今週紹介する最新映画3本はいずれも、現実を変えてしまうほどの“妄想力”や、常識を無意味にするほどの“現実逃避力”が物語の核になっている。「創造は想像から始まる」という普遍の真理を、現代的な味付けで描き直した作品群といえるかもしれない。 『華麗なるギャツビー』(2D/3D上映、公開中)は、米作家F・スコット・フィッツジェラルドの名作小説『グレート・ギャツビー』を、『ムーラン・ルージュ』(2001)のバズ・ラーマン監督、レオナルド・ディカプリオ主演で映画化。好景気にわく1920年代の米ニューヨーク。素性も仕事も謎めいた大富豪ギャツビー(ディカプリオ)は、宮殿のような豪邸で夜ごと盛大なパーティーを開いていた。豪邸の隣に住む証券マンのニック(トビー・マグワイア)は、ギャツビーと知り合いその魅力にひかれていくが、できすぎた身の上話に不信感も抱く。やがてギャツビーはニックに仲介を頼み、ニックの親戚で社交界の花のデイジー(キャリー・マリガン)と再会。今は人妻となっているデイジーとギャツビーには、秘められた過去があった。 完璧な笑顔で人々を魅了する上流階級の美青年から、禁じられた恋にのめり込み、次第に素顔をさらしていく主人公を、ディカプリオがゴージャスかつミステリアスに演じた。ラーマン監督は『ムーラン・ルージュ』や『オーストラリア』(09)で見せた華麗な屋内セットや壮大な光景による映像美を、本作では最新の3D映像で臨場感たっぷりに描き出し、文芸作品の3D映画という新境地を開拓。パーティーでのダンス場面にあえて現代のヒップホップ音楽を当てるなど、単なる歴史の再現や懐古趣味にとどまらない挑戦も。好況期から大恐慌へと向かう当時のアメリカを象徴する主人公の、切なくもはかない「夢の実現」は、再びバブルの気配が漂いはじめた現代の日本でどう受け止められるのかも気になるところだ。 続いて6月15日に封切られる『俺はまだ本気出してないだけ』は、外見も中身も残念な中年男が奮闘する姿を描いた青野春秋の同名漫画を、堤真一主演、『大洗にも星はふるなり』(09)の福田雄一監督で映画化。42歳バツイチ子持ちのシズオ(堤)は、「本当の自分を探す」と言い残し会社を辞めたが、毎日朝からだらだらとゲームをして過ごしていた。高校生の娘・鈴子(橋本愛)に借金し、バイト先では新人からも叱られる始末。そんなシズオがある日突然、漫画家になると宣言する。 さわやかな好青年、仕事のできる大人といった役どころを多くこなしてきた堤真一に、パンツ一丁でゴロゴロするダメ中年役のキャスティングは意外だが、さすがは実力派俳優。根拠のない自信と現実社会への不適格ぶりのギャップを見事に体現し、痛々しさが笑いを誘うキャラクターを再創造した。生瀬勝久、山田孝之、濱田岳、石橋蓮司ら個性的な共演陣との掛け合いも楽しい。先のAKB48選抜総選挙で1位に輝いた指原莉乃が、編集者役で出演していることでも話題だ。 同じく6月15日公開の『フィギュアなあなた』(R18+)は、『GONIN』(95)、『花と蛇』(04)の石井隆監督が、自身の短編漫画を自ら映画化したエロティック・ラブファンタジー。勤務先の出版社からリストラ宣告された孤独なオタク青年・健太郎(柄本佑)は、ヤケ酒の勢いでケンカになった相手から追われ、逃げ込んだ廃墟ビルでセーラー服姿の等身大フィギュアを発見する。健太郎が危険なチンピラたちに取り囲まれたその時、美少女フィギュアが突然動き出し、男たちを次々に倒して健太郎を救う。健太郎は彼女を自宅に連れ帰り、ココネと名づけて同居生活を始める。 人気グラビアアイドルの佐々木心音がココネ役を演じ、ヘアヌードやコスプレで体当たりの演技を披露。シュールで不条理な展開に身を委ね、石井監督渾身のエロス表現を頭で理解するのではなく、体で感じるのが本作との正しい向き合い方だろう。なお本作は、石井監督が今年角川書店配給で相次いで発表するエロス連作の1本で、9月公開の『甘い鞭』(R18+)では壇蜜がSM嬢を演じることでも注目される。 (文=映画.com編集スタッフ・高森郁哉) 『華麗なるギャツビー』作品情報 <http://eiga.com/movie/57190/> 『俺はまだ本気出してないだけ』作品情報 <http://eiga.com/movie/77297/> 『フィギュアなあなた』作品情報 <http://eiga.com/movie/77917/>(C) 2012 Warner Bros. Entertainment Inc. All rights reserved
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ライブドア事件から7年……時代の寵児はどこへ行く?『堀江貴文の言葉』
