメンに人生を賭けているといえる著者の山本利夫さんは、収集歴30年以上。ゆえに、収集して実食したインスタントラーメンの数も、天文学的だ。 「今回出した本の範疇である海外の即席袋麺に関しては、ほぼ1,000種類です。国内やカップ麺までを含み、パッケージを保存してある製品は、現在5,100点以上あります。今までに食べた総数は把握していませんが、小学生のころから袋麺を自分で作って食べていましたし、中学高校では夜食としてカップ麺を頻繁に食べていたことを考えると、食べた製品の総数は8,000を軽く超えるのではと思います」 食べている数も半端ではないが、保存している数も相当のものだ。そんなに大量のインスタントラーメンを、賞味期限の間にちゃんと食べきれているのかも心配になる。 「食べ終わったパッケージは100枚ずつ袋に詰め、それを衣装ケースに入れて保管しています(現在3段になっているとのこと)。まだ食べていない品は常に50~100個ぐらいあり、段ボール箱に入れています。製品を入手したらすぐにデータベースに登録して、賞味期限を越さないように順番を決めて食べていきます。写真もデータベースで管理しているので、5,000を超えるコレクションでも検索は素早くできるようになっています」 パッケージの量にも驚くが、これから食べる分の数にも驚く。不謹慎ながら、何か天災があって救助がやってくるのが遅くなっても、まったく問題なさそうだと思ってしまう数だ。常人から考えると、途方もない数のインスタントラーメンが常備されているわけだ。 しかも、食べるだけではなく作る過程も毎回YouTubeにアップするという徹底ぶりだ。てっきり、毎食ラーメンばっかりなのかと思ったら「動画制作が追いつかないため、即席麺は週5食に抑えています」とのこと。 さて、数多くのインスタントラーメンを紹介する本書だが、やはり気になるのは味だ。 残念ながら、本を舐めても味はしないので説明文と評価点から味を想像するしかない。そんな本書には、段階評価で最低の1点だったものが27種類もある。 「中国の“骨気王老北京羊肉湯味”は、名前の通り羊肉味のスープで、強烈な臭みがありました。日本人には、とても受け入れられない味です。英国の“Batchelors Super Noodle Sweet & Sour”はスープがドロドロして中途半端な甘さと酸味があり、食べるのが苦痛でした」 イギリス=料理がまずいのは、世界の共通イメージだ。カップ麺なので本書には収録されていないが、同国の「Pot Noodle」というカップ麺は山本さんいわく、 「太く短くネチャッとした噛み応えの麺、ドロ~ンとして脱脂粉乳のような乳臭さと化学調味料の塊のようなスープ、いつまでたっても湯戻りせずに芯が残る具など、日本のカップ麺とは異次元の食べ物という感じでした」 とのこと。聞いているだけで、とても食べたいとは思わない。 逆に、現時点で最もおいしかったのは、シンガポールの「Prema Food、Singapore Laksa 新加坡●(口+力)沙拉麺」という製品(最近食べたので、本書には未掲載)。 「結構高額な製品で、ゆで時間7分と作るのにも手間がかかりますが、麺もスープも高次元です。ラクサは海老とココナッツミルクの香ばしさが特徴のスープで、異国情緒がありながら日本人にも十分に受け入れられる味だと思います」 ゆで時間が7分だなんて、すでに「インスタント」じゃあなくなってるヨ! 一個100~200円程度のインスタントラーメン(東南アジアやアメリカでは10~20円と、もっと安い!)を買うためだけに、高額な旅費を払って渡航することも厭わない山本さん。本書では、実際に訪問したことのある国に関しては、購入ガイドも掲載している。つまり、読者もその気になれば、無限のインスタントラーメンの世界に参加できるわけだ。やっぱり、読んでいるだけじゃ我慢できない。本書を読んで旅立とうぜ! (取材・文=昼間たかし) ※文中で触れた、山本さんの動画はこちら(食欲を刺激するので、深夜の閲覧注意!) <http://www.youtube.com/user/tontantin>『即席麺サイクロペディア2
