いきなり私事で恐縮だが、4月に大阪城ホールで行われた山中慎介と長谷川穂積のボクシングWタイトルマッチを観戦してきた。長谷川は惜しくも敗れてしまったものの、山中が見事6度目の防衛を果たし、両者とも非常にエキサイティングな試合を繰り広げてくれた。 その会場には、“浪速のジョー”こと辰吉丈一郎が観戦しに来ており、前座試合には期待のホープ“浪速のショー”こと中澤奨も登場し、見事KO勝利。新旧 “浪速シリーズボクサー”の共演も見られるなど、いかにも大阪の会場らしい盛り上がり方も印象的だった。この浪速シリーズ、今では亀田興毅の“浪速の闘拳”、弟・大毅の“浪速の弁慶”など、世代ごとに大阪出身の注目ボクサーに与えられる称号のようになっている。 前置きが長くなったが、『浪速のロッキーを<捨てた>男』は、浪速シリーズの元祖“浪速のロッキー”こと赤井英和と、彼が所属していた現「グリーンツダボクシングクラブ」の創設者・津田博明の蜜月と破局を綴ったノンフィクションである。 津田は、自ら裸一貫で創設したジムから井岡弘樹ら3人の世界チャンピオンを生み出し、晩年には当時所属していた亀田兄弟を売り出すなど、稀代のプロモーター、名伯楽として名を馳せた人物である。一方の赤井はご存じの通り、1989年に映画『どついたるねん』に主演し、最近ではTBS系ドラマ『半沢直樹』で下町の町工場のおっちゃんを演じるなど、俳優・タレントとして活動しているが、れっきとした元プロボクサーだ。赤井は、82年に行われた試合で急性硬膜下血腫と脳挫傷の重症を負って一時危篤となり、それが原因でボクサーを引退することになる。しかし、くだんの試合以前には赤井が一方的に引退宣言をし、金銭面で津田と揉めているなどの臆測も周囲で飛び交うなど、2人の間にはかなりのゴタゴタがあったとされているが、その真相はいまだに明かされていない。 そこで、当時2人の間に何があったかを知ろうと本書を読むと、肩透かしを食らうことになる。本書では「~だろう」「~ではないだろうか」「~なのかもしれない」といった表現が目立ち、津田と赤井の本心には迫っていない。著者である浅沢英氏は津田と赤井の両名にインタビューを試みてはいるが、津田は「しかたなかったんですわ」、赤井は「堪忍してください」と答えるにとどまっていて、当時の2人の心境や確執については語られないままだ。 とはいえ、津田と赤井の周辺への入念なインタビューや、当時の記録、新聞記者の取材ノートなど綿密な資料から書き起こされた文章は読み応えがあるし、津田が赤井を売り出すためにマッチメークに奔走する姿からは、一人の世界チャンピオンを生み出すために人材と労力と金がいかに必要かがよく分かる。また、津田と赤井のことだけはなく、当時の大阪のボクシングシーンや、ジムのある町の雰囲気、選手たちの息遣いやジム周辺に漂う人いきれまでがはっきりと伝わり、全体を見ればとても内容の濃い一冊であることは間違いない。 そもそも、この2人の関係は、高校生だった赤井が津田の元を訪れて「ボクシングを教えてください」と頼み込んだのが始まりだった。津田がまだジムを開く前、2人は公園にサンドバッグを持ち込み、ひたすらに練習を重ねていた。本書でも、その当時のことを赤井が懐かしそうに振り返る場面も描かれており、厚い師弟関係で結ばれていたことがわかる。その後、ジムを開いた津田は赤井をテレビ局に売り込み、連続KO勝利日本記録のために手を尽くすなど、その関係を深めていったのだが、赤井のモチベーションの低下とまさかの敗戦で歯車が狂い出した。その狂いを我々は「津田の精神は、もう擦り切れていたのかもしれない」、「津田は孤独に耐えかねたのかもしれない」といった文面から読み取るほかないのだ。 では、なぜ浅沢氏は2人の確執とその原因を憶測でしか語れなかったのか。それは津田や赤井が語らなかったからではなく、2人とも語る言葉をいまだに持ち合わせていなかったからではないだろうか。津田が入院して意識不明に陥っていた頃、赤井は病院に見舞いに行ったことがあるという。だが、浅沢氏が「それは、和解だったのですか?」と赤井に尋ねると、赤井は「和解。そんなもんはあらへんよ」と答えている場面もあるなど、実は赤井は、まだ当時のことを整理しきれていないのではないかと思わせるコメントが散見される。 世界チャンピオンまであと一歩と迫るも、夢半ばでリングを降りざるを得なかったボクサーと、ジム念願の世界チャンピオン輩出を逃した会長。それぞれの思惑が交錯もせず、すれ違ったまま袂を分かつことになった本当の原因は、すでに鬼籍に入ってしまった津田の口から語られることはもうないし、赤井ですらもわからないままなのかもしれない。 浪速のロッキーをはじめ、これまで多くの強豪浪速シリーズボクサーを生み出してきた大阪の地で、今後もジム会長と選手の蜜月と確執と破局は繰り返されるのだろうか。読後はそんなことを考えてしまう──。本書は、激しい戦いでファンを熱狂させるリングの外で起きている、男同士の愛憎を描いたメロドラマでもあるのだ。 (文=高橋ダイスケ)『浪速のロッキーを<捨てた>男』(角川書店)
