「21世紀はホームレスの世紀」現代社会に警鐘を鳴らす圧倒的ルポ『釜ヶ崎から: 貧困と野宿の日本』

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『釜ヶ崎から: 貧困と野宿の日本』(筑摩書房)
 2000年代に入ってから、中学生や高校生などの若者たちによるホームレス殺人事件が頻発した。そのほとんどが、行き当たりばったりな理由だったことに恐怖を感じた人もいるだろう。そんな物騒な事件を久しく聞かなくなったが、一方で“ネットカフェ難民”や“マック難民”など、野宿者の若年化が社会問題となっている。 『釜ヶ崎から: 貧困と野宿の日本』(筑摩書房)は、その野宿者に迫った約360ページにわたるルポである。著者の生田武志は、野宿者が多くいる大阪・釜ヶ崎で実際に生活していたという人物。昼間は住民と同じようにキツい日雇い労働に従事し、夜はボランティアとして野宿者支援を30年間続けてきた。  生田が、初めて釜ヶ崎を訪れたのは学生のとき。当時のテレビ番組で、冬を迎える釜ヶ崎を見た。そこには、失業したため路上で暮らす人々が映っており、大阪市内だけで毎年数百人が路上死していると報じられていたという。「自分が今まで生活してきたのとはまったく違う世界が、行こうと思えば1、2時間のところにあるというのは大きな衝撃を受けた」と語っている。  現地では、他の住民たちと同じように狭いドヤ(簡易的な宿泊施設)に宿泊し、朝4時になると“寄せ場”と呼ばれる仕事が集まる場所へいった。そこでは、「1000円・8~5時・枚方市・土木」と仕事の概要が書かれたワゴン車が何台も並び、手配師と呼ばれる仲介業者によって現場に送り込まれる日々を繰り返した。  生田は、野宿者問題は社会と密接に関係していると語る。長期休みの大学生やフリーターが好んで日雇い労働を利用するようになってから、釜ヶ崎でも仕事が減った。若くて安い労働力にシフトしていき、比較的年配者が多い釜ヶ崎は相手にされなくなった。仕事が月に10日あるかないかが当たり前となり、ドヤ代すら支払えなくなった日雇い労働者が路上にあふれていったという。  最近になって、釜ヶ崎は姿を変えた。ドヤはマンションになり、日雇いの街は福祉の街になった。これはマンションだと「住居」とみなされ、生活保護が支給されるからで、ドヤの経営者たちは、生活保護受給者を住まわせることで収入を得ている。    ほか、野宿者を狙った貧困ビジネスや野宿者襲撃に関する構造など、知られざる貧困と社会の関係が克明に描かれる。 「21世紀はホームレスの世紀」。豊かさの裏側には、現代社会の歪な姿が見え隠れする。

憲法も、人魚姫も、明治維新も童貞のおかげ!? 世界を動かした「童貞」たち『童貞の世界史』

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『童貞の世界史』(パブリブ)
「童貞」であること。それに対してどこか「不完全な人間」というイメージを抱く人は少なくないだろう。「まだ女も知らないくせに」と揶揄され、「童貞のまま30歳を超えると魔法使いになる」とバカにされる童貞たち。「童貞を捨てる」という言葉に象徴されるように、現在の日本社会では、童貞とはできるだけ早く通過しなければならない人生のステージとして受け止められているようだ。  しかし、そんな我々の固定観念を鮮やかに覆す書籍が刊行された。松原左京と山田昌弘による『童貞の世界史 セックスをした事がない偉人達』(パブリブ)には、世界中で活躍した82人の童貞および処女たちが列挙されている。本書の中から、童貞としてその生涯を閉じた偉人たちを見てみよう。 『純粋理性批判』『実践理性批判』などを記し、ドイツ観念論の祖とされるイマヌエル・カントは、その生涯を通じて童貞を守りぬいた人物。彼は生涯において2度恋に落ちているが、慎重過ぎる態度のために、結婚までに至ることはなかった。女性との社交も巧みで、求愛の手紙を受け取ったこともあるカント。その著作において「男性は女性なくしては人生の満足を享受することができない」と書いているにもかかわらず、ついに女性と親密な関係になることはなかった。カントの著作『永遠平和のために』は、国連憲章や日本国憲法の第九条にも影響をもたらした名著として知られている。そんな「永遠平和」という哲学は、童貞だからこそ考えられたものであり、世界中の童貞たちが誇りに感じるべき事実かもしれない。  また、『人魚姫』『醜いアヒルの子』などを生み出した童話作家・アンデルセンと、『銀河鉄道の夜』『注文の多い料理店』、日本を代表する童話作家・宮沢賢治は、どちらも童貞作家であった。  アンデルセンは、何人かの女性に対して片思いの愛情を抱いたこともあり、自慰行為の記録を日記につけているところからも、性欲がない人間ではなかった。けれども、「デンマークのオランウータン」というあだ名がつけられるほど外見の魅力にとぼしく、また、内気で繊細な性格や潔癖で純粋な価値観も災いし、女性の心を捕まえることはできなかったという。一方、「私は一人一人について特別な愛といふやうなものは持ちませんし持ちたくもありません」「性欲の乱費は君自殺だよ、いい仕事は出来ないよ」と語った宮沢賢治は、その生涯にわたって徹底的に女性の存在を遠ざけた。だが、最晩年には「禁欲は、けっきょく何にもなりませんでしたよ、その大きな反動がきて病気になったのです」と述懐しているように、禁欲的な生活は、彼にとって苦しみにしかならなかったようだ。いずれにせよ、誰もが子どもの頃にその作品に触れたアンデルセンと宮沢賢治。2人の童貞作家の精神が、いまだに子どもたちの豊かな想像力を刺激し続けているのだ。  この他にも、ルネサンス期を代表する芸術家・ミケランジェロや、高杉晋作・伊藤博文・久坂玄瑞などを育てた吉田松陰、『サグラダ・ファミリア』のアントニオ・ガウディ、『国富論』を記したアダム・スミスなど、歴史を動かしながらも下半身を動かさなかった偉人たちは数多い。古代ローマ時代の英雄であるユリウス・カエサルは、武勇を重んじたゲルマン人の間に「いちばん長く童貞を守っていたものが絶賛される。その童貞を守ることによって身長ものび体力や神経が強くなるものと思っている。二十歳前に女を知るのは恥としている」という風潮があったと証言している。童貞であっても、豊かな想像力を育み、体躯を強靭にし、後世に多大な影響を与えることもできるのだ。  優れた業績の前に、童貞であるか非童貞であるかは関係がない。現代の日本において、童貞の価値が低いからといって、それをコンプレックスに思う必要は全くないのである。 (文=萩原雄太[かもめマシーン])

