デリヘル、出会い系、危険ドラッグ……グレービジネスの経済学『闇経済の怪物たち』

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『闇経済の怪物たち グレービジネスでボロ儲けする人々 (光文社新書)』(光文社)
 6月は、夏のボーナスが支給され、懐があたたまる時期。けれども、給料2カ月分なんていう額面は夢のまた夢。雀の涙ほどの支給額を見て「どこかにおいしい仕事はないだろうか……」とため息をつく人も少なくないだろう。  ヤクザを中心に裏社会を描いてきたノンフィクション作家・溝口敦の新著『闇経済の怪物たち グレービジネスでボロ儲けする人々』(光文社新書)は、適法すれすれで金を稼ぐグレービジネスの「勝者」たちに迫った著作だ。ホワイトでもなく、ブラックでもなく、「グレー」というすき間で金を得る人々の姿から、いったい何が見えてくるのだろうか? 本書の内容を見てみよう。  出会い系サイトの主宰者P氏は、オモテの稼業として広告代理店を営んでいる。社員100人のオフィスを構え、それなりに利益をあげているP氏はホワイトな世界でも成功を収めている人物。しかし、P氏が「ウラ」として営む出会い系サイトは、数あるサイトの中でも1、2を争う収益を上げているのだ。  そもそも、彼は出会い系サイトを手掛けるつもりなどまったくなかった。オモテの元社員が開発した出会い系サイト専用のシステムを「退職祝い」として偶然購入したP氏。このシステムは、サクラを雇い荒稼ぎをする出会い系サイトのビジネスモデルとは一線を画し、システムによる自動書き込み、自動配信だけでユーザーとやり取りを行うものだった。このシステムを導入し、サイトを立ち上げると、もくろみ通り人件費がほとんどかからずにサイトの運営に成功。今では、月に1億5,000万円もの売上を獲得し、利益は2,000万円以上。その“すべて”が懐に入るようになっている。  そう、P氏の「グレー」たるゆえんはここからだ。  P氏の運営する出会い系サイトでは、税金を1円も支払っていない。警察や税務署に睨まれないように、ダミー会社を仕立て、別会社として法人登記。さらに、会社所在地とは別のところに事務所を構えたり、従業員への給与も手渡しと、会社経営の流れを不透明にすることによって、当局からその姿を徹底的に隠しているのだ。かつて、出会い系サイト運営という疑いから、調査に入られたことはあったものの、税務署側は疑惑を立証することができず10万円程度の「お土産」で帰ってもらったという。 「性格的にビビリ屋だから、それが税務署対策、警察対策に役立った」というP氏。念には念を入れた対策を講じて、グレービジネスは成功を収めたのだ。  また、2014年まで「日本の危険ドラッグ業界の半分を仕切っている男」と評されていたK氏は、酒もタバコも、覚せい剤にも興味がなく、風体も普通の人物。しかし、サブカルチャー的な興味からハッキングに手を出し、続いて独学で薬学の知識を身に付けることで、危険ドラッグ界の最重要人物にまでのし上がった。  10年に流行した脱法ハーブ「スパイス」をきっかけにして、その世界のおもしろさにのめり込んだK氏。独自の研究の結果、「スパイス」の中心物質が「JWH-108」であることを突き止めた彼は、この物質の製造を中国の工場に発注し、通信販売を始めた。最初の1カ月こそさっぱり売れなかったものの、その「効果」の大きさが口コミで広がり、飛ぶように売れていった。  それまで、危険ドラッグの業者にはヤミ金出身者が多く、薬学についての知識は誰も持っていなかった。一方、猛勉強によって「化学式を見ただけで、これはドラッグとして人体にどう働くか、おおよそ見当がつく」までに知識を蓄えたK氏の作るドラッグは圧倒的なクオリティを誇った。「危険ドラッグに愛を感じていた」という彼の作った会社は、最盛期には月商1億円を売上げたが、金よりも自分の作った商品が業界を席巻するほうが快感だったという。  しかし、13年ごろから徐々に危険ドラッグに対する締め付けが厳しくなっていく。K氏はニュージーランドをモデルにした検査認証機関の設立、自主検査の徹底による危険ドラッグ業界存続を厚労省に働きかけたものの、残念ながらそれが奏功することはなかった。そして、社会の厳しい目から、ますますブラック化していく危険ドラッグ業界に見切りをつけ、あっさりとその業界から引退してしまった。  彼にとって危険ドラッグの魅力は金や反社会的なスリルではなく、単純な「おもしろさ」だった。その証拠に、税務署に財務資料の提出を求められたところ、K氏の作った完璧な書類に「これほどキッチリした財務資料を作ったのは業界でも初めてだ」と驚かれたという。  危険ドラッグから足を洗った今、K氏は他の「おもしろいこと」を探している。  上記の他にデリヘル、闇カジノディーラー、「裏」情報サイトの運営者など数々の人々を取り上げた本書を読めば、グレービジネスといっても、濡れ手で粟の楽な商売ではないことがわかるだろう。むしろ、ホワイトな業界以上に真摯に、丁寧な仕事を実践しており、その経営者本人は「ブラック」な人ではないこともしばしばだ。「オモテもグレーも同じように経営努力しているのであり、職種は違うものの、両者の間にさほど隔たりがあるとは思えない。ましてグレーは新規ビジネスに対する着眼と企画の点でオモテの発想の限界を超えている」と溝口はグレービジネスの実態を語る。  グレーかオモテかにかぎらず、どんな社会でも目の前の仕事には懸命に取り組まなければ「成功」の二文字は見えてこないようだ。 (文=萩原雄太[かもめマシーン])