元ライブドア社長「ホリエモン」こと堀江貴文氏が世間を騒がせ始めたのは、00年代前半のこと。オープンしたばかりの六本木ヒルズを拠点とする「ヒルズ族」の中心人物であり、時価総額1兆円に迫る勢いのIT企業の長者として、その不遜な振る舞いや生意気な態度は世間の注目を引いた。 バラエティ番組などにも多数出演し、どこかイロモノ感の漂っていたホリエモンだったが、近鉄買収やニッポン放送買収などの騒動、2005年には総選挙への出馬を経て、その名前はニュース番組にまで上るようになる。そして06年に「ライブドア事件」で、証券取引法違反の疑いで逮捕されると、それまでの勢いは退潮に向かう。08年、東京高裁によって控訴が棄却され、11年6月から13年3月まで2年間にわたって刑務所に収監された。 日本中にこれでもかと話題を振りまいてきた堀江氏。彼の哲学が詰まったのが、宝島社より発行された『堀江貴文の言葉』だ。 これまでに刊行した書籍やメールマガジンなどから短い言葉を抜粋し、いわば「堀江語録」としてまとめた本書。「なぜ謙虚にしなくてはいけないのだろうか?」「結婚制度は時代に合わない」「自分がレベルアップしていくとき、古い仲間は切り捨てていいものだと考えている」と、ホリエイズム全開、世間の常識を揺さぶる発言を連発する。 また、刑務所収監中の言葉も興味深い。「刑務所にいるのはごく普通の人」と周囲を観察しながら2年間を過ごした堀江氏。ライブドア事件については「極論すると、すべては彼ら特捜部の人間たちの善悪基準だけで逮捕、勾留、公判が行われるのだ」と、「国策捜査」の疑いも強いこの事件に対する憤りを隠さない。 あらためて堀江氏の言葉に触れて、やはり彼の考え方にはやや疑問を感じずにはいられない。「自分がレベルアップしていくとき、古い仲間は切り捨てていいものだと考えている」「通信簿の『協調性』欄は必要ない」と、堀江氏の世界観は強固な「自分」や「自信」の存在を前提としている。では、そんな反発を抱えながらも、同時に彼のことを嫌いになりきれないのはなぜなのだろうか? 『ド・ナイト』(テレビ朝日系)、『平成教育委員会』(フジテレビ系)など、数々のバラエティ番組で共演した、浅草キッド 水道橋博士は、「実は照れ屋でテレビ映えがしない」とテレビには映らない堀江氏の実像を語る。また、その経営手腕については「一連の著作を読めば、経営戦略を持ち、今回ばかりでなく、数々の窮地をくぐり抜けてきた経営再建のプロであることもわかる」と評価を送っている(『本業』ロッキング・オン)。 時代の寵児という役割を演じ、流行語大賞を獲得し、ミュージカルにまで出演しながら、一発屋に終わることなくオピニオンリーダーとして収監中も情報発信を続けた堀江氏。しかし、彼の本当の持ち味は、もしかしたら世間の持つイメージからは遠く離れた場所にあるのかもしれない。本書で彼は、ホリエモンらしくない一言を綴っている。 「もし本気で、負のループを断ち切りたいのなら、まず自分の孤独と真剣に向き合うべきだ」 出所後の現在は、長年の夢であった宇宙開発を行うベンチャー企業のオーナーを務めながら、有料動画チャンネル、テレビ出演、ブログ、Twitterでの情報発信と大忙しの様子の堀江氏。好きか嫌いかは別にして、彼のキャラクターは日本のある一時期のムードを象徴していた。刑務所に入り、孤独と向き合い続けた彼が、以前とはまた異なった形で世間を賑わせてくれることを期待した。 (文=萩原雄太[かもめマシーン])『堀江貴文の言葉』(宝島社)
「城を男性に見立てて攻め落とす……?」奇本・珍本が大集合した「日本トンデモ本大賞2013」

超リアル! むっちむちの“大根足”で、大根が畑から逃走中!?『逃げる大根』
昨年10月末、ネットで話題になった「逃げる大根」が、なんと書籍になった! 「大根が走って逃げてるんです(爆)」 兵庫県たつの市の根菜農家の主婦・うめままが、むっちむちの“大根足”を前後に大きく広げ、両手を振って畑を軽やかに走る大根の写真をTwitterにアップすると、「すげええ!」「めっちゃリアル(笑)」とフォロワーから次々とコメントが寄せられ、瞬く間に話題に。面白がって、3日間の“逃亡ストーリー”を加えてアップすると、ごくごく普通の農家だった彼女のFacebookやTwitterに、国内外問わず、なんと累計39万以上ものアクセスが押し寄せた。 本書『逃げる大根』(三笠書房)は、ネットで公開された写真から未公開のものまで、「逃げる大根」とその仲間を追ったストーリー仕立てのフォトブック。著者が本書の終わりに、「こんな大根にはもう二度と出会えないだろうと思いきや、続々登場する仲間たち……。これはもう、畑に大根の神様が降りてきたとしか思えません」とコメントしている通り、「逃げる大根」以外にも、この年は、お仲間たちがあれこれ誕生したようで、足を広げてくつろぐリラックス大根、とぐろを巻いたヘビ大根、トラックの角に脚を組んで座る長足兄さんニンジンなど、“世にも人間らしい”野菜たちが続々登場する。 彼らが、畑から逃げようとしたり、サッカーをしたり、綱引きをしたり、ブランコに乗ったり、彼女とデートしてみたり、鍋でお風呂に浸かったり(!?)……という姿は、ほのぼのしていて、心癒やされる。 また本書には、“逃げない”大根で作るおいしいレシピも掲載。大根ステーキ、大根かきあげ、大根ぎょうざ、さらには、大根とライムのデザートなど、うめまま考案の農家ならではの珍しいレシピが16種類紹介されている。 現在もうめままはTwitterやFacebookなどで新たな仲間たちの写真を続々アップ中なので、こちらもぜひチェックしたい。それにしても、いや~平和。癒やされる~。 (文=上浦未来) ●うめままTwitter <https://twitter.com/konsai_umemama>『逃げる大根』(三笠書房)
自転車あってもなくても田切駅へ!『究極超人あ~る』再現イベントが今年も開催決定!
