「尼崎連続変死事件」は、その残虐性とともに、まるで全容が見えない不可解さで、多くの人びとの注目を集めた。事件に関わる容疑で逮捕されたのは8人、事件に関連して死亡したとみられる被害者は10人以上の大惨事だ。この事件の首謀者である角田美代子は、2012年12月に留置所で首を吊り自殺。事件の真相は闇に包まれた。 この事件を解き明かそうとする一冊が、ルポライター・小野一光による『家族喰い――尼崎連続変死事件の真相』(太田出版)だ。事件に関係する人物たちが、複雑怪奇に絡み合ったこの連続変死事件。さながら中上健次か、それともガルシア・マルケスの小説かというような入り組んだ関係図だ。本書では、丹念に現場を取材し、人々の証言をかき集めることで、関係図を丁寧に解きほぐしながら、その「真相」に迫っていく。 美代子をはじめ、内縁の夫・鄭頼太郎や、戸籍上の長男・角田優太郎、義理の妹・角田三枝子らによって構成された「角田ファミリー」の残忍極まりない手口は、報道によって広く明らかになった。借金やいさかいなどの些細なトラブルの種を見つけると、家族や親族たちに踏み込み、恫喝し、軟禁し、徹底的に金を巻き上げていく。美代子たちは彼らに、何時間にも及ぶ「家族会議」を開かせ、親族間で暴行を加えさせる。被害者たちが警察に訴えたところで、家族間の暴力は「民事不介入」として立ち入ることができない。平和な日常を過ごしていた一家は、美代子の存在によって、地獄に突き落とされ、ついには親族内の殺人にまで発展していく……。 この手口を評して、小野はこう書いている。 「たしかに、すべては美代子が元凶だ。彼女さえ関わらなければ、なにも凶事は起きていない。しかし、真に厄介なのは、美代子は媒介だということだ。彼女の存在によって、社会の、個人の、そのなかに潜む悪の部分があぶり出され、被害者にまとめて降りかかってくるのだ」 美代子の振る舞いによって、人々の悪や暴力が徹底的にむき出しにされていく。恫喝し、追い込み、不眠不休の家族会議を開催させることで、人々の理性はあっけなく崩されていく。彼女は人を殺さない。殺すように追い込むだけなのだ。 では、この美代子とは、いったいどのような人物なのか? 左官職人の手配師であった父と、「新地」と呼ばれる非公然売春地域に務める母の間に生まれた美代子。中学校にはろくに出席せず夜遊びで補導を繰り返し、少年院にも入れられている。中学時代の担任を務めた元教師は「とにかく月岡(注:角田美代子の旧姓)には親の愛情が足りへんかった。それは間違いない。あの子は親の愛情に恵まれんかった子なんや」と振り返る。そして、高校を1カ月で退学すると、美代子は「よくある不良少女」の枠にとどまらなくなっていく。実の親から仕事場として紹介された売春街を渡り歩き、19歳にして、少女に売春を斡旋した容疑で逮捕。その後もスナックの営業や売春斡旋、恐喝行為などを主な収入源としながら尼崎の地で生きのびていく。そして、彼女が家族の問題に介入し、金銭をむしりとるようになったのは1998年、50歳の頃だった。 この事件を追っていく過程で、著者の小野が見たものは、「家族」という共同体に対する角田美代子の特別な視線だ。 「今回のことは、全部お母ちゃんが悪いから、責任を取る」という遺書を残して美代子は自殺した。ちょうどその頃、美代子の戸籍上の妹であり、彼女を右腕として支えてきた三枝子が自供を開始する。事件が発覚したことではなく「信じていた家族」に裏切られたことが、美代子自殺の引き金になったと小野は考える。 「角田ファミリー」を構成する人間に、血のつながりはなく、あくまでも彼らは擬似家族にすぎない。美代子は、ファミリーに対して血のつながり以上に深い「家族」の姿を求めた。そして、それが血縁以上に強いものであることを示すためであるかのように、ほかの家族を瓦解させていく。拘置所で同房になった女性は、「ファミリー」を失った美代子の姿をこう証言する。 「オカン(美代子)は横柄でわがままなんですけど、寂しがり屋でもあるんです。急に私の手を握ってきて、私が外そうとすると『いやっ。ギュッとしかえして』と言ったり、喫煙所から部屋に帰るときに、私が『オカン、先に出て』って言うと、『そんな寂しいこと、先行ってなんか言わんといて』と、小さな声で訴えてました」 では、どうして美代子は、ほかの家族を奪ってまで、この擬似家族を必要としたのか? それは、尼崎という街で生き抜いていくための知恵であったかもしれないし、親の愛情に飢えた幼少期の反動なのかもしれない。いずれにしろ、当人が死んでしまった以上、それらは臆測の域を出ることはない。 美代子は死に、大勢の関係者は捕まった。しかし、小野の取材によれば、まだ美代子の周辺には行方不明者が少なくなく、今後も新たな事件が発覚する可能性も考えられる。 事件報道が一段落した尼崎のスナックで、小野は旧知のママからこう語られた。「角田ファミリーだけおらんようになったからって、なんも変わらんのやって。仲間だって残っとるし、同じようなんはなんぼでもおるんやから……」。一時の盛り上がりがなかったかのように、すっかりと報道は沈静化した。しかし、「同じようなもん」たちは、まだ尼崎に存在し続けている。 (文=萩原雄太[かもめマシーン]) ●おの・かずみつ 1966年生。福岡県北九州市出身。雑誌編集者、雑誌記者を経てフリーライターに。「戦場から風俗まで」をテーマに北九州監禁殺人事件、アフガニスタン内戦、東日本大震災などを取材し、週刊誌や月刊誌を中心に執筆。尼崎連続変死事件では100日以上にわたり現地に滞在し取材。著作に『完全犯罪捜査マニュアル』(太田出版)、『東京二重生活』(集英社)、『風俗ライター、戦場へ行く』(講談社文庫)、『灼熱のイラク戦場日記』(講談社電子文庫)など。『家族喰い――尼崎連続変死事件の真相』(太田出版)