世界の袋麺編』(社会評論社)
三ツ矢サイダーのほうが好きなコーラ収集家が書いた『コーラ白書 改訂版 世界のコーラ編』
私事で恐縮だが、筆者は以前にコーラ断ちをしてみたことがある。ほぼ毎日のように飲んでいたコーラを、飲まない。さらにコーラだけでなく、炭酸飲料のすべてを飲まない。ただそれだけのことなのに、なぜかとても損をしたような気になった。そればかりか、毎日なんだか落ち着かないし、気分もすぐれない。どうにかこうにか、一年くらい続けてみたのだが、結果、仕事が減った……。 つまり経験則からいえば、気分をリフレッシュする目的で炭酸飲料は欠かせない。中でも、コーラの与えてくれる爽快感はこの上ないのだ。 そんな“魔法の飲料”コーラ。メジャーなコーラとして知られる「コカ・コーラ」「ペプシコーラ」だけでなく、世界には無数のコーラの名を冠した炭酸飲料が存在する。そんなコーラを紹介するのが『コーラ白書 改訂版 世界のコーラ編』(中本晋輔、中橋一朗著/社会評論社)だ。本書は、2007年に発行され長らく在庫切れになっていた『コーラ白書』の改訂版。初版が刊行された際も話題となった本書だが、それから6年あまりの間にさまざまなコーラが発売された。ペプシがキュウリやシソなど、あまりにも革新的すぎるフレーバーのコーラを発売したのはよく知られるところ。今回はそうしたコーラも収録し、まさに世界でただ一冊のコーラ紹介本となっている。 これまで収集したコーラの数は800種類あまりだという著者のひとり中本さんは、コーラを買うためだけにサンフランシスコに行ったこともある強者だ。「国内であれば夜行バス+電車で、宮島コーラ、広島コーラ、福山コーラを買いに行ったこともあります」。 さらに、コーラを買うためだけに韓国日帰り旅行も経験したというから、スゴイ! 収集活動は月に1万円程度でそれを15年もやっているというから、すでに180万円あまり(さらに交通費)をコーラに費やしている計算になる。 買い集め、実際に飲んでいるからこそ、本書でのコーラに対する考察は深い。本書ではポッカが販売していた「ふってふってゼリー コーラアップ」や紙パックのコーラ飲料など、「こんなのあったなあ!」と懐かしいコーラも満載なので楽しく読める。筆者も読み進めるうちに、受験生の友だった「Jolt Cola」を見つけて懐かしくなることしきり……。 それにしても、単にコーラなのに、味の違いがこんなにあるというのも不思議なもの。中本さんによれば、地域や時代によってかなり味の違いはあるという。 「90年代前半の中国のコカ・コーラは“炭酸砂糖水”みたいな感じでコカ・コーラ本来のフレーバーが感じられませんでしたが、最近は先進国と同じ品質になっています。現在でも国によって味は違いますが、アジア・アフリカを含め、それほどひどいものはなくなりつつあるように思います」(中本さん) さて、本書は単なる資料本だけにはとどまらない。「偶像としてのコーラ」というタイトルで、アメリカの象徴としてのコーラについての考察を行っている。冷戦下ではコカ・コーラ=アメリカとして、排斥運動が繰り広げられた国や地域もあったのだという。さらには、中東ではイスラエル=コカ・コーラ、アラブ諸国=ペプシコーラの構図があったことも記されている。もっと驚くのは、「メッカコーラ」という、堂々と反米を掲げたコーラが存在することだ。このコーラ、売り上げの一部はパレスチナ支援に回されているということで、コーラが単に炭酸飲料を超えた存在であることがよくわかる。 ここまでコーラを愛する中本さんだが、「コーラは研究対象ですので、普段はあまり飲みません。個人的には三ツ矢サイダーのほうが好きです」だとか。でも、800種類もコーラを飲んでいるなんて、やっぱりコーラ好きに違いないよ! (取材・文=昼間たかし)『コーラ白書 改訂版 世界のコーラ編』
(社会評論社)
日本だけど日本じゃない!?『モンタヌスが描いた驚異の王国 おかしなジパング図版帖』