ゲイの毒舌精神科医がお悩み解決! 読んでおきたい『ツレうつ』以降の「うつ病」マンガ

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『夫婦で鬱るんです』(少年画報社)『アンタたち治るわよ!-ゲイ精神科医が心の病をぶったぎり』(講談社)
 作者の実体験を赤裸々に語るコミックエッセイの中でも、「うつ病」をテーマにしたマンガを目にすることが多くなりました。最近では特に、田中圭一先生がうつ病からの脱出に成功した人たちをリポートするコミック『うつヌケ~うつトンネルを抜けた人たち~』(https://note.mu/keiichisennsei/n/n825d9e612277?magazine_key=m1e241522cab9)が話題になっています。 「うつ病」マンガが増えているのは、なんといっても、ドラマ化・映画化もされた、細川貂々先生の『ツレがうつになりまして。』(幻冬舎)の功績でしょう。かつては、精神疾患をマンガのネタにするのはある種のタブーとされていましたが、『ツレうつ』では重くなりがちなテーマを、かわいらしい画とユーモアで明るく描き切っています。「うつ病」マンガのハードルを下げ、後に続く作品を生み出す土壌になったといえます。 「うつ病」マンガが注目を集めるのは、15人に1人はうつ病といわれるほど身近な病気になってきていることが起因しています。実際、僕の周りを見渡しても、近親者・友人・知人にうつ病の経験者が多数おり、決して他人事ではありません。というわけで、今回は「うつ病」マンガの中でも、ひときわ個性を放つ2作品をご紹介します。 ■『夫婦で鬱るんです』(少年画報社)  ホラーコミック作家・稲垣みさお先生によるうつ&育児体験記です。この作品のすごいところは、新婚3カ月で稲垣先生がうつ病にかかり、その後に旦那さんが躁うつ病にかかり……しかも、先生のおなかには赤ちゃんが! という「マンガかよ!」と突っ込みたくなるほどにエクストリームな状況になっているところです。  最大の見どころは、陣痛に追い詰められた先生が、「生まれるって言ってるだろーがっ!!」と、うつでダウンしている旦那を蹴り飛ばし、旦那に車を運転させて病院に直行するシーンです。人間、やればできる。まさに火事場のバカ力です。  無事出産後も、修羅場は続きます。ただでさえ大変な赤ちゃんの世話ですが、両親共にうつ症状でフラフラ、それを尻目に超ハイテンションで暴れる赤ちゃん……。なんという地獄絵図。  さらに旦那さんはうつが悪化し、仕事を始めても1カ月も続かない毎日で、収入がピンチ!などなど。無理ゲーすぎる試練が次々襲ってくる稲垣家から、目が離せないマンガです。  また、この作品のテーマが「うつ病でも、妊娠・出産・育児は可能です!!!」となっている通り、非常にリスクが高いといわれている妊娠中の抗うつ薬使用についても、服用量を調整しながら無事に出産されているのは貴重な事例といえるでしょう。 ■『アンタたち治るわよ!-ゲイ精神科医が心の病をぶったぎり』(講談社)  こちらは、ゲイの精神科医Tomy先生と、漫画家はじめ先生による合作。ゲイの精神科医という時点で相当キャラが立っているのですが、相談に来る患者さんたちの悩みをオネエ言葉と毒舌でガンガン解決していく「元気の出るうつマンガ」です。  うつがどうこう以前に、まずTomy氏のキャラが相当濃いです。一人称が「アテクシ」なのもなかなかのブッ飛び具合ですが、Tomy氏のパートナーで同じくゲイの精神科医ジョセフィーヌ氏がほぼレギュラーで登場し、ゲイカップル2人でキャッキャウフフしながら悩みを解決していきます。  なにしろ本題に入る前に、いきなり2人の馴れ初めが(ゲイバーで出会って、その日に合体とか)描かれているあたり、うつ病マンガの中で、本作がいかに特殊な雰囲気なのか、おわかりいただけるのではないでしょうか。  そして、相談に来るイケメン男性患者には、もれなく「Tomy’sサーチアイ」が発動。  26歳の男性会社員の相談に対しては、 「あーん、いーわー、若い男にすがられるってカ・イ・カ・ン」  32歳の男性エアロビインストラクターには、 「モテ筋…いいオトコ!」  うつ症状を発症している娘の相談に来た父親にも、 「老けてもいないけど脂ぎってもいないわね! アテクシ若いのが好みだけど、こういうのもアリだわ」 ……そんなん言われたら、かえってうつが進行するわ! と思わず突っ込まずにいられないほど、オネエキャラが徹底されています。ちなみに、うつ病だけではなく、躁うつ病、新型うつ、アスペルガー障害、ボーダーライン、パニック障害などなど、うつ病と一緒に語られやすいさまざまなメンタル系疾患についても取り上げられており、その解説も明快で、さすが精神科医! という内容になっています。ただ……解説は、ことごとくオネエ言葉なんですけどね。  というわけで、今後一層ニーズが高まりそうな「うつ病」マンガを2作品ご紹介しました。読んでみると、自分には全然関係ないと思っている人でも、いつ自分や家族がかかってしまうかわからないということを、あらためて痛感しますね。読んでおいて損はないジャンルです。 (文=「BLACK徒然草」管理人 じゃまおくん<http://ablackleaf.com/>)

少年A、ネオむぎ茶、加藤智大、片山祐輔……「キレる17歳」と呼ばれた世代の“その後”