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「自尊心を刺激されて、誇大妄想を信じた」元オウム・上祐史浩が麻原を捨てるまで
地下鉄サリン事件、松本サリン事件、坂本弁護士一家殺害事件……など、さまざまな凶悪犯罪を起こし、90年代の日本を震撼させたオウム真理教。18年が過ぎた現在でも、多くの日本人にとって鮮明な記憶として刻まれていることだろう。『危険な宗教の見分け方』(ポプラ新書)は、かつてオウム真理教の幹部として「危険な宗教を見分けられなかった」上祐史浩と、ジャーナリストの田原総一朗による対談本だ。田原が繰り出す質問に対して、上祐が答えていく形で本書は進んでいく。 早稲田大学大学院を卒業し、宇宙開発事業団(現JAXA)に就職するスーパーエリートであった上祐。しかし、当時「オウム神仙の会」を名乗っていた前身団体のヨガ講座に足を踏み入れ、麻原彰晃に出会ったことでその人生は変わっていく……。 教団に魅せられた理由の一つに、彼は「承認欲求の充足」を挙げている。「特別な存在になりたい」という上祐青年の願望を、オウム神仙の会が行う修行やヨガ、そして麻原彰晃による寵愛が満たしていく。『危険な宗教の見分け方』(ポプラ新書)
上祐 自尊心を刺激されて、あとから思うと誇大妄想としかいえないようなことを信じたんです。麻原からマイトレーヤ(弥勒菩薩)という名前をもらい、「類まれな魂」と絶賛された上祐。承認の喜びを満たされた青年は、「第三次世界大戦」「ハルマゲドン」といった教義を疑いなく信じてしまう。ただし、理系のエリートコースを歩み、「ああ言えば上祐」の異名で呼ばれた彼は、決して「バカな」人間ではない。大阪大学理学部を卒業し、神戸製鋼に就職した村井秀夫や、大阪府立大学大学院を卒業し鴻池組に入社した早川紀代秀なども同様だ。彼らのような人間ですら、ほとんど自覚のないままに犯罪に手を染めていったところに、一連の事件の恐ろしさがある。
田原 自分はこの世の中で必要な存在になれるという自尊心。
上祐 そうです。重要な存在だと。
上祐 教祖に代わって教祖の未来予見を吟味して、科学的な批判精神を持つことは、教団の中での自分にとって意味を成さない。逆に、普通の人には従えない不合理な指示に対しても無思考に従える弟子が優れているとされる。結果的に、「思考停止状態」ということになるんです。ズブズブとオウム真理教にのめり込み、幹部にのし上がった上祐だが、ロシアでの布教活動を行っていたことにより、教団が犯した一連の凶悪事件にはほとんど携わってはいなかった。彼は、1995年に国土法違反などで懲役3年の判決を受け、広島刑務所に服役する。そして99年に釈放されると、彼は再びオウム真理教の門を叩いてしまう……。
田原 思考停止することが信者として意味のあることだった。
上祐 そうですね、思考停止して理不尽なことにも従うことが、自己保全を捨てる修行として、価値があるとしたんです。
上祐 信仰は弱まっていたけれども、ただ、依然として麻原は霊的な導師「グル」であり、自分の魂の幸福のために必要なもので、手放せないという意識は強く残っていました。その後、内部分裂の発生や、自らの思想を確立したことで、上祐は07年、20年にわたる信仰を手放し、ようやくオウム真理教から手を切った。 その後、上祐は、現在代表を務めている宗教団体「ひかりの輪」を設立。だが、立ち入り検査によって、麻原の写真や呪文の音声ファイルなどが見つかっており(教団側は、「廃棄漏れ」と釈明)、公安調査庁では「オウム真理教上祐派」として観察処分対象としている。上祐が本当にオウムから手を切ったのか否かは、被害者に対する損害賠償の支払いとともに、今後の行動で証明し続けていかなければならない。そのためか、本書最終章「宗教やスピリチュアルとどう付き合うか」には、現在の上祐の思想が語られているものの、どこか「ひかりの輪」のパンフレットのようにも読めてくる……。 オウム事件以降、しばらくは宗教=悪という見方が強かったが、近年では、女性を中心にスピリチュアルがブームになり、伊勢神宮への参詣者は今年1,000万人を数えている。宗教や信仰に対する価値が、あらためて見直される時期になってきているのだろう。そんな状況だからこそ、今一度、オウム真理教事件を思い起こし、当事者のたどった道を検証していくことは必要な作業なのではないだろうか? (文=萩原雄太[かもめマシーン]) ●たはら・そういちろう 1934年、滋賀県生まれ。早稲田大学卒。岩波映画製作所、テレビ東京を経て77年フリーに。現在は時代の最先端の問題をとらえ、さまざまなメディアで精力的な評論活動を続けている。 ●じょうゆう・ふみひろ 1962年、福岡県生まれ。早稲田大学大学院在学中にオウム真理教に入信。偽証罪などで逮捕され、服役。その後、「アレフ」代表となるが、オウム信仰を脱却し、自ら立ち上げた「ひかりの輪」代表を務める。
田原 こんな大犯罪を犯した人間でも、やはり霊的導師なんですか。
上祐 ええ、当時の私の意識状態としては、現実の世界で何をしたとしても、人には輪廻転生があって、来世がある。その世界はだれがコントロールできるかというと、一般の人にはできなくて、麻原にはできる……と思っていたわけです。(中略)麻薬中毒の禁断症状などにたとえればわかりやすいかもしれません。宗教的な崇拝対象に対する依存を抜けるときにも、さまざまな不安、不快を乗り越えないとならないのです。
「主人公・花はすぐセックスさせてしまうけど……」『パリ、ただよう花』公開トークイベントレポ

●『パリ、ただよう花』
http://www.uplink.co.jp/hana/