「オォ、ユメの国ジパングとはドンナ国なのか……?」 なーんて言って出発したかどうかは知らないが、ヨーロッパ人が日本を「発見」したのは1543年のこと。この頃、ヨーロッパでは大航海時代を迎え、アメリカ大陸やアジア大陸などに次々と進出。未知の国の不思議な文化や風俗を伝える出版物が非常に人気を集めていた。 当時、日本に関する出版物もあったのだが、ヨーロッパから遥か東の最果てにあり、しかも後に鎖国が行われたため、ヨーロッパまで届く情報は極端に少なかった。そんな時代にヨーロッパ人が描いた、日本に関する絵図や挿絵を集めた1冊が『モンタヌスが描いた驚異の王国 おかしなジパング図版帖』(パイ インターナショナル)だ。 空想と思い込みにあふれた、どこにも存在しない日本が多数登場する本書だが、タイトルにもなっている17世紀のオランダ人・モンタヌスが著した「日本誌」の挿絵は、なんとも言えぬ絶妙なユーモアに富んでいる。この本では、それまで断片的であった日本の情報を網羅的に取り上げ、初めて挿絵を入れる、という画期的な試みが行われたのだが、その挿絵が「んんっ? 本当に日本を描いたの!?」と思わず疑ってしまうほど、日本離れしている。 日本人の顔立ちはちょっと欧米風で、頭のてっぺんにまったく毛がなく、ハゲ散らかしのカッパ風。さらに、強引に西洋的な文化をミックスしたものも多く見られ、大名行列らしき中にまるでハーメルンの笛吹きのような陽気な楽隊がいたり、仏像にはまさかの大きなおっぱい。しかもその周りを、キリスト教の宗教画によく見られる小さな天使らしきものが飛んでいる、というとんでもない空想っぷり。 それもそのはず、モンタヌスは教科書や歴史書を多く手がけていたものの、日本へ行ったことがない。もちろん先人の文献を収集し、独自に入手した口頭情報を元に描いているのだが、なんせ見たことがないので妄想が大暴走している。 けれど、それが堂々たる躍動感に満ちていて、こんな面白い国があったらぜひとも行ってみたい、という気になるから不思議だ。 また本書では、50冊以上の参考文献から抜粋した、当時のヨーロッパ人が日本で見聞きした内容も盛り込まれていて、これまた面白い。ヨーロッパ人の使節団は、日本の将軍の質問攻めに遭うことが多かったようで、『モンタヌスが描いた驚異の王国
おかしなジパング図版帖』
(パイ インターナショナル)
「われわれはある時は立ち上がってあちこち歩き回らなければならなかったし、ある時は互いに挨拶し、それから踊ったり、跳ねたり、酔っ払いの真似をしたり、つかえつかえ日本語を話したり、絵を描き、オランダ語やドイツ語を読んだり、歌をうたったり、外套を着たり脱いだり等々で、私はその時ドイツの恋の歌をうたった」
とあったり、文化の違いとして、
「われらにおいては、人びとはまったく人目につかぬように、家で身体を洗う。日本では男も女も、仏僧も、公衆浴場で、もしくは夜分、(自宅の)戸口で入浴する」
「われらは、親指または人さし指で鼻孔をきれいにする。彼らは鼻孔が小さいので、小指でそれをおこなう」
など、日本がどういう国だったのか、ヨーロッパ人の彼らの目を通して、細やかに伝わってくる。
もしも、今のような情報にあふれる世の中ではなかったら、学術書や旅行記を読んで、どれだけ未知への国に憧れ、空想にふけることができただろうか。インターネットでなんでも調べられてしまう今の時代、もはや地球でまったく未知の国や場所は、ほとんど見つからないのかもしれない。そう思うと、この時代の人々がちょっとうらやましくもある。
本書を読んで、この時代のヨーロッパの人々が描いていた、とんでもない驚異の王国ジパングへ、ぜひ旅立ってもらいたい。
(文=上浦未来)
●みやた・たまき
1964年生まれ。作家・エッセイスト。著書に『はるか南の海のかなたに愉快な本の大陸がある』『スットコランド日記』『スットコランド日記 深煎り』『だいたい四国八十八ヶ所』(本の雑誌社)、『ふしぎ盆栽ホンノンボ』(講談社文庫)、『四次元温泉日記』(筑摩書房)、『日本全国津々うりゃうりゃ』(廣済堂出版)、『東南アジア四次元日記』『わたしの旅に何をする。』『ときどき意味もなくずんずん歩く』『晴れた日は巨大仏を見に』『なみのひとなみのいとなみ』(幻冬舎文庫)など。