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著者の佐藤喬氏
 神戸連続児童殺傷事件(1997年)を起こした「少年A」や、西鉄バスジャック事件(2000年)の「ネオむぎ茶」、そして、土浦連続殺傷事件(08年)の金川真大、秋葉原事件(08年)の加藤智大。日本の犯罪史上に深く刻み込まれたこれらの事件の犯人たちは、1982~83年にかけて生まれた同世代だ。思春期には「キレる14歳」「キレる17歳」と言われ、社会から「不気味な若者」というまなざしを向けられてきたこの世代。そんな世代の特徴を、時代的な背景から浮き彫りにしたのが、83年生まれの佐藤喬氏による著作『1982 名前のない世代』(宝島社)だ。  思春期の頃には、当時の大人たちから多くの言葉が投げかけられ、さまざまな分析を施されてきたにもかかわらず、彼らには「ロスジェネ」や「ゆとり」といった世代を代表する名前が存在しない。いったい、82~86年にかけて生まれたこの「名前のない世代」とは、どのような存在なのだろうか? 「大人になれない」「オタク」「共感」といったキーワードから、この世代の特徴が浮かび上がってきた。 ――佐藤さんと同じく83年生まれの同世代として、本書はとても興味深い内容でした。まず、この本を書いたきっかけから教えてください。 佐藤 僕の世代の上にはロスジェネ、下にはゆとり世代がいる。彼らについての本はたくさん書かれているのに、この世代についての本がないのはなぜだろうと不思議に思っていたことが発端でした。特に昨年、元少年Aの名義で『絶歌』(太田出版)が出版されてからは誰かが書くのではないかと思っていたのですが、やはり書かれない。本書を執筆していてわかったのは、書かないのではなく、書きたくないということ。この世代は、世代論を避けてきたのかもしれません。 ――10代の頃に「キレる14歳」「キレる17歳」と言われ、メディアではさんざん世代の特徴について語られてきました。同じ世代を生きてきた人間として、「書きたくない」という気持ちはとてもよく理解できます。 佐藤 僕も正直言って、世代論は嫌いですし、子どもの頃も、大人たちに対しては「勝手なことを言いやがって」という気持ちがありました。もちろん、僕らの世代を批判するような論調のものには反抗したくなる一方、好意的な論調も気持ち悪かったんです。神戸連続殺傷事件のとき、少年Aの犯行声明文について「文学的」などという意見を述べていた大人たちもいたのですが、僕は「いや、単なる中二病だろう」と思っていた。もちろん、当時は中二病という言葉も生まれていませんが。 ――この世代には、言葉にしにくい「気分」のようなものが流れていると思います。本書でも言及されている少年Aや、秋葉原事件の加藤智大、西鉄バスジャック事件のネオ麦茶などの犯罪者は、あくまでも特殊例です。けれども、同世代としては、彼らに対してある種の共感も覚えます。 佐藤 今までの世代論は、無理やり共通項を見つけて語るか、特殊な個人に代表させて語ってきました。でも、この「気分」を形にするためには、どちらも不適切だったんです。だから、無理やり形に当てはめるのではなく、ぼんやりとしたものを浮かび上がらせながら共通項を探していきました。同じ30数年間を過ごしてきたのだから、時代を示していくことで、世代の輪郭が浮かび上がってくるのではないかと考えたんです。 ――この世代が過ごしてきた時代とは、どういうものでしょうか? 佐藤 思春期の入り口には阪神大震災が発生、オウムが「地下鉄サリン事件」(95年)を起こし、神戸連続児童殺傷事件(97年)がありました。翌年には、13歳の少年がバタフライナイフで教師を刺殺した栃木女性教師刺殺事件が起こります。その一方で、インターネットが普及し始め、世界が変わるかもしれないという希望が生まれた。有権者となる00年代には小泉純一郎が総理大臣になり、新自由主義的雰囲気の熱を経てから、しかし格差社会の時代に突入していく。加藤智大が事件を起こしたのは、社会人として仕事に慣れてきた08年です。そして、われわれが20代後半を迎えると、東日本大震災(11年)が発生しました。切れ目切れ目で、重要な事件が発生しているんです。そしてこの後、2020年には東京五輪が控えている。 ■オタク文化の全盛期 ――オタク文化が前面に出てきた時代であったことも、この世代の特徴として挙げられます。その背景には、多くの人間が「14歳」の当事者として『新世紀エヴァンゲリオン』(95年)を見てきたことも関係しそうですね。 佐藤 この世代にとって、秋葉原はひとつのキーワードかもしれません。加藤智大も金川真大も、事件前後には「メイド喫茶」に行っています。00年代になると、オタクたちが、表舞台に登場していくんです。97年に僕が初めて秋葉原に行った時には、マクドナルドと牛丼サンボくらいしか食べるところがなかったのに、どんどんと店も増えていった。同時期に東浩紀の『動物化するポストモダン』(講談社現代新書、01年)や、大塚英志の著作などが話題となり、オタクや「オタク的なもの」が社会で存在感を持った。 ――そして、そんなオタクの地位向上は、現在のクールジャパンへとつながっていきます。 佐藤 ただ、『エヴァ』をはじめ、『ドラゴンボール』や『ファイナルファンタジー』など、この世代の代表的なコンテンツが「終わりそこねている」んです。卒業できず、次に進めていない。大人になりきれていないから、終わりそこねて「こじらせている」面はあるでしょう。 ――ある意味では、終わらないことを強いられた。 佐藤 そういったコンテンツを作ったのは、僕らの上の世代です。ネットも2ちゃんも。僕らの世代は与えられた世界の中で右往左往するばかりで、当事者になり損ねたんです。 ――そんなわれわれの世代と、下の世代とは様子が違うのでしょうか? 佐藤 次の世代というと、SEALDsが特徴的です。いろいろな意味で、彼らの登場は衝撃的でした。僕が20代前半のころは、やはり同世代の『電車男』にあるようにオシャレに四苦八苦していたのに、彼らは自然体な上に、センスがいい。その衝撃は、僕らの世代でないとわからないかもしれません。古谷経衡さんが書いていますが、SEALDsは政治の問題ではなく、文化運動として驚異的なんです。 ――彼らの活動の中には、政治運動としてのメッセージだけでなく、洗練されたカルチャーとしての側面もありますね。 佐藤 また、そんな彼らの活動に対して、上の世代が積極的に語りかけようとします。知識人と学生とが政治やカルチャーを通じてつながる中、僕らの世代はその間で「名前のない世代」として孤立している気がするんです。 ■共感の時代 ――ほかの世代とつながれない一方、ブログやTwitterでは自分語りを好むのも、世代的な特徴かもしれません。 佐藤 同世代の人が書いた本書のレビューに散見されるのが、著者である僕のエピソードが書かれていないということ。この本のような批評やノンフィクションには著者が出てこないのは当たり前なのに、本には自分語りがあるものだという前提があるんです。この世代には、自分語りでこそコミュニケーションが成立すると思い込んでいる人が多いかもしれません。 ――どんどんとクラスタが細分化され、同時に、狭いクラスタ内では過剰に「共感」がもてはやされるようになったのも00年代でした。どことなく、「共感」を媒介にしないと他者とつながれないという気分も抱えています。 佐藤 いわば「共感依存症」ですが、狭いクラスタの中で行われる共感は気分でしかないので、あっという間に敵対性へと反転して「炎上」を誘発します。そうすると、クラスタの中にいることができず、追い出されてしまう。だから、いつかクラスタを追い出されてしまうかもしれないという恐怖がある。その典型が加藤智大ですね。 ――彼は、ネット上の掲示板の中でなりすましの被害に遭ったことから、事件を引き起こしたと語っています。 佐藤 加藤が、共感を求めていたから犯罪に走ったと言っているわけではありません。ただ、彼は常に追放されるのを恐れながらも共感を求めて掲示板に出入りし、結局追い出された。もしも、彼が共感に価値を認めていなければ、違う行動を取ったかもしれません。 ――その意味では、共感ではない、自分語りではない、別のコミュニケーションの方法を生み出すことは、世代的な課題かもしれませんね。 佐藤 だから、この本を読んだ読者には共感をしてほしくない。共感ではなく、違和感や驚きを受け取って、納得してほしいと思います。この本は俗流世代論には否定的ですが、世代論を否定しているわけではありません。時代がある以上、世代があるのは事実です。ただ、表現しにくいというだけ。でも、棚卸しをしないと、結局、出発できない。だから、同世代に対しては「いったん整理して、卒業しませんか?」という思いも込めています。 (取材・文=萩原雄太[かもめマシーン])

