
TVアニメ『『てーきゅう』
今、ショートアニメが熱い! というわけで、今回オススメしたいのはテニス部員の女子を描きながらも、ほとんどテニス要素なしのギャグアニメ『てーきゅう』だ。本作は、通常5分枠内で放送されるショートアニメの中でも、さらにショートな3分枠で放送される超ショートアニメである。
その魅力はなんといっても、OPテーマを除けば実質の約90秒の本編で繰り広げられる怒涛のギャグとセリフの波状攻撃だろう。異常なテンポの良さで次から次へと展開する本作は、キャラの動きを追いかけるだけでも一苦労。ちょっと立ち止まって考える暇すら与えない構成を見ていると、だんだんと思考を放棄したくなること必至である。現在、ニコニコ動画では第1話から第4話までを無料で視聴できるが、それを立て続けに見ているとちょっとしたドラッグムービーを見ているような、ある種のトリップ感を味わえることだろう。
また、ファンシーな外見ながら、肉と金と女が好きという超俗物なキャラクター・うーさーの魅力が炸裂する『うーさーのその日暮らし』も出色のショートアニメだ。うーさーを演じるのは、クールなキャラクターからエキセントリックなギャグキャラまでなんでもこいの人気声優・宮野真守。彼の渋い演技とうーさーのビジュアルがシュールな笑いを生む本作は、宮野ファンならずとも彼の声の魅力にハートをつかまれることだろう。この作品も、ニコニコ動画でアーカイブ視聴が可能となっているので、興味がある読者はぜひとも一度うーさーの魅力に触れてほしい。
このようにテレビアニメの多様化が進む昨今、密かな盛り上がりをみせているショートアニメというジャンルだが、かつてはテレビ局のキャラクターなどを使った低予算アニメやアクの強い個人制作アニメなどが主流であり、言わばアニメファン向けの商売ができるコンテンツではなかった。しかし現在、アニメファン向けのショートアニメがテレビという媒体と並行してニコニコ動画をプラットホームとして発信されていることは、非常に興味深い。
短い放送時間内に怒涛の勢いで畳み掛ける『てーきゅう』は字幕コメント、弾幕コメントというニコニコ動画ならではの文化や「祭り」というネット特有の現象と非常に親和性が高いといえるし、『うーさーのその日暮らし』の独特の持つ独特のノリは同好の士と実況しながら視聴するのにちょうどいいアングラ感とテンポ感を持っている。
今回は上記の2タイトルをピックアップしているが、現在アニメファンに受けているショートアニメ作品に共通しているのは、いずれも短時間にインパクトと話題性を視聴者に提示する動画サイト時代ならではの作り方を追求しているという点だろう。
つまり、これらショートアニメ作品は、ネット配信のために作られたアニメだということだ。もはやアニメを放送するのに、テレビというフォーマットを想定する時代ではなくなったのだ。アニメーションが誕生して数十年。様々な表現が生み出され、進化を続けてきた日本のアニメ文化だが、ネット文化と結びついたショートアニメから、次世代の表現というものが生まれつつあるのかもしれない。
(文=龍崎珠樹)
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そんなバカな……埼玉で最も有名な“山田”が単行本に!!『愛の山田うどん』

『愛の山田うどん』(河出書房新社)
「山田うどんの本が出た!」と聞けば、それを知る誰しもが「まさか……」と思うだろう。「たかが山田うどんじゃないか」「あの山田うどんだろ!?」それは、どこにでもありふれているチェーンのうどん店のはずだ。郊外の、交通量が多いだけで、ほとんど誰もいない風景に、山田うどんはよく似合う。煌々と照らされる黄色い看板と、赤い文字、そして、あのかかしのキャラクターがあしらわれたうどん屋だ。
『愛の山田うどん』(河出書房新社)。本書はそう名付けられた。しかもご丁寧にも、副題は「廻ってくれ、オレの頭上で!!」。執筆者は、北尾トロとえのきどいちろう。それぞれ、ライターとして、ベテランの域に達する2人。彼らは、ふと70年代後半に過ごした自分の青春時代を振り返り、「山田うどん」という存在を発見する。とびきり旨いわけではない。人生を変えるような経験をしたわけでもない。しかし、心の片隅にそっと仕舞われていたそれは、かさぶたのようになんとなく気になってしまう……。それを発見したが最後、彼らの愛はその筆から洪水のように溢れ出し、ついには1冊の本にまで結実することとなった。
しかし、繰り返すが「山田うどん」だ。僕たちは、山田うどん“に”行くのではない。山田うどん“でも”行こうか、と言う。ボリュームが多く、“カロリーのK点越え”の異名を轟かせ、なおかつ値段は最安値のたぬきうどんで240円と破格! デートに使えば100年の恋も冷める、チェーンのうどん屋だ。
凡庸の極みである山田うどんなんかに、語るべき言葉はない。しかし、もしもあなたがそう感じるなら、迷わず本書を手に取るべきだ。あなたは、すでにかかしの罠にかけられている。凡庸で、土着的で、考えることも恥ずかしい、それが山田うどんだ。関東郊外に育った者ならば、誰しもがとらわれるダサい地元感覚に、くるくると廻るかかしはピッタリと寄り添っている。そんなイメージを人々の心の中に植え付けているチェーン店が山田うどんのほかにあるだろうか?
ミニコミ誌「季刊レポ」を発行する著者の2人は、早速山田うどん特集を組み、出演するラジオでは山田うどんへの愛を語りまくる。そのラジオを聞きつけた山田うどん(正確には山田食品産業)社員から招かれ、ついに社長との面会まで実現。さらに、セントラルキッチンを見学し、2012年に鬼籍に入られた会長の葬儀にも出席する。リサーチを重ねる上で、山田うどんがデニーズよりも早くロードサイドに20世紀アメリカニズムを持ち込んだこと、キッコーマンがうどんつゆを共同開発していることなどが判明し、そのいちいちに驚く2人。さらに、チェーンすべての店内に貼られている狼の護符を求めて、御嶽山を登山し、“山田街道”と化している国道50号線を旅する。
もはやミイラ取りならぬ“かかし取り”状態で、2人はすっかり山田うどんに絡め取られることとなった。
ベテランライターにもかかわらず、もはや、御用学者ならぬ、“御用ライター”と化している2人。だが、御用学者と違うことは、金が入ってくるわけではないこと、そしてすでに山田うどんが望む以上に愛してしまっていることだ。
「この時期、北尾トロと熱心に語り合っていたのは『山田に僕らの気持ちは伝わっているのか?』であった。いやぁ、もう中学生の恋心みたいなレベルだ。(中略)もう、おいおい、これ両想いだったらどうするよ? みたいな感じでヒャーヒャー騒いでいた」(本文より)
50歳を越えた大人2人が、山田うどんにはしゃぐ風景。それは、“異常”以外の何物でもない。山田うどんへの愛が、人を狂わせたのだ。“山田狂い”となった2人の論考には歯止めが利かない。高度経済成長、モータリゼーション、郊外化、そして「埼玉性」……社会を取り巻くあらゆるキーワードは、山田うどんの歴史を語るための参照項となってしまう。
日常に、何気なく寄り添った存在に、僕たちは気づくことができない。それがなくなってはじめて、その存在の大切さに気づくことは多い。田んぼの片隅で、かかしが守ってくれていることに、僕らは気づくことができない。日本人の食卓に、うどんが欠かせないものだったことに、僕らは気づくことができない。「丸亀製麺」や「はなまるうどん」など、讃岐勢力の躍進は著しい。しかし、関東に生まれた僕らが食べてきたうどんは、あんなにシコシコとしたコシのあるものだっただろうか? 記憶の中にあるうどんの歯ごたえを思い出してほしい。それは、もしかして山田うどんの味だったんじゃないだろうか?