アフリカを愛する“全裸の写真家”ヨシダナギのクレイジー紀行『ヨシダ、裸でアフリカをゆく』

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『ヨシダ、裸でアフリカをゆく』(扶桑社)
 人気バラエティ番組『クレイジージャーニー』(TBS系)への出演で、一躍話題をかっさらった裸の美人フォトグラファー・ヨシダナギが、初の紀行本『ヨシダ、裸でアフリカをゆく』(扶桑社)を発売した。当時、ブログに書いていた出来事などを加筆修正して完成させた1冊で、いやー、ぶっ飛んでいる!  ヨシダ氏といえば、「相手と同じ格好になれば、ぜったい仲良くなれる」という確信のもと、ブラもパンツも脱ぎ捨て、少数民族と同じ格好で写真を撮る、独創的な撮影スタイルで有名。その行動の根底にあるのは、幼い頃からのアフリカへの強烈な憧れであり、愛。アフリカ人はカッコイイ、アフリカは魅力的だということが、本全体を通してひしひしと伝わってくる。  本書に登場する国は、2009年から訪れた、エチオピア、マリ、ブルキナファソ、ジブチ、スーダン、ウガンダ、ガーナ、カメルーン、チャド、ナミビア、タンザニア。アフリカといえば、なんとなくどの国も一緒のような気がしてしまうが、この本を読めば、どれだけ国全体やそこに住む人々に、個性があるのかハッキリとわかる。  たとえばジブチ。あまり聞きなれないが、アフリカ東部、エチオピアのお隣にあり、“世界一暑い国”といわれているそうだ。そんな暑い国で、ヨシダ氏は山盛りのアイスを食べていたのだが、量が多すぎて食べ切れなくなってしまった。すると、ガイドのフセインが「僕も要らない。ちょっと見ててね!」と、アイスを片手で持った。次の瞬間、すれ違いざまにひとりの少年が絶妙なタイミングでフセインからアイスを受け取って、何事もなかったかのようにおいしそうに食べているではないか! 知らない人からすれ違いざまに食べ物をもらうなんて、日本では信じられない話だが、これはジブリでは当たり前のことだという。  一方、フランス語圏のマリでは、毎日、イライラ。ジャイアン気質で、下心のある下ネタ連発の現地ガイド・シセは、どれだけヨシダ氏が嫌がっても、<ナギはオレのことを好きに違いない>という、おめでたいプラス思考。終始、発言がうざい上、足場の悪い道では、転ぶと危ないからとカメラバッグを持ってくれたハズなのに、自分がつまずいて小銭をばらまき、お金に群がった子どもたちに、カメラバッグを思い切り投げつけるという信じられない行動に。さらに、マリ滞在中にヨシダ氏は、あからさまな差別にも遭い、「もうヤダァァァァ!!!なんで、そういうことするの!!ホンットにやめてようぉぉ…」と、顔面の穴という穴から水をたれ流し、泣きわめいたことも。  このほか、スーダンで約140匹のゴキブリ部屋に軟禁事件、内戦状態のチャドで兵士に捕まり、ガイドが自分の存在をかばうどころか大泣きして命乞い、ナミビアでの乾燥ウンコ飛ばし、もちろん、初めて服を脱いだ時のエピソードや撮影秘話などもたっぷり書かれている。  日本人の多くは、アフリカのことをよく知らない。そして、興味も持たない。けれど、ヨシダ氏の目を通して描かれたアフリカは、キラキラと輝いていて、超カッコ良くて、時にはつらい目にも遭うけれど、爆笑の出来事の連続。今まで興味がなかった人にも、この国なら行ってみたいかも! と思わせてくれる。 (文=上浦未来) ●ヨシダナギ 1986年生まれ。フォトグラファー。幼少期からアフリカ人への強烈な憧れを抱き、独学で写真を学ぶ。2009年より単身アフリカに渡り、彼らの写真を撮り始める。アフリカの裸族とともに裸になったことや、その奔放な生き方や写真が評価され、さまざまなメディアで紹介される。現在は“アフリカ人の美しさ”や”アフリカの面白さ”を伝えるべく、講演会やコラム寄稿などの活動を積極的に行っている。写真集に『SURI COLLECTION』(いろは出版)がある。