昨年7月、元祖アニメの聖地で行われた『究極超人あ~る』OVA版再現イベントが、今年も開催されることが決まった。 昨年、JR飯田線伊那市駅開業100周年行事の一環として行われた「田切駅→伊那市駅1hour Bicycle Tour“轟天号を追いかけて”」。 『究極超人あ~る』OVA版のクライマックス、田切駅から1時間以内に伊那市駅にたどり着かなければならない主人公たちが、自転車8人乗りで疾走するシーンの再現を目指したイベントであった。 16時に自転車持参で田切駅に集合。17時にスタートし18時までにゴールしなければならないというハードルの高さにもかかわらず、60人以上が自転車を担いで(家から漕いで来た人や車に積んできた人も)結集した。 さらに、応援にやってきた人も含め、田切駅と伊那市駅には100名以上が集まる一大イベントとなった。 この盛況を受け、今年も7月27日(土)に「田切駅→伊那市駅・1hour Bicycle Tour Returns “轟天号を追いかけて、ふたたび。”」というタイトルで開催する運びとなったのだ。 昨年、主催者でありながら劇中に登場する自転車・轟天号を再現すべく、もう販売されていないブリヂストンロードマンをオークションで落札。真夏にもかかわらず、学生服に下駄履きのR・田中一郎コスで走り抜いた伊那市創造館の捧剛太館長によれば、今年も開催を決めた理由は、伊那市のふるさと大使が行った職員向けの講演がきっかけだという。 「講演の中で『あなたは伊那市のために何ができるか』という話があったんです。それを聞いた、昨年の主催団体である伊那市役所職員の自転車サークル・Cycle倶楽部R(伊那市役所自転車部)のメンバーが、“自分にできるのはこれだ”と、開催することになりました」 昨年は「伊那市駅開業百周年」を記念したが、今年は「R・田中一郎28周年」に決定。ゴールした後は、参加者一同で「R・田中一郎28周年ばんざーい」して終了する予定だ。 『究極超人あ~る』OVA版は、ファンが「聖地」を巡礼した元祖とされる作品。現在でも、毎年大勢のファンが名曲「飯田線のバラード」を歌いながら巡礼に訪れ、作品と飯田線のファンのサークル・田切ネットワークによる田切駅清掃活動も続けられている、いわば究極のアニメの聖地。 昨年は、頼んでもないのにR・田中一郎を筆頭にキャラコスでやってくる人もいるかと思えば、作品中の名物料理「おかゆライス」を作り出す人もいた。また、自転車の種類も多種多様で、ママチャリや折りたたみ自転車でやってくる猛者も。「田切駅集合」と聞いて、一見、ハードルは高そうに見えるが、実はヤル気と出たトコ勝負を楽しむ心の余裕があれば、誰もが参加できるイベントなのだ! ちょうど、青春18きっぷも真盛りの時期、自転車に乗らなくても、見送りだけでもよいので、なんとか都合をつけて参加してみるしかない! また、飯田線といえば秘境駅の宝庫としても知られるところ。参加のついでに駅寝への挑戦をお勧めする。飯田線で一度は駅寝してみたいオススメ駅は秘境駅で知られる小和田駅だが、扉がないので夏は蚊に食われて大変な目に遭うのは必然。無難なところで、唐笠駅あたりが駅寝初心者にはよいとだけ伝えておく(くれぐれもSTB憲章を守るように!)。もちろん、田切駅での駅寝に挑戦してみるのもオツなもの(昨年は、イベント終了後、田切駅に戻って駅寝→翌朝から清掃活動に参加という人もいた)。人生で、ほかには得がたい経験をさせてくれるはずだ。 また、作中で主人公たちが旅したルートを忠実に再現しようとすると、次のようになるので参考にしてほしい。 東京駅―(東海道線踊り子号)―伊豆急下田駅―(バス)―石廊崎―(バス)―伊豆急下田駅―(伊豆急)―河津駅―(バス)―修善寺駅―(伊豆箱根鉄道)―三島駅―(東海道線各駅停車)―豊橋駅 豊橋駅―(飯田線各駅停車)―田切駅 ※作中では、伊豆急下田駅~修善寺駅間は、山道で遭難しかけたわけだが、その再現は無理! なお、筆者は伊那名物・ローメン食べたさに、今年も駆けつける予定だ。 (取材・文=昼間 たかし) <参加案内> 日時:平成25年(2013)7月27日 土曜日(午後16時より受付開始) 場所:JR飯田線・田切駅前集合(おそらく昼過ぎくらいから、テキトーに人がいます) 主催:タウンステーション伊那まち(伊那まちの再生やるじゃん会)、Cycle倶楽部R(伊那市役所自転車部)と、その協力者 協力:田切ネットワーク 申し込み方法: <http://iisaya.lfchs.com/> <http://docs.com/SW9R> 上記から、企画書・申込書をダウンロードし記入の上、7月1日までに郵送必着。 ※見送りや見物の人は不要昨年のイベントの様子。
公式自ら“作画崩壊”宣言『スパロウズホテル』1期は、本当にダメアニメだったのか