渋谷アップリンク、新宿K’s CINEMAほか全国順次公開中
北京からパリにやってきたばかりの若い教師、花。なじみのない街で彼女は様々な男と体を重ね、自分の狭いアパートと大学の間、かつての恋人たちとフランスで新たに出会った人々の間を漂う。ある日、建設工のマチューという男と出会う。一目で恋に落ちた二人は、激しく肉体を求め合う。お互い、秘密を抱えたまま……。異なる人種や文化、暴力と優しさ、愛とセックスのはざまで揺れ動くある女性の“愛の問題”を描く、本作をもって5年間の中国国内での映画製作の禁止が解かれたロウ・イエ版『ラスト・タンゴ・イン・パリ』
☆ヴェネチア国際映画祭2011ヴェニス・デイズ正式出品、トロント国際映画祭2011正式出品
監督・脚本:ロウ・イエ/脚本:リウ・ジエ/撮影:ユー・リクウァイ/出演:コリーヌ・ヤン、タハール・ラヒム(仏・中国/2011年/105分)
「やっぱり、“こっち側”?」堀北真希が声優を目指すアニヲタ女子を好演!『麦子さんと』
今週紹介する最新映画は、堀北真希主演のハートウォーミングな母子のドラマと、冒険レースを繰り広げる飛行機が主人公のディズニーアニメ。日ごと寒さが深まるこの時期、ぜひ好みの作品で心から温まって、あるいはアツく盛り上がっていただきたい。 『麦子さんと』は、『純喫茶磯辺』(08)の吉田恵輔監督が実体験もまじえながら、長く離れて暮らしていた母と娘の関係と愛情を描いたオリジナル作品。声優を目指すアニヲタ女子・麦子(堀北)は、パチンコ店で働く無責任な兄・憲男(松田龍平)と2人暮らし。ある日、兄妹が幼い頃に家を出たまま音信不通だった母親の彩子(余貴美子)が突然現れ、同居することに。麦子は母を許せず心ない言葉を投げつけるが、重い病を隠していた彩子はほどなく他界。納骨のため母の田舎を訪れた麦子は、若い頃の彩子とそっくりな外見から町の人々に歓迎され、それまで知らなかった母の人生に触れる。 心を閉ざし生前の母につらく当たってしまった麦子が、町の人々と触れ合い彩子の思い出を聞くうちに、母の愛情を知り自らも精神的に成長する様子を、堀北が抑えた演技で繊細に表現。仏頂面のままアニメ声でキャラのセリフをそらんじるシーンや、ダメ兄を演じる松田とのやりとりも楽しい。アイドル歌手を夢見て田舎を飛び出した母、母と反発していた娘の和解の物語といえば、今年大きな話題になったNHK朝ドラ『あまちゃん』を思わせるが、実は吉田監督が8年越しで構想してきた企画。自身が迷惑をかけた母と死別し、感謝を伝えられなかった体験も、確かに作品に投影されている。随所でくすくすと笑えて、いつの間にか自らの肉親を思って涙ぐんでしまうような好作だ。 もう1本の『プレーンズ』(2D/3D上映)は、ピクサーの人気アニメ『カーズ』(06)の世界観から生まれた、意志を持つ飛行機が空の冒険を繰り広げるCGアニメーション作品。田舎の農場で働く農薬散布機のダスティは、世界最速のレーサーを夢見ているが、現実には高所恐怖症のため低空飛行しかできない。それでも夢をあきらめきれず、仲間の応援も受けて世界一周レースへの出場を果たす。最新鋭の飛行機たちに性能で劣りながらも、各ステージでアクロバット飛行を駆使し、最下位から徐々に順位を上げていくダスティ。だが、インドからスタートしたステージで、目前に世界最高峰のヒマラヤ山脈が立ちはだかる。 ピクサーアニメの立役者、ジョン・ラセターが自ら監督した『カーズ』と共通するのは、人間が存在しない代わりに、自動車や飛行機などの乗り物が意志を持ち、レースや冒険に挑戦する世界。ピクサーがディズニーの子会社になり、ラセターもいまやディズニーアニメの幹部に出世したことで実現した企画だが、ディズニーが制作したことでよりウェルメイドになった反面、ピクサーらしい脚本の独特なクセが弱まった感も。とはいえ、3Dで見る空中のアクロバットシーンや米空母上での場面などはリアルかつ迫力満点だし、擬人化された乗り物キャラに素直に感情移入できるなら、童心に帰ってスリリングな空の冒険の旅を楽しめるはずだ。 (文=映画.com編集スタッフ・高森郁哉) 『麦子さんと』作品情報 <http://eiga.com/movie/78246/> 『プレーンズ』作品情報 <http://eiga.com/movie/77782/>(C)『麦子さんと』製作委員会
映画以上に映画宣伝が面白かった時代があった! 宣伝マンの過剰な情熱『映画宣伝ミラクルワールド』
消費者を欺く食品偽装が次々と発覚する騒ぎとなった2013年だが、かつては詐欺行為ギリギリの誇大宣伝が平然と出回っていた大らかな(?)時代があった。1970年代後半から80年代前半にかけての映画宣伝は異常なまでの熱気をはらみ、奇天烈なキャッチコピーやポスターに釣られた若者たちが映画館へとぞろぞろと向かった。まるでハーメルンの笛吹きに操られているかのように。そんな過剰な映画宣伝の急先鋒を務めていたのが東宝東和だった。映画ジャーナリストの斉藤守彦氏が上梓した『映画宣伝ミラクルワールド 東和・ヘラルド・松竹富士 独立系配給会社黄金時代』(洋泉社)は東宝東和を中心に、ライバル関係にあったヘラルド、東宝東和の影響を強く受けた松竹富士といった独立系配給会社がメジャー系に負けじと、いやそれ以上に目立ちまくっていた、かつての映画業界を検証したノンフィクション本である。 70年代から80年代にかけて日本で劇場公開された洋画を振り返ると、メジャー大作ではないのに妙に記憶に焼き付いている作品が多いことに気づく。オカルトブームを盛り上げたイタリアンホラー『サスペリア』(77)、主人公が高木ブーに似ているという理由で邦題が決まった人気コメディシリーズ『Mr.BOO!