(文=萩原雄太[かもめマシーン])
●えのきど・いちろう
1959年生まれ。コラムニスト。中央大卒業。大学時代に創刊したミニコミ誌「中大パンチ」が話題となり、それをきっかけにフリーライターに。主な著書に『我輩はゲームである。』『F党宣言!』など。
●きたお・とろ
1958年生まれ。ライター。「本の町」プロジェクトスタッフ。「季刊レポ」編集・発行人。主な著書に『裁判長! ここは懲役4年でどうすか』『駅長さん! これ以上先には行けないんすか』など。
「伊藤英明がケツ丸出しで全裸筋トレ」で話題の映画『悪の教典』 原作×マンガ×映画を横断的勝手にレビュー!!

映画『悪の経典』公式サイト
先月10日に封切りされ、過激な描写が賛否両論を呼んでいる伊藤英明主演、三池崇史監督の映画『悪の教典』。18日にはAKB48のメンバーを招いて特別上映が催され、大島優子が大量殺戮シーンに耐えきれず泣きながら退席&ブログで「私はこの映画が嫌いです」と言い放つという炎上マーケティングじみた宣伝も話題になりました(詳しくはコチラの記事で(http://www.cyzo.com/2012/11/post_11936.html)。
原作は貴志祐介のサイコホラー小説で、映画公開に合わせてコミカライズ版も『good!アフタヌーン』(講談社)で連載中&単行本第1巻が発売中。いわゆるメディアミックスというやつですが、コミック版はさておき、映画版は、原作既読の人と未読の人でずいぶんと印象が異なるんじゃないかと思われます。もちろん、それはあらゆる原作付き映画に対しても多かれ少なかれいえることで、上下巻合わせて850ページ以上ある原作を129分に収めたという尺の都合もあるわけですが……。
物語の主人公は、とある市立高校の英語教師・蓮実聖司(愛称:ハスミン)。彼はイケメンで授業も面白くて“親衛隊”ができるほど生徒から絶大な人気を誇るうえに、いじめ、暴力事件、カンニング、セクハラ、モンスターペアレントなど山積する問題をテキパキ解決して同僚からの信頼も厚いという完璧超人。しかし、実はハスミンは生まれつき共感能力を欠いたサイコパスで、学校に自らの「王国」を築くために邪魔者を次々と排除していく。そして遂には自分が担任する2年4組の生徒全員をショットガンで皆殺しにするというストーリー。
「学校×バイオレンス」というと、深作欣二監督の映画『バトル・ロワイアル』(原作:高見広春)が連想されますが、この「バトロワ」と『悪の教典』の決定的な違いは、前者は生徒同士の殺し合い、つまり殺る側と殺られる側が対等だったのに対し、後者は殺る側が圧倒的な強者で、殺られる側は徹底して無力だということ。しかも生徒たちの多くはいままでハスミンに心酔してきたわけで、「え、そんな、ウソでしょハスミン? え、マジで!? えええーっ!!!」みたいな、かすかな希望が一瞬で絶望に塗りつぶされる感じを味わいながら、というか味わう間もなくバッタバッタとなぎ倒されていきます。
それを指して大島優子は「人の命を大切にしないことは、認めません。命が奪われていくたびに、涙が止まりませんでした」とのたまったわけです。たしかにこの映画で描かれる命の軽さったらないですよ。でも、殺された約40人の生徒たちには将来の夢があったり好きなクラスメイトがいたり、それぞれ16~17年間の人生および可能性を秘めた未来があったのに、それらを一顧だにせず縁日の射的感覚で引き金を引いていくハスミン、やばい、マジやばい……という具合に、殺すことを躊躇しない人間の恐ろしさが見えてくるというものです。
そもそもハスミンにとって、殺人は手段であって目的ではありません。たとえばアメリカの高校や大学でたびたび起こる銃乱射事件は「みんな殺してオレも死ぬ!」的な、いわば拡大された無理心中と解釈されたりします。あるいはシリアルキラーにとっての殺人はそれ自体が快楽であり、ある種の性癖のようなものであるとかね。でも、ハスミンの場合はあくまで自分が生き残るために他者を殺害しているのであって、ただ生存本能に忠実なだけ。自分が快適に生きたいだけ。
そんなサバイバルモード全開なサイコパスが、平和な日本の、しかも実社会のような熾烈な競争もなければ外敵もいない「学校」という閉じられた空間に送り込まれたらどうなるのか……というのが本作品のポイントのひとつだと思われますが、映画では、このイケメン人気教師の仮面をかぶった「怪物」が完成する過程、すなわちハスミンの人格形成に関わる部分はかなり端折られています。また、殺人の動機(もしくは殺人決行に至るまでの心理描写)や、ハスミンの冷徹さや周到さが表れている手口の数々も、尺の都合からカットされたり、悪くいえば雑に描かれてしまっています。
要するに、映画でのハスミンは、ショットガンを持った爽やかな外道にしか見えないわけです。ただ、それが悪いかというとそうでもなくて、原作にあったサイコサスペンス要素を思い切って削ったおかげで「暴力にエクスキューズも建前もいらねえ! とにかく皆殺しだぜヒャッハー!」みたいな猟奇性が際立ってます。それに『極道戦国志 不動』や『殺し屋1』など数々の血みどろ暴力映画を撮ってきた三池監督が映像化するならさもありなん、という感じ。
ハスミンは気分がいいとき(たとえば殺人がうまくいったときなど)に『三文オペラ』の主題歌「モリタート(殺人物語大道歌)」を口笛で吹くクセがあり、同曲は「マック・ザ・ナイフ」というタイトルでジャズのスタンダード曲になっているんですが、クライマックスの虐殺シーンではビッグバンド・アレンジの「マック・ザ・ナイフ」をBGMに、軽快にショットガンをスイングしまくり。ハスミン役の伊藤英明も、ただ無表情で生徒たちを撃ち殺すのではなく、ときにはにっこり笑ったり(もちろんそれは快楽から来る笑顔ではなくて、自分の銃の腕前に満足している感じ)、必死に生き延びようとする生徒をほめてあげたり(でも殺す)、いい塩梅で狂気を醸しています。
また、原作から削られた部分がある一方で、
・伊藤英明がケツ丸出しで全裸筋トレ。
・男子生徒(林遣都)が男性教諭(平岳大)にフェラチオされる。しかもわりと長時間。