味がありすぎる作画とドライブ感あふれる内容で、一部のアニメファンの間で中毒患者を続々と生み出しているのが、現在放送中のアニメ『スパロウズ・ホテル』(ニコニコ動画、AT-X、KBS京都、テレ玉など)です。 本作は、繁華街のど真ん中に立地するビジネスホテルを舞台とした「まんがライフ」(竹書房)連載中のコミック(原作・山東ユカ)を原作とする、およそ3分間のショートアニメ。本作は第1話放送直後に、公式サイトに「一話から作画崩壊しておりますが、DVD商品ではディレクターズエディションとして、全話数の作画・キャラクターデザインを一新します。先ずは、あたたかい目でお見守り下さいますと幸いです」というコメントを掲載。公式自ら「作画崩壊」を認め、異例の全話リメイクを放送開始直後に発表し、アニメファンを驚愕させました(現在は「作画崩壊」に関する文言は削除されている)。 「公式で作画崩壊を認めるのか」と、この状況を面白がる声が上がる一方で、「仕込ではないのか」「話題づくりでは」と指摘する声もあり、この一連の出来事は多くがアニメ系まとめサイトやニュースサイトを賑わせたことを覚えている読者も少なくはないのでは? その後、本作は第6話をもって「SEASON1」を終了。第7話より「あいまいみー」を手がけた、いまざきいつきを監督・脚本・キャラクターデザイン・絵コンテ・演出・作画に迎えた「SEASON2」をスタートさせたわけですが、両シーズン間の違いは主に以下のとおり。 ・90年代のギャルゲーを彷彿とさせるトラディショナルなタッチのキャラクターデザインの「SEASON1」に対し、「SEASON2」はいわゆるここ数年の「萌え」文脈に則ったキャラクターデザインへとリファイン。 ・作画が安定しなかったりやたら動画枚数が少ない「SEASON1」に対し、「SEASON2」の作画は全体的に安定し、動きも心なしかなめらかな仕上がりとなっている。 ・「SEASON1」はともすれば不条理ともとられかねない唐突でハイテンポな展開やギャグが多かったが、「SEASON2」はキャラ描写やストーリー構成が比較的丁寧に。 といった具合に、とがりまくっていた「SEASON1」に対して、全体的にマイルドに、より多くの視聴者に受け入れられる内容に軌道修正したのが「SEASON2」といえます。 確かにアニメも「商品」である以上、より多くの人に受け入れてもらえる内容に整えていくのは、正しい判断です。しかし、公式が制作側に「NG」を出した「SEASON1」は、本当に「ダメなアニメ」だったのでしょうか。ここから先は限りなく個人的な感想になるのですが、微妙に下手クソな作画と唐突で暴力的なまでにハイテンポなシナリオが共存していた「SEASON1」には、「絵のおかしさで笑わせる」「唐突な展開が生み出す不条理ギャグ」「異常にハイテンポな構成が生み出すドライブ感」といった要素が渾然一体となり、あたかもドラッグムービーのような中毒性を醸し出していたように思うのです。 もちろん「SEASON2」もちゃんと面白いアニメとして成立しています。誤解を恐れずにいうと、確実に「SEASON1」よりも完成度は高いです。しかし、どこか物足りなさを感じてしまうのも事実なのです。例えるならば、演奏は下手くそだけどすさまじくエッジな楽曲でメジャーデビューしたロックバンドが、その後、演奏スキルは向上したものの売れ線狙いのポップな路線になっちゃった。そんな一抹の寂しさすら感じてしまうのです。 ニコニコ動画のコメントには、「こっちの(SEASON2の)ほうがいい」「SEASON1は全体的にダメだけど癖になる」などなど賛否両論が渦巻き、ファンの間でも「SEASON1」派と「SEASON2」派といった派閥が生まれつつある模様です。1期と2期の制作体制の違いで賛否両論が起こった例として、『みなみけ』シリーズが挙げられますが、本作でもそれ以上の対立が起こるのでしょうか? ともあれ、テレビ放送期間である6月末まで、DVD未収録のテレビ放送版の「SEASON1」が全話無料で配信されているので、興味を持った方は現在放送中の「SEASON2」と見比べてみてはいかがでしょうか。派閥闘争に身を投じるかどうかは別として、あなたも週に一回は『スパロウズホテル』を見ないと落ち着かない、中毒患者になるかもしれませんよ。 (文=龍崎珠樹)右がSEASON1、左がSEASON2(テレビアニメ『スパロウズホテル』公式サイトより)
インスタントラーメンは世界の共通文化だった!『即席麺サイクロペディア2 世界の袋麺編』
