説教臭い山場があるのに、スポ魂形相と謎解きが悩ましい『リミット』

limit01.jpg
『リミット』(すえのぶけいこ、講談社)

――西暦を確認したくなるほど時代錯誤なセリフ、常識というハードルを優雅に飛び越えた設定、凡人を置いてけぼりにするトリッキーなストーリー展開。少女マンガ史にさんぜんと輝く「迷」作を、ひもといていきます。

 このところ、子どものいじめがいっそう社会問題化している。いじめられる方の苦悩やいじめる方の心の闇について論じるのはほかの方に譲るとして、いじめの本質とは何かを考えてみよう。いじめは、いじめる側が「こいつはいじめてもいい奴」「こうされても仕方がない奴」と判断するから起こる。つまり自分の立ち位置、相手の立ち位置を勝手に決めてしまっているのだ。もちろん自分が上位である。人ってホントに都合がいいな。

 しかしその立ち位置を逆転させたら、どうなるか。それが『大奥』(白泉社)である。……間違えた。『リミット』(講談社)である。

 この話は、合宿所に向かう、とある高校のクラスの生徒たちが乗っているバスが谷から転落してしまうところから本格的に話がスタートする。クラスには生き生きと高校生ライフを楽しむ女子たちや、いじめられっ子がいた。そんな人間関係を描いた後に起こった事故。生き残った数人の生徒たちが、なんやかんややりながら、救出されるまでを描く。

「ナプキンを振り回した男子を許せない」40代で読み返す女子校マンガ『櫻の園』

sakuranosono.jpg
『櫻の園』/白泉社

とおーいとおーい昔に、大好きだった少女マンガのことを覚えていますか。知らず知らずのうちに、あの頃の少女マンガが、大人になった私たちの価値観や行動に、影響を与えていることもあるのです。あの頃の少女たちと今の私たちはどうつながっているのか? 少女マンガを研究する慶應義塾大学の大串尚代先生と読み解いてみましょう!

<今回取り上げる作品>
吉田秋生『櫻の園』/「LaLa」(白泉社)掲載、1985~86年

 高校2年生までを共学で過ごした私が初めて「女子校」を体験したのは、高校3年生の時でした。親の転勤にともなって地方都市から東京に来た時に、初めて引越と転校、そして「女子校」を経験したのでした。

 「女子校」という空間は、まったくの未知の世界。しかも、私が転入した学校は小・中・高・短大まであり、その学校人生のほとんどを同じメンバーで過ごしている人たちも少なくないときた。すでに友人グループができ上がっているところに、高校生活最後の1年間だけ飛び込んでいくのは、もともと友達づくりが苦手な私には、相当な胆力が必要だったのでした。

 10代の女の子たちだけの空間とは、どんなものか。それは、居心地の悪さと心地よさとが同時にあるような場所でした。クラスメートのあけすけな元気の良さにあっけにとられ、その率直な大胆さについていけない時があると同時に、男子の目がない分だけ、どこか安心感もありました。私はというと、さすがに目立つ女の子たちのグループにはとても近づけませんでしたが、休み時間に教室の片隅で文庫本や同人誌を読んでいるような女の子たちとぽつぽつ話すようになってから、私の女子校生活が安定し始めたのを覚えています。

 ひとくくりに「女子高校生」といっても、いろんなタイプの女の子たちがいて、いろんな過ごし方を実践していました。あの学校で過ごす時間が長ければ、もっといろんな女の子と知り合えただろうし、この学校のことをもっと好きになっていたかもしれないと思えたのは、卒業式も近くなってのことでした。

奇跡の“ザ・男子”井岡一翔くん! 無印男よりヤンキーテイストの方が純粋よ

井岡一翔公式サイトより

有名無名、年齢、国籍関係なしに、あらゆる「男子」に恋焦がれ、過剰なまでに愛でまくってはまた次へ――終わらない探求の道中でみつけた「男子」の魅力を少年アヤちゃんが語る! 異常性欲を振りかざし、あらゆる男子を消費します☆

 最近めっきり肌寒いせいか、心まで冷え込み、気が付くと「腐乱死体」で検索をかけてしまったりしていませんか? 私は結構よくやってしまうんですが、なんなんでしょうね。寂しくなるとグロ画が見たくなるのって……。言っておきますが、別にマニアとかじゃないですよ。普通に吐き気とか催しますよ。なのに、なのにGoogleの窓に、「腐乱死体」とか「腐乱死体 モロ」とか打ち込まずにはいられないんです。……まあ寂しいからでしょうね。

 さてそんな、ついグロ画を見たくなる程の孤独を癒やすのにオススメのなのが、先日日本初WBC・WBA統一王者となったボクサー・井岡一翔くんのブログです。

なんて贅沢な時代だ! 「りぼん」の本気をふろくのトランプに見た!