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スク水姿の刈谷友衣子が「私の毛を剃って」!? 抱腹絶倒の青春映画『スイートプールサイド』
今週紹介する最新映画は、日本の小説家と漫画家が描いた日本人ならではのテーマを、気鋭の若手監督が独特のセンスで映像化した意欲作。万人向けではないかもしれないが、込められたエネルギーと創意工夫が観客に強い印象を残す2作品だ。 『私の男』(R15+/6月14日公開)は、人気作家・桜庭一樹が直木賞を受賞した小説を原作に、『海炭市叙景』の熊切和嘉監督が映画化した衝撃のドラマ。10歳で孤児となり、遠縁の男・淳悟(浅野忠信)に引き取られて、北海道紋別の静かな港町で育った花(二階堂ふみ)。他人と深く関わらず、互いを支えに暮らしていた淳悟と花だったが、ある日、町からほど近い海岸の流氷の上で殺人事件が発生。2人は逃げるように町を後にする。 凍てつく北海道の景色に、2人の内面からにじみ出る虚無感が際立つ。10代の少女から大人の女へ変貌する二階堂ふみが見事。流氷の海に飛び込むなど、過酷なロケでの演技からはすごみさえ伝わってくる。浅野忠信は珍しく、だらしのないダメ男を説得力十分に演じた。共演に高良健吾、藤竜也ほか。女の哀しさと強さ、世間に受け入れられない関係の重さが余韻を残す1本だ。 『スイートプールサイド』(公開中)は、押見修造による同名コミックを、『アフロ田中』の松居大悟監督が実写映画化した異色青春コメディ。局部に毛が生えてこないことに悩む高校生の年彦(須賀健太)は、同じ水泳部の毛深い綾子(刈谷友衣子)をうらやましく思っていた。そんなある日、綾子から「私の毛を剃って」と頼まれ、引き受けることに。綾子の腕の毛とスネ毛を毎週剃るようになった年彦は、やがて綾子に対して特別な感情を抱き始める。 思春期の性を、ストレートな衝動や行為でなく、毛にまつわるコンプレックスとフェティシズムで表現した点がユニーク。ユーモアのセンスも抜群で、剃毛に挑む年彦の内面を、草や木、茂みのメタファーで表現する映像は抱腹絶倒だ。刈谷友衣子の、無垢な存在感と、自らを持て余しているかのようなたたずまいが印象的。前半は微エロなコメディ、後半はホラー気味に展開する構成もうまい。笑いとともに思春期の気まずい感じを思い出させてくれる、愛すべき青春映画がまた一つ誕生した。 (文=映画.com編集スタッフ・高森郁哉) 『私の男』作品情報 <http://eiga.com/movie/78264/> 『スイートプールサイド』作品情報 <http://eiga.com/movie/79148/>(C)2013『私の男』製作委員会
「この話は、わしが死んでから世に出してください」教誨師が語った、死刑囚たちの実像
以前、サイゾー本誌で「死刑特集」という企画を行った時に、集中して何冊もの死刑に関する書籍を読んだ。死刑廃止、死刑存置、それぞれの立場からさまざまな意見が書かれていたが、同時に、死刑について考えるということは、「廃止」か「存置」かに回答することではないのではないかという根本的な疑問にも思い至った。単純な存廃二元論ではなく、社会が犯罪者を死に至らしめること、その意味を考えることこそが死刑問題におけるひとつの本質ではないだろうか。 ドキュメンタリー作家・堀川惠子の新著『教誨師』(講談社)は、浄土真宗の僧侶であり、かつては全国教誨師連盟の理事長を務めていた渡邉普相による告白をもとに執筆された一冊だ。「この話は、わしが死んでから世に出してくださいの」という遺言通り、堀川は、2010年から取材を続けてきた渡邉の言葉を、その死後に刊行した。 拘置所に入った死刑囚と、一般人が面会する機会はまずない。だから、受刑者に対して精神的な救済を施す教誨師は、死刑囚と面会することができるほとんど唯一の民間人となる。死刑囚の心の拠り所となるため、キリスト教や神道、仏教の各宗派がほぼ無償で教誨師たちを派遣しており、渡邉も、三鷹事件の竹内景助をはじめ、ほぼ半世紀にわたって数々の死刑囚たちと拘置所の中で心を交わしてきた。 