・セクハラ体育教師役の山田孝之が、ショットガンを向けられた絶体絶命の状況で女生徒のパンツを嗅ぎ、その持ち主を言い当てる(129分間で唯一笑いが起きるシーン)。
といったオリジナルシーンも盛り込まれ、Twitterなどではこのケツやホモ描写が話題になってもいて、そのあたりの客の釣り方はうまいな、なんて思ったり。
でも、一番びっくりしたのは主題歌ですよ。映画はかなり後味悪い感じで幕を下ろすんですが、エンドロールで流れるのが、EXILEの新ユニット「THE SECOND from EXILE」とやらのデビュー曲! これで余韻ぶち壊し! どこでどうねじ込まれたのか、ある意味で最も恐怖を感じた瞬間でした。
さて、一方のコミック版は、まだまだ序盤というか、第1巻で原作の全12章のうち2章の前半まで消化したあたりですが、ほぼ原作に忠実。絵柄や登場人物のキャラデザも原作のイメージを損なっていないので(ただし、不気味な数学教師・釣井正信に関しては、映画版の吹越満が圧倒的にハマっている)、おそらく原作既読組も、未読で「上下巻ある原作を読むのはちょっと……」という人にもオススメ。
原作はハスミンが担任するクラスの生徒全員に名前があって、それぞれキャラ付けされていて、しかも個性的な教員もたくさん。つまり登場人物がやたら多いんですが(でも、読み進めていくうちに自然とキャラと名前が一致してくるあたりは、さすが貴志祐介)、コミック版では序盤で主要キャラを一覧にするような見せ方で整理していて、ずいぶん取っ付きやすくなってます。
最後に、原作にはハスミンが女生徒を調教して修学旅行中に中出しをキメたり、女性養護教諭が保健室で男子生徒と淫行三昧だったり、残念ながら映画ではカットされてしまったAVみたいなエロ描写もあるので、そのあたりも大いに期待したいところ。
(文=須藤輝)
●映画『悪の教典』
<http://www.akunokyouten.com/>
「何もかも違和感だらけの作品だった」幾原邦彦監督が語る、『ウテナ』と故・川上とも子の追憶

8日夜、東京・テアトル新宿にて「Blu-ray BOX発売記念 少女革命ウテナ テアトルAN上映会カシラ」が開催された。2013年1月23日と2月27日に発売される上下巻に分けての「少女革命ウテナBlu-ray BOX」を記念したもので、全39話中、幾原邦彦監督セレクトによる「川上とも子(天上ウテナ)セレクション」11話分を上映。さらにトークとプレゼント大会もある濃密なイベントとなった。
斬新な表現とタブーを含む内容で物議を醸し、謎だらけの物語が多様な考察を生み、今日まで熱狂的に語り継がれている『少女革命ウテナ』。1997年のテレビシリーズオリジナルは16ミリフィルム音声2ch。これをHDリマスター、DTS-HD Master Audio 5.1ch化したBlu-ray映像をソースに劇場のシステムで鑑賞できる機会はほかになく、前売りチケットは発売後数分で完売した。
寒い外部と隔絶された暖かな館内で、詰めかけたファンが当日限定のスウィーティなオリジナルドリンク「薔薇の花嫁」(表面に薔薇の花弁を散らしてある。280円)を味わっていると、23時ちょうどから上映を前にトークが始まった。
11話(上映第1部:1、2、7、9話、第2部:12、14、23話、第3部:25、34、38、39話)を選ぶにあたっては「ざっくりと全体の流れがわかり、彼女(川上とも子)の声の変遷がわかるようにした」と、幾原邦彦監督。
「最近インターネットで見始めたのだという人が、今日の上映会やBlu-rayで見たときのリアクションが楽しみ。作品は時代の空気とセットになっているものだから、新しく入ってきた若い人にどういう印象で見られるかは気になる。この作品を『見つけ出してくれている』ということはありがたい。当時の情熱が、この作品を今日まで、この環境で見られるようにしてくれているのだと思うと、スタッフに感謝したい」(幾原監督)
MCを務めた池田慎一プロデューサーからは、いくつかの告知があった。12月19日から2013年4月14日まで杉並アニメーションミュージアムで小林七郎美術監督の展示会があり、『少女革命ウテナ』の作品が展示されるほかに、1話と2話が上映されること。劇中のマスコット的キャラクター「チュチュ」のぬいぐるみが29日からのコミックマーケット83、ブースNo.332にて限定販売されること。「天井桟敷」の系譜に連なるJ.A.シーザーの「万有引力」が寺山修司没後30周年公演を2013年5月23日から上演すること。2013年春に『少女革命ウテナ』の過去最大規模となる展示会を開催予定であること、などなど。幾原監督からは「友人にCD-BOXをあげてしまったが(すでに新品では買えず)プレミアがついている。再発してほしい」と要望があり、観衆の同意に圧された池田プロデューサーが「検討します」と答えるハプニングもあった。
極度に演劇的な演出や構成で知られる『少女革命ウテナ』を、幾原監督は「チャレンジングな企画だった」と振り返る。
「若く野心的だったからこそ、やってはいけないことをいっぱいやった。今のように深夜アニメがある時代ではない、そこで大人の人たちにこれをやれよと持って来られるのではなく、これは俺たちがやっていい、という興奮した状態」(幾原監督)で、誰も止める者がいない状態。言いたいことを言い合って軋轢も絶えなかった、だからこそ熱量が高い作品になった、という。
その若者のひとりが主演声優、天上ウテナ役を演じた川上とも子(故人/2011年没)だった。生前の映像が流されると、盟友のひとりである漫画家さいとうちほが登壇、幾原監督とともに思いを語った。
「アフレコのときにお会いしたのが初めてだと思うんですけど、とにかくウテナがのんびりしていることに驚きました。もっとシリアスなイメージだったので。作品は一枚ずつ重なって形になっていく。川上さんの雰囲気がキャラクターや作品の方向性をどんどん決めていった部分がある。それは私としては新鮮だったし、親しみがもてるウテナになった気がします」(さいとう)