全国216万人を喰い物にする“悪い奴ら”──貧困ビジネスと闘った900日『潜入 生活保護の闇現場』

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『潜入 生活保護の闇現場』(ミリオン出版)
 生活保護法は、戦後、路上に溢れた孤児や大黒柱を失った家庭を救済するため、GHQ指導のもとに戦前の生活保護制度といえる救護法を廃止してスタートした国内最大のセーフティネットだが、実態がどういったものか知る人は少ないだろう。 『潜入 生活保護の闇現場』(ミリオン出版)は、生活保護受給者を喰い物にする悪しき「貧困ビジネス」と闘った著者・長田龍亮の900日のルポだ。長田は、ひょんなことから貧困ビジネスを展開していた「ユニティー出発(たびだち、以下ユニティー)」の施設で暮らすことになる。  ユニティーでは、おおよそ50歳以上の不特定多数の男性が生活していたという。彼らは、1人ももれずに受給者。生活保護を受けると、生活保護法で定められた“健康で文化的な最低限度の生活”を保障するための現金が毎月支給される。人によって金額は違うが、ユニティーはそれらを支給日に根こそぎ回収し、そのかわりに、毎日3食付き、狭小だがプレイバシーが確保された個室と、月に1度500円を自由な金銭として支給していた。  吸い上げられた保護費は、ユニティーの運営者である和合秀典が自身の事業の補填に回していた。和合は、ユニティーを運営する一方で赤字続きの飲食店など、儲けの出ない事業をいくつも抱えていたのである。  それを知った長田は、反旗を翻し次の受給日に「払いません!」と力強く宣言する。自身が第一号となれば、後に続く者もいるだろうと考えていた長田だったが、寮内の反応は薄い。    しばらくして、以前からユニティーと和合にらんでいた弁護団によって、和合は所得税法違反で逮捕された。300人以上いたとされる入所者は、別の施設に移動したり、福祉事務所の協力の下、職を得て寮を出て行った。ユニティーは閉鎖され和合の事業は、すべて廃業となった。  寮を出た人々は、保護費を他人に回収されることなく、自立した “健康で文化的な最低限度の生活”を謳歌していることに違いない……。長田がかつての寮仲間に会いに行くと、そうではない現実が待っていた。仕事にありつけてもすぐに辞めてしまったり、保護費を受給日にすべてパチンコやキャバクラに使ってしまうなど、ユニティーよりもひどい環境下で生活を送っていた。  後になってわかることだが、 “悪い奴ら”だったユニティーが他の施設よりも格段に環境がよく、和合を恨むどころか今でも感謝しているという声が多く上がった。思えば月に1度の500円しか支給されない金銭も、こうした乱費を防ぐための処置になっていたのかもしれない。生活保護費を巻き上げる一方で、環境が整ったユニティーと、ボランティアが運営する無償だが6畳の部屋にすし詰めにされる施設とでは、どちらが喜ばれるかは一概には言えないだろう。  被害者はいったい誰なのか。ある入所者が、ユニティーから助け出すといわれ、名目の上で協力した裁判を後に取り下げたところ、弁護費用として到底支払えない額を請求されたという。100万を超えるその請求を叩きつけたのは、ほかでもないユニティーを閉鎖に追い込んだ弁護団だった。  貧困ビジネス自体に違法性はない。しかし、ビジネスである以上、入所者が減ってしまうと経営が立ちゆかなくなるのがジレンマだ。路上生活者にとって、ユニティー出発のような施設は間違いなくありがたい存在で、つまりはそれを提供する和合も同様にありがたい存在だったのだ。  2012年、売れっ子芸人の不正受給が発覚。それ以降、受給者に対する世間の目は厳しくなった。今現在、生活保護受給者は全国で216万人以上。これは、制度がスタートしてから過去最高だとされる。216万人の行く末は、いったい誰が握っているのだろうか。