/ミスター・ブー』(76=日本公開は79)、香港映画なのにハリウッド大作と思わせた『キャノンボール』(81)、ヒューマン感動作として売り出されたデヴィッド・リンチ監督作『エレファント・マン』(80)、ノンスターながら特大ヒットとなった『ブッシュマン』(81)……。どれも東宝東和が配給宣伝を手掛けた作品だ。作品の内容よりも、むしろ公開当時の過剰なまでの宣伝がインパクトを残した。 そんな東宝東和の宣伝チームの中心にいたのが“伝説の宣伝マン”松本勉氏。彼が放った初ヒット作が『サスペリア』だった。当時の日本ではダリオ・アルジェント監督はまったくの無名。しかも、宣伝用の素材はほとんどない。宣伝期間はわずか3カ月弱しかなかった。そんな不利な状況で、松本氏は「決してひとりでは見ないでください──」という秀逸なコピーを発案。主演女優ではなく、助演女優の怯えた表情をメインビジュアルに選んだ“伝説の映画デザイナー”檜垣紀六氏が手掛けたポスターに、そのコピーはぴったりハマった。松本&檜垣の黄金コンビの活躍によって『サスペリア』は77年公開洋画の第6位となる10億8,800万円の配給収入を生み出す。 東宝東和のイベント宣伝も強烈だ。ミミズの大群が人間を襲うパニック映画『スクワーム』(76)の公開時には、銀座の真ん中に置いた水槽に1万2,000匹ものミミズと現金10万円を入れてのつかみ取り大会“銀座ミミズ地獄”を催している。イベントには映画とは無関係の水着美女も登場した。ミミズの大群、現金つかみ取り、水着美女……。下世話だが、スポーツ新聞や週刊誌の記事にもってこいのネタだった。青春映画『個人授業』(83)の公開時には、人気ストリッパー・美加マドカを呼んでの“童貞クンコンテスト”が開かれた。果たしてどれだけ興行につながったのか定かではないが、公開の度にあの手この手でイベントを仕込む映画宣伝マンの情熱のほとばしりを感じさせるではないか。 日本人がよりシンパシーを覚える邦題をひねり出すのも、東宝東和の伝統だった。松本氏を上座にした邦題会議では“意味はわからなくとも、一度目にしたら忘れられないモノ”が求められた。「邦題には必ず、“ン”と濁音を入れるべし」が松本氏のこだわりだ。これは薬品のネーミングがヒントとなっていた。「薬品の名称には“ン”と濁音が入っていて、広告やCMスポットにも映え、聴覚的にもインパクトがある」と松本氏は語る。松本氏らが知恵を絞って煮詰めた邦題は、映画ファンの体によく効いた。1977年に公開されたイタリア映画『サスペリア』の広告。「決してひとりでは見ないでください―」という惹句はその年の流行語となった。
東宝東和が考えた邦題がハリウッドに逆輸入された有名例がシルヴェスター・スタローン主演の『ランボー』(82)。原題は『First Blood』だったが、よりインパクトのあるネーミングを求めた結果、主人公の名前ランボーがそのまま邦題となった。ベトナム戦争の帰還兵ランボー=乱暴もの、という語呂の良さから日本人の耳に馴染み、スマッシュヒットに。スタローンから感謝状が届き、シリーズ2作目からは『Rambo』が米国でも正式タイトルとなった。ちなみに『ランボー』の日本版ポスターでスタローンが機関銃を構えているカットは本編には登場しない。銃を持っているのは、デザイナー檜垣氏の腕である。しかも背景となっている夕焼け空は、東宝東和の社員旅行で熱海に繰り出した際に撮ったものらしい。当時の洋画宣伝の現場がノリノリで創造性に富んでいたことがうかがえるエピソードだ。 いかにイケイケだった東宝東和とはいえ、当然ながら空振りに終わった作品も少なくない。その代表例が後にカルト的ホラー映画としてリメイクされることになる『サランドラ』(77=日本公開は84)。劇中にほんの一瞬だけ軍用ナイフが映ることから、そのナイフを勝手にジョギリと命名し、“全米が震え上がった! これが噂のジョギリ・ショックだ!”なるコピーが付けられた。日本版ポスターには宣伝スタッフが買ってきた巨大ナイフが使われた。ジョギリ・ショックなる謎の言葉に釣られて劇場に足を運んだ観客は殺人鬼がジョギリを使って殺戮を繰り広げるシーンを期待したものの、本編にはジョギリの出番はまるでなし。劇場に飾られていた木製ジョギリは初日のうちに観客にへし折られ、興行結果も散々な結果に。いくら過剰に宣伝を仕掛けても、作品内容と掛け離れていると観客の怒りを買うという見本となった。 やがて80年代半ばに入ると、家庭用ビデオデッキが普及し、映画マーケットも大きく変貌していく。微妙な作品、眉唾っぽい作品は劇場公開後にビデオ化されてから観ればいいという選択肢を観客は持つようになる。アドバダイジング(広告製作)に力を注いでいた東宝東和の宣伝スタイルは、次第にパブリシティー(新聞や雑誌への露出)中心に比重を変えざるを得なくなっていく。ハッタリやこけおどしが通用する時代ではなくなったのだ。同時に、若い映画ファンの「今度は騙されないよな?」とドキドキしながら映画館に向かう楽しみも消失していく。香具師の巧みな口上に乗せられて、つい財布を開けてしまっていた高揚感も映画館からなくなったように思う。 当時の映画ファンは映画本編とは別に、ユニークな邦題やインパクトのあるポスターから勝手に想像した妄想映画を自分の脳内で上映して楽しんでいたのではないだろうか。新聞広告やポスターを見てから映画館に入るまでの時間が無性にワクワクしていたことが思い出される。映画宣伝マンたちの過剰な情熱こそが映画ファンの心を掻き立て、数々のヒット作を生み出していたのだ。当時の東宝東和なら、『007は二度死ぬ』(67)を上回る怪作『47RONIN』も、おもしろおかしく宣伝展開していただろうになぁとわびしく感じる。“伝説の映画デザイナー”檜垣紀六氏が手掛けた『ランボー』の宣伝ビジュアルはレーザーディスクのジャケにも使われた。