渡邉は、親鸞上人を開祖と仰ぐ浄土真宗本願寺派の僧侶。連続殺人、強盗殺人、強姦殺人など、死刑判決が下された極悪人たちを前に、親鸞の遺した「善人なほもて往生をとぐ、いわんや悪人をや」(善人ですら往生できるのだから、悪人はなおさら往生できるはずだ)という言葉を頼りに教誨に臨んでいく。だが、もちろん死刑囚に向かい合うことは、一筋縄ではいかない。渡邉の話など聞かず、雑談に終始する者や、「私は女だから死刑にはならない」とたかをくくる者、まだ明らかになっていない事件の真相を告白する者、平仮名もろくに書けないため渡邉に文字を教わる者、そして、渡邉も舌を巻くほど仏教の勉強にいそしむ者などさまざまだ。週2回、一人あたり30分の面接をこなすと、渡邉は心身ともにクタクタになった。 渡邉の尽力によって、多くの死刑囚が改心し、自分の起こした事件に向き合い、深い反省へと導かれていった。しかし、どんなに改心したところで、その先に待ち受ける死刑という未来がくつがえることはない。ある死刑囚は、渡邉にこう漏らした。「私も正直言うと、こんなに信心してどうなると思うことはありますよ。自分は所詮、死刑囚じゃないかと、時々、自暴自棄になりますわ……」 しかし、未来に死が待ち受けているからこそ、渡邉は努力を重ねた。死刑囚が自分の起こした事件に向き合い、反省し、その原因となった心の問題を解消し、安らかに死を迎えさせることこそが渡邉の目的である。数年、十数年という時間をかけて、渡邉は死刑囚たちと話し合いながら、心の奥の襞に触れ、その考え方を改めさせていく。そして、彼らとの別れは、ある日突然、一枚の令状とともにやってくる。死刑執行の通知だ。 教誨師たちは、刑場まで一緒に足を運び、その最後の瞬間まで死刑囚に寄り添っている。 「最近はカーテンから向こうの部屋には、私らは入れないですけどね、当時は、彼らに一緒についていって、目の前でやるんです。『キミュオームリョウージュウニョウライーー!』と言ったらガターンって、目の前から落ちていくんですから、目の前ですよ! 自分の目の前をロープが、ビーンッと伸びて、落ちていった体がグッ、グッ、グッとなるのをね、こうやって上から見るんです」 葬式や法事など、日常的に死者に接している僧侶だが、人が死ぬ瞬間に立ち会うことはほとんどない。それも、「殺される」瞬間に立ち会うことなど皆無だろう。その現場では、さまざまな感情が渦巻くことになる。母親に捨てられたことを深いトラウマとしていた死刑囚・横田和男(仮名)は、渡邉にすがりついた。 「刑場の教誨室で最後のタバコを吸わせ、お別れの儀式を済ませ、いよいよ執行の部屋へと移動しようとした時だった。横田が動かなくなった。『さあ』と刑務官に促されても、両足から根が生えたように踏ん張っている。 それまでつつがなく進んでいた場の流れが急に途切れ、居合わせた全員がぎょっとした。たくさんの視線が突き刺さった男の顔に、大粒の涙がポロポロポロポロこぼれる。横田は渡邉にすがりつくようにして叫んだ。 『先生! お袋はやっぱり来てくれませんでした! もう私には時間がありません。もう間に合いません! あの時、お袋に捨てられさえしなければ、私はこんなことにならなかった! お袋は私を捨てた、捨てたんです!』 そういって、まるで子どものように顔を隠そうともせずワンワン声をあげて泣き始めた」 そして、横田は「お母さん! お母さん!」と叫びながら死んでいった。渡邉は、母親への恨みを拭えなかった自分の力不足を悔やみ、読経を続けることすらできなくなってしまう。その頬には涙が伝っていた。 数々の死刑執行の瞬間に立ち合いながら、渡邉の心には、深い葛藤があった。 「それは、辛いですよね。辛いです。うん……。『殺したくないな』と思いますよ。『死なせたくないな』という気持ちはありますよ。『こんな人間をなぜ殺さなければいけないのだろう』という疑問はありますよ。疑問はあるけども、やっぱり日本の法律の下でわれわれは仕事をしていることですからね、それ以上のことは言えないね……ええ」 死刑に対して、法務省は秘密主義を徹底している。だからこそ、そこに直接関わる人々の姿はなかなか見えてこない。しかし、一言で「死刑」といっても、それは人間の手によって運営され、人間の手によって実行されている行為なのだ。「社会問題」としてくくることによって、抽象的になってしまう死刑についての議論。その実態を、本書はひとりの教誨師を通じて浮かび上がらせている。 (取材・文=萩原雄太[かもめマシーン])『教誨師』(講談社)