「より、おおらかなキャラクターに印象は傾いた。主人公が男装している少女であると決めたときに、いわゆる宝塚のキリッとした男役の声なのであろうとは、スタッフそれぞれが漠然とは意識したと思う。もちろん僕もそうなんですけど、そうなのかなと思いつつ、そのイメージをさらに超えたニュアンスをほしいと思っていた」(幾原監督)
宝塚の男役的な声をそのまま当てると、パロディのようになってしまう。聴いたことのないニュアンスでしゃべってくれる人がよいと思っていたときに、当時新人だった彼女のピュアな声がオーダーに応えてくれたと今にして思う、と幾原監督は言う。
「何もかも違和感、私の画も川上さんの声もあの音楽もいろいろなものがマッチしていない(笑)異分子だらけのものが、1話ごとにどんどん変な方向に形が作られていく過程が1話ずつ見るとよくわかり、監督が普通ではないものを求めていたのがよくわかった」(さいとう)
自ら温泉を予約してスタッフの旅行を企画した彼女のような声優は、最近はなかなかいない――と幾原監督が思い出に触れたところで、スペシャルゲストである川上とも子のご母堂、川上賤子さんが挨拶を行った。
「みなさま、こんばんは。みなさまの反応を見ていると、川上とも子という子も、何かみなさんの心の中にこういう形で残っているんだなと、すごくうれしかったです。でも本当でしたら、私のかわりに川上とも子がここに立っていなければいけないのに、いないということが悔しいし、残念です。悲しいです。先ほどから幾原監督とちほ様のお話を聴いておりましても、『ウテナ』という作品は、やっぱり、幾原監督と、画を描かれたちほさんと、ウテナを演じた川上とも子の、三位一体の作品だって、いま私は感じております。その作品が熱線に包まれたと言っていらっしゃいましたけれども、それどころじゃないですよ、永遠の命を持っている立派な作品として、古今東西の名作として、これからもずっと生き続けていくと思うんです。
川上とも子が、ちょっと変なところもあったし、面白い子だということも言ってくださったんですけれども、実はとも子自身も、ウテナ役に決まったとき、初めての主役でしたので、この奇妙奇天烈な女の子の役をどういうふうにして表現したらいいか、すごく悩んでいました。なぜかと言いますと、桐朋(学園大学短期大学部)の演劇を出ておりまして、蜷川幸雄先生から『僕は君が声優になるのは反対です。あまりにもったいなさすぎる』というハガキをもらっていたんですね。それで自分が声優になるか女優になるか、悩んでいる瀬戸際のときにいただいた役で、この役をどういうふうに表現するかということによって、これからの一生が決まるんじゃないかって、はたで見ていてもかわいそうなくらい悩んでおりまして。最後にたどり着いた境地が『声の演技に、自分が高校時代から今までずっとやっていた演技の勉強をすべて声に生かそう』というものでした。だから、最初はばらばらだったものが、だんだんとも子のウテナになってきたというお話をうかがって、やっぱり彼女はそこまで努力していたんだなと、私もすごくうれしく思っております。
でも、本当のことを言いますと、幾原監督からこのお話をいただいたときに、どんなに監督が悔しく残念に思われているか、本当に私にはわかったんです。なぜかと言いますと、主役を演じたとも子がいなくなってしまったあとのウテナがどうなるか、やはり監督としても心配だし悔しかったと思います。画を描かれたちほさんと、おふたりが揃って病室にお見舞いに来てくださったときに、とも子が『あぁいいな、私も早く元気になって、またあのふたりと一緒に仕事がしたい!』と、ずっと言っておりました。
ここにいるみなさま方のお顔がちょっと、ここにいるとよく見えないのですけれども、とも子のことを思ってくださっている方たちだったんだなと、すごくわかりました。本当にありがとうございます」
「川上とも子の15年前の仕事をこの環境で聴いていただけるということに、本当に僕も興奮している」(幾原監督)、「川上さんが『終わるのが寂しい、寂しい』と半べそをかきながら何度も言っていたことが印象に残っています。すごくこれに入れ込んでいたなと思います。その生きた証しのような『ウテナ』をみなさんにもう一度見ていただけることは、川上さんにも本当に幸せなことだと思います」(さいとう)という言葉に送られ、休憩を挟んで上映が始まると満場のファンから拍手が湧き起こる。「オレのハートに火をつけたぜ」という台詞の場面では笑いも。本当に見たい人だけが集まったイベント上映ならではのいい雰囲気だ。
音の迫力も劇場ならでは。ズン、と腹に響く拡がりや重さは、決闘に向かうシーンで流れる「絶対運命黙示録」のメリハリをも強調していて、より物語に引き込まれる効果があるのではないかと思えるほどだった。
第1部終了後はプレゼント大会。原画が多数掲載されたセガサターン版ゲームソフトのおまけ資料集など、お宝を詰めた袋が当選者10名に手渡された。幾原監督がHDリマスター版の手応えを「思ったよりよかった。16ミリをこのサイズ(スクリーン)に拡大するわけだから大丈夫かと思ったけど、きれいだった。デジタル化に手間をかけているので、なんとか見られるレベルになっている。今のところ大丈夫。よかったでしょ?」と語り、問うと、大勢の拍手が返ってきた。
「(仕事が煮詰まったときなどに)黒薔薇編の世界って行ってみたくない?(※懺悔室のような場所が出てくる)」という第2部、「暁生が大活躍。たぶんこの音響で見るとすごいと思います。クルマの音だけで来ると思うんですよね。ガーッと。とおっ! って飛びますよね。当時、さいとう先生が衝撃を受けていましたね。『ああ、変態なんだ』と(※無意味なほどにシャツがはだけてポーズをとっている)」という第3部の最終回までの上映を終えると、時刻はもう始発が動く5時30分。
第1部後のトークでは、別のセレクションでの上映会を実現すべく動いていることも明らかにされた。今後も続くお祭りへの期待も含め、満腹といった感でファンはそれぞれの家路についた。
(取材・文=後藤勝)
ギャル男も童貞も中身は一緒? “最強ヘンタイ”読モのバカ・エロトークが炸裂!