“赤い海賊”コスモスとはなんだったのか『愛しのインチキガチャガチャ大全』
ただただ、圧巻。 山賊みたいな海賊企業・コスモスの全貌を明らかにした問題作『愛しのインチキガチャガチャ大全-コスモスのすべて-』(双葉社)を読み終えた後の感想がコレである。 コスモスとは、70年代から80年代にかけて全国に真っ赤な自販機を設置し、日本中の子どもたちにパチモンやら何かよく分からない物やら……よーするに、ゴミくずみたいな物をバラまきまくった、日本の戦後ホビー史の暗黒面の象徴のような企業である。 スーパーカーが流行れば車っぽい塩ビフィギュアを作り、ガンダムが流行ればガンダムっぽいロボットの人形を作り、なめ猫が流行れば近所の猫を撮影して作ったなめ猫っぽいグッズを作り、ビックリマンシールが流行ればロッチシールを作り……って、まあつまりそういう感じのイリーガルなブツをせっせと製造しては全国の自販機にインストール! 子どもたちからなけなしのお小遣いを巻き上げていた海賊であり、山賊のような企業だったのだ。 本書はそんなコスモスグッズコレクションの第一人者であるタレント・ワッキー貝山氏と、コスモスの魅力に取りつかれたライター・池田浩明氏の、コスモスへの愛憎に満ちた業の深い一冊である。 チープ感とやっつけ感と、流行り物をテキトーにパクった(ということすらおこがましいが……)ゲスい打算を思い切りシェイクしたようなコスモスグッズが放つ異様なオーラを「狂気」と表現する池田氏のテキストは的確である。そこには一流。いや、二流、三流にすらなれなかったコスモスに魅入られた人間ならではの、一筋縄ではいかないドロリとした感情が渦巻いている。徹頭徹尾ドライに、シニカルに。しかし、愛情たっぷりに、ゴミみたいなブツの数々を解説する氏のテキストに、自然と笑みがこぼれてくる。 その笑みは、何を意味するのか。ただ「面白い」とか「しょうもない」とか、そういう分かりやすい感情ではないことは確かだ。下らないブツへの嘲笑? いや、断じてそんなものではない。子ども時代への憧憬? いやいや、そんなにいいもんじゃない。ダメすぎて笑うしかない? う~ん、近いけどちょっと違う気がするし、そのどれもが正しいような気がする。言うなれば、まさしく「業」が渦巻いているのである。 その極め付きが、巻末に収録されている関係者へのインタビューである。コスモスに反旗を翻し、その後もガチャガチャ業に従事する阿部茂氏。そしてかつて日刊サイゾーでもインタビューを敢行した(※記事参照)ヤマトコスモス会長・鈴木暁治氏が、赤裸々にコスモスのすべてを語っている。そこでも語られるのは、当時のコスモスの内部を知る者ならではの愛憎劇。悪名高いロッチシールが生まれた背景までもが、当時の担当者の名と共に明かされる。そこに渦巻いているものは、やはり「業」である。 そんなコスモスの歴史は1977年にスタート。一時は全社員合わせて1000人。49万台のガチャガチャを有し、土地は7200坪。建物は4000坪。総資産額にして100億を誇りながらも、88年にあえなく倒産。ガチャガチャ業界を進撃しまくった真っ赤な巨人は、わずか11年でその活動を停止した。活動期間こそ短かったものの、そのインパクトは絶大。まさに80年代の亡霊と呼ぶにふさわしい。忘れてほしかった関係者は多いだろう。あえて今さら触れてほしくない人も少なくないだろう。 それでも、だからこそ、あえて厚いベールの向こうの存在だった「コスモス」の真実を白日の下に晒してくれたワッキー貝山氏、池田浩明氏の両名には全力で拍手を送りたい。きっと2人をここまで駆り立てたもの。それもまた、コスモスが生み出した「業」のなせるわざなのだろう。 (文=有田シュン)『愛しのインチキガチャガチャ大全
-コスモスのすべて-』(双葉社)
くまモン大ヒットの舞台裏『くまモンの秘密 地方公務員集団が起こしたサプライズ』