『ブラック・スワン』ダーレン・アロノフスキー監督×ラッセル・クロウ 『ノア 約束の舟』
今週取り上げる最新映画は、史実や伝説を題材にとった歴史スペクタクル2本。時を越えて語り継がれてきた物語が、現代のVFXで実写化された圧巻の映像を、映画館の大スクリーンで目いっぱい楽しみたい。 『ノア 約束の舟』(6月13日公開)は、『ブラック・スワン』のダーレン・アロノフスキー監督が、旧約聖書の「ノアの方舟伝説」をラッセル・クロウ主演で描いた壮大なドラマ。信心深いノア(クロウ)は、世界が大洪水によって滅びる夢を見て、神の啓示だと確信。罪のない動物たちを救うため、家族と一緒に巨大な箱舟を作り始める。ノアの父を殺した宿敵ルバル・カインが率いる軍勢が箱舟を奪おうと攻撃を仕掛けた時、ついに大洪水が到来する。 神が罪にまみれた世界を浄化するために起こす洪水の前に、ノアが巨大な船を作ってすべての動物のつがいを救ったという、よく知られたストーリー。アロノフスキー監督は、招かれざる者の乗船、ノアの異常なまでの使命感といった要素により、先の読めないサスペンスを巧みにプラスした。ノアの妻をジェニファー・コネリーが演じたことで、正しいと信じる道を追求するあまり精神に変調を来す夫と、大きな愛で夫を支える妻という『ビューティフル・マインド』のカップルの再来にもなった。岩で覆われた巨大なクリーチャーが船の建造を手伝ったり、押し寄せる悪党どもをなぎ倒したりと、ファンタジーアドベンチャー的な見どころも楽しい。 『ポンペイ』(公開中、2D/3D上映)は、『バイオハザード』シリーズのポール・W・S・アンダーソン監督が、西暦79年の火山大噴火によって埋もれた古代都市を舞台に描くアクション大作。ローマ人に一族を滅ぼされて奴隷となり、剣闘士として成長したマイロ(キット・ハリントン)は、ローマ帝国の街ポンペイで貴族の娘カッシア(エミリー・ブラウニング)と出会い、恋に落ちる。闘技場でマイロたち剣闘士が命懸けの戦いを繰り広げる中、不穏な大地震が頻発。ついにベスビオ山が大噴火を起こす。 ゲームを原作とする息の長い映画シリーズでファンを飽きさせないアンダーソン監督らしく、次から次へと繰り広げられる格闘アクションとVFXを駆使したディザスター場面が、まさにてんこ盛り状態。まるで『グラディエーター』『ボルケーノ』『2012』『アルマゲドン』『タイタニック』といった歴代の大作映画のスペクタクルシーンをメドレーで見ているかのようなお得感だ。『エンジェル・ウォーズ』のセーラー美少女戦士に扮したエミリー・ブラウニングが、奴隷の剣闘士に恋する貴族の娘を可憐に演じている。『ロミオとジュリエット』のような格差愛の行方も含め、スリリングな展開とケレン味たっぷりの映像が最後まで楽しめる快作だ。 (文=映画.com編集スタッフ・高森郁哉) 『ノア 約束の舟』作品情報 <http://eiga.com/movie/57491/> 『ポンペイ』作品情報 <http://eiga.com/movie/79720/>『ノア 約束の舟』
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『進撃の巨人』の撮影の影響が心配される、軍艦島の現状
■「池島編」はこちら
池島に上陸して1泊した翌朝、軍艦島コンシェルジュのかっこいい船で軍艦島(端島)へ向かう。軍艦島周辺の荒波でちょっと船酔いしてしまい、クラクラしながら上陸した。
原則、端島の内部は立入禁止で、長崎市の特別な許可と専門ガイドの案内が必要である。今回はイラストレーターや漫画家などクリエイター集団の取材旅行ということで、作品制作のために特別に許可をもらい、島のあらゆる建物を案内していただいた(普段は、一般観光客用の安全なコースでのみ見学可能)。
せっかくの上陸なのに、船酔いで寝ていては仕方がない。しかし、眼前に広がる光景に、気持ち悪いのなんてすぐに吹っ飛んでしまった。
ボロボロに劣化したビルが密接した間隔で、ズラリと並ぶ。SF映画などではよく見る光景だが、リアルはやっぱり迫力が違う。
ベランダは激しく壊れてガラスはとうの昔になくなっているし、壁は剥がれて鉄骨が丸見えになっている。足元には、破壊されたコンクリートや木材がバラバラと転がっている。そんな風景の中を歩いているだけで、ワクワクと興奮してくる。
軍艦島は島中のすべてが廃墟だけれど、昔は大勢の人が住んでいた。世界でも有数の人口密集地帯だった。廃墟を歩いていると、過去の生活の残滓が見えてくる気がする。