42歳非モテ男と、18歳フィリピーナの壮絶すぎる国際結婚物語『愛しのアイリーン』

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『愛しのアイリーン』(新井英樹/太田出版)
 国際結婚というと、皆さんがすぐに思い浮かべるのは千昌夫とジェーン・シェパード夫人、梅宮辰夫とクラウディア夫人、川崎麻世とカイヤ夫人、後藤久美子とジャン・アレジ等の華々しい結婚ではないでしょうか。えっ、どれも古いって?  今回ご紹介する『愛しのアイリーン』は、1995~96年まで「ビッグコミックスピリッツ」(小学館)に連載されていた新井英樹先生による作品で、国際結婚がテーマです。しかし、国際結婚といっても、いま挙げたような華やかな事例とはちょっと違い、フィリピン人女性とのトンデモ国際結婚がテーマとなっています。  80~90年代まで、日本人男性がフィリピンに行って嫁探しをし、フィリピン人女性は出稼ぎ感覚で日本に嫁ぐ……そういったスタイルの国際結婚が社会現象になっていました。「ジャパゆきさん」という言葉がはやったり、フィリピン人女優のルビー・モレノが活躍したりしました。『愛しのアイリーン』は、そんな社会情勢に強く影響を受けています。  それはともかく、『愛しのアイリーン』ってタイトル、なんともラブリーでかわいらしいですよね。タイトルだけだと、きっとキュートな女性が登場するあまーいラブコメじゃないか、なんて思う人もいるかもしれません。ところがどっこい、内容は全然かわいくありません。出てくるのは、オナニーとセックスとバイオレンス。主人公は有り余る性欲が抑えられず、「おまんごー!」「メイグラーブ!」と、方言全開で雄叫びを上げたりします。軽い気持ちで読むと、トラウマになる作品ですね。  舞台は、過疎化が進行したとある山村。主人公、宍戸岩男は熊のようなガタイをした大男で、パチンコ店勤務のモテない42歳のオッサンです。同居する家族は年老いた母親・ツルと、認知症が進行している父親・源造……なんとも切なさがこみ上げてくる設定ですね。  1話目から、岩男の非モテエピソードが全開です。仕事から帰ってきて、夜中に親の目を盗んでAVやエロ本を見ながら自慰にふける主人公。その様子を、障子の穴から心配そうにのぞく母。なんともやるせないシーンです。なにより、この42歳独身男にプライバシーが皆無なのがやるせない。母よ、そこはのぞかないでやってくれよ……。  そんな母は、結婚するアテもない息子を不憫に思い、お見合いをセッティングしようとするのですが、岩男は母ちゃんが苦労してセッティングした縁談を頑なに拒みます。  実は、岩男は職場にいる愛子という同僚に惚れていました。バツイチ子持ちの薄幸そうな清楚系美女ですが、岩男に対し、ちょくちょく気があるようなそぶりを見せるため、免疫のない純情中年童貞は、すっかりその気になってしまっていたのです。  ところが、その愛子が清楚な見た目とは裏腹に超お盛んで、パチンコ店の複数の男性従業員とエッチ済みだったのでした。その事実を知って愕然とする岩男は、怒りのあまり愛子の自宅に押しかけるも「ほ…本気だと困るんだわ」と、ガッツリ振られます。その夜、怒りのあまり車で壮絶に事故り、血だるまの状態で雪山に駆け上り、『北斗の拳』のケンシロウよろしく上半身の服をビリビリに引き裂きながら「お…おま…おまんごー」と絶叫。あまりに壮絶すぎるシーンに、読者の大半はドン引き必至。それにしても、非モテをこじらせるとケンシロウ化するんですね。知らなかった……。  さて、ここまでのシーンで6話経過しているのですが、一切タイトルの「アイリーン」がなんなのか触れられていません。まるでスピッツの「ロビンソン」並みに謎の存在でしたが、ここから急展開します。  愛子に振られて失意の岩男は、あっせん業者になけなしの貯金280万円を支払って、フィリピンへ嫁探しに。そして、30人の嫁候補と面談の末、面倒くさくなって決めたのが、18歳の生娘、アイリーンでした。ただヤリたいだけの夫と、カネ目当ての妻。打算だらけの国際結婚が成立します。  しかし、せっかく嫁を連れて帰国した岩男、バラ色のハネムーンどころか、そこからが地獄の始まりでした。岩男が黙ってフィリピンに嫁探しに行っている間に父が亡くなっていたのです。事もあろうに、葬儀中にフィリピン人妻を突然連れて帰ってきたため、母・ツルが激怒。その姿は、まさに鬼婆そのものでした。その後のシーンでは、ツルはアイリーンに猟銃を突きつけ、単なる脅しかと思いきや、本当に発砲。間一髪で逃れたものの、本気でアイリーンを殺しにかかるシーンが何度かあります。こんな恐ろしい婆さん、マンガでもなかなかいないレベルです。  家の敷居をまたげなくなってしまった岩男は、アイリーンとともにラブホテルを転々とする生活を余儀なくされますが、しょせんカネで買った関係。アイリーンが岩男に心を許さず、セックスを拒み続けるため、いまだに初夜を迎えられません。280万円払っても望みがかなわない岩男は、ラブホのベッドを引き裂き、逃げ回るアイリーンに対し「おまんごー」「メイグラーブ!!」「ファッグ ミ ファッグ ミ」と怒りの絶叫。最後は、ホテルの部屋中の器物を破壊しまくります。非モテが極まって、公害レベルの迷惑な存在へと進化!  ここまででも十分に常軌を逸している展開なのですが、その後もすごいです。どうしても岩男とアイリーンの結婚を受け入れられないツルは、アイリーンと和解するフリをして家に呼び寄せ、女衒のヤクザ者に売り飛ばします。しかし、ヤクザに車で連れ去られるアイリーンを岩男がカーチェイスの末、決死の救出。勢い余って、ヤクザ者を猟銃で撃ち殺してしまいます。  岩男とアイリーンは、その遺体を人里離れた山中に埋めます。皮肉なことに、結婚後初めての共同作業がケーキカットではなく、死体埋葬でした。そしてその夜、2人は初めて結ばれるのです。  その後、2人は仲睦まじく幸せに……ということは全然なく、人を殺した罪悪感と、殺したヤクザの仲間からの執拗な嫌がらせにより精神崩壊状態の岩男は、同僚の愛子を襲ったり、アイリーンの友人のフィリピーナを買ったりと、女がいれば手当たり次第にセックス三昧で現実逃避に走ります。人を殺した後が一番モテモテ、なんという皮肉でしょうか。  その後はなんと、岩男が途中で死亡。残されたアイリーンとツルが壮絶な嫁姑バトルを展開しますが、最後の最後までドン底すぎる展開が続きます。  実は本作品、農村の少子高齢化や嫁不足問題、後継者問題、そして国際結婚といった複雑な社会問題をテーマとして扱っている作品でもあるのですが、終始狂気に満ちあふれた、気が抜けないストーリーとすさまじい画で、そういった部分をまったく感じさせません。バブルアフターで浮かれ気分の残る世間の風潮に強烈な冷水を浴びせるものすごいマンガ、それが『愛しのアイリーン』だったのです。 (文=「BLACK徒然草」管理人 じゃまおくん<http://ablackleaf.com/>)