少女だった頃、心をときめかせてくれた少女マンガ雑誌……と、その横にいつも一緒にいた「ふろく」という名の相棒。そばにいるのが当たり前だったから気付けなかった、あの頃の「ふろく」の魅力を、「昭和的ガーリー文化研究所」所長のゆかしなもん(通称・ゆかしな)がお届け☆

 70~80年代の少女漫画雑誌(「なかよし」(講談社)、「りぼん」(集英社)など)のふろくに付いていると超テンションが上がったものの1つが、「児童用トランプ」だった。

 当時のふろくといえば「紙もの」が主流だった時代で、「ときめき6大ふろく(はあと)」とか「キラキラ10大ふろく☆」とかっていう魅惑のキャッチコピーで、娯楽に飢えた田舎もんのブ少女・ゆかしなの物欲をアオりにアオっていたのだ。シールやレターセット、ノート、メモ帳など、あらゆる紙ものふろくが手を変え品を変え大量にリリースされていた、ただでさえ神がかっていた時代に、「トランプ」を手にした時の、あの感動はちょっと忘れられない、今でも。

不倫、略奪、復縁……女の人生、どんな悩みにも寄り添う相談相手

Photo by PhoTones_TAKUMA from Flickr

 他人の悩みに聞き耳を立てたりウワサをするのは、下世話だとわかりつつもやめられないもの。それこそ、ネット上には他人様のお悩みが無限に転がっています。悩んでいる人、それに答えている人、その答えに茶々を入れる人、そしてそれらを眺めて文句を垂れる人……。濃厚な悩みであるほど、一連のやりとりは白熱し、傍観者をも巻き込み魅せてしまう、まさにお悩みは魑魅魍魎の世界です。時に、「これ私のこと!?」と感じる出会いや、真理を突くような書き込みにハッとさせられることもありますよね?

 でも、切実な悩みであるほど明確で的確なアドバイスがほしいもの。いくらネットで「聞いてください! 私つらいんです!」と涙を流しながら熱く書き込んだところで、所詮は文字だけのお付き合い。性格や癖や環境のすべてが伝わるわけがありません。悩みを解決したいだけなのに、見当違いの批難をうけて逆に傷つけられることもあります。だからこそ、悩みを相談する場所選びが重要。既婚女性が多いのか、独身女性、育児中、それぞれの悩みの質が違うから、ちゃんと把握しておかなければいけません。しかし、ここにライフステージやお悩みの内容を問わず、頼れるアドバイスを返してくれるサイト「 "target="_blank">シエロ」を発見しました。

「りぼん少女」のときめき情報がいっぱい! 80年代の「ふろく」は国宝なのだ

少女だった頃、心をときめかせてくれた少女マンガ雑誌……と、その横にいつも一緒にいた「ふろく」という名の相棒。そばにいるのが当たり前だったから気付けなかった、あの頃の「ふろく」の魅力を、「昭和的ガーリー文化研究所」所長のゆかしなもん(通称・ゆかしな)がお届け☆

 まだインターネットもスマホもなかった、1970~80年代の、あの熱き時代。少女漫画の黄金期ともいえる時代だった。クソ田舎に住む多感なイモ少女は、近所の薄汚ねえ本屋に平積みされたピッカピカの分厚い少女漫画誌の数々に、いつも心をときめかせていた。っていうか、それしか楽しみがなかった。

 昭和50年生まれを代表する「クズ女」になった今、コミックスの大人買いなんかで作品を懐かしく読み返す機会はあっても、「ふろく」って、もうとっくに捨てちゃっている。ある人にとっては、それはただの「ゴミ」でしかない。しかし、ゆかしなにとってそれは、何物にも代えがたい「国宝」なのである、いやマジで。「ふろく」こそもう一度見たいし触りたいし、最大級にときめくマジカル☆ガーリーアイテムだったじゃん!?