人は人生で、どのくらいインスタントラーメンを食べるのだろうか? 思えば筆者も、随分とインスタントラーメンを食べてきた。だが、「俺が食べたインスタントラーメンは、世界のインスタントラーメンの爪の先ほどの数でしかないんだ!」そう思い知らせてくれる本が登場した。その名も『即席麺サイクロペディア2 世界の袋麺編』(社会評論社)である。タイトルを見ればわかる通り、この本は第2弾! 人類は、こんなにもインスタントラーメンが好きだったのか……。 2010年に刊行された『即席麺サイクロペディア1』に続く本書。前作では、00年までに発売されたカップラーメン1,046種類が紹介されていた。そして、今回は世界の袋麺編だ。紹介されるインスタントラーメンの種類は539種類。前作より数は少ないが、紹介される国籍は31カ国にも及ぶ。さらに、すべてのインスタントラーメンは味の評価が数字で示され、単に紹介するだけではなく、実食してみるという気合の入ったフィールドワークだ。 まさにインスタントラーメンに人生を賭けているといえる著者の山本利夫さんは、収集歴30年以上。ゆえに、収集して実食したインスタントラーメンの数も、天文学的だ。 「今回出した本の範疇である海外の即席袋麺に関しては、ほぼ1,000種類です。国内やカップ麺までを含み、パッケージを保存してある製品は、現在5,100点以上あります。今までに食べた総数は把握していませんが、小学生のころから袋麺を自分で作って食べていましたし、中学高校では夜食としてカップ麺を頻繁に食べていたことを考えると、食べた製品の総数は8,000を軽く超えるのではと思います」 食べている数も半端ではないが、保存している数も相当のものだ。そんなに大量のインスタントラーメンを、賞味期限の間にちゃんと食べきれているのかも心配になる。 「食べ終わったパッケージは100枚ずつ袋に詰め、それを衣装ケースに入れて保管しています(現在3段になっているとのこと)。まだ食べていない品は常に50~100個ぐらいあり、段ボール箱に入れています。製品を入手したらすぐにデータベースに登録して、賞味期限を越さないように順番を決めて食べていきます。写真もデータベースで管理しているので、5,000を超えるコレクションでも検索は素早くできるようになっています」 パッケージの量にも驚くが、これから食べる分の数にも驚く。不謹慎ながら、何か天災があって救助がやってくるのが遅くなっても、まったく問題なさそうだと思ってしまう数だ。常人から考えると、途方もない数のインスタントラーメンが常備されているわけだ。 しかも、食べるだけではなく作る過程も毎回YouTubeにアップするという徹底ぶりだ。てっきり、毎食ラーメンばっかりなのかと思ったら「動画制作が追いつかないため、即席麺は週5食に抑えています」とのこと。 さて、数多くのインスタントラーメンを紹介する本書だが、やはり気になるのは味だ。 残念ながら、本を舐めても味はしないので説明文と評価点から味を想像するしかない。そんな本書には、段階評価で最低の1点だったものが27種類もある。 「中国の“骨気王老北京羊肉湯味”は、名前の通り羊肉味のスープで、強烈な臭みがありました。日本人には、とても受け入れられない味です。英国の“Batchelors Super Noodle Sweet & Sour”はスープがドロドロして中途半端な甘さと酸味があり、食べるのが苦痛でした」 イギリス=料理がまずいのは、世界の共通イメージだ。カップ麺なので本書には収録されていないが、同国の「Pot Noodle」というカップ麺は山本さんいわく、 「太く短くネチャッとした噛み応えの麺、ドロ~ンとして脱脂粉乳のような乳臭さと化学調味料の塊のようなスープ、いつまでたっても湯戻りせずに芯が残る具など、日本のカップ麺とは異次元の食べ物という感じでした」 とのこと。聞いているだけで、とても食べたいとは思わない。 逆に、現時点で最もおいしかったのは、シンガポールの「Prema Food、Singapore Laksa 新加坡●(口+力)沙拉麺」という製品(最近食べたので、本書には未掲載)。 「結構高額な製品で、ゆで時間7分と作るのにも手間がかかりますが、麺もスープも高次元です。ラクサは海老とココナッツミルクの香ばしさが特徴のスープで、異国情緒がありながら日本人にも十分に受け入れられる味だと思います」 ゆで時間が7分だなんて、すでに「インスタント」じゃあなくなってるヨ! 一個100~200円程度のインスタントラーメン(東南アジアやアメリカでは10~20円と、もっと安い!)を買うためだけに、高額な旅費を払って渡航することも厭わない山本さん。本書では、実際に訪問したことのある国に関しては、購入ガイドも掲載している。つまり、読者もその気になれば、無限のインスタントラーメンの世界に参加できるわけだ。やっぱり、読んでいるだけじゃ我慢できない。本書を読んで旅立とうぜ! (取材・文=昼間たかし) ※文中で触れた、山本さんの動画はこちら(食欲を刺激するので、深夜の閲覧注意!) <http://www.youtube.com/user/tontantin>『即席麺サイクロペディア2
世界の袋麺編』(社会評論社)
ハナガサイタヨの秘密を語った『惡の華』ハナガサイタヨ会vol.2レポート!