増加する“ストーカー殺人”加害者の心の深淵をのぞく『ストーカー加害者:私から、逃げてください』

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『ストーカー加害者:私から、逃げてください』(河出書房新社)
 先月、東京・小金井市で女子大生シンガーソングライターがファンを名乗る男に襲われる痛ましい事件が発生した。男は、SNSで女子大生に対して脅迫めいた発言を続けていたと報じられている。2010年代に入り、こうしたネットを介したストーカー事件が後を絶たない。そういった中で、無視され続けてきたストーカー加害者のパーソナリティを知る必要があるという声が上がるようになった。その声の主は、ストーカー殺人の被害者遺族だった。  『ストーカー加害者 私から、逃げてください』(河出書房新社)は、著者でドキュメンタリー・ディレクターとして活躍する田淵俊彦が複数のストーカー加害者とされる人に行ったインタビューを元にしたルポだ。    田淵は、インタビューの結果から、ストーカーは3タイプに分類できるという。 「私は被害者であり加害者ではない」と語る佐藤さん(仮名)は、わかっているけどやめない“執着型”。相手より優位に立ちたいという気持ちが強いのが特徴で、佐藤さんは「相手が這いずりまわる姿をみたい」と、平然と言ってのける。佐藤さんが執着するのは、別れ方がわからないから。「別れるくらいなら、殴るくらいのことをしてみせて」。歪んだ愛情表現を口にする。  50代後半の田中さん(仮名)は、わかっていないからやめられない“求愛型”。一途な人が多く、思い込みが激しいこのタイプは、「相手がどう思っているか?」を理解するまで、延々とストーカー行為を繰り返す。田中さんは、相手が今でも自分の求婚を受け入れてくれるのだと信じている。  ネット上で知り合った面識のない男性に、理想像を重ねる上田さん(仮名)は、わかっているけど、やめられない“一方型”だ。ストーカー行為をしている自分自身にアイデンティティを見いだし、なにもしていないことが耐えられない。「私は、その人が住んでいた家が自分の家だと思っていたんです」上田さんは、6時間もかかる相手の家に何度も通った。  本書に登場するDVのない社会を目指す民間団体「アウェア」の吉祥(よしざき)さんは、ストーカー予備軍の増加の一因はデートDVにあるという。吉祥さんが、「強い束縛は愛情表現だと思うか?」と何人かの高校生に投げかけたところ、ほとんどが「そうだ」と答えた。 「束縛は大切にされている感がある」「重い、って思われないなら束縛はしたい」デートDVの兆候のひとつが若者の間で“強い愛情表現”になってしまっている。そんな歪んだ愛情表現が、関係が切れた瞬間に憎悪に変わり、ストーカーを生み出すのは言うまでもないだろう。  田淵が本書の執筆にあたり、取材したテープは100時間を超える。加害者の本音を記録したそれらを読み解いていく作業は精神を削っただろう。田淵はこう言う。「ストーカー加害者はあなたの隣に普通にいる。いや、あなたの心の中にいる。そして私の心の中にも……」

瀧本哲史が考える、最強の「マッチメイク」読書術!『読書は格闘技』

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『読書は格闘技』(集英社)
 本屋に行けば「ブックガイド本」というジャンルの書籍が並び、雑誌「サイゾー」でも「本特集」は人気企画のひとつ。いったい、どんな本を読めばいいのかという指針を求めている人は少なくないようだ。しかし、ブックガイド本を購読するくらいならば、そこに紹介されている本から手に入れるほうが早いのではないだろうか? いったいなぜ人はまず「ブックガイド本」を選んでしまうのだろうか? 『武器としての決断思考』(星海社新書)、『僕は君たちに武器を配りたい』(講談社)などで知られる瀧本哲史の新著『読書は格闘技』(集英社)は、「組織論」「グローバリゼーション」「教養小説」「児童文学」など、12のテーマごとに読むべき本を紹介するブックガイド本である。本書の中で、瀧本は「読書は格闘技」であり「書籍を読むとは、単に受動的に読むのではなく、著者の語っていることに対して、「本当にそうなのか」と疑い、反証する中で自分の考えを作っていくという知的プロセス」と持論を展開する。瀧本は、いったいどのような形で「格闘」を繰り広げているのだろうか? いくつかの例を見てみよう。  本書の中で、瀧本はテーマごとに、アプローチの異なる2冊の本を取り上げる。「心をつかむ」というテーマであれば、カーネギーの名著として知られる『人を動かす』(創元社)とロバート・B・チャルディーニの『影響力の武器』(誠信書房)を、「組織論」というテーマであれば、ジム・コリンズ、ジェリー・I・ポラスの『ビジョナリー・カンパニー』(日経BPマーケティング)と、マキャベリの『君主論』(講談社学術文庫)をそれぞれ「マッチメイク」している。では、瀧本の立場はその2つの間に立つレフェリーなのだろうか?  褒めるところは褒め、批判するべきは批判する瀧本は確かに中立を保つレフェリーに似ている。しかし、彼の役割は、勝ち負けを決めることではなく、2つの書籍にどんな使える「武器」が眠っているかを掘り起こすこと。トーマス・フリードマン『フラット化する世界』(日本経済新聞出版社)と、サミュエル・ハンチントンの『文明の衝突』(集英社)を紹介する「グローバリゼーション」のページでは、2005年に原書が刊行され、もうすでに「古典」と化している前者を「どこが古くてどこが新しいのか、何が一時的なブームで何が大きなトレンドなのかを自分で考えるための素材」として紹介し、アメリカ中心で描かれ、事象を単純化していると批判されることも少なくない後者を「この20年間を冷静に振り返ってみると、各地域で『文明の衝突』とみられる紛争が数多く起きている」と擁護する。  また、「教養小説」のテーマでは、ゲーテの『ヴィルヘルム・マイスターの修行時代』(岩波文庫)とともに、なぜかあだち充の『タッチ』(小学館文庫)が取り上げられる。「主人公が大人になるまでの過程を描く小説」と定義される教養小説というジャンルにおいて、両者を比較して見えてくるのは「大人」というイメージの変遷。かたやヒロインの朝倉南をモチベーションとして、甲子園に出場しても野球を続けることに「疲れた」という個人的な自己承認の物語である『タッチ』に対し、「意識高い系学生」に似ているというヴィルヘルム・マイスターは旅をしながら新たな人物に出会い、自己を形成し、再び日常へと戻る。時代ごとに、「大人になっていく過程」は異なっているようだ。  瀧本にとって、読書は、著者の高説を承るものではなく、「武器」を引き出し「世界という書物を直接読破」するためのツールである。2冊の本を取り上げることによって、複眼的にテーマに迫る瀧本の姿勢から見えてくるのは、彼がどのように「世界を読解しているか」ということ。だから、文芸としての「読書の楽しみ」や狭い意味での「教養」はここには描かれていない(瀧本はあとがきで「教養について考えるのであれば、『自分にとって』読むべき本、読む必要のない本を判断することが『教養』と言えるだろう」と語っている)。  書物を読みこなすのではなく、世界を読みこなそうとしている瀧本の記した『読書は格闘技』は、単なる本の紹介には終わらない魅力を持っている。では、そんな瀧本の「格闘スタイル」から、読者はどのような武器を取り出すのか? ただの指針にとどまらず、読者はそんな「格闘」を迫られることだろう。 (文=萩原雄太[かもめマシーン])