映画『007スカイフォール』のモデルにもなった、巨大な廃墟ビルがある。パッと見は、恐ろしい雰囲気だ。でも、草がボウボウに生えているので見えないけれど、中庭の部分には子ども向けの遊具がある。もともとは家族が住むアパートで、自宅の前で子どもたちを遊ばせていたのだ。ご飯時には、ビルの窓から
「ご飯だよ!!」
と子どもを呼ぶ声が止まなかったという。
看護婦の寮と若者男性専門寮は隣り合って建っている。見張りの人が帰った後は、互いに懐中電灯で合図を送ったり、ひっそり逢瀬を重ねたりと、楽しい青春があったという。
しかし、その寮の隣にあるのは、隔離病棟。軍艦島は密閉空間であるため、一度伝染病がはやってしまうと、なかなか収まらなかったという。そのため、その人たちを隔離するための病棟も設けられていたのだ。
また、当時は、炭鉱の事故で亡くなる人もたくさんいたという。病院跡には、大量の点滴瓶や錆びついた医療道具が大量に転がっていて、背筋がゾクッとなった。
それから、木材で作られた頑強な座敷牢も残っていた。石炭掘りには気の荒い人間も多く、ケンカは絶えなかった。警察に頼らずに、解決することも多かったそうだ。明るい生活だけではなく、こうした負の一面も垣間見えるところも、軍艦島の面白いところだろう。
それから、見晴らしのいいビルの屋上に出た。島が見渡せるこの場所には、神社が建っている。バラバラに壊れているが、かろうじて社は残っていた。壁の柱には十字架が刻まれていて、これは職人さんがカトリックの信者だったからだそうだ。
屋上から見える光景は、めまいがするほどかっこよかった。そこには植物が育ち、まるでジャングルのような光景だ。もともと、ビルの屋上は、野菜の菜園にしていた。その畑に草木が根付いたのだろう。
最後に学校跡の施設に移動する。学校は窓がとても大きく設置されていた。これは、ビルの密集度が高すぎてあまり日光を浴びることができない子どもたちへの、せめてもの配慮だという。
幼稚園は屋上にあって、滑り台やプールなどが設置されているのだが、エレベーターのない時代に子どもが屋上まで毎日登るのは大変だったろうなあ……とちょっと同情する。
そうそう、学校の中も廃墟なのだが、とても残念なモノを発見してしまった。落書きである。当時の人が残した落書きではない。最近書かれたものだ。中には赤いペンキで大学名が書かれている物や、アーティストぶった絵画などもある。
こういうところに落書きするタイプ人には、そもそも何を言っても無駄かもしれないけれど、恥を知ってほしい。落書きするなら、ぜひ自分の部屋の壁に書いていてもらいたい! と強く思った。
その後、十二分に廃墟を堪能して外に出て、学校の周りを回ってみる。学校の足元を見て、目玉が飛び出そうになってしまった。
海の侵食によって、基礎部分がごっそり削られている。むき出しになった支柱もコンクリは砕け、鉄骨はサビだらけ……。正直、いつ倒壊してもおかしくない状況である。ヒザがガクガクっとなった。
そう、軍艦島は、ここでしか見られない素晴らしい風景を堪能することができる場所だが、崩壊寸前の島であることも事実である。島を訪れる際は、あくまで自己責任で、調子に乗ってはしゃいだりしないようにしましょうね!
(取材・文=村田らむ)
●むらた・らむ
1972年、愛知県生まれ。ルポライター、イラストレーター。ホームレス、新興宗教、犯罪などをテーマに、潜入取材や体験取材によるルポルタージュを数多く発表する。『裏仕事師 儲けのからくり』(12年、三才ブックス)『ホームレス大博覧会』(13年、鹿砦社)などがある。近著に、マンガ家の北上諭志との共著『デビルズ・ダンディ・ドッグス』(太田出版)、『ゴミ屋敷奮闘記』(鹿砦社)。
★公式ブログ<http://ameblo.jp/rumrumrumrum/>
<軍艦島コンシェルジュ>
http://www.gunkanjima-concierge.com/
昔、映画館だったという建物は、堤防を越えて打ち寄せた波に破壊されて、跡形もなかった。当時は最新の映画を毎日上映した、軍艦島一番の娯楽スポットだったそうだ。 島の内部では、植物が建物を蹂躙しながら成長している。ビルとビルの間の狭い空間には、観賞用の樹がコンクリートを破って根を張り、葉を広げている。その光景はカンボジア王国のアンコール遺跡にも似ていて、ジーンと感動した。鳥が運んだのだろうか、植物は建物の内部でも成長している。部屋の真ん中にニョキッとサボテンが生えていて、ドキッとした。
九州で一番最後まで操業していた炭鉱・池島に上陸! 目の前に広がる“スチームパンク”な世界とは?