映画以上に映画宣伝が面白かった時代があった! 宣伝マンの過剰な情熱『映画宣伝ミラクルワールド』
消費者を欺く食品偽装が次々と発覚する騒ぎとなった2013年だが、かつては詐欺行為ギリギリの誇大宣伝が平然と出回っていた大らかな(?)時代があった。1970年代後半から80年代前半にかけての映画宣伝は異常なまでの熱気をはらみ、奇天烈なキャッチコピーやポスターに釣られた若者たちが映画館へとぞろぞろと向かった。まるでハーメルンの笛吹きに操られているかのように。そんな過剰な映画宣伝の急先鋒を務めていたのが東宝東和だった。映画ジャーナリストの斉藤守彦氏が上梓した『映画宣伝ミラクルワールド 東和・ヘラルド・松竹富士 独立系配給会社黄金時代』(洋泉社)は東宝東和を中心に、ライバル関係にあったヘラルド、東宝東和の影響を強く受けた松竹富士といった独立系配給会社がメジャー系に負けじと、いやそれ以上に目立ちまくっていた、かつての映画業界を検証したノンフィクション本である。 70年代から80年代にかけて日本で劇場公開された洋画を振り返ると、メジャー大作ではないのに妙に記憶に焼き付いている作品が多いことに気づく。オカルトブームを盛り上げたイタリアンホラー『サスペリア』(77)、主人公が高木ブーに似ているという理由で邦題が決まった人気コメディシリーズ『Mr.BOO!/ミスター・ブー』(76=日本公開は79)、香港映画なのにハリウッド大作と思わせた『キャノンボール』(81)、ヒューマン感動作として売り出されたデヴィッド・リンチ監督作『エレファント・マン』(80)、ノンスターながら特大ヒットとなった『ブッシュマン』(81)……。どれも東宝東和が配給宣伝を手掛けた作品だ。作品の内容よりも、むしろ公開当時の過剰なまでの宣伝がインパクトを残した。 そんな東宝東和の宣伝チームの中心にいたのが“伝説の宣伝マン”松本勉氏。彼が放った初ヒット作が『サスペリア』だった。当時の日本ではダリオ・アルジェント監督はまったくの無名。しかも、宣伝用の素材はほとんどない。宣伝期間はわずか3カ月弱しかなかった。そんな不利な状況で、松本氏は「決してひとりでは見ないでください──」という秀逸なコピーを発案。主演女優ではなく、助演女優の怯えた表情をメインビジュアルに選んだ“伝説の映画デザイナー”檜垣紀六氏が手掛けたポスターに、そのコピーはぴったりハマった。松本&檜垣の黄金コンビの活躍によって『サスペリア』は77年公開洋画の第6位となる10億8,800万円の配給収入を生み出す。 東宝東和のイベント宣伝も強烈だ。ミミズの大群が人間を襲うパニック映画『スクワーム』(76)の公開時には、銀座の真ん中に置いた水槽に1万2,000匹ものミミズと現金10万円を入れてのつかみ取り大会“銀座ミミズ地獄”を催している。イベントには映画とは無関係の水着美女も登場した。ミミズの大群、現金つかみ取り、水着美女……。下世話だが、スポーツ新聞や週刊誌の記事にもってこいのネタだった。青春映画『個人授業』(83)の公開時には、人気ストリッパー・美加マドカを呼んでの“童貞クンコンテスト”が開かれた。果たしてどれだけ興行につながったのか定かではないが、公開の度にあの手この手でイベントを仕込む映画宣伝マンの情熱のほとばしりを感じさせるではないか。 日本人がよりシンパシーを覚える邦題をひねり出すのも、東宝東和の伝統だった。松本氏を上座にした邦題会議では“意味はわからなくとも、一度目にしたら忘れられないモノ”が求められた。「邦題には必ず、“ン”と濁音を入れるべし」が松本氏のこだわりだ。これは薬品のネーミングがヒントとなっていた。「薬品の名称には“ン”と濁音が入っていて、広告やCMスポットにも映え、聴覚的にもインパクトがある」と松本氏は語る。松本氏らが知恵を絞って煮詰めた邦題は、映画ファンの体によく効いた。1977年に公開されたイタリア映画『サスペリア』の広告。「決してひとりでは見ないでください―」という惹句はその年の流行語となった。
東宝東和が考えた邦題がハリウッドに逆輸入された有名例がシルヴェスター・スタローン主演の『ランボー』(82)。原題は『First Blood』だったが、よりインパクトのあるネーミングを求めた結果、主人公の名前ランボーがそのまま邦題となった。ベトナム戦争の帰還兵ランボー=乱暴もの、という語呂の良さから日本人の耳に馴染み、スマッシュヒットに。スタローンから感謝状が届き、シリーズ2作目からは『Rambo』が米国でも正式タイトルとなった。ちなみに『ランボー』の日本版ポスターでスタローンが機関銃を構えているカットは本編には登場しない。銃を持っているのは、デザイナー檜垣氏の腕である。しかも背景となっている夕焼け空は、東宝東和の社員旅行で熱海に繰り出した際に撮ったものらしい。当時の洋画宣伝の現場がノリノリで創造性に富んでいたことがうかがえるエピソードだ。 いかにイケイケだった東宝東和とはいえ、当然ながら空振りに終わった作品も少なくない。その代表例が後にカルト的ホラー映画としてリメイクされることになる『サランドラ』(77=日本公開は84)。劇中にほんの一瞬だけ軍用ナイフが映ることから、そのナイフを勝手にジョギリと命名し、“全米が震え上がった! これが噂のジョギリ・ショックだ!”なるコピーが付けられた。日本版ポスターには宣伝スタッフが買ってきた巨大ナイフが使われた。ジョギリ・ショックなる謎の言葉に釣られて劇場に足を運んだ観客は殺人鬼がジョギリを使って殺戮を繰り広げるシーンを期待したものの、本編にはジョギリの出番はまるでなし。