世の中には把握しきれないほど無数の雑誌が存在しており、毎日のようにバンバン発行されておりますが、まあその大半は一生手に取ることすらないものでしょう。
「サイゾー」を読んでいるような、マスコミの裏を読んだり体制の裏をかいたりしている諸氏は比較的いろんな本を読んでいることとは思いますが、それでもお兄系とかギャル男系、オラオラ系メンズファッション誌なんて読まないでしょ? ……まあ「月刊ねじの世界」とか「月刊錦鯉」とかも読まないだろうけど。
ま、そういった超ニッチ&マニアックな専門誌はともかくとして、ボクらからすると「誰が読むんじゃ、こんな雑誌!?」と思ってしまうようなメンズファッション誌はなんだかんだですごい売れているらしいし、たぶん「サイゾー」を読んでるエッジでサブカルな人たちよりははるかにモテモテな生活を送っているハズ。
……ということで、普段だったら絶対に読まないメンズファッション誌を読み込んでモテモテになる秘訣を学び、ザ・インドア&ネット弁慶なボクらもモテモテになってしまいたいと思うのだ。
【11月発売のメンズファッション誌・激ヤバ企画ランキング】
1位 「宅飲み」(「MEN'S egg」1月号)
2位 「GAL100人から学べ!! クリスマスデート必勝マニュアル」(「MEN'S KNUCKLE」1月号)
3位 「THE 男の愛車」(「SOUL Japan」1月号)
■21世紀に現存していた悪羅悪羅系暴走族
時期が時期だけに、各誌がこぞって「女子に気に入られるデートスポットはココ!」「女子が喜ぶプレゼントはコレ!」なーんて女子に媚びまくったクリスマス特集を掲載している中、クリスマスなんて完全無視、女子が喜ぼうが悲しもうが知ったこっちゃないといった感じで我が道を突き進んでいるのが、悪羅悪羅(オラオラ)系メンズファッション誌「SOUL Japan」。
そりゃまあ、オラオラ言って強引に女子を従わせてる悪羅悪羅系の人たち(イメージ)が雑誌読んで「クリスマスプレゼントどうしようかなぁ~?」「どこのイルミネーションがキレイなの?」なんてウジウジ悩んでたらイヤですからねぇ。
で、そんな「SOUL Japan」には、今月も「チョイ悪」どころかガチで超悪い方たちが大集合しております。「黒と悪」をテーマにしたファッションに身を包んだ、見た目からして怖すぎる悪羅悪羅系の人々……街で絡まれたらソッコーお金出しちゃいますわ。
その中でもひときわ怖い&ヤバイ、悪羅悪羅の中の悪羅悪羅(打ち込むのがめんどくさくて「悪羅悪羅」って単語登録しちゃったけど、もう使う機会ないだろうなぁ……)とでも言うべき人たちが登場している特集が、「悪羅悪羅の生きざま」を紹介する「ソウルジャパンの男たちスペシャル」。
各界の悪羅悪羅な著名人に「やんちゃ」では済まされないほど悪かった頃の話を聞いているのですが、まあそのエピソードがハンパない。喉仏の部分にタトゥーでそのまんま「惡」の文字を刻み込んでる六本木のGP BAR代表のTAKUYAさんなんて「中学の時は日本刀の脇差しを持ち歩いてて、ムカつく同級生の首切ったり」してたそうですよ……なにそれ、江戸!? ボクの中学生時代には帯刀している知り合いはいませんでしたけどねぇ。
さらに高校に行ってからは「ムカつく教師の家の窓ガラス全部割ったり」暴走族に入ってからは「山下公園でナンパしてる地元の車のフロントガラス、片っ端から割ってた」……日本が治安いいだなんてウソですな、こりゃ。
そんなハードコア過ぎるにも程があるエピソード満載で、読んでいるだけでビクビクしてしまう「SOUL Japan」ですが、中にはちょっとホッコリした気分になってしまうページも。それがボクのオススメしたい企画「THE 男の愛車」。要は、読者さん自慢の愛車を紹介してしまう企画なんですが、今回取り上げられているのが茨城県のチーム(暴走族?)東日本RACING連盟「クソガキ」の違法改造されまくったバイクたち! いやあまだ現存してたんすね、暴走族って。
それにしても、このバイクたちがまあスゴイんですよ。違法改造されたバイクというのは古くから暴走族のお約束ではありますが、それがここまでミラクル進化を遂げていたとは……。
ドーンと突き立った竹槍マフラーやニョーンと伸びた三段シートなど、族のバイクってとにかくムダなパーツがくっつけられているというイメージがありましたが、最新モデルではそれぞれのパーツがさらに長く長ぁ~く伸びまくっておりムダ度倍増! 竹槍マフラーは3メートルを超え、三段シートも座高ほどの高さに、その後ろには「延パネ」と呼ばれる空気抵抗を無視しまくった謎のハネ(?)のようなパーツまで取り付けられ……。さらに、フツーは車体の前方についているハズのヘッドライト&カウルがなぜかドーンと持ち上げられて、乗る人の頭上1メートルくらいに位置している。何コレ、どこを照らしているの? そして前見えるの!?
その上、旗は付いているわ、電飾はビッカビカだわ、回転灯まで付いてるわで、もはやチンドン屋……いやクリスマスツリー、なんならエレクトリカルパレード状態に魔改造されたバイクたちに脳はクラクラです。しっかし、これだけ重心が上へ上へと行ってると、ちょっとバランス崩しただけで即コケてぶっ壊れちゃうこと必至でしょうな。
写真の解説には「すれ違う子どもたちも大喜び」と描かれていましたが、自らの命を賭けてエレクトリカルパレード・バイクに乗って子どもたちを喜ばせている彼らは、まさに悪羅悪羅系ミッキーマウスであるといえるでしょう(?)。
ちなみに、こんな彼らにヤンキー評論家の岩橋健一郎さんから「こんな車体でもマナーを守る。交通ルールを守る。免許もある。何も問題はないんだから」という熱いメッセージが送られていたんですけど、イヤ~……この車体自体に問題があるような気がしますが。
■ギャル男流デート必勝マニュアルとは
「ガイアが俺にもっと輝けと囁いている」
「そう力むな。大人の余裕でトレンチを羽織れ」
……などの印象的過ぎるキャッチコピーが話題となり、ネットでもある意味人気な「MEN'S KNUCKLE」は、今月号でも名キャッチコピーを連発していました。
「シャレオツ刑事がお前のハートを逮捕する!」(もちろん水野晴郎ばりにポリスコスプレしてるわけではなく、トレンチコート着てるだけ。それだけで刑事扱い!?)
「戦慄の戦慄を奏で、瞬時にバトルフィールドと化す!」(ちょっと意味が分からないんですけど……多分「戦慄の旋律」って書きたかったんだと思う)
「アメカジとか何カジとか言う前に、オレカジ。」(落合か!)