うっとうしいけど、憎めない!? 時代に翻弄される中国人の姿を描く“倦中本”『激ヤバ国家 中国の正体!』

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『激ヤバ国家 中国の正体! 』(宝島社)
 いまやお昼の情報番組から週刊誌まで、中国ネタは欠かすことのできないおなじみコンテンツとなっている。  しかし、そこに登場する中国人たちの行動といえば、白昼の路上で突然裸になったり、横転したトラックの積み荷をわれ先にと奪い合ったりと、われわれ日本人からすれば“とっぴ”と言わざるを得ない。彼らは、日本人と顔形が似ているからこそ、われわれの常識にそぐわない行動をすると、余計に奇妙奇天烈に映る部分もあるだろう。  そのせいか、内閣府が2016年3月に発表した「外交に関する世論調査」によると、中国に「親しみを感じない」と答えた日本人は、が83.2%に達し、1978年以降で過去最高となっている。  そんな日本人のステレオタイプな「中国人不信」を少しだけ好転させるかもしれない本が、奥窪優木氏による『激ヤバ国家 中国の正体! 』(宝島社)である。  本書は、「週刊SPA!」(扶桑社)で8年間にわたって連載されていた人気コラム「中華人民毒報」の中の、習近平体制発足前夜から4年間の記事をまとめた一冊だ。中国で巻き起こる3面記事的なドタバタ劇が、現地在住者の視点を交えてつづられている。  ところが、ページをめくるうち、不可解で迷惑千万な中国人の行動が「実は、激動の時代を死に物狂いで生き抜こうとしている結果なのかもしれない」と、同情の念すら湧いてくる。  例えば、コソ泥を捕まえて恥ずかしい写真を撮影し、ネット上に晒すという「私的制裁」が流行する裏には警察の不作為があり、危険を顧みず車道を横切る歩行者が後を絶たない背景には、地下横断歩道の治安の悪さもある。  また、習政権によるさまざまな政策や不透明な経済状況のもと、庶民らが翻弄される姿も見えてくる。反腐敗運動で公務員の袖の下が激減する中、回鍋肉で税務署職員を買収する飲食店経営者や、モーターショーから一掃され、途方に暮れる元コンパニオンたちの末路など……。  そのあたりが、いわゆる嫌中本とは一線を画しているわけだが、著者は本書を「倦中本」と呼んでいる。確かに本書に登場する中国人たちには、うっとうしいけどどこか憎めない、そんな倦怠期の連れ合いに対するような感情が芽生えてくるのである。