“家電量販最大手”ヤマダ電機のオンラインカジノ参入は、リアルカジノへの布石か
いよいよ年内にも成立の可能性が高まってきた、カジノ法案。日本でも合法的にカジノプレイが楽しめるようになるとあって、カジノファンの間では期待が高まっている。
そんな中、ネット上ではすでに数年前から本格的なカジノプレイが楽しめるようになっている。海外にサーバーを置くオンラインカジノに日本国内からアクセスし、実際に金銭の入出金が行われているのだ。
「日本国内にカジノの主催者がある場合、そこでの賭博行為は違法になるが、主催が海外のカジノサイトだと、現状では取り締まる法律がないため、事実上野放し状態」(オンラインカジノに詳しい関係者)
時には数百万、数千万の“ジャックポット”が発生することもあるという海外オンラインカジノだが、リスクも決して少なくないのだという。
「まずは法的にグレーであること。今日まで摘発されていませんが、法の運用によっては“犯罪者”になってしまう可能性が拭いきれません。また、入出金が非常に面倒なうえ、円相場に影響を受けやすいこともデメリットといえるでしょう。さらにいえば、入金は小切手や口座振込になりますから、パチンコや競馬の収入と違って“証拠”が残る。いくら稼いでも、所得税の支払いが追いかけてきますよ」(同)
そんなオンラインカジノの世界に、家電量販最大手のヤマダ電機が参入するという報道がなされた。22日にオープンした「ヤマダカジノ&オークション(http://www.yamadacasino.com/)」がそれだ。
一攫千金が望める反面、アンダーグラウンド色の強いオンラインカジノの世界への大手企業の参入は、業界にどんな影響を与えるだろうか?
「ヤマダカジノは国内主催のため、現金での払い戻しこそできないものの、家電のオークションと連動することでユーザーのベットに還元している。そのオークションでは実際、6万円相当のデジカメが100円で落札される例もあり、メリットは大きい。何より、ユーザーにとって“誰でも知ってる会社”が運営しているという安心感は強い。今後、海外オンラインカジノにとっての脅威になっていくのでは?」(同)
また、こうしたヤマダ電機の動きには“ある思惑”が見え隠れすると指摘する声もある。
「実際に国内でリアルカジノがオープンした際に、なんらかの形で参入するための布石ではないかとみられている。すでにパチンコ大手のマルハンや、遊技機メーカーのセガサミーが具体的な動きを見せ始め、昨日にはコナミが子会社の設立を発表するなど各方面の動きが活発になってきているが、今後、ヤマダ電機の動向にも注目していく必要がある」(同)
すでに国内ではお台場や大阪など、カジノ法案成立を前に招致合戦が始まっているが、莫大な利益が動く“カジノ利権”の争奪戦も、今後激しさを増していきそうだ。
才気あふれる日本の若き監督たちが描く“現代の家族”『ぼくたちの家族』『オー!ファーザー』
今週取り上げる最新映画は、極めて現実的な家族の問題と奮闘の様子を優しいまなざしでとらえた傑作ドラマと、およそ非現実的な構成の疑似家族が生み出す奇想天外の痛快コメディ。才気あふれる日本の若き監督たちが描く「現代の家族」、どちらも味わい深く示唆的だ(どちらも公開中)。 『ぼくたちの家族』は、昨年『舟を編む』で国内外から高い評価を得た石井裕也監督が、崩壊の危機に瀕した家族の奮闘を描くヒューマンドラマ。郊外の新興住宅街で暮らす若菜家の母・玲子(原田美枝子)は物忘れがひどくなり、病院で検査を受ける。「末期の脳腫瘍で余命1週間」と宣告され、父(長塚京三)、妻の第1子出産を控えた長男・浩介(妻夫木聡)と次男の大学生・俊平(池松壮亮)はそれぞれ動揺する。認知症に似た症状が強くなった玲子は、家族に隠してきた本音を吐露。男3人はさまざまな問題に直面しながら、最後の「悪あがき」を決意する。 原作は早見和真の同名小説。母の重篤をきっかけに、バラバラの家族が現実を直視したあとで絆を取り戻していく筋立ては、ジョージ・クルーニー主演の感動作『ファミリー・ツリー』の日本版といった趣だ。記憶があいまいになって約束を忘れたり、脈絡ない発言をしたりして夫や息子たちを困惑させる玲子の症状は、認知症などの脳障害の家族を持つ観客の胸にとりわけ強く迫るはず。責任感の強い兄と頼りない弟という序盤の印象が、過去のいきさつが明らかになるにつれ、微妙に変化する見せ方もいい。兄弟が急な階段を登った丘から眺める郊外の風景に象徴されるように、これは紛れもなく現代日本の家族を真摯に見つめる物語。崩壊の危機を迎えたとき、本音でぶつかり合うことで変わり出すもの、決して失われない絆を信じさせてくれる力作だ。 『オー!