劇場に飾られていた木製ジョギリは初日のうちに観客にへし折られ、興行結果も散々な結果に。いくら過剰に宣伝を仕掛けても、作品内容と掛け離れていると観客の怒りを買うという見本となった。 やがて80年代半ばに入ると、家庭用ビデオデッキが普及し、映画マーケットも大きく変貌していく。微妙な作品、眉唾っぽい作品は劇場公開後にビデオ化されてから観ればいいという選択肢を観客は持つようになる。アドバダイジング(広告製作)に力を注いでいた東宝東和の宣伝スタイルは、次第にパブリシティー(新聞や雑誌への露出)中心に比重を変えざるを得なくなっていく。ハッタリやこけおどしが通用する時代ではなくなったのだ。同時に、若い映画ファンの「今度は騙されないよな?」とドキドキしながら映画館に向かう楽しみも消失していく。香具師の巧みな口上に乗せられて、つい財布を開けてしまっていた高揚感も映画館からなくなったように思う。 当時の映画ファンは映画本編とは別に、ユニークな邦題やインパクトのあるポスターから勝手に想像した妄想映画を自分の脳内で上映して楽しんでいたのではないだろうか。新聞広告やポスターを見てから映画館に入るまでの時間が無性にワクワクしていたことが思い出される。映画宣伝マンたちの過剰な情熱こそが映画ファンの心を掻き立て、数々のヒット作を生み出していたのだ。当時の東宝東和なら、『007は二度死ぬ』(67)を上回る怪作『47RONIN』も、おもしろおかしく宣伝展開していただろうになぁとわびしく感じる。“伝説の映画デザイナー”檜垣紀六氏が手掛けた『ランボー』の宣伝ビジュアルはレーザーディスクのジャケにも使われた。
「今年最高の3D映画」との呼び声多し! サンドラ・ブロック×ジョージ・クルーニー『ゼロ・グラビティ』
今週紹介する最新映画は、宇宙空間で孤立してしまった宇宙飛行士と、セレブ宅の空き巣を繰り返す少女グループをそれぞれ描く2本。われわれ一般の観客にはおよそ縁のない特殊な状況を、スリリングに疑似体験させてくれる作品だ。 公開中の『ゼロ・グラビティ』(2D/3D上映)は、『トゥモロー・ワールド』(06)のアルフォンソ・キュアロン監督がサンドラ・ブロックを主演に迎え、最新VFXと3D技術を駆使して描いたSFドラマ。地球上空60万メートルのスペースシャトル船外で作業をしていたメディカルエンジニアのストーン博士(ブロック)とベテラン宇宙飛行士のマット(ジョージ・クルーニー)は、破壊された人工衛星の破片群が猛烈なスピードでシャトルに襲いかかる事故に遭遇。シャトルは大破し、ほかの乗組員は死亡。2人は宇宙空間に放り出されてしまう。酸素の残量はわずかで地球との交信手段も断たれたストーンとマットは、互いの身体を1本のロープでつなぎ、小型ジェット推進装置を使って国際宇宙ステーションを目指すが……。 冒頭の和やかな船外作業から、NASA管制官からの緊急避難の呼びかけ(声の出演は『アポロ13』のエド・ハリスという憎いキャスティング)、流星群のように襲いかかる宇宙ゴミ、投げ出される主人公らという急展開が、相当な尺の「長回し」で描き出されることにまず圧倒される。その間にも自在に動き回る視点が宇宙飛行士のヘルメットの中に入ったり出たりと、実際にはVFXを駆使した擬似的な長回しなのだが、実写とCGのつなぎ目をまったく感じさせない自然な映像に、観客もまた2人が遭遇する予想外のアクシデントを間近で目撃している気分になるはず。『しあわせの隠れ場所』(09)でアカデミー賞最優秀主演女優賞を獲得したサンドラ・ブロックは、大半のシーンで一人芝居という難役ながら、不安、恐怖、絶望、そして生還する意志を説得力十分に演じ切り、本作でもオスカー候補の呼び声が高い。新開発の技術も駆使して創り出された3D映像は、宇宙空間の奥行き、シャトルの壮絶な事故、無重力空間に漂う宇宙飛行士などを驚異的な臨場感で描き出すことに成功しており、今年最高の3D映画と断言したい傑作だ。 続いて12月14日公開の『ブリングリング』(R15+)は、ソフィア・コッポラ監督、エマ・ワトソン主演で実際に起きた少女窃盗団を題材に描く青春ドラマ。ロサンゼルスの高級住宅街カラバサスに暮らす少女ニッキー(ワトソン)らは、近隣に邸宅を構えるハリウッドセレブの華麗な生活や身にまとうブランド品に憧れ、意気投合する。彼らはネットの地図でセレブ宅を調べ、SNS等で得た情報で留守になる隙を狙って侵入。あっけなく空き巣に成功し、また盗んだブランド品が周囲から羨望を集めることにも味をしめ、通称「ブリングリング」(キラキラしたやつら)の5人組は大胆に空き巣を繰り返していく。 先月公開の『ウォールフラワー』に続き、エマ・ワトソンが“脱ハーマイオニー”と言わんばかりの奔放な不良少女役に挑戦。エキセントリックな言動とある種のカリスマ性が周囲を巻き込んでゆくティーン窃盗団の中心人物を、心に問題を抱えた痛々しさも込みで魅力的に演じた。ガーリー・カルチャーを牽引してきたソフィア・コッポラ監督らしく、『マリー・アントワネット』(06)と同様にファッションやジュエリーのきらびやかさが女性観客の目を楽しませてくれそう。実際に事件の被害にあったパリス・ヒルトンが自宅をロケ地として提供したことも話題で、セレブの生活をのぞき見る俗っぽい快感も味わえる。その一方で、華美なブランド品に憧れSNSで仲間意識を確認する若者の、内面の空虚さと孤独感を浮き彫りにした切実な作品でもある。 (文=映画.com編集スタッフ・高森郁哉) 『ゼロ・グラビティ』作品情報 <http://eiga.com/movie/57690/> 『ブリングリング』作品情報 <http://eiga.com/movie/78304/>(C)2013 WARNER BROS.ENTERTAINMENT INC.