日本人だけのソウルフードではなかった!? 辺境作家・高野秀行が追った納豆ルポ『謎のアジア納豆』

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『謎のアジア納豆 そして帰ってきた<日本納豆>』(新潮社)
 納豆。それは、日本人だけが食べる超庶民派ソウルフード、のはずであった。ところが、実はミャンマーやタイ、ネパール、中国、ブータン、ラオスでも、古くから食べられていた――!  そんな世界を股にかけた衝撃の納豆ルポ『謎のアジア納豆 そして帰ってきた<日本納豆>』(新潮社)が発売された。著者は、辺境作家のレジェンド・高野秀行氏。早稲田大学在学中の『幻獣ムベンベを追え』(PHP研究所)でデビューした彼も、まもなく50歳を迎える。にもかかわらず、まったくといっていいほどその好奇心と行動力は衰えず、まさに生きる伝説である。これまでに、コンゴ奥地の幻獣ムベンベ探し、ゴールデン・トライアングルでアヘンを栽培する村に潜入、無政府状態のソマリア国内に存在する独立国家ソマリランドを取材したりと、好奇心の赴くまま、奥へ奥へと突き進み、取材を繰り返してきた。  その高野氏が、次に目をつけたのが納豆だ。出合いは、ミャンマー北部カチン州のジャングルを歩いていたとき。密林が途切れた平原にある小さな村で、ふいに白いご飯に生卵と納豆が添えられた食事が目の前に現れた。しょうゆではなく、塩で食べたというが、ちゃんと糸も引くし、味は間違いなく日本の納豆と同じだったという。さらに、タイ北部の町・チェンマイにある、当時「麻薬王」と呼ばれていたクンサーの地下宝石工場でも“納豆汁”に出くわす。納豆は厚さ2~3ミリの薄っぺらい円盤状をしていて、薄焼きせんべいのようなものを火であぶり、杵(きね)でついて粉にし、スープにしたのだという。  高野氏は、辺境での納豆との出合いから、日本人が外国人に対し、踏み絵のごとく「納豆は食べられるのか?」と問う場面に出くわすと、ついつい口を挟んでしまう。納豆は日本人だけの専売特許ではない! と。けれど、返ってくる答えはいつも同じだ。それは「日本の納豆と同じなのか?」「作り方は?」。そこで、答えに窮していた高野氏が、アジア納豆、さらには、そもそも日本の納豆とはなんぞや、という調査に本格的に乗り出す。その答えとして、季刊誌「考える人」(新潮社)で発表。大幅に加筆して導き出した報告書が、本書だ。  例えば、ミャンマーのシャン族の場合。彼らは、日本人が納豆をソウルフードと思い込んでいるように、「納豆はわれわれのソウルフード」と豪語する。しかも、納豆のことをシャン語で「トー・ナウ」といい、それは中国語の「豆(トゥ)」から来ているというから、とても偶然とは思えない。高野氏は本格的な調査を行うため、入り口となるタイのチェンマイへと飛び、シャン料理店の美人女将に日本の納豆を差し出した。すると、「ホーム・ホーム(いい香り)」と喜び、「これ、炒めるよね?」と言って、タマネギ、生姜、唐辛子を刻み、中華鍋で炒めた後、納豆を放り込んだ! しかも、これを餅米とともに食べた……。東京に20年暮らす、シャン族のサイさんは、日本の納豆についてこう語る。「おいしいけど、日本の納豆は味がひとつしかないからね」。  ひょっとして、日本は納豆の後進国なのか? 高野氏は、これまでに培った辺境のマニアックな語学力を生かし、ミャンマーのカチン州で竹筒を使って発酵させるという幻の竹納豆、同じくミャンマーのナガ山地で暮らす元首狩り族の納豆汁、ネパールの“納豆カースト”の人々が食べるヒマラヤ納豆カレーなど、数多くのアジア納豆を求めて取材を重ねる。さらには、日本へと立ち返り、岩手県和賀町(現・北上市)に伝わるという、雪の中で納豆を発酵させる、謎の雪納豆の正体まで追いかける。  その中で高野氏は、アジア納豆とは「辺境食」ではないか? という、ひとつの結論に達する。その理由について、辺境と納豆の関係について、熱を帯びて解説されているページをめくるたび、あまりに壮大な納豆の世界に、凡人はひれ伏してしまう。読み終えたとき、“納豆観”が、変わること間違いなし。 (文=上浦未来) ●たかの・ひでゆき ノンフィクション作家。1966年、東京都八王子市生まれ。早稲田大学第一文学部仏文科卒。1989年、同大学探検部の活動を記した『幻獣ムベンベを追え』でデビュー。「誰も行かないところへ行き、誰もやらないことをやり、それをおもしろおかしく書く」をモットーとする。2006年『ワセダ三畳青春期』(集英社)で第1回酒飲み書店員大賞を受賞。13年『謎の独立国家ソマリランド そして海賊国家プントランドと戦国南部ソマリア』(本の雑誌社)で第35回講談社ノンフィクション賞、第3回梅棹忠夫・山と探検文学賞を受賞。その他の著書に『アヘン王国潜入記』『未来国家ブータン』(集英社)、『西南シルクロードは密林に消える』(講談社)、『イスラム飲酒紀行』(扶桑社)などがある。