くまモンが好きだ。 あのぽっこりとしたルックスと、体型に似合わない俊敏さ、そして空気を読まない行動……。くまモンのサイン会取材で出会って以降、かわいさ、サービス精神、そしてやんちゃぶりにすっかりと虜になってしまった。100メートル走11秒台、エアギターやバンジージャンプにも果敢に挑戦……一時期は夜な夜なくまモン動画を見る日々が続いた。 群雄割拠するゆるキャラ戦国時代を生き残り、もはやすっかり“体制派”となったくまモンを好きだと公言する行為は、“マスコミの裏をかく”というテーマを掲げる日刊サイゾー上において自殺行為に等しい。おそらく、読者は白い目でこの文章を眺めるのではないか……。まあ、いいか。 先日「熊本県庁チームくまモン」によって上梓された『くまモンの秘密 地方公務員集団が起こしたサプライズ』(幻冬舎新書)を引きながら、くまモンの素晴らしさについて語りたい。 2010年に初登場して以降、11年の「ゆるキャラグランプリ」を獲得し、関連商品の売り上げは1年間で293億円にも上る。キャラクターライセンスを持つ熊本県庁では、くまモンのキャラクター使用料を求めておらず、熊本県のPRにつながる商品であれば、審査通過後、誰でも無料でくまモンを使用することができる。結果、熊本から遠く離れた関東のスーパーやコンビニでもくまモンの商品が並べられており、熊本のPRに絶大な効果を発揮している。その手法はまさに「フリーミアム」。時代に即した高度なマーケティング力で、われわれの日常に浸透しているのだ。すごい、すごすぎる……。 そう、ゆるキャラ界の頂点に立つくまモンは、実は“テッパン”のキャラなのだ。 アカデミー賞を受賞した『おくりびと』の脚本家であり、『カノッサの屈辱』『料理の鉄人』(共にフジテレビ系)などを手掛けるヒットメーカー・小山薫堂がプロデュース。デザインはアディダスやNTTドコモなどのアートディレクションで知られるグッドデザインカンパニーの水野学。くまモンは生み出された当初からまったく「ゆるくない」血統を持ったサラブレッドであり、成功を約束された存在だった。本書での記述は薄いものの、くまモンの陰に広告代理店・博報堂の優秀な戦略的プロモーションがあることは間違いないだろう。 しかし、だからといってネット上で喧伝されているような“ゴリ押し”の批判は早計だ。どんなに血統がよくてもまったく走らない馬がいるように、いくらゴリ押しされても消費者に受け入れられなかったり、瞬間風速のブームに散る商品は多い。くまモンは、ゆるキャラグランプリ優勝後2年を経ても一線級の活躍を見せている。 では、なぜくまモンだけが、ここまで愛され、稼げるキャラになったのだろうか? そもそも、くまモンは九州新幹線の開業に合わせて企画された「くまもとサプライズ」キャンペーンのキャラクターだ。博多〜鹿児島中央を結ぶ九州新幹線が開業した時、影の薄い熊本県は多くの観光客にとってただの通過駅になってしまう可能性がある。「熊本で足を止めさせなければ……」観光客からスルーされるかもしれないという恐怖が、チームくまモンをひとつにまとめ上げ、くまモン躍進の原動力となった。 だが、待ちに待った新幹線開業の日、くまモンは挫折を味わうこととなる。 11年3月11日に発生した東日本大震災の煽りを受けて、3月12日に開業を予定していた九州新幹線の記念式典は中止・変更を余儀なくされた。全国から注目が集まり、くまモンの活躍が一番のピークを迎えるはずのその日、彼は被災地への配慮から出動することさえできなかったのだ。誕生から1年、くまモンとスタッフたちによる苦労は報われなかった。ようやく出動できるようになったのは、震災から2週間後のことだった。 その悔しさをバネに、破竹の勢いで知名度を広げたくまモン。ゆるキャラグランプリ2011を獲得して以降は、知名度・ビジネスの両面で最強のキャラクターに君臨している。 さらに、くまモンの成功は熊本県の職員たちの意識も変えつつある。 設定上は“公務員”であるくまモン。吉本新喜劇に登場したり、企業とのコラボ商品の開発、ニセの失踪事件など、ヘタすれば県内外からの批判も招きかねない。多くの公務員ならば、広告代理店から提案されても「前例がない」と消極的になるだろう。しかし、チームくまモンは違った。東大教授から政治家に転身した蒲島郁夫知事の理解のもと、「迷ったらGO!」を合言葉に、どんどんと突き進むのだ。 