裏総合商社、売春の相場、末端価格……“アングラマネー”の秘密を解きほぐす『図解 裏ビジネスのカラクリ』
凶悪事件をニュースで知るとき、我々が注目するのはその凄惨な内容や当事者たちの心理、あるいはその後の顛末であったりする。事件の渦中にある特定の人物たちの内面にクローズアップしたルポルタージュは、いつでも我々の関心の的になる。 しかし、世の中にあまたある犯罪や逸脱行為は、特定の個人が凶悪だったから、異常者だったからという理由だけで起きているわけではない。落ち度のない人間が被害者になり、食い物にされる事件が絶えないのは、その搾取のメソッドが我々の見えないところで確立されているためだ。そんな裏ビジネスのしくみを、あたかも一般社会のビジネス解説書のように明快に図解しながら説明してくれるのが、丸山佑介著『図解 裏ビジネスのカラクリ』(イースト・プレス)である。ヤクザや半グレといった人々についてなんとなく想像することはできても、それらが集団としてどのような「業務」を行っているのか、彼らのやっている「事業」はどんなふうに回っているのか、そこまではなかなか見ることができない。そんな「裏のしくみ」をわかりやすくまとめた、裏社会の現場に身をおいてきた著者だからこその裏ビジネス解説書だ。 この本が特徴的なのは、結果として凶悪犯罪につながってしまうような裏社会のしくみを、一般社会のシステムになぞらえたり具体的な数値を示したりすることで、基本的にはあくまでビジネスの流れとしてレクチャーしている点である。 非合法ドラッグが日本社会のどこかに流通していることだけは知っていても、その詳細な道筋についてはどうにも現実味がなかったりする。しかし本書であらためて原産地から卸問屋、小売業、消費者までを一般の物流ルートのように図解で解説されると、これらの犯罪行為もまたごく一般のビジネスと同じように社会に根を下ろしたシステムになっていることがよくわかる。 また山口組や住吉会、稲川会といったヤクザ組織の代表的な名前は聞いたことがあっても、それがどのような大きさの組織なのか、詳しいイメージをつかむ機会はあまりない。本書ではこれらヤクザ組織の規模と、三井、三菱など「表」社会の商社の規模とを比較し、その巨大さを数値で簡潔に把握させてくれる。「裏総合商社」であるヤクザ組織と、「表」社会の総合商社とを対比する視点は新鮮である。言われてみればヤクザは警備業から貿易、販売、金融、不動産業などまでを手がける総合商社なのだ。もちろんそれぞれは非合法なビジネスに根ざしている。だからこそ「裏総合商社」なのだが。 図解の中に盛り込まれている、裏ビジネスの相場価格表も本書のポイントだろう。密造銃の種別価格や各種ドラッグの末端価格まで、数値として示されるから、そのビジネスの規模や客単価の相場も見当がつきやすい。これらの数字も、非合法ビジネスの悪質性を強調するためではなく、あくまで解説のための資料として載せられているのがこの本の特徴である。 売春の年齢別の基本価格からオプション価格までがわかりやすく載せられた項目には、素人が簡易的に売春に参入しやすくなったために「市場」が荒らされ、管理買春がその立場を脅かされている現状が解説される。こうやって紹介されると、表社会と何一つ変わらないような、裏ビジネスの商業としてのダイナミズムや悲哀がうかがえるようで面白い。 もっとも、人身売買のしくみや人体売買のパーツごとの相場価格までが同様に解説されるくだりなどを読むと、その明快さゆえに静かな怖さにも触れることになる。簡潔にメソッドが解説できるほどにマニュアル化されているということは、我々の住んでいる社会を一枚めくれば、そこにはこうした裏のビジネスシステムが張り巡らされているということの証しでもある。「表」に見えていないだけのことなのだ。 本書ではまだ記憶に新しい近年の凶悪事件についても、その背後にある裏ビジネスの組織や、裏ビジネスのどのようなメソッドがそこに息づいていたのかを説明してくれる。北九州や尼崎の監禁殺人事件で、首謀者が駆使していた裏ビジネスに必須のスキルとはどのようなものか。六本木のクラブ「フラワー」での撲殺事件でニュースにもたびたび取り上げられた関東連合とは、いかなるつながりで形成された集団なのか。ニュースを流し見していては一件一件の事件でしかないものが、裏ビジネスのシステムという補助線を引くことで立体的に見えてくる。ニュースの背後をいかにして考えていくかの一助にもなるだろう。 次々と新手の方法があらわれる詐欺の手口や、いつの世も絶えない“下半身”つまり性欲をめぐるビジネスなど、非合法ビジネスを広範に解説している本書は、アンダーグラウンドの住人たちの興味深さとそら恐ろしさを同時に伝えるものになっている。付け加えて言うならば、この手広い裏ビジネス解説書は、裏を返せばそのようなアンダーグラウンドの犠牲者にならないための対策マニュアルにもなるのだ。なにしろ、我々の住んでいるこの世界は、ちょっとひっくり返せば周到にマニュアル化された闇にあふれているのだから。 (取材・構成=香月孝史/http://katzki.blog65.fc2.com/)『図解 裏ビジネスのカラクリ』(イースト・プレス)
フグ、シイタケ、ホタテ……中国産の確率が最も高いのは? 中国「猛毒食品」に殺されないために