母親による射精介助、タブー視される性教育……世間が黙殺する「障害者と性」の実情とは

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『セックスと障害者』(イースト新書)
 今年3月、「週刊新潮」(新潮社)がスクープした乙武洋匡氏の不倫騒動は、世間の耳目を引き付けるニュースとなった。昨今の「不倫ブーム」に乗って注目された側面もあるが、少なくない人々が「障害者」と「セックス」との「意外な」結びつきに驚いたことだろう。  一般社団法人ホワイトハンズ代表・坂爪真吾氏の著書『セックスと障害者』(イースト新書)は、そんな「障害者の性」に対する誤解や偏見を解きほぐしていく一冊だ。「障害のある人も障害のない人と同じように、毎日の生活の中で恋愛やセックス、結婚や出産、育児の問題にぶつかり、時には笑いながら、時には悩みながら、それぞれの現実に向き合っています」と、坂爪氏が語る障害者の性の現実とは、一体どのようなものなのだろうか?   平成25年度版の障害者白書によれば、全国の障害者の数はおよそ741万人。うち、身体障害のある人の数は357万を数えている。しかし、障害者に対して「純粋」「かわいそう」「性的弱者」というイメージを持つ人は多く、乙武氏の不倫は必要以上にセンセーショナルなものとして受け取られた。だが、言うまでもなく障害者も人間であり、乙武氏に限らず、ほとんどすべての障害者が性的な欲求を持っている。  本書で紹介されている筋ジストロフィー症を患う孝典さん(仮名)は、小学校2年生から自慰行為を開始し、初めて射精に至ったのは小学校5年生の頃。小学校6年生から車椅子生活となった彼は、床に性器をこすりつける、いわゆる「床オナ」にいそしんでいた。だが、筋ジストロフィー症が進行するに従って、徐々に自力で自慰をすることが困難になる。彼は、母親にズボンと下着を脱がしてもらい、自慰の介助を頼んだこともあるが、思春期の性欲が高まる時期の大半を、ひたすら我慢と夢精によって耐え忍ばなければならなかったという。  障害者の目前には、障害がない人よりも、はるかに高い「性の壁」が屹立している。  その背景のひとつとして坂爪氏が注目するのが、障害者にとって最も頼りとなる「母親」という存在だ。子どもをケアするために、さまざまな支援を行う母親と子どもとの間には心理的に密着した関係が生じやすい。障害のある子どもの母親の中には、「自分だけの大切な宝物」として溺愛し、坂爪氏によれば「自分以外の誰かに欲望を抱く性的な存在であること、自分以外の誰かから欲望を抱かれる性的な存在になることを認められない人」もいるという。そんな、母親による過度な愛着は、障害を持った子どもを性的な情報から遠ざけ、彼らの性欲にフタをしてしまう。さらに、母親の愛情がプライベートな時間や空間を奪ってしまうことによって、障害を持った子ども自身の性的な自立や社会的な自立が妨げられてしまうのだ。  また、社会の中にホワイトハンズのような障害者の性に向き合う第三者の組織がないことも、母親が自立を阻む壁になってしまう原因のひとつ。孝典さんのケースでは、母親による自慰の介助は数回にとどまったが、母親が子どもの自慰行為を継続的に手伝うことは珍しくない。母親が性の介助をせざるを得ない状況は、障害者自身の自立を阻むだけでなく、重い精神的な負担として、双方を苦しめることとなってしまうのだ。  さらに、障害者に対する性教育がタブー視されていることも、社会における「障害者の性」を象徴しているだろう。現在でも「男女が話をするときには40cmは距離を開けなさい」と指導する特別支援学校があるように、学校や福祉の現場では「障害者と性」の問題は黙殺され、放置されてきた。特別支援学校の中で、定期的に性教育を行っている学校は全体のわずか3割。性教育はおろか、男女として触れ合う機会もないまま、多くの障害者が学校から社会へと出て行くのだ。  日本福祉大学社会福祉学部の木全和巳教授は、模擬カップルによる恋愛のロールプレイングや自慰のマナー、月経・出産といった身体のつくりなど、障害者に対して積極的な性教育を行っている人物。木全氏は、障害者の性教育がタブー視されている現状に対して「たった一度の人生の中で、かけがえのない存在として、人生の主人公として、お互い尊敬し合いながら生きていくために、生と性の学びは欠かせません。学ばせてもらえないこと自体が人権侵害だと私は思います」と、憤りを隠さない。  では、いったいどうして障害者の性は、ここまで抑圧されなければならないのだろうか? そこには、障害者を取り巻く人々の「善意」が存在しているという。  彼らは、障害児に対して、性について知ることなく、ただ周囲から「愛される障害者」に育ってほしいと願っている。性的な欲望を見せず、従順で、他人に迷惑をかけない存在としての障害者は、多くの人に愛されやすくなるだろう。しかし、そんな障害者像は、木全氏によれば「都合のいい障害者」にすぎない。意思を剥奪され、人間として当たり前の性欲すらも表に出さない「都合のいい障害者」ではなく、多くの困難やトラブルに見舞われ、誰かを傷つけたり、自分が傷ついたりしながら、性や恋愛に向き合っていく「愛する障害者」となること。それが本当の意味でのノーマライゼーションを実現するのだ。 日本のみならず、世界中で、障害者の性に対する支援は立ち遅れている。しかし、人間らしく生きていくためには性という問題は避けて通れず、障害者の性的な自立を奪うことは、恋愛、出産など、社会の中で人間として当たり前に生活していく権利を奪っていくことにほかならない。社会のタブーを打ち破り、「障害者と性」が当たり前に認められる世の中となること。そのためには、障害者に対する社会のまなざしこそを、変えていかなければならないのではないだろうか。  その意味で、乙武氏の不倫騒動から学ぶことは少なくない。 (文=萩原雄太[かもめマシーン])