現在放送中のテレビアニメ『惡の華』のイベント「惡の華 ~ハナガサイタヨ会vol.2~」が6月2日、東京・パセラリゾーツ銀座店内銀座Benoaにて行われた。今回のゲストは、「ハナガサイタヨ」のフレーズで視聴者を恐怖のどん底に叩き込んだASA-CHANG、超絶ハイテクアンサンブルを礎に変幻自在のアヴァンポップバンド「宇宙人」ヴォーカル・しのさきあさこ、モジュラーシンセを駆使した音響ユニット「電子海面」の一員でもある作曲家・深澤秀行の3名だ。 ロトスコープでしかできない表現できない「2.5次元」映像、原作のエッセンスを濃く抽出したとにかく痛いストーリーでも注目を集める『惡の華』だが、放映開始前の予告PVから第1回終了に至るまでのサウンドインパクトは絶大で、「これは一体なんだ!?」と視聴者をビビらせていたことを忘れてはいけない。ざわざわビリビリとテンションを高める音響系BGM、その緊張感からの解放を狙ったかのように斜め上に突き抜ける破天荒なOP曲、主人公3人の惡の華が開いていく様子と完全一致するED曲。いずれも、メジャーな商業音楽として表に出していいのだろうか、と思わせる音ばかりだった。 「カテゴライズされたくない」と長濵博史監督が再三発言していた通り、アニメとも実写映画ともつかない同作。仮にアニメと規定した場合でも、既存のジャンルに回収不能な映像には、こうしたカテゴリー不明の音楽が必要不可欠だったのかとも思えてくる。 その「ノンカテゴライズアニメ」を志向した結果が、受け取る側のノンカテゴライズだ。プライベートでふらりと会場を訪れたニッポン放送の吉田尚記アナウンサーが、休憩時間、ハーフタイムショー代わりに即興のトークを始めた際に「客層がまったく読めない」と漏らしたとおり、音に惹かれ画に惹かれ演技に惹かれ、さまざまな方向からアンテナを尖らせた人々が集った。 すっかりおなじみとなった、実写でも声でも山田役の松崎克俊(やさしい雨)をMCに、春日高男役の植田慎一郎、原作者の押見修造、そして長濱博史監督が、代わる代わるゲストを迎えていく。最初に登壇したのは、ED曲を提供するASA-CHANGだった。 前説で、キングレコードの宮本純乃介がテーマソングのプロデューサーとして主題歌を導きつつも、ED「花-a last flower-」に関しては押見の強い要望で採用されたことが明らかにされていたが、長濱監督があらためて経緯を説明。原曲が発売されたのは、2001年3月28日で、「ちょうど僕が一番堕落しきっていたときです。(この曲に)救われました」(押見)という。 カテゴライズの話になり、ASA-CHANGいわく「FacebookやTwitterの話ですけど、ASA-CHANG&巡礼(ASA-CHANGを中心としたユニット)は、アニメ界の枠組みでいうと『サブカル』、Subcultureではなくカタカナの『サブカル』らしいですね」 ここで「花」のオリジナル譜面(ASA-CHANGによれば「設計図」)をスクリーンに映す。20拍で区切ったこの譜面があったからこそ、今回『惡の華』のためにリアレンジできたとASA-CHANGは言う。「変わらないのは、声をカットアップして切り絵みたいに貼っていく作業をするところ」
ミュージックコンクレートなどの現代音楽、抽象的な表現の多いシンセサイザーによる電子音楽、ウィリアム・S・バロウズの文章に対するカットアップ&コラージュ技法、それらの影響下にあった80年代のノイズインダストリアル音楽といった、ストレートに楽器を弾くだけではない類の音像は、なかなか一般に広く流通するものではない。深澤秀行の音楽もそうだが、ASA-CHANGの「花」にしても、「サブカル」判定をされてしまうのはやむを得ないことかもしれない。「宇宙人」にしてもフリージャズやカンタベリー音楽、プログレッシヴロックの影響を云々できる種類の音を聴かせてくれるバンドであり、こうした音をアニメの一部としてメジャーな回路に載せてしまった『惡の華』は、音楽業界に対しても多大な貢献をしているように思える。
昨年秋にASA-CHANG&巡礼の公演があり、パフォーミングアーツとして再構築する過程にこの作品が巡ってきたことで、今回『惡の華』版を作りやすかったという意味でも、タイミングがよかったとASA-CHANG。
「詞をあまり書いたことがない人間の詞なんですよね。歌の詞じゃない。Aメロ、Bメロという書き方をしたことがないから、こういう詞になっちゃったのかもしれない。もともと打楽器奏者なので」
「万葉集の時代には日本語が異なっていたらしいんです。そういう言葉にも音楽、リズムをつけていたりするんですけど。はひふへほではなくぱぴぷぺぽに近いらしいんですが、現存していないので誰にもわからない」(ASA-CHANG)
音、言葉を元素レベルから構築していく姿勢が「花」を生んだのか。トークは、「宇宙人」のしのさきあさこが登場する第2部へと移っていく。
OP曲「惡の華」のMVがフルで流れる。木更津でロケーションしたという渾身の映像は圧巻だ。金色のブルマはダンサーさんの私物だとしのさきがこぼれ話を開陳すれば、長濱監督は寺山修司のようだと絶賛、楽しげに会話が転がっていく。
「UFOみたいなラスボスが出てきて、3人はラスボスに操られていた、というオチです。結末。ふふっ(微笑)」(しのさき)
UFOは、芸術家が車のボンネットやベランダの柵などの廃材でこのMVのためだけに作り、撮影が終わるとともに廃棄されたという。