「常識とは何か」を突き付けられる、『えっちぃ放課後』の所構わぬヤリっぷり

ecchihoukago_book.jpg
『えっちぃ放課後(1)』(相川ヒロ、
講談社)

――西暦を確認したくなるほど時代錯誤なセリフ、常識というハードルを優雅に飛び越えた設定、凡人を置いてけぼりにするトリッキーなストーリー展開。少女マンガ史にさんぜんと輝く「迷」作を、ひもといていきます。

 人によって「常識」というのは微妙に違うものだ。例えば、息を吸って吐いて、ご飯を食べたら出す、というような生きることの根源のたいていのことは常識だけれど、言質が一致してないとか、他人に迷惑がかかるとか、一般的に「罪だ」とされていることをする人は、非常識と言われるだろう。でもその間の、グレーな部分は、「やってる人が多ければ常識」といった風に、ゆらぎのあるものである。

 ここに、『えっちぃ放課後』という、タイトル見ただけでも、何が行われるのかがキラリとわかる話がある。このマンガはタイトル通り、「あらゆるエッチな放課後」について語られる短編集だ。

 えっと、自分、女子校だったんでわからないんですが、共学の放課後というのは、こんなにエッチまみれなんですか? 振り向けば、ここそこから女の吐息が顔にかかりそうなくらい、学校中がエッチであふれているものなんですか? これは常識なんですか? これじゃあ先生はさぞかし性教育とコンドームの配布に必死でしょう。

今なお愛される雑誌「オリーブ」が志向した、“かわいい”と“少女性”の強さ

olive.jpg
Photo by jetalone from Flickr 

「トレンドに流される事なく自分の気持ちや環境に応じて行動するようになったのも『オリーブ』の影響かも。言葉にすると難しいけれど、『オリーブ』は私のバイブルです」
「女の子が男の真似をしなくても、女の子らしく独自の道を切り開いてもいい、という絶対的な肯定感を『オリーブ』からもらった」
(元読者へのアンケート、金沢21世紀美術館「Olive 1982-2003 雑誌『オリーブ』のクリエイティビティ」展、2012年1月実施)

 1980~90年代の少女たちに多大な影響を与えた雑誌「オリーブ」(マガジンハウス)が休刊して約10年。かつて「オリーブ少女」と呼ばれた愛読者たちは、大人になった今もなお、その精神が自分の中に宿っていることを感じている。「オリーブ」の魅力を振り返る「Olive 1982-2003 雑誌『オリーブ』のクリエイティビティ」展(2012年2月25日~7月1日開催)を企画した金沢21世紀美術館キュレーターの高橋律子さんも、「私の感性はオリーブでできている」と語る元オリーブ少女だ。公立美術館が、私企業の1つの雑誌をテーマにすることはあまり例がないが、高橋さんの熱意によって実現した。その高橋さんによる講演「雑誌『オリーブ』をめぐって ~「雑誌の時代」と少女カルチャー~」が9月17日、東京・原宿にあるVACANTで開かれた。会場には、元オリーブ少女だけでなく、男性や「オリーブ」を知らない若い女性も多く見られた。

見る者と見られる者――眼差しの欲望と暴力を冷徹なまでに描く『ひばりの朝』

hibari-01.jpg
『ひばりの朝』(祥伝社)

――幼いころに夢中になって読んでいた少女まんが。一時期離れてしまったがゆえに、今さら読むべき作品すら分からないまんが難民たちに、女子まんが研究家・小田真琴が"正しき女子まんが道"を指南します!

<今回紹介する女子まんが>
ヤマシタトモコ
『ひばりの朝』1巻(以下続刊)
祥伝社 680円

 ある少女に対して投げかけられる多くの人間の眼差し。ここで言う「眼差し」とは実際の視線以外にも、そこに込められた感情や意志、価値判断をも含むものとお考えください。その暴力性に、ある者は意識的ではありますが、しかし大半は無自覚的であります。主人公・手島日波里は14歳の中学生。人よりも早く身体的に成熟してしまったがために、さまざまな人の、さまざまな眼差しに晒され、そして絡め取られて行きます。『ひばりの朝』はそんな彼女を中心として繰り広げられる、欲望と暴力の群像劇です。

美しすぎたせい!? 綾野剛のカルチャー自意識がイタすぎて可愛い!

「月刊MEN 綾野剛」(ポニーキャニ
オン)

有名無名、年齢、国籍関係なしに、あらゆる「男子」に恋焦がれ、過剰なまでに愛でまくってはまた次へ――終わらない探求の道中でみつけた「男子」の魅力を少年アヤちゃんが語る! 異常性欲を振りかざし、あらゆる男子を消費します☆

 背伸び萌えってあると思うんです。男の子が、意地だか見栄だかプライドだかを原動力にして、ググーーッと思い切り背伸びしている様子に萌えるというジャンル。これには絶妙なバランス感覚が必要で、少しでも現実的な方向に傾くと「げ、なにコイツ虚勢張ってんのぉ?イタ」となってしまい、そんな彼を愛していた自分ごと嫌いになってしまう……という諸刃の剣なアレなのですが、そんなリスキーなアレを、今一番味あわせてくれるイケメンが、綾野剛君だと思います(はあと)。