こんな感じで、ストリートスナップの写真たちには宇宙的かつ硬派な雰囲気を漂わせるキャッチコピーが付けられているのに、企画ページのほうは思いっきり軟派。「ホストが教える! 手のひら(ケータイ)で女をコロガス術・最強版!!」「冬の究極モテ男化計画!」など、とにかくモテるための企画が多数掲載されまくりです。
中でも注目の特集は「GAL100人から学べ!! クリスマスデート必勝マニュアル」なる直球のデート・マニュアル企画。内容的には、クリスマスにどこに連れて行けばいいのか、どんなファッションで行けばいいのか、どんなディナーを食べればいいのか、どうやってお持ち帰りするのか……と、かつて昭和の童貞たちが血眼になって読んでいた「ホットドッグ・プレス」のデート・マニュアルを彷彿とさせるベタなもの。メンナクを読んでいるような平成のお兄系と昭和の童貞、結局のところ「女子にモテたい」という点では一緒ということでしょうか。
ま、しかし、バブル全盛期とかならともかく、こんな不景気な時代になってもまだ腐れギャルどもは「ディナーは夜景の見えるホテルで……」とか「クリスマスには○○円以上のプレゼントじゃないと」とかぬかしてんのか!? と、憤慨しながら読み進めていくと、意外にもギャルに同情してしまう結果に。
だって「マジでクソ最悪だったメリクリスポット!」という項目に対する回答が「土手、マジで意味わかんない」ですよ。このクソ寒い時期に、クリスマスデートを土手で……さすがにソレはギャルがかわいそう! さらに「マジでクソいらねーって思ったプレゼント!」では「チュッパチャプス2本。ちなみにそれがその日のディナーになりました。マヂ最悪です」お……おう、プレゼントは金額じゃない、と言ってもいくらなんでもコレは。ギャル男たちも不景気なんだなぁ。
ちなみに今月号の「MEN'S KNUCKLE」には特別付録として「JOHNNY WOLF(そーゆーブランド?)」とコラボしたスマホ対応の手袋が付いています。特別価格650円で手袋が付いてきてしまうなんてお得! ……ちょっと前に天下一品のくじでもらった手袋にソックリな気もしなくもないけど。
■ギャル男読モたちの秘密が白日の下に……
そして今月、最も輝いていたメンズファッション誌は「MEN'S egg」! コギャル、マンバブームで一世を風靡した「egg」の姉妹誌だけあって、ターゲットはもちろんギャル男。そんで、誌面全体がとにかくチャラい!
タイトルそのまんまなモテ企画「今から始めるモテの秋冬ABC」からはじまり、男だったら誰でも憧れちゃうドエロにも程があるマ○コをお持ちの女の子を紹介する「神マンアーカイブス」(ま、要はAV女優や風俗嬢を紹介するページ)、「セフレカップルさんいらっしゃ~い(はーと)」、ギャル男なのにいまだセックス経験なしな童貞ギャル男とグラビアアイドルの対決企画「童貞VSグラビア~ン」などなど、チャラい企画がドトウのごとく押し寄せてきます。
こんなバカ・エロ&チャラい企画てんこ盛りな「MEN'S egg」の中でも突き抜けて大バカだった企画が「宅飲み」。MEN'S eggの読モたちが宅飲みしている体で好き勝手に語り合うという、一見フツーの対談コーナーなのだが、内容がホントにヒドイ! なんといっても今回のテーマは「オナニー」だもん、こんなファッション誌ありますか!?
のっけから「ロリ顔巨乳が好き」「汁男優が一斉にぶっかけるのが好き」「女の足裏が映ってさえいればいい」などと、ボクがこの中に混ざっても十分盛り上がれそうな男子校的AVトークに花が咲く中、眉ピアスに茶髪、さらにヒゲという強面な読モ「たあはむ(はーと)」がパソコン内に大量にストックしているお気に入りエロ動画の中にゲイビデオまであることが発覚し騒然となる。「たあはむってそっちの人だったんだ」とのツッコミはやんわりと否定しつつも、「普通にヌクでしょ!」「男同士のほうが気持ちいいポイントが分かってるから観てて面白い」とあっけらかんと返すたあはむ(はーと)。
さらに、ちょっと変態チックなオナニーもしてるんだぜ自慢で、他の読モたちが「彼女のパンツをかぎながら」「靴下をかぎながら」「好きな女の子の吸い殻を拾って……」まあ比較的分かりやすい嗜好を披露する中、我らがたあはむ(はーと)はマンカスを食べながらのオナニーが至高と言い放った。ヤバイ! 次元が違う! たぁはむ(はーと)、推せるわ! しかも、たあはむ(はーと)お気に入りのオナニースタイルは、あらかじめティッシュを広範囲に敷いておきフィニッシュ時に自由に飛ばしまくるというフリーダム&アクロバティックなオナニーとのこと(写真付きで解説)。
そのほかの読モたちも「学校帰りにシコりながら帰ってた」「授業中にシコッてた」「授業中はないけど、バスでならしたことある」「この撮影の前に1回ヌイてる」と衝撃的なオナニー体験を次々にカミングアウト。サブカル誌のバカ企画でも、ここまで赤裸々に語れませんよ!
しかし、毎日女とヤリまくりでオナニーなんかしてないと思っていたギャル男たちが、ボクら以上に熱いオナニーライフを送っていることを知り、「MEN'S egg」の読モたちにちょっと近親感を抱いてしまいました。そうだ「サイゾー」読んでるボクらも、メンエグの読モたちも、みんなみんなオナニーしてるんだ、友だちなんだ! ……ということで、みんなも恐れずにメンズファッション誌を購入し、モテモテになってしまいましょう(この企画を参考にしてモテモテになるかなぁ……?)。
(文=北村ヂン)
『はじめの一歩』森川ジョージを苦しめる“無間地獄”「祝福ムードは連載継続への圧力か」

『はじめの一歩』(101)
「冬コミで『黒子のバスケ』を扱うなら来年夏以降は貸せない」東京ビッグサイトの要請に準備会が苦渋の決断

コミケが行われる東京ビッグサイト
ガンダム史上屈指の空気アニメ『ガンダムAGE』コミカライズ作品を、レビューしてみた!