2013年、中国産食品の危険性が再び大きくクローズアップされたが、同時に問題となったのは、三重県四日市市のコメ販売元業者による偽装米事件や、阪急阪神ホテルズをはじめ、複数の名門ホテルや老舗百貨店にまで連鎖した食品偽装事件だ。 日本の消費者の中国産食品を避ける動きは、ますます積極的になりつつあるが、企業による食品表示が当てにならないとなると、一体どうすればいいというのだろうか? よく言われるのは、輸入量に占める中国産シェアが高い食品を避けるという方法だ。 12年の農林水産物輸入概況の品目別統計表によれば、輸入量のうち中国産が占める割合の高い食品は、ネギ99.9%、ゴボウ99.9%、シイタケ99.8% 落花生97.4% ショウガ97.9%、ニンニク98.5%、ハマグリ93.4%、ホタテ96.1%などである。 ところが、奥窪優木著『中国「猛毒食品」に殺される』(扶桑社新書)は、これはあくまで輸入品に占める中国産の割合に過ぎず、輸入量のシェアが低ければ、いくら輸入量に占める中国産の割合が高くても、中国産を口にする確率は高くなるとは限らないと指摘。そこで同書では、ある品目の輸入量と国産品出荷量を合わせた、総流通量に輸入品に占める中国産シェアを「中国産率」と名付けて算出している。 それによると、落花生、ハマグリ、ニンニクが中国産率ベスト3となるという。産地が明らかでないまま口にした場合、中国産である可能性が高いというわけだ。また、意外なところでは、世に出回っているフグの3分の1は中国産という計算になるという。一方の、シイタケやホタテは、輸入品に占める中国産の割合こそ高いものの、輸入量自体が低いため中国産率はさほど高くない。 同書ではこのように、中国産食品をつかまされないために身につけておくべき正しい知識を紹介。さらに、中国産キノコがイタリア産に変わる産地ロンダリング、スポンサータブーとされるレジャー施設の中国産使用事情、食品偽装の裏事情についても迫っている。 ただ、中国で社会問題となっている下水油の採掘現場やがん患者が多発するゴミ処理場の村など、食品汚染の源流をたどる驚愕のルポには絶句するほかなく、完全なチャイナフリーが不可能な現状、「知らぬが仏」の感も否めないが……。リスクを正しく把握することをリスク管理と呼ぶとすれば、必読の一冊だろう。 (文=牧野源)『中国「猛毒食品」に殺される』(扶桑社新書)
ツッコミどころ満載!? 自由すぎるハリウッド版忠臣蔵『47RONIN』
今週注目の最新映画はなんといっても、自由すぎるハリウッド版忠臣蔵、キアヌ・リーブス主演の『47RONIN』(12月6日公開、2D/3D上映)がユニークさの点でダントツだろう。5代将軍徳川綱吉の時代、赤穂の領主・浅野(田中泯)は、吉良(浅野忠信)と妖術使い・ミヅキ(菊地凛子)の奸計(かんけい)により刃傷沙汰を犯し、切腹。藩士の大石(真田広之)らは侍の身分を奪われ、浪人となる。幼少のころ山麓で拾われ、浅野の娘ミカ(柴咲コウ)と心を通わせて成長したカイ(リーブス)は、大石に請われ、主君の仇討ちに決起した浪人衆と合流。わずか47人で、圧倒的な吉良軍勢に立ち向かう。 有名な赤穂浪士討ち入り事件の経緯をゆるやかになぞりつつも、巨大な幻獣が暴走し、妖術が駆使され、天狗も登場したりと、相当に自由な発想で組み立てられたストーリー。長崎の出島で奴隷として地下格闘試合に出場していたカイの脱出劇は『パイレーツ・オブ・カリビアン』シリーズのようだし、最新CGを駆使したクライマックスのバトルは、キアヌ・リーブスが主役ということもあり『マトリックス』シリーズで描かれた仮想世界のひとつかと錯覚するほど。伝統的な仇討ちの物語に、ファンタジー要素を加味して壮大に構築した“ネオ時代劇”といえるかもしれない。なぜか中国風の城郭や衣装、髪型も含め、奇天烈な世界観や細部にツッコミを入れながら,楽しく鑑賞したい。 続いて12月7日に封切られる、市川海老蔵主演の『利休にたずねよ』も、また異なるアプローチの新たな時代劇といえそうだ。豊臣秀吉(大森南朋)に疎まれ切腹を命じられた、希代の茶人・利休(海老蔵)。死に向かう朝、妻(中谷美紀)の言葉で、秘めた過去の記憶を蘇らせる。若い頃、色街に入り浸っていた利休は、高麗からさらわれてきた女と出会う。その気品と美しさに心を奪われ、別れを目前に控えた夜、ある事件を引き起こす。 第140回直木賞を受賞した山本兼一の同名小説を、『火天の城』の田中光敏監督が映画化。さすがは歌舞伎俳優と思わせる海老蔵の美しい所作、絢爛豪華な美術と衣装、そして名品・逸品揃いの茶器の数々が、クリアで瑞々しい映像によって空気感や質感までしっかりと再現された。今年2月に他界した市川團十郎と海老蔵の親子共演をはじめ、伊勢谷友介、成海璃子、檀れい、柄本明、伊武雅刀ほか、名だたる共演陣のぜいたくな起用も見どころだ。こちらは日本の伝統的な美意識や価値観を、現代的な視点から真摯に見つめ直した作品として堪能したい。 (文=映画.com編集スタッフ・高森郁哉) 『47RONIN』作品情報 <http://eiga.com/movie/56095/> 『利休にたずねよ』作品情報 <http://eiga.com/movie/77761/>(C)Universal Pictures/配給:東宝東和/12月6日(金)世界最速公開