母親による射精介助、タブー視される性教育……世間が黙殺する「障害者と性」の実情とは

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『セックスと障害者』(イースト新書)
 今年3月、「週刊新潮」(新潮社)がスクープした乙武洋匡氏の不倫騒動は、世間の耳目を引き付けるニュースとなった。昨今の「不倫ブーム」に乗って注目された側面もあるが、少なくない人々が「障害者」と「セックス」との「意外な」結びつきに驚いたことだろう。  一般社団法人ホワイトハンズ代表・坂爪真吾氏の著書『セックスと障害者』(イースト新書)は、そんな「障害者の性」に対する誤解や偏見を解きほぐしていく一冊だ。「障害のある人も障害のない人と同じように、毎日の生活の中で恋愛やセックス、結婚や出産、育児の問題にぶつかり、時には笑いながら、時には悩みながら、それぞれの現実に向き合っています」と、坂爪氏が語る障害者の性の現実とは、一体どのようなものなのだろうか?   平成25年度版の障害者白書によれば、全国の障害者の数はおよそ741万人。うち、身体障害のある人の数は357万を数えている。しかし、障害者に対して「純粋」「かわいそう」「性的弱者」というイメージを持つ人は多く、乙武氏の不倫は必要以上にセンセーショナルなものとして受け取られた。だが、言うまでもなく障害者も人間であり、乙武氏に限らず、ほとんどすべての障害者が性的な欲求を持っている。  本書で紹介されている筋ジストロフィー症を患う孝典さん(仮名)は、小学校2年生から自慰行為を開始し、初めて射精に至ったのは小学校5年生の頃。小学校6年生から車椅子生活となった彼は、床に性器をこすりつける、いわゆる「床オナ」にいそしんでいた。だが、筋ジストロフィー症が進行するに従って、徐々に自力で自慰をすることが困難になる。彼は、母親にズボンと下着を脱がしてもらい、自慰の介助を頼んだこともあるが、思春期の性欲が高まる時期の大半を、ひたすら我慢と夢精によって耐え忍ばなければならなかったという。  障害者の目前には、障害がない人よりも、はるかに高い「性の壁」が屹立している。  その背景のひとつとして坂爪氏が注目するのが、障害者にとって最も頼りとなる「母親」という存在だ。子どもをケアするために、さまざまな支援を行う母親と子どもとの間には心理的に密着した関係が生じやすい。障害のある子どもの母親の中には、「自分だけの大切な宝物」として溺愛し、坂爪氏によれば「自分以外の誰かに欲望を抱く性的な存在であること、自分以外の誰かから欲望を抱かれる性的な存在になることを認められない人」もいるという。そんな、母親による過度な愛着は、障害を持った子どもを性的な情報から遠ざけ、彼らの性欲にフタをしてしまう。さらに、母親の愛情がプライベートな時間や空間を奪ってしまうことによって、障害を持った子ども自身の性的な自立や社会的な自立が妨げられてしまうのだ。  また、社会の中にホワイトハンズのような障害者の性に向き合う第三者の組織がないことも、母親が自立を阻む壁になってしまう原因のひとつ。孝典さんのケースでは、母親による自慰の介助は数回にとどまったが、母親が子どもの自慰行為を継続的に手伝うことは珍しくない。母親が性の介助をせざるを得ない状況は、障害者自身の自立を阻むだけでなく、重い精神的な負担として、双方を苦しめることとなってしまうのだ。  さらに、障害者に対する性教育がタブー視されていることも、社会における「障害者の性」を象徴しているだろう。現在でも「男女が話をするときには40cmは距離を開けなさい」と指導する特別支援学校があるように、学校や福祉の現場では「障害者と性」の問題は黙殺され、放置されてきた。特別支援学校の中で、定期的に性教育を行っている学校は全体のわずか3割。性教育はおろか、男女として触れ合う機会もないまま、多くの障害者が学校から社会へと出て行くのだ。  日本福祉大学社会福祉学部の木全和巳教授は、模擬カップルによる恋愛のロールプレイングや自慰のマナー、月経・出産といった身体のつくりなど、障害者に対して積極的な性教育を行っている人物。木全氏は、障害者の性教育がタブー視されている現状に対して「たった一度の人生の中で、かけがえのない存在として、人生の主人公として、お互い尊敬し合いながら生きていくために、生と性の学びは欠かせません。学ばせてもらえないこと自体が人権侵害だと私は思います」と、憤りを隠さない。  では、いったいどうして障害者の性は、ここまで抑圧されなければならないのだろうか? そこには、障害者を取り巻く人々の「善意」が存在しているという。  彼らは、障害児に対して、性について知ることなく、ただ周囲から「愛される障害者」に育ってほしいと願っている。性的な欲望を見せず、従順で、他人に迷惑をかけない存在としての障害者は、多くの人に愛されやすくなるだろう。しかし、そんな障害者像は、木全氏によれば「都合のいい障害者」にすぎない。意思を剥奪され、人間として当たり前の性欲すらも表に出さない「都合のいい障害者」ではなく、多くの困難やトラブルに見舞われ、誰かを傷つけたり、自分が傷ついたりしながら、性や恋愛に向き合っていく「愛する障害者」となること。それが本当の意味でのノーマライゼーションを実現するのだ。 日本のみならず、世界中で、障害者の性に対する支援は立ち遅れている。しかし、人間らしく生きていくためには性という問題は避けて通れず、障害者の性的な自立を奪うことは、恋愛、出産など、社会の中で人間として当たり前に生活していく権利を奪っていくことにほかならない。社会のタブーを打ち破り、「障害者と性」が当たり前に認められる世の中となること。そのためには、障害者に対する社会のまなざしこそを、変えていかなければならないのではないだろうか。  その意味で、乙武氏の不倫騒動から学ぶことは少なくない。 (文=萩原雄太[かもめマシーン])