『機動戦士ガンダムAGE クライマック
スヒーロー』(小学館)
「アニメ版がダメダメだったガンダムのコミカライズやノベライズは、むしろ傑作になる」というガンダムの法則が、一部のガンダムファンの間でまことしやかにささやかれているとかいないとか。
そんな与太話はとりあえず横に置いておいて、11月末に子ども向け漫画雑誌「コロコロコミック」(小学館)で連載されていたアニメ『機動戦士ガンダムAGE』第3~4部コミカライズ版の単行本『機動戦士ガンダムAGE クライマックスヒーロー』(漫画:鷹岬諒)が発売されたので、さっそくレビューしてみよう。
アニメ版『ガンダムAGE』は、あれこれと伏線を張った端から、それをほとんど生かすことなくただ消化していくばかり……というずいぶんとお粗末な内容となっていたが、コミカライズ版は子ども向け月刊誌での連載という縛りから、余分な伏線や登場人物はばっさりとカット。
アニメ版ではぽっと出のボスキャラが大暴れして、取ってつけたような親子三世代の総力戦が描かれた最終決戦も、こちらはシンプルに第3~4部の主人公・キオと第2部から登場したライバルキャラ・ゼハートの戦いへと改変。第2部の主人公を務めたキオの父・アセムの手助けを得たキオが、これまで戦争に巻き込まれてきた人々の意志を継いで勝利。そして、復讐に燃える第1部の主人公にして祖父のフリットを説得し、戦争を終結させるというアニメ版では今一つ弾け切ることのできなかったキオの大活躍が描かれる。
つまり、原作であるアニメ版の持っている「いい部分」を抽出し、余分な要素を排除して再構築しているのだ。いろんな意味でモヤッとした感が拭えなかったアニメ版にはない爽やかなラストを見ると、「むしろこちらが原作?」とでも言いたくなるほどだ。
ところで、「コロコロコミック」連載の『ガンダムAGE』コミカライズといえば、アニメ放送スタートと同時に連載をスタートし、『クライマックスヒーロー』と入れ替わりで完結を迎えた『機動戦士ガンダムAGE トレジャースター』(漫画:吉田正紀)も忘れてはならない。
宇宙に強い憧れを持つ少年・ダイキが宇宙キャラバン「トレジャースター号」に、父親の作ったモビルスーツ「ガンダムAGE-1」とともに乗り込み、伝説の宝物「大いなる翼」を探し求める。という王道の冒険ものといった趣の本作。子ども向け漫画雑誌らしい、ドタバタギャグと理屈抜きのアクション満載ながら、ダイナミックなSF要素を盛り込んだ壮大なストーリー展開。「なぜダイキの父親がガンダムAGE-1を作ることができたのか(『ガンダムAGE』の世界では、ガンダムは世界に1機のみである)」、「大いなる翼とはなんなのか」など、一見アニメ本編とリンクしてなさそうで丁寧に練られた設定は、読みごたえ十分だ。
また、キャラクターやメカも個性豊かだ。これでもかと弾薬を積み込んだ、大阪弁のパイロット・コテツの愛機・コテツジェノアスや、ひたすら高機動性を追求した、猫耳美少女パイロット・ルーガの愛機・ルーガエグゼスなど、キャラとぴったりマッチしたメカが大活躍。往年のスーパーロボットものの要素と、「ガンダム」ファンも納得のミリタリ設定が共存したオリジナルの量産型モビルスーツの数々は、ロボフェチ読者の胸を躍らせることだろう。さらにダイキの駆るガンダムAGE-1も、仲間のピンチを救うべくフェニックスウェアという『トレジャースター』オリジナルの進化を果たすといった具合に、外伝のコミカライズと一言で言ってしまうにはもったいないくらい、多くのアイデアが詰め込まれているのだ。
そんな本作のクライマックスは、ガンダム史上類を見ない大スケールなストーリーが展開する。アニメ版では、時系列に沿ったストーリーテリングで世代間のドラマを描いた『ガンダムAGE』だが、本作はそれとは全く異なった切り口で描いてみせる。誰もが予想だにしなかった形で、人が積み重ねてきた歴史の重みを感じることとなったダイキが迎えるラストシーンは必見。少年漫画らしい熱血要素もありつつ、骨太なSFドラマを描き切った最終話を読み終えると、「こういう内容なら、子ども向けのガンダムもありかも……」
と誰もが思うこと必至だ。
そういえば『ガンダムAGE』は、ファン年齢が上がりすぎた『ガンダム』というコンテンツを、子どもでも楽しめるようにする――。というコンセプトの下に制作されたという話を聞いたことがあるが、本編のアニメ版では途中からすっかりその目的が忘れられていたように感じられる。そういう意味で初志を貫徹した『トレジャースター』こそが、本来作られるべき『ガンダムAGE』だったのではないだろうか。
また、今回のレビューでは取り上げなかったものの、小太刀右京によるノベライズも忘れてはならないだろう。アニメではフォローされなかったキャラクター描写や、「それってどうなの?」と誰もがツッコミたくなるようなシーン、なかったことになった設定などを、丁寧に補完・改変し、アニメ版のダメ要素をことごとく良アレンジ。「こっち(ノベライズ版)をアニメ化しろよ!」というガンダムファンの声もあるとかないとか。
というわけで、今もなおプラモデルなどの商品展開は続くものの、関連書籍のリリースも一段落ついて、とりあえず終わりを迎えた感のある『ガンダムAGE』。
「正直言って、『ガンダムAGE』の盛り上がらなさは異常でした。放送終了と同時に、なんとなく業界全体に『ガンダム』オワコン化の雰囲気をもたらしてしまったほどです」
とある出版関係者はこう語るが、アニメ版だけ見て『ガンダムAGE』は語っちゃいけない! 千に一つ、万に一つの確率でも『機動戦士ガンダムAGE オリジン』とかなんとか言ってリメイクの機会があれば、これら原作の持ち味を最大限に生かして再構築したコミカライズ&外伝作品の要素を取り込んだ、真の『ガンダムAGE』が見れるはず! そんなドリームを見るくらい許してくださいよ! カテジナさん!