「惡の華」は4ヴァージョンある。群馬県桐生市ヴァージョン以外は主人公3人を表現したものだ。春日、仲村、佐伯のキャラクターが強烈すぎ、全部一緒のメロディだと違うだろう、との判断で種々のヴァージョンが作られた。1週間で50曲を作ったうちの4曲で、しかも元の音源はUSBメモリを紛失してしまったため、もう聴くことができないという。もはや実際にあったのかどうかを証明することすらできない。
3ヴァージョンの歌い手はそれぞれキャストとは異なり、後藤まりこ(元ミドリ)、の子(神聖かまってちゃん)、南波志帆が担当している。人選はしのさきによるもので、アニメキャストの人選と並行していたため「後出し」ではない。にもかかわらず、歌手の声質はキャストが歌っているかのように聴こえてくる。アニメ本編制作サイドと主題歌制作サイドの、原作の受け止め方が相似だったのかもしれない。
ちなみに、長濱監督が感動した「仕方がなくってここにいる、どこへいっても同じだ」というフレーズは、後藤の作だという。クレジットを見ると、後藤との子の名がある。仲村ヴァージョンと春日ヴァージョンについては、2人の手が入っているようだ。 休憩時間を挟み、深澤が登壇。モジュラーシンセサイザーとMacによる15分弱の演奏を行った。モジュラーシンセによる電子嵐のような音を基調に長い拍のピアノが響く味わい深い時間が大半を占めたが、終盤には強いビートを刻み、ディス・ヒートの「Horizontal Hold」を彷彿とさせる音楽的な表情をも見せた。 「(モジュラーシンセは)電子楽器の原始的なやつです。でも、普通の音楽に合わせられない。たとえばバッハをプレイするのは至難の業なので、インターフェースとして鍵盤をつけた。シンセサイザーの原点は、これのもっとでかいやつです」(深澤) いちいちプラグを接続しないと命令できない時代のモジュラーシンセだが、ヴィンテージではなく現行品だという点も、深澤は強調した。ピアノやドラムの音はMacから出力して別の卓で調整しているとの説明もあった。 もともと『惡の華』の愛読者だった深澤は、書店で「アニメ化決定」の帯を見て「もう音楽担当は決まっているんだろうな」と肩を落としながら帰宅した。ところが、『惡の華』の音楽をやりたいという気持ちが抑えられない。マネジャーを通じてキングレコードに打診したところ、まだ音楽は誰がやるか決まっておらず、デモテープを聴いてもらえることになったのだという。 「初めに『惡の華』の原作を読んで作った一曲は『ハリー・ポッター』のようで、いま聞くとすごく恥ずかしい」(深澤) 本人によればファンタジーの作風。これを長濱監督は「異世界ものだったら合う」と評していた。 「物事を広く捉えている。いろいろなものが集約されて入っていて、壮大な光景が浮かぶ音楽だった。ポーン(という一拍の音)、だけで仲村を、春日を、というお話をそのあとにするんですよね。そうしたら「やります」と。本当にそうなっているじゃないですか」(長濱監督) 最初の一曲がダメだったから、では次の人……とはならず、長濱監督は「狭く、深く、ひとりの足元をずっと掘っていく感じ」と、オーダーをして現在の楽曲に結びつけた。 「とあるシーンで音をくるくる回したいなと思って、回したんです。音の位置を前後左右にして連続した変化にすると音は自分の周りを回るわけです。それを、誰にも言わずに入れておいた。すると、ダビングが終わって最後に落とし込む(ミックスダウンの)際に、音(の定位)を視覚的に確認するメーターがあって、あるシーンでメーターがぐるんぐるんと回っていて、“なんじゃこりゃー!”と驚いたと、のちに指摘されました」(深澤) その場面は、今後に登場するという。OPの「惡の華」も間もなく4ヴァージョン目に突入する。放送が一番早いTOKYO MXでは今週末に最新第10回が放映されるが、植田によればキャストの演技が見ものとなる回らしい。作画も演技もすべてが洗練され、加速する『惡の華』、音にも耳を傾けながら刮目したい。 (取材・文=後藤勝)
自分のアカウントが、知らぬ間に独り歩き!? Facebookの‟ニセモノ”にご用心
国内だけで約1,900万アカウントも利用されているFacebookなので、同姓同名のユーザーが存在する可能性は高い。アメリカでは同姓同名の人に友達申請を送るのがはやったり、同姓同名の男性と女性が結婚したことがニュースになったりしている。しかし、日本では好ましくない動きが目立ってきた。 実在するFacebookユーザーと同じ名前でアカウントを登録し、そのユーザーの友人・知人に友達申請を出しまくるのだ。写真を流用されたり、プロフィールを似た内容に編集されたら、友人・知人は本人だと思い込み、多くが友達申請を受け入れてしまうことだろう。顔を合わせた友人から「なんで2つ目のアカウントを作ったの?」と言われて初めて、自分の名前の別アカウントが存在することを知ることになる。 この恐ろしさがわかるだろうか? 今のところは、信用させてから出会い系サイトやアフィリエイトサイトに誘導するくらいしか報告されていないが、悪用しようと思えばいろいろできる。例えば、「ある製品がすごくいいので購入した」という記事をアップすればステマになるし、直接購入をお願いすることだってできる。「自分が開発に携わった」などと言われれば、安い物なら買ってしまいかねない。さすがに借金の申し込みはSNSでしないと思うので、金銭的な被害は限定的だが、本物ユーザーの信用を落とすのは簡単だ。 