推定1万人? 「存在しない子」として育った若者たちの人生を追った『無戸籍の日本人』

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『無戸籍の日本人』(集英社)
「無戸籍の日本人がいる」  そう聞いて、どんな感情を抱くだろうか? おそらくほとんどの人は、「本当に?」と疑う。もしくは、「なぜ?」と疑問を抱くだろう。戸籍を作る手続きは簡単だ。子どもが生まれてから、14日以内に出生届を役所に提出する。たったそれだけ。けれど、なんらかの事情で、両親がもしも出生届けを出すことができなかったら――。その子どもは戸籍上、「存在しない人」となる。多くの場合、両親がその存在を隠してしまうため、世間とほとんど関わることがないまま、大人になる。 『無戸籍の日本人』(集英社)には、20代から40代の今を生きる、“成年無戸籍者”が登場する。例えば、ホストの近藤雅樹さん(27歳)。生まれてすぐに母親が亡くなり、義母に育てられた。16歳から働きに出たが、ある日、義母が火事に巻き込まれて死亡。自分の存在を証明するものが何もなくなってしまった。また、佐々木百合さん(32歳)は、両親が出産費用を工面できず、病院が出生証明書を預かったまま無戸籍で育った。その後、時がたち、病院は閉院。ある男性との婚姻届を提出したが受理されず、妊娠4カ月を迎えていた。西成のドヤ街で肉体労働をしている白石明さん(40歳)の母親は、売春婦だった。父親は誰かわからない。19歳の誕生日の夜、母親と大ゲンカし、20年以上会っていない。ほかにも、複雑な家族のもとに生まれた性同一性障害を抱える「彼」ヒロミさん(32歳)、DV夫を恐れる母親が出生届を出さず、無戸籍のまま2児の母となった藤田春香さん(31歳)など、誰もがそれぞれに過酷な人生を送っている。  戸籍がないということは、住民票が作れないので、就学通知が届かず、義務教育を受けられない。さらには、家を借りたり、銀行口座を作ることもできないし、携帯電話の契約もできない。健康保険証がないので、医療費はすべて自己負担になる。就職はどう考えても極めて困難で、働くことができる場所は限られている。では、無戸籍者はいったい、どうやって生き抜いているのか?   そんな彼らを追ったのは、著者で経済ジャーナリストの井戸まさえ氏。自身の子どもが約1年間、無戸籍となったことがきっかけで、13年間にわたり、無戸籍者への支援を続けている。井戸氏の子どもが無戸籍になった理由は「離婚後300日以内に生まれた子は、前夫の子と推定する」という、約120年前に誕生した法律・民法772条(嫡出の推定)にある。  井戸氏は、長期間におよぶ別居と離婚調停の末、前夫と離婚。その後、まもなく交際相手との間に子どもを授かるが、離婚後265日という、早産だった。離婚後に妊娠しているし、なんの落ち度もない。ところが、300日という日数に阻まれ、父親は前夫としなければ、戸籍を取得することができなかった。再婚相手の男性を父親にするためには、前夫に協力してもらうほかない。それは大変な重荷だった。当時、役所からこの法律を知らされ、驚いた井戸氏が「なぜ離婚しているのに、前夫が父親になるのですか?」と当然の疑問を役所に投げかけると、担当者は「離婚のペナルティです」と言い放った。  この“ペナルティ”は、本当に必要なのだろうか? 本書によれば、戸籍がない日本人は推定1万人。この法律の裏で、戸籍を手に入れることができないまま、常にどこかうしろめたさを抱えながら生きている犠牲者たちが、これだけ多く存在しているのだ。彼らがいったい何をしたというのだろうか? 「存在しない子」として育ち、大人になった無戸籍者たちは、声を上げることもできず、いまもどこかで身を隠すように生きている。 (文=上浦未来) ●いど・まさえ 1965年生まれ。宮城県仙台市出身。東京女子大卒。松下政経塾9期生。5児の母。東洋経済新報社勤務を経て、経済ジャーナリストとして独立。兵庫県議会議員(二期)、衆議院議員(一期)。NPO法人「親子法改正研究会」代表理事、「民法772条による無戸籍児家族の会」代表として無戸籍問題、特別養子縁組など、法の狭間で苦しむ人々の支援を行っている。著書に『子どもの教養の育て方』『小学校社会科の教科書で、政治の基礎知識をいっきに身につける』(2冊とも東洋経済新報社・佐藤優氏と共著)。