(文=龍崎珠樹)
◆「週刊アニメ時評」過去記事はこちらから
イエメン大富豪の無理難題にユアン・マクレガーが挑む!『砂漠でサーモン・フィッシング』

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今週も話題の最新映画の中から、奇想天外な展開とユーモラスなエピソードに引き込まれ、終盤はじわじわと感動がわき起こるユニークな実写作品と3Dアニメの2本を紹介したい。
『砂漠でサーモン・フィッシング』(12月8日公開)は、英国で話題を呼んだベストセラー小説をユアン・マクレガー主演で映画化したハートウォーミングなドラマ。英国の水産学者ジョーンズ博士(マクレガー)のもとに、イエメンの大富豪の代理人を務める女性ハリエット(エミリー・ブラント)から奇妙な依頼が舞い込む。「砂漠の国イエメンに鮭を泳がせて、鮭釣りができるようにしてほしい!」。ジョーンズは実現不可能と断るが、中東との緊張緩和を演出したい外務省が支援を決め、荒唐無稽な国家プロジェクトに発展。しぶしぶ承諾したジョーンズだったが、大富豪やハリエットの人柄に触れ、共に難題に取り組むうち、心境に変化が訪れる。
『スラムドッグ$ミリオネア』(08)のサイモン・ボーフォイによる脚本と、『ギルバート・グレイプ』(93)のラッセ・ハルストレム監督のメガホンで、英国人らしい風刺の効いたストーリーを巧みに映像化。意表を突くスリリングな場面やスペクタクルなシーンが出てくるかと思えば、政治家と広報官のショートメッセージを使ったお茶目なやりとりや、意味深な「魚視点の映像」など、クスリと笑わせるウィットも効果的。次々に問題が降りかかるプロジェクトの成否に加え、ジョーンズとハリエットのほのかな恋の行方も最後まで見逃せない。
続いて12月15日公開の『フランケンウィニー』(2D/3D上映)は、『アリス・イン・ワンダーランド』(10)のティム・バートン監督が、ストップモーションアニメのモノクロ3D映像という珍しい表現形式にチャレンジした意欲作。科学と映画作りが大好きな少年ヴィクターは、唯一の「親友」だった愛犬スパーキーを交通事故で亡くしてしまう。悲嘆するヴィクターだったが、カエルの死体に電気を流すと脚が動く実験にヒントを得て、落雷の電力を利用しスパーキーを見事よみがえらせる。しかし、死んだ犬を蘇生させたことが同級生らに知られてしまい、小さな町にやがて大騒動が持ち上がる。
バートン監督が長編デビュー前、1984年に製作した同名の実写短編映画が今作の原点(ただし当時から、ストップモーションアニメの構想はあったとか)。絵やパペットのキャラクターを動かして「命を吹き込む」というアニメーションの魔法に出会った若き日のバートンの喜びが、古典ホラー『フランケンシュタイン』を下敷きにした本作のストーリーにオーバーラップする。バートン監督のトレードマークであるキモカワ系のキャラたちが、ノスタルジックなモノクロの映像にしっくりとなじみ、さらに最新の3D映像技術で活写された本作。日本の怪獣映画も含む過去の特撮モノやホラー映画へのオマージュも満載で、往年の映画ファンから親子連れまで幅広い世代が楽しめる娯楽作に仕上がっている。
(文=映画.com編集スタッフ・高森郁哉)
『砂漠でサーモン・フィッシング』作品情報
<http://eiga.com/movie/58008/>
『フランケンウィニー』作品情報
<http://eiga.com/movie/56857/>
名古屋から八紘一宇を目指したのか……?『大名古屋軍歌』開戦記念日に発売決定

『「大名古屋軍歌」 Militarythm in The Central
City Great Nagoya’s TSURU・ASAHI War song
collection 1931~1939』
「便衣隊討伐の歌」「日本ファッショの歌」「奪つたぞ!漢口」……この歌を聴かずにマニアを名乗れるかい! 戦前、名古屋の地から独自色溢れる歌謡を発信し続けたツル・アサヒレコード。太平洋戦争前に消えた、このレーベルの曲から軍歌・時局歌・戦時歌謡を集めたCD『「大名古屋軍歌」Militarythm in The Central City GreatNagoya’s TSURU・ASAHI War song collection 1931~1939』が、開戦記念日の12月8日に発売される。
この企画は東海林太郎の幻の音源を発見したことで一躍話題になった、保利透さんのプロデュースによるもの。保利さんは「ぐらもくらぶ」レーベルで、『二村定一~街のSOS!~』『戦前ジャズ・コレクション テイチクインスト篇 1934~1944』など、SP盤時代の歴史の陰に埋もれかかっていたさまざまな音源をまとめたCDを送り出してきた。
このCDの意義を、ライナーノーツを担当した一人で『世界軍歌全集』(社会評論社)の著書がある辻田真佐憲さんは、次のように語る。
「このレコード会社が活動していた当時、日本のレコードレーベルは東京のビクターやポリドール、関西のテイチクなどが中心でした。その間に挟まれた名古屋の地で時局に合わせた曲を出したり、各社競作曲にも参加したり、とても意欲的に活動していたのが、このツル・アサヒレコード。競作曲の『愛国行進曲』や『愛馬進軍歌』なんて名古屋の交響楽団が参加していたり、名古屋ローカルの会社なのに、非常にユニバーサルに活躍していたレーベルなんです」
このツル・アサヒレコードは、大和蓄音器商会を前身として1924(大正13)年に名古屋で発足したアサヒ蓄音器商会から生まれたレーベル。当初はツルレコードのレーベルで活動していたが、1935(昭和10)年に、東京のレーベルに対抗する形でアサヒレコードと改称。しかし、東京と関西の巨大資本に打ち勝つことはできず、太平洋戦争前に、活動は途絶えた。今回も、収録にあたってはコレクターの所蔵するレコードを使用。歌詞カードは、ほぼ現存せず、聞き取りで確認しなければならなかったほど、資料の少ない幻のレコード会社だ。
■軍歌・昭和歌謡・寮歌を愛好する女性も急増?
そんな苦労で出来上がった、このCD。単に幻のレコード会社の曲という以外にも聞きどころは多い。例えば、参加している歌手・黒田進は楠木繁夫のことだし、大久良俊は近江俊郎だ。2人とも、まだブレイク前で楠木は本名、近江はいくつもある芸名の一つで活躍していた頃の吹き込み。いわばスター歌手が、まだ駆け出しだった頃の歌を聴くことができる、またとない機会になっているのだ。
歴史の証言者として価値のある曲もある。黒田進が作曲もしている『五・一五事件 昭和維新行進曲(海軍の歌)』は、あまりにも首謀者を賛美しすぎだとして内務省が出版法を改定してレコードを検閲するきっかけとなった歴史的な曲だ(なお、ライナーノーツの解説は『沙漠に日が落ちて 二村定一伝』(講談社)の著者・毛利眞人さんが担当しているので詳しいことこの上なし)。
ものすごくマニアックな、このCD。なぜか制作者も驚くほど予約が殺到中なのだとか。
従来、軍歌をはじめ、昭和歌謡や寮歌のイベントといえば高齢者ばっかり、男性ばっかりだった。ところが、昨年あたりからこうしたイベントに若者が増え、しかも「会場を間違えたかな……」と思うぐらい女性が多かったりして驚くこともある。
今まさに、軍歌・昭和歌謡・寮歌は脚光を浴びつつあるジャンル。来年は、さらなるブレイクが期待できる。