ファーザー』は、伊坂幸太郎の大ベストセラー小説を岡田将生主演で映画化したサスペンスコメディ。職業も性格もバラバラな4人の「父親」と暮らす高校生・由紀夫(岡田)は、彼らの過剰な愛情に煩わしさを感じつつも、奇妙な同居生活をそれなりに楽しんでいた。だがある日、街の賭博(とばく)場でカバンのすり替え事件を目撃した由起夫は、好奇心に突き動かされてとった行動が原因で、謎の武装集団に拉致監禁されてしまう。4人の父親たちは、愛する息子を救うことができるのか……。 日本大学芸術学部在籍時に本作の脚本を依頼された藤井道人が、幸運な商業映画監督デビューもつかみ取った。4人の父親役は佐野史郎、河原雅彦、村上淳、宮川大輔。各自の持ち味を生かしつつ、達者なアンサンブルで特殊な疑似家族のあり方を提示した。由紀夫にウザがられながらもまとわりつき、父親たちとも意気投合するヒロインを忽那汐里が好演。気の合う仲間とがんばれば何とかなるさ、と前向きな気持ちになれる本作で、五月病や梅雨の憂うつを吹き飛ばしていただきたい。 (文=映画.com編集スタッフ・高森郁哉) 『ぼくたちの家族』作品情報 <http://eiga.com/movie/78572/> 『オー!ファーザー』作品情報 <http://eiga.com/movie/78802/>『オー!ファーザー』(C)2014吉本興業
井上真央、綾野剛主演でヒットの『白ゆき姫殺人事件』の裏にあった、原作者・湊かなえの断筆騒動
『アナ雪』旋風が吹き荒れる映画界だが、3月末~4月公開の邦画では井上真央、綾野剛の主演の映画『白ゆき姫殺人事件』が大健闘したようだ。興収は『名探偵コナン 異次元の狙撃手』に次ぐ2位で、実写部門では人気シリーズ『チーム・バチスタFINAL ケルベロスの肖像』や『神様のカルテ2』を上回り、1位となった。 この映画は、人里離れた山中で美人OLが惨殺死体で発見され、容疑者として浮上したのは行方不明の同僚(井上真央)。そして、これを取材するテレビディレクター(綾野剛)がネットにツイートしたことで情報が暴走し、“犯人”が作り上げられていくというミステリーだが、その背景にあるマスコミの過熱報道、SNSでのウワサ話などの恐ろしさが描かれた問題作でもある。 原作者は『告白』などで知られる作家の湊かなえだが、この作品を書いたきっかけは、意外にも「自身の経験から」だったという。 湊は『白ゆき姫~』執筆の動機について、インタビューなどでこんなふうに語っている。 「知らない間に近所の人や地元の知り合いが、私についての取材を受けていたんです。その時は、みなさんが良いことばかりを言ってくださったから良かったけど、もしこれが殺人事件に関わるなど悪い内容だったとしたら、何を言われるだろうと思って、すごく怖くなりました」(「Movie Walker」より) こうしたメディアに対する不信、恐怖体験は、『白ゆき姫~』の単行本出版時にも繰り返し語られていたのだが、湊をメディア恐怖症にしてしまったのは、実は女性週刊誌「女性セブン」(小学館)のある記事なのだという。 問題の記事は、「女性セブン」2010年7月25日号に掲載された、「『告白』湊かなえさん子供を寝かせてから書いた24時のミシン台」というもの。 「本屋大賞を受賞した『告白』が映画化され大ヒットし、湊さんの注目度も一段と高まっていた時期のことでした。記事の内容は、淡路島に住む湊さんの知人や友人から彼女の様子などを取材した、“作家の素顔”的な記事。『主婦作家』『ミシン台で執筆』など所帯じみた感じや貧乏くささを強調してはいるものの、美談仕立てで決して悪口やスキャンダルの類いではなかったのですが……」(文芸編集者) ところが、当の湊はこの記事に大激怒したのだという。 「知らない間に自分の周辺を取材されたことが本当に恐怖だったようで、『こんな田舎の狭い島で周辺取材をされては、プライバシー侵害だ!』『子どもが誘拐されたら、誰が責任取るんだ!』と憤慨。記事中で使用された自分の写真にまで『強い悪意を感じる』と腹を立てていたそうです」(同) 湊の怒りと動揺は大きく、出版各社を巻き込む大騒動にまで発展してしまう。 「『女性セブン』の版元・小学館から湊さんの本は出版されてなかったんですが、他社の担当編集者から、小学館上層部に『湊さんがこんな状態では執筆できない、と言っている。このままだと、本気で作家を辞めてしまうかもしれない。なんとかしてほしい』という苦情が入ったんです」(同) 湊は『告白』がダブルミリオンになり、他作品も軒並みヒットという、出版不況のご時世に貴重な売れっ子作家だ。その湊に“断筆”騒動が持ち上がったことで、当時、出版各社はパニック状態に陥っていたという。 