推定1万人? 「存在しない子」として育った若者たちの人生を追った『無戸籍の日本人』

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『無戸籍の日本人』(集英社)
「無戸籍の日本人がいる」  そう聞いて、どんな感情を抱くだろうか? おそらくほとんどの人は、「本当に?」と疑う。もしくは、「なぜ?」と疑問を抱くだろう。戸籍を作る手続きは簡単だ。子どもが生まれてから、14日以内に出生届を役所に提出する。たったそれだけ。けれど、なんらかの事情で、両親がもしも出生届けを出すことができなかったら――。その子どもは戸籍上、「存在しない人」となる。多くの場合、両親がその存在を隠してしまうため、世間とほとんど関わることがないまま、大人になる。 『無戸籍の日本人』(集英社)には、20代から40代の今を生きる、“成年無戸籍者”が登場する。例えば、ホストの近藤雅樹さん(27歳)。生まれてすぐに母親が亡くなり、義母に育てられた。16歳から働きに出たが、ある日、義母が火事に巻き込まれて死亡。自分の存在を証明するものが何もなくなってしまった。また、佐々木百合さん(32歳)は、両親が出産費用を工面できず、病院が出生証明書を預かったまま無戸籍で育った。その後、時がたち、病院は閉院。ある男性との婚姻届を提出したが受理されず、妊娠4カ月を迎えていた。西成のドヤ街で肉体労働をしている白石明さん(40歳)の母親は、売春婦だった。父親は誰かわからない。19歳の誕生日の夜、母親と大ゲンカし、20年以上会っていない。ほかにも、複雑な家族のもとに生まれた性同一性障害を抱える「彼」ヒロミさん(32歳)、DV夫を恐れる母親が出生届を出さず、無戸籍のまま2児の母となった藤田春香さん(31歳)など、誰もがそれぞれに過酷な人生を送っている。  戸籍がないということは、住民票が作れないので、就学通知が届かず、義務教育を受けられない。さらには、家を借りたり、銀行口座を作ることもできないし、携帯電話の契約もできない。健康保険証がないので、医療費はすべて自己負担になる。就職はどう考えても極めて困難で、働くことができる場所は限られている。では、無戸籍者はいったい、どうやって生き抜いているのか?   そんな彼らを追ったのは、著者で経済ジャーナリストの井戸まさえ氏。自身の子どもが約1年間、無戸籍となったことがきっかけで、13年間にわたり、無戸籍者への支援を続けている。井戸氏の子どもが無戸籍になった理由は「離婚後300日以内に生まれた子は、前夫の子と推定する」という、約120年前に誕生した法律・民法772条(嫡出の推定)にある。  井戸氏は、長期間におよぶ別居と離婚調停の末、前夫と離婚。その後、まもなく交際相手との間に子どもを授かるが、離婚後265日という、早産だった。離婚後に妊娠しているし、なんの落ち度もない。ところが、300日という日数に阻まれ、父親は前夫としなければ、戸籍を取得することができなかった。再婚相手の男性を父親にするためには、前夫に協力してもらうほかない。それは大変な重荷だった。当時、役所からこの法律を知らされ、驚いた井戸氏が「なぜ離婚しているのに、前夫が父親になるのですか?」と当然の疑問を役所に投げかけると、担当者は「離婚のペナルティです」と言い放った。  この“ペナルティ”は、本当に必要なのだろうか? 本書によれば、戸籍がない日本人は推定1万人。この法律の裏で、戸籍を手に入れることができないまま、常にどこかうしろめたさを抱えながら生きている犠牲者たちが、これだけ多く存在しているのだ。彼らがいったい何をしたというのだろうか? 「存在しない子」として育ち、大人になった無戸籍者たちは、声を上げることもできず、いまもどこかで身を隠すように生きている。 (文=上浦未来) ●いど・まさえ 1965年生まれ。宮城県仙台市出身。東京女子大卒。松下政経塾9期生。5児の母。東洋経済新報社勤務を経て、経済ジャーナリストとして独立。兵庫県議会議員(二期)、衆議院議員(一期)。NPO法人「親子法改正研究会」代表理事、「民法772条による無戸籍児家族の会」代表として無戸籍問題、特別養子縁組など、法の狭間で苦しむ人々の支援を行っている。著書に『子どもの教養の育て方』『小学校社会科の教科書で、政治の基礎知識をいっきに身につける』(2冊とも東洋経済新報社・佐藤優氏と共著)。

モンペの罵詈雑言と、ずさんな「人権派」弁護士……丸子実業高校いじめ自殺の真実

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『モンスターマザー』(新潮社)
 2005年12月6日午前6時半、自宅の自室で長野県・丸子実業高校の高山裕太くん(当時16歳)が自殺した。この事件の直後、バレーボール部に所属していた裕太くんに対して「部内で暴力を伴ったいじめがあった」こと、「学校側の適切な対処がなされなかった」ことが原因であると、母親は主張。一方、学校側は「学校ではなく、家庭に問題がある」と、意見はまったく食い違っていた。  この報道だけを見れば、過去に起こったさまざまな自殺事件から「いじめ問題に向き合わない」「事なかれ主義」の学校側と、「学校教育の被害者」である遺族側……という物語を描く人は少なくないだろう。しかし、ノンフィクション作家・福田ますみ氏の『モンスターマザー』(新潮社)によれば、事件の真相は真逆のものだった。  裕太くんが自殺する半年前に、時計の針を戻してみよう。  05年5月、裕太くんは家出した。これを受けて母親は、「自殺したのではないか」と警察に捜索を依頼。学校、バレー部員なども動員して行われた捜索によって、裕太くんは無事発見され、母親もこの時の学校側の対応に最大限の感謝をしている。しかし、8月になって再び裕太くんが家出した時、母親の対応はまるで異なるものだった。「子どもはもう自殺している。原因は担任にある」「先生、生徒みんなで捜せ!」。さらに担任には「のうのうと寝ていないで、外に見つかるまでいろ」……。当初、教師たちは命令口調で激しく叱責する母親の言動を、不安から来る焦燥感だと受け取っていた。しかし、ここから母親は「モンスター」と化していく……。  この家出事件で、6日ぶりに裕太くんが発見された後、母親から出てきた言葉は感謝ではなく「担任交代、いや退職しろ!」「もう二度と家に来るな!」という激しい罵声だった。事件後も彼女の罵声がやむことはなく、学校や県教育委員会、PTA会長にもしつこく電話をし、絶叫を交えながら学校側の非を一方的にまくし立てる。さらに、バレー部内部でいじめや体罰があったと主張する母親は、裕太くんを登校させず、学校側との話し合いもほとんど拒否。だが、母親が主張する「いじめ」や「体罰」とは、どう考えても部活内のコミュニケーションのレベルを超えるものではなかった。  バレー部員、保護者、顧問らに、電話・メール・FAXなどあらゆる方法を駆使して罵詈雑言の数々を叫ぶモンスターと化した母親は、周囲の人々から白眼視され、孤立していく。この間、裕太くんの「本音」と思えるような発言はなされず、母親の「裕太は自殺を考えている」「裕太の人生を台なしにした」という絶叫ばかりが周囲に響き渡る。連日、母親からかかってくる罵詈雑言の電話によって、バレー部監督は神経症を患い、いじめの首謀者とされる生徒の母親は円形脱毛症となる。誰もが、母親の暴言に精神を壊す寸前だった。  そして、母親の3カ月にわたる暴走の果てに、裕太くんは自殺する。だが、これが終わりではなかった。  この自殺を受けて、「悲しみに暮れる遺族」という称号を獲得した彼女は、周囲への攻撃をエスカレートさせる。そんな彼女の強力な同伴者として現れたのが、人権派弁護士として知られる高見澤昭治氏だった。自殺の原因を家族に求めた校長の会見に憤りを抑えかね、母親の代理人に就任した彼は、校長を殺人罪で告訴に踏み切るという異例の対応を行ったのだ。  準備書面で、高見澤氏は「校長は自己の行為によって裕太を自殺に追いやる虞があることを予見しながら(中略)裕太に対して登校するように約束させ、その結果、絶望と不安に駆り立てられた裕太を、12月6日自宅において自殺に追いやり殺害した」と記す。しかし、「絶望と不安に駆り立てられた」という裕太くんは、自殺の4日前に持たれた話し合いの中で、明るい声で「5日から登校します」と約束しているのだ。この話し合いは、録音テープに記録されていたものの、高見澤氏はこれを一度も聞いていないことが後の裁判で判明した。また、母親の証言も「他のバレー部員に、拳で殴られていた」と事実無根のものとなり、その供述に、一切信頼性がないことが明らかになっていく。  裁判所は、バレー部側の言い分をほぼ全面的に認め、母親に対して監督や部員などに損害賠償を支払うことを命じた。さらにその後、校長が起こした高見澤氏に対する損害賠償請求訴訟も校長側の主張が認められ、165万円の支払いと、新聞への謝罪広告の掲載が命じられた。だが、母親側は、損害賠償金を1円も支払っておらず、高見澤氏は、損害賠償金こそ支払ったものの「判決が間違っている」として、謝罪広告は掲載していない。  福田の丹念な取材が解き明かしたのは、部活内の陰湿ないじめと、それを隠そうとする事なかれ主義などではなく、「モンスター」として横暴に振る舞う母親と、彼女の抑圧によって自殺に追い込まれた裕太くん、「人権派」といわれる弁護士のあまりにもずさんな仕事ぶりだった。司法の判決によって、母親、弁護士の主張は退けられ、学校、バレー部側は全面的な勝利を収めた。しかし、ありもしない「いじめ」をでっち上げられ、高校時代をめちゃくちゃにされたバレー部員、そしてその保護者、学校が失った時間や心に負った傷の代償は計り知れない。そして何より、裕太くんが戻ってくることはない。 (文=萩原雄太[かもめマシーン])