「くまモンと一緒に仕事をしてつくづく思ったけれど、行政だからこんなことやっていいのか? と言って遠慮していてもいかん。県民や企業のみなさんのためになると思うなら『やるしこやってみる(やるだけやってみる)』のが大事かな」 お役所体質とは無縁なその姿勢がなければ、いくら小山薫堂プロデュースとはいえ、有象無象のゆるキャラとして埋没していただろう。失敗を厭わない彼らの心意気があってこそ、くまモンの成功はあったのだ。 かつてはほとんどなんのイメージも持たれていなかった熊本だが、今ではくまモンか坂口恭平かというくらいにキャラが立った県になった。しかし、チームくまモンにとっての本当の戦いはこれからだ。くまモンを通じて、熊本の本当の魅力を伝え、観光客を呼び込めるか否かが、くまモンを生み出した「くまもとサプライズ」キャンペーンの成否を決定する。 頑張れ、くまモン。 (文=萩原雄太[かもめマシーン])『くまモンの秘密 地方公務員集団が
起こしたサプライズ』(幻冬舎新書)
緊急用のはずが、ただの相談窓口に!?『ふしぎな110番』
「事件ですか? 事故ですか?」 110番、正式名称「警察通報用電話」へ電話をすると、必ず聞かれるこの質問。言うまでもなく、何かしら「緊急事態」が起こった時にかけるべき番号であり、事件、もしくは事故が起こったらからこそ、電話をしているはずだ。ところが、110番を受理する通信指令課には、3.5秒に1本電話がかかり、国民の14人に1人が110番に電話をしたことがあるという計算になる。この膨大な通報の中には、当然、どうでもいい内容の電話も数多く含まれている。 その一番大きな要因は、どうやら携帯の普及で、いつでもどこでも電話できるようになったこと。また、不景気の世の中、無料で電話できることを得と感じ、やたらと110番に電話する人が増えたのか、人とのつながりが薄く寂しがり屋が増えてしまったのか、理由はいろいろあるようだが、“えぇっ!? こんなことで電話してくるの!?”と驚くような内容の電話が殺到している。 『ふしぎな110番』(彩図社)は、元・警察署副署長で著者の橘哲雄氏が、警察本部の通信指令課を担当していた当時に書いていた日記を元に、少し変わったふしぎな通報110件をまとめた1冊。通報してくる人たちは、幼い子からお年寄りまで、実に幅広い。その内容もバラエティに富んでいて、たとえば幼い女の子からの通報で「悪いお兄ちゃんがいます。ブランコを独り占めにして順番を待っても乗せてくれません」という心温まるような、困っちゃうようなものやら、「彼氏と口論になって彼が悪いのに謝らないんです。そばに彼氏がいるので叱って下さい」というハタ迷惑系男女間のもつれ。さらには、夫婦ゲンカ中の酔っ払った男性からの電話で「通報したのにいつまでたっても警察官がこないじゃないか!」と言うので確認してみると、すでに現場に警察官は駆けつけていて、そのことを伝えると「俺の味方の警察官が来ないんだ!」と、自分勝手で意味不明なことをわめくなど、警察の人も大変だなぁと、同情したくなるような内容が次々と登場する。 笑ってしまうような内容が多いが、110番の場合、ひょっとしたらの「最悪の事態」があるかもしれないので、警察官はどんなにくだらないことでも動かなければならない。昨今、警察官の逮捕など、ニュースになることも少なくないが、東南アジアや南米など、ワイロで物事を考えて動く世界の警察事情を見れば、しょうもない電話に誠実に対応し、現場にわざわざ出かけている日本の警察はなんだか頑張っているなぁと、上から目線で偉そうだが、考えさせられる。 (文=上浦未来) ●たちばな・てつお 昭和24年生まれ。昭和50年に県警察巡査(署外勤、強行盗犯係等)となり、巡査部長(署外勤・知能犯主任、警察本部捜査第二課特捜主任)、警部補(署盗犯係長、警察本部刑事総務課捜査共助係長)、警部(署刑事課長、機動捜査隊隊長補佐、警察本部捜査第三課補佐等)、警視(署刑事課長、通信指令課長調査官、署副署長、警察本部次席等)を経て、平成21年に退職した。『ふしぎな110番』(彩図社)