当然、小学館としてもなんらかの対応をせざるを得なくなり、結局、「女性セブン」側が湊の住む淡路島に謝罪に出向いた。 こうした編集者たちの必死の慰留、ケアが功を奏したのか、実際に湊が“断筆”することはなかった。そして体験をもとに2011年4月から連載を始めたのが、現在映画公開中の『白ゆき姫~件』だということらしい。 だが、湊が実際に体験した取材は『白ゆき姫~』と比べれば、至って穏当なもの。いささか対応がオーバーな感じもしないでもないが、しかし、彼女の作品の最大の特徴は、誰にでも起こるかもしれない身近な出来事から、人々の心の闇、裏側をあぶり出していくというもの。そういう意味で、自身の「ご近所ウワサ話取材」という体験に彼女自身が過剰とも取れる反応を起こすのは、その類いまれな想像力のたまものともいえるだろう。 しかも、その体験を後にきちんと作品の中で昇華したわけだから、湊かなえという作家はちょっと面倒臭いところも含めて、今どき、貴重な“作家らしい作家”というべきかもしれない。『白ゆき姫殺人事件』 (集英社文庫)
本当の“つながり”とはなんなのか――ネット時代の心の闇を描く『ディス/コネクト』
今週取り上げる最新映画は、ヤミ金融に群がる人々の騒動をバイオレンスとブラックユーモアを交えて描く邦画と、デジタルなつながりに依存し、真の絆を見失いがちな現代人に問いかける洋画の2本。いずれも劇的な筋立てと誇張した表現を含むが、現実にある問題を提示していることを確信させる力作だ。 『闇金ウシジマくん Part2』(公開中)は、真鍋昌平の人気コミックを山田孝之主演でテレビドラマ化、2012年に劇場版も作られた『闇金ウシジマくん』の続編。貸金業の資格を持たず暴利で貸し付け、容赦なく取り立てる闇金業者の社長ウシジマ(山田)のもとへ、暴走族のヘッド・愛沢(中尾明慶)にボコボコにされたヤンキーのマサル(菅田将暉)が連れてこられる。マサルに借金させろという愛沢の要求をはねつけたウシジマは、マサルを見習いで働かせることに。彼らを取り巻くライバル闇金業者、ホスト、風俗嬢、ストーカーの欲望と思惑が交錯し、壮絶なサバイバルが展開する。 仏頂面で鋭い目つき、まばたきさえほとんど見せない異色の主人公を、山田孝之が抑えた表現と圧倒的な存在感で好演。違法な金貸しを生業としながらも通すべきスジは通し、不遇な弱者に情けをかける一面も持つウシジマは、ままならぬ世の中をしたたかに生き抜くダークヒーローとして支持されているのかもしれない。4月公開の『そこのみにて光輝く』で重要な役を演じた菅田将暉が再びキーパーソンを熱演、同作主演の綾野剛もショートリリーフ的に顔を見せる。門脇麦、キムラ緑子、高橋メアリージュンが個性を生かして体現する三者三様の女の生きざまも印象的だ。 『ディス/コネクト』(5月24日公開)は、ネットやSNSに「つながり」を求め、落とし穴にはまって傷つき、立ち直ろうともがく人々を描くサスペンスドラマ。孤独な高校生ベンは、同じ学校の少年2人がSNS上でなりすました「少女」と親密なやりとりをするうち、求められて自身のヌード写真を送ってしまう。これが学校中にばらまかれたことでベンはショックを受け、自殺未遂を起こす。ベンの父親で弁護士のボイドは、パソコンに残った情報を手がかりに、息子が絶望した原因を探ろうとする。一方、授かった赤ん坊を亡くして夫との距離を感じるようになったシンディは、有料サイトのチャットルームで似た痛みを抱える男性と交流していた。だが、このサイトで使ったクレジットカードの情報が盗まれ、不正に使用されたことが高額請求によって判明する。 監督は、ドキュメンタリー映画とCMでキャリアを築いたヘンリー=アレックス・ルビン。ボイド役のジェイソン・ベイトマン、その妻を演じたホープ・デイビス、『オブリビオン』でトム・クルーズと共演し本作では野心的なテレビレポーターに扮したアンドレア・ライズボローといった演技派俳優たちによって、緻密に関係が絡み合う群像劇がスリリングに展開する。携帯やネットで「つながる」ことが当たり前になった現代で、実は人と人とのリアルな「絆」が損なわれていることを、現実に起こり得るエピソードを通じて浮き彫りにした。つながりが幻想だったと知って崩壊寸前の彼らに、再生への兆しは訪れるのか。スマホやパソコンを日々使う多くの観客にとって、警鐘と示唆に満ちた作品だ。 (文=映画.com編集スタッフ・高森郁哉) 『闇金ウシジマくん Part2』作品情報 <http://eiga.com/movie/79578/> 『ディス/コネクト』作品情報 <http://eiga.com/movie/79831/>(c) DISCONNECT, LLC 2013