これは世紀末うどん伝説か? 『北斗の拳』みたいなグルメマンガ『食戦記』

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『食戦記』(中村博文/双葉社)
 飽食の時代といわれる現代において、日々雑誌やネットで紹介されるグルメ情報やレシピ情報は、われわれにとって欠かせない情報のひとつとなっていますね。しかし、「食べログ」とか「クックパッド」などでお気軽に手に入れられるような情報が、ある日忽然と消滅し、特定の人間たちだけが情報を操ることのできる世界が訪れたら、人々はどうなってしまうのか……?  今回ご紹介するマンガ『食戦記』は、人類が壊滅し、あらゆる文化が崩壊、原始時代に逆行した近未来の世界が舞台。生き残った人間たちの間には、知性より暴力による支配が横行していて、まるで『北斗の拳』のような世界観になっています。出てくるキャラも、いかにも「ヒャッハー」って言いそうな格好をしています(実際は言わないけど)。  そんな世界において、数少ない知性を持った一族が「食師」という人々でした。食師は民を飢えから救うために、自然の中で食べられる物を見分け、 食物の栽培や料理法等を教えてくれるという、こんな時代に超ありがたい人たちなのですが、頭の悪そうなヒャッハーな人たちには理解されません。 「人間業とは思えないような超おいしい食い物を作る奴らがいる」→「なんだ? コイツらは妖術使いか!? きっと食べ物に呪いをかけているに違いない」→ 「悪いこと企てる前に皆殺しだ! 焼き払えー!!」 ……という思考回路により、食師の一族は皆殺しにされてしまうのです。魔女狩りならぬ食師狩り。人にレシピ教えただけで殺されちゃう時代とか、そうとうヤバイですね。クックパッドなんかに投稿した日には、命がいくつあっても足りません。  そんな悲劇の食師一族の中で唯一、一命を取り留めた青年・ワタルが本作の主人公です。ワタルは、自分の命を助けてくれた部族への恩返しとして、必殺の激ウマ料理を振る舞います。村の民を全員集めて、小麦をこねるワタル。  日時計を見ながら生地を数時間寝かし、作った驚愕のメニュー、それが……! 「かけうどんというものです!」 ドーン!!  なんと、数時間かけてドヤ顔で出してきたメニューが、まさかのかけうどんです。もちろん「食師」ってくらいですから、これだけで済むはずがありません。こんなメニューは軽いジャブに違いないのです。……ということで、さらに繰り出してきたメニューが「山菜うどん」とか「焼きうどん」。お前は香川県民か!!  しかし、さすが食の原始時代だけあって、初めて見た「うどん」に対するリアクションが半端ありません。 「!!」 「旨い」 「ああーーっ」 「このような食べ物が人間の手で作れるのか!!」  これ、繰り返しますが、かけうどんの話です。「人間の手で作れるのか!!」って……。ほかに誰が作るんだよ。この調子だと、もはや立ち食いそば屋のおばちゃんだって、神になれる時代です。香川に連れて行こうものなら、天国に連れてこられたと思い込むに違いありませんね。 ちなみに一連のうどんレシピのほかに出てきた食べ物といえば「大学いも」がありますが、これもまた渋いチョイスです。確かに、原始時代に大学いもが出てきたらビックリ仰天するでしょうね。 さて、うどんのくだりの後、いよいよワタルに旅立ちの時が訪れます。さんざん伏線をちりばめまくって、さあいよいよこれからどんな奇想天外なグルメ旅が始まるのか……というところで単行本第1巻が終了するのですが、どうやら掲載誌「A-ZERO」(双葉社)が休刊となったため、残念ながら2巻以降が出ておりません。食師の夢と希望は、そのままお蔵入りになってしまっている模様です。うどんだけを残して……。  そんなわけで極限世界のグルメを描いたマンガ『食戦記』、未完なのが残念ですが、グルメマンガにおける超異端児として、ぜひとも一度読んでみてはいかがでしょうか。とりあえず、かけうどんだけでこんなにテンションが上がるマンガって、そうそうないです。 (文=「BLACK徒然草」管理人 じゃまおくん<http://ablackleaf.com/>)