友人の投稿に対し、偽物が暴言を書き込みまくったらどうなるだろう? 明らかに攻撃的なら、いっそFacebookに通報されたほうが話が早い。しかし、地味に嫌な投稿を続けられると、水面下で被害が広まることになる。言い合いになり「だったら友達をやめればいいだろう」と書き込まれたら? 相手は当然、偽物だけでなく本物のアカウントとの関係性も切ることだろう。本当に仲のよい友人なら、電話やメールで真相を確かめてくれるかもしれない。しかし、数百人とつながっている人なら到底無理。ネットでつながっている人やコミュニティ仲間なら、壊滅的な被害を受けることは確実だ。学校や会社つながりでも深刻な問題になる。しかも、時間がたってから状況の説明ができても、そんな状況になるのもなんか変だよね――という空気が残ってしまいがち。 事が起きてからFacebookに報告しても、明らかにプロフィールや写真を盗んでいない限り、簡単にアカウントを削除してくれることはないだろう。削除されても、再作成するのは簡単だ。 このような事態に陥らないために、注意することは2つ。利用するSNSは限定し、使わないSNSは確実にアカウントを削除すること。次に、見知らぬ人とつながらないこと。友達申請をむやみに受け入れていると、そのうちスパムアカウントとつながり、餌食にされかねないからだ。 最後に、この記事をSNSでシェアしてはいかがだろう。万一の際になりすましの可能性を考えてくれて、本物のアカウントに状況の確認をしてくれるかもしれない。 (文=柳谷智宣)Facebookより
三ツ矢サイダーのほうが好きなコーラ収集家が書いた『コーラ白書 改訂版 世界のコーラ編』
私事で恐縮だが、筆者は以前にコーラ断ちをしてみたことがある。ほぼ毎日のように飲んでいたコーラを、飲まない。さらにコーラだけでなく、炭酸飲料のすべてを飲まない。ただそれだけのことなのに、なぜかとても損をしたような気になった。そればかりか、毎日なんだか落ち着かないし、気分もすぐれない。どうにかこうにか、一年くらい続けてみたのだが、結果、仕事が減った……。 つまり経験則からいえば、気分をリフレッシュする目的で炭酸飲料は欠かせない。中でも、コーラの与えてくれる爽快感はこの上ないのだ。 そんな“魔法の飲料”コーラ。メジャーなコーラとして知られる「コカ・コーラ」「ペプシコーラ」だけでなく、世界には無数のコーラの名を冠した炭酸飲料が存在する。そんなコーラを紹介するのが『コーラ白書 改訂版 世界のコーラ編』(中本晋輔、中橋一朗著/社会評論社)だ。本書は、2007年に発行され長らく在庫切れになっていた『コーラ白書』の改訂版。初版が刊行された際も話題となった本書だが、それから6年あまりの間にさまざまなコーラが発売された。ペプシがキュウリやシソなど、あまりにも革新的すぎるフレーバーのコーラを発売したのはよく知られるところ。今回はそうしたコーラも収録し、まさに世界でただ一冊のコーラ紹介本となっている。 これまで収集したコーラの数は800種類あまりだという著者のひとり中本さんは、コーラを買うためだけにサンフランシスコに行ったこともある強者だ。「国内であれば夜行バス+電車で、宮島コーラ、広島コーラ、福山コーラを買いに行ったこともあります」。 さらに、コーラを買うためだけに韓国日帰り旅行も経験したというから、スゴイ! 収集活動は月に1万円程度でそれを15年もやっているというから、すでに180万円あまり(さらに交通費)をコーラに費やしている計算になる。 買い集め、実際に飲んでいるからこそ、本書でのコーラに対する考察は深い。本書ではポッカが販売していた「ふってふってゼリー コーラアップ」や紙パックのコーラ飲料など、「こんなのあったなあ!」と懐かしいコーラも満載なので楽しく読める。筆者も読み進めるうちに、受験生の友だった「Jolt Cola」を見つけて懐かしくなることしきり……。 それにしても、単にコーラなのに、味の違いがこんなにあるというのも不思議なもの。中本さんによれば、地域や時代によってかなり味の違いはあるという。 「90年代前半の中国のコカ・コーラは“炭酸砂糖水”みたいな感じでコカ・コーラ本来のフレーバーが感じられませんでしたが、最近は先進国と同じ品質になっています。現在でも国によって味は違いますが、アジア・アフリカを含め、それほどひどいものはなくなりつつあるように思います」(中本さん) さて、本書は単なる資料本だけにはとどまらない。「偶像としてのコーラ」というタイトルで、アメリカの象徴としてのコーラについての考察を行っている。冷戦下ではコカ・コーラ=アメリカとして、排斥運動が繰り広げられた国や地域もあったのだという。さらには、中東ではイスラエル=コカ・コーラ、アラブ諸国=ペプシコーラの構図があったことも記されている。もっと驚くのは、「メッカコーラ」という、堂々と反米を掲げたコーラが存在することだ。このコーラ、売り上げの一部はパレスチナ支援に回されているということで、コーラが単に炭酸飲料を超えた存在であることがよくわかる。 ここまでコーラを愛する中本さんだが、「コーラは研究対象ですので、普段はあまり飲みません。個人的には三ツ矢サイダーのほうが好きです」だとか。でも、800種類もコーラを飲んでいるなんて、やっぱりコーラ好きに違いないよ! (取材・文=昼間たかし)『コーラ白書 改訂版 世界のコーラ編』
(社会評論社)