納豆は日本人だけのソウルフードではなかった!? 辺境作家・高野秀行が追った納豆ルポ『謎のアジア納豆』

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『謎のアジア納豆 そして帰ってきた<日本納豆>』(新潮社)
 納豆。それは、日本人だけが食べる超庶民派ソウルフード、のはずであった。ところが、実はミャンマーやタイ、ネパール、中国、ブータン、ラオスでも、古くから食べられていた――!  そんな世界を股にかけた衝撃の納豆ルポ『謎のアジア納豆 そして帰ってきた<日本納豆>』(新潮社)が発売された。著者は、辺境作家のレジェンド・高野秀行氏。早稲田大学在学中の『幻獣ムベンベを追え』(PHP研究所)でデビューした彼も、まもなく50歳を迎える。にもかかわらず、まったくといっていいほどその好奇心と行動力は衰えず、まさに生きる伝説である。これまでに、コンゴ奥地の幻獣ムベンベ探し、ゴールデン・トライアングルでアヘンを栽培する村に潜入、無政府状態のソマリア国内に存在する独立国家ソマリランドを取材したりと、好奇心の赴くまま、奥へ奥へと突き進み、取材を繰り返してきた。  その高野氏が、次に目をつけたのが納豆だ。出合いは、ミャンマー北部カチン州のジャングルを歩いていたとき。密林が途切れた平原にある小さな村で、ふいに白いご飯に生卵と納豆が添えられた食事が目の前に現れた。しょうゆではなく、塩で食べたというが、ちゃんと糸も引くし、味は間違いなく日本の納豆と同じだったという。さらに、タイ北部の町・チェンマイにある、当時「麻薬王」と呼ばれていたクンサーの地下宝石工場でも“納豆汁”に出くわす。納豆は厚さ2~3ミリの薄っぺらい円盤状をしていて、薄焼きせんべいのようなものを火であぶり、杵(きね)でついて粉にし、スープにしたのだという。  高野氏は、辺境での納豆との出合いから、日本人が外国人に対し、踏み絵のごとく「納豆は食べられるのか?」と問う場面に出くわすと、ついつい口を挟んでしまう。納豆は日本人だけの専売特許ではない! と。けれど、返ってくる答えはいつも同じだ。それは「日本の納豆と同じなのか?」「作り方は?」。そこで、答えに窮していた高野氏が、アジア納豆、さらには、そもそも日本の納豆とはなんぞや、という調査に本格的に乗り出す。その答えとして、季刊誌「考える人」(新潮社)で発表。大幅に加筆して導き出した報告書が、本書だ。  例えば、ミャンマーのシャン族の場合。彼らは、日本人が納豆をソウルフードと思い込んでいるように、「納豆はわれわれのソウルフード」と豪語する。しかも、納豆のことをシャン語で「トー・ナウ」といい、それは中国語の「豆(トゥ)」から来ているというから、とても偶然とは思えない。高野氏は本格的な調査を行うため、入り口となるタイのチェンマイへと飛び、シャン料理店の美人女将に日本の納豆を差し出した。すると、「ホーム・ホーム(いい香り)」と喜び、「これ、炒めるよね?」と言って、タマネギ、生姜、唐辛子を刻み、中華鍋で炒めた後、納豆を放り込んだ! しかも、これを餅米とともに食べた……。東京に20年暮らす、シャン族のサイさんは、日本の納豆についてこう語る。「おいしいけど、日本の納豆は味がひとつしかないからね」。  ひょっとして、日本は納豆の後進国なのか? 高野氏は、これまでに培った辺境のマニアックな語学力を生かし、ミャンマーのカチン州で竹筒を使って発酵させるという幻の竹納豆、同じくミャンマーのナガ山地で暮らす元首狩り族の納豆汁、ネパールの“納豆カースト”の人々が食べるヒマラヤ納豆カレーなど、数多くのアジア納豆を求めて取材を重ねる。さらには、日本へと立ち返り、岩手県和賀町(現・北上市)に伝わるという、雪の中で納豆を発酵させる、謎の雪納豆の正体まで追いかける。  その中で高野氏は、アジア納豆とは「辺境食」ではないか? という、ひとつの結論に達する。その理由について、辺境と納豆の関係について、熱を帯びて解説されているページをめくるたび、あまりに壮大な納豆の世界に、凡人はひれ伏してしまう。読み終えたとき、“納豆観”が、変わること間違いなし。 (文=上浦未来) ●たかの・ひでゆき ノンフィクション作家。1966年、東京都八王子市生まれ。早稲田大学第一文学部仏文科卒。1989年、同大学探検部の活動を記した『幻獣ムベンベを追え』でデビュー。「誰も行かないところへ行き、誰もやらないことをやり、それをおもしろおかしく書く」をモットーとする。2006年『ワセダ三畳青春期』(集英社)で第1回酒飲み書店員大賞を受賞。13年『謎の独立国家ソマリランド そして海賊国家プントランドと戦国南部ソマリア』(本の雑誌社)で第35回講談社ノンフィクション賞、第3回梅棹忠夫・山と探検文学賞を受賞。その他の著書に『アヘン王国潜入記』『未来国家ブータン』(集英社)、『西南シルクロードは密林に消える』(講談社)、『イスラム飲酒紀行』(扶桑社)などがある。

「世の中は甘いものだと思いなさい」蛭子能収の荒唐無稽な人生哲学『僕はこうして生きてきた NO GAMBLE,NO LIFE.』

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『僕はこうして生きてきた ―NO GAMBLE,NO LIFE. 』(コスモの本)
 今や、テレビでは見ない日はないほどブレイクした蛭子能収。番組ではニタニタとした笑顔を振りまく一方で、ネットを検索すればブラックすぎる“マジキチ伝説”がゴロゴロと出てくる、デタラメな人物。本職がマンガ家であることを忘れられてしまっているようにすら思える。  『僕はこうして生きてきた NO GAMBLE,NO LIFE.』(コスモの本)は、そんな蛭子本人が幼少から現在までの半生を語る。  「遊んでいる時が人生で一番楽しくて充実した時間」だと語る蛭子。 “ギャンブラー”としての片鱗は、小学生のときからみえていたという。当時、友人とビー玉やお菓子を賭けて『自分が考えたゲーム』で遊んでいた。当然、考案した蛭子がそのゲームを熟知しているので、負けることはない。まるで、ドラマなどに登場するイカサマ師のようだ。  蛭子の有名なエピソードで、『タモリ倶楽部』(テレビ朝日系)に出演した際、タモリに井の頭公園の思い出を尋ねられ「よく青姦しにきた」と語ったというものがある。事実のようで「場所は井の頭公園の動物園とは反対側の森の中でした。(中略)やるなら絶好のロケーションでした。」と本書に詳細を綴っている。  また、蛭子を語るには外せない『ローカル路線バス 乗り継ぎの旅』(テレビ東京系)。番組内で歯に衣着せぬ発言をする蛭子だが、蛭子なりに思うところがあるらしい。「あまり人に気を遣わない僕でさえやはり女優さんには気を遣います。だからマドンナがバラエティ系のタレントさんだと正直ほっとします」と胸の内を明かしている。“バス旅”は人気を博し、映画版が制作され今年公開された。  ほか、漫画雑誌ガロに掲載されたデビュー作「パチンコ」を全編掲載。「ギャンブラーこそ働き者である」「世の中は甘いものだと思いなさい」など、蛭子がギャンブラー人生のなかで会得した『蛭子流・ギャンブル人生の哲学』その24か条を網羅。 “ちょっとヤバい人”蛭子能収。その飄々としたキャラクターは波瀾万丈な人生から得たものに違いない。